最終更新:ID:JSY5I3fxlg 2019年06月30日(日) 21:43:45履歴
時計は午後10時に近づきつつある。
外を見れば自慢の採光窓も真っ暗に染まり、庭園を飾る灯りの光と、星を真似た天井のライトばかりが視界に入る。
これなら消灯しても面白そうだが、暗くて躓くかもしれないので部屋の電気はつけたまま。
飾りつけは無いものの、余計なものは片付けて、部屋の真ん中にテーブルを移す。
天板にはスナック菓子、ソフトドリンク、ちょっと離れてアルコール類。
寝間着パーティーですか?と聞かれたら否定しにくい細やかさだが、これも事情がある故に二人は気にしない。
少なくとも、今日という日はそんな一夜の集まり以上に記念すべき一日なのは確かだ。
「では改めて……お誕生日おめでとう、アルス君!!―――乾杯!」
そんなわけで、今日は私ことパーシヴァルの主、アルス君の12歳の誕生日で、今はそれを祝ってる最中なのです。
改めてと頭に置いたのは、つい先程までもアルス君の誕生日を祝うパーティーが行われていて、今が二次会に相当するためである。
これはアルス君の所属する―――あるいは生まれ故郷の―――継承の王の担当チームが主催し、スポンサー達と共に会食を行う場だ。
当然ながら、資産家との関係を深める社交の場でもあり、態度は肩肘張ったものになる。
無論、それが必要な礼節であるのだから私もアルス君も固苦しいから嫌。なんて我儘を言いたいわけではない。ランサーで女性だったあのベディヴィエール卿なら途中で脱走するかもしれないけど。
それはそれとして、赤ん坊の頃から見守ってきた子のバースデーなのだ。肩肘張らずに楽しませたい気持ちがあってもいいだろう。
ただし、いかに体調不良と無縁の体と言っても会食の後から追いケーキは精神的によろしくない。
二次会は飲料及び菓子の類で祝う、細やかなものとして過ぎていった。
「パーシヴァル 、少々飲み過ぎでは無いか?」
「大丈夫大丈夫ですって対魔力ありますし……あ、アルス君は飲んじゃダメですからね!」
普段は滅多に飲まないのだが、こういう日にはアルコールも口にする。こう見えて召喚時の肉体年齢は20代なので、飲酒を咎められる心配はないのだ。
量についても、霊基にとってはこの程度毒のうちにも入らない。よしんば酔ったとしてもガレスちゃんみたいな事にはならない……はず。
話は進む。
前シーズンの自分たちの快進撃と、難波の猛者に与えられたいくつかの敗北。悔しさを次に繋げる決意。
アイドルとしての活動。今度の新曲、衣装への期待と不安。私は可愛い衣装だと思ったが、まだ恥ずかしいのかな?
担当チームには到底言えない内容も交えて語り合う。これまでの1年を、12年を総括するように。
「……こうやって何度も誕生日を繰り返すうちに、アルス君も大人になっちゃうんですね」
ぽつりと呟く。
子供から、大人へ。見た目だけなら令呪でも変えられるだろうが、実際に年月を重ねて成長するのとは違う。
まだ僅か12年しか知らない命は、来年には13年になる。10年後には22年になって、それほどに得難い体験を重ねていくだろう。
そして大人になって、彼は王になる。そのためにこそ生を受けた、魂が背負う宿命として。
だけど、それはかの王と同じ道ではなく、ここの大人達に用意された道を進みながら。
その先にある、彼のために据えられた玉座に―――私は、あの輝きを見ていない。
グラスを呷る。浮かれた日に浮かないことを考えてもしようがない。
そういえば、この酒の銘柄は何だったか。
確か、サー・ベイリンが以前言っていた酒で……度数、が……
電灯ではない、温かい陽の光を感じる。空気は微かに緑を交えている。
腕や脚は、普段より短くて、いつもより低い視線から景色を見上げている。
『やはりそなたはいつもと変わらぬ、優しいパーシヴァルだ』
少し低い目線で、年上の彼を見上げている。
そんな風に笑えるんだ。
朧げな実感の奥で、身体の芯が締め付けられるようで、そして。
いや、
いいや。この記憶は覚えていない。あの日、童心に帰った心に在ったものは、元に戻れば薄れて消えてゆく。
いつも通りの、主と騎士の関係に戻っていく。
だから、この気持ちはきっと間違いなんだろうって。
「その……大丈夫、であろうか?」
「…………!!?!?」
眼前のアルス君の表情を視認して、即座に上体を跳ね上げる。一瞬顔面が衝突しそうになるが、お互い反射で躱した。
状況を確認する。頭が割れるように痛い。やはりフォーリナー愛飲と宣伝が張られていたあの酒は些か強すぎたらしい。
それで、あえなく酔いつぶれていたところをアルス君に介抱されていたと。カーペットに正座するアルス君の姿勢から、膝枕状態で寝かされていたようだ。
あぁ、恥ずかしくて顔から火が……!
「す、す、すみません!私このような……!」
「よ、よいのだ。余は気にしてはおらぬ。それより……」
ジャパニーズスタイルの謝罪を決めようとしたところ、アルス君が静止してきた。
―――と思いきや、何か、小箱のようなものを取り出してきた。
「その……これを」
「そなたは、この地に召喚された日の事を覚えているであろうか?」
「今日は余の12歳の誕生日であり……同時に、そなたと契約を結んで、12年の日である」
「故に……そ、その。祝いの品をだな、その……う、受け取ってはくれぬか!」
そう。私がこの世界に召喚されたのは、アルス君がまだ生まれたばかりの赤子だった頃。
これまでも、それを祝わなかった訳ではないが―――こうやって贈り物を、手渡されるのは、初めてのことだ。
何の心変わりなのだろうか。酔った私より頬を赤く染める彼の心中を考える余裕は、今はなかった。
「あっ……は、はい!ありがたく頂戴します!!……その、中身は開封しても!?」
「うむ。気に入って、くれるとよいが……」
貰ったそばから開けるのは如何なものか。挟まる思考に後悔を覚えながら丁寧に包装を解く。
小箱を開けると、小さな銀色のペンダントが現れた。
十字架……ではなく、短剣を模したそれは、中心に藍色の石を嵌め込んだ精緻な銀細工のように見て取れた。
「この石は、幸運と健康を招くという。そなたの将来に幸福があらんと……いや、そなたの幸運を信じておらぬわけではないぞ!?ただ……」
わたわたと手を動かす主の声を、ちゃんと受け止められているかは怪しいものであった。
ただ、主からの贈り物を、胸の前でぎゅっと握りしめる。
違いますよ。
居眠りしたのが恥ずかしいだけなんです、ドキドキしているのは。
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