極限闘争死線コロッセウム_SS
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nevadakagemiya 2022年05月02日(月) 20:01:08履歴
──────────眩き朝日と共に、鮮血の飛沫が飛び散る。
死に絶えた者たちの悲鳴と、それに歓喜する観客たちの歓声が響き渡る。
此よりは地獄─────否、地獄が常明となれば、其は地獄に非ず。現実也
一人の剣闘士が、血しぶきの中で笑い、そして殺す その目に既に正気は無し
永劫の研鑽 永遠の闘争 永久の殺し合い それは本当に人が望んだものなのだろうか
答えはない 何故なら問いを浮かべる事すらこの世界では狂気とみなされるのだから
幕が開く。終わりなき殺し合いの幕が、果ての見えぬ囚われの皇帝の物語が
その先に何があるか？答えは、世界を取り戻すべく立ち上がった人類のみが知る。
◆
ゴォォォォォォォォォォ…………、と何もない荒野を一つのボーダーが走る。
周囲には文字通り何もない。
建物はおろか、人も、動物も、樹々も、山々も、海も、全てがない。
ただただ永遠に続くともとれるほどの、荒涼とした漂白された大地がそこに在った。
『こちらバイアクヘー�機�これより雲壁へと突入する』
『こちらバイアクヘー�掘Ｎ参髻�通信が一時途絶える事が予測される。健闘を祈る』
『こちらバイアクヘー�供�くれぐれも無茶はするなよ！いいな！』
「ふん、無茶とは笑わせるな」
ククッ、と派手なスーツを着込んだ色眼鏡の漢が笑う。
「俺たち矢衾警備保障に対し、こんな舞台まで用意してくれるとは有り難いぜ」
「始めてみたが、矢衾社長が私達と同類で安心したよ」
男の隣に立つ、顔の半分をやけどした女がハハハと警戒に笑う。
「(オイオイ……本当にこんな連中を連れてって大丈夫なのか……？)」
「(そも紋章院すらも仲間に入れてんだ。毒も喰らわば皿まで言うだろ？)」
「(毒っていうか、もうこれそう言うレベルじゃない一蓮托生ですよね)」
「(現地で大虐殺とか起こんないよな……怖いんだけど)」
ぼそぼそと彼らから離れた場所でアクシア聖団の見習い騎士たちが話す。
そんな彼らをギロリと男……衾幻河が睨み、一発で黙らせる。
「しかし、あの向こうでは何があるんだろうな」
「ふむぅ……そうさな。儂の見立てでは…………」
ﾎﾞｿﾘ、とアクシア聖団の一人が呟いた何気ない疑問に対し、
その隣で何気なく立っていた見た目は少女の魔術師、ルーナティルは答える。
「おそらく"最初は"、今までの儂らの世界と変わらん世界が広がっている事だろう」
「ほう？最初……ときたか。そりゃあどういう事だい？ 可愛い魔術師さんよ」
矢衾幻河がにやりと口端を釣り上げて問う。
「濾過異聞史現象……それが此度に連中が起こした現象の名だ。
しかし、これは少し本来の現象とは少し順序と手順が異なる、と儂は見る」
「まるで、本来のその現象をその目で見てきたかのような物言いだ」
「ハハハ、まぁ当たらずとも遠からずといったところか」
少女は笑いながら続ける。
「本来ならば剪定されるはずの世界が、世界として育ってしまった世界。これを異聞帯と言う。
剪定とは、要は世界が容量オーバーにならないように将来の見込めない枝を切り落とす事を言う。
その将来の見込めない枝が育ってしまい、容量が足りなくなることによって起きるのがこの現象だ」
「んー？ えー…………ん？」
「つまり、狭い室内で木を育てているような感覚でしょうか？
剪定される枝とは、病に侵された……あるいは根元が腐った枝であると」
理解に時間がかかり、首を傾げるエルシア・フランクールに対し、
隣に立つヘイヤ=ヘイ・ハムサンドウィッチが分かりやすく解説をかみ砕く。
「うむ。その腐った枝が腐ったまま育ってしまい、
そして室内が狭いものだから周囲の枝を呑み込んで腐食させようとしている……」
「それが今回起こっている、世界の七つの分断、そして侵食か」
「まぁ…儂も実際に見たわけではないから、推測でしかないがな」
ふぅ、とルーナティルは少し不満気に口をとがらせため息をつく。
「だが随分と壮大な話だ。にわかには信じがたい」
「だが恐らく真実だろう。似たような話を、俺も聞いたことがある」
ボーダーの隅に寄っかかるように立っていた男、石丸八十八が突然会話に入る。
「俺の……そうだな。かつて世話になった人が似たような話をしていた。
極端に間違った選択をした歴史は、そうやって切り落とされるのが常だという」
「俺からしてみりゃあ、好きに暴れる事ができないこの世界は十分間違ってると思うがねぇ」
カカカ、と楽しそうに矢衾幻河が笑う。
「…………まぁ、その……なんだ。O-31だったか？ 連中は何らかの手段で、
その切り落とされる歴史を育てて、こっち側を侵食できるまで７つ育てた。そう言う事だろう」
「恐らくは、な。あの世界中に響いた声の中のどれが首謀者なのかは分からんが」
「だったら対処法は簡単なはずだ。間違った状態がこの今なら、間違う前に戻せばいい」
「口で言うのは簡単だが、果たしてそう上手くいくかな？」
「ふぅむ、楔がどれほどのものか、によるか……」
ルーナティルが顎を撫でながら、少し考えこみそう言い放った。
「それも知っているのか、ルーナティル？」
「うーむ……確証とは言えぬが………、おそらく連中は、
平行世界を……テクスチャとして重ねているのかと考える」
「テクスチャ？ なんだそりゃコンピューターグラフィックスの話か？」
「中らずと雖も遠からず、だな。透かし紙を二枚重ねている状態に似ている。
要は、連中の作った異聞帯が、こちら側ににじみ出ている、透過されている状態というわけだ。
故に儂は、"最初は"今までの儂らの世界と変わらん世界が広がっていると考えたのだ」
「なるほどー。つまりまだ侵食は浅いってことだな？」
矢衾幻河の言葉に、ルーナティルはコクリと頷いた。
「そしてそのテクスチャを固定している物こそが楔だろう。
今までの儂らの住んでた世界では、ロンゴミニアドや天逆の鉾等が担っていた物だ。
あのクロニクという魔術師も言っていたが、要は画鋲だな。これを壊すなり殺せば、世界は元に戻る」
「へぇー。若いのに詳しいねぇお嬢ちゃん。詳しいついでにもう一つ応えちゃくれないかい」
「うむ」
ニィィ……ッ、と矢衾幻河は、我慢しきれないとでも言うように
口端を恐ろしい程に釣り上げ笑いながら問う。
「要は平行世界なんだろう？ そっちでいくら殺しても、こっちに影響は出ないんだろうな？
いや、別に影響は出ても構わねぇ。…………………罪に問われないんだろうなぁ？」
「恐らくは大丈夫だろう。特異点で死んだ人間は帳尻を合わせられてしまうが、
此度は異聞帯。この事件で起こった清算は…全て敗北した側が背負うはずだ」
敗北した側。言葉で言うのは簡単だが、その敗北という言葉が持つ重みは通常のそれとはわけが違う。
此度における敗北は、それ即ち世界の消失を意味する。その世界に住む、全ての人間の死を意味する。
否、死という言葉すら生ぬるい。生きていた痕跡、意味、理由、…………そして未来。
その全てを、一瞬にして"否定"される。それがどれだけ悲惨な事かは計り知れない。
その悲惨な運命を、どちらかが背負う事になるのだ。
……昨日まで日常であった彼らにとって、どれ程それは絶望的状況だろうかは、計り知れない。
────だが、その絶望的なりし状況においても、笑う男がここにいた。
「聞いたか野郎ども？ 矢衾警備保障の同胞さんがたよ？
いくら殺しても構わないそうだ。片っ端から殺してやろうぜ。
今まで暴れ足りなかった奴。ジャンジャカやってくれや。俺が許す」
ハハハハハ！と高笑いをする。本来ならその笑いは見るだけで戦慄する、
狂気の如き快楽殺人鬼の笑い声であったが、車内にいる魔術師たちにはそれすらも頼もしく聞こえた。
「──────今はこんな人たちでも、きっと頼りにはなる……はず」
「実際彼らは力は絶対的な物だからな。それに所詮は剪定される歴史だ。何があっても別に良いだろう」
「よし…………。でも、一応の目標はO-13の討伐・確保だから、それを忘れないようにしなくちゃね」
車内の感情が一つにまとまる。目指すは異聞帯……葬られるはずの枝の切除。
そして、世界を破滅に導いたO-13の確保と討伐。今、失われた人類史を取り戻す戦いの第一幕目が幕を開こうとしていた。
◆
ｻﾞｰ…………、ｻﾞｻﾞｯ ｻﾞｰ…………
何処かにて。13の席が囲う円卓にいくつかのホログラム映像がともる。
その映る数５つ。それぞれに映る男たちは、その手の甲に非常に精密かつ美しき文様を宿していた。
『さて、久しぶりだな導き手諸君。世界が７つに分かたれてからは、初めましてか。
導き手の一人として、まずは新世界秩序の再誕を言祝ごう』
『予想されたカルデア、並びにウィルマース財団他魔術組織の侵攻は今の所無い。
どうやら念入りな準備の結果……無事新世界は誕生した。おめでとう、賞賛に値するよ』
口元を布で隠した男が、パチパチと拍手をする。
それに対して特に反応を返さずに、他のホログラム映像に映る男たちは
皆それぞれの映像に向かい会話を始める。
『ヌハハハハハ！！ 面白い。実に面白いぞ！ 随分とまた順調ではないか。
貴様の考えは杞憂だったなアークライト。秩序はこうして、滞りなく築かれた』
『そうですね……、現在は順調です。しかし油断はできません。
ウィルマース財団やカルデアは、結局潰しきれなかったのでしょう？
であれば、彼らならば対抗策はいくらでもある。攻め込まれるのも時間の問題だ』
『それならば、返り討ちにすりゃあ良いだけだろう』
ククッ、と黒包丁を持った男が口端を挑発的に釣り上げながら笑う。
『ゲンゾーの言う通りだ。我らには力がある。英霊がいる。
まぁ今となっては英霊など、そこらの戌以下の力しか持たぬ使い魔となり果てたがな！ ヌハハハハハ！！』
映るホログラムの内の一人、巨躯なる忍者装束の老人が心底楽しそうに高笑いを響かせる。
だがそれからすぐに、打って変わって忌々しい表情で、その右掌に刻まれた非常に精密にして美しき、赤い光を放つ文様を睨みつけた。
『この与えられし大令呪が存在するが……、まぁ…こんなものに頼るのは、最後の最後だろうがな……ッ！
まったく忌々しい。カールめの作り上げた術式をこのように身に刻むことになろうとは、いっそ切り落としてやりたい程よ』
『仕方がないですよ。ナレーンドラさん曰く、それが異聞帯を異聞帯たらしめる鋲だといいます』
アークライトと呼ばれた白衣の男性は、眉をしかめ怪訝な顔で言う。
それに対して口元を布で覆った男が、クックックと嫌味たらしく目を細めながら不気味に笑った。
『大事に使えよそいつは。忌々しい事だが、それがなければ異聞帯は存在を許されない。
精々使いどころを見極める事だな…………………』
『ふん、ならば使う事はないだろう。奴の力に頼るような事はごめんだからな』
『聞こえなかったのか？ "使いどころを見極めろ"と言ったのだ。
つまらん意地に縛られ、使うべき時に使わずに、貴重な異聞帯の内の一つを伐採されたら失笑物だからな』
『………………………………。』
『………………………………。』
『─────それだけで彼らに対抗できるか、疑問なものですが』
火花を散らす二人の拮抗状態に割って入るように、6つ目のホログラムが灯る。
『ガフか。……………花宴はどうした？』
『彼女は現在、民の統治に尽力しています。
何しろ人々の常識すら違う世界ですので…………』
『───………………………』
少し報告をした後に、その新しく映ったホログラムに映る少年は
不満気味に口を真一文字に閉ざし、口元を布で覆った男をにらみつける。
『どうした？ 不満げな顔をしているじゃねぇかガフよ』
『…………………彼女にあの英霊を召喚させたのはお前か？ ノンボーン』
ギロリ、とその少年は、口元を布で覆った男を睨む眼光を強める。
先ほどは茶化していた、黒包丁を持った男が短く口笛を吹く。
『なんの話だ？ まぁ、触媒の手当てぐらいはしてやったがな』
『とぼけるな。彼女にあの英霊は危険すぎる。彼女があの英霊を御しきれるかどうか……
彼女はあまりにも、あの英霊と比べ"優しすぎる"。何より、あれが彼女の望んだ世界とは到底────』
『ガフさん』
少年の激昂から吐き出される言葉を、白衣を着た男性が言葉で制止する。
『既に決まった事柄に対して、とやかく言う物ではないですよ。
確かに彼女に対し、この異聞帯という物は荷が重いでしょう。
…………だからこそ、貴方が支えてあげてください』
『………………………。』
『つか、俺らと違ってお前がいるのはあいつと同じ異聞帯なんだからよぉ、
お前が直接あの女に出向いて話しゃあいいじゃねぇか？』
『もしくは反逆でもしてみればいい。
生まれながらの反逆者なんだろう？ クククク…………』
『…………………。一旦通信を切ります。それでは』
そういうと、少年のホログラムがブツリと消えた。
『まぁ……。アイツが一人で通信してきたのは予想は着いていたが、
お前ん所のグレイはどうした月光？ なんか姿が見えねぇようだが……』
『あ奴めなら今日も荒野で魔獣を殺し続ける日々だ……。
まったく、研鑽を求めるあまりに命を不意に落としそうなまでの気迫よ。
頼もしい限りだな。ヌァッハッハッハッハッハッハ！！』
『へぇそうかい。お前たちの所は随分と楽そうで良いねぇ』
黒包丁を持った男は、カカカと軽快に笑う。
『そう言うお前たちこそ、今までの世界と変わりがないではないかゲンゾー。
それに、マニハルトめは何処へ行った？』
『あいつなら、今日も忙しそうに金の動きを見ているよ。
まぁ、おれとしちゃあ料理に専念できるから、奴が忙しい方がありがてぇがね』
『そうか。貴様の方はどうなっているアークライト』
じろり、と口元を布で覆った男はその鋭い視線を、
白衣の男性のホログラム映像へと向ける。
『順調です。順調に"世界"の建造は進んでいます。
私の新造物質があれば、そう長くはかからないでしょう。
これさえ完成すれば、我々の異聞帯が頭一つ抜きんでると考えています』
『言うじゃねぇか面白れぇ。おとなしい奴だと思っていたが、
虎視眈々と抜け目なく俺らを出し抜くことを狙ってたってわけかい』
『そんな訳ではないですよ。ただ私は、科学で根源へとたどり着きたいだけです』
白衣の男性は、ゆっくりと首を横に振りながらその言葉を否定した。
『そう言ってられるのも今の内だぞアークライト。
じき俺たちの箱舟の選別も終わる。地を埋め尽くす人造合成英霊の完成は目前だ』
『かの堕天使の計画の再現ですか。相変わらずの速さですね。Dr.ノンボーン』
『元気だなお前ら！ 俺はいつも通り、料理の腕を磨いているぜ。
何しろ、ここは見たこともない食材の宝庫だからなぁ』
『………ん？ そういえば、モーチセンさんとサー・ミュートがいませんね』
白衣の男性が、ホログラム映像の灯っていない空白の席二つを見ながら言う。
『連中が飛ばされた異聞帯は、あのカールめの推薦だった。
きっとろくでもない世界であるだろうよ。間違いない』
『違いねぇ！ 最高に皮肉が効いていそうではあるがな！』
ハハハハハ！と黒包丁を持った男は声高らかに笑った。
『むっ……そろそろコロッセウムの開演の時間だ。
我々は血沸き肉躍る舞台へと舞い戻るとしよう』
『分かった。では我々も離れるとしよう。各自異聞帯の成長を怠らないよう』
そう言うと、口元を布で覆った男が立ち上がる。
それに合わせ、他の四人も立ち上がる。
『新世界に栄光の在らんことを』
『『『栄光の在らんことを』』』
そう言うと同時に、５つのホログラム映像は同時に消え、円卓を再び暗闇が支配し始めた。
◆
Fate/Guardian Order-beyond the 13-Orders- LostBelt-No.∂
「最奥の獣性」 極限闘争死線 コロッセウム
異聞深度：D-
◆
アクシア聖団の一部と矢衾警備保障、そしてルーナティルたちは
ファルス・シャドウ・ボーダーを使い月光とグレイが支配する異聞帯へと辿り着いた。
そこは人類のエゴのみで作られた世界。「あらゆる人間が自己のみを愛する」という狂気の具現であった。
金も、知恵も、運もこの世界にはあり得ない。人間は己の力のみを研鑽し続け、間違った繁栄をした世界であった。
情報を聞くべく彼らは街へ辿り着く。
だが、その町に蔓延る暴漢達が彼らを襲う。
暴漢達をなんとか迎撃し、この世界の事を彼らは聞き出した。
『ああ？力を誇示したいなら、コロッセウムにでも行けばいい』
驚くべきことに、この異聞帯では2018年の現在でもコロッセウムが存在し続けており、
そして全人類がそこに集い昼夜問わず、年中血で血を洗う闘争に明け暮れているという。
そのコロッセウムがこの異聞帯の原因、即ちO-13導き手たちがいると彼らは考えた。
情報収集役と、そのコロッセウムへの侵入役の二手に彼らは別れた。
アクシア聖団と矢衾警備保障一行側は、その異常たる光景のコロッセウムに潜入する。
そしてそこでは、狂気と感じる事すら憚られるほどの、常識外の地獄が広がっていた。
◆
『血！血！！血が欲しい！！拳に！刃に！！魂に！！
血を捧げよ！臓物を捧げよ！！闘争の渇きを癒す血を！！』
狂気の合唱が湧き立ち、コロッセウム中に響く。
コロッセウムの中心では、数を数えるも億劫に感じられるほどの男たちが殺し合う。
剣、槍、銃、槌、棍棒、そして拳、古今東西ありとあらゆる近接戦闘用の武具を用い、
ただただ目の色を変えて、目の前に立つ全ての存在を互いに傷つけあい、そして殺しあっていた。
「………………ッ！」
「…………ひどい……」
アクシア聖団の一人が、ふとそのような言葉を漏らした。
まだ幼いイニシエイト・ナイトの中には、口元を抑え必死に吐き気に耐えているものもいた。
それほどまでに、コロッセウムに広がる光景は異常であった。
だが、そう感じているのは彼らだけであった。
そう。この異聞帯に於いては、この光景を異常と感じる彼らこそが、異常なのだ。
『殺せ！ 殺せ！！ 血を見せろ！！』
『邪魔だ見えねぇぞ！！！ ゴミは端でうずくまってろ！！』
コロッセウムの観客席の何処かで怒号が上がる。
それと同時に、観客席の中で闘争が瞬く間に広がり、包み込む。
拳の応酬が繰り広げられ、鮮血が飛び散る。女子供すらその闘争に群がり、交ざり、
そして惨たらしく死んでいく。道理分らぬ乳飲み子すらも、その闘争の中で無惨に踏み潰され死んでいく。
その横では、その広がった闘争を止める事もなく、淡々と清掃員が死んだ女子供、そして男たちの遺体を背負い片づけていく。
──────まさしく、地獄と表現することすら生ぬるい、狂気であった。
何が最も恐ろしいか？ 誰も彼もが、その光景を異常と認識していない事、
それが……汎人類史より来た彼らにとって、ただただ恐ろしく、悍ましかった。
「へぇ、こりゃまた……品の無い事だ」
ククク、と喉を鳴らす男が一人。名を矢衾幻河、虐殺の専門家。
矢衾警備保障、魔術師も非魔術師も境なく雇い、そして殺しをビジネスとする会社の社長。
その歪んだ口端と互い、その口調はひどく落胆したもののように感じられた。
「こうじゃねぇんだよなぁ……そりゃ殺しってのはこのレベルで行われてしかるべきだ。
だがなぁ、こんなもん唯の作業じゃねぇか？ 余裕がねぇ、面白くねぇ」
はぁ、と一つため息をつく
「────何よりよぉ、俺以外のその他大勢が、
俺からこんな沢山楽しみを奪うのは、許せねぇなぁおじさん」
「全くですわね。人を殺すのは、私達のお仕事ですのに」
「私としては殺す殺されるのは別にいいが、こいつら全員非効率だな。
最もこの世界で効率のいい殺し方とは何か、特別に講義してやりたい気分だ。……さて、どうします社長？」
「んなもん一つしかねぇだろぉ？ 仕事だテメェラ。歩合制で無制限。依頼人は俺自らだ。存分にやれ」
バチィン、と仰々しく指が鳴る。
そして男の背後で、清楚な服装の少女が拳を構え、顔の半分が焼けただれた女性が銃を構える。
「ああちょっと！？ 僕ら隠密行動中だからあんまそう言うのは────！！」
「やれ」
矢衾幻河が短くそう言うと同時に、彼の背後にいた十数人の社員が一斉に散り散りとなる。
そして、死の音が急速に広がり始めた。
「ああ！ 溜まりませんわねこの感触！！ 汎人類史とはまた違う！
随分と鍛え抜かれている筋肉で殴り殺し甲斐がありますわ！ なるほど、生きた年数そのものが鍛え上げた年数ですのね！！
これは！！ これは！！ 実に殺し甲斐があって非常に嬉しいですわ！！」
「わざわざ向こうの流儀に倣う必要は無いんだぞエルシア？
要はぶち壊せばいいだろう？ 全軍前進(Panzer vor)！！」
「いよっしゃぁ！！ ようやくだ！ ようやく俺に殺しができる日が回ってきた……！！
……ああ！ お前はそっちじゃねぇよこっち殺せ！ そっちの方が効率良い！ だから！ お前はこっち！！」
銃声が響く、殴打の音が響く、肉の灼ける音が響く。
死、死、死、ただただ人の死んでいく音だけが、響いていく。
そして、死が起こると同時に巻き起こるはずの、悲鳴という音は、その一切が響いてこなかった。
「…………」
そのあまりの凄惨な光景に、イニシエイト・ナイトの一人がとうとう地面に吐しゃ物をぶちまけた。
仮面を脱ぎ去り、その内側に籠っていた顔を青く染めて、地面にうずくまって胃の内容物をすべて吐き出した。
他の騎士たちも、そこまではいかない物の、その多くが眉をしかめて不快感を強めていた。
今までの光景ならば、まだ耐えることが出来た。なにせ彼らも騎士。人の死は慣れている。
故に、異聞帯の人間たちが常識のように人間を殺すことには耐えることが出来た。
だが、今目の前で殺し続けているのは、他でもない。自分たちと同じ、汎人類史の人間たちだ。
これほどの虐殺が、例え「どれだけ殺しても罪には問われず、影響はない」と言われたところで、可能なのだろうか？
そのような疑問が、騎士たちの脳裏をよぎった。
「行こう……ここは奴らに任せるしかない」
「そ、そうだ……そうだよ……！ 専門家には専門家をあてなくちゃ！ だから逃げよう！」
「いや、騎士として、この戦場という場所に背を向ける訳には断じていかん」
「いいから私達も殺しに混ざりましょうよー！」
アクシアの騎士たちの間でも意見が分かれ始める。
彼らのそれぞれが抱く騎士道は十人十色。故にこの地獄を見て抱く感情もまた、十人十色である。
逃げ出したい者、剣を執る者、救いを成そうとするもの、殺しに混ざろうとするもの。そのどれもが、
彼らそれぞれの掲げる騎士道に準じての決定であった。
──────そんな時、声が響く。
『ほう、ネズミらめが紛れ込んでいたと思えば、派手に暴れだしおったか』
ズズゥン……！！ と、地響きが空気を揺らした。
彼ら汎人類史の尖兵たちがいたその場所の中心に、天より飛来した男が、両手を合わせてアイサツをした。
「ドーモ、汎人類史のミナサン。O-13導き手第十位『超越の導き手』江戸“月光”福兵衛左衛門＝デス」
◆
突如として襲来したO-13第十位、江戸“月光”福兵衛左衛門は高らかに笑う。
早くも現れた敵の親玉に対し、矢衾警備保障の面々はこれ幸いと一斉に己の武器を向ける。
「ふん、貴様らも多かれ少なかれ、超越へ向けて鍛錬を積み重ねてきた者たちか……」
「だが、足りぬ！！」
そう福兵衛左衛門は叫び、その片腕に刻まれた令呪をかざす。
刹那、コロッセウムの鉄の扉が引き裂かれ、その災害が出現する。
その巨躯は天を突くほどに在り、その隆々たる肉体は巌と形容することすら憚られるほどに厚く、
そしてその全身を覆う暑い皮膚は、刃も、銃弾も、拳も、いかなる武具をも通さないと言わんばかりに硬かった
「往け我がバーサーカー！！ 暴虐皇帝コンモドゥスよ！！」
『怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨々々々々々々々々々々々ッッッッッッッッッ！！！！！！！』
福兵衛左衛門の命令により、その巨躯なるバーサーカーは咆哮を上げる。
その咆哮はもはや暴風であった。びりびりと肌が震えるのを、その場にいる全ての人々が感じた。
「マジに過去の英雄を使い魔に仕立て上げてるのかよ……っ！？」
矢衾幻河は驚愕する。その驚愕の声色とは裏腹に、その口端は吊り上がっていた。
その目は嬉々として爛々と輝き、彼はその握りこぶしを固める。
「逃げましょうよぉ！！」
「バァーカ、目の前に王将が突っ立ってるんだぞ？
ここで逃げるか普通？」
逃げ、作戦を立て直そうとする聖団と、この場に残り徹底抗戦をせんとする矢衾たち。
その両者の前に、突如として新手が出現する。
「ッ！！ なんだこのミイラたちは！？」
コロッセウムを、時代と場所にそぐわない大量のミイラが埋め尽くした。
駆けつけたのは始まりのピラミッドを築いたとされるエジプトの神官、イムホテプであった。
◆
「コロッセウムが騒ぎになっていると聞き駆けつけた！……やはり、汎人類史か！」
「ふっ、間に合ったようだな」
黒いマントをたなびかせながら、ルーナティルがふふっと笑った。
「！！ ルーナティルさん！！」
「俺らも忘れんじゃねぇよ。アクシア聖団第一小隊、全員集合だな」
石丸と先ほど車内で呼ばれていた男が横に現れる。
それを見たアクシア聖団のイニシエイト・ナイトたちは、今にも泣きそうな顔をしていた。
「だが、再開を喜んでいる暇はなさそうだな」
「かもな」
『怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨！！！！！』
石丸とルーナティルが視線を移す。
暴虐の皇帝が、己の周囲にまとわりつくミイラたちを振り払っては粉砕する。
だがそれでも、ミイラたちは彼に二重三重にまとわりつき、侵攻を食い止め続ける。
その先では、福兵衛左衛門があふれ出るミイラを次々粉砕してこちらへと歩み寄ってきていた。
「この時代……この、人類が己のみを愛するしかできぬ異聞において、
まだ汎人類史などという弱き世界の残滓が残っているとはな……」
ニヤリ、と口端を歪ませながら、福兵衛左衛門は楽しそうに笑う。
「……己のみを、愛する？」
「然り」
バァン！！ と右拳の正拳突きでミイラを粉々にしながら続ける。
「この異聞帯は、人類が己のみを愛し、己のみを正義とし、
そして他者を蹴落とすことしか考えない世界…………。
何が理由でこうなったかは知らんが、拙者(ワシ)にとってはどうでも良い事よ」
ヌハハハハハハハ、と高らかに忍者は笑う。
「このような自己愛だけの世界では、英霊など生まれやしない！！
人間だけの身ならば、我ら鍛え続けた研鑽の極致に勝てる道理もない！！
もはやお前たちは袋の鼠だ！！」
「しかし、その英霊たちもどうやら宝具は使えるらしい。
さて、この無限に湧き続けるミイラ、どう対処する？」
ルーナティルが問う。それに対し福兵衛左衛門は、
口端を更に高く釣り上げて愉しそうに笑う。
「莫迦め、異聞帯に我らO-13は、一人ではないぞ？」
ッタァン！！ と銃声が響いた。
その銃声はルーナティルの左手を正確に射抜いた。
「ッ！ これは……！！」
「遅いぞグレイ」
『(ｻﾞ､ｻﾞｰ、ｻﾞｻﾞｯ)申し訳ありません。少し、準備に手間取りましてね』
その銃声はコロッセウムから遠く、遙か遠くにある荒野の中心にある岩山から響いていた。
「ッ！！？ あんな……遠くから……！？」
「チッ 奴の令呪は手の甲ではなかったようだな。続けろグレイ！」
『了解』
「へぇ、狙撃に必要な集中力、そしてあれほどの距離届かせるのに必要な銃の威力、
その銃の威力の反動を受け止める筋力……全部並大抵のもんじゃない。やるねぇあいつ」
「言ってる場合ですか！？」
アクシア聖団たちは身を伏せる。
だがしかし、矢衾警備保障の者たちは伏せるどころか、
物怖じの一切を起こさず、ただ堂々と立ち続けていた。
「……銃とは、なるほど面白い。よほど研鑽を続けたと見える」
その堂々と立つ警備保障の社員の中で一人、
中心に立つ矢衾がギンッ！ と、スコープを用いても見えるかどうか分からない距離の先にいるグレイを睨む。
「んな玩具じゃなく、サシでやりあおうぜ？」
「…………………。」
その眼光を受けながらも、グレイは次のライフルの弾を微塵の曇りもなく装填する。
だが、その時の彼の口元は、かすかに"笑っていた"
「ここに長居してもしょうがねぇ！！ ずらかるぞ！」
「み、皆さんも早く！！」
そうイムホテプが叫ぶと、コロッセウムを埋め尽くしていたミイラたちが一斉に移動を開始する。
それにつれられる形で、中には引きづられる、持ち去られる形で矢衾警備保障の面々も渋々退散した。
──────１人以外は
「矢衾さん！？ 早く逃げましょうよ！！」
「あー？ おじさん最後にどうしても言いたいことあるからちょっと待ってくれ」
「言葉より命が大事ですよー！！」
「ヌハハハハハハハ！！！ 良い度胸だ介錯してくれる！殺れグレイ！！」
『承知しました』
ガキリ、と撃鉄を起こす音が響く。
グレイはその遮光の魔眼を引き絞り、コロッセウムの中心に立つ男の脳天に焦点を合わせる。
「名前も知らねぇ兄ちゃんよぉ」
ニタァ……、と矢衾が飢えた獣のような笑みを浮かべる
「次あったら、ガチの殺り合いをしようぜ？
それとも何か？ お前は俺を、玩具で殺して、満足なのかい？」
「──────────────────。」
コンマ壱秒、グレイの引き金を引く手が、鈍った。
その瞬間、魔術で己の手を再生させたルーナティルが目暗ましの魔術を張った。
「はやく！ 今のうちに！！」
彼女がそう叫ぶと同時に、ミイラが高速での移動を開始する。
結果、コロッセウムには一人の導き手と、そのサーヴァントと、生き残った数人の観客だけが残っていた。
「─────────────あれが、我々の敵か」
『正直、拍子抜けですね。……ただ、見込みのある者たちが十数人、いたようですが』
「だがそれも、所詮汎人類史。我らには関係のない事だ。戻ってこいグレイ。報告と作戦会議だ」
『了解』
通信を切る音が響き、導き手はコロッセウムの地下へと歩む。
それに続くように、自分の身にまとわりついていたミイラの離れたコンモドゥスもまた、
コロッセウムの地下へとその身を移した。
◆
撤退した彼らを待っていたのは、数人の信仰を失った英霊たち、
そして非力故に居場所を失ったはぐれの異聞帯の住民たちの部落であった。
イムホテプと彼らは協力し合い反逆軍を作っていた。
しかしその場にいるのは老人や女、そしてはぐれ英霊たちと
闘争だけが全てであるこの世界では戦えない者たちばかりであった。
『で、でも！ 宝具を使えるのなら、サーヴァントとして十分強いはず……！！』
アクシア聖団の誰かが、励ますようにそう言う。
しかし、その言葉にイムホテプは複雑な表情をする。
「宝具だけじゃ、ダメなんだ
俺たち英霊の信仰が集った、宝具だけじゃ……！」
そういって案内されたのは、部落の端にある洞窟であった。
『くるな……！』
洞窟の奥から声が響く。
「僕は……力もない……智慧もない……！
あるのはこの……"呪い"だけだ……！来ないでくれ……不幸に…してしまう……！！」
そこには大量の死霊が渦巻いていた。
その洞窟の奥には、彼の宝具…彼の逸話、
『ファラオの呪い』という偽りの奇跡だけが残り、それに蝕まれている、イムホテプと同郷の英霊
そう、異聞帯のツタンカーメンが、そこにいた。
◆
「なるほど、英霊本人でなく、その残された信仰のほうが強く残ったが故に、
このように自分の残した名前に食われ続ける者もいる……ということか」
スッ、と洞窟の隙間から奥の方をルーナティルが覗く。
その言葉に対して、イムホテプがコクリと頷いた。
「来るな……、僕の…呪いが……君にも……」
「安心しろ、呪い除けぐらい常備している。この程度なら余裕だ」
そういってルーナティルは、洞窟の奥で一人うずくまるツタンカーメンに近づき、
そしてその肌を触ったり、その霊基をまじまじと見て確認したりと、その特徴を視認した。
「ひっ……」
「ふむ……、大方の霊基は汎人類史のサーヴァントと違いはない、か？
しかし、無辜の怪物スキルが暴走している……？ 難しいのう、召喚術はヘルファズルの管轄だからな」
そうぼやきながら調査をしていると、ルーナティルの肌を死霊がズズズ…と這うように動いた。
「むぅうっとおしい。護符でもこの程度しか守れないのか。
どうやら相当に強力な呪い……いや、強烈な風評被害というべきかな？」
「き……危険だ……。ぼ、僕は英霊になってから……常にこうなんだ……。
生前も……よ、弱い奴は……生きる価値がないと……常に、迫害されていた……。
か、構わ……ないで……くれ……」
「────ふむ、生前から…か」
そう言いながら、少女は急ぐようにツタンカーメンから離れ洞窟の入り口へと出ていく。
「何か、分かったのかい嬢ちゃん」
「いや。儂はサーヴァントに関してはてんでだからなぁ。
マイルストーンとか言っていたあの男と、その隣にいたリントフェルデ嬢などなら、詳しいのかもしれないが…」
ふぅ、と短く息を吐いてルーナティルがイムホテプに向かう。
「一つ問いたい。この異聞帯が汎人類史より分かれた年代は分かるか？」
「あんた、詳しいのか？」
「まぁ、人並み以上にはこういった剪定だの、平行世界だのには詳しい。
なにせ私自身も、分かれた身だからな」
イムホテプはその言葉に首をかしげる。
それに対してハッと少女は口を慌てて覆うが、まぁいいかとでも言うように今まで通りの態度に戻った。
不信に思いながらも、イムホテプはとりあえず現在自分が知っている事柄を話し始めた。
「おそらく、この異聞帯が分かたれたのは191年前後……、あのコンモドゥス王が統治していた前後と予想される」
「ふむ……あの福兵衛左衛門と名乗った男が従えていた、暴風のようなサーヴァントか……」
アクシア聖団たちがその名前を聞いて、ブルリと震えあがる。
対して矢衾の社長は、あの暴風にして巌のような怪物を思い出してにやりと口角を釣り上げていた。
「この異聞帯の住人は、口々にこう唱えていた。
"史上最も偉大にして人類を留めた王。新たなるロムルスにして真なるヘラクレスが帰ってきた"と」
「…………人類を、留めた…………？」
「ああそうだ。どうも憎らしい事に、奴がボクら人類を滅亡から救ったという歴史になっているらしい」
ザッ、とショートヘアの褐色の少女が着地をしながら不満げに声を漏らす。
「ハトシェプスト！ 帰ってきたか」
「ああ、この辺の魔獣は基本刈り取ることが出来た」
そう快活に笑いながら、周囲に呆然と佇むアクシア聖団の面々に少女が向かう。
「やぁやぁ初めまして！！ うわぁ汎人類史の人たちなんて久しぶり〜〜！！
ここの人たち誰もボクの事を女ってだけで見てくれなくてさぁ…… あ、自己紹介がまだだったね！
ボクの名はハトシェプスト！！ 是非とも！ しっかり！ 覚えてくれ！！」
「ま、まぁ自己紹介も大事だが、今はこの異聞帯の話をだな」
「あ……そうだった！ ごめんごめん」
あはは……、と少女は笑いながら、その黒い髪の生えそろった頭をポリポリと掻いた。
イムホテプはそんな少女に、少し楽しそうに苦笑いしながら話を続ける。
「うむ、あの皇帝が人類を救った英雄になっている、とはどういうことだ？」
「そうだ。あいつは確かネロやカリギュラに次ぐ暴君だって歴史の授業で聞いたぞ！？」
「その歴史が端から狂ってるのが異聞帯なんだけどね……」
「ああ。どうも聞いた話では、空から流星が降ったらしい」
流星。言葉では知っている物の、それがどういった存在かはいまいち理解できない者は多いかもしれない。
だが、"流星が堕ちた"という言葉が、どのような事を意味するかは、多少の智慧が在れば分かるだろう。
この場で冗談が言われるはずもない。そう察した、この場にいる全ての人間が押し黙った。
「191年……そうか、コンモドゥスがローマの街を改築した年か？」
「どうもそうらしいな。この異聞帯ではかの皇帝は魔術師を総動員し、ローマを究極の要塞にしたそうだ。
いや……おそらく奴からすれば、街全てをコロッセウムにしたかったのかもしれないが……」
「そして、その要塞は"強固すぎた"。空から降り注いだ流星から、唯一このローマ帝国だけを守ったんだってさ。
その結果、かの暴虐皇帝は人類を救った英雄に。そして彼の統治下で生き続けた人間は全部自分本位の脳筋にってすんぽーさ。
だれもかれもボクを見てくれない！ もうやんなっちゃうよ」
「ふぅむ……、なるほどなぁ」
ルーナティルが顎をさすりながら、ふんふんと頷く。
「その異聞帯の影響で、信仰は全てコンモドゥスの下に。
そしてそのコンモドゥスがサーヴァントとして蘇ったとなって世界中を上げて大騒ぎ…と言うのが現状だ」
「ふむ。そしてこの、強い者だけが生きられる異聞帯が作られたというわけか」
うん、と大きく一つ頷いてルーナティルは顔を上げた。
「ありがとう。解決できるかは分からないが、参考にさせてもらう」
「こちらこそ。この程度の情報でも役立ててくれたら大いにありがたい」
そう言いながら、ルーナティルは次なる情報を得るために集落の者たちへの聞き込みへと向かった。
「(……しかし、ならば何故コンモドゥス以前の時代であるツタンカーメンの生前にまで、
弱肉強食のルールが敷かれているのだ……？ 少し、つっかかる気分だ……)」
◆
一通り異聞帯についての情報を得た聖団と矢衾警備保障、そしてルーナティル。
まずは仲間を増やす事、そして何より英霊の信仰を取り戻すべきだと聖団は提案する。
だがいい案が浮かばず、地道なボランティアに頼るという安易な案しか浮かばなかった。
イムホテプのミイラによるボランティアと矢衾警備保障によるチンピラ討伐が続く。
『こんな呑気な事してていいのかよ……！』と何者かのつぶやきが聞こえた。
◆
「────グレイよ」
漆黒の部屋の中、皺枯れた声が響く。
「貴様はあの戦闘の中で、何を思う？」
「突然、どうしたんですか」
「何、奴らあれ以来こっきりと見なくなった。
貴様がどのように奴らを見て感じたのかを、ありのままに聞きたいと思ったまでよ」
ズズ……、と福兵衛左衛門は緑茶をすすりながら、呵々と笑う。
「貴様の観察眼……並びに遮光の魔眼は非常に優れている。
どこでその直感を鍛え上げていたかは知らんが、頼りになる。
そんな貴様が奴らより感じた心境を、ありのままに聞きたい」
「なるほど」
そう頷くと、グレイは少し、ほんの少しだけ沈黙すると、
かぶりを振りながら言った。
「はっきり言って、期待外れというほかありませんでした。
アナタが直接戦うほどじゃないですよ。ええ。」
「ふむ──────」
ダンッ、と福兵衛左衛門は片手に掴んでいた湯呑を、
割れんばかりの勢いで机に叩きつけながら、ギロリとグレイを睨む。
「ならば何故……あの時"あの男"を逃がした？ 貴様のリロードの時間は確か４秒。
あの男の心臓に狙いをつけ、そして打ち抜くことなぞ、容易にできたはずだが……？」
「手元が狂ったんですよ」
グレイは、その福兵衛左衛門の発する圧倒的な"圧"を前にしても、
冷や汗一つ垂らさずに、サラリと答えてのけた。
「──────まぁいい」
吐き捨てるように福兵衛左衛門は言う。
そしてパチンと指を鳴らすと、その背後の暗闇からヌゥと一人の男が現れた。
「オゥ、呼びましたかい？」
「ディストルツィオーネよ。奴らを探せ！ 見つけたならば殺して構わん！
拙者(ワシ)はコンモドゥスの制御のために、この場にいなくてはならん。頼んだぞ」
「良いだろう。暴れられるんなら俺は何だっていい。受けようじゃねぇか」
そう言って、ディストルツィオーネと呼ばれた男は呵々と笑いながらその場を後にした。
「彼一人では心配でしょう。自分も行きますよ。
あの男を殺り損ねた分、取り戻して見せましょう」
「ほう、別に良いが……貴様、近接戦闘の心得はあるのか？」
「こう見えても、腕力には自信があるのですよ」
そうニヤリとほくそ笑み、グレイもまたその部屋を後にした。
◆
仲間を増やすため、ボランティアを続ける聖団たち。
イムホテプのミイラたちと協力して近隣の村を助けていた際、事件が起きた。
「こいつらだ！ こいつらが昨日俺たちの村を襲ったんだ！！」
なんと聖団たちは盗賊の汚名を着せられてしまう。
曰く、その村を襲った盗賊たちは幽霊を操っていたという。
聖団たちは誤解を払拭するべく盗賊の討伐を剣に誓う。
だがしかし、手掛かりもない盗賊たちがどこにいるかなど分かるはずもない。
「どうすれば見つけられる？」そう手をこまねいていた時、矢衾の社員の一人、恵月環が名乗りを上げる。
彼女の奪熱の魔眼によって、幽霊と言った"生命エネルギーだけの存在"の場所を探知できるとのことであった。
探し当てた先には、不気味にほの寒い洞窟があった。恐れながらも入ってみると、そこには────
「ヒャーッハハハハハァ！！ ようやく来たかァ！ 汎人類史のマスター様よォ！」
「ふむ、存外に早く来おったな。良き事じゃ。これであの男めとの約束も果たせるという物よ。良き良き」
盗賊の逃げた先では悪霊たちが巣食っていた。
そしてそこの中央に座していたのはメギドラ・エイハブ・サレナであった。
更に彼女が使役しているサーヴァントは他でもない。先に邂逅したサーヴァント、
ツタンカーメンの不倶戴天の仇ともいえる天敵、盗賊王ハワード・カーターがそこにいた。
◆
「何故……何故私達以外に汎人類史のサーヴァントが……！？」
イムホテプが戦慄する。当然だ。汎人類史の英霊ならば、この異聞帯を修正するべく動くのが常であろう。
それをあろうことか、この眼の前に立つカーターは己の欲を満たすためだけに、略奪行為に手を染めているではないか
その行為が、行動が、イムホテプにとっては恐ろしかった。
「ハッ！ 俺様は生憎盗賊でねぇ……ちんけな汎人類史に縋るよか、
こうして自由気ままに盗みを働いている方がマシってすんぽーよぉ！！」
ギャハハハハハ！！ とカーターは目の前の神官をあざ笑う。
その下卑た笑いに、アクシア聖団たちは顔をしかめる。
「……貴女は、何故そのサーヴァントを……使役しているのですか？」
聖団の一人が、メギドラに問う。
その問いに対して、メギドラはんー、と少し考えたのちに笑いながら答えた。
「まぁ言うなれば戯れよ。この"世界"に塗り替わってから、ついぞ儂は退屈だった。
そしたらあのノンボーンめの仲間が引き起こした事件だというではないか！ これ幸いと、
一人サーヴァントを融通してもらったわけよ。儂のディブクとこ奴の死霊共は相性が良いからなぁ」
ケタケタと、肌色の悪い少女は楽しそうに笑う。
略奪や殺しを楽しんでいるその姿を、今更とやかく言う事をアクシア聖団はしない。
それ以上に、彼女の言葉には聞き過ごせない言葉があった。
「…………この"世界"に…………塗り替わって…………から？」
「お前、…………汎人類史の記憶があるのか？ 人間なのに？」
「んー？ なるほど以前の世界は汎人類史というのか。言い得て妙だな。
まぁ儂は特異体質だろうよ。どうも我の強い奴や運のいい奴は汎人類史とやらの記憶を保持したまま新しい法則の世界に移るらしい。
これもカールの手際が悪いからだとかなんだとか、ノンボーンの奴も愚痴っていたっけかなぁ」
その言葉に、アクシア聖団の多くがザワついた。
そんな中で一人だけ、ルーナティルだけが真剣な表情で顎を撫でながら思考を続ける。
「(やはりこの異聞帯……濾過異聞史現象……何かがおかしい…………。
儂の可能性が見たとされる楔、空想樹すらない。何故だ？ まさか本当に、あのカールクラフトそのものが異星の神だとでも？)」
「御託は良い。よくもまぁべちゃくちゃべちゃくちゃ口が回るぜ。そんなこたどうでも良いんだよ……。
俺が用があんのはなぁ、たった一人のファラオ様なんだよ……」
吐き捨てるように、ハワード・カーターは言う。
「ツタンカーメンだ。匿っているのは分かるんだぜェ？
そいつさえ差し出しゃあお前ら全員きれいさっぱり見逃してやるよォ！」
カーターが高笑いする。だがそれは、絶対に出来ない選択肢だった。
ツタンカーメンは異聞の影響を受けて虚弱なる存在になり果てている。
そんな彼を、目の前に立つ邪悪と逢わせればどうなるかなど、火を見るよりも明白であった。
「そ、そんなこと…出来る訳ないだろう！」
「そうだ。彼は我らの大切な仲間だ。お前なんぞに合わせる顔などない。神聖なファラオだぞ？」
イムホテプとハトシェプストが言い放つ。
その言葉を聞いてハワード・カーターは口端を歪ませ、
腕をぶんと振るい死霊を四方八方へとぶちまける。
「なら、大人しく死んどけェ！！」
その死霊どもにメギドラが指向性を持たせ、一斉に汎人類史の魔術師たちへと向かわせる。
両者の息はぴったりと合っていた。対して聖団は、矢衾は、互いに互いの奥底すらも見せていない。
勝ち目は見えない……そう思っていた。
だが
「……悪いが、ツタンカーメンがどうのとかは俺には関係ない」
ザッ、と男が一人前に出た。
十字架を掲げ、詠唱を唱え剣を振るう。
その剣は、本家大元の黒鍵ほどではないにせよ、
悪霊等と言った邪悪を両断するには十分な威力を誇っていた。
「八十八……！」
「それはそうとして、生憎……幽霊だのには強いんでね。
これでも聖堂教会からの派生組織なんで、俺ら。
……………………それに、少し因縁もある」
幽霊、本来この世にはいないモノ
そう言った存在と幾度となくすれ違った男、
────そして、先代スピカの今の姿を知る男、石丸八十八が言う。
「同輩のブラザー石丸が前に出るというのならば、私も出なくてはな」
ザン、とサイバネアームを振るいながら、
長い髪をたなびかせた女性騎士が隣に立つ。
「アリサさん！？」
「一度試してみたかったんだ。洗礼詠唱だったか……。
あれより私の徹甲術式のほうが、どれだけ優れているかをね」
「逃げる道を知らないのかこの人たちは！？」
「皆この異聞帯の闘気にあてられたんじゃ……」
イニシエイトナイトの面々が若干呆れながら言う。
だがその表情には一切の呆れは感じられない。例えるのなら……安心感というべきであろうか。
さながら「自分たちの上に立つ人達は、やはり騎士なんだ」という、憧憬のようなものが感じ取れた。
「さすが騎士様たちだねぇ」
「なら騎士様たちにはあのうっとおしい幽霊共の殲滅を頼もうか」
「私達は肉持つ人間担当なんでね。その点お前たちは教会からの派生だから、ああいうのには得意だろう？」
「ああ。魔を祓うこの刃の切れ味、見せてくれよう！！」
「ハッ！ 戦場で生きるは強者と憶病者だけだ！
死ぬのは己知らぬ勇者からと教えてやるぜぇ！」
そうカーターが言い放つと同時に、四方八方から悪霊が騎士団にとびかかる。
その悪霊たちを、アクシアの騎士たちはその戦場で鍛え抜かれた直感と戦闘能力を駆使し、
迫る肉体持たぬ怪物たちをバサリ、バサリと両断し天へと還していった。
「ちっ！！ まさか教会の騎士共を敵に回しているとは聞いていないぞノンボーン！」
「よし！ そこ！！ 開けた！」
騎士たちが悪霊を払いのけ、騎士の一人たるアリサが指を差しながら叫ぶ。
その指さされた先、真っすぐにメギドラとカーターのもとへと走った一直線を、一人の魔術師が走る。
その走る者は、騎士たちの予想通り確かに矢衾の社員。だがその人影は、騎士たちの思ったものとは真逆の、幼げな少女であった。
「えっ！？ あの──────娘が？」
「娘だとみて甘く見ていると痛い眼を見る事になるぜ。魔眼だけに」
「あいつは良い。私のような殺戮を目的に我ら矢衾に入ったわけじゃない。
殺しをそのまま殺しとして行える。故に、こういう場じゃ強いんだよ」
「存分に殺れ！ 恵月環！！」
スッ……、と まるでそれが日常の一場面であるかのように、
眼を合わせた物のすべての生命を奪い取る魔眼が、メギドラの眼とぴたり、とあった
◆
恵月環の眼は確かにメギドラの生命力のすべてを奪った。
倒した。……かと思われたがメギドラは不敵に笑う。
なんと彼女はノンボーンより受け取った令呪を代替として自身の生命力が奪われる事を回避したのだ。
無防備になった彼女の背中をカーターの凶刃が襲う。万事休すか そう思われたその時であった。
ガシィッッッ！！！
凄まじい勢いでその刃が止められた。
「────遅くなった。本当に……遅くなった……。手間を、掛けた」
「洞窟にまで気配遮断を拡げているとは……。やっぱりこの異聞帯じゃ人間＞英霊なのかな？」
「なんだよ……。結構集まってるじゃねぇか……」
そこにいたのは、３人の英霊。
今まで邪知暴虐を働く盗賊を追い続け、民を守っていた英霊。
そして、騎士団の闘争の音を聞きつけ、今この場にはせ参じた英霊たち。
ケルトハル、パラメデス、そしてプラトンが、そこにいた。
◆
「どうする女。我々がはせ参じたところで、所詮は異聞に食われ人如何に落ちた身だ。
その悪霊、そしてその盗賊。二つを合わせればこの我らに勝てるかもしれないぞ？」
「はっ！ ぬけぬけと良いよるわ爺！」
クイクイ、と手を招く老荘の英霊に対しメギドラが悪態をつく。
「英霊としての力は落ちていれど、宝具は使えるんだろう！
貴様あのプラトンだろう！？ 力のない餓鬼どもにこの異聞帯で学び舎を開いていると聞く！」
「ほう、知っているのか」
「嫌でも耳に入ってくるわ！
貴様の宝具、十中八九"イデア"の概念だろ！！
あんなもん喰らったら絶対儂の可愛い死霊共が軒並み消し飛ぶわ！」
「ふむ。バレていては仕方がない。では見逃してくれるね？」
プラトンはうんうんと腕を組みながら笑い、頷く。
その余裕綽々と言った態度に、メギドラはギギギギギギ……と歯を食いしばる。
────────かと、思われたが……
「なぁんてな。その程度で諦める訳なかろう！」
そう口端を歪め、メギドラが死霊を散弾のように飛ばしてきた！
「くっそ！連戦かよ！？」
「ばァかめ！！ この程度で諦めるようなら化け物やっとらんわ！！」
「ならば面白い。ワシのイデアを悉く喰らわせてお前たちを成仏させてくれよう…………」
周囲の魔力がプラトンへと集まる。
その圧倒的魔力、宝具が発動されるのか……
そう思ったその時、異変が起きた。
「ッ！！ あれを！」
イニシエイトナイトの一人が叫ぶ。
その指さされた先を見ると、いくつもの炎と煙が上がっているのが見えた。
そしてその先は、彼らが匿っていた弱者たちの隠れ里に他ならなかった。
◆
「盗賊を罰する以上に、重大な命がそこに或る」とメギドラたちとの決着を後にする騎士たち。
新たに合流したプラトン、ケルトハル、パラメデスを連れ弱者の集落へと戻る。
そこでは集落が見るも無残な姿に変わっていた。そこの中心に立つは二人の存在。
名をギリードゥ・"ヴェノム"・グレイとディストルツィオーネ。
方やO-13の幹部、そしてもう方やO-13の１３人の首魁の１人。
「暴れ足りなかったところだ」と向かうディストルツィオーネに騎士たちは闘志を露わにする。
その様にプラトンは問う。「奴らが汎人類史の敵か？」頷く恵月環の手には、メギドラから奪った故か、
令呪が輝いていた。
「はい、彼らは、私達の敵です」
「良いだろう。ならば儂の敵に他ならない！」
そう言ってプラトンが立ち上がる。
O-13の一角と、その幹部。二人の巨悪が、騎士団と矢衾と英霊たちとぶつかり合う！
◆
「畜生……！？ こいつら本当に人間かよ！？」
ギリリ……と騎士が歯を食いしばる。
その騎士に向かい一閃の銃弾が飛び、間一髪でその銃弾を騎士が避ける。
そしてその避けた騎士に、ディストルツィオーネの拳が向かう。
数ｋｍは優に離れた場所から狙撃を続けるグレイ。
そしてその射撃を避けた敵を拳で屠らんとするディストルツィオーネ。
更にディストルツィオーネの拳を避けた先にグレイの凶弾……まさしく隙の無い陣形であった。
「ああ、遠距離攻撃担当と近距離攻撃担当……
これほどまでに息の合っている連中は見た事が無い」
「それだけじゃない」
少し楽しそうに話すマスター・ナイト アシュレイに対し、
同じくマスターナイトたるグレス・グレゴールが遙か彼方の気配を目で追いながら言う。
「奴は……"移動しながら狙撃している"」
「ほう、そいつは愉快な奴だな」
矢衾社員の一人、エーレントラウトが煙草に火をつけながら口端を釣り上げる。
気付くと彼らは、自然と一か所に固められていた。
「ふん。こりゃ御親切に殴りやすく」
「親切？ お前たちが誘導したんだろう」
何時撃たれてもおかしくないその状況に、言葉が交わされる。
「(狙撃手の気配は追えるか、えーっと……環ちゃん、だっけ？)」
「(…………何か策があるの？ えっと…ハトシェプスト)」
「(よくボクの名前を憶えてくれた！ …じゃなくて、うん、まぁ ちょっとね)」
「(早い……なんて早い移動。これで狙撃をしながら……？ なんて出鱈目……)」
でも、と少女は続ける
「(でも、ぎりぎり……大まかな位置なら、追える……かも)」
「(よし。ならそれを────)」
「仲良くおしゃべりたぁ余裕だなガキども！！」
ドォウ！！ とまるで徹甲弾の如き拳が放たれ集団が分散される。
その拳に対して、少女のファラオは「しめた！」と言わんばかりの眩しい笑みを浮かべた。
「イムホテプ！ そしてその周囲のマスター！
ちょっと飛んでもらうけど良い！？ イムホテプ着地任せた！」
「えっ」
「スカイダイビングかぁ？ 良いぜ。
獅子の心臓の魔力放出でさらに着地も華麗に決めてやろう」
「大丈夫です！ 身体の丈夫さには自信がありますので！」
「ほほう。なるほど飛べと来たか。それは妙案」
「ちょ、ちょっと待て正気か！？」
「４時の方向！ 距離５００ｍ近く！！」
「よぉーし！」
少女が叫ぶ。
その声と共に少女のファラオはパチィン！ と指を高らかに慣らした
「我が身を称えよ太陽の串よ(アメン・カルナーク・オベリスク)！！
ちょっと乗り心地悪いカタパルトだけど！ ごめん！！」
彼女が宝具の名を高らかに告げる。
その瞬間、イムホテプと３人のマスターの足元から勢い良く
ファラオを称えし柱状のモニュメント、オベリスクと呼ばれる柱が出現する。
「なぁぁぁぁぁぁぁぁ！！！？ お前マジかハトシェプスト！？」
「ほほーこりゃ早い。むっ、あれがグレイか 見えてきたぞ」
「ほぉー！ こりゃ早い！！ 俺の魔力放出よりずっと早い！」
「ああもう！！ ミイラをありったけに出してやる！！ これでクッションになるだろ！」
落下先となるであろう場所にいたグレイが、ハッと気づく様をルーナティルが見やる。
そしてその周囲を大量のミイラが出現し取り囲む。それはクッションの役割でもあり、
加えてマスターたち３人のクッションでもあった。
「いよぃしょっと！」
「よっと。ふむ……悪くない運動だった」
「っと！ ……危なかったです……体幹強化していなかったら……」
３人のマスターと一人の英霊が同時に着地する。
その様を見やり、フゥと短く息を吐いて男は立ち上がる。
「────────汎人類史……とやらの方々ですか」
「ええ！ アクシア聖団一等騎士 第9席ベテルギウス！ ニーナ・ライオット！！」
「同じくアクシア聖団マスター・ナイト第21席！ 獅子座の星騎士、アシュレイ・リオトール！」
「自分は英霊……とは言ってももう今じゃいばれる事でもない、が……イムホテプだ」
「特に名乗るほどでもない、通りすがりの魔術師だ」
ほう……、とグレイは無表情でただ相槌を返す。
「それで、あなた方は何を？」
「決まっているでしょう。貴方を、拘束します」
「これほどの事をしでかしたんだ……痛い目を見る覚悟はあるだろうな？
さぁ、果たし合おうぜ！」
◆
「ふん、随分と派手にやりやがるなお前らの仲間は。考えたもんだぜ」
「どこを見ている？」
ギィン！ と切っ先がディストルツィオーネを掠め、彼の腕が切り落とされる。
狙撃による攻撃がないと分かり、騎士たちも攻勢にでる。彼の周囲を取り囲み、中距離から付かず離れずの先方へと切り替える。
「大人しく拘束される、というのならば手荒な真似はしません」
「はっ…………！ 拘束、拘束と来たか……この俺にィ！！」
しかし彼は、そのピンチの状況であっても、狂気の如き笑みを浮かべる。
そして切り落とされた腕を拾い上げ、ぐちゃりとその血肉を食いちぎり咀嚼を始めた。
「ヒッ……」
「ふん、狂人が…………」
「ほぉ？ 言うねぇ人殺しが」
ぼそり、と呟いたエーレントラウトに対し、
ディストルツィオーネは笑いながら問いかける。
「聞いているぜぇ！？ お前ら世界中にばら撒かれて人殺してるんだってなぁ！？
そんなお前らと！ 強さを求めて人間すらやめた俺！！ どっちが狂ってるっていうんだ！？
どっちも常人からすりゃあ等しく狂人だろうが！ 除け者同士仲良くやろうぜ？」
そう言いながらディストルツィオーネは、ぐるんぐるんとその千切れ落ちた腕を振り回したと思うと、
ガシィと切断面を接着させた。少し経つと、その腕はまるで何事もなかったかのように再生した。
「──────死徒、か」
「ご名答。さすがは同類だけあって察しが良いな」
「…………」
矢衾社長の言葉対し、ディストルツィオーネはﾆﾔﾘと嗤う。
それに対して矢衾の表情は、まるで正反対の不愉快極まりないと言ったものであった。
「なんだその表情？ 俺とお前たちは違うって言いたいのか？」
「当然だろう」
矢衾は吐き捨てるように言った。
「強くなりたい？ そのために時間が足りない？ だから死徒になった？
違う 違う 全然違うねぇ。ああ、お前と俺らじゃア、全然違う」
「私達は、殺したいから殺してる。強さ？ しらんな。
人を殺すだけで強くなれる魔術でもあるというのか？」
「殴りたいから殴る！ 殺したいから殺す！ ですわ！！」
「…………よォく、分かったぜ」
ディストルツィオーネが構える。
それに対し、矢衾の社員たちはそれぞれがそれぞれ信用する武器を執る。
その眼光は刃のように。その殺意は剣のように。深く、深く、柄まで通れと言わんばかりに。
「良いだろう！！ ならテメェラ揃って鏖だァ！！」
「協力してやるぜ騎士様よォ！！ こいつぁ文字通りいちゃいけねぇ屑だ！！」
矢衾の高らかなる言葉と共に、互いの刃と拳が交差した。
◆
刃と拳の交差と同時刻、騎士が二人剣を構え、魔術師が杖を取り出す。
その様に対してグレイは、ただただ冷めた目で３人の魔術師と１人の英霊を見ていた。
「(…………なんだ、こやつ……何を……いや)」
「("何処を見ている？")」
ルーナティルが目を細めてグレイのその姿を細やかに観察する。
しかし二人の騎士はそんなことを気にも留めず「問答無用！」と剣を振るった。
その時
『グレイに傷はつけさせないよ』
声が目の前で響いた。二人の騎士は直感で後ろへと退く。"何かがいる"と。
それは罠かもしれないし、おとりかもしれないし、あるいは肉盾かもしれない。
しかし、その声の主は何もしない。ただ、ただ声が聞こえるだけであった。
「ああ……いたんですか。メディスンさん」
「うん。迷惑だった？ いや愚問だったね。君にそう感じる感性はなかったか」
「幽霊？ 悪霊？ いえ……違う。…………希薄……？」
「……起源覚醒者か」
アシュレイが眉をひそめながら言った。
「……騎士団にもいますね。しかし、このような例は見たことが……」
「しかし、感じ取れる限りじゃ戦闘力はなさそうだが……」
「まぁ 彼の事などどうでも良い」
ハァ……と若干のため息を放ちながら、グレイはその手に持っていたライフル……
写眼魔銃・ヴェノマスから、装填されていた弾を数発抜き取りながら言い放つ。
あくまで無表情……楽しんでもおらず落胆もしていないような表情で言う。
「知っていますか？ ライフルの弾は指で弾いても十二分の効力を発揮する。
当然並大抵の筋力では足りませんが、生憎以前いた組織が組織でしたので……代行者レベルには。
代行者曰くコインを弾丸の速度で弾くなど当然と、以前聞きましたから、まぁ見様見真似で出来るでしょう」
「させるか！！」
キン！ と刃が振るわれる。
しかしグレイは間一髪でその刃を、その指に挟むように持った弾丸でいなし、そして弾いた。
「ッ！ なんて……はやさ！」
「近接戦闘での攻撃は苦手ですが、対武器の防御は一通りやらされましたので。
対剣、対銃、対ナイフ、対魔術……あらかたの相手となら、粘れる自信があります」
畏れるべきは、その男の平坦なる口調であろうか。
男は、このいつ死ぬかも分からない、喉元の隣に刃があるようなこの状況で、
一切の恐怖を感じていない。それだけでなく、戦士などが感じる"高揚感"等と言った感情すらも、彼は持っていなかったのだ。
グレイはそういった一切の感情を、まるで介さずに次の弾丸を握る。
「(……こやつ、やはりこの戦いに何も感じていない？
こやつが戦いに求める物とはなんだ？ ……一か八かか……)」
淡々とその指でライフル弾を放とうとするグレイに対し、ルーナティルが賭けに出た。
「さて、儂らに対し時間をかけてていいのかね？
仲間が一人、ピンチかもしれないぞ？」
っ、とグレイが集落の方角を遮光の魔眼で確認する。
するとその先には、先程とは打って変わり騎士たちに囲まれるディストルツィオーネの姿があった。
「──────っ」
「よそ見！ 今こそ好機か！」
「待った！！」
他所を向いたグレイの首元をニーナが狙うが、ルーナティルが制止する。
理由は二つある。一つは、自分に近づく物の返り討ちにする姿勢を彼が整えていたため。
そしてもう一つは、
「(奴のあの口元……)」
そしてもう１つは、彼は明らかに
傷ついて満身創痍の仲間の姿を見て──────ゾン、と得体の知れぬ感情を発したからだった。
「(これは、一体──────)」
◆
グレイのその発した殺気は、尋常なものではなかった。
それは怒りでもない。かといって仲間への忠義でもない。
それは例えるのならば、悦びであっただろう。そう、グレイは確かに、
傷ついた仲間の姿を見て、確かに"喜んでいた"のだ。
一切の躊躇いなく、グレイは瞬時に弾をライフルに込め集団に狙いをつけるグレイ。
聖団が撃たれると察したレグルスはそのライフルを魔力放出で弾き飛ばす。
「どこを見ている？ 相手はこの俺だぞ？」
「貴方では私は満足できないんだ……！！ わ、私は！ 敵を倒すじゃ！ だ、だめなんだ！！
もっと！ も、もっと近い敵を！ 近くを！！ こ、殺し！！ だから！ だから邪魔をするなァァァァ！！」
両の手にライフル弾を持ち放とうとするグレイ。
その時、朝日が昇り始める。死徒であるディストルツィオーネは陽の光を浴びたらひとたまりもない。
グレイは仕方なく撤退を選んだ。しかしその眼光の奥には確かな殺気が激しく燃え盛っていた。
グレイ、そしてディストルツィオーネを何とか追い払う事に成功する聖団たち。
だが傷跡は大きすぎた。焼き払われた集落、失われた命。そして亀裂の入る関係。
「今は仲間内で争っている場合じゃない。彼らを弔おう」と誰かが提案する。
そして何者かが気付く。「死体の数が明らかに足りない」
その死体も、後に埋葬されずに放っておかれていた死者の遺体だと分かる。
即ち、この集落での死人は出ていなかったのだ。一体誰が？
悩んでいる最中、令呪による呪縛を失ったカーターが出現する。
「ツタンカーメンを出せ」と吼える盗賊を前にルーナティルが言う。
『近く、何よりも煌びやかな至上の決戦の場を用意してやる盗賊王。
だからそれまでは待つがいい』と
カーターは、そんなでかい口を聞いたのは数百年ぶりだと上機嫌になり、
破った際の代償は死であると伝えその場を後にする。
だが肝心のツタンカーメンは洞窟の奥で震えているだけであった。
火が放たれた時も、騎士たちが戦っている時も彼は表に出ることが出来なかった。
こんな自分に生きている資格などないと自暴自棄になる異聞帯の少年王。
そんな彼に、かつてサイコロをその手で作り上げた少年、パラメデスが言葉を連ねる。
◆
「ツタンカーメン、僕は君がどんな人生を過ごしたのか……。
それどころか、この異聞帯の価値観がどんなものなのかも、分からない」
「………………………」
ツタンカーメンはうつむいたまま、パラメデスの話を黙って聞く。
「確かに、腕っぷしが強い奴は強いさ。戦場の華だ。
……だけど、それだけが戦場じゃないと、僕らのいた汎人類史では唱えられるのが常だった」
その言葉に、ツタンカーメンは短くその面を上げる。
「一人、ムカつく野郎がいるんだけどねぇ。そいつの話をしよう。
そいつに腕っぷしで勝てる奴は、それこそごろごろいた。まぁ、まず女だしね。
しかし、そいつは戦争の中心と言っても過言ではないほどに、重要視された。何故だろうね？」
「………………………分からない。そもそも、女が戦場に立つものじゃない。何故なんだ？」
「頭と、運が良いからさ」
トントン、とパラメデスは指を立てて、その指で己の側頭部を軽く突く。
その言葉に、ツタンカーメンは目を開く。その表情には、驚きと、そして喜びに近い感情があった。
「そいつはねぇ……、魔女の策略に頭脳で返したし、
巨人に食われそうになった時も頭脳で出しぬいた。戦場に連れてかれそうになった時も、
頭脳使って逃げようとしたけど、まぁそれは僕が見抜いたけどね？」
「頭脳で……運で、戦いに……勝てる物なのか？」
「当然だ」
コロリ、とパラメデスは賽を転がせながら、悪戯っぽく笑う。
「勝ってみたくないかい？」
それは誘惑をする小悪魔のようで、
そしてそれは、部屋の隅で一人寂しい少年を遊びに誘う、
同年代の子供のようであった。
「ずっと力で勝ち続けてきた奴らを、運でひっくり返してみたくないかい？
ずっと威張り散らしてきた連中を、智慧で打ちのめしてみないかい？」
スッ、と賽を差し出すパラメデス。
ツタンカーメンはその賽を、弱弱しく、されど何よりも強く握り締めて、言う。
「勝ちたい……っ！！」
「そう来なくちゃ」
ニッカリと笑うその少年の顔は、とても楽しそうであった。
◆
ダイスを振って英霊を召喚し、そして戦うという手法を
ファルス・カルデアとの共同開発で作り上げることに成功した汎人類史。
だがしかし、戦いに出る英霊が圧倒的に足りない。
どうすればいい？ そんな時新たに噂を聞く。街で一人の英霊が彷徨っていると。
危険を承知でコロッセウム城下町に行き探してみると、
そこにいたのは人の願いに応えて姿を変えるキングアーサーが一人、抱擁王であった。
だが抱擁王は、自分は未だ旅の途中。人を手伝える身ではないという。
そんなとき、汎人類史の魔術師たちがいると通報を受けた福兵衛左衛門が再び出現。
戦闘の末、レグルスの魔力放出によりコロッセウムまで吹き飛ばし、明日の明朝に果た死合いをしようと宣言。
その場を去っていった。
その時に後ろから付いてくるは抱擁王。
「さっきは断ったけど、あれに対するというのなら話は別だ。あそこで得た情報を、全部残さずくれてやる」
そういって出したのはコロッセウムの周辺の地図。これにより入念な計画がたてられるとパラメデスは大喜び。
その代わりとして最高の戦いをさせてほしいと彼女は快活に笑った。
そして朝日が昇る。
今、汎人類史を取り戻すための最後の戦いのゴングが鳴り響いた。
◆
────────コロッセウム
「来たか」
荒涼と広がる血と砂と殺気の混濁たる戦場、コロッセウムの中央にその男は立っていた。
O-13 序列第十位『超越の導き手(エクセレント・マスター)』、名を江戸“月光”福兵衛左衛門。
この異聞帯の中心に立つ男と言っても差し付けない、O-13の幹部の一人であった。
「ほう……まさか、待ち構えているとは」
「ニンジャは逃げも隠れもしない。貴様らはまた随分と少ないな」
ルーナティルが笑う。
確かにいるのは、彼女と、魔眼の少女恵月環、そして２人のサーヴァント。
戦場に出て戦えるのは、そのサーヴァントたるケルトハルと抱擁王だけといえよう。
「だが、サーヴァントならば人間である拙者(ワシ)に勝てると思うたか？ 愚か者が！！」
轟ッ！ と暴風が吹き荒れるかのような錯覚に襲われる。
圧倒的なる圧、悍ましいまでに気力。それを少女たちは肌で感じた。
「……ルーナティルさん……」
「心配するな」
心配そうに呟く恵月環に、ルーナティルは小声で励ます。
「儂の言ったように、存分にやれ！」
「はい。……いけケルトハル。絶対に、止まらず、彼らの下へ」
「うおおおおおおおおおおおおおおおお！！！！」
少女の言葉と共に、その隣に立っていた獅子の如き荒々しい男が猛進を駆け抜ける。
一歩、また一歩と走るごとに地面が揺れる。
それは彼の自重によるものか、はたまた彼の闘志によるものか
答えは知らない。男は知らない。男が持つ感情。それはただ止まらずに走り続けるだけであった。
「蛮勇だな英霊。惧れを知らぬだけが勝利を掴む道と見るか。愚か者が！！」
ブン！ と片手を振り上げて合図をする福兵衛左衛門。
それと同時に、コロッセウム中から大量の忍者装束の伏兵たちが現れた！！
「なっ！？」
「卑怯だぞ！！」
「卑怯、これを卑怯というか英霊」
呵々、と福兵衛左衛門は笑う。
「これは決闘ではないのだぞ？ 我らが世界、我らが異聞を守護する"血戦"だ。
この程度の軍勢を乗り越えられなければ戦うに値しない。乗り越えてくるがいい！！ 人理の英霊！！」
「うおおおおおおおおおおおおおおおお！！！！」
ケルトハルは赤枝の騎士の中でも古参の部類であった。
人並み外れた巨体と鉛の肌を持ち、このような多勢を相手にする戦場はいくつもあった。
故に、このような戦場を、傷つきながら駆け抜けることに、微塵も恐怖は無く、そして痛みもなかった。
「(いいや、むしろこの戦いで人理を取り戻せるというのならば！ この痛みもまた誉れだ！！)」
忍者装束の有象無象太刀を蹴散らしながらランサーは駆け抜ける。
ランサーの特徴、それ即ち"敏捷"。この戦場を駆け抜け、中心へと至るという目的のためならば、
それはまさに適任と言えるクラスであった。
「なるほど……流石は腐っても人理の守護者、
この程度の軍勢など取るに値せんと──────ヌゥッ！！」
ギィィン！！ とケルトハルと福兵衛左衛門が激突する。
だが、信仰を失った英霊の、さらに一欠片の一撃。その宝具ではない渾身のタックルでは、
極限まで鍛え上げられた福兵衛左衛門の肉体に対して、ダメージは与えられなかった。
「フン、宝具を使わないとは……究め時を誤ったな人理の尖兵。
この程度の攻撃では、この拙者(ワシ)を討つことなど、到底かなうはずも────」
「読んでいたぞ」
フッ、とケルトハルは口端を釣り上げ笑う。
「お前のような武人なら、俺と同類なら、
必ず"喰らっても死なない相手の攻撃"はあえて受け、相手に疲労させると」
「何を────────」
「令呪を以て命ずる！」
福兵衛左衛門が問いを口に出そうとしたその時、ケルトハルの背後にて、
左腕を高く掲げた少女が叫ぶ。
「"飛べ"！！ ケルトハル！！」
「承知！！！」
瞬間、霊基と肉体が接触をしている福兵衛左衛門とケルトハルが、
令呪の持つすさまじい魔力の奔流によって二人が別の何処かへと飛ばされていく。
「おのれ……っ！！ 卑怯なァ！！」
「卑怯、か。最初にそう言える行いをしたのは、お前の方だがなO-13」
ルーナティルがﾆﾔﾘと笑った。
そして二人は、別の荒野へと飛ばされる。
そう……ここに来た３人の魔術師と４人の英霊、
それ以外の勢力の大半が待ち構える、真なる決戦の場へと。
◆
「──────消えた？」
高台にて狙撃の準備をしながら遮光の魔眼によりコロッセウムを見下ろしていたグレイが、珍しく疑問符を発した。
それもそのはず、敵を迎え撃てと指示していたら、その指示していた者が敵諸共に消失したのだ。
「瞬間移動？ いや、これは────」
言い終える前に、男の言葉は途切れる。
殺気を感じ、男は首だけの動きで投擲されたナイフを躱す。
「ッ！ 今の避けられるのか！」
「さすがO-13の幹部様だねぇー。一筋縄じゃ行かねぇってか」
見ると、数は１０から１５程。英霊はいない。
汎人類史の魔術師たちが、自分の狙撃の待機場所である高台を包囲していた。
「なるほど。狙撃の為に高台を少なくさせたことが……逆に仇となりましたか」
「町に長い間潜入してた抱擁王様のおかげよぉ。まったく英霊様様だぜ」
茶化すような口調で、派手な服装の男、
矢衾がその服装に恥じぬ派手な笑みと殺気をギラつかせながら、手を招く。
「さぁ、あの日の続きをしようか、兄ちゃん」
◆
コロッセウムに残された敵は、日光の下故に出れないディストルツィオーネのみであった。
だがO-13は総て残しておけない存在。ディストルツィオーネの相手をするべく抱擁王が立ち上がった。
一方その頃、コロッセウムの観客たちは世界の命運をかけた戦いを見ようとしてたが、
肝心の主催がいなくなり殺気立っていた。そんな時、一人のサーヴァントとマスターが現れる。
「楽しそうにもりあがってるじゃあねぇかぁ！」
「騒がしい所は嫌いだが、良いディブクの材料が揃っているようじゃの」
彼らこそ、ツタンカーメン他ファラオの魂に誘われやってきた存在、
かつて盗賊団と言われた主従、ハワード・カーターとメギドラであった。
彼らの相手を誰がするのか？
抱擁王はディストルツィオーネを探し討伐している為手はない。
そう思われていたその時、一人の少年王が前に出る。
「僕が戦おう」
少年の眼にもはや恐怖はない。迷いはない。
そこには、もう怯えて膝を抱えるという選択肢を捨て、
眼に灯火を灯らせた、若き王ツタンカーメンの姿があった。
◆
「…………………………」
シュタ、と飛び降り着地を決めるグレイ。
その腕には、片手で持てるように改造の施されたであろうライフルがあった。
「貴方、か」
「ああそうさ。久しぶりだな」
ニヤァ、と矢衾は楽しそうに笑う。
「俺には分かるんだよ。お前、スナイパーなんかやってるけど……
ホントはその手で殺したくて溜まんねぇんだろ？」
「………………………」
グレイは冷静に、ただ冷静に弾を片手に握ったライフルへ詰める。
「殺人が好き……ってぇ訳じゃねぇなその殺気。
つまるところ……ああそうだ。お前、生と死の狭間でしか生を実感できない、そんなところか？」
「…………………………」
「いやそれだけじゃねぇな。お前さんが殺したいのは……
んー、こりゃ、…………ああ、そうか」
顎を撫でながら、ふんふんと男は頷く。
ニタァ、と口を拡げて笑い、矢衾は楽しそうに言い放った。
「お前、自分の所属する組織をぶっ壊さなきゃ生きてけねぇんだろ？
ああ分かるよそう言うの。うんうん殺人よりよっぽど楽しいもんなぁ。
んじゃああれか。お前の殺しの目標は……あの忍者野郎か」
「黙れ」
ダァン！！ と銃弾が飛ぶ。
その銃弾を矢衾は、まるでボクサーが拳を躱すようにして避けた。
ヒュゥ、と口笛が荒野に響く。
「良いねいいねぇー、おっさん昂ってきちゃうよぉ？
どうしてくれんだいこれぇー」
楽しそうに、ふざけるように、遊ぶように男は言う。
対してグレイは平坦に、無表情に、何時ものように機械的に殺し(さぎょう)を──────
「大令呪を以て、我が肉体に命ずる────」
「おおっ？」
矢衾の声が、かすかに嬉しそうに上ずる。
グレイの腕に輝いていた文様が赤く光り輝き、彼の放つ魔力が飛躍的に増大した。
「異聞帯のバックアップなど、もはや邪魔だ。
一人の人間として、全身全霊を以てして、貴方を殺す」
「良いだろう。やってやろうじゃねぇかぁ！！」
四方八方から、アクシアの騎士たちと矢衾の人殺したちが彼と交戦する。
狙撃のされない近距離から、拳の当たらない中距離から、狙いの定められないように、交互に交代しつつ、
突かず離れず、されどダメージは確実に。
「無駄だ」
ダァン！！ と銃声が響く。
その銃弾は確実に汎人類史の戦士たちを貫き、
そしてその銃声と同時に放たれる拳もまた、一撃一撃が非常に重かった。
「面白いじゃねぇか！ 此処に骨をうずめても良い程に高揚しているぜ俺ァ！！」
「ここが正念場だ騎士たちよ！！ 我らが騎士道は此処に在り！！」
殺し屋が踊る。騎士が踊る。血と鋼と拳と共に。
その姿は、二つの世界の相続がかけられているとは思えないほどに、美しかった。
◆
「ヌッ！ グヌゥゥゥゥゥ……！！」
こちらはグレイと矢衾が死闘を繰り広げている所のほど近く。
待ち構えていた聖団、矢衾の社員たち、そして英霊たちが三位一体となって福兵衛左衛門を攻撃する。
ロングコートに身を包んだ男が、ワイヤーの如き糸で福兵衛左衛門の動きを拘束する。
ギリ……ギリギリとその肉を引きちぎらんと糸が締まり、そして周囲からは攻撃が続く。
「ハァァァァァ！！」
「やっ！！」
魔力放出を帯びた刃が掠り肌を切る。
機構装甲で出来た刃が鎖帷子を引きちぎる。
「だが……無駄な事だ！！」
ギィン！！ と福兵衛左衛門が拘束を自力で破り、
騎士の剣を受け止め握り締めながら笑う。
「所詮お前たちは人間！ この全てを超越した超越の導き手たる拙者(ワシ)には遠く及ぶまい！
苦肉の策にサーヴァントに頼るその選択も理解できよう……だが……」
呵々、と口端を釣り上げ、目を愉悦に細めて、
現代に蘇りし忍びは、現代を守護する騎士たちをあざ笑う。
「お前たちは失敗だった。英霊の信仰は既に我らO-13が地へと失墜させた！
もはや英霊は人間に使役され嬲られ殺される人理の奴隷！！ 境界記録帯などと笑わせる！」
ズン、ズン、と福兵衛左衛門は嗤いながら進撃を続ける。
それはまるで、今まで積み上げられた汎人類史を踏みにじるかの如き嘲笑と圧倒さであった。
「バケモンかよ……これだけの攻撃受けて倒れないとか！」
「おそらく、異聞帯のバックアップもあるのかも……サーヴァントが倒れない限り、死なないとか？」
「構わん！！ 相手は所詮人間だ！ 撃って撃って打ちまくれ！！ パンツァーフォー！！」
矢衾の社員の一人らしき女性の掛け声とともに、大量のブービートラップが起動する。
「おわっ！？ 俺ら迄巻き込む気かー！！」
「ああ悪い悪い。ちと加減効かなかったわ」
とは口で笑いながらも、巻き込まれたレグルスの魔力放出により弾ける威力に調整されている。
いやそれだけではない。レグルスの弾いた罠の破片が福兵衛左衛門へと向かうように、罠は巧みに設置されていた。
更にその爆風に紛れる形で、イムホテプとハトシェプストが攻撃を放つ。
だが
「無駄だァ！」
ガシィ！と英霊たちの攻撃は受け止められた。
「クッ！」
「やっぱ……武闘派じゃない僕らじゃ……ちょっとむずかったかな……？」
「所詮貴様らは、信仰もされなければ人々から忘れ去られ消えていく憐れな存在だ！
我が力に恐れ戦くがいい！ ヌハハハハハハッ！！ ヌァーッハッハッハッハッハッハッハッ！！！」
英霊の攻撃を受け止めながら、
もう一方より飛ぶ銃弾を鎖帷子を仕込んだ二の腕でヌンと受け止め、忍者は高々と笑う。
その姿に、アクシア聖団の騎士は少し怯むが、その隣で矢衾の社員がうんと頷く。
そして英霊たちは、口端をニヤリと釣り上げて笑った。
「おめでたい頭だな、忍者野郎」
「…………なんだと？」
その英霊たちの笑みに、蔑まれ、嗤われ、
切り捨てられるだけであった英霊たちの不敵な笑みに、
福兵衛左衛門は何か良からぬものを感じ取る。
「確かに、英霊ってのは憧れ、恐れ、嫉み、羨望、なんだって力に変える存在だ」
「それがゼロになれば、英霊の力は地に落ちるかもしれない。────けどね！」
ギンッ！ と刃が振るわれる。
ダァン！ と銃弾が放たれる。
「何度やろうと────同じことッ！！！」
呵ァッ！！ と一息に福兵衛左衛門は、
その背後からの強襲を同時に両の腕で受け止める。
「ですが、人が存在する限り！ 英霊は英霊であり続ける！」
「人が、民が存在する限り、英霊への憧れは、恐れは！ 決して止まる事はないだろう！！」
「それを見誤ったことが、お前の最大の敗因だ。江戸“月光”福兵衛左衛門」
ハトシェプストが、イムホテプが、少し……ほんの少しだけ憐みのこもった口調で言い離脱する。
刹那、その背後からプラトンの一分の隙も無く、また同時に一分の乱れもない正拳付きが放たれる。
その拳は一瞬にして、福兵衛左衛門の腹部、鳩尾へとすさまじい剛速にて叩き込まれた。
「ガ────────ッッッ！！？ ｶハァァッ！！！？」
バギィ！！ ベギベギャメキメギャッ！！ と、すさまじい轟音が鳴り響き、
福兵衛左衛門はそのまま後方数十ｍ先へ、激しく回転しながら吹き飛ばされていった。
信仰が失われたはずの英霊。人に搾取されるだけであった境界記録帯が、
今異聞帯の主に一矢報いたのだ。
「いやったぁぁぁぁあああ！！！」
「どうやら、時間通りに間に合ってくれたみたいですね！！」
「ああ……まったく、やってくれたよ。コロッセウム組」
矢衾の社員の一人が、若干苦笑い気味に冷や汗をふき取りながら言う。
だがその表情とは裏腹に、心には確かな安堵があった。
「綱渡りだったが、賭けた価値はあったかな？」
「ああ。そりゃあもう、存分に」
「グ……ッ！！ ｶ、アァァァァ……！！
何故……何故だ……ッ！？ 何故、英霊が……信仰、を……取り戻……！？」
ズタボロになりながらも、福兵衛左衛門は立ち上がる。
あばら骨は優にへし折れているであろうダメージであったが、彼から立ち上る
並々ならぬ闘志にはそのようなダメージは微塵も感じられなかった。
「知りたいか？」
カツリ、カツリ、とルーナティルが近づく。
同じく聖団、矢衾たちもまた、福兵衛左衛門を取り囲むように近づく。
「答えは、主を失ったコロッセウムにある」
◆
コロッセウムでは混乱に乗じてメギドラとカーターが襲撃を行っていた。
カーターは叫ぶ。「約束の時だ。ツタンカーメンを出せ」と。
そしてその場に駆けつけるは、紛れもなき異聞のツタンカーメン。
ツタンカーメンはその手にパラメデスより託されたダイスを用いて決着をつけようという。
汎人類史のツタンカーメンを知るカーターはその姿を見て邪悪に笑う。此より、因縁の王と盗賊の決闘が始まる。
玩具なんざいい。血沸き肉躍る闘争を見せろ。主催者は何処へ行ったと暴動を起こす観客たち。
だがそのダイスは、その観客たちの声に応える闘争の為の"宝具"であった。
◆
「殺せー！！ 白ヤローの悪霊の方が劣勢だぞぉー！！」
「ガキの呼びだした剣闘士共も負けんなぁー！ 潰せ潰せぇー！！」
「直接遣り合わなくてもこりゃおもしれぇ！！ 殺せぇー！！」
観客たちは、ツタンカーメンの召喚する多くの戦士たちと、
カーターの呼びだす死霊たちの戦いに、文字通り熱狂の渦に叩き込まれていた。
「あの玩具が、あの剣闘士共を操っているのか？」
『その通りだ！！』
観客たちが、ツタンカーメンの振るうダイスに気付いた時、
本来王などが演説をする高台から、パラメデスが声高々に叫ぶ。
「君たちに問う！！ 勝利とは何か！？
肉体を削り得る物か？ 命を賭して得る物か！？ 違う！
勝利とは！ 血と肉を削り得るだけではない！ その研鑽した手で握る物だ！！」
湧き立っていた観客たちの眼は、その幼き姿の少年に向けられる。
当然だ。普通ならば力のない少年が、このような闘争の場で生き残っている。
それは強さの証明に他ならないだろう。その理由が、強さの秘訣が、彼らは知りたかった。
その為ならば、例え言葉を放つものが、本来なら蔑む幼き少年であったとしても、彼らはどうでも良かったのだ。
「ならば！ その少年王の用いる"運"という力こそ闘争の究極と言えるだろう！！
パルジファルには"死の幕引きこそが唯一無二の救い(Sterben Einz'ge Gnade!)"と謳われた！
だが諸君らは違う！ 闘争には未来がある！ 敗北は死ではない！ 始まりなのだ！！
かの者の持つ、運と力の複合こそが！ 闘争の最終形態！！ 武器を執れ民衆よ！
その武器とは！！ 過去に力持った英霊たちだ！！！」
彼が持つスキル、それは軍略。多数を率いて戦闘に有利に働きかけるスキル。
それは、何も群を率いて戦うだけのスキルではない。扇動と人は呼ぶのだろう。
その多勢を率いるに足る言葉により、観客たちのボルテージは最高潮に達し、そして召喚される英霊たちへの歓声(しんこう)となる。
────もとより、この異聞帯はこうではなかったのかもしれない。
元は英霊という、人理の存在達を信仰していた、正常な人理であったのかもしれない。
それが、コンモドゥスという一人の暴君が上に立ち続けたことで、信仰を捨てざるを得なかったのだろう。
故に、この高揚は必然だったのかもしれない。
信仰するべき存在があれば、敬意を払う。先人には、最高位の信仰を。
そして強者には、喝采を。それが死者であれ、力が絶対なるこの異聞帯では、
遅かれ早かれ、強き英霊には、信仰が戻ったのかもしれない。
「ったく……オデュッセウス野郎の真似事とは……あぁ疲れた。二度とやりたくない」
「盛り上がってきたねェ！！ さぁ……決着をつけようかァ！！ 少年王ォ！！」
「いくよ……盗賊！！」
軍師が一人ごちり、そして戦場では両雄がぶつかり合う。
コロッセウムは興奮と、血気と、そして光に包まれた。
◆
コロッセウムの興奮が最高潮になっていたその時であった。
満身創痍の福兵衛左衛門はそのような状態になってでも戦うと激昂する。
「我らO-13の見る地平など貴様らには分かるまい！！
我らが往くは新世界秩序！！ 拙者(ワシ)は願う！ 強き者はより強く！
そして弱き者も平等に強くなる永劫の研鑽、極限への衝動を！！
その為ならば、人が獣へと堕ちようが！！ 知ったことか！」
敵ながらその圧、騎士と殺人鬼たちは敵ながらも敬意を表する。
だがその持つ願いは危険なるもの。殺さねばならないと決意する。
その時、彼らの下にグレイと戦っていたメンバーが合流する。
それと同時に、グレイ自身もまた現れる。彼は全身に傷を負いながらも無表情のまま佇んでいた。
「ま、まだO-13と戦うのか……！？
こっちも結構疲労溜まっているのに……！」
「くっ……儂も、いまの一撃が現界だったようだ……。
やはり、イデアを使えない身では、辛い……申し訳ない」
狼狽える汎人類史の魔術師と英霊たち。
そんな彼らを他所に、グレイは満身創痍の福兵衛左衛門を見て目を見開く。
二人の協力体制を前に何処まで戦えるか……騎士と矢衾が思案をしていた、その時であった。
ダァン！！ と銃弾が鳴り響いた。
誰が撃たれたのか？ 確認の静寂が一瞬疾走する。
アクシアの騎士が撃たれたわけでもない。
矢衾の人殺したちが撃たれた音でもない。
当然、信仰で強化された英霊が撃たれたことでも、ない。
「────────グレイ、貴様……何のつもりだ？」
その銃弾は、他でもない江戸“月光”福兵衛左衛門の腹部を、
深々と突き穿っていた。
◆
「────────グレイ、貴様……何のつもりだ？」
「何の、と言われる理由が分かりませんね。月光さん」
淡々と、ただただ平坦とした口調で、グレイは言葉を紡ぐ。
「弱者が、死にそうな人が、目の前にいるから、撃った。
この異聞帯ではそれがルールでしょう。それの何がいけないんですか？」
「グレイ、貴様…………ッ！！！」
轟……ッ！！ と福兵衛左衛門の"圧"が膨れ上がる。
その圧倒的なる闘志と殺意を前にして、グレイはあろうことか……"微笑んでいた"。
「嗚呼、そうだ。これだ」
恍惚と男は続ける。
口端を釣り上げて、目を細めて、両腕を拡げて、
まるで目の前の男と対峙する事こそが、彼の生きる意味であるとでも言うように、
まるで目の前の殺気(それ)こそが、自分の長年求めたものであるかのように。
「貴様、やはり破綻者か！！ 以前よりその片鱗をのぞかせていたが……！！
生と死の狭間でしか己を感じられぬ、キチガイめがァ！！！」
「当たり前でしょう！！ ストロボの様に、光は闇の狭間にあってこそ輝く！！
生も！ 死も！！ それは同じ！！ 貴方も私もそれは同じでしょう！！」
ガリガリと、爪を立てて頭皮を掻き毟りながらグレイは叫ぶように言い放つ。
対する福兵衛左衛門は、そのグレイに対して喝ッ！！！ と怒号を放ち激昂した。
「違うッ！！ 強さだ！ 強さこそを追い求めてこそ人間だ！！ 超越の極致だ！！
だが貴様のそれは死滅願望だ！！ ただ死ぬことを恐れぬ蛮勇だ！！ 強さとは程遠い！！
ホークスレッジの新世界へ求める秩序すらもゆがめ、侮辱するその言葉、断じて許せるものではない！！！」
「詭弁だ！！ 強さとは死と生を追い求める過程において生まれる副産物でしかない！！
それをあなたは追い求めている！！ 生も死も捨てて！！ 貴方の方こそが破綻者だ！！」
ダンダンダァン！！！ と銃弾が舞う。
福兵衛左衛門は両腕を交差し、その腕に仕込まれた鎖帷子で銃弾を受け止めた。
「やはり、新世界秩序を求める者同士。
こうなれば争いは必然……かッ！！ カールめ、どこまでも性根の腐った男だった」
「ああそうだ！！ 湖に塩は不要！！ それが混ざれば戦は必然！！ 戦うしかない！
生きるか、死ぬか！！ どちらかしかない！！ さ、さぁ感じさせて！ わ、私に！！ 私に生を！！！」
手をわなわな震わせながら、拳を握り締める福兵衛左衛門に迫るグレイ。
「死ねグレイ！！ かつて死んだホークスレッジへのその侮辱！！
命を以て償わせてくれるわぁ！！！」
「最高だ！！ やはりあなたは最高だ！！
そうだ感じさせてくれ！！ 私に！！ 生をォォォォ！！！」
二つの新世界秩序(きょうき)がぶつかり合う。
二つの狂気(ねがい)がぶつかり合う。
１３人の願った新世界は、全てが互い違いの方向を向いていた。
その二つは一度交われば、衝突は必然。そうこれは、彼らが異聞帯を作った時から、
定められた結末であったのだ。
◆
何故、彼らは争うのか？
それは聖団は当然として、人殺したる矢衾の社員たちにも分からなかった。
ルーナティルは一人、グレイの歪みを理解していた故に、その真意までもは理解できなかった。
このまま彼らを戦わせていていいのだろうか？
いや、これでは汎人類史の勝利とは言えないだろう。
このまま、どちらか一方を勝たせるという事は、彼らの秩序に勝利を許したという事になる。
それだけは許せない。初めて、聖団と矢衾の意見が一致した瞬間であった。
ぶつかり合う二人と、汎人類史の住民と英霊たちがぶつかり合う。
結果としては、もはや英霊の信仰を取り戻された時点で彼らの敗北は決定していたと言えるだろう。
グレイは倒れ、そして福兵衛左衛門もまた、膝を突く。その両者の顔は、まさしく"満足"の二文字が如き笑みであった。
だが────────────────
「まだだ……ッ！！ まだ……終わるかァァァァァァァァアアアアアアア！！！！！」
しかしその刹那、福兵衛左衛門は力の限り叫んだ。
「マジかよ……！？」
「なんという奴だ……！」
「お前たちとの闘争は……ああ、まさしく我が悲願だった！
我が全力！ 我が極限！ 我が闘争！！ まさしくこの一瞬この刹那こそ我が"超越"であったと言える！
だがぁ！！」
魔力が滾る。刻印が励起する。
「この閉ざされた歴史だけは終わらせぬ！！
我が悲願我が野望そして我が新世界への秩序！！
それを……それを拙者(ワシ)の道連れには出来んッ！！」
その左腕の手の甲に刻まれた、輝かしき文様が高々と掲げられる。
「我が大令呪を以て命ずる！！！ 暴虐と血の皇帝よ！！
我が敗北を超え、汎人類史を超え！！ 唯一無二の皇帝となれぇ！！！」
其こそ、この異聞帯を異聞帯たらしめる楔、大令呪。
彼はその全霊を以てして、自身の異聞帯の秩序を異聞帯の王へとつなげたのだ！
魔力を使い果たし福兵衛左衛門は昏倒する。だがそれと入れ替わりに、
コロッセウムにてコンモドゥスがついに解き放たれた！！
「雄々雄々雄々雄々雄々雄々雄々雄々雄々雄々雄々雄々ッッッッッッッッッッッッッッッッ！！！！！！！！！！！！！」
コロッセウムの地面を、鉄檻を、鎖を引きちぎり粉砕し、乱嵐の具現とも言うが如き、巨躯なる英霊が出現する。
大令呪の援護を受けた異聞帯の王。それはもはや、空想樹を始めとする異聞帯の"楔"そのものであった。
倒さなくてはならない。だが、どうやって？
異聞帯の信仰をその一身に受け続け、もはや神よりも尚雄々しき存在へと変貌した、
究極の狂王に勝つ手段など、この世にあるのか？
「良い敵だ。最高の敵だ」
微笑みながら、一人の王が地面の下からヌッと顔を出す。
それは、願いに応える王。それは、想いに呼ばれる王。それは、人理の合わせ鏡たる王。
抱擁王が、現れる。
◆
────────拳が交差する。
「ヌゥゥゥン！！！」
「はぁぁぁぁぁぁ！！！！」
ガギィィィン！！と、拳が力強くぶつかり合う。その音は、まるで鉄のぶつかり合い。
見るモノが見れば、その拳の周囲には火花が散って見える様を錯覚しただろう。
その激しきぶつかり合いの中でさえも、二人の闘争者たちに恐れはない。
「(────何故だろうな)」
抱擁王は考える。この戦闘に高揚感を見出している己について
今までの彼女は、ただ逃げていた。思い出すのが怖くて逃げていた。
己の罪。己の過ち。かつての己の王政の証たる、エクスカリバーとロンゴミニアド。
それを使うのが怖かった。だからこそ、己の肉体を鍛え続けた。
……それは、人から見れば、逃避と言われても仕方がないだろう。
だがそれでも、肉体を用いて闘争を、戦争を、巡礼の旅路を続けた。
自身の肉体で刻み続ける自信は、さながら旅の一風景であった。
その今までの旅路の中でも、これほどの闘争はなかった。
これほどの、高揚感はなかった。
「(────ああ、そうか…………)」
抱擁王は、己の疑問に答えを見出す。
「(────何故だろうな)」
コンモドゥスは考える。この戦闘に興奮を見出している己について
今までの彼は、ただ後悔していた。王になった自分を、剣闘士になった自分を後悔していた。
己の選択。己の歩んだ道。暗殺未遂を受け、そして自身はヘラクレスであると己を騙しながら続けた偽りの狂気。
それを指摘されるのが怖かった。真実であるとされるのが怖かった。だからこそ、彼は真なる狂気へと堕ちた。
……それは、人から見れば、逃避と言われても仕方がないだろう。
それは異聞帯で召喚されてからも同じであった。
意味のない闘争。果て哭き殺戮。ここに意味はあるのか？
そう考えながらも、彼は狂気と闘争に逃げ続けていた。
だが、その逃避であった闘争の中で、初めて彼は今興奮を覚えている。
「(────ああ、そうか…………)」
コンモドゥスは、己の疑問に答えを見出す。
────────────────
────────────
────────
────
「君も同じことを考えているようだな、コンモドゥス」
抱擁王は、"笑う"。命のかかった闘争の中で
まるで無邪気に遊び合う子供たちのように
「…………ああ、そうだ。アーサー王」
対するコンモドゥスもまた、"笑う"。
己が飲まれていた狂気すらも忘れて、その顔を破顔させながら
「「この闘争は、最高に楽しいぞ」」
二人の声が重なる。二人の拳が重なる。
正しく英霊としての信仰を取り戻した二人の筋力のぶつかり合いの衝撃は、
その衝突を中心として、コロッセウム中へと響き渡った。
◆
人々の願いに応える英霊、キングアーサー。
汎人類史の願いを背負った彼女は、その拳により暴虐の皇帝を討ち果たす。
その打ち倒されたコンモドゥスの表情は、何よりも安らかで、そして何よりも穏やかであった。
同時に、ツタンカーメンとカーターの決闘もまた終止符が打たれた。
メギドラはそろ〜っと逃げようとしたが、ガシリとつかまされて福兵衛左衛門と共に拘束された。
そこで一つ違和感が生まれる。
────グレイの姿がない、と
だが、既に大令呪も武器も全てを喪った彼には何もできる事はないだろう。
と、矢衾の連中が気楽に笑い、気がかりではあるが後に回す事になった。
大令呪を使用されたコンモドゥスが倒れた事で、異聞帯は収束を見せた。
いずれこの異聞帯は消えるだろう。ここにいる民たちも、街も、英霊も。
そう考えると、騎士たちは考える。自分たちは何のために戦ったんだろうと
「決まっている。君たちの歴史を存続させるためだろう」
そう言ったのは他でもない。異聞帯のツタンカーメンであった。
「僕たちの歴史は間違っていた。当然だ。強いだけじゃ人は生きていけない。
だから、どうか、勝ってくれ。みんな。」
そう見送った少年王の姿は、何よりも大きく見えた。
少年王と、現地に残る選択肢を決めた英霊たちに見送られ、
バイアクヘー１号機は虚数潜航へと戻り消え往く異聞帯を後にした。
◆
「───────イ」
「──────────レイ」
「グレイ、朝だよ。起きて」
男は、倒れたままに目を薄く開く。
「…………ああ、存在(いた)のですか、メディスンさん」
「──────いい、物語だったよ。グレイ」
満足そうな声だけが響く。
その言葉に、グレイと呼ばれた男は倒れ伏したままに、口端を上げて笑う。
「満足できたのですか。それは良かったですね」
「うん」
「何故私についてきていたのか分かりませんが、これでお役御免ですか」
「…………」
「これで、貴方は私から離れるという事ですか。次は、どんな未知なる物語を求めるので？」
「…………」
夕暮れを見ながら、声だけの少年は言う。
「次もまた、君を見ていたい」
「……………………………………………………」
「未知の先に、更に未知がないだなんて決まってはいない。
もっと、もっと魅せてくれ。実は一回だけ、あの虚数鍵２３号を動かせる鍵、持ってきてるんだ。
これで汎人類史に帰れる。そこで、次はどんな事を見せてくれるのか、楽しみにしたいな、
……と、僕は考えているよ」
「……やれやれ」
ハァ、と息を短く吐き、グレイは立ち上がる。
先程まで瀕死のけがをしていたというのに、異常なまでの回復力である。
「肩、貸す？」
「いえ、別に。というより貴方、触れないでしょう？」
「そうだったね」
クスリ、と短い笑い声が響いて、赤く染まる空に溶けていく。
「帰りましょう。"彼ら"の下へ」
「うん。どうせ汎人類史の連中が勝つだろうし、
その後に一発、大きな花火でも……上げようじゃないか」
そう言いながら、一人の危険なる男と声だけの青年は、
虚空にぽっかりと空いた漆黒の大穴の中へと消えていった。
◆ ◇ ◆
────次回予告
「ご安心を。我らの異聞の王にして"世界の天蓋"は、完成しました」
次なる舞台、それは繁栄と栄華を極めた超科学世界
「てめぇ性根まで人間じゃあねぇ！！」
「ええ。こうでもしなければ人類史は前に進みませんので」
しかし、栄華の背後に或る、非道なる真実
「コっち……イけば……ニげれる……」
そこに現れる、一人の少年が運命を変える。
「このゴーギャン様がいれば、まぁ汎人類史なんざちゃちゃっと取り戻せるよ、多分」
「えっと……わ、私なんかが力になれるか、不安ですけど……頑張ります」
集うは、個性豊かな汎人類史の英霊たち。そして────
「なんで！！ なんで！？ どうして！！ 平等を否定するの！！！？
分からない！！ 理解できない！！ 私は正しくて絶対で当然な平等を作り上げたいだけなのに！！！」
「ヴェルジニア様の邪魔をする……許せない。排除 ただ、排除を！！」
そして迫るは、博愛と平等の狂気
「ああ、なんと儚い。我が天使たちよ……。
わが愛を受け一つとなった者は、みな死んでしまうとは」
新たなる異聞帯のサーヴァント
「オレは否定はしないし、肯定もしない。
だが、アンタに憧れた身だからこそ、アンタに可能性の光を見せつける」
「若い。どこまでも若いなファインマン。だからこそ、お前が私の前に立つのは、必然だったか」
そして────二人の碩学が、対峙する。
AD.2045
ロストベルトNo.∃ 「屍骸抱く揺籠」
◇ ◇
天獄管理機構 ゾルタクス
異聞深度：C
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