ImgCell-Automaton。 ここはimgにおけるいわゆる「僕鯖wiki」です。 オランダ&ネバダの座と並行して数多の泥鯖を、そして泥鱒をも記録し続けます。




「わざわざご足労いただき、感謝いたします。ミス・パトリシア」
「いえいえ。こちらこそ、かの時計塔の魔術師にお招き頂けるなんて、恐悦至極でございます」

魔術師の総本山、時計塔のある一室にて。2人の魔術師が恭しく、互いの頭を下げ合い挨拶を交わした。
一方は深い堀の皺を刻んだ老体の男だった。年を重ねた身でこそあるが、その存在感に衰えは一切ない。
文字通り、老獪と呼ぶにふさわしい気配がその男の周囲を覆っていた。

もう一方、老人と机を挟んで座している女性は、老人と打って変わって若々しい風貌だった。
一目見ただけでは、十代半ばにすら思えるほどに若い。腰に届く程に長い頭髪は、毛先にゆくにつれウェーブを描いて広がっている。
全体的なシルエットは、まさしく少女のそれと言っていいだろう。だがしかし、少女が放つその気配は、あまりにも幼さとはかけ離れていた。
人を小馬鹿にするような思考、あらゆる障害を踏み越えてやるという思想、そしてそれらの野望を飲み込んで自らを偽る演技。
その全てが、今の彼女を構成する全てであった。

少女の名は、パトリシア・リガルディー。フリーランスの魔術師だ。
ありとあらゆる魔術の体系を纏め上げた『万能基盤』の作成を掲げており、その為に「異なる魔術体系を継ぎ接ぎ合わせる」という視点から、魔術のアドバイザーを営んでいる。

魔術というのは、言ってしまえば世界への詐称である。
かつて存在した神秘の残滓を、どれだけ現代のテクスチャにこじつけて再現するか、というのが魔術師の腕の見せ所と言えるだろう。
ならば、似通ったものを用いれば、異なる魔術基盤の魔術同士を継ぎ接ぎ合わせられるのではないか? かつてはそういった計画を画策した魔術師も大勢いた。
実例を挙げれば、彷徨海とアトラス院、そして山嶺法廷の番外位たる仙人が、1人の青年に異なる神話体系の3柱の神を食わせるといった事案が語られずして存在する。
これは世界中に共通する『神降ろし』や『冥界・異界での食事による変容』、『捕食による力の取り込み』という要素を継ぎ合わせた事で、異なる体系の神々を取り込むことを可能にしているのだ。
つまり、共通する要素を用いれば、1つの魔術体系では不可能な事を可能とする。かつては黄金の夜明けを始めとした近代魔術結社が挑戦した、共通魔術基盤の作成も記憶に新しが、似通った事であろう。
近年でも、ウェスト・ヨークシャーが遍く魔術基盤を融合させた混沌魔術を生み出した事例もある。既に神秘という遺産が食いつくされた現代においては、それらを継ぎ合わせるという手法こそが新世代の希望なのだ。

だが、魔術基盤というものは一様に膨大が過ぎる。
魔術の歴史とは人類史の縮図とも言われるほどに、魔術とは世界中であらゆる体系が存在しているのだから。
故に、それらを纏め上げ、蒐集し、積み重ねた知識を用いて、魔術基盤の継ぎ接ぎをアドバイザーとして助言するのが彼女の生業だ。
黄金の夜明けの崩壊に立ち会ってその教義を纏め上げ、後年はかの狂乱の魔術師アレイスター・クロウリーの助手を行った男、イスラエル・リガルディーを曾祖父に持つ彼女は、そういった魔術基盤の継ぎ接ぎに長けている。
幼い身から曾祖父の遺した魔術資料を読み耽り没頭した彼女にとって、今の生業は天職と言えるだろう。仕事における交流を通して、知らない魔術基盤に触れる事も出来る。
故に彼女は積極的にアドバイスを魔術師たちに行い、やがてはその存在は時計塔における新世代の魔術師たちの間でも非常に有名になっていった。

──────その果てに、彼女は今こうして時計塔の重鎮に呼び出されている。
彼女のやり方は、時計塔の新世代にとっては魅力的なやり方ではあるが、古参や重鎮からしてみればゲテモノも良い所なやり方だ。
故に彼女自身、自分が時計塔の上層部からいい顔をされていないのは知っている。いつかはこういう日が来るのではないかとも覚悟はしていた。
だが、彼女はその態度を表層に出さない。精一杯の礼儀という名の仮面を携え、まずは相手の真意を知る。故にこそ、彼女はまるで教科書に書かれているかのような礼儀正しい挨拶を決めたのだった。
その腹の中では、権威と歴史だけを振りかざす時計塔のやり方に対し、ベロを突き出しながら。

「さて……ミス・パトリシア。
 聞くところによると、随分と時計塔の……新世代の生徒たちにとは懇意にしてもらっているようだね」
「時計塔の重鎮サマがたにまで届いているとは光栄ですねぇ。私のような木端の名前を聞き及ぶほどお時間があるとは思いませんでしたから。
 しかし、なぜ私めがこのような場所に? もしや、時計塔内での活動の上納金などを支払えというのではないでしょうね?」
「そう身構えないで良い。君の評判は良く知っているのだから。
 時計塔の魔術師たちだからとて、年がら年中権力闘争に明け暮れているというわけではない。故に情報を知る機会もある。
 目先の利益や権力に囚われて目が眩むのは二流、いや三流のする事だ。君が想像するより、ずっと我々には時間があるよ」
「左様でございますかぁ」

笑顔で頷く裏で、パトリシアは中指を老人に突き立てた。
パトリシアは、時計塔の権威を持つ魔術師たちが大の苦手である。かつて自分のやり方──────既存の魔術体系を継ぎ接ぎする理論を嘲笑された過去があるからである。
「やり方が醜かろうと、結果さえ残せば全ては重畳」と考える彼女にとって、権威や歴史に物を言わせて正攻法しか許さない時計塔の重鎮たちは、まさしく嫌悪の対象なのであった。
故に此度は、表面上は取り繕いながらも心の内ではすさまじい勢いで悪態を言い続けていた。もっとも、それを隠し通せずに漏れ出ているわけなのだが。

「時間があっても、情報を収集する力はどうでしょうか?
 聞くところによりますと、時計塔は未だに電話線を引く事すら躊躇う方々がいると聞きましたがね」
創造科ウチはそんな心配も無用だ。学部長が目敏く、外の世界の流行を取り入れてくれるのだからね」
「ほう? それは興味深いですねぇ」

パトリシアがそう言うと、わざとらしく老人が袖を捲り時計を見せびらかした。
下品なアンティーク時計でも見せられるのかとパトリシアは目を細めたが、彼女の目に映ったのは意外な物だった。
確かそれは、米国の大企業が最近発売した、腕時計状の電子機器だったか……とパトリシアは思考する。
時計塔の重鎮の1人が、そのような最新鋭の機種を身に着けているという点にパトリシアは目を見張った。

「最初に勧められた時は怪訝な印象を持ったが、使ってみるとこれがなかなか興味深い。
 同じサイズ・機能を魔術で再現しようとなれば、相当の触媒を持っていかれるだろうな。まったく科学技術というものの進歩は、眩しすぎるほどに鮮烈だ」
「少々驚いていますよ。かのロード・バリュエレータは新しい物好きとは聞いていましたが、そのような最新技術まで取り入れているなどとは」
「最も、全てを受け入れているわけではないがね。最近の米国は特に、拍車をかけて神秘の害となってきている。近年隆盛を誇っている四大企業など、まさしく我らが目の上の瘤だ」
四騎士フォー・ホースマン、でしたか。新世代の間でも噂になっていますよ。あれらは魔術師にとっての黙示の四騎士になり得ると、冗談交じりでね」

四大企業ビッグ・テック、あるいは四騎士フォー・ホースマン
それは現代において最も隆盛を誇っている、米国の四つ企業を差す俗称だ。
『万人への等しい流通経路』、『国境を超えた普遍的なる交流』、『世界中へ行き渡る高性能端末』、そして『遍く全てを集積するデータベース』。
これら全ては、まさしく神秘の大敵となり得る概念たちだ。故に現代の魔術師たちは、2つの意味で彼らを黙示録になぞらえ四騎士フォー・ホースマンと呼称する。

神秘において、最も恐れるべきはその存在の流出だ。
神秘は知る人が多くなればなるほど、その力を薄れさせるという厄介な特性を持つ。故に、神秘とは隠匿されて然るべきなのだ。
だが、あらゆる人々がその手に高性能端末を手にし、普遍的なソーシャルネットワークサービスにおいて繋がり合え、その情報はすぐさまにデータベースに保存されるこの時代。
まさに魔術師にとっては生き辛く、彼らはまさに絶滅へと向かっている種族であるという事を改めて突き付けられているという事態にあった。

「さて、そんな誰もが情報を発信し得るこの時代で……神秘の流出を加速させかねない事件が起きたとしたらどうかな?」
「どういう事でしょうか」
「これを見たまえ」

取り出されたのは、1枚の写真だった。
以前、パトリシアも訪れた事がある地だった。
かつてアレイスター・クロウリーが訪れたと言われる、日本の古都・京都。
そのついでに訪れて、数々の美食に舌鼓を打った地であった。特徴的な看板の数々は、今でも彼女の目に焼き付いている。


──────その全てが、無惨に破壊されている写真がそこにはあった。


「……これは、確か。日本の大阪、でしたか? まさかこれは……」
「そうだ。魔術による破壊だ。表向きは災害という事になっているがね」
「随分と馬鹿な事をやった愚か者もいるものですねぇ。時計塔としては、この破壊を成した存在をとっつかまえるのが仕事じゃないですか?」
「それは無理な相談だ。何故なら、この破壊を成した存在は、人間の領域を超越した境界記録帯ゴーストライナーなのだからな」
「…………それって」
「そうだ。聖杯戦争だ。東洋の地で、14人の魔術師らが、同数のそれらを従えて聖杯を奪い合った。
 無辜の民が住まう地で、大規模な破壊を引き起こして……な」

「端的に言おう。
 今再び、その聖杯戦争が日本のとある都市で行われようとしている。
 君にはその調査と、聖杯の解析に向かっていただきたい。──────その魔術の解析眼を見込んで、ね」

「────────────────マジかよ……」

パトリシアは、呆然としたままに言葉を返してしまった。
今まで取り繕っていた無礼さも、時計塔の権力者に対する恨みつらみや僻みや怒り、そういった諸々を全て忘れ去って、ただ呆然と聞き返した。




「ふぅーん? 聖杯戦争って割には、サーヴァントの数はそう確認されていない、ねぇ。
 最悪、虎の子の最終兵器を使う日が来たかと思ってたが、これなら俺の知識での対応だけで行けるか?」


「にしても、とうとう来やがったかぁ。
 時計塔サマ直々のお依頼が」

帰路につきながら、パトリシアは老体から得た資料に目を通しつつ、毒付くように吐き捨てた。
権威を持つ存在から仕事を依頼される。それはフリーランスにとっては喜ばしい事である。たとえそれが嫌う相手であったとしても、だ。
だがその喜ばしさ以上に、彼女はこの依頼の中にうすら寒い何かを感じ取っていた。

「(時計塔のカス共は、基本的にプライドが高い……。
 何かあればまずは、身内だけで処理を進めるはずだ。なのに、なぜ俺を頼りやがった?
 生徒たちの評判を聞いたからだぁ? 見え透いた嘘ついてんじゃねぇよ。こすっからい。鳥肌が立つぜ)」

「(求められているのは何だ? 解析眼を見込んでとか何とか言ってたが、ありゃ方便なのかあるいは……。
 ……考えられるのは3つ、か。"マジで解析担当"か、"戦闘担当"か、"肉壁"か、だな)」

2つ目は在り得ない、とパトリシアは首を振って考えを振り払った。
彼女は基本的にアドバイザーであり、戦闘は不向きである。相手の魔術を解析してカウンターを知識の中から編み出し割り込ませるという手法も取れなくはないが、防戦一方が関の山だ。
そもそも魔術なんていうものは戦闘には向いていない。時計塔が魔術師同士の決闘を奨励している故に、戦闘用の礼装や魔術はそれ相応にあるが、文字通りに殺し合うのならば素人に機関銃を持たせでもした方がよっぽど効率がいい。
中には確かに、弦糸のストリーキング・パフォーマーやメイソンの人でなし等のように戦闘に長けた魔術を応用できる者らもいるが、一握りの存在だ。
時計塔がそんな要員を外様から持ってくるとは思えない。故にこの可能性は無いと彼女は切り捨てた。

「(なら3つ目か? ……ないな。ならもっと木端な奴を使うはずだ。
 確かに俺ァ時計塔の連中にとっては邪魔ではあるが、新世代に顔が知れ渡っている。いなくなりゃちったぁ噂になる筈だ。
 時計塔がそこまで考えてるわけねぇと思うが、それでも壁にする"だけ"ならもっと他に効率がいい候補が大勢いるはずだからな。
 ──────なら、1つ目か)」

確かに彼女は、様々な魔術基盤を研究し、それに対する知見の深さにも自信がある。加えて実績もある。
記憶術に暗示を加えた『絶対記憶術トータル・リコール』によって、彼女は様々な魔術の基本から応用まで完備して記憶をしている。
それはまさしく、聖杯戦争という独自の魔術儀式を解明するのにはうってつけだろう。だが、それでも彼女には疑問があった。

「(それでも俺以上に、分析に長けている奴は大勢いるはずだ。
 そもそも俺の解析も完璧じゃねぇ。ホロシシィのババァを見た時は目が潰れるかと思ったし、紋章院のゾンビなんざ何度見ても底が見えなかった。
 なにせ相手は、境界記録帯ゴーストライナーを実体と魂双方の側面から降霊して使役するバケモノ級の儀式だ。俺以上の魔術師を使った方がリスクは少ないはず。
 ────────────と、なるとだ。結論としては2つになる訳か)」


「あのクソジジイ……。俺の解析眼を使うだけ使った後に肉壁にするつもりだなぁ? クソッタレの狸ヤローが」


聖杯戦争の存在は、噂程度ではあるがその異常性は彼女も聞き及んでいた。
人類の存在基盤、人理を守護する存在たち、境界記録帯ゴーストライナー。それを使い魔に落とし込み支配し、殺し合いを行わせる儀式。
あまつさえ、それらを薪として聖杯に焚べ、願望機として扱うというのだから堪らない。これ以上なく効率的な儀式だと、パトリシアは初めて聞いた時は笑い飛ばしたものだ。
願望機という餌で外様を呼び込み、強力な境界記録帯ゴーストライナーを呼び込む触媒は儀式の遂行者たちで独占。そうすればほぼ無条件で願いを叶えられると来た。
なんて効率的なんだろう。英霊を呼び込み聖杯を創る術式の仕組みが知りたい。効率主義万歳。そんなことを彼女は考えていた。
……のだが、自分がその戦争の渦中に飛び込むとなれば、また話は違ってくる。

「("戦争"だろう!? 殺し合いだぞ!? 魔術儀式と言っても、人間の殺し合いなんざ古今東西変わる筈がねぇ!
 時計塔もそれは承知の上だろう。だから死んでも影響がない外様の俺を選びやがった! 舐めやがって腐れ爺がァ〜〜〜!!)」

パトリシアは、はらわたが煮えくり返るような怒りを覚えた。
だがしかし、すぐさまにそれは収まり、冷静に聖杯戦争の資料を捲り始めた。
何故か? それは彼女が、時計塔に対してアドバンテージを得れるという確信があったからだ。

「ま、素直にやられるだけの俺様じゃーねぇんで、ね?」

資料を捲り、捲り、捲り……。最後の1枚に、幾何学的な文様が周囲に記された1枚の書類が挟まれていた。
これこそが、彼女の余裕の証拠である。『相互強制証明デュアル・ギアス・スクロール』。彼女が契約を交わす際、トラブル防止や信頼を得るために必ずセッティングするギアスである。
元々魔術というのは、秘密の厳重な世界だ。故に魔術世界においては、信頼が何よりも大事となる。それを形にするべく、彼女は2枚1組となっているセルフ・ギアス・スクロールを生み出したのだ。
契約期間の間、パトリシアを雇用主は傷付ける事が出来ない。その代償として、パトリシアは雇用主の魔術の秘奥を喧伝しない……というように、互いの生命の安全と秘密の保障がこの契約においては成り立つようになっている。
今回は通常のアドバイスの依頼ではないため、相互にすり合わせの上で契約を行使、互いに署名を行ったのだが、この中で彼女は地雷を潜ませたのだ。

「絶対遵守のギアスっつってもよぉー、"書かれてねぇ事は"守らなくて良いよなァ〜、アーッハハハハハハハァ!」

彼女が潜ませた地雷は2つ。
1つは『時計塔に協力し、聖杯の解明に尽力する事』という記述。時計塔に協力とあるが、"常に時計塔と行動を共にする"とは書かれていない。
即ち、聖杯の解明を行うという名目であれば、時計塔の陣営から離脱し、生命の安全を図るという詭弁がまかり通るのだ。

もう1つは、聖杯を解明できた際の契約である。
『パトリシアは、聖杯の情報・術式を解明できた場合、その仔細をあまさず時計塔に開示し、他魔術結社・魔術組織に漏洩せぬ事』と記述されている。
漏洩をしない。これは良い。問題は時計塔への開示の過程だ。この中で、"無条件で"という言葉は含まれていない。
即ち、もし聖杯の情報を彼女が得れた場合、それを使って更なる取引を強請る事が可能なのであった。

「(揃って見返してやるよ、時計塔の腐れ爺共……。俺ぁ生き残って、全部持ち帰ってやるぞ。
 そしてテメェらに叩きつけてやる! そして認めさせてやる! 俺の『基盤結合・混沌魔術式ケイオス・ベイシス』こそ、絶滅していく魔術師の唯一の希望だと!!
 テメェらのかび臭いやり方よりも、俺のやり方こそが正しいと土下座させてやる!!)」

それは、彼女の野望だった。
かつて自信を持って構築した継ぎ接ぎだらけの術式を、時計塔に門前払いされた事に由来する嫉妬と憎悪だった。
今彼女は、君主ロードと言わずとも時計塔の権力者相手に対等の契約を結べる立場となっていた。
彼女はそれを利用した。『聖杯戦争の情報』という莫大なジョーカーを手に、時計塔に対して自分のやり方こそが正しいと認めるように取引を持ち掛けるつもりなのだ。
無論、彼女が聖杯の情報を得る過程で死ねばそれは破綻する。聖杯の解析が出来なくても、同じように取引は崩壊するだろう。
だがそれでも、彼女には意地があった。もしその過程で死んだとしても後悔はない。それほどの怒りが時計塔に向けられていた。

彼女は向かう。聖杯の現出する日本という地に。
彼女は誓う。自らのやり方こそが正しいのだと、時計塔に突き付ける為に。

「吠え面かかせてやる……っ!!
 俺のやり方こそが王道だ! 有る物全てを利用して結果に辿り着くやり方こそが最良なんだ!!
 ゲテモノ呼ばわりしたことを! 後悔させてやるからなッ!!」





「──────と、奴が考えているのは承知の上だ……」

ソファにもたれかかりながら、つい先ほどパトリシアとギアスを交わし合った老体は低く笑った。
くぐもった笑みは、その深い皺が刻まれた身と相まって、暗い雑木林に吹く風を思わせるような響きだ。
掌に、彼女と交わしたギアスの書面を持ちながら、老体は文面をひとしきり読み、そして誰に言うでもなく独り言ちる。

「かつて、時計塔の門を叩きながら、門前払いされた新世代。
 熱意は余りある。実力もまぁ、新世代にしては申し分も無い。
 あとは餌にかかればと思っていたが……なるほど、ものの見事にかかってくれた」

老体は、パトリシアが契約書に仕込んだ地雷など、とうに見抜いていた。
時計塔という魔境を生き抜いた、海千山千の老獪に、そのような小手先の口先三寸など、見抜かれて当然と言えるだろう。
だが彼は敢えてそれを見逃した。何故か? それはパトリシアという、驚異にして脅威を取り除くためである。

「アレのやり方は、魔術の可能性を急激に狭めるやり方だ……。
 或るものを利用する……。そのやり方には賛同する。が、やり方に問題があるな。
 あれもかれもと組み合わせれば、後に生きる魔術師たちの資源が消え去っていくではないか……。
 それではならぬのだ。我らの目指すは根源の渦。それに至る前に道が途絶するようなやり方は……排除せねばならぬなァ」

だが、パトリシアが単に死地に向かえと言って従うような存在ではないと、彼自身も分かっていた。
そこで彼は敢えて騙された振りをし、契約の不備を見逃したのだ。理由としては、まず時計塔を裏切ったところで、彼女に時計塔から向かう刺客を捌ききるほどの実力ははない。
加えて、万が一聖杯の解析に成功した場合は、実力行使でその情報を引き出せば良いだけの話だ。何故ならば──────

「聖杯の情報を得た時点で、契約は終わっているのだからな……。
 脅威を取り除きつつ、かの儀式の大網を得れるというのならば万々歳。まぁあの女には期待していないが……裏切ったところを始末出来れば、それでいいか。
 その為ならば、一時道化を演ずるのも容易い事よ」

低く、低く老獪は微笑む。
その微笑みは、日が暮れ始めたロンドンに低く響いて、そして虚空へと溶けていった。
響き、溶けて消えゆくその旋律は、まるで日本へと向かうパトリシアを祝福しているかのようであった。


先の見えぬ若造に幸あれ、ゲテモノの継ぎ接ぎ屋に祝福あれ、と。


謡うように。


呪うように。
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