最終更新:ID:yWUz6wYMuw 2018年03月29日(木) 00:06:07履歴
「はい、終わったよ。セイバー」
軽く体を叩くと、金色の髪がゆっくりと起き上がった。
引き締まった上半身に包帯を巻いた男、モードレッドはそのままベッドから降りて立ち上がる。
「傷は塞いだけど、魔力の回復は十分じゃないよ。時間がかかりそうだから今日はここまでだけど……」
「いいや、大分動けるようにはなった。感謝する」
傷を案じて声をかけてみたが、この男はずっとこの調子だ。
感謝の言葉を口にはすれど、口調も表情も硬ったい感じを崩さない。
まぁ、気持ちはわかる。会ったばかりでお互いを理解できないのも無理はない。
私達の同盟が結ばれたのは今日の話。
マスターとソーマが手を結び、この図書館を守る代わりに聖杯はソーマに渡すという内容で協力関係が成立した。
そして今は夜、彼女のサーヴァント・セイバーの―――
―――倉庫で名乗っていた、モードレッドの治療に当たっていた。
同盟を結んで初日も初日。そう思えば彼くらいの素っ気なさは自然と見るべきだろう。
「あの男―――グラップラーと言ったか。想定よりなかなかやる」
「そうなの?私には優勢に見えたけど……」
それでも今は仲間なんだから、情報は共有するに越したことはない。
グラップラー。デミサーヴァントという存在自体が驚愕に値するものだったが、戦闘は彼が優位に立っていたはずだ。
「互いに初見だったからな。地面を魔力で吹き飛ばして、空中に浮かせたところを仕留めようと思っていた」
「だが、金のライダーの宝具に防がれた。拳士の英霊を名乗るのであれば、次は空中からでも反撃が来るだろう」
「何それ怖……金のライダーについては、何かわかった?」
拳と剣。本来であればキャスターが適正だろう私には、どちらも尋常な戦い方に見えない。
「いや……あの魔獣を使役するだけでは絞りきれん。宝具を他人から借りてきている英霊というのも少なくないからな」
「だが、奴の真名など関係ない。傲慢不遜な王というだけで、俺にとっては十分に―――」
「……執着して判断を誤るような真似はごめんだよ。もしそうしたら―――」
「……わかっている」
そして、今は仲間だからこそ注意も必要だ。
相手のミスでこちらもピンチに陥るのは勿論―――勝ち残った後も問題は控えている。
仮に聖杯戦争の終結間際までこの関係が継続した時。正確には、私達が最後まで残った時。
―――私のマスターは、ソーマ達を攻撃する準備がある。マスターが所属していた組織に、聖杯を捧げるために。
それまでの協力関係に過ぎない―――騙している自覚がないわけではないが、向こうも恐らく承知の上だろう。
なら、必要以上に互いに干渉することは無い―――契約はあくまで、契約でしかないのだから。
「―――すまない、案内を頼めるか」
「え?」
なんてことを考えていたら、思いがけない言葉に思わず聞き返した。
目の前に立つモードレッドは、既にいつもの服を着込んで、初めて姿を見た時と同様に赤いマントを頭から被っていた。
「案内って、ここを?」
「あぁ……暫くはここを出られない。他に動く場所が無いのでな」
「はぁ、要は散歩に付き合えと……ま、別にいいけど」
昼に来た、ユウヤとかいう男が言っていた黒いサーヴァント。
そしてサーヴァントと共に容赦なく襲ってくるマスターとなると、奴ぐらいのものだろう。
私が召喚される前に、マスターの図書館を襲撃した人間―――
色々言いたいこととか山ほどあるけど、とにかく昼も夜も襲って来て不思議ではない。当然、再び警備を破られる可能性も。
モードレッドは言外に、ここで戦うことを見越して地形を把握したいと言っているようだ。
悪い話ではない。そう判断した私はモードレッドの提案を了承して、二人で薄暗い図書館の中を歩き始めた。
「―――これで一周ね、把握できた?」
「あぁ……あまり本棚を巻き込むわけにはいかないと思っていたが―――随分と数が多い」
「侵入されたならば、エントランスで戦う以外に無いだろうな。奥に行くほど蔵書の被害は甚大だ」
「一応、気にしてくれるんだ?」
モードレッドは図書館の内部を一瞥しながら、顎に手を当てて考え込んでいる。
契約の中に図書館の防衛を組み込んではいたが、真面目に考慮してくれているのは好印象だ。
「そういう契約、というだけだ……ただ、エントランスの設計は悪くない。扉の方向であれば俺の宝具を使うことも―――」
「いや、流石に対軍宝具は……」
「危険な相手ならば手段は選べん。放った上で短期決戦に持ち込めば十分に消火は間に合うだろう」
「はぁ……そうならないといいんだけどなぁ」
勿論室内で宝具を撃つのは避けたい。が、奴にこそこそ侵入されようものなら先頭が長引くほどに危険だ。
害虫駆除に、時間のかかる手段は選べない。侵入された場合の方針はひとまず決まった。
「後は実際に来るまでわからないか……あぁ、そうだ」
「?」
「せっかくだし、何か読んでみない?本」
特に戦略的な狙いはない。
気まぐれが半分、急に案内を提案をされたことの意趣返しが半分―――もうちょっとあるかもしれない。
騎士の生活の中では、書物と触れ合う機会は珍しかっただろう。魔術師や僧侶とかなら話は別だが。
とにかく、モードレッドに読書を勧めてみた。
「ジャンルはなんでもいいよ。お前の読みたい本を」
「そうだな……ならば」
「料理の本はあるか?」
「はい、料理本はあちらの棚に……ってえぇえ!?」
本棚の並ぶ一帯から少し離れて設置された長机に、私達は向かい合って座った。
対面するモードレッドは、至極真っ当な面持ちで読書にふけっている。
彼も騎士だというのならば、その名誉にかけて、手にする料理本について口を挟むのはよしておこう。
種類が多く何から読もうか悩んでいたので、助言をしたら目を輝かせていた姿も、胸の奥に仕舞っておこう。
自分に置き換えれば、私も普段の読書の趣味についてとやかく言われたくはない。どうせ純愛とか似合わないのは分かってる。
自虐も程々に、私は改めて、目の前の人物について思考を巡らせていた。
モードレッド。アーサー王に反旗を翻し、ブリテンの失陥を決定的なものにした、アーサー王と姉モルガンの不義の子。
騎士物語なんかで見る彼の人物像は、玉座を狙う卑しい小悪党とか、自分を拒絶したアーサーへの復讐者みたいなのが多い。
ただ、彼らの物語は英雄譚の中でも異説入り交じり真実は定かではない。本当は騎士が女だったとかいうトンデモな話もある。
いずれにせよ、目の前のモードレッドの落ち着いた表情は、そういったイメージとは印象を異にするものだ。
この一見理性的な(天然も混じってる気がする)青年が、本当に一国の崩壊という参事を巻き起こしたのだろうか。
―――いや、この姿が真実ならば、倉庫での姿もまた真実だ。
アーサー王とはなんの縁もないだろう。真名すら明らかでない金のライダーをただ「王」であるというだけで敵意をむき出しにし、
彼女と協力する意思を見せたグラップラー。デミサーヴァントとは言え、現代のただの人間を容赦なく叩きのめした。
無関係の相手ですらあの態度なら、彼を動かすのは固有の権益や報復ではない。だったら―――
「…………よし」
一通り読み終わったらしい、本を閉じたモードレッドの動きに、意識が現実に引き戻される。
さっきまでの疑問は霧散し、代わりに目の前の異様な光景に疑問が浮かび上がってきた。
「……あのさ、なんでよりにもよって料理?」
「……俺がいた時代のブリテンは、お世辞にも豊かではなかった。今の時代ならば色々と美味いものがあると聞く」
「あぁ、それは……ごめん。安易にここを出るわけにはいかないから、外食とかは……」
「分かっている。それに、今の状況でのんびり団欒というわけにもいかないだろう。だから、こうして知識を蓄える」
「次の召喚の際は台所を使う余裕があるかもしれない。その時を見据えた備えだ」
「はぁ……」
その誇らしい顔を止めろ。などと言外に突っ込みを入れながらため息を吐く。
少なくとも、目の前のモードレッドがどういう人物かだけは少しだけ理解できた気がする。概ね真面目が一周回りすぎたような奴だ。
「世話をかけたな、ライダー。何か礼をできればいいのだが、生憎剣ぐらいしかない」
少し気まずい調子で向こうへと視線を泳がせている。こうやって注視すると案外表情豊かで面白い。
「剣って……それは私達の同盟の契約だろ?ここを守るために戦うってのが―――」
「無論だ」
「誓約の通り、この剣と我が身に代えて、君とこの地を守護する力となろう」
声色が変わった。
そして、いつの間にかこちらに向け直していた彼の顔は。
――――――。
「―――今回の礼は、それに付け加えさせてもらおう」
表情を崩して、モードレッドが微笑を浮かべる。
呆気に取られていた私は、一瞬だけ反応が遅れた。
―――呆気に取られていただけだ。それ以外には何もない。
「とはいえ剣だけでは代わり映えしない。そもそも敵が来ること自体がこの図書館を守る上では面白くないな」
「何か別の方面で、手伝う事ができればいいのだが―――」
「―――あ、だったらさ」
顎に手を当てて悩み始めたモードレッドに対して、私の方は妙案が浮かんだ。
戦略的な価値が高く、彼もあるいは得意なはずの分野。ただ、彼にとっては少し悩ましい話かもしれない。
そこは、私の悪戯心ということで、もう少しこの天然騎士を悩ませてやろう。
侵入してくるサーヴァントの対策として、この図書館には私が作った罠を張り巡らせている。
一つ一つは微小な効果だが、重ねていけば戦局を優位に進めることができるだろう。
ただ、モードレッドの治療に専念していた分、罠の設置は予定より遅れている。
例の黒いサーヴァントはいつ仕掛けてくるかわからない。ある程度治療が済んだら、罠の設置を急ぐ必要がある。
だが、日中は図書館の職員としての仕事があって、罠に手をつけるのが難しい。
ついでに言えば、昼間に黒いサーヴァントが襲撃してくる最悪のパターンも可能性がある。
私もモードレッドもいつでも飛び出せるように準備もしなければならない。
そこでだ。
「あの、すみませ―――」
「いらっしゃいませ、何の本をお探しですか?」
「って、あれ!?いつもの人は?」
「失礼しました。本日は私が担当します」
図書館職員の制服で身を固めた、金髪の青年が柔らかい笑顔で出迎える。
というわけで、私が罠の設置に取り掛かる間、モードレッドに利用者の応対を頼んでみた。
彼も私も今の位置からなら敵が来た際にすぐに対応ができる。その上で私の手が空くわけだから妥当な判断だろう。
傷については、まぁこの程度の行動であれば問題なし。本当はもう少し治療を続けたかったが、要塞化も遅れてはいけない。
「歴史書ですね。では、こちらへ案内します」
「は、はい」
よしよし、応対は問題ないようだ。
元々騎士というのは礼儀作法がしっかりしてる方らしいが、彼は加えて飲み込みが早い。少し教えてあれだけ話せれば上出来だ。
普段は仏頂面だけど、あぁやって笑顔を見せていると、モードレッドの素性は悪くないと思う。
一応はかの騎士王アーサーの息子なんだから、当然と言えば当然かもしれない。
「返却期限は一週間後となります。お忘れのないように、お願いしますね」
「あっ……はい……ありがとうございます……」
―――何だあいつ、顔を赤くしてモードレッドを見つめて。
って
何考えてるんだ、私は。
軽く頭を振って寸前の思考を追い出してから、改めて作業に戻った。
もう日が暮れる。
黒のサーヴァントが来るとしたら、今夜。これ以上罠の準備にも、モードレッドの治療にも時間を割けない。
設置済みの罠の具合を確認して、軽く深呼吸を入れてからエントランスへ向かう。
「――――――」
「――――――セイバー……」
先に待っていた彼は、いつも通り外套を頭に被せて椅子に座っていた。
夜に切り替わる寸前の夕陽の中、尚も赤い外套はその色を強く主張している。
―――ただ、いつもの彼とは違う点が一つ。手元に、何かを持っている。
「―――ライダーか。準備は済んだか?」
「あぁ。後は来るのを待つだけ」
「そうか」
しばらくぶりの仏頂面―――今なら分かるが、緊張している時はこんな調子だ―――で、素っ気ない返事を返す。
するとモードレッドは唐突に席を立った。向かった先に視線を向けて、手元に持っているものについて確信を得る。
「本、読んでたのか?」
「……あぁ」
「どんなの?料理本ならもう読破してたはずだけど―――」
「…………何でもない」
珍しく、彼が言葉を濁した。
何を読んでいたのだろう?手にする本を棚に戻しに行ったモードレッドの背中を追って―――
「――――――」
あの棚は、アーサー王の物語を書いた本を納めていたものだ。
「……すまない、これから戦闘だというのに。つい、な」
「ううん。べつにいいよ」
彼が何の本を読んでいたかは、触れないことにした。
―――英霊にとって、過去の逸話などは時折タブー視されることがある。
華々しい過去を誇る分には問題は無いが、中には思い出したくないものに触れてしまう時もある。
―――例えば弟に孕まされて、純潔を示す場においてそれを穢された話を突きつけられて、私は平静を保てる自信は無い。
モードレッドにとっても同じだ。いや、俗に反英霊と称される彼の過去ともなれば、話題にするのは避けたい。
「―――なぁ」
けれど。
「……どうした、ライダー」
一つだけ、どうしても聞きたいことがあった。
「お前は、どうして戦うんだ」
彼の真意がなんなのかを知りたい。
彼が王と戦う理由。金色のライダーに対しての敵意の理由。―――かつて、アーサー王と戦った本当の理由を。
それがきっと、バラバラに見える彼の姿を一つに繋いでくれる。
「―――――――――」
長い、長い沈黙の後に、ゆっくりと口を開いた。
「―――秘密だ」
―――まぁ、そうだろうな。予想はできていた。
簡単に話せるようなものじゃない。私たちは、互いの全てを打ち明けられるような関係なんかじゃない。
そう理解していても、なんだか、
いいや、もうやめておこう。何度もはぐらかされて惨めな気分になるのがオチだ。
ただ、最後にもうひとつだけ。
「でも、さ」
「―――いつかは、話してくれるか?」
「……考えておこう」
魔術師がかける呪いではなく、
騎士が掲げる誓いでもなく、
本当に小さな約束を交わす。
今は、これだけでいい。
もうじき来る敵を倒したら、約束を盾に根掘り葉掘り聞き出してやろう。
覚悟しておけ、赤雷の騎士。
こういう時の私は相当わがままで、執念深いからな。
―――――――――
――――――
―――
はい、全て滞りありません。母上。
ランスロット卿は逃亡し、アグラヴェイン卿以下十数名の騎士が犠牲になりました。
ギネヴィア王妃はこちらに、じきに民衆が、騎士と蜜月を重ねた王妃の死刑を望んで騒ぎ立てるでしょう。
騎士達の意見もそちらに傾くでしょう。ランスロット卿の人望があれば、裏切りへの失望も当然のものです。
お褒めに預かり光栄です。しかし、―――私をこう作り変えたのは、母上の力あってのこと。
私は母上の意図の通りの動作しただけのことです。
さて、死刑の日程が決まればランスロット卿は再び戻って来るでしょう。それが新たな惨禍の―――
いえ、待ってください、母上。おかしい、これは、
―――ガレスとガヘリスはもう死んでいる。
ガウェイン卿も俺が殺したはずだ。もうどこにもいない、円卓の騎士も、ブリテンも、あの丘に―――
俺は、なんてことを
王はどこだ。早く会わなくては、もう一度、王に
そうだ、聖杯だ。違う。ギャラハッドが抱えて消えた本物ではない。同じ名前の願望機だ。
あれを手にして王にもう一度会う。そのためのサーヴァント、仮初の命だ。
これは俺の意思だ、もう道具ではない。俺は俺自身の意思で行動を決定できる。
道具ではない、騎士として戦おう。
もう俺には無理かもしれない。許されるはずもない。それでも、俺が壊した全てに恥じない戦いをしなければ。
そうしたら、聖杯を手に入れて、もう一度会うんだ。王に、父さんに会って、俺は―――
――――――。
いえ、問題ありません。母上。
私は正常に稼働しています。
必ずや、かの王へ至る障害の全てを打ち壊し、王と共に、劇的な最期を演出してみせましょう。
全ては、あなたの望みのままに。
軽く体を叩くと、金色の髪がゆっくりと起き上がった。
引き締まった上半身に包帯を巻いた男、モードレッドはそのままベッドから降りて立ち上がる。
「傷は塞いだけど、魔力の回復は十分じゃないよ。時間がかかりそうだから今日はここまでだけど……」
「いいや、大分動けるようにはなった。感謝する」
傷を案じて声をかけてみたが、この男はずっとこの調子だ。
感謝の言葉を口にはすれど、口調も表情も硬ったい感じを崩さない。
まぁ、気持ちはわかる。会ったばかりでお互いを理解できないのも無理はない。
私達の同盟が結ばれたのは今日の話。
マスターとソーマが手を結び、この図書館を守る代わりに聖杯はソーマに渡すという内容で協力関係が成立した。
そして今は夜、彼女のサーヴァント・セイバーの―――
―――倉庫で名乗っていた、モードレッドの治療に当たっていた。
同盟を結んで初日も初日。そう思えば彼くらいの素っ気なさは自然と見るべきだろう。
「あの男―――グラップラーと言ったか。想定よりなかなかやる」
「そうなの?私には優勢に見えたけど……」
それでも今は仲間なんだから、情報は共有するに越したことはない。
グラップラー。デミサーヴァントという存在自体が驚愕に値するものだったが、戦闘は彼が優位に立っていたはずだ。
「互いに初見だったからな。地面を魔力で吹き飛ばして、空中に浮かせたところを仕留めようと思っていた」
「だが、金のライダーの宝具に防がれた。拳士の英霊を名乗るのであれば、次は空中からでも反撃が来るだろう」
「何それ怖……金のライダーについては、何かわかった?」
拳と剣。本来であればキャスターが適正だろう私には、どちらも尋常な戦い方に見えない。
「いや……あの魔獣を使役するだけでは絞りきれん。宝具を他人から借りてきている英霊というのも少なくないからな」
「だが、奴の真名など関係ない。傲慢不遜な王というだけで、俺にとっては十分に―――」
「……執着して判断を誤るような真似はごめんだよ。もしそうしたら―――」
「……わかっている」
そして、今は仲間だからこそ注意も必要だ。
相手のミスでこちらもピンチに陥るのは勿論―――勝ち残った後も問題は控えている。
仮に聖杯戦争の終結間際までこの関係が継続した時。正確には、私達が最後まで残った時。
―――私のマスターは、ソーマ達を攻撃する準備がある。マスターが所属していた組織に、聖杯を捧げるために。
それまでの協力関係に過ぎない―――騙している自覚がないわけではないが、向こうも恐らく承知の上だろう。
なら、必要以上に互いに干渉することは無い―――契約はあくまで、契約でしかないのだから。
「―――すまない、案内を頼めるか」
「え?」
なんてことを考えていたら、思いがけない言葉に思わず聞き返した。
目の前に立つモードレッドは、既にいつもの服を着込んで、初めて姿を見た時と同様に赤いマントを頭から被っていた。
「案内って、ここを?」
「あぁ……暫くはここを出られない。他に動く場所が無いのでな」
「はぁ、要は散歩に付き合えと……ま、別にいいけど」
昼に来た、ユウヤとかいう男が言っていた黒いサーヴァント。
そしてサーヴァントと共に容赦なく襲ってくるマスターとなると、奴ぐらいのものだろう。
私が召喚される前に、マスターの図書館を襲撃した人間―――
色々言いたいこととか山ほどあるけど、とにかく昼も夜も襲って来て不思議ではない。当然、再び警備を破られる可能性も。
モードレッドは言外に、ここで戦うことを見越して地形を把握したいと言っているようだ。
悪い話ではない。そう判断した私はモードレッドの提案を了承して、二人で薄暗い図書館の中を歩き始めた。
「―――これで一周ね、把握できた?」
「あぁ……あまり本棚を巻き込むわけにはいかないと思っていたが―――随分と数が多い」
「侵入されたならば、エントランスで戦う以外に無いだろうな。奥に行くほど蔵書の被害は甚大だ」
「一応、気にしてくれるんだ?」
モードレッドは図書館の内部を一瞥しながら、顎に手を当てて考え込んでいる。
契約の中に図書館の防衛を組み込んではいたが、真面目に考慮してくれているのは好印象だ。
「そういう契約、というだけだ……ただ、エントランスの設計は悪くない。扉の方向であれば俺の宝具を使うことも―――」
「いや、流石に対軍宝具は……」
「危険な相手ならば手段は選べん。放った上で短期決戦に持ち込めば十分に消火は間に合うだろう」
「はぁ……そうならないといいんだけどなぁ」
勿論室内で宝具を撃つのは避けたい。が、奴にこそこそ侵入されようものなら先頭が長引くほどに危険だ。
害虫駆除に、時間のかかる手段は選べない。侵入された場合の方針はひとまず決まった。
「後は実際に来るまでわからないか……あぁ、そうだ」
「?」
「せっかくだし、何か読んでみない?本」
特に戦略的な狙いはない。
気まぐれが半分、急に案内を提案をされたことの意趣返しが半分―――もうちょっとあるかもしれない。
騎士の生活の中では、書物と触れ合う機会は珍しかっただろう。魔術師や僧侶とかなら話は別だが。
とにかく、モードレッドに読書を勧めてみた。
「ジャンルはなんでもいいよ。お前の読みたい本を」
「そうだな……ならば」
「料理の本はあるか?」
「はい、料理本はあちらの棚に……ってえぇえ!?」
本棚の並ぶ一帯から少し離れて設置された長机に、私達は向かい合って座った。
対面するモードレッドは、至極真っ当な面持ちで読書にふけっている。
彼も騎士だというのならば、その名誉にかけて、手にする料理本について口を挟むのはよしておこう。
種類が多く何から読もうか悩んでいたので、助言をしたら目を輝かせていた姿も、胸の奥に仕舞っておこう。
自分に置き換えれば、私も普段の読書の趣味についてとやかく言われたくはない。どうせ純愛とか似合わないのは分かってる。
自虐も程々に、私は改めて、目の前の人物について思考を巡らせていた。
モードレッド。アーサー王に反旗を翻し、ブリテンの失陥を決定的なものにした、アーサー王と姉モルガンの不義の子。
騎士物語なんかで見る彼の人物像は、玉座を狙う卑しい小悪党とか、自分を拒絶したアーサーへの復讐者みたいなのが多い。
ただ、彼らの物語は英雄譚の中でも異説入り交じり真実は定かではない。本当は騎士が女だったとかいうトンデモな話もある。
いずれにせよ、目の前のモードレッドの落ち着いた表情は、そういったイメージとは印象を異にするものだ。
この一見理性的な(天然も混じってる気がする)青年が、本当に一国の崩壊という参事を巻き起こしたのだろうか。
―――いや、この姿が真実ならば、倉庫での姿もまた真実だ。
アーサー王とはなんの縁もないだろう。真名すら明らかでない金のライダーをただ「王」であるというだけで敵意をむき出しにし、
彼女と協力する意思を見せたグラップラー。デミサーヴァントとは言え、現代のただの人間を容赦なく叩きのめした。
無関係の相手ですらあの態度なら、彼を動かすのは固有の権益や報復ではない。だったら―――
「…………よし」
一通り読み終わったらしい、本を閉じたモードレッドの動きに、意識が現実に引き戻される。
さっきまでの疑問は霧散し、代わりに目の前の異様な光景に疑問が浮かび上がってきた。
「……あのさ、なんでよりにもよって料理?」
「……俺がいた時代のブリテンは、お世辞にも豊かではなかった。今の時代ならば色々と美味いものがあると聞く」
「あぁ、それは……ごめん。安易にここを出るわけにはいかないから、外食とかは……」
「分かっている。それに、今の状況でのんびり団欒というわけにもいかないだろう。だから、こうして知識を蓄える」
「次の召喚の際は台所を使う余裕があるかもしれない。その時を見据えた備えだ」
「はぁ……」
その誇らしい顔を止めろ。などと言外に突っ込みを入れながらため息を吐く。
少なくとも、目の前のモードレッドがどういう人物かだけは少しだけ理解できた気がする。概ね真面目が一周回りすぎたような奴だ。
「世話をかけたな、ライダー。何か礼をできればいいのだが、生憎剣ぐらいしかない」
少し気まずい調子で向こうへと視線を泳がせている。こうやって注視すると案外表情豊かで面白い。
「剣って……それは私達の同盟の契約だろ?ここを守るために戦うってのが―――」
「無論だ」
「誓約の通り、この剣と我が身に代えて、君とこの地を守護する力となろう」
声色が変わった。
そして、いつの間にかこちらに向け直していた彼の顔は。
――――――。
「―――今回の礼は、それに付け加えさせてもらおう」
表情を崩して、モードレッドが微笑を浮かべる。
呆気に取られていた私は、一瞬だけ反応が遅れた。
―――呆気に取られていただけだ。それ以外には何もない。
「とはいえ剣だけでは代わり映えしない。そもそも敵が来ること自体がこの図書館を守る上では面白くないな」
「何か別の方面で、手伝う事ができればいいのだが―――」
「―――あ、だったらさ」
顎に手を当てて悩み始めたモードレッドに対して、私の方は妙案が浮かんだ。
戦略的な価値が高く、彼もあるいは得意なはずの分野。ただ、彼にとっては少し悩ましい話かもしれない。
そこは、私の悪戯心ということで、もう少しこの天然騎士を悩ませてやろう。
侵入してくるサーヴァントの対策として、この図書館には私が作った罠を張り巡らせている。
一つ一つは微小な効果だが、重ねていけば戦局を優位に進めることができるだろう。
ただ、モードレッドの治療に専念していた分、罠の設置は予定より遅れている。
例の黒いサーヴァントはいつ仕掛けてくるかわからない。ある程度治療が済んだら、罠の設置を急ぐ必要がある。
だが、日中は図書館の職員としての仕事があって、罠に手をつけるのが難しい。
ついでに言えば、昼間に黒いサーヴァントが襲撃してくる最悪のパターンも可能性がある。
私もモードレッドもいつでも飛び出せるように準備もしなければならない。
そこでだ。
「あの、すみませ―――」
「いらっしゃいませ、何の本をお探しですか?」
「って、あれ!?いつもの人は?」
「失礼しました。本日は私が担当します」
図書館職員の制服で身を固めた、金髪の青年が柔らかい笑顔で出迎える。
というわけで、私が罠の設置に取り掛かる間、モードレッドに利用者の応対を頼んでみた。
彼も私も今の位置からなら敵が来た際にすぐに対応ができる。その上で私の手が空くわけだから妥当な判断だろう。
傷については、まぁこの程度の行動であれば問題なし。本当はもう少し治療を続けたかったが、要塞化も遅れてはいけない。
「歴史書ですね。では、こちらへ案内します」
「は、はい」
よしよし、応対は問題ないようだ。
元々騎士というのは礼儀作法がしっかりしてる方らしいが、彼は加えて飲み込みが早い。少し教えてあれだけ話せれば上出来だ。
普段は仏頂面だけど、あぁやって笑顔を見せていると、モードレッドの素性は悪くないと思う。
一応はかの騎士王アーサーの息子なんだから、当然と言えば当然かもしれない。
「返却期限は一週間後となります。お忘れのないように、お願いしますね」
「あっ……はい……ありがとうございます……」
―――何だあいつ、顔を赤くしてモードレッドを見つめて。
って
何考えてるんだ、私は。
軽く頭を振って寸前の思考を追い出してから、改めて作業に戻った。
もう日が暮れる。
黒のサーヴァントが来るとしたら、今夜。これ以上罠の準備にも、モードレッドの治療にも時間を割けない。
設置済みの罠の具合を確認して、軽く深呼吸を入れてからエントランスへ向かう。
「――――――」
「――――――セイバー……」
先に待っていた彼は、いつも通り外套を頭に被せて椅子に座っていた。
夜に切り替わる寸前の夕陽の中、尚も赤い外套はその色を強く主張している。
―――ただ、いつもの彼とは違う点が一つ。手元に、何かを持っている。
「―――ライダーか。準備は済んだか?」
「あぁ。後は来るのを待つだけ」
「そうか」
しばらくぶりの仏頂面―――今なら分かるが、緊張している時はこんな調子だ―――で、素っ気ない返事を返す。
するとモードレッドは唐突に席を立った。向かった先に視線を向けて、手元に持っているものについて確信を得る。
「本、読んでたのか?」
「……あぁ」
「どんなの?料理本ならもう読破してたはずだけど―――」
「…………何でもない」
珍しく、彼が言葉を濁した。
何を読んでいたのだろう?手にする本を棚に戻しに行ったモードレッドの背中を追って―――
「――――――」
あの棚は、アーサー王の物語を書いた本を納めていたものだ。
「……すまない、これから戦闘だというのに。つい、な」
「ううん。べつにいいよ」
彼が何の本を読んでいたかは、触れないことにした。
―――英霊にとって、過去の逸話などは時折タブー視されることがある。
華々しい過去を誇る分には問題は無いが、中には思い出したくないものに触れてしまう時もある。
―――例えば弟に孕まされて、純潔を示す場においてそれを穢された話を突きつけられて、私は平静を保てる自信は無い。
モードレッドにとっても同じだ。いや、俗に反英霊と称される彼の過去ともなれば、話題にするのは避けたい。
「―――なぁ」
けれど。
「……どうした、ライダー」
一つだけ、どうしても聞きたいことがあった。
「お前は、どうして戦うんだ」
彼の真意がなんなのかを知りたい。
彼が王と戦う理由。金色のライダーに対しての敵意の理由。―――かつて、アーサー王と戦った本当の理由を。
それがきっと、バラバラに見える彼の姿を一つに繋いでくれる。
「―――――――――」
長い、長い沈黙の後に、ゆっくりと口を開いた。
「―――秘密だ」
―――まぁ、そうだろうな。予想はできていた。
簡単に話せるようなものじゃない。私たちは、互いの全てを打ち明けられるような関係なんかじゃない。
そう理解していても、なんだか、
いいや、もうやめておこう。何度もはぐらかされて惨めな気分になるのがオチだ。
ただ、最後にもうひとつだけ。
「でも、さ」
「―――いつかは、話してくれるか?」
「……考えておこう」
魔術師がかける呪いではなく、
騎士が掲げる誓いでもなく、
本当に小さな約束を交わす。
今は、これだけでいい。
もうじき来る敵を倒したら、約束を盾に根掘り葉掘り聞き出してやろう。
覚悟しておけ、赤雷の騎士。
こういう時の私は相当わがままで、執念深いからな。
―――――――――
――――――
―――
はい、全て滞りありません。母上。
ランスロット卿は逃亡し、アグラヴェイン卿以下十数名の騎士が犠牲になりました。
ギネヴィア王妃はこちらに、じきに民衆が、騎士と蜜月を重ねた王妃の死刑を望んで騒ぎ立てるでしょう。
騎士達の意見もそちらに傾くでしょう。ランスロット卿の人望があれば、裏切りへの失望も当然のものです。
お褒めに預かり光栄です。しかし、―――私をこう作り変えたのは、母上の力あってのこと。
私は母上の意図の通りの動作しただけのことです。
さて、死刑の日程が決まればランスロット卿は再び戻って来るでしょう。それが新たな惨禍の―――
いえ、待ってください、母上。おかしい、これは、
―――ガレスとガヘリスはもう死んでいる。
ガウェイン卿も俺が殺したはずだ。もうどこにもいない、円卓の騎士も、ブリテンも、あの丘に―――
俺は、なんてことを
王はどこだ。早く会わなくては、もう一度、王に
そうだ、聖杯だ。違う。ギャラハッドが抱えて消えた本物ではない。同じ名前の願望機だ。
あれを手にして王にもう一度会う。そのためのサーヴァント、仮初の命だ。
これは俺の意思だ、もう道具ではない。俺は俺自身の意思で行動を決定できる。
道具ではない、騎士として戦おう。
もう俺には無理かもしれない。許されるはずもない。それでも、俺が壊した全てに恥じない戦いをしなければ。
そうしたら、聖杯を手に入れて、もう一度会うんだ。王に、父さんに会って、俺は―――
――――――。
いえ、問題ありません。母上。
私は正常に稼働しています。
必ずや、かの王へ至る障害の全てを打ち壊し、王と共に、劇的な最期を演出してみせましょう。
全ては、あなたの望みのままに。
タグ
コメントをかく