最終更新: nevadakagemiya 2019年01月16日(水) 19:42:46履歴
『準備はいい? 最悪の出目が出た場合、運が良くて即死だよ?』
『運が悪ければ……どうなりますかな?』
高度数千メートルの上空を飛ぶ飛行機の内部にて、声が響く。声を発するは、2つの人影。
全身を、宇宙服のような密閉性の非常に高い、奇妙な衣服で包んだ2人が、楽しそうに声を響かせ会話する。
『んー、生き地獄かな?』
『結構。実に良き未知だ』
『いうと思った。その調子だと、退く気は一切ないと見える』
楽しそうに談話する二人の眼前で、ギィィィィと重々しく扉が開く。
高度数千m、かつ飛行中の飛行機の扉が開かれ、目の前に極寒と地獄の世界が広がる。
しかし、特殊な服装で身を包む彼らは、そのような目の前の死の世界などものともせずに、下を見下ろし会話を続ける。
その下には、巨大なる嵐が渦巻いていた。
『ええ当然ですとも。我らは未知を求める。ならばその先に、例え死があろうとも歩み続けるは自明の理!』
『まぁ、やばいことになったら僕が止めるけど、死んでも自己責任ってことで!』
バッ、と二人は合図もなく飛び降りる。
その下には、轟々と吹きすさび続ける巨大なる嵐。
日本列島をすっぽりと覆い隠さんとばかりに広がっている暴風雨であった。
『今宵我らは未知へ挑む。鬼が出るか蛇が出るか、はたまた悪魔が出ることやら』
『無茶するね。僕がいなかったら正直君どうしていたのか、気になって夜も眠れないよ』
傍から見れば自殺にも見えるような狂人じみた高度からの暴風へのダイブの中でさえ、彼らは軽口を言い合っていた。
彼らを乗せていた飛行機が、操作を失って嵐の雲へと墜落していくのと同時に、その二人も同じく嵐の中へと呑まれていった…………。
◆
それが、何時ごろから発生していたものなのかはわからない。
いや、この人理渾然の中に於いて、何時、などもはやだれにもわからない、意味をなさない言葉であろう。
兎角、日出ずる本と謡われた国たる極東、黄金の国日本を、ある境から嵐が包んでいたと報が入ったのは、数日前の事であった。
「ほう、嵐が」
「そうだ。我が愛しき日本の観測が、現在不可視となっている。由々しき事態である」
古めかしい時代劇のような背格好をした体躯の良い老人が、
今にも粉砕しかねんと言ったほどの力を込めて湯呑を握り締める。
その姿には、えも言えぬ怒りが込められているようにも見えた。
「嵐……内部が、観測不可……」
「今言った話をどうするかは貴様次第だ蛇よ。
もっとも、貴様のような蛇蝎めいた男が、このような匙で動くとは思えまいがな」
そう嫌味めいた言葉を残して、その老人、江戸“月光”福兵衛左衛門は去っていった。
一人、O-13の集う黒円卓に残されたその男、カール・クラフトは、不気味に口端を吊り上げて笑った。
「フフ、ハハハハ、アッハッハッハッハ……!」
「どうしたのさカール。えらくご機嫌じゃん?」
「ああ、いたのですか、アナンシ殿」
物陰からひょこり、と少年が顔を出す。
しかし少年と言っても、その風貌は少女のそれと相違ないほどの美貌を放っている、
虹のような美しい少年であった。
「貴方から聞いていた、1つの物語が形を成そうとしています」
「へぇ、異聞帯? 空想樹の根でも地に堕ちた?」
「さぁそれがどうかと。しかし、似た事例はたった今、日本にて発生したと聞き及んでいます」
「ふぅーん」
一見そっけなさそうに少年は返す。
しかし、くるりと悪戯めいた仕草でカールと呼ばれた男の方を向く。
にんまり、と楽し気に少年は口端を吊り上げ、口角を上げてカールに笑いかける。
「行くのかい?」
「当然」
「それでこそ、僕のマスターだ」
嬉しそうに、しかしそれがさも当然であるかのように、
少年はぱんっと男の肩をたたいた。
「だけどさぁ、異聞帯なんてほんとにできるとは思わなかったね!
どする? こっちのカルデアにもあるであろうシャドウボーダーかっぱらってくる?」
「いえいえそのような。まるで我らO-13が夜盗か強盗のようではありませぬか。我らは新世界の秩序を担うもの。
そのような悪評が広がるようなことは、極力避けたいと考えております」
どの口が言う、と言いそうになるが少年は口を塞いで本音のこぼれ出るのを防いだ。
「シャドウボーダーは、確か虚数空間への転移を用いて異聞帯と汎人類史を行き来している、と聞きました」
「ああそうだね。虚数空間への移動、座標指定、そして存在の固定が必要だ」
「我々はそれら3つを、既に持っているではありませんか、アナンシ」
っ♪、とアナンシと呼ばれた少年は飛び切りの笑顔をする。
まるで、母に初めてのお使いを頼まれて自身満々に歩む少年のように。
あるいは、初めて自分の努力の成果が出た少女のように。
「すべての物語の王、ならば私の物語の続きを保証することもできる、そうでしょう?」
「当然っ、お目が高いねカール? まぁ僕も、最近語り部だけじゃあ飽きが来ていた所だから」
くるり、と一回転し、お茶目にウィンク
「ここいらで一つ、僕も神霊らしいところ見せなくちゃ、っね?」
「ええ、期待しておりますよ。そして、虚数鍵第二十三号より摂取した体細胞と、
第一位最高大総監より採取した"拒絶"の起源香……。これらを統合し、気密性の高い服に織り交ぜれば……」
「生身でも、異聞帯への潜航が可能……ってわけか。よくもまぁ考えるね。虚数空間へのダイブと、虚数空間の拒絶を同時にするだなんて。馬鹿なんじゃないの?」
「ええ。数千と死んでも治らない、生粋の阿呆こそが、私ですから」
ククク……と静かにカールが笑い、その笑いに応えるようにアナンシがころころとたまのように笑う。
そしてすぐさま、互いに薄く目を開き、互いの目と目を合わせ、双方が同じ未知を目指していると互いに悟る。
「連れてって行ってくれよカール・エルンスト・クラフト。僕を未知のその先へ」
「ええ、連れて往きましょう総ての物語の王。未知のその更なる先へ、嵐の向こう側へ、終わりのその先へ……」
互いが互いの手を握る。
もはやそこに言葉は不要。
そこには信頼を超えて、互いに命すら視線かわさずに放り投げ託しあえる信頼があった。
否、その関係は信頼に非ず。されど負の感情にも非ず。
それは例えるのならば、こう呼びあうにふさわしいのかもしれない。
互いに互いを食らいあいながらも補い合う二対の蛇、双頭の蛇メルクリウスと
◆
「…………っはぇー。着いたね」
「ええ。思いのほか、あっけない物でしたね」
「うん。案外やるじゃないフミちゃんの細胞、冬木の聖杯の残滓なんだっけ? やっぱ違うね」
「そうですか? 嵐に吹きすさばれながら涙目になっていた人は誰でしたでしょう」
「んもー! 誰にも言わないでよね!?」
ぽかぽかと、頭一つは上な男カールの胸板を力無く殴るアナンシ。
しかしこのような場で談笑していても未知は向こうからはやってこない。
そう結論をつけたカールの提案により、この異聞帯で最も高い建物を目指し二人は歩み始めた。
◆
「でもさ」
「はい」
この異聞帯で最も高い建物、俗に天塔と呼ばれる建物を目指す二人。
しかし、ただ目指して歩むだけでは、未来と過去が玉石混交となっている周囲の風景があったとて飽きるというもの。
そんな中、アナンシが己のマスターたるカール・エルンスト・クラフトに問うた。
「カール、君なんでまた異聞帯に興味津々なの? なーんか企んでるのはわかるんだよ。僕と君、同類だもん
でもさ、ちょっと異聞帯への執着、異常じゃない? 普通未知が見れるってだけで、こんな命かけたダイブする人いないよ?」
「………………………………、ああ。そこに踏み込みますか」
カールはいつもと変わらない様子で微笑んで、いつもと変わらない口調で笑って、
いつもと変わらない雰囲気のままに頷いた。
「一言でいうなれば……惹かれるのですよ、終わりに」
「へぇ?」
そして、彼はいつもの調子のままに、大仰な仕草と共に己の言葉を紡ぐ。
「異聞帯……それは人類の終わり、行き止まり、在り得てはならない、存在すら許されない袋小路……。
"もうこれ以上はない"、"止まるべきだ"、そのように世界が留めた間違った歴史……。それは嘘偽りなく、絶滅に他ならない。
嗚呼なんたる傲慢であろうことか。万物の霊長である人類が行き詰った、ただそれだけの理由で、その世界に脈動する125万種の生命
総ての未来が絶たれる始末…………。悍ましくも美しい、人類の傲慢と悪辣の結晶、絶滅の極致……、それが、異聞帯という歴史だ」
「……………………」
アナンシは薄く目を開き、薄くその頬を上げ、高揚しているかのように頬を染める。
「その終わりが、終幕が、私を呼んでいる……そうとしか思えないのだよ、全ての物語の王。
物語の上に立つものからすれば、在り得ないと断ぜられるだろう。終わりを知りたいが故に過程(みち)を求めるだなどと。
だが、それが私なのだ。それこそがカール・エルンスト・クラフトであり、私なのだ」
その言葉に、アナンシはニカッと明るく笑う。
その明るさは、日の出ずる国と謡われた日本に似合う、太陽のようなうれしさに満ちた笑みであった。
「嗚呼、やはり君は僕と正反対だ。
けど、だけど、だけれども、"何よりも僕と似ている"」
「お褒めの言葉として、受け取らせていただきましょう。このような何も持たない平々凡々たる凡人が、神の子たる貴方に似ているなどと……」
「凡人? 嘘言うなよ"自滅因子(ろくでなし)"」
楽しそうに、両の手を広げながらくるりくるりと廻るアナンシ。
両の腕を背で交差させ組みながら、悪戯っぽくんべぇ、と舌を出し己のマスターたるカールに顔を突き出す。
「今の会話で、君の真名にすら届きかけたぜ?
もう何千年忘れているんだ? それを思い出すときは、いったいいつになるんだ?」
「お戯れを……。この私は嘘を真実と思わせるしかできない凡人。千年を生きた魔人などと」
「肉体はそうだろう。魂もれっきとした人間だろうさ。だけど」
トン、とアナンシは人差し指を立て、
小さく、小さく鼓動を続けるカールの心臓に突き立てて言う。
「起源は、どうかな?」
起源、それは人間の発生源。否、人のみならず、この世全ての存在にある原初の方向性。
そのモノがそのモノである事をたらしめるもの。根源より生じた"存在意義"。
前世などと言った物とも深いかかわりがあると言われ、
一説によると、輪廻転生とはこの起源に縛られているものとも言われている。
「輪廻転生を、信じているのですか。案外、ロマンチストなのですね」
「転生? どっちかってっと、永劫回帰かな? "物質とは有限である。されど時間は無限にある"」
「フリードリヒ・ニーチェですか。なるほど、すべての物語の王というからには、教養もおありのようだ」
「教養がある、か。それこそ言わせてもらうよ、"お前が言うな"」
「ああこれはこれは……失礼しました」
二人の間に、再度笑い声が響く。
その二人の歩みは、談笑は、やがてこの先にて出会う謎の少女、玉李・輝と出会うまで続いた。
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