ImgCell-Automaton。 ここはimgにおけるいわゆる「僕鯖wiki」です。 オランダ&ネバダの座と並行して数多の泥鯖を、そして泥鱒をも記録し続けます。

前 第一特異点安土第三節 死力を尽くして
進行度目次


第四節 そして、欲望は満たされる

1.記録という「存在」

前回のあらすじ

 壊れていく。
 ほつれていく。
 消え去っていく。
 ありえない、ありえない、ありえない。
 その黄金は、魔神は、人ならざる者は。

「……何故だ」

 神であると、云うのに。
 伏魔殿だった場所の袖で立ち尽くす私の前で、織田信長が「再び」焼けた。
 我が神が、黄金の魔神が、光の粒となって消えてゆく。サーヴァントの消滅とはああいうものだと、あの淫らな悪魔に聞いたことがある。そう、我が神は人から外れ──記録に至った。世界の狭間たる境界に記録される、英霊へと。
 織田信長はその写し身だ。「私が召喚した」織田信長は、人を超えているのだ。すべての理想、ありえざる現人神、この日本における唯一神。そういう幻想を記録から切り出し、実現させる。
 人の生きた記録からある側面を切り出して、この世に召喚する。それが英霊召喚の仕組みだと、あの日知った。織田信長の死を否定し、ただただ正しさを願ったあの日に。

「……あはっ、やられちゃった。楔をやられたら、アタシも長くは保たないかも〜、きゃはっ⭐︎」
「お主のマスターは死せる織田信長だった。そして信長のマスターがそこの異教の人間じゃろ。すなわち、そちらの王は取ったのよ。詰みどころか盤が終わって、まだ足掻くか、小娘」

 思わず目を伏せる。されど彼方より悪魔とあの妖狐──毛利元就の話す声が聞こえる。やはり、我が神は消えたらしい。目を覆えど耳を塞げど、正しさからは逃れられない。忌々しき悪魔もまたサーヴァントであり、神を楔にしてその世界に存在していた。
 サーヴァントは、人の身を超えた英霊の記録だ。しかして何かを楔にするが故、楔が消えてはその存在は消滅へと向かうほかない。サーヴァントとはそういうものだと、あの悪魔から聞いていた。サーヴァントの悲しき運命、だと。
 しかし。
 しかし、それでいいではないか、と思うのだ。
 神と共に生き、神と共に死ねる。絶対たる正しさに命運を委ね、自らも決して誤らない。
 何故なら、サーヴァントは──人より遥か上に立つのだから。
 世界に刻まれた記録が蠢き、生き、信仰を元に成り立つ。そんな英霊の在り方が、どんな人間より正しいだろう。かの神の子も、死して復活することでその魂を昇華したのだから。
 ああ、だから、消え去った神も、また──。

「……違う」
 
 ──否。
 否、否、否。
 一歩ごとに、否定の足跡を刻み込み。
 気づけば、舞台の中心へ、歩み出していた。
 ここは安土城、伏魔殿。壊れ果てても、我が神の座だ。

「どうした、伴天連。悪いが、俺でもお前程度なら止められるぞ」
「……待って、秀吉さん。あの人、様子がおかしい。"人間から、変わっていく"……!」
「違う。違う、違う。違う違う違う違う」

 我が神の座なのに、もう神はいない。
 正しさが潰えた。
 サーヴァントという崇高な形のための神殿は、骸となった。
 一切合切が無に帰す、記録の散逸──すなわち、「この歴史がなかったことになる」。
 そうなるのが、たまらなく。

「どうしたの、ルイス。何が『違う』?」
「この世は、『特異点』。我々の敗北が、"正しき"歴史への修正になる。そうでしたね、パンデモニウム」
「そう。アンタのだーいすきな、"正しさ"。それがアタシたちを塗り潰して、どこにも行けなくなっちゃうの。アンタとしては、本望、かなぁ〜?」
「……ええ、ええ。神も、神を信じた私も、神に呼ばれた悪魔も、否定される。……正しく否定され、そこには道理しか存在しない」

 特異点の修正。修正。正しくすること。
 それは、違う。
 それは、正しいとして、

「教えてよ、ルイス」

 "違う"のだ。
 悪魔の手のひらに、指輪が見える。神のつけていた王の指輪だ。私が神を復活させた、「聖胎」なるものの姿だ。私は、それを──。

「アンタの欲望、曝け出しちゃって?」

 ──右手の人差し指に、はめた。
 力がみなぎる。己が変質するのを感じる。いや、最初から変わっていたのだ。聖胎に触れ、神を呼んだ時点で、私は人の身を捨て、更なる本質へと突き進んでいた。
 「サーヴァント」に。
 聖胎とはそういうもの。触れれば触れるほど、人の身から昇華されていく。神の国が近づくように、英霊の座が近づくのだ。
 その身に纏えば、聖胎による変化は加速する。
 言葉が溢れる。口から出てこない。ただ、ただ一つの感情だけなのに。違う、違う、違う。それは否定であり、否定は正しさを通すためにある。ならば私にとっての正しさは、正しいと心の底から思えるものは、伏魔殿の中にあったのだ。そう、だから今は違う。これじゃない。これは、認められない。どんな美麗な語句でさえ、この感情を記すには適さない。
 記したかった。綴りたかった。今じゃなく、私の歴史を。そう思う気持ちばかり溢れて、感情というものは剥き出しになる。
 ああ、だが問題はないのだ。

「パンデモニウム」
「なあに、ルイス」
「私は」

 美麗でなくとも、

「私の世界が正しくないことが、たまらなく怖いのです……!!」

 私の欲望は、肯定される。
 「私の日本」は、正しい。
 生まれて初めて、絞り出すように声を荒げた。

「……あはっ⭐︎ そういうことなら、それは立派な欲望だね? このままだと織田信長は死に、羽柴秀吉が天下を取る。そういう"正しい"歴史が、違うんだよね。許せないんだよねー?」
 そう、そうだ。許せない、違う、許せない、違う、恐ろしい。そんな"欲望"が、骨の髄から滲み出てくる。これが感情。これが「私の」信じるもの。
 正しきは神であり、それを討ち倒す歴史が、それを乗り越える歴史が記録されるべきなど、認められるはずもない。
 この世界を、この日本を記した記録者レコーダーとして、"正しい歴史"だけは認められない。
「何故なら私は──」
「……ふぅん」

 ごぷん。
 そこで、視界が黄金に閉じた。

「黄金よ、欲望よ、ただ人のために在り給え。人の弱さを隠すために、人の善性を守るために。……なんてね」
「残った魔力を、すべてそこの男の『サーヴァント化』に費やしたか。……結局お前は一人では戦えないのだな、伽藍堂」
「それは仕方ないんじゃない、信長お姉ちゃん? 誰だって一人は怖くて、一人じゃ自分の望みもわからない。たとえ誰かが万能の願望器を与えられたって、本当に幸せになる願いなんてちゃんと思いつくわけないじゃん」

 一つになりゆく思考の中で、ただ言葉だけが聞こえている。
 ああ、あの「もう一人の」織田信長には、やはりわからないのだ。サーヴァントでありながらサーヴァントを否定する存在には、人間が輝かしく「見えすぎている」。
 それほど人は強くない。
 それほど人は正しくない。
 だから神を探し、その正しさに縋るというのに。
 そう、そうだ。
 私が抱えたこの「恐怖」、初めての感情。救いを求める哀れな子羊の本質。認められない、許せない、正しさから外れる。先程私が言い切れなかった言葉の続きは、この魂に「記録」しておこう。

「誰かを信じたかったんだよ、ルイスは」

 『私は、神を信じている』。
 ならば私はせめて、神の御使と成り果てよう。
 レコーダーのサーヴァント、ルイス・フロイス。
 世界に記録される正しさの一人に、成った。



 ルイス・フロイスの全身が、黄金に包まれていく。その姿は先の魔神のようには絢爛たらず、あるいは黄金の亡者たる魔人兵とさして変わらぬ見た目かもしれない。けれどこれが、「織田信長陣営」の最終戦力。聖胎を手にしたその人が、英霊へと変貌したのだ。
 
「……不味いのう。なりふり構わず悪あがきとは」

 そう述べ、元就は軽く舌打ちをする。そのまま見遣った「もう一人の」織田信長も、その無感情な相貌に僅かな苛立ちを感じさせた。
 そう、もう、終わっていたはずなのだ。
 復活した織田信長を倒し、天守閣は潰えた。そこまでが抑止に呼ばれたサーヴァントの役割であり、それ以上の抵抗は無駄なのだ。特異点が特異点である所以が終わった以上、程なくこの"誤った歴史"は消え去るだろう。……誰の恐れを待たずとも。だから死力を尽くして、あの織田信長を討伐したのだ。
 それなのに。

「どうしたのお姉ちゃんたち、ざこざこのよわよわ〜?」

 楔を失い消滅を間近に控えたパンデモニウムは、未だ不敵に笑っていた。底無く、底失く、運命を知らない道化のように微笑うのだ。織田信長が座っていた空の玉座に座り、ただ一人を幼い手先で指差す。まだ、終わっていないと。

「何の用だ、小悪魔」

 パンデモニウムが指差した先にいたのは、羽柴秀吉。

「なんとしても、アンタは殺しておかなきゃね⭐︎」

 軽く甘い口振りで、最後の宣戦布告を行った。

「特異点で起こったことは修正されるけど〜、人の生き死にはそのまま刻まれることがある。知ってる秀吉さん、アンタがこのあとの日本を統一する正真正銘の天下人なんだよ?」

 パンデモニウムの言葉に、羽柴秀吉は狼狽える。薄々わかっていたことではある。この戦国は、明らかに異常だった。妖術は罷り通り、信長様は二人いる。しかも片方は年端もいかぬ少女の姿で──と、そんなことより、光秀が味方についたことが、きっと一番の違和感の正体だった。
 秀吉、光秀、信長。この三人が手を取り合い、共通の敵を倒す。そんな未来はありえないと、なんとなくわかっていたのだ。

「そうか。これは、今は……夢のような、ものなのだな」
「理解がはやーい⭐︎ だから正しい歴史なら、羽柴秀吉──豊臣秀吉は、これからの未来を担う"正しさ"になる」

 そう言って、パンデモニウムはぱちんと指を鳴らす。だから、許されないと。織田信長の天下を否定する存在は、明智光秀だけではない。のちに続く天下人すべてが、織田信長亡きあとの天下を貪るものである。織田信長より、正しい歴史である。とはいえパンデモニウムは、その欲望──天下を取りたいという武士たちの願いは、決して否定することはないだろう。彼女はあまねく願いを否定しない。欲望を否定しない。
 ただそれ故に、「彼」の信仰も否定しないだけだ。

「行ってらっしゃい、ルイス」

 ……パンデモニウムの指先にあった破裂音に反応するのは、サーヴァントと化したルイス・フロイス。狂戦士の適性を持つ彼は、魔の黄金を纏うことによりその狂化のランクを上昇させられている。教会仕立ての服を引き裂きながら前屈みな体制を取り、そのまま四肢を以って肉食獣の如く跳躍する。黄金が脚のばねと拳の強度を補強し、天翔け堕ちるその姿はまさに黄金の弾丸。どれほど醜くともどれほど狂っていようとも、信仰に殉ずる貫き通す証である。飛来するそれは、魔力を纏っていない鎧など紙細工のように劈く威力と、討つべき敵をどこまでも追い続ける執念を併せ持ち、故に秀吉には、避けようも──。

「──全霊を以って、命ずる──!」

 まだ「一人だけ」、動けるサーヴァントがいた。
 織田信長を倒すという目的の、その先の聖胎のためにこの特異点に導かれた主従。故にまだその身体は駆動し、まだその呪いは起動する。
 願いが果てない限り、何度でも。

「聖胎を取り戻して、モニカ!」

 魔力と金属が弾ける甲高い破裂音。空気と信念がぶつかる音のない振動。秀吉への攻撃は、すんでのところで途絶えることなく阻まれる。ルイス・フロイスが跳躍の勢いを乗せて上から叩きつけた牙のような拳を、喰らい合う顎のように逆手で受け止めた手のひらがあった。
 白銀の髪と黄金の眼が、幾度壊れようと廻り巡る。

「了解。これが、最後の闘いね」

 デミ・サーヴァント、モニカ・ジャスティライト。記録されざる英霊が、記録者の前に対峙する。
 戦国は終わった。けれど、正しさのために。
 

2.つわものどもが夢の跡

前回のあらすじ


 ──踏み込んで、地中に踵が落ちる。そしてそのまま左手の拳を抉るように打ち付ける。狙うは無防備に宙に浮かぶバーサーカーの、ぎらぎらとした黄金の鎧に守られし心臓霊核。右腕を掴んだまま繰り出されたモニカのアッパーカットは──ごぷり、と奇妙な音の中に消えた。
 
(手応えは、あった)

 けれど瞬きの合間にバーサーカーの姿は視界から消えており、モニカの拳を受け止めたのはただ一塊、液状の黄金のみ。無論右手で受け止めた拳も黄金へと置き換わっており、刹那、バーサーカーの姿はモニカの知覚外へと逃げおおせたこととなる。モニカの両の拳に、「切り離した」錘を残して。
 単純だが厄介だ、そうモニカは思った。狂戦士のクラスは、飛躍的な身体能力がウリである。そして全身に纏った黄金が、ダメージ毎切り離せる鎧となっている。純粋な敏捷性、および近接戦闘における特殊能力。欲望の加護を受けたルイスは、デミ・サーヴァントであるモニカより秀でている点が多いだろう。
 されど、「まだ、読み切れる」。
 大地を割った右脚を、更に一歩と踏み入れる。そうしてもって上半身を更に前へと伸ばし──鮮やかな半月弧を描く回し蹴りを左で放つ。簡単だ。死角にいるなら、死角に攻撃すればいい。経験はなくとも、分析はできる。徒手空拳を扱うモニカが頼りにするのは、大胆かつ機敏な知恵というものだった。およそバーサーカーには、いや、彼女の取り込んだサーヴァントの真名を鑑みれば、名だたる英雄でさえそう及ぶことのない武器であろう。
 あくまでも後ろの秀吉を狙おうとしたルイスへ、背中への痛烈な一撃。逃さない。鈍い悲鳴が、黄金の化物から漏れた。
 反転。続けて反転。モニカの方が判断は早いが、ルイスの方が速度は速い。左脚を下ろし、先ほど固定した右脚をも外すために勢いつけて放たれたモニカの右掌底は、バーサーカーの肩を掠めるに留まる。互いに体勢を立て直し、再び合いまみえる。狂戦士の構えは本能に従うかの如く両の腕を敵へと無造作に向けるのみであり、黄金の瞳と交差する視線は、邪なる金色に阻まれていたが。
 三度踏み込む。やはりモニカが先手を取る。正拳、掌底、残心ののち跳躍。左脚から落ちるミサイルキックは、直撃をかわしたバーサーカーに対して激しい魔力の奔流を打ち当てた。焼けても墜ちぬ黒衣が、流星のように軌跡を遺す。
 
「……のう、ユウ殿」
「はい。なんでしょうか、元就さん」
「いや、つい先ほど、ようやくはっきり疑念を持てたのじゃが」

 ……乾いた打撃音が続く戦場の傍で、毛利元就が口を開く。その目に映るサーヴァントは、やはり無表情に舞っていた。淡々と、されど爛々と。止まらない乱撃に対して徐々に動きが鈍くなりつつあるルイスと対照的に、決して潰えないモニカ・ジャスティライト。呼吸、鼓動、魔力の流れ。何もかもが──。

「"モニカ殿の霊基は、自己修復されていないか"?」

 ──どんどんと、色彩を増していく。
 そのモノトーンは、今が一番鮮やかだ。
 
「……そろそろ、そのメッキも剥がれてきたかしら?」

 終わらない。左脇腹、右腕の肘、両脚の脛。特に攻撃を受けてきた箇所は、纏っていた黄金がモニカの攻撃によって剥がれつつある。ダメージを受けるたびに切り離しているなら、「切り離せなくなるまで叩き続ければいい」。消耗という概念が存在しないモニカ・ジャスティライトには、それができる。相手が欲望を魔力に変換し、それがいずれ無限に手が届くとしても。
 本質を◼︎に持ち真に無限たるモニカの霊基修復能力には、遠く届かない。
 助走をつけ、上体を捻り、ショルダー・タックル。最早これほど大ぶりな攻撃でも、ルイスはかわしきれない。大ぶりなぶん当たりの大きい攻撃は、少女のものより数段大きい黄金の肢体を軽々と吹っ飛ばした。

「◼︎◼︎◼︎◼︎……!」
「ここで、」

 そうして、中空に浮いたバーサーカーの心臓部へと、モニカは右の手のひらを当て。
 
「真名、偽装登録──」

 そのまま自らの腕を、巨大な機械のそれへと変貌させた。

「……無駄。黄金は、欲望は、必ず人を守るって──」

 狼狽えを抑えきれないパンデモニウムの言は、しかして真実であっただろう。モニカの宝具は確かに黄金の絶対性を打ち崩すが、バーサーカーの鎧はまだ固い。"これ以上剥がしては霊核が曝け出されてしまうが"、相手が宝具を切ってくるなら話は別だ。パンデモニウムはルイスの黄金を操る。全身を纏う醜悪な鎧が、心臓の一点に幾重にも重なる。攻撃が来るところがわかっていれば、予備動作があれば、その黄金の鎧は純粋な耐久力においても極めて優秀であり──。

「『偽典展開/人理の楔:弐式ロード・カルネージ・セカンド』」

 ──そのタイミングこそ、モニカが狙った「切り離せない」好機だ。
 ルイスの「内側」で、宝具が弾け飛んだ。そこで起こったことを、誰もが理解できなかっただろう。自ら技を披露した、モニカ・ジャスティライト以外は。彼女が行ったのは、ここにいる誰からも習いようのない技術。相手の身体に手のひらを当て、力の流れである頸を流し込み、震えさせ、浸透させる。あらゆる防御を貫くのではなく掻い潜り、着実に身体の内側にダメージを与える"中国武術"。
 すなわち、発勁である。
 無論、彼女にその心得があったわけではない。格闘技の一つとして、実際に会得したことはない。
 ただ、望むように、◼︎から知識を得ただけだ。
 ──また一つ、智慧を思い出す。



「……ああ、これは……どうやら、私はやられてしまったようですね」
「そうね。身体能力に任せただけの格闘戦なんて分の悪い戦い、聖職者のあなたが仕掛けるべきではなかったんじゃないかしら」

 そうモニカが軽口を叩くと、ルイスは倒れ伏したままくつくつと笑った。その笑みは今までの狂気とは違う、素直で他愛のない微笑み。
 彼の笑みは正しさを肯定するためにあった。
 彼の狂気は神を信じるために作られていた。
 けれどどうだろう。こうして真っ向からやられてみれば、案外打ち負かされるというのも悪くない。自分が間違っていたということは、それほど苦しいことではないかもしれない、と。
 
「聖胎は、回収する。文句はないわね、ルイスさん?」
「致し方ありませんねぇ……王の指輪を持つにふさわしいのは、あなたのようだ」

 ルイスは晴れやかに、敗北を口にする。王の指輪、その贋物。グレートマザー、パンデモニウムによって変質したが、それは紛れもなくモニカが追い求めるもの。だからその言葉を遮る理由など、どこにもなく──。

「……ええ、貰っておくわ」

 されど、モニカの中身を、揺らがせた。
 まだ、思い出せない。
 ただルイスの指から指輪を抜き取り、すぐさま、「投げた」。

「私ではなく、ユウがね」

 彼女のマスターたるユウこそが、それを持つべきだと思ったから。この特異点を解決した証。次なる旅路への標。新たなる方位を示すだろう魔力の塊が、在るべきところへ解き放たれる。
 金の軌跡は、少年の手のひらの中に。
 最後の闘いは、こうして終わった。

「サーヴァントとして、マスターに尽くす、ですか。そうですか、それもいいでしょう」
「あら、ご自分のサーヴァントにご不満かしら。あなたの神様は、あなたを主とは思ってくれなかったものね」
「まさか。神は、あれでいい。きっと私がこの歴史でのみ見れた、うたかたの夢のような存在なのですから」

 ごほっ、とルイスが咳き込む。その口元からは、赤い血が地面まで滴っていた。戦闘そのもののダメージだけでなく、サーヴァントへと変化したことの反動。彼の命はもうすぐ尽きると、彼自身が一番よくわかっていた。少し前なら、死の間際ともなればさまざまの思考が渦巻いていたことだろう、と思う。正しさを求めて。神を求めて。信じられるものを探すために、あらゆるものを記録した。ようやく見つけた答えが、織田信長だったのだ。しかしてその正しさは、否定される命運となった。

「……でも、そうですね」

 けれど。
 けれど、また。
 今なら、違う答えが出せる。この命運は終わるけれど、それでも構わない。魂に、世界に、私の信じた正しさを刻み込め。
 そうすれば、また。

「『次』サーヴァントになったなら、マスターに尽くしてみましょうか──」

 ──次の運命で、また。
 「私」は、記録される。
 そうして一つ、輝く炎が燃え切った。



「……おめでとう、ユウくん⭐︎ 見事みんな倒しちゃうなんて、やるね⭐︎」

 特異点は、解決した。

「下がれ、ユウ殿」
「……いいえ。大丈夫です、元就さん」

 聖胎は、回収した。

「だからごほーびに、一つ」

 それでも。

「キミの欲望、曝け出して?」

 太母は、未だ在る。

3.希望

前回のあらすじ


 闘いが終わって。
 欲望は潰えて。
 すべてが果たされて。
 水色の空の下で、ヒトでない一人が今、
 輝きを失った悪魔が、前を見ていた。
 ただ、前を向いていた。
 霊基が削れる。脚元がふらつく。視界が薄い。頼りになるのは「欲望」を聞き取る聴覚のみ──ああ、アタシは先が長くない。楔、すなわちノブりんが倒された時点で終わっていると考えたら、十分と長生きした方だろうけど。
 ゆらり、ゆらり。もはや浮遊する魔力もなく、崩壊した伏魔殿の床を一歩ずつ、その幼い素足で歩んでいた。
 グレートマザー、パンデモニウム。「この世すべての欲望」から発現する、甘い母性愛を体現した架空悪魔の太母。その本質はあらゆる人間の「欲望」の写し鏡であり、決まりきった姿形を持つサーヴァントではない。長く細やかな桃色の髪も、妖しくまどろむ赤い瞳も、「己に従う悪魔」として織田信長が潜在的に望んだままのあり様だ。
 欲望を肯定する。
 人間を肯定する。
 それが本質。それだけが根拠。
 だから、そう──。

「キミの欲望、曝け出して?」

 ──この場で一番の「人間」に、縋るように差し出した。跪き、手を伸ばし、その頬に触れ。ここまで幾度も揺れたユウの青い瞳が、迷っているように見えたから。困っているように見えたから。望んでいるように見えたから。
 欲しているように、見えたから。
 遠く儚い望みを欲するから、「欲望」だ。
 何もわからない矮小な人がつい願ってしまう、自分の人生が完結し切ったサーヴァントには願えない、愚かで純粋な望み。
 アタシは、それが見たいのだ。
 狐さんと信長お姉ちゃんは、ぴりりとした殺気をアタシに向ける。モニカさんと秀吉さんは逆に、じっとアタシとユウくんを見守っている。この反応の差が、多分アタシを「見えてるか」。なるほど悪魔だ。確かに伽藍堂だ。故に楔がなければ存在できず、サーヴァントとしても歪だろう。
 だけど、だけど。
 だから。

「僕は」

 目の前の少年が、ようやく口を開く。この場にはまだ人間がいるけれど、アタシがユウくんを一番だと選んだのには理由がある。そうやって欲望について悩むこと、望みを大切にすることももちろん、だけど。それより何よりその純粋な瞳に、素朴に悪魔と向き合う感情に、どれほど──。

「君のことが、知りたいよ」

 ──鏡の中だけじゃなく鏡そのものも見てくれるから、アタシは人間というものが大好きだ。
 キミが一番、ありふれた人間。

「うん」

 さて。

「いいよ、ユウくん」

 何を、貴方に託そうか。



 「君のことを知りたい」。僕の口をついて出た欲望というものは、果たしてどうしてそうなったんだろう。
 けれど、思えばずっとそうだった。だって、自分にできることはそれしかないのだから。戦えない、目的もない。なら探せる役目は──誰かを知ることくらいだろう。目指すべきものが見えなければ、最後に求めるのは知識である。たとえばかのソロモン王も、そういう結論にたどり着いていたはずだから。自分はそれほどの人物ではないけれど、誰にだって共通点はある。そう、思ったのだ。
 
「アタシはさ、ノブりんのサーヴァント。そして人の欲望を楔に発現する『太母』のクラス、パンデモニウム」
「太母。なら、お母さんってことかな」
「あはっ、そう呼んでくれて嬉しー⭐︎ そーだよそーだよ、アタシママなんだよ⭐︎」

 けらけらと、幾度目かの悦びを見せ。

「だから、欲望を育ててあげたいの」

 そう告げられたことを、喜んだ。
 子供のような笑みばかり見せていたパンデモニウムが、初めて大人びた表情をその顔に映した。子供を見守る、母の顔。織田信長、ルイスフロイス、そして──ユウ。誰かの欲望を成し遂げることを、己の存在意義とする。「この世すべて」を楔とするグレートマザーというクラスは、本質的に奉仕と慈愛でその霊基を構成されている。いたずらに人を操るように見えたパンデモニウムも例外なく、母性というものを根源の衝動に持っている。

「誰かの欲望を叶えてあげるのが、アタシ。人に奉仕し堕落させる、欲深く欲勿き伽藍堂。伏魔殿の具現、パンデモニウムだよ」

 そう、安らかに言い切った。人の欲望を己に映し、他者を導くことが役割であると。自分自身は伽藍堂だと、前向きに言い切った。
 ──ああ、とユウは思う。二度目の太母との邂逅で、サーヴァントというものについて知識がなくとも、「人格」としての共通点に気がついた。そしてその共通点を、サーヴァントというものの特性だと切って捨てたくはなかった。記録から切り出されたものだとして、人間ではない影法師だとして、一人は一人だ。同じ地面に立つのなら、自分も誰かも語り合える。
 だから、知りたい。

「じゃあ」

 故に、少年の言葉は紡がれる。どこまでも、誰かを知りたいから。誰かを、理解したいから。

「君は、一人になりたくなかったんだ」

 そして。
 貴方に、答えを託したいから。
 空色の瞳は、少女の瞳を見つめていた。
 クラス:グレートマザー。その本質は、人類への依拠。
 我が子を愛する母のように、別れを理解しつつ離れたくないだけなのだ。

「それが、君──パンデモニウムの、欲望なんだ」

 ふわり。一陣の風が、桃色の髪を優しく撫ぜる。吹いて、透けて、過ぎて、広がる。そこにある望みは赦しだったと、この場の全員が理解した。

「……それで、いいの? そんな一言で、アタシを認めていいの? アタシは、アタシは」
「いいよ。そういうのが本心、欲望だって、キミならわかるんだろうし」
「人の道は人が決める。それだけだ、パンデモニウム」
「……今のはちょっと良かったよ、信長お姉ちゃん」

 そう「もう一人の」信長に笑いかけるパンデモニウムの顔をしっかりと見た者は、おそらくユウだけだろうが。その表情が純粋な喜びを滲ませていたことに、きっと彼は気づいたのだ。
 大勢の人間の命が奪われた。大勢の人間の命運が狂わされた。それを扇動し肯定したパンデモニウムの所業は、決して無かったことにはできないだろう。たとえ特異点という事象が消え去っても、ユウの記憶には残るだろう。
 ただ。

「そっか」

 だからこそ、忘れない。
 消えゆく少女の本質を、理解してやりたい。無力だからこそ、他者を知る者になりたい。

「キミの欲望、叶えてあげられたね」

 そう願うのも、紛れもなく欲望だ。少年の望みは黄金ほど煌びやかではないけれど、確かに瞬き光っている。
 ああ、やっぱり。
 人間が好きだ。
 
「……じゃあ一つ、アタシからユウくんに」
「何かな」
「目を瞑って」
「えっと、それは」
「いいから」

 忘れない。彼女の罪も、愚かさも、欲望も、存在も。
 それでも、赦した。
 だからこそ、赦した。
 故に、最後も受け入れる。
 目を閉じた刹那、ぴたりと顔を近づけて──。

「……これで、ね」

 「アタシの」欲望を、貴方の額に託しましょう。

「じゃあ、さようなら」

 ここは戦国。欲望が肯定される伏魔殿。
 彼女もまた、自分自身のために戦った。



「……さて、そろそろこの特異点も」
「ええ。ありがとう、毛利狐さん」
「こちらこそ。一人でも欠けたら成り立たんかったよ。毛利元就の名にかけて保証しておこう」
「あら、名義の無断使用ね」
「意地の悪い小娘じゃのお」

 ほほ、と笑う毛利元就。特異点の消滅に伴い、彼ら抑止に呼ばれたサーヴァントの姿も徐々に消えつつあった。ここは歴史にありえない一点。拭われ、消え去り、停まった時間は動き出す。
 魔人兵、悪魔、神、サーヴァント、あらゆる異物が存在した。それでもこの特異点は戦国であり、あらゆる存在の欲望のぶつかり合いだった。振り返って、元就はそう思う。好い戦場であった、と。
 悔いはない。
 そう思える闘いの、なんと素晴らしいことか。
 ……強いて言うなら、あと一つあるのだが。
 ぽん。隣に立つ巫女服の少女の、小さな小さな肩を叩いた。

「これ、信長殿」
「……なんだ」
「なんだじゃあないじゃろ。秀吉殿に一言かけてやらんか」
「特にない。言うべきでもない」

 はあ。この御仁はどうしてこうも堅物なのか。ターミネーターというクラスがそういうものだというのなら仕方ないのかもしれないが、敵相手にはあんなにも雄弁だったではないか。
 サーヴァントはサーヴァント、人間は人間。味方は味方、敵は敵。そう言う区別は必要かもしれないが、その前に一つの人格である。そういう話を、今目の前で見せられたばかりだというのに。
 そもそも受け継ぐことの大切さを語るとか、時間があれば存分にやってやりたいところなのだが──。
 ……まったく、

「……何をする」
「この両の手で持ち上げただけじゃが。武装を解いて見ると可愛いおなごじゃのう」
「だから、何を」

 というわけで、存外軽い信長殿を「だっこ」して、てくてくと歩いて、

「……信長様」

 端で一人寂しく座っていた秀吉殿のところに、少々無理やり連れて行った。
 今を生きる人間に対する不可侵。過去を破壊する兵器としての信長の最大の線引き。けれどどうあがいても、「織田信長」は「織田信長」だ。少なくとも秀吉にとって、彼女は仕えるべき主君のままだった。たとえありえない歴史、ありえない存在だとしても、羽柴秀吉は織田信長と共にあることができた。
 今、この特異点でだけは。
 身体の端から、光の粒子が散っていく。猿にも、それは見えているだろう。魔術的素養がなくとも、これが今生の別れだと、この夢は忘れ去るものだと、こいつなら理解できるだろう。
 それでも尚、口を開くか。交わるべきではないものを交わらせようと、この期に及んで足掻くのか。
 そう思って、ただ見ていた。

「天下は、俺が取ります」

 ただ。

「俺が、天下人です」

 大義を、見ていた。

「猿」
「はい」

 だから、

「……是非もなし」

 ──微笑わなかったはずである。



 聖胎は、次なる特異点を指し示す。光条の中、夢幻の中。ユウ、モニカ、そしてイヴという新しい仲間を連れて、彼らの旅路はまた動き出す。
 出会いと別れが、やはりあった。これから進むたび、その数は増えていくのだろう。素晴らしき出会いと、寂しき別れが。聖胎を守る太母とも、また心を通わせてしまうかもしれない。
 未来は見えない。記憶はない。ただ導があると信じて、ユウは進む。そして彼を守ることが、モニカにとっての望みだ。
 遠く、儚い、欲望だ。
 この先も己を貫き通し続けられるかなんて、きっとわからないだろうけど。

 「行こう」
 「行きましょう!」
 「ええ。行きましょう」

 それでも、前へ進もう。
 終わらない物語は楽しいけれど、終わるからこそ物語は美しいのだから。
 




第一特異点 人理停礎値D

A.D.1582
第六天伏魔殿 安土
蘇りし大魔縁

──停礎起動──


 遠く儚い欲望を希うことを、希望と呼ぶ。

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