ImgCell-Automaton。 ここはimgにおけるいわゆる「僕鯖wiki」です。 オランダ&ネバダの座と並行して数多の泥鯖を、そして泥鱒をも記録し続けます。

◆耳掻きの話

「匿ってください!」
 必死の叫びと共に私の部屋に飛び込んできた脱兎は金の毛並みをしていた。
 命からがらと言った様子の闖入者、グラップラーのベアトリーチェは焦りで勢いを殺し損ねたのかドアを開いた途端につんのめって、「わひゃあ?!」という奇声を上げながらゴロゴロと室内を転がって、大きな音を立てて壁に激突し、やっと動きを止めた。
 ベアトリーチェは舞い上がった微かな砂埃の向こうでグルグルと目を回してひっくり返っている。一連の流れを目で追っていた私は、つい呆気にとられパチパチと目をしばたたかせていた。
「……えーと、大丈夫?」
 選ぶ言葉を頭の中から探ることすらできなくて、とりあえず、状況に一番合ってそうな言葉を反射的に投げかけた。
「ら、らいりょうぶれひゅ……」
「ならいいのだけど……ところで、匿ってほしいって」
「ああっ、そうでした! お願いします! 匿って!」
 シュバッと起き上がり、ベアトリーチェが私に泣きついてきた。急に距離を詰められて思わず腰が引ける。
 私の後ずさり逃げ足と勘違いしたのか、「逃げないでー!」と泡を食ったようにベアトリーチェが膝立ちのまま私の腰に組み付いた。太腿に柔らかな感触がぎゅうと押し付けられ、濡れた瞳が私を上目遣いで見上げている。……考えようによっては堪らない状況というか、普段の私ならそっちの方向性で興奮してたんだろうけど、それ以上に今は痛い。万力のように締め付けてくる腕が痛い。しかもどんどん籠もる力が強くなってる。
 筋力C+は伊達じゃない。大腿骨があらぬ方向に曲がってく未来を幻視した私は、がっしりと掴んで離さない腕を必死にタップする。
「逃げない! 逃げないから! 匿ってあげるからまず事情を話しなさい! あと腕も離して!」
「アッハイ」
 冷静になったのかベアトリーチェはクリンチを解いて正座する。
 跳ね上がった心拍と、ぬるい汗がじっとりと浮かび上がるのを感じながら、荒くなった息を少しづつ整える。……よし。
 小さく息を吐くと、私が呼吸を戻すのをお預けを受けた犬のように待っていたベアトリーチェに向けて、話をどうぞと手で促す。
「そのー、どこから話したほうが?」
「……とりあえず、匿って欲しい理由とか?」
「承知しました! いや、実はもう一人の私に追いかけられてまして。今夜だけでいいので天井裏に隠れさせて欲しいんです」
「天井裏ないじゃないこの部屋。っていうかお姉さまに追われてるって、何をしたのよ……」
 私に疑いの眼差しを向けられたベアトリーチェは慌ててパタパタと両の掌を振る。
「な、何もしてないです! ただちょっと……耳掃除が……」
「耳掃除……?」
「ふっ、苦手なんです。擽ったいの」
 何故かドヤ顔をしていた。
 それはともかく、断片的な情報からなんとなく事情は察せた。
「はぁ……耳掻きが嫌で逃げ出すなんて犬猫じゃないんだから……」
「あの人十分くらいかけて耳掃除するんですよ! 十分間ずっとこしょばゆいんですよ?」
 思わず、また溜息が漏れた。
「別に私は構わないけど、マスターに頼んだほうが良いんじゃない? 令呪もあるし」
「……………………」
 ベアトリーチェが目を逸らした。
 バツが悪そうに口を開く。
「その、ですね……マスターさんも結託したみたいで……。あと小さい私とダンテさんとダンテさんも」
「あー……」
 根回し済のようだった。
 流石お姉さま。抜かり無い。耳かき程度でここまでやるとは。
「もうフェイカーさんしかいないんですよ! 助けてください! へるぷみぃ! きるみそふとりぃ!」
「まあ、私もそこまで薄情じゃないし。突っ込むのも馬鹿らしくなってきたし。好きにすれば?」
「やったー!」
 ベアトリーチェが正座していた足をそのまま伸ばし、諸手を挙げながら凄まじいバネで飛び上がった。
 もう涙は引っ込んでしまって、締まりのない顔でぴょんぴょん跳ねている。相変わらず現金な子だ。
 と、私が内心呆れていたその時だった。
「……いるのはわかっていますよ、ベアトリーチェ」
「ひゃわっ?!」
 ドアの隙間から侵入した冷たい声がベアトリーチェの動きを止めた。
 まるで冬の夜更けのように、静かで刺々しい底冷えする響きが彼女を凍りつかせてしまったようだ。
 喜びに耽っていた表情は一瞬で悴んで、ぎ、ぎ、ぎ、と扉の方を向く。
「早く出てきなさい。約束したはずですよね?」
「わ、わたしは今日はフェイカーさんのお部屋に泊まるので! また今度にしてください! いやー! 予定被るとは思ってなかったです!」
「諦めなさい。今宵が年貢の納め時です。怒らないうちに従うのが身のためかと思いますが」
「もう怒ってるじゃないですか!」
 ベアトリーチェの言う通り、お姉さまの声の裏には怒気が見え隠れしている。でも狂奔に近い普段のそれとはまた別種の怒りだ。
 なんというか、子を叱る母親のような。そんな感じ。
 勿論、叱られてる子供の立ち位置のベアトリーチェは身体をそわそわと不安に揺らしている。
「とにかく! もう良い子は寝る時間ですし彼らの模範となるべき敬虔なニンジェルの私はもうお眠なので夢の中へさようなら! はぶぁないすでぇい!」
「まだ日も沈んでいないのに寝る時間も何も無いでしょうに。ほら。無駄な抵抗はおやめなさい」
「……………………」
「ほう……。もう眠ったと。そう言いたいわけですね」
 なるほど、なるほど。とドアの向こうの声が一層低くなる。
 俄に、コン、コン、コン、と扉がノックされた。
「前斎宮。起きていますか?」
「え、はい。起きてますけど」
「少し、貴女と話があります。中に入れてもらえませんか?」
 ……あっ、やっばぁ。やらかした。
 打って変わって柔らかな声色に思わず返事してしまったけど、どう考えたってここは無言を貫くのが正解だった。
 お姉さまが私の部屋に来るのはむしろウェルカムなのだが、今はマズイ。匿うと宣言してしまったからには、ベアトリーチェをアシストするべき立場と状況だ。
 なのでここは心を鬼にして。建前には建前を返させてもらう。
「中に入るのはちょっと……今、私の部屋散らかってるのでおねーさまでもダメったらダメです。このまま話をするのはダメですか?」
「では、外で話しましょう。部屋と違って貴女の顔はいつでも、そう、例え寝起きであっても綺麗に整っているでしょうから」
「顔は整っていても服装が乱れているんです。このままお姉さまの前に出るなんて恥ずかしくて火が出ますよ?」
「へぇ……それは、ついにあの子に毒牙を掛けた。そう解釈することもできますが」
 しまった。失言。
 お姉さまは許可を取らずに勝手に人の部屋に入るような人ではないが、このままだと折檻を理由に入室してくる。
 なんとかリカバリーして話を逸らさなくては。
「違います。シャワーを浴びたばかりなんですよ私。ベアトリーチェさんが来た少し後から入って今出てきたところです」
「おや、下心を否定するどころか強調してくるなんて。よほど折檻されたいようですね。では早速──」
「下心はありますよ? けどベアトリーチェさんじゃなくてお姉さまへの下心ですね! ベアトリーチェさんが『自分がいればもう一人の私が来る』と教えてくれたので急いで愛し合う準備をしてました!」
 扉の向こうから溜息が微かに聞こえた。
「…………。まあ良いでしょう」
「えっ?! えっちしてもいいんですか?! え、えとえと、……優しく、してくださいね?」
「そちらではありませんよ。上手く躱しますね貴女」
「なんのことでしょう? 今ちょっと告白されてテンション上がってるのでわからないです! 交わす、交わすといえば口付け? やだ、お姉さまったら大胆!」
 ……よし。これで折檻方面での侵入は防いだ。この後も私を部屋から出そうとするアプローチなら今ので捌けるはずだ。
 ベアトリーチェに自発的に退室させる手段が消えた今、残るアプローチは私がお姉さまを部屋を入れざるを得ない状況を作るだけ。
 でも、部屋が散らかってると明言したから、片付け作業と言う建前で、相手が諦めるまでの根比べに持ち込むこともできる。私の勝ちだ。
 勝利(なんの?)を確信した私は背後で右往左往していたベアトリーチェに向け、右手で力強く親指を立てて見せる。
 胸を撫で下ろしたベアトリーチェは、笑顔で同じサインを私に返した。
「というわけでお姉さま。すぐに秘蔵のエッチな下着と勝負服に着替えるのでお部屋で待ってて貰えますか? 十五分もしたらお姉さまの愛を注がれるのに相応しい姿で、はしたなく慈悲を乞いに伺いますから」
「いえ、その必要はありません」
「へ?」
「マスター。出番です」
 お姉さまがそう述べるなり、聞き覚えのある誰かの声が頭に響いた。
 ……あ、これ詰みだ。
『はい。どうも藤丸です。えーと、ベアトリーチェのことなんだけど、どうしても言うことを聞かない場合は令呪を使って呼び出すことになってます。なりました。……できればしたくないけどね?』
「というわけです。マスターに令呪を一画消費させる前に出てきなさい。いい加減怒りますよ」
『個人的には早く出てきたほうがいいと思う。その……隣の人がちょっと……時間が経つにつれてどんどん怖くなってるというか……』
「無駄なことは言わなくてよろしい」
『はい。ごめんなさい。……助けてマシュ』
 マスターが憐れっぽい声で念話を終える。
 ぜんぜん勝ってなかった。掌の上だった。
 妙なところで全力を出してくるあの人らしいと言えばらしいが……耳かき程度でここまでやるか。もうなんか馬鹿らしくなってきた。
「あわわ、あわわわわわわ」
 私の後ろでは戻ったはずの笑顔を震えに置き換えながらベアトリーチェが膝から崩れ落ちていた。
 さっきまでは可哀想に見えたそんな様子も今となれば何の感情も浮かばない。
「前斎宮、部屋を片付けるというなら五分差し上げます。私が踏み入る前に見れる程度に整えておきなさい」
 執行時間が伝えられると、扉の向こうから小さく音がした。おそらく、お姉さまが扉に寄りかかって、このまま五分待つのだろう。
 そして、あわあわとするベアトリーチェが再び私に縋り付く。
「フェ、フェイカーさん!」
「諦めたら?」
「裏切られたーっ!?」
「だってそれしかないでしょう選択肢。いいじゃない。耳かきくらい」
「フェイカーさんは良くても私は無理なんです! ダメなんです!」
「我慢しなさい」
「あぅっ……あまりにも塩対応! ヤハウェエイメン! 優しさはどこに!」
「よく考えれば貴女を匿ったのは暴力に屈しただけだったし……」
「それもそうですね!」
 てんてこ舞いのベアトリーチェをあしらっているうちにもう四分。あと一分で引き渡しになる。
 完全に手球に取られていたが、たまにはこういうのも良いかもしれない。ちょっと新鮮で。
 うん。楽しい暇潰しだった。
「くぁぅっ! これは良い暇つぶしになったとか考えている表情! 助かるには私がなんとかするしかない! かくなるうえは……!」
 視界の端でベアトリーチェが印らしき物を結ぶ。
 飛び上がり私の前に着地したベアトリーチェが叫んだ。
「忍法! 水鏡転身の術!」
 ぱしゃっ。
 小さなコップ半分程度の水が私の顔にかかった。
「………………」
「………………」
「……え、これだけ?」
 虚を突かれたので驚く暇さえ無かったからだろう。明らかに失敗した忍術に遅れてきた驚愕は反応した。
 ベアトリーチェは失敗に絶望したか、はたまた落胆したか、無表情で黙りこくっている。
 ポタポタと顎の下から滴る水滴だけが音を立てていた。
「さて、五分経ちました。行きますわよ、ベアトリーチェ」
 きっかり五分で扉を開いたお姉さまは気怠げな眼差しをこちらに向ける。
「……どうしたのですか、その水」
「その、私にもよくわからないんですが、なんか忍術が失敗したみたいで……」
「失敗することもあるんですね忍術……」
 興味深そうに言いつつ「それはそうと」とお姉さまが私の肩を掴んだ。
「さぁ、バスルームに行きますよ"ベアトリーチェ"。着替えは私の服で十分でしょう」
 ……ん? ベアトリーチェ?
「え、ちょっと、え? お姉さま?!」
「あら? 貴女、私のことそんな呼び方してました? ……どうでもいいですね。それでは、前斎宮。迷惑をかけましたね。埋め合わせはまた次の機会で」
 お姉さまはそう言って、部屋の中に突っ立っているベアトリーチェに向けて小さく頭を下げた。
 ベアトリーチェは曖昧に笑いながらお姉さまに手を振ると、神妙な顔つきで私の方に謝罪のジェスチャーをした。
「え? えぇ……?」
 首根っこを掴まれた私は、わけもわからぬまま廊下をお姉さまに引きずられていったのだった。



 原子炉を所有するカルデアはエネルギーを始めとした資源に恵まれている。
 とりわけ、タービンを回し終えてもまだ冷めきらぬ熱や周囲を覆う万年雪などは代表的なもので、湯と水は文字通り湯水のように使うことができた。
 そのためかはわからないが、日本贔屓の者の手によって、カルデアには浴場が設立されていた。男女時間交代制でローマや日本出身のサーヴァントたちは頻繁に利用している。
 私が引き摺られてきたのも、この浴場だった。あれよあれよと服を脱がされ気がつけばタオル一枚。襷掛けしたお姉さまに背を押され洗い場の椅子に腰掛けていた。
「あの……耳掻きだったのでは……?」
「して欲しいのですか、耳掻き?」
「いえ、そういうわけでは……」
 どうやら、自分は耳掻きをされるわけではないらしい。それだけはわかった。
 シュコシュコとお姉さまが液体石鹸のノズルを叩き、両手を擦って泡立てている。
「まったく……貴女も女の子なんですから、シャワーくらい普段から浴びなさいな。いくらサーヴァントとはいえ、霊体化すれば良いというものではないのですよ?」
「は、はぁ……」
「色良い返事ではないですね」
 嘆息しつつ、スポンジを片手に持ったお姉さまが私の身体に触れ……って、ええっ?!
「え、えっ、こ、ここ、お風呂! お風呂?!」
「……いまさら?」
 ようやく理解が追いついた。ここ、お風呂だ。しかも、身体を洗われそうになっている。それもお姉さまに。耳掻きじゃなかった。
 冷静になればウェルカムだけど混乱のあまりか腰が引けて、足が逃げ出しそうになる。
「はい。逃しませんよベアトリーチェ」
 がしりと私の肩をお姉さまが掴んだ。にっこりと圧の高い笑顔で私を見る。
「今日という今日は逃しません。年貢の納め時と、そう言いましたよね? ちゃんと全身まっさらに洗って、肩まで浸かって百数えるまで辛抱してもらいますよ?」
「いや、あのっ! 私ベアトリーチェじゃなっ!」
「うふふふ。言い逃れにすらなっていませんね。ええ。髪を濡らしてしまえば諦めるのでしょうか」
 シャワーヘッドから湯が流れ出す。どうやら頭から洗うことにしたらしいお姉さまはスポンジを置いて手の石鹸を落とすと、洗い流した手を私のつむじに近づけた。温水が額から顎まで伝っていく。
「…………おや?」
 私が遂に諦観の中に身を任せた時、訝しむような声が背中から聞こえた。シャワーが止まる。
 おそるおそる私が振り向くと、お姉さまがまじまじと私を見ていた。まんまるに開かれたワインレッドの瞳は驚愕に満ち満ちている。
 浴場から溢れた湯がちょろちょろと排水口に滑り込む音がした。互いに蛇に睨まれた蛙のように固まったまま五秒ほど見つめ合って、やっとのことでお姉さまが疑問を口にした。
「……何をしてるんですか、前斎宮?」
「その……私が聞きたい、です……」


「ご迷惑おかけしました」
 誤解(?)が解け、浴場から出ると心苦しそうな顔(顔だけ)でお姉さまがそう言った。
 私は慌てて首と手を振る。
「謝らなくてもいいですよ! お姉さまが悪いわけでもありませんし。……それに、今思えばちょっと勿体無いことをしたような気も」
「貴女がそう言ってくれて助かります」
「いえいえ、実は割と本気で残念なので……」
 あは、と笑ってみせると、なんとかお姉さまの表情が少しだけ弛んだ。
 そして、緩んだところから漏れ出すようにお姉さまは嘆息する。
「それにしても、水鏡転身まで使うなんて……。ここまで風呂嫌いだとは……はぁ、本当にあの子は……」
 スイキョウテンシン。どこかで耳にしたような気がした。
「あのー……なんですかその、スイ、何とかって?」
「水鏡転身の術です。神曲にてダンテがマレブランケに囲まれた際に、水鏡に写した姿を囮に彼らから逃げ延びた亡者を見て閃いた遁走術ですね。その術効は貴女も身に沁みたことでしょう。水遁で生み出した水を他人に掛けることで幻術が発動し、姿を入れ替えることが出来るのです。神曲の中では二種類存在し、初出では騙す相手全員に術を施していたのですが、徐々に簡略化されて行き、神曲過去編で登場した頃には姿を奪う術になってましたね。そのくらい多用されているということでもありますけど。私としては最初の……こほん。どちらも洗い流すまで効力は続くのですが、マラコーダ達が翌日の朝食前に顔を洗ってダンテの代わりに賢しいカニャッツォを拷問していたことを知ったように、貴女もシャワーで術を洗い流されたことで元の姿を取り戻したのでしょう」
「……お、お詳しいんですね」
「マニアの間では常識です」
 お姉さまがふふんと得意気に言った。……よく分からない世界だった。
 ごしごしと優しく髪の水気を拭き取る手が俄に止まる。「申し分なさそうですね」と独りごちる声がした。
「終わりましたよ」
「ありがとうございます。お姉さま」
「礼には及びません。巻き込んでしまったのはこちらですもの。そのうち埋め合わせはしますよ」
 私は「楽しみにしてます」と一言伝えて、疑問に思っていたことを続けて口にする。
「ところで、なんとなく事情は見えてきたんですが、やっぱり耳掻きというのは?」
「あの子の方便ですね」
「あー……やっぱり……」
「サーヴァントといえ女は女。身嗜みを整える習慣をつけなさいと前々から注意していましたが、それどころか霊体化すれば綺麗です、などと言ってシャワーすら浴びようとしなくて……。仕方なく強硬手段に出たのですが、」
「私が身代わりにされた、と」
「そういうことです」
 全てが氷解した。そうだ。いくらベアトリーチェと言えど耳かき程度でああまで拒絶する理由はない。
 今なら彼女が嫌いなお風呂と怒り心頭のお姉さまのダブルパンチに怯えていたことは容易に推量できた。
 なんだかあまりにも子供っぽい理由だったせいか、妙に気を抜かせてしまって、身代わりにされたことへの悲しみや反感などは特に浮かんでは来なかった。
 なんというか、こう、
「ベアトリーチェさんらしいですね……」
「ですねぇ……」
 私も、お姉さまも、口元には微笑。
 真面目に怒ろうにも、どうにも気が抜けてしまうのだ。真剣に取り合おうとする自分自身がおかしくなってきてしまう。
 ひとしきり顔を見合わせた後、「でも、」とお姉さまは切り出した。
「次は絶対に逃しません。泣こうが喚こうが確実に丸洗いします」
「おねーさまがそうやって怖がらせるのがいけないんじゃないですか?」
「私はもう、堪忍袋の緒が切れてしまいましたから」
「笑ってるじゃないですか」
「笑っててもです」
「笑っててもですか?」
「そうです」
 ツンと拗ねたようにお姉さまがそっぽを向いた。なんとも子供っぽい口ぶりだった。こういうところは、お姉さまもベアトリーチェも似ているような気がする。口に出すと怒られそうだから言わないことにしているけど。
 お姉さまが私の心中を見透かすように、じっとりとこちらを見る。
「……妙なこと、考えていませんか?」
「いいえ! 全然そんな事は、って、そうだ! 忘れてました!」
 半眼になったお姉さまを誤魔化すように、私は思い出したような声を出した。
 とはいえ、単なる誤魔化しではない。事実、忘れていたことがあったのだから。
「そういえばお姉さま」
「なんですか?」
「今、埋め合わせが二つですよね?」
 お姉さまが少し思案顔。
「……確かに、そうですね」
「一つ使っちゃっていいですか?」
「構いませんが……今ですか? 出来ることは少ないと思いますよ」
「簡単なことだから大丈夫です!」
 私は懐から耳掻き(連行される寸前になんとか手にしたマイ耳掻きだ)を取り出し、お姉さまの目の前で振ってみせた。
「お願いできますか?」
 にっこりと満面の笑みの私に、どこか呆れたような曖昧な笑顔をお姉さまは向ける。
 催促するのも何だろうけど、甘い物を前にしたお腹の気分が固定されちゃうみたいに、耳がもう耳掻きの気分だったんだから仕方ないことじゃない?
 言い訳がましく、はしたない行いに思わず沸き起こる紅潮をなんとか抑えていると、相変わらず半笑いのお姉さまが備え付けの籐のベンチに座って、スカートの裾を整えた。
「どうぞ、いらっしゃいな」
 私は促されるままに膝枕に横たわると、誘う掌にそっと耳掻きを手渡したのだった。

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