最終更新: nevadakagemiya 2021年04月18日(日) 22:32:48履歴
『前回の、名探偵アンナは!』
「何そのタイトルコール?」
突如として、現代に非常に近い時間軸において特異点の発生を感知したカルデア。
"隠されし首領"、ガルム、ウィリアム・ハーシェルの3人とマスターがレイシフトで見たその先は、様々な国や時代の風景画入り混じる異様な街であった!
「まるで映画のセットのようだな……」
その町は、"探偵"と呼ばれる職業が人々の生活の隣にいる特異点。
そこで巻き起こる、サーヴァントに似通った未知の存在……怪人"マスカレイダー"による犯罪。
『やれやれ、名探偵の代名詞たる私が行けなかったことが悔やまれるよ』
そしてカルデアたちと出会うマスカレイダー。
だが戦闘をしても、マスカレイダーには傷1つ与えることが出来ない!!
なんとか戦闘は中断になるも、カルデアはこの特異点の原因と考えられる彼らに、手も足も出なかったのだ。
「この特異点、なにやら一筋縄ではいかないようだな……」
「映画のセットのような街並み……"探偵"の存在……これは、概念的な"ルール"による防御、なのか?」
今、名探偵アンナ・シュプレンゲルの第一の事件簿が、幕を開く……」
「────というあらすじを付けると、より物語らしくなると思うのだが御身はどう思う?」
『うん。なかなかばっちりだと思うよ首領ちゃん。声も可愛いしナレーターに向いているんじゃないかな?』
「んー? そうかー? ふふーん。見る眼が、いや聞く耳があるな万能の天才ぃー。帰ったら飴をやろう」
「遊んでる場合じゃないよルーラー。警察署が見えてきたよ」
◆
カルデアから特異点を訪れた3人のサーヴァントと1人のマスターは、警察署においてワイズ警部から話を聞いていた。
自分たちが戦闘になったマスカレイダーとは、具体的にどういった存在なのか? そしてどうして攻撃が通らないのか?
最初は少し渋ったような表情をするワイズだったが、探偵が相手なら隠し事はできねぇと、笑いながら今までの捜査資料を開示してくれた。
『割とすぐに開示してくれるんだね』
「探偵が出てくるような物語だと、警察は探偵が出来ない部分を担当することが多いからな……。
今までの資料の提示、犯人の逮捕、探偵では及ばない権利の行使……。近現代においてはその点は特に顕著と
故にこそ、今回マスカレイダーとやらの特徴を聞く場合、彼らに頼るのがこの特異点においては正解であると考えたまでだ」
「詳しいんだねルーラー」
「オーイ何くっちゃべってんだ? こっちだこっち」
ワイズ警部が、今までのこの街──正確にはこの特異点──に、過去出現した"マスカレイダー"の捜査資料を机に並べた。
そうしてマスカレイダーが初めて出現した日時から、マスカレイダーがどのような事件を起こしたのか、彼らがどのような特徴を持つのかを話し始めた。
「奴らはつい最近……2〜3週間ぐらい前からか? この街一帯に突如として出現するようになった連中だ。
恐らくぶつかったから分かっていると思うが、まるで人間とは思えねぇ超常の能力が奴らの特徴だ…………。
あとまぁ、あいつらの外見も特徴的だな。ふざけたコスプレしやがって……。俺ら警察に対する侮辱だなありゃあ!」
『そういえば、非常に特徴的な……カリカチュアライズされたとでも言うべき、奇怪な外見をしていたね』
「うむ。怪人……としか言いようがない外見だったな。探偵という存在から、怪人20面相などを想起する」
「あと特徴としては、胸部中央にあった"節制"のタロットカードが気になったかな」
「さっきから聞こえる音声は何だ? 電話でも繋がってるのか?」
「あー、えー……最新の技術でアドバイスをくれる捜査協力者です」
「お、そっかぁ。そりゃ頼りになるな!」
「(割とすぐ受け入れられるな…これも探偵だからだろうか……)」
「だが、それ以上に最も脅威になる特徴が、あの絶対的な防御力だ」とワイズは続けて話した。
ワイズが言うには、マスカレイダーとはその名前の通りに『仮面を被った存在』だというのだ。
どれだけ攻撃をしたところで、仮面を被っているが故に本体にはダメージは通らない……そういった概念的な理屈が、マスカレイダーには働いているらしい。
故に、マスカレイダーは攻撃に対して無敵だというのだ。
「何故、そのようなことが分かったのですか?」
「ご丁寧にマスカレイダー側が言ったんだよ。この街に最初に現れた、始まりのマスカレイダーさまがな。
"仮面をどれだけ割っても、その素顔は傷1つ付かないよ"ってなぁ。っかーっ! キザったらしいっちゃありゃしねぇぜ!
それ以降、マスカレイダーはその超常的な力と無敵の防御力で好き勝手に犯罪をしていたって訳さ。まだ、出現した件数は少ないがな」
そういいながら、いくらかの捜査資料が見せられる。
現状としては怪盗や劇場型連続殺人などと言ったように、件数は多いがマスカレイダーそのものの数は少ない様子だった。
姿まではっきりと写真に残されているものから、なまえだけしか分かっていない存在まで、実に様々であった。
「そのはじまりのマスカレイダーとやらに、何か特徴などはありましたか?」
「さぁな。目立った犯罪などはしていねぇ。ただ出てきただけの奴だった……。
……ただ、そいつにもタロットカードの図柄があったな。確か、"世界"の絵柄だった」
「世界……ザ・ワールドか」
そういった形で、この特異点を形作る異変の中心に立つ存在、マスカレイダーの情報をカルデアは得た。
戦闘を通じて得たデータの解析と合わせ、カルデアはゆっくりと情報を咀嚼しながらマスカレイダーへの対策を練るという形に落ち着いた。
◆
『待たせてすまないね。戦闘で得たデータを解析した結果が出たよ。
マスカレイダーはどうやら、英霊の力と人間の魂が混ざり合った特殊な存在になっているようだ。
デミ・サーヴァントや疑似サーヴァントとも異なる、未知の召喚術式なのかもしれない。
それでね、その混ざっているという状態が、この特異点では無敵状態を生み出しているっぽいんだ、どうも』
警察からの情報提供を終えて少し経ち、ダ・ヴィンチが通信を通して4人に対して情報を伝えた。
どうもマスカレイダーという存在は、人間と英霊が混ざり合っているが故に、受けるダメージを無力ができるのだという。
曖昧な状態だからこそ、現実からの影響を曖昧な物にして無効化出来るようだと推測された。
「じゃあ、どうやってダメージを与えれば?」
『おそらくだけど、英霊になっている人間の名前をはっきりさせれば……この"混ざり合った曖昧な状態"を打破できると、思う。
ダメージを与えられないのは、曖昧だからこそ。なら逆に、混ざっている一方をはっきりさせて、はっきりした情報にすれば、ダメージは通るんじゃないか?』
「なるほど。真なる名を突きつける事で無力化を謀る……か。ハッ、まるで聖杯戦争だな」
『まぁ、特異点も聖杯戦争も、本来有り得ないサーヴァントが顕現するという点では似たようなものだね』
「だが英霊の真名ならまだしも……。マスカレイダーになった人間が誰なのかを推理するなぞ、骨が折れるぞ。
仮面を被った、著名でもない一個人を言い当てるなど……。まさしく探偵の仕事ではないか」
「その探偵の役割に当て嵌められているのが君じゃないか。まるで推理小説に語られる主人公のようにね」
「────────そうか。そういう事か……」
パチン、と"隠されし首領"は何かに気付いたように、指を鳴らして閃いた。
彼女は言う。此処は言うならば、創作された推理小説や映画・ドラマのような特異点なのである、と。
まるで映画のセットのように様々な"舞台"が継ぎ接ぎの街並み、用意されたかのようにおあつらえ向きの"役割"、そしてその"役割"に沿ったように行動できる特異点……。
即ちこの特異点とは、何らかの映画や小説のように、1つの物語に準ずる法則が一定して働く特異点であると首領は推理したのだ。
「その一連の物語とは、私が当て嵌められた"探偵"という存在を中心に回る……いわば、"推理小説"だ!」
『なるほど。だとすれば警察や犯人……マスカレイダーという存在がいるというのも分かる。彼らのような存在がいなければ、探偵の物語は順調には進まないからか』
「そして犯人がどういう人物か分かっていない状況で倒すのは、推理小説のルール違反……というわけか」
「えー考えるのめんどくさーい! さっさと殺したほうがガルム楽だと思うけどなぁー!」
『それをさせたくない黒幕が、多分聖杯を持っている主犯なんだろうね』
転じて、マスカレイダーという存在の背後にいる者がこの特異点を創り出した、つまり"ルールを生み出した存在"と推理する首領。
だが今はまだ、その主犯に繋がるヒントが存在しないので、ひとまずは出現した"節制"のタロットを宿すマスカレイダーを討伐すると決める。
だがそれには、マスカレイダーになった人間が誰なのかをはっきりさせなくてはならないという障壁があった。
「ああ、それなら1つ心当たりがある。いや、心当たりが"出来た"というのが正しいか……」
「ん? それは、どういうことだいルーラー?」
「"この特異点は、推理小説に準じた物語を構築する場である"と……、前提を定めたならば、1つ犯人の正体に繋がるものがあると思ったまでだ」
そういいながら、首領は懐から何かを取り出し、その何かに記された番号へと電話をかけ始めた。
「探偵の物語は何から始まると思う?
探偵の日常、ちょっとした旅行など様々にあるが……基本、探偵に舞い込む依頼から始まると、
つまり、犯人に繋がる最初の情報は、きっとその依頼人になるのだろう。推理小説において、無駄な登場人物は少ないからな」
◆
"隠されし首領"が呼び出した相手は、この特異点に来た際に出会った青年、コーダ・ラインゴルトであった。
首領が言うには、基本的に依頼人に関係する形で事件が起きるのが推理小説の定石。だからこそ、自分に依頼してきた彼に関係する人物が、"節制"のマスカレイダーではないかと推理したというのだ。
それだけだと繋がりの証拠には弱いが、もう1つだけ、彼と犯人と思しき人物を結びつける点があると、首領は主張する。
「御身、最初の時に
「はい」
「あれは、行方不明になった御身の関係者が作ったものだとも、言ったな?」
「……はい」
「では問おうか。その行方不明になった女は、何か菓子に関係する職業についていたか?
あるいは……そうさな。何か菓子作りの腕を必要とする職業を目指していた、とか……。何かあれば、話してはくれまいか?」
「分かりました」
首領の問いかけに頷き、コーダは行方不明になった少女……慶田紗矢について話し始めた。
紗矢はパティシエを目指す少女であり、常にお菓子作りに一生懸命な少女で、就職後は製菓会社に務めて努力を続けていたという。
だが、会社で受けたパワハラやセクハラなどで心労が重なり、各社を転々とする毎日だったのだという。
「……行方をくらませたのは、そういった心労によるものかも、しれません」
「────────分かった、よくぞ話してくれた。御身の探している少女は、
そうして依頼人に別れを告げた首領は、自らの助手(という役割を与えられた仲間)であるハーシェル、ガルム、マスターを連れて調査に向かった。
まず慶田紗矢がお菓子作りの修行の為に転々したという製菓会社を調査。さらに加えて、ここ最近に毒ガス事件の現場になった場所を調査した。
平行して、事件の犠牲になった人物に対して何か噂がないか、どのような人間だったか、を調査した。
「……彼女の足跡と一致するな。最後の事故現場になった藤宮製菓なんてモロだ」
「他はオフィスが存在するビル、工場がある地域……。何処も重なるな。まぁ、そうではないかと思ったが……。」
「次は犠牲者か」
『オブライエンさんが毒ガスで…? ああ、あの人か……』
『天罰じゃないの? あの人、大分性格悪かったって言うし。若い才能摘んでたとか……』
『栗子んところの部長もそうだったろ? あそこセクハラ酷かったって言うじゃん』
『自業自得ねー』
「………………面白いぐらいに繋がっていくな」
「まるで探偵という役割のチュートリアルを進めさせられている気分だ。余程性格の良い"特異点の主"と見えるな」
「だが、これで最低限の証拠は揃った。おそらく、"節制"のマスカレイダーの正体は────────」
「────────奴以外いない」
◆
推理をした首領は、次に"節制"のマスカレイダーが出現する場所は街にある大病院であると推理して、そこに待機していた。
すると確かに、その病院の前に確かにマスカレイダーが出現したのだ。推理の理由は、犠牲者が全て死に切っていないことがヒントになったという。
この街(正確には特異点)において、毒ガスのようなものでダメージを受けた者が入院できるような大きな病院は1つしかない。故に犠牲者は皆ここで入院しているという。
「夢破れる程のセクハラパワハラ……。それを与えた人間どもなど、決して許せない筈だ。
だが御身は殺しきれなかった。殺しきるほど非情になり切れなかった……。あるいは、すんでの所で理性が止めたのか……。
────しかし、それと同じぐらいに、殺したくて堪らない。"殺意を理性で止めきれない"」
「だから御身は此処に来たのだろう? ────慶田紗矢!!」
隠されし首領が勢いよくその人差し指を突き立て、そして眼前に立つマスカレイダーを指し示す。
その正体である真名を指摘されたが故か、カリカチュアライズされた怪人のような外見が蒸発するように溶け、1人の少女が姿を現した。
少女は怯えたような、驚愕したかのような表情をしており、その手には"節制"の絵柄が書かれたタロットカードのような物を手にしていた。
「なんで……私って……、あれ、あれ? なんで変身が……!?」
「恐らく、そう言うルールだからだろう。名前を指摘された時、即ち"正体が明かされた時"、その変身──正確には、"分かりやすい犯人像"──は、一時的に解除される。
"推理小説"というものは……そういう法則なのだろう? ならば、探偵である
首領は続ける。犯人が慶田紗矢であると分かった理由を。
毒ガス事件を巻き起こしていたマスカレイダーが事件を起こして重傷を負わせた人々は、皆パワハラやセクハラなどで悪い噂の立っていた人間だった。
加えて、とある依頼人から来た依頼に語られた、「行方不明になった少女」。その少女が転々とした製菓会社は、全て犠牲者が勤めていた会社だった。
それらの点と点を調査により線で結びつけ、真理に辿り着いたのだと説明する。
「もっと捜査をかく乱することを覚えろ。御身は犯人役になるには素直が過ぎる……。
大方、この特異点に"役割"を持つ人間として巻き込まれる前から、人が善すぎる故に苦労していたのではないか?」
「な、何の話ですか……!?」
「覚えてないか。役外の記憶は消されている、と言った具合か。
随分とこの特異点の主は、しっかりとしている監督と見える。
なら、それらしい問いを投げよう。"何故このような事をした"? "誰に唆された"?」
「何故って……分かり切っているんでしょう……? ここまで、犯人が私だって分かったんなら!」
慶田紗矢は涙を流しながら語り始めた。自分がされてきた数多くの嫌がらせを。
そしてその過程で積み重なってきた恨み辛みを。周囲からの心配の声すらも苦痛になっていたと。
「どうすればいいのか分からなかった! そんな時……黒服から突然これを渡された!
"英霊の力をお前に授ける"って! 最初は嘘だと思ってた……けど使ったら……気付いた時には私は事件を起こしていた……!
止められなかったの……! 使った瞬間に、私の中に"人を殺せ"って囁かれたみたいに殺意が増幅されて…………!!」
『────つまり、あのタロットカードが、英霊の力を宿す、何らかの礼装のようなもの…?!』
「そして、それの中に、使用者を犯罪に駆り立てる精神指向魔術のようなものが仕込まれている、と」
「もう私は…私を止められないの……! 人を殺したくないのに……! だから昨日は貴方たちから逃げたのに……!
ダメ……! 嫌……! 自分が……止められな……!! いやああああああ!」
≪夢
節制の絵柄の描かれたタロットカードが紗矢と一体化し、カリカチュアライズされたサーヴァント……"テンパランス・マスカレイダー"へと変貌する。
戦闘が幕を開き、悲しき少女と戦闘になるカルデア。テンパランス・マスカレイダーは、まるで獣のように無作為に炎の鞭と毒ガスで攻撃をする暴走状態にあった。
攻撃をするカルデアだが、確かにダメージは通る。通るのだが、それでも英霊そのもののスキルや宝具の力は喪われていないために厄介な敵になっている。
むしろサーヴァントの力と使用者の力が混ざり合っていた拮抗が崩れ、サーヴァントの力が暴走状態にある為、非常に強い戦闘能力を有する存在になっていた。
「まずい!! こいつ……強い!!」
「ダ・ヴィンチ! 解析頼む!! 今どうなってるんだ彼女は!? 使用者の真名は看破したよね!?」
『オッケー解析したよ! なるほどね。マスカレイダーを生み出しているのは非常に歪に歪められた、インヴォケーションを主体とした英霊召喚術だ。
"宿した英霊"と"宿す術を使った使用者"。両者を曖昧にしてブラックボックスにする事で、双方へのダメージを限りなくゼロにするといった形態の術のようだ。
でも…………今は使用者だけがはっきりしたため、英霊の力だけが増幅されて使用者を飲み込もうとしている! 非常に危険な状態だ!!』
「このまま倒すことはできるには出来るが、そうすればあの子を傷つけてしまう……という事か」
「フン。あの紗矢という少女、重傷者を出したとはいえ、この特異点の黒幕に騙された被害者だ。
おまけに事件を起こしたのも、殺意が増幅された結果だ。情状酌量の余地がある。何とか救いたいが、どうすれば……」
『いやぁー、お困りかネ? 悍ましい"探偵特異点"に赴いた諸君』
通信の向こうから声が聞こえた。映像を見ると、そこに映っているのはカルデアのサーヴァントの1人。
かのシャーロック・ホームズの最大の宿敵にして悪のカリスマ。ジェームズ・モリアーティに他ならなかった。
『犯人を傷つけずに捕えたいんだって? いやぁ心優しいねェ。
"犯人を追い詰めて死に至らす探偵は、殺人犯と変わらない"とは、どこの小学生探偵のセリフだったかな?
いやぁ! か弱い老人を追い詰めてライヘンバッハの滝つぼに叩き込んだ名探偵様に聞かせたいセリフだ!』
「くだらない話をしに来たのなら通信を切るぞ老害!!!」
『いやァ手厳しいネ! すまない。まぁ少し、アドバイスがてら思い出話をね。その昔、私が新宿でヤンチャしていた時の話さ。
あの時私は、藤丸君に"犯人はお前だ"と、真名と共に指し示された事で弱体化したものサ……。もし、そこが"推理小説"という下地のある特異点ならば……。
まぁ非常に単純な話だ! 犯人というものは、名指しで"犯人はお前だ"と言われると、大きく弱体化するものだよ。それだけの話さ』
「────────なるほど。要は、あの小娘だけでなく、小娘が宿す英霊の名も言い当てろ、という事か」
『そゆ事。報酬は帰ってから、私の質問に答えるだけで良いよ? うら若き神秘の具現、アンナ嬢? シーユーアゲイン』
「まったく……食えない奴だ。ホームズも、奴も」
短く嘆息し、隠されし首領は与えられたヒントから、テンパランス・マスカレイダーに宿っている英霊の真名を推理する。
警察の言っていた「毒素が検出されない毒ガス事件」、バトルの中の「炎の鞭」から推理。ルーラーとしての真名看破スキルもフルで活用した。
その結果、1つの可能性が浮かぶ。隠されし首領は、探偵という役割の下に、ルーラーというクラスの下に、眼前に立つ英霊の真名を口にする!
「真名看破!! 汝の名は、"神農"!! 犯人は、お前だ!!」
その言葉と同時に、テンパランス・マスカレイダー……真名:神農は弱体化。
混ざり合っていた反応も完全に、使用者である慶田紗矢と英霊である神農として分離した。
ダ・ヴィンチの推測曰く、2つの名が完全に指し示された事で、混ざり合っていた2つの概念が分離したのではないか、という事であった。
いずれにせよ、分離したことで神農としての部分だけを戦闘で討伐し、"節制"のクラスカードを慶田紗矢より排出させ、破壊することに成功した。
こうして、カルデアがこの特異点に来て、初めてであったマスカレイダーとの戦闘は────、
名探偵アンナ・シュプレンゲルの事件簿の1ページ目は、終わりを告げるのであった。
◆
カタカタ、カタ……
『事件は終わった。毒ガス事件の犯人であった慶田紗矢は、黒幕に唆され殺人を働いた……と判決を受けたらしい。
使用者本人に率先した殺意は認められなかったとして、今後はマスカレイダー事件の中心にいるであろう黒幕を探す、重要参考人となるようだ。
依頼人コーダ・ラインゴルトには、何があったのかの全てを話し、慶田紗矢の身元を引き受けさせた。まぁ、依頼人の探していた少女を探せただけ、
だが問題は、彼女にマスカレイダーへと変貌させるカードを手渡した人間の正体だ。名前も、顔も、詳細を覚えていないと彼女は言う。このカードこそが、特異点のカギになると考える。
我々はこれを、カルデアにいるイリヤスフィールの世界の概念になぞらえ、マスカレイド・クラスカードと呼称することとした……。
果たして黒幕は何が目的なのか……。此れから、
「オォイ! 聞いたぞ!! 探偵が主役の特異点だってェ!?」
隠されし首領がタイプライターでカタカタと報告書を作成していると、突如としてドアが勢いよく開いた。
その扉の向こう側からは、見覚えのあるツインテールのように髪の房を飛び出させた、1人の神殺し探偵が立っていた。
『あー首領ちゃん、今そちらにタイタスが向かったんだけど―……、って、ああ。もうついていたか』
「いやぁー、とうとう俺の出番来ちゃうかぁー。しかも最初の事件の犯人、神農の力つかってたんだって?
神霊じゃん。これもう俺の出番確定じゃん。っかー、とうとうタイタス・クロウの強化クエスト実装来ちまうかー」
「ハッ。その恰好で、よくもまぁ探偵などとほざけるものだな。神殺し」
「え?」
隠されし首領に指摘されて、初めてタイタスは自分の格好に気が付いた。
見るとそれは、いつもの彼の纏うボロボロの探偵らしいコートとは程遠い、身なりの整えられた警察服に他ならなかった。
「なんじゃこりゃああああああああああ!!?」
「あ、そのリアクション確かに刑事さんっぽいね」
「ハッハッハ。天職ではないか神殺し。これからお前は下っ端警察として、
「はぁ!? ざっけんな!! 探偵と言えば1にホームズ2にヴィドックでその次俺だろ!?」
「自惚れるなよ」
『あぁー! こんな所に居やがったか新入りィ! さっさと持ち場に、戻りやがれ!!』
突如として駆け付けたワイズ警部に、首根っこ掴まれて引きづられて行くタイタス。
タイタスは抵抗をするが、どうも力で敵わないようで、英霊らしくない無様な様子で連れ去られていった。
去り際に、「事件が解決できたのはお前さんのおかげだ、今後も贔屓にするぜ、ありがとうよ探偵」と笑顔で警部は礼を言った。
ちなみに現在彼女たちカルデアからやってきた者たちがいるのは、警部が特別に用意してくれた簡易事務所のような場所である。
「元が探偵のクラスだからと言って、探偵の役割になるとは限らない……ってわけか」
「それに加えて、一応はサーヴァントとして一般人以上の力があるはずのタイタスが、普通の人間になすすべなく連れていかれた……か」
『どうやらこの特異点においては、サーヴァントや人間と言った部分はさほど重要ではなく、サーヴァントは通常その能力を制限されると見て良いかもね』
「重視するべきは、特異点の一員として組み込まれた際に与えられる役割、か。ハッ、まさに虚構……もっと言えば映画の世界だな」
「わふわふー! さっき試してみたけど、ガルムの持つ宝具とかはここではちょっと使えないみたいです!
調査の為ー、とかだったら動物会話とかは使えるみたいだけど……良く分かんないや」
「つまり基本的に……特殊な能力を発揮できるのは、調査に関わる場合のみ。
常時特殊な行動が可能な存在は、事件を起こす犯人役、マスカレイダーのみという事か」
マスカレイダーとは何なのか? その正体は未だにつかめてはいない。
英霊の力を宿す存在である事。マスカレイダーに変貌した者は、負の感情が増幅されて事件を巻き起こす怪人になるという事。
そして最初にカルデアが補足したマスカレイダーが"節制"のタロットカードの絵柄を持っていた事と、警察から得た情報の中で"世界"の暗示の存在が示唆された事から、
マスカレイダーは大アルカナのタロットカードに準じた22体が存在するのではないか……という推測だけが、現状分かっているすべてであった。
『大アルカナの22の暗示は、黄金の夜明け団などの近代魔術師によって生命の樹と関連付けられた。
"王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ"と英霊召喚の詠唱にもあるように、英霊召喚と生命の樹もまた密接に関わっている。
これは巧妙に改造された……歪なる英霊召喚術式だ』
「情報ありがとうロードエルメロイ2世。まったく、ウェストコットの坊やたちも、余計な事を紐づけたものだ」
『だが肝心の、ホワイダニットまでが分からない。何故特異点の主は、わざわざ突ける穴を作って、このように英霊を"犯罪者の道具"に陥れる真似をする?』
「決まっておろう」
通信を通じて、諸葛孔明(ロードエルメロイ2世)と対話する隠されし首領。
わざわざ英霊を召喚する手法に手を加えてまで、このような英霊がカリカチュアライズされた存在を生み出す意味が分からないと彼は言う。
それに対し彼女は、今回の特異点を創り出した黒幕の狙いは、単なる映画やドラマと言った"虚構"を現実の一部として再現するための手段でしかないと言ってのけた。
『何故? この特異点、十中八九聖杯が中心にある。それをこのような使い方をするなど……』
「"そういうものなんだよ"。映画やドラマを作る側の人間、クリエイターとでも呼べばいいのか。そういう存在は、例え世界を滅ぼせる力を得たところで、それを表現手段にしかつかわない。
恐らくこの世界は、そういうものだろう。ただ自分がやりたい脚本を演じさせるために、聖杯を用いてこの特異点に"役割"だの"舞台"だの、そして"犯人"だのを用意したに過ぎん。
わざと事件解決の糸口を用意したのも、わざと犯人に対して事件を大きくさせる力を与えたのも、全ては……黒幕が"そう言う虚構を演じて欲しいから"に過ぎんよ」
『───────────何故、そう言い切れる?』
「当職が、虚構より生み出された存在だからだ」
そう言って、隠されし首領は微笑んだ。そういう事なら……と、ひとまずは(推定)22体いるマスカレイダーを討伐することがカルデアの当面の目標となった。
だが、マスカレイダーを探したり、事件の発端をつかんだり、何より真名を看破できる存在は"探偵"という役割に当て嵌められた人間かサーヴァントでなくてはならない。
そのためには、まずこの特異点に訪れた時点でアットランダムに与えられる役割の内、"探偵"を引き当てられる人間を増やさなくては始まらない現状にあった。
『ようし、じゃあ人海戦術でいこうじゃないか!』
「現状は忙しいが、手が空いたサーヴァントやマスターを逐次投入する……。
投入する数が増えれば自ずと探偵に当て嵌められる数も増える。そうすればカルデアに協力する探偵の母数を増やせる。と言うわけか」
「ついでに、街に既にいる野良サーヴァントや、特異点の外の記憶を保持したまま巻き込まれた人々を探し、協力を依頼するというのも手だね」
「わふ、ガルム探してみます! 探偵がいっぱい見つかれば、それだけで安心だもんね!!」
『っよーし、忙しくなるぞー!!』
かくして、カルデアの不思議な事件簿は、こうして幕を開くこととなった。
まるで『推理劇』が巻き起こるかのように用意された街・舞台、そして……特殊な力を持つ犯人役、"マスカレイダー"。
彼らを生み出した黒幕に辿り着き、この特異点を解決するためにも、カルデアは探偵を多く生み出し、事件を解決していくしかないのだ。
その果てに、どのような犯人と出会うのかは、神のみぞ知る────────。
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「ようやく、カルデアが来たか。待っていたぜ、主演女優に主演男優」
「さぁ、映画の始まりだ」
「この特異点を形成する、世界そのものたる
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