ImgCell-Automaton。 ここはimgにおけるいわゆる「僕鯖wiki」です。 オランダ&ネバダの座と並行して数多の泥鯖を、そして泥鱒をも記録し続けます。







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────────────イギリス


「さぁさぁ気合入れなさい!
 ここを押しきられたらロンドンに到達されるわよ! 大勢の人が死ぬから死ぬ気で守りなさい!」
「まさか、ギリシャ神話に名高い魔女と共闘する羽目になるなんて思わなかったっす!」
「私も、こんなに可愛くて若い魔女さんたちと一緒に戦えるとは思ってなかったわ」

無数のジアブロスィ・サーヴァントが時計塔へと襲い来る中、エルメロイ教室の生徒たちと「綺羅星の園」に通う生徒たちが共闘していた。
彼らの指揮を任されているのは、ギリシャ神話に語られる"神代の魔女"キルケー。彼女はかつてとある聖杯戦争で召喚され、ここイギリスで大規模な事変を引き起こした過去を持つ英霊だ。
そんな彼女がこうして、今は人間と協力してイギリスを守る立場にいる。そんな運命のいたずらに対して、どこか自嘲するようにキルケーは口端を吊り上げた。

「なんかちょっと、因果感じちゃうわね。こんな私が、こうしてイギリスを守るなんて」
『サムナ! ノーリッジのキャンパスがやばい! 俺と一緒に行くぞ!』
『待ってヒューゴ、こっちも手いっぱいだ……! このままじゃこっちも突破されてしまう!』
『回復できる人は即座に回復に回らないと!』
『やっぱりサーヴァントって強いっすねー……このままじゃまずいっすジゼパイ』
「でもやっぱり……私じゃ分不相応かしら。私、人の上に立つタイプじゃないからなぁー……」

はぁ、とため息をつきながら、キルケーは自ら調合した回復のための薬や魔力を一時的にブーストするお香で傷ついた若き魔女や魔術師達を癒す。
魔術を扱う者として大先輩であるという矜持故に余裕ぶった態度で振る舞ってこそいるが、実のところを言うとキルケー自身も限界が近づいていた。
黒幕であるサマエルを追う中で次々と仲間が消えていくにつれ、様々な魔術を万能にこなせる彼女の負担は増加していった。
それだけならば耐えられたが、その中でいなくなった仲間の中に、彼女の中で大きな比重を占める人がいた。
限界が近づく中で脳裏に過ぎったのは、そんな1人の軍師の姿であった。

「────こんな時、あの人がいたら、やっぱりちょっと違うのかなぁー? ……なんて」
「『機織りに捧ぐ一矢(ストラック・フォー・ペネロペ)』!!」

そう、小さくキルケーが呟いたその時だった。12の矢が、彼らへと近づく無数のジアブロスィ・サーヴァントを貫いた。

「この宝具……まさか……」
「オデュッセウスさんっす!!」
「や! やぁやぁ! ……遅れてごめん。待たせちゃったね。こんなに可愛い子たちがいっぱいいるんなら、もっと早く来るべきだったな」
「ふざけてないで。最初から本気で行くわよ、アーチャー」

オデュッセウス。弓矢を宝具とするアーチャーの英霊。ギリシャ神話随一の軍師にして船乗り。
史実では男性で語られる男装の麗人が、紅の髪を持つ少女のマスター、黒咲恵梨佳を連れて駆け付けていた。
更にそのオデュッセウスに続く形で、亭亭たる長身の陰陽師や、騎士を連れた透明感のある白き髪の青年らが、次々とイギリスの戦場へと参戦した。

「ふははははははははははははははは!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
 よくぞやってくれたな……"神の毒"。この我を……我らを……よくぞ世界から消してくれたなぁ……!!」
「ありがとう、オデュッセウス。君がいてくれたから、僕たちも帰ってこれたみたい。────さぁ、行くよ、セイバー」
「いやいや、お礼なら、僕を思い出してくれたキルケーに言ってくれ。
 ……で、どうだった? かっこよかった僕? どうキルケー?」
「────────ばか。遅いのよ。貴方」


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────────────土夏市


「みなさん……! どうか持ちこたえてください! ここが最終防衛ライン……!
 ここで防ぐことが出来なければ、無辜の民たちが大勢傷つくことになります!」
「言われなくても分かっているぜぇ!!」

救国の聖女、ジャンヌ・ダルクが英霊達を鼓舞する。
迫りくる大量のジアブロスィ・サーヴァントたち。それらを食い止めるために数多くのサーヴァントたちが結束して戦っていた。
だが無限とも思えるその敵サーヴァントたちを前に、既に数体のジアブロスィ・サーヴァントが背後にある土夏の町へと溢れている状態にあった。

「この先には確か……! 過去に災害を引き起こした聖杯が!!」
「間に合うか……!? いや行くしかない! 私が行きます!」

敵の敵は味方、理論でサーヴァントたちに協力をする事となった、デムデム団の創り出したデミ・サーヴァントたちが町へと走る。
だが時は既に遅く、数体のジアブロスィ・サーヴァントが町の住人に対して今にも襲い掛かろうとしている寸前であった。

「え……? 何? 何なの!?
 なにこれ……どういう……ヒッ…!」

迫りくる無数のサーヴァントを前にして、土夏に住まう少女────梅村海深が恐怖の悲鳴を小さく漏らす。
余りにも非現実的な光景。根源的な恐怖を想起させるその眼前の状況に、ただ逃げる事も能わず、梅村は震えるしか出来ずにいた。
何故かは知らないが、その震える中でほんの一瞬、一瞬だけ誰か────名前を思い出せない少年の顔が過ぎった。

「助けて……誰か、助け────」
「────────『選び取る導きの剣(エクスセレクター)』ッ!!」

声が響いた。一瞬だけ間を置いて奔るは、一筋の閃光。
圧倒的なる光の奔流が迸り、そして無数のジアブロスィ・サーヴァントが焼かれていく。そんな光景と共に、2人の人影が梅村の横に立っていた。
それは、先ほど梅村の脳裏に過ぎった名前も知らない少年だった。────否、知っている。彼女は彼の名前を、知っている。

「てんか……君? なん、で……」
「ごめん。今はちょっと、話している時間は無くて……。いかなくちゃいけない」
「ジアブロスィ・サーヴァント、尚も依然増殖中。急ぎましょうマスター」
「いこう、セイバー」

そう言ってその駆け付けた少年────十影典河とそのサーヴァントであるギャラハッドが飛び立った。
更に彼らに並ぶように、複数の英霊やマスターたちが駆け付け、そして共に英霊達とジアブロスィ・サーヴァントのぶつかり合う最前線へと駆け付けた。
そして最前線で指揮をする聖女、ジャンヌ・ダルクをその視界にとらえると、駆け付けたマスターの内2人が令呪を輝かせながら叫んだ。

「令呪を以て────────!!」
「────────我が肉体に命ずるッ!!」
「ジーク君!! フォインさん!!」
「ジャンヌが俺を覚えていてくれたおかげで、ここまでこれた。ここからは、俺たちも一緒に戦うよ」
「私も……。誰かに言われたからじゃない。誰かが戦っているからじゃない。私の意志で武器を取って、戦います!」
「────────っ。ありがとうございます!」

感極まったかのように瞳をわずかに揺らしたが、すぐにジャンヌは毅然とした表情で旗を振る。
そして英霊たちを鼓舞し、駆け付けた仲間たちと共に波濤の如く攻めてくるジアブロスィ・サーヴァントに立ち向かう。
背には戦えない無辜の民たちがいる。その想いが今まさに、彼らを強くしているのであった。

────
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────────────夜観市


『俺たちが見送れるのはここまでだ』
『貴方にはいくべきところがある、だから……振り向かないで走って』
「────でも……」

1人の少年が、複数の人影と共にその街に立っていた。
少年の背後に立つその人影たちは、どこかぼんやりと靄がかかったように、少年の目には映っていた。
彼は直感している。ここでこの人たちと離れたら、二度とこの人たちと会う事は出来ないと。
それでも────それでもいいと、その人たちは告げた。

「俺たちは元々ここにいるべき存在じゃない。
 今を変えられるのはお前なんだ。お前たちが、変えるべきなんだ」
「そう寂しそうな顔をしないで。貴方にはもっと、大切な人がいるのだから」
「そんな顔をしていたら、きっと笑われちゃいますよ?」

異端のヤガがそう告げて、少年の背中を押した。
未来無き北欧に生きる少女が、創世と滅亡を繰り返すインドに生きる少女が、そう告げて少年を見送った。
そうして、少年は歩き出す。一歩、また一歩と踏み出すたびに、少年のぼやけていた記憶が鮮明に蘇っていく。

ずっと、何かが欠けている気がした。
ずっと誰かを、探しているような気がしていた。
それが今思い出される。それが今想起される。そして────その探していた人が今、目の前にいる。

「……! 先輩!!」
「ま……しゅ……? ────っ!! マシュ!!」

1人の少年と、1人のデミ・サーヴァント。2人は互いに駆け寄り、そしてひしと抱き締めあった。
互いに再会を喜び合う。そして少年は後悔の念を抱く。どうして今まで、彼女の事を忘れていたのだろうと。
だが後悔している時間はない。すぐ近くで戦いの音が響いている。ならば助けるべきだと、少年はデミ・サーヴァントの手を強く握りしめる。

「マシュ……俺と一緒に、戦ってくれる?」
「勿論です……先輩! 貴方と一緒なら、私は何処まででも共に往けます!」

2人はそう言って互いの手を強く握り合い、戦場へと駆ける。
彼らに続くように複数の主従もまた戦場へと向かう。皆心は1つ、渾然とした世界を正したい。ただそれだけであった。

「行こう、モニカ。みんなが待っているから」
「聖胎がなくとも、世界が混沌としたならばそれを正すのが私たちだからな」

「なぁ思うんだけど……カルデアってなんで複数あるの?
 ファルス・カルデアとかの時点で思ってたけど……平行世界とかそう言う奴?」
「さてな。その辺は触れると危険だから、今は当職らの役割を果たすとしようか。オリジンストーンの始祖よ」
「へいへい」

「なんだ、援軍か? 別に俺たちだけでも良かったんだけどな」
「そう言うなよ。正直、俺たちだけじゃ手一杯だったんだ。今でも頭が割れそうだからな……」

彼らが駆け付ける先。そこでは夥しい数のジアブロスィ・サーヴァントに加え、死徒と呼ばれる怪物たちが暴れていた。
それらを次々と切り裂く2つの影があった。両義式と、遠野志貴。直死の魔眼と呼ばれる強力な魔眼を手にした、少年と少女。
それぞれがその手に持つナイフを以て"死の線"をなぞり、次々とサマエルの支配する存在たちを切り裂いて始末していた。
だが2人だけで対応するには数が多く、志貴が死徒に支配されたグールを切り裂いた瞬間を突かれ、背後を取られてしまった。

「ッ!!」
「……ったく、手間をかけさせる────」
「いや待て。……巻き込まれるぞ」

駆け付けたサーヴァントの1人、モニカ・ジャスティライトが助太刀をしようとするが、それを両義式が制止した。
何を────とモニカが叫ぼうとしたその時、志貴の背後の死徒やグールを中心に、無数の敵影が一瞬にして粉みじんとなった。

「…………来てくれたのか、お前」
「勿論。私を殺した責任取ってもらうまで、死んでもらっちゃ困るからね」
「無理だけはするなよ」
「ええ、分かってる」

そう言い放ち、微笑みながら吸血鬼の姫が構えた。
それと背中合わせになる様に志貴がナイフを構えて立ち、ジアブロスィ・サーヴァントや死徒たちを屠り続ける。
他の者たちも同じように武器を手に取り、そしてその全霊を振り絞ってサマエル────世界を混沌とせんとする悪意の尖兵へと立ち向かった。


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────────────電脳世界


「ビバビバ〜!! 良いですねぇこういうの!!
 様々な感情が入り乱れた後に、それぞれの想いを胸に戦いへ! こういうのがあるから黒幕は辞められないんですね〜!」
「五月蠅いですよアンビエントさん? 今はわたしと一緒に電脳空間の調整に集中してください」
「アンビバレンスです!!!!!! BBさん1人で十分でしょこの作業!?」
「わたしには他にやることがあるんですー!」

周囲に無数のモニターが浮かび上がり、ジアブロスィ・サーヴァントらと交戦するマスターやサーヴァントたちを映し出す。
そして彼らを時には援護するために、時には彼らの元へと駆け付けようとする新たな救援を導く為に、少女たちが電脳空間を操作する。
ある一人への恋心で暴走したAI────BB。そして、人の心を見たいがために遍く策略を巡らすAI、アンビバレンス。
だが此度は誰かを陥れるようなことはなく、何かを起こすという事も無く、一貫してサポートとして回っていた。

「わたしが先輩をモノにする前に世界が滅びるなんて、あってはいけませんからね……」
「ビバ? AIなのに誰かに執着するとは変わってますねぇ! 私は特にそういうの無しに、皆さんの色んな感情を見ていたいだけなんですけどねー!」
「の割には神戸で何もできずに泣き叫んでいたように見えますけどねアンビシャスさん」
「しょうがないじゃないですか!! あんなバカみたいな土地があるなんて知らなかったんですもん!!
 まったく新宿で私の造った可愛いエゴたちに出会えなかったらどうなってたか! あとアンビバレンスです!!」

キャンキャンと叫ぶアンビバレンスをよそに、BBはカタカタとホログラムのように出現させたキーボードを叩く。
そうしていくつかのモニターを見ては同じように操作をする。その繰り返しを続けていた。
一心不乱に続けるその行為をアンビバレンスは不思議そうにのぞき込み問うた。

「何をしているんです?」
「そっちはやる事やっててくださいよ!? これは下準備ですよ、下準備」
「下準備……?」
「はい。電脳世界でデータだけの人たちを、身体を持って現界させるための────ね?」

そうBBが笑うと同時に、モニターの向こう側で複数の人影が出現した。
場所は泥濘の新宿。無数に出現したジアブロスィ・サーヴァントに加えて、サマエルの配下に加わった一部の狂月の徒らも暴れまわる中、戦う者たちがいた。
愛輪支や、ギリガン・L・アークライト。様々な運命を背負いながらも、ここまで戦い続けた者たち。彼らに限界が近づいて来たその時、それは出現した。

「ハッ! これが特異点……というものか!
 それにしても、世界蛇に加え隕石に首なしライダーか……その加減の無さ、実に良い!!」
「言ってる場合かよ……。ったく、俺たちだけじゃもう保たないぞこれ!」
『うむ!! ならば、余が華麗に助太刀してやろう!!』

そう声が響くと同時に、彼らの戦場を囲うように薔薇の劇場が展開された。
それは固有結界に似て非なる大魔術。あるローマ皇帝がかつて謡った黄金なる劇場の再現だ。
劇場が展開されると同時に、紅の装いを纏った麗しき剣士とそのマスターが現れた。

「セイバー……あまり目立つなよ。その、恥ずかしい」
「何を言うか奏者よ! このような機会はめったにない! こう言う時にこそ全霊で謡うべきだ!!」
「良いなぁアレは! ねぇ檀那(マスター)! 俺もアレをやりたいぞ!」
「セイバーがそうしたいって言うんなら、良いよ。やろう!」
「いやいやいや。まず出来る出来ないを考えてから決めろ。常識人は俺だけか? ここ」

続くように、複数のマスターたちとそのサーヴァントが表れる。
彼らは皆、本来は電脳世界にて聖杯戦争を戦った身だ。だが、サマエルによる策略によって肉体とのリンクを閉ざされていた。
そもそも肉体が最初から存在しないものもいる。端的に言えば、今この場でサマエルのもとに駆け付ける手段がない。
だがそれをBBらは解消したのだ。思いがそのまま力になる星幽界ならば、彼らの意志がそのまま肉体となる様に。
故に彼らは此処にいる。彼らを覚えていてくれた人がいるから。彼らと共に戦った人々がいるから。

「来てくれたのか……お前たち。もう、会えないものかと……」
「僕たちもそう思っていた。けど、どうもこの世界ではそうでもないみたい。会えると信じれば、いつでも、何度でも再開できる。そう言う世界なんだ」
「さぁ行くぞ檀那(マスター)! まずはあの邪魔なサーヴァントや魔術師達を蹴散らすとしよう!」
「あ、待ってよセイバー!」
「……背中を合わせて戦える奴がいるとは、仲が良いんだな、皆」
「彼らが羨ましいの? それとも、私では一緒に踊るのは不足という認識かしら?」
「────。」

愛輪支が、サーヴァントと共に戦うマスターたちを見て、ふと1人の死徒の姫君の顔を思い浮かべた。
意識せずに口から漏れ出た声に対して、聞き覚えのある声が背中から響いた。そこに立っているのは、彼が夜観市で共に戦った、死徒の姫に他ならない。

「……そう言うわけじゃない。来るのが遅いなと思っていただけだ」
「悪かったわね。遅れて。じゃあ、私と踊るのは嫌かしら?」
「いいや。いつもみたいに、一緒に戦ってくれるか、ミナ」
「勿論」

そう頷くと、死徒の姫、ヴィルヘルミナと愛輪支は戦場へと再び飛び込んでいった。
泥濘の新宿。混沌としている特異点の中でも稀有な程に混沌とした戦場が、今幕を開ける。


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────────────モザイク市『天王寺』


英霊が当たり前に人と共存する世界。そこでも同じようにジアブロスィ・サーヴァントがあふれ出していた。
通常のマスターと異なる存在、サマエルをマスターと誤認し、そしてその魔力で汚染された戦う為だけの存在。
それらが今、モザイク市にて英霊と共にある人々に容赦なく襲い掛かる。だが、そんなもので折れるモザイク市の住人たちではない。
サーヴァントと共に過ごした彼らは、相手が汚染されたサーヴァントであろうとも自らの契約したサーヴァントと協力し、彼らの猛攻を食い止め続けていた。

「卑弥呼さん! 防御のほうをお願いします!
 あのサーヴァントは特徴からして恐らく神霊と思われるのでご注意を!」
「任せてください、亨さん」
「セイバー! 令呪で回復する!」
「サンキューマスター!」

大阪、天王寺。複数の建物が格子状に混ざる歪な光景の中で、複数のサーヴァントとそのマスターが交戦する。
彼らは皆、この大阪に住まうマスターたちだ。大阪で教育者をしながら文化財の保護に尽力する者、都市間対抗擬似聖杯戦争にて日々サーヴァント同士の戦闘を体験していた者。
それぞれがそれぞれ持ち得る知識や経験を活かし、自分たちの生きる街を守ろうと全力で戦う。

「あの子も……ツクシも、戦っとるんやろうか」
「心配するな。きっと帰ってくるはずだ。梅田のほうの少年王もだが、フラッと来るだろう」
『センセイ、退かないと刺さりますよ!!』
『パーシヴァル! 宝具を!』
「承知しました! 『刺し貫く飛翔の聖槍(ロンゴミニアド・オルタナティブ・デコレーション)』!!」

それぞれがそれぞれ、この大阪という地で過ごした中でも印象の深い相手の名を口にし、その顔を思い浮かべる。
片や生徒。片や日々顔を合わせていた敵都市軍の将。彼らが思い出すと同時に、それぞれが聞きなれた声が響いた。
その方向を見やると、そこには確かに彼らが思い出していた、"逃がし屋"と"王器"、そして彼らのサーヴァントが立っていた。
聖槍を受領せし騎士の宝具がジアブロスィ・サーヴァントを一掃する。光が迸る中、彼らは再び再開し互いの息災を確かめ合った。

「アルス。そして……パーシヴァルも来たか!」
「ツクシ……! ……怪我、しとらんか」
「はい。心配かけて、済みません。でも、私はいつでも行けます!」
「ほか。なら、良かった。……そちらは?」
「あ、宇津見エリセ……と申します。よろしくお願いします」
「ああ。貴女が『死神』か。夜警が加わってくれるとは、心強い限りですな。
 ……しかし、貴女が帰属する世界には、この「天王寺」はないと聞きましたが」
「────────ッ」

卑弥呼を連れていたマスター、御幣島亨の言葉に、宇津見エリセは言葉を詰まらせた。
そう。彼女が本来いた世界では、英霊と人間が共存しているという部分までは同じでも、天王寺をはじめとした大阪近辺のモザイク市は存在しない。
いやそもそも、東京よりも西側の都市は、軒並みかつてあった戦争によって壊滅状態にある。それは即ち、彼女のいた世界では目の前にいる全ての人間は存在しない事になる。
そのことにエリセが感じるのは罪悪感か、それとも疑念なのか────。しかし、エリセはそんな感情を振り払い、そして彼ら大阪に住まう人々に向き合い、真摯に告げる。

「確かに……私は本来、このモザイク市を知りません。
 けれど、今私たちはこうして向き合っている。こうして、立ち向かうべき試練に、一緒になって立ち会っている。
 本来住まう世界が違う者同士ですが……協力してもらえますでしょうか?」
「勿論。少なくとも、俺らの生きる世界のために、俺ら自身で動かんわけにはいきませんからな」
「互いに住む世界は違えど、今の私たちは……あのサマエルという存在を倒すために協力し合う関係です。
 共に、戦いましょう」
「……ありがとう……ございます……!」

一瞬溢れかけた涙をぬぐい、そしてエリセは令呪を輝かせる。
そして出現する彼女のサーヴァント、道なき道を往く航海者の英霊、ボイジャー。
同時に駆け付けた少女、影見ツクシもまた自らのサーヴァントを呼び出す。遥かなる道を切り開く開拓者の英霊、ハレー・アルマダ。

「さあ、いきましょう、ボイジャー。ほしのたびびと!」
「うん、いこう。ハレー・アルマダ。ほしのはこぶね!」

2人の英霊が航路を照らし、そして彼らを導いていく。
神の毒が作り出した漆黒の闇を切り開き、彼らを前へと進めるために。
数多のジアブロスィ・サーヴァントなど、もはや彼らにとっては障害にすらならない敵であった。





────────そして、彼らは今再び、全ての始まりとなりし地、冬木に集う。
汚染されし英霊の波濤を超え、偽りに支配された疑念と扇動の壁を超え、全ての元凶たる"神の毒"を穿つために。
"神の毒"のばら撒きし偽りによって分断され、一時は世界からも消滅した彼らは今、再び1つの地へと集結したのだ。

「何故だ……。何故、あれほどのジアブロスィ・サーヴァントを……。
 いやそれ以前に……! どうしてお前たちは……!! 何故立ち上がる……? 何故立ち向かう!?」
「そんなの……決まっている。俺たちには、俺たちの歩む道があるからだ。こんなところで立ち止まってなんかいられない」

士郎の言葉に呼応するように、星幽の宙(そら)に1つの星が煌いた。
そしてそれに連鎖するよう、数え切れないほどの星が天を覆い尽くす。
サマエルが支配しているこの星幽世界に、彼の知らぬ星が今、瞬く────────。

「これ、は────!?」
「現実ではあと数度も使えない技だが、星幽世界での再現体ならば、惜しまず使うとしよう。
 偽証の天使よ、今人智の勝鬨を宣言する。数多の英雄、幾多の魔術師、全ての光をここに導こう。我が魔術を以て!」

星辰をその手に握る魔術師が、"希望よ此処へ在れ"と謳うかのように、天に在りし星を指揮し希望を集結させる。
それら1つ1つの星辰の動きに、同じものはない。それは、ここに集いし全ての英霊とそのマスターたちと同じ。
彼等には皆、1つ1つ進むべき道がある。歩むべき未来がある。そして、かけがえのない出会いがある。

「悪いが、俺たちの過去は消させない。俺たちの繋がりを、断ち切らせはしない」
「嘘偽りで塗り替えられても、繋がりがある限りわたしたちは……この世界は、決して滅びない」

十影典河が、フォインが、多くのマスターたちが前に出る。
そして眼前に立つ、全ての事件の始まりにして混沌の元凶、サマエルをその視線に捉える。

多くの出会い、数え切れないほどの日々。そして別れ。
それら全てを否定し、統一し、己の掌中に握ろうとした"神の毒"を、彼らは決して許さない。
絆、可能性、進化、そして何よりも、それぞれの世界にある多様性。その全てをサマエルは一様に否定しようとしたのだ。
今、その報いと裁きが彼らの手によって下される。

「認めない……。僕は認めないィ!!
 お前たちは全て……この僕に支配されるべきなんだああああああああああ!!」
「そうはさせない!! マシュ!!」
「了解です!! ────それは全ての疵、全ての怨恨を癒す我らが故郷。
 顕現せよっ!! 『いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)』!!」

サマエルはその目を血走らせながら見開き、漆黒に染まった魔力の奔流を前へと出たマスターたちに向かい放つ。
だが、咄嗟の判断でカルデアのマスター、藤丸立香の声に応じたシールダー、マシュ・キリエライトが守護の宝具で遮る。
かつて多くの騎士たちが集い、そして守り抜いた白亜の城。その顕現。大いなる守護の意志が、漆黒の神の毒より彼らを守り抜いた。

「これが、異なる世界の私の宝具……。守護に全てを賭した守りですか」
「直線状に、相手の魔力に相殺させつつ、その中心を穿つ! いくぞセイバー!」
「私たちも行くわよアーチャー! 周囲を囲うように宝具お願い!」
「オッケー。エリカの頼みなら、どんな無茶ぶりだろうと応えて見せるさ!」
「後を託します! ギャラハッドさん! オデュッセウスさん!」

藍色の騎士、ギャラハッドが剣を構え、そして溢れ出る漆黒の魔力の前に立つ。
そしてその構えた剣を輝かせると同時に、その眩き光を以てしてサマエルの黒き魔力と鎬を削るかの如くぶつかり合わせた。
さらに続くように、中性的な容姿の弓使い、オデュッセウスが弓を構え、目にも止まらぬ速さで弓矢を宙へと放つ。
その弓矢は瞬く間にサマエルの周囲を弾幕のように覆い、一瞬のうちに逃げ場を塞いだ。

「『選び取る導きの剣(エクスセレクター)』!!」
「『機織りに捧ぐ一矢(ストラック・フォー・ペネロペ)』!!」
「無駄だ!! たかが英霊2基の宝具を同時に放った程度で隙が生まれる僕じゃない!!」
「なるほど? それは随分と厄介だね」
「ええ。"私たちだけだったら"、の話ですけれどね」

オデュッセウスが肩を竦めるような仕草をし、ギャラハッドはそれに応えるようにほくそ笑む。
その背後では、彼らのマスターである十影典河と黒咲恵梨佳が手の甲に刻まれた紅の文様を輝かせていた。
彼らの口が開き、そして全く同じ言葉が響いて重なり合う。その言葉は、彼等英霊が1人で戦うのではないという証左の言葉であった。

「「令呪を以て命ずる!!」」
「"神の毒"を穿て、セイバー!!」
「"神の毒"を砕きなさい、アーチャー!!」
「承知!」
「了解!」

溢れ出る魔力の奔流。それは先ほどまでの宝具とは比べ物にならないほどの威力であった。
さらに続くように、弓矢による弾幕がサマエルの全身を襲う。その痛みは明星の力を纏った彼であろうとも耐え難い苦痛であった。
圧倒的なまでの攻撃を前に、サマエルは一瞬だけよろけるように攻撃の手が緩む。それが、彼にとっての命とりであった。

「ぐ────ぐあああ!! そんな、馬鹿な……これは……!?」
「これがお前の否定した、人の力だ。人は、繋がり合う事で強くなれるんだ」
「人は確かにそれぞれ違う。けれど、違うからこそ、手を取り合った時に……不可能を可能にできる!」

英霊の力を宿した2人の自然の嬰児。ジークとフォインが同時にその手の甲に輝く令呪を使い、英霊の力を再現する。
彼らはかつては、消えゆくはずの命であった。だがそれでも、生きたいと願い立ち上がった。そしてその願いは、運命を変えた。
消えゆくはずだったが、英霊の力を宿した事で運命を変えた2人は、今再びその力を以てして、大いなる敵を屠るためにその令呪を輝かせる。

「撃ち落とす――───!『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』!!」
「『覚醒せよ、"偉大なる英雄"よ(ズヴェギアティ・ニキーティチ)』──――ッ!!」
「がぁ────っく……!! 何故だぁ……!! 何故……明星の力を得た僕が、こんな奴らに圧倒される……!?
 僕は……プリテンダーだぞ……!! 世界の敵だ!! 役を羽織り、その役の力で世界を滅ぼす大いなる偽りの徒だ!! そんな僕がァ!!!」
「ああ、なるほどそのとおりだね! 今のあなたって最高に世界の敵って感じの無様さだね!!」

苦しみ、藻掻くサマエルに対し、声が響いた。言葉の内容こそ称賛であったが、響きには皮肉が込められている声だった。
青味がかった髪を持つ青年、水無月サクヤの言葉だった。彼もまた、此処にいる全てのマスターたちと同じように英霊を連れている。
彼の隣に立つサーヴァント、グリフレットはサマエルを分析するかのようにその姿を捉え、冷たい視線の後に言葉を放つ。

「前々から思っていたんだがね、その格好に個性がない!
 六枚羽とか黒い服装もまさに堕天使ルシファーと聴いて抱くパブリックイメージそのものじゃないかね!
 それ自体は否定しないがはっきりいってあなたには似合ってない! 格好に中身が見合ってない!
 だいたい、もっとラフに着こなすものだろう!? 真面目すぎる! もっと嘘とか付きなよ、僕みたいに」
「きっと形から入る性格でしょう。サクヤと同じです」
「ヒト風情が……っ! 僕のアルゴリズムを知ったように語るなァ!!」

サクヤとグリフレットの言葉に激昂したサマエルは、その全霊を殺意へと染め上げてサクヤの元へと向かう。
触れれば一瞬のうちに命を刈り取られるほどに、サマエルとサクヤとの実力の差は歴然だ。にも拘らず、サクヤは軽快に笑っている。
両者の距離は徐々に縮まっていく。その距離が一定を切った瞬間に、サクヤの口端は高く吊り上がった。

「あなた、本当に正直者だよ。――――だから僕の嘘を見破れないのだがね」
「これぞ大軍師の究極陣地……、『石兵八陣』!! 破って見せろ、偽りの明星」

瞬間、虚空より出現する影。いや、それはサクヤの敷いたトリックであった。
サクヤの魔術――その本質は霊子の変換である。その応用で姿を隠していた、ロード・エルメロイ2世、
正確にはその肉体に宿りしサーヴァント、諸葛孔明の力が、その宝具を解き放ったのだ。
石兵八陣と呼ばれる陣地がサマエルの周囲を覆い、そしてその動きを幻惑の下に拘束する。
全ては、サマエルという強力な存在を封じるための罠であったのだ。

「しかし……形から入る性格、か。有り得る話だな。
 元々が世界の規律を運行する機構たる天使である以上、その本性は虚言を苦手としていてもおかしくはない」
「やりましたね! さすがはグレート☆ビッグベン☆ロンドンスターのロード・エルメロイ二世殿だ!!」
「誰から聞いたか知らないが、その呼び名は以降永遠に忘れていただきたい……!」

サクヤの観察に、2世が感心して考察を述べた。サクヤは芝居がかった口調で2世に対して称賛し、2世はその呼び名に眉を顰めた。
これで安心か────と思うのもほんの刹那。サマエルは一瞬のうちにその石兵八陣を突破し、即座に彼らに対して牙を剥く。
人間という存在にしてやられたその憤怒の感情と共に。サマエルは魔力を滾らせながら矛先を彼らへと向けた。

「たかが矮小な人間風情がぁ……! その舐めきった口を、後悔させてやる!!」
「────確かに、私だけでは、矮小な人間でしかないのかもしれない。
 だが、私の宝具すらも、次に繋ぐための布石でしかない、としたら……?」
「舞台が変わったね? ならば、第二幕の開演といこう! まずは、僕の美しき剣が舞い降ります!」
「了解しました! マスター!!」

サマエルの攻撃に割り込むように、サクヤの合図を受けてグリフレットが相殺する。
すかさず周囲を囲んでいたエルメロイ2世の師事を受けた生徒たちが、その高い魔術の腕を以てして全力でサマエルの動きを封じる。
石兵八陣という英霊の宝具を破るために魔力を使った、一瞬の隙を突かれたサマエルは、人間の魔術をモロに受けた。それも1人や2人ではなく、数十人を超える魔術師の拘束。
さらに言うならば、いずれは時計塔の中でも有数の手練れの魔術師となるエルメロイ教室生徒たちによる全霊の拘束である。もはやそこに、抜け出す隙は無い。
動きを封じられたサマエルの下へ、1人のフードを被った少女が駆ける。グレイという名を持つその少女は、懐に持つ加護から立方体状の礼装を取り出し武器へと変化させる。

『イッヒヒヒヒヒ! 見知らぬ同級生がいきなり増えて、ビビってんじゃねぇのかグレイ!』
「そんなことありません! 皆さん、とても良くしてくれて……これでお別れなのが、寂しいぐらいに、良い人たちでした」
『良く言った! それじゃあいっちょ叩きつけてやりな! "知らねぇからって殴り合うのは、見識が狭い証拠です"ってなァ!』
「いけグレイ!!」
「思いっきりやっちゃってー!!」
「奴の動きは俺たちが抑えるからな!!」

エルメロイ教室の生徒たち────長く一緒にいる生徒から、かつて一緒だった生徒、さらには別世界の初対面の生徒まで。
その全てが一丸となって協力し、サマエルの動きを止めている。そして同時に、グレイに対して声援を投げかけて背中を押す。
例え異なる世界同士であろうとも、言葉を交わして手を繋ぎ合う。その証左とも言える力が、その宝具には込められていた。

『疑似人格停止。魔力の収集率、規定値を突破。第二段階、限定解除を開始』
「聖槍……抜錨! 『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』!!」
「ギ────ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「やった……! 効いてる。あとは……うっ」
「おっと。ひとまず、彼女を含めて他の皆を安全な場所に運ぶべきだな」
「よくぞやった! 未熟なれど立派なる学び舎の術者たちよ! あとは余らに任せるが良い!」
「俺も行こう! 同じローマ皇帝として! 何よりも、この世界から俺を消そうとしたその心意気が気に入らぬ!」

宝具を放って少しよろめくグレイを、かつて月の聖杯戦争を勝ち抜いた青年、岸波白野が支える。
2人の紅きローマ皇帝、ネロ・クラウディウスとルキウス・ヒベリウスが立つ。彼女ら2人に、それぞれのマスターが続いた。
ネロはその身を中心として黄金の劇場を展開し、ルキウスはその拳を握り締めて魔力を込める。
そして2人の剣/拳が、サマエルへと向かいその霊基に更なるダメージを与えた。

「これで────────」
「────────どうだあああああああああ!!」
「何故だ……!!? 何故そうまでして、お前たちは……!?」
「言ったはずだ。お前のやろうとしている事を否定するためだと。人類は、お前が言うように争い合うだけじゃないと────」
「人類の愚かしさを見ても尚そうほざけるのか!? 他でもないお前が! お前たちが!!」

霊基の一部が崩れながらも、サマエルは叫んだ。
ローマ帝国史上でも名高い暴君、歴史から抹消された皇帝、そして────網霊(サイバーゴースト)と"つみびと"。
彼らはその正しき歴史の1つの可能性において、悪性情報を飲み込んだAIと対峙する。それを槍玉として挙げ、サマエルは叫んだ。

「人類は簡単に悪意に飲み込まれる! それはお前たちが出会ったあの新しき人類悪と同じだ!!
 アレを見ても尚、人類は手を取り合うと言えるというのか!? あんな悪を生み出す人類たちが!」
「言えるさ」

岸波白野は、そんなサマエルの目を真っ直ぐに見ながら、真摯な声を響かせて断言した。

「悪い所もあれば、良い所もある。
 ────────それが、人間というものだからだ」
「よくぞ言った!! 高潔なる声だった!! その声に、俺たち英霊が応えよう!!」
「ふざけないで。まじめにやってセイバー」
「まさか、こんな所にまで来て兄弟の再開を果たすとは……。まぁ、これも何かの縁……なのか?」
「嫌なの? ジョン」
「嫌じゃないが……少し気まずいぐらいだな。
 まぁ、領地を全部失った俺が死後に仲間を得て戦うというのは、なかなか悪くない。ましてやそれが、兄だというのならな」

岸波の返答に対し、一瞬だけその気を取られたサマエルの隙を突き、獅子心王リチャードとその弟ジョンが前へと出た。
咄嗟の判断で避けようとするサマエルだったが、ジョンのマスターたるザイシャ・アンディライリーの使い魔がその退路を塞ぐ。
2人の英霊の剣がサマエルの霊基にダメージを与える。だが致命傷には至らなかった。それでも、リチャードとジョンは不敵に笑う。

「この……程度か……!? いくら連撃を受けた所で、僕の霊核には……!!」
「いや? 別に俺がトドメをさせるだなんて思ってはいない」
「だが、それでも繋ぐ程度の力は出来るんだ」
「ッ!!」

サマエルが気付いた時にはもう遅かった。
振り向くとそこには、2人の人影があった。英霊ではない、ただの人間。両儀式と遠野志貴と呼ばれる少女と少年であった。
特殊な武器を持つわけでもなく、その手に握られるのはどこにでもある通常のナイフ。それでサマエルに向かうのは、通常ならば無謀と言えるだろう。
だが、彼らには非常に特殊な"眼"があった。使い魔で翻弄し、英霊2基を以てその注意を惹きつけたのはこれが目的であったのだ。

「ギィアアアアアアアアア!! アア……! 畜生……畜生!!!」
「なんだ、まだ生きているのか」
「いや、十分効いている。おそらくまだ、足掻く力が残っているだけだ」
「倒れない……!! まだ倒れるわけにはいかない!! 僕は……僕はお前たちを、人類を支配するんだァ……!!!」
「どうして、そこまで……」

手足が崩れ落ちる。サマエルはそれを泥のように漆黒で粘性のある魔力で繋ぎ止め、辛うじて立ち上がる。
その痛ましいまでの姿に、疑問の声を上げたマスターがいた。獅子心王リチャードのマスター、アヤカ・サジョウの声であった。
サマエルはその問いに、肉体の崩壊を魔力で繋ぎ止めながらも声を荒げながら答えた。

「決まっている……。この世界の、支配者に……なる、ためだ……!!
 お前たち人間の本質は悪だ……! 邪悪だ…! 争いだ!! 何度でも言ってやる……お前たちはいずれぶつかり合う!
 いまこうして分かり合えている、だと? それでも、いずれは衝突する!! だから、僕が総て平らにならして支配してやると決めたんだ!!」
「そんなことはさせない。例えどれほど痛ましくても、その決意は間違っている!」
「いずれ衝突する? ならその度に分かり合えばいい。その為に言葉があるのだから!」

そう叫んで前へと出た2人がいた。宇津見エリセと、影見ツクシ。
2人は一度大きな戦争で世界が崩壊し、それでも尚も生き続けるという世界にて生きるマスターたちである。
彼女たちは崩壊した大地にある『モザイク市』において様々な人間たちと出会った。死神と逃がし屋。そのあり方は違えど、多くの人と出会う立場。
故に彼女たちは知っている。人々には様々な考えや信条があると。故に分かり合う事もあればぶつかり合う事もある。そんなことは百も承知。
だからこそ、衝突するたびに分かり合う事こそが重要なのだと説き、そしてその持つ武器でサマエルを屠るべく突撃する。

「言葉など脆弱なものだ! 人間の本質、悪性を覆い隠すにはあまりにも脆い!」
「そうかな? 私たちはこうして手と手を取り合うことが出来た。誰かさんがばら撒いた虚偽によって分断されたその後でもね」
「スバル、お願い。私たちの道を、そして、架け橋を繋いで────!」

ツクシの言葉と共に道が切り開かれ、それに多くのマスターやサーヴァントが続く。
いや、もはや彼らだけではない。サーヴァントを持たぬ魔術師も、人ならざる者たちですら、その崩壊するサマエルを倒すために駆け付ける。
サマエルは彼らを退ける。それでもなお彼らは立ち上がる。何故か? そんな事は簡単だ。ただ、己の生きる世界を守るために。
喪われた世界を、絆を、過去と未来を取り戻す為に、彼らは立ち上がり戦っている。その思いに、もはや人間も英霊も関係はなかった。

「フハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!! この我を陥れた罪は大きいぞ堕天使!!!!!!!!!!!!!!!!
 我とっておきの呪詛でその霊基を雁字搦めにしてくれる!!!!!!!!!! 我ら人間の怒りを思い知れ!!!!!!!!!!」
「あはは、君もうほとんど人間じゃないだろ? ……ま、私も人のこと言えないけど。何にせよ、お互いただ長生きしてるわけじゃないってとこを見せてあげようじゃないか!」
「アイツにムカついてるのが、人間や英霊だけと思わないでくれる? 久々の本気の一撃、くれてやるんだからっ!」

千年を生きし陰陽師たる安倍晴明が、永劫を生きる魔女となったホロシシィ・ウリュエハイムが、真祖の姫君たるアルクェイド・ブリュンスタッドが。
それぞれのもつ力の本気を以てしてサマエルの存在を否定する。その圧倒的なまでの力は、今までの英霊の宝具にも匹敵する連撃であった。
今まで受けた英霊達の宝具に加え、直死の魔眼による分断、そして巨大な力の奔流を受けたサマエルの霊基は、既に限界だった。
だが────────

「お前たちは……お前たちは今後も、こうして切り捨てるのか……!?
 自分たちに不都合な真実を覆い隠し……!! のうのうと生き続けるつもりか!?」
「嘘だろ……!? まだ立ち上がるのかよ!?」
「なんという力……いや、もはやここまでくると、執着か」
「オリジンストーンの俺が言うのもなんだけど、ルシファーの力を持ってるっつーのも伊達じゃねぇな」
「お前たちはこうして……何度も何度も切り捨ててきたんだろうな……。剪定事象と同じように……!!!
 言葉を交わせばわかる? 悪を乗り越えられる? ああ戯言だ。奇麗ごとだ! そうやって奇麗ごとだけ言い続けて不都合な事実を隠すんだ!!
 そうして切り捨てられた側を考えずになぁ…………! そうだろう────────異聞帯の英霊どもぉ!!!」

異聞帯。その名前を聞いた藤丸立香の表情が一瞬強張った。叫ぶサマエルの視線の先には、複数の英霊がいた。
その英霊達の中心にいる女性のサーヴァントは、この場にいる複数の英霊にとって忘れがたい顔であった。
モルガン。アーサー王と円卓の騎士の物語において、象徴的な魔女。サマエルは崩壊しながらもその魔女に対して問い掛ける。

「お前はかつて失われると決まっていた世界を生き永らえさせた……!!
 ならばわかるはずだ! 切り捨てられる怒りが! 嘆きが!! この僕と同じお前なら……!!」
「────────────フン」

どこか蔑むような、されどほんの一瞬だけ、憐れむかのような視線をモルガンは下す。
そうしてそのまま見下すような視線のままに、モルガンは口を開いて告げた。

「貴様と一緒にするな。貴様のそれは、否定されてしかるべき言葉。
 人の悪意を蒐集する概念として作られた故に、その瞳が曇ったという在り方は同情しよう。
 だが、"否定され消えゆくもの"として同類扱いされる事は、我慢ならんな」
「な…………。ならば喪失帯……お前たちだ。お前たちも同じ、泡沫のように消える世界!! お前たちならば────!」
「この魔女と同意見だ。貴様の矮小な言葉と、オレ様の船が翔ける世界を一緒にするなッ!!
 いずれ消える? それがどうした! 消えたとて誇れる輝きを放つ。それこそが人の生よ!!」

ギリガンの呵々大笑を皮切りとするように、喪失帯から来訪した魔術師やサーヴァントたちが攻撃を開始する。
それに続くように、モルガンの周囲にいた3人の騎士────"妖精騎士"と呼ばれた特殊なサーヴァントたちが攻撃を開始した。
彼女たちに続き、モルガンの顔に覚えのある英霊達、即ち『円卓の騎士』が集う。

「私の同じ名を持つレディがいるのは嬉しい限り。
 茶にでもお誘いしたいですが、それはアレを倒してからにしましょう」
「世界は違えど、同じ円卓の騎士。今は手を取り合い、あの堕天使を屠るとしようか」
「僕も行くよセイバー。だって、セイバーのマスターだから」

それぞれの円卓の騎士のマスターも集い、崩れ往くサマエルに最後の引導とばかりに連続攻撃を仕掛ける。
彼らの中には、共に戦いを駆け抜けたマスターを連れる者もいた。白き竜の因子持つ少年が、隣に立つ紫の鎧の騎士に、令呪を輝かせ力を与える。

輝ける剣が、大いなる魔力が、かつてのブリテンを守護した騎士たちの結束が、今世界を悪意へと満たした邪悪を砕く。
そしてサマエルの、幾重にも折り重なった魔力────プリテンダーとして羽織り続けた"役"───否、彼は演じられてはいない───僭称したに過ぎない"王位"がとうとう剥がれ落ち、その霊核が露わとなる。

「ギ────ァァア……!!! やめ、ろ────やめてくれ……っ!!!」
「なんて圧倒的な魔力……これが、堕天使としての本当の……!」
「今です、我が王!! この霊核を砕けるのは、貴方しか!」

その言葉に、円卓の騎士の頂点に立った騎士王、アルトリア・ペンドラゴンが頷く。
手に持つ聖剣を輝かせ、そして頭上へと振り上げ、その大いなる輝きを放つために意識を集中させる。
────────────だが────。

「ぐ────ァァアアア!!」
「どうしました、士郎!?」
「まさか、もう魔力が……!?」

アルトリアのマスター、衛宮士郎が令呪の刻まれた腕をつかんで苦痛に顔を歪めた。
ここに至るまでに幾度となく戦闘を続けてきた彼らは、既に限界であった。だが、それでも、それでも士郎の闘志は無くなってはいない。
もはや宝具を発動するに足る魔力は、彼には残っていなかった。だが体が悲鳴を上げていようと、それでもなおサマエルに食らいつかんとばかりに士郎は睨みつけていた。
それは、彼という人間の象徴だった。どれだけ無理を重ねようと、どれだけ死にそうになろうとも、何処までも必死になって掴み取る。それが、衛宮士郎という男であった。

「(────君は、そんな身体でも、そんな顔が出来るのか)」

そんな男の姿を、ただ見るしか出来ないことに、影宮零史は己の無力さを感じていた。
彼は魔術師ではない。サーヴァントと共に戦った過去があるわけでも、異聞帯や喪失帯などという異常識に関わる存在でもない。
ただ衛宮士郎という男に対してシンパシーを抱き、この一連の事件で共に戦っただけの存在。特別さなど1つもない、名の通り影のような男であった。

だが

それでも


「君は、どうしてそこまで戦うんだ」


それでも彼は、この戦いの中で誰よりも近くで、誰よりも長く────衛宮士郎という男と共にいた。
故に問う。衛宮士郎が戦う理由を。どれだけ傷ついても、どれだけ倒れそうになっても、どれだけ痛みに苦しんでも、決して諦めないその根幹を。
士郎はその問いかけに、血が噴き出す掌を握り締めながら、足掻くサマエルを見据えて言い放つ。

「俺は……正義の味方になると決めたんだ……。
 誰かが苦しむのを見たくない。こんな所で、止まりたくない……!
 それだけだ。だから俺は……絶対に、諦めたくなんかない……!!」
「………………衛宮……」

それは茨の路だ。そんな思考が影宮の脳裏を過ぎる。
だがそれでも、それこそが衛宮士郎という男なのだと影宮は悟った。
せめてこの男の苦しみの一欠片でも背負えたら────せめてこの男の苦痛を、ほんの少しでも和らげる事が出来れば────そう、影宮は切に願った。


その願いは、奇跡を起こす。
人の記憶こそが、繋がりこそが世界を形作る星幽世界だからこそ、その痛ましきまでの切望は、終わる事無き正義への渇望と重なり合い、奇跡となる。
偽証を覆せし人の繋がりが今、魔力の縁となりて士郎と繋がり、彼の傷を癒し、そして堕天使を穿つ希望の先駆けとなる。

「これは……!?」
「今まで士郎が……この戦いの中で繋いだ、記憶の、縁……」
「ありがとう……皆……。もう、痛みも苦痛もない!!」

士郎が、輝きを取り戻した令呪が宿るその手を握る。
そして自らのサーヴァントにして、戦いを共に潜り抜けた仲間、アルトリア・ペンドラゴンに対して、この戦いの終焉を意味する言葉を叫ぶ。

「セイバー!! あの堕天使を……サマエルを、倒してくれ!!!」
「承知しました。士郎」

光が集う。それは全てを、漆黒の闇すらも覆い尽くす眩き閃光。
星の内海で鍛え上げられし、絶対的なる力にして、かの王がその手に握る聖なる剣。
それが今、この世界全てに対して敵意という牙を剥いた堕天使に対して放たれる。

「約束された(エクス)────────ッ!!
 ────────勝利の剣(カリバー)ァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「ぎぃああああああああああああああああああああ!!! どうして………………ッ!!!
 何故、な……ぜ────────!! 僕の、あ、く………………」
「………………」

光が包み込み、偽りなる再現された星幽世界が消えていく。
サマエルの姿が、霊核が、纏いし魔王の力が、星の光に包まれて消滅していく。
その様をただ、影宮は見ているしか出来ずにいた。これで終わる。これで世界は元通りになり、この偽りの世界で起きた出来事は無かったことになる。
ここにいる全ての人たちは、それぞれの世界へと戻り、そして今回あった事は全て忘れて日常に、あるいはそれぞれの戦いへと戻るのだろう。
それは自分も、衛宮士郎もまた変わらない。そう、影宮は想っていた。

「(────本当に、それでいいのか?)」

影宮は思考する。彼はこの戦いの中で、士郎の持つ危うさを見てきた。
最後だってそうだ。奇跡が起きなければ、彼は自分の命をなげうってでも宝具を使う為の魔力を吐き出していただろう。
衛宮士郎という男の持つ歪み。それを今此処で指摘するべきではないか────そんな思いが、影宮の中にはあった。

「(いや、それは違う)」

影宮はそんな己の中に渦巻く思いを振り払う。
今自分が士郎に声をかけるべきは、そのような言葉ではないと。
その彼の中の歪みは、彼自身がこれから先の戦いで気付き、そして相対するべきであると。
ならばと影宮は思考する。自分が彼に言うべき言葉は何か? 自分が彼に対して、できる事は何かと。

「────────衛宮」
「………………何だ? 影宮」
「最後に、1つだけ聞かせてほしい」


「………………君の、人生は────────────────」


その問いかけが、最後まで放たれる時は、永遠に訪れなかった。
彼が何故そのような問いを投げようとしたのか。そして士郎が、その問いにどのような答えを返そうとしたかは定かではない。
全ては偽証────星幽世界にて発生した泡沫の出来事として"なかった事"になった。


この戦いの中で共闘した彼らは、全て例外なく、この一件の記憶を無くし、それぞれの世界へと、帰って行ったのだ。





────2004年、冬木。

1人の学生が、穂群原学園の廊下を歩く。前髪で目の隠れた学生だった。
そんな彼の前を、同じく1人の学生が歩む。赤髪が目立つ学生だった。

そして、2人の学生がすれ違う。
それと同時に、赤髪の学生が消しゴムを落とした。

コロコロ、コロコロと消しゴムが転がり、髪で目の隠れた学生の足元に、コツンと当たった。

「……落ちたぞ」
「ああ、サンキュー。……あれ? どっかで……会った時ある、か?」
「いや……。こうして話すのは、初めてだ。何度かすれ違った事は、あるけど」
「そっか……悪いな、変な事聞いて」

そう言うと、赤髪の学生はまた歩き出した。
髪で目の隠れた学生は、その歩む姿を少しだけ眺め、そして彼と同じように歩みを再開した。


────これが、衛宮士郎と、影宮零史という男の出会い。
これから先、いずれ交わるのか、あるいはもう二度と交わらないのか、それすらもわからない、少年たちの若き日の邂逅。
衛宮という少年は、影宮を知らぬままに聖杯戦争を勝ち抜くだろう。影宮という少年は、そんな彼にシンパシーを抱きながら歩むだろう。
互いに交差するようで、交差しない道のり。それを再び、彼らは歩み出す。


衛宮は、かつての月下の誓いを胸に。
影宮は、衛宮という男の面影を胸に。


2人の少年は、それぞれの荒野を目指す。
その先に何が待つのかは、誰にも分からない。

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