最終更新: nevadakagemiya 2019年05月11日(土) 14:39:51履歴
前回までのあらすじ
大正時代に突如として出現した特異点。
そこに蔓延るは邪悪なりし悪鬼羅刹、鬼に支配されし英霊の骸"鬼霊剣豪"であった。
カルデアはこの事態を重く見て、大正時代へとレイシフト。首謀者たる酒呑童子討伐を掲げる。
しかし大正時代にいたのは、見るも無残に鬼へと堕ちた2人の神秘殺しの姿であった。
カルデアのマスターは以前召喚した丑御前と平行世界の女性の頼光を連れ再度レイシフトする。
レイシフトした先でカルデアのマスターは鬼霊剣豪、足利義輝に襲われるも女性の村正と出会い、討伐。
その後キャスター名曳や蘆屋道満など多くの鬼霊剣豪と戦いながら、日本で知らぬものはいない大剣豪、
柳生十兵衛と出会い、次いで2人の鬼霊剣豪を討伐する。
好調かと思えた矢先、大江山の麓に或る荒野にて佇んで動きを止めていたランサー・マルボルジェ。
かつて藤原保昌と呼ばれていた神秘殺しの骸に突如として異変が発生した。
◆
―――渺(びょう)―――と、風が吹いた
鬼霊剣豪は次々と破れていった。黒幕の正体も掴めた。その風は、追い風と思えた。
────違う────。英雄ならば、否、生命ならば、誰もがこの異変に気付いただろう。
この風は、災厄そのものであると
「ア゛…………アァ゛…………!!」
ゴボリ、ゴボリとどす黒い魔力が、大怨山の麓にある荒野を中心に溢れ、零れ往く。
其処に生命は既に在らず。……だが最小限の草木はあった。まるで、死に往く命に添えられる花束のように
だがそれらが、地上の息吹が、吹かれる毒風によって全て、全てあっけなく滅び去ってゆく。
鈴蘭が枯れ果てていく。彼岸花が腐り墜ちていく。それはまるで、
失われ消えた命を、憐憫することすらも許さないと断ずるように
「ゥ゛……イィ゛…ア゛ァ…………!」
苦しむように、もがくように、その荒野に一人佇んでいたランサー・マルボルジェは己を抑えるように"耐える"。
彼女が此処にいた理由。それは此処ならば、万が一自分が自分でなくなっても、被害は最小限で済むだろうから、だ
その時が今来てしまった。此より幕開くは、更なる地獄。悪鬼羅刹が手を叩く血の喝采の宴に他ならない
「頼……光……」
薄れゆく意識の中で、少女はかつて自分を誅した一人の幼き日の神秘殺しを思い出す。一滴の、血に塗れた涙が零れ落ちる。
嗚呼、あの時のように俺を殺してくれないか 病魔へと堕ちる俺を、いっそのこと無惨に殺してくれないか
その願いは届かない。少女は願い虚しく、その手で誰も守れないままに、少女は少女でなくなる
「ア゛ァ…………! ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!」
悲哀の絶叫が、誰もいない荒野に木霊し
ブツリ、と少女の意識は途切れた
「──────クッ」
「ハハハ…………ッ!!」
少女は、否、"それ"は口端を歪ませながら、一人荒野にて嗤う
「嗚呼……ようやく……ようやく、この時が来た、か!!」
「我が権能の、完全なる解放の時が!!」
ぎょろり、と閉ざされていたその深紅に染まった両の眼が開かれる。
「今度こそ……だ……! 今度こそ、この地上を我らが悲願で埋め尽くす……!
この地上に蔓延る塵共を! 一切合切我が機構によって! 全て滅ぼしてくれる!!」
「我が自我を目覚めさせるお膳立て、感謝しよう酒呑童子よ……お前のその振る舞い、実に滑稽だった!」
藤原保昌"だった"ものが嗤う。
ならば、"それ"は何か? そう問われればその在り方を決める言葉は、唯一つしかあるまい
病魔
有史以前、人類は一つの死の病と対峙し続けてきた。名を天然痘
ある地域ではその脅威に疱瘡神という名をつけ、畏れの下に敬い続けてきた
その開かれた紅の瞳の最奥、そこに潜みしはまさしく人類を最も殺した大災害の化身に他ならない
「一切鏖殺の宿業だと? 片腹痛い!! 実に莫迦々々しい!!
そのような物、既に私は背負っているわ! 我が身そのものが鏖殺の宿業といえよう!!」
「────────だが」
ギリリ……ッ、と"それ"は歯ぎしりを噛みしめる
「あの日、この隠れ蓑たる竜があの男に殺されてから……!!
"この"竜神があやつに肩入れを始めてから…! 我が計画は全てが狂い始めた!」
「いまこそ……復讐の時……待っていろ……! 殺してやる……殺してくれようぞ……!!」
「源頼光っ!!!!」
その"病魔"は疾駆する。源頼光が、否、アヴェンジャー・ゲヘナのいる京の都へと
今、カルデアの者たちが向かう大江山の麓にて、最悪の災害たちが邂逅をしようとしていた。
◆
「しゅ、酒呑童子様ァ!!」
まるで転げ落ちてきたとでも言わんばかりの勢いで、鬼が数体大江山の頂上に走る。
「何事だ、騒々しい」
「こ、荒野にて動きを止めていたバーサーカーの様子が急変……!
未確認霊基、インベーダーとなり、すさまじい速度で京の都へと向かっております!」
「ヒィィィィ…! 恐ろしい恐ろしい……!! 侵略者……病原体! 恐ろしい……!!」
「……………………そうか」
慌てふためく鬼どもを他所に、その鬼たちの首魁たる酒呑童子は、
まるでそれが何事もないかのように、いや……、まるで"全てが想定内であるか"のように落ち着いていた。
「せやけど、保昌は敵に回ったら厄介やで?
いや……もうアレを保昌と呼んでええもんかは分からへんけど」
「そやなぁ、どします? 酒呑童子はん?」
ウォッチャー・三途が目を伏せながら危惧し、
その横でキャスター・ナラカがくすくすと笑う。
「────ふむ、確かに……奴がゲヘナと接触されれば、それは危惧すべきことかもしれない」
ぴちょん、と水の落ちる音が響く。
酒呑童子の持つビーカーに、深紅に染まった酒呑童子の血液の落ちる音だ。
「都へ向かえ三途、ナラカ。
奴の処遇は、対処は、お前たちに任せる」
「「了解」」
そう言うと、二人の鬼霊は大江山より姿を消した。
「…………なんだか……随分と、落ち着かれてますね……酒呑童子様」
「ククク……それでこそ我ら鬼の希望……人理を覆す酒呑童子様ゆえの事ヨ……ヒョッ!」
「落ち着いてはいないさ……。見ろ、私はこんなにも、"高揚している"」
ごぼ、ごぼりと、酒呑童子の持つビーカーの中で鬼の血が激しく沸騰する。
「ひぃぃぃぃ……!」
「ヒョッ! これはこれは……!」
「天然痘、か。我が可能性の欠片とは言えここまでの存在を宿していたとは、心が躍るではないか。
私の目指す……畏れの喰らい合いと自己増殖の坩堝、悪鬼羅刹の楽園に……まさしくアレはちょうどいい。
適度に人類の恐怖を、怖れを、そして疑心暗鬼を増長させてくれるはずだ」
酒呑童子は、その形の良い口端を不気味に歪ませながら笑う。
「悪鬼羅刹の……楽園、ですか……」
「そうだ。……鬼童丸が言った……災害と幻霊の坩堝……泥濘の悪夢。
それを私はこの地上に再現する。惧れを喰らい、統括し、我ら鬼種が……霊長となる。
その計画が……今次の段階に進んだだけの話だ」
ニィィ……と酒呑童子は不気味に笑い、己の沸騰する鬼の血を眺めながら言う。
「待っていろカルデア、お前たちの血で、我らが再誕を祝おうぞ」
◆
ゾンッ、と怖気が全身を突き刺して走り抜けた。
藤丸立華が振り向くと、そこには独りの少女が立っていた。
「離れろカルデアの!!」
十兵衛が刃を鞘より引き抜き臨戦体制を取る。
彼ほどの剣豪ならば、即座にその少女が最悪の災害であることはすぐに分かった。
だがしかし、その佇む少女はニタリと嗤うだけで攻撃は仕掛けてこなかった。
「カルデアの、か」
「────────貴様は…………、なんだ……!?」
息をのみながら十兵衛は"それ"に問う。
その問いを一瞥で返し、少女は天を見ながら言う。
「ああ、我が名は天然痘。お前たち……人類を全滅させるためだけに或る機構だ」
「天然痘…………!?」
その名は、藤丸立華にも聞き覚えがあった
かつて、多くの尊い人命を奪い去った、最悪の災厄と
「だが、生憎と私はお前たちに用はない。一瞥しただけで塵と消えるごみに使う"リソース"など私には存在しない」
「私が殺すべきは、アレだ。アレだけだ。アレを殺せる時を、私は1000年待ちわびたのだ……」
────────刹那、天より"その男"は飛来する。
まるで、何かの箍が外れたかのように、一目散にこちらに向かい、天を駆ける
「────来たか」
ランサー・マルボルジェはニタァ、と
それを待ち望んでいたかのように、口端を釣り上げる。
「待っていたぞ……!!
この日、この時、我が悲願は貴様の首を切り落とすことで実現される……!!」
ふるふると、握り締めた拳を震わせながら天を仰ぐ。
『雄怨雄怨雄怨雄怨雄怨雄怨雄怨々々々々々々々々々々ッッッッ!!!!』
天に絶叫が木霊する。瞬間すら挟まずに、カルデアの者たちとランサー・マルボルジェ、
その両者の間に、爆風とも見間違えるほどの衝撃が巻き起こる。
「源頼光…………ッ!!!」
「阿亞ァ……ッ!」
瘴気の零れ続ける鬼の面を超え、
空より来たりた男は少女の姿をした病魔を見据える
「待ちわびたぞ頼光……!! 貴様に封じられた権能の怨念……、
嗚呼、例え1000年経とうと風化する事はない……!」
「今この場を以てして貴様を屠り去り! そこな木っ端共も酒呑も共に屠り!
我が侵略をここに再開すると誓おう!!」
「────怨々っ…!」
天より飛来したアヴェンジャー・ゲヘナはその天然痘の姿を爛々と輝く眼で睨みつける。
「保……昌………を…゛ッ!!」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!!!!」
かつての神秘殺しが絶叫する。かつての竜神が高らかに嘲笑う。
此より、魔性へと堕ちし二人の神秘滅殺の徒の殺し合いが、幕を開いた。
◆
──────■■■■年前
その夜は、月明かりが優しく照らす、穏やかなる夜であった。
「なぁ、頼光よぉ」
ひゅう、と優しい夜風が吹き、庭に咲く桜の花びらを散らす
「なんだ、保昌」
「もしさ、お前……俺がいなくなったらどうするよ?」
「ふむ……そうだな」
頬を撫でながら、男は天の月を見上げ言う
「お前のいない生活は…もう想像できないな。
出会いこそああであったが、あれからお前に助けられっぱなしだった」
「へぇ……そう、かい。そいつぁ……ああ、よかった」
少し、ほんの少し、悟られないほどに微細に、少女は目を伏せる
そんな少女の掌の上に、男はそっと手を乗せる
「まぁ…そうだな。しかしそれでも、何時か別れの時が来るのだろう」
「もしその時は、こうして手を握って……別れを、惜しむのだろうな」
「んなっ!? ば、馬鹿やろう! いきなりこっぱずかしい事言うんじゃねぇよ!?」
「ははは…… 冗談だ」
スゥ、と男は再び天を見る
「まぁ……お前が俺の手を握ってくれるって時が来たら、そん時ぁお前も一人でやってけんだろうさ」
少女も天を見る。嗚呼、分かっている。人と神秘。二つにいつか、別れの日が来るのだと
──────そして、その別れは決して、人々の記憶に残らない物であると言う事も
「…………約束、しろよ」
「? 何を────」
「別れるときは、その手を握ってやる。約束だ」
「────────ああ」
男は頷く。少女は言葉を口に出したくて堪らなかった。
離れたくない。永劫に共に居たい。お前が化け物に堕ちないように、この手でずっと守り続けたい、と
だが、言えなかった。言う事が許されなかった。だからこうして彼女は、月に誓ったのだ
いつか、源頼光が魔性へと堕ちるようなことがあれば、例え世界の裏側にいようとも駆けつけて、この手で助けると
◆
ズン…………ッ、鈍い音が響いた
ランサー・マルボルジェの無銘の刃が、アヴェンジャー・ゲヘナの腹部へと深々と突き刺さっていた
その様はまさしく怨敵を前にした復讐鬼が如く、深く、深く、柄まで通れと、深い憎悪に支配されている一撃であった
「くっ……ははっ!」
ランサー・マルボルジェが、その口端を釣り上げ嗤う
「ハハハハハハハ!! 殺した…! 殺してやったぞ源頼光!!」
「その首…打ち取ったァ! もはや私を止めるものなどいない…!
貴様の血を以て…我が凱旋を祝おうじゃないかぁ!!」
「───────違…う゛」
ギリィ……、とアヴェンジャー・ゲヘナが己の胸に突き立った刃を握る
「死ぬのは────貴様だァ!! 天然痘ォォォォォォ!!!」
刹那、ブン!と刃が振り下ろされる。
其は紛れもない。最強の神秘殺しの代名詞にて究極の妖殺しの刃
童子切安納
「────ッ!! 貴、様……!! 宿業……を…、
己諸共に……殺、した…と、でも……!?」
天然痘はその手にした刃と共に去ろうとする。だが、無駄だ
頼光は渾身の力を込めて、その天然痘の刃を、天然痘の腕を、全力で固定し続ける
その形相は、もはや鬼よりも鬼らしく、されどその決心、誰よりも人らしく。
その姿は、まさに、"もう決して離さない"とでも言わんばかりが如く……必死な姿であった
「糞……ッ!! 何故だ……! 何故、何故私が……こんな……!!」
天然痘の脳裏に、人の感情がこれほどまでに強い物なのかという思いがよぎる。
宿業すらも振り切り、その魂の深部に淀みし後悔をも振り払い、ただただ、親愛たる戦友(とも)の為に、その友へと己の刃を振るう。
眼の前の英霊は、どれ程の覚悟を以てしてその刃を振るったのか、宙より来たりし殺戮機構である天然痘には、
その真相が、どれ程計算しても、最後までついぞ理解することが出来なかった
ただただ、その脳裏の全てを、"死"という結果への恐怖だけで染め上げていた。
「こんな無様な……死に方をぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!!!!」
斬ッ!!!!
童子切が、"宿業"を両断する
ランサー・マルボルジェに宿りし……否、天然痘というインヴェーダを形作っていた、
その存在を…病魔を英霊たらしめていた、『一切鏖殺』の宿業そのものを断ち切り、
目の前の英霊を、唯一人の疱瘡神へと戻す
「頼…………光……」
疱瘡神は、藤原保昌はその目の前に血みどろに立つかつての戦友を見て、
しばし呆然とした後に、しがみつくように食い掛かった
「なん…………で……っ! なんで……ここまで来やがった……! お前……!!」
ほろほろと、保昌のその目から涙が溢れ続ける。
先までのような、紅に染まっていない、透明な悲しみの涙が
「酒呑童子なんざ……俺一人でやれたのに……!
宿業に呑まれた俺なんざ……放っておいて……よかった…のに……!!」
「─────────。」
頼光は、涙を流し続けるかつての戦友にして師の手に、そっと掌を重ねる
「あの日の約束を────果たしに来た」
それはかつての月下の誓い それはかつての後悔の残滓
『もう二度と、救えるものの手を離さない』それが、彼が化け物殺しとなった第一の理由であった
たとえどれ程の化け物を殺そうとも、たとえどれ程の月日が経とうとも、決して忘れる事はなかった後悔と決意
その一つの信念が、今、何よりも大切であったかけがえのない友を、宿業から解き放ったのだ
「お前…………」
腹部から、夥しい出血を続けながらも笑う頼光を見て、保昌はその涙をぬぐう
「──────約束する……」
「絶対に、奴は殺す。鬼が蔓延り人を害成す世界なんざ……許しちゃおけねぇ」
「────────────ああ。」
頼光は、保昌の手をグッと握り締め
「保昌、お前に託す。」
「どうか、人と神秘が共存できる時代を……、
そしてそれに害成す、あの鬼の討伐を」
「頼んだぞ────────────」
そう言い残し、頼光はニコリと微笑んで、そのまま魔力の粒子へとなって、霧散していった
◆ ◇ ◆
(選択肢によっての、頼光生存で保昌死亡ルート)
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」
吼え猛るかつての神秘殺しの刃を、嘲りながら天然痘は躱す。
「目障りだ……っ!! その虫の息もいい加減に聞き飽きたァ!!!」
ギィン!! と天然痘の刃が振り上げられる。
アヴェンジャー・ゲヘナはその動きに対応できず、死角にその刃が潜り込むことを許してしまう。
そう、既にアヴェンジャー・ゲヘナは、繰り返された交戦によって既に虫の息であったのだ。
「終わりだ!! 此れにて神秘殺しなどともてはやされた貴様の演舞に幕を引こうではないかぁ!」
「死ねェ!!源頼み──────ッ!!???」
ドグンッ、と鼓動が響いた
それは、疱瘡神の最後の抵抗。その手で、戦友(とも)を殺させるものかという、言葉。
時間にして、コンマ以下の数瞬、されど永劫に等しき程の時間。
確かに、天然痘の動きは────文字通り"静止"した
「こい……つ……ッッ!!? おのれ……おのれ!! またしても! またしても我が野望を阻むかァ!!」
「疱瘡神……!! 否……ッ! 藤原保昌ァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
ザシュゥッ!!
少女の細い肢体が切り裂かれる音が響いた。
少女の胴体が、斜め一文字に切り裂かれる音が木霊した
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛…………ッ!」
その刃を振り下ろしたアヴェンジャー・ゲヘナは、
ただただその刃に瘴気を漂わせながら、己の切り裂いた疱瘡神を見る。
その疱瘡神は、がくがくと脚を震わせ、そして片膝を突き倒れるすんでで己の身体を支える。
「ハァー…………、ハァー…………、」
カフッ、と疱瘡神は……否、藤原保昌へと"解放され"た少女は、
その今にも途切れそうな呼吸を続ける。そして────
「嗚呼──────畜生……これで、終いかよ……」
そして少女は、無銘の刃を杖代わりにつき、
引き裂かれた霊基から血を流し続け、────"笑っていた"。
「まったく……ああ、まったくもって……俺にお似合いの末路じゃあねぇか……」
それは、自嘲であった。己への偽りない、嘲りの感情そのものであった。
頼光の隣に立ちたいと願った自分が、頼光を救えず、何も成せず、終いには鬼霊へと堕ちて化け物となった。
これを滑稽と言わずして何というか 保昌は自嘲する。ああこの全身に走る痛みは、友を救えなかった自分への、罰なのだと
其の目から、深紅の涙を流して保昌は己の後悔を脳裏に浮かべる。────その時であった。
「──────────────せ」
霊基は崩れ、霊核は崩壊し、自我も蒸発し消え失せようという、その刹那に声が、聞こえる
「コ、ろ…………せ────────保…………昌……!」
それは、目の前の頼光自身の声であった。保昌は、思考よりも先に────、体が動いた
全身に痛みが加速する。だが保昌は止まらない。その"殺せ"という言葉の真意も、分からない
ただ保昌は、その言葉が他でもない──頼光自身の心の奥底よりでた言葉であると、瞬時に理解できた。
「あぁぁぁああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!!!」
保昌は目一杯に叫ぶ。心の底から、
喉の奥底から、霊基の最奥から魔力を振り絞り、彼女は宝具を発動する。
雷撃が飛び狂う。それはかつて、彼女が神秘殺しとして在った過去。
疱瘡神ではなく、彼女が頼光という男の横で、人として生きた記憶。
「宵鶏鳴・禍祓竜咆(よいなきどりのはらえ)!!!」
文字通り電光石火と言える激痛が、つま先から心の臓腑に至るまで、彼女のとっくのとうに崩壊した霊基を蝕み壊す。
されど少女は止めない。崩壊しかけた霊基であろうと、彼女は宝具を発動し続け、頼光の内に巣食う魔を祓う
『────お前が化け物に堕ちないように、この手でずっと守り続けたい』
これは、頼光のそばに寄り添ったときの、最初に抱いた"決意"
あの日の約束を、今果たす時。そう彼女は信じ、頼光の魔を祓う
例え自分が死のうとも。例え自分が苦しもうとも。目の前の男だけは、何があっても人として守り抜く。
そう誓い続けた。そう自分に言い続けたがために、ここまで彼女は人として生きてこれたのだ。
だからもう、自分の命なんてどうなっても良い。そう考え続け、彼女は己の魔力を全て使い、
宝具を発動し続けた。
────宝具の発動が終わる。無限とも思えた雷撃がやむ
そこには、鬼としての異形は消え失せ、地面に倒れ伏す頼光の姿があった。
───────────────────そして
「────なぁ……カルデアの……」
ふらり、ふらりと、藤原保昌がカルデアのマスターたちの下に歩み寄る。
その姿は、誰がどう見ても瀕死の重傷であった。衣服は焦げ付き、胴と四肢は切り裂かれ、
もはや動くことが出来る事も不思議な状態であった。
「保昌さん! なんで……! なんであんな無茶を!!」
「いいんだよ……俺なんか…… それより、さぁ……。
俺の頼み……聞いちゃ、くれねぇかな……? ……敵に回ってて……何様かって……思うかも、しんねぇけど……」
傷口から魔力が光の粒子となって漏れ出ていく。
もはやその霊基は、向こうの景色が透けて見えるほどに弱まっていた。
「……俺たちにできる事なら……なんだって…………!」
「…………あいつぁ……頼光は、さぁ……、不器用……だか、ら……」
後ろ手に保昌は指を差し、彼女の背後にいる男を指し示し一言。
「頼光を……守って……やって…………くれ……」
伝えた。自分はもう消える。だから、後に残るものにこの言葉を残すことが出来た。
これで良い。これでいいんだ。自分は所詮存在を許されぬ神秘。あとは消滅を待つのみだけ
──────そう保昌が考えていた、その時であった
「保…………昌…………」
声が聞こえた。保昌の背後に、
ゆらりと立ち上がる一人の神秘殺しの影があった。
その声に、ハッと保昌は振り向く。
「頼……光……? 頼光……なの……か……?」
「保……昌……、俺を……解放、して……くれて……礼を、言う……」
今までのような、鬼霊により憎悪のみに支配されていた偽物じゃない。
文字通り、正真正銘の頼光自身。嗚呼、自分は彼を取り戻せた。彼を守れたのだと、少女は心から安堵した。
「だが……何故…………ここ、ま、で…………。
鬼に堕ちた俺など…………、放って……おけば……」
「……んなもん……決まってんだろう……!」
よろり、とおぼつかぬ足取りで少女は頼光の下へ向かう。
いつ消えてもおかしくない魔力の中、現界を続けながら。
「お前が心配だからに……決まってんだろうが……!
一人じゃ何にも……できやしない……癖に……!!」
ほろり、ほろりと、保昌の涙が零れ落ち、頬を伝い地面に垂れてゆく。
そしてそのまま、歩みを止めて地面に倒れ伏しそうになる。
「────────迷惑を、かけた……」
ふらり……と、倒れそうになる保昌を、
頼光は抱きかかえるように支える
「本当に、今まで……ありがとう……。
わが師、我が同胞、……そして、わが友、藤原保昌…………!」
「俺は……今度こそ……今度こそ奴を、酒呑童子をこの手で殺すと誓う……!」
つつぅ……、と頼光の頬にもまた、涙が伝う。
その涙は血よりも熱く、そして何よりも濃い、二人の信頼の情が宿っていた
「……………ああ、そりゃあ……良い……」
「俺なんかいなくっても……お前はもう、立派な神秘殺しだもんなぁ……」
ぽん、ぽん、と、少女は頼光の背中を優しくたたく
「お前みたいな、優しい男に看取られて、消えることが出来るなんざぁ────」
「────俺ぁ……幸せな神秘の徒だぁ」
スゥ、と
まるで、そこに最初からいなかったかのように、そこにいることが、間違いだったと言うかのように、
少女の姿は、藤原保昌の霊基は、まるで泡沫の如くその場から姿を消した
「──────────往こう」
「邪悪なりし神秘と、悪鬼羅刹なりし魔性との、訣別の為に」
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