最終更新:ID:lu9oychG9g 2019年05月10日(金) 03:03:16履歴
───大きな戦争があった。
戦争が終って、世界は平和になって、多くの人々が"聖杯"を持ち、運命が示すサーヴァントを召喚した。
私、螺良イチカも例外ではなく───
サーヴァントとは人間の歴史に積み上げられた結果生まれた超常存在であり、例えば剣一つで現代にまで伝えられる武勇を成し遂げた勇者や、今までは髪の奇跡だと信じられていた現象を自身の持ちうる智慧によって常識へと塗り替えた開拓者、人ならざる存在でありながら想いや信仰によって人の姿として顕現する艦船のように、人の数だけ、想いの数だけ、サーヴァントはいるんだと思う。もしかしたら、同一の伝説の同一の人物なのに性別や見た目が大きく違う人だっているのかもしれない。
私、螺良イチカの運命は───。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ねえ、母さん」
「なあに、イチカ?」
ベッドの上で、骨ばった腕と頬がこけた女性が少女の質問に応えようとしている。その瞳は焦点が合わず、髪は白く、生きる気力が感じられない。
「母さんは、なんで聖杯を持たなかったの?」
「それはね、ずっとイチカの父さんの所に行けなくなってしまうからよ」
少女はベッドのシーツを掴み、泣きそうな声で優しく声をかけた。
「母さんは、私と一緒にいたくないの?」
「ううん。そんなことはないわ───けれど、きっと私がいると、イチカはもしかしらずっと私と一緒のままだからこれはきっと良い機会なのよ」
「わからないよ……」
涙ぐむ少女の頭を、優しく手で撫ぜながら女は言葉を紡ぐ。きっと最後のやり取りになるだろうから、せめて言い残すことが無いように。
「イチカ、今までありがとう。それに、ごめんねえ。私のわがままに付き合ってもらって」
少女は言葉を発さず、ただ母の胸で言葉を聴くのみ。だから、母は遺言の続きを告げた。
「イチカ、これからは貴女のしたいことをしなさい。見たいものを見て、聴きたいことを聴いて、貴女の運命と一緒に、貴女の為すべきことをしなさい」
「何時か来る終わりが来てくれないとしても、めいいっぱい楽しみなさい。それがお母さんからのお願い。」
「どうか、私みたいに一人しか来てくれない最期にならないでね───?」
少女を撫ぜる手から次第に力と暖かさは失われ、頭から離れて数分した後に、少女は母だったものから顔を放した。その瞳に、涙はなく───
「勝手なことを、言わないでよ。私は私がそうしたいと思ったから母さんの傍にいたのに───来年でも、再来年でもいいから、一緒に行きたい場所だってあったのに───」
母から背を向け、病院の階段を降り、手続きに必要な書類にサインを書いた後に、看護師に頭を下げイチカは病院から外に出る。
夜風は冷たく、雲の濃さは月明りを通さず───旧人類史の名残の施設である病院もいずれ患者となりうる存在を無くすことによって全滅するのかな、そう思いながら母がいた場所からイチカは足を遠ざけた。
「行こう」
「んもう」
……場の雰囲気にそぐわない、牛の嘶きと共に。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
誰も、彼もが自らの運命に出会っていく。私、螺良イチカだって例外にはならず、普通に運命に出会った。訂正、見た目が普通ではない。分からないことも普通ではないという意味ならば、クラスもだし、当然の流れとして真名も理解していない。
四足歩行。偶蹄目。「もう」「んもう」「もーもー」と鳴いて角を持ち、草を食む───単刀直入に言えば、毛が白いということを除けば一般的に想像されるだろう牡牛の見た目をしたサーヴァント───それが私の運命であり、幼少期に召喚して驚く私を尻目にマイペースに引っ付いてきたよくわからない存在だ。
人間の姿から外れたサーヴァントは意外と珍しいものではないらしいし、そんなサーヴァントだって当然その種族の持つ力を大きく超えていたり、あるいは伝承上の怪物と殆ど相違のない力を発揮することが普通だ。なのに、私のサーヴァントは───
毛皮は白い。うん。サーヴァントなんだし普通の牡牛と違うところはあって当然だよね。むしろこれ以外にも違うところが欲しいぐらいに他が牛並みだね?
他の部分は鳴き声は牛。姿が牛。食性も牛。なんならたぶん魔力の消費もただの牛がそこらへんにいるのと殆ど変わらない。要するに殆どない。力も牛並み(この部分だけは作家サーヴァントとかが来た他の人たちよりも運が良い点かもしれない!)知性もたぶん牛並みの───霊体になれる以外は牛と変わらない、そこらへんにいた牛のオバケがサーヴァントと言い張って(鳴き張って?)サーヴァントとして召喚されたかもしれない存在。それが私のサーヴァントだ。悔しいことにうなじに令呪も出ているから言い逃れは出来ない。手の甲に出ていないから安心したらこれだよ。
これでも幼少期は仮にも自分の運命とも言えるサーヴァントなのだからと、どのような真名なのか、あるいはそれらしき存在(牛なのだから当然だけれども何も教えてくれない!)はいないのかと、調べ物をしたことはあるが───
例えば、私は日本に住んでいるのだから旧人類史で言えば山口県の萩市に伝わる伝説である萩の白牛その人(牛)なのでは…?と思った日もあったが残念ながら力は牛同士で比べたことはないし、たぶんこれからも理解することはないと思うけれども、ただの牛並みで、常牛の三倍以上の力なんてとんと感じられそうもなかった。
それじゃあギリシャの怪物、ミノタウロスの事実上の父ともいえるあの白い牛───まさかのインドの破壊神であるシヴァの白い牛───?などと調べ物をした結果、ほんの少しだけ伝説の事に詳しくなって友達と英霊伝承トークが出来るようになったという成果以外はとんと効果を発揮しない徒労になってしまった。
兎にも角にも私に召喚された、恐らく後にも先にも私にしか召喚されないだろう英霊かどうかすら怪しい謎の生物(なまもの)だけが、父は戦死し母は先ほど亡くなった私が持つ数少ない幼少期からの家族だ。こんなよくわからない存在でも長くいると愛着は湧くみたいで、今から行う私のしたいこと、私の為すべきことをするのだって、本当ならばこんなよくわからない存在を一緒にする必要性なんてどこにもないのかもしれないけれども、恐らくあっちに行けと言おうが言うまいがマイペースに付いてくるであろうことを考えてそのまま連れ歩くことにした。
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戦争が終って、世界は平和になって、多くの人々が"聖杯"を持ち、運命が示すサーヴァントを召喚した。
私、螺良イチカも例外ではなく───
サーヴァントとは人間の歴史に積み上げられた結果生まれた超常存在であり、例えば剣一つで現代にまで伝えられる武勇を成し遂げた勇者や、今までは髪の奇跡だと信じられていた現象を自身の持ちうる智慧によって常識へと塗り替えた開拓者、人ならざる存在でありながら想いや信仰によって人の姿として顕現する艦船のように、人の数だけ、想いの数だけ、サーヴァントはいるんだと思う。もしかしたら、同一の伝説の同一の人物なのに性別や見た目が大きく違う人だっているのかもしれない。
私、螺良イチカの運命は───。
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「ねえ、母さん」
「なあに、イチカ?」
ベッドの上で、骨ばった腕と頬がこけた女性が少女の質問に応えようとしている。その瞳は焦点が合わず、髪は白く、生きる気力が感じられない。
「母さんは、なんで聖杯を持たなかったの?」
「それはね、ずっとイチカの父さんの所に行けなくなってしまうからよ」
少女はベッドのシーツを掴み、泣きそうな声で優しく声をかけた。
「母さんは、私と一緒にいたくないの?」
「ううん。そんなことはないわ───けれど、きっと私がいると、イチカはもしかしらずっと私と一緒のままだからこれはきっと良い機会なのよ」
「わからないよ……」
涙ぐむ少女の頭を、優しく手で撫ぜながら女は言葉を紡ぐ。きっと最後のやり取りになるだろうから、せめて言い残すことが無いように。
「イチカ、今までありがとう。それに、ごめんねえ。私のわがままに付き合ってもらって」
少女は言葉を発さず、ただ母の胸で言葉を聴くのみ。だから、母は遺言の続きを告げた。
「イチカ、これからは貴女のしたいことをしなさい。見たいものを見て、聴きたいことを聴いて、貴女の運命と一緒に、貴女の為すべきことをしなさい」
「何時か来る終わりが来てくれないとしても、めいいっぱい楽しみなさい。それがお母さんからのお願い。」
「どうか、私みたいに一人しか来てくれない最期にならないでね───?」
少女を撫ぜる手から次第に力と暖かさは失われ、頭から離れて数分した後に、少女は母だったものから顔を放した。その瞳に、涙はなく───
「勝手なことを、言わないでよ。私は私がそうしたいと思ったから母さんの傍にいたのに───来年でも、再来年でもいいから、一緒に行きたい場所だってあったのに───」
母から背を向け、病院の階段を降り、手続きに必要な書類にサインを書いた後に、看護師に頭を下げイチカは病院から外に出る。
夜風は冷たく、雲の濃さは月明りを通さず───旧人類史の名残の施設である病院もいずれ患者となりうる存在を無くすことによって全滅するのかな、そう思いながら母がいた場所からイチカは足を遠ざけた。
「行こう」
「んもう」
……場の雰囲気にそぐわない、牛の嘶きと共に。
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誰も、彼もが自らの運命に出会っていく。私、螺良イチカだって例外にはならず、普通に運命に出会った。訂正、見た目が普通ではない。分からないことも普通ではないという意味ならば、クラスもだし、当然の流れとして真名も理解していない。
四足歩行。偶蹄目。「もう」「んもう」「もーもー」と鳴いて角を持ち、草を食む───単刀直入に言えば、毛が白いということを除けば一般的に想像されるだろう牡牛の見た目をしたサーヴァント───それが私の運命であり、幼少期に召喚して驚く私を尻目にマイペースに引っ付いてきたよくわからない存在だ。
人間の姿から外れたサーヴァントは意外と珍しいものではないらしいし、そんなサーヴァントだって当然その種族の持つ力を大きく超えていたり、あるいは伝承上の怪物と殆ど相違のない力を発揮することが普通だ。なのに、私のサーヴァントは───
毛皮は白い。うん。サーヴァントなんだし普通の牡牛と違うところはあって当然だよね。むしろこれ以外にも違うところが欲しいぐらいに他が牛並みだね?
他の部分は鳴き声は牛。姿が牛。食性も牛。なんならたぶん魔力の消費もただの牛がそこらへんにいるのと殆ど変わらない。要するに殆どない。力も牛並み(この部分だけは作家サーヴァントとかが来た他の人たちよりも運が良い点かもしれない!)知性もたぶん牛並みの───霊体になれる以外は牛と変わらない、そこらへんにいた牛のオバケがサーヴァントと言い張って(鳴き張って?)サーヴァントとして召喚されたかもしれない存在。それが私のサーヴァントだ。悔しいことにうなじに令呪も出ているから言い逃れは出来ない。手の甲に出ていないから安心したらこれだよ。
これでも幼少期は仮にも自分の運命とも言えるサーヴァントなのだからと、どのような真名なのか、あるいはそれらしき存在(牛なのだから当然だけれども何も教えてくれない!)はいないのかと、調べ物をしたことはあるが───
例えば、私は日本に住んでいるのだから旧人類史で言えば山口県の萩市に伝わる伝説である萩の白牛その人(牛)なのでは…?と思った日もあったが残念ながら力は牛同士で比べたことはないし、たぶんこれからも理解することはないと思うけれども、ただの牛並みで、常牛の三倍以上の力なんてとんと感じられそうもなかった。
それじゃあギリシャの怪物、ミノタウロスの事実上の父ともいえるあの白い牛───まさかのインドの破壊神であるシヴァの白い牛───?などと調べ物をした結果、ほんの少しだけ伝説の事に詳しくなって友達と英霊伝承トークが出来るようになったという成果以外はとんと効果を発揮しない徒労になってしまった。
兎にも角にも私に召喚された、恐らく後にも先にも私にしか召喚されないだろう英霊かどうかすら怪しい謎の生物(なまもの)だけが、父は戦死し母は先ほど亡くなった私が持つ数少ない幼少期からの家族だ。こんなよくわからない存在でも長くいると愛着は湧くみたいで、今から行う私のしたいこと、私の為すべきことをするのだって、本当ならばこんなよくわからない存在を一緒にする必要性なんてどこにもないのかもしれないけれども、恐らくあっちに行けと言おうが言うまいがマイペースに付いてくるであろうことを考えてそのまま連れ歩くことにした。
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