最終更新:ID:0w04DE7P3w 2017年08月05日(土) 06:27:53履歴
夏。
『春の次の季節。立夏から立秋の前日まで。わが国では俗に六・七・八の三か月。陰暦では四・五・六の三か月。日中が長く、暑い。』
そういった形骸的な知識はあったけれど、実際に体験してみるとなかなかどうして言葉にしがたいような感覚があるものだなぁ、と、夏の祭典とやらに参加してみて実感した。
「…暑いねぇ」
初めて見る「現実の海」は、想像していたほど爽やかなものではなかったけれど。
同時に、想像より遥かに輝きに満ちたものだった。
「…さて」
とは言うものの、先程まで見物していた水鉄砲大会──という名の身内内での乱闘に見えたが──は、どうにも見ているうちに謎の頭痛に襲われてしまった。
…特に、あの紫髪の女性を見ていると……何かが……。
…いや、これは厭な予感がする。やめておこう。
「…次は…どうしようかな」
初めてな事だらけと言うのも楽しいけれど、何をすればいいのかも分からないのはちょっと困る。
いつもならば空虚のままに流されるところなんだろうけれども、今の僕にはこの機会を楽しみたいという目的があるのだ。
「…ん」
そんな事を考えながら海沿いの道を歩いていると、行く先に『海の家』という看板が見えた。
「…へぇ」
折角だし食事をしてみるというのもいいかもしれない。
出来ない訳ではないし、思えば現実での食事というのも未体験だ。
…ということで、少しだけ足早に、海の家への歩を進めてみた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「「あっ」」
…ンビバレンスさん…だと……。
「見つけましたよノワルナさん!!!エンジョイするのは勝手ですがあなたには重要な役割があってですね!!!!」
うわぁうるさいなぁこの店主(?)。
「えぇ…だって僕も海来たかったし…」
「その気持ちはアンビバるほどに分かりますけどそれとこれとは話が別です!!!!さぁ戻りますよ!!!というかあなただけ戻りなさい!11!!」
「えー…」
まさか海の家が死亡フラグとはこのノワルナの目をもってしても…
「んー…あれぇ?もしかして…」
……おや、この間延びしきった熱核弾頭のような声は…。
「あ、やっぱりそうだぁ!久しぶりノワルナくぅーん!!!」
…背後からの声に振り向いた瞬間、猛烈な勢いのハグを食らう。
「…ラ、ライラヤレアハ…!?」
「んもー、ライラって呼んでって言ってるよねぇ?…まぁいいや!ノワルナくんも海来てたんだねぇ!」
「あぁ、まぁ、うん…。今帰らされそうになってるけど…」
…最悪、とまでは言わないが、随分ととんでもないものに出会ってしまった。
いや、でもこれは…チャンス?
「えー?折角だしもっと楽しもうよぉ!私もノワルナくんといっしょにいろいろしたいよぉ!?」
「もーー!!!印象ごと持って行かないでください私はアンビバレンスです!!!ノワルナさんにはちゃんとお仕事があるんですから帰っていただかないと「プチシェキナーッ!」げぼふぁ!!」
「アンビバさん!?」
「名前を間違えられないのって…逆に…寂しいですね…ぐふっ」スゥー…
「よぉーし!邪魔者もいなくなったし、一緒に行こっ、ノワルナくん!」
「あ、うん…」
…どうやら、救出のチャンス、どころか確定事項だったようだ。
まぁなにはともあれ、夏を楽しむ猶予はできたと考えるべきだし…それに、こういう機会ならライラに付き合ってみるのも面白いかもしれない。
…アン何とかさんには後で謝っておかないとなぁ。
「あ、ライラ、ところで他に海の家知らない?元はと言えば何か食べようと思ってて」
「それなら、あっちの方に別のがあるみたいだよぉ!レッツゴー!」
「おー」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「…すごい」
「…すごいねぇ」
もう一つの海の家、に辿り着いたはいいものの。
ちょっと…客足が多いとかいうレベルじゃない気がする。うん。
データ内で垣間見たビック何とかの夏の祭典…とやらに匹敵するような…うん。とにかくすごい。
「…どうするぅ?」
…だが、寧ろここまで混んでるのに問題が起きていないとなると、相当の腕の経営者がいると見る。
「ノワルナくん…?」
一応はこれでも月の運営側だった訳だし、張り合うつもりはないけれど…それでも、学べることはあるだろう。
「おーぅい?」
ならこれを夏の思い出としても、経営の参考としても記録すれば一石二鳥になる…かもしれない。
「…行ってみようか」
「あ、行くのぉ?待って待ってー!」
…そういえば、こういう時にこういう扱いをしても怒らないあたりはライラのいいとこr……
…僕は今、何を。
コレに絆されるとどうなるか、もう忘れたのだろうか?
「はい次の方。何名様ですか?」
「二名様でぇす!」
「…ふふっ。あちらの席へどうぞ。」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「(…幼児を見るような優しい目だったなぁ、今の…)」
「ノワルナくーん!はやくはやくー!」
「あぁ、うん」
さて、後は何を食べるか、だけど…。
「…想像していたメニューと大分違うね、これ…」
「そうなの?私も海の家初めてだからわからないよぉ」
「いや、うん。僕も情報だけは知ってたんだけど…」
そう。僕のイメージ…というか故アン以下略さんから聞いた話によると、
『海の家といえば微妙なラーメン!レトルトのカレー!!割高なかき氷!!!たまーに当たりのうどん!!!!これこそが理想の海の家なのですよノワルナさん!!11!!こんなアンビバみの欠片もないような微妙の権化が!!11!!1!!……なので、この聖杯戦争に海の家は作りません。微妙なもの食ったときの感情って見てる側も微妙な気持ちになるので。はい』
…なんて感じのはずだったんだけど…ここのメニューはざっと見る限り、なんというか格が違うというか。
寧ろメニュー内容が海の家っぽいことの方が違和感を醸し出すような、どちらかというと海の家風高級料亭、というか…。
「んーと、じゃあ私はこのギリシャ風シーフードカレーにするよぉ。ノワルナ君はぁ?」
「あ、うん。……じゃあ、山と海の幸の鉄板焼き…で」
「あぁ、なんか、それっぽいねぇ」
「うん。(…「山」も入ってるのが、ちょっと気になる)」
「じゃあ…あ、すみませーん!注文おねがいしまぁーすっ!」
「…あ、はーい!」
「ライラ、ボタンある…遅かったか」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(食事シーン書けない病)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「じゃあ…」
「うん」
「「ごちそうさまでした(!)」」
…うん、文句無しにおいしかった。
僕には多少ボリュームが多かったけど、逆に値段から見ると破格のコストパフォーマンス、だと思う。
隣のライラも終始上機嫌だったし、実際に一口貰った(貰わされた)カレーも素晴らしい出来だった…と思う。
…実際、お互いに味の経験があまりないのでアテにならないかもしれないけど。
「あ、お金は私が払うねぇ」
「え、いいよ別に」
「………え……?」
「わかった、ごめん。お言葉に甘えるとするよ」
「えへへっ」
「ぁ……っ」
それと、もう一つ分かったことがある。
…まっとうな欲望を得た状態だと、ライラの姿は非常に目に毒だ。
いや、まっとうな欲望というかどう考えても
「おいしかったよぉー♪ありがとぉ♪」
「それはそれは。…では、ご来店ありがとうございました。」
「うん!じゃーぁねぇー!」
………。
「……さぁ、次はどこいくっ?どこいくっ?」
「食べてすぐだから、激しい運動は控えたいかな……いや、食べてなくても控えたいけど」
「んー…じゃあ、とりあえず海際まで行って、軽く身体動かそっかぁ?そうすれば、多少はこなれるはずだよぉ」
「ん、分かった」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
熱い砂浜をひぃひぃ言いながら海際までたどり着くと、ライラが足早に海へと駆け込む。
それを見て、僕もつい駆け足で続いてしまった。
「あははっ、水、冷たいねぇ」
「あー…温度的にはそうでもないのかもしれないけど、砂浜に比べるとねぇ…」
「んー…そうだ!…えいっ!」バシャ
「うわっぷ!?」
「あははははっ!びちょびち…きゃん!」
「…やったな…っ!それっ!」バシャ
「むっ!今日はノリいいねノワルナくん!私だって!そーれっ!」バシャバシャ
「うわっ…と、…まだまだ!」バシャア
「ひゃぁん♪」
…あぁ、夏に呑まれる、ってこういうことなんだろうか。
自分が自分らしくなくなっているのが、溺れてはいけないものに溺れるのが、たまらなく心地良く感じてくる。
「…ははっ」
…海、楽しいなあ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
暫く後。
「…あ、そうだ!せっかくだしぃ…じゃじゃーん!」
「……ビーチボール?だっけ?」
ライラが、唐突に胸の間からビーチボール…らしき萎んだ何かを取り出す。
…恐らく、実際には道具作成を使ったんだろうけど。いや、それとも…?
「うん!これをねぇー……ふぅー…」
…軽く一息吹きこまれただけでパンパンに膨れ上がるあたり、真っ当なビーチボールではなさそうだ。
「…ライラ、それ…」
「あ、そんなに身構えなくても大丈夫だよぉノワルナくん!こっち「は」そんなに危なくないから!」
「…あぁ、やっぱりアンビバさんにぶつけたのは…」
「まぁ、ね♪…よぅし!じゃーあ、はいっ!」
ライラの腕からふわりと空に上がったボールが、僕めがけて至極ゆっくりと降下してくる。
…中身もただの空気じゃないんだろうなぁ、これ。
「えーと…こういうこと?」
ボールを両手で軽く押し上げると、また羽でも押したかのように元来た方へと戻っていく。
「うん!じゃあ…てぃっ!」
「はい」
「…えぃっ!」
「おっ…と」
「とぉ!」
「よっと」
数度、ボールがゆっくりと跳ねては、また上げられ…を繰り返す。
「(…なんだか、新鮮だなぁ)」
僕の受け止め方の違いなのか、それとも相手も夏に呑まれているのか。
僕の知る『庇護』とのコミュニケーションは、こんな穏やかじゃなかったと記憶しているんだけど。
「…ライラは、これで退屈じゃないの?」
「うぅん。このくらいなら、ノワルナ君も丁度いいかな?…って」
「……」
「………どぅ?」
「………あり、がとう」
「…えへへぇ♪」
…なんだか、飛んで火に入る虫の気持ちが、少しだけ分かったような気がする。
陽に灼かれる事が危険だと分かっていても、そこに誘う何かがあるのだ、と。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
そして…時間を忘れすぎていたのだろうか。
「……あれ」
「…ぁ、もうそろそろ夕方だねぇ」
ふと見た空は微かに朱を帯び始め、海の人影もまばらとなっている。
ボール遊びやら潮溜まりやらに呆けていた内に、随分と時間が経ってしまったようだ。
「…どうしよう、特に泊まるとか考えてなかった」
「そこは私に任せておけば大丈夫だよぉ!…それよりもぉ!」
「…?」
ライラが、海とは反対側…山や森の方向を指差す。
「まだ夏のお楽しみは残ってるよぉ!私は水着だからついていけないけど、ノワルナ君にはまだ楽しむべき行事があるの!」
「…夏の……お楽しみ?」
「…うん。……まぁ、ちょっとあのままじゃ悪いかな、って思ってたし、丁度いいってだけなんだけどねぇ…」
「…え、ちょっと…え?」
「まぁ、お姉ちゃんなんだしこのくらいはしてあげないとだよねぇ」
ライラが何やら準備を始める。
…いや、待て。「私はついていけない」?「行くべき行事」?
「…ライラ、もっと説明を…」
「…じゃあ、いってらっしゃい。ノワルナくん」
「何──」
…気付いた頃には、遅かった。
一瞬で本来の霊基へと戻ったライラの世界改変によって、僕は────
━━━━━━━━━━━━━━━━
『夏祭り編』に続く
━━━━━━━━━━━━━━━━
タグ
コメントをかく