ImgCell-Automaton。 ここはimgにおけるいわゆる「僕鯖wiki」です。 オランダ&ネバダの座と並行して数多の泥鯖を、そして泥鱒をも記録し続けます。




「君の人生を、最も輝かしいものに捧げなさい」



それが、父の口癖だった。
曰く、時計塔という場所でその昔、お世話になったある先生が口癖のように言っていた言葉だったという。
我が父……アーデルベルト・ヴァイスハウプトは、魔術で延命はしたものの、既にその手で理想はつかめないほどに老いていた。
故にその手が、溺れる者の掴む藁の如く、王を作り出すなどという眉唾物の組織に手を伸ばしたのは、必然と言えただろう。

輝かしい物、それは人間の持つ理性であると父は説いた。
人は考える葦であると過去の英霊が言うように、人は考えるが故に人なのだ。
ただ感情が儘に生きるのは、獣と変わらない。理性で生きてこそ人間は人間たりえると。
ならば、王による支配など仮初であり、民草の1人1人が光の如く輝かしき理性を以てして、自律的思考に目覚めさえすれば、
王など必要ない。なぜならすべての民草が、その己にとっての王となるのだから。規律など無用ではないか。

「そうかもしれない。もしそうなれば、お前は必要のない王となる」

そう、悲しそうな顔で父は言った。
何故そのような顔をするのでしょうか? それが僕の役割でしょう?
ならば、僕が最後に息絶えることは決められた道です。僕が死ぬという事は、喜ばしい事でしょう。
なのになぜ、貴方はそのような顔をするのですか

「……それは、お前が─────」

そこから先の言葉を、僕は今もなお思い出せないでいる。
あの時父は、僕に何を言ったのだろう。僕になんと言葉をかけたのだろう?
答えは見いだせない。答えは思いだせない。ただただ、僕の脳裏には疑問と問いかけだけが、渦を巻いては泡沫と消えていった。





「────スター……マスター」
「……ああ、ルーラーか。おはよう」
「おはようございます。本日は美しい晴天でございます」

柔らかな慈愛の笑みが僕の朧げな意識にくっきりと映し出される。
おはよう、ルーラー。今日も世界は変わらず美しく、君もまた美しい。

「ありがとうございます」

にこり、と笑みを浮かべながら僕の衣服を着替えさせてくれる。
彼女のその絹のような細かい指も、陶器のように美しい肌も、包み込むように柔らかい肢体も、総てが美しい。
そう思考を走らせ朧げな意識を覚醒させていると、ルーラーが一言はなった。

「本日はマスターの旅立ちの日にございます。
晴れ渡る晴天は、まるでマスターの旅立ちを天が祝しているようでございますわ」
「────そうか、今日か。ありがとう」

早いものだ。そうか。僕も今日、この施設を旅立ち外を知るのか。
継承の王。過去にあった英霊達を再現し、王制を復活させようとする、夢見がちたちの集まった組織。
僕の生家にして、両親にして、故郷にして、そして、今日旅立つ始まりの地だ。

正直な話、何の未練もない。それよりも僕が抱くのは、期待だ。
外にはこんな狭い世界とは違う、高い理性を持つ人々が大勢いる、そう父から聞いている。
人は考える生き物。ならば理性的に生きることこそ最も人間らしい生き方だ。そんな人々が、この白き壁の向こう側には溢れている。
そう思考するだけで、僕の心は高鳴り躍る。感情がないように調整された僕でも、このように期待できると知れただけでも、
この数日間はとても良き収穫の日々であった。

僕以前、2つ前に造られたという王の器は、僕以上に期待されているらしい。
早くから自由に施設の外へと出入りする権利を得ており、外泊の機会も増えてきている。
彼女の様子を見るに、外の世界とはすばらしいものなのだろう。そんなときめきが僕には生まれていた。

「さ、準備が済みましたよマスター。今日は良き、貴方の旅立ちの日になりますよう……」

ルーラーの言葉と共に寝室を出る。
この時僕は確かに、外への期待に胸を高まらせていたんだ。
────そう、確かに、この時だけは


────
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外の世界に出て、待っていたのは僕の想像とは真逆の光景であった。


生まれつき、僕は他者の感情を一目で理解できる。
人の上に立つ王の器として形作られた。その王として必要な能力として持たされた技能だ。
外へ出てしばらくし、初めて感じ取った感情は、どうしようもないほどの人々の嘆きと叫びの濁流だった。

会社にもう行きたくないと嘆く男性がいた。
家事と子育てをもうしたくないと泣く女性がいた。
こんな世界に希望はあるのかと叫ぶ老人がいた。
友人関係に疲れ果てたと震える若者がいた。

そんな嘆きが、叫びが、恐れが、世界中に響き渡っている。そう僕の感覚が告げ続けていた。
────吐き気がした。世界はこんなにも美しいというのに、ひとたび裏側を覗けば汚泥の如き負の感情の奔流が押し寄せてくる。
華美に着飾った人々も、表向きは愛想よく振りまいている人々も、力を持つ者も、誰も彼もが心の内側に不安と絶望を抱えて生き続けている。
これを、不死。即ち永劫に、彼らは続けなくちゃいけないというのか?

それを、地獄と言わずになんという?

「…………どういたしましたか、マスター? 顔色が、優れないようですが……」
「……ごめん、ルーラー」

隣に立つルーラーが、僕のサーヴァントが心配そうに声をかける。
共に立つ者を心配させるなど、王に在らざる行為だった。でも、それでも、

「少し、一人にしてほしい」

それでも、この光景に、感情の濁流に、僕は耐えることが出来なかった。
こんなものが、こんな汚物が、取り繕っただけの世界が、理性的な人類の世界だっていうのか?
その事実が、僕には耐えることが出来なかった。あの組織から与えられた宿屋の一室へと戻り、手洗いに吐瀉物をぶちまけた。
胃の内容物を吐き続け、穢れと疲れをシャワーで適当に流し落とし、そして誰も連れずに寝室へと逃げるように入り込んだ。

…………僕は、何をやっているんだ。
王となると定められたんだろう。人々を照らす光になると形作られたんだろう。
それなのに、今僕がやっているのは逃避に他ならない。僕は、王の器失格だ。

自分自身に対する途方もない失望を抱きながら、僕は一人ベッドへ向かった。
────夜とは、こんなにも寂しく、そして恐ろしいものだったのだろうか。
このまま逃げ続けるのか? 一人で震えて深淵の夜を待つのか? 人々を照らす王となれと定められた、この僕が? 
できるわけがない。ふと、そう思考がよぎったその時、柔らかいものが全身を包み込むように抱きしめた。

涙が溢れ始める。
自分が王となれるのか。そしてそれ以上に、あれほどの人々の感情を救えるのか?
あの人たちの感情をこの手で支え切れるのか? そう思うと、涙がとめどなく溢れ続けた。

その時

「────マスターは、誰よりも心優しいのですね」

ルーラーが、僕の胸へと手を回し、背中から静かに抱きしめてくれた。

「マスターは、見ず知らずの、今日出会った…いえ、すれ違ったばかりの人々の、
ほんの些細な悲しみや怒り、憎しみ、失望に、こうして涙を流すことが出来る。優しい人です」

優しい? 馬鹿を言え。僕は誰よりも臆病な失格ものだ。
自分が王になれるか不安で、人々の負の感情を見ただけで逃げ出す愚か者だ。
そんな僕が、王になれるなんて

「いいえ。貴方は誰よりも王に相応しい」

絹のように柔らかく、言葉が僕を包み込んだ。
僕を正面へ向かせ、顔を見合わせてルーラーはニコリと微笑んだ。

「だって貴方は、彼らの感情1つ1つを、こうして理解し心配しているじゃないですか。
他人の感情を、見ず知らずの人の思いを、まるで自分の思いのように理解し、共感し、そして涙を流せる……
高い感受性。民を想う心。"他者(ひと)の心を誰よりも理解する"事」

「これが王の器と言わず、何というのでしょうか?」

その言葉に、気付いたときには涙が溢れ止まらなかった。
僕のこの悩みは、王として正しかったのか? 僕は、彼らの嘆きを救うことが出来るのか?
────この手で、抱きしめることが出来るのか?

「ええ、もちろん。ですが、すぐにとは言えませんが。
確かに今日は、少し感情の奔流に気圧されてしまったかもしれませんが、貴方には彼らを救う力があります。
だから、怯えないでください。怖がらないでください。だって、私は貴方様の味方ですから。辛いときは、何時だって言ってください」
「……ルーラぁ……!」

ルーラーは僕を強く抱きしめた。
それに返すように、僕も彼女を強く抱きしめた。
彼女の豊かな胸を通しても鼓動が響き聞こえるほどに、強く、強く、強く。

そうだ。僕は王だ。僕は光だ。
彼らを救うことが出来るのは、僕しかいない。僕にしかできない。


その後のことは、よく覚えてはいない。
覚えているのは、とても身体が熱かった事。柔らかいものに包まれて、心地よかった事。
ルーラーが僕を笑顔で抱きしめていた事。…………そして、一つの誓い。


────此処に誓おう。汝の身は我が下に。
我が命運は民草の光となりて、倫理的完成の為に犠牲となる。
我は常世総ての理性を導く者。我は常世総ての負の感情を敷く者。


ルーラー、君と共に、僕は全人類の救済を誓うよ。
どうか全人類の理性的統治が完成するその時まで、僕が死ぬ時まで、共に来てほしい。


「イエス、マイマスター」


ルーラーのその微笑みは、何よりも美しく、そして、僕を優しく包み込んでくれた。





────誓いの通り、ヴァイスはそれからというもの、休まずに人々を照らし導く光となった。
悩めるもの、苦しむもの、痛むもの、数多くの人々の感情に対し、手を差し伸べ、そして抱きしめ続けた。
恐れの感情を慰めで抱きしめ、嘆きの感情を励ましで抱擁し、怒りの感情を言葉で包み込んだ。
気付いたときには、彼の周囲には彼の言葉を求める大勢の人々が集まっていた。

そして、彼のカウンセリングが人々の間で静かに話題に上がり始めた頃、
日もだいぶ傾き始めた時刻に"それ"は訪れた。

「ふぅー……。今日はこれで終わりかな……」
「お疲れ様です。本日も多くの方とお話なされ、感情を抱きしめることが出来ましたね」
「うん。日に日に多くなってきているから、最近は少し疲れ気味だ。これもやはり、王としての役割なのかな?」
「もちろんです。此れ程の人々が集まるようになったのも、マスターのカリスマのおかげで……おや?」

扉が開き、一人の女性がヴァイスの元へと姿を現した。
その立ち姿は凛と咲く花の如く、されどその放つ気配は抜身の剣の如く鋭かった。

「……………」
「────フン」

その女性は、扉をくぐると同時に視線の先に座るヴァイスを見ると同時に、
目を細め短く息を吐いた。ルーラーは怪訝な顔をして、顕れた女性の姿を観察する。
通常ここに訪れるような老若男女は、疲れ果てたような、限界を感じるオーラに支配されている。
故に、目の前に立つ女性のような、力溢れる立ち振る舞いの者が此処を訪れるなど、非常に珍しい事であったからだ。

「……ええっと……、申し訳ございません。本日は……」
「いや、良いんだよルーラー。彼女はきっと、悩みを言いに来た人ではない」

カッ、カッ、カッ、と迷いなき歩調で女性はヴァイスの元へと歩み寄る。
その凛とした美しき女性に対し、ヴァイスは穏やかに座ったまま深く会釈をする。

「初めまして、になりますね。
その風貌、その王威(オーラ)、話には聞き及んでいます。
お会いできて光栄です。継承の王最有力候補……R/XXVIIさん」
「……………」

にこり、とヴァイスは柔らかく微笑んだ。
かつてはその自身の存在意義すらも揺らいでいた少年であったが、度重なる人々との触れ合いによりその王の器は成長を遂げた。
それにより、眼前に王を継ぐ者の最有力候補が立ったとしても、そのカリスマの具現である笑みを崩さないほどに彼は成長したのだ。
対して、数多くの人々を惹きつけた少年の笑みを前にしても、その女性は一切表情を変えなかった。

「しかし百聞は一見に如かず。非常に高いカリスマを肌で感じます。
初めて外を見た時の僕ならば、もしかしたならば平伏していたかもしれません……。
ですが僕も王を継ぐと定められた端くれ。今もこのように民々を────」
「御託はいい」

立ったままに、まるで見下すかの如く上から視線を投げかけ、椅子に柔らかく腰かけるヴァイスに対しRは問う。
その視線はまるで鷹の如く、その妙なる美声は凛と響く。視線はそれだけで数人は突き穿ち殺すほどに鋭く、
そしてその美声は、それだけで多くの人間を虜にするかの如く美しかった。

「貴様に王道を問う。光明王の器、
ヴァイス/XXIXよ。貴様の描く王政とはなんだ?」
「………………」

その言葉の一言一言が鼓膜に、内臓に、脳に響き渡るような錯覚をヴァイスは覚えた。
いや、錯覚ではないのだろう。これが彼女のカリスマなのだ。まるで王位そのものと見紛うほどの圧倒的なる王としての在り方。
最有力候補と言われるが所以。彼我の圧倒的な差を見せつけられ、ヴァイスは一瞬とはいえ臆しそうになる。

だが、それでも。
それでも彼は、自らの王道を怯まずに発する。
己に与えられた王道(やくわり)を示すために。

「僕は民を、世界中の人々を余さずに照らす太陽になる」
「どのように照らす」
「僕がこの世界に存在する、総ての人々の感情を抱きしめる。負の感情は人類のノイズだからだ。
不安、恐れ、悲しみ、憎しみ、怒り……人々の目を暗ます、そう言った感情を取り除き、目を覚まさせる」
「───────フン」

R/XXVIIは目を細め、再度息を短く吐く。
その表情の中に、ある一つの感情に近いものをヴァイスは感じ取るように思えた。
それは即ち、無関心。彼女は既に自分の王道に対して興味を失っている。そう彼は直感で。
彼の才能で気づいた。だがそれでも、ヴァイスは続けて己の目指す王道を語り続ける。
己歩む道こそが、王道こそが正しいと、目の前の最有力候補に示すために。

「そうして僕は全人類を、王による統率が必要のないほどに理性で満たす。
そうすれば王など必要ない。僕が全人類を照らし上げ、そして全人類総てが己にとっての王となる。
それが僕が目指す王道だ。啓蒙思想の完成、『Perfektibilismus(人類の倫理的完成可能説)』だ」
「────ならば問おう。その王道が完成した時、王たる貴様はどうする」
「自死します」

ヴァイスは迷いなく、一切の曇りなき眼でアールを見据えながら言い切った。
それに対しアールは、変わらずその冷たい表情のままでそのヴァイスの瞳を見下ろし続けていた。

「民全てが啓蒙に目覚めたならば、瞳を曇らせないというのならば僕は不要ですから。
ならば潔く自死します。王の要らない世界に王がいても、そんなものは邪魔な────」
「もう良い」

そう一言だけ放ち、ヴァイスの言葉を遮ると、アールは踵を返して扉へと歩んでいった。
まるでもう、目の前の少年と、啓蒙の具現と交わす言葉など存在しないと言外に告げるかのように。

「失格だ愚昧が。瞳の奥に滅びを映す王が民草を破滅以外の何処へ導けるというのだ」

そう言い放たれたヴァイスの表情は、曇りのない瞳と純白の笑みのままであった。
一切表情を変えずに見据えるヴァイスに対し、アールは振り向かずに続ける。

「自らの自死を王道の最後に示す王など、飾りにも劣る」

興味を失った物を、あるいは虚空を見るような目でそう一言だけ残し、扉を開きアールはその場を後にした。
この数分にも満たない問答の中で、彼女は悟ったのだ。目の前の少年は、王道に生きる者ではないと。

「………………」
「…マスター……?」

アールが去った後も、一切表情を笑顔のままに崩さないヴァイスに、ルーラーが心配そうに声をかける。
そこで初めて、ヴァイスはゆっくりと目を細めて笑った。

「────僕、間違っているのかな?
王になるために生きて、生まれて、来たのに、生きる価値…ないのかな?」
「そんなことは、在り得ません」

細い涙のしずくが、笑顔で塗り固められたヴァイスの陶器のように白い頬を伝った。
それが目に映った瞬間、ルーラーは我慢ならずにヴァイスを抱きしめた。

「安心してください。貴方は、人の理性を導く光なのです。
それが王道でないという声もあるでしょう。ですが、貴方がそのような声に耳を貸す必要はありません」

なぜなら、と続け

「例えどれだけの王がいようと、この世界が人の負の感情に溢れていることは変わりません。
それは、王という存在が間違っているという証左ではありませんか。その間違いを、貴方は正すのです。
貴方は、何よりも民を照らす強い光となるのです」

その言葉を、ヴァイスは噛み締めるように瞳を閉ざし、静かに聞いていた。
強き光となる。何よりも民を照らす光に。その誓いは、彼の中で再び強き光と昇華されていた。





光がある場所には、闇がある。
闇は、光が強くなればなるほど、その暗闇を増す。
光と闇、清水と汚泥、そして理性と狂気。

片方が極限と立てば、もう片方の極限が出現するのは、必然となる。





時刻は午前2時、草木も眠る丑三つ時。
周囲には既に人通りはなく、遅くなってしまったな、と考えながら一人の青年が夜闇の通りを歩いていた。
その時

「(…………ん?)」

青年は、何か違和感に気付いた。何か、この先に進んではいけないような、そんな威圧感のような何かを。
だが、サーヴァントを先に帰らせ、そして普段死闘や死線とは無縁な彼にとって、そんな恐怖は"気のせい"としか思えるものではなかった。
早く家に帰ろう。サーヴァントが寂しがっているだろうな。そのように思考しながら男は早足で家に帰宅しようとしていた。

そして、青年は、"それ"と出会った。

青年は目の前に、ズタボロのローブを羽織り、フードで顔を覆った、一人の"ナニカ"が、立っているのを暗闇に見た。

「(…………なんだ……あれ………?)」

一瞬で、青年は先ほど感じた威圧感が気のせいではなかったと気付いた。
暗闇の中に一人立つ"それ"は、周囲の空間が歪むほどの魔力を持っているという事は、魔術素人の青年でもわかった。
一歩、また一歩と近づいてくるたびに、威圧感と吐き気を催すほどの魔力が濃くなっていくのが分かった。

逃げたい、そう思ったときにはすでに遅かった。
足がすくんで動かない。全身に震えが伝播し、瞬きすらままならないほどとなっていた。

全身を蜈蚣と毒虫が這いずり回り、埋め尽くすかのような不快感が包み込む。
1秒が1分、1時間、1日に感じるほどにその恐怖は長く、そして全身に染みわたっていった。

目の前の"それ"は、暗闇の中に立ち、フードで顔を覆っているため表情や特徴は分からない。
ただ枯れ枝のように細く皺枯れた腕が杖を突き、そして藁のように細い2本の脚が体を支え歩いているというのだけがわかった。
青年は直感する。「あのフードの中を注視してはいけない」と。おそらくそれだけで、精神も肉体も魂も心も、何もかも持っていかれるという直感があった。
目の前の"それ"は人間ではない。ただ台風や地震などと言った災害と同じように、過ぎ去るのを待つしかない。そんなものだと悟った。

「(早く……、早く…行ってくれ……!!)」

一歩、そして一歩、"それ"が突く杖の音が脳の奥底まで響き渡るほど感覚が研ぎ澄まされるほどに、長い時と思える時間が過ぎる。
"それ"が、すぐ横を通り過ぎ去る瞬間は、ヘドロと汚物の溜まったドブへと沈められたかのような不快感と息苦しさが全身を支配した。

そして、一瞬。"それ"は、まるで周囲を飛び交う蠅を払うように
通りすがる刹那に、その青年を軽く手で払った。


腕がひしゃげた。

あばらが砕けた。

背骨がバラバラになり、内臓は全て同時にはじけ飛んだ。

路傍の石壁に勢いよく叩きつけられた青年は、痛みを感じる時間すらなく、一瞬のうちに原型すら留めぬ無数の肉片へと変わり果てた。


肉片の飛び散った凄惨たる通りを後に、"それ"は一切先ほどと変わらない様子で一歩、また一歩と歩みを続ける。
ふと立ち止まり、天に浮かぶ美しき満月をゆっくりと見上げ、呟くように言葉を紡ぎ始めた。

「"静かな" "夜だ"」

「"しかし"」

「"害虫が" "遠くで" "鳴き喚いている"」

「"理性" "理性" "理性と" "五月蠅く"」

カッ!! と、強く杖を突く。
同時に、突かれたアスファルトで舗装された地面に、激しく亀裂が走る。

「"糺さねばならない"」

そう一言呟き、"それ"は一人、夜闇に溶け込むようにどこかへと歩んで消えていった。








次回予告





「あの王に人の心を理解する力はない。
ただの虚空だ。虚の孔が人の真似事をしているだけだ」


広がるヴァイスの支配と、交差する狂気


「ハッハハハハハハ!! ぐろぉりあす!! とんだ収穫だ!
狂人賛歌の集まりかと思い来てみれば! よもや我らが造物主の宿敵様とは!」
「おい……お前ら寄ってたかってガキ苛めてて楽しいか?」
「あれは…梅田都市軍の!? 何故ここに!」


導かれるように、出会う二人の王。
しかし戦場は最悪の災害を呼び寄せる。


「お前もまた、あの組織に造られた王という事か」
「そうだね末弟。君はどうも悩んでいると聞いているよ。話でもしようじゃないか。茶でも飲みながら」

「"人は弱い" "一人では生きられない" "ゆえに" "絆" "愛" "友情"
"偽りで表面を塗り固め" "他者に寄生し" "縋り" "生きようとする"」
「"糺さねばならない" "偽りの王共よ"!」


さらに、戦いは混沌と虚無を呼び起こす。


「あら? あれってヤコちゃん? ひっさしぶりー!」
「違う……違う、違う! 私は『月華美刃(ムーンダンサー)』……もう違う……!
人じゃない……人間じゃない…! 違う、違うんだ…!! 貴方たちとは違う!」

「ねぇ、あの娘をあそこまでにしたの、貴方たち?」
「ン? いや俺ではない! 奴には最初から素質があっただけの事よ! まぁ誘ったのは俺だが!」
「────あの時から思ってたけど。貴方生半可な地獄じゃ生温いみたいね」


虚無なる悪魔と、虚孔のヒト。
二つの光と闇が交差し、変化が生まれる。


「(私は、認められていいの────?)」
「(僕は、必要とされるのか────?)」


だが


「"ヒトよ" "神よ"」


漆黒(きょうき)が、総てを覆いつくす


「"お前たちの" "刻(じだい)は" "終わりだ"」


「"私だけが" "唯一の" "神(ヒト)となる"」


「"造物主(ヤルダバオート)として"」



〜Fate/Shadow Requiem〜

『月夜に堕ちろ、開闢の光明(ながれぼし)』

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