ImgCell-Automaton。 ここはimgにおけるいわゆる「僕鯖wiki」です。 オランダ&ネバダの座と並行して数多の泥鯖を、そして泥鱒をも記録し続けます。

「それがしのような尾張侍で良かれば、妻共々力をお貸ししようぞ、主殿」

「……しかし、何故それがしは弓手として呼ばれたのやら?得物は刀か槍と伝わっておるはずだがなあ」

(まぁまぁ、この人ったら惚けてばかり。貴方は未来世に全てを投げ射たではありませぬか)


基本情報

【出典】史実
【CLASS】アーチャー
【マスター】
【真名】山内伊右衛門一豊
【異名・別名・表記揺れ】豊臣朝臣一豊、山内猪右衛門一豊など
【性別】男性
【身長・体重】178cm・91kg
【肌色】モンゴロイド系 【髪色】黒色 【瞳色】茶色
【スリーサイズ】どっかり。
【外見・容姿】肥満気味の鎧武者。温厚そうな顔立ちだが、左頬に抉られたような傷跡が残っている。
【地域】日本
【年代】1545年〜1605年11月1日
【属性】中立・中庸
【天地人属性】人
【その他属性】人型・愛する者
【ステータス】筋力:C 耐久:C 敏捷:D 魔力:E 幸運:C*1 宝具:B

【クラス別スキル】

対魔力:D

アーチャーのクラススキル。魔術に対する抵抗力。
一定ランクまでの魔術は無効化し、それ以上のランクのものは効果を削減する。サーヴァント自身の意思で弱め、有益な魔術を受けることも可能。
なお、魔力によって強化された武器や、魔術によって作られた武器による物理的な攻撃は効果の対象外。
Dランクは、一工程(シングルアクション)によるものを無効化する。魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

単独行動:C

アーチャーのクラススキル。マスターとの繋がりを解除しても長時間現界していられる能力。
依り代や要石、魔力供給がない事による、現世に留まれない「世界からの強制力」を緩和させるスキル。
長時間マスターとサーヴァントが共に居られない場合や、マスターが深刻なダメージを被りサーヴァントに満足な魔力供給が行えなくなった場合などに重宝するスキル。
反面、サーヴァントがマスターの制御を離れ、独自の行動を取る危険性も孕む。あくまで単独行動が出来るだけであり、気配遮断のように気配を隠す事はできない。
通常、サーヴァントがマスターを失った場合1日と持たず下級霊にまで落ち消滅する。ランクCならば、マスターを失っても1日間は現界可能。

【保有スキル】

鋼鉄の決意:C

「朝倉との戦は今でも忘れられぬ。痛みも、恐れも、我が身を震わせた」

「されど、生き延びて功を挙げた。それがしは、そうやって生きてきたのだ」

(勇ましく、取り乱さず、為すべきことを為す。そういうお方なのです、この人は)


いかなる場面であろうとも取り乱すことなく、臆して竦むことなく、一念に功を立てんとしたその精神性がスキルとなったもの。
『勇猛』と『冷静沈着』スキルの効果を含む複合スキルであり、被ダメージによる戦闘力の低減を抑える効果がある。
アーチャー自身の武勇について語られる事は少ないが、一般に知られていないだけで、戦場での働きには無視出来ないものがある。
織田家での初陣に際して彼の顔に加わった、頬から奥歯までを貫通する矢傷の跡は、その証拠である。

観察眼:D+

「右府様、大殿、上様……敢えてこのように言うが、それぞれに天下を取る才の持ち主であったと思う」

「人や流れを見る目はそれなりと自負しておるよ。それがしにとっては、様々に家を仕えて得た、数少ない自慢だ」

(私がお支えしなくとも、きっとこの人は巧く渡世をなさったと思いますよ。ええ、私の自慢です)


『鑑識眼』、『心眼(真)』、『軍略』などの効果を含む複合スキル。『見る』、或いは『見抜く』力が様々な分野において優れていることを示す。複合されるスキルは、保有者の特性によって異なる。
アーチャーは機を見るに敏であり、戦場でも平時でも、状況を観察して総合的に判断する能力に長ける。必要とあらば味方を出し抜くことも厭わず、また状況如何では躊躇いなく逃走を選択することもある。
ここぞという場面、状況が大きく転換する場面を嗅ぎ分ける直感的感性を備えている為か、そのような場合では効果が大きく跳ね上がる。

内助の功:A++

「それがしは多くの功を挙げ、多くの石高を頂き、立身出世をすることができた」

「無論、それがし自身の武勇もあると確信しておる。が、それ以上に、妻や我が家臣の支えあってこそ、この道は開けたのだ」

(まぁまぁ。そんなことを仰って、私は嬉しゅうございます)


配偶者の手助けにより、不利な状況を改善するチャンスを得る。アーチャーの召喚時には、付き添いの亡霊として、彼の生涯唯一の正室である見性院が自動的に付いてくる。
彼女は、戦闘以外のあらゆる局面において、優れた助言を与えることが出来る。特に、日常的な家計管理や大規模な資金繰りなど、組織経営について効果的である。
また副次的な効果として、見性院の声援を受けることで奮起したアーチャーが、『戦闘続行:E』に相当する継戦能力を発揮することがある。
優れた眼を持つ妻の助言を得ながら、アーチャーは、数十年にも渡って戦国の乱世を渡り歩き続けた。夫婦で戦国三英傑全てに仕えたという経験は、馬鹿にできたものではない。
因みに、このスキルが此処までの高ランクを誇るのは、山内一豊という武将自体が妻である見性院との逸話によって広く日本に認知されたことの副作用。
どのクラスで召喚されても必ずこのスキルを有して顕れるというから、半ば『無辜の怪物』じみた認識の押し付けだが、当人らがそれをデメリットとして認識していない為、特に問題はない。

【宝具】

一矢の先、いざや名を刻まんわがこうみょう、このきずよりはじまらん

ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人
由来:生涯を通して自ら戦場に出ては功績を積み重ね、遂には一国一城の主となった逸話。

初陣であるともされる、織田家による朝倉攻め「一乗谷城の戦い」において、敵方の武将から頬に手酷い矢傷を負わされながらもその首を獲り、それを以て戦国の渡世を切り開く端緒とした逸話の具現。
被ダメージ判定が発生する度に自動発動し、幸運による判定に成功することで、「攻撃を行った相手の霊基数値、もしくはアーチャーから見ての戦力評価に応じた強化を受ける権利」を獲得する。
強化内容は多岐に渡るが、一時的に自身のステータスをアップさせる、自身の被ダメージ及び消費魔力を回復する、戦闘を支援する亡霊兵を召喚する、といったものが主。
この他、任意の対象に自身の能力と外観を複製して影武者を作る、低級サーヴァントとして譜代の家臣を一時顕現させる……などの効果が得られることもある。
但し、どの効果が発動するかは完全なランダムであり、また敵対者の力量によって強化の効果量も大きく変わってくる為、性能が全く安定しない。
十分な魔力供給さえあれば宝具効果が途絶えることこそないものの、強力な強化効果の発動にはかなり魔力を消費するので、強い効果を引き当てられれば良いというものでもない。
また、実力を隠した相手、若しくは情報を隠蔽する能力を持った相手には適切な強化が行われない可能性がある上、この宝具だけに頼って強力な英雄に立ち向かうのはあまりにも心許ない。
『観察眼』スキルにより戦闘を仕掛ける相手を慎重に選ばなければ、素のステータスが高い訳ではないアーチャーは捻り潰されてしまうだろう。
本来はもっと使い勝手のよい形で発現する宝具のはずだ、というのはアーチャーの言葉だが、果たしてそれが何処まで真実なのかはわからない。

(武運長久をお祈り申し上げておりますわ。どうぞ、無事に帰ってきてくださいましね)

「応とも! 我が槍、我が刀、我が武勇の見せ所よな!」

「それがしは強くないが、打ち負かすには苦労するぞ? いざ、いざ、いざァッ!」


一矢の先、未来は廻天すわがこうみょう、はるかないしずえをきずかん

ランク:B 種別:対人/対国宝具 レンジ:1/0〜99 最大捕捉:1人
由来:土佐藩の基盤を築き、後の世でそれが日本の形を変える切っ掛けの一つになったこと。

弓に関する逸話に乏しく、自身の獲物も刀剣や槍であることが多いアーチャーが、弓兵の位を得て召喚された理由そのもの。
『観察眼』、そして『内助の功』によって呼び出された見性院の助言を元に、近未来を「より良い」ものとする為に推定された最適な一手を打つ……その効果は、一種の未来視の魔眼に近しい。
逸話を元にした常時発動型宝具であるが、真名解放によって魔力で編まれた弓矢を顕し、その場における「最良の結果を齎す地点」へと必ず到達する一撃を繰り出す。
多くの場合、それは敵対者のアキレス腱を射抜く効果的な一撃となるが、アーチャーが推定した未来の形の為に必要であるならば、それが味方を穿つ可能性すらもある。

長曾我部政権の元で確立された半士半農の社会集団である一領具足に強圧的な対応を行い、後の土佐藩における上士・郷士の別を作り上げた為政者。
彼と彼から続く土佐藩の新たな政治体制は、土地に根付いた人々と、外部から体制側としてやってきた人々との対立を生み、格差を生み、そして幕藩体制そのものに対する反発を生んだ。
その反発の中で生まれてきた者こそが、かの坂本龍馬であり、同じ時代を生きた多くの志士であり、幕末の世を駆けて日本を変えることに全力を投じた土佐藩の人々である。
土佐という土地に彼が為政者としてやってきたことで、後の日本を大きく動かす切っ掛けが生み出された。浪人の身から成り上がり続けた果てに、彼は確かに、その名を歴史に刻んだ。
遥か未来に向けて、自身の行いを「投射する」ことで、より良き結果を引き出す。偶然にも達成されたその功績を我がものとすることで、彼は弓兵としての顕現を可能にした。

(私達の築いたものが、此処にまで至ったのですね)

「故に、それがし達はこの一矢を以て告げるのだ。日ノ本の廻天はそれがし達より始まったと、傲慢にもな!」

「土佐柏を掲げよ! 我が父祖の定めたもうこの御紋、未来世にあっては栄耀の証となりて輝かん!」

「功名が辻のその果てに、我が命は成れり! 一矢の先、未来は廻天すわがこうみょう、はるかないしずえをきずかん!」

【Weapon】

『関兼常 虎御前の太刀とらごぜのたち

著名な軍師である竹中半兵衛から譲られたと伝わる太刀。刀工・関兼常の手になるものであると推定されている。
現存しており、現在でも京都の博物館に収蔵されているが、それとは別に霊体で構成されたこの太刀をアーチャーは保有する。

『来国俊 大鳥毛槍』

土佐山内家の家宝。中国地方の戦場で毛利家の武将からアーチャーが奪い取ったとされるもの。刀工である来国俊が造った数少ない槍の一つ。
こちらも現存しており、高知の博物館に収蔵されているが、やはりアーチャーはこの槍を別個で保有している。

一矢の先、未来は廻天すわがこうみょう、はるかないしずえをきずかん

第二宝具を真名解放した際に顕現する弓矢。山内家の家紋であり、現在もさる巨大企業のロゴマークのモチーフとなっている『土佐柏』が刻まれている。
通常時は真名のヒントを与えるのを避ける為に隠しているが、それを気にしなくても良い場合、実は普段使いもできる代物である。

【解説】

尾張国出身の戦国武将。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の戦国三英傑全てに仕えたという経歴を持つ。
浪人の身分から土佐一国を領する国主にまで昇り詰めた、立志伝中の人。礼儀正しく温和な性格でありながら、戦場では大いに武勇を見せたという。
また、妻である見性院(本名はまつ、或いは千代と伝わる)は、母より密かに受け取っていた金子を名馬の代金とした、所謂内助の功の伝承で特に知られる。

岩倉織田氏の家老だった父が織田弾正忠家との戦で戦死してより、弱冠12歳で家長になると同時に流浪の生活を送る。
一時は縁戚筋を頼り美濃国の豪族の元で過ごすが、後に嘗ての敵であった織田弾正忠家を継いだ信長に仕えることになった。
破竹の勢いで勢力を伸ばす信長に付き従う形で各地を転戦し、着実に加増を重ね、一廉の武将として戦果を挙げていく。
この時、家中で非常に優秀であった木下藤吉郎、後の豊臣秀吉の元に寄騎として派遣されており、後には直臣となっている。
特に、越前の朝倉氏を攻めた一乗谷城の戦いでは、撤退する朝倉軍の殿を務める猛将に弓矢で射貫かれつつもその首を取る殊勲を挙げる。
顔面を貫通した弓矢は、戦場にて郎党の一人が顔を踏みつけながら引き抜いたとされ、その鏃は郎党の家宝として現在にまで伝わっている。

以降は秀吉と共に各地を転戦し、本能寺の変以降も豊臣家に帰属。近江国長浜城主を経て、小田原征伐語には遠江国掛川城を領する。
が、秀吉の死後、実権を握った徳川家康が陸奥国の上杉景勝征伐に向かう軍を組織した際にこれに従うも、下野国小山にて石田三成挙兵の報を知る。
豊臣家恩顧の譜代家臣でもある一豊は、小山で開かれた軍議の場で、石田方につくか徳川方につくかの選択を迫られる。
が、彼は他の諸将が去就を決めかねる中、真っ先に徳川方へ就くことを宣言。更に、本来は関東に転封された徳川家を抑える為の拠点であった掛川城をそのまま家康に明け渡すことも申し出た。
これによって、小山の軍議は一気に徳川方へ就くという意見が優勢となり、家康は率いた諸将をほぼそのまま自軍の戦力として、関ヶ原の戦いに突入することができた。

関ヶ原の戦いではこれといった軍功はなかったものの、戦後、一豊の意見で軍議の流れが決まったことを高く評価した家康によって、土佐一国・二十万石を与えられる。
現地では長宗我部家と蜜月の関係を築いていた一領具足と呼ばれる半農半士の旧家臣団が強い力を持って反乱を起こすなどし、その統治は困難を極めた。
が、一豊が反乱首謀者を騙し討ちにかけるなどの強硬策をも躊躇なく取り、これら土着の有力な集団の力を漸減したことで、土佐は漸く山内家による統治を受け入れるようになっていく。
斯くして、与えられた地に根付き、統治を行う筋道が立ったその後。1605年、一豊は病を得、妻に見送られて死去した。
享年は61歳。関ヶ原の戦いが1600年に起こったということを踏まえると、56歳までの人生を戦場で生きてきたその果てに得られた遅咲きの栄華であった。

無数の功名が辻に直面し、その全てで、食らいつくように功を立てた。
戦国を生きた武将としての義務である「お家の興隆」と「次代への継承」を我が身だけで成した、彼もまた立派な英雄である。

【人物・性格】

温厚篤実を形にしたような、誠意と礼儀を弁えた好人物。肥満気味の恵体もあり、鎧を脱いでいたのなら、どうみても優しそうな小太りおじさんにしか見えない。
学ぶことを惜しまず、目下のものには寛大で、誰に対しても優しい。自分のことは求められなければ語らず、聞き上手であり、心配りも行き届いている。
おおよそ「良い人」のイメージを聞いた時に回答されるような要素を尽く備えており、此処だけを見れば、まさしく理想的な人間であろう。
しかし、一度戦闘となれば、柔らかい眼差しは刃のように鋭くなり、大音声を張り上げて大いに奮起し、配下がいる場合は存分に差配を振るう。
また、戦闘時のみならず、その誠実さとは裏腹の計算高さを備えており、相手との関係性も踏まえた上で“此処ぞ”という時には相手を出し抜く小狡さを垣間見せることもある。
戦国時代を生きた者として、腹芸や虚実入り混じえた駆け引きの経験自体は豊富であり、実際に巧く応対できるかはともかくとして、場馴れだけはしているのである。
但し、彼の小狡さは相手から許されるというラインを見極めた上で発揮される為、余程のことがない限りは何だかんだと有耶無耶になってしまうようなところがある。
其処も含めて、山内一豊という人物は、観察眼に優れた人物であり、そしてその活かし方を自分自身でよく知っている人物でもあると言えるだろう。

芸事には疎く、生前では茶の湯や能にはあまり興味を持たなかったし、サーヴァントとして召喚された現在でもそういったものにはあまり興味がない。
酒にも強くなく、清酒を3杯程も飲めばもう酔っ払って前後不覚になる程。食欲自体はあるものの、がっつくような食べ方をすることはなく、先を少し濡らす程度で箸を置いてしまう。
総じて武将というイメージからは程遠い、静かで精力が見受けられない人柄が窺えるが、その代わりに子供の面倒を見ることを好む。
これは、一豊と見性院の間に生まれた唯一の実子「与袮」を幼い内に地震で亡くした為であり、子供を見るとつい我が子を思い出して構いたくなってしまう。
思う一念岩をも通すと言わんばかりの強固な精神性とは裏腹に、そのようにして振る舞う時、一豊の眼には常以上の優しさが宿ると同時に、どこか脆い印象を見るものに与える。
生涯側室を持たず、夫婦で隣り合った墓に入ったという逸話が残る程家族思いだった人物である。子を失った苦しみからは、今もなお解放されていないのであろう。

イメージカラー:光沢のある漆色
特技:ひっぷどろっぷ*2
好きなもの:家族
嫌いなもの:地震、一揆、国情の乱れ
天敵:与袮、豊臣秀次*3
願い:与袮の運命を変えたい。

【一人称】それがし 【二人称】◯◯殿など 【三人称】あの御仁など

見性院

『内助の功』スキルによって何処にどんな霊器で召喚されようとも常に夫と共に現れる、英霊未満の亡霊。
夫である一豊を立て、自身はその3歩後ろに付き従って歩くような、理想的な良妻賢母……という印象が後世では強い。
が、実際はどうかといえば、夫の些細な言動を見つけてはからかうような、茶目っ気の強い奔放な女性である。
その特性上、彼女は霊体としても実体としても干渉能力を持たない代わりに、他からも余程の例外がなければ干渉されることがない。
この為、生前以上に“幽霊”的な自身の特性を活かして好きに振る舞い、時には一豊の顔を引きつらせたり吹き出させたりするイタズラをしかけることもある。
基本的に彼女の姿や声は、魔力を追加で与えない限りは夫である一豊にしか感じ取れない為、彼女のちょっかいに迂闊に反応すると独り言を言っているような様子に見えてしまう。
それを見てくすくすと笑ったりするなど、意外と言える程にその性格は軽く、彼女らに関する逸話を知るものほどその差に驚くだろう。
しかし、そうした振る舞いが不適切な場面では何事もなかったかのように静まり返り、夫から意見を求められれば的確な意見を返すなど、その才媛振りを発揮する。
誰に対してでもイタズラに振る舞うのではなく、それが許される相手、場、空気を読み取り、親愛の情を込めて関わっていく。それが自然にできる、一種の天才である。

【台詞例】

「弓手としての位を得て参上仕った。豊臣朝臣山内土佐守伊右衛門一豊、これより我が武勇を貴殿の為に振るおう」

(姿は見えているでしょうか。山内一豊の妻、見性院でございます。これから夫共々、宜しくお願いいたします)


「妻のことか。いや、確かに共に在ることを嬉しくは思うが……夫婦仲のことが末代にまで伝わっておるとは、何とも面映い」

(お墓まで一緒なんですもの。そりゃ皆様、仲の良さを噂いたしますわ)


「うむ。此処はそれがしが一発芸を披露いたそう。ちょっとばかし高く跳ねて勢いよく座るとだな、物の見事に木の板が真っ二つに……」

(もう、貴方ったら。お尻が大きいのを自慢したって仕方がないじゃありませんか)


「……子供か。ああ、正直に白状しよう。思い出すとも、それがし達の愛しい子を。あの子も、長じておればこのように可憐であったろうか」

(もしかすると、拾のように立派な子に育っていたかもしれませぬ。でも、それも全て過ぎたこと。終わったことでございます)


(貴方、此処が正念場です。どうぞ、思いっきり戦ってくださいな)

「任せよ! この山内伊右衛門、一所懸命に我が力の限りを尽くそう!」

フランチェスカ・ヴィスコンティを旗頭とする黒の陣営において、アーチャーとして召喚される。
黒の陣営では、ライダーという強力無比の力を持ったサーヴァントを補佐する為、軍師としての役割を持ったサーヴァントを求めていた。
その役割を果たせる者として見込んだのが、遠い異国、イタリアを含むヨーロッパでの知名度が低いアジアの英霊であった。
サーヴァントとしての武力は知名度などに影響されやすいが、軍師という役割に求められる頭脳は、多くの場合知名度に関係なく威力を発揮する。
なおかつ、参加者の多くがヨーロッパ人である以上、アジアの国の伝承には疎く、従って真名看破の可能性が低い為その能力を効果的に活かせる、と踏んだのだ。
斯くして、黒の陣営関係者が該当するような英霊を探す中で、日本にいたアーキペラゴ構成員から、「竹中半兵衛」という英雄の存在が示唆される。
彼は数百年前、戦争に明け暮れていた頃の日本に実在した軍師であり、その智謀はアジアで著名な軍師である諸葛孔明に並ぶとも称されるという。
なおかつ、彼が実際に佩いていた刀剣である『虎御前の太刀』は現在個人所有されており、金を積めば確実な触媒を確保できるであろう、とのことだった。
これを受けてフォスキーア・ファミリーは、該当する人物に好事家を装って接触し、暗示なども併用して不自然ではない程度の低額でこの太刀を得ることに成功。
この太刀を触媒として、何れかのクラスで竹中半兵衛を召喚することを試みたのである。
が、この虎御前の太刀、触媒としてはもうひとり召喚する可能性のある人物がおり、それこそが、竹中半兵衛の没後にこれを譲り受けた山内一豊であった。
いざ召喚が行われて蓋を明けてみれば、実際に出てきたのは白皙の賢人ではなく、妙に太った鎧姿の武者。真名も全然違う人物と来た。
更に、このサーヴァントは本来の適性クラスがランサーやライダーであると自称するのに対し、割り当てられた霊器はアーチャー。
知名度補正は壊滅的であるにも関わらず、頭脳で戦うというよりは武力で戦うタイプであるというから、黒の陣営の目論見はこの時点で木っ端微塵に粉砕されるというオチを迎えた。
しかし、召喚してしまったものは致し方もなく、黒の陣営は、このよく知らない極東の武者を戦力として抱えて、聖杯大戦に望むことになっていく。

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