最終更新: nevadakagemiya 2017年12月15日(金) 03:17:04履歴
亜種特異点が四つめ、魔女狩りと冒涜の町・セイレムの異変を解決した後の話。
「…………おや」
「…………あら」
改めて藤丸立香に召喚された鷹の魔女・キルケーは、カルデアの一角にてとある少女──
──“並行世界の自分自身”に遭遇した。
彼女こそは数ヶ月前にカルデアへ訪れていた月下の魔女。大筋をこちらのキルケーと違 えない、
編纂事象のうち一つより至った『可能性』である。
「ほっほう。へえ? きみが、私かぁ。ふんふん、へえー……」
既に立香から聞かされていたのだろう。キルケーはさして驚いた様子もなく、興味深そうに観察する。
自分自身だから、という波長の一致もあるのか。遠慮すらなく、雪色の髪をかきあげては背中の表面まで
べたべたと触りながら確認をし始めた。
対してあちらの『キルケー』は……やはり涼しい顔で、観察するその目つきさえ同じにしている。
「……話には聞いていたけれど、わたしにしては随分と落ち着きがないのね」
いつもの毒も勢いはなく。振りほどくそぶりを見せないまま、されるがままに触診を受け入れている。
言わば一つの気安さだろう。キルケーはすっと一歩下がり肌を離すと、こちらもなんてことの無いように言葉を返した。
「む。落ち付きがない、なんて評されたのは初めてだね。なにか? きみの生きたギリシャには、遅延の呪いでも掛かっていたのかい?」
「いーえ。わたしにしては、というお話よ。あなた、ちょっとばかり優雅さに欠けるのではなくて?」
拗ねたように口を尖らせる『キルケー』。ぱちん、と指を鳴らすと、世界がそのままひっくり返る。
直後現れたのは静かな庭園。一組のガーデンテーブルにティーセット。そして傍らには二人の侍女。
そこは『キルケー』があらかじめ異なる位相に作り上げていた『至福の絶園 』──魔女の異界 だった。
『キルケー』は椅子に座ると、カップを持って語り始める。
「もっとこう、ほら、見てちょうだい。カップを片手に、メイドを侍らせて、ゆったりお茶を口に運ぶ。絵になるでしょう?」
「絵に……は、なるかもしれないがさぁ。きみってやつは、こんな話のために随分と大げさな演出をするんだね」
呆れたようにため息をつく羽の少女。当然のように杖を侍女に預けると、倣うかの如く自らも座り、カップを煽った。
舌に馴染ませてから、一拍。
「……ふふ。よぅく知っている味だ。知っているが、久しい味だ。うん、紛うことなく、きみは私だね」
「あら、それはどうも。……久しいの?」
何気なく返した疑問。キルケーはしまったと言いたげな表情で動きを止める。
……十秒後。自分相手だしいいか、と短絡的に考えたようで、それでも躊躇いがちに口を開いた。
「……その、なんだ。私さ、髪を短くしてるだろ?」
「はぁん。乙女ね」
「乙女を卒業したんだよぉ!」
目をバツ印(><)のようにして顔を赤くするキルケー。対して白い方は、数秒前とは打って変わって
興味もなさそうに茶を啜っている。
「だ、だからね、それと一緒にいろんなものを断 ったのさ! 言うなれば過去との決別だ!
きみが言った優雅さだって、男の目を気にしてのものだろう? そういうの、ぜーんぶオサラバしたんだよ!
……うぅ、まったく、みなまで言わせないでくれっ。きみは私だろ? 察したなら優しくしてくれよぉ」
「ごめんあそばせ。わたし性格悪いから、そういうのは期待しない方がいいわよ?」
またもや適当極まる『キルケー』の返事。いい加減に苛立ったキルケーが目を開くと、雪色の少女は
侍女に爪の手入れをさせていた。
ふるふる、と困惑とか怒りとか羞恥心とかのやるせない感情で肩を震わせる羽の少女。溜めに溜めたのち、
落ち付き払った声色で言葉を投げかける。
「……ねえ」
「なにかしらー」
「……さてはあれだろ。怖いんだろ」
たった一言で、ビクゥッ! と『キルケー』の肩が跳ねた。
「……は、はぁ? どうしてそういう結論に至ったのかこれっぽっちも微塵も何一つわからないのだけれど?」
表情を固定したまま、動じないよう努めている様子で否定する『キルケー』。
しかしキルケーもまた、その弱みを見逃すほど甘い生き物ではなかった。
「あっはっは。──フラれた時のことを思い出すと泣きそうになるんだろ!? 私だもんなー! わかるともさ!」
「…………あーんーなーぼーんーくーらーのことを思い出してセンチメンタルになんてなるわけないでしょう!? ふんづけるわよ!」
ついに『キルケー』は堰を切ったように感情丸出しで反論する。
目じりに涙が浮かんでいるのを確認して──しかし雪色の少女の言葉を反芻すると、怒りの矛先が少しずつズレて行って。
「はあ!? ボンクラってきみいや確かにボンクラだがそれでもめちゃくちゃいい男なんだぞ馬鹿にするなよな!?」
「そっっっ……、……れは否定しないわ。聞かれたら癪だからここでしか言わないけれど」
「だよなぁ。……なんであんなのに引っかかっちゃったんだろうなぁ、私ら」
……数分後。
そこには、仲睦まじく談笑する二人の姿があった。
◆
「──……へえ、そっちのオデュッセウスは女なのかぁ。またヘンテコな世界だねぇ」
「わたしとしては、男という方が違和感があるのだけれど……。それよりあれよね。男を豚に変えるって。特殊性癖だと思うわわたし」
「女の従者に変えて、あまつさえセックスまでする方が狂ってると思うが」
「……??? 豚とはしないの?」
「しないよ!? 獣姦なんてしたらピグレットたちが可哀そうだろう!」
「元は人間なのに」
「そーれーでーもーだー!」
……平和、とは間違っても言えないが、過去の話というだけマシだろう。
そんな会話をきっかけに、キルケーはカルデアのことを思い出す。
「……あっ。ピグレッツの餌箱が空になっていたんだった! いい加減戻らなくちゃ」
「あら、部屋に待たせているの?」
「うん。ずっと連れて歩くなんてのは、ほら、流石に他の子に迷惑だろ?」
「……あなた、本当に混沌・中庸?」
もちろん! という言葉をそこそこに流し、『キルケー』もまた、思い出したように口を開く。
「……ああ、そういえばわたし、あなたに一つ、お願い事ができた んだったわ。聞いてくださる?」
「今のを聞いてなお頼みごとを押し付けようとする図々しさは評価してあげよう。程度にも寄るけれど、なんだい?」
キルケーは気付かない。雪色の少女が、厭らしい笑みを浮かべていることに。
キルケーは気付かない。並行する編纂事象が、どれほどかけ離れているものだったかに。
『キルケー』は、当たり障りのない笑顔という仮面を貼り付けて。
「──あれだけ乙女の柔肌を弄んだんだもの。こちらも相応の“お返し”が必要だと思うのよね?」
そう言った。
ぽく、ぽく、ぽく。キルケーはこれまでの会話を思い出す。
そうして一分近く経ったところで、ようやくその意味を理解した。
「……ぎゃあー!? なんだよきみ、百合趣味だけじゃなく変態なのか!? やめてくれっ、経験豊富でもレズとか無理だってぇー!」
「うっふふふ。あなたがオデュッセウス君に似た口調だったものだから、ちょっとテンション上がっちゃってぇ」
「軽いよ!? 動機が軽すぎるよ! 本当に並行世界の私なんだろうなぁきみ!」
「あとほら、自分同士プレイとか想像するだけで背徳感がすごくてもう辛抱たまらないの」
「そこに一番興奮するのかあぁ! さては正気じゃないな!?」
騒ぐ少女を尻目にして、再び指を鳴らす『キルケー』。途端にキルケーの手足へと、どこからともなく現れた触手が絡みつく。
「え」 キルケーはまた数秒呆けてから──ここが、自分と同等の実力を持つ魔術師の神殿 だということを思い出した。
「陣地に籠らないキャスターはカモ。聖杯戦争の常識よねえ?」
「あわっ、あわわわわわわ」
「陣地に籠るキャスターは最優。聖杯戦争の常識よねえ?」
「あわわわわわわ────ひっ」
キルケーの頬に、小さくも柔らかな手が触れる。
「安心して。想い出に残る くらい、素敵な一夜を刻んであげる☆」
ぎゃわー。
……異界に響いた嬌声 は、カルデアには届かなかった。
「…………おや」
「…………あら」
改めて藤丸立香に召喚された鷹の魔女・キルケーは、カルデアの一角にてとある少女──
──“並行世界の自分自身”に遭遇した。
彼女こそは数ヶ月前にカルデアへ訪れていた月下の魔女。大筋をこちらのキルケーと
編纂事象のうち一つより至った『可能性』である。
「ほっほう。へえ? きみが、私かぁ。ふんふん、へえー……」
既に立香から聞かされていたのだろう。キルケーはさして驚いた様子もなく、興味深そうに観察する。
自分自身だから、という波長の一致もあるのか。遠慮すらなく、雪色の髪をかきあげては背中の表面まで
べたべたと触りながら確認をし始めた。
対してあちらの『キルケー』は……やはり涼しい顔で、観察するその目つきさえ同じにしている。
「……話には聞いていたけれど、わたしにしては随分と落ち着きがないのね」
いつもの毒も勢いはなく。振りほどくそぶりを見せないまま、されるがままに触診を受け入れている。
言わば一つの気安さだろう。キルケーはすっと一歩下がり肌を離すと、こちらもなんてことの無いように言葉を返した。
「む。落ち付きがない、なんて評されたのは初めてだね。なにか? きみの生きたギリシャには、遅延の呪いでも掛かっていたのかい?」
「いーえ。わたしにしては、というお話よ。あなた、ちょっとばかり優雅さに欠けるのではなくて?」
拗ねたように口を尖らせる『キルケー』。ぱちん、と指を鳴らすと、世界がそのままひっくり返る。
直後現れたのは静かな庭園。一組のガーデンテーブルにティーセット。そして傍らには二人の侍女。
そこは『キルケー』があらかじめ異なる位相に作り上げていた『
『キルケー』は椅子に座ると、カップを持って語り始める。
「もっとこう、ほら、見てちょうだい。カップを片手に、メイドを侍らせて、ゆったりお茶を口に運ぶ。絵になるでしょう?」
「絵に……は、なるかもしれないがさぁ。きみってやつは、こんな話のために随分と大げさな演出をするんだね」
呆れたようにため息をつく羽の少女。当然のように杖を侍女に預けると、倣うかの如く自らも座り、カップを煽った。
舌に馴染ませてから、一拍。
「……ふふ。よぅく知っている味だ。知っているが、久しい味だ。うん、紛うことなく、きみは私だね」
「あら、それはどうも。……久しいの?」
何気なく返した疑問。キルケーはしまったと言いたげな表情で動きを止める。
……十秒後。自分相手だしいいか、と短絡的に考えたようで、それでも躊躇いがちに口を開いた。
「……その、なんだ。私さ、髪を短くしてるだろ?」
「はぁん。乙女ね」
「乙女を卒業したんだよぉ!」
目をバツ印(><)のようにして顔を赤くするキルケー。対して白い方は、数秒前とは打って変わって
興味もなさそうに茶を啜っている。
「だ、だからね、それと一緒にいろんなものを
きみが言った優雅さだって、男の目を気にしてのものだろう? そういうの、ぜーんぶオサラバしたんだよ!
……うぅ、まったく、みなまで言わせないでくれっ。きみは私だろ? 察したなら優しくしてくれよぉ」
「ごめんあそばせ。わたし性格悪いから、そういうのは期待しない方がいいわよ?」
またもや適当極まる『キルケー』の返事。いい加減に苛立ったキルケーが目を開くと、雪色の少女は
侍女に爪の手入れをさせていた。
ふるふる、と困惑とか怒りとか羞恥心とかのやるせない感情で肩を震わせる羽の少女。溜めに溜めたのち、
落ち付き払った声色で言葉を投げかける。
「……ねえ」
「なにかしらー」
「……さてはあれだろ。怖いんだろ」
たった一言で、ビクゥッ! と『キルケー』の肩が跳ねた。
「……は、はぁ? どうしてそういう結論に至ったのかこれっぽっちも微塵も何一つわからないのだけれど?」
表情を固定したまま、動じないよう努めている様子で否定する『キルケー』。
しかしキルケーもまた、その弱みを見逃すほど甘い生き物ではなかった。
「あっはっは。──フラれた時のことを思い出すと泣きそうになるんだろ!? 私だもんなー! わかるともさ!」
「…………あーんーなーぼーんーくーらーのことを思い出してセンチメンタルになんてなるわけないでしょう!? ふんづけるわよ!」
ついに『キルケー』は堰を切ったように感情丸出しで反論する。
目じりに涙が浮かんでいるのを確認して──しかし雪色の少女の言葉を反芻すると、怒りの矛先が少しずつズレて行って。
「はあ!? ボンクラってきみいや確かにボンクラだがそれでもめちゃくちゃいい男なんだぞ馬鹿にするなよな!?」
「そっっっ……、……れは否定しないわ。聞かれたら癪だからここでしか言わないけれど」
「だよなぁ。……なんであんなのに引っかかっちゃったんだろうなぁ、私ら」
……数分後。
そこには、仲睦まじく談笑する二人の姿があった。
◆
「──……へえ、そっちのオデュッセウスは女なのかぁ。またヘンテコな世界だねぇ」
「わたしとしては、男という方が違和感があるのだけれど……。それよりあれよね。男を豚に変えるって。特殊性癖だと思うわわたし」
「女の従者に変えて、あまつさえセックスまでする方が狂ってると思うが」
「……??? 豚とはしないの?」
「しないよ!? 獣姦なんてしたらピグレットたちが可哀そうだろう!」
「元は人間なのに」
「そーれーでーもーだー!」
……平和、とは間違っても言えないが、過去の話というだけマシだろう。
そんな会話をきっかけに、キルケーはカルデアのことを思い出す。
「……あっ。ピグレッツの餌箱が空になっていたんだった! いい加減戻らなくちゃ」
「あら、部屋に待たせているの?」
「うん。ずっと連れて歩くなんてのは、ほら、流石に他の子に迷惑だろ?」
「……あなた、本当に混沌・中庸?」
もちろん! という言葉をそこそこに流し、『キルケー』もまた、思い出したように口を開く。
「……ああ、そういえばわたし、あなたに一つ、お願い事が
「今のを聞いてなお頼みごとを押し付けようとする図々しさは評価してあげよう。程度にも寄るけれど、なんだい?」
キルケーは気付かない。雪色の少女が、厭らしい笑みを浮かべていることに。
キルケーは気付かない。並行する編纂事象が、どれほどかけ離れているものだったかに。
『キルケー』は、当たり障りのない笑顔という仮面を貼り付けて。
「──あれだけ乙女の柔肌を弄んだんだもの。こちらも相応の“お返し”が必要だと思うのよね?」
そう言った。
ぽく、ぽく、ぽく。キルケーはこれまでの会話を思い出す。
そうして一分近く経ったところで、ようやくその意味を理解した。
「……ぎゃあー!? なんだよきみ、百合趣味だけじゃなく変態なのか!? やめてくれっ、経験豊富でもレズとか無理だってぇー!」
「うっふふふ。あなたがオデュッセウス君に似た口調だったものだから、ちょっとテンション上がっちゃってぇ」
「軽いよ!? 動機が軽すぎるよ! 本当に並行世界の私なんだろうなぁきみ!」
「あとほら、自分同士プレイとか想像するだけで背徳感がすごくてもう辛抱たまらないの」
「そこに一番興奮するのかあぁ! さては正気じゃないな!?」
騒ぐ少女を尻目にして、再び指を鳴らす『キルケー』。途端にキルケーの手足へと、どこからともなく現れた触手が絡みつく。
「え」 キルケーはまた数秒呆けてから──ここが、自分と同等の実力を持つ魔術師の
「陣地に籠らないキャスターはカモ。聖杯戦争の常識よねえ?」
「あわっ、あわわわわわわ」
「陣地に籠るキャスターは最優。聖杯戦争の常識よねえ?」
「あわわわわわわ────ひっ」
キルケーの頬に、小さくも柔らかな手が触れる。
「安心して。
ぎゃわー。
……異界に響いた
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