最終更新: nevadakagemiya 2017年11月14日(火) 00:57:19履歴
………………薄暗い部屋の中で目を覚ます。
カーテンで厚く閉ざされた窓から薄く透けて差し込む日光、それだけが私が現在の時刻を知る標だ。
ベッドから起き上がろうか、と考えるが起き上がっても何もすることはないのでそのまま横たわった姿勢を保つ。
そう、私には何もやることはない。一切合切、この世界に存在する全ての物ごとに意味を見出せない。
テレビを見る?ゲームをする?本を読む?そんな娯楽なんて所詮は虚構の産物だ。私には楽しめない。
仕事に行く?論外だ。人と接する?絶対に拒む。私は人と目と目を見て会話なんて出来ない。出来やしない。
出来るわけがない。私は、そう言う人間なのだ。
もう何も信用できない。この世界に存在する物全てを疑い、そして全てを拒む。
この左腕に繋がれた管とそれの繋がる栄養素の詰まったパックだけが私の信じれる唯一の存在だ。
あの日、私がお母さんをこの手で殺してしまったあの日から……………
『汚らわしい!!穢らわしい!!!出てけ!!出てけ!!出ていって!!!』
『アンタなんかうちの子じゃない!!人間ですらない!!この汚物!!!』
………………また………、この声だ。
あの日の死ぬ直前の母親の表情と叫びが脳裏にこびりついて離れない。
思い出すたびに以前はベッドに吐瀉物をまき散らして迷惑をかけていたが、
今じゃ食事も喉を通らない。胃の中には吐き出す内容物なんぞ無くなった。
こんな、思い出すだけで苦痛な過去の情景を思い浮かべ、そして鬱々としているだけで一日は終わる。
身動きも取らず、食事もとらず、ただただ己の過去と見向くだけの生活。
いったい何のために私は生きているんだろうと何度も思った。
そのたびに私は結論に達する。
「ああ……………、私は………生まれてたのがまず間違いなんだ」
いつもこの結論に達する。
それでも私は、飽きずに疑問に思い続ける。何故私は生きているのか。
この結論に不満でもあるのだろうか?例え結論が不満でもそう決まったのなら従うしかない。
運命とは人の手なんかじゃ変えられないもの。結論も同じだ。どう足掻いても変わらない。
……………………だから生きるのを、幾度やめようとしたことか、数え切れない
そんなことを思いながら、今日も私はベッドに潜る。
この部屋だけが………このベッドだけが………、
この薄暗い世界だけが、私に安寧をもたらす。
◆
「では……………月例大総監会議を開始いたします」
痩せ気味の白衣の男が円卓を囲む椅子に座り言う。椅子の数は全てで十三。
しかし、中にはいくつかの空席も目立つ。それでも男は構わず進める。
「えー、先日アトラス院院長ズェピア・エルナトム・アトラシアと導き手の面々が接したのはご存知の通りでしょうが、
それにより最高大総監たる我々も大きく動くことがあるでしょう。それぞれ導き手に従い動くことが望まれます」
「はい」
「了解」
「わかりましたー」
それぞれ円卓を囲む椅子に座る少女や童女が返事をする。
中には男性なのか女性なのか分からない人もいるが………
「そう言えば皆さんの直属の導き手方は、アトラス院と接触して御変わりになられましたか?」
「うーん………、ガフは……特には」
「自分も同じです。女王は特に変わった様子はありません」
「………………そう」
「先輩は何やら楽しんでいましたねー
もしかしたら一緒にレイシフト行けるかなって」
「相変わらず………十三位は緊張感があるのかないのか………」
ハハハ………、と執事のような男性が苦笑いする。
「あと気になるのは第九位の意向ですが………、ンドップさんはいませんね」
「何やら用事があるとかで、モーチさんに今はべったりです」
「仲良さそうですもんね、あの部署」
「あら、そういうアトリスさんこそ、女王様といつもご一緒で」
「女王と私にそのような事は一切ありません」
ちょっと凄むような雰囲気で言われ、ちょっと発言者は圧される。
「ふん、どこもかしこも平和で面白くねぇ、アトラスだぞ?あの巨人の穴倉だ
世界すら滅ぼせる連中を、何故乗っ取ろうとしねぇ!!」
「ディストルツィオーネ………我らは歴史も浅ければ力もない。
数千年の歴史を持つ連中に、かなうはずがない。」
「日和ってんじゃあねぇぞディエール。こっちにぁ俺のような死徒もいる。
導き手になりゃあ俺より強い連中だっているはずだ。アトラスにも勝てる。」
「ですが、彼らには七大兵器があります。それに魔術協会の1つ、これを相手取るという事は………」
「俺たちは世界を変えるんだろう!?秩序だの誓約だのルールだのをぶっ壊すのが仕事だろう!
ならァ!!魔術協会の1つや2つ相手取るのに日和ってどうする!?テメェラそれでも大総監かぁ!?」
ビリビリと声が会議室中に響く。多少詭弁が入っていても、彼のいう事は突き詰めた正論である。
ここにいる円卓を囲む人々はその言葉に言い返せないでいた。
「だ………、だが我々は、導き手の意志には逆らえない。
我々は各々の救い主たる彼らに忠誠を誓った!それを破るわけには─────」
『ギャバギャバギャバギャバギャバギャバギャバギャバギャバァ!!!
忠誠だァ?救い主だァ!?笑いが止まらねぇなぁッ!!ギャーッバギャバギャバァ!!』
不快な笑い声が会議室中に響いた。
その笑い声を聞き、一人は眉を顰め一人は眉間を抑え、そして一人は隣に座る少女を匿う様に覆った。
「テメェラ………、あんなおままごと連中に本当に忠誠なんざ誓ってンのかぁァ〜ッ!?」
ズズズ………、とまるで地面にぶちまけたレッドワインのような液体が集まり人の形をとり、
そしてやがて人相の悪い男の形をとって椅子へと座った。
「サムエーレ……………ッ!!貴様その言葉はどういう意味だ!!」
ガタリ、と少女のような風貌の少年が立ちあがる。
「その言葉……僕の女王への忠誠を侮辱する言葉か!?」
「オオっとぉ得物を仕舞えよアトリス。それに、その程度の武器じゃあ俺は殺せねぇぞ餓鬼ィ」
下品な笑みを男は浮かべる。それに少年は苦々しい顔をして席に戻る。
「考えても見ろよ阿呆共ォ!テメェラちょいと妄信的すぎやァしねぇか!?
救われただの!助けられただの!悲惨な人生から救い上げられただのォ!!
んな程度の事で盲目的に信仰してんじゃあねぇよタァァァァコ!!」
男が椅子から立ち上がる。会議室内には険悪な雰囲気が立ち込める。
「そこまで連中に入れ込む意味なんざ!どこにもねぇ!!
俺たちはただこの世界が気に入らないから書き換える!そうじゃねぇのかい?
だったら好きに動けばいいだろう!!目上の瘤なんざ気にせずにヨォ!!ギャバギャバギャバァ!!」
「サムエーレ……お前!!」
「よすんだ………こいつのことばを一々真に受けていては心臓がもたんぞ」
「でも…………ッ!」
少年が言葉を発しようとしたが、次の瞬間に止める。
隣に座る少年から、得体のしれない感情の波を感じたからだ。
「………ガフの事を………それ以上………悪く………言うな……ッ!」
「………………ふん、あのボロクズの腰巾着か。」
人相の悪い男は少し苦い顔をしながら言う。
「テメェんトコのガラクタは相手にするのはちと手間がかかる。
あんたがキレたってこた、俺は今日はここまでにしといてやるよ。」
そういうと男はまたワインのような液体状に戻り、何処へと消えていった。
『おおっと忘れてたぜェ。オリジンストーンの屋敷にはおめぇら近づくんじゃねぇぞ
ここ一週間は"俺の仕事場"だ。巻き込まれても保険は効かねぇぜ?ギャーッバギャバギャバギャバギャバァ!!』
「……………………ちっ、相変わらず来るだけで不快になる男だ」
そう言うと、全身の体毛を剃っている男が立ちあがり部屋を後にする。
「待てディストルツィオーネ!話はまだ…………」
「サムエーレが言ったろう、そこまで導き手に従う道理はねぇと
あいつはゲロ以下の存在だがそこには賛成だ。俺は俺のやりたいように動く。」
そう言って男は、無言で扉を閉めた。
『…………………』
会議室には、唯重い沈黙だけが残っていた。
◆
キィィィィィ、と
また意味もない眠りに入ろうとしたその時、扉が開いた。
久々に見る廊下からの人口の光に少し目が痛む。
「骨片採取のお時間です」
ああ………、そうだった。忘れていた。
起きて、寝て、無意味に過ごす私の時間の中で数少ない"出来事(イベント)"。
一週間。7日に1度だけ、私は第十二肋骨の一部分を切り取られ、採取され、そして治癒される。
「麻酔を掛けます。」
「………………はい」
チクリとした痛みがすこしわき腹に走る。
それから少し経って、ジョキジョギと肉と皮膚を切り裂く音がする。
ベッドが汚れないように魔術的な防布を敷き、そして痛みを無に抑える魔術的な麻酔を使っているらしい。
この施術者は非常に感情の機敏が乏しく、しかし腕は精密で最小限の時間と動きで作業を終える。
ゴリゴリ、と骨を削る音が響く。麻酔はしていても振動の感触は伝わってきて、なんとも不快だ。
「……………………ねぇ」
「はい、」
私は思わず、長い間この施術の間思っていたことを口に出してしまった。
「私の骨なんて……………削って何に使うの?」
「回答します。アナタの先天的魔術素質たる起源が非常に珍しい物であると聞きました。
故に私はあなたの骨を削り、そこから起源弾を応用した起源香を作成、第一位の計画に役立てます」
……………………えーっと、その、なんて?
「解説します。起源とは人各々の魂の元、始まりの在り方です。
貴女はその起源が覚醒した存在という貴重なサンプルです。とても珍しいのです。
そして起源弾とはその在り方を他人に移す特殊な兵器です。魔術とは深いかかわりの下にあります」
はぁ………………、でも、え?そんな、機密事項みたいなこと言っても良いの?
「逆に質問します。アナタはこの情報を得た所で誰かに話しますか?」
……………………………………………………………………。
「質問は以上でしょうか、施術も終わりましたのでここで帰ります」
「ま、まって!」
あまりにも見事な切れ味だった……。じゃなくて!ええっと………
「えっと、あなたは…………なんでこんな組織に入ったの?」
ここに連れてこられる際に、私はここの概要を聞いた。
新世界を創る組織。新しい世界を創るために、既存の体系を破壊する組織。
……………そんな組織に、私なんかはともかく、こんな小さな女の子が、なんで
「回答します。当然です」
少女は立ち上がりながら答える
「こんな世界、壊れて当然だと考えるからです」
少女の表情は、一切の変化のない"無"だった。その目には、一切光が灯ってなかった
……………私だけじゃないんだ。この世界が、嫌な人たちは………。
「では失礼します」
「あ…………えっと、その…………」
「………………?まだ何か」
「あー…………その〜〜〜…………」
ああもう……こういう時に何も言えなくなるのは私の悪い癖だ………
「また………その、フヒッ、えーっと……来た時、話、しよう?」
心臓が飛び出るほど緊張した。あれ?人と話すときって、こんな怖かったっけ………?
「─────────────────はい」
少女は、私のしどろもどろな提案でも、にっこりとほほ笑んでくれた。
「このナナでよろしければ、お話ししましょう」
そう言って、少女は去っていった。
へぇ………そっか、ナナって言うんだ、あの子。
それからという物、私はその施術の日が楽しみになった。
何も信じられなかった、拒絶することしかできなかった世界で、一人だけ出来た話し相手。
私は、彼女とこの閉ざされた空間で数分話すことだけが、週の楽しみとなっていた。
◆
「しかし…………それにしても第一位の所の大総監は顔を出しませんね」
重苦しい会議を終え、バラバラとそれぞれ会議室から解散する大総監達。
そんな中で数人が固まりながら廊下を移動し話をする。
「そうですね……………お体の具合でも悪いのでしょうか?」
「心配…………見舞いに、いく?」
「いや、その必要はないだろう。第一、彼女は大総監と似て非なる物だからな」
急に会話に割り込んできた白衣の痩せ気味の男性が意味深な言葉を言う。
「?」
「彼女はあくまでその起源が注目されただけだからな。
彼女の起源を用いた新兵器は、おそらく我らO-13の大きな戦力となるだろう。
それへの期待値こそが、彼女を大総監たらしめているのだ」
「新……………」
「………………兵器?」
「ああ」
コクリ、と男は軽くうなずいた。
「起源香、起源覚醒者の肋骨の粉末を植物に吸わせ育成、加工した麻薬の一種だ。
これを吸った物は、全てその起源に応じた影響が出るらしいが、第一位に聞かないと詳しくは分からない。」
「ほぉー、なるほど」
「それは完成したら、素晴らしい武器になるかもですね」
そんな会話をしながら、それぞれは各々の持ち場へと散っていった。
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