ImgCell-Automaton。 ここはimgにおけるいわゆる「僕鯖wiki」です。 オランダ&ネバダの座と並行して数多の泥鯖を、そして泥鱒をも記録し続けます。

 この木と紙で出来た引き戸をこの国では障子戸、というらしい。
 かつての常識からすると住居の扉としては少々脆すぎるような気がガレスにはしてしまうが、なるほど趣きはあるのだろう。
 この扉に限らずこの屋敷の意匠はそういった文化圏の空気感で可能な限り統一されていた。純和風というものだ。
 近所の家々もそれぞれの個性こそあるが、似たような作りの門を構えている。そういった外観で統一するよう管理されている、とは後で聞いて知った。
 かつて京都と呼ばれた地域にあるモザイク市「御苑」でも、そこはいわゆる高級住宅街と呼ばれる地区だった。
 ガレスのいるこの退崎の家も全く恥じ入ること無くその列に並ぶことの出来る大した金持ちだった。
 白塗りの壁と黒い石細工――瓦というらしい――で出来た威厳を感じる門を潜れば、大きさ、品格、共に重厚を極める威風堂々とした佇まいの家と庭が姿を現す。
 座より降り立つ時に知識は与えられているとはいえ、極東の文化には縁のないはずのガレスの心を打つほどの大きな屋敷だった。
 夕暮れの朱に染まる板張りの廊下を進んだ先、ガレスはその障子戸の取っ手へ手をかける。
 生前はあまり馴染みのなかった引き戸にももう慣れた。静かにスライドさせて、部屋の中をそっと覗く。
 「………マスター。またこのような暗い部屋で明かりもつけないで………」
 口の中だけで小さく溜め息をついた。
 屋敷の規模に比べればこじんまりとした部屋だ。倉庫のひとつとして使われているその部屋は雑然と多種多様なものが置かれている。
 その少し埃っぽい部屋の片隅にちょこんと膝を抱えて座っているのがガレスの探していた人物………ガレスのマスターだった。
 彼女はこの部屋がお気に入りだった。特に、こういうときは。
 「…………」
 返事がない。仕方なく、ガレスは薄暗い部屋を荷物を避けながらマスターの元へと近寄る。
 まだ10代の半ばにも達してない少女だ。こうして改めて見てみると息を呑むほど美しい少女だとガレスは感じ入る。
 髪の毛はまるで夜の底を掬って染めたような美しい黒色だ。腰まで伸ばしているが毛先まで艶やかさは微塵も損なわれていない。
 肌も新雪のように白い。白人の肌の白さとはまた違った味のある色合いだ。触れれば熱で溶けてしまいそうと錯覚するほどだ。
 着ている和服の質素ながら粋の散りばめられている様を含め、宝石の原石そのままではなく丁寧に手入れを施された少女だった。
 ただ、目鼻立ちも形良く綺麗に揃ってはいるのだが、その表情には憂いの色が差している。
 彼女にとってはいつものことだった。年頃の娘らしい快活さは無く、陰鬱な顔ばかりしているのだ。明るい色のパレットなど最初から無いとでもいうように。
 彼女の従者として召喚されて以来、ガレスはマスターが屈託なく笑ったところをまるで見たことがない。
 勿体のないことだとガレスは思う。これだけの器量だ。微笑めばきっと天使のように愛らしいことだろうに。
 壁に背を預け、床にそのまま座っている少女の隣にガレスも膝を崩しながら腰を下ろす。彼女の方を見ること無く、目の前の古びた箱でも目にしながら言った。
 「また、外で誰かに虐められでもしましたか?」
 ガレスの方を見ようともせず、抱えていた膝に顔を押し付けてマスターが表情を隠す。
 打たれ弱い、心の弱い少女だった。というのも、彼女の変わった体質にそれは起因している。
 喋りぶり、一挙手一投足、外見の美しさ。彼女を構成する様々な要素が、何故か彼女に対する攻撃性を他人に覚えさせるのだ。
 それはガレスも例外ではない。からかいたい、困った顔を見てみたい、と向き合っていて感じたことが何度あったことか。そのたびに強く自分を律する必要があった。
 最初は自分だけかと大いにガレスを困惑させたが、しばらくするうちにどうやら万人に共通のことのようだと気づくに至った。
 退崎の家はまるで心当たりが無いようだったが、どことなくその資質に魔性の気配をガレスは嗅ぎ取っている。
 かつて幾度か混ざったという西洋人の血が怪しいと踏んでいるが、分かったところでどうにかなるものでもない。無用の混乱を招くことを控え、ガレスはそのことについては口をつぐんだ。
 そんなふうであるものだから、少女がこうして塞ぎ込んでいることはしょっちゅうだ。
 なるべくそうならないよう務めたいガレスだが主従だからといって四六時中ずっと一緒にいることができるわけではない。
 だから後からこうしてひとり落ち込んでいるマスターを探し当てるのも今回が初めてではなかった。内向的でひとりを好む少女だったが不思議とガレスが傍にいることは嫌がらなかった。
 黙りこくったままの少女が嫌な気分と折り合いをつけてふらふらと立ち上がるまで、特に会話を交わすこともなく一緒にいる。それがいつものパターンだ。
 だからそれは不意打ちだったと、ガレスはそうよく覚えている。
 「え」
 ついそんな間抜けな声が漏れてしまった。
 身体の側面に感じるのは羽毛のように頼りない重さ。そちらに目を向けると、普段ならずっと膝を抱えたまんまの少女がおっかなびっくりガレスの肩に額を擦りつけている姿が映る。
 落ち込んでいるときはひたすら自分の世界に閉じこもる少女がガレスに身を寄せてきた。それまでの記憶にないことだった。
 ガレスは一呼吸の間ほど逡巡した。それから、ゆっくりと少女の身体に腕を回した。あやすように薄い肩を優しく撫でる。
 肉親にすら間にいくらかの溝を作っているような子が、ガレスに対してどのような感情を抱いたのか。ガレスには完全に推し量ることはできない。
 だがサーヴァントとして、いいや心細さを打ち明けられたひとりの人間として、決して無下には出来ぬとガレスに思わせた。
 やがて静かで細やかな、息を殺した嗚咽が聞こえだした。ひっく、ひっく、と。まるでしゃっくりのようで、でも物悲しい響き。
 辛くて、苦しいのだろう。虐めてくる相手も、虐められる自分も嫌なのだろう。ガレスには些細なことでも、彼女には夥しい脅威に見えるのだろう。
 ついガレスは彼女の肩を抱く片腕の力を強くした。マスターは嫌がる素振りを見せなかった。
 まだガレスを抱きしめたりはせず、ガレスの肩だけ借りてぐずつくだけ。まだ完全に心を開いてくれたわけではないのだろう。ああ、でも。この時ガレスは決心したのだ。
 サーヴァントとして召喚された時と同じことを、全く意味合いを変えてはっきりと定めたのだ。
 ―――このマスターの味方でいよう。
 ―――何が敵に回るとしても、ぼくだけはこの子の最後の寄る辺でいよう。
 「大丈夫です、マスター。ぼくのナミネ。ぼくはここにいますから。大丈夫ですよ」
 明り取りの窓から差し込む、夕暮れの燃えるような赤がゆっくりと薄墨色に染まっていく小さな部屋の片隅で、それはガレスがナミネにすら言わぬまま勝手に交わした契約だった。



 近頃の携帯端末というのは実に便利である。
 水やら湿気やらといった外的要因に対する完全耐性を持った上で、この薄っぺらい板1枚で数多の書籍に触れることが出来るのだ。
 この時代においてはそういった利便性よりも紙をめくるという操作性に重点を置いて物質としての本を珍重する者も多いらしいが、文といえば巻物スクロールだったガレスにとっては指でなぞるだけで次のページを読み進められる利便性は代え難い。
 そうして長風呂に浸りながら、ガレスが気になっていた本をのんびりと読み耽っていた時のことだった。
 がらり、と浴槽に続く扉が遠慮なく開け放たれる音。
 サーヴァントであるガレスは洗濯槽やら洗面台やら、水場の集中している区画を兼ねた脱衣所での彼女が服を脱ぐ衣擦れの音を察知していたが、制止をかける理由もないので黙っていた。
 端末に目を通していたガレスは横に備え付けた簡易文机にそれを置くなり、困ったふうを装いながら風呂場に侵入してきた者を見つめた。
 侵入者は俯いたまま、後ろ手に浴槽の扉を閉めつつもその場を動こうとしない。
 内心やれやれと呟きつつも、ガレスは浴槽の中に腰掛けたまま両腕を侵入者に対して広げてみせた。
 「はいはい、おいで?」
 誘いに対し、今にも死にそうな顔でふらふらと浴槽に近寄ってきた裸身の女はガレスが先にいるのにもお構いなく入ってくる。
 どこか投げやりに湯船に身を沈めるなり、ガレスの豊かな乳房が揃う胸へ顔を押し付けるようにして腰に手を回し抱きついてきた。
 つまり、いつものことだった。
 「今日はどうしたの?ナミネ」
 「………お客に絶対いけずな女やと思われた」
 「そりゃ日頃からあんな冷たい顔と態度とってたらね〜」
 「………ガレスもいけずやな」
 ふたりが入ってもその気になれば足を伸ばせるくらい大きな浴槽だ。だが離れる気は全く無いとばかりにガレスの膝の上に座るようにしてべったりとナミネはくっついている。
 苦笑しつつ、ガレスは彼女の艷やかな黒髪を撫でた。手触りは昔のままだが、かつて腰まであった髪は首元あたりまでに短くなっていた。
 とても美しい女性に育ったものだ、とガレスは時折感慨に浸る。10年以上前の少女だったナミネを知るだけに、ひときわそう感じる。
 普段は装飾品の一つも身につけないお堅いスーツ姿で包み隠しているが、こうして裸身になると目眩がするくらいの女っ気に圧倒されそうになる。
 肌の白さは以前のままに、女性としての体の曲線は比べ物にならないほど肉感的になった。締まった腰回りと反比例するかのように魅力的な形のとても大きな尻が目を引く。
 胸の大きさこそかなり控えめだがそれが彼女の肉体美にけちをつけているかといえば全く正反対だ。
 吹き溜まりのように薄く載った脂肪と尻の大きさは強烈なまでにアンバランスな対比を描いていて、いっそ淫靡ですらある。
 目鼻立ちも少女だった頃よりくっきりとした輪郭となり大人の女性の顔になった。ぷっくりとした唇はいつも瑞々しく、ガレスでさえたまに目に入るとどきりとしてしまう。
 ただ、こんなにも綺麗に育ったナミネだが、内面はというと更に複雑で困った女になっていた。
 「あの顔、お客はん引いてはったわ………ちっちゃい女の子やったのに……」
 「そうだね〜、ナミネは相手が男でも女でも、もっと言えば子供だろうがお年寄りだろうが容赦なく愛想無しだからね〜」
 「もう二度と来てくれはらんかも………」
 「実際そういうことになって怒られたことあったしね〜」
 「………………………」
 下手に慰めずきっちり指摘すると心なしかなおさらナミネはしょんぼりとしてガレスの胸に顔を埋める。
 10年と少しでよくもまぁここまで頑固な心の鎧を作ったものものだ。そこについてはずっと傍で見守ってきたガレスも呆れるやら感心するやら。
 脱ぎ捨てれば今みたいに些細なことですぐ傷つく脆弱過ぎる精神が顕になるのに、外では氷のような表情と同じくらい冷たい温度の態度で振る舞う鉄の女になる。ほとんど別人である。
 とはいえ本当に二重人格というわけがなく、どちらもナミネ本人であるため、鋼の仮面の下では毎日こうして猛烈なダメージを受けているのであった。
 疑問に寄り添う態度を求めてきた相手に四角く対応する。ちょっとしたクレームを持ってきた相手へ冷酷に対処する。そのたびに内心は軋みを上げている。
 だが、世界に対して怯えきっているナミネはこうした態度でしか外界と関われないのだ。
 だからあの上品な染め物のように美しかった髪も切ったのだろう。年頃の女なのにお洒落もせず、自分の女らしい部分を可能な限りひたすら殺すのだろう。
 お国言葉が口から漏れだすのが切り替わりのサインだ。こうなるともう、際限なくふにゃふにゃに萎んで駄目な人間になってしまう。
 こうしてガレスに縋り付いてくるのも2日に1度のペース。まるで消耗したバッテリーを充電しているかのよう。あの冷然とした態度はガレスという電力で動いているみたい。
 ナミネは弱い人間だ。出会った頃からずっと変わっていない。ガレスにはこうして素直に甘えにくるようになったぶんだけましになったというくらい。
 でも―――――。
 「じゃあ、何もかもやめてしまうかい?」
 「………」
 「いいよ、ぼくは。ナミネがそうしても駄目とは言わない。ぼくは変わらずナミネを守る」
 「………」
 ガレスの視界の中で、顔を埋めたままのナミネの頭が2,3度横に振られる。胸に鼻頭が擦りつけられて少しくすぐったかった。
 「そっか。じゃあ、明日も頑張ろうね」
 頬に慈しみの微笑みが浮かぶのを止められない。こちらからも軽くナミネの頭を抱いてやる。
 どれだけ傷ついても、落ち込んでも、涙流しても、ナミネはいつかのように自分の世界に閉じこもらず、外と関わりを持ち続ける。
 ほぼ全ての人間がひとりひとつの聖杯を持ち、誰もが不老不死で多くのものが何もせずとも満ちている現代。引きこもってひとりになろうと思えば容易になれてしまう世界だ。
 事実そういった隠者は一定数いると聞く。何もかもが充足してしまったことで逆に世界から遠ざかる道へ進んだ人間は確かに存在する。
 だがナミネはその道を選ぼうとしない。世界中の人間が怖いくせに、毎日ぐったりと疲れ果てながら恐ろしい人間の演技までして向き合っている。
 少しでもましな人間になりたい。2歩進んで3歩下がったとしても、前にだけは進んでいたい。そういう気持ちがナミネの中に潜んでいる。 
 あるいはこれこそがナミネが生来備わっていたはずの精神のしぶとさなのかもしれない。
 表皮はとても柔らかく脆い癖に底まで行くと意外な頑固さやたくましさを発揮することを10年以上の付き合いの中からガレスは知っていた。
 ただ、それだけではないだろう。その理由まではガレスには推察することは出来ない。
 それでも、ガレスは思う。
 退崎ナミネ。親愛なる今の我が主にして、目に入れても痛くないほど心の底から愛おしい妹分。
 毎日枯れそうになりながら、なんでもないありふれた日常と必死に戦っているあなたが、ぼくにとっては何よりも好ましい。
 ―――愛おしいとこういうこともしたくなるわけだが。
 顔を見られてないのをいいことに、先程の慈愛の表情とは打って変わったどこか生暖かい笑みをにんまりとガレスは浮かべた。
 ナミネの頭から手を離し、この視点からだとよく見えるナミネの眩しいくらい白い背筋を、指で。
 つーっと。
 「……ぃひゃんっ!?な、なにするのっ!?」
 「いやぁ、ここから見るとナミネの背中がすごく綺麗だな〜って。あ、もしかしてまたお尻大きくなった?」
 「なっ……あ、あほ!んっ、嫌やってば……!」
 跳ね上がるように体を起こしたナミネの顔は耳まで真っ赤だ。色白だから紅潮すると面白いほどすぐ分かる。
 ガレスはよく知っている―――ナミネの「嫌」は2種類あることを。本気で嫌がってる時と、口でそう言っているだけの時。
 今だって引け越しの癖にガレスに尻を鷲掴みにされているのを振りほどこうとしないのがその証左だ。そのうち『堪忍』と言い出すが「嫌」と同義語である。
 アクアマリンのように透き通った青色の瞳もどこか期待感に濡れていたような気がする。ほんの一瞬ガレスは思案した後、調子に乗ることにした。
 「いいじゃんかー、減るもんじゃなし。むしろ増えるかもだし。ぼくとしてはもう少し増量してもいいかなって思ってるし。
  それにナミネも疲れてるでしょ?肩揉むよりお尻揉んだ方が疲れ取れるよ?ホントのホント。だからぼくに身を任せてだね」
 「そ、そう言ってそのうち全身くまなく触りだすやろガレスは!か、堪忍、堪忍して……!んんん―――!」
 悲鳴なんだか嬌声なんだか、よく分からない声が浴室に立ち込める湯煙を揺らす。
 繰り返すが、いつものことであった。



 退崎ナミネは思っている。
 こんな自分に応え、付き従ってくれている清き騎士に深い感謝と信頼を。心の底からの憧憬と親愛を。
 そして、そのような尊いものを携えている自分は少しでもよいものでありたいと。
 自分の血液の海に沈みながら、今もそう思っている。
 昏く染まっていく視界の中に見慣れた姿が部屋に飛び込んでくるのが映る。
 よく見たくて顔を動かしたぶん残りの生命が半分ほどになったけど、それよりも彼女の浮かべている表情を目の当たりにするほうが辛かった。ああ、そんな顔をしないで欲しい。
 こんなことになるならもっと早くに伝えておけば良かったと思ったが、もう肺から空気を口元まで押し出すことは出来なかった。
 だから最後に残った数秒で祈る。願わくば、こんな結末にならない未来が他にあるというのなら。
 ―――いつか、この気持ちを伝えられたらいいのだけれど―――。

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