最終更新:ID:jX7BWXSVVw 2021年07月09日(金) 15:50:50履歴
『お嬢ちゃん、バカを言っちゃ行けないよ、そんな道化師の格好をして騎士だなんて……』
『城内に入れてあげなさい。それと、温かい食事と替えの服を。
彼女を騎士にするにせよ、しないにせよ。旅路に疲れ切った者を労うのは自然の道理でしょう。
この城を目指してやってきたというならなおさらです。後のことはそれから考えればよろしい』
『アーサー、また変なのを拾ったのか?……まだガキじゃねぇか。正気か?』
『如何なる理由があっても淑女に手を出すのは間違っています!』
『おい、酒をすする犬どもよ!
酒を飲んで騎士だと名乗れるのなら、俺のほうが余程立派な騎士だろう!』
『イテールの野郎……おい、小娘。お前、騎士になりたいんだってな?
ならあのイテールからあの黄金の盃を奪い返して…いや、イテールの鎧も持って帰ってきな。
それが出来るならお前は騎士に相応しいし、誰もお前さんを笑ったりしないだろうよ』
『……サー・ケイ。 いえ、止めて置きましょう。確かにあの赤い騎士イテールを倒せたならば、誰も異論は挟まないでしょう』
『決闘だと?さてはサー・ケイの差し金か、騎士王がいながら年端もいかぬ子供を焚き付けるとは…!良かろう、赤い騎士イテール。その決闘を受けよう!』
これまでのあらすじ
ウェールズの森に母と隠れ住んでいた少女パーシヴァルは騎士ランスロットとの出会いで騎士を志した。
ウェールズの森から白亜の都キャメロットへと向かったパーシヴァルは当然城門で門番に足止めされてしまう。パーシヴァルと門番のやり取りはちょっとした、ある人物の目に留まる。
キャメロットの主、騎士王アーサー。
パーシヴァルは彼の王を見た瞬間、自分は王に支えるべき為に生まれて来たのだと運命さえも感じた。
アーサー王の好意で城内へと招かれたパーシヴァルが出会ったのは騎士ケイ。
パーシヴァルの奇妙な姿を見て顔をしかめるケイはパーシヴァルに皮肉を言うが、無知なパーシヴァルには通じない。
二人のやり取りを目にして真の騎士にしか微笑まないと言われている乙女が思わず口を緩めて笑ってしまう。
そんな乙女を一喝するケイ。
パーシヴァルは乙女を侮辱したケイに抗議する。
そんな最中、キャメロットに乱入者が現れた。
騎馬を駆り深紅の鎧を纏った騎士の名はイテール。
イテールは自分を止めようともしないキャメロットの騎士を侮辱すると、食卓に置かれた黄金の盃を奪う。
イテールに怒りを覚えたケイはパーシヴァルを焚き付け、イテールとの戦いに仕向ける。小娘にそんな真似が出来る筈がないと侮っていたのだ。
アーサー王はケイの言葉に顔をしかめがらもそれを追認。
かくしてパーシヴァルはイテールを追い、決闘を挑んだのだった。
決着は一瞬だった。
アーサー王に無礼を働き、王宮から去った騎士イテールに追い付いたパーシヴァルは決闘を挑んだ。
赤い騎士の名で知られるイテールが繰り出したのは馬上の優位を活かした必殺の馬上槍によるチャージ。
それを紙一重で避けたパーシヴァルは愛用の槍、粗末な木製の槍の一撃をイテールの頭部に炸裂させる。
カウンター気味に放たれた一撃は突進の勢いも加わり、兜を貫通し正確に眉間を貫いた。
イテールに油断がなかったとは言えない。相手が猪の皮を被った道化師のような格好の子供でなければ、まともな格好をした騎士であれば単調なチャージではなくブリテンに名を轟かせた『赤い騎士』の異名に相応しい一撃を見舞っただろう。
それはイテールなりの慈悲でもあったのだろう、あんな子供なら騎馬による突撃で恐れをなして泣いて逃げ出す筈だ、と。
しかし、その中途半端な攻撃はパーシヴァルの中に眠っていた父ペリノアから色濃く継いだ騎士の血を目覚めさせる結果となる。
全力ではなく余力を持たせた騎馬による突撃はウェールズの森のヌシだった猪(猪の長エスキスエルウィンではないかとも言われているが……)のそれよりも遅かった。
パーシヴァルは体を反らし、馬上槍による一撃を避けると本能的にそうすべきだ、と感じた感覚のままに槍で斜め上方を突いたのだ。
次の瞬間、イテールは後方に吹き飛び馬は前方に走り抜けた。
暫く自分が何をやったのか、何が起きたのか理解できず呆然としていたパーシヴァルは漸くして自分が勝ったのだと飲み込んだ。
初めての決闘での勝利に実感はなく、人の死を目の当たりにしてもなんの感慨を抱かない事にパーシヴァルは僅かな驚きを覚える。
人の死は何度か目にした事があったが、奪う側に回っても感覚は同じだった、人の死は狩りの獲物、獣達の死と大して変わらない。同じ生命だったと何処か達観した思いを抱いた。
ふと、周囲を見渡す。
騎士の馬は主の死に嘶きを上げとさっさと遠くへ去ってしまったようだ。
随分薄情な馬だ、街道沿いの貸し馬でももう少し情がある。
「そうだ!えーと、黄金の盃は……」
それよりも盃だ、盃を持っていけば騎士にして貰えるのだ。
それはすぐに見つかった。
騎士が腰にぶら下げていた麻袋の中に仕舞われていたからだ。
中身取り出し、手元でくるりと回しながら眺める。
金色にぴかぴかとかがやいているが、値打ちものなのだろうか?
その価値はパーシヴァルには分からなかった、パーシヴァルはウェールズの森の奥で母親と共にずっと生きてきた。
貴金属を見たことがないわけではない。
狩りの獲物と穀物を引き換えたり売って金にする際に見たことがある。
女性は貴金属の装飾品を好む物だと聞き、母を喜ばせようとこっそりとお金を溜め、プレゼントした事があった。
パーシヴァルの母はひどく驚いた後に優しくありがとうと言ったが、しまい込んで付けたのを見たのは一度か二度だ。
多少なりとも知恵の付いた今では、清貧を持って良しとする母が娘の気遣いは兎も角、貴金属の装飾品を好まないと言うことはわかるのだが。
或いはパーシヴァルは今も知恵が付いただけで無知のままなのかもしれない。
黄金の盃を麻袋に戻し、腰にくくりつけたパーシヴァルはふと騎士の鎧に目が行った。
素人のパーシヴァルが見ても一目で分かる拵えの確りとした紅の、派手すぎない程の美麗な装飾の施された孔雀の羽のように優美で重厚な鎧。
それはウェールズの森で出会ったあの白い騎士の鎧のようで……
騎士には鎧が必要だ。
死人に鎧は必要ない。
貰ってしまおう。
今やパーシヴァルの頭の中は優美な赤い鎧を身に付け、あの白亜の王宮に凱旋する事しか考えていない。
なんて愚かな。
パーシヴァルの頭の中にあった純粋な想い、あのウェールズの森の外れで出会った白い鎧の騎士が語った騎士の在り方など何処かへ消し飛んでしまっていた。
鎧を剥ぎ取ろうと思い立って既に数時間が経っている。
パーシヴァルの頭の中からは黄金の杯をキャメロットへと持っていき騎士にして貰うと言う目的はすっかり消え去っていた。
鎧を剥ぎ取ろうにも鎧の脱がし方が分からない。
悪戦苦闘した末にいっそ首や四肢を切り落とし、鎧を無理やり剥がしてしまおうか。
パーシヴァルがそんな事を思い立った時だった。
「待つがいい、追い剥ぎの少女よ」
パーシヴァルに掛けられた何者かの声。
声に振り向いた先には、馬に乗った外套を纏った男。
その後ろには先程逃げたイテールの馬を連れた御者がいた。
「追い剥ぎではありません!」
男の声にパーシヴァルは声を上げて、抗議する。
「ほう、死者の鎧を剥ぎ取ろうとする者が追い剥ぎではなければなんなのか」
パーシヴァルの声に物怖じさえもせずに外套の男は問い掛けた。
「騎士です!騎士見習いです!
この男は私が槍で倒したのです!私が倒した物を私がどうしようと私の勝手です!」
「騎士が決闘に倒れ、死を迎えたなら致し方ない。しかし、人にはそれなりの弔い方と言うものがある。
少女よ、君は狩人のようだが、狩った獲物をその場で貪るか?
それでは獣だ、君は父母にそのような生き方をするように育てられたのか?」
「う……」
外套の男はまるでパーシヴァルを諭すように語り掛ける。
決して上から押さえ付けるように声を張り上げたりはしない。
ゆっくりと、言い聞かせるように。言われた側が言葉の一つ一つの意味を考えられるように時間を与えるような話し方だった。
パーシヴァルは何も言えずに思わず黙り込む。
「もし良ければ、何か事情があるならこの老人に聞かせてはくれまいか、少女よ」
パーシヴァルが落ち着いたのを見た外套の男は馬から降りると外套のフードを外し、パーシヴァルの肩に手を置くと笑みを見せる。
老人と自ら言うように男の髪は灰色に染まっており、顔にも加齢の皺が幾重にも刻まれていた。
その顔を見てパーシヴァルが思い浮かんだのは大樹だった。しなやかさと強さ森の生き物を見守り、糧を与える幾つもの季節を乗り越えた大樹。
その大樹を思わせる穏和な笑みにパーシヴァルは何故かこの人は信用出来ると感じた。
その笑みには人を利用しようとする媚び諂いや相手をバカにする嘲笑を一切感じられなかったからだ。
パーシヴァルは事の経緯をたどたどしくしかし、一つづつ説明する。
その説明を老人は口を挟むことなく聞き終えるとなるほど、と頷いた。
「ふむ、決闘であれば騎士の死は正当なものだ。……まずは追い剥ぎ等と呼んでしまった事は謝罪しよう、すまなかった。
少女よ、君は何故騎士になりたいと思った?金か?名誉か?綺羅びやかな鎧をまといたかったのか?」
老人の言葉にパーシヴァルははっとしたような顔を見せた。
パーシヴァルの脳裏に騎士になることを志した日、そしてかの王の姿が過る。
──────────────────────
──────騎士は人々と共に生き、悪しき者や害意ある者から人々を守る盾となり、時には厄災を払う剣にならなければならないのです。
「…………騎士様! 私も、私も騎士様のようになれますか!?」
──────君は女の子だから少し難しいかもしれないな。 ……まぁ私も女性だけれど。 何より君には鎧よりドレスの方が似合いそう。
「違います、違うんです! 私は騎士様の鎧が着たい訳ではないんです! 私も……騎士様のように人々の幸せを自分の事のように思える、そう言う騎士になりたいんです!」
──────なら今の気持ちを忘れずにいなさい、そうすれば君はきっと良い騎士になれる。
『話は聞きました。騎士になりたいと、あなたはそう言うのですね。
つい先日まで騎士というものすら知らなかったというのに。何故なりたいと思うのですか?』
『……………それは』
『私は……教わりました。
騎士とは………騎士とは、誰かのために強くあるものだと。
いかなる邪悪にも屈せぬ勇気を持つものだと。
人を陥れる数多の甘言を打ち払う高潔を胸に抱くものだと。
善き主の剣となり、盾となってその歩まれる道をお助けするものだと。
無辜の民の苦難を討ち、救うものだと。
何より、そのように美しくあるものだと……私もそのように美しくありたいと!そう思ったからです!』
───────────────────────
「……私はある方に言われました。騎士は人々と共に生き、人々を守る盾となり、時には厄災を払う剣になるものだと。 だから私は騎士になりたいと、それを美しいと感じたからそのように美しくありたいと思ったのです」
「であれば、まずは赤い騎士を弔うべきだ。今も騎士になりたいと思っているなら」
パーシヴァルの言葉に頷くと、老人はイテールの亡骸を指差した。
「……はい」
真っ直ぐな目で老人を見詰め頭を下げるとイテールの遺体にも頭を下げ、祈りを捧げた。
「君一人では夜になってしまう、鎧を脱がしてやる必要もある。私も手伝おう」
「ありがとうございます」
(私が貴公の墓を作るとは、つくづく運命とは分からんものだな。……イテール)
数時間後、街道の端には簡易な墓が建てられていた。
「本当にありがとうございました」
イテールの鎧を袋に入れて背負い、その剣を腰に下げたパーシヴァルは再び老人に頭を下げる。
「気にすることはない。……これからキャメロットへ行くのかね?」
老人の問い掛けにパーシヴァルは首を振った。
「そうしたいところですが、私は自分の無知を知りました。
今の私に騎士となる資格はありません、何よりこんな物知らずを騎士にしたとなれば主となる王が笑われてしまうでしょう。
ぶしつけな願いであるとは分かっています、ですがお願いします。名も知らぬ知恵ある方、どうか私に知恵を授けてくれませんか」
パーシヴァルは心から言葉と共に頭を下げた。
失礼かもしれないが、自分に出来ることは頭を下げ頼むことしか出来ない。
パーシヴァルが頭を下げどれくらいの時間が過ぎたのだろうか、或いは数瞬の後だったかもしれない。
ふむ、と老人は口を開いた。
「……これも縁と言うものか。 疾うの昔に現役は退いた身なれども、老骨の知恵が若者の助けとなるなら助力しよう。名乗るのが遅れたな、私の名はグルネマンツ。君は?」
一瞬感慨深そうに遠くを見つめた老人、グルネマンツは再び笑みを浮かべパーシヴァルに手を差し出した。
「パーシヴァル、パーシヴァルと申します!」
パーシヴァルはグルネマンツの手を両手で握る。
握り返された力は老人とは思えないほど力強く、疾うの昔に現役は退いたという言葉が信じられなかった。
と、そこでグルネマンツはふと思い出したように御者に声をかけた。
「ああ、君。すまないが使いを頼まれてくれ」
「は、グルネマンツ様。何処へでしょうか?」
「キャメロットだ。騎士王、アーサー様に伝えて欲しい。かの赤い騎士と若き騎士見習いの決闘と勝利、騎士グルネマンツが確かに見届けた。
しかし、この若き騎士見習いは王宮に上げるには、あまりにも粗にして野、無作法。
よってその身柄一時、私が預かり、然るべき教育を終えた後にキャメロットへ送り出す故に暫し御待ちいただきたい。と」
「は!」
グルネマンツの言葉を聞き終えた御者はあっという間にキャメロットの方へと走り去っていった。
「あの……」
どういう事なのか分からず、パーシヴァルはグルネマンツに困ったように視線を送る
「ああ、私もかの王に仕える領主なのだよ。さて、馬は乗れるかねパーシヴァル?」
「いえ、乗ったことはありません」
「では最初に教えるのは乗馬からだ。なに、人馴れしている良い馬だ。まずは背に乗せて貰い、行き先だけ教えてやれば良い」
「はい!先生!」
にこやかに笑うパーシヴァルだが、彼女はまだ知らない。
グルネマンツにより剣や槍の技を叩き込まれる訓練、戦法や戦術に騎士としての在り方心構え口調の指導、見かけだけでも騎士に見えるように仕立て上げる矯正。
グルネマンツの娘であるリアーセによるお化粧やお洒落に料理まで。
後にピクト人の戦いよりも唸る獣討伐よりも聖杯探索よりも辛く厳しい日々だったと何処か楽しそうに語る激動の数ヵ月が待っていることを。
『城内に入れてあげなさい。それと、温かい食事と替えの服を。
彼女を騎士にするにせよ、しないにせよ。旅路に疲れ切った者を労うのは自然の道理でしょう。
この城を目指してやってきたというならなおさらです。後のことはそれから考えればよろしい』
『アーサー、また変なのを拾ったのか?……まだガキじゃねぇか。正気か?』
『如何なる理由があっても淑女に手を出すのは間違っています!』
『おい、酒をすする犬どもよ!
酒を飲んで騎士だと名乗れるのなら、俺のほうが余程立派な騎士だろう!』
『イテールの野郎……おい、小娘。お前、騎士になりたいんだってな?
ならあのイテールからあの黄金の盃を奪い返して…いや、イテールの鎧も持って帰ってきな。
それが出来るならお前は騎士に相応しいし、誰もお前さんを笑ったりしないだろうよ』
『……サー・ケイ。 いえ、止めて置きましょう。確かにあの赤い騎士イテールを倒せたならば、誰も異論は挟まないでしょう』
『決闘だと?さてはサー・ケイの差し金か、騎士王がいながら年端もいかぬ子供を焚き付けるとは…!良かろう、赤い騎士イテール。その決闘を受けよう!』
これまでのあらすじ
ウェールズの森に母と隠れ住んでいた少女パーシヴァルは騎士ランスロットとの出会いで騎士を志した。
ウェールズの森から白亜の都キャメロットへと向かったパーシヴァルは当然城門で門番に足止めされてしまう。パーシヴァルと門番のやり取りはちょっとした、ある人物の目に留まる。
キャメロットの主、騎士王アーサー。
パーシヴァルは彼の王を見た瞬間、自分は王に支えるべき為に生まれて来たのだと運命さえも感じた。
アーサー王の好意で城内へと招かれたパーシヴァルが出会ったのは騎士ケイ。
パーシヴァルの奇妙な姿を見て顔をしかめるケイはパーシヴァルに皮肉を言うが、無知なパーシヴァルには通じない。
二人のやり取りを目にして真の騎士にしか微笑まないと言われている乙女が思わず口を緩めて笑ってしまう。
そんな乙女を一喝するケイ。
パーシヴァルは乙女を侮辱したケイに抗議する。
そんな最中、キャメロットに乱入者が現れた。
騎馬を駆り深紅の鎧を纏った騎士の名はイテール。
イテールは自分を止めようともしないキャメロットの騎士を侮辱すると、食卓に置かれた黄金の盃を奪う。
イテールに怒りを覚えたケイはパーシヴァルを焚き付け、イテールとの戦いに仕向ける。小娘にそんな真似が出来る筈がないと侮っていたのだ。
アーサー王はケイの言葉に顔をしかめがらもそれを追認。
かくしてパーシヴァルはイテールを追い、決闘を挑んだのだった。
決着は一瞬だった。
アーサー王に無礼を働き、王宮から去った騎士イテールに追い付いたパーシヴァルは決闘を挑んだ。
赤い騎士の名で知られるイテールが繰り出したのは馬上の優位を活かした必殺の馬上槍によるチャージ。
それを紙一重で避けたパーシヴァルは愛用の槍、粗末な木製の槍の一撃をイテールの頭部に炸裂させる。
カウンター気味に放たれた一撃は突進の勢いも加わり、兜を貫通し正確に眉間を貫いた。
イテールに油断がなかったとは言えない。相手が猪の皮を被った道化師のような格好の子供でなければ、まともな格好をした騎士であれば単調なチャージではなくブリテンに名を轟かせた『赤い騎士』の異名に相応しい一撃を見舞っただろう。
それはイテールなりの慈悲でもあったのだろう、あんな子供なら騎馬による突撃で恐れをなして泣いて逃げ出す筈だ、と。
しかし、その中途半端な攻撃はパーシヴァルの中に眠っていた父ペリノアから色濃く継いだ騎士の血を目覚めさせる結果となる。
全力ではなく余力を持たせた騎馬による突撃はウェールズの森のヌシだった猪(猪の長エスキスエルウィンではないかとも言われているが……)のそれよりも遅かった。
パーシヴァルは体を反らし、馬上槍による一撃を避けると本能的にそうすべきだ、と感じた感覚のままに槍で斜め上方を突いたのだ。
次の瞬間、イテールは後方に吹き飛び馬は前方に走り抜けた。
暫く自分が何をやったのか、何が起きたのか理解できず呆然としていたパーシヴァルは漸くして自分が勝ったのだと飲み込んだ。
初めての決闘での勝利に実感はなく、人の死を目の当たりにしてもなんの感慨を抱かない事にパーシヴァルは僅かな驚きを覚える。
人の死は何度か目にした事があったが、奪う側に回っても感覚は同じだった、人の死は狩りの獲物、獣達の死と大して変わらない。同じ生命だったと何処か達観した思いを抱いた。
ふと、周囲を見渡す。
騎士の馬は主の死に嘶きを上げとさっさと遠くへ去ってしまったようだ。
随分薄情な馬だ、街道沿いの貸し馬でももう少し情がある。
「そうだ!えーと、黄金の盃は……」
それよりも盃だ、盃を持っていけば騎士にして貰えるのだ。
それはすぐに見つかった。
騎士が腰にぶら下げていた麻袋の中に仕舞われていたからだ。
中身取り出し、手元でくるりと回しながら眺める。
金色にぴかぴかとかがやいているが、値打ちものなのだろうか?
その価値はパーシヴァルには分からなかった、パーシヴァルはウェールズの森の奥で母親と共にずっと生きてきた。
貴金属を見たことがないわけではない。
狩りの獲物と穀物を引き換えたり売って金にする際に見たことがある。
女性は貴金属の装飾品を好む物だと聞き、母を喜ばせようとこっそりとお金を溜め、プレゼントした事があった。
パーシヴァルの母はひどく驚いた後に優しくありがとうと言ったが、しまい込んで付けたのを見たのは一度か二度だ。
多少なりとも知恵の付いた今では、清貧を持って良しとする母が娘の気遣いは兎も角、貴金属の装飾品を好まないと言うことはわかるのだが。
或いはパーシヴァルは今も知恵が付いただけで無知のままなのかもしれない。
黄金の盃を麻袋に戻し、腰にくくりつけたパーシヴァルはふと騎士の鎧に目が行った。
素人のパーシヴァルが見ても一目で分かる拵えの確りとした紅の、派手すぎない程の美麗な装飾の施された孔雀の羽のように優美で重厚な鎧。
それはウェールズの森で出会ったあの白い騎士の鎧のようで……
騎士には鎧が必要だ。
死人に鎧は必要ない。
貰ってしまおう。
今やパーシヴァルの頭の中は優美な赤い鎧を身に付け、あの白亜の王宮に凱旋する事しか考えていない。
なんて愚かな。
パーシヴァルの頭の中にあった純粋な想い、あのウェールズの森の外れで出会った白い鎧の騎士が語った騎士の在り方など何処かへ消し飛んでしまっていた。
鎧を剥ぎ取ろうと思い立って既に数時間が経っている。
パーシヴァルの頭の中からは黄金の杯をキャメロットへと持っていき騎士にして貰うと言う目的はすっかり消え去っていた。
鎧を剥ぎ取ろうにも鎧の脱がし方が分からない。
悪戦苦闘した末にいっそ首や四肢を切り落とし、鎧を無理やり剥がしてしまおうか。
パーシヴァルがそんな事を思い立った時だった。
「待つがいい、追い剥ぎの少女よ」
パーシヴァルに掛けられた何者かの声。
声に振り向いた先には、馬に乗った外套を纏った男。
その後ろには先程逃げたイテールの馬を連れた御者がいた。
「追い剥ぎではありません!」
男の声にパーシヴァルは声を上げて、抗議する。
「ほう、死者の鎧を剥ぎ取ろうとする者が追い剥ぎではなければなんなのか」
パーシヴァルの声に物怖じさえもせずに外套の男は問い掛けた。
「騎士です!騎士見習いです!
この男は私が槍で倒したのです!私が倒した物を私がどうしようと私の勝手です!」
「騎士が決闘に倒れ、死を迎えたなら致し方ない。しかし、人にはそれなりの弔い方と言うものがある。
少女よ、君は狩人のようだが、狩った獲物をその場で貪るか?
それでは獣だ、君は父母にそのような生き方をするように育てられたのか?」
「う……」
外套の男はまるでパーシヴァルを諭すように語り掛ける。
決して上から押さえ付けるように声を張り上げたりはしない。
ゆっくりと、言い聞かせるように。言われた側が言葉の一つ一つの意味を考えられるように時間を与えるような話し方だった。
パーシヴァルは何も言えずに思わず黙り込む。
「もし良ければ、何か事情があるならこの老人に聞かせてはくれまいか、少女よ」
パーシヴァルが落ち着いたのを見た外套の男は馬から降りると外套のフードを外し、パーシヴァルの肩に手を置くと笑みを見せる。
老人と自ら言うように男の髪は灰色に染まっており、顔にも加齢の皺が幾重にも刻まれていた。
その顔を見てパーシヴァルが思い浮かんだのは大樹だった。しなやかさと強さ森の生き物を見守り、糧を与える幾つもの季節を乗り越えた大樹。
その大樹を思わせる穏和な笑みにパーシヴァルは何故かこの人は信用出来ると感じた。
その笑みには人を利用しようとする媚び諂いや相手をバカにする嘲笑を一切感じられなかったからだ。
パーシヴァルは事の経緯をたどたどしくしかし、一つづつ説明する。
その説明を老人は口を挟むことなく聞き終えるとなるほど、と頷いた。
「ふむ、決闘であれば騎士の死は正当なものだ。……まずは追い剥ぎ等と呼んでしまった事は謝罪しよう、すまなかった。
少女よ、君は何故騎士になりたいと思った?金か?名誉か?綺羅びやかな鎧をまといたかったのか?」
老人の言葉にパーシヴァルははっとしたような顔を見せた。
パーシヴァルの脳裏に騎士になることを志した日、そしてかの王の姿が過る。
──────────────────────
──────騎士は人々と共に生き、悪しき者や害意ある者から人々を守る盾となり、時には厄災を払う剣にならなければならないのです。
「…………騎士様! 私も、私も騎士様のようになれますか!?」
──────君は女の子だから少し難しいかもしれないな。 ……まぁ私も女性だけれど。 何より君には鎧よりドレスの方が似合いそう。
「違います、違うんです! 私は騎士様の鎧が着たい訳ではないんです! 私も……騎士様のように人々の幸せを自分の事のように思える、そう言う騎士になりたいんです!」
──────なら今の気持ちを忘れずにいなさい、そうすれば君はきっと良い騎士になれる。
『話は聞きました。騎士になりたいと、あなたはそう言うのですね。
つい先日まで騎士というものすら知らなかったというのに。何故なりたいと思うのですか?』
『……………それは』
『私は……教わりました。
騎士とは………騎士とは、誰かのために強くあるものだと。
いかなる邪悪にも屈せぬ勇気を持つものだと。
人を陥れる数多の甘言を打ち払う高潔を胸に抱くものだと。
善き主の剣となり、盾となってその歩まれる道をお助けするものだと。
無辜の民の苦難を討ち、救うものだと。
何より、そのように美しくあるものだと……私もそのように美しくありたいと!そう思ったからです!』
───────────────────────
「……私はある方に言われました。騎士は人々と共に生き、人々を守る盾となり、時には厄災を払う剣になるものだと。 だから私は騎士になりたいと、それを美しいと感じたからそのように美しくありたいと思ったのです」
「であれば、まずは赤い騎士を弔うべきだ。今も騎士になりたいと思っているなら」
パーシヴァルの言葉に頷くと、老人はイテールの亡骸を指差した。
「……はい」
真っ直ぐな目で老人を見詰め頭を下げるとイテールの遺体にも頭を下げ、祈りを捧げた。
「君一人では夜になってしまう、鎧を脱がしてやる必要もある。私も手伝おう」
「ありがとうございます」
(私が貴公の墓を作るとは、つくづく運命とは分からんものだな。……イテール)
数時間後、街道の端には簡易な墓が建てられていた。
「本当にありがとうございました」
イテールの鎧を袋に入れて背負い、その剣を腰に下げたパーシヴァルは再び老人に頭を下げる。
「気にすることはない。……これからキャメロットへ行くのかね?」
老人の問い掛けにパーシヴァルは首を振った。
「そうしたいところですが、私は自分の無知を知りました。
今の私に騎士となる資格はありません、何よりこんな物知らずを騎士にしたとなれば主となる王が笑われてしまうでしょう。
ぶしつけな願いであるとは分かっています、ですがお願いします。名も知らぬ知恵ある方、どうか私に知恵を授けてくれませんか」
パーシヴァルは心から言葉と共に頭を下げた。
失礼かもしれないが、自分に出来ることは頭を下げ頼むことしか出来ない。
パーシヴァルが頭を下げどれくらいの時間が過ぎたのだろうか、或いは数瞬の後だったかもしれない。
ふむ、と老人は口を開いた。
「……これも縁と言うものか。 疾うの昔に現役は退いた身なれども、老骨の知恵が若者の助けとなるなら助力しよう。名乗るのが遅れたな、私の名はグルネマンツ。君は?」
一瞬感慨深そうに遠くを見つめた老人、グルネマンツは再び笑みを浮かべパーシヴァルに手を差し出した。
「パーシヴァル、パーシヴァルと申します!」
パーシヴァルはグルネマンツの手を両手で握る。
握り返された力は老人とは思えないほど力強く、疾うの昔に現役は退いたという言葉が信じられなかった。
と、そこでグルネマンツはふと思い出したように御者に声をかけた。
「ああ、君。すまないが使いを頼まれてくれ」
「は、グルネマンツ様。何処へでしょうか?」
「キャメロットだ。騎士王、アーサー様に伝えて欲しい。かの赤い騎士と若き騎士見習いの決闘と勝利、騎士グルネマンツが確かに見届けた。
しかし、この若き騎士見習いは王宮に上げるには、あまりにも粗にして野、無作法。
よってその身柄一時、私が預かり、然るべき教育を終えた後にキャメロットへ送り出す故に暫し御待ちいただきたい。と」
「は!」
グルネマンツの言葉を聞き終えた御者はあっという間にキャメロットの方へと走り去っていった。
「あの……」
どういう事なのか分からず、パーシヴァルはグルネマンツに困ったように視線を送る
「ああ、私もかの王に仕える領主なのだよ。さて、馬は乗れるかねパーシヴァル?」
「いえ、乗ったことはありません」
「では最初に教えるのは乗馬からだ。なに、人馴れしている良い馬だ。まずは背に乗せて貰い、行き先だけ教えてやれば良い」
「はい!先生!」
にこやかに笑うパーシヴァルだが、彼女はまだ知らない。
グルネマンツにより剣や槍の技を叩き込まれる訓練、戦法や戦術に騎士としての在り方心構え口調の指導、見かけだけでも騎士に見えるように仕立て上げる矯正。
グルネマンツの娘であるリアーセによるお化粧やお洒落に料理まで。
後にピクト人の戦いよりも唸る獣討伐よりも聖杯探索よりも辛く厳しい日々だったと何処か楽しそうに語る激動の数ヵ月が待っていることを。
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