最終更新: nevadakagemiya 2016年10月29日(土) 00:03:59履歴
「マスター、今日の夕食は私が作りましょうか?」
いつも通りの昼下がり、そろそろ夕食の献立を…というあたりで、ランサーからそんな提案を受けた。
「いいよランサー。ご飯ぐらい自分で作る。」
「マスターはここのところ過労なようです。たまには休まないと駄目ですよ!」
珍しく強い口調で反論される。ぷりぷり怒ってるのもかわいい。じゃなくて。どうしたんだろ急に―――ん?ちょっと待て。
心当たりがあったので確認のために手鏡を取る。久しぶりに見た顔には深いクマが刻まれていた。
あぁ、そういやいつもの仕事に加えて、星ちゃんの偵察報告からマスターを探したりしてたんだっけ。
使い魔の使役、情報の処理、力仕事。もともと二人だけで回してる柏木フリージャーナルのシステムは可能な限りオートメーション化してある。
とはいえ、さすがに重大情報の確認は人力の判断力が必須であり、鏡を見る間も惜しんで個人情報とにらめっこしてたわけである。
疲労はあるが、特にみっともないという感情が出ないのは我ながら女を捨てている。
さて、ランサーにどう返したものか…
「………私ったら今日も元気。」
「何星司さんみたいなこと言ってるんですか!」
いや星ちゃん呼ばわりは流石に心外―――あ、そういや星ちゃん今別の拠点にいるんだよね。
私とランサーはここ柏木フリージャーナルオフィス兼自宅を拠点としているが、星ちゃんとセイバーちゃんはここを離れている。
少し離れた住宅街のアパートに移り住み、その近くの倉庫に工房を設けて拠点としているそうだ。
理由はここを拠点に動きまわると本拠地の居場所を割られるかもということで、連絡も最小限。
星ちゃんがあちこちに攻撃を仕掛け、使い魔を仕掛け、ついでに物資補給も頼んで、得られた情報をここに引き籠る私が引き受けるというわけだ。
いやぁ、どうりで最近体調悪くなりかけたら星ちゃんが拳でベッドに沈めてこないなと思ったら。
案外、いつもいる人間がいないというのが一番キテるのかもしれない。星ちゃんに迷惑かけたくなくて、今まで何事も一人でやって来たんだけど。
いや、やってきたからか。
「……じゃあ、お願いしようかな。」
「はい、夕飯ができるまでしっかり眠ってください。この無垢なる白き手にお任せください!」
ランサーがこれ見よがしに綺麗な白い手を握ってみせる。なるほど、半分は本気の心配だけど、半分は自分もやってみたかったんだね。
だったら頼ろう。私がこの子にしてやれることはあまりにも少ないけど、それが彼女の望みなら頼るぐらいはしてあげよう。これがデキるお姉ちゃんスタイルだ。
「それじゃしばらく寝るね。おやすみランサー。」
「あ、ちょっと待ってください!」
「?」
ランサーの白い手が、私の手を握る。冷え切った指先に暖かい熱が伝わってくる。
「よく眠れるおまじないです。お休みない、マスター。」
―――何がお姉ちゃんだ。可愛い妹に手ぇ握られただけで泣きそうになる姉がいるか。
寝室で扉を閉じたのを確認した後、ベッドにダイビングからのゴロゴロを決行する。そのまま転がり疲れて熟睡の危険もあったがなんか色々興奮が収まらなかった。
しばらく転がった後、意識が沈んでいく。
―――おかーさん!!みて!おにんぎょうさんがうごいた!
―――まぁ、よくできたわね緋月。良いセンスだわ。
久しぶりの心地よい眠り。お母さんに魔術を褒められて、頭を撫でられたことを思い出した。
「…………」
そして夢の終わり。ランサーが自信満々に用意してきたものを見る。――――――芋?
「あの…これは…」
「芋をマッシュしたものです!」
得意げなランサーの声。知ってる。これは芋だ。ジャガイモだ。マッシュポテトという料理も確かに存在する。
しかし、私の記憶に存在するマッシュポテトは…こう…もっと謙虚というか…
少なくとも、机の大半を占拠し、ほかのメニューが一切存在しないものでは無いはずだ。
しばらく硬直していると、あ、と忘れ物に気づいたように口を開いたランサーが付け加える。
そうだよね、そうだよね!!まさかこれが全てとかそんな――――――
「今の時代の芋は大きかったので頑張ってすり潰しました!ビネガーもどうぞ!!」
エッヘンと擬音が鳴りそうなほど誇らしげなランサー。
そうかそうか、つまり君は自分がどのように努力したかを伝え忘れたのであって、これが極めて高度な円卓ジョークとかいう救いは無いんだね。
うん、ランサーはよくやった。ブリテンの調理なのかどうか疑問が尽きない技術で、この子はベストを尽くしたんだ――――――
ちょうどこちらの夕食が終わった頃合いに、姉さんからの連絡が届いた。普段の定時連絡ではない。一瞬何事かと身構えたが、緊急の要件というわけでもないようだ。
暗号化された文字列を読んで、頭の中で解読していく。内容は――――――
―――料理の教本を買って送ってきて。子供用の奴。
「???」
まるで訳が分からない。暗号解読に不備はないハズだ。だったらこの指示はなんだ?
それから、この妙に簡素な文面から滲み出るプレッシャーもなんなんだ?
…まぁいいか。次買い物に行くとき、本屋にも立ち寄ろう。使い魔に持たせればアシは付きにくいし―――
「せいじーおつまみー。あと酒おかわりー。」
「あ、はーい。ちょっと待っててー。」
今の料理を教えればスキルが活きると希望を捨てないお姉ちゃん
突拍子のない命令すぎて本当に教本買っていいのか疑い始めるせいじ
果たしてガレスちゃんのスクランブルエッグは無事に完成するのか!?
次回!「ガレスちゃんのお料理修行」に続かない!
いつも通りの昼下がり、そろそろ夕食の献立を…というあたりで、ランサーからそんな提案を受けた。
「いいよランサー。ご飯ぐらい自分で作る。」
「マスターはここのところ過労なようです。たまには休まないと駄目ですよ!」
珍しく強い口調で反論される。ぷりぷり怒ってるのもかわいい。じゃなくて。どうしたんだろ急に―――ん?ちょっと待て。
心当たりがあったので確認のために手鏡を取る。久しぶりに見た顔には深いクマが刻まれていた。
あぁ、そういやいつもの仕事に加えて、星ちゃんの偵察報告からマスターを探したりしてたんだっけ。
使い魔の使役、情報の処理、力仕事。もともと二人だけで回してる柏木フリージャーナルのシステムは可能な限りオートメーション化してある。
とはいえ、さすがに重大情報の確認は人力の判断力が必須であり、鏡を見る間も惜しんで個人情報とにらめっこしてたわけである。
疲労はあるが、特にみっともないという感情が出ないのは我ながら女を捨てている。
さて、ランサーにどう返したものか…
「………私ったら今日も元気。」
「何星司さんみたいなこと言ってるんですか!」
いや星ちゃん呼ばわりは流石に心外―――あ、そういや星ちゃん今別の拠点にいるんだよね。
私とランサーはここ柏木フリージャーナルオフィス兼自宅を拠点としているが、星ちゃんとセイバーちゃんはここを離れている。
少し離れた住宅街のアパートに移り住み、その近くの倉庫に工房を設けて拠点としているそうだ。
理由はここを拠点に動きまわると本拠地の居場所を割られるかもということで、連絡も最小限。
星ちゃんがあちこちに攻撃を仕掛け、使い魔を仕掛け、ついでに物資補給も頼んで、得られた情報をここに引き籠る私が引き受けるというわけだ。
いやぁ、どうりで最近体調悪くなりかけたら星ちゃんが拳でベッドに沈めてこないなと思ったら。
案外、いつもいる人間がいないというのが一番キテるのかもしれない。星ちゃんに迷惑かけたくなくて、今まで何事も一人でやって来たんだけど。
いや、やってきたからか。
「……じゃあ、お願いしようかな。」
「はい、夕飯ができるまでしっかり眠ってください。この無垢なる白き手にお任せください!」
ランサーがこれ見よがしに綺麗な白い手を握ってみせる。なるほど、半分は本気の心配だけど、半分は自分もやってみたかったんだね。
だったら頼ろう。私がこの子にしてやれることはあまりにも少ないけど、それが彼女の望みなら頼るぐらいはしてあげよう。これがデキるお姉ちゃんスタイルだ。
「それじゃしばらく寝るね。おやすみランサー。」
「あ、ちょっと待ってください!」
「?」
ランサーの白い手が、私の手を握る。冷え切った指先に暖かい熱が伝わってくる。
「よく眠れるおまじないです。お休みない、マスター。」
―――何がお姉ちゃんだ。可愛い妹に手ぇ握られただけで泣きそうになる姉がいるか。
寝室で扉を閉じたのを確認した後、ベッドにダイビングからのゴロゴロを決行する。そのまま転がり疲れて熟睡の危険もあったがなんか色々興奮が収まらなかった。
しばらく転がった後、意識が沈んでいく。
―――おかーさん!!みて!おにんぎょうさんがうごいた!
―――まぁ、よくできたわね緋月。良いセンスだわ。
久しぶりの心地よい眠り。お母さんに魔術を褒められて、頭を撫でられたことを思い出した。
「…………」
そして夢の終わり。ランサーが自信満々に用意してきたものを見る。――――――芋?
「あの…これは…」
「芋をマッシュしたものです!」
得意げなランサーの声。知ってる。これは芋だ。ジャガイモだ。マッシュポテトという料理も確かに存在する。
しかし、私の記憶に存在するマッシュポテトは…こう…もっと謙虚というか…
少なくとも、机の大半を占拠し、ほかのメニューが一切存在しないものでは無いはずだ。
しばらく硬直していると、あ、と忘れ物に気づいたように口を開いたランサーが付け加える。
そうだよね、そうだよね!!まさかこれが全てとかそんな――――――
「今の時代の芋は大きかったので頑張ってすり潰しました!ビネガーもどうぞ!!」
エッヘンと擬音が鳴りそうなほど誇らしげなランサー。
そうかそうか、つまり君は自分がどのように努力したかを伝え忘れたのであって、これが極めて高度な円卓ジョークとかいう救いは無いんだね。
うん、ランサーはよくやった。ブリテンの調理なのかどうか疑問が尽きない技術で、この子はベストを尽くしたんだ――――――
ちょうどこちらの夕食が終わった頃合いに、姉さんからの連絡が届いた。普段の定時連絡ではない。一瞬何事かと身構えたが、緊急の要件というわけでもないようだ。
暗号化された文字列を読んで、頭の中で解読していく。内容は――――――
―――料理の教本を買って送ってきて。子供用の奴。
「???」
まるで訳が分からない。暗号解読に不備はないハズだ。だったらこの指示はなんだ?
それから、この妙に簡素な文面から滲み出るプレッシャーもなんなんだ?
…まぁいいか。次買い物に行くとき、本屋にも立ち寄ろう。使い魔に持たせればアシは付きにくいし―――
「せいじーおつまみー。あと酒おかわりー。」
「あ、はーい。ちょっと待っててー。」
今の料理を教えればスキルが活きると希望を捨てないお姉ちゃん
突拍子のない命令すぎて本当に教本買っていいのか疑い始めるせいじ
果たしてガレスちゃんのスクランブルエッグは無事に完成するのか!?
次回!「ガレスちゃんのお料理修行」に続かない!
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