最終更新:ID:JkrtYiYbUw 2020年11月02日(月) 13:12:50履歴
○はじめに
───昔、大きな戦争があった。
しかし、戦争が終わっても、平和には影が落ち続けていた。
誰しもが“聖杯”を持ち、運命の示すサーヴァントを喚ぶ。
安寧からはあまりにも離れたモザイク市・「天王寺」の狂騒の時代。
これはそんな時代に──全く関係なく、『彼女が、彼女に出会う物語』
(ざっくりいうとモザイク市の一般市民の学生のほのぼの日常モノとかいいよね…どうせなら不定期で好きなように書くかという話です)
太陽が真上を通過する頃。モザイク市たる「天王寺」を往く、どこにでもあるような公共バスの中。
「まずいヤバい行けない間に合わない!」
一人、深刻そうな顔で必死にぶつぶつと独り言を唱え続け、座っている少女がいる。固く握り合わせた手には汗がにじむ。
もし、彼女――瀬織 クラリの周りに誰か人間 がいれば、心配で声をかけたかもしれない。
あるいは近付いて、その形相におののいたかも知れないが。元より、くりっとした丸いその眼はギリギリまでしかめられ、放たれる寸前での弓の弦がごとく。
「おっ、お、う、あぶな」
乗っていたバスが右に曲がったからか、最後尾のクラリは遠心力でバランスを崩しそうになり慌てて脚を広げ踏んばる。
危ない。つんのめるとこだった。ふと、自分が先ほどまで呪詛のように、独り言を撒いていたことを思い出して恥ずかしくなる。
けど、流石にまばらにいるお客さんたちには聞こえてなかったみたいで安堵する。
当然だけど、この時間では自分の行き先と同じ乗客なんて一人もいないんだろうなあ。
「ユズ、絶対怒ってるよねえ……」
クラリの脳裏には親友の柔和な顔が思い浮かぶ。ユズリハはショートボブの似合う、一見弱気そうな可愛らしい女の子だけれど、怒った時は、悲しそうな表情のまま確固として口を聞いてくれなくなる。
ユズを怒らせると胸が苦しくなる。
顔を見てると自分がまるで、いじめてしまったようで……彼女が昔に受けた酷 い仕打ちとやらを、自分が知らず知らずにやってしまったのかもと思うと。怖い、のだ。
通信用魔術礼装には怒りか心配からか、何度もメッセージが来た形跡があった。申し訳なく思いながらも、素直にありのままをメッセージで送ることにする。
【ごめんねユズ。久しぶりにあれ をやってたら寝坊しちゃった。都市間対抗擬似聖杯戦争 の模擬演習、はじまっちゃうでしょ? ちょっと遅れそうだから、先に会場入っちゃってて】
肩より斜め掛けしたポーチから、折りたたみの手鏡を取り出す。家 から走って来たから、髪が乱れてないかチェック。
三つ編みにした横髪、後髪のゆるくまとめたシニヨン。上を向いて、下、右、左。大丈夫、かわいいはず。下地 もアイブロウも崩れてない。
洋服選び、メイクとか、そういうのをテキトウにぱぱっと片付ければもっと早くに外出 れたかもしれないけれど、そこで手を抜くのは死んでもイヤ。
ユズや、ユズのサーヴァントのジャンさんにはかわいい自分を見せたいし、それ以上になんと言っても自分のためにかわいい自分でいたい。
「うん、ダメだな、あたし。いろいろと」
自分の失敗で迷惑をかけたのだから、あとで二人にはしっかり謝ろう。
「あの子楽しみにしてたもんなあ」
食べるの大好きなユズには、クレープを奢ってあげたら機嫌が直るだろうか。ちょうど二人で一緒に行きたいと思っていた、新しいお店のことを思い出す。
「はあ……」
手鏡をポーチに入れながらため息をつく。
前の方をぼうっと見つめていると目に入ってくるものがある。会社員のお姉さんが、つば広帽子を被った、歌劇団の王子様みたいな美形と談笑している。あれは十八世紀フランスの伝説的なスパイ、シュヴァリエ・デオンかな。
眠っている小さい男の子を、優しそうな表情で見守っている獣耳のお姉さん。あの英霊 はギリシア神話の中でも超一流の狩人、アタランテだろう。
現実から目を逸らすように窓へ顔を向ける。忙しそうにスーツ姿で外回りする人、ブティックの前でウインドウショッピングするカップル、杖を片手に散歩をするお爺さん。
たとえ逸らしたとしても、走り去っていく街の、風景にいる人たちには――男女老若誰であれ、共に過ごす古今東西の英霊たちがいる現実がどこにでもあった。
「あたしには、なんで」
ぽつりと口から転がる言葉。何度も思って、考え飽きたくらいの同じ思考の空転。
――昔、大きな戦争があったらしい。でも戦争はもう終わって、世界は平和になったって。今では誰もが、心臓に聖杯を持ち、運命を指し示す、自らのサーヴァントを召喚する時代。
なのに。
なのに、あたしにはそれ がいない。戦争後に生まれた、自分のような新人類の、誰もが持つ“聖杯”。
奇跡の杯の恩恵を、そしてサーヴァントの召喚を、自分が拒んだわけでもない。
精神的な影響によるものかも、と言われて、召喚遅延者用のカウンセリングも試した。ちょっと怪しい、アングラな商品だって同じように。
けれど、どこにも《令呪》は現れなかった。昔も、今も。
生まれてからずっと、宙ぶらりんの運命。
こんなに望んでいるのに。
どこにいるの? あたしの運命 。
○(今後も含めての)登場人物
・瀬織 クラリ…モザイク市「天王寺」の教育複合施設『適々斎塾』内の学校に通う一般市民・十四歳の少女。おしゃれが好き。
・阿古馬 ユズリハ…クラリの同級生かつ友人の少女。サーヴァントであるジャン・ヴァルジャンの契約者 。人見知り。
・ラーラ=江良 ・アプフェル…クラリの同級生。寡黙で人を寄せつけがたい。モザイク市内で開催される興行で名を売りつつある少女。よくケガをするらしい。
・ジャン・ヴァルジャン…フランスの作家ユゴーの有名小説『レミゼラブル』の主人公とされる紳士的な男性。ルーラーのクラス。
・緑炎のアーチャー…ラーラのサーヴァント。女性。絢爛の黒い鎧を羽織り、緑炎を撃ち放つ。
・渚のキャスター…身体を包みこむ大きな白い外套・帽子・ヴェールを身につけた性別不明・正体不明の怪しげなサーヴァント。
○相関図
キャラのイメージ画像はpicrew『灰は不味い』様より
───昔、大きな戦争があった。
しかし、戦争が終わっても、平和には影が落ち続けていた。
誰しもが“聖杯”を持ち、運命の示すサーヴァントを喚ぶ。
安寧からはあまりにも離れたモザイク市・「天王寺」の狂騒の時代。
これはそんな時代に──全く関係なく、『彼女が、彼女に出会う物語』
(ざっくりいうとモザイク市の一般市民の学生のほのぼの日常モノとかいいよね…どうせなら不定期で好きなように書くかという話です)
太陽が真上を通過する頃。モザイク市たる「天王寺」を往く、どこにでもあるような公共バスの中。
「まずいヤバい行けない間に合わない!」
一人、深刻そうな顔で必死にぶつぶつと独り言を唱え続け、座っている少女がいる。固く握り合わせた手には汗がにじむ。
もし、彼女――
あるいは近付いて、その形相におののいたかも知れないが。元より、くりっとした丸いその眼はギリギリまでしかめられ、放たれる寸前での弓の弦がごとく。
「おっ、お、う、あぶな」
乗っていたバスが右に曲がったからか、最後尾のクラリは遠心力でバランスを崩しそうになり慌てて脚を広げ踏んばる。
危ない。つんのめるとこだった。ふと、自分が先ほどまで呪詛のように、独り言を撒いていたことを思い出して恥ずかしくなる。
けど、流石にまばらにいるお客さんたちには聞こえてなかったみたいで安堵する。
当然だけど、この時間では自分の行き先と同じ乗客なんて一人もいないんだろうなあ。
「ユズ、絶対怒ってるよねえ……」
クラリの脳裏には親友の柔和な顔が思い浮かぶ。ユズリハはショートボブの似合う、一見弱気そうな可愛らしい女の子だけれど、怒った時は、悲しそうな表情のまま確固として口を聞いてくれなくなる。
ユズを怒らせると胸が苦しくなる。
顔を見てると自分がまるで、いじめてしまったようで……彼女が昔に受けた
通信用魔術礼装には怒りか心配からか、何度もメッセージが来た形跡があった。申し訳なく思いながらも、素直にありのままをメッセージで送ることにする。
【ごめんねユズ。久しぶりに
肩より斜め掛けしたポーチから、折りたたみの手鏡を取り出す。
三つ編みにした横髪、後髪のゆるくまとめたシニヨン。上を向いて、下、右、左。大丈夫、かわいいはず。
洋服選び、メイクとか、そういうのをテキトウにぱぱっと片付ければもっと早くに
ユズや、ユズのサーヴァントのジャンさんにはかわいい自分を見せたいし、それ以上になんと言っても自分のためにかわいい自分でいたい。
「うん、ダメだな、あたし。いろいろと」
自分の失敗で迷惑をかけたのだから、あとで二人にはしっかり謝ろう。
「あの子楽しみにしてたもんなあ」
食べるの大好きなユズには、クレープを奢ってあげたら機嫌が直るだろうか。ちょうど二人で一緒に行きたいと思っていた、新しいお店のことを思い出す。
「はあ……」
手鏡をポーチに入れながらため息をつく。
前の方をぼうっと見つめていると目に入ってくるものがある。会社員のお姉さんが、つば広帽子を被った、歌劇団の王子様みたいな美形と談笑している。あれは十八世紀フランスの伝説的なスパイ、シュヴァリエ・デオンかな。
眠っている小さい男の子を、優しそうな表情で見守っている獣耳のお姉さん。あの
現実から目を逸らすように窓へ顔を向ける。忙しそうにスーツ姿で外回りする人、ブティックの前でウインドウショッピングするカップル、杖を片手に散歩をするお爺さん。
たとえ逸らしたとしても、走り去っていく街の、風景にいる人たちには――男女老若誰であれ、共に過ごす古今東西の英霊たちがいる現実がどこにでもあった。
「あたしには、なんで」
ぽつりと口から転がる言葉。何度も思って、考え飽きたくらいの同じ思考の空転。
――昔、大きな戦争があったらしい。でも戦争はもう終わって、世界は平和になったって。今では誰もが、心臓に聖杯を持ち、運命を指し示す、自らのサーヴァントを召喚する時代。
なのに。
なのに、あたしには
奇跡の杯の恩恵を、そしてサーヴァントの召喚を、自分が拒んだわけでもない。
精神的な影響によるものかも、と言われて、召喚遅延者用のカウンセリングも試した。ちょっと怪しい、アングラな商品だって同じように。
けれど、どこにも《令呪》は現れなかった。昔も、今も。
生まれてからずっと、宙ぶらりんの運命。
こんなに望んでいるのに。
どこにいるの? あたしの
○(今後も含めての)登場人物
・
・
・ラーラ=
・ジャン・ヴァルジャン…フランスの作家ユゴーの有名小説『レミゼラブル』の主人公とされる紳士的な男性。ルーラーのクラス。
・緑炎のアーチャー…ラーラのサーヴァント。女性。絢爛の黒い鎧を羽織り、緑炎を撃ち放つ。
・渚のキャスター…身体を包みこむ大きな白い外套・帽子・ヴェールを身につけた性別不明・正体不明の怪しげなサーヴァント。
○相関図
キャラのイメージ画像はpicrew『灰は不味い』様より
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