ImgCell-Automaton。 ここはimgにおけるいわゆる「僕鯖wiki」です。 オランダ&ネバダの座と並行して数多の泥鯖を、そして泥鱒をも記録し続けます。





前回までのあらすじ


突如として、時間と空間が入り混じるという『人理渾然』に巻き込まれたモザイク市。
喪失帯や泥濘の新宿といった異世界が混ざり合う中、渾沌とする世界の中で異変を解決して回るタイタス・クロウと人々が出会う。
モザイク市の御幣島亨やヴァイスといった面々はタイタスと情報を交換し、突如として現れた喪失帯出身の少女ヴィクティ・トランスロードと共に異変解決に乗り出す。
特異点である泥濘の新宿でのサーヴァント同士の戦闘に巻き込まれながらも、諸悪の根源たるナイル・トトーティフのいる土夏に集合する英霊達。
しかし時は既に遅く、ナイルはルナティクスの水月砦、エノキアン・アエティールの幻想基盤、土夏のみしゃくじの魔力を組み合わせ"狂怖"を召喚した。
人間の恐怖の感情の集合体である"狂怖"は、その場に集合した全てのサーヴァントたちを追い詰め、苦しめてゆく。

その力の源の呼び水となっていたのが、慶田紗矢という少女の恐怖と言う感情だった。
彼女はルナティクスの一員であるが故に水月砦と繋がっていたのだ。そして"狂怖"召喚に自分のサーヴァントが協力してたという事実から自己嫌悪に陥る。
だがしかし、コーダの説得により彼女の恐怖という感情は晴れ、それに伴い"狂怖"は弱体化。加えて霧六岡の援護により力の源を喪う。
その機を突いて"狂怖"を拘束する英霊達。決定打に欠けることに手をこまねいていた所、コーダがジークルーネを令呪で呼びよせる。

だがジークルーネは、ナイルに手を貸して"狂怖"召喚を助けた英霊であった。
ジークルーネは停滞したモザイク市に勝利を呼びよせるために、"狂怖"という障害を用意するため行動を起こしたのだという。
それでも"狂怖"を野放しにするのは危険であると、英霊達と共に"狂怖"を倒すために協力をするジークルーネ。そんな彼らに対抗するべく令呪をナイルは用いる。
外の宇宙より降臨したナイアルラトホテプの智慧を"狂怖"へと注ぎ込むことで、"狂怖"は今までと比較にならないほどのパワーアップを果たす。
その"狂怖"に押される英霊達。何か自分に出来る事は…と思考する紗矢。そんな中でジークルーネが紗矢に対して言葉を投げる。
「自分の選択を信じなさい」─────そうして彼女は、自分に宿る令呪で"狂怖"召喚の根幹となった自分のサーヴァント、
オーベッド・マーシュを説得するために、令呪を以てこの戦場に呼び出した。



◆   □   ◆



鼻につく、生臭い風がビュウと吹くのを、紗矢は感じた。
嫌な気配を感じる。逃げ出したい気配を抱く。手が震える。
それでも、今令呪を以てこの戦場に呼び出した英霊とは、言葉を交わさなくてはならないと彼女は強く感じていた。

オーベッド・マーシュ。魚貌のフォーリナー。
慶田紗矢という少女に宿った聖杯が、令呪が、"普通でないもの"が呼び出した、フォーリナーというイレギュラーの英霊。
どこまでも追い詰められた時に召喚されず、全てが終わってからようやく召喚された、この世界で最も彼女が信用できない英霊。
目の前に姿を現し召喚されたその英霊は、まさしくそのオーベッド・マーシュそのものに他ならなかった。

「………………」

潜水服に身を包んだマーシュは、じぃ……と自らを召喚したマスター、紗矢を覗き込むように見る。
そして少し、周囲を見渡すように視線を右へ、左へと移して、その頭部を覆うヘルメットを外し、その貌を露わにした。
半分が皺枯れた人間の老人のようでありながら、もう半分にはうろこがあり、襞のように鰓が開き、そして瞼の無い不気味なぎょろぎょろとした目があった。
対魔を専門とするウィルマース財団という魔術組織が俗に、インスマス面と呼ぶ風貌がそこには合った。もっとも彼の場合、人の面とインスマス面がまだらに混ざり合っている。
英霊としての無辜の怪物などのスキルによる影響か、あるいは生前からそうであったかは定かではない。どちらにせよ、"普通じゃない"容貌なのは確かであった。

紗矢は鼓動が高鐘の如く早鳴った。恐怖が再び彼女の精神を蝕むように覆っていくのを感じる。
怖い、恐ろしい、逃げ出したい─────それでも、彼女は意を決して自らのサーヴァントと詞を交わす。
拳を握り締め、真っ直ぐに自らのサーヴァントを見据えて、言葉を発しようとする。

そんな中で、最初に口跡を放ったのは、
意外にもオーベッド・マーシュの方からであった。

「令呪で─────私を呼んだのか、マスター」





「─────ッ!!」

"狂怖"と戦っていた英霊達は、その霊基中が感じる圧が突如として増したのを全身で理解した。
圧を発する方角に彼らの視線が集中する。その先には紗矢が令呪で呼びだしたオーベッド・マーシュの姿があった。
いや、正確にはその背後─────。魔力が密集して渦を巻くかの如き気配が、マーシュの背後に存在していた。
その魔力の塊は、言うならばモノリスとでもいうべき巨大な人工物の形を取って現実に顕現していた。

「なんだ…………ありゃあ……」
「……っ…、マジか……マジかマジか……!?
 まさ……か……、この目で拝むことに…なろうとは……!!」
「知ってるんですか…? タイタスさん……!」
「……あれは……この世界のものじゃねぇ……!」

タイタスがその眼を見開き、マーシュの背後にそびえたつモノリスを凝視する。
そしてその眼で、頭脳で、肌で、全身の感覚を総動員してその姿と形、そして能力を"推理"する。
夥しい数の異形や象形文字が刻まれているそのモノリスは、存在するだけで周囲の空間が非幾何学的物理法則へと変貌させてゆくような錯覚を覚えさせる。
周囲の直線と直線が歪む。距離感が捻じれ狂う。"狂怖"が放つ瘴気に加え、文字通り『この世のものではない』モノリスの放つ魔力。
ただ見ているだけで発狂しそうになる異常識の奔流を、タイタスはその魂全てを以てして破砕し踏み砕く。

「あれは………俺の倒すべき……俺の壊すべき……異常だ。
 外との契約の証……外宇宙との扉……。異界とのつながり……!!
 存在してはダメだ……有り得てはだめだ……! 俺がやる……俺にしかやれない……!」
「そうか……! なら、いけ……!!」
「感謝します!」

拳を握り締めるタイタスに、田村麻呂が背中を押すように声をかける。
その言葉はまるで鼓舞するかのように通る意志であった。彼の言葉にタイタスは、拳を握り締めてモノリスへと駆ける。
だが、自らの生命線をそう易々と壊させる"狂怖"ではない。智慧を得た"狂怖"は既に、タイタスが何をしようとしているのか瞭然であった。

「グゲ─────ゲゲゲゲゲゲゲゲ!!!!!!
 何をスるか、知らンが、邪魔、邪魔─────邪・魔ァ!!!!!」
「引っ込んでなぁ!! テメェの相手はこの俺たちだ!!」

田村麻呂がタイタスへと伸ばす"狂怖"のその腕を手に持つ剣でたたっ切る。
続いて宿儺の拳が、卑弥呼の巫術が、ヴィクティの雷撃が、メアリーの援護が、次々と"狂怖"へと襲い掛かる。
この場に立つ全ての英霊達が、"狂怖"を打倒するために

「ここは……通しません! 絶対に!」
「グ……ゲ、グゲゲゲ……。アぁ、コワイ、コワイなァ……。
 寄ってたかって、我が手を阻む、人理の極光ども、コワイナあ……!!」
「良いぞ良いぞ。恐怖の具現に恐怖されると言うのは気分が良い。もっと楽しませろよ」

戦場が再び激しく燃え上がる烈火の如く、目まぐるしく変化してゆく。
この戦場の決着は全て、マーシュと言葉を交わす紗矢と、モノリス破壊を目指すタイタスへと委ねられた。





「十数年ぶりに、マスターの声を聴いたような気がしたよ」
「………………そう……」

オーベッド・マーシュと慶田紗矢が対面し、言葉を交わす。
見た目こそ恐ろしいものの、オーベッド・マーシュの口調は激しくも無ければ、意思疎通が不可能なほどに静かなものでもなかった。
同時に意思疎通が出来ないほど言語や常識が捻じれ狂っているわけでもなければ、話が通じないほどに気性が荒いと言うわけでもない。

─────これならば、行けるかもしれない。
いや、違う。行かなくてはならない。そう決心し、紗矢は口を開く。
周囲に広がる戦場を見ながら、少女はその握る手を震わせて言明を放つ。

「………………なん、で……こんなこと、したの……?」
「ふむ……。─────"こんな事"、とは?」
「見て分からないの!?」

周囲を一通り見渡し、ただ疑問しか口にしないマーシュに対し、紗矢は声を荒げた。
次々と英霊が戦い、傷つき、そして呼び出された"狂怖"の嘲笑が響き渡る戦場がそこにはあった。
紗矢は必死で訴える。こんなことになったのは"狂怖"のせいだと。そしてそれを呼び出すのに加担したのは、オーベッド・マーシュに他ならないと。

「貴方なの!? 本当にあなたなの!? あんな怪物を召喚したの手伝ったのは!!」
「………………、如何にも。私はアレを、アレを呼び出す基盤を練り上げる事を手伝った。
 我が宝具。『悠久に誓え、深淵の御柱オゥスズ・イン・イハ=ンスレイ』によりこの地上を覆うテクスチャを弱めた。
 その弱まったテクスチャに、言霊という在り方を是とする幻想基盤……喪失帯の欠片を、重ねるように取り入れた」
「皆そのせいで大変なことになってるんだよ!? 皆傷ついてる!! 皆あの化け物に狂わされそうになってる!!
 なんで……どうして……どうしてこんな事したのよ…………!!」

縋りつくように紗矢は、自らのサーヴァントの行った選択に涙を流しながら理由を問うた。
その涙に何か思うことがあったのか。あるいは─────この戦場と言う結果に対して思うことがあったのか。
どちらかは分からないが、マーシュはほんの少しの沈黙ののちに、少しだけ頷いて口を開き話し始めた。

「ではまずその問いに答えるとしようか。"理由"、"何故このような行為をしたか"、か……。
 そうだな。ここは言葉を濁さずに簡潔に伝えるとしようか。一言で言えば、"深淵"の向こう側を見たかったんだよ」
「………………深淵……?」
「ああ」

そうしてマーシュは、淡々と措辞を語り始めた。
曰く彼は、元々は時計塔と呼ばれる魔術師の総本山、その伝承科と呼ばれる学閥で学ぶ異端の魔術師であったという。
紗矢自身は、そういった時計塔という存在がある事自体は知っていたが、こうしてそれに所属していた者を前にするのは初めてであった。

彼は生命の起源を探り根源へ到達することを命題としていたが、やがて1つの真実に至る。
伝承科が隠し持っていた知識の一端─────神性や神秘に寄らぬ『伝承』……人々が語る物語の持つ力そのものを制御する秘法に辿り着いた彼は、それを試す。
そのための本拠に選んだ地こそが、時計塔の手の届かぬ地であり、自らの故郷でもあるアメリカ・マサチューセッツ州の……現在の記録に名を残さない港町であった。

彼が『伝承』と重ね合わせるのに選んだのは『深淵』であった。
全ての生命の起源とされた、海底。
魔術的知識ではなく、その当時で最先端の科学知識が導き出した回答を踏み台として、生命の根源を解き明かす命題へのショートカットを図った。
術式の依代となったのは、マサチューセッツ近海で1636年頃から目撃されていた巨大不明生物。
依代に重ね合わせるは深淵の具現。全ての人類、生命の原初たる海底に潜むものへの人々の畏怖と恐怖。
人々から既に未知への恐怖……信仰にも近しい感情を集めはじめていた、非常に原始的、かつ強大なる水棲生物はその依代として都合が良かった。

ある者が見れば、その巨大不明生物の正体は、テオス・クリロノミアと呼ばれる喪われた技術による生物の異常成長と気づいたことだろう。
それだけならばそれ───仮称『父なるダゴン』は、ただ巨大な不明生物で済んだ。だが彼が伝承と深淵を重ね合わせた事で、其れは"神"に近しい存在へと昇華された。
「ダゴン」彼によるその命名の由来は、現存しない民族・ペリシテ人が信仰していたとされる神名に依る。
できるだけプリミティブで、なおかつ既存の魔術的な色に染まっていないものを探した結果である。
現存しない神話体系に属するが、数々の証拠によりその信仰の痕跡だけを微かに残す神格。それは深淵に潜む祖先的存在に与える仮名として相応しいものと思えた。
父なるダゴンと共に海底に潜り……彼は、其れと接触することとなる。

彼は見た。捻じ狂った遺跡を。

彼は遭遇した。深海に広がるアトランティスの残骸を。

彼は幻視した。深淵の蜃気楼の向こう側に、悍ましくも怪しき美しさを誇る螺湮の城を。


彼は願った─────。『知りたい』『我々の祖先たる"此れ"が来たりし深淵の向こう側を』と。


オーベット・マーシュという魔術師の探求心は1つの結果を生み出した。否、産み出してしまったのだ。
彼らは降臨者の先触れとなった。海底の地層に存在を刻まれたことにより、外からの降臨者の橋頭堡をより古き過去へ遡らせ、星の歴史を歪ませた。
根城たる港町で実験を繰り返し、悍ましき交配と儀式を繰り返し─────彼は挑み続けた。歩み続けた。
知られざる"外"と繋がった偉大なる深海を知るために。彼が抱いた狂気にも等しい憧憬の果てに何があるかを、見るために

「故にこそ、私は歩み続ける。私は行動し続ける。私は生き続ける。
 例え我が子孫が神秘殺しに焼かれたとて、この身が英霊として座へ召し上げられたとて、変わらない。
 私は"深淵"に挑み続ける。私は"深淵"の向こう側を見るためならばどのような行為だって選んで見せる。─────要は、探求心だ。
 私は私の内側から湧き上がる、渇望と言う名の探求心の為に、この一連の行為を選んだ。それだけの話だ。
 あの日、故郷を異形で覆い尽くした日と同じ。"深淵"を垣間見られる可能性が一片でもあるのなら、どうなっても良いと思ったのだ」
「どうなっても良い……!? ふ─────ふざけた事言わないでよ!!!」

金属に拳が叩きつけられる。痛ましい音が響くと同時に、紗矢がマーシュに縋りつくように詰め寄る。
そして何度も、何度も、弱々しい拳をマーシュの纏う潜水服にぶつけながら、彼女は涙を流しながら訴える。

「じゃあこんなことになっても良かったって言うの!?
 あんたが言う……"深淵"だかなんだか分からないけど……! それが見れるって言うなら!
 こんなことになっても良かったって言うの!? 本当に!?」
「そうだ。私は、あの降臨者たちの始原をこの眼にできれば、どのような結果すらも受け入れる。
 例え人類が滅ぼうと。この星が無くなろうとも─────あの存在達の故郷たる、深淵の向こう側を見れれば、それでいい」
「そん─────……な…………」

紗矢は、力無く膝から崩れ落ち、自分に、自分のサーヴァントに、絶望するしかなかった。
分からない。口述の意味が理解できない。言葉は通じるのに、会話は出来るのに。その言葉同士が通じ合わない。
嘘を言っているようには見えないし、洗脳されているようにも見えない。目の前のフォーリナーは、正しく正真正銘、自分の目的の為ならどのような結末となっても良いと考えている。
その事実はただ紗矢を絶望させた。やはり普通じゃない英霊たるフォーリナーを説得するのは難しいのか。自分には何もできないのか。
そんな絶望だけが彼女をのみ込もうとした、その時であった。

「だが」

グギリ、とマーシュは突如としてその視線の方向を変えた。
その視線の先には、マーシュが召喚に加担した災厄、"狂怖"が英霊達と戦っている。
"狂怖"の姿を見やりながら、マーシュは淡々と変わらない声色でその自らの言の葉を紡いだ。

「あれは、私の望んだ結末ではない」
「─────────…………………え?」
「分からないのか? 私は、"深淵"が見れさえすればどうなってもいいとは言った。
 だが………………私が望んだのは、こんな混沌では、ない。私が望んだ結末にならずに混乱が広がるのは、耐えがたい屈辱だ」

マーシュは語る。自分が望んだのはあくまで、深淵────この世界の常識を超えた深部への到達であると。
彼曰く、人間の持つ非常に強い感情である恐怖を切り離し、それを言葉から形にし伝承にする事で、未知という恐怖を形にできると考えたらしい。
その凝縮した恐怖という感情をもってすれば、未知へと繋がる道は開けると彼は考えた。元々伝承と言うものを力に選んだが故に、それも可能であると考えた、
そのために協力をした。だがしかし形になったのは、既存の恐怖と言う形が狂気になるまで煮詰められた歪なる言霊、精霊でしかない。
明らかに自分の望んだ結末とは違う────そう語るマーシュの口ぶりには、どこか怒りにも似た感情が込められているように見えた。

「どういう事かな? ナイル・トトーティフ。外よりの使者、無貌なるものよ」

マーシュはその首を捩り、"狂怖"へと令呪を通して魔力を注いだ1人のマスターへと問いかける。
否、それはもはやマスターでも無ければ魔術師でもない。ましてや人間と呼ぶなど悍ましく憚られる。
その姿は外より降臨した邪悪。ただ人間を試し、嘲笑い、そして踏み躙る。この世界に存在してはいけない悪がそこにあった。

ナイル・トトーティフ。外の宇宙より飛来した神々のトリックスター。無貌の混沌。
此度の人理渾然を利用し、ジークルーネとオーベッド・マーシュを陥れ利用した、全ての元凶がそこには立っていた。

「"どういう事"も、何も────。そのままですが」
「つまり、最初からこうするために、私を利用したわけか」
「ンッフッフッフッフ……ええ。その通りですよ」

ナイルはまるで堪えきれないとでも言うかのように笑いだす。
その様子をただマーシュは、不快そうに目を細めながら見ていた。
紗矢はただ戸惑いながら、そのマーシュの姿を見続けるしか出来なかった。

「貴方は騙されたんですよ。滑稽に。それ以上の何があると言うのでしょうか?」
「ふむ。なるほどな。お前には深淵の向こう、遥か彼方なる"外"へと繋がる可能性を垣間見たのだが……見当違いだったようだ。失望したぞ」
「ええ。どうぞご自由に……」
「────。しかし…………」

嘲笑うナイルに対して冷ややかにため息をついて、自らのマスターである紗矢へと視線を移すマーシュ。
そしてその隣に立つ青年、コーダ・ラインゴルトへと視線を向けてから、何度か頷いて言葉を放った。

「随分見ぬ間に、恐怖を退ける強さを身に着けたようだな」
「え? ────な、は!? か……関係ないでしょそんなの!!」
「いや、関係はある」

マーシュの視線の先にいるコーダの姿を見て、マーシュの言いたい事を理解した紗矢は頬を染めながら叫ぶ。
そんな彼女の科白を静かに否定し、そしてそのまま顎を撫でつつ、マーシュはその自分の持つ意見を語り始めた。

「私が此度の行動で、伝承に変わり"恐怖"と言う感情を触媒に選んだのは、お前の存在もあるのだ」
「…………………え? ………………何? なに……言ってるの……?」
「私が召喚された時……お前は怯えていたな。震えていたな。……私は思ったよ。憐れだ────と。
 だが…お前の気持ちは、理解はできる。人間が持つ、最も原始的な感情、恐怖。それに狂うほどに支配される苦しみは、分かる。
 私はもうそのような感情は忘却したが………。『狂気に昇華されるほどに』『強い感情に支配される』……その苦しみは、理解できる」
「………………………。」
「そしてそれが、その感情が、永遠に晴れないと理解した時の絶望も、また…………。
 だからこそ、私はお前に召喚されたのかもしれん。決して届かぬ彼方に手を伸ばし続ける者として」
「……。何? 責めてるの……? こうなったのは私のせいだって?」
「違う。むしろ逆だ。謝罪をしているのだ」

クキリ、と首を鳴らし、紗矢の眼を覗き込むように見つめながら、マーシュはその内側に抱く謝罪の情動を辞遣いとして表す。

「私は考えた。私はサーヴァントだ。従うものだ。
 だが───私はお前の、召喚者の意に応えられなかった……。
 "深淵"に至る事は何より重要だが、この慙愧は私の中にしこりのように残り続けた……。
 故に、選んだ。いや、選んでしまったというべき、か。私の"深淵"への渇望を満たし、
 そして同時に、お前の内の"恐怖"を隔離できる方法を、求めてしまったのだ」
「………………………フォーリナー……、…でも、私…………!」
「ああ。結果としては、目も当てられぬ惨事を生んでしまった。これは悔恨の念に堪えぬ。
 お前の願いに答えられず、我が渇望を満たす事も出来なかった。────サーヴァントとして、これほど心苦しい選択はない」

そう言って、マーシュは頭を下げ自らのマスターに謝罪した。
だが紗矢はそんな彼を責める事もなければ、安易に許す事もなかった。
たしかに彼の行った行為は、彼自身の為でもあると同時に、マスターの為の行為でもあった。
ならばただ否定するのは間違いだろう。ただそれが生み出した惨事が存在するのもまた事実。
その惨事への償いをするのが最も正しい選択であるが────幸い、その手段はすぐそこにあった。

「謝らなくていいよ……。大丈夫、だから……。少なくとも、今は。
 私だって、あの時は不安定だったし、サーヴァントにちょっと期待し過ぎてた」
「そうか。なら、良い。なればもう、この宝具は用済みだ。全てなかったこととし、あの"狂怖"の存在する基盤を崩すとしよう」
「────────────させませんよ? それだけは………」

そう言うとナイルは、まるで指揮者のようにその指を振るった。
呼応するかのようにマーシュの周囲に漆黒に染まった魔力が蛇のように伝い、そして彼の霊基を捉える。
そして彼の身体を雁字搦めに捉えたかと思うと、植物が根を張るかの如く魔力が彼の霊基に深々と突き刺さり、彼の宝具解除の動きを封じた。

「っ!! フォーリナー!?」
「何処までも、信用できない。お前は私が望む深淵とは属性が違うと見えるな」
「貴方が宝具を使う際に用いた……"大敵の黒水晶"に細工をさせていただきました。私の魔力を、ほんの少しだけ…混ぜました。
 その宝具を発動した時点で! 貴方の霊基には既に私の魔力と混ざり合った大敵の魔力が沁み込んでいるのですよ!
 もはや貴方にこの戦場を止める術などない! 貴方たちはこの場ではただ無力な主従でしかない!!」

高く笑い声を響かせるナイルに対して、マーシュは怒りを抱かなかった。ただ失望しかなかった。
自分の選んだ道は間違っていたばかりか、このような存在に加担したという事実に深い慙愧と後悔を抱いていた。
紗矢はただ、自分の無力さに唇を噛み締めるしか出来なかった。自分が勇気を振り絞って選んだ選択は、無意味だったのかと。

「(なんで……なんで、どうして……! ここまでやって…ダメなの!?
 解除する方法……だめ……令呪で解呪できる保証はないし…私の知識じゃ、魔術の解除なんて……!)」

そんな中彼女の脳裏に浮かぶ、かつて両親に言われた言葉の数々。
「使いこなせ」「学べ」「どうしてお前だけが」────再び彼女の思考が、恐怖に塗りつぶされようとする。
あの時に魔術を学んでおけば。自分が魔術を少しでも使いこなせていればまた違うのでは……そんな後悔が押し寄せてくる。
彼女は必死でその恐怖に打ち克とうとする。だがそれでも、自分の行動が無為であったという思いが彼女の心を激しく揺さぶった。

「(このままじゃ私……私たち……あのバケモノを召喚した罪だけが残る……!
 この戦場で……何もできないまま終わっちゃう……! 決意したのに……やるって決めたのに……!!
 でも……でも……!!)」

「やっぱり私じゃ……ダメなのかな……?
 私の行動……全部、無意味なのかな……?」


「諦めんじゃねぇえええええええええええええええええ!!!!」


声が響く。戦場を1人の英霊が駆ける。
マーシュの宝具が放つ瘴気を、"狂怖"の放つ魔力を受け、捻じれ狂った平衡感覚の中、英霊が疾駆する。
まだだ。諦めるな。恐怖するなと────。心が再び恐怖に呑まれかけた少女を鼓舞する。


「お前のその選択は────マーシュを呼び出した選択は、決して間違っていない!!」
「俺がその宝具を……ぶち壊すからだっ!!!」


英霊が拳を握り締める。千切れ落ちた左腕の分に至るまで、全霊を込める。
神殺しとされしその概念────絶対なる"外"の異常識を破砕する力が、その英霊の手に収束してゆく。

"狂怖"が叫び声をあげながら、その攻撃を何をしようと止めんと全力をかけ動き出す。
"狂怖"は悟っているのだ。理解しているのだ。あのモノリスが破壊されれば、自分の力は霧散してゆくと。

だがしかし、疾駆するその英霊に全てを託した者たちがそれを阻む。
千の弓矢が降る。日輪を集わせ肌を焼く。理想を具現化させ往く手を阻む。落雷が降り注ぐ。
────────そして、"狂怖"を恐れさせることを愉悦とする呪いが、嘲笑う。

勝利を目指した青年が、1人の少女を立ち直らせた。
異常を恐れた少女が、怖れを振り切り自らのサーヴァントを呼び出した。
戦場に立つ英霊達が、神殺しを信じて"狂怖"の攻撃を止めた。


────────その全てが、今此処に結実する────────


「砕け散れぇえええ!! 『我が生涯よ神を焼き尽くせ(タイタス・クロウ・サーガ)』ッッッ!!!」


凄まじい轟音と共に、マーシュの背後にある巨大なるモノリスに拳が当たる。
稲妻が奔ったかの如き音と共に亀裂が入り、そしてほんの少しの間をおいて、マーシュの宝具は木っ端微塵に破壊された。
『我が生涯よ神を焼き尽くせ(タイタス・クロウ・サーガ)』。抑止力の力を以てして、"外"より飛来した神々を屠り続けた彼の生涯が形になった宝具。
巨大なるモノリス────。マーシュが『悠久に誓え、深淵の御柱オゥスズ・イン・イハ=ンスレイ』と呼ぶ"深淵"との繋がりが宝具となったものを破壊するのに、これ以上のものはない。
その破壊される自らの宝具を見るマーシュの表情は、どこか穏やかなものであった。

「────。礼は言わんぞ、我が大願を阻止する側の人間。
 だが、それでも、我が過ちの証を破壊したことには────────」
「言うなよフォーリナー。長ったらしい。……俺はもう、……長話を聞ける、余裕は────」

ドサリ、とタイタスが地面に力無く倒れ込んだ。
ただ呆然とタイタスによる破壊を見ているしか出来なかった紗矢は、その倒れる音を聞きタイタスへと駆け寄った。

「だ、大丈夫ですか!?」
「あ゛ー……大丈夫、大丈夫。疲れて体が動けないだけだから……」
「よかった……。で、でもあの化け物は……?」
「安心しろ…………」

弱々しく、タイタスはそのモノリスを破壊した右手を紗矢に伸ばす。
そして肩を叩き、紗矢が自分を信じて行動した令呪を用いた命令を称賛する。

「幻想基盤は……消えた。あとは……あいつらが、頑張る。
 ………………嬢ちゃんのおかげだ。嬢ちゃんが…マーシュを呼んだから、出来たんだ……」
「…………良かったぁ…………」

ほっとしたのか、それとも彼女を支配していた恐怖の念が消えた故か。
紗矢は膝からガクリとへたり込む。それをコーダがかけより、彼女を支える。

「ありがとう、紗矢ちゃん」

そうしてそのまま、"狂怖"とナイルをその視線で刺し穿つように捉え、そして言い放つ。

「あとは、俺たちの番だ」


「絶対に、勝って見せる」


その言葉は誓いの詞のように、戦場に静かに、されど確実に響き渡った。



to be continued...→

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