ImgCell-Automaton。 ここはimgにおけるいわゆる「僕鯖wiki」です。 オランダ&ネバダの座と並行して数多の泥鯖を、そして泥鱒をも記録し続けます。






前回までのあらすじ


突如として、時間と空間が入り混じるという『人理渾然』に巻き込まれたモザイク市。
喪失帯や泥濘の新宿といった異世界が混ざり合う中、渾沌とする世界の中で異変を解決して回るタイタス・クロウと人々が出会う。
モザイク市の御幣島亨やヴァイスといった面々はタイタスと情報を交換し、突如として現れた喪失帯出身の少女ヴィクティ・トランスロードと共に異変解決に乗り出す。
特異点である泥濘の新宿でのサーヴァント同士の戦闘に巻き込まれながらも、諸悪の根源たるナイル・トトーティフのいる土夏に集合する英霊達。
しかし時は既に遅く、ナイルはルナティクスの水月砦、エノキアン・アエティールの幻想基盤、土夏のみしゃくじの魔力を組み合わせ"狂怖"を召喚した。
人間の恐怖の感情の集合体である"狂怖"は、その場に集合した全てのサーヴァントたちを追い詰め、苦しめてゆく。

その力の源の呼び水となっていたのが、慶田紗矢という少女の恐怖と言う感情だった。
彼女はルナティクスの一員であるが故に水月砦と繋がっていたのだ。そして"狂怖"召喚に自分のサーヴァントが協力してたという事実から自己嫌悪に陥る。
だがしかし、コーダの説得により彼女の恐怖という感情は晴れ、それに伴い"狂怖"は弱体化。加えて霧六岡の援護により力の源を喪う。
その機を突いて"狂怖"を拘束する英霊達。決定打に欠けることに手をこまねいていた所、コーダがジークルーネを令呪で呼びよせる。

だがジークルーネは、ナイルに手を貸して"狂怖"召喚を助けた英霊であった。
ジークルーネは停滞したモザイク市に勝利を呼びよせるために、"狂怖"という障害を用意するため行動を起こしたのだという。
それでも"狂怖"を野放しにするのは危険であると、英霊達と共に"狂怖"を倒すために協力をするジークルーネ。そんな彼らに対抗するべく令呪をナイルは用いる。
外の宇宙より降臨したナイアルラトホテプの智慧を"狂怖"へと注ぎ込むことで、"狂怖"は今までと比較にならないほどのパワーアップを果たす。

その"狂怖"に押される英霊達。彼らの苦戦の中で自分に出来る事を考える紗矢。
そして彼女は自分の判断を信じ、自らのサーヴァントであるオーベット・マーシュを令呪で呼びだす。
彼の宝具によって存在が保たれている"狂怖"を倒すために、宝具を解除してもらおうとしたのだ。
だがナイルの策略により、マーシュは宝具を解除することが出来ない状態にあった。
やはり自分には何もできないのか───────そう考える紗矢にタイタスが叫ぶ!
「お前の行動には意味があった」と。響くタイタスの宝具。砕け散るマーシュの宝具。
今、"狂怖"を討伐するための最後の戦いが幕を開く。



◆   □   ◆



「ギエアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」

"狂怖"の叫び声が、天地を割らんとばかりに響き渡った。
オーベット・マーシュの宝具が破壊された事で、周囲を満たしていた『言霊』の喪失基盤が急速に薄まってゆく。
其れは即ち、恐怖という感情が増幅された結果霊基を得た"狂怖"にとっては、致命的な結末を意味していた。

本来、恐怖という単体の感情では霊基を得ることはできない。
だが幻想の基盤が世界を形成する喪失帯という世界の基盤を用いる事で、"狂怖"という霊基を獲得することが出来ていた。
この人理渾然という特殊な条件下だからこそ可能な召喚────それを固定していたマーシュの宝具が、今破壊された。
今の"狂怖"の霊基は、例えるのならば熱風に晒された氷粒にも等しい。周囲全てがその霊基を否定する毒となる。

全身からその霊基を構成する恐怖が流出してゆく。
魔力が綻び、溶け消え、無力なる感情へと霊基が変出してゆく。
"狂怖"はその全身に走る理解不能な痛みにもだえ苦しんでいた。

「コレ────はぁ……!? これハぁ!! なんだあああああああああ!!!!!??」

"狂怖"は叫ぶ。ナイルよりインストールされた知識────言葉を以てして、その恐怖を。
ようやく理解した知識が、叡智が、人を恐れさせる術が、自らの霊基と共に溶け消え流出してゆく。その様が恐ろしくてたまらない。
分からなくて恐ろしくて嫌で悍ましくて意味不明で憎らしくて気持ち悪くて仕方がなかった。だが、止まらない。"狂怖"の消滅は止まらない。
それは例えるのならば、非常に広大な容量を誇っていた水槽に同時に数え切れぬほどの無数の穴を穿ったにも等しい。
塞ぐ術などもはやなく、防ぐ手立てなど毛頭もない。ただ"狂怖"は消滅する運命しかなかった。

だがそこは詰みとなっても"狂怖"。人類が有史より抱き続けた生存本能と共に在る感情そのものが霊基を持った存在。
未だ尚もその霊基を保ち、そして消滅するならばと周囲に立つ英霊達を殺さんとその全霊を以てして力を振るい続けていた。
未知の状況に当たり、理解不能と恐怖する中で尚も、"狂怖"は自らの眼前に立った存在達を滅ぼして見せると戦いを続けることを選んでいるのだ。
先ほどの水槽の例えに倣うのならば、容量が大きすぎるが故に中の水を全て抜き去るには時間がかかると例えるのが正しいだろう。
故に、通常の英霊ならば即座に消滅するような状況に晒されて尚、"狂怖"はその霊基を保ち英霊達と肉薄している。

当然、その"狂怖"の最後の足掻きを甘んじて受け入れるような英霊達は、この場にはいない。

「抑止力……後は任されたぜぇ!!」
「神獣鏡全展開!! 動きを封じます!!」
「ギ────ギァガアアアアアア!!!」

大量の鏡が展開され、そこから魔力を伴う光が差し"狂怖"の動きが封じられ霊基が焼かれる。
そこに大量に降り注ぐ無数の弓矢。土夏のライダーたる坂上田村麻呂の宝具と、邪馬台国の女王たる卑弥呼の連携攻撃だ。
卑弥呼のマスターである御幣島が的確に周囲を観察し、そして封じるべく"狂怖"の動きを、そして弓矢を放つべき場所を分析する。
彼ら英霊達を滅ぼそうと足掻く"狂怖"は、その身動きを取れぬ状況にあった。

「攻撃………拘、束か……これは……そうか拘束というものか……! これがァ!!
 なら────なら、ば……!! 次。次────次に、狙うべき────はァ……!!」

"狂怖"が戦場での経験を即座に吸収し理解し、そして次に選ぶべき行動を思考する。
もはや死に体と言えどその霊基はグランドに匹敵するほどの魔力を秘め、同時に外宇宙より飛来せし神の智慧全てがインストールされている。
通常の理では測れないほどの速度で進化を続けるその"狂怖"は、即座に自らの置かれた意味を理解し、次に取るべき行動を探し当てた。

即ち、この戦場の外側に立つ無辜なる民────"土夏"と呼ばれていた地に住まう人間たち。
その者たちを恐怖させ、流出する魔力の代理として霊基を補う力にすれば、消滅までの時間を稼ぐことができる。
そう"狂怖"は判断した。故に、その全霊を以てして瘴気を拡げ、土夏という街を恐怖と絶望で混沌に陥れんとする。

だが────

「そうすることは……読んでいる……! それだけは、させない」

そう声を響かせたのは、白い髪を持つ純白なる少年、ヴァイスであった。
彼はその感応能力を以てして、"狂怖"が流出させんと目論んだ狂気と恐怖を発露させる瘴気を全てその身に受け止める。
当然彼1人がその瘴気全てを受け止めるような真似をすれば、即座に発狂し死亡することは目に見えている。

だが、彼は1人ではない。

「マスター・ヴァイス。お手を」
「ありがとう……メアリー……。僕が受け止めるから、あとは……!」
「ええ。全人類の理想を受け入れたこの霊基。たかがこの程度の狂気、受け止めて見せましょう」

ヴァイスが自らのサーヴァント、メアリー・スーと手を繋ぎその力を分け与える。
それにより、土夏へと流出する瘴気を全てのその身で受け止め、そして無力化させることに成功したのだ。
"狂怖"は恨む。"狂怖"は怨嗟する。理性によって自らの恐怖を受け止めるその少年を。理想によって己の狂気を掻き消すその英霊を。
だがそれすらも"狂怖"にとっては心地よかった。これが恨みか、これが怨嗟かと。自らが初めて抱く感情群に対して狂喜しながらも2人は怨嗟した。

「おお……恐ろしいなぁ……妬ましいなァ!! それはなんだ────!?
 貴様は何だ? 我が造物主の知識にもないぞ? お前のそれを教えろ! この"狂怖"にその感情を教えてくれ……!!」
「……感情は教えられない。僕は感情を否定するために作られたのだから」

だが、とヴァイスは続ける。

「だがこれだけは言える。僕はお前を……、狂気を否定する。
 だからここにいる。だからお前と戦う。────それが僕だ」
「ギ────ギャギャギャギャ!!!! なるほど!! そうか!!! これが否定か────」

そう、笑い声を響かせる"狂怖"の懐に、1つの影が近寄った。
気付けば雨霰のように降り注いでいた弓矢が止んでいる。魔力の補充の為に宝具を止めたのだろう、と"狂怖"は思考した。
ならば眼前に立つ『これ』は何だ? 疑問が即座にその視覚情報により解決される。その眼前にいたのは、先ほど弓矢を放っていた英霊の隣にいた人間であった。

「軽井沢も何か、やれることやらないとですよね!」
「ッ────、人間……風情がァ!」

そう笑いながら、少女はその眼鏡を煌かせて刃を振るった。
その手に持つのは刃渡りが十数センチほどしかないナイフであった。
普通に見れば英霊に対して用いるのは無謀としか言えないほどの大きさの武器でしかない。
だが"狂怖"はその頭脳が、ナイルの流し込んだ経験が叫んでいた。防げ、と。
だからこそ"狂怖"は両腕を組んでその攻撃を防ごうとした。

だが、"狂怖"のその防御は意味をなさなかった。

"狂怖"は、まるで防御という判断を選んだ事実を嘲笑われるかのように、その両腕を分断された。

「ぎいいいゃあああああああああああああああああ!!!!!!!」
「っし! やっぱり効きましたねこれ! 凄い切れ味の包丁でびっくりしてます!」
「無茶するんじゃねぇよマスター!! "魔力が切れたからちょっと行ってきます"じゃねぇよボゲ!!」

そう叫びながら田村麻呂が駆け寄る。
"狂怖"はその先端が無くなった両腕を見て、恐怖という感情に打ち震えていた。
英霊が自らを押すのは分かる。だが今はどうだ? たかが人間が自らの恐怖を防ぎ、たかが人間が自らの両腕を両断する。
恐ろしい。理解できない。悍ましい。そんな未知を"狂怖"は味わい続けていた。

「何ビビってんだ? まだ────これからだぁ!!」

理解するよりも早く、田村麻呂の刃が"狂怖"の上半身に突き刺さる。
その痛みを以てして"狂怖"はようやく分かった。ようやく悟ったのだ。嗚呼、自分は死ぬのだと。
物理的恐怖も精神的恐怖ももはや意味はなさない。自分は敗北したのだ────と。





「────────ふむ」

押されゆく"狂怖"を見下すように眺めながら、此度の一連の事件を引き起こした男は呟いた。
ナイル・トトーティフ。外より降来した異端なる神の内の一柱。その中の貌の1つが、この男の正体である。
彼はこの人理渾然という世界が混ざり合った状況を利用し、ジークルーネとオーベット・マーシュという2柱の英霊の助力の下に"狂怖"を召喚した。

何故、そのような事をしたか? と問われれば、それがナイル・トトーティフという存在だからとしか答えられない。
彼は言うならば、人間の行動を、思考を、人格を、どこまでも見る事を欲する存在である。言うならば生粋のトリックスターと言えるだろう。
もとより外という異端なる領域から降臨した存在。だからこそ彼は人類を試すべく動き、同時に人類を嘲笑うべく陰謀を巡らせる。

────だが、その陰謀もここまでか、と────そう彼は諦観をしていた。

「元より此度の計画は次への布石……まぁ、この経験は次へと活かしま────────」
「動くな」

その戦場に背を向け、立ち去ろうとしたナイルの背後に影が立つ。
両面宿儺。かつて日本・飛騨にて猛威を振るった呪いの具現が、ナイルの首元にその手を当て彼の動きを完全に封じていた。

「動けば殺す」
「先ほど貴方は私を殺せなかったはずですが?」
「それはあの石柱が、幻想基盤とやらを固定していた場合の話だろう?
 今のお前に、言霊とやらの力はない。お前は殺せば死ぬ、儚い風前の灯火にも劣る滓に過ぎん」
「お詳しいのですね」
「俺は呪いそのものだからな。飛騨の豪族どもに作られた、呪いの蠱毒だ。
 必然的に、言葉だのなんだのというものが力になるものには詳しくもなる。
 呪いも言霊も、どちらも人の感情が源流にある力だからな」

宿儺が愉快気に笑う。その笑みは見る者全てを戦慄させるような悍ましい笑みであった。
ナイルは振り向かない。微動だとしない。だが怯えているわけでも死を受け入れているわけでもない。
冷静────ともまた違う。言うならば"平然"としている。まるで何事も無い日常であると言わんばかりに声色に感情を灯さず会話している。
首筋に"死"が接している状態であっても、ナイルの心境は静かなる水面のように平静としていた。

「しかし────、背後を取ってもすぐには殺さないとは、お優しいのですね」
「勘違いするな。今の俺は気分が良い。少し話したい気分になっただけの話だ」
「ほう? 一体何を話すのですか?」
「あの化け物についてだ」

ケラケラと軽快に笑いながら、英霊達に圧倒される"狂怖"を顎で指す宿儺。
ナイルは"狂怖"の姿を見ると、やれやれと肩を竦めながら若干残念そうな声色で言葉を発する。

「良い線だと思ったのですがね。人を試すという意味では、恐怖の具現は素晴らしい題材だと」
「ああ。確かに選んだ方法は良い。人間の恐怖を煮詰め、増幅し、基盤を以て実体化させる。此処までは良い。
 だがなぁ、お前は致命的に間違えた。恐怖だの、呪いだのを使う際にやってはいけないことをした」
「それは?」
「あの令呪だよ」

鼻で笑いながら、宿儺はナイルを見下すように見た。

「お前はあの令呪で、貴様の経験や知識を流し込んだ。…確かに、あの"狂怖"を強化する意味では正解だ。
 だがな────『恐怖という感情を、人を試す土台にする』という意味では、あの行動は下の下だ。落第と言ってもいい」
「ほう、その心は?」
「恐怖される化け物の三原則を教えてやる。"死なない"、"理解できない"、"意思疎通が出来ない"────。
 お前はあの令呪で知識を流し込んだ。それで奴は言葉を理解し、言語を介するようになってしまった……。
 その時点で、あれは理解不能な恐怖から倒すべき怪物へと変貌してしまったんだよ」

つまり、と一呼吸置いて、宿儺は吐き捨てるように言った。

「お前は選択を誤った。お前はまだ、こういう事には向いていないな?
 お前自身が人間を嵌める事は得意だが、障害を用意する事に関しては向かんと見える」
「────なるほど。忠告として受け取りましょう。次こそは」
「話は終わりだ。死ね」

パァン、と、小さな音だった。
その音だけでナイルの頭部は肉片となって戦場に飛び散った。
脳漿が飛び散り、下顎が砕け地面に落ち、そしてそのまま肉体は力無く地面へと倒れ伏した。
そしてその肉体かた地面へと落ちた肉片の1つに至るまで、その全てがまるで溶けゆくように粒子へと帰り虚空へ消えていった。

消えゆく瞬間、その肉片の内の1つ────右眼が、微笑むように細まったのを宿儺は見逃さなかった。

「────やれやれ、暇つぶしにはなった……が、幕引きは興ざめだな」
「バーサーカー!! えっと……その、大丈夫?」

ため息をついて退屈そうな表情をする宿儺に、彼のマスターである雪二香澄が駆け寄る。
複数のマスターと英霊達が"狂怖"へと走る中、1人だけ"狂怖"のマスターと言える存在へと向かった宿儺を心配してやってきたのだ。
だが宿儺はそんな心配をする香澄に対し、うっとおしそうにため息を吐き出した。その様子に香澄が不機嫌そうに返す。

「なによその反応」
「いや何。貴様は戦場にいるような人間ではないなと思っただけの話だ」
「いきなり何? 良く分からないけど……まぁ、倒せたって言うのなら、良かった」

安心して胸を撫で下ろす香澄。そんな彼女の横で宿儺はケヒケヒと喉を鳴らしながら笑い、戦場を睥睨していた。
"狂怖"に対して立ち向かう英霊達と人間たちを観察するように興味深く見下し、どこか愉快気に笑っている宿儺の姿に、香澄は違和感を覚える。。
いつもならば鋭利な刃物のような気配をしている宿儺であったが、今はそのようなヒリついた感覚を受けないからだ。
他人の顔色を伺うことに一際特化した香澄は、彼がそのような理由を即座に判断できた。

「……なんでそんな上機嫌なの?」
「分かるか? まぁ、良い鬱憤の発散になっただけの話だ。
 殺し、殺され、駆逐し、否定する……。あの安寧とした街では体験できぬ素晴らしき物を味わえた。
 俺は人を殺すためだけに創り出された呪い……。基より死の無い世界など、俺の肌には合わぬ。
 そんな中、良い無聊の慰めになったというだけだ。……それに、得るものもあった」
「得るもの?」
「呪いそのものたる俺も、あの"狂怖"も、同じ人の負の感情から生まれたもの。
 故に、奴のやり方は俺の戦いにそのまま利用できる。俺はもっと強くなれる。惜しむべきは────」

クキリ、と首を鳴らしながら口端を吊り上げて宿儺は目を細めながら、何処か悲し気に戦場を見る。
その視線の先には多数の英霊達の攻撃で刻一刻と霊基が削られて往く"狂怖"の姿があった。

宿儺は思う。"あれ"がいたが故に今の自分はこれほどに満たされている。
だが"あれ"が終わればこの混沌も終わる。そう考えると宿儺の胸にはえも言えぬ退屈への憂いが満ちる。
抑止力とやらから派遣された英霊が言うには、世界が混ざったが故に特殊な事情の為にこのような混沌が巻き起こったのだという。
宿儺にはその混沌が愛おしかった。人がゴミのように死ぬ摩天楼の特異点、人の恐怖を糧にする狂気の精霊。
どれもこれも、『人を殺せ』と定められた呪いの王には素晴らしく、愛おしい存在ばかりであった。

だがこの人理渾然が終われば、人を殺す事も傷つけることも許されぬ安寧とした地に逆戻りである。
それが宿儺にとってはやはり心惜しいものがあった。名残惜しむかのように宿儺はその心の内を言葉にする。

「もう当分は、俺が全力で戦える機会はないという事になる……か。
 そう思うと口惜しいな。もう人を殺し、嬲り、踏み躙ることが出来ぬとは、愉悦がなくなるな。
 あの"狂怖"が死ぬまでに、この街の人間をどれだけ殺せるかを試すのも一興だが……」
「そんなことしたら…………置いておくからね?」

表情を邪悪に歪ませながら土夏の街並みを見て笑う宿儺を、口を尖らせながら香澄が忠告する。
そして呆れるように、香澄は宿儺に対してマスターの証である令呪をひらつかせてアピールしながら言う。

「私の死に様……、それに結末、……見届けるん、でしょ?
 それを言ったの、忘れてないから……ね。それまで1人でも殺したら、わ、私が自殺してやるから」
「はっ!! 言うようになったなお前も。人の目を気にするしか出来ぬ胆力しかなかった小娘が。この戦いを通して一皮むけたか?」
「私だってやる時はやるし……。冥裏でもちゃんと殺すときは殺すし、いう時は言うよ。そうやって、求められている、から。
 今回だって……あんたをあの新宿から連れ出すことが、一番私にとって重要だって、思ったから…演じた、だけ」
「たとえ仮初であろうとも、その行動を選んだという時点でお前の胆力は一皮剥けている。
 いずれは演技の必要もなくなる。どうだ? これを機に、あの糞長ったらしい化粧を辞めたら」
「冗談。あれは私の存在意義だから。私が私であるために、あれは必要不可欠なの」
「わからんな、やはりお前は」

吐き捨てるように宿儺は自らのマスターに言った。
だが完全に理解不能と切り捨てるのではなく、どこか興味深そうな視線で見ながらの言葉であった。
そしてそのまま視線を移し、戦闘を続ける"狂怖"を見下すように眺め、そして笑いながら宿儺は言った。

「さて────元凶は俺が殺した。
 あれをどう殺すか、見せてもらうぞ英霊共」





「おい稲妻の嬢ちゃん!! 頼むぜ!!」
「任せてください!!」

田村麻呂が小太刀で貫いた"狂怖"を前にして、ヴィクティが拳を握り締める。
ヴィクティはこの中で唯一の喪失帯の人間だ。だからこそ、この場で自分が出来る限りのことをする。
なんで自分がこんな場所に迷い込んだのか。何故自分にこのような力が宿ったのか。迷うことも確かにある。

だが迷う暇があるなら進め。その手の届く限り人を助けたい。
"助けられたこと"で命を拾った彼女は、その誓いを胸に拳を握り締める。
そして稲妻の言葉を力に変え、"狂怖"に対して全霊を込めた一撃をぶつける!!

「これ────ッでえええええええええええええええええ!!!!」
「決まったか…………!! どうだぁ!? ちったぁ堪えたろぉ!」
「ギ────────────────────────」


「ゲヒャァ!!」


「ゲギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ!!!!
 ゲギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ!!!!!!!」
「なんだ────こいつ……!?」


礼装『骨喰』によって切り落とされた腕を見て、"狂怖"は笑っていた。
もはや自らに彼らに対抗する術はないと────悟った上で、"笑っていた"のである。
その事実の恐ろしさに、田村麻呂は嫌な予感を察し即座に自らのマスターの首根っこを掴み距離を取る。

いや、笑うだけではない。
何千倍にまで跳ね上げられた日光を操る鬼術をその脳で悟り、"狂怖"は奉祝した。
自らの動きを封ざんとする理想の英霊の権能をその肌で感じ、"狂怖"は雀躍した。
霊基の深奥まで焼き切らんと激しく打ち鳴る雷撃を骨の髄まで知り、"狂怖"は悦に浸った。


眼前に立つ英霊達の全てをその全霊を以てして感じ、"狂怖"は『狂喜』していた。


────────これが死か。

────────これが絶望か。

────────これが破滅か。

────────これが痛みか。


────────────────これが、恐怖か────────。


"狂怖"は人類が抱く負の感情の集合体だ。故に感情など無く、ただ存在し続ける災害と言い換えてもいい。
それが今ナイルという外よりの神より叡智を受け、人格を得て、そして今英霊達の手を以てして消滅せんとしている。
そんな中ですらも、"狂怖"はこのただ1つだけの生を謳歌していた。肌を焼く痛みも、肉体を穿つ苦痛も、全てがただ愛おしい。
美しきインスピレーション。素晴らしき外部刺激。これが、これこそが、恐怖という感情か。"狂怖"は一秒一瞬、刹那の間すらも愛おしいとばかりに"今"に笑っていた。


だからこそ、彼は謡う。彼は声高く叫ぶ。

今この瞬間にその身で知った痛みを、経験を、恐怖を以てして。

肉体的恐怖の全てが意味をなさず、精神的恐怖の全てが防がれるこの絶望的状況の中で────

────最大限の"知識的恐怖"を、眼前に立つ『人間』たちに味合わせるために。


「ガ────ゲ────ゲゲゲゲゲゲ!!! 嗚呼……これが痛みかァ…これがァ、恐怖かぁ…………!!
 ああ、コワイなぁ……イタイなぁ……! 寄ってたカって……体を穿たれ、焼かれ、拘束され……恐ろシいなァ!!
 こんなにも恐ろしい恐怖という感情を────お前たちは永劫に受け入れるというのかァ……!!」
「何を言っている…。俺たちが倒すのはお前だ。恐怖という感情を無条件に受け入れるのとは違……」
「違わないさァ!!!!!」

全身に未だ尚も溜め込んでいた魔力を放出し、衝撃波として"狂怖"が瘴気を放出する。
その威力はまるで爆風が突如として圧縮され解放されたかのような威力であり、サーヴァントたちはマスターを即座に防御する。
存在できる基盤を破壊して、通常の英霊ならば消滅してもおかしくない量の魔力を喪っても尚、"狂怖"はこれほどの力量を誇っているのだ。
一瞬だけ彼らに出来た隙を突き、"狂怖"はここぞとばかりに己の全てを用いてこの場にいる全ての英霊・魔術師達の心を打ち砕かんと言葉を紡ぐ。

「お前たち命ある存在と恐怖は切っても切り離せない!! 命を失う恐怖! そしてそこから分岐した数多の恐怖!!
 仲間外れにされる恐怖───置いていかれる恐怖───独り劣る恐怖───痛みを覚える恐怖───知識的恐怖───。
 それを味わう度にお前たちは思うだろうさ……"あの日諦めていれば"────"あの時歩みを止めていれば"────"あの刹那に死んでいれば"と!!」

"狂怖"が叫ぶ。恐怖を喚起させる為に。狂気を呼び起こすために。
肉体への痛みはダメだ。精神への痛みは防がれる。ならばどうだ? 今はなき未来を恐れさせればいい。
今無き物を恐れさせるという事は、人間にとっても非常に有効な手だと、彼に流し込まれたナイルの智慧が語っている。
故に"狂怖"は、その最後の力を振り絞り眼前に立つ英霊に、人間に、等しく待つ『未来の恐怖』を語り続ける。


「我が霊基を殺すという事はそういう事だ!!
 お前たちは恐怖から逃げる『死』という安寧の機会を失う!! これから先数えるも億劫な絶望が襲ってくる!!
 それでも歩み続けるというのか!? それでも我が屍を超えて歩むというのかァ!! ならばこの"狂怖"を納得させてみろ!!!」


「────なら、俺が否定してみせる。"狂怖"(おまえ)に、打ち克って見せる」


魔術回路を励起させ、そう戦場に声を響かせる青年がいた。
激しい声ではない。されど戦場に確かに響く凛とした声。そして、確かなる勝利の決意と誓いを込め"狂怖"を見据える視線。
隣に立つ勝利の戦乙女、ジークルーネへと魔力を限界まで供給し、青年は"狂怖"への己の答えを告げる。


「……お前の言う通り、人はこれからも恐怖と共に生きていくだろう。
 けれどそれは、断じて絶望なんかじゃあないんだ」

「恐怖を知っているからこそ、人は誰かに優しくできる。
 恐怖を味わってきたからこそ、人はその先に希望を見出す。
 恐怖と向き合ってきたからこそ、人は、それを乗り越える勇気を持って奮い立つ」

「恐怖という試練があるから、人はここまで前に進み続けることができた。
 そして、これからも、俺たちはお前に打ち勝って未来を掴む。掴み取って見せる」
「戯言をォッッッッッ!!!!!!!!!!!!!」


大地を粉砕せんと言わんばかりの怒号が響くと同時に、戦場に満ちていた瘴気の全てが止んだ。
いや、違う。止んだのではない。収束しているのだ。"狂怖"がその霊基に今だ尚も残す全ての魔力を、一点一極に集中させているのだ。
たった1点に究極的にまで圧縮された恐怖という名の信仰(まりょく)は、もはや存在するだけで空間を歪ませるほどの圧を放ち続けている。

それは言うならば捨て身の一撃。"狂怖"は軋み罅割れ崩れ落ちてゆく自らの霊基など一切合切構わずに自分の全霊を"それ"に込める。
いうならば、霊基と存在の全てを賭した『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』。その威力はもはや英霊や精霊が生み出していい火力ではない。
例えるのならば星々の海より飛来した宙駆ける神々の権能や、星を渡り滅ぼす白き滅亡が放つ一撃にも匹敵する、超高密度の魔力がそこにはあった。


────────だがそれは、滅びや破滅、絶望や恐怖を受け入れ、"諦めた"人間を前にした時の話に限る────────。


「ハッ!!! これを打ち返しゃあ終わりってかぁ!?」
「スキル拡大変容全開! マスター・ヴァイス! 何時でも行けます!!」
「神獣鏡最大展開…………これで、エネルギーを可能な限り、分散させれば……!」
「いっけええええええええええええええええええええええ!!!」

初代征夷大将軍が、理想の英霊が、邪馬台国の女王が、
そして天より降る裁きの雷鳴が、その超高密度の魔力とぶつかり合う。
天地創造にすらも匹敵すると見紛う程の魔力の奔流が戦場に巻き起こった。

綻びてゆく、恐怖が。砕けてゆく、絶望が。罅割れてゆく、停滞が。
脚を止めれば良いと。歩むべきではないという誘惑(きょうふ)が、消えてゆく。

そして

「恐怖は確かに必要だ。生きるのには不可欠な感情だ。
 けれど────人は、生きるための恐怖を理由に足を止める生き物じゃあない」


恐怖などという感情を否定する。勝利へ導く一筋の閃光が戦場を走る。奔る。疾る────────ッ!!


「恐怖を受け入れ、それに打ち克つ────“勇気”を持って進み続ける。それが、人が生きるということだ」


「さあ、奏でましょう。紡ぎましょう────英雄譚サーガに幕を下ろしましょう」

コーダの宣誓に応えるように、ジークルーネの魔力が高まっていく。
白鳥の翼は輝きを増し、携えた光の槍は無数に分裂しては集束を繰り返し、巨大な極光へと精錬されていく。
勝利のルーンが紡がれては槍へと溶け込んでいく。テュールの加護が、槍を真の形へと押し上げる。
それは偽りの神槍に非ず。父たる大神オーディンが振るいし真なる神槍。即ちその切っ先を以て勝利を確約するもの。

「さあ、勇士。諦めることなく進みなさい────」
「────斯くやあらん。いざ貫け、『約束されたファタリテート―――――勝利の涯にジークルーネ』!」

極光が“狂怖”を貫き、その先の未来へと到達する。確率を掌握し、勝利の可能性を確立させる。
そして起こる因果逆転。定められた勝利の未来から逆算されて、“狂怖”が倒される過程が強制される────!

「グゲアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」

断末魔が響き渡る。"狂怖"の全てが蒸発してゆく。
上半身は千切れ、下半身は粉々に砕け散り、そしてその砕けた霊基の破片1つ1つが消滅してゆく。
霊核は穿たれ、破片は撃ち落とされ、瘴気は遮られ、────もはやこの戦場に、"狂怖"の存在の痕跡は、一片たりとも許されてはいなかった。

「あ────ギャギャギャギャギャァ!!!!!
 嗚呼これが死か!! これが消失かァ!! これがぁ!!! 終わりかぁああああ!!
 悍ましい程に恐ろしい!! ああ! ああ!! こんな恐怖は初めて味わったぞ!!」

それでも尚も"狂怖"は笑う。
頭部だけが宙を舞い、そしてその頭部すらも霧散して消えようという中で、自分たちの眼前に立った英霊達を笑う。
その嘲笑はある意味では称賛であり、またある意味では虚勢であり、そしてその本質は────挑戦であった。

「何度でも立ち上がるか……何度でも前に進むか……ああ面白い……とても面白い言葉だ……。
 だがとても脆い決意だ……いずれは容易く折れる……折れたが最後、再び"狂怖"は現れよう……立ちはだかろう……!!
 その時までご機嫌よう!! ああごきげんよう!! 精々"狂怖"の復活を!! 怯え慄いているが良────────────!」

ザァ────と、一陣の風が戦場に吹いた。
否、既に此処は戦場ではない。聖杯戦争がいずれ巻き起こる舞台ではあれど、既に此処にいた災厄は去った。

「………"狂怖"、霊基反応……完全、消滅……しました」

卑弥呼が呟いた。メアリーは周囲に細心の注意を走らせて、残滓一欠片も見逃さんと全霊を以て探る。
だがしかし、一切の霊基が見つからない。霊核は砕け、その霊基を構成していた恐怖の狂気は、今まさに完全に霧散し、そして沈黙したのだ。

「俺たちの────ッ、勝ちだあああああああああああああああああああああ!!!!!」
「聖杯戦争が終わるどころか始まってすらいないのに、勝ちだなんて変な気しますけどね!!」
「終わった…………終わったぁ〜…………」

田村麻呂が天に向かって吠えた。
ヴィクティは地面にへたり込んで、胸をなでおろしながら戦いの終幕に心から安堵した。
そして田村麻呂のマスターである軽井沢は、そんな彼女とライダーを笑いながら、戦いの終わりを噛み締めた。


戦いは終わった。
この場に立つ全ての英霊と魔術師達が、その事実を全身を以てして感じていた。





戦いを終えた英霊達は、まず此度の戦いの影響をくまなく捜索した。
数多の世界が混ざるという異常事態の中起きた戦い故に、一欠片の痕跡も残すべきではないと目を凝らした。
幸い市街地からは離れた場所で戦闘を行ったためか、あるいは卑弥呼の張った結界が作用したのか、ヴァイスの防護が効いたのか、
いずれにせよ、"狂怖"の残した影響は無辜の民に対しては皆無であった。当然"狂怖"の霊基の欠片も、放っていた恐怖呼び起こす瘴気も、一片たりとも残っていない。
一通りの捜索を終えたのちに、田村麻呂が此度の事件について最も詳しい英霊、タイタス・クロウに対して問いを投げた。

「これで終わりなのか抑止力?」
「ええ。あのニャル公が異変の中心……聖杯の代わりをしていましたからね。
 あれが消えると同時に、奴がここと繋げていた"言霊"の喪失帯や、モザイク市らとの繋がりは消えるでしょう。
 後は関わった人らが、"帰るべき場所"を強く思い浮かべれば、人理渾然前の場所に帰ることが出来ます。
 まだ人理渾然の元凶は断てていませんが……ひとまずの所は、それで元通りになると思います」
「そうか。まだ聖杯戦争が始まってもいねぇってのに、こんなのが何度も起きちゃ敵わねぇから、それを聞いて安心したよ」
「すみませんねぇ。聖杯戦争前だっていうのに無理いって手伝ってもらう形になって……」
「いやいいさ。マスターとの戦い方の予行練習になった。こいつはとりあえず手綱握らんとまずい暴れ馬だって分かったよ」
「ちょっとそれどういう意味ですかライダー。意味によっては軽井沢怒りますよ」
「しかし左腕無くなっちゃいましたねタイタスさん」
「あぁー……。これはウィルマース財団行って修復かねぇ」
「それより……霊体化をすれば治るのでは……?」

短くため息をつきながら首を鳴らすタイタスに、ヴァイスが提案をする。
そういやそうか。と指を鳴らすと同時にタイタスは霊体化を行う。その後彼のマスターであるアビエルがいくつかの礼装で魔力を回復させ、
その後再びタイタスを出現させる。するとタイタスの千切れ落ちていた左腕は即座に回復していた。

「わぁ、英霊って便利ですね。ライダーもできるんです?」
「いやそう何度もできないからなああいうのは? 戦闘中に霊体化するわけにもいかんからな」
「あー、そうですね」

そんな取り留めもない会話をする田村麻呂とそのマスターの横にヴァイスと御幣島らが立つ。
タイタスは振り返る。彼らがいたからこそ今回の異変は即座に解決に乗り出すことが出来たのだと。
"狂怖"の召喚こそ止める事は出来なかったが、彼らがいなければ"狂怖"召喚の場に駆け付ける事が出来ず、全てが手遅れになっていたかもしれない。
そんな事を思いながら、タイタスは心からの感謝を彼らに対して行う。

「アンタらには悪かったな……。
 色々と連れ回したり、付き合わせるような形になってしまって」
「いえ、気にしないで大丈夫です。僕としても、いい経験になりました。
 狂気と戦うという事がどういう事か分かりましたし、メアリーと手を取り合う戦い方も、覚えることが出来たと思います」
「狂気と……って事は、あの"狂怖"を構成する要素だったルナティクスと戦うっていうのか、アンタ」
「はい。……それが、僕のやるべきことと、直感した過去がありますので」
「……そうか。なら俺は特にいう事はない。お前がそう思うなら、戦うと良い」

だが、と付け加えてタイタスはその視線を御幣島へと移す。
そしてヴァイスのこれからの狂気との闘いについていくつかの忠告を渡す。

「なんとなくだけどこの少年、うちのアビエルと同じ空気がするので気を付けてくださいよ。
 具体的に言うと一回決めたらとにかく何が何でも進もうとするタイプだと思うんで。とにかくストッパーを用意してやってくださいね」
「は、はぁ」
「ちょっと待ってくださいよまるで俺が混乱の元みたいじゃないですか」
「"みたい"じゃねーよそのまんまだよ!!」
「ははは…。元気がよろしいようで。それで帰る方法ですが……自分たちはひとまず、
 "帰るべき場所"としてモザイク市の天王寺を思い浮かべながら大阪方面へ向かいたいと思います」
「ああ、ひとまずはそれでいいと思う。もしそれでもだめなら、連絡くれれば俺の宝具で送れるとは思う」
「ありがとうございます」

頭を下げ、ヴァイスと共に帰る手立てを御幣島は計画立てる。
卑弥呼やメアリーも織り交ぜ、バスで帰るべきか電車で向かうかなどと様々に話し合っていた。
そんな彼らの横を、あくびをしながら通る英霊がいた。ナイルを滅ぼした宿儺と、そのマスターである香澄である。

「アンタがナイルを殺してくれたのか。ありがとう。
 俺がアイツには引導を渡したかったが……マーシュの宝具をぶち壊した時点でガス欠だった。
 しかし、良かったろ? 強い奴と戦い、殺しあえて」
「俺は最後の幕引きは退屈だったがな。もう少し殺したかった」
「お? やるか? 魔性なら特攻入るぜ俺ぁ。
 無辜の民に手を出すってんなら相手になるぜ」
「ほう……面白い」
「やめなって」

挑発する宿儺と挑発に乗るタイタス。
そんな2人の間に割って入って香澄が止める。
ひとまずこれ以上いたら宿儺が今度は大騒ぎの中心になりかねないと宿儺のマスターが判断し、そそくさと逃げるようにその場から離れていった。
やがて御幣島とヴァイスらも土夏から離れ、モザイク市より訪れた彼らは、それぞれの"帰るべき場所"に帰っていった。
そんな交わる筈のなかった彼らとの闘いの記憶を思い返しながら、田村麻呂が一言呟いた。

「しかし、心の在り方で帰れるってのは良く分からねぇな」
「結構この世界ってのは人間の意識が影響及ぼすのがでかいんですよ。
 言霊の幻想基盤とはまた違いますが……思えば願いは叶うとか、そういうあれですかね。
 普段ならまぁ影響は微々たるもんですが、世界が不安定な今なら殊更影響はあるでしょう。
 元から存在するはずのない世界から元居た世界に帰るのなら、なおのことです」
「あのー……そういえば私はどうすれば」

田村麻呂に対して会話をしているタイタスに、バツが悪そうにヴィクティが問いかける。
タイタスはひとまず彼女の生きていた喪失帯という領域は非常に特殊なため後程世界が安定し次第タイタスの宝具で送るという方向に落ち着いた。
ヴィクティは自分たちの生きていた世界が異世界だという事に始めこそ衝撃を受けたが、すぐにそれを受け入れた。

「いやぁ……全部が終わったら忘れるとしても、びっくりしちゃいますね」
「………………まぁ、そうだな(喪失帯の本質については……言わんほうが良いか)」
「とりあえず軽井沢たちは普通に家に帰ればいいんでしょうか?」
「まぁ目の前だしな。ただ油断はするなよ?」
「了解しました!! 帰りましょうライダー」
「おう。帰り次第棗と結愛架に今回のことを……あ、記憶は消えるんだったか」
「なんか変な気分ですね。家に帰ったらもう記憶が無くなってるって言うのも」
「さて……。……あとは、アンタらか」

そう言いながらタイタスが振り向いた先には2人のサーヴァントとそのマスターたちがいた。
慶田紗矢とオーベット・マーシュ。そしてコーダ・ラインゴルトとジークルーネ。どちらの英霊も"狂怖"召喚に携わった英霊達である。
だがタイタスはそのことを責める気はない。どちらも世界を滅ぼそうというような悪意があったと言うわけではなかったからだ。

「ま、外の存在を滅ぼすべき俺からすりゃお前は気に入らんがなぁマーシュ」
「こちらもだ。お前という存在は、私が繋がった者と致命的に合わないと分かる」
「まぁそうなんだが……それ以上にお前たちがいなければ"狂怖"を滅ぼす事は出来なかった。
 あのナイルに勝利できたのはお前のマスターの判断があったからこそ。だからひとまずは不問という事にしておく。討伐もしない」
「ありがとうございます……。彼には、私からも言っておきますので」
「勝利することができ、彼女は成長をする事が出来たようね」
「お前はお前で行動指針が問題だからな……? 下手したら抑止の観察処分対象だぞ……」
「すみません。俺が言っておきますから…」
「頼むぞ…マジで」

処遇についての話はまとまった。
だがまだ問題がある。この異変が収束し、彼らが帰る場所であった。
慶田紗矢は心配はない。彼女にはモザイク市『横浜』に帰るべき家がある。
しかし彼女のサーヴァントは、ナイルの用いた魔力が霊基に根深く残っている現状にあった。

「しかしこのまま帰るとしてもだ……。
 マーシュ、お前の霊基にはあのナイルの魔力が根付いてしまっている。
 この場で取り除こうにも……霊基に絡み付くように存在しているから引き抜くのにも至難の業だ。
 このままあのモザイク市に帰るとしても……何らかの影響が出る可能性がある。現状霊基に不調は無いか?」
「不調か…………。霊基の損傷は内部に複数あるが……霊核に異常はない。
 だが、魔力が常に外に流出し続けている状態にある、と自己分析する」
「……え? それって……ちょっと危ない状態なんじゃ……」
「心配はいらん。お前の住まう横浜のあの港周辺にはサーヴァントを研究する機関もいくつか存在する。
 そこに通い続ければこの魔性の魔力も引きはがせることだろう。何も心配はいらない」
「そうか。んじゃあ心配はなさそうだな……。で、だ」

そう言ってタイタスはコーダの方へ振り向き、彼の下へと歩み寄った。
そしてタイタスは、どこか言いづらそうに言い淀みながら、コーダに対して言葉を投げかける。

「俺が、何か?」
「あー……その、なんだ。俺の勘違いだったら……悪いんだが……」

「お前……帰る世界、もう無いんじゃねぇのか?」
「………………え?」

疑問符を挙げたのは、紗矢であった。
コーダ自身は、そのタイタスの言葉にただ肯定の言葉を返して頷いた。
その仕草を見て、タイタスは何も言えずに気まずそうに頬を掻くばかりであった。

「はい。故郷と言うと少し語弊がありますが……元居た世界は、とうの昔に消えています」
「それはこの人理渾然の影響か? 世界が1つ滅んだっていう事例は聞いたことがねぇが……」
「いえ、単純に剪定事象だったんです。だからどちらかというと、俺がこうして生きていることの方が異常って訳です」
「……皆までは聞かん。だが俺はお前がどういうものなのかは分かる。……辛いだろうが、同情はしない。下手な同情は侮辱になりそうだからな」
「まあ、そういうのはアイツに……ジークルーネに振り回されている内に、気にならなくなりましたから」
「そうか、強いんだな」

穏やかに笑いながら、コーダは隣に立つジークルーネの方を見た。
タイタスもつられジークルーネの方向を向き、お前はお前で今回みたいな事件を起こすなとくどくどと説教を述べる。
ただどれだけ言ってもジークルーネには暖簾に腕押し、糠に釘と理解したタイタスは、短くため息をついてコーダへと話の方向を変える。

「とりあえずコイツの見張りは任せたぞ…まぁそれより、どうするつもりだアンタ?
 行くところがないっつーんなら、ウィルマース財団あたりに俺が席作るように融通するが…………」
「とくにあてもなく、世界を巡れれば俺はそれで────────」

そう、コーダが言いかけた、その時だった。
彼の裾を、弱々しく摘みながら引く手があった。

「………………」
「…紗矢ちゃん?」
「……いかないで……ください」

紗矢はうつむきながら、蚊の鳴くような小さな声で呟いた。

「帰る……場所が、無い……と、言うなら……!
 どうか……私と、一緒に、いてくれません、か……?」

少女が顔を上げる。
そして真摯にコーダと目と目で向き合い、真っ直ぐに少女は己の意志を言葉にして青年に伝えた。


それは慶田紗矢という少女が初めて、心の底から言葉にした"本音"であった。


今まで自分を偽って彼女は生きてきた。
『普通』という言葉に狂おしい程にまで縋り続け、自分の罪を償うために、本当の自分をひた隠しに生き続けてきた。
だが彼女は、勝利の戦乙女の言葉で変わった。変わることが出来た。『自分を信じる』彼女はその言葉に、ただ真摯に向き合う。

それは彼女の、帰るべき場所の無い青年への心遣いかもしれない。
あるいはそれは、ただ一人になりたくないという彼女の我儘かもしれない。
どちらかは分からないものの、彼女はその思いが、自分の中から消えない本音であるという事は理解していた。
だからこそ言葉にする。だからこそ伝える。自分を信じるために。もう二度と後悔しないために。

彼女は勇気を振り絞って、その思いを言葉に変える。

「どう…でしょう、か……?
 一緒に……横浜、に…………」
「────うん。分かった」

そう言って優しく微笑みながら、コーダは縋りつく紗矢を手を握った。
そのままタイタスの方向へと振り返り、そうしてコーダは告げる。

「すみません。先程の言葉、撤回します」


「俺にも、帰るべき場所ができたので」


「………………そうか。なら、俺が言う事はねぇ」

それだけ一言言うと、タイタスは踵を返して土夏市から去る。
ただ1つだけ、彼らに言うべき言葉を残して、アビエルを引きづりながら。

「さっきの連中と同じだ。"帰るべき場所"を心に浮かべながら帰れば、自ずとたどり着ける」

ひらひらと、手を無造作に振りながら、ぶっきらぼうに男は朝焼けを向かいながらコートをたなびかせ、その場を去る。

「幸せになれよ」
「………………はい」

タイタスとそのマスター、アビエル・オリジンストーンは土夏を去った。
最後に残されるのは紗矢とコーダ。そしてそのサーヴァントたちだけであった。

「……帰ろうか。横浜に」
「────────。はい」

コーダの言葉に静かに笑いながら頷く紗矢。
その表情に、もはや恐怖という感情は微塵も残されてはいなかった。





そうして、"狂怖"が支配した一連の事件は幕を閉じた。


────喪失帯『エノキアン・アエティール』

「ほらヴィ、早くしないと遅れちゃうよ」
「うわぁ待って! 待ってよファイちゃん!」

ヴィクティ・トランスロードは、未来の可能性から掴み取った"稲妻"の言霊の力を失った。
戦いの記憶もなくし、彼女は日常に戻るだろう。その後に待ち受ける運命については、また別の話だ。


────モザイク市「天王寺」

「それじゃあ、気を付けて」
「はい。お見送り……ありがとうございました、御幣島さん」
「それじゃあ、ちょっくら世界を救ってくるぜ」
「そんな大層なものでもないでしょう…?」

ヴァイスと御幣島は、彼らのサーヴァントと共に天王寺へと帰還した。
"狂怖"との闘いの記憶はなくなろうとも、彼らが対峙した経験は身体が記憶をしているだろう。
ほどなくしてヴァイスは、天王寺にて対峙した狂人群衆「ルナティクス」と戦うために旅に出る。
哭崎怯二と高田才次郎、そして信頼するサーヴァントであるメアリー・スーを連れ、彼らは日本を横断する旅路を歩む。
その先に何が起きているのかは、まだ分からない。だがその中で、この異変を通して学んだ経験が、花開くときが来るかもしれない。


────土夏市

「おいマジでこの赤いほっかむり被るのかよ」
「ほっかむりじゃないです。コートです。レッドコート」
「分からねぇよ! それはそれとして生徒襲うのもマジなのか…?」
「ええ。走する方がより良いと思いまして」

軽井沢千璃とそのサーヴァント、坂上田村麻呂は土夏にて開く聖杯戦争の準備へと戻った。
もう2人のマスター、億岐結愛架と万里小路棗と共に彼らは聖杯戦争を進んでゆくこととなるだろう。
たとえ"狂怖"との闘いを忘れても、この土夏市に恐ろしいものがあったという記憶を、脳ではなく体で彼らは悟った。
いずれ彼らは、その悍ましき神なる魔力と、対峙することとなる。


────モザイク市「新潟」

「まだ続けているのか」
「五月蠅いな……。別にいいでしょ? 迷惑かけているわけでもないんだから」
「そうか。俺は街に出る」

雪二香澄と両面宿儺は、いつものような日常へと戻っていた。
だが1つ違うのは、彼ら彼女らは"狂怖"との闘いを覚えているという事だ。
彼らにとって大きな認識────成長とも言い換える事の出来るものがあったが故であろう。
正確にはぼんやりと「何か戦った」という記憶だけであるが、宿儺にとってはそれで充分であった。
この安寧としたモザイク市において、殺し合ったという過去を持つだけでも、彼は少しの間だけ大人しくなる。
香澄もまた、そんな彼を御したという経験が、いずれ活きる時が来るだろう。


そして


────モザイク市「横浜」


「体の調子はどう? フォーリナー」
「不調はない。だがまだ暫くの間はこの研究施設からは出られそうにない。
 どうも"深淵"の魔力に近いらしく、技術流用に使えないかと研究者たちが躍起になっているらしい。
 私としても、"深淵"への探求に時間を費やせるこの時間は素晴らしいと思える」
「あ……そう。じゃあとりあえず、お弁当置いておくから」
「感謝する」

横須賀軍港近くの研究施設内にて、慶田紗矢とオーベット・マーシュが会話をする。
マーシュは現在、横須賀軍港にて新世代艦船の開発に携わる代わりに、霊基内部にしみ込んだナイルの魔力を取り除くための生活をしている。
端的に例えるのならば入院生活などに近いか。外出が出来ない状況であるが、マーシュとしては"深淵"の研究につなげられる研究であると好意的のようだ。
どこまでも"深淵"とやらを追い求めることに執着する自らのサーヴァントに若干引きながらも、紗矢は自らの魔力を込めた簡易的な礼装を渡す。
ナイルの呪いを受け損傷していることに加え、マスターと距離を置かざるを得ない彼は、こうして数日に一度マスターからの魔力提供を受けているのだ。
紗矢はこの魔力を「お弁当」と称しており、時折足しげく通ってはマーシュの容態を見ていると言った状態にある。

そして施設から外に出ると、彼女を待っている人が立っていた。

「コーダさん」
「それじゃあ、市街の方行こうか」
「はい! あ、ニコニコ食堂っていうすっごい美味しいお店があるんですよ!」

そんな取り留めもない会話を続けながら、青年と少女が共に歩む。

少女にかつてのような恐怖はなく、今までのような偽りもない。
ただ真っ直ぐに、自分を偽る事無く、過去に囚われる事もなく、"普通"という言葉に執着する事もなく。
1人の青年に差し伸べられた手を握り、生きてゆく。

青年もまた生き続ける。
かつては世界を流浪する身であった青年は、今誰かの隣にいる事を選んでいる。
その差し伸べた手を握った少女と共に、今此処にいる事を、選び続ける。


2人の歩む先が幸福かどうかはまだわからない。
だが少女は"普通"への狂気を捨て、そして自分を信じるという生き方を選べた。
青年もまた、流浪するのではなく少女の隣に立つという生き方を選んだ。
彼らはただ、その自分たちの選んだ道を、信じている。



2人の物語は、まだ始まったばかり。







The end

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