最終更新:ID:/yE2X4ZuEA 2020年09月21日(月) 00:34:08履歴
「さて……こっからどうするべきか」
コートの男が頭を掻きながら、いくつかの書類に目を通しながらぼやいていた。
男の名はタイタス・クロウ。とある事情で世界を渡り歩いており、現状は英霊が当たり前となった世界…再編されたモザイク市にいた。
彼が悩んでいるのは、世界がこうなった原因の究明であった。いや、原因は既に彼自身は分かっている。
問題はその原因を基として、何故このように異変が"表出かしたか?"に尽きていた。
曰く、彼が情報収集の為に出会った御幣島亨という男によると、どうも本来この世界ではありえない旧世界の令呪を持つ者が散見するらしい。
例を挙げるとすると、その御幣島の知り合いであるアルスという少年が、聖杯の騎士であるギャラハッドを連れた少年と出会ったという話を聞いていた。
原因に心当たりはないかと聞いたところ、残響時間という時間に関連する魔術に詳しい魔術師が梅田にいるらしく、彼らをそちらへ向かわせたところであった。
「(残響時間ってぇ言うと……確か俺がイギリスにいた時も名前を聞いた気がするな……。
あくまで風の噂だが、まぁあの婆さんのせいでこうなってるって言うんなら楽で良いんだがねぇ……)」
「タイタスさん、次の資料見つけました。世界再編のきっかけの大戦についてっぽいです」
「おいサンキュ。……ドローンってこの時代にあったっけ? 実用化って2010年代だった気がするんだが」
「さ、さぁ……すんません俺漫画とかアニメしか詳しくないんで」
そうか、と軽く流しながら資料を持ってきた自分のマスター、アビエル・オリジンストーンに軽く礼を言うタイタス。
そしてそのままに、資料に書かれた情報からこの世界────全人類がサーヴァントを従えるのが当たり前となった世界について見識を深める。
同時に彼は、この世界で何が起きているのかについての推理を脳内で組み立てながら進めていた。
「(迷い込んだマスター……そして喪失帯……。
これ随分とまた"混んで"るな……。何ものかが裏で糸引いてる気がする。
残響時間の仕業って線も捨てられないから一応行かせては見たが、さて、どうなることやら……)」
「それにしても……あの、ヴィクティさん……でしたっけ。何か、タイタスさんは知っていらっしゃるんですか?」
顎をさすりながら思考を続けるタイタスに、白い髪の少年が話しかける。
名をヴァイスというその少年は、タイタスの読んだ後の資料に興味深く目を通しながら問いを投げかけていた。
それに対しタイタスは、少し言うべきか迷うような仕草を見せた後にぶっきらぼうに答え始めた。
「ああー……んー、ま…あれだ。お前らが言う、異世界みたいなもんだ。
あんまり詳しく言うのも何つーか……まぁ、守秘義務があるもんだが……」
「そうですか。なら……大丈夫です。ただ、彼女のことが、気になったので……」
「なんだお前? ああいう元気な女がタイプなのか?」
「ち、違います!!」
冗談だよ、と笑いながら流すタイタス。
頬を染めながら恥ずかしがるヴァイスを笑いながら、タイタスは問う。
ならば何故、彼女の事について問うたのか、と。
「………………彼女は……ヴィクティさんは、
何か……僕に似ているような気がしたんです」
「ほー。何らかのシンパシーってやつか?」
「そう……なのかもしれません」
少し、何といえばいいか分からないといったようにしどろもどろしながらヴァイスは悩む。
そこに隣から彼のサーヴァントであるメアリー・スーが紅茶を差し入れ、それで一息ついた後にヴァイスは続けた。
「僕は……今、人類の為に歩んでいます。人の為に生きようとしています。その過程で御幣島さんと出会いました。
その行動の根源に或る感情は……使命感だったんです。僕がやらなくてはいけない、という……使命感だったんです」
「自分の為じゃない、誰かの為に生きようとお前はしている。……その理由が使命感だと?」
「はい……。僕は、王を再現する器だから……。誰かの為に、生きなくちゃいけない……。 そういった使命感が、僕にはありました。
例えこの命を捨ててでも、1人で歩み続けねばという、強迫観念めいた思いが……あったんです」
「"あった"、っつー過去形って事は、今はそうじゃねぇって事か」
「はい」
紅茶の入ったカップの取っ手を握り、ヴァイスは天王寺であった日々を思い出す。
英霊を奪い去る賭博師との出会い、其処から守ってくれた御幣島という男。"誰かと協力する"という行為の大切さ。
そして───────────この世界中に蔓延る、狂月に見せられた狂乱の徒の存在。
あの天王寺の一件以来、自分の中で何かが変わろうとしている事は、ヴァイス自身も感じていた。
ただ盲目的に与えられた役割を理由に人を助ける王器ではなく、自分の意志で人を助けて手を差し伸べる人間として、彼は成長している。
だからこそ、なのだろうか。彼はかつての自分と同じものを感じ取った、あのヴィクティ・トランスロードという少女が気にかかっていた。
「僕は……この世界に、人との関りに、恐怖を覚えていました。
それでもそこから解放されたのは、御幣島さんたちのおかげです。
でもあのヴィクティさんは……かつての僕と、同じ気配を感じるんです。だから……」
「……そっか。ま、分かった」
くしゃり、とヴァイスの頭に無造作に手を載せ、そして軽く乱暴に頭を撫でるタイタス。
まるで「心配するな」と、暗に伝えるかのようにその掌は大きく、そして暖かいようにヴァイスは感じ取った。
「御幣島の旦那と連れ合わせているから、まぁ向こうで何かがあればこっちに連絡が入る。
もし御幣島の旦那だけじゃムズそうなら俺も出る。だから安心しろ。あのヴィクティって嬢ちゃんが苦しむようなら、俺がさせねぇ。
何かにビビるって言うんなら、俺がその恐怖を取り除く。……悪いな、こんな言葉しか返せなくて」
「い、いえ…何も悪いだなんて……思ってないです」
不器用ながらもヴィクティという少女を気遣ったタイタスの言葉に、ヴァイスはほっと胸をなでおろした。
それと同時に鳴り響くタイタスのマスター、アビエルのスマートフォン。その画面にはいくつかの地図と、そして件名が複数連なって記されていた。
「あ、来ました来ました」
「よし……ようやく来たか。さてどれどれ……?」
「? なんですかそれ?」
「御幣島の旦那が知り合いのマスコミから、ここ数日で発生した事件を地図で纏めてもらえるよう打診したらしい。
なんとか真田っつったか。ちょうどそういう記事を書いていたらしく送ってもらえることになっていたんだ」
「なるほど、それがこれ……と」
アビエルとヴァイスが納得したようにうなずき、同時にスマートフォンを覗き込む。
そこには日本の地図アプリと、同時にいくつもの場所に対して矢印で結ばれた記事へのリンクがあった。
その延びる矢印の数によって、どこでどれほどの事件が最近発生したかが分かるような仕組みとなっていた。
「ふむ、どれどれ……」
タイタスはその画面と自分のまとめた手帳を交互に見比べながら地名を記録していく。
いくらかのそのまとめが終わった後に、彼はそのまとめた地名の中で2つの地名に着目をしていた。
「新宿……まぁたあそこかよマジかよ……。
まぁそれは良いとして……なんだ? これなんて読むんだ? えーっと……」
「土夏、か………。怪しいかもしれねぇな、此処」
◆
────────土夏市
「ふぅむ……。これはなかなか良質な魔力を孕む土地のようだな」
独りの男がしゃがみ込み、土を指にこすりつけながら数度頷く。
男の名は霧六岡六霧。狂気を是とする集団ルナティクスの一員にして魔術師。
彼はルナティクスらの狂乱の精神が集う場所「水月砦」に於いて、"みしゃくじ"と呼ばれる謎の存在の噂を聞きつけてここ土夏まで訪れたのだ。
しかし此処では現在聖杯戦争が行われていると知り、サーヴァントの追跡を魔術で振り払いこうして現地を調査している、というわけであった。
「みしゃくじ信仰の主なる場所である諏訪からは距離がある……。そしてこの魔力の励起、
やはり聖杯戦争が発生しているとみていい。それも数度。4……いや、5? かなりの回数のようだな」
ニタリ、と口端を吊り上げて霧六岡は凶悪に笑う。
そしてそのままその姿を夜闇に隠しながら周囲の散策を開始する。
「しかし残響時間め……随分と面白い場所と繋げたものだ。
ここは我らの世界に再編される以前の過去かと思っていたが……"そうではない"。
────新聞にあった2009年という文字。確かに我らが立つ2025年に比すれば過去ではあるが……。
その時点ではすでに世界の再編は完了していた。即ち此処は、平行世界に他ならない」
自分の思考を整理するかのように言葉に出し、考えをまとめ上げる霧六岡。
そう。彼は本来はかつて大きな戦争があり再編された世界────人類に紡がれたレクイエムの如き世界から訪れた人間である。
それがなぜ、そういった事変の起きていない世界の、それも過去の聖杯戦争の起きた場所にいるかは、理由は分からない。
彼はその理由を、残響時間と呼ばれる魔術師にあると考えているがそれもあくまで予想に過ぎない現状であった。
「懸念点は帰る手段をどうするべきか……か。まぁ俺としてはこのまま2009年を満喫するのもいいがな。
あの戦争で潰れた大手牛丼チェーンの塩だれ牛丼が食いたい。いや待て郡山まで行きありし日の味噌混ぜそばを食うもありか。
いやいや、やはり此処はメイソンに顔を出して遊ぶのも悪くはないか……。困ったな楽しみの方が無限大ではないか」
顎をさすりながら見当違いな懸念を霧六岡は並べ立てる。
しかし、とその歩む足を止めてその周囲に漂う魔力を探り、眉に皺を寄せて不快感をあらわにする。
「やはり無視できぬ懸念点はある、か────」
クキリ、と首を鳴らし周囲を見渡す。同時にしゃがみ込んで地面に彼は魔力を流す。
先ほど自分を見つけたライダーと呼ばれたサーヴァントに見つからない程度に抑えつつ、その魔力の流れを彼は探る。
それは例えるならば、視力の低い蝙蝠などの動物が超音波の反響で周囲を把握する様子によく似ていた。
「……この魔力の反応……ルーン魔術か。それも現代魔術師共の模倣ではないな?
────原初。魔術の神と謡われしヴォーダンめがしたためた神代の文字か」
それは彼の知っている魔力反応であった。彼がかつて、フリーメイソンと呼ばれる魔術組織の一員と衝突した時の事。
当時は封印指定をされていた1人の魔術師────本来であればまず通常の魔術師であれば届かない『冠位』に至った魔術師とやり合ったことがある。
向こうが本気で無かったこともあり、加えて世界再編によって勝負がうやむやになったこともあって勝負は中断となったがそれでも霧六岡は手ひどい目に遭った。
その際にその冠位に至った魔術師が用いたのが、神代の魔術神ヴォーダンが生み出した原初のルーンであったのだ。
「あの冠位の魔術師めが来ているとなれば撤退するしかないが……あの女が聖杯戦争"程度"に顔を出すとは思えん。
加えてこんなものを使える魔術師がそう何人もいるとは思えんし、思いたくない。となれば……サーヴァントか」
霧六岡は土地に残された痕跡から、北欧に関連する英雄が召喚されていると感づいた。
あるいは戦乙女の類か。どのような英霊かと想像を膨らませつつ、更に魔力を手繰る。
原初のルーンは確かに強力な魔術。だが"あくまで強力なだけ"であり、それは懸念点ではなかった。
正確には、その原初のルーンと絡み合うようにある、魔力こそが霧六岡最大の懸念であった。
「この混ざるようにある魔力……なんだ? 聖堂教会由来のものに見えるが……奴らは洗礼詠唱しか使わん。
そしてこの淀むような感触……わざと違和感を残しているな? 加えてどの属性にも当てはまらんと来た」
チッ、と舌打ちをして、霧六岡は空を見上げる。
眉間に皺を寄せてその不快感を露わにし、不機嫌な言葉を吐き捨てるように言う。
「"降臨者(よそもの)"の気配だな。それも相当狡猾な類と来た」
それは彼が、何度かルナティクスの集う精神領域────水月砦と呼ばれる場所で感じ取ったものだった。
正確には、その場に集いし狂人たちが従えるサーヴァントの魔力が、精神を通して流れ込んできているのを感じていたのだ。
そのクラスの名を、フォーリナー。本来この世界に存在しない外宇宙の存在の力を宿した、歪なる英霊共。
ルナティクスは尋常ならざる狂人たちの集い故に、そういった埒外の英霊を多く呼び寄せるのだ。
「やろうと思えば証拠を完全に隠せるものを、わかりやすく残したな?
良かろう。その態度、挑戦として受け取る。我が餌場を荒らす"降臨者(よそもの)"めが」
「お前がそう来るならば、俺も俺なりの方法で挑戦を受けて立とう」
怒りの形相のままに、凶悪に口を三日月状に吊り上げて男は笑った。
その空にはただただ不気味に輝く月だけがあり、街を静かに照らしていた……。
◆
────────モザイク市『横浜』
人とサーヴァントが入り交ざり行き交う街を、2人の男女が横並びに歩く。
男性の方はそこそこに背があり、顔立ちも整っている、絵にかいたような好青年といった風貌である。
対して横を歩く少女の方は、背は低いものの一部発育の良い部分があり、顔立ちも普通以上に整っている。
総じて平均よりも上の眉目秀麗な男女であり、周囲の視線もそこそこに集める2人組がそこにいた。
「そういえばコーダさんって、何処のモザイク市から来たんですか?」
背の低い方の少女が、男性に対して話しかける。
コーダと呼ばれたその男性は、少し考えこむような仕草をした後に、少女の方を向いて問い返した。
「……質問を質問で返すようで悪いけど。その“モザイク市”ってのは、一体何なんだ?」
「あれ? ひょっとして記憶喪失だったりします? それとも何らかの魔術の影響でしょうか?」
「……分からない。モザイク市という名称に聞き覚えはないし、サーヴァントが当たり前のように存在している理由も見当がつかないかな」
「そうですか…。では私が教えてあげます! 困っている人は何であれ助けるのが私の使命ですからね!」
紗矢と呼ばれた少女が、背丈に不釣り合いなほど大きな胸を叩いて胸を張る。
そんな彼女の仕草に対し、少しコーダは微笑んで礼の言葉を返した。
「ありがとう。紗矢ちゃんは優しいんだね」
「い、いえいえそんなお礼なんて……あ、でもサーヴァントについては知ってるんですね」
「ああ……サーヴァントというものが何なのかは知ってる。召喚自体は俺もしているから。
彼らがいったいどういう存在なのか、どんな性質を持っているのかぐらいなら答えられるよ。例えば────」
そう言って、コーダは自分がサーヴァントについて知っている事柄を列挙していく。
それはモザイク市へと世界が再編され15年間生き続けた紗矢ですらも知らない事柄が多くあり、彼女を驚愕させた。
いや、それだけではない。明らかに通常の人間が知らないような、神霊の仕組みや神代の英霊の詳細まで、彼は詳しく語る。
「はえー……凄い詳しいんですね! あ、もしかして魔術師の方だったりするんですか!?」
「何て言えばいいか……少なくとも、魔術師ではなかった。ただ、少し……色んな事に精通できるだけ」
「それなのにモザイク市については知らないんです? 不思議な事もあるんですね……」
「……申し訳ない」
「いやいやいや謝ることじゃないですよ!! し、正直私も人の役に立てるなら嬉しいですし?
それに…………えっと……」
少し言い淀み、紗矢はほんの少しだけコーダから目線を逸らして小声で呟く。
「こ…コーダさんかっこいいですし…話していて飽きないですし…ね」
「…………?」
「い、いえいえいえ何でもないです! そ、そうだ。
そういえばサーヴァントを令呪で呼び寄せるとか出来ないんですか?」
頬を赤らめながら、パンと手を叩いて話を逸らす紗矢。
彼女たちは現在、何処かへといなくなったコーダのサーヴァントを探すためにモザイク市『横浜』を探索している。
だが基本的にサーヴァントを従えるマスターは、サーヴァントに対する絶対命令権である令呪を持っている。
特にモザイク市民の持つ令呪は数画から十数画で構成され、加えて使用しても数日経てば再度装填される。
それを用いればいなくなったサーヴァントも呼びだせるのでは……という意を込めた提案だった。
しかし………………
「いや……令呪は三画しかない以上、できるなら、もっと重要な場面で使いたい。
キャスターが勝手に行動するのは今に始まったことじゃないし、使わずに解決できるならそうしたいんだ」
「戻らない……? それに三画って……え? もしかして、旧時代の令呪ですか? それ」
「…?」
コーダの手の甲に刻まれている文様を、興味深そうに紗矢は覗き込む。
すると確かにそれは、通常のモザイク市民が宿しているような令呪とは異なる、3画で構成された令呪であった。
旧時代、まだ人間にとってサーヴァントが当たり前でなかった時代に、選ばれた魔術師だけが宿したと言われる令呪。
それはたった3画だけの限られた命令権であった。だがそれ故に、モザイク市民の持つ令呪とは比べ物にならないほどの高出力の命令をサーヴァントに行使できたとも言う。
だが今となっては非常に貴重な存在となっており、その物珍しさから、紗矢は若干興奮気味にそのコーダの持つ令呪を触りなぞっていた。
「うわー凄い……。え、これ本当に旧世界の令呪ですか?
わわっ、本当に三画しかないんだ……えぇー凄い……これって本当に使うと戻らないんですか? 三画しかないのに?」
「……ああ、ええと。それより……」
「?」
「顔が近い……それに、その。当たっているから」
へ? と間の抜けた疑問符を口にした紗矢であったが、即座にその言葉の意味に気付いた。
旧時代の令呪という珍しいものに夢中になりすぎていたせいで、彼女はかなりコーダに対して密着していることに気付かなかったのだ。
ちょうど見上げれば目と目が合って吐息が触れ合うほどに顔は近く、そして同時にコーダの腕に紗矢のその身長とは不釣り合いなほどに大きな乳房が触れるほどに近かった。
その事実に気付いた瞬間、紗矢はその頬を真っ赤に染めてすさまじい速さで後づさりながら謝罪をする。
「ご、ごごごごごごごごめんなさい!!! すいません私全然気づけなくて!!」
「いや、良いんだ。こっちこそ申し訳ない。……それで、この旧世代の令呪は、そんなに珍しいものなのか?」
「えーっとぉ……まぁ……そう、です、ねぇ……はい……」
先ほど非常に至近距離で男性の顔を見たためか、
あるいは自分の恥ずべき部分(と本人は思い込んでいる)が触れてしまった故か、
とにかくぎこちない雰囲気のまま、紗矢はコーダの問いに対して返答する。その答えに、コーダは少し不思議そうな顔をしていた。
「……なるほど。やっぱりここは、俺の知っている世界とは少し違うみたいだ」
まるでそれは、初めて知る知識を噛み締めるように、深く、深く頷いていた。
通常このモザイク市に生きる人間にはあり得ないようなその反応に、紗矢は気づくことはなかった。
己への羞恥を隠すために早歩きでコーダを連れることに精一杯であったからだ。
「は、早く行きますよ! コーダさんのサーヴァント、急いで探し出してあげないと!」
「……ああ、そうだな」
羞恥を隠すのに精いっぱいで、コーダの手を固く握りしめていることにも、紗矢は気づかないでいた。
◆
「………………急いだ方がいいかもしれんこれ」
ぼそり、とタイタスが資料に目を通しながら呟いた。
そしてそのまま「土夏市に向かうぞ」とだけ言い放ち、勢いよく立ち上がった。
「な、なんかあったんですか?」
「土夏市の外れにて集団発狂事件発生。感受性が高い人間を中心として発狂が起きたそうだ。
それだけじゃねぇ。世界中……それも土夏を中心にして芸術家が悪夢を見始めているらしい。分かるな?」
「………………クトゥルフの呼び声を思い出しますね」
そう言って、タイタスのマスターでもあるアビエルがつられるように立ち上がる。
状況を飲み込めないヴァイスも共に立ち上がり、早歩きで外へと向かうタイタスについていく。
かれらはそのまま速度を上げて移動しつつ、何が起き始めているのかをヴァイスは問うた。
「糞ったれフォーリナーが当たり前の世界とはいえ、気配を見逃すとは神殺しの名折れだ!!」
「な、何が起きているというのですか!?」
「ついてきてくれるのか? 帰っても良いんだぜ?」
「流石にここまで来て何もわからないまま離脱なんてできません!」
「そうか、じゃあ一番早く此処に辿り着けるルート教えてくれ。そしたら状況を簡潔に伝える」
タイタスがスマートフォンのアプリの地図にとある一点の地域を指し示す。
ヴァイスが即座にその脳細胞の中で演算し、最も早くたどり着けるルートを算出してタイタスに案内する。
そのまま彼らは電車に乗り、その電車の中でタイタスは何が起こり始めているのかを語り始めた。
「俺の推測が正しければ…………この土夏という土地、聖杯戦争が起きている」
「……確か、15年前に世界中で聖杯戦争が発生しましたが……その時に?」
「そうじゃない。多分だが、色んな可能性の世界と繋がった際に、何処かの可能性で"土夏という土地で聖杯戦争が発生した"可能性が繋がったんだろう」
「…………そこで、何者かが企みを働いている、のでしょうか?」
「そうだ」
コクリとタイタスは頷き、そして唇をかみしめる。
どうしてもっと早く気付けなかった……と苦々しく言葉を吐き出す。
「多分……その聖杯戦争でとんでもない存在が呼び出されたんだろう。
その残滓……あるいはそのものを用いて何かを企んでいる奴がいる。それも、特級の糞野郎(かみ)がな」
そう言っていくつかの情報をヴァイスへと渡すタイタス。
1つ1つは単なる事故や事件、あるいはSNSでの呟きなどだが、繋げると何か途轍もない力の存在が背後に横たわっているようにも見える事件の数々であった。
「じゃあ、止めないといけないのですね」
「ああそうだ。……嫌な予感がする。俺らが辿り着く前に大事にならないと良いが……」
◆
嫌な予感がする、と走り出したのは十数分ほど前だったか。
そんな事を想いながら1人の女性が夜闇に包まれた街を疾走していた。
名を雪二香澄。モザイク市『新潟』に於いて、魔術機関"冥裏七式"という組織の一員を務める女性。
彼女はある些細なきっかけから、彼女が生きる時代から25年以上前の新宿へと迷い込んでいた。
それもただの新宿ではない。其処は言うならば、特異点化した泥濘の新宿であった。
「待ちなさいって!! このまま行ったって貴方に出来る事はない! 死にに行くようなものよ!」
「でも……それでも……令呪に異変があるって事はあいつがやばいって事だから……!」
「マスターである私が行かないと駄目でしょう!?」
彼女にはサーヴァントがいる。両面宿儺と呼ばれる、かつて飛騨にて暴れた1つの怪異。
"それ"は言うならば、人を嘲笑い傷つけ、同時に他者を踏み躙り殺戮する事だけしか考えていないような魔性であった。
彼女はそう言った存在にただ気まぐれで気に入られ、同時に現界し続けるためだけの要石として選ばれただけに過ぎなかった。
最初こそ、悍ましかった。嫌悪の対象だった。遠くへ行ってほしかった。
ただ人間を自分を楽しませる玩具程度にしか思っていないその醜悪な在り方は、今まで香澄の続けてきた生き方とは真逆だった。
『人は常に仮面を被り続け、自分を偽り続けなくてはいけない』と考え続ける香澄に、『人は所詮、糞の詰まった肉人形』と説く宿儺は、相反が過ぎた。
だからこそ、嫌で嫌で消えてしまえと常に思い続けていた。だからこそ、この特異点と呼ばれる場所に来た時も、最初は見捨てた。
ただ自分の為だけに戦いを欲するあの化け物には、死んでほしいと願っていたからだ。
だが、宿儺は形はどうであれ、雪二香澄と言う存在そのものを見てくれた。
何時間も化粧で整えて、泣くことも怒ることも憎むことも捨ててただ周囲だけを気にする彼女ではなく、素顔を見てくれた。
だからだろうか。彼女は令呪に痛みが走り、先ほど自分が見捨てた宿儺に何か異変が起きたのではと感じた瞬間、走り出していた。
天羽々斬を名乗る英霊に連れられ、安全地帯と言われる新宿御苑まで運ばれている最中だったのに、気付けば彼女は走り出していたのだ。
「(……バカみたい。なんで……なんで私、あいつの事心配してるんだろ…。
これじゃあ……私が自分の身よりあいつが大事みたいじゃない……馬鹿じゃないのかな……)」
「ちょっと止まって! 止まりなさい! その先は────!!」
香澄を追う天羽々斬オルタが制止しようとした、その時であった。
轟音が響き渡り、凄まじい衝撃波が走ると同時に、香澄の視線の先にあったビルに何かが叩きつけられた。
「きゃああああああああ!!」
「ッ!! なんだ!?」
天羽々斬が香澄の身を衝撃から守るように立つと同時に、その衝撃の発生元をその眼で確認する。
まるで抉れたかのようにビルの表面がへこんでいた。そしてその中央には、1人のサーヴァントがいる。
そのサーヴァントに、天羽々斬は見覚えがあった。その姿はまさしく、自分の背後にいるマスターと共にいた英霊そのものであった。
「バーサーカー!!」
「(まさか本当に彼に危機が……。いやそれよりもこの魔力……!
相当の霊基を持つサーヴァントがいる……!)」
天羽々斬が、その両面宿儺の吹き飛ばされてきた方角を向く。
そちら側から有り得ないほどの魔力量を察知した故だ。彼女はこの特異点で過ごしてから長い。
だからこそ、この異常ともいえる魔力量の存在に最大限の危機感を抱き、臨戦態勢に移行する。
「この魔力…………! 明らかにこれは……災害……大敵(アークエネミー)級の存在!!」
「おやおや……呪いの王と自称したからもっと手ごたえがあるのかと思っていたが、こんなものなのか?」
「ほざけ、ただの味見を本調理と紛うなよ。底が知れるぞ? 怪異の王」
トッ、とビルの壁面からその身を掘り出すように出現し、地面に着地する宿儺。
そして眼前に立つ、異常なほどに凝縮された魔力を持つサーヴァントに対して殺意を露わにする。
同時に自分と同じように戦場に立とうとしている天羽々斬に対してもまた、殺気を向けていた。
「そこの古い時代の刀剣。邪魔をするな。この怪異の王は、俺の獲物だ」
「はあ!? さっきの変態といいなんでこう馬鹿な奴ばかり……。待って、怪異の王?」
そう宿儺が呼んだ存在は、額に2本の角を生やしていた。
そしてその周囲に何百、何千という夥しい数の鬼を連れ、まさしく百鬼夜行の具現というべき悍ましさを放っていた。
加えて天羽々斬は、その気配に覚えがある。彼女は伝承によれば、ある竜の尾より出現した刀剣であるとされていた。
同時に今彼女の目の前に立つ、災害級とも称されし英霊は、その一側面がその竜の血を引く伊吹童子であるとする説がある英霊。
だからこそ天羽々斬はその正体に1つの直感があった。怪異の王という二つ名が真実だとすれば、もはや推測される真名は1つしかない。
「まさか……お前の真名は……!」
「────アークエネミー、酒呑童子。精々足掻け抑止力に呪いの王。この特異点、我らが支配下と置く」
言うと同時に、その人間大に凝縮された魔力が弾けるように広がった。
そして出現する、怪異、怪異、怪異、怪異、怪異、怪異、怪異、怪異。地を埋め尽くさんばかりの百鬼夜行。
それは、かつて滅び去った大正時代の1つの特異点。それを創り出した鬼どもの首魁とその配下たちの再現であった。
もはや蘇る筈のない、終わったはずの人理への災害が、今此処に再び顕現していた。
◆
「いやはや。まさか残響時間さんが今回の異変とは関係ないとは……」
「でも"関係がなかった"という情報が得れたというだけでも進展ですよ!」
「ポジティブ思考やなぁ、ヴィクティちゃん。まあ、それくらいのがええかもしれんね」
「それにしても、もう日が暮れてたんですね。梅田迷宮ってそんなに深かったでしょうか?」
「うん……? あの辺りやったら、遅うても夕暮れには出とったはず。こんなに暗くなるはずは……」
そう語り合いながら歩む2人の青年と少女がいた。彼らは名を、御幣島亨とヴィクティ・トランスロード。
片や、英霊が当たり前になったIFの世界にある、モザイク市『天王寺』在住の青年。そしてもう片や、喪失帯と呼ばれる世界の住民。
喪失帯とは、かつてあった世界の残滓が、現在存在する人類のテクスチャの裏に取り残されたものを言う。
即ち言うなれば、異世界。彼ら彼女らは本来出会うはずが無い、文字通りの"世界が違う"人々である。
だが彼らは、同じように世界を超えた、出会うはずのないタイタス・クロウとそのマスターに出会っていた。
そして伝え聞いた。現在は世界中をまたいで異変が発生していると。異変があるならばそれを解決するが道理であると考えるのがこの2人である。
タイタスの手伝いとして彼らは、その異変の原因と思われていた残響時間と呼ばれる魔術師の下を訪れた直後であった。
だがしかし、梅田と呼ばれる年に或る迷宮内に工房を構える残響時間を訪ねても、そのような異変は知らないという。
同じくモザイク市に現れたテンカという少年とそのサーヴァントについて話しても全く知らないとの一点張りであった。
結果収穫はなく、周囲は既に日が暮れて深夜になっている様相を見せていた。だが少し、その事実に御幣島亨は違和感を感じていた。
明らかに体感時間と釣り合わない。本来ならばこんなにも早く日が暮れるはずが無いと。その違和感は、やがて確信へと変化する。
『……亨さん、あれを』
そんな御幣島に、彼のサーヴァントである卑弥呼が霊体化したまま言葉を投げかける。
その言葉が指し示した方角を見て、御幣島は肝を抜かれるほどに驚愕した。
「なんや……あれは……。いや……"なんで"あれが……ここに?」
「どうかしました? うわー、奇麗な塔ですね!」
御幣島のその目が捉えたのは他でもない、東京タワーであった。
御幣島のいた、世界が大きな戦争の末にモザイク市へと再編された世界では、15年も前に崩壊しているはずの、"東京"という都市の象徴。
そう、彼らが今までいた大阪・梅田には、時系列的にも場所的にも、二重の意味で有り得ない存在であった。
「まさか……タイタスさんの言うとったんは…こういう……?」
『それだけではありません』
事態を飲み込めない御幣島に、卑弥呼は続ける。
彼女はその高い霊感能力を以てして、この場所にて大きな戦闘が近くで発生している事を悟ったのだ。
『これは────』
その刹那
ダガァァァァァァン!! と、衝撃波が彼らを貫いた。
即座に卑弥呼はその霊体化を解き、御幣島とヴィクティを守る。
「うおっ!」
「ひやあああああああ!!」
危うく吹き飛びそうになりながらも、御幣島はその変化の原因をその眼で観察し、そして捉えていた。
その衝撃波の発生源はサーヴァントであった。それもただのサーヴァントではない。あまり魔術に詳しくない御幣島でもはっきりと感じられるほどに強い魔力であった。
彼らは知らない。そのぶつかり合う極大なる魔力の塊は、先ほど対面した2つの災害。両面宿儺と酒呑童子と呼ばれるであるということを。
彼らは気付かない。彼らもまた、迷い込んだのだ。泥濘の新宿、渾沌たる坩堝へと。
新宿と、土夏。2つの混沌なる領域に役者たちは刻一刻と集ってゆくのであった。
to be continued...→
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