最終更新:ID:/yE2X4ZuEA 2020年11月09日(月) 22:11:35履歴
前回までのあらすじ
突如として、時間と空間が入り混じるという事件に巻き込まれたモザイク市。
喪失帯や泥濘の新宿といった異世界が混ざり合う中、渾沌とする世界の中で異変を解決して回るタイタス・クロウと人々が出会う。
モザイク市の御幣島亨やヴァイスといった面々はタイタスと情報を交換し、突如として現れた喪失帯出身の少女ヴィクティ・トランスロードと共に異変解決に乗り出す。
二手に分かれ、タイタスたちは異変の中心と思われる土夏市へ、御幣島亨とヴィクティは異変の原因と推測された残響時間と呼ばれる魔術師の元へと向かう。
だが残響時間はこの異変に関係ないと分かった2人は、突如として泥濘の新宿へと迷い込んでしまう。
一方で、モザイク市新潟に住まう冥裏七式の1人、雪二香澄もまた泥濘の新宿へと迷い込んでいた。
彼女のバーサーカー両面宿儺は広々と暴れられる新宿にて暴走。彼女を保護しようとした竜狩りを差し置いて戦闘に興じる。
そんな中、突如として高密度の魔力を持つアークエネミー、酒呑童子が新宿に召喚される。
異変の騒動は新宿と土夏。2つの地域へと集中していく。
またそんな中で、モザイク市横浜に住まう少女、慶田紗矢は謎の青年コーダと共に人探しをしていた。
コーダのサーヴァント、ジークルーネが失踪したために慶田紗矢は力になって探し出してあげたいと提案する。
互いに初対面であるが故に距離感を掴めず、それでもなんとか互いに距離感を縮めようとそれぞれ歩み寄る、2人の男女。
そんな彼らの下にも、闇より来る足音が刻々と近づいているのであった。
◆ □ ◆
────"今"の時系列より、少し前の話。
泥濘の新宿に、悍ましき呪いの王の笑い声が響き渡る。
「ケヒ! ケヒヒヒヒッ!! ああ! ああそうだ!! 此れだ!!」
「此れこそが"俺"の或るべき姿であろうよ!!」
ゲタゲタゲタゲタと嗤いながら、その呪いの具現ともいえる醜悪な人型────両面宿儺は歓喜の雄叫びを上げた。
彼はモザイク市と呼ばれる、英霊と人間が共に生きる街に召喚されたサーヴァントである。その世界では、当然英霊は人間を傷つけることは出来ない。
英霊とは文字通り、常人と比べるも烏滸がましいほどに優れた、人理に刻まれ昇華された魂の事を言う。それ程の存在が本気を出せば、人々の営みなど簡単に崩れ去る。
だからこそ、モザイク市には多数の抑止力が用意されている。まず例を挙げるのならば"タグ"と呼ばれる機能。
マスターとはぐれたサーヴァントや、無辜の民に危険を及ぼすような英霊。そういった様々な事情を持つ英霊に対して打ち込まれるもの。
それは中には、都市ごとの聖杯から供給される魔力をサーヴァントにとっての猛毒へと変化させるといったタグも存在する。
これらのような機能によって、モザイク市に召喚された英霊達は民を害する事を禁じられている。
それでも尚も止まらないようならば、各都市に配備された夜警と呼ばれる特殊なサーヴァントを従えた者たちが駆け付ける。
通常のサーヴァントと違い、戦闘用に出力を調整されたサーヴァントには、通常のモザイク市に呼ばれたサーヴァントは敵わない。
たとえそれを倒したとしても、次から次へと戦闘用の出力を持つサーヴァントが襲ってくる。そうなれば待っているのは、消耗による消滅に他ならないだろう。
だからこそ、呪いの王は退屈だった。
「ああ、ああそうだとも!! あの街は息が詰まりそうだった! 人を殺すな傷つけるなと!
こんなにも湧き出し続ける蛆を前にして、殺すなとはどういう了見だァ!? こんな存在、殺す以外の利用価値などないだろうよ!」
「お前もそう思うだろう!! "混ざり物"よぉ!!」
爆音でエンジンを吹き鳴らし、両面宿儺の眼前に立つ英霊が猛スピードで駆け抜けてゆく。
その道中に存在する通行人などお構いなし。全て、全て、全て余さずにその首をワイヤーで切り落として暴走する。
名を、"泥新宿"のバーサーカー。構成する要素は複数存在するが、あえて名を表すならこうだろう。『首なしライダー』と。
そんな人ならざる怪異を前にして、同じように人間と言う常識から外れた両面宿儺は嗤いながら問う。
人を殺す。憎むでもない。怒りでもない。ただ、存在するがために殺す。そういった人非ざる英霊だからこそ感じる、"殺戮"の恍惚。
モザイク市という蛆虫の坩堝にも劣る退屈の牢獄から解き放たれたその呪いの王は、その自由を謳歌するかのように飛び跳ねながら殺戮を楽しんでいた。
「答えぬか……まぁ答えるための口がまず無いならば是非もなしか」
斬ッ────と。宿儺の首が斬り落とされる。
だが地面に転がり落ちながらも、その首だけで宿儺は口端を吊り上げて笑い、そして首のない胴体だけで新宿の街を縦横無尽に跳躍する。
泥濘の新宿の、サーヴァントが災害たる光景に慣れた人間たちも、その異様な姿の光景には流石に眼を引かれる。
『なに……あれ? 新しいサーヴァント?』
『ざけんなよ……この前にでけぇ隕石が落ちてきたばかりだろ』
「邪魔だ」
そんな野次馬たちを、軽く手を払うような仕草で追い払う両面宿儺。
いや、正確には散らすというべきか。文字通りに、その野次馬たちの────いや、かつて野次馬であった肉片を、血液を、脳漿を。
不気味な笑い声を響かせながら、周囲に立つ人間たちをゴミのように鏖殺し、そして地に落ちた首を拾い上げて胴体に装着しながら宿儺は言う。
「俺の召喚された場所はえらく退屈でな。人間を一人として殺せなかった……」
「仮に殺せば、次から次へと正義を気取る英霊共がうじゃうじゃと湧き出てきて俺を殺そうとしてくる。
加えてこの身体に流れる魔力を毒に変えるなどと……卑怯卑劣で姑息な真似ばかりを取ろうとしてくる」
「おかしいと思わないか? 間違っていると思わないか? 力のないものが、力あるものに殺されるのは自然の摂理だろうよ」
「それが周囲に満ちる蛆となれば、むしろ殺すのは本能と言えるよなぁ!!!」
そう言って宿儺はまさしく解き放たれた囚人のように。あるいは自由を初めて知った幼子のように。
新宿中を飛び回ってはそこかしこにいる人間を手当たり次第に皆殺しにした。女も子供も老人も。何もかもを。
吹き溜まっている不良を。逃げ惑う民草を。抵抗する警官を。何もかもを自由自在に縦横無尽に。
まるでそれが、生きる意味だとでも言うように、その怪異は今までの抑圧の分も含めて殺し続けた。
「いや────────本能と言うよりは、これが俺の在り方そのものなのだろう」
悟ったかのように、静かに両面宿儺は呟いた。
そしてニィ、と嗤いながら、両面宿儺は殺した人間の頭部をお手玉のように弄び、
地面に投げつけてゲラゲラと下卑た笑い声を漆黒の夜空に響かせて首なしライダーに語りかける。
「俺は、呪いだ。何千何万という幼子の魂を、1人の憐れな僧の肉体に閉じ込めた呪いだ。
生きる呪い。人を仇なすためだけに或る呪いの王。それが俺だ。ならば、此処のほうが俺の性には合っている」
「だから、お前も付き合ってもらうぞ。殺し、殺され、命のやり取り。この刹那を永遠に共に味わい続けようじゃあないか」
ゲッゲッゲッゲ……と低く嗤う両面宿儺。その笑みはまさしく、ただ人を傷つけ人の人生を嘲笑する呪いの王と言うべき邪悪さであった。
首なしライダーも、久しく感じなかった恐怖をその肌で、ほんの刹那ではあるが感じ取る。だが当然退く気はない。退く思考などあり得ない。
そう思考した上でもう一度先ほどと同じような突撃を行おうとした、その時であった。
「ほう。呪いの王か。ならば、百鬼の王たるこの私と同列か? あるいは劣等か?」
声が闇より響いた刹那、両面宿儺の意識がそちらに向くよりも早く、怒涛の一撃が宿儺に叩き込まれた。
例えるのならば、何千何万という軍勢が同時にただ一点を一分の乱れなく攻撃をしたかのような一撃。常人ならば、嫌並みの英霊ならばそれだけで霊核が砕ける攻撃だった。
同時に宿儺の霊基は彼方へと吹き飛ばされる。何処までも、何処までも、そこに天を衝く如き高き建物がなければ、そのまま永遠に飛び続けるのではないかと感じるほどであった。
五体が砕けんばかりの衝撃が全身に迸る。だがそれでも両面宿儺の中に在る高揚は収まらない。
いや、むしろ激しく燃え上がるばかりだ。自分をここまで飛ばしたものは誰だ。俺にこれほどの一撃を加えたものは何だ、と。
殺したい、蹂躙したい、見下したい。そんな"人を呪うもの"として産み落とされた存在ゆえの渇望が、宿儺の全身を支配する。
早く続きを俺にやらせろ────と。その願いは、すぐさまに叶う事となる。
「おやおや……呪いの王と自称したからもっと手ごたえがあるのかと思っていたが、こんなものなのか?」
声が響く。先ほどと同じ声だ。律儀にも続きを望んでやってきたのか、あるいはトドメを差しに来たのか。
どちらでもいい。再会できて嬉しいぞと。全身で歓喜を表現するかのように両面宿儺は口端を吊り上げ言う。
「ほざけ、ただの味見を本調理と紛うなよ。底が知れるぞ? 怪異の王」
その姿を両の眼で捉える宿儺。その目に映るは一見はありふれた平凡な青年でしかない。
だが見れば見るほどにその人型が異様であると理解できる。自分も大概ではあるが眼前の英霊は規格外であると。
例えるなら水害、例えるなら飢餓、例えるなら盗賊、例えるなら戦争、例えるなら病魔────、人の恐れるありとあらゆるナニカが人として凝り固まったような、
そんな悍ましさと醜悪ささえ感じるその英霊に、両面宿儺は満面の狂笑を浮かべながら声高々に叫んだ。
「始めようか鬼種の首魁よ!! 魅せてみろよ! お前の力をォ!!!」
◆
慶田紗矢とコーダ・ラインゴルトは、コーダのサーヴァントであるジークルーネを探していた。
モザイク市、それはサーヴァントが当たり前になっって15年が経過した世界。しかしコーダはそんな"当たり前"を知らないという。
加えて彼は、本来のモザイク市民ならば繰り返し充填されて使用できる令呪をもたず、旧式の3画しか用いる事の出来ない令呪として所持していた。
理由は分からない。ただそれでも、困っている人がいれば助けなくてはいけない。そんな使命感から紗矢は彼のサーヴァント探しを手伝っていた。
「あ、もしかして喉乾いていたりとかします? 飲み物買ってきましょうか?」
「いや、大丈夫だよ。ありがとう紗矢ちゃん」
傍から見れば、まるで付き合い始めの男女のようにも見える、微妙に距離感が掴みづらいかのような不器用なやり取り。
だがその内側にある真意は別物であった。紗矢がコーダに対して行うそういった気遣いなどは、通常の人が行うそれとは少し異なっていた。
コーダ自身もそれを薄々感じ取っていた。それは例えば何かに追い詰められるようで、あるいは、自罰的な感情があるようにも思えていた。
『あれー……? 財布何処やったかな?』
「あ、大丈夫ですか!? もしよろしければ一緒に探してあげますよ!」
『おかあさーん、どこにいるのー!?』
「大丈夫? お姉ちゃんが一緒に探してあげる」
事実その想像を裏付けるかのように、彼女はコーダと行動を共にしている間も人を助け続けた。
彼女はどこか、"人を助ける"という行為に固執しているかのように彼女は人に手を差し伸べていた。
言葉で言い表すなら一種の強迫観念性めいているとでも言うべきか。まるで義務感を持って人に手を"差し伸べなくてはいけない"とでも言うように。
コーダ・ラインゴルトは特殊な出生を持つ。その詳細はまだここでは明かせないが、彼は大抵のことを理解できる。
それは人類の神話や歴史を紐解いた英霊の真名であったり、あるいは化学式や数式を用いた構造の分析であったり、
そしてあるいは、ある程度共に時間を過ごした相手の心理状態や、行動の起因となる感情などを理解することが出来る。
だからこそコーダは感じ取っていたのだ。紗矢が根っからの本心ではなく、何か別の、感情に起因して人を助けているという事に。
「ねぇ、紗矢ちゃん」
「はい何でしょうか、コーダさん」
コーダの呼びかけに笑いながら振り返る紗矢。その表情も仕草も、表向きは何ら普通の少女と変わりがない。
だが、そんな彼女が"人助け"に執着して、尚且つこんなにも明るく振る舞う理由を推測したコーダには、そんな彼女の笑顔がとても辛いものに見えた。
聞いていいものなのだろうか。一瞬の躊躇がありながらも、コーダはその問いを口にした。
「どうして、そんなに人を助けようとするんだ?」
「え………………っ…………………」
一瞬驚いたように紗矢は眼を見開き、そしてそのまま言葉に詰まった。
まるで状況を理解できないかのような、あるいは処理しきれないかのような、そんな表情。
ただ視線を交差させるように見つめ合う事数秒。紗矢にはそのたった数秒の時間が、何時間も続いたかのように見えた。
「や……やだなぁコーダさん……。だ、誰かが困っていたらた、助けるのは当然でしょ?
ほら、それに……えっと、なんだろ…こ、困ってる人はいたら見過ごせないです……し。
ね? えっと……だから、私が誰かを手助けするのはなにもおかしくないというか……はい。その」
まるで慌てふためくように、少女は自分が人を手助けする事の理由を言い並べる。
それは言い訳のようにも見えた。例えるのなら、追い詰められた子供が必死で取り繕うかのような、そんな言葉。
その言葉の中には何度も"普通"と言う言葉が見えた。それは彼女が、自分自身に言い聞かせているかのようにも見えた。
自分は普通なんだ。自分は通常なんだ。自分は平均的なんだと。
呪詛か何かのように彼女は、自分に対して強く思い込むよう言い聞かせていたようにコーダは感じた。
それでコーダは理解できた。彼女は人を助ける事で、普通と彼女が信じる物に戻ろうとしているのだ、と。
何か過去に大きなトラウマがあって、それを払拭するために彼女は人を助け続けているのだと、理解したのだ。
ならば、今かけるべき言葉は決まった。そう悟りコーダは優しく紗矢に言葉を投げかける。
「答えにくいことなら答えなくてもいいよ。
実際、手を差し伸べられて嫌に思う人はそういない。
少なくとも、さっき紗矢ちゃんが助けた人たちはありがとうと言っていたしね」
「ほ、本当ですか! ありがとうございます!!」
今はまだ、それを無理に糾す事ではない。そう悟ったコーダはまずは彼女の人助けを肯定した。間違ってはいない、と。
実際人を助ける事は間違っていないだろう。ただもしも、万が一に彼女が自分自身をも投げだして人を助けようとしたら……。
あるいはそう、先ほど彼女の言葉に何度も出てきた『普通』という概念に彼女が固執する事で彼女が傷つくような事があれば。
その時にこそ彼女の本当の想いを聞き出して、そして真摯に接するべきであるとコーダは考えた。
「そ、それにしてもなんだか暗くなってきちゃいましたね……。
ごめんなさい。私コーダさんのサーヴァント探さなくちゃなのに」
「……いや、これは……待て、こんなに早く日が暮れる筈は────」
周囲を見渡しながら、紗矢ははにかみながら謝罪する。もう既に周囲が薄暗くなっていることに気付いたからだ。
それを彼女は、自分が人助けをし過ぎたせいで時間が経ったからだと勘違いしていたが、コーダはすぐさまに違和感を悟った。
彼は体感時間ではまだ2,3時間も経っていないと即座に分かった。そして周囲を見渡し、さらなる違和感に気付く。
「………………ここは、どこだ?」
先ほどまでに彼らが歩いていたモザイク市『横浜』とは異なる風景の中に、彼らは立っていた。
周囲は逢魔ヶ時のように薄暗く、更に立ち並んでいたビルやモザイク状に組み合わさり再構築された建物もない。
それだけではない。先ほどまで周囲を歩いていた人とサーヴァントがいない。正確には"当たり前のように存在するサーヴァントがいなかった"。
「あ、あれ? おかしいな……私、そんなに遠くまで歩いた気はしないんだけど……」
「そもそも……ここは、横浜なのか? いや、違う……」
そう周囲を見渡すコーダは、1つの看板に注目した。
看板には『土夏』という、地名と取る事の出来る名が存在した。彼はその記憶をたどり、それが日本のある地名であると理解した。
しかし距離が合わない。横浜と土夏は距離も離れており、こんな数時間ほどでたどり着けるような場所でないとコーダは分かっていた。
「……一体誰が、俺たちをこの場所に招いたんだ?」
ただ2人は、どうして自分たちがこんな場所に辿り着いたのか、
理由を探る以外に出来る事はなかった。
◆
そして時は今へと戻る。モザイク市から泥濘の新宿へと迷い込んだ者たちの場所へと。
御幣島亨とそのサーヴァント卑弥呼。そしてヴィクティ・トランスロード。3人が遭遇してしまったのはまさしく天災と言える2基の英霊だった。
方や数万の鬼の軍勢を率いる大江の首魁。片や数万の魂をその身の内に溶かす呪いの王。その戦闘に巻き込まれれば塵も残らず死ぬのは火を見るよりも明らかである。
事実、2つの怪異が衝突するだけで周囲の人間が肉片となって飛び散り、建物は粉みじんになっていく。その様はまるでCGで作られた映画か何かのように見えた。
状況を理解できないながらも、御幣島亨は自分のサーヴァントである卑弥呼の防御がなければ自分も、連れであるヴィクティも全て遍く、
揃って見るも無残な地面の染みになっているのは自明の理であった。
「こ……れは、一体。何が」
「お前たち。この特異点に迷い込んだ一般人か?」
「ああ、はい。貴方は……サーヴァントですか」
「サーヴァントを知っているか。なら話は早い。私は"竜狩り"のランサー。竜狩りで良い。
見ての通り災害と言えるサーヴァント同士が戦闘中だ。早いところ逃げる事を勧める。逃げ道も教える」
「ありがとうございます。……そちらの方は?」
御幣島が、竜狩りと名乗ったランサーの背後でただ呆然とするしかない女性について問う。
竜狩りはその少女の方を向き、少し間をおいてから言うべきか迷うように少し躊躇し彼女のことを話す。
「彼女もこの特異点に迷い込んだ人間らしい。
……あの戦っているバーサーカーのマスターだそうだが……」
「別に私の命令でこんなことになったわけじゃないから……。ただあのバーサーカーが勝手に戦ってるだけ、で……」
「バーサーカー。あの鬼の大群と戦っとるサーヴァント?」
「……うん。両面宿儺って言うんだけど……。令呪に異変があったから駆け付けたんだけど……。
私が来たぐらいじゃ手に負えない事態になってて、どうしようって……」
竜狩りと共にこの場所へとやってきた女性、雪二香澄が震えながら呟く。
震えるその視線はもはや宿儺の身よりも自分の身を案じている恐怖に支配されているように見えた。
そう話しながら香澄はその手に持つ令呪を御幣島に見せる。その令呪は御幣島の見覚えのあるものであった。
「貴方も、モザイク市の市民でしたか」
「貴方も……? そもそも何なのここ。話を聞けば1999年って……。わけわかんない……」
「タイタスさんに曰く、何かしらの異変で時空が混ざり合っとるとのことですが……
いや、今は退避を優先すべきですな。ヴィクティちゃんも」
「………………」
御幣島が共にこの泥濘の新宿に迷い込んだヴィクティ・トランスロードの方を向いて避難を促す。
だがヴィクティはというと、その2体のサーヴァントによって崩れてゆく街並みをただ呆然と眺めるだけであった。
まるで御幣島の声や、竜狩りの声など届いていないかのように。
「………………ヴィクティちゃん?」
「う……ぁ……、あぁあ………!」
壊れゆく街を見て、ヴィクティはその頭を抱えて、正気を失ったかのような目で震え始めた。
まるで何か恐ろしかった記憶を呼び起こされるように、ただ震えるしかなかった過去を引きづり出されたかのように。
その眼はただ恐怖に染まり、その表情はただ過去と言う名の亡霊に取りつかれたかのように、恐ろしさに支配されていた。
「早く逃げんと危険や。今は動かんと」
「いや、待て。何か様子がおかしい。……これは、魔力反応……か?」
身構えるように竜狩りが呟く。震えるヴィクティの姿に竜狩りは何か小さな違和感を感じ取っていた。
何時でも戦えるように、何が起きても対処が出来るようにその手に刃を握る。そこにあるのは警戒という感情のみ。
御幣島たちがただ巻き込まれただけの一般人(魔術について精通はしているようだが)なのは分かっている。ただそれでも用心に越した事はない。
そう感じるほどの魔力を一瞬ではあるが感じ取った竜狩りは、あくまで保険として何時でも戦えるように構えだけは解かずにいた。
一方で、その魔力を発したヴィクティ本人は判断能力を失いかけていた。
逃げ出さねばならぬ、と理性ではヴィクティ自身も感じている。彼女自身も今すぐこの場から逃げ出したいとは思っている。
だが崩壊する街の光景が蘇らせた彼女の過去が、彼女の心を掴んで離さない。身体の自由が利かないのだ。
歯の根が噛み合わないほどに怯え総毛立つしか出来ない彼女は、かつての自分の過去を想起していた。
死があった。
ただ壊れていく街があった。
誰もが死んでいく中で、自分だけが生き残った。
今彼女の目の前で起きている崩壊は、彼女が家族を失い独りぼっちになったあの日を思い出させるのに十分だった。
過去が、独りだったあの日が、喪われ続ける命の幻影が、彼女の魂を蝕み、正気を抉り、そしてあの日の恐怖を蘇らせていく。
そして────────────
その新宿の崩壊は、やがて少女の箍をも破壊する。
「とにかく引き連ってでも連れていくべきでしょ、違う?」
「いささか乱暴にはなりますが、仕方ありますまい。ご助力願えますか、竜狩りさん」
「ああ。────────いや待て。何だこの魔力は……?」
「やめ……て……。壊さないで……奪わ、ないで……ッ!!!」
「また私から……奪うっていうのかああああああああ!!!」
刹那、迸る魔力。その魔力の奔流はぶつかり合う鬼種の王と呪いの王にも引けを取らない。
いやそれ以上、竜狩りはその圧倒的なる魔力に、かつて自らを振るった猛る武神の姿を幻視するほどの"ナニカ"を感じ取った。
その魔力の源流は何か? 新たなる英霊かと御幣島は考えた。だが違う。その魔力は────
「な……これは!?」
「離れてください御幣島さん!」
「待て……これは何の冗談だ……?」
「何故あの少女に……あれほどの魔力が宿っている!?」
「ああああああああああああああああああああああ!!!!」
その魔力は、先ほどまで御幣島が共に行動していた少女、ヴィクティ・トランスロードから放たれていた。
出会ったばかりの竜狩りは元より、御幣島も卑弥呼もヴィクティななんら普通の少女としか思えなかった。
彼女はその能力も一切平凡な少女でしかなかった。ゆえにそれは信じがたい光景であった。
容姿も、背丈も、何もかも彼女と変わらない。
だがその表情は怒りに支配され、そしてその身体からは神霊と見紛う程の魔力が迸っていた。
ヴィクティはその怒りに支配され暴走するままに、莫大な魔力を纏ったまま宿儺と酒呑童子の戦闘へと割り込んでいった。
「ま、待って!」
「なにこれ……何が起きてんの?」
「ひとまずタイタスさんに連絡を……!」
「なんだ………なんなんだあの魔力は。神霊? いやそんな……。
いや、待て……タイタスの名を出していたな……。"時空が入り混じる"……確かにそう言ったのか?」
「はい。そのように聞き及んでいます」
御幣島が竜狩りの言葉に頷く。彼女はタイタスとはよく顔を合わせる抑止力の英霊である。
だからこそ様々な世界を見て学んでおり、ヴィクティの暴走に対しても1つ理由に心当たりがあった。
彼女の纏う規格外の魔力に、竜狩りは背筋が凍るような感情を抱きながらも冷静に分析をして1つの答えを出した。
「地上ではありえないこの魔力────まさか、喪失帯、か……?」
かつての世界の残滓。消え去り喪われたはずの概念が形を成した泡沫の世界。
それこそがヴィクティの本来生きていた世界であると、竜狩りは推察した。
そしてそれは、この地上に彼女へ対抗する手段はない事を、そのまま意味する言葉でもあった。
◆
「良し何とか間に合った!! まだ何も起きていない!」
「なんかさっきまでの街並みの違いますね。なんか普通になったっつーか」
「モザイク市が存在しない普通の世界ってこったろうな此処は。急ぐぞ。聖杯戦争が起きている可能性がある」
「………ここが、モザイク市の存在しない、世界…………?」
ヴィクティの暴走と同時刻、土夏市にて2組のマスターとサーヴァントが到着していた。
まずタイタス・クロウとアビエル・オリジンストーン。彼らは混ざり合った世界に起きた異変の原因を探るために奔走している。
そしてヴァイス/XXIXとメアリー・スー。彼らは自分たちのある目的の為の旅の一環としてタイタスに協力をしている。
彼らはサーヴァントが当たり前のモザイク市から、土夏と呼ばれる都市に異変を感じて訪れたのだ。
そして案の定というべきか。彼らが辿り着いたのは先程までいた世界とは別の世界だった。
即ち、サーヴァントを連れるのが異常であり、そして個人ごとの聖杯などあり得ない世界。
世界が再編される前の、特異点でも何でもない唯の日常。それが此処、土夏市に存在していた。
「こんな緊急事態で無ければ、もっと見ていたいところなんですけどね」
「おう終わったら好きなだけ見ろ。だがまずは異変の原因である聖杯を見つけてもらいたいんだが、大丈夫か?」
「大丈夫ですが……。まずは世界が混ざっているほうの原因を探るのが先決ではないでしょうか?」
「いや混ざった原因は良い。目星はついているが……ちと探り切ることが出来ない場所にある。
だから今は、その混ざった世界が更に混乱しないように異変を現状維持するのが大切なんだ」
妙な事を言う、とヴァイスは思った。世界が混ざっている原因が土夏市にあるわけではないのか、と。
タイタスの言う"異変"と言う言葉と、ヴァイスの思う"異変"という言葉の認識にずれがあるような気がした。
彼の言葉によると、混ざった世界の原因とタイタスが追っている異変の原因は異なるように思えたからだ。
だが急いでいるような様子もあり、特に深く聞くことなくヴァイスはタイタスの言う言葉に頷いた。
「…………? とにかく、分かりました。しかし、聖杯とはどのように探せば……」
「良いか。聖杯ってのはその地の霊脈に接続して使うもんだ。だから魔力の流れを辿ればあるいは……」
「あの、すみません」
「何だこの忙しいのに!」
急いてヴァイスへと指示を出すタイタスに1人の青年が肩を叩く。
振り返るとそこには、背の高めの青年と非常に背の低い少女が並んで立っていた。
タイタスの反射的な怒鳴り声に肩を震わせて驚きながらも、少女が非常に困り果てた様子でタイタスらに対して話しかける。
「あ、あの……えっと、こう言うと普通じゃない変な人に見えるかと思われますが!
私たち、気付いたらこの街にいたんですけど……。ここがどこか分からないでしょうか!?」
「んー? ちっこいですねぇ小学生? いやそれにしてはでかいですけど今の日本人ってみんなこうなんです?」
「何処見てんだアビエルこの馬鹿。すまんな連れがデリカシー無くて、あと突然怒鳴っちまって。
それはそれとして、嬢ちゃんら迷子? いや……違うか」
アビエルの頭を小突きながらタイタスが背の低い少女を観察する。
顎を撫でながらその少女の持つ魔力を調べ、同時に何度か察したかのように頷き、そして少女に質問をした。
始めはその観察を一種のセクハラだと身構えていた少女だったが、その質問を聞いて心を開いたようだ。
「な…なんですか?」
「あー……ああそういう。お前さんらも聖杯と令呪持っている感じ?」
「? 聖杯なら普通にだれでも持っている物では……。令呪もそうですよね」
「おーけー分かった理解した。ここが怪しい確率高まってまいりました」
「モザイク市の人が迷い込んでいるとなると。こりゃ偶然とは思えないっすね」
「とりあえず名前聞いとくか」
「……俺はコーダ。コーダ・ラインゴルトです」
「慶田紗矢です。よろしくお願いいたします」
「礼儀正しいねー。俺タイタス。こっちの馬鹿がアビエル。んでこいつらが」
「ヴァイスです。こちらはルーラーのメアリー・すーです」
「よろしくお願いいたします」
「貴方がたは?」
コーダと名乗った青年が、タイタスらがなぜここにいるかを問う。
さてどう答えたものか……。とタイタスが考えていた時にその手の持つ携帯電話が鳴った。
「失礼。御幣島さんからだ」
「俺たちはー、そっすね。ちょっと異変があると聞いてこの街まで来たところなんですよ」
「異変……とすると、夜警か何かですか? あと、突然夜になっちゃったのも何か関係が?」
「ええ、そんな所です。信じられないかもしれませんが、落ち着いて聞いてください。現在各地で時空が歪ん────」
「オイやべぇぞ!! 一大事だ!!」
「落ち着けってヴァイス君が言った中でアンタが落ち着かないでどうするんですタイタスさん!
しかしどうしましたそんなに慌てて!」
携帯電話を耳に当てながら、タイタスが大声を張り上げて叫んだ。
その大声にびくりと紗矢が肩を震わせ、コーダがそんな彼女を宥める。
苦虫を噛み潰したような顔をしながら、タイタスは絞り出すように答えた。
「…………残響時間側に向かった2人がやばい」
「えーっと、御幣島さんとヴィクティさんでしたっけ? どうしたんです?」
「新宿に迷い込んだらしい。ウロボロス後の」
「……………冗談にしては笑えないですね」
「冗談であって欲しいよホント」
それだけじゃねぇ、と続けてタイタスは頭を抱えながら現状を報告する。
「ヴィクティが突如として、原因不明の暴走をしたらしい。
………………やはり、喪失帯の人間は早々に返すべきだったか…」
「────暴、走?」
アビエルとヴァイスは疑問符を浮かべた。
事態を理解できない2人と対照的に、タイタスは携帯電話を持ったまま頭を抱えて一言吐き出すように言った。
「喪失帯……この地上の法則とは違う異世界とでもいうべきか。
その住民が暴走したとなりゃあ……最悪、俺たちに対抗手段はねぇぞ……!」
to be continued...→
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