最終更新:ID:/yE2X4ZuEA 2020年10月08日(木) 19:10:23履歴
前回までのあらすじ
突如として、時間と空間が入り混じるという事件に巻き込まれたモザイク市。
喪失帯や泥濘の新宿といった異世界が混ざり合う中、渾沌とする世界の中で異変を解決して回るタイタス・クロウと人々が出会う。
モザイク市の御幣島亨やヴァイスといった面々はタイタスと情報を交換し、突如として現れた喪失帯出身の少女ヴィクティ・トランスロードと共に異変解決に乗り出す。
二手に分かれ、タイタスたちは異変の中心と思われる土夏市へ、御幣島亨とヴィクティは残響時間と呼ばれる魔術師の元へと向かうも、泥濘の新宿へと迷い込んでしまう。
そうして両面宿儺と酒呑童子の戦闘に巻き込まれ、トラウマを刺激されたヴィクティは突如として暴走。2者の戦闘に割り入る形で戦闘を開始した。
一方で、モザイク市横浜に住まう少女、慶田紗矢は謎の青年コーダと共に人探しをしていた。
コーダのサーヴァント、ジークルーネが失踪したために慶田紗矢は力になって探し出してあげたいと提案する。
互いに初対面であるが故に距離感を掴めず、それでもなんとか互いに距離感を縮めようとそれぞれ歩み寄る、2人の男女。
そんな彼らであったが、突如として見知らぬ街である土夏市へと迷い込んでしまう。
そこに異変解決を目指すタイタスとヴァイスらが現れ、事態は加速してゆく。
◆ □ ◆
「がああああああああああああ!!!」
泥濘の新宿の夜闇に、見る者の眼を潰すほどに眩い雷光が奔る。
それは怒りと、悲しみと、憎悪。あらゆる感情が混ざりあって正気を失った、1人の少女から放たれるものであった。
名を、ヴィクティ・トランスロード。本来の常識とは異なる常識の元に形造られた泡沫の異世界、"喪失帯"の住人である。
彼女たちの世界は、言霊と呼ばれる"言葉"がもつ力を用いて生活を豊かにしている。
だがしかし、彼女1人だけが全く言霊を扱う才能をもたなかった。だからであろう、彼女がこちら側の世界に迷い込んでも抑止の守護者はそれを見逃していた。
────────しかし、守護者は知らなかった。彼女はそう遠くない未来、ある1つの契約を通して人間を超えた異能を手に入れてしまうという事を。
そして今この世界は、過去と未来、そして時空を無造作に繋げ続ける、渾然とした只中にある。
故に彼女は力を得た。得てしまった。未来に得る可能性の1つを、彼女は掴み取ってしまったのだ。
「新手か……面白い。いくらでも来い。この俺を楽しませろ」
「気づけば見慣れぬ土地に立っていたのは戸惑ったが、こう五月蠅いと飽きはせんが敵わんな……」
両面宿儺は不気味に笑いながらその肉体を変化させ、酒呑童子は嘆息をついて鬼の軍勢を展開する。
通常であれば怯え逃げ出すような桁違いの強さを持つ2体の英霊の闘争。それに対して完全に正気を失い、ただ膨大な魔力を暴走させながら飛び込むヴィクティ。
彼女の脳裏はたった1つの感情に支配され続けていた。
町が壊れていく。
人が亡くなっていく。
やめろ
やめろ
こんなことをするな
まだ続けるというのならば
お前たちの存在を消してやる────────と。
このような暴走に至ったのは、ヴィクティの過去が関係していた。彼女は天涯孤独の身である。
彼女はかつて、彼女の住まう喪失帯で起きた戦争で孤児となった過去を持つ。だからこそ此度の新宿の様相は彼女のそのトラウマを刺激した。
その刺激は彼女の精神を大きく揺るがし、結果として彼女を未来の可能性に繋げて暴走させた。さらにその暴走により発生した魔力は、彼女には制御は不能。
暴走した魔力が彼女の精神をさらに錯乱させ、更に暴走は加速し……と、もはや彼女1人では止める事の出来ない状態となっていた。
そんな彼女の暴走を、どうにかして収束させるべく策を練る魔術師とサーヴァントらがいた。
「魔力増大……! これは、おそらくヴィクティさんから溢れる魔力…!
ダメです……どんどん増幅しています! 増幅した魔力が更にあの子の意識を乱している状態です!」
「聞こえますかタイタスさん。こっちでヴィクティちゃんが」
『分かっている……。喪失帯……お前ら風に言うなら異世界か。その人間が迷い込んだ時点でこうなるかもしれないとは思っていた……。
だがあのヴィクティって嬢ちゃんには魔力が感じられなかった。なら事が収まるまで……と思ったが、こうなるとは……』
「反省している場合かタイタス。お前には反省の言葉を言うしか能がないのか? 違うだろう。
お前にはこの状況を打破できる宝具がある。違うか?」
『その声……お前ハバキリか? ああそうか……。
新宿だからお前もいるのか、そうだよな』
何処か納得したかのように頷く声が通話越しに響く。
通話の相手は土夏市という、特異点を超えて遠く離れた場所にいるタイタスという抑止の守護者だ。
ハバキリと呼ばれたランサー"竜狩り"は、顔見知りであるタイタスに対して通話越しに言葉を投げる。
「あの女を暴走させている魔力、おそらく神霊級と見て良いだろう。
それを人間1人が扱うなど……通常なら暴走して当然だ。あんな魔力を扱い切るなぞ、英霊の宝具に使う等でもしなければならん。
………………お前なら、離れた場所からでも魔力をかき集め、発動できる宝具を持っているだろう。時空を超える時計が」
『マロニーの時計か。ああ確かにあるぜ』
「タイタスさんの……というと、確か」
タイタスがヴィクティと共に新宿を訪れた青年、御幣島亨に自分の宝具を説明する。
曰くタイタスの持つ時計は人を載せて世界を超えることが出来るという。本来ならばその宝具効果の適用は世界に禁じられている。
だがこの特殊な状況下故に発動を許されている状態にあるのだという。世界を超えた移動には多大な魔力が必要となるが、
現状のヴィクティから溢れ出る魔力を一点に集中させて、それを時計に逆流させれば時空の移動は一時的にではあるが可能になるはずだ、という。
「なるほど。あの魔力の暴走がなくなればヴィクティちゃんも正気に戻る。
加えて自分たちもタイタスさんのもとに戻れる……。一石二鳥ですな」
「おい。あのアークエネミーはどうなる? まさかあれはそのままとは言わんよな」
『大丈夫だアイツも飛ばす! 頼光の旦那から、アイツが発生した特異点の時代と座標は所得済みだ。
…………だが。時空跳躍には問題が2つ存在する。1つ、ヴィクティの魔力を纏める役をどうするか…だ。
いくら時空を超えるマロニーの時計でも、空間全体に満ちる魔力を移動させることは出来ねぇぞ?』
「それは私が務めます。少し基盤は異なると見ますが、雷ならば巫術による操作である程度制御が可能です」
そう提案したのは御幣島亨のサーヴァントである卑弥呼であった。
彼女は巫術を扱い、そしてそれを用いた天候の操作もある程度可能とする。
喪失帯という、汎人類史とは異なる魔術基盤でありながらも、雷と言う現象ならば彼女の得意とする分野という事だろう。
だがそれでも、とタイタスは苦々しい声で呟いた。
『それでも致命的な問題が1つある…………。
今この状況、世界が混ざっているという事実だ』
「なにか、問題が?」
「むしろ世界間の壁が薄まり移動が楽になると思ったんだが……。
転移する際に障害でも起きるというのか?」
『大方お前の予想通りだハバキリ』
タイタスは竜狩りのランサーの言葉を肯定した上で説明した。
世界が混ざり合っているという事は、確かに世界間を即座に移動できる状況にある。
だが座標を指定して転移させるタイプのタイタスの持つ宝具は、無造作に繋がり続ける世界では危険が過ぎるという。
万一の場合、時空の狭間に取り残される危険性もあるというのだ。
「なるほど……。タイタスさんは今どちらに?」
『土夏って都市にいる。多分だが此処に……一連の黒幕がいると俺は考えている』
「了解しました。そちらが首謀者を討伐して、宝具が使える程度に世界が安定するまで、こちらは耐えれば宜しい訳ですな」
『……ん? ちょっと待て? もしかして俺が言った異変の認識の中に"世界が混ざっている"も入ってる?』
「────────? それはどうい────」
そう、御幣島が問おうとしたその時だった。
突如として通話が途切れ、受話器からはただノイズのみが響く状態となってしまった。
◆
「おいどうした!! 何があった! もしもし! もしもし!?」
突如として途切れた通話に、まるで怒りをぶつけるように怒号を叫ぶタイタス。
だが彼がいくら受話器に対して叫んでも事態は一向に好転はしない。むしろ時間を浪費するだけだ。
タイタスの持つ携帯電話からは、そんな慌てふためくタイタスを嘲笑うようにノイズだけが響き続ける。
「どうしますかタイタスさん……」
「やべぇな……。ちょっと俺言葉足りなかったみたいだわ。
とりあえずコーダと紗矢を元の世界に……よりまずは事態の原因をどうにかするのが重要か?」
「んじゃ彼ら彼女らに首謀者を探すの手伝ってもらうとかどうです?」
「まぁそれもありかもだが……」
『ザ────聞こ────ザザ────通話────』
「ッ!! 繋がったか!?」
突如としてノイズの中に男性の声が混ざり始めた。
これ幸いと受話器の音量を上げて耳に当てどうにかして音声を聞き取ろうとするタイタス。
だがその受話器から聞こえてきた声は、御幣島のものではなかった。
『聞こえているかなオーディエンスの諸君!!
夢の世界よりご機嫌よう! 通話の電波は良好かい?』
「混線かぁ糞ァ!! おかけ直しくださいませ! くっそこんな時に!!」
『まぁそう結論を急ぐなよ、"抑止力の神殺し"』
「…………テメェ、何者だ」
ふざけた声が鼓膜を勢いよく震わせる。
まるで風邪を引いたときに見る悪夢のような浮ついた気色の悪い声だった。
その事実にブチギレながら通話を切断しようとしたタイタスであったが、その声の呟いた言葉を聞いて切断を思いとどまった。
通話で繋がった相手は、明らかにこちらを認識し、事情を分かった上で通話を繋げている者と分かったからだ。
「ってか誰だ……お前。なんで俺の事情を知っている?」
『名前は名乗らない。強いて言うのなら、通りすがりのドリーム・ウォーカーとでも名乗っておこうかな?』
「キザな野郎だ。何が目的だ? それとも今回の一連の事件の黒幕か?」
『その黒幕に、1つ噛みついてやりたいと思っている男さ』
「…………ほぉ」
口調はふざけているとしか言えない口ぶりであった。
だがしかし嘘をついているようには聞こえない。そんな不思議な感覚がタイタスにはあった。
例えるなら、下手な詐欺師は詐欺を行う際に嘘の気配が見え隠れするが、電話の声はその逆だった。
真実と言うよりは、その奥。「まだ見えぬ黒幕に痛い目を見せたい」という魂胆が透けて聞こえる声であった。
ならば利用する。借りれる手ならば猫の手も借りたいタイタスはその謎の声に縋るように会話を続けた。
「具体的にはどうしてやりたい?」
『君、今新宿で暴走している子たちをどうにかしたいんだろう?
そっちに戻ってきて欲しい……そう思っているはずだ。それを手伝ってあげよう』
「どうやって?」
『時空を繋ぐ時計が君にはあるだろう? だけど時空が乱れている今はそれを使うのは躊躇われる……そうだね?』
「ああ、絶えず混沌と混ざり合っている状況だから無暗な移動は出来ねぇ。何処に出るか分からないからな。
移動中に時空の座標が切り替わりでもしたら、時空の狭間に取り残されかねない」
『つまり、どれだけ世界が混ざっても不変な場所を通せば、君の宝具による転移は可能と言うわけだ。違うかい?』
「プロクシを通すとでも言いてぇのか? 確かにそれなら安全な移動は可能だが……どうやって?」
タイタスの疑問に対して電話の向こう側の声はチッチッチ、と舌を打ち鳴らす。
どこか挑発するような、あるいはあざ笑うかのような得意げな笑い声。しかしこのような混乱とした状況下において、
余裕に響くその電話の向こう側の笑い声はとても頼もしく思えた。
『夢の世界だよ。人間が見る夢はどの世界でも一定なものさ。
そこに君の時計を通して、新宿からそちらへと向かわせよう。そうすればあの少女も青年もそちらに向かうことが出来る』
「集合的無意識……いやその表面か。確かにそこを通すなら安全な時空間移動は可能だ。
だが……その通りになる保証は? お前の言うとおりに移動できる保証は何処にある?」
『私はあくまで夢の世界と新宿を繋げるだけだ。時計を動かすのは君。干渉の余地は私にはないさ』
「なるほど。お前の真名……読めてきたぜ。だが……………何が目的だ?」
『言っただろう。この事件の黒幕に噛みつきたいだけだ、とね』
浮ついたふざけた口調から一転、怒りを孕んだような鋭い口調でその声は一言告げた。
『外から来るような突然の来訪者に、玩具を取り上げられたくないだけさ』
「………………そうか。なら一旦は信用してやる。礼は言わねぇぞインベーダー」
『ノンノン。インベーダーではない。パピヨン。もっと愛を込・め・て』
そう言葉を残した後に、その謎の声は途切れた。
そして途切れると同時に、通話の電波は正常となり御幣島との通話が繋がった。
◆
『よし繋がった!! 大丈夫か御幣島さん!?』
「タイタスさん。今のところ、命はありますが……ヴィクティちゃんは未だ暴走を続けとります」
通信が回復した状態で、御幣島は冷静に状況をタイタスに説明する。
彼の眼の前ではまるで災害と言わんばかりの大規模な戦闘が繰り広げられ、新宿の街並みが破壊されてゆく。
彼の前に立つ2人のサーヴァント、竜狩りのランサーと卑弥呼を以てしても防戦一方でいるのがやっとと言うほどその戦闘は激しかった。
「どうされますか。一か八か、先程仰った時計の宝具を?」
『そのつもりで行く。難しいと言ったがちょっと安定させる方法が確保できた』
「それは……有難い話ですが。一体どうやって」
『通りすがりのドリーム・ウォーカーが手伝うそうだ!』
「夢歩き……? いや、それは後か」
時間がない、とタイタスは続けて宝具の詠唱に移った。
そしてそのまま御幣島は通話を一旦止め、卑弥呼と竜狩りに伝える。
「竜狩りさん、卑弥呼さん。 先程伝えた時空間移動の準備が始まりました。
卑弥呼さんにはヴィクティちゃんの攻撃の誘導を、竜狩りさんには酒呑童子の誘導をお願いしたい」
「やれやれ……。タイタスに貸し一つだな……。ただまぁ、あの災害を別の場所に追いやれるというのなら安いものか」
クキリ、と首を鳴らして竜狩りのランサーが酒呑童子へと向かう。
卑弥呼は巫術の詠唱を唱え、天から降り注ぎ続ける稲妻を抑えて同時に一点へと集中させた。
そして────
「宿儺は、私が抑えるしかないよね」
「申し訳ないですが、お願いできますか」
「お願いするも何も、私はそのために来たんだし、頑張ってみるよ」
ふぅ、と短くため息をついて、雪二香澄が令呪を通して両面宿儺に対して語りかける。
「────ねぇ、聞こえる宿儺」
「(なんだ、人間)」
愉し気な笑い声が、聞くだけで不快感を催すような邪気を帯びて香澄の脳内へと響く。
その事実だけで、香澄は今この瞬間、自分のサーヴァントが今までにない程充実し、楽しんでいると理解する。
香澄は分かっている。宿儺という英霊が自分の住んでいるモザイク市で過ごすのに致命的に向いていないことを。
此処に置いていくのが彼にとっては幸せなのではないだろうか。そんな疑惑が香澄の脳裏を過ぎる。
だが、それでも
「帰るよ。此処は確かに貴方の居場所かもしれないけど、私の居場所じゃない」
「(言うではないか小娘……。だが邪魔はさせんぞ。俺の顕現の楔の言葉であろうが止まるものか。
俺はここで人を殺し続ける。呪いとして悪を成し続ける。それをお前如きが否定するのか? 矮小な人間の1人が、止めるというのか?)」
「────ッ。……………………………」
事実向こう側もこのように言っている。頑として帰る気はないらしい。
確かに、自分の本能とも言うべき衝動に気付けて、それを自在に出来る場所が目の前にある。
自分だってその立場だったら、帰りたくないと駄々をこねるだろう。
だが、こちらもハイそうですかと引き下がる気はない、と香澄も頑として譲らない。
自分には帰るべき場所があるし、そして同時に帰りたいと思っている。この新宿から離れたいと願っている。
だからこそ、彼女は自分が持ちえる武器を、カードを、惜しみなく出してゆく。
「じゃああの時に言った、私を見届けるとか言うのは嘘だったんだ?」
『…………………………』
「言ったよ私に。興味深いって。私のことをさ、面白いって。
それ……嘘だったんだ? 生きている人間より、こ、殺しのほうが面白いんだ」
声が震えていた。これで宿儺が逆上でもすれば、死ぬのは自分の方なのは自明の理であったからだ。
だが香澄にはこれしか交渉材料がない。あの日、世界が再編された時に自殺しようとしたあの瞬間を止めた両面宿儺の言葉。
「その行く末を見届けてやる」という、あまりにも傲慢不遜な人間離れした言葉。それが彼女と呪いを繋ぎ止める唯一の繋がりであった。
嬉しかった。発言者がどれだけ人間離れした化け物でも、どれだけ常識外れの傲慢でも。
仮面を被っていない雪二香澄という本人を見て、あまつさえ見届けると言い残したその怪物が、彼女の救いだった。
人と言う生物を恐れ続けた彼女は、人から恐れられ続ける呪いの王によって救われたのだ。
だからこそ、その救いの言葉を以てして、無理やり呪いの王をこちら側にひきづってやると香澄は誓いその言葉を口にした。
もしここで逆上でもされたら終わりだと思いつつも、彼女はその言葉を選んだ。自分と宿儺の唯一の繋がりを交渉材料とした。
────────それが理由か、あるいは違うかは分からないが、宿儺は静かに笑った。
『ク、クケケケ……。声が震えているぞ』
「…………………………………………。だ、だか、ら?」
『……あの日の言葉を引き合いに出すか……死ぬかもしれないと恐怖しながら、死のうとした時の言葉を……ね……。
ああ、ああ……。やはり、お前は面白い。自分を隠し続け死を選ぼうとまでしたお前が、死を覚悟して自分の本音を言うか。
帰りたいと、だから俺に引けと。そう"命令"をするか。自分の意志で』
「……………………で、ど、どうなのよ? 帰るの、帰らないの。
帰らないって言うなら、お、置いていくよ? 良いの?」
『そうさな』
ハッ、と嗤い捨てるように宿儺は言う。
その返答は令呪を超えた念話ではなく、香澄の背後から響いた。
「その胆力を買ってやる。ま、あの退屈な都市で人を殺せぬと決まったわけでもないからな……。
お前が詰まらなければ、普通に人間どもを殺せば済む話だ。それに何より、衝動のままに人を殺すのは獣と同じ。
本能も重要だが、その本能を抑えて"決めた信念"とやらに縛られるのも悪くはない……か。今日のところは、帰ってやる」
「………………バーサーカー……」
「ご両人、準備が出来ました。お急ぎあれ」
「あ、はい! 分かりました! いくよ」
「分かった分かった、そう急くな」
先ほどまで血みどろで殺し合っていた悍ましきさっきは何処へやら。
笑いながら宿儺はマスターである香澄を小脇に抱えて御幣島と卑弥呼の元へと降り立った。
「こうすれば早い」
「わっ、ちょバカぁ!!」
「転移はまだか! これ以上は流石に難しいぞ!」
「了解。タイタスさん、行けますか」
『おーけ大丈夫だ! もう発動する!! そっちこそ準備は良いな!』
そう通話越しに響く言葉と同時に、御幣島たちの周囲が光に包まれ始める。
時を同じく、卑弥呼により誘導されたヴィクティの周囲にも時計盤のような文字が出現し、稲妻が収束していく。
「大丈夫……です。これで────!」
『魔力充填完了!! 発動!! 星時を越えし掛け時計(アストロクロノグラフ・ウォールクロック)!!』
ヴィクティから迸る魔力が時空を超えてタイタスの持つ4本針の時計へと注がれ、御幣島達を転移させる。
本来ならばそのままならば混ざりゆく時空によって思いもよらぬ場所につながってしまっただろう。
だがその転移と同時に響いたもう一つの宝具が、彼らを一旦不変なる集合的無意識の表層へと導く。
『栩栩然として胡蝶なれ(ドリーム・カムズ・トゥルー)!! さぁ飛び立ってくれ迷い人たちよ!』
その言葉と同時に、御幣島らとヴィクティ、そして酒呑童子の姿は、霞の如く一瞬で消失した。
◆
御幣島らの瞼の裏に一瞬だけ全身に蝶の意匠を持つ全身タイツの変態が映った。
何事かと目を開いたその次の瞬間には、彼らは揃って新宿とは別の場所にいた。
泥濘の新宿のような不穏な気配に満ちているわけではない、ただしモザイク市のような再構築された気配はない、そんな都市であった。
何処であろうかと周囲を見渡す彼らの視界に、タイタス・クロウとその仲間たちが映る。
「タイタスさん」
「災難だったな……。すまねぇ、アンタらだけで向かわせた俺の責任だ」
「いえ。迅速な対応、本当に感謝しております。しかし、ここは……」
「さっき話した土夏市だ。モザイク市じゃない、アンタらの言う"大きな戦争"とやらが発生していない可能性の、な」
なるほど、と御幣島は頷いて周囲を見渡す。
ある程度周囲を見渡して、確かに此処はモザイク市が成立した可能性の場所ではないと理解できた。
そして振り返ると、見るからに不機嫌そうな香澄のバーサーカーやそれを宥める香澄、そして疲れ果てているヴィクティの姿が見えた。
「み……御幣島さん……あれ…? ここ、は…………?」
「心配無用です、あの場所からは移動しましたから。大丈夫ですかな」
「あ……わた、し……。崩れる街をみていたら……頭、真っ白になって……」
「大丈夫。お前の魔力のおかげで俺の宝具が起動できた。気にすんな」
「まりょ……く…………?」
事態を飲み込めないとでも言うかのように、周囲をぼんやりと見渡すヴィクティ。
そしてゆっくりと、自分が行った行為を思い出して、そしてタイタスへと疑問を尋ねる。
「そうだ……雷……なんかすごい、雷を使ってました、私。
なんでだろ……私、言霊の能力全然使えない筈なのに!」
「そうなのか? そうなると……お前に宿っていた可能性が先取りされた、となるか」
「それも全部、時空が混ざっているから起こった事象………なんでしょうか?」
ああ、とタイタスがヴァイスの疑問に答える。
そしてタイタスは御幣島から、新宿でどのようにヴィクティが暴走したかの一部始終を聞いた。
その上でヴィクティに、その能力に自覚がないのならばその能力はいずれ未来にお前に宿る能力であると説明した。
「そ、うなんですか…………」
「まぁ、異変が解決すれば使った事実も忘れるし、もちろん使えなくなる。
一時的な発作みたいなものだから気にするな。ただ暴走しないように精神は平穏に保つべきだな」
「あ、はい……。ありがとう、ございます」
「しかし、残響時間さんは異変の原因ではなかった。
時間と空間が多重に繋がるとなると、俺の知る限りでは、異変の原因は彼女ぐらいしか……」
「いや───すまないが、違う。悪い。俺の説明不足で認識の入れ違いが発生していたらしい」
そう一言謝罪を入れて、タイタスは続ける。
彼の口から放たれた言葉は、その場にいる全員にとって衝撃の事実であった。
「"世界が混ざっているのは、以前から起きている事件だ"」
「………………なん、と?」
◆
「人理渾然……。それが今起きている事件の名前だ。
時間、空間、その2つが一瞬にして混ざ合わされた事件だ」
タイタスの口から、現在起きている事象についてこの場にいる全員に説明が行われる。
曰く、この世界では以前から数々の平行世界や過去と未来が混ざり合うという事象が発生しているらしい。
更にその事象の中で、そういった特殊な状況下で悪事を働こうとする存在が多数出現するとタイタスは続けた。
「世界が混ざった原因を探れ……っつわれてもまずは目の前の異変からだ。
とりあえず世界中で散見している聖杯の暴走や、それを用いた特異点化を今俺たち抑止力は追っている。
"世界が混ざっている"という状況を前提にした悪事を見逃すと、そもそもその混ざっている状態が固定されるからな…………。
まずは、その何か企んでいる奴を潰す。そしてその影響で混ざった状況を解消させる。それが俺の今の仕事なんだ」
「そうか……だからタイタスさんは異変の原因を探っているわけで、世界が混ざった原因を探しているわけじゃなかったんですね」
「そうだ。この"世界が混ざる"という特殊な事情の中で様々な悪だくみをする奴が出てくる。
それを阻止し、そして止めるために俺は今このアビエルと世界中を渡り歩いている所だ」
ヴァイスの言葉にタイタスが頷いた。説明をしながらタイタスは隣に立つアビエルの頭を小突く。
そして再度説明が足りなかったことを謝罪した上で、タイタスは自分が追っている存在について語る。
対して特に関係ない中で突如として連れてこられた両面宿儺は露骨に苛立ちを見せていた。
「どうでもいい。そもそもお前はなんだ? 何故仕切っている?
これ以上苛立たせるようならそこいらのゴミを纏めて殺して憂さを晴らすが……」
「待ってくれ。憂さを晴らすのならこれから都合のいいサンドバッグが現れるはずだ。
あんた両面宿儺なんだって? あんたほどの英霊でも十分満足できる相手だと思う」
「ほう……なら少しだけ待ってやる。その間の無沙汰は不問としてやる」
「ありがたい。で、話の続きだが、この混沌の事態を用いてここで何かをしでかそうとしている連中がいるわけだ」
そうしてタイタスは語り始めた。
彼が知っている限りの全ての情報をこの場にいる全員に対して提示した。
だがそもそも、世界が渾然一体と混ざり合っているという前提時点からして理解が追い付かない人々が多少存在した。
「全然わかんない……。私は早く新潟に帰りたいだけなんだけど…」
「え、えーっと…………ちょっとスケールが大きすぎて分かんないです」
「紗矢ちゃん……言うたかな。簡単に言うと、今大きな事件が起きて世界が混ざっとる。
その大異変の影響で、更に小さな異変が頻発した。それを丁寧に摘み取っとるんが、このタイタスさんやいう事やね」
「なるほど……。たしかに誰かが迷惑していたら、それを解消しなくちゃいけませんもんね!」
「世界が混ざるんを"迷惑"の一言で片してええもんか……」
「しかしタイタスさん。この場にこの一連の黒幕がいると言いましたが、それは一体どのような存在なのでしょうか?」
ヴァイスが1つ浮かんだ疑問を投げかける。その問いに対してタイタスは、ほんの少しだけ言い淀んだ。
まるでその言葉を言って良いのか、あるいは言わないべきか迷っているような、そんな表情をかれは見せた。
だが伝達を怠った結果認識のずれが発生した今を顧みて、彼は包み隠さず今の自分の考えを言葉として言い表そうと決意し言葉を続けた。
「そいつは言うなら……外の宇宙からやってきた来訪者だ。フォーリナーと言えばわかりやすいか」
「フォーリナー。天王寺でも何人か見かけますね。なんでも……本来有り得ない場所から来訪した超越存在を宿す英霊とか」
「そういった英霊が御するマスターもなく顕現していると言うの? 世界が混ざっている影響から?」
「いや違う。こいつは言うなら、誰かの下につくような"サーヴァント"にはならない存在だ。
おそらく人間として、あるいは人間に偽装して……気付くのに時間がかかったのは名折れだぜ。
例えるなら道化師。トリックスターとでも言うか。主など無くただ嘲笑う。そんな奴だ」
「外なる邪神……トリックスター……もしかして、それはこういう名ではありませんか」
この異変の中に突如として巻き込まれた青年、コーダ・ラインゴルトが口を開く。
眉をしかめながらその自分の中の知っている単語に検索をかけ、そして行き当たった1つの名前を言葉として出した。
「────────ナイアルラットホテップ」
「何で知ってるんだ? クトゥルフ好きなナードって風には見えねぇが………」
「いえ……知識として知っているだけです」
その邪神の名が、コーダの口から言葉として放たれた、直後のことであった。
ズズ……と、得体の知れない魔力が周囲に満ちるのを、その場にいる全員が感じ取った。
それと同時に大地が揺れた。その揺れと魔力は徐々に増してゆき、その場に立つ全てのサーヴァントとマスターに不快感を覚えさせた。
「なんだ!?」
「これは……チッ、準備はもう万端だったという事か!!」
「どういうことですタイタスさん!?」
「わからねぇか!?」
「俺たちは奴に! まんまと誘い込まれたという事だ!!!」
『その通り』
声が響いた。鼓膜から魂の芯を揺さぶるかのような不気味な声であった。
悍ましく、されど同時に甘美で愛おしい。相反する2つの属性が同時に内包されているかのような声。
生理的嫌悪感と、麻薬のような中毒性の二面性を持つその声の主は、その場にいる彼らの眼前に突如としてその姿を現した。
前触れなく、予兆も無く、それはまるで蜃気楼の如く、突如としてであった。
「ンッフッフッフッフ…………。流石は神殺しの探偵、そして死んだ世界の残骸。
私の名に辿り着くのが早い早い…………。私が直接、入念に準備した甲斐があるというものです……」
「貴方が…………この一連の事件を裏から手引きしていたものですか?」
「いかにも」
ヴァイスがメアリーと共に臨戦態勢になり、その突如として出現した男を見据える。
その出現した男は浅黒い肌の神父であった。美しいを超え、もはや呪いとすら言えるほどの美貌を持つ男であった。
だがそんな仮初の美貌に囚われるような人物は此処には1人もいない。此処にいる全ての存在が、その男を敵として定めていた。
「ンッフッフッフッフ……。困りましたね。これでは四面楚歌ではありませんか」
「それを承知の上で色々動いていたんだろ? この腐れニャル公がよぉ」
「ナイルです。ナイル・トトーティフ。以後、お見知りおきを」
不気味に笑いながら、恭しく頭を下げるその不気味な男。
その頭上に勢いよく飛翔し、そして攻撃を仕掛ける1人のバーサーカーがいた。
「ああ"よろしく"。そして"サヨナラ"だ」
ダガァアアアアアン!!! と轟音が轟いた。
先程までナイルと名乗ったその男がいた場所にはクレーターが形成されている。
普通に考えれば即死だろう。だがその場で誰もが目を疑うような事象が発生した。
「ああ恐ろしい、恐ろしい。恐ろしいですね、怪物と言うのは」
「────────ほう。少しは骨のある奴が出てきたようだな」
まるで煙のようにナイルの姿が分散し、そして即座に纏まって元通りに戻ったのだ。
その様子を見てニタリと宿儺は口角を吊り上げて笑った。だがその場にいる人間の中で1人、
現在サーヴァントという対抗策をもたないマスターの慶田紗矢は、その不気味な挙動に恐怖する。
「何あれ……人間、なの?」
「大丈夫、心配しなくていいよ。紗矢ちゃん」
「なるほど一枚岩ではいかないようだ。だがここでお前を殺せば野望はおじゃんだぜ?」
「まぁそう急かないでくださいよ。役者はまだ揃ってはいな────────」
『オイ、こいつは一体どういう状況だ?』
声が聞こえた。非常に太い、漢の声であった。
振り向けばそこには、1人の益荒男が立っていた。甲冑に身を包んだ、背の高い偉丈夫がそこにいた。
そしてその隣には、血染めのように赤いコートに身を包んだ人物が立っていた。
土夏市で開催された聖杯戦争。その第五回目。
ライダーのクラスで召喚された坂上田村麻呂とそのマスター、レッドコートがそこにいた。
「お前ら、さっきの聖杯を調べていた黒ずくめの仲間か?」
「噂をすれば影が差す……役者は全員揃ったようですね」
ニィ、とナイルがその現れた2人を見て、笑った。
彼が笑うと同時に、周囲に満ちる禍々しい魔力はその励起を一段と激しくしていた。
to be continued...→
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