ImgCell-Automaton。 ここはimgにおけるいわゆる「僕鯖wiki」です。 オランダ&ネバダの座と並行して数多の泥鯖を、そして泥鱒をも記録し続けます。

依頼の帰りの事だった。
なんて事のない物探しの依頼。念のためと4人総出で出たは良かったが、姉が1人でずいずいと進んでは正解のブツを探し当て依頼を完遂。せっかく街まで出てきたからと大型のショッピング施設に寄り、散開したところである。
こういう時取る行動は決まっている。自分1人であれば書店へ向かい、立ち読みでもしつつ姉や織姫が来るのを待てばいい。あの2人なら自分を探すのに一切困りはしないから、気は利かないと言われるだろうがその方が遥かに楽だ。
案の定、織姫が迎えにきた……のだが。

「途中まで紺音さんと一緒に服を見ていたんですけどね。行くところがある、と言われて別れてからどこへ行ったか……」

──さてどうするか、という状況である。
とはいえ別にそう難しい事でもない。彼女もそういう女神として祀られているという話はあるから、人探しならできない事も無いだろう。そう考えながら、とりあえずという流れで場所を移動する。そもそもの話として、僕は───

「おや、こんなところで会うとはね。集合の時間はもうすぐか……丁度いいタイミング、というやつかな」

ジレットさんとも合流する。よくよく見てみれば模型店が近くにあるため、恐らくそこで彼もまた趣味の品を見ていたのだろう。そう言ったミニチュア類は自分も嫌いではなかったはずだが、最近はてんで買っていない。

「あとは紺音さんだけなんですけどね。服屋の類は何処を見ても居なくて」
「……ふむ。凪澪クンは心当たりは無いかね?」

流石に探偵「として」やってきた長さが違うだけはある。もはやそう切り替えずとも、何処にどんな情報が眠っているかは察しが付けられるようだった。
……その上で黙秘する。ただ黙って、首を横に振る。
この演技がどこまでこの2人に通用するのかは分からないが、『知らないフリをしたい事』だとでも伝われば御の字だ。実のところ、姉ちゃんが何処にいるかは見当が付いている。
楽器屋だ。
・・・
あの日以来まるで触れる事もしていない僕とは対照的に、姉は今でもピアノが好きなはずだ。だからこういうところに来たならば、必ず僕に気を遣わせないタイミングを見計らって弾きに行く。その程度の事は……どうしても分かってしまう。
だから、いつもの正解は「彼女が迎えに来るまで待つ事」だ。こちらを迎えに来るという事は、少なくともその段階では満足するまで弾いてから来ている事になる。
───間違いなく、彼女に気を遣わせて居るのだろう。しかし、僕もまた彼女に気を遣っていると彼女が知れば二度とこうして弾くことも無くなってしまうはずだ。だからこうして、気を遣ってないフリをするしかない。一言「気を遣わなくていい」とでも言うことが出来れば、何の苦労も無いのだろうが。
……しかし、ふとイヤな予感がした。それが僕の『眼』に基づくものなのか、それとも姉が得意の「勘」なのかは分からなかったが、兎に角先延ばしにしてはいけない何かがある気が。

「……手分けして探しましょう。僕はこっちの方を探すので、2人は南側の……」
「確かに、その方が都合がいいだろう。見つかったにしろ見つからないにしろ一旦ここに戻ってくる、そうするのはどうだね」
「それで更に戻って来ない人が居れば、その人が言った方向へ向かう……それでいいですね?」

物分かりのいい2人で助かったと胸を撫で下ろしつつ、踵を返して姉の居そうな方向へ向かう。珍しい胸騒ぎが、例えば楽器屋に姉が居ないならという不安を掻き立てる。けれど、やはりそれも杞憂だったようだ。
楽器屋の前に差し掛かる。遠巻きからでもピアノの前に座る彼女の姿が見えた。これで一安心と店の前のベンチにでも腰掛けようとした時、気付く。
ピアノを弾いてない。
ピアノの前に座ってはいるが、鍵盤に指は乗っていない。彼女は自身の身体を抱えるように丸まっていて、ピアノの前から動かない。
ああ、と思った。イヤな予感の正体は、彼女の身に今起こっていることは。全部分かることだ。遥か過去に自分が経験したことだ。もはや躊躇をしている話ではない。このまま放っておいては、姉は自分と同じ道を辿る。
それは、ダメだ。

「……姉ちゃん」
「あ」

駆け寄って隣から声をかける。姉の額は汗に濡れていて、身体をぶるぶると震わせていた。寒くもない店内で。

「ご、めん。凪澪。お姉ちゃん、どうしても諦められなくて、ピアノ、たまに、ひいて」

やはりという反応だ。明らかに尋常じゃない事が起こっているのに、一発目に僕の話をする。

「いい。そうじゃないんだろ、姉ちゃん」
「……だ、大丈夫だから」
「誰が大丈夫に見えるんだよ」

こんなの、僕の『眼』が無くたって分かる。

「凪澪に心配、かけたく、なくて」
「そんなになってから心配するな、なんて言うの?」
「ご、ごめん」
「謝らないでいい。ゆっくりで……立てる?」

こくりと頷く姉。自分の肩に腕を回させて、店の前のベンチに連れて行く。
座っては肩で息をする。やがて、いつになく小さく口を開き

「……お姉ちゃんね、ピアノを」
「……うん」
「ピアノがね、弾きたくって……」
「うん」
「ここに来た時、たまに……弾いてて」
「そっか」
「今日も、弾こうと、したら」
「……なんかあったんだ」
「聞こえる、の」
「……何が」
「……わかんない、けど。音が。音から、何か……」
「今も聞こえる?」
「……今も、うん。音が、ずっと……」

姉の周りの「音」を探る。と言っても自分は耳に聞こえる以外の情報としては「波」の形でしか音を捉えられない。それは今もおんなじで、彼女の周りの音は、いつも通りの音波のようにしか見られなかった。
なら、だ。

「……どんな風に聞こえてる?」
「いっぱい、色んな音が、混ざって……笑い声とか、泣き声とか、足音とか、もっと……」
そこまで言って、僕の膝の上で頭を抱える。
「ねぇ、ねぇ……凪澪」
「どうしたの、姉ちゃん」
「お姉ちゃん、変になっちゃったのかな」
「……」
「お姉ちゃん、おかしくなるのかな」

彼女の不安はもっともだった。それは自分が4年前に抱えていた想いで、誰にも言えなかった悪夢の楔。あの日引き抜けなかったそれは、今も絡み付いて心の何処かを縛り付けている気さえする。
そう、言えばいいんだ。彼女がなぜこんな目に遭っているのか、その答えはもう目に見えている。前例はこの身の中に、完璧に写して置いてある。
けど。

「……大丈夫だよ」
「本当に?だって、お姉ちゃん、きっと変なものが」
「……本で、読んだんだ。そういう風になる人はいるんだ」
「でも、こんなの」
「大丈夫。最初はきっと耳が痛くておかしくなりそうだけれど……姉ちゃんなら、できる」
「凪澪、私、お医者さんに」
「いい。行かなくていい」
「でも、怖いよ……怖いよぉ、凪澪……」

縋り付いてぼろぼろと泣く姉。それはそうだろう。彼女はきっと、今までずっと笑って居る事を自分に強いてきたんだ。ずっと笑顔のまま、その裏に何かを押し込めてきた。
そうさせたのも、多分僕なんだろう。
いよいよ彼女の背中を摩るしかできない。そうしている内に泣き疲れたのか、彼女も眠ったようだった。

「……随分姉弟仲が良いようで。連絡の一つも遣さずに何を?」

後ろから声がかけられる。口調と気配からして織姫だろう。

「あまりキツい言い方もよしたまえ。彼女の様子から見るに……何か、あったのだろう」
「……ジレットさんには敵いませんね。出来れば姉ちゃんのこと、おぶってくれませんか……僕、どうしても非力なもので」
「了解した。それで……何があったのかは」
「すみません、後でお願いします」
「はぁ。モヤモヤさせられっぱなしですけど……ま、いいでしょう。悪意の匂いはしませんし」
「助かるよ……遅くなりそうだけど、帰りましょう」

そして帰路に着き、事務所兼自宅に着いた時には既に遅くなっていた。織姫に頼み姉を着替えさせてベッドに寝かせる。

「凪澪……ごめん……」
「……いいよ。体調が悪くなる事くらいある」
「もし……治らなかったら」
「ちゃんと元気になれるよ。それに僕だけじゃない……2人も付いてる。姉ちゃんはちょっと働き過ぎたんだ。少し休もう」
「うん……ごめんね……ごめん……」

何度謝るなと言っても、同じようにごめんと呟き続けた。だが体力も限界だったようで、やがて寝息を立て始めた。
それから、部屋の外に出て。
──全部、明かさねばならないだろう。そもそも自分より遥かに長く生きてきた2人だ、何なら大概のことはもう分かっているのかもしれない。
知られたくなかったことが山ほどある。でも、その隠し事が、姉に同じように降りかかるなら。姉が、僕と同じように苦しむのを、己の苦しみで回避できると言うのなら。
2人には伝えるべきだ。姉に何が起こっているのか、なぜ僕にそれが分かるのか。

「……で、彼女は大丈夫なのかね」
「結論から言えば、はい。こっから変な事が起きなければ、自死か暴走以外で命に別状があったりはしないかと」
「いつになく自信満々ですけど」
「……そりゃまぁ。明日ならぬ昨日の我が身、なんて」
「……まさか、彼女は」
「ご想像の通りだと思います。姉ちゃんも……聞こえちゃいけないものが聞こえている。僕が見ているように。僕は、いわゆる起源覚醒者と言うやつで……間違いなく、姉も」
「それにしたっておかしいじゃないですか。何であんなに苦しんで……」
「それは当たり前、というやつだろう。今でこそ凪澪くんも当たり前のように使いこなしているが、さては最初は……ありとあらゆる情報がその目に入ってきて、シャットアウトもままならなかったのではないかね?」
「……ええ。昔から感じるのは得意ではありましたが、眼に見えるようになったのは……こっちに来る直前、くらいでした」
「ちょっと待ってくださいよ、じゃあずっと家でかたつむりになってたのって」
「……まあ、そう。この能力を慣らすのに……時間が必要だったのは、あるね」
「っ……はぁ……言ってくださいよそういうの。というかそれ、言えば一発で紺音さんの不安も拭えるんじゃないですか」
「不安に関してはそうかもしれない、けど……今、僕がヒトじゃない化け物だと教えて……お姉ちゃんもそうなるんだよって教えて何になる?」
「化け物って、あなたそんな」
「事実だよ。それどころか今一番不安定な心に、貴女は大事な弟が化け物になってしまってるのに気づかなかったんだ、なんて言われたら……どうなると思う」
「それでは……隠すのかね。ちゃんと制御できるという例がある事も?」
「……僕はそれがいいと。これは自分の内からくる力です。それはきっと……精神に大きく左右されますから、姉ちゃんの力が安定するまで僕のことは隠し続けます。今までと変わらない、しょーもない弟として……彼女に、守られ続けます。2人にも協力してもらいたいんです。お願い、できますか」
「……分かった。他ならぬ君がそう言うのなら、私はそうしよう」
「ジレットさん」
「筋は通っている。それに……演技の依頼、だろう」
「……ありがとう、ございます」

深々と頭を下げる。こんな軽い頭でいいなら、いくらだって下げてやると言った心持ちだった。それで……姉が苦しまずに済むのなら、僕は。

「やめたまえ。彼女は他ならぬ私のマスターだ。最善手があるのなら、尽くすのが役割というものだとも」
「……そして、私は貴女のサーヴァントです。そして七夕の、願い星の片割れ。貴方が強く願うなら……叶います。きっと、上手くいきます」

実のところ、最初は大丈夫かと思ったのだ。
偽る者(フェイカー)。詐称する者(プリテンダー)。何も罪のない姉まで巻き込んで、いくつもいくつも嘘を重ねていくのかと……そう思ってしまったことさえあった。だが、そんなのは結局思い違いで。
運命だった。必要な出会いだった。この2人は、今の僕らに何よりも欠かせない存在だ。
これから先、姉はきっと地獄を見なければならないんだろう。そうさせないために、僕が地獄を肩代わりする。姉は、彼女は、僕と同じなんかじゃいけないのだから。

────────

「……おはよう、みんな」

次の日の朝。余程疲れていたのか、姉が起きてきたのは一番最後で、それが申し訳なさそうだと言った様子だった。

「……調子はどう?」
「うーん、あんまり良くない、かも。でも大丈夫だから、心配しないでね」

昨日よりはだいぶ素直だが、それでもやはりといった調子だった。この状況下で心配するなと言われる方が余計に心配だろう。

「そうだ、この本で良ければ参考になるかもしれないが……読むかね」
「え、なんだろ……うん?起源……?」
「昨晩ジレットさんと話し合ってさ。それ……かもしれない、って」
「うちにあったんだ。凪澪が集めてたの?」
「……たまたまだよ、たまたま。気が向いたらでいいからさ、読んでみて」
「う、うん……」

─────

それからはというと、いつも通りの日常が巡ってきた。
否、「無理矢理」いつも通りの日々を送ろうとした。
依頼が来れば軋む精神と歪む身体を押して姉が出る。代わりばんこで誰かが付いていって、必ず途中でダウンする彼女を支える。
やはりというべきか何というべきか、彼女は探し物をする時も無意識下で起源の力を発揮していたようだ。それを自覚してからは、仕事でもそれを「制御」しなければならなくなった。その重圧は本人にしかわからない事だろう。
何度も、姉が要るんだと伝える。彼女の存在が、力が必要だと。彼女がその力を否定しないように。自分自身と付き合っていけるように。
姉が今どんな気分で、どんな体調で、どんな状態なのかを目を離さずに観察した。この眼は、そのためにあったのだと言わんばかりに。
実家にあったものほど立派ではないが、電子ピアノも買った。彼女が自分の「音」で苦しむことがないように。僕みたいに、逃げてしまうことにならないように。

その努力の甲斐あって、姉は段々と調子を取り戻していった。
外出してから調子を崩してしまうまでの時間も延びて、それに合わせて精神も安定していくようだった。そんな時の姉を見るのが楽しみで、僕もいつもより眼を多く使った。

「ただいまー!」
「……おかえり。あれ、立ってる」
「えへへ、そうなんだ。ちょこっとフラつく事もあったけど、今日はちゃんと!」
「見事なものだった。ここまで元気になるとは……目を見張るものがあるとも」
「ジレットさんが居てくれたお陰だよー。それに、凪澪も織姫さんも、ずっと頑張ってくれたもんね」
「……僕は、何も」
「ええ、私も。紺音さん自身の頑張りあってこそ、だと思いますよ」
「照れるな〜。でもみんな、ありがとね。私、あの時はホントに……どうにかなっちゃったのかと思って。いや、どうにかはなっちゃったんだけどね!」
「1ヶ月でここまで使いこなせるようになるとは、天才というやつでは無いのかね?」
「ホントですよ。とはいえ、全部───」
「眠いからちょっと昼寝してくる」
「え、大丈夫?体調が悪いとか!?」
「いや……寝不足なだけ。夜ご飯までには戻るから……」

織姫が何か口走りそうになったのを遮って昼寝の宣言をし、二階へと登っていく。事実ここ1ヶ月、普段とは比べ物にならないほど気を張っていた。途端に痛みを訴える眼と重力に縛られた瞼をギリギリ抑え込んでベッドへと向かう。特別製の超干渉遮断アイマスクを取り出してマットレスへ倒れ込むと、あっという間に眠気が襲ってきた。
が、しかし。どうやらまだ眠れないようで。

「凪澪、まだ起きてるかな」

姉だ。せめて5時間ほどは休ませて欲しかったが、今の彼女を拒絶しては全てが台無しになりかねない。限界を超える時だとアイマスクを外す。

「……どうしたの、姉ちゃん」
「ありがとね、凪澪」
「それなら、僕は何もしてないって」
「嘘。また、嘘ついた」
「……」

また。

「全部、凪澪なんだよね。あの本を用意したのも、ここ1ヶ月の動き方、考えてくれてたのも」
「……そんな事、できると思う?」
「凪澪ならできるよ。昔からケンカに割って仲直りさせたり、険悪な雰囲気を取り持ったり、上手く伝え直してくれたり、得意だったもん」
「それくらい、誰だって」
「誰にでもはできないよ。それに、天気に敏感だったり、絶対怪我しないで帰ってきたり。不思議だなって思ってたけど……自分がこうなってみて気づいたんだ」

さて、どう来るだろうか。全ての嘘の答え合わせか、あるいは断罪する時か。どのみち、ここまで来れば誰でも流れは分かるだろう。

「凪澪もさ、見えてるんだよね。見えない何かが……見えちゃいけないような、何かが」
「……ノーだって言ったら?」
「嘘だな、って。分かっちゃうよ。お姉ちゃんもこれに慣れるために色々試した。そうやってあの本に書いてあったから、何ができるのか、どこまで聴き分けられるのか……この家の中でも。みんなの声が、いっぱい詰まってた」

いっぱい、と言った。姉の起源は、恐らく音に関連するものだろう。であればどういう経緯であるにせよ……

「あの夜、3人がどんな話してたのかどうしても気になって。頑張って練習した。何度も、何度も。凪澪は、全部知ってたんだよね」

今更否定は意味がない。姉はもう全てを知ってしまっている。

「……はぁ……全部、全部か。うん、まぁ、そうね。大体ね」
「お姉ちゃんには、言ってくれなかった」
「言って誰が信じるの。姉ちゃんだって最初は……何が起こってるのか、隠そうとしたじゃん」
「私は全部言ったのに」
「僕が言わせたからね」
「そうやっていつも一人で……!」
「見えるんだからしょうがない、でしょ」
「何が見えてたって……家族じゃん!」
「家族だからだろ!」

言葉に熱が籠る。ここまで来ると、もはや自分でも止まれないだろう。
……こうなった時の止め方を忘れてしまったと言うべきか。

「……なんで。分かんないよ……言って、欲しいよ」
「家族にそんな事言って、おかしくなったって思われたら……嫌だ。姉ちゃんだって、怖かったでしょ」
「思うわけないじゃん。たった一人の弟なんだから。凪澪だって、私のこと……大丈夫だって、言ってくれた。凪澪は私のこと、信じられない?」
「……それは」
「私、そんなに頼りなかったかな」
「そんな、こと……無いけど」
「……また、言ってくれないのかな」
「……僕だって、怖かったんだ。みんなに嫌われるのが……バケモノって言われるのが……誰より、姉ちゃんに嫌われるのが」

目頭が熱い。自分は今、どんな顔をしているだろうか。

「嫌わないよ。凪澪が私のこと、ちゃんと見てくれてたように」
「それは、僕のせいで姉ちゃんが」
「違うよ。何でもかんでも自分のせいにしないで。あの日のことも、今度のことも。凪澪だけの問題じゃない。お姉ちゃんにも、一緒に背負わせて?」

身体を抱き止められて、優しく諭される。ああ確かに、これは断罪なんだろう。口を閉ざして、目を逸らして、耳を塞いで、息を殺して、手を離して、その代わりに一人で抱え込もうとした、その罪の。
悲しくもないのに涙が止まらない。

「ピアノ、本当は聴きたくなかったよね」
「そんな事ない。姉ちゃんのは、上手いんだから」
「じゃあ、また一緒に弾いてくれる?」
「それは……やだ」
「なんでよー、そこはうんって言うところじゃん」
「僕は何も弾きたくない。姉ちゃんと違って、上手くできないんだから」
「私は凪澪の好きなんだけどなー……ね、凪澪」
「……なに、姉ちゃん」
「言ってね、今度から。やりたいことも、やりたくないことも」
「うーん……」
「もう……ホントにホントだよー……?」

もはや泣いた疲れと眠気とで、何を言えばいいかすら分からなかった。そしてそのまま、パタリと意識が落ちた。

─────

「どうだったのかね」
「いや、やっぱり仲良いですよ、あの姉弟」
「それは見れば分かる事だろう」

廊下で立ち話をしているのは、泣き腫らしてそのまま寝てしまった姉弟のサーヴァント。プリテンダーとフェイカーの2人は、弟の方の言うままに……そして姉の方の能力からしてそれが無駄であると言う事を半ば看破しながら……この1ヶ月演技し続け、そして恐らく、計画を成功に導いた。

「あの歳になると、いくら家族でも本音など言いづらくなるものだ。ともすれば友人以上に腹の内を見せ難い」
「それができただけ、あの2人は幸運ですね。回り道が過ぎるかな、とは思いますけど」
「それが一番の近道だった、という事もあるだろう。特にそういう道を探る力は彼の得意分野の筈だ。だから誰がなんと言おうと……これしか無かったと、私は見るね」
「ま、上手くいったなら何でもいいですけどね。紺音さんにバレてるかなと思った時はちょいとヒヤヒヤしましたが……もし過去まで遡れるなら、随分と強力なんじゃないですか?ともすれば私のマスター以上に」
「ああ、それだが」

まるで『その話がしたかったんだ』と言わんばかりの表情を見せるジレット。

「今回、割と荒療治で彼女の問題に処置してみせたわけだが、その過程は随分前向きだった。その力とちゃんと向き合えるように……彼はそう言ってのけた訳だ。そしてその思惑通り、彼女はこの短期間で本当に前に進んでみせた」
「……それは自分の失敗も踏まえてだ、と?」
「その通りだとも。君と彼が一緒にいた間、彼はずっと家で団子になっていたと言っていた。能力を「使う」というよりも「馴染ませる」……あるからしょうがないものとして対応しようとして見せたわけだ。幸い、サーヴァントとしてはかなり破格の君が側に居たものだから、恐らくは……エネルギー源を見分ける練習台としては申し分なかったのだろうが」
「あれ、なんか私が悪いみたいな話になってます?」
「まさか。彼はあくまで彼なりに自分で解決しようとしていただけだ。だが、それを間違えなかった人物がちゃんと成長できる……という事を間近で見られれば、また違うのではないかな?」

目の前の男は何か企んでいるような、あるいはただ希望を見ているかのような……不敵な笑みで脚を組んでいた。

「……ま、これからって事ですよね」
「ああ、全てこれからさ。それに君だって、彼の心を見ていた割には……重要な場面で先んじて動く事は無かったんじゃないか?」

男の質問が、女の顔に一瞬影を落とす。しかしすぐにまた、それは笑顔に戻り。

「何を言うかと思えば。当たり前じゃないですか……私が言って、何になるんです?」
「フフ……ハハハ。君も中々に役者らしいじゃないか。そうだとも、台詞というのはその内容よりも『誰が言ったか』が重要という時もある。彼は姉の言うことだから全て受け入れて対処しようとした訳だし」
「彼女もまた、弟の言うことだから全て受け入れて進もうとした。無論お互いの真意は見えていたんでしょうけど、それは何よりもお互いへの……『姉』『弟』という存在への信頼あってこそ」
「『織姫』と『ホームズ』って役は、あくまでひと押し程度の説得力を持たせたに過ぎない。彼は、己の言葉でこの事態を解決して見せた……そうだろう?」
「それが自信になって、彼もまた前に進める、なんて言うんですか?随分と安直な推理だと思いますけど?」
「まさか。そうなれば素敵だ……という、1人の男のちょっとした希望さ」
「ま、そういうのは嫌いじゃないですけどね。生憎私も今は姫様モードじゃないんで、願いをかけるのはナシ寄りのナシ。それを叶えるのも……」
「正しい答えを見せるのも、彼らが願った時のみ、というわけだ。中々お互い、良い役を貰えたと思わないかね」
「……はいはい。それじゃ、名演に乾杯、という事で」
「ああ、乾杯だ」

事務所の上の、大きくない家。ダイニングに小さな明かりだけが灯る。
長い長い劇の舞台裏。次なる劇を楽しみにするように、2人の役者が笑い合っていた。

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