ImgCell-Automaton。 ここはimgにおけるいわゆる「僕鯖wiki」です。 オランダ&ネバダの座と並行して数多の泥鯖を、そして泥鱒をも記録し続けます。

モザイク都市梅田、梅田迷宮付近。

梅田の中心から外れた界隈だが、かつては梅田迷宮攻略を目指す探索者で賑わっていた。
しかし、統合国家、「日本」のクーデターとそれに伴う戒厳令で人は遠退き、今やかつての面影はない。
そこにアタッシュケースを片手に持ち、スーツに身を包んだ一人の男がいた。

「何度か足を運んだ事がありましたが、今や見る影もなし、と。諸行無常ですな……」
男は辺りを見渡し、溜め息を付くと被った山高帽を深く被り直した。

「さて、待ち合わせはこの辺りですが」
気を取り直した男は注意深く周囲を見渡す。

一度、二度、三度目で男の目に本を読む少女の姿が映った。
正確に言えば気づいたのではない。
三度目で表れたのだ。
男は驚きさえもせずに山高帽を外すと、少女に近付こうと足を進めた。

「……残響時間、噂通りと言うわけですか」
竜ヶ崎蓮次は表向きモザイク都市横浜、伊勢崎町を拠点とする若手投資家を名乗っている。
実際には、合法非合法問わないありとあらゆる品を扱い、依頼者へ売買する闇のブローカーと言った所だ。
正確に言えばそれさえも裏の顔の一つに過ぎないのだが。
今回はある物品を探してほしいとの依頼を受け、傭兵や探し屋へ仲介、手に入った品を横浜から直接売りに来たのだ。
依頼者は残響時間と名乗る魔術師、なんでも時計塔から封印指定を受けたと言う彼女はその依頼の品も難物だった。
本来であれば断るのだが、蓮次の実家竜ヶ崎の家と少々関わりがあるらしく無下に出来ず渋々引き受けたというわけである。

「時間通りね」
蓮次の呟きに反応したのか、残響時間と呼ばれた少女は読んでいた本を閉じるとベンチに本を置き、蓮次へと顔を向ける。

「残響時間様で宜しいですかな? お初に御目にかかります、今回はお引き立ていただき誠にありがとうございます。私、今回の取引の担当になります竜ヶ崎蓮次と…」
とそこで残響時間は蓮次の言葉を右手で止める。
「形式ばった挨拶は結構。 お互い危うい橋を渡っているのだから手早く済ませましょう?」
「名刺交換もいりません?」
「残念ながら私はビジネスマンじゃないの、結構よ」
「…………そうですか、残念です。では商談に入りましょう」
「なんで残念そうなのよ、青幇みたいなチャイニーズマフィアから悪竜(ドラッケン)なんて呼ばれてるヤクザ者の癖に……例の物は?」
何故かがっくりと肩を落とした様子の蓮次に思わず顔をしかめ声を上げる残響時間。
しかめ面のまま首を一二度振ると気を取り直し、話を戻す。

「無論抜かりなく」
先程までの態度は何処に行ったのか真剣な表情で注意深く周囲を伺い、何者もいないことを確認するとアタッシュケースを地面に置きゆっくりと開いた。
そこにあったのは梱包材にくるまれた青白く輝く立方体。

「ロゴスリアクトジェネリック」
「流石に手に入れるのに苦労しましたよ……アトラス院から香港に流れていたのはいいですが、今の持ち主がまた面倒な相手でしてね。奪取と輸送を頼んだ傭兵と運び屋には割り増し料金と新潟の温泉宿予約までせびられました」
「それは悪いことをしたわね、本物か確かめても?」
「どうぞ」
蓮次が頷いたのを確認した残響時間はロゴスリアクトジェネリックを抱えるように手に取ると目を細めた。
目を細めとると指先から魔力を走らせ、構成材料、機能を確かめる。

「間違いなく本物ね」
残響時間は暫しの沈黙の後、指を鳴らすと満足そうに頷いた。

「取引成立で宜しいですね、お代は……」
「もうアタッシュケースに入っているわ、確かめてちょうだい」
新しい玩具を与えられた子供のようにロゴスリアクトジェネリックに夢中になっている残響時間は蓮次を見もせずに言った。

「は?」
慌ててロゴスリアクトジェネリックの入っていたアタッシュケースを見るとかつて立方体の入っていた場所には宝石や骨董品が詰め込まれていた。

「いつの間に……」
思わず漏れ出た感嘆に顔を歪ませる。
魔術師相手に弱味をみせる程馬鹿ではないつもりだったが、失点だ。
幸いにして向こうは大して気にもしていないうだが。

「それと、これね。今更こんな物が欲しいなんて変わってる」
思い出したかのように何処かから大きな一冊の本を取り出すと蓮次へと手渡す渡す残響時間。

「確認させていただきます……」
「……こんな世界でオーニソプターの設計図なんてなんに使うわけ?もう一度空が飛びたいなんてロマンチストじゃないでしょう」
目の色を変え、本に夢中になる蓮次へ呆れたような声を掛ける残響時間。
先程までの自分の姿を意識していないらしい。

「この設計図は間違いなく使えるんですね?」
「200年ほど前までは実際私が使ってたから飛んでいたわ、世界のルールが書き換えられた今も使えるかは知らないけど」
「使っていた?」
「飛行機が世界に普及してからはそっちを使っていたの。オーニソプターの魔力消費量を考えたら飛行機のチケット買った方が安くつくのよ」
「なるほど」
残響時間の説明に頷く蓮次。
魔術師は科学を毛嫌いするが彼女はそうではないようだ。
そもそも自分のような科学も魔術も利用して金儲けするような人間に仕事を頼む時点で失うわけには使えるものは何でも使うタイプと分かっていたが。
そこで蓮次はオーニソプターの設計図を懐にしまい、アタッシュケースを閉じると片手で持ち上げる。
取引は済んだ、仕事はこれで終わりだ。

「ああ、そうそう。 帰るなら早めに出た方がいいわよ。この街、近い内に壊滅するから」 
「どういうことです?」
「ここ一、二週間位の内に梅田が壊滅する。占星術にそう出たのよ」
真剣そのものの表情の残響時間。
かつての自分であれば「ははは!ソースが占いですか!」などと笑い飛ばしただろうと蓮次は思う。
だが、この神秘が一般に広まった世界では話が違う。
しかも相手は魔術に精通したプロだ、その情報は決して侮って良いものではない。

「原因は?」
蓮司の問い掛けに残響時間は右人指し指を天へと向けた。
「……『星』ですか」
『星』統合国家、「日本」の切り札。人が空を失った世界に置いて空を支配する正体不明の恐らくはサーヴァント。
統合国家日本のクーデターが成功したのは空を抑える星の力があったからだと専らの話だ。

「占いで知ったことをレジスタンスやらには教えないんです?」
「それに何の意味があるの? 私はこの街がどうなろうと知った事じゃないのよ。問題は土地の霊脈と私の工房も確実に吹っ飛ぶってこと」
「それにね、統合壊国家日本は表に出ない不満を抱いてる層への見せしめも兼ねて、間違いなく梅田を吹き飛ばす」
「貴女は避難しないんですか?」
「やっと見つけた実験に最適な土地から離れろって?冗談じゃないわ」
「難儀ですなぁ、では何か手が?」
「その為にこれを頼んだんじゃない。私の魔術でクーデター前の時間に戻って首魁の連中ぶち殺してついでにカレンシリーズに通報でもしとくわ」
「(さりげなく自分の魔術が時間逆行も可能な時間操作だって言ってるけどいいんですかな?)一つ聞いても宜しいですか?今の話ではロゴスリアクトは要らないように聞こえますが」
「ああ、それ? ……なんか喋りすぎた気がするけどまぁいいわ。 少なくとも私の時間逆行は過去を改変しても未来が変わる訳じゃないの。 時間を川に例えるなら、過去に逆戻って未来を変えるとその時点で新たな時間の流れ、私が未来を変えた時点で新しい支流が発生するわ。 私が出発点に戻っても私が元いた出発点は新たに作られた支流とは別の流れだから未来はそのまま」
地面に何処からか取り出したチョークで時間の流れを川に例えながら図を描く。

「ああ、昔そう言うの漫画で見たことありますな。 では、過去に介入しても意味がないじゃないですか」
「良い指摘ね」
蓮次の指摘にチョークを突き付けると満足そうに頷いた。

「だから、ロゴスリアクトジェネリック、こいつの演算能力が必要なのよ。これ本来は超高度なシミュレーターなんだけど、副次的に超高度な演算機能もってるから。クーデター前に飛んで過去を改変した後、未来に戻る時に出発点であるこの世界線ではなく、新たに発生した支流で私がいても問題ない世界線へ私が行く為にね」
残響時間の魔術、その中で奥義と言える多時間理論(バックフロウ)は簡単に言えば時間逆行を行う魔術である。
しかし、未だ未完成のそれは自身の存在を固定するアンカーと飛ぶ過去を確定する機能が不足している。
だがロゴスリアクトジェネリックの演算能力であれば、レイシフトで言う存在証明により自身の存在確定、目標の過去を固定する事が出来る。
ロゴスリアクトジェネリックを手に入れた事で過去への逆行が魔力消費に目を瞑ればどんな過去にも飛ぶ事が可能になったと言える。
更に過去を改変した事で作られた支流の中で今の世界とほぼ変わらず、自分がいなくなった世界を算出し、出発点ではなくそちらを終着点とすることさえ可能だった。

「ああ、なるほど。貴女が過去を改変してもこの世界線では改変されないから私はさっさと逃げないと危ないと。ご忠告に従いさっさと横浜に帰りますよ」
「近くまでなら送って上げるわよ」
「ご厚意だけ受け取っておきます。帰る道すがら何件か片付けたい仕事もあるものですから。 ではまたの御用命をお待ちしております」
蓮次は山赤帽を直し、残響時間の提案を丁寧に断ると頭を下げて立ち去った。
その場に残ったのは残響時間だけになり、残響時間は大きな溜め息を付く。
取引は終わったが、自分のやるべき事はこれから山ほどある。

「さて、此方も演算や準備始めないと間に合わないか」
そう言うと残響時間はまるで元々その場にはいなかったかのように一瞬で消えさり、その場には静寂だけが残った。

鎮魂歌の流れる世界でロゴスリアクトジェネリックと残響時間の計画が何をもたらすのか。
残響時間も統合国家日本も、大いなる使命を抱く世界にダ・ヴィンチやホームズでさえまだ誰も知らない。
ただ、二つの世界線のロゴスリアクトジェネリックはまるで共鳴するかのように青白い輝きを放ち続けていた。

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