ImgCell-Automaton。 ここはimgにおけるいわゆる「僕鯖wiki」です。 オランダ&ネバダの座と並行して数多の泥鯖を、そして泥鱒をも記録し続けます。







セラフ最下層、非戦闘エリア『アビス』

文字通りの深淵―――あるいは虚数の海底―――の如き暗闇に、「ソレ」は棲んでいた。

「………………」

「ソレ」はいつも通り、薄暗い工房―――あるいは神殿―――の中で、椅子に座ってじっとしている。
―――暇だ。
「ソレ」は―――全身黒づくめの、白い髪の青年は―――特にやることが無かった。

事の発端はセラフ内部の時間で数か月前に遡る。青年はこのセラフで近日開催されるという「聖杯戦争」の主催者を名乗る女性によって創造された。
青年は「アルターエゴ」に分類される複合霊基であり。今後サーヴァントと契約しない参加者をアルターエゴとするためのノウハウを獲得するために試作されたらしい。
青年はアルターエゴとして完成し、その性能試験としていくつかのサーヴァントのデータが引っ張り出された。
―――結果は圧勝。スペックとしては複合霊基、それも神霊を含んでいる割にはパッとしない彼であったが、その異質な特性はサーヴァント達を「戦闘を介さずに」消滅させてしまった。
しかし。

『うーん、私としてはこう、鬼気迫る戦いというか、感情と感情のぶつかり合いが欲しいんですよねー』
『それに、対策が無いサーヴァントが不利すぎてバランスが悪いんですよねー』
『―――というわけでボツで!今後、戦闘エリアとして使う場所には近寄らないようにお願いします!』

―――といった経緯で、青年はこの『アビス』に身を構えることになった。
現在は、聖杯戦争を盛り上げる敵性(エネミー)プログラムの作成のみが彼に与えられた役割である。
しかし、その作業も概ね終わりつつある。これ以上の多様化には、実際に聖杯戦争が開始され、エネミーと参加者たちとの戦闘データを集める必要がある。

「―――本戦、まだかなぁ」



―――Fate/ShadowChaser_Extra―――



彼の者は常に一人、新月の下で、虚な瞳を空に向ける。
青年の名は『ノワルナ』。無色透明、『空虚』のアルターエゴ。



―――prologue―――



―――『ツキのない夜』―――



セラフ最上層、中枢エリア『ブラックボックス』

「もー!遅いですよノワルナさん!今本当に大変なんですって!」
「だから急いできたじゃない。ていうかなんで直接こっちに?あのまま『アビス』で連絡すればいいのに」
「通信網を掴まれると厄介だと思いまして―……とにかく、状況を説明します」
「どーぞ。主催者さん」
「アンビバレンス!です!いい加減名前覚えてください!」

ノワルナの目の前で、ダボダボの服を着た少女―――のアバターを持つAI―――がぷりぷりと怒っている。
彼女は『アンビバレンス』。ノワルナの創造主にして、このムーンセルを突然月の内部に発生させた、聖杯戦争の主催者(予定)である。
「緊急会議室」と銘打たれた部屋の中に、ノワルナとアンビバレンス以外の人影はない。エネミーを除いて、彼らが現在ムーンセル内に存在する知性体の全てである。
さて、わざわざ此処までノワルナを呼び出した理由と言うのが。

「で、何があったの?月でも割れた?」
「あ、ノワルナさん鋭いですねー」
「―――は?」
「あぁいえ、別に物理的にパッキーンしたわけじゃないんですよ。ただ―――」

「―――唐突に、月面の半分のエリアを謎の勢力に占拠されました。占拠した何者かがこちらに侵攻する可能性があります」
「現状戦力になりそうなのはノワルナさんだけです!こちらに侵入してきたら座標を特定します。迎撃に当たってください!」



月の裏側、『月面都市』中枢部。

「いやぁ、お姉ちゃん久しぶりにやっちゃったみたいだよぉ」
「―――何が久しぶりだ!!いやそれより……何が起こったのかを具体的に説明しろ!!」

月面の裏側を占める廃墟のような都市に、呑気な声と、怒号が響く。
声の主は、この『月面都市』―――そう呼称された半機械人型の都市中枢ユニット―――によって作り出された複合神性。こちらもまた、アルターエゴと分類されていた。

「落ち着いてください、今は問題の解明が急務です」
「…………チッ」
「ライラヤレアハ。状況の説明をお願いします」

その中枢ユニット、月面都市がライラヤレアハと呼ぶ呑気な方のアルターエゴに問いかける。

「はぁい。えっとねぇ、私いつも通り戦ってたらなんかすっごいのを地球の人が呼んできてぇ」
「それでそんなの使っちゃだめー!って宝具で倒したんだけどねぇ」
「ハッ、連中、自分の手に余る化け物まで使い出したか。愚かしいことこの上ない」
「敵性体については追って調査します。それで、あなたがその敵性体を撃破した後、何が起こったのですか?」
「えーとねぇ。宝具からの保護のために世界を修復しながら使ったんだけどねぇ」

「―――なんか、その時に別の世界の月と私たちの月がくっついちゃったみたいなんだよぉ」
「――――――はぁ!!?」
「………」

もう一方のアルターエゴと月面都市が同時に絶句する。
世界そのものの創造と再生を行う権能に等しきスキルが、こんな頓珍漢なエラーを起こすとは。

「―――とにかく、私は問題復旧に尽力します。ライラヤレアハはここで待機してください」
「えぇぇ!?私も何か頑張るよぉ!都市ちゃんのためなら火の中水の中都市ちゃんの関節の中だよぉ!」
「―――お願いします、これ以上問題を増やさないでください」

なんとなく力関係が透けて見えるやり取りの後、ライラヤレアハはしぶしぶと待機を承諾した。

「解析完了。現在私たちの月と別世界の月が半分ずつ合体したような状態にあるようです」
「あなたはこれの調査に当たってください」
「―――私に命令するな。私の月(ほし)に混ざってきた異物など、言われなくとも取り除いてやる」

これまた方向性の違いが見えるやり取りの後、もう一体はその場から姿を消した。否、目的地へ移動した。
―――完全に手に負えないよりは反抗的な方がまだマシ。
軽く項垂れながら、月面都市は内心挫けそうな気持ちを納得させた。



「あー!ここ!ここです!ここで反応がありましたよ!」
「……何分前に?もう移動してるかもしれない」
「6分前になりますね。まだ潜んでいる可能性もあるので、捜索をお願いしますね」
「…………この広い中を、かぁ」

セラフ中層、戦闘予定エリア『シティ』

広大な市街地を模したそのエリアで、ノワルナは一人途方に暮れていた。
反応があったのは6分前、種別は恐らくサーヴァント。6分もあれば身を隠すなり、近隣のエリアへ移動するなりは容易だろう。
未だいくつかのポイントで直通の移動ラインが整備されていないことが仇となり、完全に後手に回ってしまった。

「せめて、もう一回か二回顔を出してくれたらな……移動ルーチンが掴めたら後は行先に陣地を……」

自分のスキル的に、むしろこちらが待ち伏せしたいというのに―――ノワルナがぼやき始めた瞬間。

「―――!いました!6時の方向!ビルの屋上です!」

アンビバレンスが敵の位置を掴んだ。自分の真後ろ―――明らかに補足されている―――の敵に対し、ノワルナは即座に振り返る。
しかし。

「――――――遅いっ!!!」
「――――――!!?」

敵がいたのは屋上ではない。振り返った目と鼻の先。
手にした何かがを振った、と感じたノワルナが身を退いた瞬間。
逃げ遅れた彼の左腕が宙を舞った。

「―――ぐっ、あっ……!!」
「ノワルナさん!!!」
「―――ハッ。どんなものかと思っていたが、期待外れだったな」

断面から血のように溢れ出す魔力を押さえ、ノワルナが苦悶の声を漏らす。
それを案ずるアンビバレンスの声に対し、侵入者の声は冷ややかに、かつこちらを嘲る意志を含んでいた。

「―――君が、侵入者、って奴?」
「侵入?私の月(ほし)に無粋にも乗り込んできたのは貴様らだろう―――この地球人(いせいじん)がっ!」

不機嫌な顔をノワルナに向ける。紫の長い髪と、司祭のような服装から、彼女が女性であることは伺える。
しかし、先ほど左腕を切断した大鎌と、眼鏡の奥で輝く金色の眼。そして背から生えた黒い翼が、それぞれ妙に不釣り合いな印象を与えてくる。
この不揃い感は、紛れもない。

「アルターエゴ……!」

ノワルナの表情が一層険しくなる。
―――最悪の事態だ。自分はサーヴァントであれば優位だが、アルターエゴ同士の戦闘に堪えうるほど強力な霊基とは言い難い。

「まさか、ここの防衛戦力は貴様だけか?―――造作もない。問題解決など待たずとも、ここを破壊しきれば済むだけの話だな」
「ちょっとノワルナさん!あの人ムーンセル壊すとか言ってますよ!なんとかしてくださいよ!」
「あー、うん……どうしたもんか……」

敵は、ノワルナを完全に驚異の埒外、無力な存在と決めつけたらしく、次に起こす行動を思案して向こうを向いてしまっている。
戦力差は火を見るより明らか―――とはいえ、このまま放置していては本当にムーンセルは破壊されてしまうだろう。
慌てた様子のアンビバレンスを無視して、魔力の漏出が収まった左腕を離し、右腕を構える。
溢れ出した紫色の光が収束し、白い光の剣を形成する。

「―――まだやるつもりか。地球人(いせいじん)の愚かさは、何処も変わらんな」
「ははは、まぁそう言わないでよ。―――宇宙人」
「――――――今、何と言った?」
「宇宙人。あ、火星人のがよかった?」
「―――減らず口を!!!」

―――戦力差は不利だが、どうやら乗せやすい性格であることはわかった。
安い挑発に対し一瞬で沸点に達した敵が、再び姿を消す。
天使の歩み。彼女が内包する「天使」達は、視線の先へと瞬時に移動しながら歩く。
現れたのは、ノワルナの背後。

「今度は、その首を―――!」
「あぁ、やっぱりそう来るのね」

鈍い音が響く。今度は鎌は振りぬかれない。はっと敵が我に返ったような表情を見せる。
鎌の刃は、ノワルナの首の手前。小さな光の壁に阻まれていた。
そして。

「―――本当に同じ方向から来る奴がいるか!」
「っっっ!!」

振り返ったノワルナが光の剣を振るい。すんでのところで回避する。
―――瞬間移動を使ってくるのであれば、自然と攻撃方向はこちらの死角に限定される。
当然、向こうも対策を練ってくることは承知の上で死角以外からも仕掛けるものだが―――この敵はそこまで考慮しない。勘が的中した。

「貴様……!この程度で私を嵌めたつもりか!」
「じゃあ、なんで引っかかったの?」
「貴様如きに小細工など不要だ!!このまま叩き潰し、貴様を恥辱と絶望のうちに切り裂いてやる!」
「貴様貴様うるさいよ。僕はノワルナ。君は?」
「―――クヴァレナハトだ!地獄までこの名を持っていくがいい!!」

そのまま、接近戦へと移行する。天使の歩みを駆使して四方八方から攻め立てる敵―――クヴァレナハトに対して、ノワルナは相手の軌道を冷静に読みながら、魔力防御からのカウンターを狙う。
しかし、形成は明らかにノワルナが不利である。機動力の差は絶望的、何より片腕を失ったことで手数も不足している。
何度目かの攻防の後、ノワルナが微かにバランスを崩した。

「―――ハァッ!!!」

片腕の剣で、振り下ろされた鎌を受け止める。しかし、体勢はクヴァレナハトがノワルナに覆いかぶさる形。このままでは数瞬後には押し切られる。

「ッハハハ!!ここで終わりだ!!地球人(いせいじん)ッ!!!」

獲った―――勝利の確信に、クヴァレナハトの顔から笑みが零れる。
しかし。

「―――君が、な!」

ノワルナが、反撃に転ずる。
存在しないはずの左腕が、二本目の剣が、クヴァレナハトの胸を貫いた。

「……がぁぁぁぁぁっ!!!?」
「でぇりゃあっ!!」

予想だにしなかったダメージにクヴァレナハトが悲鳴を上げる。それを尻目に、彼女の腹を蹴ったノワルナは、同時に左腕の剣を引き抜いて距離を取る。
―――吹き飛ばない?
否。クヴァレナハトの方を突き飛ばして、追撃に移るつもりだったが、彼女の身体は地を離れずそこに留まった。
―――何かのスキルか。距離を取ったまま、怪訝に眉を潜めていると。苦悶に顔を歪ませたクヴァレナハトが口を開いた。

「っぐっ……どういうことだ!!!貴様、どうして腕が……!!」
「あぁ、もう治ったよ。そういうスキルなんだ」
「どういうスキルだ!!不死殺しの私の鎌に対して、どうやって再生を……!!」
「あぁ、そういうことね。どうりで、一旦自分で殺さないと治らないと思ったら」

全は一なり。ノワルナに宿る「蛇」のスキル。不死殺しの効果を持つ鎌を相手に、彼の霊基は自死と再生を同時に行うことで無理やり回復してみせた。

「ハァ……クソッ……クソッ……!!調子に乗らせておけば……!!!」

胸の傷口を押さえたクヴァレナハトが呻く。霊核を外した―――手傷は負わせたが、同時に向こうを本気にさせてしまったらしい。

「……予定変更だ……!大人しくしていれば楽に死なせてやる算段だったが……!!この『眼』を以って葬り去ってくれる!!!」

眼鏡を外し、金の眼が露になる。そして。

「……っぐっっ……!!!がっっ……!!!あぁぁっっ……!!!」

自らの指で、それを抉り出した。

「ちょちょちょ、なんですかアレ!何をする気ですか!?」
「魔眼……!?でも、これは……!」

対するアンビバレンスとノワルナは、その異様な光景に対し不可解な反応しか示せない。
―――魔眼を使うのであれば、魔眼殺しの封印を外せば事足りる。ならば何故眼そのものを……?

「我が瞳は……!!この……眼のみではない……!!!」

呪詛のようなクヴァレナハトの呻き声が続く。眼球を完全に抉り出すと。
空が、眼で埋め尽くされていた。

「……まさか、アレが全部!?」
「そのまさかですよ!!魔眼の反応を検知!!あとこれは邪視の―――!!」
「もう遅い!!!この瞳から逃れる術などない!!!全てを―――見通せ!!!」

空一面の魔眼が、金色の光を放つ。
石化、麻痺、重圧、封印、即死。
全能の神でもなければその全てを躱すことは叶わない。ありとあらゆる呪いが降り注ぐ。

「―――――『逃れ得ぬ千里魔眼(サテライト・イービルアイ)』!!!!!」

自分の目を抉り出すことで、自分の目による視認から心眼や千里眼による察知へと切り替えた、超広範囲の魔眼、そして邪視。
その視線は、呪いの雨の如く。
高ランクの対魔力スキルと魔力でほとんどは弾いたものの。逃れえぬ重圧がノワルナの身体を拘束する。
それを、心眼は見逃さなかった。

「―――今度こそ終わりだ!!!地球人(いせいじん)―――ッ!!!」

瞬間移動。そして、不可避の鎌がノワルナの胴体を貫いた。

「――――――ガ」

身じろぎしようとする代わりに、夥しい量の魔力を吐き零す。そして。

「私の視界から―――消えろォ!!!」

炎を纏った蹴りが、傷口を捉える。
砲弾のように吹き飛ばされたノワルナの身体が、高層ビルの一角へと叩き込まれていった。



「―――さん。ノワ―――さん」

小さく声が響く。瓦礫の山と化した『シティ』のビルの内部で、赤黒く変色した黒いスーツにアンビバレンスの通信ウインドウが呼びかける。

「―――ご無事ですか?ノワルナさん」
「う―――うん。死にそうだけど。まだ生きてる」
「―――その調子なら、まだヤってやろうって感じですね。その意気ですよ!」

体内の魔力をすべて吐き出しきったかのような有様のノワルナが、ゆっくりと口を開く。
ダメージは甚大だが、首の皮一枚で繋がったらしい。全は一なりスキルが全力で霊基を修復させる。
……とはいえ、全快したとしてももう一度固められるのがオチだろうが。

「目を抉るのでしたら、二度目は無いとも思いますが……」
「ダメだ、あの子さっきの胸の傷が治り始めてた。僕ほどじゃあないけど再生の力があると思う」
「目が治れば、またあの宝具を使ってくる……でも、情報は大分出そろったね」
「はい。ムーンセルのバックアップで、相手の付随真名の特定に成功しました。データ送りますね」
「向こうは、ノワルナさんの全ての手札を知らないと見えます。相手側の親玉の介入は、私が全力で防いでいるので……」

アンビバレンスの顔から疲労の跡が見える。ムーンセルとアンビバレンスに多大な負荷をかけながらも、なんとか介入を食い止めている様子だった。

「ノワルナさん。正直これ以上の戦闘継続は難しいです……なにか、秘策とかあるのであれば……」
「…………………………『マスター』」
「はい……はい!?」
「…………一つ思いついたよ。今から伝えるね」
「あ……はい!分かりました!」

主催者、でなく、マスター。聞き取ったアンビバレンスの顔が引き締まる。
―――そうだ、自分の中の何かが、そう告げている。単体では到底かなわない相手。だが、マスターと協力すれば―――



「じゃあ、マスター。準備を―――」
「――――――何の準備だ?」
「―――!!」

来た。千里眼でまだ息があることを確認したらしい。胸の傷も、抉り取った眼も完治したクヴァレナハトが、そこに立っていた。
対するノワルナの傷は、まだ体を起こすこともままならない。

「この期に及んで、まだ私に楯突くつもりか?」
「……」
「地球人(いせいじん)はいつも変わらん。故郷の為、恋人のためとのたまいながら、勝ち目のない戦いを続けている……それを愚かしいというのだ」
「…………」
「―――貴様には、理解できんか。さっきから貴様の感情は奇妙なほどに薄っぺらい。」
「…………まぁね、伊達に『空虚』なんて呼ばれていないさ」
「ハッ。空虚、空虚か!まったく貴様に相応しい名があったものだな!正しく貴様は空虚、無価値の極みだ!」

斃れたままのノワルナに対し、クヴァレナハトは奇妙なほど上機嫌に話しかける。が。

「例えば―――こうやって私の時間を浪費していることだ!!!」

炎を込めた脚が、ノワルナの頭部に叩きつけられる。くぐもった声と共に、ビルの床面に亀裂が走る。

「汚らわしい!!貴様は!男で!!守護者面をしながら!何の固執も持ち合わせていない!!これほど無駄な存在があるか!!!」

一度でも手傷を負わされた怒り、宝具を使わざるを得なくなった怒りが爆発し、何度も、何度もノワルナの頭を踏みつける。

「楽には殺さん……!!引き裂いて、晒し者にして、火あぶりにして焼き殺してやる!!!」
「貴様が月を守る資格など微塵もないと。その魂に刻みながら死―――」
「―――おい」

加熱するクヴァレナハトの言葉を、ノワルナの声が遮る。その声音の冷たさに、蹴りつけていた脚が止まる。

「誰が、何を守る資格が無いって?」

許されない。

「僕に―――」

それだけは、許されない。

「月を守る資格が、無い。だって?」

『それは、姉さんと弟の名誉すら穢す言葉だ』

入り混じる霊基が告げる。太陽と、荒波と共に、我は月の守護を任された。それを否定する者に、負けるわけには、いかない―――!

「―――ノワルナさん!準備完了しました!」

一瞬の静寂に、アンビバレンスのウインドウが割り込んでくる。ノヴァレナハトの注意がアンビバレンスに向いたのを感じ取った。

「―――真下に出せぇ!!」

精一杯の声を振り絞り、ノワルナが叫ぶ。次の瞬間。
ビルの床面が。真っ暗な穴へと変わっていた。

「―――な……!!!」

クヴァレナハトが驚愕の顔を浮かべる。離脱は間に合わない。
二人とも穴の中に吸い込まれると、ビルの床面は元の状態に戻っていた。



「っつ……!ここ、は……」

倒れていた自分の身体を起こし、クヴァレナハトが辺りを見回す。
壁。壁。床。天井。闇。闇。―――どうやら、薄暗い何らかの通路のようだった。

「ようこそ、『ラビリンス』へ」

冷たい声が響く。反射的に、声のした後方へと顔を向ける。
ようやく上体を起こせるようになったノワルナが、そこにいた。

「……何のマネだ。今度は」
「マネも何もないよ。単に招待したのさ。ここはセラフ中層、特殊レギュレーション用戦闘エリア『ラビリンス』」
「ここで、決着をつけよう」

先ほどの攻撃で火傷を負った顔が嗤う。

「決着、だと?そんな体で何が……!?」
「できるともさ……『SPAWN_ENEMY』!!」

手を床に叩きつけ、眩い光が周囲を包む。現れたのは。

「ジョッンー!」
「ジョンノジョン」
「ジョジョジョ。ンンン。」
「ジョン!ジョンジョン!」
「ジョ〜ン〜!」

軽いウェーブのかかった金髪の王族風の男……を、二頭身にデフォルメしたようなマスコットたちだった。
しかも、和装だったり戦車やUFOと合体していたり全体的にロボットのようだったり、カオス極まりない造形の。
仮想生命。ノワルナに宿る異質の幻霊『Tierra』がそのスキルで創造したエネミープログラムである。

「……なんだ。コレは?」

完全に予想の遥か斜め上を行く光景に、クヴァレナハトの思考がストップする。

「……よし!逃げるよ!ジョン_GC!!」
「ジョンジョン!ジョジョジョ……」
「……ハッ!?待て貴様!!!」

その隙に、戦車と合体してるマスコットがノワルナの身体を牽引し、ギャリギャリと履帯を回しながら離脱しようとする。

「こんな子供だましが今更通用するか!!!今度こそ、この『眼』で止めを……!!」
「その眼は使わせない!!!『SPAWN_BOSS』!!!」

再び床を叩く、現れたのは、マスコットとは打って変わってグロテスクな、全身を眼で覆った肉の柱。
かつてデータにあったものの外見だけを流用した、張りぼてのボスエネミーである。
眼を抉り出そうとした指が、ぴたりと止まった。

「いつの間に……私の眼の攻略を……!?」
「ついさっきさ!こっちのマスターは優秀でね!また来週!!」
「ぐっ……待て!!!」

『死天の邪視』は強力な反面、護符による防護、眼球などの意匠を苦手としている。
目玉だらけの柱に威力を相殺された状態では、対魔力ランクの高い相手に止めを刺すことは難しい。
ならば、天使の歩みによる追撃を。と瞬間移動しようとするも、今度は直前に降りた隔壁に阻まれる。
障害物越しには、瞬間移動はできない―――完全に、こちらの真名を看破し、対策を打ってきている。

「…………あぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

しばらく立ちすくんだ後、癇癪を起こしたように炎の魔術が周囲を燃やす。ジョン達も肉の柱も、炎に巻かれて燃え尽きていく。
続いて、炎が隔壁を溶かすように吹き飛ばした。

「どこだ……!!私から、逃げられると思うなよ……!!!」

侮りも油断もない。怒りすら蒸発した。
『固執』のアルターエゴが、追跡を開始する。



黒いスーツの人影が佇む。
しかし、追跡者は、それを横目で睨みながら素通りした。

「……これで、6つ目……」

クヴァレナハトが呟く。これまでに複数体、光を集めて作った虚像がダミーとして配置されている。
しかし、彼女の『眼』を誤魔化せるほどの精度は出せない。
普段なら馬鹿にされた腹いせに燃やしてやりたいところだが、時間稼ぎの意図を汲み取った彼女はそれを無視することにした。
―――ここまで逃げるのであれば、おそらく次の仕掛けの準備をしてある。私と決着をつけるための。
スペックで大きく勝る自分に対抗する何らかの仕掛けを、クヴァレナハトは確信していた。
普段なら考えもしない発想だが、彼女は今追いかけている相手は何を仕掛けてきてもおかしくない。と細心の注意を払っていた。
理由は彼を支援するマスター……ここの支配者の存在と、おそらくは彼自身の経験値。
自分たちの経験はいずれも圧倒的なスペックを押し付けるモノばかりであるのに対し、彼のそれは、まるで既に絶望的な状況を切り抜けてきたような『諦めの悪さ』を感じた。
それはきっと、彼のベースとなった人格の……そこまで考えて、頭を振って余計な思考を払う。
今集中するべきは。相手を見つけ出して抹殺すること。都市に仇なす因子を排除すること。それだけに思考を集中させていく。
―――妙に落ち着いている。あいつが乗り移ったのだろうか?
思いがけない発想に内心苦笑しながら、クヴァレナハトは迷宮を進んでいった。



『ラビリンス』最上層。地上に出て、学校の廊下のようになった通路の突き当りに、ノワルナは立っていた。
ここまでの時間で傷は大分回復したが、未だ直接戦闘に堪えるものではない。
そして、彼の視線の先には、彼に追いついたクヴァレナハトが立っていた。

「……見つけたぞ」
「……あぁ、そうだね」
「仕掛けの準備は?ここまで私を振り回したのだ。何か―――」
「―――残念、時間切れだね」

肩をすくめて笑うノワルナに、クヴァレナハトは微かに意気消沈した。
―――確実に倒す手筈は整った。しかし、私を倒し得る仕掛けは間に合わなかったか―――
それを心待ちにしていたような思考を振り払って、大鎌を構える。
これで、やっと、終わりだ。

「―――さらばだ。地球人(いせいじん)―――!!」

大きく鎌を振り上げ、そして。

「―――?」

その場に倒れこんだ。

「な―――これ、は―――!?」

異常を確認しようとしたクヴァレナハトの眼が、驚愕で見開かれる。
―――脚が無い。
自分の脚が、何の予兆もなく、唐突に消滅した。
そんな、なんで、どうして。
混乱する思考に、冷たい声が突き刺さった。

「―――言ったでしょ?時間切れ(タイムアップ)だって」
「ゲームオーバーだよ――――――『色彩なき空の下で(ファンタズマ・バニシング)』」

月光が照らすノワルナの顔に、感情は無かった。

―――自己喪失。
彼の霊基『ツクヨミ』が持っていたスキル、権能喪失が、ノワルナとの結びつきにより変質した。アンビバレンス曰く「最凶最悪の自滅スキル」。
全は一なりで霊基を保たなければ、自分自身が何者であったか、自分を自分たらしめるものが「希釈」されていく。
……そのスキルを、ウィルス型の仮想生命に乗せ対象へと「感染」させる。それがノワルナの宝具であった。
当然、ウィルスの霧など最初はクヴァレナハトの霊基に近寄ることもできなかったが、ラビリンスの密閉構造の中で、ウィルスは効率的に進化していった。
―――彼女の霊基の中に空間を転移して潜り込むほどに。

「一体……いつから……これを……!!」
「ここに来る前。鎌をぶっ刺された後だね。君の付随真名が分かって、これしか打つ手がないと踏んだ」
「不安定な宝具だから使いたくなかったんだけど……いい感じにハマったみたいだね。もう、跳ぶこともできない」

上体を起こしてノワルナを睨みつけるが、天使の歩みは発動しない。スキルにまで影響が及んでいる。
そして、次第には感情さえも。

「……ふざけるな……!!!私の感情は『固執』……!!こんなバカげた方法で、消せるわけが……!!!」
「消えるともさ。というより、今僕は何もしていない―――君自身が、君を消すんだよ」

ノワルナの声が、胸を抉るように突き刺さる。否定しようとして―――言葉が出なかった。
既に、言語野さえも侵されている。
クヴァレナハトの胸に、次第に空虚が広がっていく。

「違う……私は……わたしは……ちが……!!」

そして、今度は肉体が消えていく、上体を支える腕を失い、うつ伏せになって倒れる。

「わたしは……こしつの……あるた、え……」

意識が混濁していく。その中で、まるでうわごとの様に口を動かす。
それを見下ろすノワルナの眼には、何の感慨も湧かない。
だが。

「まもる、んだ……わた、わたし、が、を……!!」
「月を……守る……!!」

搾り出した最後の一言だけは、はっきりと聞こえた。
―――己の現状を呪うでなく、助けを求めるでなく、この状況下で、彼女は「自分であり続け」ようとした。
ノワルナの眼が、最期まで残った固執をじっと見つめる。
そして。

「――――――やめた」
「―――!?」

手を短く、二回叩く。嘘のように霧が晴れ、身体の消滅が停止。本来の霊基の力による修復が再開された。
同時に、混濁した意識が回復していく。

「ちょ、ちょっと何してるんですかノワルナさん!ちゃんと倒さないと……」
「ちょっと黙ってて、主催者さん」
「アンビバレンスですー!せめてもう一回マスターって……」

大口を開けたアンビバレンスの顔を最後に、通信ウインドウが閉じる。

「……何故」
「?」
「…………何故、止めを刺さない。私を、憐れんだのか……?」

もはや叫ぶ気力も無い。といった調子で、クヴァレナハトが問いかける。
しばらく悩んだような、困ったような仕草を見せた後、ノワルナが口を開いた。

「―――見せてもらったよ。君の『固執』」
「僕は君の言う通り、本当になんにもない奴で……」
「ずっと暇で、やることなくて、無為に生きてきた。僕の霊基の一つは、この月の守護を誇りとしていたのに」

拳を胸に置く。霊気の一つ、ツクヨミ。月の神である彼に影響される形で、自らを「新月(ノワルナ)」と名乗ったのに。

「だけど、君と戦ってて、それを思い出した。自分の守るべきものに、誇りに固執する……「何かを大事にする気持ち」を、知ることができた」

戦いの中、空虚であるはずの心は熱に満ちていた。絶対に負けられない、この月を、セラフを守るのは自分だと、空虚の奥底から叫び声が聞こえてきた。
そして、この結末は望ましいものではない、とも。
それがツクヨミのものなのか、あるいは―――そこまでは、判然としないが。

「だから―――――ありがとう。クヴァレナハト。真に月を想う、この星の守護者よ。僕は、君の誇りを消すことはできない」

―――少し気恥ずかしい感情があったようで、最後まで言い終えたノワルナは顔を逸らしてしまった。月明りに照らされた、白銀の髪だけが煌めく。

「―――やはり、奇妙な奴だ、お前は」
「こんな感情、私の創造主が押し付けただけに過ぎないというのに……」
「――――――だが、礼は行っておく。ノワルナ。静かなりし、月(ほし)そのものよ」

身体の再生を終え、起き上がったクヴァレナハトが苦笑する。
―――これ以上の戦闘は続けられない。一旦都市に帰還しよう。それから―――

―――突き刺さるような、嫌な予感がする。いや、まさか、そんな、まさか。

「―――見ーーつーーけーーたーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

―――6枚の機械翼。銀の髪。眩い弓と盾。(色んな意味で)月面都市最終兵器たる天使、ライラヤレアハが降臨してきた。

「―――え、何アレ。何アレ。悪質な幻覚?」
「気持ちはわかるが幻覚ではない!!!すぐにここから離脱しろ!!!」
「いや離脱ってどこに」
「いいからどこか遠くへ!!地の果てまでだ!!グズグズしていると―――!!!」
「あーーー!よく見たら敵の子もかわいいよぅ!なんか儚い感じだよぅ!色彩エンド萌えだよぉぉう!」

ショッキングな光景に軽く現実逃避に入ったノワルナを、なんとかして連れて逃げようとクヴァレナハトがその肩を掴む。
しかし、時既に遅し。

「でも―――ナハトちゃんに酷いことするのはダメだよぅ!消去しちゃうなんてもってのほかだよぅ!そんなことするなら―――」
「死ね!」

凄まじい一言を言い残して、ライラヤレアハが天へと駆けのぼる。
最高点で自身を空中に固定し、馬鹿馬鹿しいほどの光が収束した弓と矢を構える。

「最大☆出力!!――――――『陽より遥か輝く弓(ケルビエル・シェキナー)』!!!!!」

―――瞬間。太陽の365000倍の輝きが。何もかもを飲み込んでいった。



セラフ境界面、生産エリア『アトリエ』

アレから、セラフ内の時間で数日が過ぎた。
セラフ……というか、月も地球も丸ごと吹っ飛んだ気がしたが、同時にライラヤレアハのスキルで世界が修復された。理不尽だ。
しかし、二つの世界の月が重なる異常は未だに解決されない。ひとまず、両方の代表であるアンビバレンスと月面都市との間で協定を結ぶ手筈となった。
セラフ側は来るべき聖杯戦争の終結まで、月面都市側はこの異常の解決手段が見つかるまでを条件とする相互不可侵を提案。
実質的な決定権を握っているライラヤレアハが「現状維持でいいと思うよぉ」と言いだしたので、ここに事態は収束した。

「うーん……こいつはスタンの確率を上げた方が良いな……」

新たに作られたセラフと月面都市の境界面。それを一望できる地点にノワルナの新しい陣地が形成された。
エネミーの改良、生産と同時に、参加者が月面都市に気付いて刺激しないように境界面を監視するのが、彼の新しい仕事となった。
ただ。

「毎度毎度、よく飽きもせずにガラクタを弄っているな。お前は」
「ちょっとずつ多様化は進んでるよ。ナハトがよくエネミーと遊んであげてくれたおかげだね」
「……フン。私の障害足りえるほどの敵にはまだまだ程遠い。もう少し真面目に改良することだな」

作業を続けるノワルナの傍ら。座り込んでエネミーを突くクヴァレナハトの姿があった。

「で、本戦と言うヤツはまだなのか?」
「もう少し、参加者集まってからだね。始まったら様子を見てみようかな」
「なんだ、モニターがあるならもっと早く言え。私も見るぞ」

相互不可侵とは言ったものの。どうせ都市のアルターエゴ相手に物理的な防壁は役に立たずリソースの無駄。
こっちに危害が加わらなければ多分大丈夫……というアンビバレンスの妥協により、彼女たちの出入りは黙認されている。

「…………」
「どうしたの?ナハト」
「いや、な……数日前、貴様と戦っていたのが、夢のような気がしてな……今の貴様といると、不思議と落ち着いてくる」
「あぁ―――そういうスキルだよ。ツクヨミってそういう神様なんだって」

静の神格。対照的な二神の間に自身を置く。均衡をもたらすスキル。使い方次第で相手の心を押さえつけることも、
―――このように、激情を落ち着かせることもできる。ある意味で、最も『彼』らしいスキルである。

「またスキル、か……まぁいい」
「ただ、気を落ち着かせることができるからと言って気安く私に触れるなよ」
「―――触ったら処断でしょ?わかってるって。そこまで言うなら、もうちょっと離れて―――」
「―――いや」
「?」

最後の一言が気になって、椅子に座ったノワルナが怪訝に振り返る。

「―――貴様は、ここにいろ」

―――彼女の名誉のために、表情は見ないことにした。
無言で視線を戻し、今度はクヴァレナハトに見えない角度で、満足げな表情を浮かべる。
すると。

「―――――いいいいいいいいやっほおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」
「――――――!?」

ライラヤレアハが上空からマッハボディプレスを仕掛けてきた。顔面からモロに喰らったノワルナの身体が椅子から吹き飛ん―――
―――ばない。彼女はそのままノワルナの身体をホールドして存分に抱きしめる。

「久しぶりぃ!元気だったぁ!?今日もかわいいよぉ!ほらぎゅーって!ぎゅーってしちゃう!ほら笑顔笑顔!!!」
「っ――――――急に乗り込んでくるなこのクソ姉がぁぁぁぁぁぁ!!そいつから離れろォォォォォォォ!!」

昏倒したまま豊満な胸の間で窒息しそうになっているノワルナの光景に、頭の血管が切れたクヴァレナハトがライラヤレアハに掴みかかる。

「―――はっ!?姉さんの尾が9本!来るぞスサノオ!」
「お、おい!!!大丈夫か!!?何か錯乱してないか!!?」
「そんな……私の事を姉さんだなんて……もうかーーーわーーーいーーーいーーー!!!このまま弟にしちゃうぅぅぅ!!!」
「やめろォ!これ以上そいつに近づくなァ!!」

わーわー、ギャーギャー。かつての深淵とは打って変わって、工房には絶えず喧噪が響く。英霊を超えたはずの、複合霊基達の狂騒曲。
それが良いことなのか、悪いことなのか、未だ判然としないが。

「―――本戦、まだかなぁ」

前と少し違った場所で、違った気持ちで、そんなことを呟いてみた。

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