最終更新:ID:VYd3iQxtAw 2017年05月14日(日) 23:33:23履歴
[学園完なり(2)after]
「ただいまー!」
「お邪魔します…」
…もう二つ目の家みたいなものだな、と内心で思いつつ、手を引かれてドアの内側へといざなわれる。
そこには、すっかり見慣れた顔の、彼女達の母親(…?)が、立っていた。
「ライラ、ノワルナさん、おかえりなさい。……ライラ、崩壊級の重力波らしきものを観測しましたが、大丈夫でしたか?」
「大丈夫だったよぅお母さん!それよりナハトはどう?」
「自室で療養しているはず…ですが、数回ほど叫んでいましたね。急を要するようでは無かったですが」
「あー、やっぱり?(…にこっ)」
ライラがこっちを振り向いて、満面の笑みを浮かべる。
…今日は比較的優しい方だったけど、そういえばこの人はこういう人だった。
「お昼は?」
「まだだと思います。空腹になったら伝えるように言っているので」
「そっか。ありがと!じゃ、行こっかノワルナくん!」
「……うん。分かったよライラ」
…心情が空虚なだけで、肉体的に痛いのはそれなりに堪えるんだけどなぁ。
━━━━━━━━━━━━━━━━
「…だいじょーぶー?」
恐る恐る、といった様子で、ライラがナハトの部屋のドアを開ける。
…こういうときに全力で開けたりしないのは、やっぱり昔から成長しているような気が……あれ?昔、昔…?
「…体調の事ならば、小康状態といった所だ」
ベッドにうつぶせになってPCを見ていたナハトが、こちらに目を向けながら答えた。
…うわぁ、あからさまに不機嫌だぁ。
体調なら、って言ったよ体調なら、って。
「そっかぁ!よかったよぉ!お腹は空いた?」
「…そこまでは。ただ、朝食以降食事をとっていないからな…。そろそろ、とは思っている」
「あ、じゃあ私たまご粥作ってくるよぉ!二人でゆっくりしててねぇ!」
「え?」
「は?」
ライラはそう言い残すと、素早く部屋の外に出て行き、
『ガチャッ』
…ご丁寧に鍵まで閉めてくださった。
「…外鍵?」
「…あぁ。…無理矢理壊すことも出来なくはないが…話したいこともある。……まぁ、とりあえず、座れ」
「…うん」
ベッドの脇に椅子があったので、とりあえずそこに座らせてもらった。
…二つあるし、元から座らせる気だったのだろうか?
「まずは、今日私が休みで良かったな、とでも言っておこうか?」
「いやいや…僕…いや僕とライラは、ナハトが居てくれた方が良かったと思ってると思うよ」
「……おい、私の前で嘘が吐けると思うなよ?」
「うんごめん。正直事態が悪化するだろうなとは思った」
「……否定はしない。事実だからな」
「えっと…さっきライラも聞いてたけど、体調は平気?」
「平気だ。そして話を逸らすな」
「はは…」
…やっぱり、逃れられなさそうだ。
まぁ、いつもの事だけど。
「……先に言うが…別に、明確な、怒りがあるわけではない。…何故かは知らんが…その、何だ」
「もやもやする?」
「あぁ、それだ!…っ…それを……何故貴様が言う…!?元はと言えば…!」
「はいはい、どうどう」ブワー
「……くっ……」
「まぁ、いつもみたいに相談には乗るからさ、とりあえず少し落ち着いて」
「……解った」
…本当の事を言うと、彼女の抱いている感情に察しはついている。
ついてはいるんだけれど……それに応えられるような熱心も、それを伝えた場合の彼女を支えられる自信も、僕にはない。
「……その、姉さんが、貴様を守ろうとしていた事も分かる。そして、あの時貴様が頼るべきは姉さんだったことも、確かだ」
「…うん」
「…合理的判断をするならば、これで正しい筈なのだ。………だが、私には、私の心には。こんなつまらぬ事に、いや、その中の何かが……その、突っかかっている、というか」
「…まぁ、ちょっと接触過多だったかな、とは思うよ。でもあれはライラが…」
「いや。そうではない。そうではないんだ。…その、やたらとくっつくのは姉さんの特性だ。私もそれは知っている」
「……じゃあ…」
「……恐らく、私が感じているのは……私が、貴様を……その……」
「つまり、心配してくれてた?」
…嘘はついていない。
嘘はついていないが、多少、誘導しようとしてはいるかもしれない。
日常を過ごしすぎて、僕の空虚にも多少の狡さが芽生えたのだろうか?
「…そう、だな。……あぁ。やはり、私は貴様を、直接目の届く場所に置いておきたい、ようだ」
…おや?
…珍しく、本音を出してくれたように思える……けど。
「…そう、なの?」
「…それを自覚した所で、なにができる訳でもないがな。……それに、だ」
と、ナハトが、僕へと手を伸ばす。
でもその手は、微かに僕の袖に触れると、まるで熱した鉄でも触れたかのように、飛び退いた。
「……どうにも、これを何とかすることも出来なさそうだ」
「……」
ナハトの指が、かたかたと震えている。
…男嫌い。
どういう理由があるのかは知らないけど、ナハトは男性に触るということに、激しい拒否反応を起こす。
…あまりにも、そうした反応をされると、僕も彼女を拒否しそうになってしまうから、少し…怖いけれど。
…でも、それと別に僕へ向けられている感情があるという事が、この奇妙な関係性を維持している、ようだ。
「…とにかく、今日休んでみた感想は、そんな所だ。後は…ろくに活動していない魔眼部はまだいいとしても、風紀委員の仕事の方は大分アントニアに押し付けてしまったようだな……。……明日以降、埋め合わせをするか」
「…治るの?」
「……経験として、欠席と病を体験する為に治癒を使わなかっただけだからな。本来ならば、母さんに頼めば一瞬で治る」
「そっか、そうだよね」
…あれ?僕は、今まで、それを覚えていたっけ?
……何かが…。
『ガチャッ』
と、そこで、錠前の開く音がした。
「おまたせーっ☆」
エプロン姿で、鍋敷きを頭に乗せ、両手で鍋を持ったライラが入ってくる。
…どうやってドアを開けたの?とかは、とりあえず聞かないことにしよう。
「あーノワルナくん、ごめぇん。これ取ってくれるぅ?頭の」
「あ、うん。…よいしょっと」
女性にしては身長の高いライラの頭に、少しだけ手を伸ばして鍋敷きを取る。
鍋敷きは、シリコン製の、クマの顔を模したかわいらしいものだった。
「…置くならそこの机を使え。間違っても椅子やベッドに置くなよ」
「わかってるよぉ!?流石のお姉ちゃんもそこまでしないよぉナハトちゃん!?…あ、じゃあそれお願いノワルナくん」
「はーい……ここでいいかな、ナハト」
「あぁ、構わん」
とりあえず、ベッドから少し離れた、四脚のテーブルの上に鍋敷きをひいた。
…ここでいい、と言うことは、起きて食べる気みたいだ。
「よっこいしょっと、だよぉ」
「……これ、結構量ない?ライラ」
「せっかくだし皆で食べようとおもってねぇ、二人前ちょっとくらい作ったよぉ!」
「…病人と同じ鍋で食わせる気かこのバカ姉が!!!」
「ひぅ!ご、ごめぇん…」
「まぁまぁ、いくら僕でもそこまで柔じゃないって…」
「私の考えを否定するのか!?大事をとれ大事を!!」
「心配してくれるのは嬉しいけどさ…とりあえず大人しく…」ブワー
「…ぐ…分かった。………だが、姉さん。別途に取り皿くらいは持って来てくれ。あと!そもそも食器がない!素手で食えと言うのか貴様は!」
「あっ、そうだった!スプーンと…取り皿だねぇ!わかったよぉ!」
ぱたぱた、とライラが駆けていく(羽ばたく音ではない)。
……確かに素手でお粥はやだなぁ。そういう文化ならともかく、ここは日本だし……ん?日本?
「…どうした?先程から、ぼうっとしているような気がするが…何か気になることでもあるのか?」
「ん、あぁ、いや。…僕がぼうっとしてるのは、いつもの事でしょ?」
「…いや、何というか…そういった物とは違う気が……。…まさか貴様、隠し事でもしているのか!?」
「いや…さっきから、なんか漠然とした違和感があって……あと落ち着いて」ブワー
「……分かり辛いな」
「…ごめん。僕もよくわからなくて。……何だろう、本当は、こんな…?」
「ノーワールーナーくん!」
…何かが出掛かった瞬間、後ろから、強烈な力で抱きしめられる。
「うわっ…と」
「取り皿とれんげもって来たよぉ!一緒に食べよぉ!」
「あ”あ”ーーっ!!!そいつにくっつくな鬱陶しい!!」
「安静にしてなきゃだめだよぉ?」
「まぁまぁナハト、落ち着いて」ブワー
「くっ……貴様…実は姉さんと…」
「ははっ、ないない、絶対ない」
「ひどいよぅ!?」
…うん。ない。絶対ない。
確かにライラとは幼馴染……あれ、幼馴染?…だけど…昔からずっと僕は彼女のことが苦手で……昔?
…やはり、何か…自分の記憶に、違和感がある。
でもこれは、後でライラにでも聞いてみよう。
今は、それより先に…。
「じゃあ…」
「あぁ」
「せーのっ」
「「「いただきます(!)」」」
…僕の疑問はともかくとして、取りあえずたまご粥はとても美味しかった。
ほんと、性格面の問題さえなければライラは万能なんだけどなぁ。
━─━─━─━─━─━─━─━─━
「…ごちそうさま」
「あれ?ナハトちゃんもういいの?」
「あぁ。……何だか、食べたら眠くなってきた。歯を磨いて仮眠をとる」
「太らない?」
「貴様そんなに刈られたいか?……私は、肉がつく分には寧ろ歓迎だ。なんなら腹でもいいからもう少し肉が欲しい所だ」
「ナハトちゃん軽いもんねぇ」
「……もう体重検査の度に「ちゃんと食べてる?」と聞かれるのは嫌なんだ……」
「実際、結構小食じゃない」
「……お前とさして変わらないがな」
ナハトが、多少おぼつかない足取りで部屋を出て行った。
付き添ってあげたい気持ちもあるが…。
今はそれを好機ととらせてもらおう。
…さて。
「ねぇライラ」
「なぁに?ノワルナくん」
「……ここも、君が織った世界なの?」
「………分かっちゃった?」
…やっぱり。
「…いや、何でかは分からなかったけど、すごく、なんだか…全てに違和感があったんだ。……それで、一番こういうことをやりそうだったライラにカマをかけてみただけだよ」
「…そっかぁ、気づいちゃったかぁ……。まぁ、気づくかもねぇ。あまりに、前の私達の世界とは違うから。…………それで?ここが私の作った世界だったら、ノワルナくんはどうするの?」
…ライラの纏う気配が、日常ならざるものへと変化する。
あの、見える全てを一瞬で破壊する輝きを感じる。
「……僕はどうもしないし、どうもできないよ。……ただ、理由が聞きたいかな。…それと、出来れば、元の世界がどうなったのか、も」
「…私はね、みんなを守ってあげたかったんだ」
「うん、それは知ってる」
「…先に説明すると、元の世界…そう。ノワルナくんがいた世界は、もう…これ以上なく、とんでもない状態になっちゃってぇ…」
「ライラ目線でとんでもないって…?」
「えーっとぉ、まず主催者ちゃんの月とお母さん…いや、都市ちゃんの月が私のせいでくっついちゃってぇ」
「ライラが原因じゃないか!?」
「…それで、ノワルナくんたちと私達が仲良くなったまでは良かったんだけどぉ」
「うん」
「主催者ちゃんの方で優勝した人…あれもアルターエゴだったかなぁ?…が、地上に降りて特異点?を作っちゃってえ」
「……うん」
「それで呼び出されたのが…アーク…何とか?だったんだけどぉ、なんかその子に呼ばれてすごいのがばんばん出てきたのぉ」
「……………うん」
「でもね?なんかみんな可愛かったの!」
「うん!?」
「それでぇ、BBちゃんと主催者ちゃんと協力して都市ちゃんのリソースを乗っ取ってぇ」
「…ううん!?!?」
「それを使ってぇ、みんなを巻き込んでぇ、平和な世界を作ってみたんだよぉ!!モチーフは日本の高校だよぉ!!!」
「………なる、ほど?」
「……そのせいで都市ちゃんのメモリーにいた英霊さんたちもみーんな学生に……えへへ」
「……それ、結構やばいんじゃないの?抑止力とか…」
「は?世界を機織る女神の全力舐めるんじゃねぇよ。そんなもんここには通用しねぇ。むしろ既存の物理法則再現してやっただけありがてぇと思えよ。槍四、五本引っこ抜くだけの簡単なお仕事だったわ」
「アッハイ」
「っと……そういうわけだからぁ、この世界にいてくれると、私としても嬉しいなぁ」
「……いや、うん。そこまで言われたら…というかちょっと考えてたよりひどかったというか…」
「そう言ってくれると思ってたよぉ!なんたって空虚だもんねぇ!!!色彩だもんねぇ!!!!たかだか幼馴染設定とか片思われ設定とか付与したくらいでそんな変わらないよねぇ!!!!!ラヴいよぉ!!!」
「あぁ、道理で……」
「おい」
…あ。
重大な事を忘れていた。
「…ねぇノワルナくん、どうすればいいと思う?」
「はははライラ、流石にもうこれは積みじゃないかな」
ライラの首筋には、鎌。
天使の歩みで移動できる範囲を、完全に掌握された状態だ。
そして、眼鏡を外した金色の眼が、ギロリと僕を睨んでいる。
…うん。これはブワーすらできないな。
「良く分かっているじゃないか、流石は私の姉と…私の…あれだ」
「好きな人だよn」
「死にたいか?」
「あれ。……否定は、しないんだね」
「あんなアホみたいな真実を聞いたらな。…恥も何もかも無くなった」
「アホじゃないもん…みんな幸せだもん……」
「…私はどうすればいいんだ?」
「え?叶わぬ恋にずっと内心で悩んでるとかわいいと思/ /」
「あっ」
残念ながら世界は戻らなかったしライラも死ななかった。
どっとはらい。
「ただいまー!」
「お邪魔します…」
…もう二つ目の家みたいなものだな、と内心で思いつつ、手を引かれてドアの内側へといざなわれる。
そこには、すっかり見慣れた顔の、彼女達の母親(…?)が、立っていた。
「ライラ、ノワルナさん、おかえりなさい。……ライラ、崩壊級の重力波らしきものを観測しましたが、大丈夫でしたか?」
「大丈夫だったよぅお母さん!それよりナハトはどう?」
「自室で療養しているはず…ですが、数回ほど叫んでいましたね。急を要するようでは無かったですが」
「あー、やっぱり?(…にこっ)」
ライラがこっちを振り向いて、満面の笑みを浮かべる。
…今日は比較的優しい方だったけど、そういえばこの人はこういう人だった。
「お昼は?」
「まだだと思います。空腹になったら伝えるように言っているので」
「そっか。ありがと!じゃ、行こっかノワルナくん!」
「……うん。分かったよライラ」
…心情が空虚なだけで、肉体的に痛いのはそれなりに堪えるんだけどなぁ。
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「…だいじょーぶー?」
恐る恐る、といった様子で、ライラがナハトの部屋のドアを開ける。
…こういうときに全力で開けたりしないのは、やっぱり昔から成長しているような気が……あれ?昔、昔…?
「…体調の事ならば、小康状態といった所だ」
ベッドにうつぶせになってPCを見ていたナハトが、こちらに目を向けながら答えた。
…うわぁ、あからさまに不機嫌だぁ。
体調なら、って言ったよ体調なら、って。
「そっかぁ!よかったよぉ!お腹は空いた?」
「…そこまでは。ただ、朝食以降食事をとっていないからな…。そろそろ、とは思っている」
「あ、じゃあ私たまご粥作ってくるよぉ!二人でゆっくりしててねぇ!」
「え?」
「は?」
ライラはそう言い残すと、素早く部屋の外に出て行き、
『ガチャッ』
…ご丁寧に鍵まで閉めてくださった。
「…外鍵?」
「…あぁ。…無理矢理壊すことも出来なくはないが…話したいこともある。……まぁ、とりあえず、座れ」
「…うん」
ベッドの脇に椅子があったので、とりあえずそこに座らせてもらった。
…二つあるし、元から座らせる気だったのだろうか?
「まずは、今日私が休みで良かったな、とでも言っておこうか?」
「いやいや…僕…いや僕とライラは、ナハトが居てくれた方が良かったと思ってると思うよ」
「……おい、私の前で嘘が吐けると思うなよ?」
「うんごめん。正直事態が悪化するだろうなとは思った」
「……否定はしない。事実だからな」
「えっと…さっきライラも聞いてたけど、体調は平気?」
「平気だ。そして話を逸らすな」
「はは…」
…やっぱり、逃れられなさそうだ。
まぁ、いつもの事だけど。
「……先に言うが…別に、明確な、怒りがあるわけではない。…何故かは知らんが…その、何だ」
「もやもやする?」
「あぁ、それだ!…っ…それを……何故貴様が言う…!?元はと言えば…!」
「はいはい、どうどう」ブワー
「……くっ……」
「まぁ、いつもみたいに相談には乗るからさ、とりあえず少し落ち着いて」
「……解った」
…本当の事を言うと、彼女の抱いている感情に察しはついている。
ついてはいるんだけれど……それに応えられるような熱心も、それを伝えた場合の彼女を支えられる自信も、僕にはない。
「……その、姉さんが、貴様を守ろうとしていた事も分かる。そして、あの時貴様が頼るべきは姉さんだったことも、確かだ」
「…うん」
「…合理的判断をするならば、これで正しい筈なのだ。………だが、私には、私の心には。こんなつまらぬ事に、いや、その中の何かが……その、突っかかっている、というか」
「…まぁ、ちょっと接触過多だったかな、とは思うよ。でもあれはライラが…」
「いや。そうではない。そうではないんだ。…その、やたらとくっつくのは姉さんの特性だ。私もそれは知っている」
「……じゃあ…」
「……恐らく、私が感じているのは……私が、貴様を……その……」
「つまり、心配してくれてた?」
…嘘はついていない。
嘘はついていないが、多少、誘導しようとしてはいるかもしれない。
日常を過ごしすぎて、僕の空虚にも多少の狡さが芽生えたのだろうか?
「…そう、だな。……あぁ。やはり、私は貴様を、直接目の届く場所に置いておきたい、ようだ」
…おや?
…珍しく、本音を出してくれたように思える……けど。
「…そう、なの?」
「…それを自覚した所で、なにができる訳でもないがな。……それに、だ」
と、ナハトが、僕へと手を伸ばす。
でもその手は、微かに僕の袖に触れると、まるで熱した鉄でも触れたかのように、飛び退いた。
「……どうにも、これを何とかすることも出来なさそうだ」
「……」
ナハトの指が、かたかたと震えている。
…男嫌い。
どういう理由があるのかは知らないけど、ナハトは男性に触るということに、激しい拒否反応を起こす。
…あまりにも、そうした反応をされると、僕も彼女を拒否しそうになってしまうから、少し…怖いけれど。
…でも、それと別に僕へ向けられている感情があるという事が、この奇妙な関係性を維持している、ようだ。
「…とにかく、今日休んでみた感想は、そんな所だ。後は…ろくに活動していない魔眼部はまだいいとしても、風紀委員の仕事の方は大分アントニアに押し付けてしまったようだな……。……明日以降、埋め合わせをするか」
「…治るの?」
「……経験として、欠席と病を体験する為に治癒を使わなかっただけだからな。本来ならば、母さんに頼めば一瞬で治る」
「そっか、そうだよね」
…あれ?僕は、今まで、それを覚えていたっけ?
……何かが…。
『ガチャッ』
と、そこで、錠前の開く音がした。
「おまたせーっ☆」
エプロン姿で、鍋敷きを頭に乗せ、両手で鍋を持ったライラが入ってくる。
…どうやってドアを開けたの?とかは、とりあえず聞かないことにしよう。
「あーノワルナくん、ごめぇん。これ取ってくれるぅ?頭の」
「あ、うん。…よいしょっと」
女性にしては身長の高いライラの頭に、少しだけ手を伸ばして鍋敷きを取る。
鍋敷きは、シリコン製の、クマの顔を模したかわいらしいものだった。
「…置くならそこの机を使え。間違っても椅子やベッドに置くなよ」
「わかってるよぉ!?流石のお姉ちゃんもそこまでしないよぉナハトちゃん!?…あ、じゃあそれお願いノワルナくん」
「はーい……ここでいいかな、ナハト」
「あぁ、構わん」
とりあえず、ベッドから少し離れた、四脚のテーブルの上に鍋敷きをひいた。
…ここでいい、と言うことは、起きて食べる気みたいだ。
「よっこいしょっと、だよぉ」
「……これ、結構量ない?ライラ」
「せっかくだし皆で食べようとおもってねぇ、二人前ちょっとくらい作ったよぉ!」
「…病人と同じ鍋で食わせる気かこのバカ姉が!!!」
「ひぅ!ご、ごめぇん…」
「まぁまぁ、いくら僕でもそこまで柔じゃないって…」
「私の考えを否定するのか!?大事をとれ大事を!!」
「心配してくれるのは嬉しいけどさ…とりあえず大人しく…」ブワー
「…ぐ…分かった。………だが、姉さん。別途に取り皿くらいは持って来てくれ。あと!そもそも食器がない!素手で食えと言うのか貴様は!」
「あっ、そうだった!スプーンと…取り皿だねぇ!わかったよぉ!」
ぱたぱた、とライラが駆けていく(羽ばたく音ではない)。
……確かに素手でお粥はやだなぁ。そういう文化ならともかく、ここは日本だし……ん?日本?
「…どうした?先程から、ぼうっとしているような気がするが…何か気になることでもあるのか?」
「ん、あぁ、いや。…僕がぼうっとしてるのは、いつもの事でしょ?」
「…いや、何というか…そういった物とは違う気が……。…まさか貴様、隠し事でもしているのか!?」
「いや…さっきから、なんか漠然とした違和感があって……あと落ち着いて」ブワー
「……分かり辛いな」
「…ごめん。僕もよくわからなくて。……何だろう、本当は、こんな…?」
「ノーワールーナーくん!」
…何かが出掛かった瞬間、後ろから、強烈な力で抱きしめられる。
「うわっ…と」
「取り皿とれんげもって来たよぉ!一緒に食べよぉ!」
「あ”あ”ーーっ!!!そいつにくっつくな鬱陶しい!!」
「安静にしてなきゃだめだよぉ?」
「まぁまぁナハト、落ち着いて」ブワー
「くっ……貴様…実は姉さんと…」
「ははっ、ないない、絶対ない」
「ひどいよぅ!?」
…うん。ない。絶対ない。
確かにライラとは幼馴染……あれ、幼馴染?…だけど…昔からずっと僕は彼女のことが苦手で……昔?
…やはり、何か…自分の記憶に、違和感がある。
でもこれは、後でライラにでも聞いてみよう。
今は、それより先に…。
「じゃあ…」
「あぁ」
「せーのっ」
「「「いただきます(!)」」」
…僕の疑問はともかくとして、取りあえずたまご粥はとても美味しかった。
ほんと、性格面の問題さえなければライラは万能なんだけどなぁ。
━─━─━─━─━─━─━─━─━
「…ごちそうさま」
「あれ?ナハトちゃんもういいの?」
「あぁ。……何だか、食べたら眠くなってきた。歯を磨いて仮眠をとる」
「太らない?」
「貴様そんなに刈られたいか?……私は、肉がつく分には寧ろ歓迎だ。なんなら腹でもいいからもう少し肉が欲しい所だ」
「ナハトちゃん軽いもんねぇ」
「……もう体重検査の度に「ちゃんと食べてる?」と聞かれるのは嫌なんだ……」
「実際、結構小食じゃない」
「……お前とさして変わらないがな」
ナハトが、多少おぼつかない足取りで部屋を出て行った。
付き添ってあげたい気持ちもあるが…。
今はそれを好機ととらせてもらおう。
…さて。
「ねぇライラ」
「なぁに?ノワルナくん」
「……ここも、君が織った世界なの?」
「………分かっちゃった?」
…やっぱり。
「…いや、何でかは分からなかったけど、すごく、なんだか…全てに違和感があったんだ。……それで、一番こういうことをやりそうだったライラにカマをかけてみただけだよ」
「…そっかぁ、気づいちゃったかぁ……。まぁ、気づくかもねぇ。あまりに、前の私達の世界とは違うから。…………それで?ここが私の作った世界だったら、ノワルナくんはどうするの?」
…ライラの纏う気配が、日常ならざるものへと変化する。
あの、見える全てを一瞬で破壊する輝きを感じる。
「……僕はどうもしないし、どうもできないよ。……ただ、理由が聞きたいかな。…それと、出来れば、元の世界がどうなったのか、も」
「…私はね、みんなを守ってあげたかったんだ」
「うん、それは知ってる」
「…先に説明すると、元の世界…そう。ノワルナくんがいた世界は、もう…これ以上なく、とんでもない状態になっちゃってぇ…」
「ライラ目線でとんでもないって…?」
「えーっとぉ、まず主催者ちゃんの月とお母さん…いや、都市ちゃんの月が私のせいでくっついちゃってぇ」
「ライラが原因じゃないか!?」
「…それで、ノワルナくんたちと私達が仲良くなったまでは良かったんだけどぉ」
「うん」
「主催者ちゃんの方で優勝した人…あれもアルターエゴだったかなぁ?…が、地上に降りて特異点?を作っちゃってえ」
「……うん」
「それで呼び出されたのが…アーク…何とか?だったんだけどぉ、なんかその子に呼ばれてすごいのがばんばん出てきたのぉ」
「……………うん」
「でもね?なんかみんな可愛かったの!」
「うん!?」
「それでぇ、BBちゃんと主催者ちゃんと協力して都市ちゃんのリソースを乗っ取ってぇ」
「…ううん!?!?」
「それを使ってぇ、みんなを巻き込んでぇ、平和な世界を作ってみたんだよぉ!!モチーフは日本の高校だよぉ!!!」
「………なる、ほど?」
「……そのせいで都市ちゃんのメモリーにいた英霊さんたちもみーんな学生に……えへへ」
「……それ、結構やばいんじゃないの?抑止力とか…」
「は?世界を機織る女神の全力舐めるんじゃねぇよ。そんなもんここには通用しねぇ。むしろ既存の物理法則再現してやっただけありがてぇと思えよ。槍四、五本引っこ抜くだけの簡単なお仕事だったわ」
「アッハイ」
「っと……そういうわけだからぁ、この世界にいてくれると、私としても嬉しいなぁ」
「……いや、うん。そこまで言われたら…というかちょっと考えてたよりひどかったというか…」
「そう言ってくれると思ってたよぉ!なんたって空虚だもんねぇ!!!色彩だもんねぇ!!!!たかだか幼馴染設定とか片思われ設定とか付与したくらいでそんな変わらないよねぇ!!!!!ラヴいよぉ!!!」
「あぁ、道理で……」
「おい」
…あ。
重大な事を忘れていた。
「…ねぇノワルナくん、どうすればいいと思う?」
「はははライラ、流石にもうこれは積みじゃないかな」
ライラの首筋には、鎌。
天使の歩みで移動できる範囲を、完全に掌握された状態だ。
そして、眼鏡を外した金色の眼が、ギロリと僕を睨んでいる。
…うん。これはブワーすらできないな。
「良く分かっているじゃないか、流石は私の姉と…私の…あれだ」
「好きな人だよn」
「死にたいか?」
「あれ。……否定は、しないんだね」
「あんなアホみたいな真実を聞いたらな。…恥も何もかも無くなった」
「アホじゃないもん…みんな幸せだもん……」
「…私はどうすればいいんだ?」
「え?叶わぬ恋にずっと内心で悩んでるとかわいいと思/ /」
「あっ」
残念ながら世界は戻らなかったしライラも死ななかった。
どっとはらい。
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