ImgCell-Automaton。 ここはimgにおけるいわゆる「僕鯖wiki」です。 オランダ&ネバダの座と並行して数多の泥鯖を、そして泥鱒をも記録し続けます。


いわんこっちゃない、そうロビンフッドはうそぶいた。
なぜ悪い予感ばかり当たるんだろうな、そうアンデルセンは嘆いた。

思えば最初からケチの付き通しだ、ロビンフッドは半獣人の腹に毒矢を叩き込む。
まったくあのマスターと来た日には、アンデルセンは半獣人の槍を交わし、剣を避ける。

「しかめ面のオタク、今考えてることを当ててやろうか!」流れ矢を払い落としながら、ロビンフッドが軽口を叩く。

アンデルセンは瞬時に五種類の切り返しを思いつくが、腹立たしいことに口に出す暇もない。
二重、いや三重。包囲の輪は狭まりつつある。もはや一刻の猶予もなし!

「マスターがいないと逃げるのが楽だな、だろ!?」
ふん、当てたところで何もやらんぞ、アンデルセンはそう言いかけて、黙る。
ロビンフッドもまた黙る。“顔のない王”が二人を包む。
包囲をすり抜けながら、アンデルセンはとあるキャスターの戯曲にこんな台詞があったことを思い起こした。

――森が動いている。

………
……


西暦1400年代、冬。“百年戦争の地”フランスにて。

「――そういえば、知り合いの歴史家が言っていたな。
この時期にヨーロッパ全域を襲った「氷河期」こそが凄惨なフランス百年戦争の本質的原因だというのだ」

鬱蒼と茂る森の中で、キャスターはひとつ白い息を吐き、ひとりごちた。

「当時イギリスが支配していたフランドル地方は羊毛の産地だった。
南フランスですらこのように、後世とは比較にならないほど寒いとなれば、温かい毛織物は喉から手がでる程欲しかっただろう」

『その説、ジャンヌ・ダルクが聞いたら嫌な顔をしそうだね』

からかうような声音が投げかけられ、キャスターはややばつの悪そうな顔で答えた。

「気に障ったならすまない。私は根が技術者でね、その……直接的な物言いしかできないんだ。今のような」

キャスターはしばし逡巡する。この若者はどこか、私を困らせて楽しむような風がある。
切り株に座る若者の目には、悪い冗談を楽しむ無邪気さと、それだけではない凄みがあるように思えた。

「どうやら、行ったようだぞ。彼らは」

端的に、キャスターはそう告げることにした。

「二人と戦ってはいない。どのみち、あのバーサーカーのようにやすやすとは倒せない相手だ――しかし、いいのかね」

何が、と若者が問う。

「あのキャスターとアーチャーはお前のサーヴァントで、お前はマスターだろう。
バーサーカー、そしてアサシンも……二人を倒したことで、私の“森”はさらに広くなった。
南は地中海に達し、北は雪冠が覆うアルプス山脈に沿って展開している。お前が惜しみなく魔力を注いでくれるおかげでね」

キャスターは周囲を見回した。東にはヨーロッパ随一の山脈アルプスが、その麓を囲むように森が広がっている。
寒気に耐えて更に視線を伸ばせば、そこには美しきフランスの村が、畑が、街並みが広がっていた。

「よい眺めだな。ここには、私が夢見たものがある。よい気候、豊かな大地、そこに住まう人々。
しかしすべての根本は森だ。森は気候を穏やかにし、地を富ませ、人々の生活を支える。

お前が何を考えているかは知らないが、私の森を広げてくれるのであれば、よろこんでお前に従おう」

………
……


特異点、フランス。
サーヴァントとともに行動していたカルデア最後のマスターが、ただ一人忽然と姿を消してから既に3日が経過している。

「確かに異常事態っちゃ異常事態だが、そう簡単に死ぬようなタマじゃねえだろ」
そう言っていたロビンフッドの表情にも、もはや当初の楽観はない。

「で、セイバーの姉ちゃんはどうした?」
「奴なら帰った。魔力切れ、だそうだ」

夜の闇が荒れ果てた村を包んでいた。
もとは農家であったのだろう、主のいない廃屋の暖炉に火をともしながら、アンデルセンは物思いに沈んでいた。

「エクスカリバーで禿山をひとつ作ったあげくがそれか……」

ロビンフッドは個人的な好悪の念を超え、半ば八つ当たりな感想を漏らした。
マスターからの魔力の供給が絶たれれば、サーヴァントは現界を維持できないのは道理。そんなことはわかっている。

しかし焦ったところで何ができるわけでもない。
サーヴァントたちはこの3日間、特異点の主だった地点を虱潰しにし、マスターの行方を探っている。
だがそこで必然的に発生する戦闘は少なからず魔力を消耗してしまうし、時間も無駄に食ってしまう。

一人また二人とカルデアに帰っていく同僚を恨むわけではないが、人手が減っていくのは痛い。
今回ばかりは、時間は彼の味方ではなかった。

「最後に残ったオレたち二人も、いつまでこの世界にいられるかわからない。
……そうなったら、マスターはどうなる」


アンデルセンは答えない。
いつもなら悪口の一つも二つも飛び出すところだが、今の彼にそのような余裕はないらしい。

ロビンフッドは訝しんだ。違うな、奴は何か、手がかりを掴んだのだ。

「おい毛布男、今回のレイシフトの目的は何か、知らされているか?」
「毛布男って俺かよ。……詳しくは聞いてねえが、ダヴィンチの奴とマスターが話しているのをちょっと耳にした」

ぱち、ぱちと火が音を立てている。

「『止めなければならない』と言っていたな」
「何を?」
そこから先は、ロビンフッドも答えられなかった。
暖炉の中で火が盛んにはぜた。薪からは樹脂が涙のように滲んでいた。

………
……


キャスターと若者との奇妙な共同生活において、食事を作るのはもっぱらキャスターの役目だった。

難しい仕事ではない。よい森はそれ自体、食物の宝庫であり、キャスターは植物の専門家である。
最初は小動物や鳥類を狩ることも考えたが、周囲で狩猟を行う半獣人――ヴェアウルフとの接触は避けたかった。

「彼らと肉を奪い合って、しなくてもいい争いをするのは馬鹿げたことだからな」
『焚き木からいい匂いがするね』
「裂けたモミの木を使っている。クリスマスツリーに使う木といった方が馴染みが深いか」

キャスターは煮えたシチューの鍋をかき回していた棒をかんかんと叩く。

「モミの木に関しては、よく知られたお話がある」

マスターと違って食事をとる必要のない彼は、手持ち無沙汰に語り始めた。

「ある小さなモミの木は、広々とした美しい森の中で不幸せであった。彼の望みは大きな木になることだった。
陽光も空を行く鳥も薔薇色の雲も彼を動かさず、ただ彼は雄大な船の帆柱に、絢爛なクリスマスツリーになった同朋を羨んでいた。
年月は過ぎ、彼は望んだどおり大きく成長し、そして斧で伐採された。
クリスマスツリーとして飾り立てられたモミの木は、ひとときだけ華やかな宴会の主になる。
宴会が終わり、用済みになったモミの木は、燃やされるまでの間、暗い物置の中で思い出すのだ。
若く、小さかった頃の自分はなんと恵まれていたのだろうか、とな」

『悲しい話だね』
汁物の中の実を咀嚼しながら、若者は答えた。

「哀れで、しかし示唆に富んだ話ではある。
愚かなモミの木は自分にないものを求め続けていて、己の内にあった幸せに気づけなかったのだ。
そして失った後で、はたと気がつくのだ……」

と、キャスターは頭を上げた。彼の耳は半獣人どものざわめく声を捉えていた。

………
……


「……それで貴様は、あの物語の筋書きに文句が言いたいわけか?」
青髪の少年は、キャスターに昂然たる瞳を向けている。

「君は……ハンスか」キャスターは言った「ハンス・クリスチャン・アンデルセン」

「久しいな、ダルガス」アンデルセンは返す。十歩の間を保ち、対峙する二人の周囲には木々だけが映る。

「貴様、いつのまに回教徒に転向した? 言ってくれれば祝電の一つも送ったのに。
人質などと益体もない。あいつはオレのマスターでな、返してもらおうか」

「生憎だが私は未だユグノーだよ」ダルガスは訂正した。
「人質というのも当たらない。私の森を広げてくれる彼に、そのような振る舞いができようか」

「ふん? それで俺が納得すると思うか」
「君は戦うのが嫌いだったはず。あのバーサーカーやアサシンのように……
彼女らのように、問答無用で襲いかかっては来ないだろう?」

「同じデンマーク人のよしみで一つ教えてやろう、ドワーフ殿。
お前が退けた二人はカルデアのサーヴァント。そこでだ、ここは一つ」

キャスター、ダルガスは反射的に己の真上、高さ40mはあろうかという樹上を見上げる。

「その落とし前を、俺達に払ってもらおう」    ……      「祈りの弓(イー・バウ)!」
アンデルセンの言葉と同時に、目に見えぬ狙撃者が宝具を発動した。


それは完全なる奇襲であった。
全くの死角から撃たれた一矢はダルガスの右肩を貫き、さらに貫通せずにその肉の内に留まった。

狙撃者は油断なく次の矢をつがえる。毒は間違いなく敵の体に回っている。
しかし……第二の矢を放つべきではないとの本能的予感に、ロビンフッドは従った。
外套の透明化を解除し、全力で跳躍する――瞬間、爆散した大木の破片が空間を覆った。


「ホウ、ホウ、ホウ……」
喉から感嘆するような声を漏らしたのは、毒矢を受けたダルガスである。
「その弓! その毒! アルビオン島のボウマンとお見受けする……だが残念だったな、若人よ!」

ダルガスの傷口は既に赤い血を流してはいない。代わって真っ白な樹脂が肩を濡らしていた。

「冗談だろう、オッサン! 毒が効かないって男はもっと見れる顔してるもんだぜ!?」

ロビンフッドは更に三矢を放つ。ダルガスはこともなげに一矢を避け、二矢を右手の伐採斧で弾き飛ばした。

「私の身体は半分以上、木でできているようなものさ!
イチイの毒が効くものか! ……さあ、次はこちらから行くぞ!」


ロビンフッドは舌打ちした。
ドワーフめいて鈍重な外見とは裏腹に、ダルガスの身のこなしは素早い。
たちまち距離を詰められ、ロビンフッドはやむなく腰の手斧を握る。

伐採斧が首を目掛けて飛ぶ。一撃をロビンフッドは躱す。
とみるまに、逆方向からつるはしが脇腹を貫かんと迫る。
狙撃者は手斧をひねらせてこれと打ち合い、二打、三打して距離を離す。

十歩の間合いから、しかしロビンフッドは弓を放つ機を逃し、更に下がる。
逃さじとダルガスは樹木で射線を遮りつつ進む!

「撃てまい、弓兵よ!」ダルガスは哄笑する「撃てぬように作っておる!」

「この森は我が陣地、樹木は我が胸壁、敵陣でキャスターと打ち合うなど不利の極み!
だが君もさるもの、木々に仕掛けたダイナマイトを巧妙に避けて退くところ、生半可な英雄ではないな!」

「お褒めに預かり恐悦至極!
俺は見ての通りの卑怯者でね、トラップのことならよく知っているのさ!」

返し言葉とともに、まっすぐに伸ばされた手斧はあやまたずダルガスの頸動脈を狙う、
しかし予想に反して彼はそれを避けなかった。頑健な左腕で一撃を受け、傷口から白液が飛び散る。
人血なのか樹液なのか定かではないものが振りまかれるが意に介さず、弓兵はダルガスにしたたかに蹴りを見舞われた。

嫌な音を立てて吹き飛びながら、ロビンフッドは超人的な精神力をもって身体を反らした。
至近で爆発。辛うじて逃れる。脂汗を垂らしながら身を起こそうとした彼を、発破によって飛散した大小の木片が襲った。

「……ッつつ……」
緑色の外套に無数の穴が開く。おそらくはその下にも。

さらに崩れ落ちた弓兵の耳は、真下を通過する音を感じ取り――絶望に顔を歪めた。
じりじり、と何かが燃えながら進んでいる。地中に埋め込まれた導火線だ。

「これはトラップというよりは、言ってみれば平凡な、土木工学の応用にすぎん」
ダルガスの肩と腕は固化した透明な樹脂に覆われ、つるはしの先端からも同じものが垂れ下がっていた。
「近代人は武芸や素質によってではなく、学問によって戦うのだよ――もうよかろう」

ロビンフッドは身体を起こすことができない。
頑強な小人は近づいてこない。おそらくは張り巡らした爆薬の網でもって、自分を爆殺する心づもりだろう。

進退窮まった――その時彼は、大地が揺らぐ音を聞いた。


小人の足が止まる。彼にとっての心配は森であった。

と、それまで静観していた青髪の少年が彼の前に立ちはだかる。

「ハンス、これはよもやお前たちの……」
ダルガスは髭を揺らしながら、困惑したように少年を見た。

「これは我が祖国が誇る地質学者の言とも思えん」
アンデルセンは小馬鹿にしたように言った。
「雪崩が来るんだ! アルプス山脈の雪が、大雪崩となって来るぞ!」

………
……



『カルデアの“シバ”担当の観測員は、ひとつの特異点の“ゆらぎ”を観測した。
この時代にアルプス山脈が大雪崩を起こし、フランス南部に甚大な損害を与えるとね』

若者――カルデアのマスターはごう、という音とともに雪の津波が木々に衝突するさまを見つめていた。

『この事象が本当に人類史に……人類の存続に影響を及ぼすのか、それは判然としなかった。
けれど、それは本来ありえなかったこと。正しい歴史に刻まれることのなかった災害だ』

めりめり、という音。ばきばき、という音。
多くの木々を折り、巻き込み、最初の雪崩は止まった。

『だが、それでも、雪崩は街を飲み込み、田畑を無に帰し、人々を葬り、無数の悲劇を生む。
それは今まさにここで起ころうとしていることであって――だとしたら、僕らが成すべきことは一つ』


「君の言いたいことは分かった、若者よ。次は私に喋らせてほしい」

マスターとアンデルセン、ロビンフッドが見守る中、ダルガスは小高い丘の上に立ち、周辺に森林を展開していた。

「私のサーヴァントとしての“スキル”は土地と植物を操り、繁栄させ、森林を形成しうるものだ。
大質量の雪崩に同じく樹木の質量をもって壁を造り対抗する、ということは、うん、まあ、出来なくもない。
だがそれには膨大な魔力と長時間の集中を必要とする。つまり、私はここから動けん」


「ダルガスに魔力を供給しなければならないマスターも、森から出ることはできないわけだな」
苦しげな息を吐きながらロビンフッドが言う。「もし失敗したら?」

「決まっているだろう、俺達は雪崩に飲み込まれ、フランスの村々も以下同文」
手持ち無沙汰なアンデルセンが吐き捨てる。
「……だがまあ、この程度の修羅場では作品のネタにはならんだろうな。最近の読者殿は目が肥えている」

『ストップ、始めよう。ダルガス!』

「心得た! 雪崩、第二波が森林線に接触する!」

再び轟音。先程よりも大規模な雪崩が、アルプスの山頂から転げ落ちるように迫る。
多くの木々が飲み込まれていくが、その過程で雪の波は確実に勢いを失っていき、いくらか森を侵食して止まった。



「フランス在来の樹木に加え、デンマークのモミの木を混成させている。強靭な耐候性を発揮してくれるはずだ……」
勝ち誇るダルガス。その目が驚愕に染まる。

「ワイパーンだ! 十体……二十体……いや、それ以上いる!」
東の空から迫る、奇怪な爬虫類の群れ。

何故? 何処から? そんな疑問は打ち捨てて、マスターは指示を下す。
『ロビン!』
「へいへい、良いところ見せろってわけね」
獲物を見つけ、急降下するワイバーンに狙いを合わせながら、ロビンフッドは応じた。


第三の波が迫る。ダルガスの森は徐々に雪で覆われていくが、なおも雪を突き破り、育つ木々がある。
だが――次の衝突で砲弾の直撃を受けたかのように樹冠が吹き飛び、宙を舞う。

「この雪崩、徐々に規模が大きくなっていくぞ! マスター、これ以上の魔力供給は無理か!?」
カルデアのマスターは首を振る。正式に契約したサーヴァントでなければ、一定以上の魔力供給は難しいのだ。

「ならば……ええい、鬱陶しい!」
背後から絶叫。ダルガスは空中から伸ばされた爪に胸を引き裂かれながら、ワイバーンの眉間につるはしを叩き込んでいた。
その勢いで、アンデルセンを襲おうとしていた別のワイバーンに向けて斧を投擲、一撃のもとに殺害する。


「ふん、たかだか四十体のワイバーンを殲滅し損ねるとは、あの優男も腕がなまったものだ」
周囲の惨状には目もくれず、青髪の少年はタブレットを眺めている。

「お前は何もせんのか、ハンス!」
「俺は魔術師でもお前のような軍人兼学者でもなく専業作家だ、さ・っ・か。何を期待してる」
苛立ちを隠せないダルガスに対し、アンデルセンはいけしゃあしゃあと返す。

『アンデルセンは特殊な魔術を使うんだ』
助け舟を出したのはマスターだった。『文章の力を使った魔術。だから、彼の真価は戦いじゃない』

「そりゃあ頼りになる!」ダルガスの叫びは悲鳴に近い。
「ひとつその文章とやらで――ああ、若人、危ない!」


完全な奇襲だった。ロビンフッドの撃ち漏らした三体のワイバーンが、マスター目掛けて急降下してくる。

一体が毒矢で撃ち落とされ、もう一体がアンデルセンの放った光弾で怯む。

しかし最後の一体は妨害を受けることなく、マスターの胸元へ爪を突き立てんとする!

――その動作が凍る。飛竜の脇腹には、槍。続いて無数の槍。

『「ヴェアウルフ!」』


答えるように、森のあちこちで蛮声が上がった。人の声帯では出し得ない叫びと、爪や槍が肉に突き立つ音。
マスター達を守って戦い、疲弊し、無数のワイバーンの死体を積み上げていたロビンフッド。
その周囲にも手に手に棍棒や槍を持ったヴェアウルフが集まり、ワイバーンと交戦を繰り広げる。

人間ほどの知能を持たない彼らは、本来であれば自分よりも優位な敵と争わない。
だが森に救う彼らはいかなる心根か、犠牲を恐れずワイバーンに向かっていく!

致命的な爪に引き裂かれ、一体の半獣人が大地を赤く染める。
飛竜はサーヴァントたちの元へ行こうとし――屍を飛び越えて別の半獣人がワイバーンに噛み付く。
「グルル……グア、ガアアア!」
その光景を見た一体のヴェアウルフが唸り声を上げた。その意味を人間は理解できない、だが同族には明瞭であった。
てんでばらばらに戦っていた半獣人たちのすべてが、サーヴァントたちに背を向ける。
彼らはゆるやかな円形の壁をなして、飛竜の群れに向かい合った。


「……ふむ」アンデルセンは呟いた。「モンスターどもと共闘というのは興味のある筋書きだ」
『彼らも、自分たちの住む森を脅かされていると感じたのかな』
「とにかく、天の助けではある。こちらは眼前の雪崩に注力できる!」

三者三様の感想を漏らしながら、彼らは六波目の雪崩がもたらす大地の振動に耐える。



既に彼の“森”は当初の七割以上を雪崩によって失っていた。
全ての始まり、あの小さな戦争のことを思い出す。

ドゥッペル4番堡塁に迫るプロイセン人の津波。
3番、5番堡塁は既に落ちた。ドライゼ銃の連射が兵士達をなぎ倒していく。
勝ち誇る敵の大軍に、第8旅団が吶喊していく。あそこには私の弟が――

全てが失われていく。美しい土地が、愛する部下たちが、名誉ですらも。

祖国を守れなかった軍人に何の価値がある。彼は軍籍を辞した。故郷に帰った。
全てが荒れ果てていた。人々は無気力に沈んでいた。かつての栄光は全て、敵に持ち去られていた。

再び剣を取り、奪われたものを奪い返すか。
違う。ユトランドの荒地に木を植えよう。森を作り、畑を作ろう。薔薇の花咲く田園としよう。
失ったものを嘆くより、残されたものに力を見出すのだ。



「土壌の改良、地下水の排出! 根圏の拡張、植栽配列の改善! 
遷移の促進……そして我が“興国の樅”の移植!
打てる手は全て打った、本来であれば雪崩はとうにこの森を覆い尽くしていただろう、だがマスター!」

ダルガスはモミの大木にせき止められた白色の波を見た。既に眼前まで迫っている。
「これ以上の質量は押しとどめきれん! もしも決壊すれば……今まで受け止めてきたものが全て、平地へなだれ込むぞ!」

アルプス山脈のこちら側は、茶色い地表を露出させていた。
それはつまり、最後の雪崩が迫ることを意味している。


彼らはそれを見た。
誰もが呆然とした。
これまで六度に渡って受け止めてきた雪崩……
その全てを合わせたよりも強大な、白い、ただ白い、あれは何だ?

あれは――駄目だ。

「結果は分かりきっている」
ダルガスの顔の皮膚……いや、魔力を吸い尽くした樹皮が、乾いた音を立てて剥がれ落ちた。
「“あれ”がここへ到達したが最後、誰も生きて還れん」

彼は想像した。雪の塊と木の破片からなる津波が町並みを飲み込んでいく姿を。

だがそれを止める手立ては既にない。
全ての木々は配置済みだ。彼は持てる力を全て、木の防壁を築くことに費やしたのだ。

運動量は質量と速度の積。ならば。
ならば秒速60mの速度で近づいてくる、笑えるほど膨大な雪と氷の津波を止めるには、あと、何億本の木が要る?


ダルガスは力なく、既に機能を失った瞳を閉じた。
「すまない、若人よ……万策尽きた」

その矮躯のいたるところからぼろり、ぼろりと木質のものが剥げ落ちる。
既に彼の肉体は限界を超える過剰な魔力流入によって朽ち果て、両足に至ってはまさに樹木の如く、大地に固着していた。

「私もこの通りだ。どうせここからは動けぬ身、しかし君は、カルデアのマスターだけはせめて……」

「何言ってやあがりますかね!」
青息吐息を吐き、全身に戦いの傷を負いながら、ロビンフッドが主のもとに戻る。
「うちのマスターを舐めてもらっちゃ困る。一度は世界を救ったお方ですぜ?」

「だが……」ダルガスは逡巡する。
「君も私もこの通りの惨状。加えてハンス……作家先生は役立たずだ。
マスター、君の信用を裏切ることになって済まないが、どうかここから逃げなさい。あの雪崩が、全てを飲み込む前に」

だが、若者――カルデアのマスターは、
すべての能力を失い、いまは一本の木となったダルガスに笑いかけた。


『アンデルセン』
彼はタブレットを叩いていた青髪の少年へ、まっすぐな視線を向ける。
『君はなぜ……あの“モミの木”の童話を――あんな可哀想な結末にしたんだい?』

「何かと思えば、馬鹿な質問を」
それでもアンデルセンは真面目に答えた。
「俺が書きたかったからだ。趣味が悪いと笑いたければ、笑うがいい」

『いや、僕は笑わないよ』

ダルガスは何故彼がこうも冷静でいられるのだろう、といぶかった。

『僕は、君のお話の主人公が好きだからね』

ほう、とアンデルセンが口元に笑みを浮かべる。目は己のタブレットに落としたまま。
「どのあたりが、お前の気に入った?」

『君のお話は、絶望と、苦しみと、不幸に満ちている。けれど』

ふいにダルガスは気がついた。彼の足が震えているのは、大地の振動のゆえだけではない。
彼は眼前の自然の猛威に恐れを抱く。だがそれでいてなお、彼は目を背けぬ。何故――

『みな、希望を胸にいだいている。何かを得ようとする憧れを。
君はそれを、地に足のつかぬ夢想というのかもしれないけれど、僕はだからこそ、彼らを愛している。
僕は君の物語の主人公たちとともに、彼らが持つ理想を愛して――だからこそ、結末に心を奪われるんだ』


なるほど、なるほど。アンデルセンは面白くなさげに鼻を鳴らす。
「こんなにもひねくれた人間嫌いの俺を見ていて、そんな感想を漏らせるマスターは、たしかに稀代のお人好しだな」

すっかり数を減らしたヴェアウルフたちが、半ば人間の形質を失ったダルガスの周囲に集まる。

「だが残念ながら、俺には主人公への愛? そんなものはないね。
理想? 憧れ? 怖気が立つわ! 犬に食わせてしまえ!」

『へえ? じゃあどうして君はそんなにも――』マスターは人の悪い微笑みを浮かべた。
『一生懸命に、ダルガスの物語を書いているんだい?』


既に振り向くことも、声を立てることもできないダルガスは、
夢を見るような心地でその会話を聞いていた。

「ふ、ふふふふふふ……」
アンデルセンはその童顔に朱を差しながら、空中に浮かび上がったコンソールを叩いていた。

「マスター……俺はお前の誤解を解きたいのだがその暇を見いだせんでいる。
そう、なぜなら今! 俺は、いわゆる最終章の“その後”を書いているまっ最中だからだ!」

……何がどうしたって?

『ああ、説明するよダルガス。そんな姿になっても、まだ聞こえているかい?
アンデルセンの魔術の真価は、彼が観察した人物の理想の人生だとか、在り方を彼が物語に仕立てるってものなんだ。
いわば、伝記作者になるんだね。上手く行けば、その人物を“理想の姿”にまで強化できる』

アンデルセンは両手をせわしなく動かしながら、ウェアウルフのような唸り声を上げていた。
一方では肩を竦めるロビンフッドに、半獣人たちが気遣うような目を向けていた。

『でも、この宝具には欠点がある。何だと思う?
まあ分かるよね。その人物はアンデルセンがやる気になるような、“何か”を持っていなければいけない。
そりゃあそうさ、作家が感情移入できない作品は駄作にしかならないからね!』


雪崩は僅かしか残っていない森林を容赦なく押しつぶしながら侵攻を続けていた。
マスターの足元さえ、細かく飛び散った雪で半ば埋まっている。

『さあ、アンデルセン。そろそろダルガスに……物語を締めくくってもらおうよ』

「ああ糞が、仕事は選べるものなら選びたいが、とりわけこの仕事は癪に触る!
……何が悲しくてあんな奴の記事なんぞ検索を……ああ、よし、こいつだ!」


http://www.aozora.gr.jp/cards/000034/files/233_435...


「ふん……むむむ……ふむ……ほう……」
アンデルセンは文章を流し読み、ひとりでに馬鹿にしたような、また感嘆したような声を上げた。

「内村鑑三とやら、なかなか秀逸な文章を書くではないか……
よし、ならば俺が書くべきは……こうだ!」

最後のキーを叩き終えて、彼は叫ぶ。

「聞け、ダルガス! 俺は貴様が英雄だとは思わん、そうこれっぽっちも思わん、だが!
認めてやろう、貴様は確かにただの軍人でも植物学者ではない!
牢固たる精神を以て大地を征服した、星の開拓者ならんとした男だとな!
そう、ダルガスよ、これはお前に向けたものだ!」

――おそらくそれはハンス・クリスチャン・アンデルセンが他者へ表す、最大限の賛辞であったろう。

「『貴方のための物語(メルヒェン・マイネスレーベンス)』!」

………
……


高らかなる宣言。
それは文脈に反して、喫緊の課題たる雪崩に対していささかも干渉を加えず。

ただ、この物語の主人公を。
過ぎては一本のモミの木と化したエンリコ・ミュリウス・ダルガスを。

再び人の形を取った英霊。デンマークびとが誇るひとりの英雄として、その場に立たしめた。

………
……


「ああ」
彼は一度だけ、虚ろなる声を漏らした。その目に生気が溢れていく。彼はアンデルセンに頭を下げた。
「ありがとう、尊敬すべき作家殿」

続けてダルガスは言った。
「ありがとう、若者……いや、私のマスター殿」

続けて彼の口を出るのは、己の存在を縛る言葉。彼の全てを定義する呪文。

「私は栄えあるデンマーク王室の工兵中佐、技師、地質学者、植物学者、作家、詩人、
そしてキャスター、“荒野の王”エンリコ・ミュリウス・ダルガスです。さあ、ご命令を!」

こうして、サーヴァントとマスターの契約は成った。

………
……


ダルガスの体内を、彼のものではない膨大な魔力が渦巻いていた。
彼はその魔力をもって、新しい樹木を召喚する。ひたすらに召喚し続ける!

「だが、この樹木は」
ダルガスは瞠目した。それまでの陣地構築を遥かに超えるスピードで大地を埋め尽くすのは、
彼の慣れ親しんだモミの木ではなく、なにか別種のものであった。
「これは我が人生とは関わりのない、東洋の木々。なぜ、私はこれを使役できる?」


「……これは貴様が植えたものではないが、貴様なくば生まれなかったもの。いわば貴様の物語がした仕事なのだ」
ダルガスの疑問に答えたのは、一仕事終えた感のあるアンデルセンだった。

「何をどうしてか、貴様がこの世を去った後で、
その事業がある島国に伝わり、日出る国の民はいたく感銘を覚えた。貴様の生き様、その理想にだ」


魔術に集中するダルガスは、話者の表情を伺い知れぬ。
だからであろうか、アンデルセンの語りはとても誇らしげに聞こえた。

「あるものは自分の土地に木を植えた。またあるものは外国で植林術を学んだ。
そして官職に付き、権力を得て帝国全土に苗木を植えたものもいた。すなわち日本列島、朝鮮半島、台湾島の隅から隅まで――
「我もまた、鋤と苗木を以て故郷の為に働かん」とな! 彼らが植えた、有用樹木がざっと十億本!」

まさか、とダルガスは呟く。自分の知りもしなかった土地でそんなことになっていようとは。
一方で彼は魔術の施行を加速させる。雪崩が迫る。衝突まで数秒。十億本の東洋の樹木をもってすれば、あるいは?

「文章が人に与える感化の力というものだ! 妬ましいが書き手としては冥利につきるものではあるな!
……さあ最後の雪崩が来るぞ! これが物語の結末だ! うまくやれよダルガス! マスター!」


絶望的な質量を伴った雪崩が木々を覆っていくのが見える。
その勢いは凄まじい。未だ持ち堪えていた強靭なモミの大木すら、次々と白い波に飲み込まれ、ひしゃげ、折れていく。
ロビンフッドは無言でマスターの前に立つ。アンデルセンはどこか遠くを見つめている。

「マスター! マスター殿よ!」
だが状況に不似合いな喜色を帯びて、エンリコ・ダルガスは叫ぶ、歌うように。

「異国にまします我が同志の末裔よ! あなたはこの為に私を呼んだのだな!
ならば、あなたは知っていよう! “人が失ったものを取り戻す術を”“自然には、永久の希望があることを”」

令呪を赤く輝かせながら、若者は応、と答えた。
それで十分だった。正しき契約を経て、マスターの魔力がダルガスの身体に張り巡らされ、その構造を造り替えていく。

十億を超える樹木を使役するノルデンの小男は、いまこのとき神霊にも匹敵しよう、
何故なら彼は星の開拓者、かつて一国の荒廃を救い、絶望を打ち払った男だからである、宝具が宣言される!


「“東洋の木々よ、根を下ろし大地の傷を覆え”
 “生命ある柱よ、雪を切り裂いて立て”
 『外で失いしもの、内において取り返すべし』(Hvad udad tabes, skal indad vindes)!」

轟音。
雪と氷。土と木。二つの質量が衝突した瞬間だった。

カルデアのマスターはそのとき、足元が崩れるような感覚を覚えた。

………
……


「マスター……マスター……若者よ……」

誰かが自分を揺り動かしている。うっすらと視界が開けていく。
ダルガスの髭が嬉しげに揺れていた。

「おお、目を覚ましたか。死んでしまったのではないかと恐れていたところだ」

雪に埋もれた木々、半分だけ天空に伸びた木々。戦場の一部を切り取ったような情景。
どこからか、半獣人が互いに呼び交わす声が聞こえる。彼らもまた、この災厄を生き延びたのか。

ダルガスは雪の中から、マスターの身体を掘り起こした。

「見ての通り、雪崩は人里に辿り着く前に止まった。
……東洋の木々のおかげだ。あなた方のおかげともいえる」

西の空を見る。夕日がフランスの街々を、畑を染めていた。人々はこの先も、ここで暮らし続けるだろう。

「木々は折れ、破け、ほとんどは冬を超えることなく枯れ死んでしまうだろう。
だが案ずるには及ばぬ。木々はやがて腐り、次の苗木の糧となるものだ。
森は消えることはない。雪崩はこれからも防がれるだろう」

『ダルガス、もしかして君は……』

「君のサーヴァントとは、別れは済ませてきた」

ダルガスの身体から、黄金の砂粒がさらさらと溢れていく。
マスターは知っている。すべてのものに終わりがある。その時が来たのだと。

「彼らは一足先に帰っていった。
だが……私はもはや、消えねばならぬ。それが残念でならない。
君も薄々は分かっていただろう? この世界は、なかったことになるのだと。それには私も含まれる」

『サーヴァントは死なないさ』目に涙を溢れさせながら、マスターは言った。
『いつか君がカルデアに来てくれるまで、待っているよ』

ダルガスは破顔した。
「そうしてくれるなら何よりの光栄だ、マスター殿。
その時はあのアーチャーやハンス、“彼女達”にも謝りたい。
私は君を他のサーヴァントたちに近づけたくなかった。君を信用できなかったのだ。後悔を覚えている」

『いいんだ』
マスターはぐすり、と鼻を鳴らした。ぼろぼろと涙を流している。

いったい別れに際して、サーヴァントにこれほど情を示すマスターがいるであろうか。
ダルガスは既に、深い敬愛の念を彼に抱いていた。



ところで、と親愛なるマスターは彼に尋ねた。

『君が呼び寄せた十億本の「東洋の樹木」だけど』マスターは盛大にくしゃみをした。『なんて種類かな』

ダルガスはふむ、と辺りを見回す。
二人の周囲では、生き残った木々が風にさらさらと葉を揺らしていた。

「ざっと見た感じ、スギとヒノキであろう」





………
……



「おーい、マシュ君。彼、最近部屋に閉じこもりきりじゃないか。何かあったのかい?」

「先輩はレイシフト先から帰ってからずっと、涙と鼻水が止まらないと言って寝込んでます」

「えっ?」

「花粉症です」




おわる

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