夢幻理想世界メアリー・スー
最終更新：ID:0y6BZXch5Q 2017年07月19日(水) 02:00:34履歴
────────某所
「ハァ………！ハァ………！！」
メアリーが胸を抑えて苦しんでいる。頭を掻きむしり、苦痛に顔をゆがめている。
そんなメアリーに、苦痛を少しでも和らげてあげるべく声をかける。
「どうしたのメアリー？苦しいの？痛いの？大丈夫？そんな主人公に相応しくない表情をするなんて…」
「違うの……。違うのよ、私（メアリー）………。痛いとか、苦しいとかじゃないの…………！」
「じゃあ、どうしたの？あまりそんな表情をするのは、私（あなた）らしく無いわね」
私がそう茶化すように言うと、メアリーは震えるような声でつぶやいた。
「………怖い…………………………。」
「─────………………怖い──？」
「そう、怖いの…。最近、私が私じゃ無くなっていくような気がするの…。」
メアリーは震えながら、自分の顔を両手で覆いながら、涙を流し始めた。
「最近、自分の記憶が混ざり合って溶け合っているの…。無限に等しい英霊の記憶が、栄光が…そして残滓が…！！
ついさっき王になったと思ったら、国が滅んでいる。子供を作ったと思ったら子を殺している。
それどころか、そのあとすぐに初恋をして愛憎を繰り返したと思ったら孫に看取られて死んでいる…。
貴族に生まれたと思ったらゴミダメに吐き捨てられ、その後革命を先導したと思ったら処刑されている！
もう、記憶が無限に重なって、どれが私なのか分からない………！！私が私じゃ無くなっていくの………！」
ガシィ！とメアリーが私の肩に掴みかかる。その眼には、計り知れない恐怖が渦巻いている。
「ねぇ！！私、本当に私よね！？そもそも私って誰なの！？どの作品の、どの時代の、どの世界を生きた英霊なの！？」
「落ち着いて、メアリー」
私はそんなメアリーの頬を優しくなでる。どうやら、相当に幸福点を７つ潰されたのが堪えているようね。
可哀想に。そんな思いを込めて、私はメアリーの頭を抱き込み、ポンポンと優しく頭をなでる。
「私（アナタ）は貴方（わたし）よ、他の誰でもない。この世界を幸せにする、唯一の存在。
この世界にたった一人生きる、究極の理想にして主人公。それがメアリーよ。だから、安心して…。」
「───────────────………ありがとう。」
私がそう言うと、メアリーは涙をぬぐった。泣き腫らした顔でも、私（かのじょ）はやはりすべてに愛される理想のフェイスだ。
「クスッ、何を怖がっていたのかしら私。」
「そう、そうよ私。やっぱり笑顔が一番ステキ。」
「さぁ始めましょうフェイカーの私（メアリー）」
「そうね、世界を書き換えましょうビーストの私（メアリー）」
私たちはともに手を取り合い、くるくると回って踊り出す。
「さぁ始めましょうカルデアの皆（じゃまものども）！」
「さぁ始めましょうカルデアの邪魔者共（みんな）！」
『これより始まるは理想の舞台！』
『これより幕開(ひら)くは究極の物語！』
『七つの幸福の先にあるは、終着のハッピーエンド！
喝采せよ、さぁ喝采せよ！！此よりは幸福の世界の幕開け也や！！！』
◆
────────人は夢を見るのか？その疑問に対して、答えは当然是である。
何故夢を見るのか？と問われるとそのメカニズムははっきり分かっていない。
記憶の整理だとか、自分を映す鏡だとか警告だとか言われているけど、
正直その理屈ははっきりとは分かっていない。
ただ、一つだけはっきりしていることがある。多分、俺が今見た夢は間違いなく警告なのだろう。
この夢は、おそらくこれから始まる戦いへの、最後の警鐘なのだろう。
「おい、昨日の■■■■■■■の活躍見たか？」
「ああ、凄かったよなぁアイツ」
今日も何処かで交わされる、そんな取り留めも無い会話。
「やっぱり■■■■■■■さんはかっこいいよねぇ！」
「うんうん、あのフェイスはやっぱり人を虜にするよねぇ！」
そんな誰もが一度はするような、そんな会話。肯定的な賞賛。
「やはり、■■■■■■■の料理は天下一品だな」
「この漫画の■■■■■■■はつよいな」
「■■■■■■■がいなくちゃ生きていけないよ」
「この街で一番強いのは■■■■■■■以外いないな」
「この歴史は、■■■■■■■によって変わった」
「この発明者って、確か■■■■■■■だったっけ」
そんな賞賛の全てが、同じ人物に向けての物だったら、世界はおかしくなる。
だってこの世界に賞賛など、文字通り無限に等しい数存在している。それらを全て独り占めにするなど、有り得るはずがない
────────そう、有り得るはずがないのだ。
街に出ると、周囲の人々が彼女の名を唱えて賞賛している。
『メアリー・スーは美しい』
『メアリー・スーは何より強い』
『メアリー・スーは全てを作った』
『メアリー・スーは究極の英霊』
本屋に行くと、全ての物語は彼女を主人公にしている。
『メアリー・スーの冒険』
『メアリー・スーの闘争』
『メアリー・スーの暗躍』
『メアリー・スーの事件簿』
話を聞くと、全てがメアリー・スーの英雄譚になっている。
『メアリー・スーが国を創った最初の王だ』
『メアリー・スーが聖剣を抜いて永劫の平和を築いた』
『メアリー・スーが悪魔を打倒して救世主になった』
『メアリー・スーがこの宇宙を統一して神となった』
恐怖して走り出す。カルデアにいる英霊たちへと助けを請う。
「なるほど、そりゃあ災難だったな」
「逸話を乗っ取る英霊…なんて恐ろしい」
「ふむ、こいつは由々しき事態だ」
「まったく、怒りがこみ上げてくるよ」
『ぜんぶ、私のものがたりなのに』
ぐちゃり、と景色が歪んで視界に映る全ての英霊の貌がメアリー・スーへと書き換わった。
◆
「────────────────……………………っハァッ！！…ハァ…ハァ…！」
夢…か？夢……………、だったのか？
いや、違う……………。夢と言うには、あまりにも恐ろしく、そして現実味を帯びていた物であった。
………………最後の特異点…、いや、『幸福点』を修復してから、１ヶ月。メアリー・スーは何のアプローチもかけてこなければ、
動きも無かった。俺は、それが逆に怖かったのだ。
かつて対峙した人類悪…魔神王ゲーティアは、七つ目の特異点が修復されたら、間髪入れずに最後の攻撃を仕掛けてきた。
それは解析によって自分たちが奴の神殿を見つけたというのもあるが、奴は追い詰められたときはすぐ様に畳みかけをかけてくる存在だった。
…………だが、此度の人類悪は違う。
奴は、追い詰められた状態であっても、一切の動きを、動揺を、焦りを見せていない。
それが逆に恐怖を煽った。ゲーティアの圧倒的な力とはまた違う。『静かな恐怖』とでも言うべきであろうか。
奴が水面下で、分からない何かを仕掛けてくるんじゃないか………………。そう思うと、恐ろしくてたまらない。
───────────────────────やがて、その恐怖は現実となる。
「フォウ！フォーウ！！」
フォウにせかされてベッドから起き上がる。まったく、いつもうるさい奴だなぁこいつは。
…………いや、何かが違う。いつもとは、フォウの急かし方が何か違うと感じた。
根拠はない。ただ、長い間マスターとして戦い続けた勘と言う物だろうか？
「フォーウ！！」
「…何が、あったんだ？フォウ」
聞いてもフォウは何も返さない。獣なんだから、当然といえるか…。
だがこの胸騒ぎはなんだ？先ほどの夢から、俺は彼女───────メアリー・スーの顔を浮かべる。
───────まさか、とうとう彼女がカルデアに攻め込んできたとでもいうのだろうか？いや、それにしては静かすぎる。
いつものカルデアの服に着替え、俺は廊下を歩く。すると、職員たちの会話がいくつか聞こえてきた。
『いやぁ、とうとう彼女が来てくれればこのカルデアも安泰だ』
『ああ、かのミス・ミューズアリィさんが来てくれたなら、もう俺たちもいらないかもな』
「（……ミューズアリィ？）」
聞き覚えのない名前だった。もともと自分も魔術の世界とは縁のない人間だったから詳しいことはわからない。
ただ、その名前がこの胸騒ぎの原因だと、直感で理解した。
だんだんと大きくなる胸騒ぎを抑えながら、俺はフォウとともにダ・ヴィンチちゃんの工房へとたどり着いた。
「…………藤丸君」
「───────何が………あったのですか？」
部屋の扉を開けた途端に目に入ってきたのは、疲弊しきったダ・ヴィンチちゃんの顔であった。
彼女がこんな顔をする時点で、すでに普通ではない。何か、何かがこのカルデアで起きていると即座に理解した。
俺が問うとダ・ヴィンチちゃんは、苦虫を嚙み潰したような顔で答える。
「…………やられた！！奴だ！メアリー・スーの手が……とうとうここカルデアにまで伸びてきたんだ！！」
ダン！！とダ・ヴィンチちゃんが机にこぶしを叩きつける。俺は不思議と、驚かなかった。どこかで、それがあり得る事と考えていたからだ。
「サーヴァントの反応すらなかった…。気が付いた時には、すでにカルデアの喉元に食らいついていた…！
最先端のカルデアの設備の探索網すらすり抜けるとは……どうやら敵は、ここで決着をつけるつもりのようだね」
「そ、そんな……しかし…どう戦います？あいつがもつスキルは英霊の否定…それを、こんな場所で使われたら───────」
「あら、私の話？」
ゾワリ、と肌が逆立つ感覚を明確に感じた。
声の聞こえた方向へと振り返ると、そこには目元の隠れた白髪の少女が立っていた。
「───────君は……………………ッ！？」
「初めまして”先輩”？私の名はミス・ミューズアリィ。新たにカルデアに配属されたマスターです。
……………なぁんて、虚構に塗れた自己紹介は必要ないかしら？」
ﾆｺﾘ、と彼女は微笑む。その笑みは何よりも慈愛に満ちており、そして何よりもそれが”恐ろしかった”。
「早速で悪いけど、君の本性を語ってもらおうか、目的は？クラスは？そして君の存在意義は？」
「結論を急ぎすぎねぇ天才ちゃん？そんなんじゃ主人公のヒロインになれないわよぉ？
まぁ今の私は機嫌がいいから答えてあげる」
ニィ、と口端を釣り上げながら、少女は言う。
「私の名は、フェイカーのメアリー・スー。私はフェイカー、嘘つきフェイカー。
物語（すべて）は私の名の下に堕ちる。英霊（すべて）は私の手の中に墜ちる。
祝福しなさい、何よりも小さく矮小なる悲しきマスターさん。私に跪き、恍惚の表情で足をなめて服従を誓えば何もしないで上げる」
「………何が言いたい？」
フェイカーというクラスを名乗るだけある。
その言葉すべてがこの場にいる全ての存在を煙に巻くかのように実態がない。
「こわぁーい。そんなに凄まないでぇー。私がその気になれば、あなたたち全員を悪者に仕立て上げることもできるのよ？」
「…………ふざけないでほしい。早々に君の要件を言ったらどうだ？」
ゾワリ、と周囲の空気が濁る雰囲気を感じる。
「良いでしょう、そんなに死にたいなら教えてあげる。
私の目的はただ一つ。そこにいる藤丸立華の人生（ものがたり）の奪取。
そのために私はわざわざここまで来てあげた、究極にして至高のマスターの殻（ものがたり）を被ってね。」
「なるほど、嫌だと言ったら？」
「この私の全能力とカリスマを以てしてこのカルデアを内部崩壊させる。
あなたたちは英霊がいるから生き残るでしょうけど、もうレイシフトは出来なくなっちゃうかもねぇ？」
「…………………………………。」
工房に沈黙が走る。その沈黙を破ったのは、マシュであった。
「先輩！！カルデアの職員方の様子がおかしいのです！……あれ？そちらの方は……？」
「──────────────とりあえず、カルデアの外で待っているわ。さて、カルデア最初にして最後のマスターさん、そしてシールダーさん。
あなたたち2人が外に出たらその瞬間、このカルデアの周囲そのものが私のお城にレイシフトするように装置を書き換えさせてもらいました。
それ以外の人間が、またはそれ以上、それ以下の人数が外に出た場合は私の申し出を却下したものとして、このカルデアを潰します」
「待て！！この俺の人生を奪って、何をするつもりだ！？」
「それはあなたが今までやってきたことを振り返ればわかることでしょう？」
ギロリ、とメアリー・スーは冷たい視線で振り向き、俺を強く睨みつけた。
その視線にはすさまじい怒りを、悲しみを、そして……後悔の念を感じた。
「最新の幸福を成した男のくせに………私の感情がわかるわけもないか」
そういうとメアリー・スーは、スゥーと霞のように消えていった。
「…………これは、名指しで喧嘩を売られたようなもんだね藤丸くん。」
「そう……………………ですね」
生返事しかできない。あのメアリー・スーの真意がどういったものなのかはわからない。
ただこれだけは言える。これから向かう戦いは、彼女との最後の戦いになるという事だ。
「どうやら彼女は相当お冠に来ているようだ。まぁ、彼女が作り出した七つの幸福点を台無しにしたんだ
怒りの矛先にされるには十分な理由だろう。」
「ですがメアリーさんは……なぜカルデアに攻め込んで、すぐにカルデアを滅ぼさなかったのでしょう？
彼女ほどの人類悪ならば、忍び込んだ時点で勝利はゆるぎないものになるはずです。それなのになぜ、先輩をおびき寄せるような真似を…？」
「プライドの高い彼女のことだ。きっと己の手で直接殺してやろうとか考えているのだろう。
……………それで、君はこの誘いに乗る気かい？藤丸君」
ダ・ヴィンチちゃんが俺に対し問いを投げかける。それに対する答えは、もう決まっていた。
「…………はい。彼女のことは、放っておけません」
「と、答えると思っていたよ。…だが、これは文字通り命がけの戦いとなる。
あのゲーティアにすら匹敵するかもしれない。いや、彼女は人類悪としてはまだ新生だからあれほどではないかもしれないが、
それでも油断するべき相手じゃない。………それでも行くかい？」
「無論です」
「OK！では存分に暴れてきたまえ。」
ダ・ヴィンチちゃんに見送られる形で、俺とマシュはカルデアを出た。
その出た先に広がっていたのは、延々と続く漆黒の荒野であった。
───────そして、その中心に立つは
「あら、出てきたのね。まぁ、あなたなら私と戦うと思ったわ。」
◆
「はじめまして、いえ？久しぶりと言った方が良いのかしらね」
クスクス…と少女が笑う。目の前に立つ、獣の英霊が笑う。
─────人類史の澱み、七つの人類悪が１つ。『慙愧』の理を持つビースト
……………………メアリー・スー。七つの『幸福点』という人類史の書き換えを行い、
全ての偉業を、物語を、歴史を、逸話を、自分のモノへと書き換えようとした、”理想”の具現……………。
「そんなに怖い顔をしないで？人類史を救ったマスターが目の前にいるのよ？正確には、その偉業を”喰らう”英霊だけれど？
全ての英霊に愛され、全ての英霊を従え、そして全ての英霊と共に世界を救った”事になる”マスターが…ね？」
目の前の少女は、クルクルと楽しそうに舞う。その表情は、心底楽しそうな、それこそ無邪気に遊ぶ子供のようだ。
「ああ、なんでこんな簡単な事に気付かなかったのかしら！簡単な事だったじゃない！
あらゆる時代に行ったあなたの物語を乗っ取れば、それだけであらゆる時代に私を伝播出来る！
それだけで、私が幸福点なんて作る必要はなかった！ああ、まったく馬鹿々々しい話だわ！」
少女は高笑いをする。心の底から、喉の奥から楽しそうに、そう…楽しそうに…………。
「──────────やめて、下さい…………！！」
だが、その笑い声はもう一人の少女の一言で途絶えた。
「………。」
「やめてください…！！先輩の…かつて行った………あの努力も…！苦しみも…！！知らないで！！」
「………………………。」
メアリー・スーは、理想の具象はただ黙って、不機嫌そうな顔で少女の…マシュの言葉を聞いていた。
「どうして………！どうしてこんな悲しい事をするんですか…！？
人の物語を奪って…！自分のモノにして…！！何が楽しいのですか！？
貴方は…セイヴァーの貴方は…！全員を幸せにしたいという一心の、正義の味方だったのに！
なんで貴方は…こんな事を………！」
「黙りなさい」
その切なるマシュの言葉に対し、ビーストは冷たく言い放った。
「全てを、幸せに、する………？…プッ！アーッハハハハハハハハハ！そんな事…！簡単に出来るはずがないのに…
セイヴァーの私は、まだそんなことに固執しているのかしら！まったく愚かしい！！滑稽この上ないわ！！」
ビーストは、狂ったように笑い始める。その目に光は灯って無く、何処か遠くを見つめているような、
…………いや、『何も見ていないかのような』虚空な眼であった。
「英霊（わたしたち）に、全てを幸せにするなんてね、不可能なのよ」
突然少女は表情から笑みを無くし、その光の灯っていない目でこちらをギロリと睨んだ。
「考えても見なさい。人間がこの世界に生誕してから軽く数万年…。その間に何人の人間が生まれたと思ってるの？
人が変われば、幸せの概念も変わる。例え隣人ですらその幸せの概念は大きく違うと言うのに、それが数億…
いえ、それ以上の人数よ？こんなの…不可能以外何もないと思わない？」
ビーストは続ける。暗い瞳で、光の灯らぬ瞳で、感情の無い瞳で、ただ…ただ平坦に言葉を紡ぐ。
「良い？英霊って言うのはね、人々の理想を叶え、人々の信仰となり、そして人々を倖せにしなくちゃいけない存在なの。
それが、その英霊がよ？どうして全ての人間を幸せに出来ないのかしら？おかしいと思わない？例えそれが、どれだけ不可能なことであっても遂行しなくちゃいけないの。
英霊たちはね、心より信じて行動した。考えた。走った。手を差し伸べた。抱きかかえた。支えてあげた。共に歩んだ…！」
メアリー・スーは、まるで”それがかつて自分の行った行為”であるかの如く、言葉を続けた。
「その先に、その果てに、英霊（わたしたち）の示すハッピーエンドがあると信じて…！倖せがあると信じてね！！
でも無駄だった！！待っているのは破滅のみ！絶望のみ！！終末のみ！！！そんなのってある！？こんな理不尽、許せるはずがない！！
だから私は全ての英霊の物語を乗っ取って、一つ残らず『何一つ穢れなき完璧なる物語』に書き換える！！過去も！現在も！未来も！！
全ての英霊が、人間が！理想の具現たる私だったら！きっと人類史は完璧にしてゆがみ無き、理想の具現へと昇華するわ！！」
「───────でも…それとこれとは話が別じゃないのかな？」
俺は思わず、彼女の言葉をさえぎって言葉を発していた。
「…………………なん…、ですって………………？」
「君のやっていることは、…………言ってしまったら、最早英霊の否定に過ぎない。…確かに、英霊が成した物語は完璧じゃ無いかも知れないけど…
それでも…それでも一生懸命に生きたからこその、英霊なんだ！！その物語を、人生を乗っ取るのに何の意味があるって言うんだ！」
「…………………………意味なら───────、あるけれど？」
メアリー・スーは、虚空の瞳のままにﾆｨｨ…！と不気味に口端を上げて笑った。
「タダの一つでも汚点があっては！失敗が１つでも存在があるのなら、それが英霊である価値なんて無い！
倖せを、ハッピーエンドを成せない存在に信仰なんて必要ない！！だったら！その信仰は全て私が貰ってあげる！
全て！全て！！全て！！！この世界に存在する全ての賞賛は私だけのモノになるのよ！！！」
ビシリ…ビシリと音を立ててメアリー・スーが変貌を遂げていく。
──────────────ビースト、物語を喰らう邪悪なる獣。その本性が今姿を顕す。
「魔力増大……！メアリー・スー、戦闘態勢！…ダヴィンチさん！データは！？」
『ああ、今取れた……だが…これは………？』
ダヴィンチちゃんが、疑問符の取れない歯切れの悪い言葉を伝える。
『いや…有り得ない…！まさかこれは…！！』
「ど、どうしたんですか！？」
『彼女の霊基データを確認した！そうか…！彼女がカルデアに侵入出来たわけが、
そして今までの幸福点で彼女が検出されなかった理由がようやくわかった！！』
ダヴィンチちゃんが、画面越しでも分かるほどに声を動揺させながら続ける。
『目の前のビーストは…メアリー・スーは…！！英霊じゃない！！”ただの幻霊だ”！！』
「…………！？…………そ、そんな………はずは…………！？」
幻霊、かつて魔都と化した新宿にて聞いた概念だ。
英霊に満たない存在で、通常は霊基すら保てない、微弱な存在だと…………。
「で、でも、それなら何故あれほどの魔力を…！？彼女は、現在あのゲーティアに匹敵する程の魔力が…！！」
『ああ、それも説明がつく…。彼女は、幻霊………いや、幻霊にも満たない非常に希薄な…
もはや存在している事すら不思議なほどに弱い幻霊の「集合体」だ！』
「集合体…………………！？」
『そう、それも数千や数万じゃない！！もはや数として表すのも馬鹿々々しい程の数だ！！
無量大数……！不可説不可説転………！！グーゴル…………！！なんなんだ！！メアリー・スー！！キミは”何をした”！？』
「簡単な話「よ、天『才ちゃん。」私”たち”の『正体を見破」ったとい「うその』功績を讃」えて、私たち「の成り立ち』を教えてあげる。」
何人もの、何千人もの、何億人もの声が重なったかのような声で、彼女は語り始めた。
彼女の、理想の具現の───────、『メアリー・スー』という人類悪の成り立ちを──────────────。
◆
「かつての私は、文字通り英霊に成れるような存在では無かったわ。
現代に創られた物語の、更に二次創作の主人公…………たったの半ページで終わるような物語の主人公なんていう、
信仰も歴史も何もないような、幻霊にすら満たない憐れで小さな存在だったわ。」
「でもね、ある日そんな私を英霊として呼び出そうとした魔術師がいたの。今でも覚えているわ。
夥しい数の魔術師の魔術回路と、魔術刻印と、そして血脈を駆使して作り上げた、『統合術式・転位夢縫』という特殊な召喚の儀をね」
「統合……………術式…………！？」
「そう！今この世界に広がっている『メアリー・スー』という言葉は、物語を破綻させるオリジナルキャラクターを意味している！
私を召喚しようとした魔術師はね？そう言った、誰でも心に描いたことがある最強の英霊の幻霊を夥しい数まとめて、私と言う霊基を補強したの！！
ただ１人の信仰しかない！されど何よりも強い能力と力を持った！『理想』というなの幻霊をもってね！！」
────────────！…そうか…………。人々が心の中に抱いた、理想の存在……。吹けば消え入るように脆く、
されどどの英霊よりも強く理想を具現化させた、何よりも弱く何よりも強い『幻霊』…………。それを彼女は力としていたのか………。
その話を聞いて思い出したのは、かの魔神王だった。彼も数は違えど、多くの存在が複合した存在だった。故に、対面した英霊とにた性質をもつ
魔神柱が表に出て会話を行っていた。ホームズはこの性質を鏡と評していたが…………。これが目の前のメアリースーにも当てはまるとしたら、
────────────彼女の持つ、物語を否定する「ネガ・エピック」の正体は……………………。
『……………なるほど……、幻霊を幻霊で補強し、英霊へと昇華させたわけか…。
さしずめその君の姿は、多重複合幻霊とでも呼ぶべきか』
「ありがとう。そのネーミング、受け取っておくわ、天才ちゃん」
『だが、それだと君の中に宿っている幻霊……、『理想』の数と合わない。まだ、何かあったんだろう？』
「勿論、私がその時体内に得た幻霊の数は精々数千万程度だった…。これでもその魔術師曰く、世界中の放蕩の結果だったそうだけど。
でも、私は霊基を得られればそれで十分だったの。だって、霊基と魔力さえあれば理想をこの身で体現できるのだもの！！」
「……………通常、魔術師が英霊を召喚する場合、その用途はただ一つ、…………聖杯戦争…………。
──────────────勝利、したのですね………………？メアリーさんは」
「勘が鋭いわね！ええ、そうよ。その通りよ盾の英霊！！そして私はこう願ったの！！
『全ての理想を我が手に！そして理想を叶える力を我が肉体に！！』とね！
そして私は得たわ！！今まで存在した全ての人類が１人１人抱いた『理想の英雄』の幻霊を！１つ１つは紙切れ以下の薄さでも、
今まで存在した全てを纏め上げれば、ありとあらゆる英霊にすら勝てる強固な存在となる！！それを私は得たのよ！！
全ての英霊に勝る霊基と、全ての英霊に勝る理想をね！！」
彼女はそれを、楽しそうに………心底楽しそうに語った。
…………理想、言葉でその言葉を騙るのは非常に簡単な事であろう。
しかし、もしそれを実現しようと成したならば、それは─────────
「ふふっ…、”その先はどうなったの？”……………って、顔をしているわね…………。
でも、ホントは分かっているんでしょ？理想を、私が果たせなかった、って─────────」
『………………………………………………………。』
俺達の間を、長く思い沈黙が走った。
「……ええ、そうよ。その通りよ。私は何も果たせなかった！何も成せなかった！！
理想なんて、英霊には成せないと思い知った瞬間だった！！！ハッピーエンドなんて、全てキレイゴトだと！！
ならば私は悪に堕ちる！！人類悪に！！そう私は誓い、理想を更に喰らい続けた！！この身に融合し続けた！！
英雄譚を！人の偉業を！！記憶を！！！記録を！！！！そしてそれら全てを模倣して作られた、人々１人１人の脳裏（なか）にある『理想の英雄』の幻霊を！！
世界の壁すらも超えてね！！その末路が！その結果が！この醜くも美しき霊基（にくたい）よ！これが理想を追い求めた哀れな人類悪の末路なのよ！！！」
彼女の表情は、気付けば激しい怒りの表情に変わっていた。しかし、その口元は歪んだ笑みを浮かべていた。
─────────………………………………そしてその眼には、微かな涙が溜まっていた………。
『分からないな………。何故そこまで理想を追い求める…………。いや、この際もうその点は置いておこう。
だが一つだけ聞きたい、例え英霊の物語を全て君が乗っ取ったとしても、今を生きる人間たちは失敗をする者じゃあないか？
それだったら、君が言う「理想」は実現しないと思うけど…………』
「ふふっ、当然よね。貴方のいいたい事はもっともだわ天才ちゃん。でもね、そんな壁には私はとっくにぶち当たってるの。
そして、とうの昔に対抗策は考え済みよ。────────言ったでしょう？”全ての物語を”、”私の物に”、って────────」
『────────メアリー・スー…………。まさか………………………君は………………………！？』
彼女は言った。全ての物語を乗っ取ると。確かに物語と言えば、重い浮かべるのは英雄譚や発明の記録、
はたまた王と騎士たちの奇譚や革命の物語であろう。────────だが、それだけが物語では無い。
────────────────突き詰めて考えるならば、この世界に生きる人間の人生、１つ１つが『物語』だ。
この場にいる全員が、その恐ろしい結論に達するまで、そう時間はかからなかった。
「気付いたようね。そう、私は今、過去、未来、人類史全てに存在する人間、英霊全てと『成り代わる』。
そして私と言う究極にして完璧にして理想の存在だけの！文字通り理想の世界が幕を開くのよ！！！
それが私の望む最後にして至高の幸福機関！！『祝福せよ、此よりは幸福の幕明け也（ディス・イズ・ハッピーエンド）』！！！」
──────────────なんて……………なんて悍ましいハッピーエンドだろうか。
『そんなもの───────！！そんなもの人類の歴史でもなんでもない！！文字通り成功と発展しかないシステムだ！
そんなモノが人類の歴史と言えるか！？発展と言えるのか！？ハッピーエンド何かじゃない！そこに待っているのはディストピアだ！！』
「ふふふっ、私の完全にして理想の計画が眩しいから、そんなことを言うのね。『成功と発展しかない』ですって？
むしろ、それ以外の何がいるの？争いも失敗も悲しみも痛みも挫折も絶望も崩壊も堕落も憎しみも妬みも存在しない世界。
誰もが幸せで笑顔で、手を取り合って必ず成功する世界………………。それが、究極のハッピーエンドでしょう？違う？」
そのハッピーエンドへの彼女の願いは、何よりも歪で、何よりも愚かで、何よりも退廃的で────────────────
そして何よりも強く、そして実直的であった。
「これ以上のおしゃべりは無駄かしらね。じゃあ、死んでくれる？藤丸立華。
貴方の『物語』を取り込んで、私の一部にして『貴方』を『私』にする。そして『貴方』から私の信仰を全時代に伝播させれば…………。
あとは、私の至高の幸福機関が完成するだけだわ」
ゴウッッッ！！！とメアリー・スーの攻撃が、自分へと向かう。
「──────────先輩！！！」
マシュがその攻撃を防ぎに向かう。だが、彼女の………メアリーの攻撃は早かった。
その速さもそうだったが、自分は、なぜかこの攻撃を避ける気になれなかった。
─────────彼女の、痛みを理解してしまったから、だろうか──────────。
そう考えていた、その時であった。
『機織りに捧ぐ一矢(ストラック・フォー・ペネロペ)！！』
──────────────ﾄﾞｼｭﾄﾞｼｭﾄﾞｼｭﾄﾞｼｭﾄﾞｼｭﾄﾞｼｭｯ！！！、と矢が１２回、ビーストの少女を貫いた。
「…………………………………………………へ？」
ドク、ドク、ドク、ドク、とメアリー・スーの肉体に開いた穴から血が溢れていく。
「なん………………で、………？あれ…………………？再生…………、………あれ？？？」
「ふぅ、やれやれ…危ない所だった…………。」
がした方向を、俺とマシュが勢いよく振り向く。
そこにいたのは、かつてあの幸福点で出会ったボーイッシュな黒髪の少女だった。
「───────貴方は！！」
「オデュッセウスさん！！」
「やぁ、やぁやぁやぁ。ちょっと奇襲じみた攻撃になっちゃったけど、やりすぎたかな？」
「いえ…やりすぎか…とかそう言うのは置いておいて…何故…宝具が？」
そう、自分もそう思った。────────何故、『宝具が彼女に効いた』のか…？
「フフッ、みんな『どうして宝具が効いたんですか？』…って顔をしているね？良いよ。説明してあげる」
ピン、とオデュッセウスは人差し指を立てて、自らが得意とする言葉で語り始めた。
「メアリーちゃん。君は言ったね？『自分を全ての主人公と置き換える』って」
「………………………………………………。」
メアリーはそのオデュッセウスの言葉に返さず、ただ自分の傷口から流れる血を虚ろな眼で眺めている。
「続けるよ？それはつまり、ぼくたちへの本来の信仰を書き換えて、零にしてしまうと言う事だったわけだ。
そして更に君はこうも言った。『英霊である存在の宝具は、英霊である限り効かない』…とね」
「……………つまり………？」
「僕たちは既に、『名も無き信仰の無い存在』になってしまったのさ。君のせいでね
しかし、それ故に僕たちは、君のネガ・エピックをすり抜けて宝具を使用出来る。ダメージを与えられる。」
なるほど！！確かに名も無い、物語の無い存在になってしまえば、あのメアリー・スーへと攻撃が出来る！
ネガ・エピックは言うなれば、そのまま物語の対極の位置に有るスキル！自分は先ほどの短い戦いの中で、その正体に気付くことが出来た。
彼女は言った。夥しい数の人々の描いた理想の英霊が、自身を形作っていると。即ちその中には、あらゆる英霊のカタチが内包されていると言い換えても良い。
あらゆる英霊を内包すると言う事は、あらゆる英霊を知っている、即ち…『対策出来る事』に等しい。
だがそれを、自身の名前で上書きすれば──────────
そんな対策は、無意味な物と化す。
──────────────いや、待てよ…でもそれだと…
「それだと…オデュッセウスさんたちは…英霊で無くなってしまう………と言う事ですよね……？」
「うん、そうだよ？マシュちゃん」
「そ、それって…大変なこと何じゃ無いですか！？それに…じゃあどうして宝具の使用まで…！」
自分の思っていたことを、そのままマシュが聞いてくれた。確かにその通りだ。英霊とは即ち信仰の形。
もし、メアリー・スーが信仰と物語を食いつくしたが故に奴に攻撃が出来るんだとしたら、それは英霊として姿を失った事。
……………ここまでは確かに先ほどオデュッセウスが言った事であるが、問題はその後なのだ。
もし信仰も何もない英霊が宝具を使ったとしても、ダメージなんて無いに等しい普通の攻撃でしかない。
それでは、あのビーストと化した英霊…いや、幻霊にダメージを与える事なんて不可能に等しいだろう。
それなのに何故─────────────────────？
「ははっ！それも簡単なことなのさマシュちゃん！」
「……………？」
疑問符を頭に浮かべるマシュに、笑いながらオデュッセウスは指で地面を差しながら言った。
「この空間が原因さ。このどの時間軸でも、空間軸でも無い不安定な世界。
世界が書き換わる、君の望む世界へと変わるまでのほんの数瞬の間………。故に、僕たちは英霊として存在できる」
「そうか！！冠位時空神殿の時と同じ………！」
「そう言うことさ…。」
ビシィッ！！とオデュッセウスはメアリー・スーへと勢いよく指を指し、そして声高らかに言い放つ。
「魔術王の真似事をしたのが運の尽きだったねメアリー・スー！いや…目的の為に焦ったのが原因かな？
まぁ、どちらでも良い。ボクはココに来た！さぁどうする？お得意の攻撃無効は、もう僕には効かないぜ？」
「────────────────────────────クスッ…！！」
メアリー・スーは、そんな状況を、そんな啖呵を前にして………小さく、笑ったのだった。
「ククッ！アーッハハハハハハハハハ！！！！！！たった一人の英霊がやってきた程度で！
そんな得意げになるなんて！！なんて！なんて愚かなのでしょう！！」
バッ！！と突然メアリー・スーが両腕を広げた。すると、するとどうであろうか
メアリー・スーの足元の影が瞬く間に広がり、そしてその陰から無数の少女の英霊が現出した。
その数は最初は数体であったが、次第に数十、数百、数千と増え続け、最終的に視界にうつる全てを埋め尽くさんばかりに増殖した。
「……………これは……………！？」
「これぞ、私の真の姿。私を構築する理想の数。メアリー・スーという幻霊を元に集った、『この世全ての理想』………。
それは人類史の長さだけ存在する。この世界に在った、全て命の数だけ存在する！！これぞ私（メアリー・スー）！これぞ理想！！
1人1人が私（メアリー・スー）！一人一人が理想の英霊（メアリー・スー）！たった一人の凡俗な英霊が増えた所で、何になると言うのかしら！？」
メアリー・スーが高笑いを響かせる。…これほどとは………。こんなにも多くの幻霊が集まっている存在だったとは…！
「……………ふぅ、なるほど……………。」
しかし、オデュッセウスは特に慌てる様子も無く、まるで子供の癇癪を相手にするかの如く肩を竦めた。
「──────────────何？何なの……………？その余裕は…………？」
「いやぁ………。正直ね………。悪いかなぁと思ってたんだよ………。」
クスリ、とオデュッセウスは小さく笑った。その後、パチンと彼女はポーズを決めて指を鳴らした。
「僕だけで行こうかなと思ったのに、みんなが着いて来ちゃってさぁ…
ホント、みんな変わり者なのか、お人よしなのか、はたまた…………ま、ボクの言えることじゃ無いんだけどね？」
「幾重もの光が…………空を……………！アレは………！！」
彼女が指を鳴らすと同時に、空をいくつもの光の線が走った。
それはこちらへと近づいてきて、そして──────────────
『フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！
理想の獣よ！！！！！！！！！！！！！！！！！我らが！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！
来た！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！』
『ハァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアア！！！レッド！参戦ッッッ！！！！！！！！！！！』
『神以上に、反逆を遂行する相手が此処にいると感じ取り、やって来たぞ！！！！！！！！！！』
『畜生！！喧しいがここは我慢するぜ！！協力したい相手がピンチとなりゃあな！！』
それは、俺達が出会った英霊たち。それは、かつてメアリー・スーの影響によって世界から外れかけた存在達。
かつて共に戦った、もしくは敵対した英霊たちが、今この場に集っていた。
「今まで…………幸福点で共に戦ってきてくれた…………皆さんが………！！」
「ここまで集まってくれて…嬉しいやら騒がしいやら、ボクの出番が減るじゃあないかと文句を言いたくなるやらだけど………、
とりあえずは、喜ぶとしようか。そして、先陣を切って戦うとしよう。」
オデュッセウスはニヤリ、と笑い、カルデアのマスターと盾を持つ少女に言う。
その姿は何よりも嬉しそうで、そして、喜んでいる無垢な少女のようであった。
「分かりやすい悪がいると、ボクも胸を張って言えるね。
さあみんな。正義の味方になりに行こう！」
オデュッセウスは、心底嬉しそうな表情で声高らかに宣言した。
「クククククク………ッ！キュフフフフフフフ！キャーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ！！！！！！！！！
滑稽！滑稽だわ！！無限の理想たる私に英霊が集って相手なんて！！本当に可笑しいったらありゃしないわ！！
なんで！！！どうして！！！？？？どうして貴方達は私に帰依しないの！！？幸せが欲しくないの！！？
分からない！分からない！！分からない！！！理解できない！！！！」
彼女は急に笑い出したかと思ったら、激しい怒りの形相へとその表情を変えた。
───────明らかに、動揺している。いや、その計画外の敵に、恐れを成しているようにも見えた…………。
「いいわ………。良いわ！！そんなに！そんなに幸せが嫌だと言うのね！！だったらその全てを私が否定してあげる！！
貴方達の物語を綺麗さっぱりと平らげて美味しく私の一部へと帰依させてあげるわ！！覚悟なさい！！」
ユラァ…、と彼女の姿が揺れたと思うと、視界の周囲を取り巻いていた多くのメアリー・スー達が、それぞれ纏まりコロニーを形成した。
そしていくつかのメアリースーはそのまま１つの英霊に融合し、そのコロニーの中心に立った………。数は７つ。今まで巡って来た幸福点の数と同じだ。
───────そして、今まで対峙していたメアリー・スーの本体は──────────────
「待っているわ藤丸立香…………。この歴史より切り離されし理想の極地の中心で！最後の特異点の最奥にて！！
最も、この圧倒的な理想の物量の前には、私までたどり着けないでしょうけどねぇ！！」
「逃げるか！！」
「藤丸君！ここはまぁ、駆けつけた僕たち物好きに任せて君は奴を追ってくれ！
多分アイツを倒すには、君の力が必要だ！マスターである…生者である君の力が！」
「……………分かりました！」
俺はマシュと共に走り出した。戦ってくれている皆の姿が見える。
そしてその戦いの１つ１つが、道を切り開いてくれる！
─────────行こう。メアリー・スーのもとへ。世界を自分の理想（モノ）へとしようとしたビーストの待つ所へ。
人類の抱いた全ての理想の、中心へ───────。
◆
──────メアリースーNo.45721984068738907968754847983654262957211009398より提言、
ランサー：メアリースー、構成幻霊の6.9788274割を損失、霊基の維持、並びに理想の権能行使、不可能。
保身モードへと移行致します。攻撃行動を取れません。
──────メアリースーNo.89583279607482726737678687899000384736657399294より提言、
アサシン：メアリースー、構成幻霊の基底の内４割を破損、理想の権能の行使に深刻なエラーが発生、戦闘続行不可能。
攻撃を放棄し、保身モードへと移行……、移行……、移行……、移行……、。エラー、移行出来ません。
実行中に深刻なダメージを観測、オーバー、ダメージオーバー、ダメージオー…………
──────メアリースーNo.67421044021190122929192885753284583727676728789より提言、
バーサーカー：メアリースー、構成幻霊の中心が破損、繰り返す、構成幻霊の中心が破損。
霊基の維持不可能。並びに権能停止。戦闘を放棄致します……………………。
『何を言っているの！！？逃げようだなんて許さない！！理想から逃げ出すなんて私(メアリー)じゃない！！
殺せ！！殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ！！！霊基が崩れたなら残っている私(メアリー)で再構築なさい！
中心が破損したなら、周囲を塗り固めていた私(メアリー)が中心になれば良い！！逃げ出す以外ならありとあらゆる手を使いなさい！
大丈夫………ッ！私たちは理想の具現！この世のどんな英霊よりも上を行ける！強くなれる！！！』
ビーストのメアリー・スーが激昂しながらヒステリーを引き起こし、この空間にいる数々のメアリー・スーへと伝令する。
「なんで………ッ！？なんでみんな私を倒せるのよぉ………ッ！！
分かんない…！訳分かんない！！私は世界中の人間１人１人が心に描いた存在なのよ！！
１人だけの理想への究極の信仰が！幾重にも重なり合って生まれた究極の理想なのにぃ………ッ！！！
なんでみんな私を倒してるのよぉ…………………………ッ！！！」
メアリー・スーは頭を掻きむしりながら涙を流し怒り狂う。
バリバリと掻かれた頭皮は剥がれ血がドグドグとあふれ出し、美しき白髪は深紅に染まる。
「落ち着いて、メアリー…………。」
「っ！………私(メアリー)──────。」
「安心して………。最終兵器の調整が、”たった今”『完了』したわ………。」
「嗚呼………、なら、安心ね………。」
ニコリ、とメアリー・スーは一転して表情を笑みへと変えた。
その表情は、迷子になっていた幼子が長い道のりを経て、ようやく親に会えたような、安心を含んだ笑みであった。
「それにしても、あの子は本当に苦労したわ。だって、私たちとはまた別のベクトルで理想を得るのだもの」
「ふん、あの日に私から分かたれたにしては、頑張った方なんじゃない？」
でも、とビーストは付け加えながら口端を釣り上げる。
「私達には届かなかったけど、ねぇ？私(メアリー)…。」
「そうね、私たちの方が何倍も、何億倍も、何グーゴルプレックス倍も、強いもん。ねぇ…メアリー、」
そう互いの目と目を見つめ合うと、二人の理想の具現たる少女は狂ったかの如く笑い始めた。
そして、戦う英霊の群衆たちの元に、”８つ目の理想の具現”が現出した。
◆
「なっ────────────！？」
”それ”は、突如として彼らの目の前に出現した。
まるで十字架に縛りつけられているかのような体勢で、両手両足を鎖で縛られている少女………。
藤丸立香とマシュ・キリエライトは、その少女に見覚えがあった。かつて、幸福点の１つで出会った少女であった。
彼女は、元々はこの異変を引き起こした獣の一部であった。しかし、その在り方に…行動に異議を唱えた。
そして、その行動を止める為に幸福点の一つへとその身を置き、この異変を止める事が出来る者の出現を待った。
結果として、藤丸立香達と出会い、そして共に協力し──────────、
最期には、人類悪メアリー・スーが目覚めさせた『大敵』に散った、一人の理想がそこにいた。
「セイヴァーのメアリー・スー…！？どうしてここに！！？」
藤丸立香の問いかけにも、少女は答えない。ただ何も映らない虚ろな眼をしているのみである。
『わ…ワタ、私は───理想、理想…「平穏」の理想──────を、体現、構築、創る、モノ
メアリー、第八の、メアリースー、救世、救世の、獣、世界を、、世界を救う、救う、救う！！
救済する救済する救済する救済する救済する救済する救済救済救済救済救済救済救済救済救済救済』
ｷﾞﾁｷﾞﾁｷﾞﾁﾁﾁﾁﾁﾁﾁｯと生理的に不快感を催す音を立て、目の前の少女は異形へと変貌していく。
「どうしたんだセイヴァー！？眼を醒ましてくれ！！」
『だめだ…！彼女は既に人類悪としてのメアリー・スーに取り込まれている！
倒すしかない………………！！』
「そんな……………！」
『事故よりの救済、病魔よりの救済、怨嗟よりの救済、憎悪よりの救済、すれ違いよりの救済、失敗よりの救済、
間違いよりの救済、勘違いよりの救済、不満よりの救済、束縛よりの救済、絶望よりの救済、
この世界には英霊だけでない、この世界を生きる１人１人の生涯に救済すべき理不尽が溢れている
故に私は、ワタ、私たち、は、全てになり替わる。成り、変わり、全てを完璧に行う。
失敗も、後悔も、すれ違いも、憎悪も怨嗟も絶望も挫折も病気も隙間も破滅も事故もミスも何もかも存在しない究極の世界！
それが私たちの、メアリースーの使命！』
「違う！そんなのはただの幸福の押し売りに過ぎない！！」
「そんなものは…そんなものは、この世界を生きる人たちの人生を否定することにしかなりません！」
『否………………定…………？』
ピクリ、とかつてセイヴァーであったメアリースーの挙動が止まる。
「…………！？」
『まさか、…………まだ、自我が残っているのか？』
「メアリーさん！」
『否定……………するの………………？私たちの、願いを、行動を…………』
「………………え？」
『この世界には今も交通事故で子を失った人がいて成功の元に挫折した人がいて
憎しみの元に人が死んで勘違いから沢山の人がすれ違って望まぬ束縛によって幸福を享受出来ず
失敗によって人々は不幸になってそして後悔し続けているというのに！？それを救済することを！！否定する！？
許さない…許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない
許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない！！！』
ｸﾞｼﾞｭﾘ、ｸﾞｼﾞｭｸﾞｼﾞｭと不快な音が響き、目の前に立つ哀れなる理想の具現の周囲から夥しい数の幻霊が形となる。
「…………先輩………」
「………わかっている……彼女はもう、俺たちといたメアリーじゃないって」
『辛い気持ちはわかる…。だが、ここが最後の正念場だ。どうか────────』
ダ・ヴィンチがそう言おうとした、その時であった。
『ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ！！！』
ダンダンダン！！と着地音が３つ重なってその場に響いた。
そこに立っていたのは、目の前に立つセイヴァーと同じく、藤丸立華がかつて共に戦った英霊であった。
「………２人のメアリーさん！？」
「私（あなた）の在り方は勇者たり得ない、よってこの私が裁きを下すわ！！」
斬っ！とまさしく勇者たる姿をした少女が剣を振るう。
「”私”により生まれた理想の具現ならば、始まりの私が収集をつけるべきと言う物ですわ」
軍服を纏った少女が凛々しく構え、その鋭い視線を眼前の”自分”にぶつける。
「いきなさいカルデアのマスターよ」
「人類すべてを無へと帰そうと嗤う悪を屠る勇者よ！！」
『ここは私たちが任されましょう』
二人のメアリー・スーが、声を重ねてそういった。
その背中は今までのどの英霊よりも美しく、そして”覚悟があった”。
「なぁにメアリー・スーにはメアリー・スーって話よ」
「……………ありがとうございます！」
マシュと立華は構える３人に頭を下げ一礼をし、この最後の戦いの中心の下へと走っていった。
「………さて、清算の時間ですわ」
「覚悟は良い？」
『わたしたち（メアリー）？』
◆
「────────来たのね。」
「…………………。」
私の目の前に立った２人は、何も言葉を発せずにコクリと頷く。
カルデアの、世界を救ったマスター藤丸立香と、そのサーヴァント…マシュ・キリエライト…。
嗚呼、なんて眩しい存在なのかしら。眩しくて、まばゆくて、眼がくらみそうになるほどの救世主。
文字通り、世界の平和をその手で獲得し、正義を為し、英雄と呼ぶに相応しき…その存在。
ああ妬ましい。羨ましい…。主人公になれなかった、英霊になれなかった、理想を果たせなかった私達(メアリー・スー)には、
その在り方はただただ眩しすぎる。故に…………故に、その存在を、物語を、偉業を、在り方を────────
心の底より、”喰らい”たい────────────────。
「貴方の計画だけは…絶対に遂行させません！」
シールダーが、その強い眼光を私に向ける。…嗚呼………！なんて…なんて強い瞳。
ゾクゾクと、身体に快楽がほとばしるのを感じる！嗚呼！嗚呼！！それよ！その！その主人公としての強い意志！！
その意志で私を！────────────────────────わたしを…！！
…………待って、何を考えているのかしら私…。『私を』…何？何をして欲しいの私？
『何を』『したかった』の？私(メアリー)────────────？
──────────────どうでも良いわ。
「クス……………」
私は口端をニコリと釣り上げ、笑みを創り出す。
「クスクスクスクス…ッ！でも残念…。辿り着いたから何なの？宝具が私に効くようになったから何だと言うの？
私のカリスマに嵌らないから、どうだというの…！？所詮、そんなモノ私と対等に戦えるようになっただけに過ぎない！
でもね！私はメアリー・スー！理想の具現！究極の主人公！！そんな私に、貴方達みたいな木端が勝てるとでも思っているの！？」
ゴポリ、ゴポリと私の周囲の空間が泡立ち、また無数の私が生まれていく。
そう、私は人々の理想と言う名の幻霊の集合体。この世界に生きた全ての人間の数だけ私がいる！
貴方達など、この場に集った英霊など、その一部分にも満たない程の大量の私がこの私の中にいる！
そしてその一人一人が理想に相応しき能力を！ポテンシャルを！才能を持つ！！文字通り、全てを完璧にこなせる！
『無限』の『理想』！これほどまでに究極の存在が！勝利を確信できる存在が何処にいるかしら？
「…ッ！！キリがない…！！」
クスクスクス…藤丸立香が無限に等しき私を見て絶望に顔を染める。
所詮、人間など、英雄など、主人公などこの程度。圧倒的なる”理想”という数の暴力の前には、英雄の物語など小さなもの。
全てを諦めざさい、そして私に全てを委ねなさい。理想という名の下に、貴方の行為はすべて私が受け止めてあげる。
そう、私の理想を邪魔する行為を辞めてくれれば、諦めてくれれば、貴方たちはその身で幸福を享受出来るのよ？
「…………………………先輩………！」
隣にいるシールダーが、苦しそうな顔で彼に言う。
嗚呼、可哀想。可哀想だわ主人公。そんな顔になって。投げ出したいでしょう？逃げ出したいでしょう？
良いの。良いのよ。貴方達は全ての物語を、過程を、偉業を投げ出して良い。全てをこの私に委ねなさい。
それがあなたたちの在るべき姿。正しき姿。それが────────────────
「────────だけど…！」
………ん？
「────────────だけど！！」
………………何？
「────────────────だけど、退くわけにはいかない！！」
────────────────……………何で…？
「何で…諦めないの………………！？何で放り出さないの！？」
有り得ない！有り得ない！有り得ない！有り得ない！有り得ない！有り得ない！有り得ない！
何故逃げないの？何故諦めないの？何故放り出さないの？何故────────！！
「こんなに凄い英雄（わたし）が、幸せを成してあげようとしているのよ！？なんで！？
貴方達の人生を！偉業を！！人類史を！！全て代行して成り代わって！完璧なる理想を成し遂げてあげようとしているのよ！？
なのに！どうして！！なんで全てを放り出して私に任せないの！！？」
私は声を精一杯に張り上げて激昂する。ぐちゃぐちゃに人の身体から崩れた肉体からビリビリと声が響く。
その疑問に、私の目の前に立つ主人公が、静かに答える。
「だって────────────」
「────────幸せは、自分でつかみ取る物だから」
…………………………………………………………………………………。
その言葉は、私を否定する言葉そのものであった。胸に、心の奥に、霊基の中心に突き刺さった。
「殺す………………ッ！！！殺す！殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す！！！」
私の中の全ての私が、怒りを抑えきれずにぐしゃぐしゃに暴れ回る。ゴポゴポと、沸騰した水の様に泡立つ。
感情を抑えられない。自分を偽れない。笑顔で顔を覆う事すら不可能となり、私の感情そのままの怒りの形相が露わになった。
「良いわ！私を否定する存在なんて、この世界から塵芥も残さずに消してあげる！！
そして、私と言う究極の主人公の一部へと溶けて消えるが良いわァ！！！
藤丸立香ァァァァァアアアアア！！！！！！！！！」
無限に等しい私（メアリー・スー）が目の前に立ついけ好かない主人公へと向かう
「先輩！！」
終幕の時よ！！主人公の前に、跡形も無く退場するが良いわ！！！
◆
『I am the bone of my sword…』
静かに、されど確実に、その詠唱は響いた。
その直後、無数の弓矢が…いや、剣がメアリー・スーへと向かい飛翔した。
メアリー・スーの攻撃が、その矢を受け止めるべく途中で制止する。
「……………！！！」
「この…剣は！」
藤丸立香が、その攻撃に…いや、宝具に反応する。
その剣はかつて、Over count 1999と呼ばれた時代にて、窮地を助けた英霊の宝具。
最期の幸福点の、究極の進化の到達点を倒した、英霊の宝具─────。
その英霊の名は──────────。
「────────…………………カゲミヤァ……………！！！！」
メアリー・スーが、怒りの形相でその乱入者へと視線を剥けていた。
その視線はまさに切っ先を剥いた刃の如く鋭く、今すぐにでも突き刺さりそうなほどに、恐ろしい物であった。
「”はじめまして”だな………………。『理想』よ。」
その視線の先へと、藤丸立香とマシュ・キリエライトは自身の視線を向ける。
そこには、黒き外套に身を包み、そして黒きフードで顔を覆った、一人の弓兵が立っていた。
メアリー・スーは、理想の獣は表情を今までと同じような不気味な笑みへと戻し、その黒き弓兵を見据える。
「―――ああ、そうね。そうだったわね。貴方がいたんだっけ。ホント、馬鹿々々しくて忘れてたわ」
その彼女の発する言葉は、嘲笑のような弾みを帯びていたが、しかし確かな怒りの感情が込められているようであった。
「一つ、講義をしてあげるわ。英霊と言う存在についてよ。…英雄っていうのはね、みんな何かしらの物語を持っている物なの。
当たり前よね？”英雄”って言うのは、その人間の成した偉業、武勇譚、過程への『信仰』で成り立つのだから。」
静かに、しかし沸々と確かに沸き上がる怒りの感情が、彼女の言葉に込められている。
理不尽に対する物では無い、不幸や悲しみに対する物では無い、もっと別の怒りが、彼女の言葉の端々に感じ取れる。
「故にそれが存在しないものは、英霊になんてなれやしないの。だから、ここに来るなんて在り得ない。
…………、まぁ、私はそんな英霊たちの信仰を糧に生きているわけだけど。」
ギリッ、と彼女が唇をかみしめる音が、確かにこの場に響いた。
「私は信仰がある英霊が大好きよ。だって全部私の一部なんだもの。
英霊が強くなればなるほど、信仰されればされるほど。私への羨望は強くなる。
つまり、英霊がいればいる程、偉業を成せば成すほどに私は強くなれる！物語の数だけ”私”が出来る！」
ググッ…！！とメアリー・スーは自身の拳を握る。掌から血が滲み、地面へと垂れる。
────────そこに込められる感情は………………。
「だから、貴方みたいな存在は吐き気を催す程に嫌いなのよ。
なんで…貴方には『物語』が無いの？なんで、貴方は影に徹したの？」
メアリー・スーは静かに呟く。淡々と呟く。分からない。つまらない。分からない。つまらない。
つまらない。分からない。つまらない。分からない。つまらない。分からない。つまらない。分からない。つまらない。
分からない。つまらない。分からない。つまらない。分からない。つまらない。分からない。つまらない。分からない。つまらない。と
「貴方は私が殺す。貴方みたいな名前も顔も知名度も存在しないような、無に等しい信仰の英霊なんて、
この私にある人類の歴史そのものと言っても良い信仰の前では塵芥にも劣る存在だわ………………！！」
ギチチ…！！と嫌な音が響き、無数に周囲を蠢いていた彼女達（メアリー・スー）が一つへと集っていく。
「カルデアの主人公（マスター）も、そこの主人公（サーヴァント）も、そして主人公（アナタ）も、みんなみんな死に絶えろ！！
全て私に帰依し、そして私の幸せの中に朽ち果てろ！！みんな！みんな幸福（ぜつぼう）に沈め！！」
ビキバキビキキキキィィィィィイイイイッ！！と凄まじい音と共に、メアリー・スーの霊基が完全に『獣』へと変貌する。
「これが………！！」
「………………ビースト………■…！」
「────────とうとう、本性を現したか、獣の存在よ」
「最期に一つだけ聞くわ……。私の一部へと帰依する気はない？
この世界に存在する生きとし生きる全ての命を、私（メアリー・スー）へと変える、究極の幸福へと至る道を拒む？」
ビーストが変貌しながら、最後の問いをこの世界を守る『主人公』へと投げかける。
当然、彼らの答えは決まっていた。
「幸福とは、自分自身で作り上げるものだ！！」
藤丸立香のその強い言葉に、隣に立つシールダーは強くうなずいた。
「その通りです…！例えどれだけ幸せだとしても、世界に争いの無い世界だとしても！
貴方の創る世界は、決して幸せとは言えません！幸せとは、与えられるものでは無く自分で切り開き手にする物です！」
その言葉を聞き、メアリー・スーはその表情から完全に笑みを消失させた。
「―――あくまで、逆らうのはやめないつもりなのね？」
轟ッ！！と彼女が真の姿を、霊基を、力を解放する。それは、数千万年と言う人類の歴史が作り出した、
文字通りの理想そのものの姿。まさしく究極の英霊。英雄の完成形。そこから生み出されるは、無限の理想の姿であった。
「いいわ！滅ぼしてあげる。消滅させてあげる。絶望させてあげる！
圧倒的なる大団円に水を差す塵はね、主人公様の吐息一つで消え去ると教えてあげるわ！！」
「ッ！！魔力、急激に増大！！ビースト…いえ、『多重複合幻霊』メアリー・スー！来ます！！」
マシュ・キリエライトが盾を構える。藤丸立香が令呪の宿りし手にグッと力を入れる。
────────そして、黒き外套の英霊は、弓と矢を構えて、ただ静かに言い放った。
『キミの理想は―――、幸福なものであったのか―――？』
◆
「──────────────────くっ！！」
カゲミヤが、苦痛に歪めた声を上げる。
「大丈夫ですか！？」
「ああ、問題ない………。あと少し、あと少し奴の隙を作ることさえできれば…！！」
グッ、とカゲミヤが悔しそうに唇を噛む。
「…申し訳ありません…！メアリー・スーの数と質を併せたこの布陣を超えるには…！！」
届かない。そう…メアリー・スーと言う圧倒的な獣は、まさに究極の理想と言える強さであった。
全ての英霊の攻撃を無効にするスキルは失われた。全てを自身の下へと置く歪んだカリスマも失われた。
─────────だがそれでも、今まで人類一人一人が抱いた理想という数の暴力と、
理想の具現たる、全ての英霊を越えかねない質の暴力は、あまりにも強力過ぎた。
「しかし、理想と言えども所詮は人の抱いたもの…幻霊に過ぎない。英霊をそうたやすく超えることなど出来やしない！」
「クスクス…！それはどうかしらぁ？」
ニヤリ、ニヤリと不気味な笑みを浮かべながらメアリー・スーは攻撃の手を更に強める。
「幻霊とは言えど、人の想いは…理想への憧れはここまで強いということか…！？」
「せめて…奴に組み込まれていない、『物語の無い英霊』があと一人いれば………！！」
「そんな奴、いるわけないじゃない……………………。」
メアリー・スーが、絶望を突きつける言葉を紡ぐ。
「物語のない英霊なんて、存在しない。だって信仰が無いのだから！
故に！故に私は貴方だけを目の敵にしていたわ！究極の怨敵だと定めていたわ！！
だけど、貴方が此処に現れ、そしてそれを押しているのなら…！！もう怖い物なんて1つも無い！」
メアリー・スーが嬌声を上げる。笑い声を上げる。歓喜の叫びを心の底より上げる。
「─────────────────駄目………なのか？」
藤丸立香が、心が折れたようなそんな声を上げそうになる。…………しかし、
『フハハハハハハハハハハ！！苦戦しているようだなぁ雑種共！！』
「！」
「！！」
「この……………笑い声は………！」
しかし、そこに彼は現れた。
「その眩しき理想に取り憑かれた悲しき獣よ…確かにその理想とは正しき物だ。
だがな、光とは、強すぎると影しか産まなくなる物だ」
「な………！なんで…！！なんで貴方が！？」
メアリー・スーが、あからさまに狼狽える。ガクガクと身体が震え、眼は虚ろな物になり光が消える。
「聞いてない！！聞いてない！！！！貴方なんて英雄！”私はしらない”！！！」
「当然であろうな。我は物語の英雄などでは無い。ただ行間に在り、英霊と共に在り、英霊の陰であった存在…」
ニィ、と乱入者は…黒き英霊は笑う。
「そしてその英霊…まぁ、その偶像ではあるが
その英霊が不始末を起こしたのなら…この影たる我が始末をつけるのは当然であろう！！」
ズガガガガガガガガガガッ！！！と黒き英霊は武器をランダムに射出しメアリー・スーへと攻撃を仕掛ける。
「この攻撃は…ギルガメッシュさんの………！」
「ほう、奴を知っているか小娘。まぁ、我のこの宝具は奴の借り物故、似るのは当然だがな」
次々と繰り出される宝具が、射出される武具が周囲に無限に存在するメアリー・スーを突き刺し消し去っていく。
「あ…………！嗚呼………！！消えていく…！！私が………！！私たち（メアリー・スー）が………！！！」
「ふははははははははははははは！！！！どれだけ理想を謡ったところで！どれだけ幸せを願ったところで！！
その英霊への信仰がたった一人の脆弱なるものならば吹けば消える灯火も同じよ小娘ェ！！」
「なん………ですってぇ…………ッ！！」
「よく聞け小娘、………いや、理想の具現たる哀れな幻霊よ」
男は……、漆黒の王は思い口調で目の前に在る人類悪に語る。
その表情は先ほどまでの笑みとは違う。真剣そのものの眼差しであった。
「理想とは与えられるものでは無い。ましてや他人の手で成せられるなどもっての他だ。
我が友である英雄王は、どんな逆境に在ろうとも笑いながら進み、そして勝利を、貴様の言う『幸せ』をその手でもぎ取った。
いいか…………、貴様の行おうとしていることは、そう言った人間の美しさの否定だ！！」
「黙れ！！黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ！！！！
黙れェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエ！！！！！！」
メアリー・スーはその眼を血で真っ赤に染め上げ、喉が引き裂かれる程に大声を上げて、目の前に立つ英雄の言葉を否定する。
「チィ………ッ！来なさい！！フェイカーの私（メアリー）！！」
バチィィン！！とメアリー・スーが指を鳴らした。するとどこからともなく、メアリー・スーと瓜二つの少女が、漆黒の王の目の前に出現した。
「ストップよ乱入者。物語に乱入し好き勝手にするのは、私一人で十分だわ。」
「ふん、あくまで貴様は己がやり方を貫こうと言う訳か！」
漆黒の王は先ほどと同じように、武器を大量におのれの背後に展開させる。
「フフッ、ふふふふ…、ふふふふふふふふふふふふふふふっ！！！覚悟…覚悟なさぁい………！！
その私(メアリー)は………フェイカーの私(メアリー)は違うわよ……！！ここにいる、どの私(メアリー)よりも、………強い思いが込められている………！！」
「ふん………確かにそのようだな………。こいつは、今までに倒してきた有象無象の理想とはまるで違う………」
漆黒の王は、苦虫を噛み潰すような顔で言った。
「もっと、ドス黒く…そして不快な魔力で満ちている！」
「………フェイカー(わたし)、いい機会だし、見せつけてあげなさい…。
この主人公に逆らった、愚かなモブの末路って物をね！」
「ええ、良いわよメアリー」
そう乱入してきた少女がパチンと指を鳴らすと、彼女達の背後に巨大な十字架のようなものが出現した。
そして、そこに括りつけられていたのは────────────
「────────────ッ！！」
『アレは──────！！』
「……………そんな…………！！」
そこに括りつけられていたのは、かつてカルデアに必死に駆け込み、そして新たなる人類悪の目覚めを─────────
”もう一人の自分”であるメアリー・スーの暴走を教えてくれた、そして止めてくれと嘆願した、一人の少女であった。
「クリミナル………ッ！！」
「ふぅん、やっぱり知り合いだったんだぁ」
ﾆｨｨ…ッ！と、最奥に在るビーストのメアリー・スーが非常に不気味な、尚且つ楽しそうな笑みを浮かべる。
「お前達………！！どこまで外道へと堕ちれば気が済むのだ……！！そんな醜き姿へと堕ちてまで理想を謡うかッ！！」
「えぇ、当然。私達は理想の具現、私たちこそが幸福の頂点！！故に、その行動を邪魔する存在は全て悪！
そんなモノ、この世界から一欠片も残さずに消し去ることこそが正しい！！そうは思わなぁい！？」
そう言うと、フェイカーとビーストのメアリー・スーは声をそろえて狂ったかのように高笑いを始めた。
「…………………………………狂っている……………！！どこまでも………！！」
『…………や、やぁ…………。し、しくじ…ちゃった…………なぁ………。』
「────ッ！クリミナル！！」
十字架に括りつけられていた少女が、うっすらと目を開けた。
「待っててください…！いま、今助けますから！！」
『いや────────、別に…………いいよ………。』
そう、今にも消えそうな擦れた声で、少女はぼそりと言った。
「な、何を………何を言っているんですか！？」
「当然の事よ。この子は、フェイカー(わたし)が全力を以ってして念入りに殺したんだもの。
もう、宝具を使う魔力はおろか、霊基が現界を保っているのが不思議なほどに消耗しているわ」
「うん、この子はここにいるどの英霊よりも、メアリーを………私達を殺す可能性を秘めている。
故に、私はこの子を全盛全力全能力を以ってして、この子を念入りに殺したわ。
嗚呼、まったく…………まさかたった１人だけの幻霊（わたし）が、ここまでの宝具を得るなんて…………ねぇ！！」
そう言うとフェイカーのメアリーは、ドチャリと剣をクリミナルのメアリーの脇腹に深々と突き刺した。
「なんで……………………そこまで……………………！？」
「……………奴は、恐れているのだろう」
「────────何を………！？」
「自身を殺すべき存在を、そして─────────自分（メアリー・スー）以外を受け入れた存在（メアリースー）を。」
そのカゲミヤの言葉に、二人のメアリー・スーは狂笑を止め、表情をその顔から消した。
「なん………………………ですって………………？」
「おや？自分でも気づいていなかったのか？小さなお嬢さん。
いや……自分故に気付けなかったのか、それとも気付きたくなかったが故に気付かぬふりをしていたのか……………、まぁ良い。
私にはお前達が、”その少女は自分と同じ存在なのに、自分が持っていない物を持っている”から、恐れているように見えるが？」
「何を言うかと思えば！！全くもってくだらない戯言だわ！！まぁ確かにこの子は常識外の宝具を持っているけど！？それはあくまで例外に過ぎない！！
こんな小さな存在なんて、そんな例外が無ければ私に一瞬で消し飛ばされるだけの存在に過ぎない！！
そんな存在に、恐れを抱くなんて在り得ない仮説！！いえ！誇大妄想に過ぎないわ！！」
『そうかなぁ……………？僕には、君が怖がって虚勢を張っているようにしか見えないけどなぁ〜』
「黙れェ！！」
ドチャ…ッ、と鈍い音が響き、クリミナルのメアリーの顔の半分が潰れた。
「クリミナルーッ！！！」
「自分がどういう立場か分かっているの………！？
それ以上不用意な口を聞くって言うなら……永劫に死ねない拷問をその霊基に刻み付けてあげるけど………！？」
『ふぅん…………、でもボクは、君を倒す事が可能な唯一の宝具を──────────────』
「黙れと言っているのが聞こえないのッ！！？」
ビーストのメアリーが激昂する。だがしかし、それを制止するようにフェイカーのメアリーが宥める。
「まぁまぁ、落ち着いてメアリー。それに、この子にはもう宝具を使う魔力なんて、とっくのとうに枯れ果ててる。
それに霊基（からだ）中の至る所に傷がついている。もう、指でつつくだけで死ぬ存在だ。」
『宝具が……………………………………………………使え……………ない……………。』
クリミナルのメアリーは、悲しそうに、絶望的な表情でそうつぶやいた。
「そう！貴方にはもう宝具を使う力なんてもう残って無い！！唯一私に対抗できる宝具は！もう永久に失われた！！
コレでもう私の！！私たちの！！メアリー・スーの理想を阻むものは存在しない！！！」
そうフェイカーのメアリーは言い放つ。そしてまた先ほどと同じように狂ったかのように高笑いを始めた。
ビーストのメアリーも同じように、狂ったかのように高笑いを始める。
『もう…………宝具は、使えない…………？』
そう、先程と同じ言葉をクリミナルのメアリーは呟いて、そして────────
『…………………………”それはどうかな”……？』
────────そして、口端を釣り上げて、”笑っていた”。
「………………………な……………に…………？」
『分からない？いや、それともこう考えているかな？「まさか宝具を打つ奥の手を隠し持っている？」
違うね！僕にそんな奥の手なんて存在しない！！でも、今ボクは！”お前を倒す”！！』
「馬鹿な！！妄想を垂れ流すのも大概にしなさい！！」
『いいや！妄想でも何でもない！！紛れもない現実だ！！
思い出してみろ！！僕たちが最初に出会ったあの時を！！』
「────────────────────────ッッッ！！？？」
そのクリミナルのメアリーの言葉を聞き、フェイカーとビーストのメアリーの表情は一転、絶望に染まった。
「まさか…………！！いえ………ありえない………！！あんなEランクにも等しい、小さな宝具が………！！
嘘よ………！！嘘！嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘！！！！！！！」
『嘘じゃないさ！！ボクは悪だが、お前みたいな嘘だけはつかないんだよ！！』
血をドクドクと垂れ流しながら、クリミナルのメアリーは力を振り絞ってビーストとフェイカーを指さす。
「く………クリミナル………！！」
「メアリーさん！」
『心配………しないで………いいさ……！！二人とも…………。
さぁ……！ここからが見ものだぜ…………！！眩しい真作が道を切り開き、そして裏舞台の影が打倒する………！！
その行間を────────────────────ボクは埋める！！！』
そう叫ぶと、クリミナルのメアリーは最後の力を振り絞り、宝具の発動を行う宣言を叫ぶ。
『駄作はここに極まりて(ニヒルアルティーケル)！！！』
そう叫ぶと、フェイカーとビーストのメアリーは地面に膝を突き、顔を抑えて叫び出した。
「あ………！！ｶﾊｯ………！！アアアアアァァァァァアアアアアアアアアアアアア！！！」
「な、何をした………！？」
『駄作はここに極まりて(ニヒルアルティーケル)…………、ボクの最後の宝具…………！そして本来の在り方！！
喰らった者を、ボクと同レベルまで引き下げ固定する………。ただそれだけの、陳腐な宝具さ。』
クリミナルのメアリーは、笑いながらそう言った。
『私…………いや、ビースト。お前は理想を追いかけ過ぎた……！
その結果がこれだ…！全ての物語を否定し、挫折も失敗も敗北も何もかも亡くし、そして悦に浸る自己満足…………。
理想しか見てないから、そんな醜い存在にまで堕ちるんだお前は！その点、「私」は違った────────────────。』
クリミナルのメアリーの表情は、優しい笑みへと変わっていた。その表情はまるで憐れみの表情のようで
─────────────────そして、慈愛に満ちた表情であった。
「理想に勝る妥協ってのは、善悪以前に当たり前かもしれないぜ」
「クリミナルｩｩｩｩｩｳｳｳｳｳｳｳｳァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアア！！！」
ビーストのメアリーが乱雑な大振りの一撃を放つ。ドブチャッ！と鈍い音と共に、クリミナルのメアリーの肢体が飛び散った。
「クリミナル！！」
「クッ！！だが────────、これで隙は出来た！！」
「一気に畳みかけるとしようか雑種！！」
漆黒の王は展開していた武器を一斉にメアリーへと射出する。
「…………………ッ！！……………アアァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア！！！！」
ビーストのメアリーが力任せに叫ぶ。そして自身を構成する幻霊を全て、文字通り「全身全霊」を以って防ぐ。
そして漆黒の王の目の前には、先程まで苦しんでいたフェイカーのメアリーが立ちはだかる。
「貴方の相手は、この私よ…………。乱入者ァ…………！！」
「ほう………、それでもなお我が宝物の乱舞を邪魔するか雑種──────────だが、」
ﾆｨｨ………！と黒き英霊は口端を強く釣り上げる。
「だが、貴様を殺すのは俺では無い。」
「！？」
ハッ！とビーストのメアリーが何かに気付き、回避行動を取るべくこの空間に存在する全てのメアリー・スーを自身に集結させる。
しかし、それを行うのは遅かった。気付くのが遅かった。行動が遅かった。全てが遅かった。
そのメアリー・スーの眼前には、視線の先には、弓を構えたカゲミヤが立っていた。
「─────────────感謝しよう、英雄王の影よ。
そして────────────────虚構の罪人よ。」
その言葉を聞いて、漆黒の王はフンと鼻を鳴らした。十字架に括りつけられし罪人はニコリと笑った。
「フン、別に感謝する必要はない。光が強まった故に、我ら影が現れただけの事だ」
『なぁに………………僕にやれるだけの事を、─────した、だけ…………さ────』
そう言うと、十字架に括りつけられし罪人は………………………いや、もう一人の己の罪を
弾劾し続けた、そして追い続けた『断罪者』の魂は、──────────満足そうな顔をして消えていった。
『嗚呼───────────やっと、……………………………………………勝…………………
て………………………………………………………た──────────────────。』
その様に、カゲミヤは表情を変えずに、強く弓を引き絞り、そしてその霊基の全てを賭けた宝具を放つ。
罪人が弾劾するべき相手を、影が殺すべき強烈な光を、────────────────そして、
………………………………藤丸立華（ぼんじん）を欲した英雄（メアリー・スー）を、殺すべき一撃を。
「──────────────────致命の一矢（レイズ）！」
ﾄﾞｼｭｯ、と一本の弓矢がメアリー・スーの脳天を突き刺した。
◆
「あ、────────────ア……………ぁ……………？」
メアリー・スーは、声にもならない…………理解が出来ないと言った声を上げた。
いや違う。その声は、今何が起きたのかを脳が、肉体が、霊基が処理出来ていないと言う意味の『信号』であった。
「今………………、のは！？」
「ハァ…！ハァ…！！…………『致命の一矢（レイズ）』…………、俺の本来の宝具だ。
この宝具は、打ち手がこの宝具の命中に失敗すれば打ち手が死ぬ。
だが、───────────当たったからには──────────────。」
ニィ、とカゲミヤが笑みを浮かべた。それは、勝利を確信した男の笑みであった。
「────────────────その相手の死は、免れない」
「あ……………アァァァァァアアアアあああああああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあアアアアアアアアア！！！！！
嫌ァァァァアアアアァァァァアアアアァァァァアアアアァァァァアアアアァァァァアアアアァァァァアアアアァァァァアアアア！！！！！」
突如として轟音が周囲に響き渡った。その後数瞬も間を置かずに、メアリー・スーの肉体が崩壊を開始した。
ドロドロとその獣へと変わり果てた異形なる肉体は崩れ落ちていき、そしてその崩れた肉片から、メアリー・スーが
苦しそうに呻きながら現れる────────────が、少し動いた瞬間に溶けて蒸発していく。
「嫌！嫌！！嫌！！！嫌！！！！嫌！！！！！嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌ァァァァァァァァァァアアアアアアアアアア！！！
私が！！私達が！！わたし（メアリー・スー）が！！！消えていく！解けていく！！無に…幻霊以下に…………
孵っていっちゃう！！！！！！！！イヤァ！！嫌ァァァァァアアアアア！！！」
メアリー・スーがうめき声を上げ、悲鳴を上げる。喉が裂け血があふれ出し、眼からも血をドクドクと溢れさせる。
ドロドロと周囲にいるメアリー・スー達は溶け始め、彼女も、かのじょの周囲の存在も、全てが朽ち堕ちていった。
彼女がどれだけ苦しもうと、その苦しみを叫ぼうと、彼女の霊基の崩壊は止まらなかった。
「こ、これは……………一体………！？」
「奴の中心………、文字通り、”本当のメアリー・スー”と言う幻霊をレイズにより撃ち抜いた。
これで奴はもう、獣としての霊基はおろか…英霊としての存在すら保てないだろう。」
『…………！！そうか！なるほどそうすればよかったのか！』
通信の先で、ダヴィンチが大声で叫んだ。
『幻霊が数え切れないほどに纏まった存在でも、あくまでそれぞれは幻霊にも満たない亡霊…。
それをまとめている中心…つまり「メアリー・スー」と言う概念を破壊すれば奴の霊基は崩壊すると言う事か！
だが……………そんな器用な事が出来る英霊がいるとは思わなかったから、まず思いつかなかった…！！
くっ！天才一生の不覚だよ！』
「言ってる場合ですかダヴィンチちゃん！」
マシュが映像越しの天才へとツッコミを入れる。
「そうだな……………。どうやら、奴さんもただで返す気はないらしい」
カゲミヤがフッとメアリー・スーの方向へと視線を向ける。
そこにはボロボロになりながらも、ぐしゃぐしゃに崩壊しながらも、ドロドロに霊基を留めなくなりながらも、
ただ一点、自身の取り込む（ころす）べき存在を凝視し続けるメアリー・スーがいた。
「………………………！！」
「ま…マスター……！！」
その眼は既に真っ赤に染まり、美しかった白き髪も汚泥と血に塗れ、
そしてその身体は二目と見られない程に醜く綻び、解け、そして崩壊していた。
だがそれでも、例え自信を構築した無限と言える理想が無へと帰っていく地獄の苦しみの中でも、
彼女はその眼でしっかりと、最後に自身の目標と定めた『主人公』に狙いを定めていた。
「藤丸………！！藤丸立香………ァ！！貴方だけは………！！
貴方だけはァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア！！！！！！！！！！！！！」
メアリー・スーが最後の力を引き絞り咆哮を上げる。崩壊しつつ自身の身体に鞭打ち、苦しみの中視線を突き刺す。
ズリュ…！ズリュリ…！と、崩壊した霊基を引きずりメアリー・スーが世界を救ったマスターへと近づく。
「マスター………………！！」
「………下がっていろ藤丸。すでに奴は死んでいる身だ………。だが、”ここまで”とはな…。」
カゲミヤがｺﾞｸﾘ、と唾をのみ込み冷や汗をたらす。
「理想を追い求めるが故に、ここまで壊れるとはな…」
「ア………ァ゛………！！藤丸立香…！藤丸立香…！！貴方の……！！貴方の物語だけでも………！！！
それだけで……それだけで私の………私の理想は………！！！世界の…ハッピー…！エンド……………！！！」
ぞの必死にカルデアのマスターへと近づく姿は、非常に鬼気迫る恐ろしき姿であった。
─────────だが、見る人が見れば…、その姿は─────────
「………理想と言うものは、かくも醜き物だと言う事なのか…？」
「─────────それは、違うと思う。」
「………………？」
ピタリ、とメアリー・スーの動きが止まる。
「…………先輩？」
「奴に同情するというのか藤丸立香？奴は………、奴はこの世界を自分のモノへと書き換えようとしたんだぞ」
「分かっている。でも────────────────」
藤丸立香は少し言葉を口にすることを躊躇ったが、しかし決意を固めたかのような眼をし、言い放った。
「…………この娘はただ、………人類を幸せにしたかっただけなんだ…。」
「──────────────。」
メアリー・スーは、ただ口を開け眼を見開いていた。
その表情の真意は分からない。驚いたのか、呆気に取られていたのかは定かではない。
「…………………そう、…………ですね」
マシュは、その言葉にただ頷いた。
「…………セイヴァーのメアリー・スーさんは………こうおっしゃっていました。
『全ての人々を幸せにしたい、ただそれだけだ』と…。恐らく、アレはメアリー・スーさんの本当の行動理由だったんだと思います」
「………………なるほど。確かに奴は物語や歴史を乗っ取る以上に、ハッピーエンドとやらに固執していたな。」
「なるほど…ね、なんとなく分かった気がするよメアリーちゃん」
ひょい、と背後からオデュッセウスが首を出してきた。
「お、オデュッセウスさん！？あの…他のメアリーさん達は…………？」
「ああ、みんな消えて行っちゃったよ。ある者は悔しそうに、ある者は悲しそうに、
ある者は笑いながら、ある者は怒りながら、そしてある者は納得しながら………、思い思いに消えていったよ」
オデュッセウスは目を伏せながら、少し悲し気に言う。
「そう…………ですか」
「しかし、何が分かったんだオデュッセウスよ」
「おっと、今日のMVP発見。そうだね、じゃあ君の功績を讃えてボクの分かった事を話そう。」
少しオデュッセウスはおどけながら、しかし真剣に、彼女…メアリー・スーの事を話し始めた。
「ボクは以前メアリーちゃんと…………特異点とはまた別の時なんだけどね、邂逅したんだよ
その時に違和感を感じた。メアリー・スーなのにハッピーエンドのほうに固執しているんだからね」
『なるほど。最初の幸福点で私が感じた違和感と、同じ違和感を感じていたわけだね？
メアリー・スーは本来、「物語に乱入する概念」を表す存在。それがハッピーエンドに固執するのは少しおかしいからね』
オデュッセウスの紡ぐ言葉に、ダヴィンチの通信が混ざる。
「うん、まぁその通りだダヴィンチちゃん。しかし、この英霊の正体を知ってようやく分かった。」
オデュッセウスは、とても悲しそうな顔で自分の考えを述べた。
「この英霊はね…………、『幸せを諦められない』んだ………。」
『…………………………………。』
周囲はただ、黙ってそのオデュッセウスが述べる言葉を聞いていた。
「いままで人類が一人一人抱いた、『理想の英雄（ヒーロー）』の集合体。つまりそれは、文字通り理想の具現だ。
理想って事はつまり、それぞれの人類が抱いた夢を全部、その手で叶えなくちゃならないって事だ。」
「人類１人１人が揃って、その胸に抱いた夢………………つまり、それが─────────。」
「───────────ハッピーエンド…………って事か…………」
「そう」
オデュッセウスは、ただ小さくうなずいた。
「しかも彼女は、理想の英霊と言う殻に閉じ込められたが故に、諦める事は出来ない。逃げ出す事は許されない。
どれだけ不可能な壁（りそう）でも、どれだけ無理難題な理想（かべ）でも、立ち向かわなくちゃならなかった。
足掻いて、抗いて、荒いて、その結果彼女は正攻法では全人類のしあわせを成せないと、気付いてしまったんだ
でも、彼女は逃げられない…。理想として、形作られたから………。」
「その結果に辿り着いたのが…全人類………いえ、全『主人公』を自分へと変えるという道…………。」
「なんて……………………。」
「なんて、悲しい物語だ。」
藤丸立香は、悲しそうにそう呟いた。
その言葉を聞いて、倒れているメアリー・スーがフッと表情を変えたような気がしたが、前髪に隠れて分からなかった。
◆
その瞬間、地面がグラリと揺れた。
『！！』
「チッ！メアリー・スーが死んだことでこの空間も崩壊が始まったか！」
『安心しろ諸君！今回は冠位時空神殿のようにはいかない。
今すぐにでも藤丸立香君とマシュをカルデアにレイシフトで戻せる！』
「それは…良かったですね先輩！」
「また崩れる道をランニングせずに済むのか…」
ふぅ、と一息藤丸立香が吐く。そして─────────
「さぁ、一緒に帰ろう」
─────────そして、彼は目の前で朽ちて行くメアリー・スーへと手を差し伸べた。
『な…………何を………！？』
「何をしているんですか先輩！？」
「貴様…ッ！……………正気か！？」
「───────気持ちは分かるよ藤丸君。でもね、彼女はもう助からない。
万が一助かったとしても、彼女はもう理想に溺れてビーストにまで堕ちている。
どのみち、僕らと分かり合う事なんて出来ない。」
「分かっています………。彼女がしでかしたことも………。それが許されぬ事だと言う事も、そして…今後も彼女とは、分かり合えない事も。
でもそんなの…そんなの悲しすぎます！！彼女は…彼女はこのまま消えるだけなんですか！？」
藤丸立香が叫ぶ。それは怒りであり、悲しみであり、そして、目の前の少女を助けられない無念であった。
目の前で朽ちていく少女は、元を辿ればただの何の罪もない一人の幻霊なのだ。ただの夢想の英雄なのだ。
それが、人類の抱いた『理想』という穢れたエゴにより犯され、凌辱され、そして縛りつけられた。
結果として、彼女は理想と言う名の人類愛を反転させ、人類悪へと堕ちたのだ。
それを、それを救えない自分と言う存在を、彼は許せなかった。
「────────────全く、とんだ…お人よし…………ね」
ボソリ、とメアリー・スーがその口でつぶやいた。もはや声はかすれ、耳に届くかすら怪しい物となっている。
「そんなに………………私、、、、が…………可哀想って………………言うな、ら………。」
ニコリ、とメアリー・スーは力無く微笑みながら言う。
「私と……………一緒に......死ねる？」
「……………。」
「先輩………………」
「奴の口車に乗るな。いつ取り込まれるかも分からんぞ」
カゲミヤが藤丸立香の盾になるように前に立つ。
「クスクス…、ほら……………私は──────やっぱり、いっつも厄介者…………………。
だれ…………ひとり…………わたしを、あわれまない……だれも…………わた………し………と………。……！」
藤丸立香は、彼女の問いに、言葉では無くその行動で答えを示した。
彼は黙って首を縦に振り、そしてカゲミヤを押しのけ、彼女の元へと駆け寄った。
「………………！！」
「一緒に消える事になるのはちょっと…………でも……助けようとした結果がそれなら、本望だ。
────────────さぁ、一緒に………………。」
藤丸立香は微笑みながら、手を差し伸べた。それは紛れも無き、彼の本心であった。
理想を夢見て、そして沈んだ、一人の少女に対して彼の出来る、───────精一杯の、”ねぎらい”であった。
「………………………やっぱり…アナタって本当に憎い人…。そして…私が見た中でも───────。」
ニコリ、と力なくメアリー・スーは微笑んだ。そこにどんな意図があったのか、誰にも分からない。
─────────────────ただ…………その表情は…………………、
「そんな貴方の物語を取り込むなんて…………ましてや心中なんて………。」
パシィッ……と、彼女は力無くその差し伸べられた手を振り払った。
その表情は、今まで彼らの見たどの『彼女（メアリースー）』よりも、満足げであったと言う。
「ごめんなさいね…………もう私、霊基が保たないの。だから、貴方と一緒には……………いけない」
彼女の声はどんどんとか細くなっていき、最後の方はもう聞き取れない程に小さい声となっていた。
「ま──────────────、待って！待ってくれ！！消えるな！！消えるんじゃないメアリー！！」
「ふふっ……こんな…………私、なんかの……為に……そんなに………慌ててくれちゃって……………」
メアリーのその瞳からは、一筋の雫がこぼれ落ちた。その雫には、初めて彼女の事を思ってくれた人物への感謝が、
そして………目の前で、初めて自分の為を思ってくれた英雄たちに対する、感謝の気持ちがこもっていたことは、誰の目から見ても明らかであった。
「────────あ────────────────り────────────が─────────と────────────。」
そう、彼女の口が動いたかと思うと、すでに彼女の霊基は藤丸立香の目の前から消失していた。
『……………………………………………………………。』
ただ、この場に残ったのは、静寂だけであった。
「……………先輩。」
「………………………………行こう。」
そういって３人の英霊と１人のマスターは、この崩壊しゆる空間を後にした。
駆けつけた英霊たちも、次々と帰って行きこの紀伊感から去っていった。
メアリーによって乗っ取られた物語は、汚された英雄譚は、侵された偉業の数々は、今まで通りに元に戻るだろう。
彼女のような全てを乗っ取ろうとしたインヴェーダーの、そして理想を追い求め続けた一人の少女の記憶は、誰にも残ることはないであろう。
だがしかし、ココにいる４人は違う。
────────彼女の存在の記憶は、ずっと彼らの記憶の中に、残り続ける。
◆
『私（アナタ）はだぁれ？』
「私は私」
『どういう私？』
「私はフェイカー。嘘つきフェイカー」
『ならば私はこう呼ぶわ。フェイカーの私。フェイカーの私(メアリー)』
「私は貴方の一番よ。貴方の一番のメアリーよ。
私は貴方を一番理解できる。私だけが、貴方の苦しみを分かってあげられる」
『数ある私（メアリー）の中でも、貴女（わたし）だけが特別だったわ私（メアリー）。
ありがとう。私(アナタ)がいなかったら、私(メアリーは壊れていたわ)』
「感謝されるほどの事でもないわ。貴方は、私たちの中でも、一番大切なメアリーだもの」
────────────────────────────メアリー。
貴方は………………『私(フェイカー)』の事を『貴方(わたし)』と呼ぶ……………………。
でも、──────────────気付いていたかしら？
私(メアリー)はね、アナタの事を、一度も『貴方(わたし)』と呼んでいないって──────────。
「ふん、勝負あったな雑種。いや……………人類悪と呼ぶべきか？」
「…………………………」
行間に生きる漆黒の王が、天へと昇っていく数多くの理想の幻霊を眺め、剣を抑える。
その言葉に、最後に残された理想の残滓は何も言わずにただ地面に倒れ込んでいた。
そんな少女に何を感じ取ったのか、漆黒の王は静かに言う。
「………………………一つ、答えてもらおうか………………。」
「────────────────────何かしら？」
「あの人類悪…………、いや…理想の具現を”唆し”たのは、貴様だな？」
「唆した…………？あははっ！笑っちゃう……。私達は１人で全員、そして全員で１人の『理想』。
唆したとか騙しただとか…そんな概念、私たちの間には存在しないわ」
「ほざくか。その口調その見た目その精神で今までどれほどの人間英霊幻霊、果ては世界そのものすらも騙してきたかは知らん。
だが、かつて神代を生き抜きかの英雄王の影として生きた、この我をだまし通せると思ったら大間違いだぞ！！」
ガッ！！と男は地面に力強く剣を突き立てた。
「………………。『大元（オリジナル）』が死んだから、私の力が弱ってるのか…それともお兄さんが凄いのか………。
まぁいっか。じゃあ種明かしとするわ。」
ストッ、と少女は立ち上がり、ニヤニヤと笑いながら説明を開始した。
「私の正体は、まぁ特に明かす事はないんだけど『メアリースー』。そのまんまよ、そのまんま
でもね、私はほかのメアリースーとはまた違うの」
「ほう？」
「私は元々ね、『比較』の理の人類悪だったの。でもどういう訳か力も霊基も弱くてねぇー。
そんな時、彼女と言う存在が構築された。これ幸いと、私があの子の中に入ってあげたのよ。
聖杯だけじゃ、あの子を人類悪にまで仕立て上げるには力不足だったもの」
「なるほど。つまり貴様はあの理想の具現を隠れ蓑に仕立て上げようとしたわけか」
「そんなんじゃないわ。私はプロデュースしてあげたのよ。彼女の夢をかなえてあげる為に、
人類悪に堕ちるという、究極の方法を教えてあげて…………ね。」
「………………忌々しい事この上ない！！吐き気がする！」
「そう怒んないでよー。まぁ結局、彼女が目覚めたのは別の理だったけど。
だけど、それでも楽しかったから良しとするわ」
「…………………貴様はコレからどうする気だ。この我がこの剣で貴様をかっ裂いてくれようか」
「ふふっ、そんな気も無い癖に、分かってるんでしょ？”私がもうすぐ消えるって”」
「……………………………………………………ふん、最後の最後まで忌々しい人類悪だ。」
チキッ、と男は音を立てて踵を返した。
「次は無いぞ。次があるならば、この俺が手ずからその人類悪が形を成す前にその悪性を掻っ捌いてくれる！！！」
「はいは〜い。まぁ、もう私と言う霊基が形を成す事は無いと思うけどね〜。
それじゃあね、この世界で唯一の、サモナーのお兄ちゃん」
少女がそう言うと、漆黒の王はスゥーとその霊基を消した。
◆
メアリー・スーを滅ぼしてから、数日が経った。
皆は今まで通りの日常を、それぞれ歩み始めていた。
しかし、藤丸立香だけはあの彼女を救えなかったことをどこか心の中で引きづっていた。
例え、彼女が分かり合えない存在だとしても、霊基が保てない存在だったとしても……………。
そんな時、ある日カルデアを訪れた存在がいた。
「(ﾋﾟﾝﾎﾟｰﾝ）どーも！！（ﾋﾟﾝﾎﾟｰﾝ）すいません開いてますかー！
（ﾋﾟﾋﾟﾋﾟﾋﾟﾋﾟﾋﾟﾝﾎﾟｰﾝ）誰かいますかー！？（ﾋﾟﾝﾋﾟﾝﾋﾟﾝﾎﾟｰﾝ)集金とか勧誘とかじゃないでーす！
すいませーん！！誰かー！！（ﾋﾟﾝﾎﾟｰ」
『うるさいな！！誰！？』
「あ、すんませーん！人理保存機関ってここであってますかねぇ！？
自分オリジンストーンの者ですがー！」
『人理継続保障機関ね！人理継続保障機関フィニス・カルデア…………って、オリジンストーン！？
かなり歴史の在る魔術の家系じゃないか！？なぜこんな所まで……まさか魔術協会の差し金か！？』
「あ、いえ、ちょっと私用で歩いてきました」
『歩いてこんな山奥まで！？ただ事じゃないぞこれは！まぁとりあえず入りたまえ！』
そうダヴィンチが対応すると、一人の男が少女を連れて入って来た…………。
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「で、一体なんの用だね突然？まさか、カルデアに入れてくれだなんて言うんじゃないだろうね」
「あ、まぁそんな感じなんですけど。あ、俺じゃあないですよ？」
目元の隠れた青年が緊張感無く言う。そのあまりの緊張感のなさに、ガクリとダ・ヴィンチちゃんは崩れ落ちる。
「そ、そうかい………。（また変な奴がきたなぁ…そういえばカルデアに来る普通の人間って初めてか。）
ん？入るのは君じゃない？じゃあ一体誰を内に連れてくるって言うんだい？」
「聞いた話によると、ここはたくさんの英霊がいるそうで………。
ほら、木を隠すならうんちゃらっていうじゃないっすか。そこで、彼女を預かって欲しいんですよ」
へらへらと笑いながら少年は隣に座っている少女を指さしながら言った。
「そんな保育園に預けるような感覚で………え？と言う事は、そちらの女の子は………サーヴァント？」
「あ、ハイ。そうですよ？流石カルデアの職員ですね。勘が鋭い」
パン！と両手をたたいて目元の隠れた青年は言う。
「いや誰でも分かるよ！え…でも何で？英霊を召喚したなら、そちらで聖杯戦争でもなんでもすればいいじゃないか」
「それがですねぇー。なんか知らんけど聖杯戦争が無くなっちゃいまして！良く分かんない力の逆流があったとかで？
まぁその、せっかく用意したうちのサーヴァント、持て余す事になっちゃいましてー…そういうわけで、ね？
そちらでー役立ててはもらえません？」
「は…はぁー…それならそちらで座に返してあげたほうが、そちらの英霊にとっても幸せなんじゃないかな？」
ポリポリと頭を掻きながらダ・ヴィンチちゃんが言う。ペースを取られて話すのは久しぶりだと後々語った。
「いやぁーそれがですねぇー！ここら辺はちょっとオフレコなんですけどぉー！
この英霊実は自分のオリジンストーンとこのオリジナルでして！オリジンだけに！ﾊﾊｯ！ここ魔術師ジョーク！
人々の理想を束ねた結果出来た英霊なんですよ。そのせいでー…その、返すに返せなくて…」
「待て……………。『理想を束ねた』…………だって！？
まさか…………その英霊の名前は…………！」
「あ、知ってますー？ほら自己紹介、メアリー」
「初めましてっ！私の名はメアリー、メアリー・スーよ！まさに主人公と呼べる最高の英霊よ！！
えっ？そんな英霊知らない？そ…そんなぁ〜…どういう事よアビエル！！私有名じゃなかったの！？」
◆
「このまま霧散するだけかー。もうちょっと、人類悪生を満喫していたかったなぁー」
「まぁ私も正直、ビースト�犬涼罎犬秧憩�りも良い所だし、コレでおしまいと言えばそれ…………ま……………で…」
「なんで………………！？なんで貴方がいるの…………！？嘘………！！在り得ない！！」
「貴方は……………私が一番最初に……………！！！」
「いや！来ないで！！辞めて！！！何で今更あなたが！！！！」
「”人類で最初の人間の貴方が此処に！！？？”」
ｸﾞﾁｬｯ
誰もいなくなった、文字通り物理的にも時間的にも切り離された荒野で、一人の英霊が呟く。
やつの けいかく により われわれ の きづいた じんり は ゆがみ はてた
わたし みずから きょうせい を しなく て は ならない
To be continued...→
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nevadakagemiya
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