最終更新: nevadakagemiya 2017年01月19日(木) 01:21:46履歴
――これは、物語の幕間にも載らぬ余談。
異説の聖杯戦争か、あるいは剪定事象の果てか。
何方にせよ、何処にせよ。
歴史には残らない、逸れ者達の小唄。
片方にとっては取るに足らない、流浪の一部。
だがしかし、もう片方にとってはそれはまさに運命に出会ったが如く。
そんな小話である。
★
何処とも知れぬ竹林。すでに日は落ち、月光が竹の合間を縫って地面を照らす。
風は凪ぎ、しなる枝葉がかすかな擦れの音を立てる。
物寂しい、あるいは風流。その風景の中、二人の女が向かい合っていた。
二人の女。二人の剣士。二人の武芸者。二人の求道者。
両者は良く似ていた。その麗しい容姿も、そして腰に提げた刀のように、研ぎ澄まされた気配も。
違うとすれば、片方が刀に全てを捧げたのなら、もう片方は刀の果てに道を見出したこと。
そして――これから始まる死合において、どちらが地を這うか、である。
女の片方。二刀の剣士が、曖昧に笑った。
「あのさ。やっぱり、命の取り合いまで行かなきゃダメ?」
「何を言いますか」
もう片方、一刀の剣士が鋭く笑う。
「剣士が二人顔を合わせたならば、命の取り合いにならなければ嘘でしょう」
「そういう観念は、正直良くないと思うんだけど。
ほら、それじゃ終いには誰も彼も斬らなきゃいけなくなるでしょ?」
「それに何の問題が?」
「……正気?」
「剣の道に正気を問うなど。それこそ愚問でしょう?」
「――ああ、うん。そうね」
その言葉と同時に、二刀の剣士の纏う雰囲気が、変わった。
瞳は天眼。目の前の相手を斬る、という結果に特化される機能。
行く道は無数にあれど、行き着く先は一つに収束される。
「其処まで行き着いたら、確かに斬る他ない。
修羅までならばそれでも生きられるけれど、畜生か餓鬼か、そうなっちゃったらもう救いはないわ」
「救いなど必要ではありませんよ。
ただひとつ、貴女を斬らねば、私は立ち行かない」
一刀の剣士も、笑みを崩さぬまま、鞘より刀を抜き放つ。
確かな殺意を受けながら、その気配に変わりはない。
剣気は元より放っていたもの。命は剣に捧げたもの。命の取り合いになったとて、変わる理由がない。
「――それを言うならば、最後の踏ん切りがついた」
「名誉や金の為なら自分は逃げる。恨みや義によるものでも自分は逃げる。
だが――御身の精神が、私を殺さなければ生きていられないというのであれば立ち合おう。
互いの命を奪わねば立ち行かぬ人生ならば、観念して修羅にならん」
二刀の剣士が、刀を握る。その瞳が一刀の剣士を見据え、死を予感させた。
それがどうした、と一刀の剣士は笑う。
剣に生きることすら許されなかったこの生涯、剣に死ぬならばまた愉快。
成る程確かに、自らは斬り倒される他に止まる術のない畜生だ――!
「二天一流、新免武蔵守藤原玄信!
我が第五勢を以て、その妄執、十文字に斬り捨てる!」
「名は捨てました。燕返しの剣士とでも」
斯くして二人は命を奪い合うに至る。
結末など、語るまでもない。
その価値もない、ただの小噺だ。
ゆえに、語るは一句だけ。
――鮮やかなり天元の花。
その剣、無空の高見に届く。
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