ImgCell-Automaton。 ここはimgにおけるいわゆる「僕鯖wiki」です。 オランダ&ネバダの座と並行して数多の泥鯖を、そして泥鱒をも記録し続けます。





前回までのあらすじ


突如として、時間と空間が入り混じるという『人理渾然』に巻き込まれたモザイク市。
喪失帯や泥濘の新宿といった異世界が混ざり合う中、渾沌とする世界の中で異変を解決して回るタイタス・クロウと人々が出会う。
モザイク市の御幣島亨やヴァイスといった面々はタイタスと情報を交換し、突如として現れた喪失帯出身の少女ヴィクティ・トランスロードと共に異変解決に乗り出す。
特異点である泥濘の新宿でのサーヴァント同士の戦闘に巻き込まれながらも、諸悪の根源たる。ナイル・トトーティフのいる土夏に集合する英霊達。
しかし時は既に遅く、ナイルはルナティクスの水月砦、エノキアン・アエティールの幻想基盤、土夏のみしゃくじの魔力を組み合わせ"狂怖"を召喚した。
人間の恐怖の感情の集合体である"狂怖"は、その場に集合した全てのサーヴァントたちを圧倒的力で追い詰め、苦しめてゆく。

その力の源の呼び水となっていたのが、モザイク市横浜より土夏市へ迷い込んだ慶田紗矢という少女の恐怖と言う感情だった。
彼女はルナティクスの一員であるが故に水月砦と繋がっていたのだ。そして"狂怖"召喚に自分のサーヴァントが協力してたという事実から自己嫌悪に陥る。
だがしかし、コーダの説得により彼女の恐怖という感情は晴れ、それに伴い"狂怖"は弱体化。加えて霧六岡の援護により力の源を喪う。
英霊達はその勝機を逃さず畳みかけ、とうとう"狂怖"を拘束することに成功。だが決め手に欠けるために手をこまねく事態に直面する。
そんな中コーダが提案する。強力な英霊に1人心当たりがあると。令呪を掲げ、彼は行方不明となっていた英霊を呼び出した。
ジークルーネ。勝利のワルキューレ。彼女は英霊達への勝利の魁となれるのか。それとも───────。



◆   □   ◆



「うわ! 眩しい……何の光です!?」
「魔力の反応……敵か!?」
「いや、違う! これは─────!!」

戦場に眩き光が奔る。そして同時に戦場に立つ英霊達が肌で感じる、高密度の魔力。
それはまさしく、1基の英霊の霊基から放たれるものであった。停滞していた戦場を勝利に導く魁であった。
神代の魔力─────かつて地上に存在した、魔術と神秘が当たり前であった世界の常識を持つ英霊がその場に出現した証である光。
漆黒のリボンを巻いた純白の髪をたなびかせ、1柱のワルキューレ……北欧の大神に仕えた戦乙女が顕現する。

「この魔力……間違いねぇ、神代の英霊か。それも、人間じゃない存在と見えるな」
「なるほど。人間じゃない英霊には同じく人間じゃない存在をぶつけると来ましたか」
「この気配は……原初のルーン、となるとワルキューレか!」

その場に立つ英霊達がその戦乙女の出現、言うならば思わぬ援軍に笑みをこぼした。
この戦場にいる英霊は全て神代を経験した英霊はいない。その全てが"人"の英霊達である。
メアリー・スーという例外はいれど、彼女は時代が浅いがために霊基数値はそれほど高くはない。
結果として、動きを止めても尚精霊や神霊に近い力を持つ"狂怖"へととどめを刺せる決定打に欠ける状況下にあった。
だがそんな状況下に北欧の戦乙女が参戦するとなれば心強い─────そう誰もが考えていた、その時だった。

「─────待て」
「どうしましたライダー?」

土夏に召喚されたライダー、坂上田村麻呂が異変に気付く。
一瞬だけ感じた違和感が膨らみ、そして訝しむに足る確固たる判断として現実へと表出する。
その田村麻呂の目に映る光景は明らかに、この場に召喚された戦乙女……ジークルーネが味方だと確信するには、早すぎるという判断を下していた。

「どうして─────あのサーヴァントが、あのナイルとかいう野郎と親し気に喋ってるんだ?」





「貴方の敷いたルーンは、本当に役に立ちましたよ」

"狂怖"を召喚した全ての元凶。ナイルがジークルーネに対して、そのような言葉を投げかけた。
その場にいる英霊達は、その言葉の意味を、そして今の状況を、一瞬ではあれど理解できなかった。

「なんで……なんで、ジークルーネ……さん? とあの人、知り合いなんですか?」
「わからん…………。だが、ルーンを"狂怖"召喚に役立てた? そいつはつまり……」
「───────ジークルーネは、ナイルの協力者だった、という事ですか?」
「いやまさか……。どうせハッタリだろ。あいつはそういう奴だ」

薄くではあれど、疑心暗鬼が広がる。しかし彼らのほとんどは、ナイルの言葉を信じてはいなかった。
確かにナイルの言葉をそのまま解釈をするのならば、まるで今出現したジークルーネが何らかの手助けをナイルに対して働いたようにも解釈できる。
あるいは、ジークルーネの用いたルーンを、ナイルが悪用したか────真実は現段階では、まだわからない。
しかしそもそも、ナイルの言葉そのものが虚偽である可能性もある。故に彼ら英霊は特に取り留めなかった。


だが、ジークルーネは臆面もなくそのナイルの言葉に対して1つの返答を返した。


「ええ、"狂怖"の召喚は上手くいったようね。おめでとう」


「────────は?」
「ええ……とぉ、これは……どういう、事……ですか…?」

間の抜けた声を上げたのは、田村麻呂であった。ヴィクティが続くように疑問を口にする。
ジークルーネはナイルの感謝の言葉に対し、反論でもなく、疑問でもなく、あろうことか称賛の言葉を返したのだ。
何らかの洗脳を受けているのか? そう疑念を抱いたヴァイスが彼女の"感情"を読み取る。しかし彼女の感情に歪みはない。
正真正銘、彼女は心からナイル・トトーティフという外からの降臨者に対して、"狂怖"を召喚できたことを褒め称えているのだ。
さらに言えば、彼女はその手で用いたルーンによって"狂怖"が召喚されたというナイルの言葉も否定していない。
その状況をそのまま受け取るのならば、1つの確固たる事実をその場にいる全員に突きつける事となる。


即ち、今召喚されたジークルーネという英霊は、"狂怖"の召喚に携わっていたという事実。


「けど、お仕事が終わったからって私を異空間に幽閉するのはいただけないわ」
「おや? そのような事をしましたかな? ンッフッフッフッフ……何分、人理渾然下ゆえ、世界に不具合があったのでしょう」
「……はぁ。誤魔化すならもっと面白い言い分を用意して欲しいものね」

まるでその事実をさらに証明するとでも言うかのように、ジークルーネとナイルは面識があるかのように言葉を交わし続ける。
周囲の英霊達はその様に困惑を隠せずにいた。突如として出現したと思われた助太刀が、今戦っている敵と親し気に会話をしているのだから。
それだけではない。彼女は今目の前で戦っていた災害ともいえる存在、"狂怖"の召喚に協力したとなれば、簡単に信用できる存在ではない。
もし仮にそれが真実だとしたら、協力した理由が不明瞭だ。脅されたか、あるいは判断を狂わされたか。理由が理解できない。何故────────と。
そんな疑問に包まれる英霊とマスター達を、まるで堪えきれないとでも言うかのように笑い声を響かせながらナイルが嘲笑った。

「ンッフッフッフッフ……ハッ! ハハハハハハハハハハハハハハ!!! 滑稽だ!! 素晴らしく滑稽だ!!
 コーダ…と言いましたか! 貴方の呼び出した英霊は、私が"狂怖"を召喚しようとしたとき、いの一番に協力を申し出た英霊なのですよ!!
 協力していただいた英霊は2人いたと申しましたが、オーベッド・マーシュとジークルーネこそが我が協力者だったのです!」
「………………………なるほど。合点がいった」

ナイルが高らかに笑うと同時に、コーダは低く呟いて頷いた。
彼は当初から疑問であった。何故、自分のサーヴァントが自分の下から離れたのかが。

彼は最初にジークルーネと契約した際に、3つの誓いを交わしている。
即ち────1に屈すること無かれ。2に諦めること無かれ。3に、負けること無かれ。
どれも全て、ジークルーネという勝利への導き手が召喚者に交わす加護にして一種の呪いとも言えるものである。
3つの誓いを受けたものは大きな加護を受けるが、どれか1つでも破ればジークルーネがその命を奪う。
故にこそ、誓いを交わしたマスターを置いてジークルーネが何処かへ消える可能性は低い……と、
そうコーダは常に疑問に思っていたのだ。

その理由を、今彼は確信した。
ジークルーネは自ら、この"狂怖"を召喚しようとするナイルに協力を申し出たんだ。
人類を試すというただ1つの目的の為に、この人理渾然という状況を利用せんとする外よりの降臨者と手を取り合ったのだ。
ナイルの目的は至極単純。ただ人類をその手で試せればそれでいい。どういった行動を、どういった判断を下すかという事に興味を持つ。
そういう意味ではジークルーネ─────ただ勝利を求める戦乙女と非常に似通っているとコーダは思考した。おそらくは途中までは彼らは目的が合致していたのだろう。
だがしかしその後、彼女はナイルの策略に嵌り何処かに幽閉されていた。だから令呪を用いなければ呼び戻す事は出来なかったのだと。
コーダはその頭脳を以てして、現状の全てを理解した。

「ま、待て待て、待ってくれよオイどういうことだ」
「あ、聞きたいことがあるなら、もう少し身なりを整えて欲しいのだけれど?」
「余計なお世話だ。……じゃなくてだ」

しかしその場にいる他のサーヴァントとマスターたちは当然事態を理解できない。
ジークルーネという英霊を知らぬ彼らからすれば、突如として出現した英霊が敵の協力者だったのだ。
いや協力者などという生易しいものではない。今は拘束されている物の今なお強力な瘴気を放つ"狂怖"の召喚に携わったのだ。
それも自分の意志で協力をしたと見える。ならば彼女は味方ではなく敵ではないのか? そう訝しむ彼らの判断は至極当然であった。

「あいつ……あの"狂怖"の召喚に、協力したってのは、本当なのか……?」
「ええ、事実よ? それが一体どうしたのかしら」
「えーっと……待てどういうことだ本当に……? 意味わかんねぇ…何考えてんだお前!?」
「え? あれ……? 嘘、ですよね? えっと…ジークルーネ……さん。
 あれを呼んだのって……嘘ですよね? 倒して、くれるんですよね?」
「はっきり聞きゃあいいだろう!! テメェはあの腐れ野郎の味方なのか!?
 それとも俺たちの味方なのか!? あのバケモンを倒すのを手伝うのか! 否か!! どっちなんだよ!!」
「……ッ!! しま────拘束が!!」

田村麻呂が声を荒げ、ヴィクティは声を震わせながら問うた。
この戦場に立つ全てのサーヴァントとマスターらに困惑が広がる。
まるでその困惑と言う名の『恐怖』に反応するかのように、それと同時に"狂怖"が拘束を破壊し攻撃を開始する。
一斉に臨戦態勢に入る英霊達。そんな彼らの姿を短く見渡すジークルーネ。彼らは皆揃って、"狂怖"を打ち倒そうとしている事を知り、彼女は笑顔で頷いた。
同時に突如として戦場に現れたイレギュラーである自分への警戒も怠っていない。その事実にジークルーネは感心するように笑みを強めた。

「はあ、物分かりの悪い子たちね。いいわ、答えてあげましょう」

キィン、と金属音が響く。虚空より抜き放たれたのは、青白く光り輝く槍であった。
『偽・大神宣言(グングニル)』。彼女たちの父たる主神オーディンが持つ勝利の槍の廉価版とは言え、武器としては破格の代物だ。
戦場に立つ全ての者たちに緊張が走った。彼女が敵ならば、ナイルの勝利はこの瞬間に確定していただろうという予感があった。
そしてジークルーネはその槍を高々と掲げ────────────答えを告げた。


「貴方たちが勝利せんと足掻く限り、私は貴方たちの味方であると」


一閃が奔る。放たれた槍の一投は空間を光とも見紛う速さで駆け抜けて、"狂怖"の霊基へと衝突する。
鼓膜をぶち破らんばかりの悍ましい悲鳴を響かせ、上半身の8割が砕かれた"狂怖"はその痛みに狂い悶えていた。
その様を眺めながらジークルーネは憐れむように微笑んで、一息ついたかと思えば、槍を虚空へと戻してコーダたちの前に降り立った。

「………………」
「すっごい………」
「待って……待ってくれ…!! 確かに凄いけど待て!!
 お前、あれ召喚するの手伝ったのはマジなんだよな?」
「ええ」
「それは洗脳されたとか脅迫されたとかじゃなく、お前の本心なんだよな!?」
「そこまで察しが悪いと、いっそ可愛らしく見えてくるわね?」
「…………ダメだ理解できねぇ!!! じゃあ何でアイツ攻撃するんだ!?」

タイタスは余りにも目まぐるしく変わる状況に疑問符を浮かべていた。
助太刀が駆け付けたと思えば敵の仲間かと疑いが浮かび、敵かと思えば自らが召喚に加担した"狂怖"に対して攻撃を躊躇せずに行う。
もはや支離滅裂。乱雑、無秩序。それを呼び表す言葉が見つからない。全てを嘲笑うナイルですらもこの状況には困惑していた。
そんな中、短く嘆息を吐いてコーダが言葉を放つ。

「……重ねて言うが、ジークルーネはこういうヤツなんだ。
 悪意とかそういうのは無く、全ては純粋に俺たちの“未来”のためを思っての行動なんだ。
 ビーストやアークエネミーと違うのは、敵として試練を齎すか、味方として試練へと導くかという点だけ。
 根本的な部分でジークルーネは人間とは相容れない行動原理で動く。今回、わざわざ“狂怖”の召喚の補助に携わったみたいに」
「何言ってんだ…………? つまりなんだ!? 俺たちと戦わせるために、このバケモンを呼び出したと!?」
「その通りよ。でも、もし私が関わらなくてもアレは召喚されていたわ。
 私はただ、アレがより貴方たちのためになるように、舞台をお膳立てしただけ」
「いや負けたらどうなると思ってるんですか!? 世界滅びますよ!? え? 意味わかんないです!!」
「もう、戦う前から負けることを考えてどうするの? 絶対倒して見せる、ぐらいの気概が無いと死んでしまうわよ」
「無茶苦茶だぁ!!!」

ヴィクティはもう泣き出したい気持ちでいっぱいだった。卑弥呼は呆然としていた。
田村麻呂やタイタスに至っては頭を抱えたい気分であった。どうしてこんな支離滅裂な輩が助っ人なのだと。
ただ1人だけ、両面宿儺だけがゲタゲタと嗤いながらジークルーネの言葉を受け、そして"狂怖"との戦闘に興じていた。
マスターたちも基本的に彼らサーヴァントの大半と同意見であったが、善悪関係なく『最強』を好むアビエル・オリジンストーンだけは「分かる」と頷いていた。

だがそれでも、ジークルーネが実力者であることは事実でもあった。なるほど出鱈目を言っているわけではないらしいと彼らは悟る。
彼女が"狂怖"に対して明らかに押しているのは確かであった。彼女が恐怖という感情を知らないからかとタイタスは推測するがその真意は分からない。
だが、彼女が"狂怖"との戦闘に参加することが、タイタスらにとって圧倒的に有利になるという事だけは理解できていた。

「もういちど問うぜ!! お前本当に俺たちの仲間なんだよな!?」
「何度だって返しましょう。私は、勝たんとする貴方たちの味方であると」
「ならもうあーだこーだ責めたり問うたりするのは後だ!! 全力であいつを殴り殺すぞ!!」

もはやどのような存在の手でも借りたい状況下にある彼らは我武者羅にジークルーネの助太刀を受け入れた。
だがその様子を見てナイルは嘲笑う。何故なら自分に協力したという英霊を、味方として彼らは受け入れようと言うのだから。
これほど滑稽な事はないだろう。"狂怖"という人類の脅威の召喚に加担した彼女は言うならば人類の敵ともいえるのだから。
だがジークルーネが敵に回れば脅威なのもまた変わらない。故にナイルは笑いながら言葉を紡ぐ。
彼らの結束を乱すために。言葉巧みに精神を揺さぶるのだ。

「ンッフッフッフッフ……、おや、おやおやおや。貴方がたは彼女を仲間として受け入れる、と。
 おかしいですね。面白いですね。この私の"狂怖"召喚に加担した彼女を、信用できるというのですか?」
「じゃかしいわボゲぇ!! 大方口車に乗せたかなんかしたんだろ信用できねぇんだよお前は!!」
「いいえいいえ。彼女が自ら進んで私の助力を買って出たのです。"人類の脅威を、勝利の為に用意したい"とね。
 まぁこの言葉が例え嘘だったとしても、彼女が私に協力したのは事実です……。彼女自身の言動が証明しているでしょう?」

ニィ、と口を三日月状に吊り上げてナイルは笑う。
その口から紡がれる言葉は、まるで演奏を司る指揮の如くこの場に立つ人類の精神を揺さぶるように響く。

「彼女が一時ではあれど、人類の脅威として立ったことは変わりません。
 それを信用するのですか? 何か償いを取らせるべきではないのですかな?」


だが、


「償いなら、簡単な話だ」


どれだけナイルの言葉を受けても、折れずに立ち上がる"人"が、此処にいる。


「ほう? ではお聞かせ願いましょうか。どのように彼女はこの罪を償うと? 自害ですかな? マスター殺しですかな?
 一体彼女に、この場で何が出来ると言うのでしょう! さぁ聞かせてもらおうじゃないですか!!」
「決まってる」


ジークルーネのマスター、コーダ・ラインゴルトはナイルの姿を突き刺すような視線で見続け、そして言い放った。


「────恐怖(おまえたち)に、打ち克てる」
「…………吠えましたね。良いでしょう」


そう笑うと同時に、ナイルがその手に刻まれた文様を輝かせる。
令呪。サーヴァントに対する絶対命令権。"狂怖"を召喚した主格たる彼は、その制御権たる令呪を保持していたのだ。
そしてその全てを以てして、"狂怖"に対して命令を下す。

「令呪よ────"狂怖"に、力を」

その言葉と同時に、"狂怖"へと力が注がれてゆく。
ナイルの放つ3つの絶対的なる命令は、戦いの最後の幕明けを意味していた。





「第一の令呪を以て命ずる。我が外なる魔力を以てしてその霊基を修復・強化せよ」
「ちっ! まさか令呪まで持っていやがるとは……。───────ッ!!?」

ナイルの令呪が1画消えると同時に、大地が揺れたような威圧感が放たれた。
同時に"狂怖"の千切れていた上半身が瞬時に再生すると同時に、その全身に禍々しい魔力が奔る。
"狂怖"の全身の口がゲタゲタと嗤い、そして全身の目が目まぐるしく周囲を観察するように蠢く。
更に間髪入れずに、ナイルは次なる令呪を放つ。

「第二の令呪を以て命ずる。───────"我が記憶と、同調せよ"」
「な……っ!!?」

刹那、爆発的な魔力の奔流が戦場を包み込んだ。地が揺れ、天が割れた。
卑弥呼が瞬時に判断し、戦場を包み込む結界を宝具を用いて貼らなければ、今頃土夏という町が崩壊していただろう。
それほどまでに圧倒的なる霊基が、瞬時にして発生した。たった令呪1画でこれほどまでの進化が起きるのかと戦慄するほどに。
神代の戦乙女を遥かに超える魔力量と、呪いの王を遥かに超える威圧感、そして理想の英雄を遥かに凌ぐ"信仰"を纏った『恐怖』が覚醒する。

「ぐあああああああああああああ!! な……なんじゃあこりゃあ!?」
「あの野郎……!! そうか…ナイアルラトホテプ……つまり無貌たる奴の経験を…全て注ぎ込んだのか!!」
「ケヒヒヒヒヒ! なるほどそう来たか面白い!! 経験で進化する"狂怖"ならば、経験を注ぎ込めば進化すると言うわけか!」
「でもちょっと強くなりすぎじゃないですか!? なんですこれ……!? まるで精霊……神様並みですよ!?」
「おそらくは……ナイルの持つ外宇宙由来の魔力が作用を───────!」
「第三の令呪を以て命ずる…………」
「まずい…止められない……!!」

ナイルが笑いながら3つ目の令呪を輝かせる。
英霊達はなんとかそれを止めようとするも、"狂怖"の放つ莫大な威圧感を前に動けなかった。
周囲の空気がそれそのまま溶けた鉛に転じたかのように、彼らは全身にかかる重苦しい重圧に支配されていた。
そんな彼らの姿を嘲笑うように、ナイルは3つ目の命令を紡ぐように放った。

「全てを以てして打ち滅ぼすがいい。そして試すがいい。恐怖を食らい成長するがいい。
 "狂怖"を眼前とした人間の儚い努力を、むなしき奮闘を、この私に見せてくれ……!!」
「ギ───────ィアゲ、ィィィィィィィ……ッッッ!! アアアアアアアアアァァァァァァアァアアアァァァアア!!!!
 殺怨憎怒恨怖嫉恐僻悔虚殺怨憎怒恨怖嫉恐僻悔虚殺怨憎怒恨怖嫉恐僻悔虚殺怨憎怒恨怖嫉恐僻悔虚殺怨憎怒恨怖嫉恐僻悔虚ッッッ!!!!!」

"狂怖"がその全身に刻まれし不気味な文様から呪詛を垂れ流し、英霊達へ瞬きよりも早く攻撃を叩き込む。
その呪詛は鼓膜を通して人間が持つ原初の恐怖、それらより派生した何千、何万という数の"負"の感情を叩き込んでくる。
誰かに勝てない恐怖。殺される恐怖。何も存在しない恐怖。優れたものへの恐怖───先程までと明らかに違う、精錬された恐怖の形がナイフのように理性を削る。
今までと何倍も異なるその力に加え、膂力も敏捷も桁違いに跳ね上がっていた。ナイルの持つ魔力が、恐怖と言う形と相性がよかったのであろう。

「ぐ……!! っがあ!!! 糞……があああ!! 防ぐだけで……精一杯…だ……!!」
「なんだ……!? なんなんだこりゃあ!? さっきまでと桁違いだぞ!? こんなヤベェのかよ令呪って!!」
「腐れニャル公の力もあるはずだ……!! あいつぁ言わば人を恐怖させる天才だ!! その経験を恐怖を力にする奴が吸えば───!!」
「ッ!! タイタスさん危ない!!」

ヴィクティの声でハッと顔を上げたタイタスの目に映るのは、猛速でこちらへと駆けてくる"狂怖"の姿だった。
気配がなかったが故にタイタスは気付けなかった────────いや、気配の隙を突かれたというべきが正しいだろう。
意識と意識の狭間にある盲点とも言うべき部分を突き、"狂怖"はこの中で最も殺しやすいと見た手負いのタイタスへと向かっていったのだ。
先程までと明らかに異なる"知性ある行動"に対して、タイタスは咄嗟の防御を取れずにいた。

「(ぐっ……!! このままじゃ─────!!)」
「だりゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

死が垣間見えたその時、"狂怖"へと拳が放たれる。
ヴィクティ・トランスロードの紫電纏う拳が、タイタスへと向かう"狂怖"の攻撃を横薙ぎに払い、そして攻撃を逸らしたのだ。

「ヴィクティ!!」
「すいませんタイタスさん…! 待機していろと言われたのに……!!」
「いや良い!! 感謝する!! だが"今すぐ逃げろ"!!」
「え─────」

ヴィクティが疑問符を上げ、"狂怖"へとその視線を映す。
するとその"狂怖"は、その全身を以てしてヴィクティの拳を捉え、そしてその表情を嘲笑に染め上げていた。
先程まで攻撃というものが何なのかも理解できていなかった存在が、今はヴィクティの攻撃を逆に利用し、その手で捉える引き金へと逆利用しているのだ。

「なっ!!」
「ギ────ギゲゲゲゲゲゲ!!!! ト─────ら、え…だあああああ!!」

突如として"狂怖"は、意味の理解できる言葉を叫び、ヴィクティを上空高くへと弾き飛ばした。
そのままその拳を渾身の力を込めて握り締め、圧倒的なる衝撃波と共にヴィクティの腹部を貫くように殴り上げる。
ヴィクティがその身に宿った"稲妻"の力を防御に全て振らなければ、そのままヴィクティは死亡していただろう。

「ギゲギャギャギャギャギャギャ!!! 愉じイ!! 愉しい゛ぞ!!
 死ね! 恐(し)ね!! 怯(し)ね!!! 全て総て……我が糧となるがいい!!!」
「……この短時間で言葉を理解し始めている……ここまであの野郎の令呪が相性いいとは…!」
「それだけじゃない…戦い方も学んでいる。何処をどうすれば俺たちが苦しむのか、理解しているやり方だ」

笑い声を響かせる"狂怖"の戦いを、タイタスと田村麻呂は冷静に分析する。
そしてヴィクティへと攻撃を放った隙を狙い宿儺が攻撃を挟むも、視線を動かす動作すらなく攻撃を阻まれた。
その全身に持つ視界を以てして、全方向からの不意打ちに対応できるように"狂怖"は進化しているのだ。

いや、戦闘能力だけではない。思考能力も、判断能力も、全て等しく"狂怖"は類稀なる進化をしたのだ。
本来戦闘に際しての判断というものは一朝一夕では身につくものではない。何処でどのように攻撃をすれば正しいのか。
何処をどのように避ければ敵の攻撃を効率よく回避できるか。そういった知識は、生まれついての精霊といえる"狂怖"には存在しない。

だがしかし、外の宇宙より飛来して人類を観察し続けた外なる神、ナイアルラトホテプがそれに手を加えた。
自らの持つ知識。とりわけ人類を闇から闇へと手招く事に長けた邪悪なる智慧を、余すことなく存分に注ぎ込んだのだ。
もはや"狂怖"は、この場に立つ全ての英霊の総量に匹敵する経験と知識を持っているといってもいいだろう。
あとはその膨大なデータを脳内でどれだけ早く咀嚼できるかでしかない。

いうなればこの場に立つ英霊達は、時間との戦いを強いられることとなったのだ。
"狂怖"が注ぎ込まれた膨大な知識を処理して、この場にいる英霊達を皆殺しにするのが先か、
あるいは─────この場に立つ英霊達が、先に"狂怖"という災害を打破するか。

この世界に"狂怖"が拡がるか否かの運命は、この場に立つ全ての者たちに、託されたのだ。





「……………………」

苦戦する英雄たちを前に、慶田紗矢はコーダの背後で無力さに襲われていた。
何故自分には戦う術がないのだろう。どうして自分はこの場にいるのに、戦う事が出来ずにいるのだろう。
他のマスターらのようにサーヴァントを連れていない上に、コーダのように奮い立つことも出来ない。
何か出来る事はないのかと、ただ迷うしかなかった。

確かに彼女自身にもサーヴァントはいる。だがサーヴァントとは長く交流がない。
加えて先ほどナイルの言った、"狂怖"召喚への加担が彼女の心に今だしこりを残していた。
あのサーヴァントを信頼できるのか? 今この場に自分を責める人はいないとしても、彼が"狂怖"を召喚するのに関わったことは事実であった。

そんな悩んでいる中で、ジークルーネが彼女たちの眼前に着地する。
"狂怖"の一撃を凌ぎ華麗に着地をするジークルーネであったが、その霊基にはダメージが蓄積している。
しかしそんなことを臆面も見せない彼女は、マスターであるコーダの方向を振り向くと背後に立つ紗矢に気付いた。
そうして彼女に対して1つ、言葉を投げかける。

「ねえ、貴女はいつまで迷っているの?」
「へ────。あ、えっと、その…………。ええ……!?」
「この戦場で立ち止まっているのは貴女だけ。そんな様では鈍間な亀にだって負けてしまうわ」
「ええっと……そのぉ…」
「大丈夫。言い方はスパルタだけど、別に怒ってる訳じゃない。
 ……だから、紗矢ちゃんの思っていることをハッキリと話して欲しい」

コーダが紗矢の肩を叩いて優しく励ます。
その言葉に緊張を解いた紗矢は、少しの沈黙の後に何かを決心したかのように頷いて、ジークルーネの問いに答えを返す。

「えっと……私……何が出来るのか……。
 サーヴァントもいるけど……本当に、信用できるか分からなくて……!
 だから……! わたし……どうすればいいのか……!」
「簡単よ」

飛来する"狂怖"の魔力をその手に持つ剣を以てして両断しつつ、
凛と立ってジークルーネは紗矢に対して激励の言葉を投げかける。

「“自分を信じなさい”。心の底から、とびっきりね」
「………………自分……を?」
「やる気がない人をわざわざ応援しようとは思わないでしょう?
 だからほら、自信を持って進みなさい。勇気ある前進こそが、あの怪物を倒す剣になる」

「ほら、“彼”も。貴女の背を押すその瞬間を、今か今かと待っているわ」
「────────あ………………」

胸が高く打ち鳴ったのを、紗矢は感じた。同時に、その掌を見やる。
その掌には、かつて世界が再編された時に紗矢自身に宿った、他の誰のものでもない新世界の住民の証────即ち、"令呪"が輝いていた。
かつては疎ましく思っていた、"普通"じゃない証。使いこなせと散々に両親から追い込まれた忌むべき記憶の残滓。

けれど、今はそれが頼もしく見える。彼女自身も正直に言えば理解できていない。
普通じゃないのが嫌だった。しかし手を握ってくれた青年が、それを肯定して受け入れてくれた。
確かに令呪と言う力は普通ではない。それは逆に言えば、「ありえない」事象を起こすトリガーとなる事を意味する。
─────先ほどコーダが行った、令呪によるサーヴァントの転移。それが自分にもできるにではないかと、紗矢は思考する。
自分にもこの戦場で出来る事はあるのだと、彼女は自らの意志で、判断する。


ナイルは言った。『オーベッド・マーシュの宝具で幻想基盤を固定した』……と。
それは言ってしまえば……"狂怖"召喚の根幹、生殺与奪の権利をマーシュが握っているといってもいいのではないか。


即ち紗矢は、恐怖するばかりで自分自身に最大の切り札があるという事実に、気付けずにいたのだ。


それでも不安はある。この令呪で自分のサーヴァントを呼ぶことが出来るのか?
呼び出したとしても宝具を止めることが出来るのか? そもそも説得している間にみんながやられたら?
不安が募る。だがジークルーネの言葉が背中を押す。『自分の判断を信じなさい』という、力強い勝負への導きが。

「大丈夫かジークルーネ!!」
「ええ。すこし、勝利への導きを託していたわ」
「よくわかんねぇが……、そこの嬢ちゃんが何かするのか?」
「ええっと……、─────。はい!!」

タイタスの問いに対し、紗矢は力強く、自分の意志をはっきりと持って頷いた。
ジークルーネはそんな少女の姿に、満足げに笑顔を浮かべ戦場へと舞い戻った。
タイタスもまた、そんな紗矢の表情を信じるかのように快活に微笑み、そして言葉を投げかける。

「そうか……。まぁ、色々思う所はあると思う。自分のサーヴァントがどうだとか、こうだとか…。
 だが、一つだけ言ってやる。大丈夫だ。あんなバケモン俺たちがすぐに倒してやる! だから……心配なんかせず思う存分やりたい事やれ!
 かっこつけて宣言してやるぜ! "ここは俺たちに任せて先に行け"ってなぁ!!」
「……っ! ─────ありがとう、ございます……!」

タイタスの言葉に涙ぐみそうになりながらも、ぐっと堪えて力を体全体に紗矢は込める。
魔力が全身に満ちる。令呪を通して全身を巡る感覚が、今の彼女にはとても安心できるように感じた。
今までは嫌で嫌で仕方なかった魔術─────普通じゃないものを、今は受け入れてくれる人が隣にいる。
その安心感が、彼女の精神を、ひいては魔術の発動を安定させてゆく。

「(私は、一人じゃない……。だから、説得してみせる。止めて見せる!!)」

「私は……フォーリナーの……! マスターなんだから!!」


「令呪を以て……命ずる!! ここに来て!!! フォーリナー!!!」


令呪が光り輝くと同時に、その場に1つの巨大な魔力反応が出現した。
まるで世界そのものが降り立ったかの如き、重圧感が周囲一帯を支配する。
戦っていた英霊達がその一点に視線を集中させる。"狂怖"すらも例外ではなく、その出現した存在に釘付けとなった。

『──────────。』

全身を潜水服で覆った男が立っていた。オーベッド・マーシュ。"魚貌"のフォーリナー。
クトゥルフ神話に於いて語られる魔性に支配された港町、インスマスを邪神に捧げた元凶たる魔術師。
そしてこの場においては、"狂怖"がこの世界に存在することが出来る基盤を作り上げた、ある意味では全ての元凶の一角。


まるで、その事実を証明するかのように、彼の背後には十数mにも及ぶ高さを誇るモノリスが、魔力を放っていた。


禍々しくも神々しく、悍ましくも美しき様相を有すそのモノリスは、見るもの全てにそれが彼の宝具であると、直感させる魔力を秘めていた。



to be continued...→

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