最終更新: nevadakagemiya 2020年08月10日(月) 01:40:42履歴
「日常」という言葉はどうしても「何事もない日々」って印象を与えるけれど。
でも、日々の暮らしの中で本当の意味で何も起こらない日というものはなかなかないわけで。
これもまた、ボクの日常の中で起こった、たいしたことのない出来事、その一つの記憶というわけだ。
それはつまり、あのころはまだ他愛のない話のタネでしかなかったということ。
それがこの後、実感を持って迫ってくることになるだなんて、そんなのボクらに想像できるはずがなかったんだ。
高校二年生の夏休みを少し先に控えた、六月のある日のこと。
しとどに降る梅雨の霧雨のコーラスの中、ボクこと松山茉莉、親友の竹内太桜、そして同じく親友の梅村海深は学園の図書館にいた。
入り口から一番遠い、四人掛けの座席。すなわちボクらが確保しているテーブルいっぱいに散らかっているのは、数学や古文などの教科書たちだ。
デザインもカラーリングもまるでバラバラなそれは、けれどもどこかお堅い画一的な雰囲気を醸し出している。
教育のために作られた書籍たちは、そんな「書籍」としても模範生たるように生み出されているのかな、なんて思うことがたびたびあった。
四月に無事火蜥蜴学園二年生に進学し、五月の体育大会を終えたボクたちが直面する次なる行事は、言うまでもなく定期テストである。
なにせ、二年生初めての試験だ。
何事においてもスタートダッシュにおいて成功しておくことは後に繋がる。
特に今年はおそらく「デキる」と思えるクラスメイトが二人も目星がついている以上、事前準備を万全に済ませておくに越したことはない。
そういった理由もあって早めに準備を始めることにしたのである。
火蜥蜴学園の図書館は全体的に木目調の作りで、床や壁に止まらず読書用のテーブルもまた木製だ。
教室や老化の無機質なリノリウムと比べるとどこか暖かみのあるこの部屋には、梅雨の季節特有のしっとりとした雰囲気が落ちている。
定期テストまでの間に何か大きな行事の予定は差し挟まれてはいないとはいえ、試験まではまだ1ヶ月以上の時間を残している。
そのためか、今の図書室の机の埋まり具合はまだ三割程度といったところ。
読書に訪れた生徒の数もやはりまばらで、高校の図書室という場所が日常的に混雑するような場所ではないことを差し引いても、やや閑散としている。
心なしか雨の音がはっきりと聞こえていた。
ころん、と太桜の手から鉛筆が落ちた。
「……すまん松山。また分からん問題が見つかった」
太桜が数学の教科書を帽子のように頭に乗せながら泣きついてきた。
放課後は勉強をすべきだ、と彼女がボクたちを誘ってきてからまだせいぜい一時間程度。
その間に既に質問には七回も答えていた。
「二次方程式なのだがな……どうにも因数分解ができんのだ」
そう言われて彼女のノートを見下ろす。
y=5x^2-7x+1。
そりゃあ因数分解できるわけがない。
それは解の公式を使う奴だよ、と説明してやると、今度は太桜はノートにy=ax^2+bx+c……と書き始めた。
「ストップストップ! もしかして太桜、解の公式覚えてないの!?」
驚くボクに、太桜は当然だろう、といった面持ちで返す。
「しかし、数学の京 教諭はこの式は暗記ではなく毎度導出できるようにしておけ、と言っていたじゃないか。だからこそ自分も億劫と思いつつも毎度一から用意しているのだぞ」
「いやいや! そんなの暗記でいいって! それ出来るようになってる必要ないから!」
「だがしかし京教諭は……」
「確かに導出できるようにしとくのは大切かもしれないけどさ、テストでいちいちやってたら間に合わないよ!?」
「だが……」
「いいから暗記しちゃって! 絶対その方が得だから!」
「むぅ……松山がそこまで言うのなら……」
しぶしぶといった様子で了承する太桜。
しかしそのペンの運びは遅く、明らかに集中力やモチベーションが落ちているのが見て取れる。
ではこちらは、と海深の方に目を向けると、こちらは完全にお遊びモードに入っていた。
海深の国語のノートの半ページで、やけにリアルなライオンが二頭、仲睦まじそうにじゃれ合っている。
両方とも鬣が着いているのが気になるところだが、とにかく完全に集中力が切れてしまっているのは間違いない。
少し早い気もするが、一息休憩を入れた方が良さそうだ。
「なんか、ちょっとボク喉渇いちゃったな。海深たちはいい?」
「あっ、海深も飲みたいかも。太桜ちゃんも来るよね?」
海深のその台詞を聞いて、太桜も心底助かったというふうにかじり付いていたノートから顔を上げた。
「あ、ああ! そうだな! 自分も行こう!」
彼女のそんな大声に、貸し出しカウンターの図書委員が軽く顔を歪めていた。
この学校の多目的ホールは図書室から出てすぐ右手、体育館へ向かう途中にある。
学園祭のときには運営本部になったり昼休みには移動購買部が訪れたりするそこは、普段は三人掛けの小さなベンチがいくつか並ぶ学生用の談話スペースになっている。
そしてここは学園内で唯一自動販売機が常設されている場所でもあった。
その自動販売機でボクは缶のミルクコーヒーを、太桜はペットボトルの緑茶を、海深は同じくペットボトルの乳酸菌飲料を買って、ボクらは一番近いベンチに並んで座った。
「それにしてももうすっかり梅雨だねぇ」
このホールの校庭側は一面が窓になっているため、外の様子がよく見える。
降りしきる雨はいよいよ勢いを増し、水はけの悪い学園の校庭を泥沼へと変貌させていた。
今日はたまたま三人とも部活動が休みであったが、学校自体はまだ部活動休止期間には入っておらず、遠くに吹奏楽部が調音をするときのやや間の抜けた金管の音階や、この雨のために仕方なく屋内トレーニングに勤しむ野球部やサッカー部のかけ声が小さく聞こえてくる。
そしてそんな雑多な生活音を包み込むように、激しくも一定のリズムを刻む雨音が歌っていた。
「そういや太桜。傘、ちゃんと持ってきた?」
「む、もちろんだとも。こういうときのために鞄には常に蝙蝠を忍ばせているんだ」
「それってつまり普通の傘は忘れたってことじゃあ……」
「ぐっ……。なかなか痛いところを突いてくるじゃないか松山……」
悔しそうに目を瞑る太桜に突っ込みたくなる衝動を抑えながらコーヒーを煽ると、その向こう側から海深がぴょこっと顔を出してきた。
「海深はレインコート持ってきたよ。お父さんの会社の新しいやつ!」
にこにこ顔でバッ、とそれを広げる。というか、鞄もないのにずっと持ち歩いていたのか。
海深のレインコートは遠目から見ても目立つような派手なデザインだった。
おそらくは澄んだ水の中を泳ぐ金魚たちがデザインモチーフなのだろう。
地の色は淡いブルーだが、そこに所狭しと泳ぎ回る魚の影がプリントされている。
ブルー部分が半透明な素材で出来ておりやや透け感を感じさせる一方、魚影は鮮やかなほどの不透明な赤色だ。
結果的に魚影の方が全体を覆う面積としてはかなり多くを占めているため、一見した印象だとレインコート自体が真っ赤に見えかねない。
かわいいよね!と満面の笑みで見せつけられるが、いまいちボクには良さが分からなかった。
「ちょっとどぎつすぎない? なんかそれ……」
その色合いがちょうど、クラスメイトから今日耳にした都市伝説にそっくりだったから。
「"赤い服の男 "みたい」
そんなことを、口走ったのだった。
「いや、最近そんな話を聞いたんだ。夜な夜な獲物を求めてこの街を歩き回る赤い怪物の話」
「なにそれ。また都市伝説? あんまりそういうの鵜呑みにするの海深よくないと思うけどなぁ」
海深が呆れたようにベンチに座り直す。
元々オカルト否定派の海深であるが、それ以上に自分がかわいいと思ったレインコートを怪物の衣装扱いされたのが不満のようだった。やや罪悪感を覚えてしまう。
「まあそう言うな梅村。案外そんな与太話にこそ噂が潜んでいたりするものだぞ」
太桜の謎のフォローにもむくれ顔のままだ。
「それで茉莉ちゃん、 "赤い服の男 " って?」
そんなむくれ顔のまま海深が問いかけてくる。
それに併せて、友人たちから聞いた様々なパターンの "赤い服の男 " の話を順を追って話していく。
別称として「赤マントさん」などがあること、出自は多岐に渡るが基本的には殺人者であること、正体は人間でないパターンが多いことなどを大まかに話したとことで、纏めに入る。
「うーん、まとめるとタイプとしては口裂け女とかトイレの花子さんに近いかな。姿を見ること自体がタブーとされている一方で、『こうすれば逃れられる』っていうおまじないの類いも色々と設定されてる感じ。まあこういう場合、逃れられるための方策って後付けのことが多いんだけどね。まあとにかく怪物の存在そのものが真実かどうかは置いておくとして、『元ネタ』の存在がいそうな感じがするね」
「元ネタだと!? 待て松山、それはつまり」
「変質者じゃないかなぁ」
身も蓋もないことを言う海深。
いや、ボクも大体考えていたことは同じであるのだが、こうもバッサリと切り捨てられてしまうとロマンというものがない。
外見はボクたちの中で一番女の子らしいくせに、やたらリアリストなのだ。
「あとは……やたら『3』って数字がよく出てくるね」
「数字?」
太桜の問いかけに首肯する。
「うん。これは『赤マントさん』に付随してる話が多いんだけど、『3回唱えると〜』とか『3時33分33秒に3階の窓から〜』とか、なんか『3』にまつわる言説が多いんだよ」
「……派生する前の何かがあるのかも」
神妙な顔で海深が言った。彼女にしては珍しく食いついている。
「何かって?」
「わかんないけどね」
ボクの問いかけに、海深はあっさりそう言って肩をすくめた。
「ぜーんぶ3が付くんだったら、元ネタになった変質者と関係あるのかな、って思っただけだよ」
えへへ、と舌を出しながら海深が笑った。
かわいい。
「さて、そろそろ戻ろうよ。なんだかんだで海深たち結構話し込んじゃったみたいだよ」
そう言って、ぐいっとペットボトルを煽る。
それに釣られて太桜も立ち上がった。
「そうだな。松山に見てもらえる間に問題集のあの章だけでも終わらせねば」
初めからボクに頼る気満々なのは気になるところだが、まあ太桜が乗り気なのはよいことだ。
ボクも一気に缶コーヒーを飲み干した。
図書室への飲食物の持ち込みは厳禁である。すっかりぬるくなっていたコーヒーだけれど、人工甘味料が舌に残す後味がなんだか爽やかな印象を与えた。
「そういえば、後一月もすれば日食だね」
「む、いつの間にかそんなに近くなっていたか」
「専用のメガネは買ってある?」
「もちろんだよ! 楽しみだなぁ、日食。何十年に一度しかないんだっけ」
「詳しくは忘れたけどこのレベルのは下手したら百年単位で見れないかもしれなかったはずだよ」
「なにっ、本当か?」
「じゃあ絶対全員で見なきゃだねっ」
「うん、そうだ」
「絶対、ボクたち全員で!」
でも、日々の暮らしの中で本当の意味で何も起こらない日というものはなかなかないわけで。
これもまた、ボクの日常の中で起こった、たいしたことのない出来事、その一つの記憶というわけだ。
それはつまり、あのころはまだ他愛のない話のタネでしかなかったということ。
それがこの後、実感を持って迫ってくることになるだなんて、そんなのボクらに想像できるはずがなかったんだ。
高校二年生の夏休みを少し先に控えた、六月のある日のこと。
しとどに降る梅雨の霧雨のコーラスの中、ボクこと松山茉莉、親友の竹内太桜、そして同じく親友の梅村海深は学園の図書館にいた。
入り口から一番遠い、四人掛けの座席。すなわちボクらが確保しているテーブルいっぱいに散らかっているのは、数学や古文などの教科書たちだ。
デザインもカラーリングもまるでバラバラなそれは、けれどもどこかお堅い画一的な雰囲気を醸し出している。
教育のために作られた書籍たちは、そんな「書籍」としても模範生たるように生み出されているのかな、なんて思うことがたびたびあった。
四月に無事火蜥蜴学園二年生に進学し、五月の体育大会を終えたボクたちが直面する次なる行事は、言うまでもなく定期テストである。
なにせ、二年生初めての試験だ。
何事においてもスタートダッシュにおいて成功しておくことは後に繋がる。
特に今年はおそらく「デキる」と思えるクラスメイトが二人も目星がついている以上、事前準備を万全に済ませておくに越したことはない。
そういった理由もあって早めに準備を始めることにしたのである。
火蜥蜴学園の図書館は全体的に木目調の作りで、床や壁に止まらず読書用のテーブルもまた木製だ。
教室や老化の無機質なリノリウムと比べるとどこか暖かみのあるこの部屋には、梅雨の季節特有のしっとりとした雰囲気が落ちている。
定期テストまでの間に何か大きな行事の予定は差し挟まれてはいないとはいえ、試験まではまだ1ヶ月以上の時間を残している。
そのためか、今の図書室の机の埋まり具合はまだ三割程度といったところ。
読書に訪れた生徒の数もやはりまばらで、高校の図書室という場所が日常的に混雑するような場所ではないことを差し引いても、やや閑散としている。
心なしか雨の音がはっきりと聞こえていた。
ころん、と太桜の手から鉛筆が落ちた。
「……すまん松山。また分からん問題が見つかった」
太桜が数学の教科書を帽子のように頭に乗せながら泣きついてきた。
放課後は勉強をすべきだ、と彼女がボクたちを誘ってきてからまだせいぜい一時間程度。
その間に既に質問には七回も答えていた。
「二次方程式なのだがな……どうにも因数分解ができんのだ」
そう言われて彼女のノートを見下ろす。
y=5x^2-7x+1。
そりゃあ因数分解できるわけがない。
それは解の公式を使う奴だよ、と説明してやると、今度は太桜はノートにy=ax^2+bx+c……と書き始めた。
「ストップストップ! もしかして太桜、解の公式覚えてないの!?」
驚くボクに、太桜は当然だろう、といった面持ちで返す。
「しかし、数学の
「いやいや! そんなの暗記でいいって! それ出来るようになってる必要ないから!」
「だがしかし京教諭は……」
「確かに導出できるようにしとくのは大切かもしれないけどさ、テストでいちいちやってたら間に合わないよ!?」
「だが……」
「いいから暗記しちゃって! 絶対その方が得だから!」
「むぅ……松山がそこまで言うのなら……」
しぶしぶといった様子で了承する太桜。
しかしそのペンの運びは遅く、明らかに集中力やモチベーションが落ちているのが見て取れる。
ではこちらは、と海深の方に目を向けると、こちらは完全にお遊びモードに入っていた。
海深の国語のノートの半ページで、やけにリアルなライオンが二頭、仲睦まじそうにじゃれ合っている。
両方とも鬣が着いているのが気になるところだが、とにかく完全に集中力が切れてしまっているのは間違いない。
少し早い気もするが、一息休憩を入れた方が良さそうだ。
「なんか、ちょっとボク喉渇いちゃったな。海深たちはいい?」
「あっ、海深も飲みたいかも。太桜ちゃんも来るよね?」
海深のその台詞を聞いて、太桜も心底助かったというふうにかじり付いていたノートから顔を上げた。
「あ、ああ! そうだな! 自分も行こう!」
彼女のそんな大声に、貸し出しカウンターの図書委員が軽く顔を歪めていた。
この学校の多目的ホールは図書室から出てすぐ右手、体育館へ向かう途中にある。
学園祭のときには運営本部になったり昼休みには移動購買部が訪れたりするそこは、普段は三人掛けの小さなベンチがいくつか並ぶ学生用の談話スペースになっている。
そしてここは学園内で唯一自動販売機が常設されている場所でもあった。
その自動販売機でボクは缶のミルクコーヒーを、太桜はペットボトルの緑茶を、海深は同じくペットボトルの乳酸菌飲料を買って、ボクらは一番近いベンチに並んで座った。
「それにしてももうすっかり梅雨だねぇ」
このホールの校庭側は一面が窓になっているため、外の様子がよく見える。
降りしきる雨はいよいよ勢いを増し、水はけの悪い学園の校庭を泥沼へと変貌させていた。
今日はたまたま三人とも部活動が休みであったが、学校自体はまだ部活動休止期間には入っておらず、遠くに吹奏楽部が調音をするときのやや間の抜けた金管の音階や、この雨のために仕方なく屋内トレーニングに勤しむ野球部やサッカー部のかけ声が小さく聞こえてくる。
そしてそんな雑多な生活音を包み込むように、激しくも一定のリズムを刻む雨音が歌っていた。
「そういや太桜。傘、ちゃんと持ってきた?」
「む、もちろんだとも。こういうときのために鞄には常に蝙蝠を忍ばせているんだ」
「それってつまり普通の傘は忘れたってことじゃあ……」
「ぐっ……。なかなか痛いところを突いてくるじゃないか松山……」
悔しそうに目を瞑る太桜に突っ込みたくなる衝動を抑えながらコーヒーを煽ると、その向こう側から海深がぴょこっと顔を出してきた。
「海深はレインコート持ってきたよ。お父さんの会社の新しいやつ!」
にこにこ顔でバッ、とそれを広げる。というか、鞄もないのにずっと持ち歩いていたのか。
海深のレインコートは遠目から見ても目立つような派手なデザインだった。
おそらくは澄んだ水の中を泳ぐ金魚たちがデザインモチーフなのだろう。
地の色は淡いブルーだが、そこに所狭しと泳ぎ回る魚の影がプリントされている。
ブルー部分が半透明な素材で出来ておりやや透け感を感じさせる一方、魚影は鮮やかなほどの不透明な赤色だ。
結果的に魚影の方が全体を覆う面積としてはかなり多くを占めているため、一見した印象だとレインコート自体が真っ赤に見えかねない。
かわいいよね!と満面の笑みで見せつけられるが、いまいちボクには良さが分からなかった。
「ちょっとどぎつすぎない? なんかそれ……」
その色合いがちょうど、クラスメイトから今日耳にした都市伝説にそっくりだったから。
「"
そんなことを、口走ったのだった。
「いや、最近そんな話を聞いたんだ。夜な夜な獲物を求めてこの街を歩き回る赤い怪物の話」
「なにそれ。また都市伝説? あんまりそういうの鵜呑みにするの海深よくないと思うけどなぁ」
海深が呆れたようにベンチに座り直す。
元々オカルト否定派の海深であるが、それ以上に自分がかわいいと思ったレインコートを怪物の衣装扱いされたのが不満のようだった。やや罪悪感を覚えてしまう。
「まあそう言うな梅村。案外そんな与太話にこそ噂が潜んでいたりするものだぞ」
太桜の謎のフォローにもむくれ顔のままだ。
「それで茉莉ちゃん、 "
そんなむくれ顔のまま海深が問いかけてくる。
それに併せて、友人たちから聞いた様々なパターンの "
別称として「赤マントさん」などがあること、出自は多岐に渡るが基本的には殺人者であること、正体は人間でないパターンが多いことなどを大まかに話したとことで、纏めに入る。
「うーん、まとめるとタイプとしては口裂け女とかトイレの花子さんに近いかな。姿を見ること自体がタブーとされている一方で、『こうすれば逃れられる』っていうおまじないの類いも色々と設定されてる感じ。まあこういう場合、逃れられるための方策って後付けのことが多いんだけどね。まあとにかく怪物の存在そのものが真実かどうかは置いておくとして、『元ネタ』の存在がいそうな感じがするね」
「元ネタだと!? 待て松山、それはつまり」
「変質者じゃないかなぁ」
身も蓋もないことを言う海深。
いや、ボクも大体考えていたことは同じであるのだが、こうもバッサリと切り捨てられてしまうとロマンというものがない。
外見はボクたちの中で一番女の子らしいくせに、やたらリアリストなのだ。
「あとは……やたら『3』って数字がよく出てくるね」
「数字?」
太桜の問いかけに首肯する。
「うん。これは『赤マントさん』に付随してる話が多いんだけど、『3回唱えると〜』とか『3時33分33秒に3階の窓から〜』とか、なんか『3』にまつわる言説が多いんだよ」
「……派生する前の何かがあるのかも」
神妙な顔で海深が言った。彼女にしては珍しく食いついている。
「何かって?」
「わかんないけどね」
ボクの問いかけに、海深はあっさりそう言って肩をすくめた。
「ぜーんぶ3が付くんだったら、元ネタになった変質者と関係あるのかな、って思っただけだよ」
えへへ、と舌を出しながら海深が笑った。
かわいい。
「さて、そろそろ戻ろうよ。なんだかんだで海深たち結構話し込んじゃったみたいだよ」
そう言って、ぐいっとペットボトルを煽る。
それに釣られて太桜も立ち上がった。
「そうだな。松山に見てもらえる間に問題集のあの章だけでも終わらせねば」
初めからボクに頼る気満々なのは気になるところだが、まあ太桜が乗り気なのはよいことだ。
ボクも一気に缶コーヒーを飲み干した。
図書室への飲食物の持ち込みは厳禁である。すっかりぬるくなっていたコーヒーだけれど、人工甘味料が舌に残す後味がなんだか爽やかな印象を与えた。
「そういえば、後一月もすれば日食だね」
「む、いつの間にかそんなに近くなっていたか」
「専用のメガネは買ってある?」
「もちろんだよ! 楽しみだなぁ、日食。何十年に一度しかないんだっけ」
「詳しくは忘れたけどこのレベルのは下手したら百年単位で見れないかもしれなかったはずだよ」
「なにっ、本当か?」
「じゃあ絶対全員で見なきゃだねっ」
「うん、そうだ」
「絶対、ボクたち全員で!」
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