ImgCell-Automaton。 ここはimgにおけるいわゆる「僕鯖wiki」です。 オランダ&ネバダの座と並行して数多の泥鯖を、そして泥鱒をも記録し続けます。










『信じるべきものが瓦解した時、人は正気を保てない。そも、正気と狂気の境とは何処にあるのか?』







────────────kagemiya@ふたば生誕5周年記念作────────────






「御幣島さん……。何か……あちらの方向から、いやな予感がします」
「む……いやな予感とは。あなたの予感はただの第六感やない。……不穏ですな」

鉄に覆われた廃墟に来訪者が突如として訪れたのと同時刻、大阪・天王寺において2人の男女がそのような会話をしていた。
暖かな雰囲気を纏う女性と、捉え所のない雰囲気の青年だった。卑弥呼と女性はどこか彼方の方角をみながら少し、怪訝な顔をしている。
御幣島と呼ばれた青年は卑弥呼の見る方角には、かつて大きな災害によって無残な廃墟となった街、『神戸』があった場所であると記憶を辿っていた。

「あっちの方は……神戸か。暴走事故の二の舞はまさか起こるまいが……」
「いえ……。事故とはまた、異なると思われます。何かもっと、大きな自体の予兆かと……」
「なんと。それは……あまり当たってほしくない予感です。サーヴァントが隣人となって15年。その上で、あの事故より大きな事態となると……心配ですな」

サーヴァント。人類史の英雄を再現した最高位の使い魔。通常ならば召喚するだけでも困難な存在。
だが、彼らが住まう可能性においてはサーヴァントは当たり前の存在となっている。それこそ全人類が────。
正確に言えばごく一部の例外を除いて総ての人間が、サーヴァントを連れている。彼らもまた、そういったサーヴァントとマスター関係だ。
ある戦争の収束を境として、人類は聖杯をその身に宿し死とは無縁の存在になった。そして1人1人がサーヴァントを召喚し、家族同然に日々を過ごしている。
その可能性の名を、"requiem"。可能性が閉ざされた人類への鎮魂歌。大いなる戦争の爪痕が残りながらも再編された街で人々が生きる世界である。

「す、済みませんセンセイ! スバル、スバルを見ませんでしたか!?」
「ん。影見、どうした? スバル君は、今日は一度も見よらんが……」
「朝起きたら……急にいなくなっていて……。令呪を通して存在するのは分かるんですけど……。居場所が掴めないんです!」
「……穏やかとちゃうな」

御幣島と卑弥呼のもとに、息を切らしながら走ってきた少女が1人訪れた。
彼女の名は影見ツクシ。御幣島が天王寺町で旧人類史────大きな戦争以前の人類の歴史を教える生徒の一人である。
“逃がし屋”という、運命が齎す危機から人々を逃がす役割を持つ少女であり、御幣島はそんな彼女を気にかけている。
そんな彼女が、かつて出会った運命───ハービンジャーのクラスを持つ自らのサーヴァントとはぐれたというのだ。
加えて自分のサーヴァントである卑弥呼が"厭な予感"と告げた。これは何かがあると御幣島は即座に行動するべきだと考えた。

「卑弥呼さん。何か心当たりなど、ありますでしょうか」
「すいません。何やら周囲を得体のしれない気の流れが覆っているようで……。まるで靄がかかったように……。
 ───────っ、こっちです。あちら側に……何か、詳細は不明ですが……道が開いていると感じます」
「道……ですか? でも、それだけじゃ……他に何か分からないんですか!?」
「申し訳ありません、詳細は……」
「……今は足を動かして情報集める方が先か。とにかく行きましょう。何かある言うことやったら、確かめんと」

御幣島がそう言うと、卑弥呼は2人は連れて早足で歩きだした。御幣島とツクシはそれに着いていく形で追う。
何度か人込みを抜け、路地を曲がり、建物を抜け……、そして2人が気付いた時には、まったく知らない場所に辿り着いていた。
周囲を森が囲うような、自然が多く残る場所。一見すると山の中だろうか。瞬間転移の魔術か何かの仕掛けが施されていたのかと考えたツクシと御幣島は、その山並みの風景から此処がどこなのかを探ろうとした。

「ここは、何処? こんな場所、天王寺には……。
 いやそもそも……ここ、もしかして日本じゃない……?」
「転移の魔術か何か……でしょうか。そうだとしたら誰が何の目的で……」
「っ! 都市聖杯との接続は!? 魔力供給は大丈夫ですか、卑弥呼さん!?」
「そう言えば……都市から出たのに魔力の供給は十全ですね……。これは一体……?」
「────────いや、まさか。そないアホなことがあるわけ……」
「? どうしました? 亨さん」


「ここは、戦前の北欧や……。なんでまたこないな……。時間逆行は魔法に亜するもののはず、残響時間さんでもなければ……」


御幣島が声を震わせながらそう言い放った。
そう。彼の視界に移る街の遠景は、確かに御幣島が過去に見た記憶のある北欧の風景に他ならなかった。
彼らが生きる可能性では、一度大きな戦争によって世界中が破壊された。その後にはモザイク市という形で人の生きる町が再興された物の、未だ世界中に戦争の爪痕は残る。
なによりそれまでの旧世界の歴史の遺物や史跡などはその大部分が破壊され尽くした。それを憂い、少しでも多くを残そうとするものこそが御幣島である。
故にこそ、彼は自らの目の前に戦前の光景が広がっている事をすぐ理解し、そして同時にそれが有り得ない事だという事を理解していた。
そんなことを思っている中、突如として彼らの背後から声が響いた。

「あれー? こんな山奥に人がいるっすー」
「……巫女、さん? ……すごい、きれいな人……コスプレ、かな…?」
「ふむ、私としては隣の子も結構可愛いと思うけどなぁ。着せ替えしたら超楽しそ……いや、というかあの巫女さんどう見ても魔力の流れ的にサーヴァントだな?
 近くに聖杯でも湧いたかなぁ、なら私の可愛い生徒に危険が及ぶ前にさっさとぶち壊しに……ぶつぶつ」
「……じゅ、塾長先生? 大丈夫ですか?」
「一瞬ガチ顔になってたっすよホロセン。プチ放送事故っす」
「おや失敬、止めてくれてありがとう、くに、ステフ。……さてと」
「……? あなたたちは……?」
「おや、先に言われてしまったな。……では、一つ互いに自己紹介でもしようじゃないか、お嬢さん方……と、そちらのお兄さんも」

その声は、原生林の風景には似つかわしくない少女たちのものだった。童話のごとき魔女帽を被った女性に連れられた二人の少女は、興味津々といった様子でツクシ達のことを見ていた。
見るからにここは辺境の地だがどこから来たのか、とツクシが問うと、少女達は魔女帽の女に幾つかの確認を取った後、ここから少し山奥へ入った場所にある"綺羅星の園"という全寮制の魔術学校に通っている生徒である、と答えた。

「して、私はホロシシィ・ウリュエハイムと言う。その綺羅星の園の塾長をやっているよ。
 今日は授業で使う触媒を採りにここまで降りてきたら君達に出逢った訳だね。
 ……ところでねぇねぇお嬢さん達、自己紹介の後でいいから、黒魔術や魔女にちょっとでも興味があったら是非私のところn」
「おっとっと……失礼、ミズ・ウリュエハイム。私は御幣島申します。この娘は影見言いまして……。
 私が教鞭取っとる立場です故、お言葉は有難いですが、何分急なお声掛けでもありますからしてな……。
(……ホロシシィ。まさかな)」
「はじめまして。影見ツクシです」
「……おっと、それは残念。……ふふ、立派な先生がついているようだからね、勧誘はやめておくよ」
「いやーホロセンはほんと相変わらず女の子の前だと不審者っすね」
「はははははしばくよステフ」

「ふむ、全寮制の学校……。今の時代にはそういう学舎もあるんですね、亨さん」
「然様で。生徒の特質もありますが、そういうところの方が伸びる子も居りますな」
「ん、というか綺羅星がある事知らずに来たんすか? だとするとホロセンに何か用事ってわけでも、たまに来る厄介さん達でもなさそうっすね?」
「……まぁ、そのあたりは反応から分かってはいたけどね。ところで私としてはそちらの女の子がもっと気になるところなんだけど……」
「とと、申し訳ないがお嬢さんがた。今何年か……、西暦何年か、分かりますか?」
「お、何すかタイムトラベルごっこっすか? えーーっと……何年でしたっけくにちゃん」
「2020年ですよ、ステフお姉様」
「らしいっす!」

御幣島が少女たちに問う。そうして告げられた年代は、御幣島が思うよりも5年ほど遡った数値だった。
時代を超えたのは確かに問題だが、それ以上に御幣島が不可思議に思ったのは2020年という年代そのものにあった。

「(大戦が終わったのは20XX年前後……。するとここは、大戦が起きなかった平行世界……?)」
「……えと、お三方は日本の方、ですよね…? どうしてここに……?」
「私もそれは気になるな。こちらへの敵意がない以上あまり深くは聞かないけれど、それでもあなたたちには気になる点が多い」
「えっと……。私たちはモザイク市『天王寺』から……」

そうツクシが告げようとした瞬間、彼女の脳裏に強烈な違和感が走った。
モザイク市『天王寺』。彼女が生まれ育った関西地方にあるモザイク市。学生として、逃がし屋として、様々な日々を過ごした彼女の故郷である。
だが彼女の中に、抗いがたい強烈な違和感が突如として浮かび上がったのだ。余りにも唐突な感覚で、ツクシはまるで眩暈を覚えたかのようにふらついて膝をつく。

「あれ……? おかしいな……。なん、で……?」
「……ん、大丈夫っすか? ホロセン何か仕掛けましたっすか?」
「流石に仕掛けてないよ!」
「どうした、ツクシ……?」
「なんでだろう……あれ? 嘘……!?
 いや嘘じゃない……。嘘じゃない筈なのに……! なんで……!!」


「"関西にモザイク市なんてない"……ハズ……なの────に」


それだけ言うと、ツクシはそのまま力尽きたかのように地面へ倒れ伏してしまう。
薄れゆく意識の中で、必死の形相で支えながら呼びかけてくれる彼女のセンセイ────。
御幣島の姿だけが、彼女の心に安堵を与えていた。





『こちらアクシア聖団リゲル・ナイツ! 突如として出現した謎の迷宮に囚われている!!』
『やばいやばいめっちゃ怖いやつ出てきたなにこれどうなってるの!!?』
『アクィラ五月蠅い! そちらの現状はどんな感じですか!!』
『こちらスピカ・ナイツ石丸ー。突如として湧き出てきたサーヴァント相手に戦闘中。援護は出来そうにない』

通信が入り乱れる。様々な情報が飛び交っては次の惨状が通達される。
ここは超常的存在に対抗して世界の秩序を維持するために作られた魔術組織、ウィルマース財団本部の通信室。
通信を行っている相手はアクシア聖団という、聖杯の回収や世界の真なる救済に努める、多くの騎士の集まりである。
騎士によって「救済の使命」の在り方が異なるため活動指針は様々だが、中には社会貢献を是非とする騎士もいるため、ごく一部は一時的にウィルマース財団や聖堂教会などと協力することもある。
現在の状況はまさしくそれにあたり、世界中で発生したある異変に対応している最中であった。

「ミスター・アントワーヌ!! 迷宮の情報の詳細を頼みます!!」
『これはなんだ……? 水晶か何かのような材質だ……。なんだ? 今微かにノイズが走ったかのような……』
『はぁ〜い! 巻き込まれた憐れな豚さんたち、おはようございまぁ〜す! 早速ですがBBちゃん特性の即席迷宮、楽しんでいただいていますかぁ〜?』
『なんだアレ!? ちょっと待っ……うわああああああああああああああああ!!!』
『アクィラ!? くっそどうなってんだこれは────(ザザ』
「アントワーヌ!? アントワーヌさん!!? 糞……!! 至急サンフランシスコに応援願えますかピースリーさん!」
『悪いがこちらも手いっぱいだ……!! ええい! "何故こんなにもサーヴァントが大量発生している!?"』

通信の向こう側でウィルマース財団の部隊長、ウィンゲート・ピースリーが叫んだ。
アクシア聖団の部隊の1つ、サンフランシスコに向かっていたキース・アントワーヌ率いる部隊の通信が突如として途切れた。
救援に向かわせようと指示を出すウィルマース財団トップのアーサーであったが、ピースリーも同じように未知なる事象に対応している最中であった。
それは、特異点や聖杯戦争でもないにも関わらず、世界中でサーヴァントが出現するという事態であった。現在確認されているだけでも、世界中で十数箇所でサーヴァントの出現が確認されている。
その内の1つにてサーヴァントが戦争を始めたためにピースリーが向かったという現状にあった。その最中に任務を終えたアクシア聖団が合流しようとするも、その道中で異変に巻き込まれて今に至る。

『石丸さん! そっちの方は……!?』
『こーなったら一か八か全力で救済(ころ)してみましょう!
 サーヴァントも突き詰めれば死人ですしね! お亡くなりー!』
『待って! 待ってブランカさん! 迂闊な攻撃は危険かもしれません!』
『あれ? 割と簡単に死にましたけどこれ? 本当にサーヴァントですかこれ?』
「っ? なに……? それはどういう────」
『あ! あっちにも湧いて出てきたので討伐してきますねー!! いくぜいくぜいくぜー!!』
『……というわけだ。とりあえずこっちは俺とフォーマルハウト・ナイツで片づける。一応光明は見出せたがそれはそれとして手が足りない。
 悪いがリゲル・ナイツの所には向かう事は出来そうにない』
「了解しました。また何かあれば連絡をお願いします。ミスター・石丸」

突如として興奮した騎士の声が聞こえてきて、サーヴァントの倒れる音が響いた。アーサーはその通信に疑問を抱く。
通常サーヴァントという存在は使い魔の中でも最高峰の存在。故に人間の手では倒すことは出来ない筈だった。だが実際にアクシア聖団の騎士の1人がサーヴァントを倒したという報告がある。
他の地域でも同じようで、サーヴァントだけでなくウィルマース財団の人間もサーヴァントを討伐することが出来たという報告もある始末だ。

「世界中で同時に召喚した不具合かなにかか…? いや、そんな……」
「アントワーヌさんの通信、未だ途絶したままです! 如何しますか!?」
「問題はサーヴァント以外の場所か……! 他のアクシア聖団の騎士たちも今は援護できない状況か……!」
「はい。現在アークトゥルスさんニーナさん他10名のマスターナイトが伯林に出現した謎の巨竜の影と交戦中!
 ヴァシリーサさんとアリサさんの部隊はオランダにて発生した吹雪と突如出現した熊を討伐するために出向いているそうです!」
「く、熊!?」
「はい……。なんでも魔力が観測される熊で、人間を次々襲っては魂食いをしていると!
 恐らく幻想種の類かと考えられますが……」
「ならばフィンチさんたちを向かわせましょう。確か彼らは今スノーフィールドに……」
『ダメだ!! 現在スノーフィールドにおいて緊急事態発生!! 外部へと出ようとした隊員たちが揃って黒い斑点に冒された!!
 精神が錯乱している! 何らかのサーヴァントの妨害を受けていると考えられる! 其方にはいけん!!』
「くそ!! どうなっているんだ……!! 何故こんなに世界中で異変が起きる!?」
『大分苦労しているみたいですねぇ〜? 本来は存在しないウィルマース財団のみなさんっ。お助けしましょうかぁ?』

次々と更新される情報を処理しきれずに、アーサーは発狂しそうになる寸前だった。そんな時、突如として甘い声が通信越しに響いた。
先ほどアクシアのアントワーヌ部隊からの通信が途絶する寸前にも聞こえた女性の声だった。まるで総てを弄玩する対象としか見ていないかのような猫なで声。
何が起きたのかと悟るよりも早く、ウィルマース財団の通信室の総てのモニターが砂嵐となり、その直後にすべての画面が一斉にピンク色に染まる。
その画面の中央には『BBチャンネル』と、ふざけたロゴが映っているだけだった。

「ハッキングか!? バカな……何重の防護壁があると思っている!」
『ざぁんねん! あの程度のファイアーウォールは月の上級AIの私の前では無意味です。
 というわけで皆さん初めまして! グレートデビルなBBちゃん、本来なら出会うはずの無い彼方の皆さんと会う為特別生出演です☆ 拍手〜!』
「うぇぇぇ!? なにこれどうなってるの!? 全然ハッキング解けない!!」

通信の制御を担当するカリンが困惑の声を上げる。どれだけ操作をしようとしても通信越しの女性の声は一切止まらない。
BBと名乗った少女の口調はふざけているかのように高揚していた。通信室にいる全ての人間は、世界中で異変が起きている中でこのような無邪気な笑いを響かせられるその少女に困惑を感じていた。
だが困惑すると同時に、BBと名乗った少女の思惑を探ろうと試みていた。この世界中で起きる事件に何らかの関係があると睨んだからである。
まず手始めにと、アーサー・マイヤーが口を開いてBBという少女と会話を試みた。

「君は、なんだ? 何故我々ウィルマース財団の通信に割り込んだ?
 なによりその口調、声色。先ほどアクシア聖団のミスター・アントワーヌらと交戦していた女性と思われるがどうだろう?」
『ええ。ご明察の通りです。彼らは今ぐっすりと眠っていますよぉ? ちょっと興奮気味でしたのでぇ、おやすみさせて頂きました。
 ですが皆さん、少々"敵意"を増幅され過ぎです。これでは思う壺というもの。もう少し冷静になられたらいかがですか? サーヴァント=悪ではないのですよ?』
「っ、何か知っているのか!? いやそもそも、君の目的はなんなんだ!?」
『私はただ、厄介ごとに巻き込まれたから早めに抜け出したいだけです。しかしどうもそれではいけない様子。
 なのでこうして、偶然チャンネルを繋げられそうな通信があったので、割り込んだ次第です☆』
「……敵意はない、と見て良いんだな? そして、この異変を解決したい立場にあると」
『そう捉えていただいて結構ですよ。"本来は存在しえない組織の隊長さん?"』
「…………なるほど。僕らの素性にも、いくらか詳しいようだ。
 タイタスのバックにいる抑止力のように、ある程度世界や時間を超えて事情を把握できる存在と見た」

アーサーはどこか納得するような口調で頷いた。
彼等ウィルマース財団は、その源流をたどるとそもそもがこの世界には存在しない"異端"の討伐から成り立っている。
本来この宇宙に存在しえない領域外の生命────禁忌降臨庭園にて繋がった外宇宙の生命体────を偶然発見した1人の学者に端を発する。
つまり始まりから間違っているとも言える魔術組織。それを知っているという事は、何か自分たちより上位の情報を知っているものだとアーサーは解釈したのだ。
それほどの力を持つ存在ならば、敵対したらその時点で潰されている。ならこうして会話をしているという事は少なくとも敵ではない。そう判断したのだ。

『理解が早くて助かります。正直こちらも、やりたいタスクがたくさん積んでありますので早めに片づけたいです。
 とはいえ私たちは現状干渉できる手段が限られています。どうも今回の事件を起こした黒幕さん……さしずめ"世界の敵"と言いましょうか。彼からは邪険に扱われているようで』
「なるほど。さしずめ僕たちは……貴方の指示を仰いでどうするべきかを問うべきかな?」
『またもやお早い理解ですね。私の事を気軽にBBちゃんって呼んでも良いですよぉ?』
「アーサーさん! こんな胡散臭い女を信用するんですか!?」
「彼女らが敵か味方かは分からない。それに、情報は得れるだけ得るべきだ。それが嘘か真かは二の次として、今は少しでも今起きている事を知るべきなんだ」
『強かですねぇ。嫌いじゃないです。ではまず、何処に行くべきかを伝えますね』

そう言うと、カリンの繋げている端末に1つの座標データが送信された。
それは日本のある都市を指している。カリンは即座に数十のウイルスチェックをかけた後に、その座標がどこを指し示すものなのか調査を開始した。

『そちらにいくらか、黒幕の影響を受けない人物が集まっていると演算結果が出ました。まずはそちらに向かってください』
「承知した。ただすぐには向かえないかもしれない。現在発生している異変を収束させてから。そしてこの座標の安全性と確証を得られてからだ」
『安全性はともかく、確証はあると思いますよ? 貴方がたも良く知っている場所と思えますし』
「っ! 解析結果、でました!! 座標……日本・土夏市! 冬木に勝るとも劣らない潤沢な霊脈のある土地です!」
「土夏……まさか、クリノス家が管理しているあの土地……。別の聖杯戦争が起きた土地か」
『土夏? こちらでは"隠しエリア《TSUCHIKA》"となっていますが……。まぁ良いでしょう。響きは同じですし』


『そちらにいるであろう人物を速やかに回収してください。
 この勝負、おそらく"どれほど正気の人間を短期間で集められるか"が勝利の鍵になります』





「どうなっているんだ……? 聖杯戦争は、もう終わったはず」

日本、土夏市。少年が街を奔る。夜の帳と静寂に包まれた街の路地を、一心不乱に疾走する。
起きるはずの無い予兆。終わったはずの異変。そして現れるはずの無い英霊達。それらが少年を、再び戦場へと手招きする。
どうして────と。疑念を抱く暇もないままに、彼の背後から飛来する弓矢が命の危機の早鐘を鳴らす。

「(そもそも街の様子からしておかしい……。どうして人が誰もいない?
 目を凝らすと……町のいくつかにノイズが走って見える……。これは、どうなっているんだ?)」
「逃がすかよ────!!」
「っ……! なんで、お前が……」

少年────名を十影典河という、魔術を知る少年は、逃げながら疑問を口から漏らす。
典河はその英霊を知っていた。何故ならそれは、彼がかつて参加したはずの────そして終わったはずの聖杯戦争に召喚されていたライダーの英霊に他ならないのだから。
典河は全速力で走る。奔る。走り続ける。何故あの日終わったはずの戦争に召喚された英霊が呼び出されているのか? 疑問に対する答えを用意するよりも早く、鎧武者が典河に追い縋る。

「なかなか筋は良いようだな。昔殺し合いにでも巻き込まれたか? まぁいいか。
 "誰だか知らねぇが"、マスターからの命令でな。理由は知らんが、殺させてもらうぜ」
「……? 知らない……? それは、どういう事だ? お前は確かに、あの日俺を追っていたサーヴァントだろう……。"ライダー"」
「────なるほど。どういう理屈かは知らねぇが、お前は確かに特別なようだな。マスターが殺せと言うのも納得だ」

典河の放った言葉を聞き、鎧武者はその眼の色を変えた。
先程までは獲物を狩るのを楽しむかのような狩人の眼だった。だが今は、ただ殺意だけが灯るどす黒い眼をしている。
典河が目を凝らすと、鎧武者の周囲には漆黒の淀んだ魔力を幻視するほどに、その殺意は色濃かった。

「(これは……なんだ? 魔力? 違う。これは────!)」
「死にな」

ただ一言、冷たい死の宣告が鎧武者の口から告げられる。
同時に冷酷無比な一射が放たれ、一直線に典河の心臓を狙う。避けるはおろか目で捉える事すら出来ない矢が、典河の命脈を穿たんと宙を切る。
もはやここまでかと思われたその時、その放たれた弓矢は、何かに弾かれるような轟音が響くと同時に宙へと四散した。

「………………、君、は……」
「あぁ──────? 何だァ? テメェ」
「危なかったから咄嗟に助けたけれど……。あなたは敵? それとも味方?」
「どういう事だ。お前が此処に来るはずがねぇだろう。そこのガキとお前は、"ルール"からして違うように見えるが? どうやってきやがった?」
「……ジアブロスィ・サーヴァント。あの噂は本当だったんだ」

宙を切る弓矢を防いだのは、少女だった。とげとげしい雰囲気だが、確かな意志を瞳に宿した少女だった。
黒と白が混ざる髪が特徴的な少女は、その確かな意志を以てして鎧武者に対して敵意を向ける。同時に自分の背後に立つ少年を守るために手を差し伸べる。

「怪我はない? 大丈夫?」
「ああ。とりあえずは……。しかし、君は一体……」
「ああ、わたしは大丈夫。危ないから下がってて」

「────戦う力を貸して、"黒"のセイバー」

少女は何かに誓うように小さく、されど確かな声で呟いた。


「覚醒せよ(ズヴェギアティ)、"偉大なる英雄"よ(ニキーティチ)――ッ!」


そう告げると同時に、少女の肉体を光が包む。そして魔力が迸り、少女の肉体を包み込んでいく。
一瞬のうちに少女の姿が変わる。全身の所々に繊細な装飾の施された金属片を身につけている、"力"を纏う少女へと姿を変えたのだ。

「どういう事だ……! 話しが違うじゃねぇか"マスター"よぉ!!」
「あなたがそのひとを、傷つけるというなら……。わたしは、あなたを止める!」
「この感じ……。君はまさか、サーヴァントなのか?」
「ちょっと違うけれど……。まぁ、いっか。
 わたしはフォイン。大切な名前。よろしくね」
「……典河。十影典河だ。よろしく」

2人が互いに名乗り、そして手を握り合い自己紹介をする。
その隙に背中から撃とうかとも試みる鎧武者であったが、フォインと名乗った少女はその纏う魔力の量が非常に膨大であった。
まるで隙が無い。ライダーも名の知れた英霊ではあるが、そもそも纏う神秘の質が違う。故に今は戦わない方が賢明だと彼は判断した。

「……やめだ。今相手にするのは間が悪そうだ。そもそも、今殺さなくてもいいわけだしな。好機は無数にある」
「っ、逃げるの? なら深追いはしないけれど……」
「逃げる? 冗談を言え。戦略的撤退だ。情報を"マスター"へ持ち帰るのも大事な戦働きだからな」
「……1つだけ、聞かせてくれ。そのマスターというのは……まさか────────────」

典河が問うよりも早く、ライダーは自身の霊基を霊体化させ姿を消した。
同時にフォインも自身の変身を解き、最初の頃と変わらない少女の姿へと戻った。
体力を消費したのか、ふぅと一息ついてからゆっくりと典河と向き合う。

「良かった……。退いてくれて。これ以上戦ってたら、どうなってたことやら」
「君は……アイツが何なのか、知っているのか?」
「えっと、今は信用できないかもだけれど……、わたしと一緒に来てくれる? 説明したい事があるの」
「ああ。信用なら、大丈夫。守ってくれたわけだし……。それに、君はこう……上手く言えないけど、信頼できそうな空気がある」
「そう? なら、嬉しいけど……」
「ひとまずは、安全な場所へ。いつまたさっきみたいなサーヴァントが現れるかは分からな────────」
『あれー? 普通に人いるじゃないですかー。どうなってるんですか博士ー』

突如として、典河とフォインの背後に声が響いた。少女のような明るい声だった。
振り向くとそこには、複数人の人間が立っていた。白衣の男性、扇情的な服装の女性、全身を機械のような外装で覆った人型、口元を覆うコートの男……。服装も雰囲気も様々だ。
だが1つだけ共通する1点が彼らにはあった。その誰もが一様に、人間の身で成し得る極限と言ってもいい程に圧倒的な威圧感を放っている人間であるという事だ。
かつて聖杯戦争に参加した過去のある典河は、それをすぐ悟ることが出来た。

「……何? この嫌な気配……」
「……もしかして新手…………、か?」
「先ほどお前たちが戦っていた英霊と同勢力か……と問われれば答えは、否だ。
 俺たちはつい先ほど、此処にログインしてきたばかりだからな」
「────────ログ、イン?」
「ねーねー! 博士言ってましたよねぇ!? 誰もいない未知のネット領域を発見したって!
 んで餅先輩の礼装でログインしたって言うのに先客いるじゃないっすかー! どう思います餅先輩!?」
『クレアさん。ちょっと静かに』
「失敬。ここの領域の先住民の方でしょうか? であれば少し、この大規模なネット領域の利権と所有権についてお話したいのですが……。
 ああ勿論、望むだけの報酬は支払います。キャッシュがよろしいでしょうか? それともこういった空間ならば、仮想通貨などお好みでしょうかね?」
「………………待ってくれ、何の話なんだ?」

典河は困惑したような表情をして答えた。フォインはというと頭上にクエスチョンマークを浮かべたまま首を傾げている。
その様子を見て、1人頷くような声を上げながら、群衆の背後から1人顔を出すものがいた。まるで影絵のようにはっきりとしない、漆黒の男だった。
男はニヤつきながら典河をじろじろと観察し、そして口端をゆるりと吊り上げながら口を開いて言葉を紡ぎ始めた。

「ほう、ほうほうほう。なるほど。こう来ましたか。
 導き手諸兄。どうやらここは現状、現実の土夏市と仮想空間上の《TSUCHIKA》が入り混じっている物と見える。おそらく彼は、現実の土夏の住人でしょう」
「ほう? それは興味深いな。このような華奢な小僧が、たった1人で鉄火場に招かれるほどのタマなのか? あるいは何らかの偶然によるものか?」
「偶然も何も、彼はこの都市で過去に発生した聖杯戦争の参加者。おそらくは我らが追う事件を解くカギにもなるだろう」
「────なるほど。あのミシャグジとかいう日本の得体のしれない神が聖杯の中身だったとかいう、聖杯戦争か」
「(……あの聖杯戦争を、しっているのか。この人たちは)」

彼らが自分の参加した聖杯戦争について知っていると悟り、典河は警戒の色を強めた。
退治する影絵の如き男は真逆に、典河の警戒を何とか解こうと身振り手振りを以てして口八丁手八丁を巧みに用いて心理の狭間を衝こうとする。
そんな彼らに対して、フォインと名乗った少女が口を挟んだ。

「自分たちだけで勝手に話を進めないで。
 そもそもあなたたちは誰なのか、教えなさい」
「これは失礼、スラヴの英霊を宿す自然の嬰児よ。我らの名は新世界秩序同盟O-13。私はその副首領代理を務めし、カール・エルンスト・クラフトと申します。
 今宵我らがこの土夏を訪れた理由は、何らかの事象の理の歪みの発生による因果関係のめぐりあわせ……。そして何より、その事象の歪みを解決する手がかりを得るために、推参いたしました」
「事象の歪み……? それはつまり、終わったはずの聖杯戦争のサーヴァントが召喚されて俺を襲う、とかか?」
「理解が早くて助かります。流石は、あの魔の第五次土夏聖杯戦争を生き抜いただけある。いやぁ、目を覆いたくなるような惨事でしたね。
 私としては特に聖杯から極彩色の魔力が溢れ出る部分が吐き気を催すほどの嫌悪感でしたとも。しかしそれを貴方のセイバーと共に撃ち破る姿は、ええ、実にカタルシスに溢れていた」
「………………………………。その異変の解決とやらの為に、まずは何をしたいというんだ?」
「言わずとも分かっているはず。何故なら貴方は既にその脳内で予想を立てているのだから」

カールと名乗った男は冷たく口端を吊り上げた。そして同時に、典河とフォインに対して手を差し伸べる。

「貴方がたに出会えたのは幸先が良い。我々は今力を欲している。この世界が混ざり合う異変に対して。
 土夏聖杯戦争の立役者よ、英霊に変化できる無垢なる嬰児よ。貴方がたの力が欲しい。堕天使の力が消えた今だからこそ。
 どうか、我々と手を取り合う気はないでしょうか?」
「………………堕天使?」

典河は訝しんで問うた。
カールはその問いに対してただ、静かに微笑むだけであった。





『………………堕天使の気配が消えてから、幾ばくか経ったか』
「変わらず、かの堕天使は気に掛けるのですね、お父様」
『これから向かう場所で起きているという異変に関係すると考えていたが、既に奴はこの世界から離脱していた。
 ならばこの先に待っているものが何なのか、知らねばなるまい』

そう脳内に響く声と会話しながら、とある街へと向かう女性がいた。名をクロニク・ナビ・ナバ=アンディライリー。
ロシア・カザンに居を構える魔術組織、紋章院の幹部である紋章官として立つ死徒。会話をする相手は彼女の父にして紋章院の長、グロース・アンディライリーである。
彼女は紋章院が察知した何らかの異変を解決するために、その原因であると試算された街へと向かっていた。

「向かう先は日本のとある地方都市でしたね。名は確か……夜観市でしたか。
 そのような場所に異変の原因になるようなものがありましたでしょうか……」
『無いと言い切れるだろう。だが全ての可能性においてゼロと断言できる事象はわずかだ』
「そうですか……。同じ無駄骨でも、せめて紋章院に益する物が見つかれば慰めに─────ッ!!」

突如として殺気を感じ、クロニクは言葉を切るなり振り向くように身を捩った。襲い掛かる骨切り包丁の軌道が間一髪で空を斬る。
一拍遅れて魔術回路を励起させ、崩れた体勢を空中で立て直すクロニクの視線が、ようやく下手人を射抜いた。
空振りした包丁をダラリと構え直すのは長髪の女性だ。非常に背が高い。華美なゴシック調の黒々としたドレスは夜闇そのものが蠢いているようにすら見える。
目元を覆う前髪により人相の詳細は把握できない。だが、獣の牙を思わせる歯が覗く用に吊り上がる口が特徴的に映った。
クロニクの耳朶から赤黒い死人の冷や汗が伝う。完全に回避したつもりが……薄皮一枚分だけ敵が上手だったわけだ。傷口の呪毒がオート・レジストで防げる範疇だったのがせめてもの救いか。
精査済みの血を右の人差し指で弾き飛ばし、クロニクは女性死徒へ向き直る。

「…………金銭などは最低限しか所持していませんので、他を当たってくださいますか?」
「ヒ、ヒ、ヒ。アタシがただの物取りか何かに見えるのかい? そりゃちょっと節穴過ぎるってもんだ」
「まぁ。でしょうね。お父様流に億が一を考えて言ってみましたが、要らぬ心配でした」

「────貴方、死徒ですね?」

クロニクが問うと同時に、ドレスの女性は目にもとまらぬ速さで襲い掛かる。
だが既に敵の存在を把握し、更にそれがどういった存在なのかを理解している状態ならば、同じ死徒であるクロニクは傷を負うような事はない。
高い俊敏性による身のこなしで女性死徒の攻撃を躱し、そして同時に質問を投げかける。クロニクには、この状況にどうしても納得がいかないことがあった。

「1つだけ問います。何故死徒が死徒を襲うのですか? 怨恨目的、には見えませんね。初対面の筈です」
「アア? テメェも招待状に誘われてきたっていうクチじゃねぇのか? まぁそれでも、お前さんは質が良さそうだし旨そうだ。ちょっと食わせてもらうぜ」
「お褒め頂き恐悦至極。ですが、レディーへの褒め言葉には相応しくありませんよ」

そう言ってクロニクは出し抜けに炎を纏う手刀を放った。
指先に深く刻まれた『太陽(SOWEL)』が付着した血液を触媒に煌々と燃え盛る。ルーンの掛け合わせにより増幅された火焔は浄化に通ずる対死徒魔術。まずは小手調べとは言わない。我が身を灼こうと確実に葬るための本気の攻撃。
女性死徒の喉元を抉る躊躇の無い一撃のはずだった。しかし即座に、その女性の肉体が捩れ歪み、人体からかけ離れた歪な構成へと変化する。
一瞬の変化にクロニクは目を見開いて驚いた。そしてその一瞬の意識の隙に入り込んだ包丁がルーンの手刀を半ばから斬って捨てた。
直ちにクロニクの復元呪詛が発動し、秒と経たぬうちに指先が再生する。しかし、そこにルーンの刻印はない。

「オオ? 丈夫なようだな。こいつは食いがいがあるとみた。気分が上がるねぇ?」
『なるほど。素朴な得物は魔力感知の死角に潜り込むためか。一杯食わされたようだな、クロニク』
「油断しました…………!! しかし何故……? 何故死徒を襲うのでしょう。招待状、と呼ばれていた言葉も気になります」
『ふむ。どうやらその一連の単語が、此処が異変の原因と算出された原因と言えるか。口調から察するに、恐らく他にも無数の死徒がいると推測する。ここは私が出るべきか』
「お手は煩わせません! お父様、ここで仕留めます。“隷属の面“一時解放の許可を───────ッ!」

そうクロニクが叫ぼうとした瞬間だった。クロニクの横を、疾風のような速さで駆け抜ける人影があった。
フードを被った女性だった。背丈から察するに、年齢はそう重ねていない。少女と言っても過言ではない年齢だろう。
少女は纏うコートの内側から籠に入った礼装を取り出し、言葉を叫ぶ。

「アッド! 第一限定解除!!」
『イッヒヒヒヒヒヒ!! しかしどっちを攻撃するんだぁ!? 見た所どっちも死徒のようだが?』
「アッドは黙って。襲っていたほうを攻撃します! エルゴさんは襲われたほうの保護をお願いします!」
「分かった」

フードの少女が叫ぶと同時に、その礼装は瞬く間に鎌のような形に変形して女性死徒と交戦に入った。
唖然としているクロニクに赤い髪の青年が駆け寄り安否を問う。

「大丈夫、ですか?」
「え、ええ。ひとまずは。貴方たちは? 何故私を助けたのですか?」
「それは……自分たちにも、分かりません。ただ、助けなくては……と、そう思っただけです」
「────────そうですか。なるほど。であればこちらもささやかながら恩返しをしないとですね」

そう言うなり青年の前からクロニクの姿が一瞬のうちに掻き消えた。
包丁を握る腕を変形させフードの少女の死角から痛烈な迎撃を与えようとしていた女性死徒に向け、交戦の最中に踏み込んだクロニクの手から力ある輝きが投じられる。
小石に刻まれた血の『太陽(SOWEL)』。迫る浄化概念を視界に捉えた女性死徒は、尋常ならざる反射神経で攻撃を中断すると、引き戻した腕にてルーン石を弾き飛ばすや忌々しげにクロニクを睨み悪態をついた。

「クソッ! 2人がかりかよマナーがなってないんじゃねぇか!?」
「最初に不意打ちをかけたのはどこのどなたでしたか?」

フードの少女が携えた礼装は並外れた力を持つものだとクロニクの解析機能が告げる。しかし、肝心要たる使い手は人間相手の戦闘には慣れていないともクロニクは見抜いていた。
確かに強力だが、変幻自在の肉体で死角を奪い続ける戦闘巧者の女性死徒を相手取るには少々骨が折れる。そう判断し、クロニクはフードの少女を援護する形で支援攻撃を行ったのだ。

「ありがとうございます!」

フードの少女がクロニクに礼を叫ぶ。前衛で少女が戦い、後衛からクロニクが援護を行う。
初めてながらなかなか息が合ったコンビネーションを見せ、女性死徒を少しずつではあるが確実に追い詰めていく。
此れならばこの女性死徒を(ついでにこの突然現れた少女たちも)捕らえて話を聞くことが出来るか……と。そう考えた時、第三勢力が出現した。

『見つけた、暴食鬼だ。キミの血を持っていった死徒の一人だろう。"ツイてたな"、ヴィルヘルミナ』
『ええ、私も踊り足りないと思っていたの。付き合ってあげましょう』
「っ、また人が……? また死徒が混ざっているようですね。片方だけのようですが」

駆け付けたのは青年と、少女の姿をした死徒だった。堂々とした振る舞いをする青年と、儚げな雰囲気の少女だった。
クロニクは彼等もまた、女性死徒の言った"招待状"とやらに関係する死徒であると直感で察していた。どうもこの街には、死徒を惹きつける何かがあるようだと悟っていた。
事実周辺に気を配ればそこら中で死徒が蠢いている予感を感じる。その中には上級死徒と呼ばれる存在に匹敵する者もちらほら見える。その事実はクロニクを困惑させていた。

「(次から次へと……。どうしてこんな極東の一都市に死徒が? いやな予感がしますね……)」
「暴食鬼、リュコス・オステオン。あの日逃がして以来だな」
「チッ。巷で話題の『空座』の娘ご一行様か。流石に3対1は分に合わねぇ。ここは引かせてもらおうか」

そう言うと、暴食鬼と呼ばれた女性死徒は肉体を変形させて逃走した。
鎌状の礼装を操っていたフードの少女は、ふぅとため息をついて礼装を元の立方体状に戻し服の内側に格納した。
駆け付けた青年と少女は、見失った暴食鬼を追おうと周囲を見渡したが、見失ったと悟るとクロニクとフードの少女へと駆け寄って問い詰めた。

「……あら、そこの仮面の人。貴女も死徒なのね?」
「なに? ……ああ、本当だな。なら遠慮はいらないか。
 お前たちは"何"だ? 何であの怪物と────死徒と戦っていたんだ?」
「そうですね……。ああ、何から話せば良いのやら……。……交換条件といきませんか?」
「交換?」
「ええ。どうしても解けない疑問があるんです。それさえ判れば私は貴方がたの質問に何でもお答えするつもりです」

 どうする? とでも問い合うかのように二人が顔を見合わせる。しばしの逡巡の後、青年が意を決したように頷いた。

「わかった。条件を飲む」
「感謝します。先程の死徒は言っていました。招待状によって招かれた死徒ではないのか、と。この招待状が何を表すのか、教えてもらえませんか?」
「────────招待状で、この街に来たわけじゃないの?」

そう呟いたのは、儚げな少女の死徒だった。
彼女曰く、この街では多くの死徒が集って強き死徒を決める闘争を続けているらしい。
なんでも死徒27祖のうちの一席が空白になり、その次代を狙うものに『招待状』が送られたのだという。

「死徒……27、祖? データバンクにそのような記述は……」
「貴女、死徒なのに知らないの? 随分田舎から来たのかしら」
「いえそんなはずは……。カザンは田舎ではないと思いますし……多分。お父様は何か知っていらっしゃるのでしょうか……」
『────────ほう。この街が異変の元凶と算出されたわけだ』

クロニクは情報を飲み込み切れずに首をかしげる。父であるグロースに問うものの、グロースの声は1人で納得するように何度か頷くばかりであった。
儚げな死徒の隣の青年────名を愛輪支と名乗った────は、クロニクと会話する少女を傍目に、フードを被った少女に対して質問をしていた。

「キミはどこから来たんだ? どうも見る限り、死徒ではないみたいだけど……」
「えっと……拙はグレイと言いまして……。少し用事があって、日本を訪れました……」
「俺はエルゴ。よろしく」
「ああ。よろしく」

赤髪の少年と支が握手を交わす。曰く、グレイとエルゴはこの日本に"誰か"と一緒に訪れたらしい。
しかし、その"誰か"とはぐれた上に、"誰か"が何者なのか分からなくなってしまい、探すうちにこの場所にいたというのだ。

「はぐれたのはこの街で?」
「恐らく……そうなのかもしれません。すいません、歯切れの悪い回答で……」
「問題ない。そうか……、人の認識を操る死徒でもいるのか…?いや、今は考えても答えは出ないか。
 それよりも、さっきの死徒、暴食鬼を攻撃したってことは、キミは代行者のように死徒を狩っているのか?」
「それは……えっと……。拙として……やるべきことだって、判断したんです。何故かは分からないですけど……。
 あの死徒を見た時……声が聞こえたような気がして……。攻撃するべきだと、まるで導くように……」
『イッヒヒヒヒヒヒ!! 一応言っておくが、俺じゃあねぇぜぇ!?』
「気になっていたんですが、それ自律型礼装ですよね? 見たことがない型です。少し術式を見せていただけません?」
「ちょっと、まだ話は終わってないんだけど。聞いてる?」

少女死徒の話を聞いている途中、突如として声を上げたグレイの持っている礼装に対してクロニクが我慢ならないと言ったように興味を示す。
そして構造はどうなっているのかなどを問いつつ、支や少女死徒からこの街で起きている事を聞こうとした────その時だった。


突如として、刃物が交差する殺し合いの音が甲高く響いた。


「っ、何? いきなり」
「行くぞ、ヴィルヘルミナ。また死徒かもしれない」
「私も向かいましょう。今この街で何が起きているのか、見届ける必要がありますので」
「せ、拙たちもむかいます!!」
『(……まさか、こちら側で27祖などという名前を聞くことになろうとは)』

彼らが一斉に音のした方向へ奔る。
そんな中、クロニクの内側でグロースだけが得た情報をくまなく整理していた。
グロースは平行世界に渡って思考を行う事が出来る存在である。故に今自分が存在する自意識の世界において、少女死徒が告げた概念が存在しえない事を理解していた。
だからこそ危惧する。これから起こり得る事に関して。放っておけば、自分がかつて倒した堕天使による災厄以上のことがこの街から波及する形で起きるのではないかと思考していた。

『(いざという時を、予期しておくか。モーチセンらはとうに動いているだろうが……。
 いずれにせよ私は全ての破滅を思考するのみだ。さて、我が娘よ、お前なら何処に駒を進める?)』





その出会いは偶然なのか、あるいは必然だったのか。
数多の可能性を超え、幾多の出会いを超え、彼らはまるで惹かれ合うかのように出会うのである。
正義、また別の正義、利権、そして悪。その胸に抱く想いは千差万別。されど彼らは手を取り合う。そして言葉を交わし合う。


総ては、この異変から抜け出す為。ただそれだけだ。


交差するその人間関係は、網目の如く広がっていき、そして世界を包んでいく。
その繋がりは親愛か、あるいは暗躍か。いやもしかすれば、殺意による繋がりかもしれない。


「勘弁してくれないかなぁ……。正直オレとしてはそんな乗り気じゃないんだけど…」
「連れねぇこと言うなよ。こんなオッサンの攻撃をここまでいなせてるんだ。ただ物じゃねぇのは見えてるぜ?
 アンタ、こっち側だろうが────よっとぉ!!」



────────to be continued

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