最終更新: nevadakagemiya 2016年11月22日(火) 01:49:04履歴
誰かが呼んでいる。
そう気付いた瞬間、深い眠りから覚めたかのようにゆっくりと意識が覚醒し、私と言う自我が形作られていく。
麻酔が抜けていくように足の指先から感覚が戻ってくる。
(この魔力は……それに懐かしい、ニオイがする……ブリテン、いまはイギリスでしたか)
生まれ故郷、縁深い土地に戻って来た事に感慨深さを覚えるも胸にしまう。
まだ視覚は戻らない、久方ぶりに動かす身体の動かし方を思い出すように左右の手を握り、そして開く、開いた右手で床へと触れる。
石かコンクリートだろうか、掌の熱が奪われるが、寧ろその冷たさが心地いい。
久々に感じる生の感触を味わっていると瞼に光を感じた。
視力が戻ってきているようなので目をゆっくりと開ける。
目の前には二人の人影、良くは見えないがどうやら驚いているようだ。
召喚に使用された感じた覚えのある魔力、ランスロット卿の縁故の品……いや、本人を媒介に召喚儀式を行ったのだろう。
来るのがギャラハッドかボールス辺りだと思ったら私、パーシヴァルが来たのなら驚くのも無理はない。
尤も、ランスロット卿を媒介にしたのではギャラハッドはまず来ないし、ボールスも来るかは半々だ。
嫌がる二人の代わりとして来たのが私なのだが、私もランスロット卿と縁がないわけではない。
私が騎士になった切欠は、他ならぬあの人なのだから。
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幼い頃、母と過ごしたウェールズの森。
そこで私はきらびやかな鎧を身に着けた騎士たちと出会った。
無知だった私はその騎士たちを天使だと思い込み、思わず話しかけてしまったのだ。
「 天使様、天使様!」
──────天使? お嬢さん、我々は天使様ではありませんよ? 私は騎士、キャメロットの騎士です。
「騎士様と天使様は違うのですか?」
──────そうですね……天使は主より使わされた天の使いで普段は天から人々を見守っています。
「はい! お母さんにもそう教わりました!」
──────でも騎士は違います。 騎士は人々と共に生き、悪しき者や害意ある者から人々を守る盾となり、時には厄災を払う剣にならければならないのです。
騎士様は大変そうです…
──────ええ大変な時もあります、苦しい時もあります。 ですが、その辛さの代わりに人々が平和で幸せな生活を送れているなら、それは何物にも代えがたいのです。
──────お嬢さん、君は今幸せですか?
「はい! お父さんはいませんが、優しいお母さんと一緒にいるので幸せです!」
──────それは良かった。 我々は貴女達が幸せなら我々も幸せなのです。
「…………騎士様! 私も、私も騎士様のようになれますか!?」
──────君は女の子だから少し難しいかもしれないな。 ……まぁ私も女性だけれど。 何より君には鎧よりドレスの方が似合いそう。
「違います、違うんです! 私は騎士様の鎧が着たい訳ではないんです! 私も……騎士様のように人々の幸せを自分の事のように思える、そう言う騎士になりたいんです!」
──────なら今の気持ちを忘れずにいなさい、そうすれば君はきっと良い騎士になれる。
──────大きくなったらキャメロットに来ると良い。 素晴らしい騎士達と偉大な王が君を待っている。
「はい! 騎士さま!」
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幼き日の思い出を胸にパーシヴァルは立ち上がる。
「……ランサー、パーシヴァル。 ギャラハッドとボールスの代理として召喚に応じ推参しました。貴方が私のマスターですね? ところでランスロット卿はどちらに……?」
目の前の二人に深々と頭を下げるとパーシヴァルは周囲を見渡した。
眼の前にいるのは黒いナポレオンコートを着た赤髪をポニーテールに束ねた、服装以外はアイアンサイドが気に入りそうな赤い瞳の少女が一人。
その傍らに立つのは黒髪を短く揃えた中性的な女性、気配からしておそらく彼女のサーヴァントであろう。
しかし、どこを見ても人を呼び出したはずの穀潰しの姿が見えない。
「えっと……ハネムーンに……」
赤髪の少女が言いづらそうに目を逸らしながら、封筒に入った手紙をパーシヴァルへと手渡す。
首を傾げながら封筒を受け取ったパーシヴァルは封筒を開け、中の手紙を開いた。
─────────ハネムーンに行ってきますはぁと♪ ギャラハッドはエリカちゃん達に協力してあげてね! お母さんより
一瞬膝から崩れ落ちそうになった体を精神力で支える。
丁寧に手紙を折りたたみ、封筒に入れ、懐にしまい、乱れた呼吸と脈拍を落ち着かせるために大きく深呼吸をする。
もしかしたら見間違えかもしれません……いや、そうに違いありません! あの武勇に優れた騎士の中の騎士、私を騎士へと導いてくれたランスロット卿はこんな事言わない!
思考がガレスちゃん寄りになってきているのを自覚し、落ち着くためにもう一度深呼吸をする。 良く良く考えればあの人そういうこと言うかもしれない。
よし! これでもう幻覚は見えません! もう一度手紙を開き、中身を見る。
─────────ハネムーンに行ってきますはぁと♪ ギャラハッドはエリカちゃん達に協力してあげてね! お母さんより
しかもよく見ると中性的な白髪の青年と共に今まで見たこともない幸せそうな笑みを浮かべ、ダブルピースまでしているランスロットの写真も同封されていた。
パキィーン!
…………うん。 もうランスロット卿はダメですね、これは。
まぁ、本人は幸せそうなのでギャラハッドとガレスちゃんには涙をのんでもらって良しとしましょう。
と言うかもう私がダメです。 心の霊核にヒビが入りました、戦えません。 って言うかこの記憶を座に持って帰っていいか悩みます。
「では、今回はご縁がなかったということで……」
「待って! せめて話でも聞いて!」
再度手紙を手紙を懐にしまうと帰り支度を始めるパーシヴァル。
当然オデュッセウスは止めるが、既に心が折れた彼女を止める術はない。
「本日はお忙しい中、誠にありがとうございました。
慎重なる選考を重ねましたところ、残念ながら、今回はご期待に添えない結果となりました。
多数のサーヴァントの中から私を選んでいただきましたことを深謝するとともにオデュッセウス様の今後一層のご活躍をお祈り致します」
「いや、本当にごめんなさい……ひねくれ者の友達のお母さんが再婚して意地張って会いにもこない友達の代わりに祝福しようかと思って会ったら、なんかもう知ってる友達のお母さんではなく完全に女性の顔になってて……これはもう無理です、ガヘリス卿とアグラヴェイン卿に気持ちが分かりました。 耐えられません、限界です……
スゥー……
次の瞬間にははじめからいなかったかのようにパーシヴァルの姿は消えていた。
何時か何処かの見知らぬ場所。
三人の騎士が車座になり何事かを話し合っていた。
「はい! というわけで此方が今回の戦果になります!」
自信満々にパーシヴァルが掲げたのは見覚えのある一枚の封筒。
「戦果も何もそもそも戦ってねぇじゃねぇか」
「何しに行ったんだお前」
それにケチを付けるのはボールスとギャラハッド。
人に面倒なことを押し付けた割に妙に偉そうだ。
「じゃあ自分で行けば良かったのでは?」
「それで中身は?」
二人の態度に冷たい視線で睨みつけるパーシヴァルだが、そんな視線は意にも介さずボールスは話を続ける。
「見てません! と言うか見れません!……私じゃない私が視覚にロック掛けたようで。 ただランスロット卿に憧れた私の側面が暫く再起不能になるくらいの代物みたいです」
不思議そうに封筒を眺めるパーシヴァル。
どうもロンドンに召喚された記憶が無意識の内に視覚を妨害しているようで、封筒の中の手紙も無意味な文字の羅列にしか見えなかった。
「なにそれこわ……まぁ取り敢えず見てみるか…………あははははっはっは!」
「おい、なんだよ……」
封筒の中身の手紙を見た途端突如として爆笑し始めるボールス。
そんな様子を訝しげな顔で見ていたギャラハッドはボールスから手紙を受け取った。
─────────ハネムーンに行ってきますはぁと♪ ギャラハッドはエリカちゃん達に協力してあげてね! お母さんより
「従姉妹殿が……! あはは……オレも付き合い長いけど、こんな良い笑顔見たことねぇ……あはははっ!ご 祝儀用意しねぇと……」
本当に楽しそうに愉快に笑うボールス。
一方、ギャラハッドはこめかみをピクピクと痙攣させ、眉と口角は釣り上がり、鬼瓦の表情になっていた。
「ふっざけんなぁ! あのおふく……母……年増ぁ! パーシヴァルもう一回行ってきてくれ!」
「もう枠埋まってますから無理ですねぇ……」
顔を真赤にしてギャラハッドは怒り狂い、天を仰ぐと激しく痙攣を始めた。
状況からランスロット絡みである事を把握したパーシヴァルはもうギャラハッドと目を合わせようともしない。
「ざけんなぁ!!11!1!!11!」
「あ、後でガレスにも見せるから破くなよ……いやぁどういう反応するか楽しみだなぁ!」
あ、これが愉悦というやつなのですね……。
身悶えし続けるギャラハッドと愉快に笑い続けるボールスを横目で見ながらパーシヴァルは関わりたくないのでさっさと帰ることにした。
帰れるといいなぁ……
Q:なんで円卓の騎士がロンドン守りに来ないの? A:憧れでもあった三十路経産婦の幸せダブルピースを見て心が折れちゃったから…
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