ImgCell-Automaton。 ここはimgにおけるいわゆる「僕鯖wiki」です。 オランダ&ネバダの座と並行して数多の泥鯖を、そして泥鱒をも記録し続けます。









ギリシャ神話に曰く、この世界はありとあらゆるものが混ざり合ったカオスより生まれ出でたという。
いや、カオスだけではない。あるいは渾沌、あるいはギンヌンガガプ、あるいはヌン──────。
古今東西あらゆる神話に存在する、「この世のあらゆる要素が混ざり合った状態」を示す言葉たち。


"この街"をたった一言で表すのならば、そういった言葉が最もふさわしいだろう。


サンウッド。アメリカ合衆国のとある州に位置する都市。今宵、此の街には異様な空気が渦を巻いていた。
多少霊感が強いという特異体質でもない限り、一般の人間ならばそんなことには気が付かないし、気にも留めないだろう。
だが魔術という世界から外れた技術に精通している物が見れば、その町は一目で通常の街ではないという事が理解できるはずだ。
あまりにも混沌としている。されど同時にあまりにも整っている。そして何よりも、『静寂』としか言えない空気が漂っていた。
まるでそれは、儀礼の前の追儺が済まされた神殿のようで、あるいはそれは、宴の前夜に整頓された静寂の会場を見ているようで、
────────そしてそれは、嵐の前の静けさというとある東洋の諺を想起させるかのような、不気味な静けさだった。

そんな街の繁華街の様子を、街から少し外れた森から双眼鏡で覗き込む少女が1人いる。
白磁のように純白な、何処までも白い肌とドレスはまるで作り物の如き繊細さを想起させる。
だがそんな繊細な空気と同時に、まるで数千年を生き続けた大樹のような剛健さとしたたかさを併せ持つ、奇妙な少女だった。
例えるのならば、そこいらの一般人が彼女の前に立てば、その美しさに見惚れている間にその魂の髄までをも見透かされてしまうかのような、
美麗さと老獪さを併せ持つ、非常に矛盾した在り方を持つ少女が、其処にいた。

名をセシリア・フォーゲル。字を残響時間、あるいは時紡ぎと謡われる彼女は、その街を観察していた。
決して無辜の民草の生活を除くのが趣味というわけではない。先に、この街は魔術という特異な技術を知る者には異常に映ると話した。
彼女は言うまでもなく、そちら側の人間である。それもただの魔術師ではない。彼女は"封印指定"という、魔術師にとってはこれ以上も無い名誉にして厄介ごとを背負った人間である。
ゆえにこそ、この街の異常にはすぐに気付いた。魔術の才が高い彼女はこの街の異常性を悟り、そして"観察"という行為を選んで今この時を1人で過ごしていた。
そんな寂しいさからか、あるいは手慰みか、彼女は誰にしゃべるでもなく言葉を紡ぎ始める。

「使い魔を放つまでもなく、こうしてボタン1つでピントが合うなんて、神秘も何もないと思わない?」

返事はない。当然である。その周囲は人は愚か生物の気配すらも無い。
あるものと言えば周囲に無作為に存在している樹木数本だけだ。それ以外にある物はただ静寂のみ。
それでも彼女は、誰の耳に届くでもない言葉を続けていた。

「最近ではドローンなんていう無人機の開発も進んでいるって聞くじゃない?」
「嫌な話よね。使い魔なんかよりも数倍優秀で、メンテナンスも簡単で、それでいて安いだなんて……」
「このまま、科学が神秘を追い抜いちゃうんじゃないかしら。いずれ戦争も全てドローンとやらが支配する時代も来るんじゃない?」

「ねぇ、そうは思わない? フリーメイソンの殺戮部隊さん?」

そう、クスリと微笑みながら残響時間は言葉を虚空へと溶かした。
同時に地面が盛り上がり、そしてそれはやがて人の形へと変化し、同時に土が衣服へ、眼球へ、そして人の皮膚へと変化する。
やがてそれは、口元を布で覆い隠した、抜き身の刃の如き鋭い視線を持つ男へと変化した。

「耄碌した老婆の独り言だと思っていたが、こちらに感づいていたとはな」
「勝手に追跡されれば気付くわよ。それで、メイソンの掃除屋さんことDr.ノン・ボーンが私に何の用かしら?」
「名前を知ってもらえているとは光栄の限りだよ。何、かの元・封印指定の魔術師が動いているとなれば、監視せざるを得んだろう?
 俺たちメイソンのトップは臆病なもんでな。今回の噂は元より、お前のような"危険因子"の存在も残さず監視しろと五月蠅いんだよ」
「臆病な事ね。それにしても"元"……ね。そう言うって事は、あの時計塔を揺るがした事件もあらかたメイソンは知っているとみていいのかしら?」
「ああ。しかし……封印指定が解除された身にしては、偉く慎重のように見えるな。うちのトップを笑えんぞ?」

口元を隠したその男は、肩を竦めるような仕草をしながら目を細めて笑みのような表情を作る。
彼の名はDr.ノン・ボーン。フリーメイソンと呼ばれる世界中にその手を伸ばす大規模魔術結社の一員。
基本的には友愛結社として「相互の助け合い」を掲げているが、魔術結社という側面を持つが故か、荒事を行う事も必要となる。
その際に駆り出されるのがこのDr.ノン・ボーンという男である。土・火・水……この世を構成するあるとあらゆる要素を操作する魔術に長け、
大規模な陣地さえ構築すれば神代の魔術にすら匹敵すると言われている、フリーメイソンの懐刀とも言える存在である。

「…………貴方、少し変わった?
 前はそんな仕草をするとは思えないほどに、怒りに満ちていたような気がするけど」
「さ、どうだろうな。そう見えるという事はお前が変わったんじゃないか?」
「相も変わらず減らない口。それにしても、貴方ほどの実力者が出るだなんて、今回の噂は本当なのね」
「お前も聞いているか。まぁこの単語が出れば、少なくともうちと……あとアクシアの騎士共は動くからな」


「聖杯戦争が起こるなぞ、冗談でもやめてほしいよ。無駄な仕事が増えるだけだ」


聖杯戦争。―――それは、ただの"幻想"であった。
あるはずの無き物、有り得ない物、もし実在が真実だとすれば、この世の全ての法則がひっくり返るような存在。

名は『聖杯』。ホーリーグレイル。
かの聖人の血が注がれし物、あるいはアーサー王と円卓の騎士たちの求めし物。
歴史上の様々な権力者たちが求めて、そして敗れていった存在にして、魔術師達が目指す"万能の願望機"。
それは魔術師たちの求める到達点、―――"根源"へと至る為の、最も適した近道でもある。

かつて、これを求めて多くの魔術師たちが争った。
冬木という地で、あるいは土夏という街で、あるいは、ベルリンで争い合ったという噂もある。
ある者は死に、またある者は死より苦しき闇へと堕ちて行き、そしてある者は絶望に堕ち二度と立ち上がれなかった。

―――だが、ある者は希望を見出した。進むべき道を見た。答えを得た者もいた。
様々に生まれていった"結末"の渦の中で、悪しき心を持つ者の手に渡らぬよう奔走する者たちが現れ、―――そして、聖杯は消えていった。
そういった様々な事象、過程、ドラマを経て、聖杯と言う存在は、常識の外に存在する魔術師たちの間ですら、半ば御伽噺のような存在となっていっていた…。

「だけど、実際にこうして聖杯戦争が幕を開く土壌は整っている。
 だからこそ貴方は此処にいるし、私はこうして座して観察を続けている。そうでしょう?」
「ああ。聖杯戦争の可能性があるのならば速やかにその芽を潰せ……俺たちメイソンの特殊部隊に与えられたオーダーだ」
「冬木の聖杯解体以降は大人しくなったと思ったのだけれど、まだまだ聖杯戦争という脅威は去っていないようね」
「まったくロード・エルメロイは上手くやったものだよ……。だがそれでも、世界中に点在する聖杯はまだ止まない。
 現にアクシアの連中は東奔西走だ。ま、その点は俺たちも変わりはないがな。だが久々の聖杯戦争だ。俺たちだけでなく他の組織も、この街に睨みを利かせているらしい。
 矢衾の連中は牙を研いでいるし、権天使の集いは英霊の情報を少しでも欲しいらしく何人も派遣している。五の濠の連中は他にやることがあるらしく、来ていないようだがな」
「組織、ねぇ……。そう言うのあまり趣味じゃないな私。根源を目指すだけならば、1人の方が気楽だもの」
「魔術師らしい意見どうもありがとう。手を取り合う主義の友愛団体の一員としては耳が痛いよ」

ノン・ボーンの冗談か分かりにくい言葉に、少し眉をひそめながら笑う残響時間。
そんな他愛もない世間話を続けている中で、唐突に彼女はピクリと眉を動かした。
そしてそのまま何かに急かされるかのように双眼鏡で街の一点を覗き込み、ピントを調整し始めた。

「え……? 嘘? この魔術回……え? 衛宮の……?」
「エミヤ? 魔術師殺しがどうかしたか。いつだったか、アインツベルンに雇われて以降見てないが」
「そっちじゃないその父親。結構前に会ったことが……え? 嘘!? 本当に!!?」

そんなはずは、まさか親戚、でも確か魔術刻印は……などとぶつぶつと言葉を続けながら双眼鏡のピントを調整する残響時間。
同時に飛ばしていた使い魔たちの内の1体か、蝙蝠がどこからともなく飛来して彼女の肩に止まる。同時に彼女は目を閉じて指をその蝙蝠の額に当て、記録を読み取る。
しばしの沈黙が走った後に、残響時間は瞑っていた目を開いてニィと口端を吊り上げて笑った。

「嘘……本当に……?
 あ、はは……こうしちゃいられないわね…これ……」
「どうした。面白い魔術師でも見かけたか? 魔術刻印でも剥ぎ取りたいような」
「まぁそんな感じかしら。というわけでおしゃべりはおしまい。私は本格的に参戦する方向で行くわ」
「それは結構。俺は受けている命令は"阻止"だからな。参戦はせずこのまま監視と裏工作を続けるとするよ。精々頑張ってくれ」
「あらそう。でもさてどうしたものかしら。触媒とかわからないのよね……昔の知り合いが持っていた"無限"についての研究書類とかでもいいのかしら…」
「そんなもので英霊が呼べるのかね。ウロボロスを呼ぶわけでもあるまいに……」

ノン・ボーンが呆れるように鼻で笑った、その刹那であった。

空気を切り裂き、興奮する残響時間へと向かう、一筋の弾丸があった。
始めにそれに気付いたのはDr.ノン・ボーンであった。彼は周囲の空気の流れが明らかに変化したと即座に気付いたのだ。
だが口には出さなかった。目の前の魔術師が死んだとて特に変わりはないし、口に出して命を救う義理も無いと。
そもそも目の前の存在が銃弾で死ぬような人間ではないと評価していた事もあり、
ノン・ボーンは目の前の残響時間よりもまず自らの防御を固める動作に入る。

そしてその魔力の流れを察し、残響時間は即座に悟る。ああ、攻撃が来るのだと。
彼女の魔術が発動するのに、その思考からそう時間はかからなかった。魔力が流れ、同時に術式が励起する。
するとどうであろうか。彼女へと向かう弾丸の速度がまるでコマ送りのように動作を徐々に落としていくではないか。
残響時間が残響時間と呼ばれるが所以。魔術結界残響時間と呼ばれるその魔術は、時を微分して時間の流れを遅らせる、領域を支配する大魔術である。
結果として、彼女を狙い放たれた弾丸は、彼女の脳天はおろか胴も腕も脚も穿つことなく、力無く彼女の指につままれる形となった。

「熱っ! 速度落としても素手で触るものじゃないわねこれ」
「これは良いものが見れたな。封印指定ものの大魔術の行使を見れるとは」
「こんなの貴方にとっては日常茶飯事でしょ? それはそうと、随分と手荒い歓迎じゃない……ねぇ?」

誰もいない虚空。弾丸が放たれた方向へ向かって笑いながら残響時間は言う。
その言葉に応えるようにその虚空から人影が数名出現してきた。まず、まさしく軍隊としか形容できない軍服と装備に身を包んだ男性が数名。
続いて出現したのは、その武装した男性らに囲まれた少女であった。その服装は全身にフリルや装飾を纏った、まさしく少女然とした姿であった。
武装した大人の男性と、それらと凡そかけ離れた服装の少女。非常にアンバランスでミスマッチなその組み合わせは、見る者を困惑させるかもしれない。
だが残響時間、そしてDr.ノン・ボーンがその少女たちを見て抱いた感想は、困惑などでは決してなかった。

「ダメだよ封印指定なんかが僕の舞台に挙がろうとしちゃあ。
 品格がない観客が集まりすぎるのも困りものだなぁー」
「────────……………こいつは……また、」
「…………ッ。…………貴方……、本当に……人間?」
「ええ? 酷いなぁ。開口一番がそれ? 僕傷ついちゃうなぁー」

クスクスと、残響時間の言葉に無邪気な笑みを返す少女。
その表情、仕草、どれを取ってもその見た目だけならば"人畜無害"という言葉が相応しいだろう。
だが残響時間とDr.ノン・ボーンは悟っていた。目の前の少女は、いや少女の姿をしたナニカは、とても言葉では言い表せないほどの悍ましいものを内側に宿していると。
魔術に才を持つ者ならばそれを知ることが出来るだろう。だが生半可な魔術の才能ならば、それを見ただけで胃の内容物を全て嘔吐した上で失神するかのような、そんなナニカ。
残響時間は思考する。自分も相当だが目の前の存在は危険が過ぎる存在だと。ノン・ボーンは考察する。かつて自分を漆黒の円卓に誘い込んだ詐欺師と同じ気配を感じると。
どちらにせよ、2人の結論は一致していた。即ち、"目の前の存在を早急に排除する"事。目線を合わせずとも、2人は互いが互いに同じ思考をしたと理解する。

「合わせろ残響時間」
「こっちのセリフよ"生まれざる者"」

視線を少女、いや"ナニカ"に向けたまま、臨戦態勢を取る残響時間とDr.ノン・ボーン。
残響時間は懐中時計を何処からともなく取り出し、即座に彼女の得意とする魔術を発動できる構えを取った。
ノン・ボーンもまた同じく、懐からスキットルを複数取り出し、彼の魔力を宿した大量の純水を周囲にばら撒き簡易的な陣地を作成する。

そんな即座にこの場にいる全員を屠り殺す事も訳ない力を持つ2人を前にして、少女はただ静かに笑っていた。
動揺するでもなく、かといって諦観したわけでもなく、ただ平坦としたままに口を開き、その言葉を紡ぐ。

「残響時間、悪いけど君は"強すぎる"。他の役者に比べアンフェアが過ぎる。
 だから……辿り着けた所悪いんだけど、令呪が宿る前に、僕の舞台に上がる前に、ご退場願おうかな?」

少女の姿をしたナニカは、先ほどまでと同じ無邪気な笑みでコロコロと笑いながら、パチンと指を鳴らす。
それと同時に、少女を囲む男たちの内の1人が銃弾を放った。撃鉄が弾く音が響き、そして同時に火薬が弾丸を弾き出す音が虚空に木霊する。
残響時間はそれを見て頭脳を高速で回転させて思考する。目の前の弾丸に魔力反応はない。ならば先ほどと同じように時を遅延させて避けるのが容易のはずであると。
先ほどその様子を目の前のナニカは見ているはず。避けられると既に理解しているのならば、何故そのような無駄な行為をするのか? この攻撃そのものがブラフではないかと。

だが例えブラフにせよ、そうでないにせよ、躱さなければ始まらない。
故に先ほどと同じように時を遅延させる。微分し、領域を支配し、そして弾丸の速度を落とす。
結界の広さは最低限にし、今後に起こるであろう戦闘に温存する。そうしてその結界内に弾丸が入ると同時に速度が落ちる────そのはずだった。

「────ッ!! 何が」

弾丸の速度は、落ちなかった。
その弾丸は、確かに残響時間の発動した魔術の結界内に入った。彼女の魔術の支配下となった筈であった。
だが、速度は落ちなかった。速度を保った弾丸は、当然のように残響時間の脳天を穿ち、同時にその純白の肌とドレスを深紅の血と脳漿で穢す。
何が起きたのかを理解できないまま、残響時間は地面に力無く倒れてゆく。

「さようなら、封印指定・残響時間」

ぱん、と少女の姿をしたナニカは手を優しく叩いた。
同時に彼女を囲む複数の男たちが持つ銃から無数に弾丸が放たれ、倒れてゆく残響時間の肉体を次々穿つ。
明らかなるオーバーキル。残響時間へと放たれ続けるその弾丸たちは既に息絶えた純白の少女の肉体を躍らせているようにも見えた。
命奪う銃弾が爪弾く、歪なる傀儡人形の如き歪んだ舞を踊り、そしてそのまま残響時間であった肉体は地面へと倒れ伏した。





「………………」
「さ、次は君だよメイソンの掃除屋。メイソンは前いた時から大嫌いなんだ。
 この舞台に、君たちの居場所はないから、全力で排除させてもらうよ」

その残響時間が倒れてゆく様を、Dr.ノン・ボーンはただ見つめていた。
即座に少女の姿をしたナニカはノン・ボーンへと視線を移しニコニコと微笑んでいる。
ほんの少しだけ驚いたように目を開いて、そのままDr.ノン・ボーンはナニカの方へを向いて口を開く。

「"時の加速"、か」
「へぇ、分かるんだ。さっすがメイソンの懐刀、格が違うと見た」
「簡単な話だよ。お前は単純に、残響時間の魔術をその眼で見て、解析して、そして逆算し、その魔術を"否定した"。
 介入……いや、また少し違うな。魔術を解析した上で限りなく近いものを再現でもしたか……中らずとも遠からずという所だろう」
「はー、凄い凄い。そこまで分かるだなんて。ご褒美上げたいぐらい正解だよ」

パチパチパチパチ、と少女の姿をしたナニカは手を叩く。
それに対してノン・ボーンはうざったいとでも言いたいように眉間に皺を寄せる。
そしてそのまま、特に感慨も無いというような平坦な声で言葉をつづけた。

「何、10年ほど前に似た事が出来た男と会っただけの話だ」
「ふぅん……奇遇だね。会って話がして見たい物だ。メイソン?」
「いや。もっとも奴は、魔術の解析は出来ても再現などは出来なかったがね。
 魔術というのは秘奥中の秘奥だ。それが封印指定の魔術師のものとなれば、なおさらその深層は難解だろう。
 原理の解析まで漕ぎ着けられはしても、それの再現など不可能だろう。加えてこの対応の速さ、人には無理難題だ」
「何が言いたいのかな?」
「とぼけるなよ"人でなし"」

ノン・ボーンは眼を見開いて少女の姿をしたナニカを睨め付けた。
常人ならばそれだけで心の臓腑が停止せんと思えるほどの圧倒的殺意の込められた視線。
だがそんなもので動じるようなナニカではない。ケロリとした表情で、ニコニコと、凪のようにノン・ボーンの殺意を受け流しながら笑う。

「使ってるんだろう? 聖杯を。お前自身が、その肉体に。
 いや英霊の力か? まぁどちらでもいいか。……アンフェアだと? とぼけた事を。お前の存在そのものがルール違反だろう。
 舞台だと? 舐めた口を。お前……聖杯を…いやこの街そのものを、自分自身すらも、"1つの舞台装置にしたな"?」
「────────────────だとしたら、どう? それを肯定したら、どうするのかな?」
「肯定しようと否定しようと変わらんよ。俺は受けた命令通りに、聖杯戦争を潰すだけだ」

ジリ……、と少女の姿をしたナニカがノン・ボーンへと滲み寄る。
同時に懐に手を伸ばすノン・ボーン。彼が魔術回路を励起させ、同時に魔力を迸らせる────と言った寸前であった。
ノン・ボーンはその殺意という名の抜き身の刃を収めるかのように、臨戦態勢を解いたのだ。

「やめだ。"勝ち目がなさすぎる"」
「あら、意外と冷静なんだね君。ちょっと吃驚」
「そもそも"人形とは言え"、あの残響時間が成す術もなく殺されたんだ。
 俺1人じゃ、良くて相打ちが関の山だろう。ここは一旦、メイソンに事の大きさを報告に戻るとする」
「ふぅん、逃げるんだ」
「口の利き方に気を付けろよ化け物」

踵を返し、視線も合わせずにノン・ボーンはただ静かに言葉を放つ。
表情の見せぬその後ろ姿から放たれる言葉からは、ただただ殺意と怒りだけを滲み出る様に漏れ出たせる。
多くの修羅場を潜り抜けてきた過去を持つ、少女の姿をしたナニカの周囲に立つ男たちすらも慄かせるほどに、その殺気は激しかった。

「2週間だ。2週間もあれば、この街を地図から消せる」
「………………」
「精々それまでに全てが終わるよう、跪いて冀ってろ」

グキリ、と首を鳴らしノン・ボーンは続ける。


「準備が整い次第、俺たちメイソンは"この街を消滅させる"」


そう言い残し、Dr.ノン・ボーンはまるで夜闇に消えていくようにその場を去っていった。
あとにはただ不気味に口を三日月状に吊り上げながら目を細め微笑む、不気味なナニカだけがその暗闇を支配していた。





「追いましょうか? フィロ様」
「ううん、大丈夫。こんなに早くメイソンに僕の存在がばれるとは思わなかったけど、
 少なくとも彼らが僕らに手を出す時間は稼げたっぽいし、まぁ結果オーライかな。僕あいつら嫌いだし」
「しかし……この封印指定の魔術師は、本当に死んでいないのですか」

少女の姿をしたナニカ────"フィロ"を囲んでいた男たちの内の1人が、地面に倒れ伏した少女に近づく。
そしてその死体を、まるで検死するかのように、瞳を開いてライトを当てたり、脈を計ったりなどをする。
その様子を見ながらフィロはくすくすと笑い、同時に嘲笑するかのような声色で言った。

「あっはっはっは! そういえば君まだ魔術師として日が浅いんだっけ!
 じゃ、教えてあげる。此れはね、人形ってやつだよ。人形魔術のちょっとした応用」
「人形……。ま、まさか…以前話されていた日本の────────」
「そこまで凄い奴じゃないけどー。まぁ似たようなものでいいよ」

そう笑いながらフィロはしゃがみ込み、ぐじゅりグジュリとその死体に手を突っ込み弄ぶ。
それはまるで無邪気な子供の遊びのようで、それでいて同時に、かの封印指定の魔術師を凌辱してやろうという、
仄暗い快感に独り耽る背徳者のようでもあった。

「で、ですが……それですと、排除をした意味がないのでは?」
「万が一彼女が、この我らの企てを喧伝するようなことがあれば……」
「それにもし本体……あるいは次なる人形が来た場合、先ほどの対策をされてしまうのでは」
「いーんだよ、それでも。そこまでして来たいのなら、それはそれで面白いし」

ニコリ、と微笑んで、血に塗れた手を取り出した純白のハンケチーフで拭きながらフィロは微笑んだ。
そしてその両の掌を目いっぱいに広げ、漆黒に染まりし夜天に向かってその笑い声を響かせる。

「観客は多い方がいいでしょう? 役者は面白い程楽しいでしょう!?
 ねぇ、ねぇ!! そうだよね! そうだよねぇ!! "君もそう思うよね!!"」

つま先で立ち、くるりくるりと"それ"は躍る。
その眼にはただ漆黒の星空しか映ってはいない。だがそれでも"それ"は、まるで目の前に誰かがいるかのように問い掛ける。
いや、もしかすれば、彼女の眼には実際に映っているのかもしれない。彼女が求める何かが。彼女の欲する、誰かが。

「ああ ああ ああ!! 早く会いたいなぁ! 早く来てほしいなぁ!! 此処が君との再会の場になるんだ!
 永遠に続いてほしい! 永遠に終わってほしくない! 例え世界が終ろうとも続く永劫のダンスホールを、君の為に用意したんだ!!
 それが今始まるんだよ! それが今揃ったんだよ!! あは! アハハ! あハはハはハはキャハはアハはァハはハはハは!!!!」

余りにも常識から外れ、あまりにも常軌を逸しているほどに、世界から外れた光を灯す、その瞳。
狂月に魅入られた狂人群衆よりも悍ましき狂気に満ちつつ、己の秩序の為に世界を変革せんと立ち上がる者のように我に満ちたその眼。
彼女の周囲に立つ者たちは、ただその眼が恐ろしかった。これから起こる事象の全てを聞かされたうえで予想が出来ない舞台劇……聖杯戦争が、
まるで得体の知れない醜悪な怪物の臓物に変わったかのような恐ろしささえ覚えるほどに、恐ろしくてたまらなかったのだ。

「嗚呼、嗚呼、ああ! ようやく……ようやくこの時が来た! 来てくれた!!」
「長かった……。ああ……ようやく、君に会えるんだね…」

カッカコ、カッカコ、くつのおと。
たのしくおどる、くつのおと。キャハキャハわらう、しょうじょはだあれ?

「時計塔に宣戦布告をした! フリーメイソンに唾を吐いた! 黄金薔薇十字に中指を立てた!」
「紋章院の眼を盗み、弦糸の網を躱し、矢衾の拳を避け、ウィルマースの追撃を振り払った!!」
「お膳立ては済んだ……。さぁ、集まってきてくれ。聖杯を求めし、欲望の傀儡たち!」

ニタリ、と恍惚にその表情を染めて、少女はその舞を止める。
そして誰に言うまでもなく、いや、この世界に立つ全ての魔術師達に向け、その言葉を放つ。

「始めよう。全てが欺瞞の、聖杯戦争を」
「僕と彼の再開を、存分に祝う舞踏会の幕を開こう」


そうして物語は幕を開く。
永遠に紡がれる、終わりなき歌劇が、役者を揃えて今この時、始まろうとしていた。


「"精々それまでに全てが終わるよう" "跪いて冀ってろ"?」


「嗤わせるなメイソン」


「この物語に終わりはない。僕がそれを、否定し続ける限り────」







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