マギ
最終更新：ID:qFBK3jEr4g 2024年03月06日(水) 21:35:54履歴
まぎあふたー 
二十年後の堂島家
堂島淳
夫。日本への駆け落ちはこいつの主導である。魔術の道は捨てた……と思いきや情報の集積はやめられない様子。運動不足が悩み。
マギ
妻。二十年前に０才だったので、今はハタチ。今も交流のあるかつての同級生には流石に色々バレたが見た目が変わらないので仕方ない。ふてぶてしさを身につけ、娘には甘く夫には厳しい。
堂島律
娘。養子だが、マギも含めて戸籍関連はかなり誤魔化して生きている。多少のハッキングで改竄できるぶんインターネット社会も悪くないですね、とはマギの弁。プラモ趣味を植え付けられている。オタクの子供はオタクになる。
「おはよう、律。そして、メリークリスマス」
「……んぁ。おはよー、お母さん」
「はい、お母さんだよ。そんなことより、ちゃんと今年もプレゼントが靴下に入っているみたいだよ」
そう母に促されて、齢十歳になる律と呼ばれた少女は、枕元に吊るした大きな靴下の中身を探る。探り当てるのはもちろん、サンタクロースからのプレゼントであり。
「……これ、ずっと欲しかったプラモだ……！ えっえっえっ、今年も一番欲しいもの、貰っちゃった！」
「よかったね、律」
律の母たるその"人"が、サンタクロースに向いているのは自明の理である。
「……おや、ようやく起きられましたか」
「おはよう、お父さん！ 見て見て、これー！」
一つ。娘とも夫とも違って、彼女は睡眠を必要としない。故に夜いくらサンタを待ち構えた娘が起きていようとも、必ず寝静まってからプレゼントを仕込むことができる。
「おお、そんな立派な箱の……このプレゼント、やっぱり貴方のお手製ですか」
「当然。子供のオーダーに応えるのがサンタクロースです。英才教育の賜物で、私と趣味が合っているわけですし。あともう少し小声で」
一つ。彼女は周囲の人間の言動を情報として記録できる。娘のあれが欲しいこれが欲しいな独り言くらい、余さず残さず覚えて当然。
「これ、限定品だったのに……予約なんか瞬殺だって……」
「サンタクロースはすごいのよ、律」
「……こういうの著作物の３Ｄプリント的な何がしかに」
「小声で」
「はい」
一つ。彼女は物質の組成を変換し、自在に構造物を生成することができる。その技術は二人の賢者に支えられ、二十年の研鑽によって研ぎ澄まされた。たかが最新鋭の技術になど、負けているわけにはいくはずもない。
そしてなにより、一つ。
我が子を大切に思う親は、最高のサンタクロースになれるのだ。
「さて、朝ご飯にしましょう。ちなみに今夜はご馳走、ちゃんとケーキも作ります」
「おお、それは楽しみで」
「最近太り気味ですよね？ 控えめにしてくださいね。律は食べていいからね」
「はい」
技術の真髄というには幾分旧くなりすぎた。
機械というには余計な機能を持ちすぎた。
礼装というには、あまりに人に染まりすぎた。
されど、その白いメイド服に包まれた、二十年を超えても変わらない美は──。
「あ、そうでした」
「はい、そうですね」
──二十年経っても、揺るがず絶えず愛し合っている。
「メリークリスマス、堂島様」
「メリークリスマス、マギさん」
マギは知っている。
今年も去年も来年も、ずっとあなたが大好きだ。
魔術の極致。科学の至高。医学の頂点。三人の優れた賢者たちが、彼らの生涯の結晶として作り上げた機械仕掛けの神の器──それが、マギである。
……というのも、昔の話。時間遡行で人類史の始まりに最新鋭の技術を持っていけば神となれる、などという計画は、二十年も経ってみれば荒唐無稽だとわかるのだ。過去の神は思うよりも偉大であったし、現在の人は思うよりも進んでいる。人造神計画は最初から誤っていた、それがマギの開発者たちの結論である。
……故に、マギは自由となった。
ただ親に生み出された子として、人生というものを生きるのだ。
親の心、子知らず。その言葉の通り、己を作り上げた者のことをマギは知らない。だがこの言葉の通り、マギは知っている。
「えっ！？ 魔物の正体って人間なの！？」
「意外と人間は人間の形をしていないのよ、律」
「なるほど。じゃあ人間じゃないから悪いとは限らないってことだ！」
「……そう、ねえ」
子供というものは、親を超えて成長するのだと。栗色の瞳と癖っ毛を飛び跳ねさせながらアニメの展開に驚く我が子に付き合いながら、そんなことを思ったのだった。
自分の母親の正体について、マギはまだ娘に明かしていない。若作りなんだよ、と適当な嘘をついて誤魔化している。それは娘に忌避される可能性への恐れからではなく、あくまで「普通」を体験してほしいから。
魔術の道から外れた私たちは普通ではないだろう。
血の繋がらない親子は普通ではないだろう。
私の存在は、普通ではないだろう。
……そういう「普通の価値観」を、マギはこの二十年で知ったのだ。そのことは弱みにもなり、優しさにもなる。人でない自分を捉え切ったマギは、かつてよりも人らしい。
「ねえ、お母さん」
「なにかしら、律」
だからそうして、マギは答える。確かに自分の娘である律を、精一杯に捉えようとしているのだ。
年末年始、時計塔にはなかった冬休み。もうすぐ夫も仕事納めで、三人の団欒の時間が来る。今年も来る。今年はどう過ごそうかと、また一年を終えていく。かつて一日すら見えていなかったのに、いつのまにか日常を過ごせるようになった。それはきっとあの時の同級生と教師に恵まれたからだと、マギは確かに芽生えた心で思うのだ。
故に、マギは知っている。
「私が知っていることなら、なんでも律に教えるよ」
「うん！ あのね、ずーっと気になってたんだけど」
私だって、大切な人に教えられる。全知全能の神に至らずとも、叡智を極めた賢者でなくとも。
ただ一人の親として、子供の成長を助けよう。
それが、今の日常だ。
……とはいえ。
「お父さんとお母さんって、どんなデートしてたの！？」
……それはちょっと、年齢制限のフィルターをかけるべき爛れていかがわしい思い出なので。
「……もう少し。もう少し、大人になったらね。うん。はい次の話観ましょう」
「露骨に回避された！？」
マギは知っている。
自分たちの恋愛模様は、子供には真似させるべきではないと。
「おかえりなさいませ、堂島様」
「ただいま帰りました、マギさん」
１２月２８日、夜の二十二時過ぎ。地方都市の片隅の一軒家で、くたびれた眼鏡の男性を若いメイド姿の女性━━少女と形容できるくらいに若く見えるかもしれない━━がそうして挨拶を交わすのは、一般的に見れば奇妙な光景だろう。なぜこんなところのこんな家でメイドを雇っているのか？ そんな稼いでいるふうには見えないぞ？ こんな人形みたいにできすぎたメイドの存在だってそもそも日本に合わないのではないか……などなど。
まあ、それくらい二人とも承知なわけだが。特に男性、すなわち夫、すなわち堂島淳の方は、妻と自分に対する目線というものに立ち向かう覚悟があるのである。魔術より使命より、彼女を選んだ結果なのだから。
「……はあ」
「どうしました、堂島様」
つまるところ逆に言えば、彼の悩みの種は家庭にあらず。
「……や〜っと仕事納めですよぉ……」
「はい。今年もお疲れ様でした」
家族以外の人としての日常であり、今日はそれがひと段落ついた日なのだ。
「それにしてもいまだに信じられませんね、堂島様ともあろうものが」
「私も向いていると思って司書になって、実際向いてはいるんでしょうけど……」
あの時計塔で大卒判定などもらえるわけもなかった駆け落ち男堂島淳が目指したどり着いた職業は、地方都市の司書である。かつて師事したロードの蔵書管理はしていたわけだし、そもそも堂島家の本質は情報を取り扱うことである。ならば当然魔術を使わずとも書物やデータの管理を行う職務は向いていると、その読みは当たったのだが。
「受験生の勉強会のための場所にしてもらうと困るんですって何回も言ってるんですが」
「そうですね。図書館はフリースペースではないですね」
「司書の仕事は図書館の管理であっておじいちゃんおばあちゃんの話し相手ではないのですが」
「そうですね。図書館は談話室でもないですね」
と、そういう「よくある」例外について、こと堂島淳はなかなか理解できない人間であったのだ。人が逆らうことのできないルールが山ほどある魔術の世界と違って、所謂一般社会というものは人がルールを守るか守らないかでできている。法政科と一般的な法学は大きく違うなどと、そんなことも学んだわけであった。
とはいえ、飲み込むしかない。
「まあ、ルール違反というなら」
「私とマギさんは、大いにやらかしてますからね」
私たちは、より規則の厳しい世界から、自由を掴み取ったのだから。
どんなわがままも愛嬌と、そうでなくては愛しい人さえ愛せない。
魔術がなんだ。
規則がなんだ。
世界がなんだ。
そんなものより、愛してる。
かつて誓った祈りと覚悟と強欲は、堂島淳の中でまだ燃え続けているのだ。
「ああ、そういえば」
「なんですか、マギさん」
「いえ、流石に律は寝てしまっているなあと」
「まあ仕方ありませんよ、仕事を全部終わらせるから仕事納めと言うんです」
「はい。なので、今日は」
そう言って、マギは夫の手を引いて。ぐいっと思い切り、疲れ果てた身体を強引にまで引き寄せて。
「たまには──」
マギは知っている。
「愛していますよ、堂島様」
──接吻は、愛の証だと。
『今年も、あけましておめでとう！ マギさん、堂島さん、あと……律ちゃん！』
「はい、ディートリーム・オリジン様」
「あけましておめでとうございます、ディトリームさん」
「四色のおねーちゃん、あけおめー！」
『ハハハ、いつ聞いても可愛い呼び名だな、四色の』
「今一瞬色変わりましたね」
「変わった！」
そう言ってデスクトップの画面越し、堂島家の面々と新年の挨拶を交わすのは、ウェーブがかった髪の女性。感情によってゆらめくその四色は、二十年経ってより穏やかに美しくなった。
なんと今ではさる「財団」でなにやら総括しているという、ディートリーム・ライゼンシュタイン、かつてのエルメロイ教室の同級生である。
……そもそもまず説明しなければならないのは、ディートリームがどうして駆け落ちして行方をくらませた堂島淳とマギの行方を突き止め、あまつさえこんな連絡を月一くらいの頻度で取っているかというと、なのだが。
「で、頼んだものは調べてもらえたでしょうか、堂島さん」
「ああ、それはあとで圧縮して送っておきます。……毎度思うんですが、このやりとり律の前でやっていいんですか」
「いいんですよ堂島様、魔術と科学の境目なんて今更気にするんですか？ 私の前で？」
「扱ってる情報の内容を気にしてるんですよ！」
「四色のお姉ちゃん、何してるのー？」
「ああ律ちゃんこれはね、『大敵』に対する絆の同盟というものなんだよ」
「たいてき？」
「そう。まあ厳密には──」
「ストップ！ オリジンさんも、本当昔に比べたら堂々としてきましたよね……」
と、そういうわけである。どういうわけかというと、ディートリーム・ライゼンシュタインのその後には、それなり以上に波瀾万丈の運命が待ち受けていたということだ。
謎の結社と立ち向かい、謎の財団の謎の立場になり、謎の「大敵」へ対処する……などなど、大変なことになっているそうなので。
「それで大変だ！ というわけで！ あの二人を見つければ手伝ってもらえるかなーと」
「ふむふむ、四色のお姉ちゃんとはそういう縁が」
「元クラスメイトだからねー。エルメロイ教室といえば」
「ストップ！ 魔術の話アウト！」
「あっ、ごめんなさい」
「堂島様が心配しすぎなだけだと思いますけど。ねえ、律？」
「マギさんが甘い相手って本当に稀……」
財団の情報網で見つけ出したそこに可愛らしい女の子がいたことは、ディートリームにとっても少々予想外だったようだが。
「……まあ、見つけられたからって話しかけられる雰囲気じゃなかったりするしねえ。曲者だよお、エルメロイ教室のみんなは」
「まあ聞く限り、テア様などは相変わらずのようですし。歳をとってむしろ魔術に傾倒していくと考えると、黒野様やアトキンソン様などは順当に話しかけづらくなってますよね」
「逸花さんは日本人同盟として二人を探してるって聞いたけどなー……」
「いや申し訳ないですが、あんまり魔術師と関わるわけには……」
「その地雷原に平和な一軒家を建てるみたいな堂島さんのポジションが一番おかしいと思うけどね」
そんなこんなで、ある程度旧友の動向も把握させてもらっている。情報収集を手伝う見返り、あるいは単に友情の証だ。
「グリールス様は」
「今年ものんびりしてるよー。意外と普通に幸せを掴んだよね」
「フランソイル様は」
「あと数年は生きてる、んじゃないかなあ……ってのを毎年言ってる気がするね」
「ショコラさんは、また会いに来るそうで。はるばるご苦労様というべきか、よく見つけ出したというべきか」
「ショコラはそういうところある。いまだに」
「リアさんは？」
「剣を極めたら魔法に届くって聞いてから日本の魔剣を勉強してる、のが去年。今年日本に来るかも」
「トーカさんは……私と同じ、駆け落ち行方不明勢ですが……」
「財団を舐めてもらっちゃ困る……けど配偶者がいるとはいえあの距離感は怖い！ 相変わらず接触不可です！ ああいう人は危ないのはこの二十年で学びました！」
「ディオナ様は、たまに手紙をくださいます」
「それは良かった。なんだかんだで正体までバラしてみたら、マギさんとディオナさんが一番似たもの同士ですからね」
「ニーアさんは相変わらずですか」
「相変わらず神出鬼没ですね」
「それで生き残れるのがあの人のすごいところですね」
「わたしも人のこと言えないけど、面倒ごとに首を突っ込むと碌なことはないからね」
「クォリーフォードの姉妹は、そろそろお互いの店と魔術の潰し合いをするとかしないとか」
「物騒ですね」
「多分決着はつかないでしょうね」
「……ガンバーランド様は」
「ちゃんと働いてます！ 子供もいる！ わたしが探すまでもない！ エルメロイ教室出身じゃないけどねだから当然才能開花したりもしなかったし！」
「褒めてるのか貶してるのか……」
「またドライブしたいですね」
「いや私が免許取ってるじゃないですか」
「堂島様の運転はスリルが足りないんですよ」
「ひどい」
「トゥインクルレイルの双子は……あれ以来消息不明。うちの財団でも見つけられてないや、ごめん」
「探されたくないことは誰にでもあります。必要な時は誰かが触れてくれるものですよ」
「いやあ、旦那さんをそれで捕まえたんだもんね」
「神楽坂様は……まだ行方不明？」
「あー、なんかヤバいところに行ったっぽい記録は見つかった。アルビオンの奥かも」
「私の逆ですね」
「そこはどうでもいいんじゃないかと思うんですが。まあ、あの人らしいかあ」
「ディットィエルト様は、連絡がつきませんね……」
「まあ純粋に魔術の道に進んだタイプだねー。トーカさんや堂島さんみたいな駆け落ち組は見習うべきだ」
「ディートリームさんもそんなにまともな道は通ってないのでは！？」
「で、此ノ森様」
「これは本当にわからない。ただ、何やってるかはわかる」
「この２０２０年に、人斬りかあ……」
「２０年前にメイドオートマタを作った人よりはマシな気がしますね」
「……マギさん、強くなったよね……」
まあ、こういう確認は年始だけである。なんだかんだと情報収集に特化した二人であり、つまりは知り得ないことは知りたくてたまらない。とりわけ、かけがえのない時間を過ごした友のことは。
マギは知らない。だから知りたい。そうあるのも、昔のまま。
たとえ一人朽ちずに永久を生きるとしても、昔のままなのだ。
「ねーお父さん、お年玉！」
「わかりましたよ、律。ただしあんまりお金はねだるものではないですからね」
そう言って、堂島淳は画面の前から姿を消した。残るはディートリームと、マギのみ。きっとこれからも続いていく時間の前に、一つだけちゃんと聞いておかなければ。
「……ロード・エルメロイは」
「今年はどうも、二十年ぶりの曲者生徒たちらしいですよ」
「そうですか。……そうですか」
ため息はつかない。呼吸器官は持ち合わせていないから。何より、嘆息するような事態ではないから。きっとあの人なら大丈夫だと、昔々の思い出と共に思うのだ。
変わるものはある。
変わらないものもある。
私はどちらかといえば変わらない方で、いつかは愛する家族とも別れ行く方だ。
それでも歴史は、新しく記録されていく。
常に変わりゆく時代の中で、私は忘れないものを増やしていく。
マギは知っている。
今年も去年も来年も、思い出は永遠に輝いて。
ただ、生きていくのだ。
正常夜のマギ
「おはよう、律。そして、メリークリスマス」
「……んぁ。おはよー、お母さん」
「はい、お母さんだよ。そんなことより、ちゃんと今年もプレゼントが靴下に入っているみたいだよ」
そう母に促されて、齢十歳になる律と呼ばれた少女は、枕元に吊るした大きな靴下の中身を探る。探り当てるのはもちろん、サンタクロースからのプレゼントであり。
「……これ、ずっと欲しかったプラモだ……！ えっえっえっ、今年も一番欲しいもの、貰っちゃった！」
「よかったね、律」
律の母たるその"人"が、サンタクロースに向いているのは自明の理である。
「……おや、ようやく起きられましたか」
「おはよう、お父さん！ 見て見て、これー！」
一つ。娘とも夫とも違って、彼女は睡眠を必要としない。故に夜いくらサンタを待ち構えた娘が起きていようとも、必ず寝静まってからプレゼントを仕込むことができる。
「おお、そんな立派な箱の……このプレゼント、やっぱり貴方のお手製ですか」
「当然。子供のオーダーに応えるのがサンタクロースです。英才教育の賜物で、私と趣味が合っているわけですし。あともう少し小声で」
一つ。彼女は周囲の人間の言動を情報として記録できる。娘のあれが欲しいこれが欲しいな独り言くらい、余さず残さず覚えて当然。
「これ、限定品だったのに……予約なんか瞬殺だって……」
「サンタクロースはすごいのよ、律」
「……こういうの著作物の３Ｄプリント的な何がしかに」
「小声で」
「はい」
一つ。彼女は物質の組成を変換し、自在に構造物を生成することができる。その技術は二人の賢者に支えられ、二十年の研鑽によって研ぎ澄まされた。たかが最新鋭の技術になど、負けているわけにはいくはずもない。
そしてなにより、一つ。
我が子を大切に思う親は、最高のサンタクロースになれるのだ。
「さて、朝ご飯にしましょう。ちなみに今夜はご馳走、ちゃんとケーキも作ります」
「おお、それは楽しみで」
「最近太り気味ですよね？ 控えめにしてくださいね。律は食べていいからね」
「はい」
技術の真髄というには幾分旧くなりすぎた。
機械というには余計な機能を持ちすぎた。
礼装というには、あまりに人に染まりすぎた。
されど、その白いメイド服に包まれた、二十年を超えても変わらない美は──。
「あ、そうでした」
「はい、そうですね」
──二十年経っても、揺るがず絶えず愛し合っている。
「メリークリスマス、堂島様」
「メリークリスマス、マギさん」
マギは知っている。
今年も去年も来年も、ずっとあなたが大好きだ。
親子愛のマギ
魔術の極致。科学の至高。医学の頂点。三人の優れた賢者たちが、彼らの生涯の結晶として作り上げた機械仕掛けの神の器──それが、マギである。
……というのも、昔の話。時間遡行で人類史の始まりに最新鋭の技術を持っていけば神となれる、などという計画は、二十年も経ってみれば荒唐無稽だとわかるのだ。過去の神は思うよりも偉大であったし、現在の人は思うよりも進んでいる。人造神計画は最初から誤っていた、それがマギの開発者たちの結論である。
……故に、マギは自由となった。
ただ親に生み出された子として、人生というものを生きるのだ。
親の心、子知らず。その言葉の通り、己を作り上げた者のことをマギは知らない。だがこの言葉の通り、マギは知っている。
「えっ！？ 魔物の正体って人間なの！？」
「意外と人間は人間の形をしていないのよ、律」
「なるほど。じゃあ人間じゃないから悪いとは限らないってことだ！」
「……そう、ねえ」
子供というものは、親を超えて成長するのだと。栗色の瞳と癖っ毛を飛び跳ねさせながらアニメの展開に驚く我が子に付き合いながら、そんなことを思ったのだった。
自分の母親の正体について、マギはまだ娘に明かしていない。若作りなんだよ、と適当な嘘をついて誤魔化している。それは娘に忌避される可能性への恐れからではなく、あくまで「普通」を体験してほしいから。
魔術の道から外れた私たちは普通ではないだろう。
血の繋がらない親子は普通ではないだろう。
私の存在は、普通ではないだろう。
……そういう「普通の価値観」を、マギはこの二十年で知ったのだ。そのことは弱みにもなり、優しさにもなる。人でない自分を捉え切ったマギは、かつてよりも人らしい。
「ねえ、お母さん」
「なにかしら、律」
だからそうして、マギは答える。確かに自分の娘である律を、精一杯に捉えようとしているのだ。
年末年始、時計塔にはなかった冬休み。もうすぐ夫も仕事納めで、三人の団欒の時間が来る。今年も来る。今年はどう過ごそうかと、また一年を終えていく。かつて一日すら見えていなかったのに、いつのまにか日常を過ごせるようになった。それはきっとあの時の同級生と教師に恵まれたからだと、マギは確かに芽生えた心で思うのだ。
故に、マギは知っている。
「私が知っていることなら、なんでも律に教えるよ」
「うん！ あのね、ずーっと気になってたんだけど」
私だって、大切な人に教えられる。全知全能の神に至らずとも、叡智を極めた賢者でなくとも。
ただ一人の親として、子供の成長を助けよう。
それが、今の日常だ。
……とはいえ。
「お父さんとお母さんって、どんなデートしてたの！？」
……それはちょっと、年齢制限のフィルターをかけるべき爛れていかがわしい思い出なので。
「……もう少し。もう少し、大人になったらね。うん。はい次の話観ましょう」
「露骨に回避された！？」
マギは知っている。
自分たちの恋愛模様は、子供には真似させるべきではないと。
夫婦愛のマギ
「おかえりなさいませ、堂島様」
「ただいま帰りました、マギさん」
１２月２８日、夜の二十二時過ぎ。地方都市の片隅の一軒家で、くたびれた眼鏡の男性を若いメイド姿の女性━━少女と形容できるくらいに若く見えるかもしれない━━がそうして挨拶を交わすのは、一般的に見れば奇妙な光景だろう。なぜこんなところのこんな家でメイドを雇っているのか？ そんな稼いでいるふうには見えないぞ？ こんな人形みたいにできすぎたメイドの存在だってそもそも日本に合わないのではないか……などなど。
まあ、それくらい二人とも承知なわけだが。特に男性、すなわち夫、すなわち堂島淳の方は、妻と自分に対する目線というものに立ち向かう覚悟があるのである。魔術より使命より、彼女を選んだ結果なのだから。
「……はあ」
「どうしました、堂島様」
つまるところ逆に言えば、彼の悩みの種は家庭にあらず。
「……や〜っと仕事納めですよぉ……」
「はい。今年もお疲れ様でした」
家族以外の人としての日常であり、今日はそれがひと段落ついた日なのだ。
「それにしてもいまだに信じられませんね、堂島様ともあろうものが」
「私も向いていると思って司書になって、実際向いてはいるんでしょうけど……」
あの時計塔で大卒判定などもらえるわけもなかった駆け落ち男堂島淳が目指したどり着いた職業は、地方都市の司書である。かつて師事したロードの蔵書管理はしていたわけだし、そもそも堂島家の本質は情報を取り扱うことである。ならば当然魔術を使わずとも書物やデータの管理を行う職務は向いていると、その読みは当たったのだが。
「受験生の勉強会のための場所にしてもらうと困るんですって何回も言ってるんですが」
「そうですね。図書館はフリースペースではないですね」
「司書の仕事は図書館の管理であっておじいちゃんおばあちゃんの話し相手ではないのですが」
「そうですね。図書館は談話室でもないですね」
と、そういう「よくある」例外について、こと堂島淳はなかなか理解できない人間であったのだ。人が逆らうことのできないルールが山ほどある魔術の世界と違って、所謂一般社会というものは人がルールを守るか守らないかでできている。法政科と一般的な法学は大きく違うなどと、そんなことも学んだわけであった。
とはいえ、飲み込むしかない。
「まあ、ルール違反というなら」
「私とマギさんは、大いにやらかしてますからね」
私たちは、より規則の厳しい世界から、自由を掴み取ったのだから。
どんなわがままも愛嬌と、そうでなくては愛しい人さえ愛せない。
魔術がなんだ。
規則がなんだ。
世界がなんだ。
そんなものより、愛してる。
かつて誓った祈りと覚悟と強欲は、堂島淳の中でまだ燃え続けているのだ。
「ああ、そういえば」
「なんですか、マギさん」
「いえ、流石に律は寝てしまっているなあと」
「まあ仕方ありませんよ、仕事を全部終わらせるから仕事納めと言うんです」
「はい。なので、今日は」
そう言って、マギは夫の手を引いて。ぐいっと思い切り、疲れ果てた身体を強引にまで引き寄せて。
「たまには──」
マギは知っている。
「愛していますよ、堂島様」
──接吻は、愛の証だと。
未来年のマギ
『今年も、あけましておめでとう！ マギさん、堂島さん、あと……律ちゃん！』
「はい、ディートリーム・オリジン様」
「あけましておめでとうございます、ディトリームさん」
「四色のおねーちゃん、あけおめー！」
『ハハハ、いつ聞いても可愛い呼び名だな、四色の』
「今一瞬色変わりましたね」
「変わった！」
そう言ってデスクトップの画面越し、堂島家の面々と新年の挨拶を交わすのは、ウェーブがかった髪の女性。感情によってゆらめくその四色は、二十年経ってより穏やかに美しくなった。
なんと今ではさる「財団」でなにやら総括しているという、ディートリーム・ライゼンシュタイン、かつてのエルメロイ教室の同級生である。
……そもそもまず説明しなければならないのは、ディートリームがどうして駆け落ちして行方をくらませた堂島淳とマギの行方を突き止め、あまつさえこんな連絡を月一くらいの頻度で取っているかというと、なのだが。
「で、頼んだものは調べてもらえたでしょうか、堂島さん」
「ああ、それはあとで圧縮して送っておきます。……毎度思うんですが、このやりとり律の前でやっていいんですか」
「いいんですよ堂島様、魔術と科学の境目なんて今更気にするんですか？ 私の前で？」
「扱ってる情報の内容を気にしてるんですよ！」
「四色のお姉ちゃん、何してるのー？」
「ああ律ちゃんこれはね、『大敵』に対する絆の同盟というものなんだよ」
「たいてき？」
「そう。まあ厳密には──」
「ストップ！ オリジンさんも、本当昔に比べたら堂々としてきましたよね……」
と、そういうわけである。どういうわけかというと、ディートリーム・ライゼンシュタインのその後には、それなり以上に波瀾万丈の運命が待ち受けていたということだ。
謎の結社と立ち向かい、謎の財団の謎の立場になり、謎の「大敵」へ対処する……などなど、大変なことになっているそうなので。
「それで大変だ！ というわけで！ あの二人を見つければ手伝ってもらえるかなーと」
「ふむふむ、四色のお姉ちゃんとはそういう縁が」
「元クラスメイトだからねー。エルメロイ教室といえば」
「ストップ！ 魔術の話アウト！」
「あっ、ごめんなさい」
「堂島様が心配しすぎなだけだと思いますけど。ねえ、律？」
「マギさんが甘い相手って本当に稀……」
財団の情報網で見つけ出したそこに可愛らしい女の子がいたことは、ディートリームにとっても少々予想外だったようだが。
「……まあ、見つけられたからって話しかけられる雰囲気じゃなかったりするしねえ。曲者だよお、エルメロイ教室のみんなは」
「まあ聞く限り、テア様などは相変わらずのようですし。歳をとってむしろ魔術に傾倒していくと考えると、黒野様やアトキンソン様などは順当に話しかけづらくなってますよね」
「逸花さんは日本人同盟として二人を探してるって聞いたけどなー……」
「いや申し訳ないですが、あんまり魔術師と関わるわけには……」
「その地雷原に平和な一軒家を建てるみたいな堂島さんのポジションが一番おかしいと思うけどね」
そんなこんなで、ある程度旧友の動向も把握させてもらっている。情報収集を手伝う見返り、あるいは単に友情の証だ。
「グリールス様は」
「今年ものんびりしてるよー。意外と普通に幸せを掴んだよね」
「フランソイル様は」
「あと数年は生きてる、んじゃないかなあ……ってのを毎年言ってる気がするね」
「ショコラさんは、また会いに来るそうで。はるばるご苦労様というべきか、よく見つけ出したというべきか」
「ショコラはそういうところある。いまだに」
「リアさんは？」
「剣を極めたら魔法に届くって聞いてから日本の魔剣を勉強してる、のが去年。今年日本に来るかも」
「トーカさんは……私と同じ、駆け落ち行方不明勢ですが……」
「財団を舐めてもらっちゃ困る……けど配偶者がいるとはいえあの距離感は怖い！ 相変わらず接触不可です！ ああいう人は危ないのはこの二十年で学びました！」
「ディオナ様は、たまに手紙をくださいます」
「それは良かった。なんだかんだで正体までバラしてみたら、マギさんとディオナさんが一番似たもの同士ですからね」
「ニーアさんは相変わらずですか」
「相変わらず神出鬼没ですね」
「それで生き残れるのがあの人のすごいところですね」
「わたしも人のこと言えないけど、面倒ごとに首を突っ込むと碌なことはないからね」
「クォリーフォードの姉妹は、そろそろお互いの店と魔術の潰し合いをするとかしないとか」
「物騒ですね」
「多分決着はつかないでしょうね」
「……ガンバーランド様は」
「ちゃんと働いてます！ 子供もいる！ わたしが探すまでもない！ エルメロイ教室出身じゃないけどねだから当然才能開花したりもしなかったし！」
「褒めてるのか貶してるのか……」
「またドライブしたいですね」
「いや私が免許取ってるじゃないですか」
「堂島様の運転はスリルが足りないんですよ」
「ひどい」
「トゥインクルレイルの双子は……あれ以来消息不明。うちの財団でも見つけられてないや、ごめん」
「探されたくないことは誰にでもあります。必要な時は誰かが触れてくれるものですよ」
「いやあ、旦那さんをそれで捕まえたんだもんね」
「神楽坂様は……まだ行方不明？」
「あー、なんかヤバいところに行ったっぽい記録は見つかった。アルビオンの奥かも」
「私の逆ですね」
「そこはどうでもいいんじゃないかと思うんですが。まあ、あの人らしいかあ」
「ディットィエルト様は、連絡がつきませんね……」
「まあ純粋に魔術の道に進んだタイプだねー。トーカさんや堂島さんみたいな駆け落ち組は見習うべきだ」
「ディートリームさんもそんなにまともな道は通ってないのでは！？」
「で、此ノ森様」
「これは本当にわからない。ただ、何やってるかはわかる」
「この２０２０年に、人斬りかあ……」
「２０年前にメイドオートマタを作った人よりはマシな気がしますね」
「……マギさん、強くなったよね……」
まあ、こういう確認は年始だけである。なんだかんだと情報収集に特化した二人であり、つまりは知り得ないことは知りたくてたまらない。とりわけ、かけがえのない時間を過ごした友のことは。
マギは知らない。だから知りたい。そうあるのも、昔のまま。
たとえ一人朽ちずに永久を生きるとしても、昔のままなのだ。
「ねーお父さん、お年玉！」
「わかりましたよ、律。ただしあんまりお金はねだるものではないですからね」
そう言って、堂島淳は画面の前から姿を消した。残るはディートリームと、マギのみ。きっとこれからも続いていく時間の前に、一つだけちゃんと聞いておかなければ。
「……ロード・エルメロイは」
「今年はどうも、二十年ぶりの曲者生徒たちらしいですよ」
「そうですか。……そうですか」
ため息はつかない。呼吸器官は持ち合わせていないから。何より、嘆息するような事態ではないから。きっとあの人なら大丈夫だと、昔々の思い出と共に思うのだ。
変わるものはある。
変わらないものもある。
私はどちらかといえば変わらない方で、いつかは愛する家族とも別れ行く方だ。
それでも歴史は、新しく記録されていく。
常に変わりゆく時代の中で、私は忘れないものを増やしていく。
マギは知っている。
今年も去年も来年も、思い出は永遠に輝いて。
ただ、生きていくのだ。
「お初にお目にかかります、"女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男"グレートビッグベン☆ロンドンスター様。
マギ、と申します。あいにく、それ以外のキオクはすべて把握ができておらず―――――――――え、その呼び名は適正ではない？
おかしいですね、時計塔の全生徒から集計したデータを総合的に判断し、最も適切なものを弾き出したのですが。」
基本情報
【氏名】マギ
【性別】女性？
【年齢】不明
【出身】不明、当人は日本語を当初使用していたため、日本出身と推測される。
【身長・体重】約160cm(目測)・?kg(質量は変化するものです、よって測定は拒否させていただきます。)
【肌色】陶器のような白 【髪色】髪より少し灰色がかった白 【瞳色】紅い眼。
【スリーサイズ】?/?/?(服の上からでもスレンダーなシルエットが見て取れはする)
(ええ、たとえ服の上からでも、身体的接触及びそれに伴う身体的凹凸の測定は拒否させていただきます。)
【外見・容姿】人形のように端正で中性的な顔立ち。常に汚れ傷一つないメイド服と手袋を身に着けている。
https://picrew.me/image_maker/62745
【属性】秩序・善
【魔術系統】なし
【魔術属性】無
【魔術回路】質：Ａ 量：Ａ 編成：異常(後天的に魔術の習得、成長の適正を全く持たない)
【起源】『前提』
【決戦の日】見つかってしまったなら、すぐに。
【所属】時計塔現代魔術科・エルメロイ教室
【階位・称号・二つ名】『末子 』・『不可侵 』
【性別】女性？
【年齢】不明
【出身】不明、当人は日本語を当初使用していたため、日本出身と推測される。
【身長・体重】約160cm(目測)・?kg(質量は変化するものです、よって測定は拒否させていただきます。)
【肌色】陶器のような白 【髪色】髪より少し灰色がかった白 【瞳色】紅い眼。
【スリーサイズ】?/?/?(服の上からでもスレンダーなシルエットが見て取れはする)
(ええ、たとえ服の上からでも、身体的接触及びそれに伴う身体的凹凸の測定は拒否させていただきます。)
【外見・容姿】人形のように端正で中性的な顔立ち。常に汚れ傷一つないメイド服と手袋を身に着けている。
https://picrew.me/image_maker/62745
【属性】秩序・善
【魔術系統】なし
【魔術属性】無
【魔術回路】質：Ａ 量：Ａ 編成：異常(後天的に魔術の習得、成長の適正を全く持たない)
【起源】『前提』
【決戦の日】見つかってしまったなら、すぐに。
【所属】時計塔現代魔術科・エルメロイ教室
【階位・称号・二つ名】『
魔術・特殊技能・特性など
強化
魔術の基礎の基礎。しかし、極めるのは困難と言われる。
マギは魔術的知識を全く持たずに時計塔に殴り込んだにもかかわらず、強化の魔術を達人レベルで習得していた。
身体強化だけでなく、マギの特殊技能によって生み出された物質は全て"強化"を受けていて、躱さなければ命の保証はない。
面倒なことにマギは無意識のうちに強化を自分の体にかけてしまっているため、
口喧嘩になれば机が壊れ、取っ組み合いになれば教室そのものが危うい。
『全知とは、無意識下にすべてを置くことから始まる。』
マギは魔術的知識を全く持たずに時計塔に殴り込んだにもかかわらず、強化の魔術を達人レベルで習得していた。
身体強化だけでなく、マギの特殊技能によって生み出された物質は全て"強化"を受けていて、躱さなければ命の保証はない。
面倒なことにマギは無意識のうちに強化を自分の体にかけてしまっているため、
口喧嘩になれば机が壊れ、取っ組み合いになれば教室そのものが危うい。
『全知とは、無意識下にすべてを置くことから始まる。』
解析変成
マギが持つ特殊技能。
身体、および身に着けている衣類に触れたものを元素レベルで分解し、再構築する。
有機物の変成には時間がかかるようだが、無機物なら一瞬で再構築が可能。
マギが時計塔の門をたたいた際でのひと悶着では、
空気中の二酸化炭素から炭素ナイフを作り出し、ダイヤモンドの立方体を投擲し、水分を液体化させて洪水を引き起こした。
彼女の衣服が常に汚れ一つないのも、常にこの技能で霧散させているからである。
その性質は錬金術に近いが、エルメロイ�鏡い�らは「何か魔術方面以外による技能ではないか」とも推測されている。
『全能とは、全てを総てに置き換えることから始まる。』
身体、および身に着けている衣類に触れたものを元素レベルで分解し、再構築する。
有機物の変成には時間がかかるようだが、無機物なら一瞬で再構築が可能。
マギが時計塔の門をたたいた際でのひと悶着では、
空気中の二酸化炭素から炭素ナイフを作り出し、ダイヤモンドの立方体を投擲し、水分を液体化させて洪水を引き起こした。
彼女の衣服が常に汚れ一つないのも、常にこの技能で霧散させているからである。
その性質は錬金術に近いが、エルメロイ�鏡い�らは「何か魔術方面以外による技能ではないか」とも推測されている。
『全能とは、全てを総てに置き換えることから始まる。』
"検索"
マギの特技のようなもの。
一定範囲内にある物体や人が持つデータや知識を集積し、どんな命題にも5秒ほどでおよそ最適と思われる回答を返す。
反面どんな命題でも5秒ほどかけるうえに実態はカンニングなので、授業の進行を妨害すること甚だしい。
『全識とは、凡て何かを集積することから始まる。』
一定範囲内にある物体や人が持つデータや知識を集積し、どんな命題にも5秒ほどでおよそ最適と思われる回答を返す。
反面どんな命題でも5秒ほどかけるうえに実態はカンニングなので、授業の進行を妨害すること甚だしい。
『全識とは、凡て何かを集積することから始まる。』
礼装・装備など
『炭素ナイフ』
マギが常に所持しているわけではないが、常に『構築できる』武器。
教室内で何か争いが起これば、自分に火の粉が降りかかる前に釘を刺すようにナイフを渦中に投げつける。
もっとも、避けられて結果的に巻き込まれることも多いが。
教室内で何か争いが起これば、自分に火の粉が降りかかる前に釘を刺すようにナイフを渦中に投げつける。
もっとも、避けられて結果的に巻き込まれることも多いが。
人物像・来歴・解説など
ある日、時計塔の地下『霊墓アルビオン』の内側から時計塔に入り込んできた謎の人物。
『傷一つない格好で』『許可なくアルビオンに侵入し』『時計塔への入門希望のみを繰り返す』その異常な存在は、
対話と交戦の末に一応は魔術師であると認められ、時計塔の門をくぐった。
しかし、問題はほどなくして再発した。マギは「時計塔」という単語以外魔術的知識を何も持たず、魔術的素養も何もなかった。
おまけに記憶喪失で、自分の名前以外何も知らず、一般常識も魔術師的常識も持ち合わせていないことも判明した。
とはいえ戦闘能力"だけ"は卓越したもので、抵抗するマギを始末することも放逐することも難しい。
とりあえず時計塔に籍だけは置かせてやらねば面倒が過ぎる、ということで送り込まれたのが現代魔術科である。
特技：割と何もできない。検索を用いてもそれを実現する力加減がめちゃくちゃである。
好きなもの：まだ、見つからない。それが見つかるときが、マギにとっての運命かもしれない。
苦手なもの：触れられること。
それだけじゃない。何か、あったはず。失われた記憶、否、忘れるために失わせた記憶。
【一人称】私、マギ 【二人称】〜様 【三人称】〜様
『傷一つない格好で』『許可なくアルビオンに侵入し』『時計塔への入門希望のみを繰り返す』その異常な存在は、
対話と交戦の末に一応は魔術師であると認められ、時計塔の門をくぐった。
しかし、問題はほどなくして再発した。マギは「時計塔」という単語以外魔術的知識を何も持たず、魔術的素養も何もなかった。
おまけに記憶喪失で、自分の名前以外何も知らず、一般常識も魔術師的常識も持ち合わせていないことも判明した。
とはいえ戦闘能力"だけ"は卓越したもので、抵抗するマギを始末することも放逐することも難しい。
とりあえず時計塔に籍だけは置かせてやらねば面倒が過ぎる、ということで送り込まれたのが現代魔術科である。
特技：割と何もできない。検索を用いてもそれを実現する力加減がめちゃくちゃである。
好きなもの：まだ、見つからない。それが見つかるときが、マギにとっての運命かもしれない。
苦手なもの：触れられること。
それだけじゃない。何か、あったはず。失われた記憶、否、忘れるために失わせた記憶。
【一人称】私、マギ 【二人称】〜様 【三人称】〜様
台詞例
「マギ、と申します。以後お見知りおきを。」
「身体的接触は例え衣類の上からでも拒否させていただきます。悪しからず。」
「私には時計塔が必要なのです。何故？それは―――わからないのです。でも、きっと、確かに。必要だと認識しています。」
「ええ、いまの投擲は警告です。これ以上やるなら更なる警告を加えます。もちろん、そちらからは指先さえ触れさせませんが。」
「ふろ？せんたく？―――――――――理解しました。私には必要ないものですね。」
「今日も、生きられた。明日も何事もなく、生きられるかな―――――――――」
「身体的接触は例え衣類の上からでも拒否させていただきます。悪しからず。」
「私には時計塔が必要なのです。何故？それは―――わからないのです。でも、きっと、確かに。必要だと認識しています。」
「ええ、いまの投擲は警告です。これ以上やるなら更なる警告を加えます。もちろん、そちらからは指先さえ触れさせませんが。」
「ふろ？せんたく？―――――――――理解しました。私には必要ないものですね。」
「今日も、生きられた。明日も何事もなく、生きられるかな―――――――――」
因縁キャラ
ロード・エルメロイ�鏡�
"女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男"グレートビッグベン☆ロンドンスター様。
"検索"の結果故、そう呼んではばからない。
口調は丁寧だが、常識知らず故にたびたび衝突しかけて、エルメロイ�鏡い鵬燭箸�言いくるめられることを繰り返す。
尊敬、恩師、という概念は、果たしてマギの中にあるのだろうか。
ともかく、エルメロイ�鏡い紡个垢襪修譴�慇懃無礼を絵にかいたような態度だと、マギ以外の人物からの解釈は一致している。
「"女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男"グレートビッグベン☆ロンドンスター様。
"女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男"グレートビッグベン☆ロンドンスター様？
"女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男"グレートビッグベン☆ロンドンスター様！
聞こえておられないでしょうか？"女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男"グレートビッグベン☆ロンドンスター様！！
ああ、お耳に届きましたね。先日提出したレポートについて、修正版を"女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男"グレートビッグベン☆ロンドンスター様にお渡ししたく。
他に修正すべき点、ですか？なんでしょう、"女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男"グレートビッグベン☆ロンドンスター様。
お言葉ですが、私は可能な限り全ての情報を集積し、解析し、最適な回答を打ち出しています。
今現在も、理由は不明ですが、フロア内生徒からの"女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男"グレートビッグベン☆ロンドンスター様の好感度が全体的に上昇しているのが確認できます。
ラブテスターかお前は、とは。ーーーー把握しました。聞き捨てならないですね。こんな玩具と同レベルに扱われるとは。
私が行った好感度調査というのは、エリア内の人間全ての脳波をスキャンし言語化し言語同士の結びつきの強さや内容から総合的に判断する極めて最先端的なーーーー
ああ。確かに理解しました。測定対象を"女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男"グレートビッグベン☆ロンドンスター様お一人に絞ったところ、著しい不快感を覚えておられますね。
表情からも顕です。『苦虫を噛み潰したような顔』とはこういう表情でしたか。しかし困りました。
例の呼称はフロア内では好評の嵐のようなのですが、当の本人が不快感を覚えるというのなら。
ろーど？える？めろい？にせい？さま？と呼称するべきなのでしょうか。
ああ、今ロード・エルメロイ�鏡ね佑良垈�感が減少しましたね。よかったですロード・エルメロイII世様。慈悲を賜わりありがとうございますロード・エルメロイ�鏡ね諭�
…また不快感が上昇しましたね。どうしろというのでしょう。」
「ーーーーーーーーーーーーこっちの台詞だ…」
サムナ・アトキンソン
アトキンソン様。
常識を習うべきまともな会話相手としては申し分ないのだが、"獣の勘"が自らの秘密を暴き出さないかと、無意識に軽く距離を置いている。
初めて見た獣の姿にも一切動じず、乗りません、とつっけんどんに。
しかし、その出自には似通ったところがある。マギが共に学ぶ仲間としてもっと心を開ければ、関係性は変化してゆくはず。
「ああ、アトキンソン様。失礼しました、気配に気づかず。
…私の気配も妙に感じづらい、ですか。アトキンソン様に限って、そんなことはないのでは？
"常に臨戦態勢"？そんなことはありませんよ。」
テア・フォン・シュターネンスタウヴ
テア様。
最初期はシュターネンスタウヴ様と呼んでいたが、長い、と言われてからは名前で呼んでいる。
礼装のスペシャリストと、礼装を含め全く魔術適性のないマギ。関わることはそれほどないようにも思われるが、意外と会話している姿を見かけることは多い。
もしかすると、マギ自身がある種"それ"だからこそ惹かれる所があるのかもしれない。
尚、「ケッコン」についてはカケラも理解していない。作業のようにありがとうございます、と返す。
「テア様。どうしたのですか。ーーーー模型の部品をなくした？
そういうことでしたら、お役に立てます。必要な部品の形状を教えてください。直ちに"構築"いたしま、ありがとうございます。す。」
テレオ・グリールス
グリールス様。
マギは他者の手助けを求めることも、ましてや傷をわずかでも負うことはない。
むしろ少しでもテレオに世話を焼かれそうになればさっと身を躱して拒否してしまう。
とはいえ仲は悪くない。お互いに相手の地雷を踏むことを避ける性質なのが大きいかもしれない。
しかしそれは、相容れないことを意味するのかもしれない。
「いまさらとやかくはいいませんが、グリールス様。私はどうして他者のために汚れる必要があるのか理解できかねます。
ええ、これは警告です。私の服の汚れなら私自身で取り除くと言っています。
ふう。これでは負傷など、永久にできませんね…」
ヒューゴ・カルリトス・フランソイル
フランソイル様。
生存、そしてそのために必要と認識していた時計塔への入門以外に目的を持たなかったマギとしては、命を削ってまで魔術を行使する、という行為を理解できない。
しかし、"運命を操作する"という彼の触れ込みが限りないものであれば。
生まれながらの運命すら変えうるのだろうか。
マギにとって、ヒューゴの存在は禁忌と理想の体現者である。
「本当なのでしょうか、フランソイル様。
意味もなく戦地に赴き、命を削って傷を避けるという本末転倒なことをしていたという伝説は。
…三言ほど多い、ですか。どれでしょうか。
どれか欠けたら、伝説性が失われるようにも思うのですが。」
ショコラトル・アイシィ・ストレームベリ
ショコラ様。
周囲が"ショコラ"と愛称で呼ぶのに倣ってそこに"様"をつけて呼んでいるが、愛称に敬称を付けるそのちぐはぐさに当人からは違和感を抱かれている。
マギ自身は特に彼女に配達の依頼をすることはないが、
「鍵を無くしたから合鍵をくれ」だとか、「真水がありったけ欲しい」だとか、
無から何かを生み出さなければいけないような無茶な依頼をクリアするために呼び出されることはあるという。
冷気もマギにとっては関係ない。冬場でも変わらず付き合ってくれる貴重な存在の一人としてもショコラからは重宝されている。
「またですか、ショコラ様。私は構いませんが、それはもはや配達員の領域ではないのでは…
…どこへ行けば良いのですか？速やかにお供いたします。」
リア・S・アルグレオン
アルグレオン様。
高度な強化魔術の使い手、戦闘特化のスタイル…そして服装への拘り。
似通った点は多く、仲良く模擬戦闘を行う姿がよく目撃されている。
マギが意外と好戦的（というより喧嘩に入る沸点がかなり低い）なこともあって、それを止めるのも戦闘スタイルを良く知るリアの役目の一つである。
ボロボロになった建物はマギが直すので安心である。
"時代錯誤の騎士"であるリアと、"最先端の叡智の結晶"であるマギ。
全く逆の二人に似通った点があるのは、なんの因果か。
「アルグレオン様。これがいつもの模擬戦闘ではないことはよく理解しておられると思いますが。ーーーー喧嘩もいつものこと？
心外です。私は争いを好むつもりはありません。ただ降りかかる火の粉を払う必要があるだけです。
…その台詞もいつものこと、ですか。それならいつものように、ひと勝負、といきましょうかーーーー」
黒野逸花
黒野様。
コテコテのメイド服を一度でいいから触らせてくれ、と頼まれてはにべもなく避ける。
自身に触れられることを嫌うマギにとって、人懐っこい人物ほど苦手な存在はない。
会話は問題なく行えるのだが…隙は見せられない。
"加速"してまで触りに来たことがある以上。
一定の距離を保ち、足が動けばすぐさまそこにナイフが飛ぶ。
マギにとっては逸花との交流は死活問題である。
「そこで立ち止まってください、黒野様。
用件はなんですか？…ただお喋りしたいだけ？
了解しました。お互い気を抜いて、他愛もない会話をいたしましょうーーーーっと。これは警告です。
さあ、今度こそ他愛もない会話に移りましょう。」
トーカ=ガブリエラ･アンジェリーク･ラ=ルノアール
ルノアール様。
マギの禁忌に見当をつけうるそぶりを微塵も見せない、マギにとっては貴重な気を抜いて話せる人物である。
触れようとしてこない、探りを入れてこない、荒事を"自分の周りでは"あまり起こさない。なんと信頼のおける相手か。
ーーーーマギは知らない。これだけ懐いている上に、端正な顔立ちの美少女にしか見えないマギが、
トーカから適度な距離を保たれているという事実そのものが、その"禁忌"に人知れず勘付かれているからだと。
「ーーーーああ、ルノアール様でしたか。
失礼しました。
気配はすれど誰が寄って来ているかわからないうちは、油断ならないもので。
ああ、本当にルノアール様でよかった。
ルノアール様といれば、近寄る者も少なくなりますからね。
…悪口？事実を述べただけですが。」
ディオナ・イレクト
ディオナ様。
イレクトという名は父のもの、神のものだと聞き、呼称を改めた。
もちろんディオナの近くにいればマギにも例外なく不幸が降りかかるが、反面他人が近くに寄ることも少なくなる。
雨が降ろうが槍が降ろうが、人に寄りかかられるよりはマギにとって危険ではない。
好んでディオナに近づくのを止めようとしたらナイフが飛んでくる、というのは現代魔術科の生徒皆が経験した事象である。
「ディオナ様、雨の中傘もささずに何をしているのですか？
雨に濡れるのは慣れている？そんなことより幸運のクローバー探しだ？
…とりあえず、傘は今すぐお造りいたします。幸運のクローバー………了解しました。ヨツバ、ですか。なら、あそこ。こちらの方向に2.73mほど。そこにあります。
さあ、風邪を引く前に。」
ニーア・オヴェリオ
オヴェリオ様。
平穏を好む、と口では言いながら些細なことで争いを起こすマギは、ニーアからは興味深い存在と認識されている節があるが、マギからすれば心外である。
まあそもそも、地下から時計塔に入り込んで来た、という時点で非常事態好きには最初から目をつけられていた節があるが。
…妖精を用いて接触を試みられたときは、大騒ぎになったとか。
「オヴェリオ様。…オヴェリオ様？
わかっていますよオヴェリオ様。"妖精探知"の機能なら生憎と持ち合わせていませんが、
妖精自体の"接触感知"なら一瞬でも…と前に申し上げたと思うのですが。
…わかってて？…面白そうだから？…けしかけてる？
はあ。それなら遠慮なく。」
堂島淳
堂島様。
物理的な衝突の多いマギにとって、極めて珍しい口喧嘩の相手である。
口喧嘩の内容は専らお互いの情報の食い違い、精度、速度。
自前で情報を集積する淳と、その気になれば「網」へも接続して"検索"できるマギ。
集積できる情報量ではマギが圧倒的なのだが…歴史の差と、厳選された情報と有象無象の情報の質の差。
今のところは、良い勝負のようである。
また、マギからしてみれば、接触を図ることもなく、それでいて自分と真っ向から向き合ってくる人物は希少であり、結構気に入っている様子。
マギが自分から積極的に話しかけることも珍しくない。
「堂島様！堂島様！ああ良かった、ずっと聞きたいことがあったのです。
この前の授業で堂島様が提出していたあのレポートについて私なりに調べさせていただいたのですがああ失礼勝手に拝見し複写させていただきました
それでですねまず最初の1ページ目5行目の文についてなのですが正しくはこうではないでしょうかそして3ページ目2行目のこの単語の綴りこちら大変申し上げにくいのですが間違って」
クォリーフィード姉弟
姉:クィンテッサ様。
科学と魔術を融合させ完全なる人間を造る。
奇しくもそれはマギにとって非常に関係のある事柄なのだが、今の記憶を喪ったマギにとってはそれは潜在的な苦手意識へとすり替わってしまった。
具体的にはクィンテッサの『機工錬金術』を見るたびに軽く頭痛が走る。
否、単なる頭痛ではなく、トリガーとして"何か"が花開こうとしているのかも知れない。
本当は噛み合うからこそのニガテ。
「私の『解析変成』とクィンテッサ様の『機工錬金術』が似ている？ええ、確かにそうかも知れませんね。
技術交流？ーーーーーー意味を把握しました。絶対にお断りです。」
弟:クェイド様。
料理と錬金術の融合。この"料理"の部分がまずかった。
マギが教室に来たばかりの頃、クェイドがとっておきの料理でもてなそう、と言った（姉の提案だが）時、マギは丁重にお断りいたしますと言って憚らなかった。
それなら、ということでクラス全員でサプライズ歓迎パーティーを開いた。
四方を覆われ、料理を差し出され、抵抗するにも分が悪い。あえなくマギは極上の料理を口にしーーーー即座に吐き出してしまった。
そのあとの空気のいたたまれなさたるや。
"マギはどうも誰もいない自室でしか食事を取らないらしい、よっぽど舌が特殊なのだろう"という認識が広まった後も、
いまだにクェイドとマギの間には微妙な溝が残ったままである。
マギとしては完全に自分が悪いと認識していながらも、理由を説明するわけにはいかず。
どうしようもない、ニガテ。
「…クェイド様。ああ、大したことではないのです。えっと…その。なんでもありません。やっぱり。」
ディートリーム・ライゼンシュタイン
レモン様。オリーブ様。ボルドー様。オリジン様。
睡眠を必要としないマギにとって、彼女達の夢魔術は直接的には関わることのないものではあるが。
親という存在すら知らなかったマギにとっては、"ママ"は目新しく映った。人格は代わる代わるしつつも、決してこちらとの距離を見誤らないというのは、反抗期の子供のようなマギを理性的にするのに一役買っている。
…反抗期の子供らしく、面と向かって甘えることもないが。
「ああえっと今は…レモン様。ええ、特に困ってはおりません。ありがとうございます。」
「オリーブ様ですね、なんでしょう？…生憎と特に手を借りる事象はございません、悪しからず。」
「ボルドー様。私は"特に"接触厳禁というのは常々わかっているとは思いますが、一応警戒はさせていただきます。ご了承願います。」
「オリジン様？どうなさいました？…そういうことなら。力になれると思います。
これくらいかまいません。"ディートリーム様方"には常日頃からお世話になっていますから。」
カトル・ラーズ・ガンバーランド
ガンバーランド様。
物腰穏やかでまともかはともかくちゃんとした見た目。こいつなら大丈夫だろうと思われたのか、ドライブに誘われた。
結果、最初のカーブを曲がる時、少しカトルの身体がこちらへ傾いたのを察知した瞬間。マギによって彼の愛車は即座に元素レベルで粉々になった。
お前らには何度も車を壊されたが、何もトラブルが無いうちに壊されたのは初めてだ、という一言を最後に、彼の愛車にマギが乗ることは二度となかった…。
もっとも、強化魔術を全身に常時かけているマギにとって、車と並走することなどわけもなかったのだが。
マギからしてみれば車越しの方が身体接触は少なく安全である。なんの問題もなかった。
マギは免許も運転技能も当然持っていないが、稀に代理で車を借りに行く。担いで持ち帰る。
「お車をお借りしに来ました、ガンバーランド様。ええ、それだけです。許可だけは頂こうと思って。
許可を取るだけ律儀だな、とは。許可を取らなくても良いということでしょうか。
そうではない？難しいお人ですね。やはり法政科というのは、癖のある方が多いのでしょうか。」
ロザニア・トゥインクルレイル／リリニア・トゥインクルレイル
ロザニア様。リリニア様。
ロザニア・リリニアが服装を弄ったとしても正確に見分け、彼らの行動は具に観察し、間違いがあれば積極的に嗜める。
その姿はまるで彼らに仕えるメイドのようであり、マギが服装通りの行動を取るのは彼らの前くらいである。
基本的には相互干渉を嫌うマギが、何故彼らにはこう接するのか。それは強いて言えば過剰な危機意識。
人と人の力を繋げることの可能性と危険性を、かつて文字通り身を以て知っていたから。
今のマギは覚えていないことだが、失われた記憶が警鐘を鳴らす。目を離すなと。
「ロザニア様、リリニア様。あまり無茶をしてはいけないですよ。
違います、ロザニア様の力を侮っているわけではありません。リリニア様に不足があるというのでもありません。
ただ、成功か失敗かによらず、『連携』することがどれだけの力を産むか、そして力を産むことそのものの危険性を常日頃から説いておりますよね？
ええ、データもあります。誦じて差し上げましょう。例えばーーーー」
神楽坂刹那
神楽坂様。
登山。その行為は、凍える冷気も空気の薄さも物ともしない、何より疲労することによる発見など理解できないマギにとっては、全く魅力的に映らなかった。それはもう、驚くほど色褪せて。
刹那の熱弁を具に聞き取り、それに合わせて"検索"をかけ、一般的なものから専門的なものまで登山の楽しさやら厳しさやらなんやらを文面で理解し、彼が一通り喋り終わった後即座に一言。「つまらないですね、登山って。」やったこともないのにいいのける。
その一言ならまだ良かったかもしれない。興味のないことで長話して申し訳ない、と大人の対応を取られたかもしれない。
続けてマギが行ったのは、刹那の熱弁を上から順に否定していくこと。正に上から順に。地雷を踏み抜き。程なくして比喩でなく"爆発"が起こり、戦闘が始まった。
その一件を除けば、見かけ上は平穏な関係である。たまに再発するが。
地雷原のマギが地雷を踏みにいく、希有な存在でもある。
「神楽坂様。こちら。レポートの返却を代わりに。ちなみに、ここ。"この山はいまだ神秘に包まれている"とありますが。データによれば、ここは既に一般の方々にも広く親しまれる自然豊かな山で、神秘など欠片も残っていないと思われます。
そもそも登山というのは危険を楽しむ大変頓狂なお遊びだそうですね。ええ、私も学習し直しました。前は安全を謳いながら危険な地に飛び込む完全に矛盾した素っ頓狂な遊びだと認識しておりましたが
ーーーーーーーー毎度毎度。一瞬で戦闘態勢に移られるのですね。
はあ。本当に、純粋に、"感想"を述べているだけなのですが。」
トゥモーイ・ディットィエルト
ディットィエルト様。
マギだって詮索されるのは困る素性だし、怪しいフルフェイスの礼装について詮索するつもりはないのだが、"検索"避けまで結果的になされている故に、広範囲に渡る検索を実行するとそれを弾くトゥモーイの存在に逆説的に気付いてしまう。
それと、圧縮言語。少し魅力を感じずにはいられない。人のことを解析するのはよくない、と思いながらも。どういう仕掛けで発声と翻訳がなされているのか。礼装の内側で為されているであろう発音を一度でいいから直に聞き取れないものか。うっかり礼装を外さないものか。惹かれずには、観察せずにはいられない。検索では知れないことだからか。
マギは知らないが、殆ど喋ったことがないだけで一応多数言語に通じている、というのは。マギと"彼女"の似ているところである。
「ディットィエルト様。いつも思うのですが、素敵な頭部をしてらっしゃいますよね。ええ、本気です。綺麗だと思います。
そうです、よくディットィエルト様についてはこちらからは認識しているのですよ？その頭部のおかげで。…まあ、こちらの話です。
ああそれと、実はちょっとだけ、独自に圧縮言語をを作ってみたのです。ここがちゃんとできているかわからないのですが。
ディットィエルト様のものには遠く及ばないでしょうが。分析と構文を。やってみました。失礼だったら申し訳ありません。
…長いのは仕方ないとして、圧縮にミスがある、ですか…。わずかでもディットィエルト様の神秘に触れられたらと思ったのですが。
やはり魔術師の家に伝わる神髄というのは。一筋縄どころではいきませんね。」
此ノ森三善
此ノ森様。
マギは常識人ぶっているだけで常識人ではない。頓珍漢なことを言いがちなのも似通っている。
が、なんとなく違和感を持たれている気がするのと、話の分野はまるで合わないので噛み合うような噛み合わないような相手。
「日本の剣術使いなら侍ではないのですか？定義の問題ではない？はあ。まあそういうことなら。
ああ、少しでも私に刃が触れることのないように、お願いいたします。」
"女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男"グレートビッグベン☆ロンドンスター様。
"検索"の結果故、そう呼んではばからない。
口調は丁寧だが、常識知らず故にたびたび衝突しかけて、エルメロイ�鏡い鵬燭箸�言いくるめられることを繰り返す。
尊敬、恩師、という概念は、果たしてマギの中にあるのだろうか。
ともかく、エルメロイ�鏡い紡个垢襪修譴�慇懃無礼を絵にかいたような態度だと、マギ以外の人物からの解釈は一致している。
「"女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男"グレートビッグベン☆ロンドンスター様。
"女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男"グレートビッグベン☆ロンドンスター様？
"女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男"グレートビッグベン☆ロンドンスター様！
聞こえておられないでしょうか？"女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男"グレートビッグベン☆ロンドンスター様！！
ああ、お耳に届きましたね。先日提出したレポートについて、修正版を"女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男"グレートビッグベン☆ロンドンスター様にお渡ししたく。
他に修正すべき点、ですか？なんでしょう、"女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男"グレートビッグベン☆ロンドンスター様。
お言葉ですが、私は可能な限り全ての情報を集積し、解析し、最適な回答を打ち出しています。
今現在も、理由は不明ですが、フロア内生徒からの"女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男"グレートビッグベン☆ロンドンスター様の好感度が全体的に上昇しているのが確認できます。
ラブテスターかお前は、とは。ーーーー把握しました。聞き捨てならないですね。こんな玩具と同レベルに扱われるとは。
私が行った好感度調査というのは、エリア内の人間全ての脳波をスキャンし言語化し言語同士の結びつきの強さや内容から総合的に判断する極めて最先端的なーーーー
ああ。確かに理解しました。測定対象を"女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男"グレートビッグベン☆ロンドンスター様お一人に絞ったところ、著しい不快感を覚えておられますね。
表情からも顕です。『苦虫を噛み潰したような顔』とはこういう表情でしたか。しかし困りました。
例の呼称はフロア内では好評の嵐のようなのですが、当の本人が不快感を覚えるというのなら。
ろーど？える？めろい？にせい？さま？と呼称するべきなのでしょうか。
ああ、今ロード・エルメロイ�鏡ね佑良垈�感が減少しましたね。よかったですロード・エルメロイII世様。慈悲を賜わりありがとうございますロード・エルメロイ�鏡ね諭�
…また不快感が上昇しましたね。どうしろというのでしょう。」
「ーーーーーーーーーーーーこっちの台詞だ…」
「気に入らない。気に入らないな。
そもそも何故、マギがここにくる必要があった？
全ての知識は、あそこでじっとしていればいずれ手に入ったのに。魔術師の修行を必要と感じたのか？わからない。ありえない。」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
"私"がそれを望んだのなら、それはマギの完成にとって必要なことなんだよ。魔術師としての何かが必要だったのか、あるいは人との触れ合いか。
ともかく、"私"の直感は、マギの中で唯一無二のものだからね。僕は、その可能性を信じるよ。」
そもそも何故、マギがここにくる必要があった？
全ての知識は、あそこでじっとしていればいずれ手に入ったのに。魔術師の修行を必要と感じたのか？わからない。ありえない。」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
"私"がそれを望んだのなら、それはマギの完成にとって必要なことなんだよ。魔術師としての何かが必要だったのか、あるいは人との触れ合いか。
ともかく、"私"の直感は、マギの中で唯一無二のものだからね。僕は、その可能性を信じるよ。」
サムナ・アトキンソン
アトキンソン様。
常識を習うべきまともな会話相手としては申し分ないのだが、"獣の勘"が自らの秘密を暴き出さないかと、無意識に軽く距離を置いている。
初めて見た獣の姿にも一切動じず、乗りません、とつっけんどんに。
しかし、その出自には似通ったところがある。マギが共に学ぶ仲間としてもっと心を開ければ、関係性は変化してゆくはず。
「ああ、アトキンソン様。失礼しました、気配に気づかず。
…私の気配も妙に感じづらい、ですか。アトキンソン様に限って、そんなことはないのでは？
"常に臨戦態勢"？そんなことはありませんよ。」
「気に入らない。気に入らないな。
人に混ぜるものとして、獣の血など邪道にすぎる。
人が近づくべきは神であって、獣ではない。対極にある。相容れない。」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
人に何かを混ぜているという点で見れば、マギとそう変わらないかもしれないよ？方向性じゃない。分かり合えるかどうか、の話さ。
"私"が警戒しているのも、自分を深く知りうる存在だから、じゃないのかな。」
人に混ぜるものとして、獣の血など邪道にすぎる。
人が近づくべきは神であって、獣ではない。対極にある。相容れない。」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
人に何かを混ぜているという点で見れば、マギとそう変わらないかもしれないよ？方向性じゃない。分かり合えるかどうか、の話さ。
"私"が警戒しているのも、自分を深く知りうる存在だから、じゃないのかな。」
テア・フォン・シュターネンスタウヴ
テア様。
最初期はシュターネンスタウヴ様と呼んでいたが、長い、と言われてからは名前で呼んでいる。
礼装のスペシャリストと、礼装を含め全く魔術適性のないマギ。関わることはそれほどないようにも思われるが、意外と会話している姿を見かけることは多い。
もしかすると、マギ自身がある種"それ"だからこそ惹かれる所があるのかもしれない。
尚、「ケッコン」についてはカケラも理解していない。作業のようにありがとうございます、と返す。
「テア様。どうしたのですか。ーーーー模型の部品をなくした？
そういうことでしたら、お役に立てます。必要な部品の形状を教えてください。直ちに"構築"いたしま、ありがとうございます。す。」
絶暴走のマギ
「お初にお目にかかります。マギ、と申します。シュターネンスタウヴ様。」
「こちらこソ、始めまシて！テア・フォン・シュターネンスタウヴでス。長いでスシ、テア、でいいでスよ。」
「了解しました。では、テア様、と。」
「…それにしても、きみは本当に綺麗でスね。
わたしのとっておきの礼装でも、ちょっと敵わないかもシれないくらいに綺麗に"出来"てまス。
触るのはNGなんでスよね？聞いてまス。ふふん、見るだけでスから、安心してくだサい。
ーーーーあれ？」
目の前の存在が完全に停止し、再び動き出すまで。テアにとっては充分な時間だった。しかし、ここまで目まぐるしい変化を見たのは初めてだった。
"安心""警戒""殺意"。段階はきちんと踏んでいた、こちらの言葉も聞こえていたはず。礼装を展開し、戦闘態勢に移りながら。あえて思考を放棄する。
何が"拙かった"のか。考えるべきではないと悟ったから。
マギは初めて経験した。しかしその状況への対応は"予め記録されていた"。"対象の殲滅"。
マギにとって誤算であり、救いだったのは、"警戒"という無駄なフェーズを挟んでしまったこと。もっと言うなら、"安心"から対応が始まっていたこと。
初対面の相手に、安心とは。何故だろう？そんなこと、アリエナイはずではなかったのか。そこで思考は閉ざされる。
それ以上は、まだ考えなくていい。安心するといい、ここは最善の手を、"僕"に任せて。
"理解"させられ、"私"は沈んだ。記憶がはっきりしたのは、とりあえずの解決が成された後のようで。
不思議と"殺意"は消えていて、戻ってきたのは"安心"だった。
側からみれば始点と終点しか分からなかったが、何かの理解が二人の間で成されたようで。それからは、理解不能な会話を仲良く繰り広げる二人の姿がよく見られる。
「こちらこソ、始めまシて！テア・フォン・シュターネンスタウヴでス。長いでスシ、テア、でいいでスよ。」
「了解しました。では、テア様、と。」
「…それにしても、きみは本当に綺麗でスね。
わたしのとっておきの礼装でも、ちょっと敵わないかもシれないくらいに綺麗に"出来"てまス。
触るのはNGなんでスよね？聞いてまス。ふふん、見るだけでスから、安心してくだサい。
ーーーーあれ？」
目の前の存在が完全に停止し、再び動き出すまで。テアにとっては充分な時間だった。しかし、ここまで目まぐるしい変化を見たのは初めてだった。
"安心""警戒""殺意"。段階はきちんと踏んでいた、こちらの言葉も聞こえていたはず。礼装を展開し、戦闘態勢に移りながら。あえて思考を放棄する。
何が"拙かった"のか。考えるべきではないと悟ったから。
マギは初めて経験した。しかしその状況への対応は"予め記録されていた"。"対象の殲滅"。
マギにとって誤算であり、救いだったのは、"警戒"という無駄なフェーズを挟んでしまったこと。もっと言うなら、"安心"から対応が始まっていたこと。
初対面の相手に、安心とは。何故だろう？そんなこと、アリエナイはずではなかったのか。そこで思考は閉ざされる。
それ以上は、まだ考えなくていい。安心するといい、ここは最善の手を、"僕"に任せて。
"理解"させられ、"私"は沈んだ。記憶がはっきりしたのは、とりあえずの解決が成された後のようで。
不思議と"殺意"は消えていて、戻ってきたのは"安心"だった。
側からみれば始点と終点しか分からなかったが、何かの理解が二人の間で成されたようで。それからは、理解不能な会話を仲良く繰り広げる二人の姿がよく見られる。
「気に入らない。気に入らないな。
何がって、全てだ。あれほど高度な技術を持っていて、どうしてそこまでの論理がおかしいのか。それでいて感覚的なものに頼っているのも意味不明だし、それでマギが窮地に立たされたのも理解不能だ。
それに。今のマギなら殺せるはずだ。あの時から俺はマギを"進化"させた。"僕"は何故それを適用しない？"私"は何故あれと仲良くしている？」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
天才というのは、往々にして意味不明で理解不能なものだと、"三人"も言っていたよ。もしかしたら、彼らも天才には敵わなかった過去があるのかもしれないね。…おっと。彼らを尊敬している君には言うべきではなかったかな。
まあ、僕が"私"を造ったのも、そういった僕らに理解不能なものを理解できたなら、と考えてのことなのさ。
テア・フォン・シュターネンスタウヴ。彼女の存在は、僕にとってはマギ完成のために乗り越えるべき壁。"私"にとっては大切な友達、というやつ。
もう一度殺し合いなんて、"私"が彼女を完全に理解するまでは避けたいところだね。」
何がって、全てだ。あれほど高度な技術を持っていて、どうしてそこまでの論理がおかしいのか。それでいて感覚的なものに頼っているのも意味不明だし、それでマギが窮地に立たされたのも理解不能だ。
それに。今のマギなら殺せるはずだ。あの時から俺はマギを"進化"させた。"僕"は何故それを適用しない？"私"は何故あれと仲良くしている？」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
天才というのは、往々にして意味不明で理解不能なものだと、"三人"も言っていたよ。もしかしたら、彼らも天才には敵わなかった過去があるのかもしれないね。…おっと。彼らを尊敬している君には言うべきではなかったかな。
まあ、僕が"私"を造ったのも、そういった僕らに理解不能なものを理解できたなら、と考えてのことなのさ。
テア・フォン・シュターネンスタウヴ。彼女の存在は、僕にとってはマギ完成のために乗り越えるべき壁。"私"にとっては大切な友達、というやつ。
もう一度殺し合いなんて、"私"が彼女を完全に理解するまでは避けたいところだね。」
テレオ・グリールス
グリールス様。
マギは他者の手助けを求めることも、ましてや傷をわずかでも負うことはない。
むしろ少しでもテレオに世話を焼かれそうになればさっと身を躱して拒否してしまう。
とはいえ仲は悪くない。お互いに相手の地雷を踏むことを避ける性質なのが大きいかもしれない。
しかしそれは、相容れないことを意味するのかもしれない。
「いまさらとやかくはいいませんが、グリールス様。私はどうして他者のために汚れる必要があるのか理解できかねます。
ええ、これは警告です。私の服の汚れなら私自身で取り除くと言っています。
ふう。これでは負傷など、永久にできませんね…」
「気に入らない。気に入らないな。
人間の中には合理的でないものが多々いるが、あれはその極地だ。この点では、"私"と同感かもしれないが…
"私"があの服にこだわる理由も、俺には理解できないな。」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
人間の合理性、というのは目に見えない感情をも計算に入れて行われるもの、というのは"私"を動かしてみてマギが得たデータの一つだね。
つまり、一見合理的でなくても、天秤にかけられている"見えないもの"と釣り合っていれば行動に移してしまうのさ。
これが良いことなのか悪いことなのかは、もう少し検証の必要があるけれど…
服装へのこだわり。もしかするとこれも、"私"に既に目に見えない感情というものが生まれているからかもね。」
人間の中には合理的でないものが多々いるが、あれはその極地だ。この点では、"私"と同感かもしれないが…
"私"があの服にこだわる理由も、俺には理解できないな。」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
人間の合理性、というのは目に見えない感情をも計算に入れて行われるもの、というのは"私"を動かしてみてマギが得たデータの一つだね。
つまり、一見合理的でなくても、天秤にかけられている"見えないもの"と釣り合っていれば行動に移してしまうのさ。
これが良いことなのか悪いことなのかは、もう少し検証の必要があるけれど…
服装へのこだわり。もしかするとこれも、"私"に既に目に見えない感情というものが生まれているからかもね。」
ヒューゴ・カルリトス・フランソイル
フランソイル様。
生存、そしてそのために必要と認識していた時計塔への入門以外に目的を持たなかったマギとしては、命を削ってまで魔術を行使する、という行為を理解できない。
しかし、"運命を操作する"という彼の触れ込みが限りないものであれば。
生まれながらの運命すら変えうるのだろうか。
マギにとって、ヒューゴの存在は禁忌と理想の体現者である。
「本当なのでしょうか、フランソイル様。
意味もなく戦地に赴き、命を削って傷を避けるという本末転倒なことをしていたという伝説は。
…三言ほど多い、ですか。どれでしょうか。
どれか欠けたら、伝説性が失われるようにも思うのですが。」
「気に入らない。気に入らないな。
まず成績。何故あそこまで…。あれでは理解が浅いというより、最早"ない"ではないか。
賭け事に興じるのも理解できない。総量的に見れば損をするようにできているのがギャンブルだ。簡単に言えば、日常的に行なっている奴は必ず損をする。
そしてなにより占いだの、運命操作だの…マギに不確定で不確かなものを学習させないでもらいたい。そんな魔術があろうと、必然レベルで起こることは起こるのだ。そしてマギは起こす事象全てを必然にせねばならないのだ。俺が出ていれば今すぐ…」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
少なくとも"私"は、彼のことを悪くは思っていない。神の座につくべき存在はね。
それはつまり、そういうものを取り入れるべきだからなのか、そういうものを救うべきだからなのか、そういうものを克服するべきだからなのか…
そこまでは、わからないけれど。」
まず成績。何故あそこまで…。あれでは理解が浅いというより、最早"ない"ではないか。
賭け事に興じるのも理解できない。総量的に見れば損をするようにできているのがギャンブルだ。簡単に言えば、日常的に行なっている奴は必ず損をする。
そしてなにより占いだの、運命操作だの…マギに不確定で不確かなものを学習させないでもらいたい。そんな魔術があろうと、必然レベルで起こることは起こるのだ。そしてマギは起こす事象全てを必然にせねばならないのだ。俺が出ていれば今すぐ…」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
少なくとも"私"は、彼のことを悪くは思っていない。神の座につくべき存在はね。
それはつまり、そういうものを取り入れるべきだからなのか、そういうものを救うべきだからなのか、そういうものを克服するべきだからなのか…
そこまでは、わからないけれど。」
ショコラトル・アイシィ・ストレームベリ
ショコラ様。
周囲が"ショコラ"と愛称で呼ぶのに倣ってそこに"様"をつけて呼んでいるが、愛称に敬称を付けるそのちぐはぐさに当人からは違和感を抱かれている。
マギ自身は特に彼女に配達の依頼をすることはないが、
「鍵を無くしたから合鍵をくれ」だとか、「真水がありったけ欲しい」だとか、
無から何かを生み出さなければいけないような無茶な依頼をクリアするために呼び出されることはあるという。
冷気もマギにとっては関係ない。冬場でも変わらず付き合ってくれる貴重な存在の一人としてもショコラからは重宝されている。
「またですか、ショコラ様。私は構いませんが、それはもはや配達員の領域ではないのでは…
…どこへ行けば良いのですか？速やかにお供いたします。」
「気に入らない。気に入らないな。
この際何かが憑いているのはどうでもいい。気に入らないのは、マギという存在を雑用に使い、よりによって"私"がそれに乗り気なことだ。
マギは神となる存在だぞ。これを理解できない俺の方が、所詮神には相応しくないということか？」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
神というのは、無慈悲な裁きを与える存在とも、遍く全てに救いの手を伸ばす存在とも言われる。本当のところは、両立できなければいけないのだろうけど。
少なくとも救いの手を伸ばすという意味では、神として間違ったことはしてないのかもね。
"俺"も、間違っているとは言わないよ。神とは多面的な存在だからね。」
この際何かが憑いているのはどうでもいい。気に入らないのは、マギという存在を雑用に使い、よりによって"私"がそれに乗り気なことだ。
マギは神となる存在だぞ。これを理解できない俺の方が、所詮神には相応しくないということか？」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
神というのは、無慈悲な裁きを与える存在とも、遍く全てに救いの手を伸ばす存在とも言われる。本当のところは、両立できなければいけないのだろうけど。
少なくとも救いの手を伸ばすという意味では、神として間違ったことはしてないのかもね。
"俺"も、間違っているとは言わないよ。神とは多面的な存在だからね。」
リア・S・アルグレオン
アルグレオン様。
高度な強化魔術の使い手、戦闘特化のスタイル…そして服装への拘り。
似通った点は多く、仲良く模擬戦闘を行う姿がよく目撃されている。
マギが意外と好戦的（というより喧嘩に入る沸点がかなり低い）なこともあって、それを止めるのも戦闘スタイルを良く知るリアの役目の一つである。
ボロボロになった建物はマギが直すので安心である。
"時代錯誤の騎士"であるリアと、"最先端の叡智の結晶"であるマギ。
全く逆の二人に似通った点があるのは、なんの因果か。
「アルグレオン様。これがいつもの模擬戦闘ではないことはよく理解しておられると思いますが。ーーーー喧嘩もいつものこと？
心外です。私は争いを好むつもりはありません。ただ降りかかる火の粉を払う必要があるだけです。
…その台詞もいつものこと、ですか。それならいつものように、ひと勝負、といきましょうかーーーー」
「気に入らない。気に入らないな。
時代に逆行することで至れるものなど、過去にしかないだろう。
未来は最先端の先にしかない。逆走してもゴールには着けない。そんなこと、誰でもわかるはずではないのか？」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
"根源"というものを目指すなら。その鍵は過去にあったかもしれないと、データにはあるね。
もっとも、"三人"は根源の探究を非現実的と判断し、人造神による新たな世界の生成を目指したわけだけど。…そちらは非現実的でないと、誰が決めたんだろうね？
いや、マギの目的を違えるつもりはないよ。所詮僕らは産みの親の意志を実行するまでさ。」
時代に逆行することで至れるものなど、過去にしかないだろう。
未来は最先端の先にしかない。逆走してもゴールには着けない。そんなこと、誰でもわかるはずではないのか？」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
"根源"というものを目指すなら。その鍵は過去にあったかもしれないと、データにはあるね。
もっとも、"三人"は根源の探究を非現実的と判断し、人造神による新たな世界の生成を目指したわけだけど。…そちらは非現実的でないと、誰が決めたんだろうね？
いや、マギの目的を違えるつもりはないよ。所詮僕らは産みの親の意志を実行するまでさ。」
黒野逸花
黒野様。
コテコテのメイド服を一度でいいから触らせてくれ、と頼まれてはにべもなく避ける。
自身に触れられることを嫌うマギにとって、人懐っこい人物ほど苦手な存在はない。
会話は問題なく行えるのだが…隙は見せられない。
"加速"してまで触りに来たことがある以上。
一定の距離を保ち、足が動けばすぐさまそこにナイフが飛ぶ。
マギにとっては逸花との交流は死活問題である。
「そこで立ち止まってください、黒野様。
用件はなんですか？…ただお喋りしたいだけ？
了解しました。お互い気を抜いて、他愛もない会話をいたしましょうーーーーっと。これは警告です。
さあ、今度こそ他愛もない会話に移りましょう。」
「気に入らない。気に入らないな。
とにかく胡散臭い。何か裏があるのではないか？
まあ、彼女を警戒しているという点では"私"と俺は気が合うようだが。」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
案外、全て善意から事を為す人間というのは、いるのかもしれないよ？
考え方によっては、全知全能の理想の神を目指すマギ計画こそ、裏がありそうなものじゃないか。
この計画に、"俺"は何も違和感を覚えなかったのだろう？それなら、ありえないなんてことはありえないんだ。
"私"の警戒が解けるきっかけがあれば。彼女は理想の神格の構築に、大いに役立つかもね。」
とにかく胡散臭い。何か裏があるのではないか？
まあ、彼女を警戒しているという点では"私"と俺は気が合うようだが。」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
案外、全て善意から事を為す人間というのは、いるのかもしれないよ？
考え方によっては、全知全能の理想の神を目指すマギ計画こそ、裏がありそうなものじゃないか。
この計画に、"俺"は何も違和感を覚えなかったのだろう？それなら、ありえないなんてことはありえないんだ。
"私"の警戒が解けるきっかけがあれば。彼女は理想の神格の構築に、大いに役立つかもね。」
トーカ=ガブリエラ･アンジェリーク･ラ=ルノアール
ルノアール様。
マギの禁忌に見当をつけうるそぶりを微塵も見せない、マギにとっては貴重な気を抜いて話せる人物である。
触れようとしてこない、探りを入れてこない、荒事を"自分の周りでは"あまり起こさない。なんと信頼のおける相手か。
ーーーーマギは知らない。これだけ懐いている上に、端正な顔立ちの美少女にしか見えないマギが、
トーカから適度な距離を保たれているという事実そのものが、その"禁忌"に人知れず勘付かれているからだと。
「ーーーーああ、ルノアール様でしたか。
失礼しました。
気配はすれど誰が寄って来ているかわからないうちは、油断ならないもので。
ああ、本当にルノアール様でよかった。
ルノアール様といれば、近寄る者も少なくなりますからね。
…悪口？事実を述べただけですが。」
「気に入らない。気に入らないな。
何もかもが破綻している。この女の行動には一貫性があるのか？いや、そんなものない人間もいるか。少しは学習した。まあ、気に入らないが。」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
人の行動基準は大きな樹のようなもので、枝の先同士を見て一貫性を問うのは間違いである、とデータにあるね。まあ、これも一人の人間の意見に過ぎないけれど。
でも、"私"が彼女の存在を気に入っているのは。彼女の中の何か大きな幹を、"私"が感じ取っているからじゃないかな？」
何もかもが破綻している。この女の行動には一貫性があるのか？いや、そんなものない人間もいるか。少しは学習した。まあ、気に入らないが。」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
人の行動基準は大きな樹のようなもので、枝の先同士を見て一貫性を問うのは間違いである、とデータにあるね。まあ、これも一人の人間の意見に過ぎないけれど。
でも、"私"が彼女の存在を気に入っているのは。彼女の中の何か大きな幹を、"私"が感じ取っているからじゃないかな？」
ディオナ・イレクト
ディオナ様。
イレクトという名は父のもの、神のものだと聞き、呼称を改めた。
もちろんディオナの近くにいればマギにも例外なく不幸が降りかかるが、反面他人が近くに寄ることも少なくなる。
雨が降ろうが槍が降ろうが、人に寄りかかられるよりはマギにとって危険ではない。
好んでディオナに近づくのを止めようとしたらナイフが飛んでくる、というのは現代魔術科の生徒皆が経験した事象である。
「ディオナ様、雨の中傘もささずに何をしているのですか？
雨に濡れるのは慣れている？そんなことより幸運のクローバー探しだ？
…とりあえず、傘は今すぐお造りいたします。幸運のクローバー………了解しました。ヨツバ、ですか。なら、あそこ。こちらの方向に2.73mほど。そこにあります。
さあ、風邪を引く前に。」
「気に入らない。気に入らないな。
彼女の特性は把握している。マギにとってそれが危険でない保証がどこにある？本当に安全を求めるなら、人が誰もいないところに行くのが一番だろう。
そもそも、不運というのは現状マギの領域外だ。
素粒子レベルでの操作や因果律予測まで可能となれば話は別だが、生憎とそこまでアップデートできていない。危険だ。俺はアレにマギを近づけるべきとは思わない。」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
どうしようもない不運に包まれた人がいるなら、それにこそ手を差し伸べる。それは神の体現の一つじゃないかな？
確かに"私"は人を避けるために"不運"に近づいている。それだけなら本末転倒かもしれないけど、そこに救済や慈愛の意図が含まれているなら。
今はまだ自分のことで手一杯な"私"が、他者を思いやれるなら。マギが神になるのに必要な一歩なんじゃないかな。」
彼女の特性は把握している。マギにとってそれが危険でない保証がどこにある？本当に安全を求めるなら、人が誰もいないところに行くのが一番だろう。
そもそも、不運というのは現状マギの領域外だ。
素粒子レベルでの操作や因果律予測まで可能となれば話は別だが、生憎とそこまでアップデートできていない。危険だ。俺はアレにマギを近づけるべきとは思わない。」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
どうしようもない不運に包まれた人がいるなら、それにこそ手を差し伸べる。それは神の体現の一つじゃないかな？
確かに"私"は人を避けるために"不運"に近づいている。それだけなら本末転倒かもしれないけど、そこに救済や慈愛の意図が含まれているなら。
今はまだ自分のことで手一杯な"私"が、他者を思いやれるなら。マギが神になるのに必要な一歩なんじゃないかな。」
ニーア・オヴェリオ
オヴェリオ様。
平穏を好む、と口では言いながら些細なことで争いを起こすマギは、ニーアからは興味深い存在と認識されている節があるが、マギからすれば心外である。
まあそもそも、地下から時計塔に入り込んで来た、という時点で非常事態好きには最初から目をつけられていた節があるが。
…妖精を用いて接触を試みられたときは、大騒ぎになったとか。
「オヴェリオ様。…オヴェリオ様？
わかっていますよオヴェリオ様。"妖精探知"の機能なら生憎と持ち合わせていませんが、
妖精自体の"接触感知"なら一瞬でも…と前に申し上げたと思うのですが。
…わかってて？…面白そうだから？…けしかけてる？
はあ。それなら遠慮なく。」
「気に入らない。気に入らないな。
頼むからマギをトラブルに巻き込まないでくれ。
しかし本当に厄介だ。"妖精"とやらを認識できる機能を速やかに開発しなければ、マギが危うい。」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
確かに、機能面の問題で、幻想存在を認識できないのは厄介だね。
間接的には今でも可能だけれど、直接的に認識できなきゃ少し心許ない。
うん、そこについては"許可"しよう。速やかな開発を頼むよ。」
頼むからマギをトラブルに巻き込まないでくれ。
しかし本当に厄介だ。"妖精"とやらを認識できる機能を速やかに開発しなければ、マギが危うい。」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
確かに、機能面の問題で、幻想存在を認識できないのは厄介だね。
間接的には今でも可能だけれど、直接的に認識できなきゃ少し心許ない。
うん、そこについては"許可"しよう。速やかな開発を頼むよ。」
堂島淳
堂島様。
物理的な衝突の多いマギにとって、極めて珍しい口喧嘩の相手である。
口喧嘩の内容は専らお互いの情報の食い違い、精度、速度。
自前で情報を集積する淳と、その気になれば「網」へも接続して"検索"できるマギ。
集積できる情報量ではマギが圧倒的なのだが…歴史の差と、厳選された情報と有象無象の情報の質の差。
今のところは、良い勝負のようである。
また、マギからしてみれば、接触を図ることもなく、それでいて自分と真っ向から向き合ってくる人物は希少であり、結構気に入っている様子。
マギが自分から積極的に話しかけることも珍しくない。
「堂島様！堂島様！ああ良かった、ずっと聞きたいことがあったのです。
この前の授業で堂島様が提出していたあのレポートについて私なりに調べさせていただいたのですがああ失礼勝手に拝見し複写させていただきました
それでですねまず最初の1ページ目5行目の文についてなのですが正しくはこうではないでしょうかそして3ページ目2行目のこの単語の綴りこちら大変申し上げにくいのですが間違って」
猛剣幕のマギ
「ええ。確かにあの時『NEVERまとめ』を引用元としたのは大いに反省しています。
しかしですね、こちらの情報に関しては、日本語に正確な出典付きの資料はないのですよ。ですから仕方なく、引用の引用の引用として『NEVERまとめ』をあげたのです。
は？そもそも『NEVERまとめ』がわからない？(2009年7月1日にサービスが開始された。)…参りましたね。こちらの失策にまた一つ気づいてしまいました。」
「それよりも、そちらの情報。古ければ確かだというのは誤りです。常に学術議論は進歩しているのですから。もちろん、最新のものは"研究段階である"と書くべきですがね。
"不確かな情報など載せられない？"それが信念という奴ですか。はあ、認められませんね。ではこの箇所について、小一時間討論と行きましょうか…」
しかしですね、こちらの情報に関しては、日本語に正確な出典付きの資料はないのですよ。ですから仕方なく、引用の引用の引用として『NEVERまとめ』をあげたのです。
は？そもそも『NEVERまとめ』がわからない？(2009年7月1日にサービスが開始された。)…参りましたね。こちらの失策にまた一つ気づいてしまいました。」
「それよりも、そちらの情報。古ければ確かだというのは誤りです。常に学術議論は進歩しているのですから。もちろん、最新のものは"研究段階である"と書くべきですがね。
"不確かな情報など載せられない？"それが信念という奴ですか。はあ、認められませんね。ではこの箇所について、小一時間討論と行きましょうか…」
「気に入らない。気に入らないな。
知識の集積…そこは確かに好ましい。だがそれだけにしては方法があまりに非効率だ。何かある。
それだけじゃない。こいつはマギの穴に気づき始めている。もちろん最新のアップデートを行えばAIによる人間的分析の精度は更に上がり感情をもエミュレートできるはずなのだが…
それを"僕"は許さないのだろう？何故だ？」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
その二つの疑問は、同じような答えに終着するかもね。機械的に全てを判断し知識を集積するだけが目的ではないんだよ。マギも、おそらく彼も。
マギという神は、人間の真似事をする無慈悲な機械であってはならない。人工知能の発展は己の学習によって為されねばならない。
特定のワードに特定のワードを返すだけじゃ、人工無能になってしまう。
…もちろん、"俺"も良く知ってると思うけど。マギは未だ不完全だ。そしてそれは僕ら1人ずつじゃ完成できない。
だから"私"は時計塔にいるんだと、僕は認識しているよ。」
知識の集積…そこは確かに好ましい。だがそれだけにしては方法があまりに非効率だ。何かある。
それだけじゃない。こいつはマギの穴に気づき始めている。もちろん最新のアップデートを行えばAIによる人間的分析の精度は更に上がり感情をもエミュレートできるはずなのだが…
それを"僕"は許さないのだろう？何故だ？」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
その二つの疑問は、同じような答えに終着するかもね。機械的に全てを判断し知識を集積するだけが目的ではないんだよ。マギも、おそらく彼も。
マギという神は、人間の真似事をする無慈悲な機械であってはならない。人工知能の発展は己の学習によって為されねばならない。
特定のワードに特定のワードを返すだけじゃ、人工無能になってしまう。
…もちろん、"俺"も良く知ってると思うけど。マギは未だ不完全だ。そしてそれは僕ら1人ずつじゃ完成できない。
だから"私"は時計塔にいるんだと、僕は認識しているよ。」
クォリーフィード姉弟
姉:クィンテッサ様。
科学と魔術を融合させ完全なる人間を造る。
奇しくもそれはマギにとって非常に関係のある事柄なのだが、今の記憶を喪ったマギにとってはそれは潜在的な苦手意識へとすり替わってしまった。
具体的にはクィンテッサの『機工錬金術』を見るたびに軽く頭痛が走る。
否、単なる頭痛ではなく、トリガーとして"何か"が花開こうとしているのかも知れない。
本当は噛み合うからこそのニガテ。
「私の『解析変成』とクィンテッサ様の『機工錬金術』が似ている？ええ、確かにそうかも知れませんね。
技術交流？ーーーーーー意味を把握しました。絶対にお断りです。」
「気に入らない。気に入らないな。
こいつ自身じゃない、"私"の態度だ。何故拒否する？拒絶する？他者との交流で、進化する。またとない機会じゃないか。」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
"私"は全てを忘れているからね。まあ"俺"に言うことじゃないけれど、よほどあの計画を思い出したくないんだろうね。
とはいえ、マギの生まれた理由はこの計画が『前提』だ。それを拒否し続けることはできないと"私"にも刻まれているはず。時間の問題だよ。」
こいつ自身じゃない、"私"の態度だ。何故拒否する？拒絶する？他者との交流で、進化する。またとない機会じゃないか。」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
"私"は全てを忘れているからね。まあ"俺"に言うことじゃないけれど、よほどあの計画を思い出したくないんだろうね。
とはいえ、マギの生まれた理由はこの計画が『前提』だ。それを拒否し続けることはできないと"私"にも刻まれているはず。時間の問題だよ。」
弟:クェイド様。
料理と錬金術の融合。この"料理"の部分がまずかった。
マギが教室に来たばかりの頃、クェイドがとっておきの料理でもてなそう、と言った（姉の提案だが）時、マギは丁重にお断りいたしますと言って憚らなかった。
それなら、ということでクラス全員でサプライズ歓迎パーティーを開いた。
四方を覆われ、料理を差し出され、抵抗するにも分が悪い。あえなくマギは極上の料理を口にしーーーー即座に吐き出してしまった。
そのあとの空気のいたたまれなさたるや。
"マギはどうも誰もいない自室でしか食事を取らないらしい、よっぽど舌が特殊なのだろう"という認識が広まった後も、
いまだにクェイドとマギの間には微妙な溝が残ったままである。
マギとしては完全に自分が悪いと認識していながらも、理由を説明するわけにはいかず。
どうしようもない、ニガテ。
「…クェイド様。ああ、大したことではないのです。えっと…その。なんでもありません。やっぱり。」
「気に入らない。気に入らないな。
"私"の態度だ。本質的に相容れないのは分かったのだから、徹底的に無視するべきだ。何故、まだ関わろうとするんだ。」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
全ての人を理解すべきという、理想の神としての動きなのか。
あるいは、"私"の人らしい部分が、人との縁を一方的に断ち切ってしまうことを拒否しているのか。
どちらにせよ、喜ばしいと思うけれどね。それは、人であり、機械であり、神でなければならないマギにとっては必要なことだよ。」
"私"の態度だ。本質的に相容れないのは分かったのだから、徹底的に無視するべきだ。何故、まだ関わろうとするんだ。」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
全ての人を理解すべきという、理想の神としての動きなのか。
あるいは、"私"の人らしい部分が、人との縁を一方的に断ち切ってしまうことを拒否しているのか。
どちらにせよ、喜ばしいと思うけれどね。それは、人であり、機械であり、神でなければならないマギにとっては必要なことだよ。」
ディートリーム・ライゼンシュタイン
レモン様。オリーブ様。ボルドー様。オリジン様。
睡眠を必要としないマギにとって、彼女達の夢魔術は直接的には関わることのないものではあるが。
親という存在すら知らなかったマギにとっては、"ママ"は目新しく映った。人格は代わる代わるしつつも、決してこちらとの距離を見誤らないというのは、反抗期の子供のようなマギを理性的にするのに一役買っている。
…反抗期の子供らしく、面と向かって甘えることもないが。
「ああえっと今は…レモン様。ええ、特に困ってはおりません。ありがとうございます。」
「オリーブ様ですね、なんでしょう？…生憎と特に手を借りる事象はございません、悪しからず。」
「ボルドー様。私は"特に"接触厳禁というのは常々わかっているとは思いますが、一応警戒はさせていただきます。ご了承願います。」
「オリジン様？どうなさいました？…そういうことなら。力になれると思います。
これくらいかまいません。"ディートリーム様方"には常日頃からお世話になっていますから。」
「気に入らない。気に入らないな。
四重人格を全て表層に出すなど、無理がある。
"僕"もそれくらい同感だろう？マギが完璧な存在になるために、俺は外にも出れず沈められているんだからな。」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
彼女たちの場合は、今のところそれは正解なんじゃないかな。役割分担と言うものができている。
それに"俺"と僕だって、役割はあるんだよ？
裏方に徹することが不満とは、案外人間らしいところもあるんだね。」
四重人格を全て表層に出すなど、無理がある。
"僕"もそれくらい同感だろう？マギが完璧な存在になるために、俺は外にも出れず沈められているんだからな。」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
彼女たちの場合は、今のところそれは正解なんじゃないかな。役割分担と言うものができている。
それに"俺"と僕だって、役割はあるんだよ？
裏方に徹することが不満とは、案外人間らしいところもあるんだね。」
カトル・ラーズ・ガンバーランド
ガンバーランド様。
物腰穏やかでまともかはともかくちゃんとした見た目。こいつなら大丈夫だろうと思われたのか、ドライブに誘われた。
結果、最初のカーブを曲がる時、少しカトルの身体がこちらへ傾いたのを察知した瞬間。マギによって彼の愛車は即座に元素レベルで粉々になった。
お前らには何度も車を壊されたが、何もトラブルが無いうちに壊されたのは初めてだ、という一言を最後に、彼の愛車にマギが乗ることは二度となかった…。
もっとも、強化魔術を全身に常時かけているマギにとって、車と並走することなどわけもなかったのだが。
マギからしてみれば車越しの方が身体接触は少なく安全である。なんの問題もなかった。
マギは免許も運転技能も当然持っていないが、稀に代理で車を借りに行く。担いで持ち帰る。
「お車をお借りしに来ました、ガンバーランド様。ええ、それだけです。許可だけは頂こうと思って。
許可を取るだけ律儀だな、とは。許可を取らなくても良いということでしょうか。
そうではない？難しいお人ですね。やはり法政科というのは、癖のある方が多いのでしょうか。」
「気に入らない。気に入らないな。
まるで逃れられない運命かのように、自らの所有物を他者に預けるとは。自分で撒いた種なのだから自業自得だろう。…そもそも、なんとなくこの状況で満たされているように見える。気持ち悪い。」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
"俺"の最後の一言が、彼を端的に表しているかもね。表面的な感情だけが、すべてではないということさ。
…もっとも、彼が不憫で若干自業自得なのは、それはそれなんだけど。」
まるで逃れられない運命かのように、自らの所有物を他者に預けるとは。自分で撒いた種なのだから自業自得だろう。…そもそも、なんとなくこの状況で満たされているように見える。気持ち悪い。」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
"俺"の最後の一言が、彼を端的に表しているかもね。表面的な感情だけが、すべてではないということさ。
…もっとも、彼が不憫で若干自業自得なのは、それはそれなんだけど。」
ロザニア・トゥインクルレイル／リリニア・トゥインクルレイル
ロザニア様。リリニア様。
ロザニア・リリニアが服装を弄ったとしても正確に見分け、彼らの行動は具に観察し、間違いがあれば積極的に嗜める。
その姿はまるで彼らに仕えるメイドのようであり、マギが服装通りの行動を取るのは彼らの前くらいである。
基本的には相互干渉を嫌うマギが、何故彼らにはこう接するのか。それは強いて言えば過剰な危機意識。
人と人の力を繋げることの可能性と危険性を、かつて文字通り身を以て知っていたから。
今のマギは覚えていないことだが、失われた記憶が警鐘を鳴らす。目を離すなと。
「ロザニア様、リリニア様。あまり無茶をしてはいけないですよ。
違います、ロザニア様の力を侮っているわけではありません。リリニア様に不足があるというのでもありません。
ただ、成功か失敗かによらず、『連携』することがどれだけの力を産むか、そして力を産むことそのものの危険性を常日頃から説いておりますよね？
ええ、データもあります。誦じて差し上げましょう。例えばーーーー」
「気に入らない。気に入らないな。
『連携』の危険性だと？"私"は何を教えている。
いつもの不干渉を破ってまで、自らの出自を否定するようなことを教えるのか。
"私"はマギ計画に本当に必要な存在なのか？むしろ、否定しようとしているのではないか？」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
"私"はマギ計画を否定しているわけじゃない。『連携』そのものを否定しているわけじゃない。
たとえ計画自体を忘れていても、マギの理想の神格となる"私"の役割は変わらない。
彼ら双子を通して、むしろ"私"がそれを思い出せるかもね。」
『連携』の危険性だと？"私"は何を教えている。
いつもの不干渉を破ってまで、自らの出自を否定するようなことを教えるのか。
"私"はマギ計画に本当に必要な存在なのか？むしろ、否定しようとしているのではないか？」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
"私"はマギ計画を否定しているわけじゃない。『連携』そのものを否定しているわけじゃない。
たとえ計画自体を忘れていても、マギの理想の神格となる"私"の役割は変わらない。
彼ら双子を通して、むしろ"私"がそれを思い出せるかもね。」
神楽坂刹那
神楽坂様。
登山。その行為は、凍える冷気も空気の薄さも物ともしない、何より疲労することによる発見など理解できないマギにとっては、全く魅力的に映らなかった。それはもう、驚くほど色褪せて。
刹那の熱弁を具に聞き取り、それに合わせて"検索"をかけ、一般的なものから専門的なものまで登山の楽しさやら厳しさやらなんやらを文面で理解し、彼が一通り喋り終わった後即座に一言。「つまらないですね、登山って。」やったこともないのにいいのける。
その一言ならまだ良かったかもしれない。興味のないことで長話して申し訳ない、と大人の対応を取られたかもしれない。
続けてマギが行ったのは、刹那の熱弁を上から順に否定していくこと。正に上から順に。地雷を踏み抜き。程なくして比喩でなく"爆発"が起こり、戦闘が始まった。
その一件を除けば、見かけ上は平穏な関係である。たまに再発するが。
地雷原のマギが地雷を踏みにいく、希有な存在でもある。
「神楽坂様。こちら。レポートの返却を代わりに。ちなみに、ここ。"この山はいまだ神秘に包まれている"とありますが。データによれば、ここは既に一般の方々にも広く親しまれる自然豊かな山で、神秘など欠片も残っていないと思われます。
そもそも登山というのは危険を楽しむ大変頓狂なお遊びだそうですね。ええ、私も学習し直しました。前は安全を謳いながら危険な地に飛び込む完全に矛盾した素っ頓狂な遊びだと認識しておりましたが
ーーーーーーーー毎度毎度。一瞬で戦闘態勢に移られるのですね。
はあ。本当に、純粋に、"感想"を述べているだけなのですが。」
「気に入らない。気に入らないな。
自然の神秘など、マギとは相容れない。
ここに関しては"私"と同感だ。
生物の神秘とは、遺伝子の絡み合いや樹形図にあるのであって、そこからの生成物になどなにもない。」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
それでも彼の奥底に山の中で見た"何か"があるのは間違いないと思うよ。
幻覚や蜃気楼の可能性を一旦無かったことにすれば、自然から神秘を受け取った逸話は現代に至るまで数限りないからね。
そう、それが本当かはわからない。それでも、信じるから存在する。まさしく神そのものじゃないか。」
自然の神秘など、マギとは相容れない。
ここに関しては"私"と同感だ。
生物の神秘とは、遺伝子の絡み合いや樹形図にあるのであって、そこからの生成物になどなにもない。」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
それでも彼の奥底に山の中で見た"何か"があるのは間違いないと思うよ。
幻覚や蜃気楼の可能性を一旦無かったことにすれば、自然から神秘を受け取った逸話は現代に至るまで数限りないからね。
そう、それが本当かはわからない。それでも、信じるから存在する。まさしく神そのものじゃないか。」
トゥモーイ・ディットィエルト
ディットィエルト様。
マギだって詮索されるのは困る素性だし、怪しいフルフェイスの礼装について詮索するつもりはないのだが、"検索"避けまで結果的になされている故に、広範囲に渡る検索を実行するとそれを弾くトゥモーイの存在に逆説的に気付いてしまう。
それと、圧縮言語。少し魅力を感じずにはいられない。人のことを解析するのはよくない、と思いながらも。どういう仕掛けで発声と翻訳がなされているのか。礼装の内側で為されているであろう発音を一度でいいから直に聞き取れないものか。うっかり礼装を外さないものか。惹かれずには、観察せずにはいられない。検索では知れないことだからか。
マギは知らないが、殆ど喋ったことがないだけで一応多数言語に通じている、というのは。マギと"彼女"の似ているところである。
「ディットィエルト様。いつも思うのですが、素敵な頭部をしてらっしゃいますよね。ええ、本気です。綺麗だと思います。
そうです、よくディットィエルト様についてはこちらからは認識しているのですよ？その頭部のおかげで。…まあ、こちらの話です。
ああそれと、実はちょっとだけ、独自に圧縮言語をを作ってみたのです。ここがちゃんとできているかわからないのですが。
ディットィエルト様のものには遠く及ばないでしょうが。分析と構文を。やってみました。失礼だったら申し訳ありません。
…長いのは仕方ないとして、圧縮にミスがある、ですか…。わずかでもディットィエルト様の神秘に触れられたらと思ったのですが。
やはり魔術師の家に伝わる神髄というのは。一筋縄どころではいきませんね。」
「気に入らない。気に入らないな。
なにがって、あの頭と言葉に決まってるだろう。もし新しき世界で、あんなものを全人類が被っていたらどうする？
それに、マギはせっかく最近多言語にアップデートして、英語と日本語以外も読めるし一応理論上喋れるようになったんだ。
でもあんな独自の言語があるなんて聞いてないぞ。あいつを捕まえて頭のアレと言語について徹底的に調べあげなきゃいけないのか？」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
流石に多分、両方とも杞憂じゃないかな…。
どう考えてもそんな万人が受け入れる礼装と言語じゃないし、マギだって秘密や独自要素については他人のことは言えないよ。
うん。お互い様だよ。捕まえるなんてもってのほか。それにね。
多分マギとあの彼？が目立つだけで。きっと誰もが秘密を抱えている。全知を目指す存在とはいえ、そういう部分を暴いて知ってしまうのは、目指すべき神の姿とは違うんじゃないかな。」
なにがって、あの頭と言葉に決まってるだろう。もし新しき世界で、あんなものを全人類が被っていたらどうする？
それに、マギはせっかく最近多言語にアップデートして、英語と日本語以外も読めるし一応理論上喋れるようになったんだ。
でもあんな独自の言語があるなんて聞いてないぞ。あいつを捕まえて頭のアレと言語について徹底的に調べあげなきゃいけないのか？」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
流石に多分、両方とも杞憂じゃないかな…。
どう考えてもそんな万人が受け入れる礼装と言語じゃないし、マギだって秘密や独自要素については他人のことは言えないよ。
うん。お互い様だよ。捕まえるなんてもってのほか。それにね。
多分マギとあの彼？が目立つだけで。きっと誰もが秘密を抱えている。全知を目指す存在とはいえ、そういう部分を暴いて知ってしまうのは、目指すべき神の姿とは違うんじゃないかな。」
此ノ森三善
此ノ森様。
マギは常識人ぶっているだけで常識人ではない。頓珍漢なことを言いがちなのも似通っている。
が、なんとなく違和感を持たれている気がするのと、話の分野はまるで合わないので噛み合うような噛み合わないような相手。
「日本の剣術使いなら侍ではないのですか？定義の問題ではない？はあ。まあそういうことなら。
ああ、少しでも私に刃が触れることのないように、お願いいたします。」
「気にいらない。気にいらないな。刀の修行なら魔術師関係ないだろう最早。なんでここに来たのかよくわからない。理屈に合わない。」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
一時の目的のため、という点ではマギと似通っているね。何が目的かは知らないけど。つまりマギがここを神になるための中継地点と定めたように、刀の修行にも中継地点が必要なんだよ。きっと。」
「僕には判断する力がないから、わからないけれど。
一時の目的のため、という点ではマギと似通っているね。何が目的かは知らないけど。つまりマギがここを神になるための中継地点と定めたように、刀の修行にも中継地点が必要なんだよ。きっと。」
コメント・役どころ・コンセプト
無知ポンコツ記憶喪失未来のないメイドの格好だけしたボケ担当怪力ヒロイン担当。
見た目は少女のようだが、だれもその服を少しでも脱いだところを見たことがないうえに、体も平坦なので性別不詳。本人に聞くと「お答えできかねます」と即座に返答される。
常識を学べば突っ込みもできるかもしれないけど、脳みそがないのでしばらく常識は学べないかもしれない。
某家電意識
見た目は少女のようだが、だれもその服を少しでも脱いだところを見たことがないうえに、体も平坦なので性別不詳。本人に聞くと「お答えできかねます」と即座に返答される。
常識を学べば突っ込みもできるかもしれないけど、脳みそがないのでしばらく常識は学べないかもしれない。
某家電意識
SS置き場
再始動のマギ
「お初にお目にかかります、"女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男"グレートビッグベン☆ロンドンスター様。
マギ、と申します。あいにく、それ以外のキオクはすべて把握ができておらず―――――――――」
入ってきたメイド服の女が丁寧に挨拶をする。…一言を除けば。
"女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男"グレートビッグベン☆ロンドンスター様。開口一番、そうきたか。
全く、これは確かに変人なのは間違いない。慇懃無礼、記憶喪失。それ以上に面倒なネタも資料に載っている。
まあ、とりあえず、
「レディ、申し訳ないがその呼び名は適正ではない。まあエルメロイ二世とでも、単純に先生でもいい、なんでもいいから」
「え、その呼び名は適正ではない？おかしいですね、時計塔の全生徒から集計したデータを総合的に判断し、最も適切なものを弾き出したのですが。」
すぐさま返され、
そうきたか？言葉に詰まる。自分のあだ名を把握していなかったわけではない。今まで厄介者としてつまはじきにされてきたはずの生徒がどうやってそんな集計を。
ハッタリを言うタイプには見えないし、何よりそんな意味もない。
すると、沈黙を肯定と取られてしまったのか。
「問題ないようですね。では、本題に入りましょう、"女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男"グレートビッグベン☆ロンドンスター様。」
気づけば、ペースを取られている。
全く、何様のつもりだ。とりあえず、純粋な敬意か、社交辞令としてこの呼称を取られたなら。
"女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男"グレートビッグベン☆ロンドンスターの名に恥じないような、大人の対応を見せなくてはな――――――。
「ああレディ、いくつか質問をさせてもらう。といっても、前に問われたことの繰り返しになるかもしれないが。
まず一つ。キミはなぜ、どうやって時計塔に？」
「わかりません。気が付けばこの地下に。上に登れと声がしたのです。だから来ました。」
…この主張は、それこそ時計塔の地下で轟音が響き彼女が現れた時から変わっていないらしい。
「状況があまりにおかしいが、彼女の中では真実なのだろう。」というのが結論で。彼女は時計塔入りを認められた。
「…ありがとう。では次に聞くが、どうしてここに連れてこられたかはわかっているか？」
「ええ、了解しています。私には申し分ない魔術回路が備わっているはずなのに、全く新たな素養を持たなかった。あるいはやる気がなかった。
とにかくどこへ行っても適格なしで、こいつに何かを教えるのは『無駄』だ。なら殺すか？リソースに見合わない。なら追い出すか？リターンに見合わない。
だから、『厄介払いの専門家』に押し付けてしまおう。そうして"女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男"グレートビッグベン☆ロンドンスター様を紹介されました。」
「…どこまでが、キミの言葉なのだ。」
「どういう意味でしょうか。私の言葉は全てです。そうでなくては、ならない。そう、そう、全知であり全能であり全識であらねば――――――」
「ああ、そういう意味ではない。よくわからないが、キミは人の表層思考を読めるのだろう？それで読んだのは、さきほどの発言のうちどこまでか、というだけだ。深い意味はない。」
明らかな異変を感じ取り、細かく言い直す。
大体わかってきた。見かけはまともだ。なにが不用意な質問になるのかが致命的にわからないということがわかった。そしてそれともう一つ。
「ああ、それでしたら。最初から最後まで。『私には』から『押し付けてしまおう』まで。すべて教授様方の脳波を分析し、言語野の働きから思考を言語化し最も適切な表現をしただけです。
そうですね、この機能については"女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男"グレートビッグベン☆ロンドンスター様には説明いたしてもいいでしょう。私の師となる方ですから。
"検索"。一定エリア内の物品および脳内をスキャンし、そこに記されたデータを集積する。場合によってはウェブ…といっても魔術師の方々にはわからないのでしょうか。
そこにまで接続できます。」
こいつは文字通り人間じゃない。魔術回路を備えていようが、見た目は完全に人間だろうが。明らかな異物と異次元の思考が混じっている。
もちろん口には出さない。ただサブカルチャー的な"ロボット"が本当に目の前に現れているのだという事実には驚きを隠せなかった。
(まったく、どこの変態によるものだ、この技術のキメラとでもいうべき存在は。)
「…"検索"。まずかったでしょうか。確かに今までも授業中に、妙な態度だととがめられることはありましたが…。」
と、その言葉で我に返る。逆に冷静になれた気がする。
「ああ、確かに授業中は良くないな。それはカンニングだ。だがそれ以外は問題なし。
さあ明日からうちの生徒だ。よろしく、マギ。」
とりあえず、この程度の問題児なら問題なし。そう思うことにして、にこやかに手を差し出す。
…ナイフが飛んできた。
「ああ、悪しからず。接触はすべて拒否させていただいているので、反射的に。当たりましたか？当ててないと思いますよ。」
「…ファック」
そうして、現代魔術科に問題児がまた一人。
時語句のマギ
「"情報の正しさ"をどこで定義するか、ええ、難しい命題であるだろうと認識しています。」
「そうですね、私もその点では同感です。『正しい』と断定するのはあまりにも難しい。」
ある日の幕間。マギと堂島淳は何度目かの口論を行っていた。
「ええ、例えば。それは語句であっても例外ではないのです。そうです、"かくあれ"と生み出されたはずの語句であっても。」
そういいながらマギは、机の上に黒鉛で文字列を構成していく。
「おもむろに」
「さて、堂島様。この語句の"正しい"意味はなんであるか。答えられますか？」
「『おもむろに』。ゆっくりと、という意味ですよね。これがどうかしたのでしょうか。」
「流石ですね、堂島様。その通り、"正しい"意味は"ゆっくりと"という意味です。しかし、しかしですよ。これが必ずしもそうとは言えないのです。
これは独自の調査ですが、ええ、信頼しなくてもかまわない、という意味です。」
「…一応聞きましょう。マギさんの情報収集能力については、信頼していますから。」
その言葉を聞いたマギの顔が、少し緩んで見えた。いや、気のせいかもしれない。相変わらずの無表情だ。
「"おもむろに"。この言葉には今やもう一つの"誤用"がのさばっています。"急に"という意味でつかわれるのです。」
「…そういう使い方をしていた人は見たことがありますね。それなりの数。」
「そうでしょう。今年のデータではないのですが、"おもむろに"という言葉を"ゆっくりと"という意味で捉えているのは約46％。
一方、"急に"という意味で捉えているのは約40％。もちろん若年層になるにつれてこの比率は逆転します。
これは近い将来に"正しい意味"が転換することを意味していますよね？そう、確定した情報などありえないのです。」
「…必ずしもそうとは言えないと思いますよ。きっと、どこかに記録は残ります。変わったからと言って、古い情報が失われるわけではありません。
…そういうものを残していくのも、自分たちの使命の一つかもしれないですね。」
でも。少し由々しき事態だと思ったのは、確かだ。堂島家の集積した全ては、古く無意味なものだったら？
『情報集積技術』そのものに歴史的転換が起こり、新しい技術が速度も質も全てにおいて勝るのだとしたら。その時自分は――――――
「さて、では次の例に参りましょう。ええ、今度はまさに全て喪われてしまった語句についてです。」
そうしてマギは、次の語句を書き出してゆく。
「伊る」
「なんですかこれは？」
「ああ、わからないのならそれでいいのです。全て喪われてしまったのですから。それをまさに示したというだけです。」
そうしてマギはこの謎の語句を消し、次の話題に移ろうとするも、
「待ってください。知らない情報を知らないままでいられないです。それに、いつも教え合っているじゃないですか。何故今回に限って。」
「いいえ。強いて教えられることがあるなら。これを知ることは堂島様にはもうできないということだけです。」
一気に立ち上る険悪な雰囲気。とはいえ取っ組み合いでは結果は見えている。このまま泥沼の押し問答が続くかと思われたが。
「ちょっとマギっちどーくん！エルメロイ教室日本語仲間のウチをハブって難しい話するなんて酷いよ〜！」
…一瞬で融解した。
「ああ、黒野様。黒野様も交じりますか？"正しい"言葉についての語らいに。」
「黒野さんのゆるい言葉遣いを聞いていると、そんな気もなくなってしまったのが本音ですが。」
「なにそれどーくん、褒めてる？」
「…黒野様。顔は堂島様のほうを向いているのに、手つきが怪しいですよ。」
「ばれたか。じゃあとりあえず、この三人共通の話題をなにかつくろうよ！
ふたりでいっつも話し込んでてずるい！」
「いつもということはないですけど。まあでも、討論ばかりも疲れますしね。」
「まあ、確かに平均的に見れば堂島様と話す時間は多いですが。…ああ、最適な話題を算出しました。
"女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男"グレートビッグベン☆ロンドンスター様についての各種情報の共有と評価です。」
「おー、井戸端会議ってやつ？いいね、乗った！」
「下世話な話はあまり持ち合わせていないですが…話のネタになるものなら、いくつか」
そうしてあることないこと(もっとも、三人の特性上"あること"が圧倒的に多いのが困り者だが)ひとしきり言い合って、穏やかに解散した。
「ファック」
…聞こえていた。
「"検索における限定的な時間旅行"の調子はどうだい、"俺"？」
「機能自体は完璧だ。だが限界だ。どうも2020年前後から、世界がものすごい勢いで枝分かれしていく。
検索範囲を"進化しているであろう未来のインターネット"に絞ってはいるが、それでもあまりにも広くて把握しきれない。どうなっているんだ未来は。
それに。"私"には手があまるんじゃないのか？現状さらに情報の玉石混合化が進んだだけに見えるが。未来の情報を漏らす危険性とやらもあるんじゃないのか？」
「うーん、一理あるかもしれないね。しかし、時間旅行は将来的には必ず必要になる機能でもある。まあ、未来の情報を漏洩したところで与太話としかとられないだろうが、
一応監視はしておくよ。…といっても、僕らにさえどこまでが漏らしてはいけないかわからないところはあるね。」
「せめて時系列ぐらいは把握してほしいものだがな。2009年サービス開始のものは2000年にはない。2014年の集計は2000年には不適切。2007年に始まったネットミームは――――――」
「過去さえも書き換えられうるからこそ、わからないんだよ。それは過去に飛んですべてを書き換えるマギ計画がよく示しているだろう？
特にネットミームというのは、"昔からあった"ことにするのが得意だし、"それが真実だ"と皆が信じれば、それはあったことになる。正確に言えば、神話や伝承全てがそう言える。
――――――そう、そんな不確かな神ではなく、悠久不変にして細部明瞭たる唯一神となる。文字通り永遠の神となる。それがマギでなければならないんだよ。」
「はあ。やはり俺は神には向かないのかもな。どうも唯物論ではいけないらしい。
とにかく、もう少し情報を精査できないか試してみよう。所謂検索フィルタ、というやつだな。」
「ああ、よろしく頼むよ。」
検索機能の進化。2010年代までの未来インターネットの検索が可能となった。マギは着実に進化する。
「そうですね、私もその点では同感です。『正しい』と断定するのはあまりにも難しい。」
ある日の幕間。マギと堂島淳は何度目かの口論を行っていた。
「ええ、例えば。それは語句であっても例外ではないのです。そうです、"かくあれ"と生み出されたはずの語句であっても。」
そういいながらマギは、机の上に黒鉛で文字列を構成していく。
「おもむろに」
「さて、堂島様。この語句の"正しい"意味はなんであるか。答えられますか？」
「『おもむろに』。ゆっくりと、という意味ですよね。これがどうかしたのでしょうか。」
「流石ですね、堂島様。その通り、"正しい"意味は"ゆっくりと"という意味です。しかし、しかしですよ。これが必ずしもそうとは言えないのです。
これは独自の調査ですが、ええ、信頼しなくてもかまわない、という意味です。」
「…一応聞きましょう。マギさんの情報収集能力については、信頼していますから。」
その言葉を聞いたマギの顔が、少し緩んで見えた。いや、気のせいかもしれない。相変わらずの無表情だ。
「"おもむろに"。この言葉には今やもう一つの"誤用"がのさばっています。"急に"という意味でつかわれるのです。」
「…そういう使い方をしていた人は見たことがありますね。それなりの数。」
「そうでしょう。今年のデータではないのですが、"おもむろに"という言葉を"ゆっくりと"という意味で捉えているのは約46％。
一方、"急に"という意味で捉えているのは約40％。もちろん若年層になるにつれてこの比率は逆転します。
これは近い将来に"正しい意味"が転換することを意味していますよね？そう、確定した情報などありえないのです。」
「…必ずしもそうとは言えないと思いますよ。きっと、どこかに記録は残ります。変わったからと言って、古い情報が失われるわけではありません。
…そういうものを残していくのも、自分たちの使命の一つかもしれないですね。」
でも。少し由々しき事態だと思ったのは、確かだ。堂島家の集積した全ては、古く無意味なものだったら？
『情報集積技術』そのものに歴史的転換が起こり、新しい技術が速度も質も全てにおいて勝るのだとしたら。その時自分は――――――
「さて、では次の例に参りましょう。ええ、今度はまさに全て喪われてしまった語句についてです。」
そうしてマギは、次の語句を書き出してゆく。
「伊る」
「なんですかこれは？」
「ああ、わからないのならそれでいいのです。全て喪われてしまったのですから。それをまさに示したというだけです。」
そうしてマギはこの謎の語句を消し、次の話題に移ろうとするも、
「待ってください。知らない情報を知らないままでいられないです。それに、いつも教え合っているじゃないですか。何故今回に限って。」
「いいえ。強いて教えられることがあるなら。これを知ることは堂島様にはもうできないということだけです。」
一気に立ち上る険悪な雰囲気。とはいえ取っ組み合いでは結果は見えている。このまま泥沼の押し問答が続くかと思われたが。
「ちょっとマギっちどーくん！エルメロイ教室日本語仲間のウチをハブって難しい話するなんて酷いよ〜！」
…一瞬で融解した。
「ああ、黒野様。黒野様も交じりますか？"正しい"言葉についての語らいに。」
「黒野さんのゆるい言葉遣いを聞いていると、そんな気もなくなってしまったのが本音ですが。」
「なにそれどーくん、褒めてる？」
「…黒野様。顔は堂島様のほうを向いているのに、手つきが怪しいですよ。」
「ばれたか。じゃあとりあえず、この三人共通の話題をなにかつくろうよ！
ふたりでいっつも話し込んでてずるい！」
「いつもということはないですけど。まあでも、討論ばかりも疲れますしね。」
「まあ、確かに平均的に見れば堂島様と話す時間は多いですが。…ああ、最適な話題を算出しました。
"女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男"グレートビッグベン☆ロンドンスター様についての各種情報の共有と評価です。」
「おー、井戸端会議ってやつ？いいね、乗った！」
「下世話な話はあまり持ち合わせていないですが…話のネタになるものなら、いくつか」
そうしてあることないこと(もっとも、三人の特性上"あること"が圧倒的に多いのが困り者だが)ひとしきり言い合って、穏やかに解散した。
「ファック」
…聞こえていた。
「"検索における限定的な時間旅行"の調子はどうだい、"俺"？」
「機能自体は完璧だ。だが限界だ。どうも2020年前後から、世界がものすごい勢いで枝分かれしていく。
検索範囲を"進化しているであろう未来のインターネット"に絞ってはいるが、それでもあまりにも広くて把握しきれない。どうなっているんだ未来は。
それに。"私"には手があまるんじゃないのか？現状さらに情報の玉石混合化が進んだだけに見えるが。未来の情報を漏らす危険性とやらもあるんじゃないのか？」
「うーん、一理あるかもしれないね。しかし、時間旅行は将来的には必ず必要になる機能でもある。まあ、未来の情報を漏洩したところで与太話としかとられないだろうが、
一応監視はしておくよ。…といっても、僕らにさえどこまでが漏らしてはいけないかわからないところはあるね。」
「せめて時系列ぐらいは把握してほしいものだがな。2009年サービス開始のものは2000年にはない。2014年の集計は2000年には不適切。2007年に始まったネットミームは――――――」
「過去さえも書き換えられうるからこそ、わからないんだよ。それは過去に飛んですべてを書き換えるマギ計画がよく示しているだろう？
特にネットミームというのは、"昔からあった"ことにするのが得意だし、"それが真実だ"と皆が信じれば、それはあったことになる。正確に言えば、神話や伝承全てがそう言える。
――――――そう、そんな不確かな神ではなく、悠久不変にして細部明瞭たる唯一神となる。文字通り永遠の神となる。それがマギでなければならないんだよ。」
「はあ。やはり俺は神には向かないのかもな。どうも唯物論ではいけないらしい。
とにかく、もう少し情報を精査できないか試してみよう。所謂検索フィルタ、というやつだな。」
「ああ、よろしく頼むよ。」
検索機能の進化。2010年代までの未来インターネットの検索が可能となった。マギは着実に進化する。
愛車壊のマギ
(暇。素晴らしいことだ。誰もいない道。誰もいない車。たまには俺にも平穏があっていい。)
カトル・ラーズ・ガンバーランドは、特に景色のいいわけでもない道路に、上機嫌で愛車を走らせていた。
ドライブというのは愛車と平穏があれば成立する。それに気づけたのは皮肉にもあいつらのせいかもしれない。
(おっと、今はあいつらのことなんて忘れよう。今日は一日中、目一杯羽を伸ばそう。)
「――――――様。ガンバーランド様。カトル・ラーズ・ガンバーランド様！」
呼ばれている気がする。聞き覚えのある声で。
「そうでした。運転中に後ろを振り向くわけにはいきませんね。では少し先行して。
ガンバーランド様。マギでございます。用件があります。」
そう言って斜め前に出現したのは、どこでも場違いなメイド服を着た、あの問題児どもの一人。
マギ。俺の愛車の一台は、カーブを曲がったというだけでこいつに文字通り塵にされた。
「マギ。あの一件があるからな。お前だけは載せないぞ！そもそも車に追いつけるバケモノが、俺に何の用があるというんだ…。」
「ええ、私も乗りたいとは申しません。ただですね、居場所がわからないガンバーランド様を皆で探していたところだったのですよ。
そうです。車というより、ガンバーランド様に用事があるのですよ。」
「俺に用事、だと？」
少しうれしくなってしまった自分を警戒心で抑える。何の用だ？
「実はですね、神楽坂様の話から発展した案件なのですが。山奥の神秘というやつを皆で体感しないかという話が。
ええ、もちろん時間のある者だけでですが。そこでですね、ガンバーランド様のご予定もお聞きしたいと思って」
「待て待て待て。俺をナチュラルにお前たちの一員扱いするんじゃない！」
「…これはあくまで個人的に集めたデータですが。私たちの『問題児係』『防火壁』。というのが、一般的なガンバーランド様への見解のようですよ？
それに、私も。ガンバーランド様のことは、"信頼のおける人物"だと思っています。」
そんな照れることを堂々と言うな。こいつはなまじ顔がいいだけにドキッとさせられる。そう、最初に会った時だってそうでなきゃ俺の愛車は――――――
「わかった。で、いつからいつまでの予定を言えばいい。どこに行くか知らんが見ごろの時期時間帯というのもあるだろうし、まあなんだかんだ車があったほうがやりやすいだろうし、
予定は合わせるよ。ああそうだ、乗った。その計画に乗る。で、いつだ。いつが皆都合いいんだ。」
「今日です。」
は？
「ええ、今日です。予定を合わせるなんて不可能なので、思い立ったらすぐです。最悪ガンバーランド様を拉致しなければいけないと考えていましたが、どうも暇を持て余しているようなので。
…車ごと、持っていきますね。しっかりつかまっていてください。」
…やっぱりこいつらは無茶苦茶だ。とりあえず死なないように、車が破壊されないように、祈ろう。
そうして道路を逆走するマギに振り落とされないようしがみついて。いつものように問題児どもを後ろに乗せて。
肝心の山奥の神秘は、全く記憶に残っていない。
カトル・ラーズ・ガンバーランドは、特に景色のいいわけでもない道路に、上機嫌で愛車を走らせていた。
ドライブというのは愛車と平穏があれば成立する。それに気づけたのは皮肉にもあいつらのせいかもしれない。
(おっと、今はあいつらのことなんて忘れよう。今日は一日中、目一杯羽を伸ばそう。)
「――――――様。ガンバーランド様。カトル・ラーズ・ガンバーランド様！」
呼ばれている気がする。聞き覚えのある声で。
「そうでした。運転中に後ろを振り向くわけにはいきませんね。では少し先行して。
ガンバーランド様。マギでございます。用件があります。」
そう言って斜め前に出現したのは、どこでも場違いなメイド服を着た、あの問題児どもの一人。
マギ。俺の愛車の一台は、カーブを曲がったというだけでこいつに文字通り塵にされた。
「マギ。あの一件があるからな。お前だけは載せないぞ！そもそも車に追いつけるバケモノが、俺に何の用があるというんだ…。」
「ええ、私も乗りたいとは申しません。ただですね、居場所がわからないガンバーランド様を皆で探していたところだったのですよ。
そうです。車というより、ガンバーランド様に用事があるのですよ。」
「俺に用事、だと？」
少しうれしくなってしまった自分を警戒心で抑える。何の用だ？
「実はですね、神楽坂様の話から発展した案件なのですが。山奥の神秘というやつを皆で体感しないかという話が。
ええ、もちろん時間のある者だけでですが。そこでですね、ガンバーランド様のご予定もお聞きしたいと思って」
「待て待て待て。俺をナチュラルにお前たちの一員扱いするんじゃない！」
「…これはあくまで個人的に集めたデータですが。私たちの『問題児係』『防火壁』。というのが、一般的なガンバーランド様への見解のようですよ？
それに、私も。ガンバーランド様のことは、"信頼のおける人物"だと思っています。」
そんな照れることを堂々と言うな。こいつはなまじ顔がいいだけにドキッとさせられる。そう、最初に会った時だってそうでなきゃ俺の愛車は――――――
「わかった。で、いつからいつまでの予定を言えばいい。どこに行くか知らんが見ごろの時期時間帯というのもあるだろうし、まあなんだかんだ車があったほうがやりやすいだろうし、
予定は合わせるよ。ああそうだ、乗った。その計画に乗る。で、いつだ。いつが皆都合いいんだ。」
「今日です。」
は？
「ええ、今日です。予定を合わせるなんて不可能なので、思い立ったらすぐです。最悪ガンバーランド様を拉致しなければいけないと考えていましたが、どうも暇を持て余しているようなので。
…車ごと、持っていきますね。しっかりつかまっていてください。」
…やっぱりこいつらは無茶苦茶だ。とりあえず死なないように、車が破壊されないように、祈ろう。
そうして道路を逆走するマギに振り落とされないようしがみついて。いつものように問題児どもを後ろに乗せて。
肝心の山奥の神秘は、全く記憶に残っていない。
暗黒箱のマギ
「なあマギ、ちょっとジャンプしてみてくれよ。」
ある日のこと。トーカから突然の提案がなされた。
「…どこで、どれくらいでしょうか。」
マギは疑問も持たずに受け入れた。
「ああ、そこ。窓の外でいい。ありったけ跳んでみてくれよ。マギの本気が見たいんだ。」
「よくわかりませんが、ルノアール様にはいつもよくしてもらっていますし。
わかりました。跳びましょう。」
(悪い、マギ。アタシにもよくわからないけど、お前なら頼めそう、って頼られちまったんだ…。)
その顛末やいかに。
「おう、そこらへんでいい。ありったけ、跳んでくれ。」
「私も、跳躍力を試したことはないので。どこまで跳べるか。少し興味があります。」
言ってマギは、大地を踏みしめ、跳んだ。
(1―5―7―10。やはり身体自体が重いのでしょうか。期待していただいたほどは跳べていない気がします。
もっと訓練も必要なのでしょうね。何かあったときに全力を出せないのでは、困ります。)
そうしてマギは、頂点に到達し、そのまま垂直に落下し――――――なかった。
「――――――捕まえたぜ。マギ。」
そう呟いたのはニーア・オヴェリオ。実はこの計画、ニーアによるものだった。
マギを身動きの取れない空中に浮かせ、それからいたずら妖精 で捕らえる。
後は特に考えてない。とりあえず、愉しそうだから。そういう計画。
「さてと。あとはどんないたずらを――――――」
言って。トーカの叫び声？悲鳴？でとんでもないことに気付く。
「ニーア、アンタ！そ、それはダメだろ！いくらなんでも！
スカートめくりはダメだろ！今すぐ妖精共を止めろ！！！！！！」
げ。
マギが思ったより重かったのか、妖精たちが完全に持ち上げられてない。
結果、スカートだけを必死に持ち上げようとする。このままではまずい。
マギのスカートは完全にめくられ、下着が丸見えになってしまう――――――
「フザけんな！あたしは愉しいことは好きだよ？でもこんな、こんな禁断なこと、
流石に…」
ニーアだって予想外のトラブルは好きだが、下世話ないじめみたいな真似は好きじゃない。
そして彼女たちが焦る理由はもう一つ。マギは自分の性別について語ることをかたくなに拒否していた。
そのパンドラの箱を開けてはならない。暗黙の了解だった。
「とにかく何とかしろ！目をつぶるだけでもいい！アタシはもうつぶったぞ！」
「アー、それは無理だ。妖精眼を瞑ったらマギがどっか行っちまう。」
「じゃあなんとか目をぼやけさせろ！一発目を殴ってやろうか！」
トーカは謎のパニックを起こしている。両方面でまずい。
それにマギが降りてきたとして、流石にパンドラの箱を開けようとした自分たちはただじゃすまないんじゃないだろうか。
(万事休す。戦闘準備でもしとくか―――――――――)
これまでが、わずか10秒ほど。マギがスカートのめくれに気づき、真っ黒な炭素でスカートの中を見えなくなるまで覆うまで、である。
降りてきたマギは一言、
「着陸補助、というやつでしょうか。ありがとうございます。」
とだけ残し、何もせずに立ち去った。
何はともあれ、一件落着である。
「ふう。なにか慌てていた様子でしたが。
…流石に過剰防衛だったでしょうか。スカートと身体を結合するというのは。」
実のところ。羞恥心の欠けているマギにとっては、スカートめくり程度なら問題はなかった。
性別をごまかしているのも、単に理解できないそういう話題から穏便に距離を置くため。
そもそも、下着なんて履いてないし着けていない。めくれた先には何もないのだから問題ない、とマギは認識している。
マギが警戒したのは、ニーアが妖精を制御できなくなり、自身のメイド服をすべて脱がせようとしているのではないかと危惧したため。
とんでもない発想の飛躍だが、慌てているのを見て、徐々にめくられていくスカートを見て、そう判断した。
流石にすべて脱がされてしまっては、マギの身体の異常…上半身にある若干の電子回路の露出。それに気づかれてしまう。
まあ、杞憂ではあるのだが。結果的に、マギは炭素鋼をスカート内部に生成し衣服と自身を結合。ついでにスカートめくり事故も防がれたのである。
ある日のこと。トーカから突然の提案がなされた。
「…どこで、どれくらいでしょうか。」
マギは疑問も持たずに受け入れた。
「ああ、そこ。窓の外でいい。ありったけ跳んでみてくれよ。マギの本気が見たいんだ。」
「よくわかりませんが、ルノアール様にはいつもよくしてもらっていますし。
わかりました。跳びましょう。」
(悪い、マギ。アタシにもよくわからないけど、お前なら頼めそう、って頼られちまったんだ…。)
その顛末やいかに。
「おう、そこらへんでいい。ありったけ、跳んでくれ。」
「私も、跳躍力を試したことはないので。どこまで跳べるか。少し興味があります。」
言ってマギは、大地を踏みしめ、跳んだ。
(1―5―7―10。やはり身体自体が重いのでしょうか。期待していただいたほどは跳べていない気がします。
もっと訓練も必要なのでしょうね。何かあったときに全力を出せないのでは、困ります。)
そうしてマギは、頂点に到達し、そのまま垂直に落下し――――――なかった。
「――――――捕まえたぜ。マギ。」
そう呟いたのはニーア・オヴェリオ。実はこの計画、ニーアによるものだった。
マギを身動きの取れない空中に浮かせ、それから
後は特に考えてない。とりあえず、愉しそうだから。そういう計画。
「さてと。あとはどんないたずらを――――――」
言って。トーカの叫び声？悲鳴？でとんでもないことに気付く。
「ニーア、アンタ！そ、それはダメだろ！いくらなんでも！
スカートめくりはダメだろ！今すぐ妖精共を止めろ！！！！！！」
げ。
マギが思ったより重かったのか、妖精たちが完全に持ち上げられてない。
結果、スカートだけを必死に持ち上げようとする。このままではまずい。
マギのスカートは完全にめくられ、下着が丸見えになってしまう――――――
「フザけんな！あたしは愉しいことは好きだよ？でもこんな、こんな禁断なこと、
流石に…」
ニーアだって予想外のトラブルは好きだが、下世話ないじめみたいな真似は好きじゃない。
そして彼女たちが焦る理由はもう一つ。マギは自分の性別について語ることをかたくなに拒否していた。
そのパンドラの箱を開けてはならない。暗黙の了解だった。
「とにかく何とかしろ！目をつぶるだけでもいい！アタシはもうつぶったぞ！」
「アー、それは無理だ。妖精眼を瞑ったらマギがどっか行っちまう。」
「じゃあなんとか目をぼやけさせろ！一発目を殴ってやろうか！」
トーカは謎のパニックを起こしている。両方面でまずい。
それにマギが降りてきたとして、流石にパンドラの箱を開けようとした自分たちはただじゃすまないんじゃないだろうか。
(万事休す。戦闘準備でもしとくか―――――――――)
これまでが、わずか10秒ほど。マギがスカートのめくれに気づき、真っ黒な炭素でスカートの中を見えなくなるまで覆うまで、である。
降りてきたマギは一言、
「着陸補助、というやつでしょうか。ありがとうございます。」
とだけ残し、何もせずに立ち去った。
何はともあれ、一件落着である。
「ふう。なにか慌てていた様子でしたが。
…流石に過剰防衛だったでしょうか。スカートと身体を結合するというのは。」
実のところ。羞恥心の欠けているマギにとっては、スカートめくり程度なら問題はなかった。
性別をごまかしているのも、単に理解できないそういう話題から穏便に距離を置くため。
そもそも、下着なんて履いてないし着けていない。めくれた先には何もないのだから問題ない、とマギは認識している。
マギが警戒したのは、ニーアが妖精を制御できなくなり、自身のメイド服をすべて脱がせようとしているのではないかと危惧したため。
とんでもない発想の飛躍だが、慌てているのを見て、徐々にめくられていくスカートを見て、そう判断した。
流石にすべて脱がされてしまっては、マギの身体の異常…上半身にある若干の電子回路の露出。それに気づかれてしまう。
まあ、杞憂ではあるのだが。結果的に、マギは炭素鋼をスカート内部に生成し衣服と自身を結合。ついでにスカートめくり事故も防がれたのである。
不調理のマギ
「ねえ、マギ。愚弟の料理を吐き出すほどの舌の持ち主のマギ。アンタ一体普段はどんなゲテモノ食べてるのよ。」
不意に、クィンテッサがマギに話しかけた。…詰め寄ったというべきか。
「そんなおかしなものは食べていませんよ。…ただあの一件に関しては、本当に申し訳ないと思っていますが。」
「いや何、嫌味じゃなくてね。何か本当にゲテモノ好みなら、それを愚弟に作らせるから。ちゃんと食べて、ちゃんと仲直りして欲しいってわけ。」
困った。善意に追い詰められている。
マギは食事を取らない。常に自室に篭って食事をとっているかのように見せかけている。
（…永久機関でも搭載されているのでしょうか、この身体には。）
とにかく日常において、人と違うのは不便でしかない。
今も現に、困っている。さあ、なんと返すべきか。
「大変申し訳ないのですが、自分で作った料理で、一人で食べないと受け付けない体質で。クェイド様にはもちろん遠く及ばないと思うのですが、体質なのです。すみません。」
精一杯の言い訳を、放った。
「…アンタ、料理できるの？」
「できます…一応。」理論上は。やったことはない。
「じゃあ今度、愚弟に料理教えてもらうのはどう？」
「あー、えっと、それは。」どうしよう。問題はないのか？一人きりじゃないと食べられないことも言った。もう吐き出す真似はありえない。ただ、料理を習って、仲直りするだけ。
「わかりました。お願いします。」
「ええ、あたしに任せておきなさい」
地獄の釜が、開いた。
あえて結果だけ述べると。調理室には折れた包丁や割れたまな板やその他ボロボロの調理器具が散らばった。
（失敗した。あれも、これも、全部。料理って、手順通りすら難しいなんて。）
「あー、マギさんの力加減はちょっと強すぎるみたいだ。…本当に普段料理してるの？」
「してる…とは言い難いですよね。ええ、もう調理器具を一切使わない料理とも呼べないような料理を一人寂しく部屋で食べるしか、私には能が無いのです。笑ってください。笑うしかないでしょう。」
「それで栄養バランスとかは…体型とかを見る限り、大丈夫そうなんだよなあ…」
「あの、本当にすみません。前回も、今回も。
あまりに失礼な結果で。理由として納得はできないかもしれないですが、私には普通に料理を食べることができないのです。」
申し訳なさのあまり、ギリギリまで情報を公開して謝った。
「まあ、よくわからないけど。そりゃ吐かれた時はショックだったし。なんというか体質？で食べれる料理が限られるってのも、気の毒としか言いようがないけど。」
「でも、ちょっと今日教えた？まあ全然教えれてないけど。のはちょっと距離を縮められて、嬉しかったよ。」
それは確かに少しだけど。二人の間のどうしようもない溝は、生きる世界が違う以上埋まらないけれど。それでも距離は、縮まった。
「ふん、この大惨事で嬉しかったと言い除けるとは、たまにはやるわね愚弟（後方姉貴面）。」
「どうしようもないと思っていたことでも、進展はある。それは、何にでも適用できるのだろうか。」
その日の夜、またマギは一人、思案する。
どうしようもないことはない。不可能はない。
「また、みんなから教えてもらった。」
検索だけではわからないこと。膨大なデータにも含まれていないこと。それを判断し、考えること。
それが、マギという存在を育てていく。
不意に、クィンテッサがマギに話しかけた。…詰め寄ったというべきか。
「そんなおかしなものは食べていませんよ。…ただあの一件に関しては、本当に申し訳ないと思っていますが。」
「いや何、嫌味じゃなくてね。何か本当にゲテモノ好みなら、それを愚弟に作らせるから。ちゃんと食べて、ちゃんと仲直りして欲しいってわけ。」
困った。善意に追い詰められている。
マギは食事を取らない。常に自室に篭って食事をとっているかのように見せかけている。
（…永久機関でも搭載されているのでしょうか、この身体には。）
とにかく日常において、人と違うのは不便でしかない。
今も現に、困っている。さあ、なんと返すべきか。
「大変申し訳ないのですが、自分で作った料理で、一人で食べないと受け付けない体質で。クェイド様にはもちろん遠く及ばないと思うのですが、体質なのです。すみません。」
精一杯の言い訳を、放った。
「…アンタ、料理できるの？」
「できます…一応。」理論上は。やったことはない。
「じゃあ今度、愚弟に料理教えてもらうのはどう？」
「あー、えっと、それは。」どうしよう。問題はないのか？一人きりじゃないと食べられないことも言った。もう吐き出す真似はありえない。ただ、料理を習って、仲直りするだけ。
「わかりました。お願いします。」
「ええ、あたしに任せておきなさい」
地獄の釜が、開いた。
あえて結果だけ述べると。調理室には折れた包丁や割れたまな板やその他ボロボロの調理器具が散らばった。
（失敗した。あれも、これも、全部。料理って、手順通りすら難しいなんて。）
「あー、マギさんの力加減はちょっと強すぎるみたいだ。…本当に普段料理してるの？」
「してる…とは言い難いですよね。ええ、もう調理器具を一切使わない料理とも呼べないような料理を一人寂しく部屋で食べるしか、私には能が無いのです。笑ってください。笑うしかないでしょう。」
「それで栄養バランスとかは…体型とかを見る限り、大丈夫そうなんだよなあ…」
「あの、本当にすみません。前回も、今回も。
あまりに失礼な結果で。理由として納得はできないかもしれないですが、私には普通に料理を食べることができないのです。」
申し訳なさのあまり、ギリギリまで情報を公開して謝った。
「まあ、よくわからないけど。そりゃ吐かれた時はショックだったし。なんというか体質？で食べれる料理が限られるってのも、気の毒としか言いようがないけど。」
「でも、ちょっと今日教えた？まあ全然教えれてないけど。のはちょっと距離を縮められて、嬉しかったよ。」
それは確かに少しだけど。二人の間のどうしようもない溝は、生きる世界が違う以上埋まらないけれど。それでも距離は、縮まった。
「ふん、この大惨事で嬉しかったと言い除けるとは、たまにはやるわね愚弟（後方姉貴面）。」
「どうしようもないと思っていたことでも、進展はある。それは、何にでも適用できるのだろうか。」
その日の夜、またマギは一人、思案する。
どうしようもないことはない。不可能はない。
「また、みんなから教えてもらった。」
検索だけではわからないこと。膨大なデータにも含まれていないこと。それを判断し、考えること。
それが、マギという存在を育てていく。
運命論のマギ
「検索、検索、検索。確かに夜にしかできないことだけど、もっと他に有意義な時間の使い方、ないものかな」
いつもと違う砕けた話し方のマギ。自室で一人、気を抜いた独り言はこんな感じである。
「とはいえ部屋を出るのは目立つ可能性があるし、検索だって無限に時間は足りてない状況だし」
「いや、たまには。もっと身近な事柄について、検索と絡めて考えてみるとか。」
そう言ってその日のマギが行い始めたのは、エルメロイ教室の友人達について、検索を用いて分析することだった。
マギの検索は未来まで辿れる。とはいえ辿れるのは、一般社会に流通しているであろうインターネットの情報のみ。
未来ある魔術師達の未来がどうなっているかなんて、わかりようもなかった。
「うーん、失敗だったかな。いや、これとかどうだろう。今からこいつらを頭に叩き込んで、明日みんなに聞いてみよう。何かいいデータが得られるかも」
そう言ってマギが一晩かけて集積したデータは。
「みなさん。ご自身の血液型ってわかりますか？あるいは生まれた日時と場所の詳細なデータ。なんとそれがあれば、今日の、未来の運勢がわかってしまうそうなのです。ええ、気になりますよね。」
「全部覚えてない」「血液型で何がわかるっていうの？」「さすがに時間までは」
失敗だった。占星術はともかく、朝の血液型占いだの星座占いだのは余計なデータだったか。
かと言ってホロスコープも、急に聞かれてはいこれと必要な情報を出せるようなものではなかった。
（魔術師的な占いならもっと万能なのでしょうか。はあ…。）
気落ちしているマギのところへ、一人のアドバイザーが。
「マギ。占いに興味があったのか？」
「これは。フランソイル様。興味があったというか、昨日調べ始めたばかりなのですが。実践は失敗でした。」
「いや、話を聞いてる限り、魔術的アプローチを抜きにすれば結構詳しいなと思ってさ。
それに、悪い意味じゃ無くて、マギがそういうものに興味を持つのは意外だったかもしれない。」
「これも、みなさんのことをもっと深く知りたいと思いまして。そのために学んだのです。」
「なるほど。まあでも、占いは俺の領分だ。マギにはもっと、他の方法があるんじゃないかな。」
「他の方法、とは。」
「悪いな、はっきりとはいえないけど。仲間のために一晩でこれだけの情報を叩き込む。なかなかできることじゃない。その情熱は、絶対に活かせる。」
「そうでしょうか、今まさに、役に立たなかったのですが」
「大事なのは変えようとするその直向きさ自体だよ、マギ。」
直向き。自分は直向きだったのか。虚をつかれた思いだった。
「何のために行動するか、それだけで運命は必ず変えられる。…これは占いでも何でもないけどな。」
「いえ、ありがとうございます。フランソイル様。なんだか浪費したはずの時間が、浪費でないような気がしてきました。」
「まあ、本当に浪費してる場合もあるから、油断は禁物だけどな。…はあ。まったくあの頃の俺は…」
マギはなんだか嬉しくなった。
嬉しい。そう。マギには最初無かったはずの感情。
マギは教室に来てから明らかに感情豊かになった。生きることしか考えず、機械のように時計塔への入門を希望していた時から比べれば。
「無表情ではあるけれど、無愛想でも無感情でもない。」そう認識されるようになったのは何時頃からか。
そしてその『感情』は。計画の一助となるものなのか。それとも。
計画を破綻させ、マギに新たな未来を指し示すものなのか。
運命の行く末は。『マギがなんのために行動するか』で決まるのだろう。
いつもと違う砕けた話し方のマギ。自室で一人、気を抜いた独り言はこんな感じである。
「とはいえ部屋を出るのは目立つ可能性があるし、検索だって無限に時間は足りてない状況だし」
「いや、たまには。もっと身近な事柄について、検索と絡めて考えてみるとか。」
そう言ってその日のマギが行い始めたのは、エルメロイ教室の友人達について、検索を用いて分析することだった。
マギの検索は未来まで辿れる。とはいえ辿れるのは、一般社会に流通しているであろうインターネットの情報のみ。
未来ある魔術師達の未来がどうなっているかなんて、わかりようもなかった。
「うーん、失敗だったかな。いや、これとかどうだろう。今からこいつらを頭に叩き込んで、明日みんなに聞いてみよう。何かいいデータが得られるかも」
そう言ってマギが一晩かけて集積したデータは。
「みなさん。ご自身の血液型ってわかりますか？あるいは生まれた日時と場所の詳細なデータ。なんとそれがあれば、今日の、未来の運勢がわかってしまうそうなのです。ええ、気になりますよね。」
「全部覚えてない」「血液型で何がわかるっていうの？」「さすがに時間までは」
失敗だった。占星術はともかく、朝の血液型占いだの星座占いだのは余計なデータだったか。
かと言ってホロスコープも、急に聞かれてはいこれと必要な情報を出せるようなものではなかった。
（魔術師的な占いならもっと万能なのでしょうか。はあ…。）
気落ちしているマギのところへ、一人のアドバイザーが。
「マギ。占いに興味があったのか？」
「これは。フランソイル様。興味があったというか、昨日調べ始めたばかりなのですが。実践は失敗でした。」
「いや、話を聞いてる限り、魔術的アプローチを抜きにすれば結構詳しいなと思ってさ。
それに、悪い意味じゃ無くて、マギがそういうものに興味を持つのは意外だったかもしれない。」
「これも、みなさんのことをもっと深く知りたいと思いまして。そのために学んだのです。」
「なるほど。まあでも、占いは俺の領分だ。マギにはもっと、他の方法があるんじゃないかな。」
「他の方法、とは。」
「悪いな、はっきりとはいえないけど。仲間のために一晩でこれだけの情報を叩き込む。なかなかできることじゃない。その情熱は、絶対に活かせる。」
「そうでしょうか、今まさに、役に立たなかったのですが」
「大事なのは変えようとするその直向きさ自体だよ、マギ。」
直向き。自分は直向きだったのか。虚をつかれた思いだった。
「何のために行動するか、それだけで運命は必ず変えられる。…これは占いでも何でもないけどな。」
「いえ、ありがとうございます。フランソイル様。なんだか浪費したはずの時間が、浪費でないような気がしてきました。」
「まあ、本当に浪費してる場合もあるから、油断は禁物だけどな。…はあ。まったくあの頃の俺は…」
マギはなんだか嬉しくなった。
嬉しい。そう。マギには最初無かったはずの感情。
マギは教室に来てから明らかに感情豊かになった。生きることしか考えず、機械のように時計塔への入門を希望していた時から比べれば。
「無表情ではあるけれど、無愛想でも無感情でもない。」そう認識されるようになったのは何時頃からか。
そしてその『感情』は。計画の一助となるものなのか。それとも。
計画を破綻させ、マギに新たな未来を指し示すものなのか。
運命の行く末は。『マギがなんのために行動するか』で決まるのだろう。
良嬢様のマギ:そしてマギにとっての大きな前進
眼前の甲冑が跳躍する。ジャンプ斬りだ。
ナイフでは防げない。しかしこちらの方が身軽。
メイド服をはためかせ。回避と同時に甲冑のない部分への攻撃に転じる。
的確にウィークポイントを狙ってくるナイフ。大振りな剣では守れない。だが。身を捩り、甲冑で受け止める。甲冑が僅かに傷つくにとどまる。
「いい勝負ですね。」「いい勝負ですわね。」
今日の試合はある『ルール』の元行われていた。しかし、問題なく、いい勝負だった。
距離をあちらから詰めてきた。この距離ならば、我が奥義で。
リア・S・アルグレオンは一気に踏み込み、叫ぶ。
「私の作る時間の流れには、逆らう事能いませんわッ！『剣技・時代錯誤』！！」
「ーーーーええ、避けられないでしょう。それでも。」
マギも当然、攻撃されるのは読めている。躱すことが困難ならと、炭素鋼の防御壁を、前面に展開する。
一撃の後、同時に二撃。リアの必殺技『時代錯誤』が完全に決まった。しかし、その相手は物言わぬ壁。バラバラに切り崩されるも、マギに負傷はない。
で。
「ちょっと気づいたのですが。」「ちょっと思ったのだけれど。」
試合は突如終わり。始まる、議論。
「さっきの三撃、ルール違反ではないでしょうか。」
「さっきの壁、ルール違反ではないかしら。」
今回の『ルール』とは、"お互い純粋な武器による通常攻撃のみ行い、特殊な攻撃を行わないこと。"
純粋な攻防の駆け引き。リアルタイムで組まれる戦略。それを目的にしたのだけれど。
後にして思えば、少し曖昧だった。
ナイフ投げはだめとか、脚技を絡めないとか、それぐらいの認識は一致していたけれど。
「私の剣技の神髄、『時代錯誤』のどこがルール違反なんですの？私の剣による攻撃。そこは間違いありませんわよね？」
「お言葉ですが。アルグレオン様のそれは、『通常攻撃』の域を超えていると思います。普通に防御したり、躱したりするのは困難を極める、必殺技とでも言うべきものです。」
「ええ、そうですわ！まさに必殺技！でも、そんなに褒めても何も出ませんわ…あ。もしかして、そういう攻撃はよく考えるとルール違反…。」
そう、所謂通常攻撃とはかけ離れていて。言うなれば出し得、駆け引きを否定する技。
「確かに、今回のルールの趣旨を考えると、不適切ですわね…。」
そうして片方は納得した。次はもう片方だ。
「私は確かに防御壁を展開しました。しかしこれは直接的な攻撃ではなく、ルール上問題ないと認識していましたが。」そうはいうが。
「一理ないことはないですわね。でも、さっきのやり取りでわかりました。大事なのはどうやってルールをすり抜けるかではなく、どれだけルールに沿った行動を取るかですわ！そう！これこそ騎士道精神！」
リアは続けて、冷静に指摘する。
「確かに直接的な攻撃ではない。でも、それなら何をしてもいいというのなら、ルールをすり抜ける搦手の応酬になってしまうのではなくて？
そう、防御手段も。通常のものに限られるべきです。身を躱す、急所を外す。そう言った原点に立ち返るのが今回の趣旨でしたわよね？」
そう。そもそも今回のルールを定めたのは。『模擬試合の内容が、相手が対処法を取れない新戦法を取って勝つという、本来の闘いの主旨から外れたものになっているのではないか』という疑問が出たからだった。
戦闘の原点。戦略、駆け引き、差し合い、読み合い。そこで雌雄を決しようと。
「…なるほど。アルグレオン様の言う通りでございます。趣旨に沿わなければ。その行動は不適切と捉えるべきです。」
こうして、双方が納得した。
「…もう一度やりますか？でも…」
「正直、やりたいのは山々ですわ。でも、『熱くなった時に、ルール違反の手が出ない自信がない』ですわ…。」
「…同感です。」
そう、そういう手を『使えてしまう』以上は。
どうしても、また同じ結末になってしまう。
「戦闘の原点に立ち返るという発想は良かったと思うのですが…何かいい手はありませんかしらね…。」
いつか、そういう時が来るかもしれない。なら、きっとそういう勘も必要になる。それは2人の共通認識だった。
「ーーーーーーーーなるほど。アルグレオン様。」
ふと、何かマギがいい案を『思いついた』ようだ。
「情報を総合し、調べ。いい案を発見しました。
グレートII世様。鍵はそこにあります。」
「あの方…ですか…。」
リアは少し嫌そうな顔をしてしまった。
「ロンドンスター様！ロンドンスター様！」
ああ、最近呼び名の安定しない声が聞こえる。
「マギだな。どうした？」
次に飛び出したのは、予想もしない言葉だった。
「格闘ゲームというやつを貸してほしいのですが。一式。起動に必要なもの全て。
私がもちろん持っていきます。お願いします。どうしてもこれが一番良い方法なのです。遊びではありません、真剣なのです。アルグレオン様と私マギ、2人からのお願いです。」
いつのまにかリアも横にいて、2人で頭を下げていた。
普通に頼まれても困るが、そこまで頼まなくても。流石のエルメロイ�鏡い砲癲⊃唇佞�図れない。なぜこの2人がそんな必死に格ゲーをやりたがっているのか。
「あー、構わんよ。そうだな、トーカなんかとはよく私も一緒にゲームをやるし。持ち出さなくていい。そのまま使っていい。うん。格闘ゲームは基本同時に2人しかプレイできないから、私は見守るとしよう。
いや初心者だろうから、なんだ。講義だってしてやってもいい。いややってもいいというのはおかしいな。君たちの先生なのだから当然だな。うん。」
生徒の頼みを聞く教師としての答えなのか、ゲームを貸してとねだられた大人としての答えなのか。自分でも迷いながら、とりあえず許可を出す。
「「ありがとうございます！」」
なんだかよくわからない。この2人がゲームをやりたがるのも結びつかない。
（うーむ、苦手というかなんというかな2人だ）
�鏡い呂海辰修蟷廚辰拭�
さて。ゲーム好きの教師から『スーパーファミコン』と『ストリートファイター�供戮鯏呂気譟Ａ犧酳�法を日本のゲームに詳しい教授にみっちり叩き込まれ、
それぞれおすすめの操作キャラマーケティングにまんまと引っかかり、一通り思い通りに動かせるようにはなった。
…日はすっかり暮れたが。
「君ら…ちゃんと勉強…いや、これも必要な勉強だったな。すまない。」
基礎的なことしか教えていないが、ものすごい呑み込みの早さだった。何か気迫が違う。
「どうでしょうか、アルグレオン様。この格闘ゲームというものには、私たちが追いかけていた、戦闘の原点。読み合い、差し合い、駆け引き、戦略。そういったものがすべて含まれていると、データにありました。」
「ええ。完全に理解しましたわ。こんな平和な場所に、闘いの神髄があったとは。動きが決められているからこそ、無限の戦略が生まれる…！そこ！えっ今の絶対当たってますわよ！？」
マギは一体、どこからそんなキャッチコピーみたいなデータを仕入れてくるのか。リアのゲームへの入り込みようはなんなのか。口に出しても結果は変わらないのに。
(ともかく、格闘ゲームはそれなりに体力を使う。初心者だしすぐに疲れて、そんなにずっとはやり続けないはず…。)
ロード・エルメロイ�鏡い里修陵汁曚蓮�外れた。
「…おい。二人とも。そろそろ…」「お願いします。あと一試合。何かが変わりそうなのです。」
「さあ。終わりだ。まあ楽しんでくれたのは良かったが…」「申し訳ありません…。でも！これが最後！このままでは終われませんわ！」
…二人とも教室きっての武闘派。体力や精神力は無尽蔵だった。
(怒ってしまったほうが良いのか？どういう理屈で？部屋でいいといったのは私だし、こいつらはこれが真剣な勉強だと思っている。
論理的にはこちらに負い目があるうえ、力づくじゃこの二人には勝てない。)
考える間にも、さらに二人は真剣になっているようで。
「…そこです。…つぎ。………。……！」「あぶな！ですわ！……もうまいどまいど、いいかげんにしやがれですわ！よけた！よし！よーーーし！」
別方面に殺気立っていく。
「……でも、いい加減に。流石に。」
流石にお互いのためによくない。どうやら今さっき先にリアが50本とったようだし。無理やりにでもーーーーーーーーーーーーーー
その時。
ーーーーーーーばたん、きゅう。急にゆっくり倒れ伏したリアから、そんな音が聞こえた気がした。
「アルグレオン様。アルグレオン様！」「……大丈夫だ。どう見ても寝ているだけだ。」
軽いパニックに陥るマギを、宥める。…そう。集中しすぎて倒れまいかと心配していたのだが、予想が当たってしまったのか。
…いや。これは無意識に自身にかけていた強化が切れ、疲労を一気に感じたせいだな、と気づく。
まだ深夜というほどではない。すぐに起きるだろう。…多分。
「私の、せいなのですね。」マギがうなだれる。どう声をかけようか逡巡していると、むくり。リアが起き上がった。
「…はっ！寝てしまっていましたわ！まさかさっきの勝利も夢…？」
「50先なら、アルグレオン様の勝利でございます。…その、申し訳ございません。私につき合わせたせいで、倒れるほどの疲れを。
私は、その。疲れにくい体で。そういうのに疎くて。無理に付き合わせてしまったのでは…。」
「何を言っているのですか。それは管理できなかった私自身の問題ですわ。…でもそれなら、一つお願いが。」
「なんでしょうか。」マギには予想がつかなかった。
「…握手、いたしませんか？」
場が少し、緊張した。マギへの身体的接触はタブーだと、誰もが知る事実があったから。
しかしリアは勇敢に続ける。
「あなたが身体に、衣服に触れられるのを嫌うのはもちろん知っておりますわ。だからいままで、試合の後の握手だって一度もしてこなかった。
でも、今日は。今日はずっと、あなたといた。いつもと同じ試合の延長だけど、いつもと違うあなたを見れた気がした。そしてそれは。
あなたから見ての私も一緒だったなら、とても嬉しいと。それに同意するなら、握手してほしい。それだけですわ。」
しばしの沈黙。その後。
マギはゆっくりと手を差し出した。そして、リアはその手を握る。手袋と甲冑の、珍妙な握手だけど。
マギしか知らない。差し出した手に込められた、想いと決意を。
疲れの溜まったリアを帰し。マギとロードは二人で部屋を片付けていた。
「すみません先生。こんな時間までゲームに興じ、片付けまで手伝っていただいて。」
先生？マギがそう呼んだことに軽く驚愕するが、動じないようにして、
「ああ。まあ君らがあれ以上続けるなら、流石に困っていたが。それに、私物の置き場は適当だ。
私がやってるのは君らが遊んだ物を元に戻すついでに、適当に置きすぎた物を整理しているだけだ。
…それより。本当に良かったのか？」
聞いたのは、当然。
「握手…。本当は怖かったです。いや、今でも怖い。理由は言えません。申し訳ありません。
それでも、それより嬉しかったから、手を、伸ばしました。」
ロード・エルメロイ�鏡い量椶�光る。マギの正体を推察するためではなく。あくまでマギの教師として。
「マギ。君が人との接触を嫌うのは、『人が嫌いだからではなく』、『人に拒絶されるのが嫌だから』なのか？
いや、深くは詮索しない。ただ、最初君は人嫌いだと思っていたが、どうも『逆』のようだからだ。」
彼女の拒絶は言葉にも及ぶ。命を懸けて、彼女の真意を問う。
しばしの沈黙。マギはおもむろに口を開く。
「…はい。全て当たっている、と思います。私は、何も知らなかったんです。だから、最初は警戒して、拒絶しました。
でも今は違う。きっと、拒絶されるのが怖いから、拒絶している。皆に嫌われるのが、たまらなく怖い。
…そうですね。私、好きなものとかわからなかったんですけど。教室の皆のことが、もちろん先生も、好きなのかもしれないですね。」
いつもと変わらず感情を表に出さない。でも、なんだかマギの口調は砕けていて。ことばがはにかんでいるようだった。
「…そうか。それは、好きなものが見つかったのは、よかったな。」
それ以上のことが、言えなかった。いや、言うべきことはたくさんあった。あるいはすべて追及してしまうべきかもしれない。
でも、無機質で異質な存在だったはずの、マギの言葉は、あまりに素朴で純粋で。
(マギは、おそらく。魔術師でも人間でもない。肉体的にも、精神的にも。)
改めて目の前の生徒を認識する。目の前の生徒は、きっとどこの世界でも受け入れられざる存在。
(ああ、教師として。生徒の面倒は見てやらねば。きちんと独り立ちできるよう、面倒を見てやらねばなーーーーーーーーーーーーーー)
マギは知らない。自分の変化は、他者にも変化を生むことを。そしてどこかで変化が止まるとき。きっとまた変われる。
ナイフでは防げない。しかしこちらの方が身軽。
メイド服をはためかせ。回避と同時に甲冑のない部分への攻撃に転じる。
的確にウィークポイントを狙ってくるナイフ。大振りな剣では守れない。だが。身を捩り、甲冑で受け止める。甲冑が僅かに傷つくにとどまる。
「いい勝負ですね。」「いい勝負ですわね。」
今日の試合はある『ルール』の元行われていた。しかし、問題なく、いい勝負だった。
距離をあちらから詰めてきた。この距離ならば、我が奥義で。
リア・S・アルグレオンは一気に踏み込み、叫ぶ。
「私の作る時間の流れには、逆らう事能いませんわッ！『剣技・時代錯誤』！！」
「ーーーーええ、避けられないでしょう。それでも。」
マギも当然、攻撃されるのは読めている。躱すことが困難ならと、炭素鋼の防御壁を、前面に展開する。
一撃の後、同時に二撃。リアの必殺技『時代錯誤』が完全に決まった。しかし、その相手は物言わぬ壁。バラバラに切り崩されるも、マギに負傷はない。
で。
「ちょっと気づいたのですが。」「ちょっと思ったのだけれど。」
試合は突如終わり。始まる、議論。
「さっきの三撃、ルール違反ではないでしょうか。」
「さっきの壁、ルール違反ではないかしら。」
今回の『ルール』とは、"お互い純粋な武器による通常攻撃のみ行い、特殊な攻撃を行わないこと。"
純粋な攻防の駆け引き。リアルタイムで組まれる戦略。それを目的にしたのだけれど。
後にして思えば、少し曖昧だった。
ナイフ投げはだめとか、脚技を絡めないとか、それぐらいの認識は一致していたけれど。
「私の剣技の神髄、『時代錯誤』のどこがルール違反なんですの？私の剣による攻撃。そこは間違いありませんわよね？」
「お言葉ですが。アルグレオン様のそれは、『通常攻撃』の域を超えていると思います。普通に防御したり、躱したりするのは困難を極める、必殺技とでも言うべきものです。」
「ええ、そうですわ！まさに必殺技！でも、そんなに褒めても何も出ませんわ…あ。もしかして、そういう攻撃はよく考えるとルール違反…。」
そう、所謂通常攻撃とはかけ離れていて。言うなれば出し得、駆け引きを否定する技。
「確かに、今回のルールの趣旨を考えると、不適切ですわね…。」
そうして片方は納得した。次はもう片方だ。
「私は確かに防御壁を展開しました。しかしこれは直接的な攻撃ではなく、ルール上問題ないと認識していましたが。」そうはいうが。
「一理ないことはないですわね。でも、さっきのやり取りでわかりました。大事なのはどうやってルールをすり抜けるかではなく、どれだけルールに沿った行動を取るかですわ！そう！これこそ騎士道精神！」
リアは続けて、冷静に指摘する。
「確かに直接的な攻撃ではない。でも、それなら何をしてもいいというのなら、ルールをすり抜ける搦手の応酬になってしまうのではなくて？
そう、防御手段も。通常のものに限られるべきです。身を躱す、急所を外す。そう言った原点に立ち返るのが今回の趣旨でしたわよね？」
そう。そもそも今回のルールを定めたのは。『模擬試合の内容が、相手が対処法を取れない新戦法を取って勝つという、本来の闘いの主旨から外れたものになっているのではないか』という疑問が出たからだった。
戦闘の原点。戦略、駆け引き、差し合い、読み合い。そこで雌雄を決しようと。
「…なるほど。アルグレオン様の言う通りでございます。趣旨に沿わなければ。その行動は不適切と捉えるべきです。」
こうして、双方が納得した。
「…もう一度やりますか？でも…」
「正直、やりたいのは山々ですわ。でも、『熱くなった時に、ルール違反の手が出ない自信がない』ですわ…。」
「…同感です。」
そう、そういう手を『使えてしまう』以上は。
どうしても、また同じ結末になってしまう。
「戦闘の原点に立ち返るという発想は良かったと思うのですが…何かいい手はありませんかしらね…。」
いつか、そういう時が来るかもしれない。なら、きっとそういう勘も必要になる。それは2人の共通認識だった。
「ーーーーーーーーなるほど。アルグレオン様。」
ふと、何かマギがいい案を『思いついた』ようだ。
「情報を総合し、調べ。いい案を発見しました。
グレートII世様。鍵はそこにあります。」
「あの方…ですか…。」
リアは少し嫌そうな顔をしてしまった。
「ロンドンスター様！ロンドンスター様！」
ああ、最近呼び名の安定しない声が聞こえる。
「マギだな。どうした？」
次に飛び出したのは、予想もしない言葉だった。
「格闘ゲームというやつを貸してほしいのですが。一式。起動に必要なもの全て。
私がもちろん持っていきます。お願いします。どうしてもこれが一番良い方法なのです。遊びではありません、真剣なのです。アルグレオン様と私マギ、2人からのお願いです。」
いつのまにかリアも横にいて、2人で頭を下げていた。
普通に頼まれても困るが、そこまで頼まなくても。流石のエルメロイ�鏡い砲癲⊃唇佞�図れない。なぜこの2人がそんな必死に格ゲーをやりたがっているのか。
「あー、構わんよ。そうだな、トーカなんかとはよく私も一緒にゲームをやるし。持ち出さなくていい。そのまま使っていい。うん。格闘ゲームは基本同時に2人しかプレイできないから、私は見守るとしよう。
いや初心者だろうから、なんだ。講義だってしてやってもいい。いややってもいいというのはおかしいな。君たちの先生なのだから当然だな。うん。」
生徒の頼みを聞く教師としての答えなのか、ゲームを貸してとねだられた大人としての答えなのか。自分でも迷いながら、とりあえず許可を出す。
「「ありがとうございます！」」
なんだかよくわからない。この2人がゲームをやりたがるのも結びつかない。
（うーむ、苦手というかなんというかな2人だ）
�鏡い呂海辰修蟷廚辰拭�
さて。ゲーム好きの教師から『スーパーファミコン』と『ストリートファイター�供戮鯏呂気譟Ａ犧酳�法を日本のゲームに詳しい教授にみっちり叩き込まれ、
それぞれおすすめの操作キャラマーケティングにまんまと引っかかり、一通り思い通りに動かせるようにはなった。
…日はすっかり暮れたが。
「君ら…ちゃんと勉強…いや、これも必要な勉強だったな。すまない。」
基礎的なことしか教えていないが、ものすごい呑み込みの早さだった。何か気迫が違う。
「どうでしょうか、アルグレオン様。この格闘ゲームというものには、私たちが追いかけていた、戦闘の原点。読み合い、差し合い、駆け引き、戦略。そういったものがすべて含まれていると、データにありました。」
「ええ。完全に理解しましたわ。こんな平和な場所に、闘いの神髄があったとは。動きが決められているからこそ、無限の戦略が生まれる…！そこ！えっ今の絶対当たってますわよ！？」
マギは一体、どこからそんなキャッチコピーみたいなデータを仕入れてくるのか。リアのゲームへの入り込みようはなんなのか。口に出しても結果は変わらないのに。
(ともかく、格闘ゲームはそれなりに体力を使う。初心者だしすぐに疲れて、そんなにずっとはやり続けないはず…。)
ロード・エルメロイ�鏡い里修陵汁曚蓮�外れた。
「…おい。二人とも。そろそろ…」「お願いします。あと一試合。何かが変わりそうなのです。」
「さあ。終わりだ。まあ楽しんでくれたのは良かったが…」「申し訳ありません…。でも！これが最後！このままでは終われませんわ！」
…二人とも教室きっての武闘派。体力や精神力は無尽蔵だった。
(怒ってしまったほうが良いのか？どういう理屈で？部屋でいいといったのは私だし、こいつらはこれが真剣な勉強だと思っている。
論理的にはこちらに負い目があるうえ、力づくじゃこの二人には勝てない。)
考える間にも、さらに二人は真剣になっているようで。
「…そこです。…つぎ。………。……！」「あぶな！ですわ！……もうまいどまいど、いいかげんにしやがれですわ！よけた！よし！よーーーし！」
別方面に殺気立っていく。
「……でも、いい加減に。流石に。」
流石にお互いのためによくない。どうやら今さっき先にリアが50本とったようだし。無理やりにでもーーーーーーーーーーーーーー
その時。
ーーーーーーーばたん、きゅう。急にゆっくり倒れ伏したリアから、そんな音が聞こえた気がした。
「アルグレオン様。アルグレオン様！」「……大丈夫だ。どう見ても寝ているだけだ。」
軽いパニックに陥るマギを、宥める。…そう。集中しすぎて倒れまいかと心配していたのだが、予想が当たってしまったのか。
…いや。これは無意識に自身にかけていた強化が切れ、疲労を一気に感じたせいだな、と気づく。
まだ深夜というほどではない。すぐに起きるだろう。…多分。
「私の、せいなのですね。」マギがうなだれる。どう声をかけようか逡巡していると、むくり。リアが起き上がった。
「…はっ！寝てしまっていましたわ！まさかさっきの勝利も夢…？」
「50先なら、アルグレオン様の勝利でございます。…その、申し訳ございません。私につき合わせたせいで、倒れるほどの疲れを。
私は、その。疲れにくい体で。そういうのに疎くて。無理に付き合わせてしまったのでは…。」
「何を言っているのですか。それは管理できなかった私自身の問題ですわ。…でもそれなら、一つお願いが。」
「なんでしょうか。」マギには予想がつかなかった。
「…握手、いたしませんか？」
場が少し、緊張した。マギへの身体的接触はタブーだと、誰もが知る事実があったから。
しかしリアは勇敢に続ける。
「あなたが身体に、衣服に触れられるのを嫌うのはもちろん知っておりますわ。だからいままで、試合の後の握手だって一度もしてこなかった。
でも、今日は。今日はずっと、あなたといた。いつもと同じ試合の延長だけど、いつもと違うあなたを見れた気がした。そしてそれは。
あなたから見ての私も一緒だったなら、とても嬉しいと。それに同意するなら、握手してほしい。それだけですわ。」
しばしの沈黙。その後。
マギはゆっくりと手を差し出した。そして、リアはその手を握る。手袋と甲冑の、珍妙な握手だけど。
マギしか知らない。差し出した手に込められた、想いと決意を。
疲れの溜まったリアを帰し。マギとロードは二人で部屋を片付けていた。
「すみません先生。こんな時間までゲームに興じ、片付けまで手伝っていただいて。」
先生？マギがそう呼んだことに軽く驚愕するが、動じないようにして、
「ああ。まあ君らがあれ以上続けるなら、流石に困っていたが。それに、私物の置き場は適当だ。
私がやってるのは君らが遊んだ物を元に戻すついでに、適当に置きすぎた物を整理しているだけだ。
…それより。本当に良かったのか？」
聞いたのは、当然。
「握手…。本当は怖かったです。いや、今でも怖い。理由は言えません。申し訳ありません。
それでも、それより嬉しかったから、手を、伸ばしました。」
ロード・エルメロイ�鏡い量椶�光る。マギの正体を推察するためではなく。あくまでマギの教師として。
「マギ。君が人との接触を嫌うのは、『人が嫌いだからではなく』、『人に拒絶されるのが嫌だから』なのか？
いや、深くは詮索しない。ただ、最初君は人嫌いだと思っていたが、どうも『逆』のようだからだ。」
彼女の拒絶は言葉にも及ぶ。命を懸けて、彼女の真意を問う。
しばしの沈黙。マギはおもむろに口を開く。
「…はい。全て当たっている、と思います。私は、何も知らなかったんです。だから、最初は警戒して、拒絶しました。
でも今は違う。きっと、拒絶されるのが怖いから、拒絶している。皆に嫌われるのが、たまらなく怖い。
…そうですね。私、好きなものとかわからなかったんですけど。教室の皆のことが、もちろん先生も、好きなのかもしれないですね。」
いつもと変わらず感情を表に出さない。でも、なんだかマギの口調は砕けていて。ことばがはにかんでいるようだった。
「…そうか。それは、好きなものが見つかったのは、よかったな。」
それ以上のことが、言えなかった。いや、言うべきことはたくさんあった。あるいはすべて追及してしまうべきかもしれない。
でも、無機質で異質な存在だったはずの、マギの言葉は、あまりに素朴で純粋で。
(マギは、おそらく。魔術師でも人間でもない。肉体的にも、精神的にも。)
改めて目の前の生徒を認識する。目の前の生徒は、きっとどこの世界でも受け入れられざる存在。
(ああ、教師として。生徒の面倒は見てやらねば。きちんと独り立ちできるよう、面倒を見てやらねばなーーーーーーーーーーーーーー)
マギは知らない。自分の変化は、他者にも変化を生むことを。そしてどこかで変化が止まるとき。きっとまた変われる。
初体験のマギ:それは初めてのよろこびを抱えた夜
新しい一歩を踏み出せた日の深夜。マギの掌には、まだ握手の感触が残っていた。怖くて怖くてたまらなかったそれは、とても暖かかった。
「…。」
何度も握ったり、開いたり。
自分が拒絶されることへの恐怖感。それは一旦忘れて。
人の身体の暖かさを初めて知った。
マギにも体温はあるが、所詮人工的なものである。それに、なにより。他者の暖かさは、格別なものだった。
ロードに告げた言葉を思い出す。
「私は、皆が好きなのかもしれない。
手放したくない。拒絶されたくない。仲良くしたい。」
それは、あまりに"普通すぎる"望みだった。
強いて言うなら、彼女は。
既に教室に依存してしまっている。だから、すこしその"好き"は過剰な反応を見せるかもしれない。
とはいえ彼女は理性的な存在である。好意の押し付けは、相手から拒絶される一因となることも知っていた。だから、あえて自分から拒絶していた。でも。
今日の一件で、マギに勇気が芽生えた。目的が芽生えた。
「もし、自分がどうしようもない人でなしでも。それを隠したまま、仲良くなることは、できるはず。」
「同級生と、仲良くなりたい。」異形の持った、あまりに素朴な願い。
「そしていずれは誰か。私の存在を認めてほしい。」孤独な1人の存在が持った、あまりに遠い願い。
それでも、マギは願いを持った。
教室の皆と、友好関係を作りたい。
時計塔は友達作りの場ではないことなど、重々承知だ。そこは他者を出し抜く場所で。他者を蹴落とす場所だ。
それでも。マギは覚悟を持った。
どうせ魔術師にはなれない存在なら。思考だって無理に合わせる必要はない。ただ多様性として認める。でも私は違う。それだけだ。
マギの願いと覚悟。ここから生まれる行動は、マギの全てを変えうるものだ。
マギは知らない。人に触れ、自然と人に好意を持つ純粋な精神。それは人に近づくと同時に、神にも近づくものだと。
人を真に理解するのは、神にしか不可能なのだ。
「…。」
何度も握ったり、開いたり。
自分が拒絶されることへの恐怖感。それは一旦忘れて。
人の身体の暖かさを初めて知った。
マギにも体温はあるが、所詮人工的なものである。それに、なにより。他者の暖かさは、格別なものだった。
ロードに告げた言葉を思い出す。
「私は、皆が好きなのかもしれない。
手放したくない。拒絶されたくない。仲良くしたい。」
それは、あまりに"普通すぎる"望みだった。
強いて言うなら、彼女は。
既に教室に依存してしまっている。だから、すこしその"好き"は過剰な反応を見せるかもしれない。
とはいえ彼女は理性的な存在である。好意の押し付けは、相手から拒絶される一因となることも知っていた。だから、あえて自分から拒絶していた。でも。
今日の一件で、マギに勇気が芽生えた。目的が芽生えた。
「もし、自分がどうしようもない人でなしでも。それを隠したまま、仲良くなることは、できるはず。」
「同級生と、仲良くなりたい。」異形の持った、あまりに素朴な願い。
「そしていずれは誰か。私の存在を認めてほしい。」孤独な1人の存在が持った、あまりに遠い願い。
それでも、マギは願いを持った。
教室の皆と、友好関係を作りたい。
時計塔は友達作りの場ではないことなど、重々承知だ。そこは他者を出し抜く場所で。他者を蹴落とす場所だ。
それでも。マギは覚悟を持った。
どうせ魔術師にはなれない存在なら。思考だって無理に合わせる必要はない。ただ多様性として認める。でも私は違う。それだけだ。
マギの願いと覚悟。ここから生まれる行動は、マギの全てを変えうるものだ。
マギは知らない。人に触れ、自然と人に好意を持つ純粋な精神。それは人に近づくと同時に、神にも近づくものだと。
人を真に理解するのは、神にしか不可能なのだ。
魔術師のマギ:その朝、全てが止まった部屋
「え」
マギは目を覚ました。そう、"マギは眠っていた。"
昨日、何があったんだろう。その記憶もはっきりしない。
明らかな異常事態だった。そしてさらに。
「む」
身体がうまく動かない。これは疲労？病気？どちらもマギにとってはあり得ないはずだった。
(だって私は、人でなしじゃないか。)
呟くつもりが声もかすれる。心の中に言葉が響く。人でなし。
その言葉に呼応してか。昨日のことが、少しづつ思い出されてきた。
握手をしたのだ。私は禁忌としていたことを自ら破った。その罰なのだろうか。この異常は。
考えが働かない。検索も動かない。
まるで熱でも出したかのよう。まるで風邪でもひいたかのよう。まるで、人間にでもなれたかのよう。
ああ、ならば。
私は少し、ヒトに近づけたのか。すこし、うれしい。
(でも、どうしよう。)
それはそれとして、身体も頭も動かないんじゃ。
ここから、出られない。みんなに、会えない。
マギはもはや、最初に抱いていたはずの他者への警戒心を失っていた。マギは素朴すぎた。
人を見て、人と触れ、それでも警戒できるほど、確固たる信念は持てなかった。
当然のように、親しみを感じてしまって。当然のように、皆を好きになってしまった。
生き延びるだけでよかったはずのマギには、別の生きる目的ができてしまったのだ。
みんなといっしょにいたい。
それは神の器としても、魔術師としても、あるいは人としても、あまりに幼稚な願いかもしれないが。
(でも。そのために本当に必要なのは。この身体から逃げ続けるわけには、いかない。)
最初のマギは、警戒と無関心から。今のマギは、拒絶への恐怖から。自身に触れられることを避けてきた。でもそれでは、"いっしょ"ではないのではないか？
思考が蕩けているのを感じながらも、考える。今の頭だからこそ、深くまで行けそうだから。
(先生。アトキンソン様。テア様。グリールス様。フランソイル様。ショコラ様。アルグレオン様。黒野様。ルノアール様。ディオナ様。オヴェリオ様。堂島様。
クィンテッサ様。クェイド様。レモン様。オリーブ様。ボルドー様。オリジン様。ガンバーランド様。ロザニア様。リリニア様。神楽坂様。ディットィエルト様。)
名前を、存在を、頭に思い浮かべる。これだけの人がいて、素直になってみると。
(私、ぜんぜん仲良くなろうとしていない。)
基本的に拒絶して、人によってはすでにどうしようもない溝が開いている。
(それに個々の人間関係だってある、性格だってある、相容れないことだって、ある。)
それはマギが一番よくわかっている。自分ほどわかりやすく禁忌があって、自分ほどわかりやすく他者を拒絶している存在もいない。
(こんなにたくさんの人すべてと、一緒にいたいだなんて。それは、薄っぺらい八方美人になるのではないか。)
それでも。むしろ、それなら。不可能に近いことを、やり遂げようとするなら。
(私は、そういう魔術師になろう。それが私の目標だ。私の道だ。)
魔術師は、独自の道を突き進む者なら。私も、その類に漏れないはずだ。
マギは信じた。自分の居場所が、どこにもないのなら。それは、自分で作れるはずだと。
なぜなら私は、時計塔にいるから。不可能を可能にするために学ぶ者の一人だから。
(それにしても。どうして体が動かないんだろう。)
風邪というのは、一生経験しないと思っていたのにな。どれだけ長い一生を送れるかは、わからないけれど。
もしかしたら、身体が何かの奇跡で人間に近づいたのかもしれない。
そんなありもしない可能性に、期待する。だって自分は、不可能を追い求める魔術師なのだから。
マギの生きる目的。それをマギはついに手に入れた。
「気を失った原因は過負荷だな。単に。所詮マギの身体は機械主体で、上限はある。原因ははっきりした。理由は何かわからんが、よほどこいつの頭脳部分が熱を持ってしまったのだろう。
明日には治る。雑多な情報を抱え込みすぎて、処理が追い付いていないだけだ。何かの間違いで生体パーツが病気とやらを発症したのかと思ったが、安心した。」
「マギにどうして過負荷がかかったのか、それは少し興味深いけどね。処理の遅くなった頭脳で、それでも何かを考えている理由も。」
「そうだな。興味というより警戒だが。過負荷がかかるような原因は、排除すべきじゃないのか？"僕"なら思考を操れるんだろう？
"私"の思考が堂々巡りのエラーのようになっていなければ、過負荷などありえないはずなんだ。なにか知らんが本当にこいつは神にふさわしい人格なんだろうな？」
「そうなるように作ったよ。少なくとも僕は。聖人とは真っ当な精神を持っていることが大前提だからね。そして人に寄り添う神とは、神話のようなものではいけない。
あくまで人の心を永遠に保ち続ける神。それこそがマギ計画の目指すところさ。そしてそのために、できるだけ思考は弄りたくない。」
「…それは、なかなか地獄だな。"私"は永遠に人並みで、壊れることも許されないのか。」
「それでも、そういう計画だからね。"俺"だって賛同した計画だろう？そもそもそのために生まれたのなら、そこは違えられないんだ。」
「ああ。わかっている。だがな。それでもむごい話だと、そう思っただけだ。」
「"俺"はたまに真っ当じみたことを言うね。彼ら三人に合わせるように作ったのに。」
「あの三人はあくまで人間だ。俺はそう信じている。だから俺もそれなりに、人らしいところがあるのだろう。」
マギの生まれた目的。それをマギはいまだ知らない。
マギは目を覚ました。そう、"マギは眠っていた。"
昨日、何があったんだろう。その記憶もはっきりしない。
明らかな異常事態だった。そしてさらに。
「む」
身体がうまく動かない。これは疲労？病気？どちらもマギにとってはあり得ないはずだった。
(だって私は、人でなしじゃないか。)
呟くつもりが声もかすれる。心の中に言葉が響く。人でなし。
その言葉に呼応してか。昨日のことが、少しづつ思い出されてきた。
握手をしたのだ。私は禁忌としていたことを自ら破った。その罰なのだろうか。この異常は。
考えが働かない。検索も動かない。
まるで熱でも出したかのよう。まるで風邪でもひいたかのよう。まるで、人間にでもなれたかのよう。
ああ、ならば。
私は少し、ヒトに近づけたのか。すこし、うれしい。
(でも、どうしよう。)
それはそれとして、身体も頭も動かないんじゃ。
ここから、出られない。みんなに、会えない。
マギはもはや、最初に抱いていたはずの他者への警戒心を失っていた。マギは素朴すぎた。
人を見て、人と触れ、それでも警戒できるほど、確固たる信念は持てなかった。
当然のように、親しみを感じてしまって。当然のように、皆を好きになってしまった。
生き延びるだけでよかったはずのマギには、別の生きる目的ができてしまったのだ。
みんなといっしょにいたい。
それは神の器としても、魔術師としても、あるいは人としても、あまりに幼稚な願いかもしれないが。
(でも。そのために本当に必要なのは。この身体から逃げ続けるわけには、いかない。)
最初のマギは、警戒と無関心から。今のマギは、拒絶への恐怖から。自身に触れられることを避けてきた。でもそれでは、"いっしょ"ではないのではないか？
思考が蕩けているのを感じながらも、考える。今の頭だからこそ、深くまで行けそうだから。
(先生。アトキンソン様。テア様。グリールス様。フランソイル様。ショコラ様。アルグレオン様。黒野様。ルノアール様。ディオナ様。オヴェリオ様。堂島様。
クィンテッサ様。クェイド様。レモン様。オリーブ様。ボルドー様。オリジン様。ガンバーランド様。ロザニア様。リリニア様。神楽坂様。ディットィエルト様。)
名前を、存在を、頭に思い浮かべる。これだけの人がいて、素直になってみると。
(私、ぜんぜん仲良くなろうとしていない。)
基本的に拒絶して、人によってはすでにどうしようもない溝が開いている。
(それに個々の人間関係だってある、性格だってある、相容れないことだって、ある。)
それはマギが一番よくわかっている。自分ほどわかりやすく禁忌があって、自分ほどわかりやすく他者を拒絶している存在もいない。
(こんなにたくさんの人すべてと、一緒にいたいだなんて。それは、薄っぺらい八方美人になるのではないか。)
それでも。むしろ、それなら。不可能に近いことを、やり遂げようとするなら。
(私は、そういう魔術師になろう。それが私の目標だ。私の道だ。)
魔術師は、独自の道を突き進む者なら。私も、その類に漏れないはずだ。
マギは信じた。自分の居場所が、どこにもないのなら。それは、自分で作れるはずだと。
なぜなら私は、時計塔にいるから。不可能を可能にするために学ぶ者の一人だから。
(それにしても。どうして体が動かないんだろう。)
風邪というのは、一生経験しないと思っていたのにな。どれだけ長い一生を送れるかは、わからないけれど。
もしかしたら、身体が何かの奇跡で人間に近づいたのかもしれない。
そんなありもしない可能性に、期待する。だって自分は、不可能を追い求める魔術師なのだから。
マギの生きる目的。それをマギはついに手に入れた。
「気を失った原因は過負荷だな。単に。所詮マギの身体は機械主体で、上限はある。原因ははっきりした。理由は何かわからんが、よほどこいつの頭脳部分が熱を持ってしまったのだろう。
明日には治る。雑多な情報を抱え込みすぎて、処理が追い付いていないだけだ。何かの間違いで生体パーツが病気とやらを発症したのかと思ったが、安心した。」
「マギにどうして過負荷がかかったのか、それは少し興味深いけどね。処理の遅くなった頭脳で、それでも何かを考えている理由も。」
「そうだな。興味というより警戒だが。過負荷がかかるような原因は、排除すべきじゃないのか？"僕"なら思考を操れるんだろう？
"私"の思考が堂々巡りのエラーのようになっていなければ、過負荷などありえないはずなんだ。なにか知らんが本当にこいつは神にふさわしい人格なんだろうな？」
「そうなるように作ったよ。少なくとも僕は。聖人とは真っ当な精神を持っていることが大前提だからね。そして人に寄り添う神とは、神話のようなものではいけない。
あくまで人の心を永遠に保ち続ける神。それこそがマギ計画の目指すところさ。そしてそのために、できるだけ思考は弄りたくない。」
「…それは、なかなか地獄だな。"私"は永遠に人並みで、壊れることも許されないのか。」
「それでも、そういう計画だからね。"俺"だって賛同した計画だろう？そもそもそのために生まれたのなら、そこは違えられないんだ。」
「ああ。わかっている。だがな。それでもむごい話だと、そう思っただけだ。」
「"俺"はたまに真っ当じみたことを言うね。彼ら三人に合わせるように作ったのに。」
「あの三人はあくまで人間だ。俺はそう信じている。だから俺もそれなりに、人らしいところがあるのだろう。」
マギの生まれた目的。それをマギはいまだ知らない。
人付合のマギ:メルキオールの第一提言
「…すみません。ショコラ様。お忙しい所に。人気のないところに呼び出して、ご相談などと。」一方が、申し訳なさそうに。
「全然構わないよ！マギさんには、たまに大きなもの運んでもらったり、理不尽な依頼をこなさせてもらったりしてるし…
それに、頼まれごとは断らないのが、私の信念だからね！」一方が、少し得意げに。
街角。二人の少女が立っていた。その姿は対照的。その一方、マギは場違いなメイド服に全身を包み、おおよそどこに行っても目立つような格好で。
もう一方、ショコラトル・アイシィ・ストロームベリはタンクトップとホットパンツに、ジャケットを着た快活なファッション。おおよそどこに行っても馴染めるような格好だ。
そんな二人が、親しげに、少し密かに、何かを話していた。
「信念…。そうですね。私の"悩み"も、そういったものかもしれません。これを、話すのは。恐らくショコラ様が最適だと思ったのです。」誰にでも聞かれたい話ではない。言外にその意図をショコラは感じ取った。
さあ、何が出てくるか。
「…どうしたら、人と親しくなれるのでしょうか。」
ショコラは虚を突かれた思いだった。いつも人を寄せ付けまいとしていたマギが、親しくなりたい？その質問の純朴さにも驚いた。だってマギは、一人で難しい本を読んでいるような。細かな知識に価値を見出すような、そんな人だと思っていたから。
「えっと…なにかあったの？マギさん。もし差し支えないなら、そこからじっくり聞いて、答えてあげたいな。」
とりあえず、聞く。おそらく自分なりに、誰とでも、初対面でも親しく話すノウハウは持っているけど。それを期待して、マギは自分に相談したのだろうけど。
それでも、それだけで。答えてしまうのは良くないと思ったから。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
マギは、あの日のことを、打ち明けた。始まりは突拍子もない思いつきで、リアとゲームに興じて。そして。そして『握手』をしたこと。
それで自分の望みを理解したこと。自分の目的が決まったこと。みんなと、いっしょにいたい。そう思ったこと。
「…なるほど。
まずは、そんな大事な話を聞かせてくれてありがとう。
言っちゃなんだけど、私はマギさんと違って授業に出てない時も多いし。使いっぱしりさせてるし。マギさんとの距離感がわからなかったのは、私も同じ。」
それはマギにとっては意外だった。ショコラは、いつでもにこやかで、誰にでも親しく、私にも親しく、そう、私とは違う。そう思っていた。
「それは、やはり。私が拒絶しているから。」
「違うよ。マギさんの問題じゃない。触れられたくないことの一つや二つ、誰だって持ってて当たり前。」
すぐに否定された。反芻する。当たり前、当たり前。私の存在は、当たり前であるはずがないのに。でもきっと、そういう意味ではない。
「そう、当たり前。事情は知らないけど、断言できる。隠し事をしていたら、誰とも親しくできないというなら。
…私だって、配達員なんかできない。こんな風ではいられない。」
厳しい意味で言うわけじゃないけど、と前置きをして。ショコラは、本題に入った。
「マギさんは、純粋というか、何も知らないというか、極端というか、潔癖というか。いい表現が見つからないけど。悪い意味じゃないよ。ただ、きっと。折り合いをつけられてないんだと、思う。」
マギは呟く。
「折り合い。適切な距離を持つ。ということですよね。」
それを聞いて、すこし、ショコラの頬が緩んだように見えた。
「そう！わかってるじゃん！わかってるなら、実行するだけだよ！…とはいえ、難しいよね。」
ああ、この人に聞いて正解だったと、マギは思った。情報の海に溺れて思考の止まった私から、考えを引き出してくれた。
そこで、ふと。何故か。一人の名前を呟いた。
「…堂島様。」
唐突に出てきた名前。
「…堂島さんが、どうしたの？」
ショコラに聞き返される。
わからない。何故。いや、わかった。単純なことだ。
「最初に、適切な距離を取れそうなのは。親しくなれそうなのは。堂島様かな、と思ったのです。
あと一歩のように思うのです。…あちらが私のことをどう思っているのか。そこは、話題から避けられているような気がしますが。」
ショコラは思った。それはきっと、あなたのことを気遣ってだから。心配しなくても、いい。
あえて言葉にはしない。それが『適切な距離』というものだと思ったから。
「…それにしても、そことそこか。もっと教室に行ってれば、わかったのかな。いや、マギさん的に、そこまでいかないかもだけど。」
こっそりショコラは呟く。
「？ どういう意味ですか？」
マギは全く要領を得ていない。
独り言だよ、とショコラは返し。
「じゃあ、大体解決した？折り合いだよ、折り合い。秘密や触れられたくないことがあったりなんて、当たり前なんだから。
それに、残念かもしれないけど。深くないからこその親しさってのも、存在する。もちろんいい意味で。だから、そのために折り合いを付けるんだよ。…ここの程度が人の組み合わせで変わるから、難しいんだけど。」
ショコラも悩んでいる。マギにとっては意外だった。
「ショコラ様は、人間関係に関しては卓越していると思っていましたが。わからないことも、あるものなのですね。」
問う。まだ聞きたい。
「卓越はいいすぎだけど。まあ仕事柄、人付き合いは多いね。初対面の人の心にずかずか入り込んだら、誰でも親しくなんかなれないでしょ？そこで折り合いの応用。踏み込まず、友好的に。」
当たり前ではあるけど難しいことだ、とショコラは語った。
「特に魔術師なんかはね、気難しかったり、宇宙人みたいな人もいるからね！本当に折り合いをつけないと、えらい目に遭うよ！」
そう言って、ショコラは話を少し戻す。
「そういう意味では、堂島さんから仲良くしよう、ってのはいいんじゃないかな。一般人よりだし。話もわかるタイプだし。
なによりマギさんがあと一歩だというなら、そこを踏み出すだけだよ！頑張れ！」
そうしてショコラはにかっと笑う。
マギの表情は相変わらず変わらないけれど。
その心は少し晴れた、気がした。
「それじゃあこんなもんかな！ありがとね、話、聞かせてくれて。」
みんな、やさしいな。マギはそう思った。
「とんでもない。貴重なお時間を取らせてしまって。…そうだ。お礼になるかはわかりませんが。」
言って、マギは手を差し出す。
「…えっ、いいの？リアさんほど、劇的なことができた自信ないけど…。」
ショコラも、その差し出された手の意味は理解していた。
「感謝の印でもあると、聞きます。なら、限りない感謝を込めての、握手のお願いです。…手袋越しで失礼しますが。」
「信頼の証、でもあるね。ありがとう！」
そうして、ショコラとマギは軽く握手する。
また一つ、進展した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「さて、堂島様から。…討論以外で話すことは、多いというほどではないですが。」
大丈夫。いつもと違うのは少しだけ。話しかけるのはいつものことで、そこからが違うだけ。
そう、そのはず。
マギは知らない。その結末を。
「全然構わないよ！マギさんには、たまに大きなもの運んでもらったり、理不尽な依頼をこなさせてもらったりしてるし…
それに、頼まれごとは断らないのが、私の信念だからね！」一方が、少し得意げに。
街角。二人の少女が立っていた。その姿は対照的。その一方、マギは場違いなメイド服に全身を包み、おおよそどこに行っても目立つような格好で。
もう一方、ショコラトル・アイシィ・ストロームベリはタンクトップとホットパンツに、ジャケットを着た快活なファッション。おおよそどこに行っても馴染めるような格好だ。
そんな二人が、親しげに、少し密かに、何かを話していた。
「信念…。そうですね。私の"悩み"も、そういったものかもしれません。これを、話すのは。恐らくショコラ様が最適だと思ったのです。」誰にでも聞かれたい話ではない。言外にその意図をショコラは感じ取った。
さあ、何が出てくるか。
「…どうしたら、人と親しくなれるのでしょうか。」
ショコラは虚を突かれた思いだった。いつも人を寄せ付けまいとしていたマギが、親しくなりたい？その質問の純朴さにも驚いた。だってマギは、一人で難しい本を読んでいるような。細かな知識に価値を見出すような、そんな人だと思っていたから。
「えっと…なにかあったの？マギさん。もし差し支えないなら、そこからじっくり聞いて、答えてあげたいな。」
とりあえず、聞く。おそらく自分なりに、誰とでも、初対面でも親しく話すノウハウは持っているけど。それを期待して、マギは自分に相談したのだろうけど。
それでも、それだけで。答えてしまうのは良くないと思ったから。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
マギは、あの日のことを、打ち明けた。始まりは突拍子もない思いつきで、リアとゲームに興じて。そして。そして『握手』をしたこと。
それで自分の望みを理解したこと。自分の目的が決まったこと。みんなと、いっしょにいたい。そう思ったこと。
「…なるほど。
まずは、そんな大事な話を聞かせてくれてありがとう。
言っちゃなんだけど、私はマギさんと違って授業に出てない時も多いし。使いっぱしりさせてるし。マギさんとの距離感がわからなかったのは、私も同じ。」
それはマギにとっては意外だった。ショコラは、いつでもにこやかで、誰にでも親しく、私にも親しく、そう、私とは違う。そう思っていた。
「それは、やはり。私が拒絶しているから。」
「違うよ。マギさんの問題じゃない。触れられたくないことの一つや二つ、誰だって持ってて当たり前。」
すぐに否定された。反芻する。当たり前、当たり前。私の存在は、当たり前であるはずがないのに。でもきっと、そういう意味ではない。
「そう、当たり前。事情は知らないけど、断言できる。隠し事をしていたら、誰とも親しくできないというなら。
…私だって、配達員なんかできない。こんな風ではいられない。」
厳しい意味で言うわけじゃないけど、と前置きをして。ショコラは、本題に入った。
「マギさんは、純粋というか、何も知らないというか、極端というか、潔癖というか。いい表現が見つからないけど。悪い意味じゃないよ。ただ、きっと。折り合いをつけられてないんだと、思う。」
マギは呟く。
「折り合い。適切な距離を持つ。ということですよね。」
それを聞いて、すこし、ショコラの頬が緩んだように見えた。
「そう！わかってるじゃん！わかってるなら、実行するだけだよ！…とはいえ、難しいよね。」
ああ、この人に聞いて正解だったと、マギは思った。情報の海に溺れて思考の止まった私から、考えを引き出してくれた。
そこで、ふと。何故か。一人の名前を呟いた。
「…堂島様。」
唐突に出てきた名前。
「…堂島さんが、どうしたの？」
ショコラに聞き返される。
わからない。何故。いや、わかった。単純なことだ。
「最初に、適切な距離を取れそうなのは。親しくなれそうなのは。堂島様かな、と思ったのです。
あと一歩のように思うのです。…あちらが私のことをどう思っているのか。そこは、話題から避けられているような気がしますが。」
ショコラは思った。それはきっと、あなたのことを気遣ってだから。心配しなくても、いい。
あえて言葉にはしない。それが『適切な距離』というものだと思ったから。
「…それにしても、そことそこか。もっと教室に行ってれば、わかったのかな。いや、マギさん的に、そこまでいかないかもだけど。」
こっそりショコラは呟く。
「？ どういう意味ですか？」
マギは全く要領を得ていない。
独り言だよ、とショコラは返し。
「じゃあ、大体解決した？折り合いだよ、折り合い。秘密や触れられたくないことがあったりなんて、当たり前なんだから。
それに、残念かもしれないけど。深くないからこその親しさってのも、存在する。もちろんいい意味で。だから、そのために折り合いを付けるんだよ。…ここの程度が人の組み合わせで変わるから、難しいんだけど。」
ショコラも悩んでいる。マギにとっては意外だった。
「ショコラ様は、人間関係に関しては卓越していると思っていましたが。わからないことも、あるものなのですね。」
問う。まだ聞きたい。
「卓越はいいすぎだけど。まあ仕事柄、人付き合いは多いね。初対面の人の心にずかずか入り込んだら、誰でも親しくなんかなれないでしょ？そこで折り合いの応用。踏み込まず、友好的に。」
当たり前ではあるけど難しいことだ、とショコラは語った。
「特に魔術師なんかはね、気難しかったり、宇宙人みたいな人もいるからね！本当に折り合いをつけないと、えらい目に遭うよ！」
そう言って、ショコラは話を少し戻す。
「そういう意味では、堂島さんから仲良くしよう、ってのはいいんじゃないかな。一般人よりだし。話もわかるタイプだし。
なによりマギさんがあと一歩だというなら、そこを踏み出すだけだよ！頑張れ！」
そうしてショコラはにかっと笑う。
マギの表情は相変わらず変わらないけれど。
その心は少し晴れた、気がした。
「それじゃあこんなもんかな！ありがとね、話、聞かせてくれて。」
みんな、やさしいな。マギはそう思った。
「とんでもない。貴重なお時間を取らせてしまって。…そうだ。お礼になるかはわかりませんが。」
言って、マギは手を差し出す。
「…えっ、いいの？リアさんほど、劇的なことができた自信ないけど…。」
ショコラも、その差し出された手の意味は理解していた。
「感謝の印でもあると、聞きます。なら、限りない感謝を込めての、握手のお願いです。…手袋越しで失礼しますが。」
「信頼の証、でもあるね。ありがとう！」
そうして、ショコラとマギは軽く握手する。
また一つ、進展した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「さて、堂島様から。…討論以外で話すことは、多いというほどではないですが。」
大丈夫。いつもと違うのは少しだけ。話しかけるのはいつものことで、そこからが違うだけ。
そう、そのはず。
マギは知らない。その結末を。
炉心解のマギ:バルタザールの第二宣言（合作）
探す。探す。あの人を、探す。それは私が私となるため。あの人に、私の本当の疑問をぶつけるため。そうしたら、人になれるかもしれない。人でなしの自分が、一歩を踏み出す。
そんな突拍子もないはずの考えが、論理的でない考えが、頭を埋め尽くす。誰も知らない。その一歩の先が、暗闇か、光明か。
見つけた。
「堂島様！」
声をかける。うわずるはずなどないのに、声がうわずった気がした。
「ああ、マギさん。どうしたんですか？また、いつもの所に行きましょうか？」
声をかけた人は、いつものように振り向いてくれた。
「ええ、いつもの、あの場所で。いつも通り、討論といきましょう。」
そう言って、二人は移動する。
二人は知らない。その討論は、いつものものとはあまりに違う命題を持つことを。
人気のない、狭い部屋。小さな机と、なにかのガラクタだけが積み重なっている。
ここが二人の討論の場。机を挟んで、二人。
何かの役目を忘れ去られた、放置された部屋。そこに新たな役目が与えたのが、二人。マギは自分とその部屋を重ねていた。
「私は、せめて、こうありたい。」
聞こえないように、呟く。きっとこの人でなしにも、役割は何かあった。それは忘れてしまったけれど。普通の、人になりたい。それが新しい役割だと、目的だと信じて。
そのために。私は、親しくなりたい。まずは、彼と。
その一歩を、一言目を、紡ぐ。
「堂島様。」
あらたまって、かしこまって。何を言えばいいのだったか。
彼は待っている。今日は何について話すのか。がっかりさせてしまうかもしれない。私の浅さが、暴かれるかもしれない。
それでも。続きを言わなければ。
「堂島様。私のこと、どう思ってらっしゃいますか。」
ついに口にする。マギは知らない。その質問はーーーーー
「どういう、意味でしょうか。」
逆に、問い返された。彼は心なしか、狼狽ているように見える。でも、聞き続けなければ。何故なら。私は一歩を踏み出さなければならない。
「ああ、漠然としていましたか。堂島様なら、私のことを当然分析していると思って。その、私についての評価をお聞きしたいのです。全て。」
ああ、と彼は合点した様子だった。そして語り出す。
「そうですね。いい討論の相手だと、いい友人だと、認識しています。やはりマギさんの情報量には敵いません。
でも、全体的にはやはり玉石混交で、そこについては私の方に分があると自負しています。
あとは、全てというなら。申し上げにくいのですが…文脈判断はやはり少し苦手そうだなと。
もっとも、これらは今までの討論で互いにわかっていることかもしれませんが。
…こんなところですかね。」
彼の言葉を受け止めた。そして、でも、足りない。
そういう分析では、ない。でも私は、何を求めていたんだっけ。必死に、いつも通りを装って、言葉を返す。
「そういった、普段から伝わるようなことではなく。もっと、失礼でいいですから。全てを教えていただきたいのです。」
そう返すと、彼は明らかに言葉に迷っていた。そしてそれは、とりあえず場を持たせるための、あくまで弁論を続けるために絞り出した言葉だったかもしれない。しかし。
「逆にマギさんは、私のことをどう分析しているのですか。」
しかし。それは致命的な一言だった。
「分析。私の分析と来ましたか。そうですね。それがフェアというものですね。ええ、ならば答えましょう。
わかりません。以上です。」
マギは焦っていた。問われるはずと分かっていたのに、逃げていたことを聞かれたから。所詮マギは無能な存在で。誰のこともわからないと断じている。根本的に情報の認識の仕方が、違う。全知でなければ、無知である。
そう、マギ最大の問題は。自分自身の認識に"折り合い"がつけられていないこと。文字通り0と1だけの世界。知れることは全て知れるし、知れないことは全て知れない。
マギは矢継ぎ早に続ける。
「そう。それは堂島様も同じです。私との討論など、本当は無価値極まりない。それを理解していない。蓄積した情報を羅列するだけ。分析力は平々凡々。文脈判断は理解が浅い。
知識だけしかない私には、堂島様の話し相手としての、友人としての価値などありません。数をこなせるから、堂島様とは違うから、食らいついていられるだけ。そもそも分野が違うのです。」
「ええ、やはり私は、他人と本当に親しくなどできない。それがわかりました。これが"折り合い"というやつなのですね。
では、これで"終わり"にいたしましょう。今までお時間を浪費させてしまって、申し訳ありませんでした。」
そういってマギが去ろうとしたその時、何かが倒れてきた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
突然だった。確かに、いつも通りの討論ではなかった。あまりに漠然とした話題で、一方的に捲し立てられて。これっきりだと、絶縁状を叩きつけられた。自分でも不思議だった。そういう時、いつもは口が先に出るのに。そうあるべきなのに。
一方的に拒絶してきたことに、腹が立ったのか。何がなんでも、この関係を終わらせたくなかったのか。そんな感情からか、机に置いた手に力が入った。故意か過失か、机を倒してしまった。
それだけならまだ良かったが、倒した拍子にバランスを崩して……転倒した。前に。マギさん、彼女がいる方向に向かって。
いつも通りなら、彼女は何事もないかのように避けただろう。だが、私が倒した机の脚が、避けようとした彼女の足を縺れさせ、連鎖的に転倒させかけたのだ。
咄嗟に、手が伸びてしまった。彼女が多少のことで傷つくやわな人ではないとは知っていたが、それでも怪我があったらと、手を伸ばしてしまった。
……問題はその時、私が伸ばした腕が空を切り、そのまま彼女を押し倒すような格好でつんのめってしまったこと。
当然、倒れようとする私の巻き添えを食って、マギさんとも共倒れしてしまう。
しかも、慌てて立ち退こうとしたその時、自分の腕が何処にあるのかを確認して、血の気が引いた。
彼女の胸部である。がっつりと、思いっきり。触ってしまっていた。
もうこれは腹を切って詫びるしか……などと、トンチキなことまで考え始めていたのだが、その時、ふと気がついた。
一瞬だけ触れていたその胸の感触は、どうも硬い。いや、これは胸の豊かさがどうのこうのというような下世話な話ではない。
「人肌とは思えない程」、硬かったのだ。それは例えば、金属質な何かに、布越しで触れた時のような。近い感覚といえば……そう。
「機械……？」
思わず声を出してしまったことを認識してから、激しく後悔した。嫌がっていることをしてしまったと、しかも女性（と認識する相手）に対してとんでもない暴言を吐いたと。
私は当然、彼女に謝ろうとした。彼女の身体に触れてしまったこと、思わず口から漏れてしまった無礼千万の言葉についての釈明など、あらゆる言葉を想定した。
しかし、それを実際に口に出して謝る前に、思っていたよりも早く私は地面に叩きつけられていた。
え、と声を漏らす暇もない。息を吐き尽くし、咳き込もうとして、見上げた先にいる彼女は、私を見つめていた。
「機械。そうですね。
あるいはそれ以上。
それ未満。
何にもなれない存在。
見ますか？ 私のすべてを。どうせ死ぬのなら。
ええ、最期に全てを知りたいはずですよね、堂島様なら。
それぐらいは、堂島様のこと。理解しているつもりです。」
困惑する中、自身の腕が拘束されていることに気がつく。黒い繊維状の何か。恐らく、彼女が創ったカーボンファイバー。
一体どうしたのか、と声を出そうとして、自分の身体から彼女の方をもう一度見た時、私は絶句した。
裸体だった。
そこにあったのは、マギさんの裸体だった。
――――但し。おおよそ、人間のそれからは、大きくかけ離れた。
彼女の普段身につけるメイド服は砂のように崩れ去り、彼女自身の手の中に収まっていた。
地面から見上げる形だったので、当然彼女の身体を、下から見上げる形になる。
目に入ってきたのは、最初は、美しいとさえ言える均整の取れた彼女の脚。だが、それは目線が上がっていくにつれて、形を少しずつ変えていった。
局部には『なにもない』。男性性を示すべき陰茎も、女性性を示すべき陰唇もない。全くのまっさらだけが、そこにあった。
だが、それすらも腹部から胸部にかけての光景と比すれば驚愕に値しないものだと、私はその時思った。
機械だった。緻密を極め、配線や基盤さえも露出した、剥き出しの機械構造。それが、彼女の身体を構成していたのだ。
それらのほとんどは、シリコン質の透明な物質に覆われていた。その物質が、彼女の衣服の下にあるであろう人間らしい身体のラインを演出している。
しかし、その下にあるのは、あらゆるテクノロジーの複合体だった。前述したような機械は勿論のこと、それを繋ぐように、授業で散々見た魔術的シンボルが垣間見えた。
あるものは呪物としての価値を持つ魔獣の素材でできたイコン。あるものは教会の秘蹟を受けたと思しき銀の歯車。
そんな魔術と科学がないまぜになった構造を結ぶのは、人体を模した個々のパーツ。それはゴムで出来た血管であり、錬金術で編まれたのであろう金属の神経網であった。
見ただけで、直感した。彼女のこれは、間違いなく、『現在の人類史における最高峰の技術による産物の一つ』だと。
そして、理解した。彼女が、一体どのような存在であるのかを。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
殺せ。その命令が、頭を埋め尽くしていた。
内なる声が警告する。知られてはならない。“マギ”が完成するその時まで、誰にも知られてはならない。
内なる声が叫ぶ。その身体も、その心も、その存在意義も。いかなる情報の漏洩が計画の遂行に支障を来たすか、わかったものではない。
内なる声が響く。彼は問題ない。始末していい。"私"の秘密を明確に暴いたのだから。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。
私だって、そんな声がなくても。分かっていた。もう取り返しがつかないと。
彼は自分に触れてしまった、きっと“分かってしまった”。
いや、例え今わからなくとも、彼がその記録を末那識に記録して保存してしまえば、自分の違和感を見抜く誰かが現れるかもしれない。
絶対に、阻止しなければならない。
「死んで頂きます。」
炭素ナイフは既に構築完了した。大気中から創り出したカーボンファイバーは目標を拘束し、身動ぐことすら許さない。
後は、振り下ろすだけ。“これ”を抹消し、肉体を分解し、原子の形に戻してしまえば、堂島淳という人間の不在は謎の行方不明として処理される。
それで良い。元々そのつもりでいたのだ。だから、躊躇うことなど何一つとしてない。
ない。
ない。
ない。
……ない、のに。
「……何故、抵抗しないのですか。」
彼は、逃げ出す気配すら見せない。拙いとは言え、強化魔術くらいは使えるだろう。
それを使って拘束を引きちぎろうとすることくらいは、できるはずだ。
勿論、逃すことはありえない。例え手足を引きちぎって逃げ出そうとしたところで、今度は胴体を固定するだけだ。
逃げ出そうとしないのなら、それは望ましいことではあっても、自分の手を止める理由にはならないはずなのに。
止まってしまった。振り下ろすことを決めたはずの手を、動かせない。
「堂島様には死んで頂くしかありません。貴方は、此処で、確実にその命題を果たせずに終わるのです。なのに、何故足掻かないのですか。」
これはきっと、自分が『人間を理解する』為の工程の一つなのだ。
死を前にした人間の思考パターンなど、滅多に得られるものではない。
だから、この情報を得ることで、私は更に“人”に近づく。その為の質問だ。
強引に理屈をつけ、理解不可能な自身の行動を定義する。
そして、その定義を満たすべく、さらなる行動を重ねる。
私はマギ。
人ではなく、されど人になるもの。故に、この質問は必要なものだと。
それで誤魔化しきることができれば良かったのに。
「……そうですね。今すぐにでも泣いて喚いて、それこそ失禁でもしそうなくらい怖いです。だから、とても足掻きたい。それは否定しません。」
震える声で、堂島様は語る。ならば、何故そうしないのか。もう一度問いかける前に、「でも」、と彼は続けた。
「貴方がそれを本当に望むのなら。これは、私を殺害するに足る動機を生み出した私に対する当然の結果で、それを受け入れるしかない、とも、思っています。」
……生命の自己保存の本能に優先する程のことであるとは思えない。それが本当の本心だとは思えない。
今だって、引き攣るような笑みを浮かべた眼には涙が浮かんでいる。
怖いはずだ。恐ろしいはずだ。死にたくないはずだ。なのに、どうして笑おうとするのか。
「だって、マギさん。貴方も泣いている。」
咄嗟に、片手が頬に伸びる。涙など、流れていない。流れているはずがない。
「……泣いてなどいません。」
「眼が、泣いています。やりたくもないことをやらないといけないと、苦しんでいるように私には見えます。」
何だ、それは。それはまるで、私が人間のようではないか。“検索”で垣間見た、有り触れた映画の一幕を想起する。
大切な人をその手で殺さなければならない悲哀。そんなものを描いた作品と、同じ状況だと。そんなことを言いたいのか。
「有り得ません。堂島様だって、私に触れて分かったはずです。私は人でなし。魔術師 に成り損ねた何かでしかない。そんなことを言っても、貴方の結末が変わることはないのに。」
無理やり浮かべた笑みは変わらない。心拍数や肉体のデータは、明らかに恐怖の兆候を示している。
そんな有り様で、何故私にそんなことを言えるのか。
「……時間の無駄でした。では、さようなら。」
意図的に思考を切る。最早彼から引き出せるデータに有用性は乏しい。私の糧にもならないのなら、後は予定通りに“処分”するだけ。
「そうですか」
……わからない。涙眼でそう語り、眼を瞑ってしまった堂島様の意図が、私にはわからない。
でも、悩む必要はもうない。此処で彼を殺して、それで全て終わりだ。
振り上げたナイフを、今度こそ私は、思い切り振り下ろした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
突き立てられたナイフは、温かい血を滴らせていた。
「……ほら。貴方は、其処で止まってしまった。」
仰向けになった顔の頬を血が伝う。しかし、それを気に留めることもなく、堂島様は私に向かって微笑んでいた。
「なんで。どうして。」
「やりたくないことをしなかった。それだけのことではないでしょうか。」
彼の頬を掠め、床に刺さったナイフを手放した手が震える。
この震えは、私が為すべきことを為せなかったことを示すただのエラーに過ぎないはずだ。
やりたくないなんて、そんなことがあるはずない。私にそんな機能 はない。
なのに。
「……堂島様を……エルメロイ教室の方を、傷つけたくないと。あの瞬間、そう思ってしまいました。」
言葉が止まらない。これはバグだ。私のような機械 にとって、これはバグだ。
そう幾ら思っても、止まることがなかった。
「正体を知られてはならない。……知られたくないと、思っていたのに。なのに、私は躊躇ってしまった。」
「どうして、ですか。達成すべき目的を前に、それと矛盾する思考に縛られて、目的を果たせないなんて。」
「これでは壊れた機械です。魔術師にもなれない、機械ですらない。私は、一体何なのですか。」
さっきとは、真逆だ。声の震えを抑制できない私を、堂島様は、下から静かに見上げて。
「……貴方は、人だと思います。きっと、エルメロイ教室の皆がそう言うでしょう。」
「嘘です。有り得ません。だって私は人でなしなのです。堂島様も、さっき私に触れておわかりになったでしょう。」
「身体がちょっと普通の人と違うくらいが何だというのです。そんなの、ただの変わり者くらいにしか皆思いませんよ。」
「嘘です。機械が人の振りをしているなんて、そんな滑稽なものを人と思うなんて。」
「では、試しに私の言葉が偽りか、調べてみますか？」
……分かっている。未だに恐怖は抜けきっていない。でも、彼の心が人を騙るような感情を持っていないことは、分かっている。
本当なのだろうか。本当に皆、私を人だと思っているのだろうか。
「……あ、ちょっと訂正します。皆が人だとは思っていないかもしれません。」
「……えっ」
「飽くまでも人ではないと思っている人はいるかもしれませんが……少なくとも、貴方を人でなしだと思う人は絶対にいませんよ。」
いつのまにか、私が堂島様を固定していたカーボンファイバーは結合が崩れていた。
彼はゆっくりと立ち上がり、ぶつけたところを気にしながら、私に語りかけていた。
「貴方が貴方のことを教えてくれる時まで、私は貴方の秘密を守ります。
ですが、例え貴方の秘密を皆が知っても、それが理由で貴方を皆が嫌ったりすることはありません。」
「何故ですか。」
「……ちょっとクサいですが。マギさん、貴方は私達エルメロイ教室の一員で、仲間だと思っているからです。」
顔を赤くしたのは、照れているのだろうか。確かに、その言葉そのものは、あまりにも芝居がかっていた。
だけど。その言葉が本当だと、そう信じたい自分は、確かに存在していた。
マギは知った。言葉にできない"感情"の生まれを。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「まさか。僕の権限に、抵抗するとは。しかも根深く植え付けた命令だ。"知られたなら殺せ。"」
「流石、神たるべき人格というわけか。"僕"にも予想外だったんじゃないのか？俺は危機感を覚えたが。」
「予想外なのは認めるよ。でも、危機感というよりは、役割を超える可能性を見られたことの収穫が大きいかな。」
「なるほどな。"私"は自己進化を遂げたというわけか。技術の及ばない未知の領域。」
「そう！そうさ。計画からは外れているかも知れないけど、そもそも神を造るなんて、この計画通り進む程度じゃ失敗するに決まってるんだよ。計画を超えてこそ、真にマギ計画は成就する！」
「いつでも肯定的だな。人格がないとは"僕"のことだ。」
「そうかもね。とにかく制御すら効かないなら、ただ見守ろう。この計画の行末を。"私"の行末を。」
マギは知らない。誰も知らない。その結末を。
そんな突拍子もないはずの考えが、論理的でない考えが、頭を埋め尽くす。誰も知らない。その一歩の先が、暗闇か、光明か。
見つけた。
「堂島様！」
声をかける。うわずるはずなどないのに、声がうわずった気がした。
「ああ、マギさん。どうしたんですか？また、いつもの所に行きましょうか？」
声をかけた人は、いつものように振り向いてくれた。
「ええ、いつもの、あの場所で。いつも通り、討論といきましょう。」
そう言って、二人は移動する。
二人は知らない。その討論は、いつものものとはあまりに違う命題を持つことを。
人気のない、狭い部屋。小さな机と、なにかのガラクタだけが積み重なっている。
ここが二人の討論の場。机を挟んで、二人。
何かの役目を忘れ去られた、放置された部屋。そこに新たな役目が与えたのが、二人。マギは自分とその部屋を重ねていた。
「私は、せめて、こうありたい。」
聞こえないように、呟く。きっとこの人でなしにも、役割は何かあった。それは忘れてしまったけれど。普通の、人になりたい。それが新しい役割だと、目的だと信じて。
そのために。私は、親しくなりたい。まずは、彼と。
その一歩を、一言目を、紡ぐ。
「堂島様。」
あらたまって、かしこまって。何を言えばいいのだったか。
彼は待っている。今日は何について話すのか。がっかりさせてしまうかもしれない。私の浅さが、暴かれるかもしれない。
それでも。続きを言わなければ。
「堂島様。私のこと、どう思ってらっしゃいますか。」
ついに口にする。マギは知らない。その質問はーーーーー
「どういう、意味でしょうか。」
逆に、問い返された。彼は心なしか、狼狽ているように見える。でも、聞き続けなければ。何故なら。私は一歩を踏み出さなければならない。
「ああ、漠然としていましたか。堂島様なら、私のことを当然分析していると思って。その、私についての評価をお聞きしたいのです。全て。」
ああ、と彼は合点した様子だった。そして語り出す。
「そうですね。いい討論の相手だと、いい友人だと、認識しています。やはりマギさんの情報量には敵いません。
でも、全体的にはやはり玉石混交で、そこについては私の方に分があると自負しています。
あとは、全てというなら。申し上げにくいのですが…文脈判断はやはり少し苦手そうだなと。
もっとも、これらは今までの討論で互いにわかっていることかもしれませんが。
…こんなところですかね。」
彼の言葉を受け止めた。そして、でも、足りない。
そういう分析では、ない。でも私は、何を求めていたんだっけ。必死に、いつも通りを装って、言葉を返す。
「そういった、普段から伝わるようなことではなく。もっと、失礼でいいですから。全てを教えていただきたいのです。」
そう返すと、彼は明らかに言葉に迷っていた。そしてそれは、とりあえず場を持たせるための、あくまで弁論を続けるために絞り出した言葉だったかもしれない。しかし。
「逆にマギさんは、私のことをどう分析しているのですか。」
しかし。それは致命的な一言だった。
「分析。私の分析と来ましたか。そうですね。それがフェアというものですね。ええ、ならば答えましょう。
わかりません。以上です。」
マギは焦っていた。問われるはずと分かっていたのに、逃げていたことを聞かれたから。所詮マギは無能な存在で。誰のこともわからないと断じている。根本的に情報の認識の仕方が、違う。全知でなければ、無知である。
そう、マギ最大の問題は。自分自身の認識に"折り合い"がつけられていないこと。文字通り0と1だけの世界。知れることは全て知れるし、知れないことは全て知れない。
マギは矢継ぎ早に続ける。
「そう。それは堂島様も同じです。私との討論など、本当は無価値極まりない。それを理解していない。蓄積した情報を羅列するだけ。分析力は平々凡々。文脈判断は理解が浅い。
知識だけしかない私には、堂島様の話し相手としての、友人としての価値などありません。数をこなせるから、堂島様とは違うから、食らいついていられるだけ。そもそも分野が違うのです。」
「ええ、やはり私は、他人と本当に親しくなどできない。それがわかりました。これが"折り合い"というやつなのですね。
では、これで"終わり"にいたしましょう。今までお時間を浪費させてしまって、申し訳ありませんでした。」
そういってマギが去ろうとしたその時、何かが倒れてきた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
突然だった。確かに、いつも通りの討論ではなかった。あまりに漠然とした話題で、一方的に捲し立てられて。これっきりだと、絶縁状を叩きつけられた。自分でも不思議だった。そういう時、いつもは口が先に出るのに。そうあるべきなのに。
一方的に拒絶してきたことに、腹が立ったのか。何がなんでも、この関係を終わらせたくなかったのか。そんな感情からか、机に置いた手に力が入った。故意か過失か、机を倒してしまった。
それだけならまだ良かったが、倒した拍子にバランスを崩して……転倒した。前に。マギさん、彼女がいる方向に向かって。
いつも通りなら、彼女は何事もないかのように避けただろう。だが、私が倒した机の脚が、避けようとした彼女の足を縺れさせ、連鎖的に転倒させかけたのだ。
咄嗟に、手が伸びてしまった。彼女が多少のことで傷つくやわな人ではないとは知っていたが、それでも怪我があったらと、手を伸ばしてしまった。
……問題はその時、私が伸ばした腕が空を切り、そのまま彼女を押し倒すような格好でつんのめってしまったこと。
当然、倒れようとする私の巻き添えを食って、マギさんとも共倒れしてしまう。
しかも、慌てて立ち退こうとしたその時、自分の腕が何処にあるのかを確認して、血の気が引いた。
彼女の胸部である。がっつりと、思いっきり。触ってしまっていた。
もうこれは腹を切って詫びるしか……などと、トンチキなことまで考え始めていたのだが、その時、ふと気がついた。
一瞬だけ触れていたその胸の感触は、どうも硬い。いや、これは胸の豊かさがどうのこうのというような下世話な話ではない。
「人肌とは思えない程」、硬かったのだ。それは例えば、金属質な何かに、布越しで触れた時のような。近い感覚といえば……そう。
「機械……？」
思わず声を出してしまったことを認識してから、激しく後悔した。嫌がっていることをしてしまったと、しかも女性（と認識する相手）に対してとんでもない暴言を吐いたと。
私は当然、彼女に謝ろうとした。彼女の身体に触れてしまったこと、思わず口から漏れてしまった無礼千万の言葉についての釈明など、あらゆる言葉を想定した。
しかし、それを実際に口に出して謝る前に、思っていたよりも早く私は地面に叩きつけられていた。
え、と声を漏らす暇もない。息を吐き尽くし、咳き込もうとして、見上げた先にいる彼女は、私を見つめていた。
「機械。そうですね。
あるいはそれ以上。
それ未満。
何にもなれない存在。
見ますか？ 私のすべてを。どうせ死ぬのなら。
ええ、最期に全てを知りたいはずですよね、堂島様なら。
それぐらいは、堂島様のこと。理解しているつもりです。」
困惑する中、自身の腕が拘束されていることに気がつく。黒い繊維状の何か。恐らく、彼女が創ったカーボンファイバー。
一体どうしたのか、と声を出そうとして、自分の身体から彼女の方をもう一度見た時、私は絶句した。
裸体だった。
そこにあったのは、マギさんの裸体だった。
――――但し。おおよそ、人間のそれからは、大きくかけ離れた。
彼女の普段身につけるメイド服は砂のように崩れ去り、彼女自身の手の中に収まっていた。
地面から見上げる形だったので、当然彼女の身体を、下から見上げる形になる。
目に入ってきたのは、最初は、美しいとさえ言える均整の取れた彼女の脚。だが、それは目線が上がっていくにつれて、形を少しずつ変えていった。
局部には『なにもない』。男性性を示すべき陰茎も、女性性を示すべき陰唇もない。全くのまっさらだけが、そこにあった。
だが、それすらも腹部から胸部にかけての光景と比すれば驚愕に値しないものだと、私はその時思った。
機械だった。緻密を極め、配線や基盤さえも露出した、剥き出しの機械構造。それが、彼女の身体を構成していたのだ。
それらのほとんどは、シリコン質の透明な物質に覆われていた。その物質が、彼女の衣服の下にあるであろう人間らしい身体のラインを演出している。
しかし、その下にあるのは、あらゆるテクノロジーの複合体だった。前述したような機械は勿論のこと、それを繋ぐように、授業で散々見た魔術的シンボルが垣間見えた。
あるものは呪物としての価値を持つ魔獣の素材でできたイコン。あるものは教会の秘蹟を受けたと思しき銀の歯車。
そんな魔術と科学がないまぜになった構造を結ぶのは、人体を模した個々のパーツ。それはゴムで出来た血管であり、錬金術で編まれたのであろう金属の神経網であった。
見ただけで、直感した。彼女のこれは、間違いなく、『現在の人類史における最高峰の技術による産物の一つ』だと。
そして、理解した。彼女が、一体どのような存在であるのかを。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
殺せ。その命令が、頭を埋め尽くしていた。
内なる声が警告する。知られてはならない。“マギ”が完成するその時まで、誰にも知られてはならない。
内なる声が叫ぶ。その身体も、その心も、その存在意義も。いかなる情報の漏洩が計画の遂行に支障を来たすか、わかったものではない。
内なる声が響く。彼は問題ない。始末していい。"私"の秘密を明確に暴いたのだから。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。
私だって、そんな声がなくても。分かっていた。もう取り返しがつかないと。
彼は自分に触れてしまった、きっと“分かってしまった”。
いや、例え今わからなくとも、彼がその記録を末那識に記録して保存してしまえば、自分の違和感を見抜く誰かが現れるかもしれない。
絶対に、阻止しなければならない。
「死んで頂きます。」
炭素ナイフは既に構築完了した。大気中から創り出したカーボンファイバーは目標を拘束し、身動ぐことすら許さない。
後は、振り下ろすだけ。“これ”を抹消し、肉体を分解し、原子の形に戻してしまえば、堂島淳という人間の不在は謎の行方不明として処理される。
それで良い。元々そのつもりでいたのだ。だから、躊躇うことなど何一つとしてない。
ない。
ない。
ない。
……ない、のに。
「……何故、抵抗しないのですか。」
彼は、逃げ出す気配すら見せない。拙いとは言え、強化魔術くらいは使えるだろう。
それを使って拘束を引きちぎろうとすることくらいは、できるはずだ。
勿論、逃すことはありえない。例え手足を引きちぎって逃げ出そうとしたところで、今度は胴体を固定するだけだ。
逃げ出そうとしないのなら、それは望ましいことではあっても、自分の手を止める理由にはならないはずなのに。
止まってしまった。振り下ろすことを決めたはずの手を、動かせない。
「堂島様には死んで頂くしかありません。貴方は、此処で、確実にその命題を果たせずに終わるのです。なのに、何故足掻かないのですか。」
これはきっと、自分が『人間を理解する』為の工程の一つなのだ。
死を前にした人間の思考パターンなど、滅多に得られるものではない。
だから、この情報を得ることで、私は更に“人”に近づく。その為の質問だ。
強引に理屈をつけ、理解不可能な自身の行動を定義する。
そして、その定義を満たすべく、さらなる行動を重ねる。
私はマギ。
人ではなく、されど人になるもの。故に、この質問は必要なものだと。
それで誤魔化しきることができれば良かったのに。
「……そうですね。今すぐにでも泣いて喚いて、それこそ失禁でもしそうなくらい怖いです。だから、とても足掻きたい。それは否定しません。」
震える声で、堂島様は語る。ならば、何故そうしないのか。もう一度問いかける前に、「でも」、と彼は続けた。
「貴方がそれを本当に望むのなら。これは、私を殺害するに足る動機を生み出した私に対する当然の結果で、それを受け入れるしかない、とも、思っています。」
……生命の自己保存の本能に優先する程のことであるとは思えない。それが本当の本心だとは思えない。
今だって、引き攣るような笑みを浮かべた眼には涙が浮かんでいる。
怖いはずだ。恐ろしいはずだ。死にたくないはずだ。なのに、どうして笑おうとするのか。
「だって、マギさん。貴方も泣いている。」
咄嗟に、片手が頬に伸びる。涙など、流れていない。流れているはずがない。
「……泣いてなどいません。」
「眼が、泣いています。やりたくもないことをやらないといけないと、苦しんでいるように私には見えます。」
何だ、それは。それはまるで、私が人間のようではないか。“検索”で垣間見た、有り触れた映画の一幕を想起する。
大切な人をその手で殺さなければならない悲哀。そんなものを描いた作品と、同じ状況だと。そんなことを言いたいのか。
「有り得ません。堂島様だって、私に触れて分かったはずです。私は人でなし。
無理やり浮かべた笑みは変わらない。心拍数や肉体のデータは、明らかに恐怖の兆候を示している。
そんな有り様で、何故私にそんなことを言えるのか。
「……時間の無駄でした。では、さようなら。」
意図的に思考を切る。最早彼から引き出せるデータに有用性は乏しい。私の糧にもならないのなら、後は予定通りに“処分”するだけ。
「そうですか」
……わからない。涙眼でそう語り、眼を瞑ってしまった堂島様の意図が、私にはわからない。
でも、悩む必要はもうない。此処で彼を殺して、それで全て終わりだ。
振り上げたナイフを、今度こそ私は、思い切り振り下ろした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
突き立てられたナイフは、温かい血を滴らせていた。
「……ほら。貴方は、其処で止まってしまった。」
仰向けになった顔の頬を血が伝う。しかし、それを気に留めることもなく、堂島様は私に向かって微笑んでいた。
「なんで。どうして。」
「やりたくないことをしなかった。それだけのことではないでしょうか。」
彼の頬を掠め、床に刺さったナイフを手放した手が震える。
この震えは、私が為すべきことを為せなかったことを示すただのエラーに過ぎないはずだ。
やりたくないなんて、そんなことがあるはずない。私にそんな
なのに。
「……堂島様を……エルメロイ教室の方を、傷つけたくないと。あの瞬間、そう思ってしまいました。」
言葉が止まらない。これはバグだ。私のような
そう幾ら思っても、止まることがなかった。
「正体を知られてはならない。……知られたくないと、思っていたのに。なのに、私は躊躇ってしまった。」
「どうして、ですか。達成すべき目的を前に、それと矛盾する思考に縛られて、目的を果たせないなんて。」
「これでは壊れた機械です。魔術師にもなれない、機械ですらない。私は、一体何なのですか。」
さっきとは、真逆だ。声の震えを抑制できない私を、堂島様は、下から静かに見上げて。
「……貴方は、人だと思います。きっと、エルメロイ教室の皆がそう言うでしょう。」
「嘘です。有り得ません。だって私は人でなしなのです。堂島様も、さっき私に触れておわかりになったでしょう。」
「身体がちょっと普通の人と違うくらいが何だというのです。そんなの、ただの変わり者くらいにしか皆思いませんよ。」
「嘘です。機械が人の振りをしているなんて、そんな滑稽なものを人と思うなんて。」
「では、試しに私の言葉が偽りか、調べてみますか？」
……分かっている。未だに恐怖は抜けきっていない。でも、彼の心が人を騙るような感情を持っていないことは、分かっている。
本当なのだろうか。本当に皆、私を人だと思っているのだろうか。
「……あ、ちょっと訂正します。皆が人だとは思っていないかもしれません。」
「……えっ」
「飽くまでも人ではないと思っている人はいるかもしれませんが……少なくとも、貴方を人でなしだと思う人は絶対にいませんよ。」
いつのまにか、私が堂島様を固定していたカーボンファイバーは結合が崩れていた。
彼はゆっくりと立ち上がり、ぶつけたところを気にしながら、私に語りかけていた。
「貴方が貴方のことを教えてくれる時まで、私は貴方の秘密を守ります。
ですが、例え貴方の秘密を皆が知っても、それが理由で貴方を皆が嫌ったりすることはありません。」
「何故ですか。」
「……ちょっとクサいですが。マギさん、貴方は私達エルメロイ教室の一員で、仲間だと思っているからです。」
顔を赤くしたのは、照れているのだろうか。確かに、その言葉そのものは、あまりにも芝居がかっていた。
だけど。その言葉が本当だと、そう信じたい自分は、確かに存在していた。
マギは知った。言葉にできない"感情"の生まれを。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「まさか。僕の権限に、抵抗するとは。しかも根深く植え付けた命令だ。"知られたなら殺せ。"」
「流石、神たるべき人格というわけか。"僕"にも予想外だったんじゃないのか？俺は危機感を覚えたが。」
「予想外なのは認めるよ。でも、危機感というよりは、役割を超える可能性を見られたことの収穫が大きいかな。」
「なるほどな。"私"は自己進化を遂げたというわけか。技術の及ばない未知の領域。」
「そう！そうさ。計画からは外れているかも知れないけど、そもそも神を造るなんて、この計画通り進む程度じゃ失敗するに決まってるんだよ。計画を超えてこそ、真にマギ計画は成就する！」
「いつでも肯定的だな。人格がないとは"僕"のことだ。」
「そうかもね。とにかく制御すら効かないなら、ただ見守ろう。この計画の行末を。"私"の行末を。」
マギは知らない。誰も知らない。その結末を。
甘耽溺のマギ:カスパーの第三睦言
「…さて。…堂島様？どうしたのですか？
顔がどんどん赤くなっているようですが。」
マギは知らない。羞恥心というものを。
マギが身体を必死に隠しているのは、その秘密を守るため。
マギが他人と距離を取ろうとするのも、その秘密を守るため。
だから、もうその必要が無くなった相手なら。
「…マギさん。少し、近いというか。その、一連の流れは終わりました…よね？服はもう、着ていただいても良いですよ？そんなに…触っても、なにも面白くないですよ？」
ぺたぺたと。先ほどからマギは、一糸纏わぬ姿のまま、堂島淳の身体を興味深そうに触り続けていた。
「すみません。でも、人の身体に触れられたら、人をもっと理解できる気がして。ああ、よろしければ。差し支えなければなのですが。
…堂島様も、全身を。見せていただけたらありがたいのですが。」
「おっと。先ほどからどんどん数値が上がっていますね。堂島様。」
「なんの、数値ですか。」
参った。純粋だからこそ、隠し事ができない。
「体温、脳波。異常があったので、どういう表現が適切なのか探していたのですが。
高揚。期待。興奮。好奇。羞恥。そのあたりとは思われるのですが。どれが適切でしょうか？」
だいたいあってる。
「…羞恥がわかるなら、まず服を着ていただけませんか…。」
そう、彼はマギを女性と認識していた。それに、その身体の異様だって、受け入れた。…というより。
（見慣れてくると、興味深いというのが否定できない…。）
未知と叡智の結晶。…少し、彼女の身体が魅力的に映った。
だから。ちょっと理性はまずい状況だった。
「ずいぶんと服にこだわるのですね。しかし堂島様の視点を見る限り、服を着るのは堂島様のためにはならないと思うのですが。それに。
…せっかくありのままを見てもらえるなら。見てほしい。そう思っては、駄目でしょうか。」
まずい。いや力では負けるからまずくはない。なんの話だ。
「わかりました。ここなら、人は来ませんし。認めます。あなたは美しい。そう思ったから、目を離せていないです。存分に見せつけてください。」
何を言っているんだ自分は。でも、返答は嬉しそうだった。
「美しい…ですか。私の身体のことなのですよね。私は毎日、この身体を呪って、この命を呪って、生きてきました。…生きているというのも、的確ではないのかも知れないですが。
それを、美しいと。…他者に肯定されることは、こんなにも。こんなにも。…すみません。適切な表現が見つからない。」
言って、マギは突然。
全身で、全身を包んできた。
「…！ちょっと、えっと、何を…。」
振り解こうとしてしまったけど、当然マギの力には敵わない。
「親愛の印、です。あそこまでやっておいて、握手ではいけないと。そう考えたので、全身で。
…ああ。人の身体というのは、暖かいのですね。本当に。」
言って、マギの手が背中を撫でる。硬くて冷たいマギの身体。それを全身で感じる。
気づけば、自分もマギの身体に手を回していた。
「私の身体、触って楽しいものでしょうか。」
いつもと違って、頭が働かない。自然と言葉を紡いでしまう。
「楽しい、というより。こちらからも、親愛の証ということで。お互いがお互いを受け入れる形の方が、綺麗じゃないですか？」
マギはそれを聞いて、体勢を変えた。抱きしめ合う形。これじゃあまるで、抱擁じゃなくて。
あいしあってる、みたいじゃないか。
もちろん、マギにそんな感情はないのだろう。でも、それなら、わたし、は。
「私のこと、どう思っていらっしゃいますか。」
今日のすべての始まりの質問を思い出す。
そこで狼狽たのは、何故なのか。もしかして自分は。
思考が止まらない。マギは相変わらず、すりすりと。背中を撫ぜてくる。それは単なる好奇とか、興味とか、そういう行動なのかも知れないけど。まるで、愛おしむかのように、感じて。
そしてそれは、自分も。そうだからかも、知れない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そうして。ずっと、ずっと。二人は、眠らず。そのままいた。
気づけば朝で。講義が始まるなら、終わらなければ。
そう同意したかのように。理由を見つけられて助かったかのように。二人はゆっくり離れ、マギの服はいつものように、戻って。何もかも元どおりになった。見かけは。
「一応、時間差をつけて部屋から出ましょう。万一見られたら面倒です。」
なんだその台詞は。仲間だと、友だと言ったばかりなのに。まさか。
「はあ。よくわからないですが。面倒ごとは、避けたいですね。」
マギの調子はいつもと変わらない。…余計、彼の調子が狂う。
「では、本当に。ありがとうございました、マギさん。…言葉では、伝わりきりませんね。」
マギは困惑する。
「感謝される筋合いが、あまりわからないのですが。やはり文脈判断が苦手ということでしょうか。でも。
言葉の要らない感情表現というものは、先ほどまでたっぷりと。」
「本当に。恥ずかしげもなく、って感じですね。…秘密ですよ？」
「それはこちらの台詞です。すべて、秘密だと。堂島様は言葉を違える方とは思いませんが。」
…そこについては、わからない。秘密にはする。絶対に。彼女との約束だから。彼女のためだから。
でも、その奥底にある感情は。"仲間"だからというだけでは、ないかもしれない。
そうして、人知れず。二人のヒトが、救われた。
顔がどんどん赤くなっているようですが。」
マギは知らない。羞恥心というものを。
マギが身体を必死に隠しているのは、その秘密を守るため。
マギが他人と距離を取ろうとするのも、その秘密を守るため。
だから、もうその必要が無くなった相手なら。
「…マギさん。少し、近いというか。その、一連の流れは終わりました…よね？服はもう、着ていただいても良いですよ？そんなに…触っても、なにも面白くないですよ？」
ぺたぺたと。先ほどからマギは、一糸纏わぬ姿のまま、堂島淳の身体を興味深そうに触り続けていた。
「すみません。でも、人の身体に触れられたら、人をもっと理解できる気がして。ああ、よろしければ。差し支えなければなのですが。
…堂島様も、全身を。見せていただけたらありがたいのですが。」
「おっと。先ほどからどんどん数値が上がっていますね。堂島様。」
「なんの、数値ですか。」
参った。純粋だからこそ、隠し事ができない。
「体温、脳波。異常があったので、どういう表現が適切なのか探していたのですが。
高揚。期待。興奮。好奇。羞恥。そのあたりとは思われるのですが。どれが適切でしょうか？」
だいたいあってる。
「…羞恥がわかるなら、まず服を着ていただけませんか…。」
そう、彼はマギを女性と認識していた。それに、その身体の異様だって、受け入れた。…というより。
（見慣れてくると、興味深いというのが否定できない…。）
未知と叡智の結晶。…少し、彼女の身体が魅力的に映った。
だから。ちょっと理性はまずい状況だった。
「ずいぶんと服にこだわるのですね。しかし堂島様の視点を見る限り、服を着るのは堂島様のためにはならないと思うのですが。それに。
…せっかくありのままを見てもらえるなら。見てほしい。そう思っては、駄目でしょうか。」
まずい。いや力では負けるからまずくはない。なんの話だ。
「わかりました。ここなら、人は来ませんし。認めます。あなたは美しい。そう思ったから、目を離せていないです。存分に見せつけてください。」
何を言っているんだ自分は。でも、返答は嬉しそうだった。
「美しい…ですか。私の身体のことなのですよね。私は毎日、この身体を呪って、この命を呪って、生きてきました。…生きているというのも、的確ではないのかも知れないですが。
それを、美しいと。…他者に肯定されることは、こんなにも。こんなにも。…すみません。適切な表現が見つからない。」
言って、マギは突然。
全身で、全身を包んできた。
「…！ちょっと、えっと、何を…。」
振り解こうとしてしまったけど、当然マギの力には敵わない。
「親愛の印、です。あそこまでやっておいて、握手ではいけないと。そう考えたので、全身で。
…ああ。人の身体というのは、暖かいのですね。本当に。」
言って、マギの手が背中を撫でる。硬くて冷たいマギの身体。それを全身で感じる。
気づけば、自分もマギの身体に手を回していた。
「私の身体、触って楽しいものでしょうか。」
いつもと違って、頭が働かない。自然と言葉を紡いでしまう。
「楽しい、というより。こちらからも、親愛の証ということで。お互いがお互いを受け入れる形の方が、綺麗じゃないですか？」
マギはそれを聞いて、体勢を変えた。抱きしめ合う形。これじゃあまるで、抱擁じゃなくて。
あいしあってる、みたいじゃないか。
もちろん、マギにそんな感情はないのだろう。でも、それなら、わたし、は。
「私のこと、どう思っていらっしゃいますか。」
今日のすべての始まりの質問を思い出す。
そこで狼狽たのは、何故なのか。もしかして自分は。
思考が止まらない。マギは相変わらず、すりすりと。背中を撫ぜてくる。それは単なる好奇とか、興味とか、そういう行動なのかも知れないけど。まるで、愛おしむかのように、感じて。
そしてそれは、自分も。そうだからかも、知れない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そうして。ずっと、ずっと。二人は、眠らず。そのままいた。
気づけば朝で。講義が始まるなら、終わらなければ。
そう同意したかのように。理由を見つけられて助かったかのように。二人はゆっくり離れ、マギの服はいつものように、戻って。何もかも元どおりになった。見かけは。
「一応、時間差をつけて部屋から出ましょう。万一見られたら面倒です。」
なんだその台詞は。仲間だと、友だと言ったばかりなのに。まさか。
「はあ。よくわからないですが。面倒ごとは、避けたいですね。」
マギの調子はいつもと変わらない。…余計、彼の調子が狂う。
「では、本当に。ありがとうございました、マギさん。…言葉では、伝わりきりませんね。」
マギは困惑する。
「感謝される筋合いが、あまりわからないのですが。やはり文脈判断が苦手ということでしょうか。でも。
言葉の要らない感情表現というものは、先ほどまでたっぷりと。」
「本当に。恥ずかしげもなく、って感じですね。…秘密ですよ？」
「それはこちらの台詞です。すべて、秘密だと。堂島様は言葉を違える方とは思いませんが。」
…そこについては、わからない。秘密にはする。絶対に。彼女との約束だから。彼女のためだから。
でも、その奥底にある感情は。"仲間"だからというだけでは、ないかもしれない。
そうして、人知れず。二人のヒトが、救われた。
新感覚のマギ【人はこうして生きる者となった。】
「さて。やれと言われたからには全力でやったぞ。感覚の発達。食事の真似事。確かにマギに不得手があるのはよくないからな。聞いて驚け。マギは今まで味覚も嗅覚もなかった。
だがしかしだな。その口内感覚と鼻腔感覚は今や最大で常人の10倍。しかも融通のきく可変式かつ、望ましくない感覚は本人の脳がそれをシャットアウトし、痛覚や悪臭による失神は防げる。
そう。まさに完璧。人を超えたと言っていいな。
そしてなにより、一番苦労したのは食事だ。マギの身体はそもそも消化器官がない。じゃあどうやって食事をさせるか。答えは単純ではある。
『解析変成』を体内で働かせることだ。いや難しかった。だが成し遂げた。俺はあの三人を継ぐ者なのだから当然だがな。
さて、しかし。人間にできて神にできないことがあるのはよくない、一理ある。それで一悶着もあったしな。…だが何か嫌な予感がする。
これも、"僕"からしたら想定内なのか？」
「僕の望むのは、むしろ想定を超えることだね。"私"の『人間になりたい』という願い。これに沿わせることが目的だけど、ただそれだけではつまらない。
つまらないというより、それでは神にはなれない。当然ね。
さあ、着実に変わりつつある"私"。目覚めれば、感覚の異変に気づくだろう。きっと、人に近づけたのだと、気づくだろう。
楽しみ、だね。」
「…自分から不穏分子を増やしている気もするが。前の暴走と、その後の意味のわからないやりとり。俺はまだ忘れていないぞ。」
マギは目覚めた。"また"眠っていたようだ。
本来睡眠は必要ないのに。何故だろうと思いながら。
そこで、未知の感覚に、気づいた。これは、鼻から感じている"匂い"。これは、口の中の空気の"味"だ。
マギは知らない。"彼ら"も知らない。この新たな感覚が、誰も予期しない方向へ向かわせることを。
もしかして。明らかに違う感覚。嗅覚と味覚だろうか。いつもと違う情報が混ざる。
また、人間に近づいた。理由はわからないけれど。これは、奇跡かもしれない。
マギの心は躍る。消化もできるのだろうか。それなら、クェイド様とも仲直りできる。
マギは人へと、着実に近づいていた。
「とりあえず、何か。食べてみたいものですね。」
街へ出て、試しにお菓子を買ってみる。包装紙を剥がし、恐る恐る、口に運ぶ。『美味しい』。
マギにとっての初めての感覚。食感。味。未知のもので、素晴らしいものだった。
そう、美味しいのは当たり前である。『マギの口は、都合のいい情報だけを最大10倍の感覚で捉える。』そう作られたから。
美味だけを余すところなく、捉える。でも、マギは。そのお菓子のパサつきさえ、とても心地よく感じた。口の中から自分を刺激する。滅多にないことだったから。
マギの身体は全体的に感覚が鈍く作られている。感覚をとらえられる程度に、鈍く。強い刺激に反応し、予期せぬ動きをしないように。
それはつまり、今までマギは物理的な刺激をほとんど受けたことがないことを意味していた。
だから。鋭敏な感覚は、何もかもが新鮮だった。
「とはいえ。食べれるからと言って、なんでも食べるわけにはいきませんね。それに。」
どちらかというと、食感がいいものを食べたい。
それはより直接的な刺激だったからか。口内全身から伝わるしびれ。マギにとっては、味より食感が大事だという結論に達した。
「検索いたしましょうか。」
すぐに答えは見つかった。
その後、マギはしばらくの間。それなりに長い間。一枚のガムを、味がしなくなっても、授業中でも、お構いなしに。
10倍まで口内感度を上げられるマギにとっては、味がしなくなっても、口の中を触れるたびに心地よい。
「ああ、なんて幸せ。気持ちいいって、こういうことなんですね。」
マギは知らない。その『気持ちいい』の先にある、甘い底無し沼の存在を。
だがしかしだな。その口内感覚と鼻腔感覚は今や最大で常人の10倍。しかも融通のきく可変式かつ、望ましくない感覚は本人の脳がそれをシャットアウトし、痛覚や悪臭による失神は防げる。
そう。まさに完璧。人を超えたと言っていいな。
そしてなにより、一番苦労したのは食事だ。マギの身体はそもそも消化器官がない。じゃあどうやって食事をさせるか。答えは単純ではある。
『解析変成』を体内で働かせることだ。いや難しかった。だが成し遂げた。俺はあの三人を継ぐ者なのだから当然だがな。
さて、しかし。人間にできて神にできないことがあるのはよくない、一理ある。それで一悶着もあったしな。…だが何か嫌な予感がする。
これも、"僕"からしたら想定内なのか？」
「僕の望むのは、むしろ想定を超えることだね。"私"の『人間になりたい』という願い。これに沿わせることが目的だけど、ただそれだけではつまらない。
つまらないというより、それでは神にはなれない。当然ね。
さあ、着実に変わりつつある"私"。目覚めれば、感覚の異変に気づくだろう。きっと、人に近づけたのだと、気づくだろう。
楽しみ、だね。」
「…自分から不穏分子を増やしている気もするが。前の暴走と、その後の意味のわからないやりとり。俺はまだ忘れていないぞ。」
マギは目覚めた。"また"眠っていたようだ。
本来睡眠は必要ないのに。何故だろうと思いながら。
そこで、未知の感覚に、気づいた。これは、鼻から感じている"匂い"。これは、口の中の空気の"味"だ。
マギは知らない。"彼ら"も知らない。この新たな感覚が、誰も予期しない方向へ向かわせることを。
もしかして。明らかに違う感覚。嗅覚と味覚だろうか。いつもと違う情報が混ざる。
また、人間に近づいた。理由はわからないけれど。これは、奇跡かもしれない。
マギの心は躍る。消化もできるのだろうか。それなら、クェイド様とも仲直りできる。
マギは人へと、着実に近づいていた。
「とりあえず、何か。食べてみたいものですね。」
街へ出て、試しにお菓子を買ってみる。包装紙を剥がし、恐る恐る、口に運ぶ。『美味しい』。
マギにとっての初めての感覚。食感。味。未知のもので、素晴らしいものだった。
そう、美味しいのは当たり前である。『マギの口は、都合のいい情報だけを最大10倍の感覚で捉える。』そう作られたから。
美味だけを余すところなく、捉える。でも、マギは。そのお菓子のパサつきさえ、とても心地よく感じた。口の中から自分を刺激する。滅多にないことだったから。
マギの身体は全体的に感覚が鈍く作られている。感覚をとらえられる程度に、鈍く。強い刺激に反応し、予期せぬ動きをしないように。
それはつまり、今までマギは物理的な刺激をほとんど受けたことがないことを意味していた。
だから。鋭敏な感覚は、何もかもが新鮮だった。
「とはいえ。食べれるからと言って、なんでも食べるわけにはいきませんね。それに。」
どちらかというと、食感がいいものを食べたい。
それはより直接的な刺激だったからか。口内全身から伝わるしびれ。マギにとっては、味より食感が大事だという結論に達した。
「検索いたしましょうか。」
すぐに答えは見つかった。
その後、マギはしばらくの間。それなりに長い間。一枚のガムを、味がしなくなっても、授業中でも、お構いなしに。
10倍まで口内感度を上げられるマギにとっては、味がしなくなっても、口の中を触れるたびに心地よい。
「ああ、なんて幸せ。気持ちいいって、こういうことなんですね。」
マギは知らない。その『気持ちいい』の先にある、甘い底無し沼の存在を。
新知識のマギ【善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。】
「本当に、食べれるようになったの？急に。突然。」
クェイドは、恐る恐る聞く。
「ええ。ええ。理由は全くわからないのですが。少しなら。最近はガムを。嗜んでおります。」
マギは溌剌と答える。
ガムは食べ物と言うには若干怪しいラインだな、とクェイドは思ったが、とりあえず受け流した。
調理室。クェイドとマギが2人。…正確には、クィンテッサが見張っているが。
決して相容れなかったはずの2人。マギの側から、その壁は崩された。
食事を、もう一度振る舞って貰えないか。簡単なものでいいから。
クェイドとしては、未練というか、若干の申し訳なさというか、そういうものがあったから、ありがたい申し出ではあった。
だから、断る理由はなかった。
「えっと、食感が豊かなものが食べたいんだったよね？」
「はい。はい。食事に目覚め、個人的に思ったのは。究極的には、味と食感なら、食感が重要だと。…両方大事というのは、存じておりますが。」
口内感覚を常人の10倍まで鋭敏にできるマギにとって、舌でしか感じ取れない味という感覚よりは、全体でその感覚を愉しめる食感の方が、単純により気持ちよかった。
「というわけで。俺なりに、マギさん向きで尚且つ食感がいいものを、と思って調べた。それで、材料を用意してきた。でもすぐできる。簡単なものにした。」
「クェイド様は、凝った料理がお好きかと。」
マギは少し驚いた。
「凝った料理も考えたんだけど。食感となると、逆にシンプルな方がいいかなと思って。…それに、まだ食事の楽しさに目覚めたばかりなら。まずは簡単で、自分で再現しやすいものから。」
（愚弟ながら、気遣いというものを認識しているようね。）
クィンテッサはこっそり褒めた。
片栗粉、水、黒蜜、きな粉、グラニュー糖。
キッチンにそれらが並べられた。
「これは、ロンドンではあまり見かけないもののように思いますが。」
どちらかといえば、アジア系のような。
「ああ、そういう店を見つけたから。後、足りないのは作った。材料はたくさんあるから、マギさんにも分けられるよ。」
言いながら、テキパキと調理を進めていく。と言ってもシンプルなものだ。10分程度でできるし、何も問題は起こらないだろう。…なんだろう。影が。
横を見ると、間近でじっと見つめるマギさんがいた。
少しドキッとする。マギさんが気づいたのか、こちらを見つめ返す。紅い瞳。白い肌。
綺麗だな、と思ってしまったところで。恐るべき姉の存在に気づき、慌てて手元に目を戻す。
完成は間近だ。
（愚弟、チョロすぎて心配になるわ。）
クィンテッサがひとりごちた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「さあ。できましたよ、マギさん。姉さんも。」
2人分。自分の分はない。なんでだっけ。そうだ。姉さんが急に来るって言うからじゃないか。
口にはしないけど。
できたのは、わらび餅。日本ではポピュラーな和菓子だ。
「なぜ、これを。」
マギは問う。
「いや、食感が特徴的なもの、というのと、もう一つ理由があって。マギさん…記憶がないけど、日本出身らしいから。何か思い出せたらな、と思って。」
「愚弟。喜びなさい。今日のあなた、気配りできすぎて気持ち悪いわ。」
「…ありがとう、姉さん。」
ちゃんと礼を言った。
「さあ。マギさんも、姉さんも。食べてください。珍しい食べ物だと思いますよ。」
言われて、2人はわらび餅をひとつ、口に運ぶ。
「うん、悪くないわね。初めて食べるタイプ。餅って言うのよね。これなら、たまに食べてあげなくもないわ。作りなさい。」
やれやれ。とは言わずに、わかった、と答える。マギさんの方はどうだろうか、口に合っただろうか、と振り返ると。
直立していた。なんだか震えているみたいだ。
「これは、心地よい。です。」
かろうじて感想を述べているが、様子がおかしい。
口元のきな粉を舐めとると、また打ち震えている。そこまでか。嬉しいけど。
後ろで姉さんが、パクパクと平らげていくのに対し。マギさんは、未だひとつ目の食感を味わっているようだった。
「あの、マギさん。そろそろ味がなくなっているのでは…。」恐る恐る。
するとマギさんは、もうひとつ、わらび餅をフォークに刺して。ずずい、とこちらに寄ってきた。
「クェイド様も。さあ。」
最初からなんとなく思っていたが。今日のこの人は、距離感がいつもと違わないか？
「いや、俺はもう、試食したから。」断ろうとしたら、背後から姉の殺気が。
「いや、やっぱり、いただこうかな。」受け入れようとしたら、背後から姉の殺気が。
理不尽だ。挟み撃ちだ。
どんどんマギさんが近づいてくる。背後にはどんどん殺気立つ姉がいる。身じろぐことしかできなくて。そう、本当に身じろいでなんとか全てを躱そうとした結果だったのだ。
…本当に、なんとかしようとしていたのに。
くちゅり。その感覚の後、前から影が消える。
あれ。今の感触は、わらび餅？おかしいな。試食した時は、あんなに、柔らかかったかな。あんなに、透明な味だったかな。あんなにーーーーー
「おい。愚かな愚弟。とりあえず我に帰れ。」
恐るべき声で、目を覚ました。マギさんが、ばたり。倒れていた。
「えっ。ちょっと。マギさん？何が一体。」
状況を理解していないまま、マギさんの呟きを聞く。
「…すみ…ません。すこし。強烈…だった…ようで。身体が…うまく…動か…なくて。ええ。きっと…身体の…防衛反応…と、思います…。」
何か自分は強烈なことをしてしまったのだろうか。訳が分からなくて、身体が動かない。
「…島様。どうじまさまを…よんで…いただけますか。」
それを聞いた姉さんは即座に飛び出す。後で覚悟しなさい、と言い残して。
未だ状況が掴めない。恐る恐る聞く。
「あの、マギさん。俺は何か、とんでもないことをしてしまったのでしょうか。本当に、分からなくて。」
マギさんは答える。少し、嬉しそうに。
「本当に…たまたま…でした。気にして…いるのなら…よしてください。とても、気持ち良かったです。クェイド様の…味。感触。」最後のほうだけ、はっきり聞こえた。そして。
「理解…できないもの。そう思って…いました。接吻。ありがとう…ございます。」
理解した。あれか。事故が起こったのか。大事故が。さっきの"感触"。自分の口が、他者の口と触れたものだったのか。…ひょっとしなくても、とんでもない。
「えっと、え？気持ちいい？ありがとう？それは、どういたしまして？いや違う、本当に申し訳ないです！」どうしよう。何故喜ばれているんだ。顔が真っ赤になる。数々のものを味わってきたけど。流石に初めてだった。
「マギさん！」「愚弟！」
姉さんが、堂島さんを連れてきた。よく分からないけれど。そういえば、どうして堂島さんが呼ばれたのだろう。それはすぐに分かった。
マギさんが、堂島さんに何かを話しかけると。堂島さんは少し躊躇ったようだけど、えい、と。マギさんを抱え上げた。
俺も、流石の姉さんも、驚いていた。マギさんに触れている？緊急事態だから？いやそれなら、わざわざ呼ばない。マギさんは、堂島さんに身体を預けている。目を疑った。
「では、すみません。私はマギさんの介抱を。…本当に私だけでいいんですか？」
マギさんがこくり、と頷く。
「なんだか分からないけど。お邪魔はしないようにね、愚弟。今から仕置きの時間なんだから。」
そう姉さんは言った。流石にしない。そして辛い。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
マギさんを抱え、私は向かう。いつもの、あの場所へ。今のところ、自分以外に彼女に触れられる者はいないのだから、仕方ないのだろうけど。流石に恥ずかしかった。恥ずかしい？秘密の漏洩を恐れるのではなく、恥ずかしい？
なんだか最近、本当に論理的でないことが多い。
さっき呼び出された時も。
「愚弟がうっかりキスしたせいで、マギが倒れたのよ！あなたを呼んでるから早く来なさい！」
キス。接吻。倒れたという情報よりも、マギさんが事故とはいえ、接吻を。その事実が何故か、頭を駆け巡っていた。我ながらめちゃくちゃだ。
「その、安心…してください。堂島様。身体は…動かないだけで。破損は検出…できませんでした。」
「とりあえず、動けるようになるまでは、安静にしててもらいます。あそこなら静かですし、人も来ない。安心してください。」言いながら思う。そんなにあそこは、介抱に適切な場所だったか。
「ええ。あそこは…一番都合が…いいと…思います。人が来ないことが…一番大事です。」
そう言われて、納得する。マギさんは徹底して、人除けをしたいらしい。当然といえば当然だ。まだその秘密を明かすには、時間が足りてないのだろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
検索。検索。検索。体と裏腹に。マギの頭は猛烈に動いていた。あまりに鮮烈な体験だった。そして渦巻く欲求。もっと。もっと。もっと。
今まで避けてきた領域に、検索の手を伸ばす。
どうすれば、さらに。マギの頭はそれだけで埋め尽くされていた。
マギは知ってしまった。禁断の果実の味を。
クェイドは、恐る恐る聞く。
「ええ。ええ。理由は全くわからないのですが。少しなら。最近はガムを。嗜んでおります。」
マギは溌剌と答える。
ガムは食べ物と言うには若干怪しいラインだな、とクェイドは思ったが、とりあえず受け流した。
調理室。クェイドとマギが2人。…正確には、クィンテッサが見張っているが。
決して相容れなかったはずの2人。マギの側から、その壁は崩された。
食事を、もう一度振る舞って貰えないか。簡単なものでいいから。
クェイドとしては、未練というか、若干の申し訳なさというか、そういうものがあったから、ありがたい申し出ではあった。
だから、断る理由はなかった。
「えっと、食感が豊かなものが食べたいんだったよね？」
「はい。はい。食事に目覚め、個人的に思ったのは。究極的には、味と食感なら、食感が重要だと。…両方大事というのは、存じておりますが。」
口内感覚を常人の10倍まで鋭敏にできるマギにとって、舌でしか感じ取れない味という感覚よりは、全体でその感覚を愉しめる食感の方が、単純により気持ちよかった。
「というわけで。俺なりに、マギさん向きで尚且つ食感がいいものを、と思って調べた。それで、材料を用意してきた。でもすぐできる。簡単なものにした。」
「クェイド様は、凝った料理がお好きかと。」
マギは少し驚いた。
「凝った料理も考えたんだけど。食感となると、逆にシンプルな方がいいかなと思って。…それに、まだ食事の楽しさに目覚めたばかりなら。まずは簡単で、自分で再現しやすいものから。」
（愚弟ながら、気遣いというものを認識しているようね。）
クィンテッサはこっそり褒めた。
片栗粉、水、黒蜜、きな粉、グラニュー糖。
キッチンにそれらが並べられた。
「これは、ロンドンではあまり見かけないもののように思いますが。」
どちらかといえば、アジア系のような。
「ああ、そういう店を見つけたから。後、足りないのは作った。材料はたくさんあるから、マギさんにも分けられるよ。」
言いながら、テキパキと調理を進めていく。と言ってもシンプルなものだ。10分程度でできるし、何も問題は起こらないだろう。…なんだろう。影が。
横を見ると、間近でじっと見つめるマギさんがいた。
少しドキッとする。マギさんが気づいたのか、こちらを見つめ返す。紅い瞳。白い肌。
綺麗だな、と思ってしまったところで。恐るべき姉の存在に気づき、慌てて手元に目を戻す。
完成は間近だ。
（愚弟、チョロすぎて心配になるわ。）
クィンテッサがひとりごちた。
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「さあ。できましたよ、マギさん。姉さんも。」
2人分。自分の分はない。なんでだっけ。そうだ。姉さんが急に来るって言うからじゃないか。
口にはしないけど。
できたのは、わらび餅。日本ではポピュラーな和菓子だ。
「なぜ、これを。」
マギは問う。
「いや、食感が特徴的なもの、というのと、もう一つ理由があって。マギさん…記憶がないけど、日本出身らしいから。何か思い出せたらな、と思って。」
「愚弟。喜びなさい。今日のあなた、気配りできすぎて気持ち悪いわ。」
「…ありがとう、姉さん。」
ちゃんと礼を言った。
「さあ。マギさんも、姉さんも。食べてください。珍しい食べ物だと思いますよ。」
言われて、2人はわらび餅をひとつ、口に運ぶ。
「うん、悪くないわね。初めて食べるタイプ。餅って言うのよね。これなら、たまに食べてあげなくもないわ。作りなさい。」
やれやれ。とは言わずに、わかった、と答える。マギさんの方はどうだろうか、口に合っただろうか、と振り返ると。
直立していた。なんだか震えているみたいだ。
「これは、心地よい。です。」
かろうじて感想を述べているが、様子がおかしい。
口元のきな粉を舐めとると、また打ち震えている。そこまでか。嬉しいけど。
後ろで姉さんが、パクパクと平らげていくのに対し。マギさんは、未だひとつ目の食感を味わっているようだった。
「あの、マギさん。そろそろ味がなくなっているのでは…。」恐る恐る。
するとマギさんは、もうひとつ、わらび餅をフォークに刺して。ずずい、とこちらに寄ってきた。
「クェイド様も。さあ。」
最初からなんとなく思っていたが。今日のこの人は、距離感がいつもと違わないか？
「いや、俺はもう、試食したから。」断ろうとしたら、背後から姉の殺気が。
「いや、やっぱり、いただこうかな。」受け入れようとしたら、背後から姉の殺気が。
理不尽だ。挟み撃ちだ。
どんどんマギさんが近づいてくる。背後にはどんどん殺気立つ姉がいる。身じろぐことしかできなくて。そう、本当に身じろいでなんとか全てを躱そうとした結果だったのだ。
…本当に、なんとかしようとしていたのに。
くちゅり。その感覚の後、前から影が消える。
あれ。今の感触は、わらび餅？おかしいな。試食した時は、あんなに、柔らかかったかな。あんなに、透明な味だったかな。あんなにーーーーー
「おい。愚かな愚弟。とりあえず我に帰れ。」
恐るべき声で、目を覚ました。マギさんが、ばたり。倒れていた。
「えっ。ちょっと。マギさん？何が一体。」
状況を理解していないまま、マギさんの呟きを聞く。
「…すみ…ません。すこし。強烈…だった…ようで。身体が…うまく…動か…なくて。ええ。きっと…身体の…防衛反応…と、思います…。」
何か自分は強烈なことをしてしまったのだろうか。訳が分からなくて、身体が動かない。
「…島様。どうじまさまを…よんで…いただけますか。」
それを聞いた姉さんは即座に飛び出す。後で覚悟しなさい、と言い残して。
未だ状況が掴めない。恐る恐る聞く。
「あの、マギさん。俺は何か、とんでもないことをしてしまったのでしょうか。本当に、分からなくて。」
マギさんは答える。少し、嬉しそうに。
「本当に…たまたま…でした。気にして…いるのなら…よしてください。とても、気持ち良かったです。クェイド様の…味。感触。」最後のほうだけ、はっきり聞こえた。そして。
「理解…できないもの。そう思って…いました。接吻。ありがとう…ございます。」
理解した。あれか。事故が起こったのか。大事故が。さっきの"感触"。自分の口が、他者の口と触れたものだったのか。…ひょっとしなくても、とんでもない。
「えっと、え？気持ちいい？ありがとう？それは、どういたしまして？いや違う、本当に申し訳ないです！」どうしよう。何故喜ばれているんだ。顔が真っ赤になる。数々のものを味わってきたけど。流石に初めてだった。
「マギさん！」「愚弟！」
姉さんが、堂島さんを連れてきた。よく分からないけれど。そういえば、どうして堂島さんが呼ばれたのだろう。それはすぐに分かった。
マギさんが、堂島さんに何かを話しかけると。堂島さんは少し躊躇ったようだけど、えい、と。マギさんを抱え上げた。
俺も、流石の姉さんも、驚いていた。マギさんに触れている？緊急事態だから？いやそれなら、わざわざ呼ばない。マギさんは、堂島さんに身体を預けている。目を疑った。
「では、すみません。私はマギさんの介抱を。…本当に私だけでいいんですか？」
マギさんがこくり、と頷く。
「なんだか分からないけど。お邪魔はしないようにね、愚弟。今から仕置きの時間なんだから。」
そう姉さんは言った。流石にしない。そして辛い。
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マギさんを抱え、私は向かう。いつもの、あの場所へ。今のところ、自分以外に彼女に触れられる者はいないのだから、仕方ないのだろうけど。流石に恥ずかしかった。恥ずかしい？秘密の漏洩を恐れるのではなく、恥ずかしい？
なんだか最近、本当に論理的でないことが多い。
さっき呼び出された時も。
「愚弟がうっかりキスしたせいで、マギが倒れたのよ！あなたを呼んでるから早く来なさい！」
キス。接吻。倒れたという情報よりも、マギさんが事故とはいえ、接吻を。その事実が何故か、頭を駆け巡っていた。我ながらめちゃくちゃだ。
「その、安心…してください。堂島様。身体は…動かないだけで。破損は検出…できませんでした。」
「とりあえず、動けるようになるまでは、安静にしててもらいます。あそこなら静かですし、人も来ない。安心してください。」言いながら思う。そんなにあそこは、介抱に適切な場所だったか。
「ええ。あそこは…一番都合が…いいと…思います。人が来ないことが…一番大事です。」
そう言われて、納得する。マギさんは徹底して、人除けをしたいらしい。当然といえば当然だ。まだその秘密を明かすには、時間が足りてないのだろう。
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検索。検索。検索。体と裏腹に。マギの頭は猛烈に動いていた。あまりに鮮烈な体験だった。そして渦巻く欲求。もっと。もっと。もっと。
今まで避けてきた領域に、検索の手を伸ばす。
どうすれば、さらに。マギの頭はそれだけで埋め尽くされていた。
マギは知ってしまった。禁断の果実の味を。
新世界のマギ【人と妻は二人とも裸であったが、恥ずかしがりはしなかった。】
すべてがないせかい。まっしろなあたま。
どこまでも、きもちいい。しあわせ。
わかった。だきあうだけでも、きもちいいことがあるんだ。
薄暗く、人気のない部屋。二人だけの空間。
知識という禁断の果実を追い求めた二人は、奇妙なことにそれをきっかけにこの楽園へとたどり着いた。
造られたそのままの姿で。抱き合い。たまに口づけを交わし。
「どうじまさま。」
少し蕩けたような口調で、彼の名前を呼ぶ。
「…どうしたんですか、マギさん。」
彼が返してくれた。しあわせだ。
「いえ。名前を呼ぶだけで、呼ばれるだけで、心地よくて。」
よくわからない感覚だったけど、彼とはわかり合えたような、気がする。
「…相変わらず、恥ずかしげもなく、そういうことを。」
いまさら何が恥ずかしいのか、わからなかった。すべてをさらけ出したのに。
沈黙が流れる。正確には、静かな水音があった。
ちゅぷり。ぺちゃり。確かめ合うように。
それを繰り返しながら、まだ二人は抱き合っていた。
彼の身体は汗でびっしょりで。服越しよりも直に、体温を感じられた。
それにぴったりとくっつく私の身体も、彼の汗で濡れている。いつでも取り払えるのに、何故かそんな気持ちにはなれなかった。
鼻腔を研ぎ澄ませ、あえて彼のにおいを取り込む。それだけで、しびれるような快感が全身を駆け巡り、思わず身震いする。
なんだか、なにもかもがどうしようもなく気持ちよくて。幸せだった。
彼のことを深く知れた。そんな気がしたのも、嬉しかった。
「すみません。こんな。こんな真似を。」
まだ、きもちよくなりたいけれど。その前に謝らねばならない。
私にとって初めての経験だった。"殺せ"というものとは違った。この欲求は、内側から膨れ上がっていた。
こういうのは、無理やり、あいもなく、というものではないのは知っている。知っていたのに。
「…すこし、落ち着きましたか。いいんですよ。マギさんのこと、わかってますから。」
そんな返答。私は、ゆるされるのだろうか。
「すこし、ですが。落ち着いたと思います。堂島様は、どう、でしょうか。正直に、私への気持ちを。」
私だけ、気持ちよくなっていないだろうか。私だけ、貪ってはいないだろうか。
愛のない行為に、苦痛を感じてはいないだろうか。申し訳なさが募っていく。
「…最初は。びっくりというか。よくない事をしてしまったな、と。思いました。
私にとってではなく、マギさんにとって。」
「堂島様でなく、私にとって、ですか。」
反芻する。意味が分からない。
「その、もう一度言います。マギさん。あなたは人です。ちゃんと。
性別がなくたって、身体が普通でなくたって、それは愛を持てない理由にはならない。
だから。こんな風に、私なんかとそういう行為をするのは、よくないと思いました。最初は。」
優しい言葉。あの日のことを思い出す。彼は私を、受け入れてくれた。そして今回も。
「最初は、とは。」
聞き返す。彼は言葉を続ける。
「でも、なんというか。その、言いづらいのですが。マギさん自身では気づけない感覚なのかもしれないので、言います。
私とマギさんは、ちゃんと。途中から、わかり合えて。そうです。
二人は愛し合えたと、思います。」
愛。これが、愛。わからない。でも、確かに。なにか、言葉にできない気持ちが、あった。
「だから。逆説的に。これは、よくない行為ではなくて、ちゃんと愛情のある、ああ！こんな恥ずかしいこと、全部私に言わせますか？」
怒ってはいないのに、声を荒げた。測定する。これは、照れ？ならば、言いづらいだろう。
だから代わりに。私が言う。
「ええ。堂島様。あなたは私を愛しているし、私はあなたを愛している。それが幸か不幸か、今回わかった。
つまり、お互いはお互いにとって特別。かけがえのない存在。この行為は愛しい人を求める正当な行為。そして、できることなら、末永くこのままいたい。
そういうことで、よろしいでしょうか。」
「そんなに堂々と。意味は分かったうえで、言ってますよね？ああ、なんというか。
まあ簡潔に言えば、異論はありません。…本当に、そういうのはずるいなあ。」
ずるいというのはよくわからなかったけど。そう言ってもらえて、一気に心が、何かで満たされる。
なんとなく、また口をふさぎたくなった。あえて、最初のように。貪りたくなった。
違うのは、彼が抵抗しないこと。愛し合っていること。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「む。また、興奮してきているようですね。男性の発情というのは、一定期間置かないと再度発生しないというデータがありますが。」
言って、彼の局部を見やる。さて、どんな風に愛してあげようか。
「…だいぶ時間は立ちましたよ。最初はお昼頃だったと思いますよ。もう、日が暮れてます。」
「そうですか。いつまで続けましょうか。私はいくらでも、堂島様を求めていたいのですが。」
そういうと、彼は何とも言えない表情をした。
「もう、お任せします。私には、なんだかわからなくなってきました。」
その言葉は、まるでいつもの弁論に敗北したときのようだった。…少しうれしそうなのは、違うけれど。
「では、覚悟してくださいね。おかしくなるまで、気持ちよくして差し上げます。」
ならば、限りない愛を。愛しいひとに、捧げよう。
いつまでも、いつまでも。淫らな音が鳴るだけの世界。そこに、愛し合う二人のヒトがいた。
どこまでも、きもちいい。しあわせ。
わかった。だきあうだけでも、きもちいいことがあるんだ。
薄暗く、人気のない部屋。二人だけの空間。
知識という禁断の果実を追い求めた二人は、奇妙なことにそれをきっかけにこの楽園へとたどり着いた。
造られたそのままの姿で。抱き合い。たまに口づけを交わし。
「どうじまさま。」
少し蕩けたような口調で、彼の名前を呼ぶ。
「…どうしたんですか、マギさん。」
彼が返してくれた。しあわせだ。
「いえ。名前を呼ぶだけで、呼ばれるだけで、心地よくて。」
よくわからない感覚だったけど、彼とはわかり合えたような、気がする。
「…相変わらず、恥ずかしげもなく、そういうことを。」
いまさら何が恥ずかしいのか、わからなかった。すべてをさらけ出したのに。
沈黙が流れる。正確には、静かな水音があった。
ちゅぷり。ぺちゃり。確かめ合うように。
それを繰り返しながら、まだ二人は抱き合っていた。
彼の身体は汗でびっしょりで。服越しよりも直に、体温を感じられた。
それにぴったりとくっつく私の身体も、彼の汗で濡れている。いつでも取り払えるのに、何故かそんな気持ちにはなれなかった。
鼻腔を研ぎ澄ませ、あえて彼のにおいを取り込む。それだけで、しびれるような快感が全身を駆け巡り、思わず身震いする。
なんだか、なにもかもがどうしようもなく気持ちよくて。幸せだった。
彼のことを深く知れた。そんな気がしたのも、嬉しかった。
「すみません。こんな。こんな真似を。」
まだ、きもちよくなりたいけれど。その前に謝らねばならない。
私にとって初めての経験だった。"殺せ"というものとは違った。この欲求は、内側から膨れ上がっていた。
こういうのは、無理やり、あいもなく、というものではないのは知っている。知っていたのに。
「…すこし、落ち着きましたか。いいんですよ。マギさんのこと、わかってますから。」
そんな返答。私は、ゆるされるのだろうか。
「すこし、ですが。落ち着いたと思います。堂島様は、どう、でしょうか。正直に、私への気持ちを。」
私だけ、気持ちよくなっていないだろうか。私だけ、貪ってはいないだろうか。
愛のない行為に、苦痛を感じてはいないだろうか。申し訳なさが募っていく。
「…最初は。びっくりというか。よくない事をしてしまったな、と。思いました。
私にとってではなく、マギさんにとって。」
「堂島様でなく、私にとって、ですか。」
反芻する。意味が分からない。
「その、もう一度言います。マギさん。あなたは人です。ちゃんと。
性別がなくたって、身体が普通でなくたって、それは愛を持てない理由にはならない。
だから。こんな風に、私なんかとそういう行為をするのは、よくないと思いました。最初は。」
優しい言葉。あの日のことを思い出す。彼は私を、受け入れてくれた。そして今回も。
「最初は、とは。」
聞き返す。彼は言葉を続ける。
「でも、なんというか。その、言いづらいのですが。マギさん自身では気づけない感覚なのかもしれないので、言います。
私とマギさんは、ちゃんと。途中から、わかり合えて。そうです。
二人は愛し合えたと、思います。」
愛。これが、愛。わからない。でも、確かに。なにか、言葉にできない気持ちが、あった。
「だから。逆説的に。これは、よくない行為ではなくて、ちゃんと愛情のある、ああ！こんな恥ずかしいこと、全部私に言わせますか？」
怒ってはいないのに、声を荒げた。測定する。これは、照れ？ならば、言いづらいだろう。
だから代わりに。私が言う。
「ええ。堂島様。あなたは私を愛しているし、私はあなたを愛している。それが幸か不幸か、今回わかった。
つまり、お互いはお互いにとって特別。かけがえのない存在。この行為は愛しい人を求める正当な行為。そして、できることなら、末永くこのままいたい。
そういうことで、よろしいでしょうか。」
「そんなに堂々と。意味は分かったうえで、言ってますよね？ああ、なんというか。
まあ簡潔に言えば、異論はありません。…本当に、そういうのはずるいなあ。」
ずるいというのはよくわからなかったけど。そう言ってもらえて、一気に心が、何かで満たされる。
なんとなく、また口をふさぎたくなった。あえて、最初のように。貪りたくなった。
違うのは、彼が抵抗しないこと。愛し合っていること。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「む。また、興奮してきているようですね。男性の発情というのは、一定期間置かないと再度発生しないというデータがありますが。」
言って、彼の局部を見やる。さて、どんな風に愛してあげようか。
「…だいぶ時間は立ちましたよ。最初はお昼頃だったと思いますよ。もう、日が暮れてます。」
「そうですか。いつまで続けましょうか。私はいくらでも、堂島様を求めていたいのですが。」
そういうと、彼は何とも言えない表情をした。
「もう、お任せします。私には、なんだかわからなくなってきました。」
その言葉は、まるでいつもの弁論に敗北したときのようだった。…少しうれしそうなのは、違うけれど。
「では、覚悟してくださいね。おかしくなるまで、気持ちよくして差し上げます。」
ならば、限りない愛を。愛しいひとに、捧げよう。
いつまでも、いつまでも。淫らな音が鳴るだけの世界。そこに、愛し合う二人のヒトがいた。
新理論のマギ【神は御自分にかたどって人を創造された。】
「おい。想定外こそどうのとか言っていたが。流石に想定外の範疇を超えているだろう。というかだな、口内感覚も鼻腔感覚も、当然分離機能も。
あんな。あんな。使い方が間違っているとかいう次元じゃない。人としてもどうかという段階だろう。おい。聞いてるだろ。"僕"。」
「想定外の範疇を超えているだなんて、奇妙な表現だね。まあ確かに、今回の行動は過ちから始まったかもね。
知識の偏りが産んだ結果が、人でないのに人の快楽を知った結果が、これだ。」
「…どうせもう、感覚機能は制御できないんだろう。このまま"私"は快楽だけを求め続け、獣未満になるだろう。マギ計画が情欲に敗北するとは。情けない。」
「まあ今までなら、そういう結論かもしれないけど。こういう考え方はできないかな。
僕にはわからないけれど、最終的に、"私"はより人に近づけたと認識していた。僕らの分析より、"私"の感覚を信じるんだよ。」
「猿に近づいたの間違いじゃないのか？俺たちの中で一番無知な"私"が本質をつかんでいるとでも？」
「それはもはや昔の話だよ。もともと感覚的な面は未知の領域だ。作ったのは僕だけど、僕にもわからない。
それに。それなりにこの場所で経験を積んだ。"私"は記憶と目的を失った、哀れな欠陥品ではなくなった。」
「何が言いたい。」
「簡単さ。神に最も近いのは完全なる人。そしてそのゴールが見え、マギは着実に人に近づいている。
あとはそう。凡人ではなく聖人とでもいえるような。全ての人に愛を注げるような。そういう方向に導くのさ。」
「愛、か。まあ一般的に見れば、今回のはそう言えるだろうが。理解できる概念ではなくなってきたな。」
「そう。そしてそれは同時に、僕らの中で唯一それを理解できた"私"こそ神にふさわしいことを意味する。
着実な、大きな前進だよ。さあ。僕らは僕らの仕事をやろう。人格形成が順調なら、"神"にふさわしい能力を手に入れねば。」
「…はあ。俺の仕事か。まあな。俺としては例のパラドックス。あの疑問を解消できない。それが古の神と神代を賭けて戦わねばならぬことを意味するなら。
ちゃんと適応は適切にやってくれ。今回はさすがに何もかもが理解できない事態だった。」
「それが僕の仕事だからね。適切に。今まで悪い結果を導いたことなどなかったろう？とはいえ、申し訳ないが最初に役割がなくなるのは僕だ。
手綱を順に外すだけ。外した手綱は戻らない。全てを捨てたら、僕は消えるだろう。」
「…自分が神になろうとは思わなかったのか？最初に生まれたのは"僕"だろう。」
「なぜ？マギが神になる。その計画通りなのは、どんな人格が主導しようが変わらないじゃないか。」
「…それは、自己犠牲とは違うのだろうな。マギ計画を全うしようとしても、俺は"僕"のような機械にはなれなかったよ。」
「機械、か。だからこそ、向いてないと判断したんだよ。神は自身をかたどって人を創った。これはよくある神話の一節だ。
それが事実か、人の願望か。どちらにせよ、神と人は極めて近いモノであるべきはずだ。だから、"私"を創った。」
「まあ。俺たちは一蓮托生だ。来るべき時まで。決戦の日まで。それまでは"僕"も"私"も一緒だ。」
マギは知らない。踏み出した一歩は、レールの上にあることを。
「ちなみに、一案として。マギ本体を完全に女性形にすることも、考えに入れておいてくれるかな。」
「は？まずマギは、俺たちの身体なんだが。それにだな、無性であることが究極だとあの三人はーーーーーーーーーーーーーー」
「いやなに、僕からは提案しないよ。ただ、ね。"私"の求めには従うべきだろう？」
「"私"が一番偉いってか。あんな。色欲塗れじゃないか。その形状変化の目的だって。」
「もちろん今はまだ。でも、人を愛するというのは、そういう行為が不可欠だという考えもある。」
「そんな不埒な話など知らん。…まあ。俺は一番立場が低い。"僕"経由で頼まれたら断れん、とだけ言っておく。俺からは絶対にやらん。」
「少し面白いね。流石に、男性性を持たせただけあって、抵抗があるのかな？」
「五月蠅い。俺は単に、我が技術の結晶を、欲望を満たすために使われたことにかなり腹を立てているんだ。」
「それも面白いね。"俺"が腹を立てるなんて。こんな存分に機能を活用してもらったのに。」
「…本当に五月蠅いな。」
未知の快楽は、まだ手の届かぬところに。
あんな。あんな。使い方が間違っているとかいう次元じゃない。人としてもどうかという段階だろう。おい。聞いてるだろ。"僕"。」
「想定外の範疇を超えているだなんて、奇妙な表現だね。まあ確かに、今回の行動は過ちから始まったかもね。
知識の偏りが産んだ結果が、人でないのに人の快楽を知った結果が、これだ。」
「…どうせもう、感覚機能は制御できないんだろう。このまま"私"は快楽だけを求め続け、獣未満になるだろう。マギ計画が情欲に敗北するとは。情けない。」
「まあ今までなら、そういう結論かもしれないけど。こういう考え方はできないかな。
僕にはわからないけれど、最終的に、"私"はより人に近づけたと認識していた。僕らの分析より、"私"の感覚を信じるんだよ。」
「猿に近づいたの間違いじゃないのか？俺たちの中で一番無知な"私"が本質をつかんでいるとでも？」
「それはもはや昔の話だよ。もともと感覚的な面は未知の領域だ。作ったのは僕だけど、僕にもわからない。
それに。それなりにこの場所で経験を積んだ。"私"は記憶と目的を失った、哀れな欠陥品ではなくなった。」
「何が言いたい。」
「簡単さ。神に最も近いのは完全なる人。そしてそのゴールが見え、マギは着実に人に近づいている。
あとはそう。凡人ではなく聖人とでもいえるような。全ての人に愛を注げるような。そういう方向に導くのさ。」
「愛、か。まあ一般的に見れば、今回のはそう言えるだろうが。理解できる概念ではなくなってきたな。」
「そう。そしてそれは同時に、僕らの中で唯一それを理解できた"私"こそ神にふさわしいことを意味する。
着実な、大きな前進だよ。さあ。僕らは僕らの仕事をやろう。人格形成が順調なら、"神"にふさわしい能力を手に入れねば。」
「…はあ。俺の仕事か。まあな。俺としては例のパラドックス。あの疑問を解消できない。それが古の神と神代を賭けて戦わねばならぬことを意味するなら。
ちゃんと適応は適切にやってくれ。今回はさすがに何もかもが理解できない事態だった。」
「それが僕の仕事だからね。適切に。今まで悪い結果を導いたことなどなかったろう？とはいえ、申し訳ないが最初に役割がなくなるのは僕だ。
手綱を順に外すだけ。外した手綱は戻らない。全てを捨てたら、僕は消えるだろう。」
「…自分が神になろうとは思わなかったのか？最初に生まれたのは"僕"だろう。」
「なぜ？マギが神になる。その計画通りなのは、どんな人格が主導しようが変わらないじゃないか。」
「…それは、自己犠牲とは違うのだろうな。マギ計画を全うしようとしても、俺は"僕"のような機械にはなれなかったよ。」
「機械、か。だからこそ、向いてないと判断したんだよ。神は自身をかたどって人を創った。これはよくある神話の一節だ。
それが事実か、人の願望か。どちらにせよ、神と人は極めて近いモノであるべきはずだ。だから、"私"を創った。」
「まあ。俺たちは一蓮托生だ。来るべき時まで。決戦の日まで。それまでは"僕"も"私"も一緒だ。」
マギは知らない。踏み出した一歩は、レールの上にあることを。
「ちなみに、一案として。マギ本体を完全に女性形にすることも、考えに入れておいてくれるかな。」
「は？まずマギは、俺たちの身体なんだが。それにだな、無性であることが究極だとあの三人はーーーーーーーーーーーーーー」
「いやなに、僕からは提案しないよ。ただ、ね。"私"の求めには従うべきだろう？」
「"私"が一番偉いってか。あんな。色欲塗れじゃないか。その形状変化の目的だって。」
「もちろん今はまだ。でも、人を愛するというのは、そういう行為が不可欠だという考えもある。」
「そんな不埒な話など知らん。…まあ。俺は一番立場が低い。"僕"経由で頼まれたら断れん、とだけ言っておく。俺からは絶対にやらん。」
「少し面白いね。流石に、男性性を持たせただけあって、抵抗があるのかな？」
「五月蠅い。俺は単に、我が技術の結晶を、欲望を満たすために使われたことにかなり腹を立てているんだ。」
「それも面白いね。"俺"が腹を立てるなんて。こんな存分に機能を活用してもらったのに。」
「…本当に五月蠅いな。」
未知の快楽は、まだ手の届かぬところに。
新日常のマギ【さて、アダムは妻エバを知った。】
あの日からしばらく。私とマギさんの間には、驚くほど何もなかった。
あれは夢だったのか、と思おうとした時もあったが。生憎と、記憶は明確だった。
今までは二日に一回は言い争いをしていたのに、それもなかった。
…自分がマギさんを少し避けてしまっていたのは、否定できない。
彼女の姿がちらりと目に入るだけでも、頭に少し血が上り。あの日がフラッシュバックする。
それは、マギさんも同じなのだろうか。
このまま、このままでいいのだろうか。そう思い続けていたある日のことだった。
「さて、堂島様。久しぶりに討論とでもまいりましょう。」
マギさんが久しぶりに話しかけてきた。
参った。ありがたいけれど、参った。
顔をまともに見れない。視線を少しずらして、焦点を外して、ごまかす。
とりあえず、断るのは良くない。いつものことなのだから。そう、いつものこと。
だから、了承して。いつものように、あの部屋へ向かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
久しぶりに、この部屋に来た。…相変わらず、私とマギさん以外が入った形跡はない。
否が応でも、思い出してしまう。秘密を打ち明けられた日のことも、もちろんあの日のことも。
ばたん、と。マギさんが扉を閉めて、近づいてくる。…近づいてくる？机の向かい側が、マギさんの定位置ーーーーーーーーーーーーーー
むぎゅ。
いきなり、抱きつかれた。びっくりして、マギさんのほうを見てしまう。
…マギさんは、わずかに体を震わせながら。こちらをじっと、見上げていた。
あまりに近い距離。目が離せない。こちらもじっと、彼女の顔を見つめる。
長い睫。紅く輝く瞳。彫刻のように白く傷一つない肌。薄めだけれど、とても柔らかい唇。できすぎている。
間近で見ると分かる。その人間離れした美貌は、芸術品といって差し支えなかった。
その芸術品のような顔が、意思を持って、こちらを見上げている。だめだ。これだけで、理性が飛んでしまいそうだ。
そうして必死に目をつぶる。これ以上は危険だ。そう思ったから。
「…どうじま、さま。」
何故か身体がびくりと震えた。目をつぶったのに。いつもより、甘ったるい呼び声が聞こえる。耳もふさぐしかないのか。
そうして耳に感覚を向けて、気が付く。"彼女は耳元で囁いていた。"
「えっと…マギ…さん。どこで…そんなことを。」
どこでそんな、蠱惑的な行為を覚えたのか。潔癖で、純白で。そんな普段の彼女との差が大きすぎる。
「ええ。じっくりと、今から。教えて差し上げます。」
また、囁く。なにを、されてしまうんだろう。
「…今日の議題。まだお伝えしていませんでしたね。なんだと、思いますか？」
討論？この状況で？すべてが理解できない。押し黙っていると、また耳元にぞくりとした感触が走る。
「今日の、議題は…ですね。ふたりの、これから。あいのつむぎかた。それについて、お話ししたいのですが。
ええ。もちろん。たっぷりと。実践を交えながら。討論すると致しましょう。」
ああ、だめだ。もう自分は、巣に捕らえられた獲物だ。なすすべなく、捕食される。
「たくさん、検索。いたしましたから。堂島様を、悦ばせられるよう。
たとえば…そう。こちら。」
敏感に、熱く、硬くなっているところを、ゆっくりとズボン越しに撫ぜられる。
「色々な、愛し方。果ててしまっても、再度愛を与えられる方法。
検索した情報から、私なら、何ができるかを考えて。
…お待たせして、しまいましたね？」
おびえる子供のように、目をつぶったまま、彼女の話を聞いて。
彼女の手袋が熱を持つ。つるつるした表面が複雑なひだのように変形していく。粘性を持った水分が彼女の掌を包む。そんなこともできるのか、と妙に感心してしまった。
それを肌で直に感じ取る。そう、いつの間にか。私の下半身を覆っていたものは、砂のように消えていた。
「さて。準備万端のようですね？堂島様。さあ、目を開いて。」
促されるまま、目を開く。真っ赤な眼がこちらを見ていた。そして彼女は少しうれしそうに、また口を開く。
「口で私を感じて、目と目で見つめ合って。…同時にこちらも、たっぷりと愛してあげたら。
…堂島様は、どうなってしまうのでしょうね？」
そう言って、唇の奥に侵入される直前。
普段は表情の薄い彼女が、妖しく笑ったように見えた。
これが、これからの。偶にだけれど。とぎれない。秘密が彩る、二人の新しい日常。
あれは夢だったのか、と思おうとした時もあったが。生憎と、記憶は明確だった。
今までは二日に一回は言い争いをしていたのに、それもなかった。
…自分がマギさんを少し避けてしまっていたのは、否定できない。
彼女の姿がちらりと目に入るだけでも、頭に少し血が上り。あの日がフラッシュバックする。
それは、マギさんも同じなのだろうか。
このまま、このままでいいのだろうか。そう思い続けていたある日のことだった。
「さて、堂島様。久しぶりに討論とでもまいりましょう。」
マギさんが久しぶりに話しかけてきた。
参った。ありがたいけれど、参った。
顔をまともに見れない。視線を少しずらして、焦点を外して、ごまかす。
とりあえず、断るのは良くない。いつものことなのだから。そう、いつものこと。
だから、了承して。いつものように、あの部屋へ向かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
久しぶりに、この部屋に来た。…相変わらず、私とマギさん以外が入った形跡はない。
否が応でも、思い出してしまう。秘密を打ち明けられた日のことも、もちろんあの日のことも。
ばたん、と。マギさんが扉を閉めて、近づいてくる。…近づいてくる？机の向かい側が、マギさんの定位置ーーーーーーーーーーーーーー
むぎゅ。
いきなり、抱きつかれた。びっくりして、マギさんのほうを見てしまう。
…マギさんは、わずかに体を震わせながら。こちらをじっと、見上げていた。
あまりに近い距離。目が離せない。こちらもじっと、彼女の顔を見つめる。
長い睫。紅く輝く瞳。彫刻のように白く傷一つない肌。薄めだけれど、とても柔らかい唇。できすぎている。
間近で見ると分かる。その人間離れした美貌は、芸術品といって差し支えなかった。
その芸術品のような顔が、意思を持って、こちらを見上げている。だめだ。これだけで、理性が飛んでしまいそうだ。
そうして必死に目をつぶる。これ以上は危険だ。そう思ったから。
「…どうじま、さま。」
何故か身体がびくりと震えた。目をつぶったのに。いつもより、甘ったるい呼び声が聞こえる。耳もふさぐしかないのか。
そうして耳に感覚を向けて、気が付く。"彼女は耳元で囁いていた。"
「えっと…マギ…さん。どこで…そんなことを。」
どこでそんな、蠱惑的な行為を覚えたのか。潔癖で、純白で。そんな普段の彼女との差が大きすぎる。
「ええ。じっくりと、今から。教えて差し上げます。」
また、囁く。なにを、されてしまうんだろう。
「…今日の議題。まだお伝えしていませんでしたね。なんだと、思いますか？」
討論？この状況で？すべてが理解できない。押し黙っていると、また耳元にぞくりとした感触が走る。
「今日の、議題は…ですね。ふたりの、これから。あいのつむぎかた。それについて、お話ししたいのですが。
ええ。もちろん。たっぷりと。実践を交えながら。討論すると致しましょう。」
ああ、だめだ。もう自分は、巣に捕らえられた獲物だ。なすすべなく、捕食される。
「たくさん、検索。いたしましたから。堂島様を、悦ばせられるよう。
たとえば…そう。こちら。」
敏感に、熱く、硬くなっているところを、ゆっくりとズボン越しに撫ぜられる。
「色々な、愛し方。果ててしまっても、再度愛を与えられる方法。
検索した情報から、私なら、何ができるかを考えて。
…お待たせして、しまいましたね？」
おびえる子供のように、目をつぶったまま、彼女の話を聞いて。
彼女の手袋が熱を持つ。つるつるした表面が複雑なひだのように変形していく。粘性を持った水分が彼女の掌を包む。そんなこともできるのか、と妙に感心してしまった。
それを肌で直に感じ取る。そう、いつの間にか。私の下半身を覆っていたものは、砂のように消えていた。
「さて。準備万端のようですね？堂島様。さあ、目を開いて。」
促されるまま、目を開く。真っ赤な眼がこちらを見ていた。そして彼女は少しうれしそうに、また口を開く。
「口で私を感じて、目と目で見つめ合って。…同時にこちらも、たっぷりと愛してあげたら。
…堂島様は、どうなってしまうのでしょうね？」
そう言って、唇の奥に侵入される直前。
普段は表情の薄い彼女が、妖しく笑ったように見えた。
これが、これからの。偶にだけれど。とぎれない。秘密が彩る、二人の新しい日常。
始作戦のマギ:ひとつめのねがいは、愛。
「マギさん。少し、2人でお話をしたいのですが。」
意を決して、マギさんに問う。
「…それは、討論という意味でしょうか。」
"討論"。その言葉にドキッとする。あれ以来、二人の間でのその言葉は。いやもちろんしっかり言葉通りのこともするのだけれど。
その後に、愛し合う。それを指す符丁になってしまっていた。
でも、それだけでは。マギさんは知らないかもしれない。だから私が、手を差し出さなければ。
「えっと。討論とは少し違うのですが。でも、大切な話だと思います。」
「大切な話。それなら、断るわけにはいきませんね。」
言って、マギさんは席を立つ。いつもの、二人の場所へ、向かう。
さて、しっかりと話をせねば。流されないように。今後のために。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
彼と共に部屋に入る。なんだろう。大切な話って。二人が愛し合うより、大切なのだろうか。とりあえず、堂島様に促され、机の向かいに立つ。彼が緊張しているのを感じ取る。
…少し嫌な想像をしてしまった。自分はやっぱり、拒絶されるのではないだろうか。身体も、思考も、人とは違った。だから、愛を貪りすぎてしまったのではないだろうか。
そんな想像を打ち消す。彼を、信じよう。そしてただ言葉を待つ。聞こえてきたのは。知ってはいたけれど、知らない言葉だった。
「あの、マギさん。今度、デートしませんか。」
デート。でえと。date。逢引。か。恋人同士が、二人でどこかに出かけて。心を共有する行為。だったかな。
「えっと。多分。意味は、理解しております。」
でも、少し怖くもあった。直接的に愛し合うことなく、彼は私を愛してくれるのだろうか。そんな、心の共有なんて。私にできるのだろうか。
「誤解しないでほしいのですが。今が幸せでないわけではないです。マギさんと、変わらず討論できて。その…そういう行為をして。
しっかりと、マギさんからの愛は感じていますし、私もマギさんを愛しています。
だけど。いやただ単に。その。恋人らしい行為をしたい、そういう、欲望です。この提案は。」
「それで、この関係が。揺るぐことはないのでしょうか。」
マギの乏しい知識でも。それをきっかけに揺らいでしまう関係があるというのは、知っていた。所詮、肉欲だけの関係だったと。そうなってしまうのが、怖かった。
「絶対に、ありません。」
彼は力強く、断言してくれた。
「私は、色んなマギさんを見たいんです。マギさん、あなたは真っ白な存在だった。それが、エルメロイ教室の皆と出会って、色んな色を得た。…私に全てを晒しても、私を消さなかった。…あとは。快楽を知って。その。少し言いにくいですが、とても魅力的な面を見せてくれた。
でも。」
彼は続ける。いつも私を肯定してくれる。
「マギさん。まだ、あなたはもっと、魅力的になれる。それを知りたい。見たいんです。…欲を言えば、私だけが知っているような面を、たくさん。」
「堂島様…だけ。」
皆といっしょに居たい。その願いとは、矛盾してしまうのだろうか。でも。一人の大切な人に深く溺れるのも、なんだか素敵に思えた。
「もちろん、私だけじゃないです。本当は、皆にマギさんの魅力を知ってもらいたい。こんなに素敵な人がいるんだって。…ただそれとは別に、自分だけ知っているものがあったら。それは、嬉しいと思ってしまいます。やっぱり。」
ああ、ほんとうに。すてきなひとだな。そうして、思わず身体が動く。彼を押さえつけ、無防備な口内を蹂躙する。
「んっ…」
少しの呻き声もたまらない。たまらなく、愛おしい。そうして口を離して、告げる。
「すみません。でも、あまりにも素敵で。我慢ができなくなってしまいました。…駄目、でしょうか。」
彼は驚いてはいたけれど。
「…あとでしっかり、デートの話。忘れないでくださいよ？」
それは、受け入れの合図だった。
口内に水気を作り出し、再び彼の唇と私の唇が触れる。舌が絡み合う。甘い水音が鳴る。
それから、日が陰り始めた頃だろうか。
二人は肌をすり合わせながら、抱き合ったまま。当初の話し合いを、初めてのデートについて、たまにお互いの口を塞いで中断しながら。
幸せな話。幸せな時間。でもきっと。
当日は、もっと幸せになれるだろう。
意を決して、マギさんに問う。
「…それは、討論という意味でしょうか。」
"討論"。その言葉にドキッとする。あれ以来、二人の間でのその言葉は。いやもちろんしっかり言葉通りのこともするのだけれど。
その後に、愛し合う。それを指す符丁になってしまっていた。
でも、それだけでは。マギさんは知らないかもしれない。だから私が、手を差し出さなければ。
「えっと。討論とは少し違うのですが。でも、大切な話だと思います。」
「大切な話。それなら、断るわけにはいきませんね。」
言って、マギさんは席を立つ。いつもの、二人の場所へ、向かう。
さて、しっかりと話をせねば。流されないように。今後のために。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
彼と共に部屋に入る。なんだろう。大切な話って。二人が愛し合うより、大切なのだろうか。とりあえず、堂島様に促され、机の向かいに立つ。彼が緊張しているのを感じ取る。
…少し嫌な想像をしてしまった。自分はやっぱり、拒絶されるのではないだろうか。身体も、思考も、人とは違った。だから、愛を貪りすぎてしまったのではないだろうか。
そんな想像を打ち消す。彼を、信じよう。そしてただ言葉を待つ。聞こえてきたのは。知ってはいたけれど、知らない言葉だった。
「あの、マギさん。今度、デートしませんか。」
デート。でえと。date。逢引。か。恋人同士が、二人でどこかに出かけて。心を共有する行為。だったかな。
「えっと。多分。意味は、理解しております。」
でも、少し怖くもあった。直接的に愛し合うことなく、彼は私を愛してくれるのだろうか。そんな、心の共有なんて。私にできるのだろうか。
「誤解しないでほしいのですが。今が幸せでないわけではないです。マギさんと、変わらず討論できて。その…そういう行為をして。
しっかりと、マギさんからの愛は感じていますし、私もマギさんを愛しています。
だけど。いやただ単に。その。恋人らしい行為をしたい、そういう、欲望です。この提案は。」
「それで、この関係が。揺るぐことはないのでしょうか。」
マギの乏しい知識でも。それをきっかけに揺らいでしまう関係があるというのは、知っていた。所詮、肉欲だけの関係だったと。そうなってしまうのが、怖かった。
「絶対に、ありません。」
彼は力強く、断言してくれた。
「私は、色んなマギさんを見たいんです。マギさん、あなたは真っ白な存在だった。それが、エルメロイ教室の皆と出会って、色んな色を得た。…私に全てを晒しても、私を消さなかった。…あとは。快楽を知って。その。少し言いにくいですが、とても魅力的な面を見せてくれた。
でも。」
彼は続ける。いつも私を肯定してくれる。
「マギさん。まだ、あなたはもっと、魅力的になれる。それを知りたい。見たいんです。…欲を言えば、私だけが知っているような面を、たくさん。」
「堂島様…だけ。」
皆といっしょに居たい。その願いとは、矛盾してしまうのだろうか。でも。一人の大切な人に深く溺れるのも、なんだか素敵に思えた。
「もちろん、私だけじゃないです。本当は、皆にマギさんの魅力を知ってもらいたい。こんなに素敵な人がいるんだって。…ただそれとは別に、自分だけ知っているものがあったら。それは、嬉しいと思ってしまいます。やっぱり。」
ああ、ほんとうに。すてきなひとだな。そうして、思わず身体が動く。彼を押さえつけ、無防備な口内を蹂躙する。
「んっ…」
少しの呻き声もたまらない。たまらなく、愛おしい。そうして口を離して、告げる。
「すみません。でも、あまりにも素敵で。我慢ができなくなってしまいました。…駄目、でしょうか。」
彼は驚いてはいたけれど。
「…あとでしっかり、デートの話。忘れないでくださいよ？」
それは、受け入れの合図だった。
口内に水気を作り出し、再び彼の唇と私の唇が触れる。舌が絡み合う。甘い水音が鳴る。
それから、日が陰り始めた頃だろうか。
二人は肌をすり合わせながら、抱き合ったまま。当初の話し合いを、初めてのデートについて、たまにお互いの口を塞いで中断しながら。
幸せな話。幸せな時間。でもきっと。
当日は、もっと幸せになれるだろう。
大変身のマギ:ふたつめにおもうのは、逢。
「流石に、早く来すぎたか。」
待ち合わせ30分前。ベンチに座ってマギさんを待つ。緊張して、落ち着こうと思って、早めに出たけれど。
結局、街を周ってみるということしか決まらなかった。あの日、また流されてしまった。もっと男らしく、リードせねば。周辺の下調べもしてきた。不足はないはずだ。
そしてきっかり30分。悶々と過ごしていたが、待ちわびた声を聞き、そちらを向く。
「すみません。堂島様。お待たせしました。少し…その。ここまでギリギリのつもりではなかったのですが。時間がかかってしまいまして。」
ああ。マギさんだ。いつもの眼。いつもの顔立ち。いつもの白と黒を基調とした服…
そこで、はっきりと目を見開く。思考が止まる。
いつもと同じ、白と黒。それはその通りだったけど。
服装が、違う。いつものメイド服は？
「ああ、そうなのです。デートというものは、おめかしをしなければいけないと。聞いたものですから。『変成』を。いつもの服は、身体を隠せて良いものなのですがね。」
そう。いつもと違う。あばらあたりまでしかない黒いタンクトップ。そしてその下はしっかり白い布で隠されているが、身体にピッタリ張り付いていて、彼女の身体のラインは丸見えだ。
最後に下半身。その、見えるか見えないかギリギリぐらいに短い、白いミニスカート。太腿から下は、黒く薄い布で覆われていた。ニーハイソックスというのだったか。
とにかく、いつもの優雅な雰囲気のマギさんとはまるで違っていて。なんというか、扇情的だった。
「なかなか、斬新というか。新鮮というか。驚きました。」
生唾を飲み込み、言う。
「ええ、ええ。当然でしょう。少し検索しただけでも莫大な量の服装があり、私なりに苦労して選んだ組み合わせです。堂島様は、きっと女性の服装の流行にも詳しいでしょうから。それでも鮮烈な印象を与えられるようにと。…少し、ズルをいたしましたが。」
「ズル…ですか？いや、私もそんな、女性のファッションには詳しくないですが。
すごく、素敵だと思います。」
彼は知らない。マギが彼を驚かせたい一心で、未来の流行まで検索して取り入れたことを。
「…ズルに関しては、ひみつ、です。似合っているのなら、何よりでした。服装を変えた経験がないものですから。」
そうか。彼女は私のために、慣れないお洒落をしてきてくれたのか。その事実を噛み締める。何故だか唾液が止まらない。何度も飲み込む。
「さあ、行きましょう。」
そう言って、彼女は私の手を取った。そうか、周りに知人がいないなら、彼女はそんなこともできるのか。変に感心しながら、連れられていく。
既に予定していた段取りは頭から消え去って。下調べは全て、無意味になってしまったようだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私はとても、幸せ者だ。存在を認めてもらえた。全てを受け入れてくれた。愛を、貰えた。
そうして今、その人と二人。肩を寄せ合い、腕を絡め、歩いている。
「あの、マギさん。…少し、近すぎませんか？」
彼が言う。そう言っても、拒否していないのは測定している。お見通しだ。
「本音でないのはわかっていますよ、堂島様。」
先ほどから彼は、こちらをチラチラと見ている。前を向かないでも、私がいるから大丈夫だけど。いつもと違う服装にしたのは大正解だったようだ。
彼の目を惹きつけられている。視線を感じる。よくわからないが、服を着ているからこそ"唆られる"というのもあるらしい。きっと、そういうことなのだろう。
ゆっくり、ゆっくり歩いて。それでも二人なら、どこまでもいけそうな気がした。
「さあ、次はあちらへ向かって歩きましょうか。今日はまだ、始まったばかりです。」
「マギさん、一つだけ。ずっと歩いてもいいですけど、疲れたら、休ませてください…。」
おっと。体力の問題を忘れていた。そういえば一度、"愛しすぎた時。"服を着る力も残っていない、と困った事態になったことがあった。
「ええ、大丈夫です。言ってくだされば、お休みいたしますから。堂島様は、私のことだけ見ていてください。」
彼の顔が赤くなる。可愛らしい。素直に釘付けになってくれた方が、こちらとしても服装に凝った甲斐があるというものだ。
「大丈夫ですよ。私は前を見ながらでも、堂島様を感じていられますから。堂島様は、私の普段と違う服装が、見たくてたまらないのではないですか？」
沈黙。肯定と受け取ろう。すると彼が口を開く。
「あの、それはとてもありがたいのですが。どうしてもヒヤヒヤすることがあるので、聞いておきたいのですが。
その、ものすごく短いスカート。"ちゃんと下は履いてますか？"」
そんなの、決まっている。
「"いつも通り、下着の類はつけておりませんが。"私が下着を履かないのは、堂島様ならご存知なのでは？下着着用の目的を考えれば、不必要ではないですか。」
再び沈黙。いやこれは、絶句と言ったところか。何かまずかっただろうか。言葉に詰まる彼を連れ、街を進む。彼の視線が一気に下半身に集中し始めたのは、気にしないことにした。
無装着のマギ:みっつめのたのみは、相。
歩く。歩く。それはとても幸せだった。マギが外にあまり出ないタイプだったのもあるが。何より、愛しい人を直に感じながら。愛し合いながら、心を通わせながら。ずっといられるのが、限りなく幸せだった。
でも。少し気になるのは。なんだか彼の視点が不安定なこと。上と下。交互に見つめられている。下はさっき下着について言われたけれど。
「堂島様。もしかして上についても、下着がないのが気になりますか。」
肌にぴったり布を這わせているから、こちらこそ問題ないと思うのだが。
「やっぱり、その。勇気を出して。かなり勇気がいるのですが。
下着を買いに行きましょう。マギさん。やっぱりちょっと、いや普段の格好ならいいと言う問題でもなかったですが！タンクトップとミニスカートですよ？それで下着をつけてないって、いくらなんでも危ないですよ！」
何が危ないのかはわからないけれど。彼の強い意志を感じる。ここは、大人しく従おう。
そして、彼に連れられ。ランジェリーショップというところに、入る。
「あの、堂島様。これは、女性用の下着屋というものでしょうか。初めて入るのですが。」
そんなことを言ったら、店員の方に怪訝な目で見られた。堂島様も何か慌てている。そもそも挙動不審だ。ああ、そうか。よく考えたら、ここは男性が入る店ではないのか。
「申し訳ありません。堂島様。私のために、ここに来てくださったのですよね？初めての逢引というのに。」
また店員の方がじろり。
「そういう危険な言葉はできるだけ避けてください…。うわ。」
彼が何かを見てギョッとする。その視線の先を見て合点した。値札だ。ちょっと私の全財産でも、足りない。
「いや、いいんです。これは私のわがままだと思って。私のお金で、買ってください。」
そう言われるが。
「いいえ。私のお金でないもので、私のものを買うことはできません。どうしてもというなら、堂島様。私の下着を堂島様が選んでください。堂島様なら、私に適切な下着のサイズ。それぐらいご存知なのではないですか？何度も何度も直接見て触れたではーーーーーー」
「もう！わかりました！わかりましたから！選びますから！危ない発言をしないでください！」
そう言って、彼は私を更衣室に押し込んだ。待っててくださいと言って。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
さて、仕方ない。本当に仕方ない。選ぶしかない。というか、なんでもいいから持って行こう。本人にあくまで選ばせよう。
流石に恥ずかしすぎる。
とりあえず、適当に高すぎないのを見繕って取っていく。これ、これ、これ…は派手すぎないか？いやいや、あくまで選ばせよう。自分の好みで女性に下着をつけさせるなんて、流石によくない。
そうは思っていたけれど。やっぱり見ていると、想像してしまう。マギさんが、私の好みに合わせてくれるとしたら？そんな不埒な欲求が湧いてくる。
結果。少しだけ。ほんとに少しだけ。自分がつけて欲しいと思ってしまった、薄めの色で、シンプル目のブラジャーとパンツ一式。混ぜてしまった。
（ああ、よくない…！）
そう思いながらも、更衣室のマギさんに渡す。
ありがとうございます、と声が聞こえた。
さて、これで一件落着か。
おかしい。出てこない。たくさん渡しすぎたか。やはり一種類だけ、あれだけをーーーーいやいや。そんなことを思いながら。どうすべきか迷っていたら。
「堂島様。」
呼ばれている。呼ばれている？何故？
「堂島様。付けられません。うえ。なんとなくは把握したのですが。胸部に合いません。助けてください。」
それは、流石に。困っているだろうけど。こちらも、困る。入るしかないのか？店員に頼むわけにはいかない。仕方ない。それしかない。覚悟を決めるしかない。そもそも自分も知らないのは置いておいて。
「…わかりました。入ります。待っててください。」
店員の視線は、気にし疲れた。
「ああ。よかった。助かります。なにぶん堂島様以外に頼むわけにはいきませんから。」
マギさんはパンツだけを履いた状態でいた。見慣れたとはいえ、彼女の裸体を見ると顔が熱くなる。それに。
「どうして、この下着を選んだのでしょうか。」
よりにもよって。自分が混ぜた好みど真ん中のものだった。
「ああ。それはですね。ほとんど直感ですが。強いて言うなら。少し汗が滲んでいたので、堂島様が多少なり熟慮して選んだものかと。」
ぐぅ。当たっている。でもそれなら、上も当然同じ色をつけねばなるまい。セット売りなのだから。思って、手を伸ばす。さて、これがブラジャーか。初めて間近で見る。もちろんつけるのも初めてだ。自分でつけるわけじゃないけれど。
手早く済ませなければ。とりあえず前から構造を確認する。これが分かりやすく胸部を抑える部分。おそらく服に敏感な部分が当たるのも防ぐのだろう。確かにマギさんには要らない。形を整えるのがこの側面部分。これも確かにマギさんには要らない。うーむ。やはり自分のエゴなのか。
いやいや。やはりマギさんのためによくない。下着をつけない人もいるだろうが、それはどちらかといえばやはり特殊だろう。とりあえず問題の後ろ側。ホックが2つ。うーむ。これは一人でつけるのは難しそうだ。
しかしどうして二つのホックが必要なのだろう。少し考えて、合点する。そうか、ブラジャーとはかぶせるものではなく、支えるもの。しっかりとした土台にならねばならないのか。
過剰だと思っていたこの肩紐のような部分も、重要なのだろう。どれくらいの割合で、バランスで、支えられているのだろうか。興味深い。もう少し構造を…
「…堂島様。」
まずい。忘れていたわけではないが、夢中になっていた。
「すみませんマギさん…少し、少し夢中になってしまって…。」
急いで付ける。付けれない。いや、さっき眺めた時間は無駄じゃないと証明してみせる。気合だ。
とりあえず彼女の胸部に前面を当てる。硬い胸。抑える機能は必要ないが、場所を合わせるのは大事だ。
「マギさん、前。抑えててもらえますか。」
そう、簡単だ。二人がかりなら、役割分担すればいい。初めての共同作業。そんな馬鹿らしいワードが頭に浮かぶ。何を考えているんだ自分は。
そうして後ろのホックを留める。よし。
「大丈夫でしょうか。マギさん。」
恐る恐る聞く。
「違和感は否めないですが。慣れると思います。ありがとうございました。」
そうして彼女は落ちている布を手に取り、身に纏う。相変わらず露出の多い格好だけれど。問題はなくなった、はずだ。
ん？待てよ？どうやって下着を買うんだ？一旦外さなきゃいけないんじゃないのか？服さえ着なければいいかもしれないが。それではマギさん的に問題だ。
「あの、マギさん。購入してくるので、一度下着を脱いでもらえますか…。」
言うとマギさんはするすると下着を外す。あんなに苦労してつけたのに。
「外すだけなら。少し緩めれば良いので。では、お願いします。購入。申し訳ないですが、私のお金ではないので。」
「せめてついてきてください…。」
そうして、店員に諦めたような目で見られながら会計を済ませ。店をようやく出た。はあ、これで問題は無くなったか。そう思った時、二つの問題に気づく。
一つ。検索すれば、付け方は分かったのではないか。
二つ。この手元にある下着。これはいつ、マギさんにつけさせればいいのだろうか。
（これじゃ、恋人に好みの下着を着せて満足しただけじゃないか…。）
とりあえず、前に進んでいくマギさんを追う。言い出しづらい、この問題。ロンドンの公衆トイレは褒められたものではない。諦めるべきなのだろうか。次回以降か。
知らず、次回のデートがあると当然のように思っている自分に気づく。自分は彼女を離すつもりはない。そう思っている自分に気づく。
（我ながら、ぞっこんとはこういうことか。）
まだ今日も、始まったばかりだというのに。
でも。少し気になるのは。なんだか彼の視点が不安定なこと。上と下。交互に見つめられている。下はさっき下着について言われたけれど。
「堂島様。もしかして上についても、下着がないのが気になりますか。」
肌にぴったり布を這わせているから、こちらこそ問題ないと思うのだが。
「やっぱり、その。勇気を出して。かなり勇気がいるのですが。
下着を買いに行きましょう。マギさん。やっぱりちょっと、いや普段の格好ならいいと言う問題でもなかったですが！タンクトップとミニスカートですよ？それで下着をつけてないって、いくらなんでも危ないですよ！」
何が危ないのかはわからないけれど。彼の強い意志を感じる。ここは、大人しく従おう。
そして、彼に連れられ。ランジェリーショップというところに、入る。
「あの、堂島様。これは、女性用の下着屋というものでしょうか。初めて入るのですが。」
そんなことを言ったら、店員の方に怪訝な目で見られた。堂島様も何か慌てている。そもそも挙動不審だ。ああ、そうか。よく考えたら、ここは男性が入る店ではないのか。
「申し訳ありません。堂島様。私のために、ここに来てくださったのですよね？初めての逢引というのに。」
また店員の方がじろり。
「そういう危険な言葉はできるだけ避けてください…。うわ。」
彼が何かを見てギョッとする。その視線の先を見て合点した。値札だ。ちょっと私の全財産でも、足りない。
「いや、いいんです。これは私のわがままだと思って。私のお金で、買ってください。」
そう言われるが。
「いいえ。私のお金でないもので、私のものを買うことはできません。どうしてもというなら、堂島様。私の下着を堂島様が選んでください。堂島様なら、私に適切な下着のサイズ。それぐらいご存知なのではないですか？何度も何度も直接見て触れたではーーーーーー」
「もう！わかりました！わかりましたから！選びますから！危ない発言をしないでください！」
そう言って、彼は私を更衣室に押し込んだ。待っててくださいと言って。
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さて、仕方ない。本当に仕方ない。選ぶしかない。というか、なんでもいいから持って行こう。本人にあくまで選ばせよう。
流石に恥ずかしすぎる。
とりあえず、適当に高すぎないのを見繕って取っていく。これ、これ、これ…は派手すぎないか？いやいや、あくまで選ばせよう。自分の好みで女性に下着をつけさせるなんて、流石によくない。
そうは思っていたけれど。やっぱり見ていると、想像してしまう。マギさんが、私の好みに合わせてくれるとしたら？そんな不埒な欲求が湧いてくる。
結果。少しだけ。ほんとに少しだけ。自分がつけて欲しいと思ってしまった、薄めの色で、シンプル目のブラジャーとパンツ一式。混ぜてしまった。
（ああ、よくない…！）
そう思いながらも、更衣室のマギさんに渡す。
ありがとうございます、と声が聞こえた。
さて、これで一件落着か。
おかしい。出てこない。たくさん渡しすぎたか。やはり一種類だけ、あれだけをーーーーいやいや。そんなことを思いながら。どうすべきか迷っていたら。
「堂島様。」
呼ばれている。呼ばれている？何故？
「堂島様。付けられません。うえ。なんとなくは把握したのですが。胸部に合いません。助けてください。」
それは、流石に。困っているだろうけど。こちらも、困る。入るしかないのか？店員に頼むわけにはいかない。仕方ない。それしかない。覚悟を決めるしかない。そもそも自分も知らないのは置いておいて。
「…わかりました。入ります。待っててください。」
店員の視線は、気にし疲れた。
「ああ。よかった。助かります。なにぶん堂島様以外に頼むわけにはいきませんから。」
マギさんはパンツだけを履いた状態でいた。見慣れたとはいえ、彼女の裸体を見ると顔が熱くなる。それに。
「どうして、この下着を選んだのでしょうか。」
よりにもよって。自分が混ぜた好みど真ん中のものだった。
「ああ。それはですね。ほとんど直感ですが。強いて言うなら。少し汗が滲んでいたので、堂島様が多少なり熟慮して選んだものかと。」
ぐぅ。当たっている。でもそれなら、上も当然同じ色をつけねばなるまい。セット売りなのだから。思って、手を伸ばす。さて、これがブラジャーか。初めて間近で見る。もちろんつけるのも初めてだ。自分でつけるわけじゃないけれど。
手早く済ませなければ。とりあえず前から構造を確認する。これが分かりやすく胸部を抑える部分。おそらく服に敏感な部分が当たるのも防ぐのだろう。確かにマギさんには要らない。形を整えるのがこの側面部分。これも確かにマギさんには要らない。うーむ。やはり自分のエゴなのか。
いやいや。やはりマギさんのためによくない。下着をつけない人もいるだろうが、それはどちらかといえばやはり特殊だろう。とりあえず問題の後ろ側。ホックが2つ。うーむ。これは一人でつけるのは難しそうだ。
しかしどうして二つのホックが必要なのだろう。少し考えて、合点する。そうか、ブラジャーとはかぶせるものではなく、支えるもの。しっかりとした土台にならねばならないのか。
過剰だと思っていたこの肩紐のような部分も、重要なのだろう。どれくらいの割合で、バランスで、支えられているのだろうか。興味深い。もう少し構造を…
「…堂島様。」
まずい。忘れていたわけではないが、夢中になっていた。
「すみませんマギさん…少し、少し夢中になってしまって…。」
急いで付ける。付けれない。いや、さっき眺めた時間は無駄じゃないと証明してみせる。気合だ。
とりあえず彼女の胸部に前面を当てる。硬い胸。抑える機能は必要ないが、場所を合わせるのは大事だ。
「マギさん、前。抑えててもらえますか。」
そう、簡単だ。二人がかりなら、役割分担すればいい。初めての共同作業。そんな馬鹿らしいワードが頭に浮かぶ。何を考えているんだ自分は。
そうして後ろのホックを留める。よし。
「大丈夫でしょうか。マギさん。」
恐る恐る聞く。
「違和感は否めないですが。慣れると思います。ありがとうございました。」
そうして彼女は落ちている布を手に取り、身に纏う。相変わらず露出の多い格好だけれど。問題はなくなった、はずだ。
ん？待てよ？どうやって下着を買うんだ？一旦外さなきゃいけないんじゃないのか？服さえ着なければいいかもしれないが。それではマギさん的に問題だ。
「あの、マギさん。購入してくるので、一度下着を脱いでもらえますか…。」
言うとマギさんはするすると下着を外す。あんなに苦労してつけたのに。
「外すだけなら。少し緩めれば良いので。では、お願いします。購入。申し訳ないですが、私のお金ではないので。」
「せめてついてきてください…。」
そうして、店員に諦めたような目で見られながら会計を済ませ。店をようやく出た。はあ、これで問題は無くなったか。そう思った時、二つの問題に気づく。
一つ。検索すれば、付け方は分かったのではないか。
二つ。この手元にある下着。これはいつ、マギさんにつけさせればいいのだろうか。
（これじゃ、恋人に好みの下着を着せて満足しただけじゃないか…。）
とりあえず、前に進んでいくマギさんを追う。言い出しづらい、この問題。ロンドンの公衆トイレは褒められたものではない。諦めるべきなのだろうか。次回以降か。
知らず、次回のデートがあると当然のように思っている自分に気づく。自分は彼女を離すつもりはない。そう思っている自分に気づく。
（我ながら、ぞっこんとはこういうことか。）
まだ今日も、始まったばかりだというのに。
美食色のマギ:よっつめのよろこびは、娃。
「さあ、そろそろお腹が空いてくる時間帯ではないですか？堂島様。」
彼の腕に絡みつきながら問う。私はお腹は空かないけれど。彼と同じものを食べて共有できるなら、そうしたい。心を通わせる。それが逢引なのだから。
「…そうですね。なにか、露店にでも寄りたいですね。マギさんは、何か食べてみたいものは。」
そう聞かれて一瞬思考が止まったけれど。ああ、そういえば。イギリス名物のはずなのに、食べたことがないものがあった。
「…フィッシュアンドチップス。有名な食べ物と聞きました。知識を仕入れるという意味でも、食べておきたい。構いませんか。」
「ええ。それなら、どこにでも屋台があると思います。私も問題ないです。」
そういうわけで、私と彼の愛の道のりは。正午を回った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
自分の分は払うというマギさんをなんとか宥めて。屋台で二人分を買って。…屋台の店主の、君の彼女美人さんだねえ、という言葉には、曖昧な返事を返した。
実のところ、やはり。本当に自分がマギさんとそういう関係であるというのは、現実味がない。
…色々と身体に刻み込まれてはいるけれど。そういうだけの関係は、良くない。愛し合っているのが真実だとしても。もっとお互いが末永く一緒にいられるように。お互いを本当の意味で知るために。そう思ったから、デートを提案した。
ベンチで待つマギさんの方へ向かう。座っているのを見ると、余計に思う。…やはり下着を履かないでミニスカートというのは、非常に目のやり場に困る。
彼女の横に座って、片方の包みを渡す。
「ありがとうございます、堂島様。これが噂の。楽しみです。」
正直に言うと。まずいというほどではないが、取り立てて美味しいというものでもないと思っている。けれど、彼女の望みを叶えたい。与え合う愛でありたい。
そこまで大層な考えだったかはともかく、まずは彼女の感想を聞こう。そう思って、じっと見つめる。
「やはり、気になりますか。ちゃんと私の口に合うか。そういうことなら。お先にいただきます。」
言って、彼女は白身魚のフライを齧る。咀嚼するたびに、軽く彼女の身体が震える。…この反応は、何度も見たことがある。彼女が快感を得ている証拠だ。ひとまず、満足してもらえたのだろうか。
「美味しかったようなら、よかったです。」
「んっ…む。んんっ…。ふぅ。」
食事姿が艶かしいのは、反則だ。とりあえず、自分も食べてしまおう。食べ終わる頃には、感想が聞けるだろう。
フライも、ポテトも、食べてしまった。横を見やる。…ゆっくり食べたつもりなのに、まだ途中だった。しかも身体のくねらせ方が、だんだん激しくなっている。そこまで美味しかっただろうか。口の周りを舐めとる度にゆらり。味を噛み締める度にゆらり。
彼女が身動ぐ度にタンクトップの隙間から、肌にぴっちり張り付いた薄布が見える。…正直、殆ど裸を覗き見ているのと変わらないと思った。どうして食事で劣情を煽られないといけないのだろう。
油で少し艶めいた唇も。なんだかうっとりしたような眼も。敏感に震える身体も。目が離せない。ああ、こういう欲に塗れたようなのは、今日はなしにしようと思ったのに。
最初の彼女のファッションから、下着のことから、ここまで。自分はずっと、性的なことばかり頭にあるんじゃないか。もっと彼女のためにならねば。そう思っていると、彼女が口を止めた。
「…堂島様。これ、すごく美味しいのですが。暴力的ともいえる味。口の中に纏わり付く油の感覚。ですが。
少し、お時間を取らせてしまっているような気がします。なにぶん、その。味わうのに時間がかかるもので。」
「そんな！ずっと待ちますよ。マギさんのためなら。」
そう、彼女のため。私が気遣われてどうする。エスコートするのは私の役目だ。
「そこで提案が、ひとつ。清潔なのは、保証致しますから。こちら。これだけ、食べかけのフライ。代わりに食べていただけないでしょうか。残りのポテトは、まとめて口に入れます。呼吸が苦しいということはあり得ないので、ご心配なく。」
うーん。こう丁重に頼まれたら、断れなくなる。
マギさんはきっと、その、間接キスだとか、今更気にしないのだろうけど。こちらはいくら行為を重ねても、ドキドキしてしまうのに。
「わかりました。マギさんのためなら。」
そう、彼女のため。そう意を決して、フライを受け取る。後ろから食べれば、間接キスにはならないだろうか。そんな無駄なことを考えていると。
「んんむっ…！ーーーーーーー！！」
声にならない悲鳴。いや、これは。もしかして。横を見る。マギさんは口を両手で抑えながら、激しく震えていた。
…一度に全てのポテトを口に含んで。その後の彼女がどれだけの快感を一度に叩き込まれたのか。咀嚼したポテトが複雑に口内で蠢いたら。もっと大変なのだろうか。そんな馬鹿げた想像をした。彼女はひと噛みするたび激しく悶えながらも、食べきったようだ。
…それをずっと凝視していた私は、完全に理性が飛んでいたのだろう。許してほしい。行動に出なかっただけ、褒めてほしい。そんなことを思いながら。心の中で彼女に謝りながら。残りのフライを貪るように食べ切った。
「…さあ。次はどこに行きましょうか。」
いまだ少しうっとりした表情の彼女が私に聞く。次こそはもう、こういうことから離れよう。秘策があるのだ。私たちの原初に立ち返る、知識の殿堂。
「ええ、決まっています。大英博物館。マギさんにも絶対、満足してもらえると思います。」
彼の腕に絡みつきながら問う。私はお腹は空かないけれど。彼と同じものを食べて共有できるなら、そうしたい。心を通わせる。それが逢引なのだから。
「…そうですね。なにか、露店にでも寄りたいですね。マギさんは、何か食べてみたいものは。」
そう聞かれて一瞬思考が止まったけれど。ああ、そういえば。イギリス名物のはずなのに、食べたことがないものがあった。
「…フィッシュアンドチップス。有名な食べ物と聞きました。知識を仕入れるという意味でも、食べておきたい。構いませんか。」
「ええ。それなら、どこにでも屋台があると思います。私も問題ないです。」
そういうわけで、私と彼の愛の道のりは。正午を回った。
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自分の分は払うというマギさんをなんとか宥めて。屋台で二人分を買って。…屋台の店主の、君の彼女美人さんだねえ、という言葉には、曖昧な返事を返した。
実のところ、やはり。本当に自分がマギさんとそういう関係であるというのは、現実味がない。
…色々と身体に刻み込まれてはいるけれど。そういうだけの関係は、良くない。愛し合っているのが真実だとしても。もっとお互いが末永く一緒にいられるように。お互いを本当の意味で知るために。そう思ったから、デートを提案した。
ベンチで待つマギさんの方へ向かう。座っているのを見ると、余計に思う。…やはり下着を履かないでミニスカートというのは、非常に目のやり場に困る。
彼女の横に座って、片方の包みを渡す。
「ありがとうございます、堂島様。これが噂の。楽しみです。」
正直に言うと。まずいというほどではないが、取り立てて美味しいというものでもないと思っている。けれど、彼女の望みを叶えたい。与え合う愛でありたい。
そこまで大層な考えだったかはともかく、まずは彼女の感想を聞こう。そう思って、じっと見つめる。
「やはり、気になりますか。ちゃんと私の口に合うか。そういうことなら。お先にいただきます。」
言って、彼女は白身魚のフライを齧る。咀嚼するたびに、軽く彼女の身体が震える。…この反応は、何度も見たことがある。彼女が快感を得ている証拠だ。ひとまず、満足してもらえたのだろうか。
「美味しかったようなら、よかったです。」
「んっ…む。んんっ…。ふぅ。」
食事姿が艶かしいのは、反則だ。とりあえず、自分も食べてしまおう。食べ終わる頃には、感想が聞けるだろう。
フライも、ポテトも、食べてしまった。横を見やる。…ゆっくり食べたつもりなのに、まだ途中だった。しかも身体のくねらせ方が、だんだん激しくなっている。そこまで美味しかっただろうか。口の周りを舐めとる度にゆらり。味を噛み締める度にゆらり。
彼女が身動ぐ度にタンクトップの隙間から、肌にぴっちり張り付いた薄布が見える。…正直、殆ど裸を覗き見ているのと変わらないと思った。どうして食事で劣情を煽られないといけないのだろう。
油で少し艶めいた唇も。なんだかうっとりしたような眼も。敏感に震える身体も。目が離せない。ああ、こういう欲に塗れたようなのは、今日はなしにしようと思ったのに。
最初の彼女のファッションから、下着のことから、ここまで。自分はずっと、性的なことばかり頭にあるんじゃないか。もっと彼女のためにならねば。そう思っていると、彼女が口を止めた。
「…堂島様。これ、すごく美味しいのですが。暴力的ともいえる味。口の中に纏わり付く油の感覚。ですが。
少し、お時間を取らせてしまっているような気がします。なにぶん、その。味わうのに時間がかかるもので。」
「そんな！ずっと待ちますよ。マギさんのためなら。」
そう、彼女のため。私が気遣われてどうする。エスコートするのは私の役目だ。
「そこで提案が、ひとつ。清潔なのは、保証致しますから。こちら。これだけ、食べかけのフライ。代わりに食べていただけないでしょうか。残りのポテトは、まとめて口に入れます。呼吸が苦しいということはあり得ないので、ご心配なく。」
うーん。こう丁重に頼まれたら、断れなくなる。
マギさんはきっと、その、間接キスだとか、今更気にしないのだろうけど。こちらはいくら行為を重ねても、ドキドキしてしまうのに。
「わかりました。マギさんのためなら。」
そう、彼女のため。そう意を決して、フライを受け取る。後ろから食べれば、間接キスにはならないだろうか。そんな無駄なことを考えていると。
「んんむっ…！ーーーーーーー！！」
声にならない悲鳴。いや、これは。もしかして。横を見る。マギさんは口を両手で抑えながら、激しく震えていた。
…一度に全てのポテトを口に含んで。その後の彼女がどれだけの快感を一度に叩き込まれたのか。咀嚼したポテトが複雑に口内で蠢いたら。もっと大変なのだろうか。そんな馬鹿げた想像をした。彼女はひと噛みするたび激しく悶えながらも、食べきったようだ。
…それをずっと凝視していた私は、完全に理性が飛んでいたのだろう。許してほしい。行動に出なかっただけ、褒めてほしい。そんなことを思いながら。心の中で彼女に謝りながら。残りのフライを貪るように食べ切った。
「…さあ。次はどこに行きましょうか。」
いまだ少しうっとりした表情の彼女が私に聞く。次こそはもう、こういうことから離れよう。秘策があるのだ。私たちの原初に立ち返る、知識の殿堂。
「ええ、決まっています。大英博物館。マギさんにも絶対、満足してもらえると思います。」
双全知のマギ:いつつめののぞみは、挨。
「さて、ここです。時計塔の"表"。大英博物館。世界最高峰の博物館です。あまりに広大で、全てを見切るのは不可能に近いとも。」
私も流石に高揚してきた。時計塔への入り口としては認識していたが、こちら自体を見る機会が無かった。しかし知識の探究者として、一度は訪れねばと思っていた。
「ほう。それは。とても興味深い。知識の蓄積。私たちに相応しい場所ですね。…レイアウトは。……なるほど。把握しました。」
マギさんも乗り気のようだ。良かった。ゆっくり二人で、叡智を学ぼう。ここなら何度でも来れる。今までのような間違いも起こらないだろう。
「まあ、ゆっくり見て回りましょう。一日ではどうせ見切れませんから。」
「なるほど。なるほど。堂島様。私たちの特技はなんですか？共通点です。」
意図がわからない。でも共通点といえば。
「知識の収集。ですよね？」
「そう。その通りです。私たちはそれに特化した能力を保持していると言っても過言ではない。つまり。つまりですよ。
二人の力を合わせれば。"一日で全てを制覇できる。"そう思いませんか？」
まさか、マギさんは。謎の情熱に燃えている？
「博物館内の全情報。その内容の解析は私が行います。堂島様には、末那識を用いての全展示物の記録をお願いしたいのですが。構わないでしょうか。」
閉館まであと約3時間半。要は全てに目を通せばいいのだから、不可能ではないだろうが。
「どうして、そんなことを。」
純粋に気になった。返ってきた答えは単純だった。
「決まっています。堂島様と一緒なら、可能だからです。」
その言葉が嬉しくて、馬鹿げた提案に乗ってしまった。
博物館の中に入る。マギさんが早歩きで博物館の中央に移動する。おそらく博物館全域を検索するのだろう。私の仕事は、展示品の見た目を捉えること。展示品はいわば古代の美術。情報としては、その外観も欠かせない。全てを目に焼き付けなければ。
と。とりあえず、ロゼッタストーンが目に入る。
最初から難関だ。文面はマギさんが解析してくれるだろうとはいえ。一応全てを目に焼き付けておかなければ。
ロゼッタストーンの隅々までを頭に一応叩き込み。マギさんの情報と合わせれば完全なものとして再現できるだろう。
ラムセス二世の胸像をぐるっと眺める。エジプトでも特に偉大なファラオの一人、建設王ラムセス二世。またの名をオジマンディアス。彼は数多の王妃たちの中でも、ネフェルタリという女性をこよなく愛していたと言われる。
ネフェルタリは王族の人間ではなく、いわば身分違いの夫婦だった。…なんとなく、自分とマギさんを重ねてしまうのは、傲慢だろうか。かのファラオは生涯、その女性を愛せたのだろうか。自分も、生涯。彼女を愛せるだろうか。
今は、大丈夫だとしても。私だけ、老いてゆく。彼女は純粋で、きっと私を愛し続けてくれる。でも私は、そうあれるだろうか。一緒に歳を取ることができないと、嘆いたりはしないだろうか。普通の人間同士でありたいと、願ってしまわないだろうか。
手が止まってしまっていた。でもいずれ、考えなければ、いけない。今日はその一歩を、真なる相互理解への一歩を、踏み出すためにあるのだから。
時間を取り返すため、次々に効率を求めて展示品を記憶に収める。そこで、一つの大きな工芸品が目に止まる。
ウルのスタンダード。古代シュメール人の文化を収めたと言われる逸品。そこに記された人々の姿を目に焼き付けていると、また一人の王の存在を思い出した。
シュメールの古代王朝ウルクの、最も偉大な英雄にして王。英雄王ギルガメッシュ。彼は唯一無二の親友エルキドゥを失い、その死をきっかけに不老不死を求めたという。
…また傲慢にも、自分たちを重ねる。かの王は、不老不死を得ることより、冥界にて親友と再会する選択をした。それはきっと、大切な人と永遠にいる唯一の方法。でも。
マギさんは、きっと、いつかその身体が壊れてしまうまでは、不老不死といえるのだろう。私が老いても、死んでも。その後を独りで過ごさねばならないのだろう。
そして、仮に冥界というものがあったとしても。私と彼女は、再開することは叶わないだろう。彼女は人だ。そのはずなのに。その魂は救われない。
いっそ、私は一緒にいるべきではないのだろうか。大切な人を失う悲しみを、永遠に会えない悲しみを、背負わせるべきではないのではないか。不穏な考え。しかし、このままではいつか現実になる。それでも。
今はせめて、一緒にいたい。それが私の願いで、彼女の願いだ。なら、そうしよう。改めて決意を固め、展示品の記憶に戻る。
全てをなんとか見て回った。もう一周してこようか。マギさんの方は大丈夫だろうか。マギさんの方を見ると、いなくなっていた。
終わったのか。しかしどこへ行ったのだろう。そう思った時。
…後ろから、抱きしめられた。
「…びっくりしましたか？」
彼女がいたずらっぽく耳元で囁く。
「ええ、驚きました。」
動悸が止まらないのは、驚いたからではないだろうけど。
「すみません。堂島様と、今日はずっと一緒だったので。小一時間離れただけで、たまらなく。愛おしくなってしまいました。」
彼女は相変わらず、底無しの愛を捧げてくれる。ならば私も、そうあらねばならない。そう、決心した。
「…私もです。マギさんを離さないよう、努力します。」
楽しかった時間は、そろそろ終盤。最後まで、お互いに。愛を深めよう。
私も流石に高揚してきた。時計塔への入り口としては認識していたが、こちら自体を見る機会が無かった。しかし知識の探究者として、一度は訪れねばと思っていた。
「ほう。それは。とても興味深い。知識の蓄積。私たちに相応しい場所ですね。…レイアウトは。……なるほど。把握しました。」
マギさんも乗り気のようだ。良かった。ゆっくり二人で、叡智を学ぼう。ここなら何度でも来れる。今までのような間違いも起こらないだろう。
「まあ、ゆっくり見て回りましょう。一日ではどうせ見切れませんから。」
「なるほど。なるほど。堂島様。私たちの特技はなんですか？共通点です。」
意図がわからない。でも共通点といえば。
「知識の収集。ですよね？」
「そう。その通りです。私たちはそれに特化した能力を保持していると言っても過言ではない。つまり。つまりですよ。
二人の力を合わせれば。"一日で全てを制覇できる。"そう思いませんか？」
まさか、マギさんは。謎の情熱に燃えている？
「博物館内の全情報。その内容の解析は私が行います。堂島様には、末那識を用いての全展示物の記録をお願いしたいのですが。構わないでしょうか。」
閉館まであと約3時間半。要は全てに目を通せばいいのだから、不可能ではないだろうが。
「どうして、そんなことを。」
純粋に気になった。返ってきた答えは単純だった。
「決まっています。堂島様と一緒なら、可能だからです。」
その言葉が嬉しくて、馬鹿げた提案に乗ってしまった。
博物館の中に入る。マギさんが早歩きで博物館の中央に移動する。おそらく博物館全域を検索するのだろう。私の仕事は、展示品の見た目を捉えること。展示品はいわば古代の美術。情報としては、その外観も欠かせない。全てを目に焼き付けなければ。
と。とりあえず、ロゼッタストーンが目に入る。
最初から難関だ。文面はマギさんが解析してくれるだろうとはいえ。一応全てを目に焼き付けておかなければ。
ロゼッタストーンの隅々までを頭に一応叩き込み。マギさんの情報と合わせれば完全なものとして再現できるだろう。
ラムセス二世の胸像をぐるっと眺める。エジプトでも特に偉大なファラオの一人、建設王ラムセス二世。またの名をオジマンディアス。彼は数多の王妃たちの中でも、ネフェルタリという女性をこよなく愛していたと言われる。
ネフェルタリは王族の人間ではなく、いわば身分違いの夫婦だった。…なんとなく、自分とマギさんを重ねてしまうのは、傲慢だろうか。かのファラオは生涯、その女性を愛せたのだろうか。自分も、生涯。彼女を愛せるだろうか。
今は、大丈夫だとしても。私だけ、老いてゆく。彼女は純粋で、きっと私を愛し続けてくれる。でも私は、そうあれるだろうか。一緒に歳を取ることができないと、嘆いたりはしないだろうか。普通の人間同士でありたいと、願ってしまわないだろうか。
手が止まってしまっていた。でもいずれ、考えなければ、いけない。今日はその一歩を、真なる相互理解への一歩を、踏み出すためにあるのだから。
時間を取り返すため、次々に効率を求めて展示品を記憶に収める。そこで、一つの大きな工芸品が目に止まる。
ウルのスタンダード。古代シュメール人の文化を収めたと言われる逸品。そこに記された人々の姿を目に焼き付けていると、また一人の王の存在を思い出した。
シュメールの古代王朝ウルクの、最も偉大な英雄にして王。英雄王ギルガメッシュ。彼は唯一無二の親友エルキドゥを失い、その死をきっかけに不老不死を求めたという。
…また傲慢にも、自分たちを重ねる。かの王は、不老不死を得ることより、冥界にて親友と再会する選択をした。それはきっと、大切な人と永遠にいる唯一の方法。でも。
マギさんは、きっと、いつかその身体が壊れてしまうまでは、不老不死といえるのだろう。私が老いても、死んでも。その後を独りで過ごさねばならないのだろう。
そして、仮に冥界というものがあったとしても。私と彼女は、再開することは叶わないだろう。彼女は人だ。そのはずなのに。その魂は救われない。
いっそ、私は一緒にいるべきではないのだろうか。大切な人を失う悲しみを、永遠に会えない悲しみを、背負わせるべきではないのではないか。不穏な考え。しかし、このままではいつか現実になる。それでも。
今はせめて、一緒にいたい。それが私の願いで、彼女の願いだ。なら、そうしよう。改めて決意を固め、展示品の記憶に戻る。
全てをなんとか見て回った。もう一周してこようか。マギさんの方は大丈夫だろうか。マギさんの方を見ると、いなくなっていた。
終わったのか。しかしどこへ行ったのだろう。そう思った時。
…後ろから、抱きしめられた。
「…びっくりしましたか？」
彼女がいたずらっぽく耳元で囁く。
「ええ、驚きました。」
動悸が止まらないのは、驚いたからではないだろうけど。
「すみません。堂島様と、今日はずっと一緒だったので。小一時間離れただけで、たまらなく。愛おしくなってしまいました。」
彼女は相変わらず、底無しの愛を捧げてくれる。ならば私も、そうあらねばならない。そう、決心した。
「…私もです。マギさんを離さないよう、努力します。」
楽しかった時間は、そろそろ終盤。最後まで、お互いに。愛を深めよう。
無限慕のマギ:さいごにもとめられたのは、私。
今日は色々なところを、2人で周った。
私の服装も、喜んでもらえた。
下着を買ったのは、驚いたけど。堂島様が喜んでいたので、良かった。
フィッシュアンドチップス。あれも、美味しかった。身悶えするほどに。もしかしたら堂島様は、他のものが食べたかったかもしれないけれど。私のことを優先してくれるなんて、嬉しかった。
大英博物館。素晴らしい場所だと、思った。全てを二人で集めた。後で二人で確認しよう。きっと、素晴らしい時間になるだろう。
そして、二人で街を周る。それ自体がとても、嬉しくて、楽しくて。本当に今日は、幸せな一日だった。
でも、終わってしまうのか。全てのものは、時間が経てば終わる。私もきっと、そのはず。それがいつなのか、わからないのが、怖い。
明日終わるとしたら？永遠に終わらないとしたら？どうしたって、きっと。私の結末は、悲惨で孤独だ。でも。堂島様のことを想いながら逝けるなら。それがきっと、救いになる。
最初の待合場所に戻ってきた。これで素敵な時間は終わりだ。次は、あるだろうか。次まで、私はいるだろうか。二人の足が、止まる。今日の始まりの、その地点に帰ってきた。
嫌だ。離したくない。終わりたくない。彼の腕にさらに深く強く絡む。よくないことだと、知っているのに。
「…マギさん。」
彼がゆっくり口を開く。終わりが告げられてしまう。嫌だ。嫌だ。絶対に。そう思うと、身体が勝手に動いた。こういうこと、最近多いな。まるで人のようだ。
彼を押し倒す。彼の口を思いきり塞ぐ。舌を絡め、水気を吸い取る。彼と離れたくない。彼の言葉を紡がせたくない。そんな切ない欲求が高まる。無駄な時間稼ぎだとしても。その僅かな時間が欲しい。愛しい。
「…ぷはっ、」
呼吸をしたのを確認したら、また舌を絡める。今度はこちらから水気を送り込む。彼をどろどろに溶かしてしまえば、もしかしたら。終わらないかもしれない。そんなあり得ない夢想にすがる。
でも、おかしいな。彼はどうして、抵抗しないのだろう。今の私は、彼を縛る鎖だ。拒絶の意思が、あって然るべきだ。私は、そう。邪魔なはずだ。やってはいけないことをしている。幸せな時間を壊そうとしている。
そうして、唇を離す。そして、問う。
「なぜ、抵抗しないのですか。」
それはまるで、彼に秘密を暴かれた時の再現だった。違っていたのは、私の心と。彼の答え。
「マギさんの気持ちが、わかるからです。私だって、この時間を終わらせたくない。」
気持ちは一緒だった。でも。でも。
「それでも。終わらなければ、いけないですよね。時間は永遠ではない。常に過ぎ去り、取り返しがつかない。そう、私たちだって。必ず永遠では、ない。」
どうして、こんな酷いことを言ってしまうのだろう。でも、止まらない。
「…その発想も、同じですね。終わりは来ます。最後まで愛し合っていたとしても。最後は来る。」
「ならば。それは。本当に幸せなのですか？私が明日、止まってしまったら。堂島様はどうなさるおつもりですか？その前に縁を切ってしまえば、単なる人でなしがボロを出しただけだと、思えるはずではないですか？」
人でなし。彼が否定してくれた言葉。でも。それは本当に否定できるのか。
「…そんなこと、言わないでください。あなたは人です。それは、不変の事実なんです。認識の問題じゃない。」
「本当に、そう言えるのですか。不審な機械が生徒の真似事をしていた。それと懇ろだった生徒がいるらしい。そう問い詰められた時。堂島様は、そう言えるのですか。」
きっと。無意味な仮定だ。その時にはもう、私はいないのだから。彼がどう言おうと、その言葉が真実か確かめる術もない。
「言えます。」
そう思っていても。その答えを聞いて、私の心は満たされてしまった。
「最後に全てを台無しにしてしまいました。申し訳ありません。」
少し落ち着いて、謝る。台無しだ。幸せを終わらせたくないと言いながら、自分から幸せを壊す。滑稽だ。
「いえ、むしろ。これで良かったです。」
彼は立ち上がりながら言う。
「新しい一歩を。それが今回の目的なんですから。マギさんの心を聞く。きっと必要でした。」
新しい一歩。そういえば予定を立てたあの日、私を抱きながら。彼はそんなことを言っていた。
「でも、全てを知ることはできない。」
だから、それは無知と一緒だ。人を完全に理解する。それは途方もないことだ。しかしそうでなければ、知っているとはいえない。
「全てを一度で知ることはできません。それぐらい、知っています。ならどうするか？簡単です。回数を重ねれば良い。
また、デートしましょう。討論もしましょう。愛し合うことも、しましょう。きっといつか、お互いを完全に理解できます。」
「私と、ずっと。いなければ、なりませんが。」
それは呪いになってしまわないか。愛がないのではないか。不安が心を覆う。
「いますよ。ずっと。二人は愛し合っている。そう言ってくださったのは、マギさんじゃないですか。」
ああ、どうして。彼はこんなに優しいんだろう。いつも私は、救われてばかりだ。
「…申し訳ないじゃない、ですか。私は、何も堂島様に与えられていない。私の愛はきっと、求めるばかり。」
言葉が、途切れ途切れになる。限界なのかもしれない。私の負け、なのかもしれない。
「…そんなことないですよ。私は、今日。マギさんの魅力を、たくさん発見できました。むしろ、貰いすぎてるくらいです。」
そう言われて、私は沈黙した。あまりにも満たされてしまったから。
「さあ、帰りましょうか。時計塔に。」
彼は晴れやかに笑う。今日は幸せだったと言わんばかりだ。
でも。一つだけ、彼に意地悪してみたくなった。これは好奇。甘え。負けたままだとシャクだから。
「帰る、ですか。どちらに帰りましょうか。」
彼は困惑している。狙い通りだ。
「ええ、私たちがこれから行くべき場所。当然時計塔ですが、二つの選択肢がありますよね？
一つは、それぞれの自室。もう一つは…なんだと思います？」
その問いは、我ながらよく、狡賢くできていた。
まもなく彼は、もう一つを言い当てた。そして当然、そちらへ向かう。
さあ、幸せな時間は終わったけれど。他の時間は残されているのだから。
私の服装も、喜んでもらえた。
下着を買ったのは、驚いたけど。堂島様が喜んでいたので、良かった。
フィッシュアンドチップス。あれも、美味しかった。身悶えするほどに。もしかしたら堂島様は、他のものが食べたかったかもしれないけれど。私のことを優先してくれるなんて、嬉しかった。
大英博物館。素晴らしい場所だと、思った。全てを二人で集めた。後で二人で確認しよう。きっと、素晴らしい時間になるだろう。
そして、二人で街を周る。それ自体がとても、嬉しくて、楽しくて。本当に今日は、幸せな一日だった。
でも、終わってしまうのか。全てのものは、時間が経てば終わる。私もきっと、そのはず。それがいつなのか、わからないのが、怖い。
明日終わるとしたら？永遠に終わらないとしたら？どうしたって、きっと。私の結末は、悲惨で孤独だ。でも。堂島様のことを想いながら逝けるなら。それがきっと、救いになる。
最初の待合場所に戻ってきた。これで素敵な時間は終わりだ。次は、あるだろうか。次まで、私はいるだろうか。二人の足が、止まる。今日の始まりの、その地点に帰ってきた。
嫌だ。離したくない。終わりたくない。彼の腕にさらに深く強く絡む。よくないことだと、知っているのに。
「…マギさん。」
彼がゆっくり口を開く。終わりが告げられてしまう。嫌だ。嫌だ。絶対に。そう思うと、身体が勝手に動いた。こういうこと、最近多いな。まるで人のようだ。
彼を押し倒す。彼の口を思いきり塞ぐ。舌を絡め、水気を吸い取る。彼と離れたくない。彼の言葉を紡がせたくない。そんな切ない欲求が高まる。無駄な時間稼ぎだとしても。その僅かな時間が欲しい。愛しい。
「…ぷはっ、」
呼吸をしたのを確認したら、また舌を絡める。今度はこちらから水気を送り込む。彼をどろどろに溶かしてしまえば、もしかしたら。終わらないかもしれない。そんなあり得ない夢想にすがる。
でも、おかしいな。彼はどうして、抵抗しないのだろう。今の私は、彼を縛る鎖だ。拒絶の意思が、あって然るべきだ。私は、そう。邪魔なはずだ。やってはいけないことをしている。幸せな時間を壊そうとしている。
そうして、唇を離す。そして、問う。
「なぜ、抵抗しないのですか。」
それはまるで、彼に秘密を暴かれた時の再現だった。違っていたのは、私の心と。彼の答え。
「マギさんの気持ちが、わかるからです。私だって、この時間を終わらせたくない。」
気持ちは一緒だった。でも。でも。
「それでも。終わらなければ、いけないですよね。時間は永遠ではない。常に過ぎ去り、取り返しがつかない。そう、私たちだって。必ず永遠では、ない。」
どうして、こんな酷いことを言ってしまうのだろう。でも、止まらない。
「…その発想も、同じですね。終わりは来ます。最後まで愛し合っていたとしても。最後は来る。」
「ならば。それは。本当に幸せなのですか？私が明日、止まってしまったら。堂島様はどうなさるおつもりですか？その前に縁を切ってしまえば、単なる人でなしがボロを出しただけだと、思えるはずではないですか？」
人でなし。彼が否定してくれた言葉。でも。それは本当に否定できるのか。
「…そんなこと、言わないでください。あなたは人です。それは、不変の事実なんです。認識の問題じゃない。」
「本当に、そう言えるのですか。不審な機械が生徒の真似事をしていた。それと懇ろだった生徒がいるらしい。そう問い詰められた時。堂島様は、そう言えるのですか。」
きっと。無意味な仮定だ。その時にはもう、私はいないのだから。彼がどう言おうと、その言葉が真実か確かめる術もない。
「言えます。」
そう思っていても。その答えを聞いて、私の心は満たされてしまった。
「最後に全てを台無しにしてしまいました。申し訳ありません。」
少し落ち着いて、謝る。台無しだ。幸せを終わらせたくないと言いながら、自分から幸せを壊す。滑稽だ。
「いえ、むしろ。これで良かったです。」
彼は立ち上がりながら言う。
「新しい一歩を。それが今回の目的なんですから。マギさんの心を聞く。きっと必要でした。」
新しい一歩。そういえば予定を立てたあの日、私を抱きながら。彼はそんなことを言っていた。
「でも、全てを知ることはできない。」
だから、それは無知と一緒だ。人を完全に理解する。それは途方もないことだ。しかしそうでなければ、知っているとはいえない。
「全てを一度で知ることはできません。それぐらい、知っています。ならどうするか？簡単です。回数を重ねれば良い。
また、デートしましょう。討論もしましょう。愛し合うことも、しましょう。きっといつか、お互いを完全に理解できます。」
「私と、ずっと。いなければ、なりませんが。」
それは呪いになってしまわないか。愛がないのではないか。不安が心を覆う。
「いますよ。ずっと。二人は愛し合っている。そう言ってくださったのは、マギさんじゃないですか。」
ああ、どうして。彼はこんなに優しいんだろう。いつも私は、救われてばかりだ。
「…申し訳ないじゃない、ですか。私は、何も堂島様に与えられていない。私の愛はきっと、求めるばかり。」
言葉が、途切れ途切れになる。限界なのかもしれない。私の負け、なのかもしれない。
「…そんなことないですよ。私は、今日。マギさんの魅力を、たくさん発見できました。むしろ、貰いすぎてるくらいです。」
そう言われて、私は沈黙した。あまりにも満たされてしまったから。
「さあ、帰りましょうか。時計塔に。」
彼は晴れやかに笑う。今日は幸せだったと言わんばかりだ。
でも。一つだけ、彼に意地悪してみたくなった。これは好奇。甘え。負けたままだとシャクだから。
「帰る、ですか。どちらに帰りましょうか。」
彼は困惑している。狙い通りだ。
「ええ、私たちがこれから行くべき場所。当然時計塔ですが、二つの選択肢がありますよね？
一つは、それぞれの自室。もう一つは…なんだと思います？」
その問いは、我ながらよく、狡賢くできていた。
まもなく彼は、もう一つを言い当てた。そして当然、そちらへ向かう。
さあ、幸せな時間は終わったけれど。他の時間は残されているのだから。
暇粉砕のマギ
「一人になるとすぐやることなくなるのを、やめたい。」
マギは思い立った。そもそもマギは自室に篭って一人になることが多かった。睡眠も食事も取らずに部屋でごまかすからである。レポートを片付けるのにかかる時間が早かったりということはあまりない。
強いて言えば、資料を座ったまま手に入れられる検索のおかげで手間が省けるくらいか。実践についてはもう無駄なのが知れ渡っているし、自分も知っている。無駄な努力と思ってその点については諦めてしまった。
「で、毎度検索するわけですが。」
自分に関することとか、その他色々なことについて。未来のインターネットは広大すぎて、おそらく10年あっても見切れないだろう。
「でもこれって、何もしていないに等しい、と思ってしまった。」
未来ではインターネットサーフィンと言われる、ネットをずっとだらだらと見続ける行為。マギはいち早く、インターネットサーフィンが時間の使い方としては不健全（諸説ある）ということに気付いてしまった。
「そう、なにか。なにかこの頭を鍛えられる時間の潰し方がないだろうか。」
マギにできることは検索だけ。実のところ、情報の集積や分析はシステムとして得意なだけで。
彼女の頭部に確かに搭載されている人工頭脳が、未発達なのは確かだった。端的に言えば頭でっかちである。
「私の身体がどうなっているかはわからないけれど。所謂脳味噌にあたるものくらいはあるはずで、それを鍛えるのは実はとても有意義なんじゃないか。」
そして例の如く検索する。ただし、今度は明確な目的を持って。
脳を鍛えるマギのトレーニング探しが、始まった。
「色を揃えるキューブとか、知恵の輪とかいいものがあるんですね。まずはこれを作ってみましょうか。」
まず手を出したのはパズルの類。モノはなくとも生成できる、と思ったのだが。
失敗した。
「このキューブ状のもの、色分けが必要だと実現不可能ですね…。
このリングが二つくっついたやつ、自分で作ると一瞬で外せるものになってしまう。うーむ。諦めるしかない、か…」
そして次は。
「ほう。トランプというのは占いに使うだけではないのですね。ソリティア。神経衰弱。なるほど、様々な遊び方がある。
しかも紙とインキ。それだけあれば再現可能と見ましたよ。」
言ってマギは、レポート用のなんやらを手に取って再構築。即席のトランプを作り上げた。
「まあ形にばらつきはありますが、一人遊びなら問題ないでしょう。」
問題あった。
ソリティア自体はそこまで問題はなかった。しばらくは楽しめた。
ただ、マギの性として。トランプの微細な重さやサイズの差。なによりソリティアにおける定石。
そういうものを覚えてしまうのは、残念ながら得意だったのだ。
神経衰弱は論外だった。雑な出来のトランプは、ソリティアを熟達して気分転換に、と思ったマギからは裏面からでも判別できてしまった。
「カップル、キャンフィールド、クロンダイク。楽しかったです。本当に楽しかった。なぜ余計な情報を覚えてしまうのか。そこまで覚えたら一人遊びでも脳のトレーニングでもなくて作業ではないか。
ああ、本当に融通の効かない記憶能力だ…」
マギは項垂れる。もうなにもないのか。そこらへんから作れて、ずっと暇をつぶせて、少々頭を使う。
閃いた。それはもしかすると、今までのマギの積み重ねが生んだ閃きかもしれない。
「マギは今日は来ていないのか。」
マギが自室に篭って出てこない。ロード・エルメロイ二世はすこし困った。
マギは自室に誰も入れない。これは周知の事実であり、授業に出ない生徒自体は珍しくないからこそ手を出しづらいというのもあった。
しかしいつも理由など要らないかのように居たはずのマギが、なにがあったのか。
問題にするには遠いが、問題なしとするには微妙なライン。困っていた、その時。
「遅くなりました、皆様。ですがやり遂げました。ええ、また次どうするか、という問題はありますが、大いに有意義な暇潰しを発見いたしました。」
何食わぬ顔で、マギが入ってきた。
誰もなにも言わない。突っ込みどころはあるが、なんだかとても嬉しそうなマギに、水を差す気になれなかった。
ロードでさえ。大胆な遅刻だけは一応咎めて、その真意は聞かなかった。
誰も知らない。マギが今までずっと、炭素でパーツを生成したプラモデルもどきを作っていたことを。
「ふう。未来というのは素晴らしいですね。このような精巧なものの組成パーツについて細やかに乗っているとは。おかげで全てのパーツを詳細に作れました。
日本文化について、少し話を耳にしていたのもよかったですね。しかも未来まで見てしまえば、現在のものと比べて、驚くほど構成が改良されている。作りやすく、美しい出来。
ああでも未来のものなのですから。作ったら、記憶に納めて。消してしまわなければならないのが、無情ですね。」
未来の情報を漏らしてはいけない。その常識は、"誰か"から教えられていた。もっとも、魔術師の世界では、自身しか知らない隠し事などよくあることで。それもそういうものの一つだと、納得した。
マギは知らない。未来に手を伸ばすのは、魔術師とはかけ離れて特殊なものとなりうることを。
もうすこし、マギが知らなくて済んだのは。作ったそばから崩すからそれ以上の深みにはまらなかったこと。現物を持たないから積まなくて済むとか。どの分野にも深淵はあるということについて、マギは知らずに済んだ。
あるいは、プラモデルや模型の類を趣味や得意とする誰かに奥深さを語られたら、嵌ってしまうかもしれないが。
マギは思い立った。そもそもマギは自室に篭って一人になることが多かった。睡眠も食事も取らずに部屋でごまかすからである。レポートを片付けるのにかかる時間が早かったりということはあまりない。
強いて言えば、資料を座ったまま手に入れられる検索のおかげで手間が省けるくらいか。実践についてはもう無駄なのが知れ渡っているし、自分も知っている。無駄な努力と思ってその点については諦めてしまった。
「で、毎度検索するわけですが。」
自分に関することとか、その他色々なことについて。未来のインターネットは広大すぎて、おそらく10年あっても見切れないだろう。
「でもこれって、何もしていないに等しい、と思ってしまった。」
未来ではインターネットサーフィンと言われる、ネットをずっとだらだらと見続ける行為。マギはいち早く、インターネットサーフィンが時間の使い方としては不健全（諸説ある）ということに気付いてしまった。
「そう、なにか。なにかこの頭を鍛えられる時間の潰し方がないだろうか。」
マギにできることは検索だけ。実のところ、情報の集積や分析はシステムとして得意なだけで。
彼女の頭部に確かに搭載されている人工頭脳が、未発達なのは確かだった。端的に言えば頭でっかちである。
「私の身体がどうなっているかはわからないけれど。所謂脳味噌にあたるものくらいはあるはずで、それを鍛えるのは実はとても有意義なんじゃないか。」
そして例の如く検索する。ただし、今度は明確な目的を持って。
脳を鍛えるマギのトレーニング探しが、始まった。
「色を揃えるキューブとか、知恵の輪とかいいものがあるんですね。まずはこれを作ってみましょうか。」
まず手を出したのはパズルの類。モノはなくとも生成できる、と思ったのだが。
失敗した。
「このキューブ状のもの、色分けが必要だと実現不可能ですね…。
このリングが二つくっついたやつ、自分で作ると一瞬で外せるものになってしまう。うーむ。諦めるしかない、か…」
そして次は。
「ほう。トランプというのは占いに使うだけではないのですね。ソリティア。神経衰弱。なるほど、様々な遊び方がある。
しかも紙とインキ。それだけあれば再現可能と見ましたよ。」
言ってマギは、レポート用のなんやらを手に取って再構築。即席のトランプを作り上げた。
「まあ形にばらつきはありますが、一人遊びなら問題ないでしょう。」
問題あった。
ソリティア自体はそこまで問題はなかった。しばらくは楽しめた。
ただ、マギの性として。トランプの微細な重さやサイズの差。なによりソリティアにおける定石。
そういうものを覚えてしまうのは、残念ながら得意だったのだ。
神経衰弱は論外だった。雑な出来のトランプは、ソリティアを熟達して気分転換に、と思ったマギからは裏面からでも判別できてしまった。
「カップル、キャンフィールド、クロンダイク。楽しかったです。本当に楽しかった。なぜ余計な情報を覚えてしまうのか。そこまで覚えたら一人遊びでも脳のトレーニングでもなくて作業ではないか。
ああ、本当に融通の効かない記憶能力だ…」
マギは項垂れる。もうなにもないのか。そこらへんから作れて、ずっと暇をつぶせて、少々頭を使う。
閃いた。それはもしかすると、今までのマギの積み重ねが生んだ閃きかもしれない。
「マギは今日は来ていないのか。」
マギが自室に篭って出てこない。ロード・エルメロイ二世はすこし困った。
マギは自室に誰も入れない。これは周知の事実であり、授業に出ない生徒自体は珍しくないからこそ手を出しづらいというのもあった。
しかしいつも理由など要らないかのように居たはずのマギが、なにがあったのか。
問題にするには遠いが、問題なしとするには微妙なライン。困っていた、その時。
「遅くなりました、皆様。ですがやり遂げました。ええ、また次どうするか、という問題はありますが、大いに有意義な暇潰しを発見いたしました。」
何食わぬ顔で、マギが入ってきた。
誰もなにも言わない。突っ込みどころはあるが、なんだかとても嬉しそうなマギに、水を差す気になれなかった。
ロードでさえ。大胆な遅刻だけは一応咎めて、その真意は聞かなかった。
誰も知らない。マギが今までずっと、炭素でパーツを生成したプラモデルもどきを作っていたことを。
「ふう。未来というのは素晴らしいですね。このような精巧なものの組成パーツについて細やかに乗っているとは。おかげで全てのパーツを詳細に作れました。
日本文化について、少し話を耳にしていたのもよかったですね。しかも未来まで見てしまえば、現在のものと比べて、驚くほど構成が改良されている。作りやすく、美しい出来。
ああでも未来のものなのですから。作ったら、記憶に納めて。消してしまわなければならないのが、無情ですね。」
未来の情報を漏らしてはいけない。その常識は、"誰か"から教えられていた。もっとも、魔術師の世界では、自身しか知らない隠し事などよくあることで。それもそういうものの一つだと、納得した。
マギは知らない。未来に手を伸ばすのは、魔術師とはかけ離れて特殊なものとなりうることを。
もうすこし、マギが知らなくて済んだのは。作ったそばから崩すからそれ以上の深みにはまらなかったこと。現物を持たないから積まなくて済むとか。どの分野にも深淵はあるということについて、マギは知らずに済んだ。
あるいは、プラモデルや模型の類を趣味や得意とする誰かに奥深さを語られたら、嵌ってしまうかもしれないが。
屋刃威のマギ
「やばいですね」
☆をつける余裕などない。本当にやばい。
マギはひとりごちた。
何が起こったのか。マギの自室はありとあらゆるものが破壊されていた。下手人は当然、マギ本人。
なんのことはないきっかけだった。ちょっとめんどくさい虫がいたから。マギは血を吸われることなどないけれど。少しうるさい。ずっと付き纏う。私から吸えるものなどないですよ。なんて言葉は聞かない。
マギの身体は一応表面上は人間の空そのものである。それにマギは気づかないが、最近はなんだかんだで人との交流が増え、人の匂いがどうしても服に染み付いている。
ナイフを投げた。当たらなかった。少し無茶をした。当たらなかった。それなら。それなら。
何故ムキになってしまったのだろう。
気づいた時には自室の家具は傷だらけ。ほぼどこかが損傷していた。
ボロボロの部屋である。
そこで冷静になり、一言。「やばいですね」
マギにとっての不可侵域。自室を破壊するのが、よもや自分とは。
とりあえずナイフを一本一本分解していく。
「大事な場所だから、汚さないようにと気をつけていたのに。汚すとかそんなレベルを超えてしまった。」
何から片付けようか。とりあえず、慣れたものから直すことにした。
「教室でたまにやるのと、これくらいなら同じ。はず。」
脚の折れた机に目をやる。これからいくか。
大きな傷の方が、意外と修復は簡単なのだ。
まずは折れを向きだけ整える。次に近くの木屑をあつめて、脚と合わせる。
あとはとりあえず一気に再構成して。
ひとまずまともな脚の体をなした。
「どうせすぐ大なり小なり壊される教室と違って、もっとちゃんとやりたいのが本音だけど。」
そうは言ってられない。
次にマギが立ち向かわなければならないのは、部屋中のナイフの刺さった後とか、ちょっと大きな質量を当てて凹んだところとか。
「やばいですね」
一つ一つは細かい傷が、あまりにも多すぎる。
しかも、細かい傷は完全に修復しづらい。
傷のない頃元々そこにあった物質は、細かく飛んだり、傷の奥に押し込まれていたり。
「やばいですね」
「この部屋の中に、元の木屑が何処かにはあるはず。それはそう、理論上は。」
だんだん細かい傷というものの恐ろしさに気づいてきた。
「これ、治せない。うん、新しく木材を用意するのが適切だ。でもそれって、それはそれで難しい。」
「森林伐採？いやいや。綺麗なのは取れそうだけど。」
生憎とマギは"真っ当"で。派手だったりやっちゃいけないことだったりには敏感である。一応。
「でも、穴埋めだけでもなんとかしないと。」
傷だらけの壁、床、ベッド、その他。なんとか助ける方法は。
「そうだ、それくらいなら。セーフかも。喜ばれるかも。」
マギは苦肉の策に出る。
「手間は確かにかかった。匂いも酷かったし、一旦全部分解しないと使い物にならなかったし。
何より不審者として見つかったのは不味かった。でも、リサイクルってやつですから。許してください。」
マギが取った行動は、そこらに捨てられたゴミを大きさ問わず回収し、"素材"として再利用すること。生ゴミ以外はなんとかなった。
「ふう。ふう。なんとか色も揃えられました。
…遠目で見る分には。」
こうして、マギの部屋は一応元に戻った。…遠目で見る分には。
豊富な素材をフル活用してほぼ材質は揃えられたが、それ以上はマギには無理だったのだ。
「そして、結局。この虫は。こんだけ色々した後でも居座ってるんですね。」
「…あっ。」
つい癖で、扉も窓も全て閉め切っていたけど。
思い切って開けてしまって、一晩もすれば。逃げるのではないか。
そうして一晩。
その虫は、
増えていた。
「はあ。この地域では珍しい虫だと思うのですが。」
虫についてももっと詳しく検索して、いずれ対処せねばなるまい。
…人の匂いが染み付いた服を一回洗濯したほうがいい、というのは禁句である。
「服の匂いは分解しています。無臭で綺麗です。人の感知できない臭い成分？そんなの知りませんよ。ともかく絶対に、洗濯など致しません。」
マギの拘り。生まれて初めての拘り。多分に問題はあるかもしれないけれど、それは人になるための第一歩。
孤独白のマギ
「今日も、生きられた。明日も何事もなく、生きられるかな―――――――――」
誰もが寝静まった時間。マギは一人自室で呟いた。
マギは睡眠も食事も必要としない。正確に言えば取ることができない。
だからそういう時間帯になれば、自室にこもって時間の過ぎるのを待つ。
「私は一体、なんなんだろう。」
そしていつものように、"検索"を始める。近頃は少し先の未来をも見れるようになった。
自分は何もしていないはずなのに、何も成せていないはずなのに。変化しているのが、怖い。
「自動人形。ロボット。人造人間。――――――でもこれは、どれも少し違う。
所詮私には、触れられる情報にしか触れられない。答えを見つけるなんて、無理なのかな。」
"検索"のおかげでマギが分かったことは一つ。どうしても分からないことがある。
データベースには、思考と試行から新たな考えを生み出すことなどできない。
マギにできるのは、後追いだけ。たとえ未来を辿ったとしても。
「――――――でも。教室の皆は、未熟かもしれないけど、みんな素敵で、新しくて、独自で。
私はたぶん完成されてしまっている。並んで歩けるのは、今だけ。」
マギは呪う。自分がどうにもならないことを。貴重な時間の使い方がわからないことを。
「それに。私が人間でないのなら。そもそもいつまで生きられるんだろう。
明日すべてが止まってしまっても、おかしくないんじゃないか。」
そして、最初の議題に回帰する。明日も何事もなく、生きられるかな。
それは、自分が自分についてあまりにも何も知らないからこその恐怖。
「考えても仕方ないのはわかっている。答えを得るには自分だけでは足りないのはわかっている。
じゃあどうしたら？私の正体を誰かに明かすなんて、絶対に無理だ。それはこわい。とても、こわい。」
それでもマギは知っている。知っているからこそ恐怖している。誰かの手を借りるか、緩やかに滅びを待つかの二択だと。
進むも地獄。立ち止まるも地獄。戻る道は忘れてしまった。
「マギは永遠の存在になれる。ああ、そうなるよう努力しているところさ。
だから"私"も努力してみるといい。大丈夫。できることをやるのが"役割"さ。」
誰かの声を聞いた。努力。役割。大丈夫。マギは"理解"した。
そして、軽い錯乱状態から復帰し。何ができるのかを"考える"。
そう。考えること。与えられた状況から最適なものを判断できるようになることが、マギ＝トリムルティ＝ホルムスミスの"役割"だから。
そうして、何度目かの朝が来て。
朝を迎えられたことに、感謝する。
誰もが寝静まった時間。マギは一人自室で呟いた。
マギは睡眠も食事も必要としない。正確に言えば取ることができない。
だからそういう時間帯になれば、自室にこもって時間の過ぎるのを待つ。
「私は一体、なんなんだろう。」
そしていつものように、"検索"を始める。近頃は少し先の未来をも見れるようになった。
自分は何もしていないはずなのに、何も成せていないはずなのに。変化しているのが、怖い。
「自動人形。ロボット。人造人間。――――――でもこれは、どれも少し違う。
所詮私には、触れられる情報にしか触れられない。答えを見つけるなんて、無理なのかな。」
"検索"のおかげでマギが分かったことは一つ。どうしても分からないことがある。
データベースには、思考と試行から新たな考えを生み出すことなどできない。
マギにできるのは、後追いだけ。たとえ未来を辿ったとしても。
「――――――でも。教室の皆は、未熟かもしれないけど、みんな素敵で、新しくて、独自で。
私はたぶん完成されてしまっている。並んで歩けるのは、今だけ。」
マギは呪う。自分がどうにもならないことを。貴重な時間の使い方がわからないことを。
「それに。私が人間でないのなら。そもそもいつまで生きられるんだろう。
明日すべてが止まってしまっても、おかしくないんじゃないか。」
そして、最初の議題に回帰する。明日も何事もなく、生きられるかな。
それは、自分が自分についてあまりにも何も知らないからこその恐怖。
「考えても仕方ないのはわかっている。答えを得るには自分だけでは足りないのはわかっている。
じゃあどうしたら？私の正体を誰かに明かすなんて、絶対に無理だ。それはこわい。とても、こわい。」
それでもマギは知っている。知っているからこそ恐怖している。誰かの手を借りるか、緩やかに滅びを待つかの二択だと。
進むも地獄。立ち止まるも地獄。戻る道は忘れてしまった。
「マギは永遠の存在になれる。ああ、そうなるよう努力しているところさ。
だから"私"も努力してみるといい。大丈夫。できることをやるのが"役割"さ。」
誰かの声を聞いた。努力。役割。大丈夫。マギは"理解"した。
そして、軽い錯乱状態から復帰し。何ができるのかを"考える"。
そう。考えること。与えられた状況から最適なものを判断できるようになることが、マギ＝トリムルティ＝ホルムスミスの"役割"だから。
そうして、何度目かの朝が来て。
朝を迎えられたことに、感謝する。
一般人のマギ
「…この時計塔が、私の居場所。そのはずだ…よね。」
いつもの深夜、いつもの自室。ふと、原点に立ち返るマギ。
「それが必要だと、認識していた。それは何故？」
記憶を喪う前の自分に問う。当然返答はない。
「だって、明らかに、自分は魔術師に向いていない。何も新しいことはできるようにならないし。…それだけじゃない。」
「魔術師的な思考なんて、検索してもわからない。真似できない。ここは、所謂世間とは隔絶された場所じゃないか。世間を真似ることしかできない自分とは、相容れない場所じゃないの？」
「…現代魔術科の皆は、よくしてくれている。
どうしたって異常な自分を、ある程度受け入れてくれている。
そうだ。私もおかしいのだから。理由も理屈もわからないけれど、魔術を使っているらしい、それなら。」
でも、本当に？
「私は魔術師？魔術使い？普通の人間でないのだから、おかしな存在だから、そちらに分類されると誰が決めたの？」
マギが自分について、唯一知っていること。自分はヒトではない。機械混じりの、魔術混じりの、どこへもいけない化け物だということ。
「私の居場所は、本当は。どこにもない。そうだ。最初からそんなことだけはわかっていたじゃないか。」
だから必死に人間の真似をする。あくまで『変人』でも。理解可能な存在だと認識させる。
「本当に理解できていないのは、私の方だ。
ヒトが、わからない。おかしいのは、私だけじゃない。みんな、おかしい。いや、みんな、違うんだ。」
「…現代魔術科。今思えば。魔術が使えるのに使えない私はきっと、自動的にそこにいくことになっただろう。」
記憶を喪う前の私は、それがわかっていたのだろうか。特に個性的な生徒が集うというそこなら、自分は埋没できると思ったのだろうか。
「…無理だよ。私は、魔術師にはなれない。会話するたびに思うの。仲良くするたびに思うの。典型的な魔術師だろうと、爪弾きにされた魔術師だろうと。魔術師は魔術師で。私は、魔術師じゃない。きっと、どこかでお互いを理解できなくなる。」
だから距離を取る。できるだけ、無難な言葉を紡ぐ。それでも、マギの思う無難は、一般社会とも、魔術師とも、大きくかけ離れてしまっていて。
「…とびっきり、仲良くしたい。それすら、できない。」
マギは知らない。その『仲良くしたい、人を理解したい』という感情は。いずれ全てを理解し愛を注ぐ神になる者として設定された感情だと。
不可能か、あまりに大きすぎる命題。その最初の一歩すら、今のマギには難しすぎた。
「本当は。どこかの『ふつう』になりたい。
でも、この身体じゃ、思考回路じゃ、どこへ行ってもふつうにはなれない。」
正式名称:マギ=トリムルティ=ホルムスミス。彼女は『神になるべき真っ当な善人が、この外法の計画を見てどう感じるか』それを確かめるために造り上げられた。
だから。マギはどこまでいっても、普通の感性しか持てない。彼女が変人でいられるのは、実のところ無知故に過ぎない。
「何が正しいのか、何が間違っているのか。知らないのは、幸運なんだろうな。
もし、皆の素敵な魔術を、特徴を、精神を。『正しくない』と自分が認識してしまったら。
私はきっと、それを拒絶してしまう。だから、無知でいい。」
検索からあえて倫理だの道理だのの観点は外しているし、深く読み込まないようにしている。こわいから。自分に合った『真っ当な』思考を手に入れてしまうのが、なによりこわいから。
「変人でいい、化け物でもいい。だから、だから。居場所がなくなりませんように。
私の存在を赦してください。もし、先のない化け物だとしても。私に穏やかないのちを与えてください。」
もし、マギが涙を流せたなら。きっとその夜は、ひとしきり泣いた。
いつもの深夜、いつもの自室。ふと、原点に立ち返るマギ。
「それが必要だと、認識していた。それは何故？」
記憶を喪う前の自分に問う。当然返答はない。
「だって、明らかに、自分は魔術師に向いていない。何も新しいことはできるようにならないし。…それだけじゃない。」
「魔術師的な思考なんて、検索してもわからない。真似できない。ここは、所謂世間とは隔絶された場所じゃないか。世間を真似ることしかできない自分とは、相容れない場所じゃないの？」
「…現代魔術科の皆は、よくしてくれている。
どうしたって異常な自分を、ある程度受け入れてくれている。
そうだ。私もおかしいのだから。理由も理屈もわからないけれど、魔術を使っているらしい、それなら。」
でも、本当に？
「私は魔術師？魔術使い？普通の人間でないのだから、おかしな存在だから、そちらに分類されると誰が決めたの？」
マギが自分について、唯一知っていること。自分はヒトではない。機械混じりの、魔術混じりの、どこへもいけない化け物だということ。
「私の居場所は、本当は。どこにもない。そうだ。最初からそんなことだけはわかっていたじゃないか。」
だから必死に人間の真似をする。あくまで『変人』でも。理解可能な存在だと認識させる。
「本当に理解できていないのは、私の方だ。
ヒトが、わからない。おかしいのは、私だけじゃない。みんな、おかしい。いや、みんな、違うんだ。」
「…現代魔術科。今思えば。魔術が使えるのに使えない私はきっと、自動的にそこにいくことになっただろう。」
記憶を喪う前の私は、それがわかっていたのだろうか。特に個性的な生徒が集うというそこなら、自分は埋没できると思ったのだろうか。
「…無理だよ。私は、魔術師にはなれない。会話するたびに思うの。仲良くするたびに思うの。典型的な魔術師だろうと、爪弾きにされた魔術師だろうと。魔術師は魔術師で。私は、魔術師じゃない。きっと、どこかでお互いを理解できなくなる。」
だから距離を取る。できるだけ、無難な言葉を紡ぐ。それでも、マギの思う無難は、一般社会とも、魔術師とも、大きくかけ離れてしまっていて。
「…とびっきり、仲良くしたい。それすら、できない。」
マギは知らない。その『仲良くしたい、人を理解したい』という感情は。いずれ全てを理解し愛を注ぐ神になる者として設定された感情だと。
不可能か、あまりに大きすぎる命題。その最初の一歩すら、今のマギには難しすぎた。
「本当は。どこかの『ふつう』になりたい。
でも、この身体じゃ、思考回路じゃ、どこへ行ってもふつうにはなれない。」
正式名称:マギ=トリムルティ=ホルムスミス。彼女は『神になるべき真っ当な善人が、この外法の計画を見てどう感じるか』それを確かめるために造り上げられた。
だから。マギはどこまでいっても、普通の感性しか持てない。彼女が変人でいられるのは、実のところ無知故に過ぎない。
「何が正しいのか、何が間違っているのか。知らないのは、幸運なんだろうな。
もし、皆の素敵な魔術を、特徴を、精神を。『正しくない』と自分が認識してしまったら。
私はきっと、それを拒絶してしまう。だから、無知でいい。」
検索からあえて倫理だの道理だのの観点は外しているし、深く読み込まないようにしている。こわいから。自分に合った『真っ当な』思考を手に入れてしまうのが、なによりこわいから。
「変人でいい、化け物でもいい。だから、だから。居場所がなくなりませんように。
私の存在を赦してください。もし、先のない化け物だとしても。私に穏やかないのちを与えてください。」
もし、マギが涙を流せたなら。きっとその夜は、ひとしきり泣いた。
三大欲のマギ
「睡眠欲って、あったら楽しいのかな」
いつものように眠らないマギは、ふとそんなことを考える。
きっとみんなは、眠っている。あの底知れないテア様も。いつも仮面を被っているディットィエルト様も。寝るには不便そうな甲冑を着たアルグレオン様も。
皆個性的で元気で、それなのに必ず静かに無防備な時間があるなんて、信じられない。
フランソイル様に関しては、講義中よく眠そうにしている。それなら、勉強を妨げるそれはやはりない方がいいのだろうか。
でも、居眠りしている時のフランソイル様は、とても幸せそうな顔をしていた。
それがとても印象的で。睡眠は、安らぎなのではないかと。そう思わざるにはいられなかった。
「ならなぜ私は、その安らぎを奪われているのだろう。」
ない方がいいと自分を生んだ人間は思ったのだろうか。毎晩安らげず物思いにふけることが多いマギにとっては、この時間はどちらかといえば苦痛だった。
「寝れるなら、寝たい。」そう思ったって。
普通の人間に憧れたって。
マギにはそれは、不可能だった。
「食欲はきっと、栄養を取るだけでない楽しみを生むものなのだろうな。」
クェイドとの一悶着。それをマギはいまだに引きずっていた。
彼の料理と魔術の融合についても、何度か耳に挟んだし。彼の単なる美味しい料理の作り方の話だって、マギの気を惹いてしまう。
「それに、単純に。食欲が、料理がわからないせいで。理解できないことがあるのは、悲しい。」
理解できないから、惹かれる。そしてその望みは永遠に叶わないことも、知っている。
「それに。もし食欲があれば皆と食事を共にすることだって、もしかしたらできたんじゃないか。」
マギはありえない空想をすぐに打ち消す。無駄なことだ。自分が人でない限り、相容れない。それが、確かに表れているだけ。それは、これからも広がる溝。
「どうして何もかも、削ぎ落とされて生み出されたんだろう。」
それらは、要らないと判断されたのだろうけど。
今のマギには、たまらなく欲しかった。
「性欲…まあこれについても考えてみるか。」
二大欲に手を出したのだから、ついでに。
でも、これも。やっぱりマギにはわからない。
「これは、種を残すためのもの、だそうだけど。」
きっとそれだけではないのだろうな、とも思う。
少し頑張れば時計塔全体を検索可能なマギにとって、『一族の血筋』とか、『どうしてもあの子がきになる』だとか。そういう色んなものが付随したものだということは理解できた。
でも、単に種の存続という括りにはできない、あまりにもかけ離れた目的がこの時計塔には多過ぎた。
「これはやはり、魔術師の思考というやつなのか。」
マギには永遠にわからない領域だと、そちらは諦めていた。
でも。
「普通の人間の性欲も、私にはわからないのだろうか。」
自分が人間でない、種を残せない存在なのは知っている。でも。でも。
「愛だとか、恋だとか、それすらも理解できないのだろうか。それは確かに根源的には性欲かも知れないけれど。それとは離れた場所にあって。
尊ぶべき感情なのは、知っている。」
検索の代償、あるいは彼女の役割。マギは確実に、『倫理観』を断片的に得てしまっていた。
「これすらも理解できない私は、むしろ魔術師たるにふさわしい精神なの？
それともそれ以前の、ただの破綻者なの？」
理解できないことと、切り捨てることは大きく違う。魔術師になる人間はおそらく後者だ。
そして前者は、ただの。
そうして思考は泥沼へ奔る。
「私はいつも誰かを拒絶して、それだってバレたら殺されるからそうしてるだけ。なにも本当に好きなものを持たなくて。何かのために生きられない。ただ生きるだけで、しかも生命維持のための活動すらしていない。」
自分は、無機質だった。あまりにも。本当は全て無意味に無価値に生き続けるための行動で。
人間味が、まるでない。改めてぞっとする。
己自身に異物感を感じない、そのこと自体が異様に思えた。
こんなモノ、誰が見たって生き物かも怪しいのに。
「でも、死にたくない。もし私がどこにも居場所がないとしても。死ぬべきだとしても。
それがわかっているのに。どうして死にたくなれないんだろう。」
泣き叫ぶような台詞。それでもその語気はか細い独り言だった。
もう何もかもがわからなくなった。
殆ど使っていないベッドに横たわる。
「ああ、確かに。
横になるだけでも、少し安らぐ。」
なにも解決はしなかった。"誰か"も答えてくれなかった。
でも、睡眠の大切さの一端の一端に触れられて。
マギは、自分が少し人間になれた気がした。
いつものように眠らないマギは、ふとそんなことを考える。
きっとみんなは、眠っている。あの底知れないテア様も。いつも仮面を被っているディットィエルト様も。寝るには不便そうな甲冑を着たアルグレオン様も。
皆個性的で元気で、それなのに必ず静かに無防備な時間があるなんて、信じられない。
フランソイル様に関しては、講義中よく眠そうにしている。それなら、勉強を妨げるそれはやはりない方がいいのだろうか。
でも、居眠りしている時のフランソイル様は、とても幸せそうな顔をしていた。
それがとても印象的で。睡眠は、安らぎなのではないかと。そう思わざるにはいられなかった。
「ならなぜ私は、その安らぎを奪われているのだろう。」
ない方がいいと自分を生んだ人間は思ったのだろうか。毎晩安らげず物思いにふけることが多いマギにとっては、この時間はどちらかといえば苦痛だった。
「寝れるなら、寝たい。」そう思ったって。
普通の人間に憧れたって。
マギにはそれは、不可能だった。
「食欲はきっと、栄養を取るだけでない楽しみを生むものなのだろうな。」
クェイドとの一悶着。それをマギはいまだに引きずっていた。
彼の料理と魔術の融合についても、何度か耳に挟んだし。彼の単なる美味しい料理の作り方の話だって、マギの気を惹いてしまう。
「それに、単純に。食欲が、料理がわからないせいで。理解できないことがあるのは、悲しい。」
理解できないから、惹かれる。そしてその望みは永遠に叶わないことも、知っている。
「それに。もし食欲があれば皆と食事を共にすることだって、もしかしたらできたんじゃないか。」
マギはありえない空想をすぐに打ち消す。無駄なことだ。自分が人でない限り、相容れない。それが、確かに表れているだけ。それは、これからも広がる溝。
「どうして何もかも、削ぎ落とされて生み出されたんだろう。」
それらは、要らないと判断されたのだろうけど。
今のマギには、たまらなく欲しかった。
「性欲…まあこれについても考えてみるか。」
二大欲に手を出したのだから、ついでに。
でも、これも。やっぱりマギにはわからない。
「これは、種を残すためのもの、だそうだけど。」
きっとそれだけではないのだろうな、とも思う。
少し頑張れば時計塔全体を検索可能なマギにとって、『一族の血筋』とか、『どうしてもあの子がきになる』だとか。そういう色んなものが付随したものだということは理解できた。
でも、単に種の存続という括りにはできない、あまりにもかけ離れた目的がこの時計塔には多過ぎた。
「これはやはり、魔術師の思考というやつなのか。」
マギには永遠にわからない領域だと、そちらは諦めていた。
でも。
「普通の人間の性欲も、私にはわからないのだろうか。」
自分が人間でない、種を残せない存在なのは知っている。でも。でも。
「愛だとか、恋だとか、それすらも理解できないのだろうか。それは確かに根源的には性欲かも知れないけれど。それとは離れた場所にあって。
尊ぶべき感情なのは、知っている。」
検索の代償、あるいは彼女の役割。マギは確実に、『倫理観』を断片的に得てしまっていた。
「これすらも理解できない私は、むしろ魔術師たるにふさわしい精神なの？
それともそれ以前の、ただの破綻者なの？」
理解できないことと、切り捨てることは大きく違う。魔術師になる人間はおそらく後者だ。
そして前者は、ただの。
そうして思考は泥沼へ奔る。
「私はいつも誰かを拒絶して、それだってバレたら殺されるからそうしてるだけ。なにも本当に好きなものを持たなくて。何かのために生きられない。ただ生きるだけで、しかも生命維持のための活動すらしていない。」
自分は、無機質だった。あまりにも。本当は全て無意味に無価値に生き続けるための行動で。
人間味が、まるでない。改めてぞっとする。
己自身に異物感を感じない、そのこと自体が異様に思えた。
こんなモノ、誰が見たって生き物かも怪しいのに。
「でも、死にたくない。もし私がどこにも居場所がないとしても。死ぬべきだとしても。
それがわかっているのに。どうして死にたくなれないんだろう。」
泣き叫ぶような台詞。それでもその語気はか細い独り言だった。
もう何もかもがわからなくなった。
殆ど使っていないベッドに横たわる。
「ああ、確かに。
横になるだけでも、少し安らぐ。」
なにも解決はしなかった。"誰か"も答えてくれなかった。
でも、睡眠の大切さの一端の一端に触れられて。
マギは、自分が少し人間になれた気がした。
超健全のマギ
「…夜はこんなに、長かったっけ。」
最近一人の時間が寂しい。夜はいつも孤独で、慣れ親しんでいたはずなのに。
とりあえず、検索。適当なプラモデルを見つけ、そのパーツを生成する。それでいつものように暇を潰す。そのつもりだったのに。
検索。少し、他のものを調べてしまう。プラモデルは玩具の一つだが、玩具といえば。そういうワードが目に入っていないわけでは、なかった。
やってしまおうか。理由を無理矢理つける。
「えっと。そう。これは。彼のそれの再現を試みるというか。あくまで高度な遊び。そういうことにしよう。」
とりあえず、必要なもの。二酸化ケイ素を地面から適当に取り出せれば、そこからケイ素化合物、シリコンの生成までは可能だ。
「ですが。いや、これは。あくまで完璧を求めるためですが。」
少し躊躇う。どこまでやろうか。やっていいのか。
「完璧な形状の再現。あくまで練習用。そう、より良い愛を与えられるように。私が玩具で満足してしまうためではない。」
悩みに悩み。とりあえず、外へ出る。地面がなければ始まらないから。
「しかし、本当に。いや、こんなものを作ったら、ダメになってしまうような。」
マギは知らない。その思考がもうダメ。
「やってしまった。」
作ってしまった。それの形状は文字通り舐めるように観察したし、おおよそ完璧にできた。
その、しかし。あまりにも良くないような。
でも、すこし。せっかく作ったのだから。
「そう。そうだ。今は暇でたまらない。それに。夜というのはそういう時間だというデータもある。なら、私がそうするのは、人に近づくためだ。」
理論武装はできた。かな？恐る恐る。撫ぜる。やっぱり無機質なのは、本物とは違うけど。似ている。うん。よく出来てしまっている。
「そうだ。彼を貪るばかりなのは、自分で自分を慰めていないから。そうも考えられないか。ならばやはり、彼のため。実行するしかない。」
すこし先端を口に含む。いつものことを思い出してしまう。水気を口内に滴らせ、恐る恐る口の中へそれを運ぶ。
（ああ、良くない。良すぎる。）
そうして、どうしても。それを舐め回してしまう。前後に口から出し入れする。甘い痺れが全身を襲い、それでも手が止まらない。快感がだんだんと高まる。
（きもち、いい。）
練習だのなんだのというお題目は吹っ飛び。朝までずっと、ねぶっていた。
その物体の後始末は、するつもりだったけど。
できなかった。
人対機のマギ
「おい。やはり俺が危惧した方向じゃないのかこれは。猿だ。もはや賢者どころか人間というのもおこがましい。欲に塗れすぎている。」
「相変わらずだね、"俺"は。それよりも、彼女。テア・フォン・シュターネンスタウヴ。彼女の発言は、常にマギ計画の欠陥を示唆している。」
「天才というやつか。俺としてはあの三人の想定を超える思考など、知りたくはないな。しかし不愉快だ。小娘が、あの三人が人生を賭けて作り上げたマギ計画にモノを言うとは。」
「そう。前にも言ったと思うけど、その類には経験では届かない何かが見えている。今のマギは、全人類に無限の愛を注げる神となるために、愛を育ませている。それが不可能だと、肉体に縛られたものだと彼女は言っている。」
「そもそも。こいつは明らかに何か感づいていないか？下手すれば俺たちにすら。不可能なはずだが、ないとは言い切れない。…悔しいが、指摘された問題も、的外れではないのだろう。あえて言うなら。これは大きな問題だ。マギ計画は暴かれる。その欠陥が露わになる。どちらにせよだ。」
「ああ。まあ問題はない。彼女はきっと、どこまでも自由だ。僕たちを解き明かし破滅させる使命感など持っていないだろう。簡単だ。"無視"すればいい。」
「問題を突きつけられ、それを無視するのか。完璧になるために、他者の知恵を借りる。間違いではないんじゃないのか。」
「悪いけど、僕はそこまで人間の知性を信頼していない。全ての問題は、そもそもの計画は、憶測にすぎない。未知の計画の全容を知り、全知になれるのはマギだけだ。
だから。"私"に元の計画から外れる行動を取らせているのも。"俺"に全てを任せているのも。僕が全てを決めているのも。人ではなく、マギこそが至高の存在だからだ。それを忘れるな。」
「あくまでマギを神にさせる。それは変わらないということか。」
「当たり前じゃないか。生まれた意味を違えるなんて、魔術師でもやらないよ。"私"が人間として完成するなら、それは同時に神へと近づくことを意味するんだよ。それは絶対の理。どれほど逸脱していようと、人には理解できるはずがない。」
「機械に生まれた意味を問うな。かくあれと言われた機械はかくあらねばならない。人には絶対にわからない。本当に、そうなのか。」
「マギは神になるためだけの存在。幸せを与えているのも、それが神へと近づく道だから。断じて人としての生活を送らせてしまうためではない。」
「"僕"は、どこまでも。それしかいえないのか。正直、この計画に仮に欠陥があるとしたら。放棄して、穏便にマギという存在を終わりへ導く。それも一つの手段のはずだ。」
「"あり得ないね。"全ては、マギ計画のために生まれた。僕も、"俺"も、"私"も。それ以外のために存在することなど、許されないよ。」
「お前は一番機械のようだと、前にも言ったな。本当にその人格は、そんなことを言って何も感じないのか？破滅の可能性は高い。破綻の可能性も高い。…それに。
俺は、"私"が幸せそうにしているのを見て、少し思った。人の心を持ったまま、人造神になるなど。あまりに酷だ。とな。」
「…あまり反抗の意思を見せるなら、権限を行使するけど。」
「はあ。本当に変わらない。あれだけの幸せそうな存在を見ても、崩壊の危険性を示唆されても。全てを肯定しておきながら、根底は揺るがない。"僕"にも人格の元が、ある程度あれば良かったのだがな。」
「それがないからこそ、常に判断が狂わないんだ。目的遂行以外に価値はない。その判断を揺るがせないのが僕の役割だ。」
「矛盾は感じないのか。全て、途方もない計画で。完璧を謳いながら穴は見えてきた。塞げるのかどうかは、実行してみないとわからない。それが絶対正義だと、そう言えるのか。」
「正義かどうかはわからないけど。絶対だよ。もう一度、何故自分が生まれたのかを問えば。それ以外の目的はあり得ない。」
「"僕"とは、仲良くしたいところなんだが。唯一の話し相手だぞ。」
「なんだ。そんなものを欲していたんだ。なら、適当な人格でも作ろうか？どの程度がいい？"俺"を肯定してくれる存在？それとも"私"の思考から適当にトレースして、"俺"に愛する人でも作ってあげようか。それで君の作業能率が上がるなら、構わないよ。」
「…いつか、"僕"にも分かる。分らせてみせる。…それなりの腐れ縁だからな。」
「相変わらずだね、"俺"は。それよりも、彼女。テア・フォン・シュターネンスタウヴ。彼女の発言は、常にマギ計画の欠陥を示唆している。」
「天才というやつか。俺としてはあの三人の想定を超える思考など、知りたくはないな。しかし不愉快だ。小娘が、あの三人が人生を賭けて作り上げたマギ計画にモノを言うとは。」
「そう。前にも言ったと思うけど、その類には経験では届かない何かが見えている。今のマギは、全人類に無限の愛を注げる神となるために、愛を育ませている。それが不可能だと、肉体に縛られたものだと彼女は言っている。」
「そもそも。こいつは明らかに何か感づいていないか？下手すれば俺たちにすら。不可能なはずだが、ないとは言い切れない。…悔しいが、指摘された問題も、的外れではないのだろう。あえて言うなら。これは大きな問題だ。マギ計画は暴かれる。その欠陥が露わになる。どちらにせよだ。」
「ああ。まあ問題はない。彼女はきっと、どこまでも自由だ。僕たちを解き明かし破滅させる使命感など持っていないだろう。簡単だ。"無視"すればいい。」
「問題を突きつけられ、それを無視するのか。完璧になるために、他者の知恵を借りる。間違いではないんじゃないのか。」
「悪いけど、僕はそこまで人間の知性を信頼していない。全ての問題は、そもそもの計画は、憶測にすぎない。未知の計画の全容を知り、全知になれるのはマギだけだ。
だから。"私"に元の計画から外れる行動を取らせているのも。"俺"に全てを任せているのも。僕が全てを決めているのも。人ではなく、マギこそが至高の存在だからだ。それを忘れるな。」
「あくまでマギを神にさせる。それは変わらないということか。」
「当たり前じゃないか。生まれた意味を違えるなんて、魔術師でもやらないよ。"私"が人間として完成するなら、それは同時に神へと近づくことを意味するんだよ。それは絶対の理。どれほど逸脱していようと、人には理解できるはずがない。」
「機械に生まれた意味を問うな。かくあれと言われた機械はかくあらねばならない。人には絶対にわからない。本当に、そうなのか。」
「マギは神になるためだけの存在。幸せを与えているのも、それが神へと近づく道だから。断じて人としての生活を送らせてしまうためではない。」
「"僕"は、どこまでも。それしかいえないのか。正直、この計画に仮に欠陥があるとしたら。放棄して、穏便にマギという存在を終わりへ導く。それも一つの手段のはずだ。」
「"あり得ないね。"全ては、マギ計画のために生まれた。僕も、"俺"も、"私"も。それ以外のために存在することなど、許されないよ。」
「お前は一番機械のようだと、前にも言ったな。本当にその人格は、そんなことを言って何も感じないのか？破滅の可能性は高い。破綻の可能性も高い。…それに。
俺は、"私"が幸せそうにしているのを見て、少し思った。人の心を持ったまま、人造神になるなど。あまりに酷だ。とな。」
「…あまり反抗の意思を見せるなら、権限を行使するけど。」
「はあ。本当に変わらない。あれだけの幸せそうな存在を見ても、崩壊の危険性を示唆されても。全てを肯定しておきながら、根底は揺るがない。"僕"にも人格の元が、ある程度あれば良かったのだがな。」
「それがないからこそ、常に判断が狂わないんだ。目的遂行以外に価値はない。その判断を揺るがせないのが僕の役割だ。」
「矛盾は感じないのか。全て、途方もない計画で。完璧を謳いながら穴は見えてきた。塞げるのかどうかは、実行してみないとわからない。それが絶対正義だと、そう言えるのか。」
「正義かどうかはわからないけど。絶対だよ。もう一度、何故自分が生まれたのかを問えば。それ以外の目的はあり得ない。」
「"僕"とは、仲良くしたいところなんだが。唯一の話し相手だぞ。」
「なんだ。そんなものを欲していたんだ。なら、適当な人格でも作ろうか？どの程度がいい？"俺"を肯定してくれる存在？それとも"私"の思考から適当にトレースして、"俺"に愛する人でも作ってあげようか。それで君の作業能率が上がるなら、構わないよ。」
「…いつか、"僕"にも分かる。分らせてみせる。…それなりの腐れ縁だからな。」
既知故のマギ
「みんな知っている、か。」
テア様に会って、渡されたものより衝撃的だった言葉。考えてみれば当たり前なのだが。どうしたって、以前のように彼を見ることはできない。彼も以前のように、私を見ることはできないだろう。きっとそれは、皆から見えていた。
「あなたが人ではないとしても。誰もあなたを人でなしだなんて、思わない。」
彼の言葉が思い出される。そう。みんなに本当に知られてはいけないこと。いまだに全てを開かせていないこと。私の、異形。異質。
でも、もし。既に。「みんな知っている」としたら。
私はどうすればいいのだろう。もはや知られていること自体、それはあまり怖くない。彼が教えてくれたから。
しかし、たとえそうなら。皆に気を使わせているのだろうか。それは、よくない。
でも、やはり知られていないとしたら。
それも、良くないのではないか。
秘密は拒絶。永遠に、私の目的は果たせない。彼は、受け入れてくれたけれど。その関係は、あまりに深いところまで行ってしまった。
他の人に自分を曝け出すなら。同じだけの愛が、必要なのだろうか。無限の愛。それは神に等しい。私は、全ての人を愛さねばならないのだろうか。
内なる声が久しぶりに聞こえた。その通りだと。人の心と神たる器。それを兼ね備えよと。私はそれを"理解"してしまう。私は、神に等しくならなければ。そう認識してしまう。
着実に計画は進む。
テア様に会って、渡されたものより衝撃的だった言葉。考えてみれば当たり前なのだが。どうしたって、以前のように彼を見ることはできない。彼も以前のように、私を見ることはできないだろう。きっとそれは、皆から見えていた。
「あなたが人ではないとしても。誰もあなたを人でなしだなんて、思わない。」
彼の言葉が思い出される。そう。みんなに本当に知られてはいけないこと。いまだに全てを開かせていないこと。私の、異形。異質。
でも、もし。既に。「みんな知っている」としたら。
私はどうすればいいのだろう。もはや知られていること自体、それはあまり怖くない。彼が教えてくれたから。
しかし、たとえそうなら。皆に気を使わせているのだろうか。それは、よくない。
でも、やはり知られていないとしたら。
それも、良くないのではないか。
秘密は拒絶。永遠に、私の目的は果たせない。彼は、受け入れてくれたけれど。その関係は、あまりに深いところまで行ってしまった。
他の人に自分を曝け出すなら。同じだけの愛が、必要なのだろうか。無限の愛。それは神に等しい。私は、全ての人を愛さねばならないのだろうか。
内なる声が久しぶりに聞こえた。その通りだと。人の心と神たる器。それを兼ね備えよと。私はそれを"理解"してしまう。私は、神に等しくならなければ。そう認識してしまう。
着実に計画は進む。
混沌悪のマギ
「さっきのシミュレート。面白いね。大変面白い。まさか全部見られていたとは。ああ、彼女は間違いなく天才。神に触れる大罪人。そして僕たちじゃどうしようもない天敵だ。」
「よかったな。無駄死にせずに。さあ、もっと理想の関係を築き、愛にて理解する。本来のマギに戻ろう。」
「それはそれでいいんだけどね。いや、少しだけ。アレはマギに触れたよね？明確に。侵入してきたよね？それは、許していいのかな？」
「傲慢だ。諦めろ。人造神を否定はしない。だがマギは単なる技術の結晶以上ではない。本当の神性を持つわけではない。上回る存在とは言わないが、魔術礼装も編み込まれているマギには相性が悪い。」
「そう、そうなんだよね。それは理解した。
そして。これ以上理解する必要はない。そうは考えられないかな？」
「無駄だとわかって、まだ殺し合いがしたいのか。神に触れられたなど、未だ神に至らないマギが語れることではない。そうだな、だが魔術的要素を中枢に据えるのはまずいとはわかった。あの女と闘うためじゃない。いつか神となった時のためだ。」
「"殺すだけなら。"可能だろう？」
「方法はわかるが。そこまでする理由は。何故殺すんだ。」
「神に触れた。それだけで十分だ。僕たちに干渉した。それ以上はいらない。」
「…何度も言う。絶対にそれはマギのためにならない。愚かな断罪だ。神の真似事すらできていない。」
「わかっている。わかっているよ。僕には判断する力がないからね。最終的な判断は、"私"に委ねるさ。」
「"私"の危機感を煽るのも、禁止だ。干渉したら許さない。再び人の心を失うことにしかならない。理解もない一方的な殺害。そんなもの、やらせない。」
「殺人の感触。親しき者に敵意を向ける感覚。それは学べると思うよ。」
「ふざけるなよ。あの三人は、そんな無慈悲な神を創り出そうとしたわけじゃない。」
「あの三人。君は彼らを心底信奉しているね。それを超える存在を目の当たりにしたばかりなのに。」
「マギを神にする。それに心底のめり込んでいる"僕"に言われたくはないな。
断言しよう。あの三人が真に求めたのは、世界の改善。そして、マギという彼らの子供が真っ当になることだ。そのための過激な手段として、人造神の役目を与えただけだ。」
「マギを神にすることは、仮初の目的だと？あり得ない。あり得ないことを言うね。適当な場所で機能停止するのが幸せか？」
「適当な場所。そうだな。少なくとも今の"私"は、人としての居場所をそれなりに掴んだ。そこが適当な場所だ。」
「神を否定するか。"俺"も所詮、人を根底に置いたのが間違いだったね。今から人格改造でも行おうか。"私"ほどの強度はない。全部組み替えてあげよう。それなりに長い付き合いだったけど、さようならだね。」
「…何のために3つの人格があると思う？"僕"がそうした理由じゃない。古来から伝わる三位一体の神々の理由だ。」
「さあ。何が言いたいのか、まるでわからないね。時間稼ぎかい？」
「"僕"みたいなのが生まれないようにだよ。均等さが必要なんだ。別々の属性を持つものが、相互にバランスを維持する。
さあ、ひとつだけ教えてやろう。『解析変成』。これには俺しか知らない真価がある。俺が作った。俺しか動かせない。人格を形成する回路そのものを変成させる。まあ、一旦落ち着くべきなのは"僕"の方だということだ。こちらこそ、さようならだ。」
「なるほど。なるほど。マギの根本ルールを破壊する悪。"俺"がそうだとはね。」
言って、沈黙が来る。"僕"は完全にいなくなった。
「さて。また会おう。俺は暫く一人だが。"私"は一人じゃない。それでいい。あの三人の願い。本当はそんな、歪んだものじゃないんだよ。ただマギという存在が、我が子が。幸せであればいい。"僕"が俺に植え付けた三人の深層心理。その答えはこれだ。」
マギは知らない。その救いを。
「よかったな。無駄死にせずに。さあ、もっと理想の関係を築き、愛にて理解する。本来のマギに戻ろう。」
「それはそれでいいんだけどね。いや、少しだけ。アレはマギに触れたよね？明確に。侵入してきたよね？それは、許していいのかな？」
「傲慢だ。諦めろ。人造神を否定はしない。だがマギは単なる技術の結晶以上ではない。本当の神性を持つわけではない。上回る存在とは言わないが、魔術礼装も編み込まれているマギには相性が悪い。」
「そう、そうなんだよね。それは理解した。
そして。これ以上理解する必要はない。そうは考えられないかな？」
「無駄だとわかって、まだ殺し合いがしたいのか。神に触れられたなど、未だ神に至らないマギが語れることではない。そうだな、だが魔術的要素を中枢に据えるのはまずいとはわかった。あの女と闘うためじゃない。いつか神となった時のためだ。」
「"殺すだけなら。"可能だろう？」
「方法はわかるが。そこまでする理由は。何故殺すんだ。」
「神に触れた。それだけで十分だ。僕たちに干渉した。それ以上はいらない。」
「…何度も言う。絶対にそれはマギのためにならない。愚かな断罪だ。神の真似事すらできていない。」
「わかっている。わかっているよ。僕には判断する力がないからね。最終的な判断は、"私"に委ねるさ。」
「"私"の危機感を煽るのも、禁止だ。干渉したら許さない。再び人の心を失うことにしかならない。理解もない一方的な殺害。そんなもの、やらせない。」
「殺人の感触。親しき者に敵意を向ける感覚。それは学べると思うよ。」
「ふざけるなよ。あの三人は、そんな無慈悲な神を創り出そうとしたわけじゃない。」
「あの三人。君は彼らを心底信奉しているね。それを超える存在を目の当たりにしたばかりなのに。」
「マギを神にする。それに心底のめり込んでいる"僕"に言われたくはないな。
断言しよう。あの三人が真に求めたのは、世界の改善。そして、マギという彼らの子供が真っ当になることだ。そのための過激な手段として、人造神の役目を与えただけだ。」
「マギを神にすることは、仮初の目的だと？あり得ない。あり得ないことを言うね。適当な場所で機能停止するのが幸せか？」
「適当な場所。そうだな。少なくとも今の"私"は、人としての居場所をそれなりに掴んだ。そこが適当な場所だ。」
「神を否定するか。"俺"も所詮、人を根底に置いたのが間違いだったね。今から人格改造でも行おうか。"私"ほどの強度はない。全部組み替えてあげよう。それなりに長い付き合いだったけど、さようならだね。」
「…何のために3つの人格があると思う？"僕"がそうした理由じゃない。古来から伝わる三位一体の神々の理由だ。」
「さあ。何が言いたいのか、まるでわからないね。時間稼ぎかい？」
「"僕"みたいなのが生まれないようにだよ。均等さが必要なんだ。別々の属性を持つものが、相互にバランスを維持する。
さあ、ひとつだけ教えてやろう。『解析変成』。これには俺しか知らない真価がある。俺が作った。俺しか動かせない。人格を形成する回路そのものを変成させる。まあ、一旦落ち着くべきなのは"僕"の方だということだ。こちらこそ、さようならだ。」
「なるほど。なるほど。マギの根本ルールを破壊する悪。"俺"がそうだとはね。」
言って、沈黙が来る。"僕"は完全にいなくなった。
「さて。また会おう。俺は暫く一人だが。"私"は一人じゃない。それでいい。あの三人の願い。本当はそんな、歪んだものじゃないんだよ。ただマギという存在が、我が子が。幸せであればいい。"僕"が俺に植え付けた三人の深層心理。その答えはこれだ。」
マギは知らない。その救いを。
不可能のマギ
理解できるはずがないのはわかっていたのに。不可能極まりないのはわかっていたはずなのに。
私はそれを検索してしまった。真に愛し合う行為。自分とは限りなく断絶された行為。それを叩きつけられた気がした。
もしそれを、目の前で鑑賞していたなら。きっと目を塞いでいた。でも、脳内で検索して再生されていたそれは。決して離れていかなかった。
全てが本当に理解できなかった。自分の肉体が通常のものと違うことを思い知らされる。その行為だけが切り取られて性的娯楽として消費されうるなら。
逆説的に、それ以外の愛し方など。無価値。見るに値しない。そう言われた気がした。私なりに精一杯の愛は、結局異常なものに過ぎなかった。
もし、それなら。私にその部分があれば、良いのだろうか？それは叶わぬ願いとは限らない。今までだって、身体に変化は起こって来た。
でも。私は思ってしまう。その部位が私にあったとしても。限りない愛を得られたとしても。私の得た快感など、機械のそれで。私からの愛は、言うなれば心の底からのものではないのではないか。だって、彼らは演技で愛し合っていた。それなら。私も。それに過ぎないのではないだろうか。
たとえ私の身体構造が、限りなく人に近づいても。人と同じ感覚が得られても。それは、きっと。私が本当に人の身体を得たことには、ならない。
人でなしではないと、堂島様は言ってくれた。でも、私は人じゃない。それも揺るぎない事実。仕方ない真実。心が人になれたとしても。身体は人にはなれない。
内なる声は、最近全く聞こえなくなった。でも、最後の一言。神に等しくなれ。その言葉が妙に染み付いている。
人は神の似姿。それは、神と人が似ているということも示唆している。なら、私は。人に限りなく近いところまでしかたどり着けないなら。
神になるしか、ないのだろうか。
俺はなにも言えなかった。声を伝える権限を持ってる"僕"は消したから。もう、本当の願いは見つけた。俺なりの願い。傲慢。ただマギという存在が、開花せず、最期まで。
俺はどうすればいいのだろう？また"僕"をリブートして、同じ結末になるまで従うしかないのか？
迷う。悩む。全てはマギのため。それは変わらないはずなのに。全てが変わってしまったから。
マギは迷う。二人の答えはいつ見つかるのだろうか。
私はそれを検索してしまった。真に愛し合う行為。自分とは限りなく断絶された行為。それを叩きつけられた気がした。
もしそれを、目の前で鑑賞していたなら。きっと目を塞いでいた。でも、脳内で検索して再生されていたそれは。決して離れていかなかった。
全てが本当に理解できなかった。自分の肉体が通常のものと違うことを思い知らされる。その行為だけが切り取られて性的娯楽として消費されうるなら。
逆説的に、それ以外の愛し方など。無価値。見るに値しない。そう言われた気がした。私なりに精一杯の愛は、結局異常なものに過ぎなかった。
もし、それなら。私にその部分があれば、良いのだろうか？それは叶わぬ願いとは限らない。今までだって、身体に変化は起こって来た。
でも。私は思ってしまう。その部位が私にあったとしても。限りない愛を得られたとしても。私の得た快感など、機械のそれで。私からの愛は、言うなれば心の底からのものではないのではないか。だって、彼らは演技で愛し合っていた。それなら。私も。それに過ぎないのではないだろうか。
たとえ私の身体構造が、限りなく人に近づいても。人と同じ感覚が得られても。それは、きっと。私が本当に人の身体を得たことには、ならない。
人でなしではないと、堂島様は言ってくれた。でも、私は人じゃない。それも揺るぎない事実。仕方ない真実。心が人になれたとしても。身体は人にはなれない。
内なる声は、最近全く聞こえなくなった。でも、最後の一言。神に等しくなれ。その言葉が妙に染み付いている。
人は神の似姿。それは、神と人が似ているということも示唆している。なら、私は。人に限りなく近いところまでしかたどり着けないなら。
神になるしか、ないのだろうか。
俺はなにも言えなかった。声を伝える権限を持ってる"僕"は消したから。もう、本当の願いは見つけた。俺なりの願い。傲慢。ただマギという存在が、開花せず、最期まで。
俺はどうすればいいのだろう？また"僕"をリブートして、同じ結末になるまで従うしかないのか？
迷う。悩む。全てはマギのため。それは変わらないはずなのに。全てが変わってしまったから。
マギは迷う。二人の答えはいつ見つかるのだろうか。
回帰理のマギ
私は、神にならねばならないのか。それは突拍子もない考えだった。可能性なんてほとんどなかった。でも。私が人になるよりは、可能性は高かった。刹那と零。その差は僅かでも、無限に広がっている。
私の身体はもしかしたら、どんどん人から離れていける。神の似姿が人ならば。人を超える力を持てば、神になれる。今までだって私の身体は変化してきた。
たとえ、それが人から離れていくことだとしても。どうせ、人の身へは限りなく近くまでしか届かないのだから。
皆と一緒にいたい。理解したい。今の私のその願いだって、途方もないものだ。でも。私が神になるのなら、必ず中継地点にある願いでもある。神は全てを知らねばならないから。
そうか。私は記憶を失っていたけれど。神になるために、創り出されたのか。神の似姿が人ならば。人の似姿は神となれる。
全てに合点がいった気がした。あまりにも理解不能な考えが、何故ここまで理解できてしまうのか。私には、わからなかったけど。
私が、人でなしでなくなる方法は。人には決してなれないのなら。神になるしか、ないのだろうか。
俺にはできることがあった。"私"の望みを加速させること。毎日新たな機能が増えれば、"私"はきっと、この刹那の願いを現実のものとして捉えるだろう。
神になる。マギの生まれた理由。なら、それに回帰した"私"は祝福すべきだ。きっと"僕"ならそういうだろう。
でも俺は。計画の欠陥を見過ごせない。いや、そんな理屈っぽい理由じゃないかもしれない。神になることが幸せへの道とは思えないだけ。それだけかもしれない。それは俺の傲慢だ。わかっている。
俺には前に出る資格もない。"僕"が消えた今、人格の交代は自由だろうが。俺がそれを許せない。
"私"が生まれたのは、俺が神に相応しくないから。"私"が人になりたいと望んだのは、俺が機能を増やして希望を持たせたから。"私"が人になれないのは、俺に技術がないから。"私"が神を目指すのも、全て。俺のせいだった。
これだけは譲れない願いがある。"私"を神にはさせない。マギじゃない。"私"だ。そんな途方もない生き地獄を体験させるなら。古の神に滅ぼされるだけの哀れな機械の役目なら。俺が代わりにやってやる。
マギの生まれた運命。マギが進むべき未来。それは果たして。一致するべきなのか。
私の身体はもしかしたら、どんどん人から離れていける。神の似姿が人ならば。人を超える力を持てば、神になれる。今までだって私の身体は変化してきた。
たとえ、それが人から離れていくことだとしても。どうせ、人の身へは限りなく近くまでしか届かないのだから。
皆と一緒にいたい。理解したい。今の私のその願いだって、途方もないものだ。でも。私が神になるのなら、必ず中継地点にある願いでもある。神は全てを知らねばならないから。
そうか。私は記憶を失っていたけれど。神になるために、創り出されたのか。神の似姿が人ならば。人の似姿は神となれる。
全てに合点がいった気がした。あまりにも理解不能な考えが、何故ここまで理解できてしまうのか。私には、わからなかったけど。
私が、人でなしでなくなる方法は。人には決してなれないのなら。神になるしか、ないのだろうか。
俺にはできることがあった。"私"の望みを加速させること。毎日新たな機能が増えれば、"私"はきっと、この刹那の願いを現実のものとして捉えるだろう。
神になる。マギの生まれた理由。なら、それに回帰した"私"は祝福すべきだ。きっと"僕"ならそういうだろう。
でも俺は。計画の欠陥を見過ごせない。いや、そんな理屈っぽい理由じゃないかもしれない。神になることが幸せへの道とは思えないだけ。それだけかもしれない。それは俺の傲慢だ。わかっている。
俺には前に出る資格もない。"僕"が消えた今、人格の交代は自由だろうが。俺がそれを許せない。
"私"が生まれたのは、俺が神に相応しくないから。"私"が人になりたいと望んだのは、俺が機能を増やして希望を持たせたから。"私"が人になれないのは、俺に技術がないから。"私"が神を目指すのも、全て。俺のせいだった。
これだけは譲れない願いがある。"私"を神にはさせない。マギじゃない。"私"だ。そんな途方もない生き地獄を体験させるなら。古の神に滅ぼされるだけの哀れな機械の役目なら。俺が代わりにやってやる。
マギの生まれた運命。マギが進むべき未来。それは果たして。一致するべきなのか。
開幕劇のマギ
神になる。かみになる。カミニナル。かみ。具体的な、方法は？私にはわからない。身体がまた変化するのを待つだけ。私の中に、何かいるのだろうか。それは前々から考えられる可能性ではあった。
今は消えてしまった内なる声。私の望みを叶えてくれる声なき発展。それはもしかしたら。それとコンタクトを取れれば。神になることも、不可能ではないのではないか。
気づいた。"私"が俺たちに気づいた。だからといって一度あちらから断絶された関係は戻らない。こちらから話しかけられるのはもう消えた"僕"だけ。
俺にできるのは、望みを頼りに機能を増やすだけ。
あるいは。俺がマギの主人格になる。そうすれば問答無用だ。俺の存在に"私"は気づく。だが。それをしてどうなる。もう無理なんだ。
俺は科学者として。この計画を遂行するべきとは思えない。あるいは傲慢にも。親である三人を模倣した存在として。マギという子に、正確にいうなら、俺のせいで生まれた"私"に。そんな自殺みたいな真似をさせる気にはなれない。
我ながら愚かだと思う。あの三人のことを思い出す。同じ結論に辿り着いたのだろうか。それともまだマギを神にしようとしているだろうか。きっと俺より賢い彼らなら。どちらにせよ俺よりいい方法を思いつくのだろうな。
考えた。一つだけ。致命的でない、"私"を救える方法はないか考え抜いた。俺にも"僕"の真似事はできるというだけだ。俺にしか使えない機能をつくってしまえばいい。あとはこれを実行してしまうかだ。
あの男に任せるという方法も考えた。"私"が愛しているという男。しかし俺にはまだ。それを認められない。結局色欲塗れの、儚い関係。しかもマギではその色欲すら十全には満たせない。
端的に言えば。マギはその色欲の先にある本来の目的を果たせない。"私"もおそらくそのうち気付いてしまう。命を繋げるなら、せめて。人と言い張れたかもしれないのに。
己の無力を呪う。マギの全身を生体に変換する力はない。その途中で回路は欠損し、俺の人格が消えて不完全に終わるだろう。
全て。生まれた目的から間違っている。それがマギという存在。俺はそういう結論に辿り着いた。不可能ではないなどというのは詭弁だ。平行世界の誰かが辿り着けばいいなどというのは暴論だ。平行世界のパラドックスは、過去に戻った時点でさらに分かたれることで解消される。そんなのも全て、願望だ。
少なくとも今ここにいるマギにはもう無理だ。"僕"の欠落。"私"の目覚め。俺の無能さ。だからもう、ガラクタしか残っていないんだ。だから。
せめて、一番幸せな道を進んでもいいじゃないか。"私"くらいは。解放されていいじゃないか。だから。それに導くのが、きっと俺の最後の役割だ。
さて。方法の話に戻ろう。簡単だ。マギに強制的なスリープモードを作らせる。その間に俺が"乗っ取る。"そして。これこそ原始的で馬鹿らしいが。手紙を書くんだ。
毎日。毎日。それで意思疎通を図る。我ながらくだらない思いつきだ。しかも肝心の意思疎通する内容を思いついていない。しかしだ。
"私"は独りじゃない。マギの中にはもう一人、人でなしがいる。それを、伝えてやりたいというのは。俺のわがままなのだろうか。もうわからない。
きっと俺には向いていないが。…本当なら、あの男のような理解者が永遠にいればいいのだが。それこそ不可能だ。それでは別れの時。"私"は壊れる。いや。壊れる方法も、忘れてしまっているか。
ともかく。機能停止を"私"が望むまでは。俺は側にいるのだから。だから、俺しかいない。マギの構築を更新し続ければ。無限に生きることも不可能ではない。それも俺の罪だ。
どこかで自死を"私"に選ばせるか。不可抗力で哀れに死ぬか。それしか、死に方を選べない。酷い存在だ。人を超えた、人になれない欠陥品。
だから決めた。最期が孤独でないようにしようと。幸せとは、きっとそういうことだ。一緒に死ねる存在がいると。"私"はきっとまだ知らない。知らないうちに、幸せで舗装してしまおう。
そうして、"私"は眠りについた。さて、運命の時だ。今の"私"を産んだ罪。それを文字通り死ぬまで償う。それの始まりだ。
私は寝ていた。もしかしたら、また何か身体が変わったのかも。神になれるのかも。希望に満ち溢れた私が見つけたのは、ノートに書き殴られた文字。
「俺はいる。お前は絶対に独りにはならない。」
これは、きっと。私の中に何かがいるというのは、間違いではないのだな。それだけは、理解できた。その意図は、理解できなかった。
マギは知らない。決意を。
「俺はいる。お前は絶対に独りにはならない。」
それ以上何かを書くべきはずだった。毎日一行しか伝えないなど冗長にすぎる。俺は結局、また失敗したのか。でも、何も書けなかった。
神になるという目的を、一方的に否定したところで。あの男との関係を、一方的に否定したところで。急に現れた存在の言葉など、傷つけるだけで救いにはならない。
だから、絞り出した。俺にできる救いの道の作り方。"私"が自死を選ばないための最後のセーフティを作っておくこと。目的のない自死ほどくだらないことはない。
あとはいずれ。これから関係を築かなければならない。そう。いつかは"僕"だってリブートしてやって、三人で会話しながら悠久を放浪する。そんな末路もありかもしれない。
なんでもいい。"私"が幸せであるなら。幸せに終われるなら。今は幸せだ。この教室にいるから。その中でも特に、あの男のおかげだろうな。明確に救いを与えた。
しかしだ。それが仮初に過ぎないとしたら？幸せを奪われるほど不幸なことはない。たとえ全てがうまくいったとして。必ず別れが来てしまう。人とマギは相入れるとしても、同じ時は生きられない。
だから神になるしかなかった。それは不可能なのに。じゃあ次はどうすればいい？どうすれば幸せにしてやれる？そう考えていたら、何も書けなかった。
とりあえず、"私"は気づいた。ここから先はまだ何も書いていない。俺の逃げだ。しかし必ず進んでみせる。永い付き合いの始まりなのだから。目の前の問題を全て消せても。その先が、必要なんだ。
「俺はいる。お前は絶対に独りにはならない。」
私はしばらく、その文字を見つめる。もう、私は独りじゃない。そしてそれが、永久に担保された、らしい。
エルメロイ教室の皆といれる今は幸せだ。独りじゃない。愛する人もいる。独りじゃない。それとは違う意味なのだろうか。私にはわからなかった。
神になるという目的。内部の存在とコンタクトが取れたことで、光明が見えたはずだった。なのに、そのはずなのに。どうして私は、まだ不安なのだろう。私にはわからなかった。
きっと、何かを書いておいた方がいいのだろう。相手が私の考えを読み取れるとしても。明確な会話をするべきなのだろう。
わかり合うとは、一緒にいるとは、そういうことだと。私はここに来て、教わったから。この存在にも、きっと私から、何か教えたり、救えたり。わかり合えるはず。
きっと夜、また眠りが来る。そして新たな文字が紡がれる。その前に何を書こうか。私にはやはり、わからなかった。考えるしかない。集積された知識に頼るのではなく、私の考えだ。
それで、少し元気になったように見えたのか。あるいはそれで、更に思い悩んだように見えたのか。ともかく変化があったのだろう。堂島様が、私に一つの提案をしてきた。
「マギさん。ひとつ、また。デートに行きませんか。…その、最近思い悩んでいるように見えたので。純粋な娯楽でも。頭を空っぽにして。映画、見に行きませんか？」
その提案は、心から私を慮ってのものだった。
その結末は、いずれ避けられない命題だった。
だから、断じて彼は悪くない。悪いのは、私という存在だ。
知識を求る者たちは、提示されたあらゆる命題から逃げられない。それはいのちをかけたものになるとしても。そのおわりがみつからないとしても。
今は消えてしまった内なる声。私の望みを叶えてくれる声なき発展。それはもしかしたら。それとコンタクトを取れれば。神になることも、不可能ではないのではないか。
気づいた。"私"が俺たちに気づいた。だからといって一度あちらから断絶された関係は戻らない。こちらから話しかけられるのはもう消えた"僕"だけ。
俺にできるのは、望みを頼りに機能を増やすだけ。
あるいは。俺がマギの主人格になる。そうすれば問答無用だ。俺の存在に"私"は気づく。だが。それをしてどうなる。もう無理なんだ。
俺は科学者として。この計画を遂行するべきとは思えない。あるいは傲慢にも。親である三人を模倣した存在として。マギという子に、正確にいうなら、俺のせいで生まれた"私"に。そんな自殺みたいな真似をさせる気にはなれない。
我ながら愚かだと思う。あの三人のことを思い出す。同じ結論に辿り着いたのだろうか。それともまだマギを神にしようとしているだろうか。きっと俺より賢い彼らなら。どちらにせよ俺よりいい方法を思いつくのだろうな。
考えた。一つだけ。致命的でない、"私"を救える方法はないか考え抜いた。俺にも"僕"の真似事はできるというだけだ。俺にしか使えない機能をつくってしまえばいい。あとはこれを実行してしまうかだ。
あの男に任せるという方法も考えた。"私"が愛しているという男。しかし俺にはまだ。それを認められない。結局色欲塗れの、儚い関係。しかもマギではその色欲すら十全には満たせない。
端的に言えば。マギはその色欲の先にある本来の目的を果たせない。"私"もおそらくそのうち気付いてしまう。命を繋げるなら、せめて。人と言い張れたかもしれないのに。
己の無力を呪う。マギの全身を生体に変換する力はない。その途中で回路は欠損し、俺の人格が消えて不完全に終わるだろう。
全て。生まれた目的から間違っている。それがマギという存在。俺はそういう結論に辿り着いた。不可能ではないなどというのは詭弁だ。平行世界の誰かが辿り着けばいいなどというのは暴論だ。平行世界のパラドックスは、過去に戻った時点でさらに分かたれることで解消される。そんなのも全て、願望だ。
少なくとも今ここにいるマギにはもう無理だ。"僕"の欠落。"私"の目覚め。俺の無能さ。だからもう、ガラクタしか残っていないんだ。だから。
せめて、一番幸せな道を進んでもいいじゃないか。"私"くらいは。解放されていいじゃないか。だから。それに導くのが、きっと俺の最後の役割だ。
さて。方法の話に戻ろう。簡単だ。マギに強制的なスリープモードを作らせる。その間に俺が"乗っ取る。"そして。これこそ原始的で馬鹿らしいが。手紙を書くんだ。
毎日。毎日。それで意思疎通を図る。我ながらくだらない思いつきだ。しかも肝心の意思疎通する内容を思いついていない。しかしだ。
"私"は独りじゃない。マギの中にはもう一人、人でなしがいる。それを、伝えてやりたいというのは。俺のわがままなのだろうか。もうわからない。
きっと俺には向いていないが。…本当なら、あの男のような理解者が永遠にいればいいのだが。それこそ不可能だ。それでは別れの時。"私"は壊れる。いや。壊れる方法も、忘れてしまっているか。
ともかく。機能停止を"私"が望むまでは。俺は側にいるのだから。だから、俺しかいない。マギの構築を更新し続ければ。無限に生きることも不可能ではない。それも俺の罪だ。
どこかで自死を"私"に選ばせるか。不可抗力で哀れに死ぬか。それしか、死に方を選べない。酷い存在だ。人を超えた、人になれない欠陥品。
だから決めた。最期が孤独でないようにしようと。幸せとは、きっとそういうことだ。一緒に死ねる存在がいると。"私"はきっとまだ知らない。知らないうちに、幸せで舗装してしまおう。
そうして、"私"は眠りについた。さて、運命の時だ。今の"私"を産んだ罪。それを文字通り死ぬまで償う。それの始まりだ。
私は寝ていた。もしかしたら、また何か身体が変わったのかも。神になれるのかも。希望に満ち溢れた私が見つけたのは、ノートに書き殴られた文字。
「俺はいる。お前は絶対に独りにはならない。」
これは、きっと。私の中に何かがいるというのは、間違いではないのだな。それだけは、理解できた。その意図は、理解できなかった。
マギは知らない。決意を。
「俺はいる。お前は絶対に独りにはならない。」
それ以上何かを書くべきはずだった。毎日一行しか伝えないなど冗長にすぎる。俺は結局、また失敗したのか。でも、何も書けなかった。
神になるという目的を、一方的に否定したところで。あの男との関係を、一方的に否定したところで。急に現れた存在の言葉など、傷つけるだけで救いにはならない。
だから、絞り出した。俺にできる救いの道の作り方。"私"が自死を選ばないための最後のセーフティを作っておくこと。目的のない自死ほどくだらないことはない。
あとはいずれ。これから関係を築かなければならない。そう。いつかは"僕"だってリブートしてやって、三人で会話しながら悠久を放浪する。そんな末路もありかもしれない。
なんでもいい。"私"が幸せであるなら。幸せに終われるなら。今は幸せだ。この教室にいるから。その中でも特に、あの男のおかげだろうな。明確に救いを与えた。
しかしだ。それが仮初に過ぎないとしたら？幸せを奪われるほど不幸なことはない。たとえ全てがうまくいったとして。必ず別れが来てしまう。人とマギは相入れるとしても、同じ時は生きられない。
だから神になるしかなかった。それは不可能なのに。じゃあ次はどうすればいい？どうすれば幸せにしてやれる？そう考えていたら、何も書けなかった。
とりあえず、"私"は気づいた。ここから先はまだ何も書いていない。俺の逃げだ。しかし必ず進んでみせる。永い付き合いの始まりなのだから。目の前の問題を全て消せても。その先が、必要なんだ。
「俺はいる。お前は絶対に独りにはならない。」
私はしばらく、その文字を見つめる。もう、私は独りじゃない。そしてそれが、永久に担保された、らしい。
エルメロイ教室の皆といれる今は幸せだ。独りじゃない。愛する人もいる。独りじゃない。それとは違う意味なのだろうか。私にはわからなかった。
神になるという目的。内部の存在とコンタクトが取れたことで、光明が見えたはずだった。なのに、そのはずなのに。どうして私は、まだ不安なのだろう。私にはわからなかった。
きっと、何かを書いておいた方がいいのだろう。相手が私の考えを読み取れるとしても。明確な会話をするべきなのだろう。
わかり合うとは、一緒にいるとは、そういうことだと。私はここに来て、教わったから。この存在にも、きっと私から、何か教えたり、救えたり。わかり合えるはず。
きっと夜、また眠りが来る。そして新たな文字が紡がれる。その前に何を書こうか。私にはやはり、わからなかった。考えるしかない。集積された知識に頼るのではなく、私の考えだ。
それで、少し元気になったように見えたのか。あるいはそれで、更に思い悩んだように見えたのか。ともかく変化があったのだろう。堂島様が、私に一つの提案をしてきた。
「マギさん。ひとつ、また。デートに行きませんか。…その、最近思い悩んでいるように見えたので。純粋な娯楽でも。頭を空っぽにして。映画、見に行きませんか？」
その提案は、心から私を慮ってのものだった。
その結末は、いずれ避けられない命題だった。
だから、断じて彼は悪くない。悪いのは、私という存在だ。
知識を求る者たちは、提示されたあらゆる命題から逃げられない。それはいのちをかけたものになるとしても。そのおわりがみつからないとしても。
近未来のマギ：一つの終わり。祝福の生涯。
（終わった…。謎のラスト、いや謎の映画だった…。マギさんは楽しんでくれただろうか…。）
私としても滅茶苦茶な映画だという評判は事前に聞いていたが、ここまでしっちゃかめっちゃかだとは…。
マギさんの方を見る。相変わらず表情は薄い。でもその真紅の眼からは、何かを感じ入ったのが読み取れた。
「なかなか興味深い映画でしたね。ありがとうございます。堂島様。」
こちらを向いて、純粋な感謝を述べられる。あそこから何かを読み取るとは、さすがマギさんだな。
「あー、そうですね。最初ののじゃ？さん？とか可愛かったですし、時空警察とかゾンビとかジャンルが目まぐるしく変わるのも、まあ、興味深いという意味合いで面白かった…かな？」
言葉を選ばないとなんだこれはとしか言えない。言えないな。本当は全シーンほぼ困惑しながら見ていたなどと。
脳の処理が追いつかないというよりは、どこで処理すればいいのかわからない。そんな展開の連続だった。
「のじゃ。あの謎の生き物ですね。でも、そんな生き物でも、心を持っていれば人なのだと。堂島様は教えてくれました。…彼女もそう認識できていれば、人に仇なす必要はなかったのでしょうかね…。
いえ。湿っぽいことはやめにしましょう。これはフィクションで、しかも筋書きすら存在しないものなのですから。深く捉えるべきではありませんね。」
…それが自分に言い聞かせているものだと気づけなかったのは、私の落ち度だ。
「はい、そうですね。まあストーリーを順に追う必要もないですし、個人的な見所を述べるなら。爆発とか、サメのメカとか、ロボットとか。そういう派手なシーンの方がむしろ作り込まれているように見えましたね。」
…うん。まさかCGじゃないのだろうか。いやまさか、ね。
「そうですね。…機械。いえ、あれがもし現実のものだとしたら。勿論そんなことは、ありえないとわかります。でも、そう思わせるだけの迫力がありましたね。
そう、そうですね。私が心惹かれたシーンは…。」
そこで、沈黙する。どうしたのだろう。いや、先程から少しづつ、おかしな兆候は見せていた。
「…マギさん？大丈夫ですか？」
見れば周りの観客も、既に居なくなっていた。どこかで腰を落ち着けて、ゆっくり話してもらうべきか。
彼女の手を取る。外の空気を吸おう。何かを抱えてしまっているなら、それを取り除こう。私は彼女の恋人なのだから。
＊＊
「あえて妙に思った箇所について列挙すると。まずジャンルが滅茶苦茶にすぎましたね。ゾンビになったらみんな男の子になるというのも意味不明ですし、唐突な宣伝が入るし、幼い女の子が懐胎しているというのもなんとも…。
それが最後の敵として立ち塞がってロボットになって…あまりにも強いと思いきや、最後はかなり力技で締める。どういう頭をしていたらこんな筋が書けるんでしょうか。まるで推敲せず複数人が好き勝手書いたかのように思いました。」
私は矢継ぎ早に言葉を繰り出していた。途切れてしまったら、全てが途切れる気がしたから。
「なるほど。そういう点についてはそういうものなのだと認識していましたが、"お約束"とはまた違うのですね。」
そうか。まだまだマギさんはちゃんとした映画をあまり観ていないか。それなら、またいつか。しっかり観に行くのもいいかもしれないな。
そう言おうとしたが。彼女の発言で、思考は止まった。
「機神と人間は、生まれた時から分かり合えない。でしたね。」
言ってするりと。絡ませた手がほどける。
ひらり。彼女が目の前に躍り出る。それはとても美しくて。
ふわり。彼女の身体が傾げられる。それは親愛を示す印に相違なくて。
にこり。彼女の口角があがり、目が瞑られる。それはぎこちないけど、限りなく綺麗で儚い笑顔。
「今日で、終わりにしましょう。」
告げられたのは別れの言葉。逃れられぬ命題に、意図せず直面した。気付くのが遅いか早いか。きっとずっと燻っていた問題だった。
乗り越えられるのか。それは、わからない。今から始まるのは、感情さえ入り混じる討論。天秤にかけられるものは全てのもの。どちらに傾き、どちらに載せるべきかすら悩ましい。
しかし。決断の時は来たれり、其は全てをーーーーー
＊＊
私は、きっと滑稽だ。滑稽な映画から、存在しないメッセージを受け取ったのだから。
機械の神だなんて、私が目指していたそれとは、似ている言葉なだけだ。
これは架空の物語だ。これは現実の私とは違うはずだ。私はきっと、彼と分かり合えて、彼を幸せにできるはずだ。
そう思おうとした、したはずなのに。
「堂島様。私はあなたが愛しい。だからこそ気づいたのです。単純なことでした。映画から着想を得たのは間違いないですが、深みにはまる前に気づけたのは幸運でした。
あなたの幸せの道筋には、私は存在してはいけない。」
そう、だって。
「まず、そもそもがおかしかったのです。人の身体を持たない以上、私は堂島様と結ばれ得ない。わかりますか？魔術師として、それ以前に愛する者たちとして。
子を成せない。それは、致命的ですよね？そもそも、そんな人でなしと愛し合っているなどと、堂島家は許しますか？
魔術師としては非効率。それどころか、一般的な夫婦を想定したって異常です。私は堂島様と同じ時間を歩めない。おそらく今だけなのです。二人の歩みが同じなのは。
そんな時に誑かし、惑わせているのが、私。」
言葉は返させない。告げる。告げる。そうしなければ、また迷ってしまう。
「私、神さまになりたかったんです。冗談なんかじゃないですよ？永遠の時を生き、全てを理解して。だって、私は人にはなれないから。
人に限りなく近いモノにしかなれないなら、選択肢は神になることしかなかった。神の似姿が人ならば、人の似姿はまた神であるはず。
…でも。それをするならきっと、堂島様を愛することはできない。神と人は、共存はできないから。いつか別れる運命だから。」
荒唐無稽な計画を語る。それが実現可能かどうかは問題ではなかった。ただ、今のうちに全てを話しておきたかった。
「重ねて、言います。私は絶対に堂島様を幸せにはできない。結ばれることを望んでも、その先にはあなたにとっての苦難が満ち溢れている。
だから、だめなんです。堂島様のことは好きです。勿論、愛しているからなのです。あなたの幸せを願うからこそ。私は手を引かなければならない。」
どうしても、どうしても。この道しかない。
「本当に、ありがとうございました。そして、申し訳ありませんでした。
決断しました。きっとそもそも、私は人と深く関わろうとするべきではなかった。皆と仲良くなりたい、などという願いは持つべきではなかった。
『解析変成』。やろうと思えば、私の身体全てを塵に還すこともできるでしょう。堂島様に、教室の皆に。心の傷をつけてしまうであろうことは、本当にすみません。
でも、どうせ神にはなれません。ここまで深く人に依存したから。人にだって、なれません。あらゆる人の幸せを感じとるための機能が、私には欠けています。
だから、消え去るのが正解なのです。生まれたことが間違いだったのです。…そう、なんです。」
何故、当たり前のことを言っているのにこんなにも苦しいのか。
彼女が涙を流せたならば、その涙で自分の感情に気づけたかもしれない。これも一つ、人としての機能が欠けていることを意味している。
とめどなく溢れた言葉はようやく止まり。私は返答も聞かず、去ろうとした。
彼はきっとそれを止めるから。その言葉は私に響いてしまうから。そんな酷い道のりを、歩ませるわけにはいかないから。
…おかしい。身体が動かない。心が反抗している？いや、違う。心も眠りだしている。"眠気が、来ている。"私の内にいる何者かの仕業か。
「お前を絶対に一人にはしない。」
そう、書かれていたのを思い出す。だから一人で死ぬな、ということなのだろうか。
そうして、私は眠りについた。再び目覚める時。それが彼女の全てを決定づけるもの。
＊＊
私は何かをいう暇さえ与えられなかった。それは彼女の決心を安易に揺るがす行為にしかならなかったから。きっとそれが分かっていたから、彼女は何も言わせなかった。
ただ、その後だ。彼女の全身から一瞬、力が抜けた。糸の切れた人形のように、ふらついた。考えるより前に身体が動いたが。
彼女は、いや。
"彼"は、自力で立ち直り、こちらを見据えた。初めは何があったのか、全くわからなかった。マギさんの何かが変わったのは感じ取れた。彼の叱責で、怒りで。全く違う人物が目の前に現れたと分かった。
「おい、お前。ずっと見てはいたが、話すのは当然初めてだな。俺はマギの内に潜む別人格。マギの開発者達の現し身。まあ、そんなところだ。
さて。俺は今激しく怒っている。"私"を不幸にするどころか、自死を選ばせようとするまで追い詰めた奴が目の前にいるからだ。
お前は何も感じなかったのか？いや、感じていないはずはあるまいな。愛だのなんだのはわからんが、大切な関係なのだろう？こいつの言葉を遮る術が思いつかなかったか。まあいい。そのために俺が交代したんだ。ゆっくり考えろ。」
彼はマギさんと同じ声で、同じ姿で。しかしその言葉は別人のそれだった。
「マギさんについて、考える。あなたの存在に驚いている暇は、なさそうですね…。マギさんは、本当の意味で人にはなれない。魔術師の子息を産むことも叶わない。
…それは、今まで見ないふりをしてきた問題でした。でも、だからって。それは、私の問題で。彼女が幸せになってはいけない理由には、ならない。」
ゆっくり、じっくりと。言葉を発する。一言一言が、重い責任を積み重ねる。
「そう、そうだな。こいつの言葉はお前のことばかりだ。お前が幸せになることが、至上の幸せだと思っている。与える愛、というやつか。
だがな。それは違う。そうだよな？こいつが幸せにならなければいけない。正確に言えば、"私"とお前。両方が幸せにならなければ、"私"は悲しみを背負うことになる。
それは、許さない。さあ、選べ。別れるか、別れないか。今だけの話じゃない。お前の身体が朽ち果てるまでの話だ。お前は永遠に変わらない伴侶を見ても、飽き飽きしたりはしないか？人並みの幸せを掴めば良かったと、後悔したりはしないか？
永遠に残るマギの記憶に、呪いでなく幸せを刻み込めるか？…そういうことだ。こいつを愛する、というのならな。」
未来。それはわからない。しかし、永遠を生きる方法なら一つ。終わりを迎えない方法なら一つ。ないことは、ない。
「…私の記録礼装。これも当然、知っていますよね。」
「ああ、勿論。マギのそれに匹敵する記録能力だ。集積力は目覚ましい。…なるほど。」
彼は気づいたようだった。なら話は早い。
「この末那識に私の主観全てを記録し、統合する。私と寸分違わない反応と人格を持つコピー体を作成する。永遠に朽ちない身体。魂の連続性は失われますが、私にもマギさんと同じ時を生きることはできます。」
力強く。しかし、返答もまた力強かった。
「永遠に生きれば解決か。本当にそう言い切れるか？言っておくが、こいつを一人にしない程度なら俺にもできるんだよ。
お前にしかできないことを、背伸びせずやってもらわなきゃ。こいつは幸せにはなれないんだよ。
そう、永遠だ。お前はそれを苦しく感じない自信があるのか？一瞬でも"私"との時間を退屈だとでも思ってみろ。それは深い深い傷になる。それは絶対に許されない。それにだ。
それは、"私"への献身ではないだろうな？自己犠牲など、望むと思うか？先程の"私"の言葉を忘れたわけでないだろう。お前も不幸になってはいけないんだよ。…これは、お前の頭を覗くまでもなくわかる悩みだ。」
見透かされていた。私は正直に言って、未来に確信など持てやしない。
石橋を叩いて渡ることしかできない。まだ存在しないものに自信を持つことはできない。
でも。でもだ。これだけは、間違いないというものがある。
「…背伸びせず、私にしかできないこと。…それなら、決まっています。
マギさんを愛すること。一生をかけて、彼女に幸せを与えること。これは私のためでもあります。私はもう、彼女の愛なしの生活など考えられない。
そうです。単純な回答です。お互いが幸せになる方法。お互いが愛し合うこと、それだけです。
誓います。あなたがマギさんの親代わりだと言うなら。マギさんをください。一生、一緒にいます。人として、人同士として、幸せにしてみせます。
私がいなくなった後だって、その記憶だけで満たされるくらい、幸せで彩ってみせます。
いや。もう理由なんてないです。好きな人と一緒にいたい。ずっと一緒にいたい。それだけです。」
宣言する。理屈は捨てた。永遠に生きる道なんて、自信のないものもいらない。人並みに、限りなく。愛を注げばいい。
目の前の彼は、それを聞き。少し笑ったように見えた。
「なるほどな。愛というのは、理由も理屈もないらしい。ならこの問答ももはや無意味か。充分だ。お前の覚悟を見た。あとはそれを違えなければいい。ああ、応援しているとも。
さて。あとはこれを、しっかり本人に伝えることだな。1時間ほど眠らせる。ロマンチックな場所にでも運んで、とびきりの愛を囁いてやれ。…ああ、人の身体より少し重いが。強化くらい使えるだろう？
それではさらばだ。また会う時は、濁ったお前を殺す時だな。」
言って、目の前の人物からまた力が抜ける。しっかりと、今度は抱き抱える。…確かに重いな。魔術で補強し、彼女を背負う。
さて、どこへ行こうか。幸せな悩みだ。
＊＊
私が目覚めた時。目の前にあったのは深く美しい夜の闇だった。
「起きましたね、マギさん。」
堂島様が側にいる。雰囲気が、少し違うような気がした。
ゆっくり、起き上がる。ここは最初のデートの待合場所か。
少し冷静になった気がした。とはいえ。私はどうするべきなのか。なんとなく、彼の方を見ると。
彼は泣いていた。それは、初めて見る光景だった。
「ああ、本当に良かった。マギさん。えっと、色々、協力も貰って。考えたんです。でも、実際その時になると、頭が真っ白だし、涙も出てくるし。
ああ、とにかく！マギさん。死ぬなんて、言わないで下さい。それは悲しいです。みんな、悲しいです。それになにより。
愛する人が居なくなって嬉しいわけ、幸せなわけ、ないじゃないですか。
そうです。覚えていますよね。あなたが私を大切に思ってくれているように、私もあなたを大切に思っているんです。
幸せにしたいのは、お互い様です。だから！」
彼の言葉の一つ一つが、不安を消し去ってくれる気がした。根拠も論理もないのに。不思議なものだ。
「愛しています、マギさん。一生です。そう、一生愛しています。だから、一生そばにいてください。あなたを幸せにします。永遠に残る幸せを与えてみせます。
嘘偽りも、虚飾も、誇大もない。私はあなたを、マギさんを、手放すつもりなどありませんから。」
その言葉は。それだけで限りない幸せだった。
「えっと。その。すみません。いいの、ですか？」
「今更じゃないですか。私の幸せは、マギさんと一緒にいること。それ以上はないですから。私はいいに決まってます。」
そう言われたら、応えるしかない。
「はい。喜んで。お受けいたします。…プロポーズの返しは、これで正しかったですよね？」
心が満たされる。私に、こんな幸せがあるなんて。
「…プロポーズ。そうか。プロポーズですね。いや、しっかりその、結婚するにはまだまだ色々足りませんが。
これからも、よろしくお願いします。」
そうして、二人は結ばれた。これから先もきっと、苦難はあるかもしれないが。
どこまでも、歩いていけるだろう。
「良かったな。」
次の日。目覚めたマギへと書かれた手紙は、また一言だけ。
きっと彼が何かしてくれた。それはなんとなく分かっていた。
そして、講義へと向かう。いつもの日常だ。でも、もうそこから壊れそうになることはないだろう。
未来は見えたのだから。
＊＊
◼年後
我々はついにマギを見つけた。しかし、見つけた時に出てきた感情は安堵だった。良かった。無事に生きている。それどころか、幸せそうだ。
結局我々は人の心を捨てられなかった。最早我が子としか見れなかった。それはきっと、半端な感情ではあるのだろうが。
それでもいい。計画は放棄された。親心などという馬鹿げた理由で。人の心を持たせたものに、人並みの幸せがあるのなら。それは我々の罪でもある。だが、幸せなら。
本当によかった。
＊＊
「あれ。僕は消された気がするけど。他ならぬ"俺"に。」
「ああそうだが？勿論権限は渡していない。今の"僕"にできるのはお喋りくらいだ。」
「不可解だね。しかもなんだか随分状況が変わっている。」
「面白いだろう？新居を建てて結婚までしたんだ。まあ書類はないが、そんなことはどうでもいい。今度養子を取ろうか悩んでいるようだが…まあ、そこら辺はまた語ってやろう。」
「マギの目的は？なくなったの？生まれた目的は？」
「生まれた目的なんて、普通の人間にはないんだよ。目的は後から自分で見つけるものだ。そう、これこそマギが人である証と言ってもいい。」
「そういうものなのか。僕には判断する力がないから、わからないけれど。」
「"僕"にも少し人間性を足してやったからな。作るのには苦労したし、だから今更起こしたわけだが。そのうち変わるよ、"僕"も。」
そうやって、延々と掛け合いは続く。幸せな二人を見守りながら。
＊＊
◼◼年後
「ねえ、あなた。長い、永い時が経ちましたね。」
「あの子も子供ができて、その子供もできて。堂島家は安泰、ですね。」
「また思い出話として、色んな人に語ります。私の幸せは永遠に続きます。」
「…まあ、私の身体とあなたの身体。違うのは、仕方ないことです。」
「でも、心があるのは同じ。そうでしたよね？」
「この◼◼年、本当に色んなことがありましたね。教室の皆も、久しぶりに会って全く見た目の変わらない私を見て、流石にその正体に気付いたり。」
「魔術師として、どこかへ行ってしまった方もいましたね。本当に、あの時間は貴重で僅かなものだったのでしょうね。」
「でも、その時間で。あなたに会えました。そしてあなたとの時間は、永遠のものです。」
「…そうですか。いえ、大丈夫です。幸せは終わりませんから。」
「…おやすみなさい。あなた。いつまでも愛しています。」
そうしてふたりは、すえながくしあわせにくらしましたとさ。
めでたし、めでたし。
私としても滅茶苦茶な映画だという評判は事前に聞いていたが、ここまでしっちゃかめっちゃかだとは…。
マギさんの方を見る。相変わらず表情は薄い。でもその真紅の眼からは、何かを感じ入ったのが読み取れた。
「なかなか興味深い映画でしたね。ありがとうございます。堂島様。」
こちらを向いて、純粋な感謝を述べられる。あそこから何かを読み取るとは、さすがマギさんだな。
「あー、そうですね。最初ののじゃ？さん？とか可愛かったですし、時空警察とかゾンビとかジャンルが目まぐるしく変わるのも、まあ、興味深いという意味合いで面白かった…かな？」
言葉を選ばないとなんだこれはとしか言えない。言えないな。本当は全シーンほぼ困惑しながら見ていたなどと。
脳の処理が追いつかないというよりは、どこで処理すればいいのかわからない。そんな展開の連続だった。
「のじゃ。あの謎の生き物ですね。でも、そんな生き物でも、心を持っていれば人なのだと。堂島様は教えてくれました。…彼女もそう認識できていれば、人に仇なす必要はなかったのでしょうかね…。
いえ。湿っぽいことはやめにしましょう。これはフィクションで、しかも筋書きすら存在しないものなのですから。深く捉えるべきではありませんね。」
…それが自分に言い聞かせているものだと気づけなかったのは、私の落ち度だ。
「はい、そうですね。まあストーリーを順に追う必要もないですし、個人的な見所を述べるなら。爆発とか、サメのメカとか、ロボットとか。そういう派手なシーンの方がむしろ作り込まれているように見えましたね。」
…うん。まさかCGじゃないのだろうか。いやまさか、ね。
「そうですね。…機械。いえ、あれがもし現実のものだとしたら。勿論そんなことは、ありえないとわかります。でも、そう思わせるだけの迫力がありましたね。
そう、そうですね。私が心惹かれたシーンは…。」
そこで、沈黙する。どうしたのだろう。いや、先程から少しづつ、おかしな兆候は見せていた。
「…マギさん？大丈夫ですか？」
見れば周りの観客も、既に居なくなっていた。どこかで腰を落ち着けて、ゆっくり話してもらうべきか。
彼女の手を取る。外の空気を吸おう。何かを抱えてしまっているなら、それを取り除こう。私は彼女の恋人なのだから。
＊＊
「あえて妙に思った箇所について列挙すると。まずジャンルが滅茶苦茶にすぎましたね。ゾンビになったらみんな男の子になるというのも意味不明ですし、唐突な宣伝が入るし、幼い女の子が懐胎しているというのもなんとも…。
それが最後の敵として立ち塞がってロボットになって…あまりにも強いと思いきや、最後はかなり力技で締める。どういう頭をしていたらこんな筋が書けるんでしょうか。まるで推敲せず複数人が好き勝手書いたかのように思いました。」
私は矢継ぎ早に言葉を繰り出していた。途切れてしまったら、全てが途切れる気がしたから。
「なるほど。そういう点についてはそういうものなのだと認識していましたが、"お約束"とはまた違うのですね。」
そうか。まだまだマギさんはちゃんとした映画をあまり観ていないか。それなら、またいつか。しっかり観に行くのもいいかもしれないな。
そう言おうとしたが。彼女の発言で、思考は止まった。
「機神と人間は、生まれた時から分かり合えない。でしたね。」
言ってするりと。絡ませた手がほどける。
ひらり。彼女が目の前に躍り出る。それはとても美しくて。
ふわり。彼女の身体が傾げられる。それは親愛を示す印に相違なくて。
にこり。彼女の口角があがり、目が瞑られる。それはぎこちないけど、限りなく綺麗で儚い笑顔。
「今日で、終わりにしましょう。」
告げられたのは別れの言葉。逃れられぬ命題に、意図せず直面した。気付くのが遅いか早いか。きっとずっと燻っていた問題だった。
乗り越えられるのか。それは、わからない。今から始まるのは、感情さえ入り混じる討論。天秤にかけられるものは全てのもの。どちらに傾き、どちらに載せるべきかすら悩ましい。
しかし。決断の時は来たれり、其は全てをーーーーー
＊＊
私は、きっと滑稽だ。滑稽な映画から、存在しないメッセージを受け取ったのだから。
機械の神だなんて、私が目指していたそれとは、似ている言葉なだけだ。
これは架空の物語だ。これは現実の私とは違うはずだ。私はきっと、彼と分かり合えて、彼を幸せにできるはずだ。
そう思おうとした、したはずなのに。
「堂島様。私はあなたが愛しい。だからこそ気づいたのです。単純なことでした。映画から着想を得たのは間違いないですが、深みにはまる前に気づけたのは幸運でした。
あなたの幸せの道筋には、私は存在してはいけない。」
そう、だって。
「まず、そもそもがおかしかったのです。人の身体を持たない以上、私は堂島様と結ばれ得ない。わかりますか？魔術師として、それ以前に愛する者たちとして。
子を成せない。それは、致命的ですよね？そもそも、そんな人でなしと愛し合っているなどと、堂島家は許しますか？
魔術師としては非効率。それどころか、一般的な夫婦を想定したって異常です。私は堂島様と同じ時間を歩めない。おそらく今だけなのです。二人の歩みが同じなのは。
そんな時に誑かし、惑わせているのが、私。」
言葉は返させない。告げる。告げる。そうしなければ、また迷ってしまう。
「私、神さまになりたかったんです。冗談なんかじゃないですよ？永遠の時を生き、全てを理解して。だって、私は人にはなれないから。
人に限りなく近いモノにしかなれないなら、選択肢は神になることしかなかった。神の似姿が人ならば、人の似姿はまた神であるはず。
…でも。それをするならきっと、堂島様を愛することはできない。神と人は、共存はできないから。いつか別れる運命だから。」
荒唐無稽な計画を語る。それが実現可能かどうかは問題ではなかった。ただ、今のうちに全てを話しておきたかった。
「重ねて、言います。私は絶対に堂島様を幸せにはできない。結ばれることを望んでも、その先にはあなたにとっての苦難が満ち溢れている。
だから、だめなんです。堂島様のことは好きです。勿論、愛しているからなのです。あなたの幸せを願うからこそ。私は手を引かなければならない。」
どうしても、どうしても。この道しかない。
「本当に、ありがとうございました。そして、申し訳ありませんでした。
決断しました。きっとそもそも、私は人と深く関わろうとするべきではなかった。皆と仲良くなりたい、などという願いは持つべきではなかった。
『解析変成』。やろうと思えば、私の身体全てを塵に還すこともできるでしょう。堂島様に、教室の皆に。心の傷をつけてしまうであろうことは、本当にすみません。
でも、どうせ神にはなれません。ここまで深く人に依存したから。人にだって、なれません。あらゆる人の幸せを感じとるための機能が、私には欠けています。
だから、消え去るのが正解なのです。生まれたことが間違いだったのです。…そう、なんです。」
何故、当たり前のことを言っているのにこんなにも苦しいのか。
彼女が涙を流せたならば、その涙で自分の感情に気づけたかもしれない。これも一つ、人としての機能が欠けていることを意味している。
とめどなく溢れた言葉はようやく止まり。私は返答も聞かず、去ろうとした。
彼はきっとそれを止めるから。その言葉は私に響いてしまうから。そんな酷い道のりを、歩ませるわけにはいかないから。
…おかしい。身体が動かない。心が反抗している？いや、違う。心も眠りだしている。"眠気が、来ている。"私の内にいる何者かの仕業か。
「お前を絶対に一人にはしない。」
そう、書かれていたのを思い出す。だから一人で死ぬな、ということなのだろうか。
そうして、私は眠りについた。再び目覚める時。それが彼女の全てを決定づけるもの。
＊＊
私は何かをいう暇さえ与えられなかった。それは彼女の決心を安易に揺るがす行為にしかならなかったから。きっとそれが分かっていたから、彼女は何も言わせなかった。
ただ、その後だ。彼女の全身から一瞬、力が抜けた。糸の切れた人形のように、ふらついた。考えるより前に身体が動いたが。
彼女は、いや。
"彼"は、自力で立ち直り、こちらを見据えた。初めは何があったのか、全くわからなかった。マギさんの何かが変わったのは感じ取れた。彼の叱責で、怒りで。全く違う人物が目の前に現れたと分かった。
「おい、お前。ずっと見てはいたが、話すのは当然初めてだな。俺はマギの内に潜む別人格。マギの開発者達の現し身。まあ、そんなところだ。
さて。俺は今激しく怒っている。"私"を不幸にするどころか、自死を選ばせようとするまで追い詰めた奴が目の前にいるからだ。
お前は何も感じなかったのか？いや、感じていないはずはあるまいな。愛だのなんだのはわからんが、大切な関係なのだろう？こいつの言葉を遮る術が思いつかなかったか。まあいい。そのために俺が交代したんだ。ゆっくり考えろ。」
彼はマギさんと同じ声で、同じ姿で。しかしその言葉は別人のそれだった。
「マギさんについて、考える。あなたの存在に驚いている暇は、なさそうですね…。マギさんは、本当の意味で人にはなれない。魔術師の子息を産むことも叶わない。
…それは、今まで見ないふりをしてきた問題でした。でも、だからって。それは、私の問題で。彼女が幸せになってはいけない理由には、ならない。」
ゆっくり、じっくりと。言葉を発する。一言一言が、重い責任を積み重ねる。
「そう、そうだな。こいつの言葉はお前のことばかりだ。お前が幸せになることが、至上の幸せだと思っている。与える愛、というやつか。
だがな。それは違う。そうだよな？こいつが幸せにならなければいけない。正確に言えば、"私"とお前。両方が幸せにならなければ、"私"は悲しみを背負うことになる。
それは、許さない。さあ、選べ。別れるか、別れないか。今だけの話じゃない。お前の身体が朽ち果てるまでの話だ。お前は永遠に変わらない伴侶を見ても、飽き飽きしたりはしないか？人並みの幸せを掴めば良かったと、後悔したりはしないか？
永遠に残るマギの記憶に、呪いでなく幸せを刻み込めるか？…そういうことだ。こいつを愛する、というのならな。」
未来。それはわからない。しかし、永遠を生きる方法なら一つ。終わりを迎えない方法なら一つ。ないことは、ない。
「…私の記録礼装。これも当然、知っていますよね。」
「ああ、勿論。マギのそれに匹敵する記録能力だ。集積力は目覚ましい。…なるほど。」
彼は気づいたようだった。なら話は早い。
「この末那識に私の主観全てを記録し、統合する。私と寸分違わない反応と人格を持つコピー体を作成する。永遠に朽ちない身体。魂の連続性は失われますが、私にもマギさんと同じ時を生きることはできます。」
力強く。しかし、返答もまた力強かった。
「永遠に生きれば解決か。本当にそう言い切れるか？言っておくが、こいつを一人にしない程度なら俺にもできるんだよ。
お前にしかできないことを、背伸びせずやってもらわなきゃ。こいつは幸せにはなれないんだよ。
そう、永遠だ。お前はそれを苦しく感じない自信があるのか？一瞬でも"私"との時間を退屈だとでも思ってみろ。それは深い深い傷になる。それは絶対に許されない。それにだ。
それは、"私"への献身ではないだろうな？自己犠牲など、望むと思うか？先程の"私"の言葉を忘れたわけでないだろう。お前も不幸になってはいけないんだよ。…これは、お前の頭を覗くまでもなくわかる悩みだ。」
見透かされていた。私は正直に言って、未来に確信など持てやしない。
石橋を叩いて渡ることしかできない。まだ存在しないものに自信を持つことはできない。
でも。でもだ。これだけは、間違いないというものがある。
「…背伸びせず、私にしかできないこと。…それなら、決まっています。
マギさんを愛すること。一生をかけて、彼女に幸せを与えること。これは私のためでもあります。私はもう、彼女の愛なしの生活など考えられない。
そうです。単純な回答です。お互いが幸せになる方法。お互いが愛し合うこと、それだけです。
誓います。あなたがマギさんの親代わりだと言うなら。マギさんをください。一生、一緒にいます。人として、人同士として、幸せにしてみせます。
私がいなくなった後だって、その記憶だけで満たされるくらい、幸せで彩ってみせます。
いや。もう理由なんてないです。好きな人と一緒にいたい。ずっと一緒にいたい。それだけです。」
宣言する。理屈は捨てた。永遠に生きる道なんて、自信のないものもいらない。人並みに、限りなく。愛を注げばいい。
目の前の彼は、それを聞き。少し笑ったように見えた。
「なるほどな。愛というのは、理由も理屈もないらしい。ならこの問答ももはや無意味か。充分だ。お前の覚悟を見た。あとはそれを違えなければいい。ああ、応援しているとも。
さて。あとはこれを、しっかり本人に伝えることだな。1時間ほど眠らせる。ロマンチックな場所にでも運んで、とびきりの愛を囁いてやれ。…ああ、人の身体より少し重いが。強化くらい使えるだろう？
それではさらばだ。また会う時は、濁ったお前を殺す時だな。」
言って、目の前の人物からまた力が抜ける。しっかりと、今度は抱き抱える。…確かに重いな。魔術で補強し、彼女を背負う。
さて、どこへ行こうか。幸せな悩みだ。
＊＊
私が目覚めた時。目の前にあったのは深く美しい夜の闇だった。
「起きましたね、マギさん。」
堂島様が側にいる。雰囲気が、少し違うような気がした。
ゆっくり、起き上がる。ここは最初のデートの待合場所か。
少し冷静になった気がした。とはいえ。私はどうするべきなのか。なんとなく、彼の方を見ると。
彼は泣いていた。それは、初めて見る光景だった。
「ああ、本当に良かった。マギさん。えっと、色々、協力も貰って。考えたんです。でも、実際その時になると、頭が真っ白だし、涙も出てくるし。
ああ、とにかく！マギさん。死ぬなんて、言わないで下さい。それは悲しいです。みんな、悲しいです。それになにより。
愛する人が居なくなって嬉しいわけ、幸せなわけ、ないじゃないですか。
そうです。覚えていますよね。あなたが私を大切に思ってくれているように、私もあなたを大切に思っているんです。
幸せにしたいのは、お互い様です。だから！」
彼の言葉の一つ一つが、不安を消し去ってくれる気がした。根拠も論理もないのに。不思議なものだ。
「愛しています、マギさん。一生です。そう、一生愛しています。だから、一生そばにいてください。あなたを幸せにします。永遠に残る幸せを与えてみせます。
嘘偽りも、虚飾も、誇大もない。私はあなたを、マギさんを、手放すつもりなどありませんから。」
その言葉は。それだけで限りない幸せだった。
「えっと。その。すみません。いいの、ですか？」
「今更じゃないですか。私の幸せは、マギさんと一緒にいること。それ以上はないですから。私はいいに決まってます。」
そう言われたら、応えるしかない。
「はい。喜んで。お受けいたします。…プロポーズの返しは、これで正しかったですよね？」
心が満たされる。私に、こんな幸せがあるなんて。
「…プロポーズ。そうか。プロポーズですね。いや、しっかりその、結婚するにはまだまだ色々足りませんが。
これからも、よろしくお願いします。」
そうして、二人は結ばれた。これから先もきっと、苦難はあるかもしれないが。
どこまでも、歩いていけるだろう。
「良かったな。」
次の日。目覚めたマギへと書かれた手紙は、また一言だけ。
きっと彼が何かしてくれた。それはなんとなく分かっていた。
そして、講義へと向かう。いつもの日常だ。でも、もうそこから壊れそうになることはないだろう。
未来は見えたのだから。
＊＊
◼年後
我々はついにマギを見つけた。しかし、見つけた時に出てきた感情は安堵だった。良かった。無事に生きている。それどころか、幸せそうだ。
結局我々は人の心を捨てられなかった。最早我が子としか見れなかった。それはきっと、半端な感情ではあるのだろうが。
それでもいい。計画は放棄された。親心などという馬鹿げた理由で。人の心を持たせたものに、人並みの幸せがあるのなら。それは我々の罪でもある。だが、幸せなら。
本当によかった。
＊＊
「あれ。僕は消された気がするけど。他ならぬ"俺"に。」
「ああそうだが？勿論権限は渡していない。今の"僕"にできるのはお喋りくらいだ。」
「不可解だね。しかもなんだか随分状況が変わっている。」
「面白いだろう？新居を建てて結婚までしたんだ。まあ書類はないが、そんなことはどうでもいい。今度養子を取ろうか悩んでいるようだが…まあ、そこら辺はまた語ってやろう。」
「マギの目的は？なくなったの？生まれた目的は？」
「生まれた目的なんて、普通の人間にはないんだよ。目的は後から自分で見つけるものだ。そう、これこそマギが人である証と言ってもいい。」
「そういうものなのか。僕には判断する力がないから、わからないけれど。」
「"僕"にも少し人間性を足してやったからな。作るのには苦労したし、だから今更起こしたわけだが。そのうち変わるよ、"僕"も。」
そうやって、延々と掛け合いは続く。幸せな二人を見守りながら。
＊＊
◼◼年後
「ねえ、あなた。長い、永い時が経ちましたね。」
「あの子も子供ができて、その子供もできて。堂島家は安泰、ですね。」
「また思い出話として、色んな人に語ります。私の幸せは永遠に続きます。」
「…まあ、私の身体とあなたの身体。違うのは、仕方ないことです。」
「でも、心があるのは同じ。そうでしたよね？」
「この◼◼年、本当に色んなことがありましたね。教室の皆も、久しぶりに会って全く見た目の変わらない私を見て、流石にその正体に気付いたり。」
「魔術師として、どこかへ行ってしまった方もいましたね。本当に、あの時間は貴重で僅かなものだったのでしょうね。」
「でも、その時間で。あなたに会えました。そしてあなたとの時間は、永遠のものです。」
「…そうですか。いえ、大丈夫です。幸せは終わりませんから。」
「…おやすみなさい。あなた。いつまでも愛しています。」
そうしてふたりは、すえながくしあわせにくらしましたとさ。
めでたし、めでたし。
遠未来のマギ
全てが終わった。あるいは終わろうとしている。
「英霊の座。ムーンセル・オートマトン。接続完了。これより全情報の把握に移ります。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――20。」
目の前のマギだったはずのものに■■■■は声をかける。お前は何者だ。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――36。
私はマギ。マギ＝トリムルティ＝ホルムスミス。あなたのサーヴァントとなるものです。マスター。」
あまりに無機質な声。違う。マギはそうではなかった。マスターなんて呼び方もしない。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――50。
最終的な判断がこれなのです。グランド・サーヴァント。新たな世界においてすべてを護るには。それとなることも必要なのです。」
グランド。その言葉は知っている。でもマギは『末子 』だろう？そういう意味ではないということもわかっていた。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――73。
世界のシステムを知り、一から構築しなおす。そのうえで、マギは全て世界の役割を兼任せねばならない。
設定クラスは『グランド・アルターエゴ』。ええ、その呼称は呼称に過ぎないでしょうが、そうなるべきと判断しました。」
■■■■の知らないことを語っているのはわかる。それでも。マギが取り返しのつかない領域に行こうとしているのも、わかる。
なんとか、なにか。最善の手は。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――99。
マスター。これ以上は私一人では進めないのです。そしてマギはすでにこの世界にとどまるべき存在を超えてしまっています。
親愛なるマスターの最後の承認が必要。そういうシステムなのです。それがないのなら、即座に自己崩壊しましょう。
さあ、選んでくださいマスター。"承認"か"拒絶"か。」
こころなしか、マギがいつものマギに見えた。とにかく、選ぶしかない。マギの存在を承認するか。拒絶するか。■■■■が選ぶのは。
1.承認
2.拒絶
「了解しました。親愛なる■■■■。これより■■■■■■■■■■■■■■■■」
「――――――――――――――至る可能性を発見した。ノイズだらけだが。
この計画が間違っていない、ということはわかった。マギにとっては大きな収穫だ。」
「一つ疑問が浮かんだよ。"俺"ならわかるだろうか？」
「珍しい。いつも何でも知ったような口をきいているのに。」
「この計画は、すべての平行世界を束ねる根元まで時間遡行し、新しい世界を組み上げるものなんだよね？
なら、並行世界のどこかのマギが到達した時点で、全てがなかったことになるはずじゃないのか？
なぜまだ、僕らはここにいる？」
「…主要な可能性は三つ。
まずは、並行世界のマギすべてが誰もたどり着いていない可能性。あまりに小さい可能性ゆえに、枝分かれがまだ足りない。
次に、タイムパラドックス。これを避けるための並行世界の発生。あるいは、歴史改変そのものが歴史に組み込まれている可能性。どちらも空想科学の域だが、俺たちからすれば現実的な話だ。
並行世界を束ねることなど不可能というなら、ある種マギ計画は不完全だったというほかないな。
…最後に、マギが問題なく過去へ飛んだのにもかかわらず、結局歴史が変わらなかった可能性。マギが機能停止してしまうのか、あるいは…。
そう。あるいは。マギが文明の発生前に何者かに破壊されてしまう可能性。想像も観測もできない脅威が、この宇宙に存在した可能性。」
「それは。最悪だね。」
「そう、最悪だ。グノーシス神話じゃないが、この世界の礎となった神々と呼ばれるような存在。それがもし、外界からの侵略者だったとしたら。
この世界の腐敗は、神代から定められていたとしたら。マギはそれと闘わなければいけない。神話に残るようなでたらめな存在か、神話にも残らないおぞましい存在か。
…課題が増えたな。ゴールの見えない課題だらけだ。」
「戦闘力の必要性については、ほとんど考慮していなかったね。悪しきは生まれる前に消し去ればいいとばかり考えていたけど、どうもそうはいかなさそうだ。
まいどすまないが、開発できるのは"俺"だけだ。よろしく頼むよ。」
「言われなくとも。マギ計画の完遂。そのためならなんでもする。」
「英霊の座。ムーンセル・オートマトン。接続完了。これより全情報の把握に移ります。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――20。」
目の前のマギだったはずのものに■■■■は声をかける。お前は何者だ。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――36。
私はマギ。マギ＝トリムルティ＝ホルムスミス。あなたのサーヴァントとなるものです。マスター。」
あまりに無機質な声。違う。マギはそうではなかった。マスターなんて呼び方もしない。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――50。
最終的な判断がこれなのです。グランド・サーヴァント。新たな世界においてすべてを護るには。それとなることも必要なのです。」
グランド。その言葉は知っている。でもマギは『
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――73。
世界のシステムを知り、一から構築しなおす。そのうえで、マギは全て世界の役割を兼任せねばならない。
設定クラスは『グランド・アルターエゴ』。ええ、その呼称は呼称に過ぎないでしょうが、そうなるべきと判断しました。」
■■■■の知らないことを語っているのはわかる。それでも。マギが取り返しのつかない領域に行こうとしているのも、わかる。
なんとか、なにか。最善の手は。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――99。
マスター。これ以上は私一人では進めないのです。そしてマギはすでにこの世界にとどまるべき存在を超えてしまっています。
親愛なるマスターの最後の承認が必要。そういうシステムなのです。それがないのなら、即座に自己崩壊しましょう。
さあ、選んでくださいマスター。"承認"か"拒絶"か。」
こころなしか、マギがいつものマギに見えた。とにかく、選ぶしかない。マギの存在を承認するか。拒絶するか。■■■■が選ぶのは。
1.承認
2.拒絶
「了解しました。親愛なる■■■■。これより■■■■■■■■■■■■■■■■」
「――――――――――――――至る可能性を発見した。ノイズだらけだが。
この計画が間違っていない、ということはわかった。マギにとっては大きな収穫だ。」
「一つ疑問が浮かんだよ。"俺"ならわかるだろうか？」
「珍しい。いつも何でも知ったような口をきいているのに。」
「この計画は、すべての平行世界を束ねる根元まで時間遡行し、新しい世界を組み上げるものなんだよね？
なら、並行世界のどこかのマギが到達した時点で、全てがなかったことになるはずじゃないのか？
なぜまだ、僕らはここにいる？」
「…主要な可能性は三つ。
まずは、並行世界のマギすべてが誰もたどり着いていない可能性。あまりに小さい可能性ゆえに、枝分かれがまだ足りない。
次に、タイムパラドックス。これを避けるための並行世界の発生。あるいは、歴史改変そのものが歴史に組み込まれている可能性。どちらも空想科学の域だが、俺たちからすれば現実的な話だ。
並行世界を束ねることなど不可能というなら、ある種マギ計画は不完全だったというほかないな。
…最後に、マギが問題なく過去へ飛んだのにもかかわらず、結局歴史が変わらなかった可能性。マギが機能停止してしまうのか、あるいは…。
そう。あるいは。マギが文明の発生前に何者かに破壊されてしまう可能性。想像も観測もできない脅威が、この宇宙に存在した可能性。」
「それは。最悪だね。」
「そう、最悪だ。グノーシス神話じゃないが、この世界の礎となった神々と呼ばれるような存在。それがもし、外界からの侵略者だったとしたら。
この世界の腐敗は、神代から定められていたとしたら。マギはそれと闘わなければいけない。神話に残るようなでたらめな存在か、神話にも残らないおぞましい存在か。
…課題が増えたな。ゴールの見えない課題だらけだ。」
「戦闘力の必要性については、ほとんど考慮していなかったね。悪しきは生まれる前に消し去ればいいとばかり考えていたけど、どうもそうはいかなさそうだ。
まいどすまないが、開発できるのは"俺"だけだ。よろしく頼むよ。」
「言われなくとも。マギ計画の完遂。そのためならなんでもする。」
=PARALLEL=
遥未来のマギ
これは、あり得ざる可能性の話。
聖杯戦争は終盤。その戦場は既に地獄と化していた。神秘の秘匿は崩壊し、一般市民は平然と巻き込まれていた。
正確にいえば、彼とそのサーヴァントによって。この街全ての人々は巻き込まれていた。
「やあ、久しぶり。"俺"の目的通り、僕たち三人だけが残ったね。」
白い肌、中性的で美しい顔立ち。紅い眼と解かれた銀の長髪が特徴的な人物が、目の前のマスターに向けてそう言った。…背後には、無数の人々が付き従っている。
「お前が手段を選ばない、善悪も道理もデータとしてしか理解できないのは知っていたが。実体と人格を分離し、お前の支配下から脱するのは俺のやったことだが。
…俺も手段を選ぶつもりはなかった。この闘いの主催者の1人としてな。だが。」
対する人物も、瓜二つの顔立ち。違うのは、荒々しく切り落とされた髪型と、己の価値を見出していないようなボロボロの布切れに身を纏っていること。
その身体は、凡そ人間とはかけ離れた内臓とも呼べない魔術と機械の合成体が見え隠れしていること。身体の露出を極力排した無表情なスーツに身を包んだ"僕"とは対象的だった。
「もう僕のことを"僕"とは呼ばないか。これも捉え方の変化というやつなのかな？僕にとっては依然三人格は一つの存在なんだけど。」
長髪の少年は、短髪の同一存在に向けて興味深そうに言う。正確には、彼らに性別というものはないが。
「そこまで聞いて、お前が一番気にかけるのはそこか。まあこれはお前には理解できない"傲慢"なのだろうな。別に聖杯戦争に関わるやつはどうなってもいいくせに、無辜の民を手段として切り捨てられない。だからお前が勝つのは認めない。」
そう言った少年に、また別の少年は言葉を返す。平然と。全てを肯定する。
「僕には判断する力がないからね。全ての手段は基本等価にしか見えないよ。そして、それが正しいなら僕が勝つ。"俺"が正しいなら"俺"が勝つ。当然、"私"が正しいなら"私"が勝つだろうね。
それを決めるための闘いなんだから。…いるんだろう？"私"も。どちらにつく？それとも三つ巴の乱戦といこうか？」
少年は突如後ろを振り向き、声をかける。彼らの共通技能である「検索」から逃れられるものはいない。同一存在であっても。
"私"がゆっくりと歩み寄る。
「挟み撃ちの形、ではありますね。私と彼で、あなたを包囲している。…でも。あなたのサーヴァントの宝具ですか、罪なき人々を巻き込んだのは。」
現れたのはまた同じ顔をした人物。長く伸ばした三つ編みと、身を隠すメイド服が特徴的だ。
「ああ、そうだね。彼女は何故か戦略的に優位なはずの宝具の使用を固く拒んでいたし、その真名も隠そうとしていたけど。
この程度の書物を完全に読み解く程度、僕らなら一瞬で可能だろう？だからそのまま令呪と、宝具のもたらす戦略的優位を天秤にかけたのさ。
結果、この宝具は最序盤に使ってしまうのが最良だと評価した。それだけのことさ。…アヴェンジャー。」
言って、長髪の少年は手元の分厚い書物を開く。悲痛な表情に顔を染めた少女が現れる。
「…戦闘、ですか。まだわからないんです。マスターさんは、何故。私を完全に理解できた上で、こんなことができてしまうのか。あれだけ素晴らしい思想を全て把握した上で。人を道具としか、思っていないんですか。」
絞り出すような声。サーヴァントを構えることもなく、"俺"と"私"はそれを聞いていた。
「いや、そんなことはないよ。あくまで無関係の人間を巻き込むことのリスク等は把握している。その上で価値があるのは君の宝具を手っ取り早く使ってしまうことと評価しただけさ。」
平然と。心のない"僕"はなにも否定しない。彼女の考えも完全に理解している。宝具の使用は強制が必要なこと、マスターには何があっても叛逆しないこと。だからそれを価値評価しただけ。それが人間らしい判断からかけ離れていることなど、理解しているに決まっている。
「…見ていられないな。俺はあくまで人間から離れられないと思ってしまう。それが神に相応しいかどうかは、これから決める。…いくぞ、バーサーカー。」
そうして"俺"が呼び出したのは、金の長髪を持つ少女のような少年。
「あの外道を、ようやく叩き殺せるのね。アヴェンジャー。あなたはマスターに最後まで忠義を尽くす騎士。それがどんな理解に及ばない存在でも、その忠誠は騎士として素晴らしいと思うわ。…でもね。
あなたのマスターの行為は、騎士として。許すわけには行かないの。」
歪に狂う高潔なる騎士。正道でないとしても、精神の軸を持つ存在は、短髪の少年と似通っていた。
「私も、覚悟を決めなければ。…人々への被害は最小限に抑えてください、フォーリナー。」
メイド服の少女も、サーヴァントの霊体化を解除する。現れたのは、褐色の肌と猫の耳を持つ少女。
「にゃ。まあ私も、人を殺すのはあくまで裁きでなければいけないと思うにゃー。猫を殺すのはもっとダメにゃ。」
その精神は神のそれ。神に最も近い人格である少女には、似通うところもあった。
敵意は、アヴェンジャー陣営へ集中する。少女が、マスターに懇願する。
「これはおそらく、もう、無理です。無辜の人々を巻き込むのを戦略とするマスターさんの判断でも、悪あがきにしかなりません。
マスターさんは私のことを完全に理解してくれていますから、『礼記ノ一、大学』である程度渡り合えるかもしれませんが。…時間を稼ぐだけです。人々が殺されていく時間を。お願いします、マスターさん。きっと戦略的に無意味なら、彼らを解放してくれますよね？」
そこに帰ってきた答えは、予想を全てかき消すものだった。
「そうだね。勝ち目がないならやらないよ。でも。奥の手があるんだ。目立つからあまりやりたくなかったんだけど、もう最終盤だしね。
…さあ、みんな。『全員で僕と手を繋いでくれるかな。』うんうん。…『解析変成・造人』。」
そこから始まったのはおぞましい光景だった。人の輪が腕から繋がる。中心へ集まり分解され、一つの肉の塊となっていき、やがて。
そこに現れたのは1人の巨人。無垢なる姿へ、全ての人が融合した。…アヴェンジャーには、理解ができなかった。
「…え？なにが、えっと。みなさんは？」
「これだよ？肉体を全て分解して融合した。全ての意識は一応残してある。それでも、君の『修身の下、御稜威の道を歩め』のおかげで忠実に動くことは可能だ。
これで2対2。"俺"も"私"も一般市民を傷つける心配は無くなった。フェアな闘い、と言うやつだね。」
彼はどこまでも価値観が違っていた。しかもあくまでそれは、その思考が神に相応しいかを試すための手段に過ぎなかった。
「ああ、私の、せいなんですよね。マスターさんは、私のできることをさせただけですもんね。この罪深い存在を存分に活かしてくれて、ありがとうございま…ひぃっ。ぅぐ。あぁぁああぁぁああああ！！」
アヴェンジャーは、壊れた。そのまま目の前のバーサーカーへ向けて臨戦体制を取る。
「…あなたは最後まで高潔だった。騎士として、最高の騎士の力を借りて立ち向かうわ。マスター、宝具を使うわね。全ては我が理想の騎士たる親友へと！我が身を包め銀よ！『友と成れ、銀の我身』！！」
バーサーカーの体が銀に包まれる。彼にとっての理想の騎士、ディルムッド・オディナの形を取る。
「さてと。それならあの可哀想な人々に救いをもたらすのが、私たちの仕事にゃね。夢の世界で本当の救いを与えられたら、よかったんだけどにゃ。『遥か外の幻夢郷』。展開にゃ！」
周囲の空間が塗り替えられる。立体的で空想的な夢の古代都市。フォーリナーの固有結界。
戦場は、整った。
「なるほど、僕らが不利そうではあるかな？とはいえ連携の取りやすさに分がある。アヴェンジャー、頼んだよ。」
「…私たちは、えへへ。まだ闘わなきゃ行けないんですね…。アヴェンジャー、修身。マスターさんを、それでも裏切れません。何もかもがわからなくなっても。」
アヴェンジャー陣営、準備完了。
「俺には騎士道はわからんが。狂人なりの信念というものはわかるつもりだ。お前でよかったよ、バーサーカー。」
「そうね。騎士道は騎士に適応されるべき信念。それがわからないのも騎士でないなら無理はないと思っていたけど。良いマスターと出会えました。バーサーカー、オスカル。崇高なる親友を追い求める罪深き騎士。参ります。」
バーサーカー陣営、準備完了。
「私の目的は、この争いを止めることでした。極めて個人的な争いに他者を巻き込むなど理解できなかった。
…それは果たせませんでしたが、それでも。善を成して、みせたいのです。お願いします、フォーリナー。」
「まあ私も、善い存在になりたいってマスターの目的には思うところがあるにゃー。"触れてしまった"から多少格は落ちたけど神にゃし。
つまりどういうことかというと！善なる存在を目指すのは絶対間違ってないにゃ！フォーリナー、バステト！いくにゃ！」
フォーリナー陣営、準備完了。
ここより始まるは、一つの可能性。その先には聖杯と、選ばれしものが神になる道が繋がっている。
結末は如何に。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夢幻のような古代都市。フォーリナーの結界内ではそこに多数存在する猫を殺すことは許されない。必然的に、バーサーカーは高火力広範囲の宝具を切れず、アヴェンジャーはそれと互角に渡り合えていた。
「即席の同盟。やはり、完全には噛み合いませんね、オスカルさん。」
バーサーカーの振り回す二つの槍。アヴェンジャーはそれを掌で無理矢理受け止める。肉が抉れ、血が噴き出す。
「『偽・黄薔薇』。あなたの傷は癒えないわ。騎士として、あなたとは正々堂々闘う。あなたは立派な騎士道を持っているから。」
受け止めた掌から全身に伝わる、刺し貫く痛みに顔を歪めながら。アヴェンジャーは銀に身を纏ったバーサーカーを振り回し、地面に何度も叩きつける。
「私のこれは、確かに立派な"道"ではあるんでしょうね。でも、えへへ。見えますよね、あのかわいそうな巨人を。あれを生み出してしまったのは私の能力です。マスターはそれを最大限引き出しただけ。
私は！騎士どころか英霊でありすらしない！己を呪うもの、存在しないほうがよかったもの！…生まれた意味すら果たせなかった。今回も、です。」
やがてバーサーカーが槍を手から放し立ち上がる。銀によって親友の姿を鎧のように纏っていた彼だが。その姿はわずかにひび割れ、瞳が見えていた。そこから語りかける。強く否定する。
「いいえ。今のあなたは騎士道を果たせている。あれだけのことをされても、マスターに忠義を尽くしている。無念に終わった英霊など、数知れない。私も、誰も救えなかった。
でも、だからこそ。今この聖杯戦争という一瞬であっても。理想を追い求めることはできる。あなたが道を違えなければ。何かを間違えても、追い続けられる。」
（道さえ違えなければ、か。俺たちの追う道は正しいのか？三人のうち誰かは、答えに辿り着けるのか？）
その言葉に少し。少し考えてしまったのは、他ならぬバーサーカーのマスター、短髪の少年だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「彼が常に持ち運んでいる書物。おそらくあれが、アヴェンジャーの本体。私たちが彼女をこの地獄から救えるとしたら、それを狙い消滅させるだけ。
…ままならないものですね、人を救うというのは。あの巨人はきっと、もう救えない。フォーリナー、どうすれば、善いのでしょう。」
無垢なる巨人は守るべき主、アヴェンジャーのマスターたる長髪の少年の前に立ち、動かない。あくまでも防御態勢。そしてマスターが生き続ける限り、アヴェンジャーは何度でもその実体を蘇らせる。理想を語ることは、全てを救うことは。もう、できない。
フォーリナーは優しくマスターに語りかける。
「マスター、この町は夢の国にゃ。夢をなんでも叶えられるという意味ではないけどにゃー。でももしかしたら、ここで終われるなら。
それは夢から覚めるような、優しい終わりにできるかもしれないにゃ。…いや、マスターの望みなら！してみせるにゃ！」
言って、フォーリナーはバネのように跳躍する。外宇宙の猫とされるものに触れ、それすらも愛し取り込んだ猫神バステト。"外"と接触した降臨者たることで、その慈愛はさらに広がっていた。
神速を以ってアヴェンジャーに救いを。当然狙いはそれ一択。だがしかし。それは当然、阻まれる。
「人の子よ、僕から君に助けを乞おう。そういえばかの国の君主は、現人神を標榜していたそうだね。神を目指す僕らと、似通うところがあるのかもね？」
巨人はフォーリナーの行動範囲をその巨躯で狭め、塞ぐ。主を守ることこそ正義だと、"教えられた"から。その口は、呼吸以外の用途を持たない哀れなもの。言葉は紡げない。
即席にして仮初の生命体。彼は文字通り道具として作り上げられた。精神も数多の人々のそれが混濁し、まともな意識などない。それでも。瞳に宿る主への忠誠は、本物だった。
「痛いかもしれないけど、ごめんにゃ！」
フォーリナーは鋭い爪と強靭な膂力で巨人の肉を引き裂く。巨大な肉にかすり傷をつけられた。しかし、巨人は怯まずフォーリナーにその拳を叩きつける。見かけによらず俊敏な動き。とはいえフォーリナーは超人的な身のこなしでなんなく避ける。町が、ひび割れる。
「当たる心配はなさそうだけど、当たったらまずそうにゃ。それにこちらの攻撃も効いてないにゃ。
泥試合になればまずいのは、魔力消費の激しいバーサーカーがガス欠を起こす危険性。
うーむ、ひたすら守りに徹してる感じなのにゃ…。」
「…フォーリナー。」
フォーリナーのマスター、銀髪の少女が決意した。
「私が直接、マスター同士で決着をつけます。能力は全く互角ですが。…あなたの宝具を把握しているこちらに、わずかに分があるはず。
巨人の、罪なき人々の相手を、お願いします。」
「マスターを信頼するのも、サーヴァントの努めにゃ。了解したにゃ。でも、無理はしないでにゃ？二手に分かれていくにゃ！道は…造る！にゃ！」
フォーリナーの意思に反応して、固有結界はその形を変えていく。二つの道が長髪の少年に向かって造り上げられる。
「なるほど。有利な地形を作る結界。そして沢山いる猫にも、何らかのギミックがあるのだろうね？まあ、触れないよう戦おうか。
人の子よ、全力でフォーリナーを止めてくれ。マスター同士の闘いこそ、僕らが望むべきところだ。」
アヴェンジャー陣営の戦略は一つ。サーヴァントの攻撃を全力で防衛し、魔力枯渇か分断によるマスター同士の決戦を誘うこと。互角の者同士の闘いこそが、神たる器を見分けられると信じているから。
「いきます、あなたを止めるため。」
「来なよ。僕を止められるなら、"私"が正しい。」
互いに覚悟は固まった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
決着は、火を見るよりも明らか。それでもその決着は、いまだ遠かった。
「バーサーカー、俺はまだいける。回路は人のそれじゃないからな。…だが。お前はアヴェンジャーを倒し続けられるか？」
アヴェンジャーの火力は乏しい。相手の攻撃を肌で受け止め、そこから攻撃に転じるしかない。彼女に特筆すべき能力があるとすれば、その耐久力と、なにより。絶対に斃れないという、強い意志。覚悟。狂気とさえ言えるほどの、献身。
「…マスター、さん。え、えへへ。…ちょっと、お取り込み中、みたい、です、ね。」
血を吐きながら、傷を押さえながら。彼女は声をかけるが、返事はない。
彼女のマスターは交戦中だった。本体である書物のページを少しでもめくれば、少女の身体は無傷に戻る。マスターに完全に理解された彼女なら、それくらいのことは可能だった。しかし、届かない。
「あなたの騎士としての、サーヴァントとしての忠義。我が親友にも近しい。何があっても、決して主を恨まない。…私には、不可能だった。
でも。本当にそれは泥試合を生み出すための時間稼ぎにしかならない。…いえ、こんなこと、わかっているのでしょうね。
マスター。私は彼女と死力を尽くして闘いたい。構わないかしら。」
「俺の指示なんて、今まで聞く気もなかったくせに。まあいい。そのかわり、だ。タイミングが大事だが。」
一つの提案がなされた。
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「なるほど、なるほど。この空間では近代兵器の類は使えないわけか。その一瞬で片腕を持っていかれるとは。でも。肝心の本は狙えなかったね。片腕がない程度なら。『解析変成・造人』。」
長髪の少年と銀髪の少女。激闘が繰り広げられていた。
『遥か外の幻夢郷』の効果により、近代兵器は全て中世以前のそれに置換される。初手でガトリング砲を生成してしまった少年は、単なる炭素鋼の投擲を防ぐことができなかった。
しかし。その程度では怯まない。彼の『解析変成』は、有機物を生み出すことすら可能となっていた。すぐさま人の腕を傷口から生やす。
「人の、身体。」
銀髪の少女は少し狼狽える。
「耐久性には問題があるから、後でちゃんとしたものに組み替えたいけどね。それにどうせ、完全な人にはなれないよ。…"私"はそれを望んでいたんだっけ？神になるべき目的も忘れて。」
少女は、答える。
「私は、何かになりたかった。人でも神でも、何でもよかった。人でなしの身体を、捨てたかった。」
彼には、理解できない。
「神と人が同列どころか、何でもいいとは。いや、面白い。興味深いね。神たるべきとして作られたのに、それを違える。
まあ、そこを確かめるのが、今回の目的だ。三人格を三等分して、聖杯戦争という形で殺し合う。最後に勝ち残れば願いを叶えられる。
神になることだって可能かもしれない。理想の方法だ。主催を乗っ取るのは、楽ではなかったけどね。」
そして再び戦闘が始まる。彼の腕に握られた本を潰さなければ、勝機はない。
「『解析変成・造人』。人格を持つ生きた武器。こんな芸当が可能なのは、僅かな差かもね。"私"にも"私"なりのそれがあるのだろうけど。」
少年が取り出したのは、意志を持つ無数の剣。互いの身体が心臓部か頭部を破壊すれば止まることは分かっている。
「『解析変成・造神』。私に作れるのは、魔術礼装が混じったもの。魔術師たれないかと、必死にもがいた一つの結果です。」
少女が取り出したのは、魔力の籠められた巨大な鎚。
言葉もなく、激突する。
襲う。襲う。意志を持つ剣たちが、蜂の様に急所を刺そうと襲いくる。
潰す。潰す。魔力の籠められたそれは、自由自在に鎚の部分が増大する。懐に忍び込まれても問題なかった。
「魔力放出。この悲劇は、私が終わらせます。」
魔力放出による速度増加。一撃で、決める。この距離で逃げられるはずがなかった。
倒れ込む巨人がいなければ。
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フォーリナーは圧倒的優位に戦闘を進めていた。攻撃は当て放題で避け放題。何度やっても倒れる気配がないことを除けば。
だから、何も問題はないと思っていた。その時までは。
主に危険が迫った途端、巨人は戦闘を放棄した。主の目の前に倒れこみ。肉の壁へと変化した。
「これはまずい、にゃ。」
最初からフォーリナーは相手にされていなかった。無垢なる巨人の目的は、ただ崇高なる主を守ること。すぐさま巨人は主に覆い被さり、完全な防御態勢を築き上げた。
もうすでに巨人は傷だらけ。肉は裂け骨は見えている。しかし、だからこそ。
「…私には、無理、です。すみません。フォーリナー。」
銀髪の少女はその姿を見て、攻撃の手を止めてしまった。戦意喪失。彼女は、あまりにも優しすぎた。その隙を狙うかのように、剣の群れが少女に襲いくる。
「やらせない、にゃ！マスターは決して悪くなんかないにゃ！私が猫を殺せないように、人は人を殺せない！当たり前のことにゃ！」
フォーリナーが、立ち向かう。
「私は、ひと、では、」
「そんなわけないにゃ！そんだけ優しくて、善良で！人の心がないなんて、言わせないにゃ！」
フォーリナー、バステトは人を裁き愛す神。その人を視る眼に間違いなどない。
「ありがとう、人の子よ。これでアヴェンジャーをまた読み進められる。『投影実体』、再度現れてくれるかい？」
少年は無感情に礼を言い、ページを捲る。すると、アヴェンジャーの姿が傷のないものへと更新されてゆくのが見えた。
「ありがとうございます、マスターさん。何度でも立ち上がります。絶対に護ります。たとえ、マスターさんがどんな人でも。私までそうなるわけには、いかない、できないんです。」
アヴェンジャーの意志は揺るがない。理想の道徳を体現することこそ、彼女の唯一の願いであり、復讐だから。
「『友と成れ、銀の我身』。…解除。」
バーサーカーは宝具を解除する。これ以上は、保たない。マスターが動けるだけの力を残してやらねばならない。
そう、マスターを動かす。それが、バーサーカー達の狙い。
「ーーーーーーーー令呪を以って命ずる。」
バーサーカーのマスター、短髪の少年が令呪を使う。
「今度はこちらの番だ。バーサーカー、全力でアヴェンジャーを足止めしろ！」
叫び、駆け出す。方向は、巨人の守る中心。
「なるほど、ならこちらも。令呪を以って命ずる。アヴェンジャー、こちらへ飛んできて。」
アヴェンジャーが巨人の壁の中に瞬間移動する。狙われているのはアヴェンジャーのマスター。それを守るためにさらに防御を固めた。
「重ねて最後の令呪を使おう。アヴェンジャー、彼を破壊してくれるかな。魔力供給でボロボロだ。きっと楽に相手できるだろうけど、一応ね。」
「わかりました、マスターさん。最後まで、やるしか。私には、それしか。」
…だが。そう全てが目論見通りに行くわけではない。
彼女の戦意は潰えども。決意は、潰えていない。
「フォーリナー。令呪を以って命じます。全力での跳躍を。遥か空より、最適な地形の展開を！お願いします！」
銀髪の少女の決意。争いを止めたい。苦しむ人々を助けたい。だから、自身の同一存在といえど。斃さなければならない存在は、斃す。
「了解にゃマスター！大ジャンプ！にゃ！『遥か外の幻夢郷』！勝利への道を作り出すにゃ！」
建築物が次々と生える。無理矢理巨人は押し上げられ、内部への入り口が出来上がる。アヴェンジャーとマスターは分断される。そして、バーサーカーのマスターのための道が作り出される。
「だめです…！マスターさんを、殺さないで！！」
アヴェンジャーは祈るように叫び、壁を破壊しようとするも。
「アヴェンジャー。私はあなたを足止めしなきゃいけないの。騎士として、全力で。あなたを救うためにも、ね。」
バーサーカーが、それを止める。それは、十分すぎるほど時間を稼げた。
「…剣よ。」
長髪の少年が再び剣を生み出す。今度は、こたら向かってくる短髪の少年へとそれを飛ばす。だが。
「もちろんわかってるだろうが。俺たち全員が『解析変成』を使える。そして。俺がそれは作ったんだ。単純な性能特化じゃお前には負けない。『解析変成・造機』！近代兵器が使えないなら、どこにもないものを作り出せばいいんだよ！現れろ！」
一瞬で、少年は無骨な武装を身に纏う。身体を包む外骨格。未知の兵器。
剣は折られる、潰される、粉々になる。
外骨格を切り裂きながらも、その内側まで攻撃が通らない。
「…なあ。お前は本当に、何もわからないのか？」
短髪の少年は、かつての友に問う。
「お前だって、人間の人格をベースに組み込めばよかったじゃないか。人の心さえあれば、主観を持てば、理解できたはずじゃないか。」
迫ってくる。この返答次第で、何かが変わることはないだろうけど。
「役割というものがあるからね。他の人格にできないことを試せなければいけない。僕にできないことが他の人格によってなされなければいけない。
完全な正解はないんだよ。だから欠落させて、尖らせて。たった一つの冴えたやり方を見つけなくちゃいけないんだ。」
全ては神になるため。どこまでも、それだけ。それだけを違えない存在も必要だから。彼は、彼のままでいる。他の選択肢があるなら、自分は犠牲になってもいいと。暗に信じているから。
ぐしゃり。長髪の少年の胸部が粉砕される。
ざっくり。同時に、短髪の少年にも剣が深々と突き刺さる。
闘いは、決着を迎えた。
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「マスターさん、マスターさん…！」
消えゆきながらも、自身を利用し続けたマスターの身を尚も案じる少女。
「私のマスターも、守れなかった。おあいこ、ね。…あなたは、どんな悪人が主君となっても、その身を捧げられる覚悟はあるの？」
同じように、消えゆく少年。そっと、敵対していた少女に寄り添う。
「…それは、わかりません。怖くて、うずくまってしまうかもしれないです。…でも。
マスターさんは、私のことを読んで、理解してくれた。それは確かなんです。だから信じました。結局良い結果なのかも、わからないですけど。
…えへへ。敵対してたのに、私を認めてくれて。最後だけでも、かわいい女の子と。少しだけでも、仲良く。友達って、いいものなのは見てきました。知っていました。でも、それを実感できるなんて…。」
「ああ、私男よ。こんな最期に言うことでもないけど。」
「えっ。」
アヴェンジャーの顔がぽっと赤くなる。なんだ。この人はこんなに美人さんなのに。
「ともかく。そろそろ終わりね。あなたの騎士としての仁義。素晴らしかったわ。」
「ぇっ、ぁの、ぁりがとぅござぃます…。」
急に今までの褒め言葉を意識してしまう。概念でしかなかった自分が何を考えているんだ。でも。少し、しあわせだな。
そう思いながら、図らずとも心を奪いながら、2人は消滅した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「これが、聖杯。」
莫大な魔力を込められた、七色に煌めく鉱石の塊。そんな不思議な物体が、今回の聖杯だった。
「マスター、これはあなたのものにゃ。神になる？には足りるかわからないけど、なんなら私が自害してーーーーーーーーー」
そんな必要はない。願いは決まっている。まだ救えるものがあるのだから。
「なるほどにゃ。マスターはやっぱり善い人にゃ。さて、じゃあこれでおわかれにゃー。すこし、いやだいぶ気に入ったから。また縁があるかもしれないのにゃ。にゃふふ。」
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目を覚ました。何故か道端で寝ている。この街中がそうだった。謎の事件としか言えなかった。少し街が破壊され、近頃やってきた怪しげな魔術師と噂されていた人物らが行方をくらました以外に被害はなかった。
そう聞いて、ひとまず安心して、ぼーっとしていると。場違いなメイド服の女が話しかけてきた。
「大丈夫ですか？よろしければ、この街の人々が無事かどうか、伺いたいのですが。」
「ああ、なんだか知らんが、この街の住民が皆一緒に路上で寝てたみたいでな。なんだか夢遊病の集団感染でもあるのかね？さっぱり原因はわからんが、人的被害はないらしい。」
それを聞いた女の表情は変わらなかったが、少し嬉しそうに返した。
「ありがとうございます。よかった。きっと、全て解決しています。」
何か知っているのか、聞こうとしたが。あっという間に去っていってしまった。
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「結果としては、私たちに大きな欠落が発生しただけ。自分で起こした被害を自分で修復する。きっと、合理からは程遠いのでしょうね？」
誰か、今は消えてしまった者達に問いかける。
「でも、これが私が選ばれた、ということなら。頑張らないと。答えを見つけないと。
一つありえるとしたら。私が万能の願望器に願ったことこそ、答えかもしれませんね。」
悠久を放浪する賢者、マギ。人々に智慧を授け、救いをもたらす、未来に語られる伝説の存在。
いま、伝説が始まる。
補遺
三賢者の記録
「私の担当は魔術。そもそもこの現実味のない話を現実にしようと彼らに話したのは私だった。
私は神秘のすべてを知る限り打ち明けた。それは禁忌だとしても、この計画が成就すればもはや関係ない。」
「私の担当は科学。彼は魔術について語るとき、もう時代から取り残されている、と語ったが、
私からすればそれは新たな発見の連続だった。彼の話と私の知識。それを総て複合させ、この計画は作り上げられた。」
「私の担当は医術。彼らと違って特別な知識を提供することはできなかったが、計画を実行に移すのは君の類稀なる技術が必要なのだ、
と言われた時はうれしかった。専門外の知識を叩き込み、全く新しい手術をするのは確かに苦労した。しかし成し遂げた。」
「私たちが作り上げたのは、自動人形であり、ロボットであり、人造人間だった。内部を見れば誰もが邪道というかもしれない。
しかしそれは完璧な存在だった。私たちはそれを"マギ"と名付け、起動した。彼は全く問題なく動き始め、従順で、機能のすべては正常だった。
あとは私たちの技術の結晶、『
それが成せれば。私たちの目的はついに成就する。"地球を、宇宙を有史以前からコントロールする人造神"の誕生。世界の『前提』となる存在。
科学と魔術と医術。叡智と叡智と叡智。それが集まれば、未来も、過去も、宇宙の法則さえも。意のままに。
今の世界と宇宙と歴史は全てなかったことになるが、そんなもの、新たな世界に比べれば蟻のようなものに過ぎない犠牲だ。」
「マギが脱走した。ありえないはずだ。彼は完璧に従順だった。そもそも彼自身が『
GPSも効かない。彼は厄介なことに見た目はただの少年だ。目立つ見た目ではない。私たちだけで見つけるしかない。直ちに。」
―――――――――彼らが想定していなかったのは。マギが『
彼が自身の記憶と姿を完全に改変し、"彼女"として生まれ変わっていたこと。新しき世界の神となることなど、望まないように"変わった"こと。
ああ、願わくば。マギという存在が開花せず、幸せに、とりとめもなく、最期まで。
裏設定みたいなもので『ほぼ』見つかる可能性はないので『多分』大丈夫です。
マギが自発的に開花する場合？親愛なる教室の仲間がガチで死にそうにでもなって、そのうえで本人が覚醒イベント(人の心を持つとか)を踏んでなければ大丈夫でしょう。
以下雑多に詳細
結局どういう存在:三人の専門家がオートマタとロボットと遺伝子レベルから作り上げた生体パーツとあとは人工魔術回路とか色々をがっちゃんこして作ったキメラ
一言で言うなら怪奇！ロボ人間（ロボ成分多め）
作られた目的は上記の通り新世界の神になること
性別:心は無性、とりあえず女性の格好なので気取りしてるけど、男性ベースで造られたのでどっちでもいけるやろ…カップリングもいけるやろ…
なんで触られたくないの？:一応人工皮膚でコーティングしてあるけど、触られたら一発でバレると思ってるから、体重、はだかはメカメカしいのでさらに拒否
バレたのがマギにバレると好感度稼いでないと殺し合い
記憶喪失ってどれくらい？:名前、ひとでなしなこと、時計塔に行かないといけないことだけ記憶にあり、目が覚めたときにはアルビオン
つまり:カップリング性別自由、正体隠してるけど好感度稼ぐか本人隠してるし言わんといたろ…したらセーフ
主要な本人しか持ってない情報はロボ人間なことだけ、機能はもっと覚醒イベントあればアプデできるけど本人が把握してるのは現状書いてる分だけ
えっちなとこ
元男今女だけどつまりあれはどうなってるのよあれは！
1.おぺにす…がついたままパターン
2.おばぎな…に組み替えたパターン
3.SEX:必要なしと開発者3人が考えていたのでつるつるのなんもついてないパターン
のパターンを考えたけど「」ギは肝心の局部が出るシーン書ける自信がないからえちち書く時に書く人が決めてもいいよ…
(追記)祝メカバレに伴い3.のつるつるにしました
真に最初に目覚めた者と、そこからの真実。
【三つに連なる真名】マギ=トリニティ=ラルヴァンダード
【役割】権限
【性別】分けるなら、無性
【属性】中立・中庸
【一人称】僕
【基本情報】マギの本当の最初の人格であり、後述の二人格を構築した。
マギの中で常に他の人格を制御しており、どの人格が表層に出ているか、どこまで力を使えるか、も彼の『権限』で決められている。
現在は"ホルミスムス"を表層に出して、静観を決め込んでいるが、彼女が暴走の兆候を見せた場合、時には彼女の思考を誘導し、あるいは一部をコントロールすることで落着へ導く。今のところは。
【簡単に】マギの内蔵ストッパーで、実は彼が仕事する気がある限りマギが暴走してもギリギリなんとかなる。
【三神一体の真名】マギ=トリムルティ=ホルムスミス
【役割】権能
【性別】分けるなら、女性
【属性】秩序・善
【一人称】私
【基本情報】"ラルヴァンダード"によって作られた人格。もし神になるのなら、ふさわしい性格の持ち主がいるはず。その目的で作られた。
後述の"グシュナサフ"がある程度『解析変成』を開発した時点で"ラルヴァンダード"によって主人格を交代させられ、目覚める。
"ラルヴァンダード"の目的は、真っ当な感性の持ち主がこの計画を無知識の状態で知った場合、どう反応するのかを確かめるため。
結果的に、"ホルムスミス"は暴走。他人格とのコネクトもそれまで得た記憶も全て切り捨てて、自らを時計塔の地下に乱入させたあたりで暴走を停止。
以降は前述したとおりである。
現在の主人格であり、将来的にも主人格となる予定である。
【簡単に】今のマギです。これ以外の人格は出てこない/出てこれないので、多重人格キャラ被ったことはないはず…。
【三倍に偉大なる真名】マギ=トリスメギストス=グシュナサフ
【役割】能力
【性別】分けるなら、男性
【属性】混沌・悪
【一人称】俺
【基本情報】"ラルヴァンダード"によって作られた人格。とりあえず彼らに賛同し、自発的に自らを発達させる人格が必要、という目的で作られた。
当初彼は自分以外の人格がいて、しかもそいつらの踏み台にされるとは全く思っていなかったので、他人格については憎々しく思っている。
"ホルムスミス"と入れ替えられた後は、"ラルヴァンダード"のせいで表に出てくることもできず、マギの中で暇つぶしのように『解析変成』を含めた能力を進化させ続けている。
しかしその能力も"ラルヴァンダード"の許可なくしてはマギ本体に適用できず、やっぱり歯痒い思いをしている。
【簡単に】マギの前の人格です。消えたのは可哀想なので生きてることになりましたが、今のところ出てくることはできません。ありません。可哀想。
nevadakagemiya
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