ImgCell-Automaton。 ここはimgにおけるいわゆる「僕鯖wiki」です。 オランダ&ネバダの座と並行して数多の泥鯖を、そして泥鱒をも記録し続けます。






世界が再編され、サーヴァントという超常の存在が当たり前になって、世界は変わった。
だがそれでもこの世界に戦乱は巻き起こる。かつての世界の遺産、フリーメイソンによる世界への宣戦布告。
首領代理たるカール・エルンスト・クラフトと、メイソンの懐刀Dr.ノン・ボーン。彼らは英霊蔓延るこの新時代に叛逆を宣言した。
1000を超える英霊と魔術師達を相手取ったその新時代への闘争は、文字通りに熾烈を極めた。

驚嘆するべきは、メイソンに残ったその2者の力であろう。
たった2人────正確にはカール・クラフトの召喚したディエティのサーヴァント1名含む3人だけで、彼らは大軍勢を相手取った。
日本にて創り出された試作兵器、陸上戦艦セプテントリオンまで用いた軍勢を相手取って尚、Dr.ノン・ボーンはその全霊を以てして魔術師と英霊を殺し続けた。
通常、英霊を相手取れる人間などほぼいない。だがDr.ノン・ボーンは、メイソンが数百年蓄え続けたリソースを用いて広大なる陣地を形成。
荒れ狂わんばかりの魔力の奔流を、そのうちに燃え盛る英霊への憎悪という名の漆黒の焔を燃やし、ただ殺戮をし続けた。

だが、どれだけ激しい憎悪にも限界がある。どれだけ夥しき魔力にも、限度はある。
そして同時に、それが実像ある存在である限り、破壊できる方法はある。ゆえに、英霊を憎悪した"人でなし"は英霊と人間の共同戦線の前に敗れ去った。


Dr.ノン・ボーンは、死んだ。


フリーメイソンという組織に立ち続けた、独りぼっちの怪物は、その永き生を閉じた。


『ノン・ボーンが死んだああああああああああああああああああ!!!』
『メイソン最大の砦が陥落したあああああ!!!』


戦場にに生き残っていた人々が、口々に叫んで狂喜乱舞した。
彼らは言うならば、メイソンという巨大なる魔術結社に屈していた人々である。
言い換えるならDr.ノン・ボーンをはじめとする、フリーメイソンの"闇"によって虐げられ続けてきた者たちであった。

元々メイソンとは友愛結社と名目の元に発足し、"互いに助け合う"という建前により魔術、化学、他様々な技術が寄り合う場となっていた。
だがしかしそれはあくまで表向きの理由。真実はこの地上に顕現した堕天使が、人類から被造世界の奪還を行うため前線基地、新世界秩序構築のための組織であった。
下部の所属者たち、いや中間に位置する各ロッジの統率者ですら真実を知る者は稀であっただろう。この真実を知る者は、イギリスに位置するグランドロッジのメンバーに限られていた。

必然的にそういった、触れざる"闇"を孕む都合上、メイソンに対して憎悪を抱くもの、反逆する者はいつの時代も存在し続けた。
非合法な取引。非人道的な実験。様々なメイソンの闇を世間に対して公表しようとする者もいた。だがそういった者たちは全て闇に葬られてきた。
その闇へと葬り去る死神の代表こそが、Dr.ノン・ボーンをはじめとするフリーメイソンの"掃除屋"であった。
言い換えれば、Dr.ノン・ボーンという男は────メイソンの"闇"の象徴ともいえる男であった。


それが今、英霊と人間の前に敗れ去った。


幾万幾億と弓矢が降り注ぐ。その1つ1つが、メイソンの死神の巨躯を砕いてゆく。
木っ端にも満たぬ破片へと崩れてゆくノン・ボーンを前にして、戦場に立っていた彼らは手を取り悦んだ。
メイソンの牙城は崩れ去った。メイソンの闇よりの支配は終わりを告げたと。彼らは涙を流しながら喜んだ。
もはやこの地上に、本当に自分たちを苦しめた暗黒の組織は存在しないのだと────────。


だが


『嗚呼、素晴らしい。私が最初に見出した人類の自滅因子が一を、その手で滅ぼすとは』


彼らは、気付かなかった。


いや、"気付きたくなかった"。


『だが希望を与えられ、それを奪われる────。その刹那こそ、人は最も大きい死の恐怖を抱いてくれる』


眼を背けていた。耳を塞いでいた。触れたくなかった。知りたくなかった。
────終わったはずの、"それ"を。世界が変わり、ようやく消えたと思っていた"それ"の恐怖を。
これで終わりなんだ。もう怯えなくていいんだと感じたばかりの"それ"を。


彼らは、その全霊を以てして、思い出すことになる。


「あ……ああ……!! 来る……来る!!」
            「畜生何で……! なんでこんな時に発作が!!」
    「嫌だ! いやだ!! 炎が!! 炎がああああああ!」
 「馬鹿野郎炎なんざ何処にも……あ、ああ!! ば、化け物だ!! 化け物が」
   「なんで! お前はあの時置いていったはずだろうが!!」    「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
      「どうして……どうしてこうなっちまったんだ……! もう…怯えなくていいと思ったのに!!」

しにたくない


誰かが力無く、そう叫んだ気がした。


だがその悲痛なる声は、絶命と共に虚空へと溶けていった。


『そうだ。私を満たしてくれ。君たちの無為を以てして、我が飢えは満たされる』

『君たちに永遠は似合わない。ただその来たる終わりを、膝を抱えて震えて待つのがお似合いだ』





「終わった……んですかい?」

混乱が戦場を侵食する中、まだ混乱が届いていない戦場の中心地に、1つの疑問符が舞った。
セプテントリオンの甲板。Dr.ノン・ボーンとのし烈なる戦闘が繰り広げられた地にて、1人のくたびれた背広の男が恐れ恐れ呟く。
目の前で今、巌の如き巨漢の英霊が放った弓矢の雨霰によって、山ほどの巨躯を持つ1人の災害が葬られた。
あまりにも規模が大きく、あまりにも理解しきれないその戦いを前に、本当に安堵していいのは男は心配でならなかった。

「いいえ、まだ終わりじゃない」

その背広の男、東山西海に対して凛と否定の言葉が響いた。
巌の如きアーチャーを連れた、一見は少女のような魔術師。エメリアは崩れ去ったノン・ボーンの残骸に憐れむような視線を送る。
だが感傷に浸る時間はないとばかりにその視線を翻し、戦場全体に対して注意の糸を張り詰めさせた。

「な……あんだけやったのに奴さんまだ生きているって言うんですかいエメリアさん?」
「違う、そうじゃな────────ッ!! オデュッセウス! 今すぐ皆を此処に戻して!!」
「ほう……こいつぁまた、悪趣味な奴が近づいてくるじゃねぇか。ドゥルヨーダナの馬鹿よりもよほど性根の腐った大馬鹿野郎が」

巌の如きアーチャーを連れた、一見は少女のような魔術師。エメリアと呼ばれた少女が艦橋に立つ1人の英霊に指示を出した。
その声色は焦りと動揺が見え隠れし、名を呼ばれたオデュッセウスと東山西海、そして彼女のアーチャーに緊張を走らせた。

「何この魔力……ヤバい気がする…ライダー!」
「おっけー! 可愛い子の頼みならすぐに聞いてあげよう!」
「ライダーお願いだから真面目に。これ結構ヤバいの来てると思う」
「わかってるよ刹那ちゃん」

緊張を和らげるためか、あるいは生来の癖か、おどけた口調でオデュッセウスは宝具を発動する。
彼女のマスターである刹那は2度の宝具の連続使用に眩暈を覚えるが、それ以上の悍ましい存在の近づく気配を肌で感じていた。
宝具の発動が終わると同時に、戦場の四方八方へと散っていたサーヴァントとマスターたちがセプテントリオンの甲板へと集合した。

「ッ、此処は……?」
「あれ? セプテントリオン……? なんで?」
「エメリアさん! ……ノン・ボーンは…どうなりましたか!?」
「ええ。貴方たちのおかげで倒せたわ。…………けれど」
「────ッ! おいなんだこの魔力!? ちょっと待って、どんどん近付────!!」
『おやおや、私の歌劇を大勢で待ち構えてくれるとは恐悦至極の限り…………』

突然の宝具による瞬間移動に魔術師達が困惑する中、空に声が響いた。
甲板に集いし英霊と魔術師達が空を見上げる。するとそこには、彼らがノン・ボーンと決戦する以前に出会った存在が浮遊していた。
気味の悪い悍ましい笑みを浮かべながら、"それ"はこちらを見下している。名を────

「……"死の恐怖"……!!」
「後はテメェ1人って訳か。さっさと降りて来いよ。それとも降参するか?」
「まぁそう焦る必要はない。歌劇とは緩急が何よりも肝要だ。今は一息の安らかなる刹那と思うがいい。
 英霊の力を借りたとはいえ、あのノン・ボーンを滅ぼす力に、まずは惜しみない称賛を与えよう」

緩やかに手を叩き、称賛の喝采を響かせながら"死の恐怖"は甲板へと降り立つ。
表面上は穏やかな仕草と表情であっても、その全身から放たれる魔力は魔術師のみならず英霊らにすらも戦慄を抱かせた。
一瞬の油断すらも許されない緊張がセプテントリオンの甲板に走る中、"死の恐怖"はまるで指揮者のようにその両手を掲げて振るった。
攻撃を予期しマスターたちの前に立つ英霊達であったが、彼ら魔術師達に対しては一切の攻撃は行われなかった。

「おやおや、剣呑な雰囲気だ。私は君たちを称賛するといった。無碍な攻撃などしないよ」
「なら何故俺たちの前にそうやって姿を現す? よもや降参を告げに来たわけではあるまい」
「おおビーシュマよ。死する時を己で選べる恐るべき誓いを果たしたものよ。その問いに答えよう」

大袈裟な身振り手振りと共に、まるで道化のように言葉を連ねる"死の恐怖"。
苛立ちすら覚えさせるかのようなその身振りを以てして、"死の恐怖"は戦場全体にその魔力を往き渡らせた。


その口端が吊り上がった。

同時に戦場から悲鳴が響いた。

右から、左から、ありとあらゆる方向から、死へと恐怖する悲鳴が響き渡ってゆく。


「なんだ……!? 何が……!」
「オイ見ろ……また……"アレ"が始まったようだぜ」
「? 何を言────……ッ!!」


エメリアが甲板から戦場を見下ろした。
その先に拡がる余りにも悍ましい光景に、多くの戦場を見てきたエメリアも口を覆った。


彼女の視線の先には、文字通りの地獄が拡がっていた。


ありとあらゆる"死"の形が戦場を覆い尽くし、その死への恐怖と苦しみで泣き叫ぶ魔術師と英霊らの地獄絵図だけが其処にあった。


泣き叫ぶ男が全身を火に焼かれながら逃げ惑い、それに踏み躙られた女がみるみるうちに痩せ衰え死んでいく。
数多の軍勢に擦り潰されるように死んでいく英霊がいたと思えば、その背後で全身が疱瘡で爛れて死に絶える子供の英霊がいた。
彼らは皆もとよりメイソンを滅ぼさんという1つの目的のためだけに集まった烏合の衆であったが、もはや結束など皆無であった。
ただ生きたいと逃げ惑うしか出来ない、無力な人間の群れがそこに広がっていた。


「────悪趣味ね」
「お褒め頂き恐悦至極の限り。エメリア・"フィーネ"・グランツェール」

戦場から目を背けるようにエメリアは"死の恐怖"を睨んだ。
だが"死の恐怖"はそんな彼女を挑発するように笑う。その姿に対し魔術師達は嫌悪を覚える。
まるで人間が苦しんで死んでいく光景こそが自らの存在意義とでも言いたげなその笑みは、厭悪の感情を呼び起こす。
目の前の存在は人間ではない。いや、常識すら通用しない存在であると魔術師と英霊達に感じさせた。

「……んでだよ……?」

そんな中、ただ周囲に拡がっていく地獄を前にして、一人の魔術師が疑問符を口にした。
恐怖ではない。嫌悪でもない。ただ純粋に疑問と、そして────、怒りの感情が込められた問いだった。

「なんで……こんな事出来るんだよ……?」
「……マスター」

彼の名はアクィラ・アッカルド。アクシア聖団という騎士の組織に属する見習いの騎士。
彼はフリーメイソンの保有する聖杯を回収するためにアクシア聖団より派遣された騎士の内の1人である。
だが彼と共に派遣された見習いの騎士たちはもういない。総て、全てが目の前の"死の恐怖"によって死に絶えたからだ。

故にこそ、彼は問う。
目の前で死をばら撒きながらも、ニヤニヤと苛立つ笑みを浮かべる男に対して問いを投げた。
それがどんなに強い存在でも、理解できない悍ましい者でも、彼には問いを叫ぶ怒りがあった。

「こんなに死をばら撒いて……戦争で何人も死なせて……何が目的なんだよ!!!」

我慢ならないとでも言うかのように、アクィラ・アッカルドが声を荒げた。
利益や復讐を求める人間が多いこの戦争の中でも、彼はずば抜けて善性の高い魔術師であった。
目の前の"死の恐怖"によって殺された仲間たちだけではない。今も苦しんで死んでいる大勢の人を思い、彼は怒りと問いを叫んだのだ。

だが、そんな少年騎士の怒りを嘲るように"死の恐怖"は口端を上げ、喉を鳴らしながら笑い言葉を放った。

「何が目的か、か────。
 かつてノン・ボーンにも同じような問いを問われたような気がする。
 そうだな。良いだろう。その恐れなき激情に敬意を表し、答えよう。
 私の目的? 私の目指す先? そんなもの……、簡単だよ」


"死の恐怖"は、微笑みながら言葉を口にした。


「────────人の、無価値の証明だ」


その笑みは、自らすらも含め、この世界全てを嘲るかのような笑みであった。





「────────無価値の……」
「………………証明、…………だと?」
「ええ、その通りだ」

魔術師達はその言葉に対し、理解できないとでも言うかのようにただ反芻するしか出来ずにいた。
困惑の表情を浮かべる魔術師しかいない中ただ1人、"死の恐怖"だけが笑みを浮かべていた。魔術師と英霊達は思考する。目の前の存在は危険であると。
そんな彼らを嘲るかのような口調で、加藤ユキと東山西海が放った疑問に対し答えるように、"死の恐怖"はニタリと笑い言葉をつづけた。

「貴方たち人類に価値はない。それをこの戦争を以て証明する。
 人類に永遠などは似合わない。ただ朽ちて、滅びて、無為へと還ってゆくのがお似合いだ」
「それはそれは、なんとも悲しい(バラード)な考え方だね。いったいどうしてそう判断したというんだい?」
「いや理由なんざ問う必要はねぇ。自分の置かれた状況すらも────理解できていねぇ野郎なんざにはなぁ!」

ダァン!! と耿豪が前に一歩踏み出し、その手に持つ矛を真横一文字に振るった。
バーサーカーである彼からすれば、目の前の存在が得体の知れない者であろうが、周囲に地獄が拡がろうが関係ない。
ただ目の前に立つ強敵を両断できればそれでいいだけであった。故にマスターに危害が及ばない…即ち自分の戦闘が邪魔をされないと分かれば決断は早い。
目の前の敵に迷わずに、そして何よりも早く、攻撃を仕掛けるという判断の速さが其処にはあった。

「ま、そうだよなぁ。後はあのうさんくせぇ野郎1人だろう?
 なら、のこのこ前に出て来たのは失敗だろよなぁ!!」

そう続けて攻撃を放ったのは田村麻呂であった。彼はその手に持つ武具は次々と変え"死の恐怖"へと連撃を繰り出した。
坂上宝剣と謡われる剣、後に童子切と謡われる魔性殺しの安納の剣や、数多の鬼の肉体を切り裂いた日本刀『膝切』、彼は数多の種類の宝剣を有する。
それを絶え間なく持ち替えては攻撃を繰り返す。これは敵がどのような存在でも攻撃を通すという、英霊となった後のセイバー・田村麻呂なりの戦術である。
魔性であろうと、神性であろうと、亡霊であろうと、どのような存在であろうとも切り裂いて見せるという気迫が其処にあった。

だが


「ああ、素晴らしい」

「交渉の余地すら残さずに、我が命の根幹を狙うその手腕。
 やはり、英霊というものは素晴らしい。どこまでも、人理の結実と言える到達点だ」


「それをこの手で無為と証明できると考えるだけでも、素晴らしくて堪らない」


"死の恐怖"の口端が上がると同時に、ゾッとした怖気が背中に走るのを田村麻呂は感じた。
大嶽丸と対峙した時よりも、阿弖流為と鍔競り合った時よりも、圧倒的にして明確なる恐怖────。
生物ならば誰しもが持つ根源的な恐怖が其処にあった。





文字通り、命が失われるその一瞬。


永遠に自分という個がこの世界から失われるという恐怖を、言葉や思考ではなく、
田村麻呂という個人を形作る魂の根源ともいえるような原初の直感から感じ取った。


「チッ!!」


瞬時に田村麻呂と耿豪が距離を取った。だがしかし、その判断は紙一重で遅かった。
両者は全身に何か悍ましい魔力が奔るような感覚を覚える。例えるのならば全神経から生きるために必要な全てが消え失せていくような、そんな感覚。
だが流石は百戦錬磨の英霊と言えようか。片膝をつかされはするが、それでも即座に立ち上がり、戦闘態勢を整えるほどに回復を見せた。

「セイバー! バーサーカー!!」
「大丈夫だ特に問題はねぇ! だが────大分、想像よりも手ごわいようだな、こいつは」

グキリ、と首を鳴らしながら田村麻呂は目の前の"死の恐怖"を分析する。
耿豪もまた同じように、矛を振るいながら眼前に立つ存在を見極めるように観察していた。
まだ攻撃を行っていない英霊も、彼らのマスターたちも同じようであり、"死の恐怖"がどのような存在かを知るために全霊を以て観察を続けていた。
そしてそんな中、田村麻呂と耿豪が攻撃を行ったことで、観察において重要な事実が一つ浮き彫りになる。

「────ハレー、とか言ったか学者のアーチャーよぉ。
 俺ぁ複雑な事は考えられねぇが、奴について1つ分かる。俺より細かい所も見れそうなお前も、同じことが分かってると思う」
「………………うん。僕は戦闘は得意ではないが、彼の戦闘能力について、1つ決定的に僕らと違う何かがあると分かる」

「彼に、通常の攻撃は通らない」

ハレーがその頬に冷や汗を伝わせながら、1つの結論を出した。
それは奇しくも────いや、当然の帰結として────"死の恐怖"に対して刃を振るった田村麻呂と耿豪と同じ結論であった。
攻撃力で言えばこの中で最も高い耿豪の矛と、手数で言えば右に出る者のいない坂上宝剣の全てが無為へと帰されたのだ。
少なくとも物理的な攻撃は効かないと判断しても過言ではないであろう。

だが即座にそれを結論とするにはまだ判断材料が少なすぎた。
ダメージがないと言っても、そう見せかけているだけかもしれない。あるいは通らない攻撃が限定的なだけかもしれない。
その場に立つ魔術師と英霊達が、全霊を用いて眼前に立つ"死の恐怖"の力と不死性の正体を見抜くべく言葉を交わす。

「斬撃だけが通らねぇ、って可能性は?」
「"死の恐怖"って真名で斬撃だけ耐性っていうのはおかしいんじゃないのか?」
「真名偽装の可能性は?」
「ここまで死を支配していて別の真名って可能性か……どうだろうな」
「そうだ。そうして悩むがいい。悩み、苦しみ、そうして出した答えによって絶望に染まる表情こそ……我が至宝だ」

喉を鳴らしながら笑い、英霊と人間を自分よりも下として見るかのような目障りな笑みを浮かべる"死の恐怖"。
だがどれだけ苛立ちを募らせた所で、彼に対する攻撃が通らない理由の答えが出るわけでもない。どれだけ考えても、彼の持つ力の理屈は分からないままであった。
そんな戸惑う彼らを挑発するように"死の恐怖"は両の手を指揮者のように振るい、戦場に死をばら撒いて恐怖を広め続けていく。

「君たちは観客だ。君たちは己の無価値を噛み締めながら、この戦場に拡がる死をその眼で見続けるがいい。
 そうしてこの戦場に死する命が全て消えうせた所で、私が時の鎌の如くにその命を刈り取ると約束しよう」
「……ッ、こうしている間にも……!! 命が……!」
「待てマスター! 死ぬ気か!!」

目の前の存在の正体が分からない。故に手を出せない。
だがそんな迷いに時間を消費している間にも、戦場からは刻一刻と命が失われ続けていた。
アクィラはそんな光景が我慢できず、焦るように甲板からその身を乗り出して死にゆく人々を助けようとする。
慌てて彼のサーヴァントであるエドモンド・ハレーが制止する。同じくエメリアもまた、アクィラの行動を諭すように制止した。

「落ち着いて。……もうあの人たちは、助かる手立てはない。
 ……悔しいけれど、今此処にいる私たちじゃ、行っても意味は……」
「だって……だって人が死んでるんですよ!? 苦しんで!! 何もできないままなのは…嫌でしょう!!」
「…………っ」
「あ……すいません……」

エメリアはそのアクィラの真っ直ぐな言葉に、唇を噛み締めて手を強く握り締めた。
その彼女の仕草にアクィラはハッと正気に返る。戦場で死にゆく人々を救いたいのは彼女も同じなのだとアクィラは悟り、己の短慮を省みた。
見かねた加藤ユキがそんなアクィラに対し、一言告げる。

「だがここは戦場だ。奴らも死ぬ危険性があるのは重々承知して出張ってきたんだろう。
 そこに手を差し伸べるって言うのは、少し違うんじゃあないのか?」
「戦場で戦って死ぬなら良いけど……皆苦しんで死んでいるじゃないか……。
 こんなのあんまりすぎる……! それを何人も……何人も!! 神様にでもなったつもりかよ!!!」

怒りと憎悪を込めた視線が"死の恐怖"を突き刺すように真っ直ぐ放たれた。
もう戦場で死にゆく命に救いようはない。ならばただ怒りを叫ぶのではなく、死をばら撒いた元凶に真っ直ぐな怒りを向けるべきであるとアクィラは考えた。
エメリアも、ユキも、この場にいる全ての魔術師と英霊が同じ気持であった。このまま目の前の"死の恐怖"を生かし続ければ、次々に人が死ぬ。故に此処で奴のからくりを暴かねばならない。
そういった明確なる殺意と敵意が彼らの視線の奥底に滾っていた。今此処に、所属も目的も国籍も異なっていた魔術師たちが、1つの目的の下に団結したのだ。

「────神、か。残念ながらそれは私とは最も遠い言葉だ」

だが、神話に語られる英雄を引き連れた魔術師達が団結しても、"死の恐怖"は涼しい顔を続けていた。
まるで人類の団結など無意味であると嘲るかのように、彼は変わらずに厭悪感を湧き上がらせる笑みを絶やさない。
そしてアクィラの放った明確なる敵意の言葉に対し、どこか自嘲するような口調で言葉を返した。

「………………?」
「神と、遠い?」
「この身はいつ、如何なる時であろうと、何かの傀儡でしかない。
 私は支配など望まない。私は殺戮など好まない。私はただ、未知が見たいだけだ。私はただ、結末を証明したいだけだ」
「………………………………ふむ」

魔術師達はその言葉の意味が分からなかった。目の前で巻き起こる光景は神に等しい権能の行使としか思えないからだ。
それが神と最も遠いという言葉に疑問を隠せない。英霊達も同様であったが、ただ1人、豊かに蓄えられた白髭を撫でながら、ビーシュマだけが頷いた。
同時にその巌の如き体躯を一歩前進させ、"死の恐怖"を名乗る存在の眼前へと立ちはだかった。

「"死の恐怖"よ。貴様、神とは異なると言ったか。そして……その身を傀儡と言うたか」
「────。ああ、その通りだ。大いなる誓いを果たせし者よ」

ビーシュマの問いに"死の恐怖"は答える。
雄々しくも勇ましいその威風堂々とした風貌を前にしてもなお、"死の恐怖"の笑みは崩れない。
そんな"死の恐怖"に対し、なるほどと鷹揚に頷いて再び次の問いをビーシュマは放つ。

「ならば貴様、ヤマラージャならぬサーラメーヤ……いや、トゥルダクに近い存在と見るが如何に?」
「さぁ、どうだろうか。私は肯定もしないし、否定もしない。私はただの、"死"でしかないのだから」
「────。なるほどな」
「ッ………こいつ……。言わせておけば」
「待って」

苛立ちが限界を超え、前に出ようとする死徒フランソワを、エメリアが制止する。
その制止する腕ごと吹き飛ばしてやろうかと考えるも、彼女のサーヴァントであるビーシュマが睨みを利かせているため、
仕方なくフランソワはその言葉を以てして彼女の制止に文句を言い放った。

「何で止めるの? マジあいつムカつくんだけど。なんか見ててイライラすんのよ。
 死なないんだかなんだか知らないけどそんなの死徒でもよくある事だし。殺し続けりゃいつか死ぬでしょ」
「残念だけれど……多分、物量や数で押すだけじゃ、あれは殺せない。おそらく"そういうルールが敷かれている"」
「………………ルール?」
「ほう? その口ぶり、どうやら私の正体が分かったと見えるが、さてどうだろうか?
 "終わりを見定める者"、エメリア・"フィーネ"・グランツェールよ」
「ええ。まぁ、最初は候補が多すぎたから分からなかったけど、この大規模な死のばら撒き。
 そして何より、アーちゃんが聞いてくれた答えを聞いてハッと分かったわ。貴方の名前も、正体も」


「────────────貴方を、殺す方法もね」
「ほう…………!」


エメリアはそう、挑発するような口調で"死の恐怖"を向いた。
彼女の表情に普段の彼女のような明るい笑みはなく、ただ見る者全てに怖気を走らせるような冷徹なものへと変わっていた。
端的に言えば、エメリアは目の前の"死の恐怖"に対して怒りを抱いている。命を弄ぶかのように死をばら撒く目の前の存在に。
故に彼女は、ただただ目の前の男を1秒でも早く消し去りたい。その一点の為だけに、彼女の持ちうる全ての知識を動員し、目の前の存在の正体を暴くと宣言したのだ。

その言葉に対して強く反応したのは他でもない。"死の恐怖"だった。
彼は今までの嘲笑めいた笑みではない、眼を見開いた笑みを浮かべていた。
それは間違いなく、今までの感情とは違う"興味"の色を浮かべる笑みであった。

「奴の正体……そして殺す方法、だと?」
「オイ、マジかよエメリアさん。俺分かんねぇぞ」
「自分に有利な規律を敷く奴が魔性や神性に多いってのは分かるが……。
 こいつを殺せないのは、そう言うのと同じ何かだって言うのか?」
「うん…………ちょっとね。心当たりがあるの。ほら……、死って私の専門だから」
「ならば聞かせてもらおうか…この私が、如何なる存在だというのか?」

エメリアの言葉に周囲の魔術師達は困惑をする。だがしかし、かといって自分たちに"死の恐怖"の正体が分かるかと言われればそのはずはない。
彼らはただ、エメリアに対してこの場を託すしか道はなかった。目の前の存在がどのようなものなのか、神なのか、魔なのか、あるいは概念なのか。
困惑する彼らと凛と睨みつけるエメリアに対し笑みを強めて"死の恐怖"は問う。そんな彼に、エメリアは無表情のまま淡々と告げた。


「──────貴方は──────"門"、よ」


その宣言は、セプテントリオンの甲板に短くも確かな音を以て響き渡った。

「……門?」
「貴方は、サーヴァントではない。
 その存在意義。その根幹。……全部、分かったかもしれない」
「……どういう、事だ? サーヴァントじゃない? 何言ってんだエメリアの姐さん?」
「そうね。いきなりこんなこと言っても分かんないか」

ごめんね、と困惑する魔術師達に自嘲じみた笑いを浮かべて謝罪するエメリア。
中にはなんとなくその言葉から意味を理解した者もいれば、ある程度納得し頷いている英霊もいる。
対する"死の恐怖"はと言うと、自らの本質を突かれて尚も余裕の笑みを崩さずに、ただエメリアの言葉を静聴していた。

「話してもいいのかしら? "死の恐怖"。私はこれから、貴方の全てを暴き立てる。文字通りの全てをね」
「………………ふむ、良いだろう。あのノン・ボーンを下したというその秘めたる力への敬意だ……。
 全て、総てを此処に明かすがいい。この私が何なのか、何の為に在るのか、その出した答えを」

"死の恐怖"は深々と、恭しくエメリアに対して頭を下げた。
今までの嘲笑を浮かべ続けた彼とは違う、礼節を弁えたかの如き最大限の敬意を示すカテーシーが其処にあった。
そして同時に、自らの全てを語る事を許すと彼はエメリアに語った。それは人類如きに己を解析できるはずないという傲慢か。
あるいは彼がかつて見出したDr.ノン・ボーンという人類の自滅因子を討伐した人類という種への、一種の敬服の証明なのか。

「貴方が語り終えるまでは手を出しませんよ。"あなた方にはね"」
「巫山戯けてやがるな。明らかに遊んでいやがるぜコイツ」
「その分、真実を突きつけてあげればいいのよこういうのは」

エメリアがその表情を冷たいものへと戻して言い放った。
その視線には、今も尚戦場で苦しんで死んでいる人々への憐憫と、その死を巻き起こしている眼前の存在への怒りが込められていた。
アクィラのように激情を表に出さないだけで、彼女もまた"死の恐怖"に対して静かな怒りをたぎらせている事は変わりなかった。



「後悔させてあげる……。"死"の観察者の私の前で、死を玩具にしたことをね」



「全部暴いてあげるわ。貴方の事」





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