ImgCell-Automaton。 ここはimgにおけるいわゆる「僕鯖wiki」です。 オランダ&ネバダの座と並行して数多の泥鯖を、そして泥鱒をも記録し続けます。






前回までのあらすじ


大きな戦争を超え、英霊が当たり前となった、人類への鎮魂歌たる世界。
だがそれを認めないとして、フリーメイソンが朽ち往く中立ち上がる。戦力はたったの3人。
生まれざる者、Dr.ノン・ボーン。全ての物語の王、アナンシ。そして────"死の恐怖"と名乗る謎のサーヴァント。
彼らは魔術師・英霊総勢数戦を超える軍勢を相手取り、新世界そのものを相手に戦争を宣言。
イギリス・ロンドンを舞台として最後の戦乱の幕を開けた。

数多の犠牲と苦戦を経て、魔術師と英霊の連合軍は英霊を否定した憐れなる"人でなし"、Dr.ノン・ボーンを下した。
だがしかし、突如として戦場に拡がる"死"。Dr.ノン・ボーンを下した喜びもつかの間、彼らの前に"死の恐怖"と名乗るサーヴァントが降臨する。
巨大兵器セプテントリオンの甲板にて、生き残りし魔術師と英霊達と対峙する"死の恐怖"。彼を倒すために、彼の正体の推測を魔術師の1人、エメリアが語り始める。
果たして"死の恐怖"とはどのような英霊なのか? 彼の正体は? 目的は? そして────────その存在意義とは?

これは、新世界へと捧げられる鎮魂歌。



◆   □   ◆



「まず1つ目。貴方の真名について。……思えば初めから違和感があったのよ。
 貴方が"死の恐怖"という自分の真名を、全世界に向けて発信したという時点でね」

エメリアが人差し指を立てて、自らの思考を言葉として形にしてゆく。
今までの彼女の経験と、英霊達と出会って手に入れた知識。その全てを動員して"死の恐怖"の正体を暴くための下拵えを整える。
その第一の土台として、彼女は彼らフリーメイソンが戦争を執り行うために全世界に向けて発信した動画について語り始めた。

「あの世界中に向けて行われた、宣戦布告の動画(プロモーション)かな?」
「ええそうよ。自らを英霊というのなら、あの行為はまさしく自殺行為と言える。これにはまず違和感を覚えるべきと感じたわ」
「────なるほど。真名の開示、か…………」

ルクルスが顎を撫でながら呟いた。彼女のマスターであるドミニカが、かつて見たフリーメイソンの映像を思い出す。
その映像には確かに、目の前に立つ"死の恐怖"が自らの真名を大々的に口にしている映像から始まった事は、彼女の記憶にも新しい。
だがサーヴァントという存在に触れたのが新世界再編以降である彼女にとって、英霊が真名を明かすのが何故不利になるのかは分からなかった。
そんな彼女を知ってか知らずか、ルクルスは補足するように言葉をつづける。

「サーヴァント……即ちは英霊というのは、1つの物語として完成された存在の事を示す。
 言ってしまえば"終わりがある"。ルクルスは引退後に豪勢な食事をして幸福に死んだけど、それでも死んだことには変わりはない。
 さらに言えば、サーヴァントという存在は生前に縛られる。例えば……そう、"その死に方を再現された場合、それがそのまま致命傷になる"」
「…………なるほど。終幕(フィナーレ)の合図を再現されれば、それがそのまま幕引きになるという事か」
「ラッキー・ルゥと言われた僕ですら終わりはあるからね。解体業者とか呼ばれたらそれで終わりだ」

ルクルスの言葉に納得するドミニカに、更にラッキー・ルゥと呼ばれた幸運艦たるセントルイスが補足する。
そう。英霊というのは逸話として完成された存在。故に終わりを再現されればそれがそのまま敗北につながる。
アキレウスは踵を射抜かれれば弱体化は免れず、ジークフリートは背中を穿たれれば即死する。逸話が形と成った英霊とは、えてしてそういう存在なのだ。
故に真名の開示はそのまま英霊の致命傷に繋がる。だからこそエメリアは、"死の恐怖"が真名を自ら全世界に発信したことに違和感を覚えていたのだ。

「つまり奴は、真名がバレても問題がねぇような存在っていう事か?」
「まぁ"死の恐怖"なんて名乗るような存在だからね。死なんてものをどうやって殺せばいいのやらと、途方に暮れるしか道はない」
「もう1つ可能性があるぜ。"奴が嘘をついている"……って可能性はどうなんだ? エメリアさんよ」
「ええ。それも考えた。"死の恐怖"という真名は嘘で、本質は別の英霊なんじゃないかって」

ユキの問いに対して頷いてから、エメリアはその考察の開示を次の段階へと移行させた。
真名を探るという、英霊を相手取る場合に当たり前の定石。だが余りにもヒントが少なすぎる道を、今彼女は歩いている。
対する"死の恐怖"は、そんな彼女の姿をただ口端を吊り上げながら、歌劇を楽しむ1人の観客のように清聴し続けていた。

「と言っても正体のヒントが少なすぎる、だから"死の恐怖"という言葉から貴方の正体の推測したわ。
 "死"を名前として冠するほどの自信、加えてこの戦争で見せた死を操る力。最初は貴方は死を司る冥界の神に類する存在だと推測した。
 ……………………けれど、それはすぐに違うと理解したわ」
「ほう? その理由は?」

エメリアが"死の恐怖"の真名を探るために考えた、1つ1つの推測全て言葉にする。
周囲の英霊達にもわかるように、自分の思考の段階と順序を詳らかに語る。これには当然理由があった。
何故なら"死の恐怖"と実際に戦うのは彼女ではない。この場に立つ英霊達だ。あるいは魔術師達の誰かかもしれない。
どちらにせよエメリアには戦う術はない。だからこそ彼女は、周囲に立つ全ての共に"死の恐怖"と戦う仲間たちに、己の思考した全てを託すように語るのだ。

「簡単よ。何故なら冥界の神だとしたら、存在する時点で周囲を冥界へと塗り替えるから。
 冥界の神というものは、存在するだけで"そこが冥界である"という法則が成り立つ存在。だから通常顕現する場合は霊基を抑えるの。
 だからこんな権能の行使はできない。確かにこの光景は地獄だけど、"ただそれだけ"。根の国や黄泉と謡われる死後の世界とは程遠い」
「……つまり、目の前のこいつは…ハデスだとか……あと閻魔様か。そういうのとは違う、と?」
「そうよ」
「なら……一体……。地獄の神さんぐらいじゃないとこんな好き勝手に死を支配できるはずがない!
 そう言うのじゃないって言うんなら、一体コイツの正体は何だって言うんですかい!?」

東山の問いにエメリアは肯定を返した。即ち目の前の存在"死の恐怖"は、死の支配者ではないと説いている。
だがそうなれば疑問が残る。何故彼が、今戦場に拡がるような死をばら撒くことが出来るのか、という疑問である。
通常即死能力を攻撃として用いる人間でない超越者となれば死を支配する冥界の神という予測が第一に来る。だが目の前の存在はそれとは違うという。
一部の優れた暗殺者は刃の一振りだけで対象を即死させるというが、そういった人間の英霊とも目の前の存在は異なる。

ならば、目の前の存在は何か?
そんな当然の疑問を叫ぶ東山西海の疑問に答えるかのように、田村麻呂が一言、突如として浮かんだ心当たりを言葉にした。

「なるほど……。ああ、そういうことか。
 "概念が英霊に成ったタチか"。さしずめ真名は……"死"そのもの、か?」
「────概念が、英霊に?」

東山からすれば、それは突拍子もない言葉だった。何故なら彼にとって英霊とは、過去の偉人や神話の英雄がなるものだという認識だからだ。
だが妙な納得があった。目の前の男が"死"そのものだとすれば、あの出鱈目な力も納得が出来る。目の前の男が"死"そのものだとすれば、真名を明かした理由も納得ができる。
何故なら"死"そのものならば、死を扱えるのは道理だから。何故なら"死"そのものならば、真名を明かしてもそこから"致命的な終わり"を探る事などできないからだ。

「いえ……。"死"そのものというのは、少し語弊があると、私は思う」
「なら、その真名……いや、霊基の骨子を形成するのは……!」
「────答えはもう既に明示されてたの。"死の恐怖"……ええ、なんて簡単で、安直な名前。
 貴方の役割は……死を支配するんじゃない。貴方は死の一側面、死が受ける感情の具現でしかない」
「ッ、そうか……。つまり冥界や死の支配者じゃない…! 死に対する恐怖そのもの!! それが……コイツだって事か!?」
「タナトフォビア────、ってやつか」
「ええ。あるいは……恐怖という象徴を引き金に、地獄へと手招く存在。
 古今東西語られてきた死への恐れの象徴……、言うならば"入口"。故に、"門"……"地獄の扉"。
 貴方は文字通りの"死"に類する概念、それも"死に対する恐れ"そのものが人の形を取った英霊。────違う?」
「……ック、ックックックック……」

エメリアが目を細め、"死の恐怖"を睨みつけるように冷たく呟いた。
彼女の視線には明確なる怒りと、そして自らの出した答えへの確信が込められていた。
周囲の英霊と魔術師達は、ただ彼女が紡ぐ推理を聞くことしか出来ずにいた。
その言葉に対し、"死の恐怖"は喉を鳴らしながら目を覆い、低く笑った。

「貴方は生という贄を喰らい飲み込む地獄の入口。
 死という結末に私たち人間を引きづり込むだけの存在でしかない!」
「クックック……、ハッ……! ハッハッハッハッハ……! そうだ!! 正解だ……!
 その通りだ。終わりの名を持つ少女よ……! 死を観測し続けただけはある……! 私の本質を見抜くとは……!」

"死の恐怖"が、今までにない程にその笑みを大きく戦場に響き渡らせた。
その嘲笑とも、あるいは感服とも捉えられる笑い声に対し、エメリアはただ静かに"死の恐怖"を睨み返し続けていた。
感情視の魔眼の持ち主ならばエメリアのその視線には、怒りとも、またはある種の憐れみにも似たような感情が込められていると気付いたことだろう。

同時にエメリアの周囲の魔術師と英霊らは、彼女の出した答えを咀嚼する。その出された答えは明快だった。
目の前の存在は神でもなければ魔でもない。言うならば"死の恐怖"とは、現象や法則であるのだという。
死という絶対なる自然に摂理に対して抱かれる恐怖。それが形になったものだと、エメリアは語るのだ。

「なるほど……。そういう事ならば、
 あの大規模な"死"の支配も納得できるというものだ」
「一つ気になることがあるぜ。正体が"死"っつーのは分かった。
 そしてそれが、死という概念への恐怖を中心にして構成された霊基だというのは分かった。
 だがよぉ、そもそもなんで死に対する恐怖が英霊になっているんだ?」
「俺も確かに其処は気にかかっていた。英霊っつーのは大なり小なり、何らかの形を有する存在なんじゃねぇのか?」

そのエメリアの出した答えに対し、田村麻呂と耿豪が疑問を挙げた。
彼らのいう言葉も最もである。英霊とは何らかの人間、あるいは概念に対する信仰が形になるものだ。
一部の例外こそあれ、基本的にその中心になるのは、何らかの形を持つものだ。例えば幼い子供の童話が『ナーサリーライム』という名で1つに纏まるように。
あるいは人々が憧憬した理想の英雄が『メアリー・スー』という創作の名で纏められるように。確固たる霊基を持つ英霊には、具体的なる名が必要となる。

だが目の前には、"死の恐怖"という曖昧模糊とした概念が霊基という実態を以てして顕現している。
『死神』や『タナトス』、あるいは『黙示録の四騎士』と言ったような、滅びや死そのものの具現と言うわけでは決してない。
ただ死という概念の一側面である"死の恐怖"が英霊として霊基を得るのは辻褄が合わないと、何らかの理由がある筈であると二者は説いているのだ。
そんな彼らに対して、"死の恐怖"は頷きながら嬉々として言葉を続ける。

「その通り。この身は確固たる概念ではなく、ましてや過去に名を挙げた人間でもない。
 ただ人間を、生物を、命あるもの全てを、時という名の鎌と恐怖という刃を以てして刈り取るだけの機構に過ぎない。
 だが────、そんな私が、なぜこのように霊基を持つか? 何故このように人に対して死を齎すことが出来るのか?
 人の身でありながらその答えに辿り着けるであろうか? 終わりの名を持つ少女、死を追う魔術師よ」
「………………」

自らの権限の理屈が分からない者たちに対して、まるで挑発するように"死の恐怖"は問うた。
それは確かにこの場に立つ全ての魔術師にとっての疑問であった。何故目の前の男は、英霊として確固たる名を持たぬのか、と。
仮に"死神"という真名なら納得はあっただろう。"死"という真名でも納得はあった。だが男は敢えて、"死の恐怖"と己を定義している。
ここにどのような意味があるのか。集いし魔術師は、そして召喚された英霊達は、沈黙の中ただその答えを待つしか出来ずにいた。





「さぁ答えて見せるがいい! 何故私が"死"の擬神化でもなく、"死"そのものでもなく!!
 "死の恐怖"と己の真なる名を定義されているのか! 分からぬというはずはない! さぁ答えてみるがいい!!」
「………………急かさなくても、全部つまびらかにしてあげるわよ」


"死の恐怖"は挑発するように笑みを強め、そしてその声を張り上げてエメリアに問う。その問いに対して、長い沈黙が奔る。
だが、エメリアはため息を短く吐き、その挑発を躱すように沈黙を破った。そのため息には諦観か、あるいは呆れに近い感情が込められているかのように響いた。
そして同時に彼女はそのまま、自らの推測を第二段階────即ち、真名の推測から"正体の推測"へと移行させていく。

「第一の真名は分かった。第二に、"貴方は何なのか?"を明らかにしていくわ」
「サーヴァントと名乗っていたが……そもそもそれが違うって可能性があるっつーことか」
「言われてみれば確かに、彼には指揮者たるマスターがいない。これはサーヴァントとしてちょっとおかしいと見えるしね」

ユキが唱えた可能性に対し、頷きながらドミニカが納得する。
彼らの言う通り、"死の恐怖"と名乗った目の前の英霊はサーヴァントと自らの在り方を名乗りながらマスターが存在しない。
彼単独でこの戦争に出向いている。それは言うならば自分を制御する現界の要、即ちマスターが存在しないことを意味していた。
単独行動スキルを持つサーヴァントならばマスターが隠れているという可能性もあるが、それはまた別の推察材料から否定される。

「マスターがいるってんならこんなアホな事させんだろうしな」
「それにメイソン側にいる戦力は、コイツとノン・ボーンの2人だけって話だろう?
 なら────もうマスターと呼べる存在は死んだとしか思えんしな……」
「で、マスターを必要としない。イコールサーヴァントじゃねぇって結論と言うわけか」
「そう。"死の恐怖"はサーヴァントで無い……という事を前提に考えれば辻褄が合うの。
 何故なら今、この戦場で行使されている波涛の如く死の奔流は……サーヴァントのレベルでは説明がつかない、権能だからよ」
「………………権能。確か、神だかなんだかが用いる、規律の押し付けと常識の捻じ曲げだったか」

田村麻呂が顎をさすりながら頷き納得した。彼は生前に神にも等しい大化生と何度も渡り合ったが故に、耳に覚えのある言葉だった故だ。
権能。元々は何らかの権力の行使が認められている資格。あるいは権利を主張・行使し得る能力を意味する言葉だが、英霊に用いる場合は少し異なる。
即ち、神や神霊と言った絶対的なる世界の支配者が己の力を以てして、世界に対して己の力を振るい、ルールや法則を書き換え支配する事を意味する。
エメリアが言うには、"死の恐怖"が振るうこの絶対的なる死の支配は、まさしくその権能と呼ばれる絶対なる力であるというのだ。

「通常サーヴァントがそういった権能を行使すると霊基が崩壊する。
 何故なら霊基というフォーマットが耐えられないからよ。権能とは世界のルールへの介入。
 けれど貴方のその不死性と死をばら撒く力は、どちらもこの権能に該当する能力と考えなくては説明がつかない」
「まぁ……。そうだな。3年間世界中を巡って色んな英霊見たが、こんなバカげた力を振るう奴に会ったのは今ん所ゼロだな」
「ならこいつは………………?」

アクィラが声を震わせながら問うた。先ほどまでは怒りに支配されていたが故に声を荒げていたが、恐怖が勝れば所詮は見習の騎士でしかない。
真名は死に対する"恐怖"そのもの。そしてその正体はサーヴァントでは到底ありえない権能と呼ばれる常識外を振るう存在。ならその正体は何なのかと全身が怯えている。
人間にとっての路とはそれ即ち恐怖に他ならず、恐怖に直面すれば騎士であろうと1人の人間でしかない。見習いとなればなおさらだ。
そんな怯える少年騎士の姿を見て、愉悦に口端を歪ませながら"死の恐怖"は笑い、先ほどと同じようにエメリアを煽り立てる。

「さぁ、そんな権能を用いる私は何なのか? 冥界の神でないにも関わらず死の世界をこの地上に再現する私は何者か?
 答えてみるがいい、私の名を。真相を明かすがいい、我が霊基の最奥を。その口で───────!」
「────────。」


「"お断りするわ"」

笑う"死の恐怖"をあしらうように、エメリアは淡々と告げた。


「………………ほう?」
「ここから先を語るのは私じゃない。アーちゃん、頼んじゃってもいい?」
「任されよう。鼻ったれ小僧共に残した、今わの際の言葉並みに簡潔にまとめてやろうじゃねぇか」

グァハハハハ! と高笑いを響かせながら、大嶽の如き巨躯がズイと前に出た。
ビーシュマ。インド神話の叙事詩マハーバーラタにて語られる、大いなる誓いを果たせし男。
見た目こそ老人ではあるが、その全身から立ち込める闘気は並大抵の英霊などとうに及ばないというほどの強さを全身に滾らせている。
そんな彼が、まるで聞くだけで奮い立たされるかのような力のこもった言葉を、一字一句響かせてエメリアから託された推測の続きを語り始めた。

「お前たち、そもそも英霊とは何の為に召喚されるか、何故召喚されるのか、知っているか?」
「え? サーヴァントが召喚できる理由……?」
「……そもそもサーヴァントが召喚できない場合ってあるんです?」

ビーシュマがその口で最初に言葉として出したのは、背後に立つ魔術師達への問いだった。
あまりにも真意のつかめない問いについ問いを返してしまうアクィラとユキ。当然だ。彼らにとってサーヴァントとは"当たり前にいるもの"なのだから。
戦争で再編された世界だからこそ、という冠詞こそ付くがそれでも、サーヴァントとは"あって当然の存在"とこの3年間で理解するようになった。
故に、『何故英霊が召喚できるのか』などと聞かれても、ただ疑問符を浮かべるしか出来ないのが現状であった。

「教えてやる。英霊とは本来、人類の歩んできた道……人理を守るために存在する。
 そして俺たち英霊がこうして霊基を得て召喚できる理由。それは"この世界が人理を肯定するからこそに他ならん"」

ビーシュマは威風堂々という4文字を体現するかの如く胸を張り、眼前の"死の恐怖"を見下ろしながら断言した。
彼の「人理を肯定する」という言葉に対して何故か死徒フランソワが舌を打ち鳴らす。他魔術師の反応もまた千差万別だった。
人理という言葉に聞き覚えがある者。"人理を肯定する"という意味の分からない者。そもそも話の意図が掴めない者、様々だ。
対する"死の恐怖"はというと、先ほどまでの挑発めいた笑みとは打って変わり、興味深そうに眼を見開き口端を上げながら、ビーシュマの話を黙して聞いていた。

「本来英霊が召喚されるのは、守護するべき人理に仇なす"悪"を打ち砕くべく、七基の冠位戴く英霊が召喚される決戦術式に由来する。
 その人理に仇なす悪というのはだ。曰く"単独でこの世に出で"、"人類を脅かし"、やがては"人理を屠り喰らい、滅ぼす"とされている」
「随分詳しいなご老体。俺も少ししか知らねぇ話を、何でお前さんが知ってるんだ?」
「俺がその冠位の弓兵の一柱だ、っつったら信じるか若造?」
「ま、そういう事にしといてやるよ」

田村麻呂の軽口に対し、ビーシュマが呵々と笑いながら答えた。
それに対して同じく軽口で答える田村麻呂。だが、魔術師達はそうはいかなかった。
簡単にビーシュマが話した言葉ではあったが、スケールは彼らにとって余りにも大きい。彼が言うには、簡単に言えば人類を滅ぼしうる存在がいるという話なのだから。
"単独でこの世に出で"、"人類を脅かし"、やがては"人理を屠り喰らい、滅ぼす"。1基でさえ強力なサーヴァントが7基揃わなくては倒せないような、そんな存在が。

「………………あれ?」
「……ちょ、…っと待て? "単独で"……"人類を"……"滅ぼす"、だ?」

ビーシュマの言葉を反芻し、ユキはゾッと背筋にうすら寒い気配が奔るのを感じた。
東山西海、アクィラ・アッカルドも同じような結論に至ったのだろう。同じように顔を蒼褪め冷や汗を垂らしていた。


先ほどビーシュマが話した言葉は全て、"眼前に立つ存在の特徴と一致し得る"と、彼らは直感したのだ。


「それ………………って…………」
「────。曰く、その滅びの獣の一柱にゃあ、霊長への絶対的殺害権を有する化け物もいるそうだな」
「…………絶対的殺害って……それ、じゃあ………まるで────!!」


「────お前なんだろう? "ガイアの怪物"、ってぇのは」


ビーシュマが、"死の恐怖"に問うた。
戦場を包んでいた死への悲鳴はとうに止み、問いの後には、ただ不気味なまでの静寂が周囲を支配していた。





「…………ガイアの……」
「怪……、物────────……!?」

その場に立つ魔術師全員にとって、聞き覚えの無い言葉だった。
だがその言葉を聞くと同時に、サーヴァント全ての纏う雰囲気がガラリと変わった事から、ただ事じゃないという事だけは直感で理解できた。

「ガイア……って? 大地とか…そういう意味じゃ、無いわよね……ライダー」
「……元来の意味は僕の出身地の地母神が由来だけど、この場合は……そうだな、"星の意志"とでも思って欲しい」
「まさか、ここでその名前が出るとは────ね」

ハッ、と吐き捨てるように嘆息する者が1人。名をフランソワ・ヴァイオレット。死徒と呼ばれる種族である。
彼女は利益だけを求めて、理由もわからず嫌悪する英霊達を従える魔術師と協力してメイソンを屠るためだけにこの場にやってきた、少女の吸血鬼だ。
彼女はその表情こそ嫌なものを蔑むような表情をしているが、口元だけは引っかかっていたしこりが取れたかのように、喜ばしそうに微笑んでいた。

「アンタ、ひょっとして同類だったの?
 同じ人理を否定する仲間? あ、そぉ。じゃあこれ、同族嫌悪だったってワ・ケ。 
 なぁんだ、ちゃんちゃらおかしい。滅茶苦茶簡単じゃないの、アンタの正体」
「────────フッ、フフフフ……、…ッハッハッハッハ……!」

静寂が包み込んでいた戦場に、"死の恐怖"の笑い声だけが響き渡る。
もはや先ほどまで戦場を包んでいた死の波涛はない。死に怯える悲鳴もない。戦場にあるのはただ恐怖に苛まれ死した残骸の静寂と、巨大地上戦艦セプテントリオン。
そしてその甲板に立つ、生き残ってなお戦意を保ち続けている数名の魔術師たちとそのサーヴァント。後は精々、生き残りはしたが戦意を喪失し、戦艦の内部に隠れ怯えている人々だけだ。
"死の恐怖"はそんな戦場に立つ全ての存在を嘲笑うかのように笑い声を響かせ続ける。そして一言、たった一言だけ告げた。


「"惜しいな"」


その言葉に、ビーシュマは興味深そうに返答を返す。
同時に彼の背後に立つ魔術師達は、どういう事だと言わんばかりに眼を見開いた。

「ほーぅ? 儂(オレ)の見立ては間違っていたのか?」
「惜しい。非常に惜しいよ、大いなる弓兵よ。確かに私は霊長の殺戮者、ガイアの怪物に非常によく似た立場に或る……。
 だが……私は"ガイアの怪物と定められし存在では、ない"……」
「? どういう……ことだ?」
「この身は確かにガイアの配下だ。だがガイアの怪物とは程遠い。
 何故ならこの身は、自らガイアの配下として下った身なのだから」
「わざと煙に巻く言い方をして焦らすのかい? 女の子に嫌われるやり方だぜ?」
「おや、悍ましき真実を直視し死の恐怖に溺れないようにとしましたが、気遣いは無用でしたか」

オデュッセウスが肩を竦めながらふざけるように言った。
そんな彼女の言葉に対して挑発するように"死の恐怖"は返す。
ならば、と言葉を続け、"死の恐怖"は口端を吊り上げながら言葉を紡ぎ続けた。

「確かにあの獣も私も、同じくガイアを主としている。
 だが……、生憎あの獣は私と聊か"殺し方"が異なるのだよ。
 現に私は……人を"殺す"などという残虐な事など、出来はしないのだから」
「う…嘘をつくな!! お前……あんなにいっぱい人を殺してたろ!! 苦しませて!! 笑いながら!!
 どの口が人を殺していないなんて言えるんだ!! 巫山戯けるのも大概にしろ!!」
「嘘などついていないさ。私は彼らを殺してはいない。彼らはただ、"死の恐怖に呑まれただけ"なのだから」
「────────ッ」

その言葉を聞いた瞬間、東山西海がハッと息をのんだ。同時に蘇る、自分の隣で死んだドロシアという魔術師の記憶。
彼はドロシアの過去を聞いたことがあった。曰く、過去に工房が全焼したことで死にかけたことがあると。故に全身を義体化したのだと。
思えば彼女の死に方は突如として火の気のない甲板で炎上するという不可解なものだった。だが、"死の恐怖"の言葉を聞いたうえで彼女の過去を鑑みれば、納得できる言葉だった。

「あれはそういう事だったんですかい……。
 過去を覗き込みでもして、そんでそのまま死への恐怖を煽って現実にしたとでも!?」
「戦場で様々な死に方があったが、そういう事か。どいつも、こいつも、"一番恐れる死に方"を体感させられたわけか」
「随分とまぁ、悪趣味極まりねぇことするじゃねぇか、ガイアだか何だか知らねぇが。腐ったもん飼ってやがるぜ」
「……………………」

魔術師達が口々に嫌悪の言葉を"死の恐怖"に放つ。そんな中1人、エメリアだけが無言だった。
ただ言葉なく"死の恐怖"に対してその視線を向ける。それは今までのような敵意の籠った視線ではない。
例えるのならばそれは、何か観察するような、この一瞬を少しでも見落としてなるものかという意志のようなものがあった。
だがしかし、"死の恐怖"は言葉を語るのに夢中で気づいていない。彼に対して悪態をつく魔術師もまた、同じだった。
"死の恐怖"は言葉を続ける。自らの言葉で真実を語り、その真実を以てして眼前の英霊と人間が絶望する様をその手で見るために。

「私は、君たち人類に対して、自滅という名の死を誘発するための、ガイアの抑止の眷属だ……。
 君たちの内側に宿る、死への恐怖。それを増幅させ、そして自死へと昇華させるための破滅機構。それが────私だ」
「なるほど……なるほどなぁ。真名が"死の恐怖"なのも、そういう事か。"死というサイクルに対する人間の恐怖"を利用して……星そのものが人類に滅亡の引き金を引かせるための存在か」
「見事な解釈だビーシュマよ。そうだ。私は滅びの引き金。滅びそのもの! 星の意思、星への愛により人類を滅ぼす概念そのもの!!」


「我が在り方、人類愛より生まれし人類悪などでは非ず!!
 星の意志により人の自滅因子の引き金を引く者! "死"という逃れ得ぬ大災害!!
 クラスを定めるというのならば────そうだな。"オーメン"とでも呼ぶがいい」


オーメン。其の意味は"前兆"を示す言葉。されど同時に、終幕を示す在り方。
"死の恐怖"は語る。終わりと始まりは二律背反であると。始まりの前に終わりがあるのは必然であると。
────────ならば、当代の霊長種に幕を閉ざす自らの在り方は、そう定義するに相応しい。そう、"死の恐怖"は笑った。


「この身は君たち人類を滅ぼすためにある。故に……!! 私は君たち、"今を生きる人類"がいる限り……滅びることはない……!!
 何度でも、何度でも! 何度でも!! 霊長種が存在する限り私は蘇り!! "死への恐怖"がある限り! 私はその恐怖を利用し蘇り自滅へと誘うだろう!!
 私を殺せるものなどいない……。私を滅ぼせるものなどいない!! 何故なら死は!! この世界の法則!! 決して消え入る事の無き概念なのだから!!」
「────────とうとう、本性を現しやがったか」

ビーシュマが吐き捨てるように言った。その背後で、アクィラはガチガチと歯を震わせながら震えていた。
真名が分かった。通常のサーヴァントでないことが分かった。そして────その正体が暴かれた。それならば勝利できると思っていた。
いや、勝利できずとも、勝つ手段が見出せるかとアクィラはかぼそい希望に縋りついて、"死の恐怖"の前に立ち続けていた。


だが結果は、"決して滅ぼすことが出来ない"という、完膚なきまでの絶望が姿を見せただけであった。


「あ……ああ……。無理だろ……"滅び"そのものを…倒せってぇ……!!」
「その顔が見たかった……!! 滅ぼすことが……回避することが不可能な絶対なる死を前に、絶望するその顔が!!!」

堪えきれぬとばかりに"死の恐怖"が恍惚なる笑みを浮かべる。そして声高くその笑い声を響かせた。
自分は滅びぬ、自分は敗北せぬと言わんばかりに、無力なる血に這いつくばる虫を踏み躙り無邪気に笑う子供のように、絶対的なる力を以てして、恐怖する人類を嘲笑う。
その姿は正しく、次なる前兆の為の終幕とされしオーメンに相応しい。ガイアの怪物に並び立つ、霊長の殺害機構と謳われるに相応しい。
絶望する人間を弄ぶかのように、"死の恐怖"はただ高らかに笑い続ける。

「ざけんなよ……どうせ何かあるだろ……!! 倒す方法とか────」
「無駄! 無為!! 無益!!! 君たち人類は我が"死"の前に、無価値のまま死ぬのだ。抗う事は出来ずに死ぬのだ。
 何故なら君たちに、私という世界の機構に逆らう術など、ありはしな────────────」


「────────ある!!!!!!」



声が響いた。


その声は、高らかなる下卑た笑い声が響くだけだった戦場に、凛と響き渡った。


その響きにより、閉ざされて往く生者の希望が開かれたかのような錯覚さえ覚える者もいた。



「"死は滅びない"…………? おかしいったらありゃしないわね!」

「この"死が消え去った世界で"!! 死の絶対性を説くなんて!!」

「分からないようだから、この私が教えてあげるわ"死の恐怖"!!」



「貴方には!! もうこの世界に居場所なんてないってね!!!」






「何を言い出すかと思えば……絶望を誤魔化すための虚勢とは嘆かわしい。
 諦めぬことは美徳ではあるが、時には有終の美を飾るのが歌劇には肝要だ……」
「────絶望? 冗談。むしろこれは"希望"よ。貴方という存在を倒すための方法がはっきりと見えたんですもの」

愚かであるとでも言うかのように嘲り笑う"死の恐怖"を、
逆に未だ気付かぬお前の方が馬鹿だと言わんばかりに笑いながら、エメリアは声高く叫んだ。

「貴方がビーストじゃないって自白してくれたんだからね!!」
「────────────……ッ!?」

エメリアのその言葉と同時に、今まで"死の恐怖"に満ちていた嘲笑と余裕の表情が、初めて崩れた。
その表情を見てビーシュマはニィと口端を吊り上げ、そして意趣返しとばかりに先ほどの"死の恐怖"の言葉を投げ返すように言った。

「グァハハハハ!! "その顔が見たかったぜ"、滅びそのものとやらよ!!
 テメェがガイアの怪物、ビーストじゃねぇというならいくらでもやりようはあらぁ!」
「どういう事だご老体ィ、なんでビーストとかいうもんじゃあ無けりゃアイツには倒す手段があるんだ?」
「簡単だ。俺が先ほど言った人類が倒すべき悪、通称ビーストつうもんは特殊な力を共通して持つんだよ」

そう言ってビーシュマは語り始めた。曰く人類を滅ぼす悪、ビーストという存在は非常に特殊な力があるという。
1つに、単独顕現と呼ばれる特殊な権限能力。2つに、ネガスキルと呼ばれる人類の特性を否定するための能力。
いずれもただの英霊では乗り越えることが出来ず、例え乗り越えることが出来たとしても通用しないか、即座に蘇る。
条件を満たさない限り滅びず、同時に何度でも出現する。それが人類の乗り越えるべき悪性、ビーストという存在の権能である。

「だが奴はその可能性を自分から否定した! そもそもテメェなんぞハナから人類悪だなんざ思っちゃいねぇ!
 人類悪は人類愛が存在するが故に昇華される悪性だァ! テメェのどこに人類愛があるってェんだって話だァ!!」
「なるほど……カマをかけたってわけか。見かけによらず随分と"ワル"じゃねぇか爺」
「"頭が良い"と言えよ鼻タレ小僧。年寄りは敬うもんだぜ?」

余所見をしたビーシュマに対し"死の恐怖"の攻撃が向かう。だがビーシュマは呵々大笑しながらその攻撃を躱した。
自らの絶対性、恐怖による命ある生命への支配が揺らいだ"死の恐怖"は強く歯噛みし、屈辱にその表情を染め上げていた。
そんな"死の恐怖"に対して、ビーシュマは今までの神経を逆なでる言動をそっくりそのまま返すかのように言葉を連ねる。

「テメェは完璧主義な野郎と見ていたぜ。
 なら目の前で間違った考察を垂れ流しゃあ、ベラベラと真実を喋ると思った!!
 全く持って外れねぇ! おかげでテメェが何者なのかそっくりそのまま理解することが出来たぜ!!」
「ま、ちょっとだけ真実を混ぜようってのは私の案だけどね。おかげで最悪の可能性はなくなったから、貴方を倒す手立てはある」
「しかし……滅びだとか死そのものでしょう? どうやって倒すんですかい?」
「大丈夫。倒す手段はもう既に、彼の言動が明示している」

得意げに笑いながら、エメリアは"死の恐怖"を指さす。
"死の恐怖"はその表情から完全に余裕の色を薄め、代わりに「出し抜かれた」と言わんばかりに表情を歪めていた。
それだけではない。彼の表情からは明確な焦りの色が感じられる。何か致命的な存在の欠陥に気付かれたとでも言うかのような、そんな表情があった。
先程までと明らかに形勢が逆転してる。さらにその状況を後押しするように、エメリアは"死の恐怖"に打ち克つための光明を言葉にし始める。

「死そのものじゃないわ。あくまで相手は"死の恐怖"。
 ビーストでない英霊なら、多かれ少なかれその存在は信仰で成り立っている。力も全て信仰から成立している。
 さぁ問題。"死の恐怖"と名乗る存在が、死を力としている。さて、その力の源流は、何だと思う?」
「………………死への…………恐……怖……?」
「正解」

恐る恐る答えた魔術師、五月雨刹那に対し、エメリアが人差し指と親指で円印を作り正解のジェスチャーをする。
刹那はその余りにもあっけなさすぎる捻りのない答えに、逆に不信感を覚える程であった。

「さっきも言っていたしね。"自分は死の恐怖で蘇り"……と。
 逆に言えば、私たち霊長種が死に恐怖しなければ、貴方は今までのような権能を発揮できない!!」
「なんだか随分と呆気ない答えじゃないですかい? 少しそのまますぎやしないですか? 捻りとかないので?」
「"そういうものなのよ"英霊って言うのは。さっきも言われてたけど、英霊というのは"逸話として完成されている"。
 物語、英雄譚、そして伝承。それらが英霊という形を作る。それは逆に言えば"英霊は伝承に縛られる"。つまり目の前の彼も同じなの」
「力を制限されたサーヴァントじゃあない。だが逸話に縛られる英霊ではある……という事か」
「そう。"死の恐怖"と言われるからには、"死の恐怖"を源流として力にする。これは物が下に落ちるぐらい、当たり前のことなのよ」
「その当たり前から外れる規格外こそがビーストっつー存在なんだが……その可能性はアイツ自身が否定してくれたわけだしな」
「………………つまり、"死に対する恐怖"を抱かなければ、奴から攻撃は喰らわない……?」
「そして……"死への恐れ"が世界から無くなれば……あいつは……消える?」
「正解っ。2人とも100点満点よ」

ユキとアクィラの考察に対しニコリ、とエメリアは微笑み指先で花丸印を宙に描いた。
英霊という存在は、その霊基を構築する信仰から成り立つ。故にそのまま信仰が英霊の弱点になる。
ビーストなどといった規格外の存在であればその例からは外れるが、目の前の"死の恐怖"は自らの口でそれを否定した。
ならば英霊の定石に当て嵌め、"死の恐怖"という信仰の形を奪えばその力は消え去る。そうエメリアは考えたのだ。

そしてなにより、その為の舞台は既に整っている。
思えば初めから妙であった。これほどの権能を振るえる存在が今まで何故身を隠していたのかと。
何故これほどの規模の戦争の宣戦布告を、英霊が当たり前になったこの再編世界で行ったのかと。
目の前の存在の正体が分かった今ならばその答えは明白だ。もう既に世界から死の恐怖が消え去るしか道はない故だからだ。
"死の恐怖"は、ただ消えゆく後がない自らの霊基を、この死が消え去った新世界で磨り潰すと決め、この戦争の開戦を宣言したのだ。

それは逆に言えば、"死の恐怖"への対抗たる手段。
即ち"死への恐れ"という信仰の消去という前提が、既に万全すぎるほどに整然と用意されているという事を意味する。


「既にこの世界から死は消え去った!! もはや人間は死を恐怖する必要はない!」


エメリアは毅然とした声で、はっきりと声高く、"死の恐怖"の決定的にして致命的なる点を突いた。
それはまさしく盲点と言えただろう。いや、ただ目を逸らすよう"死の恐怖"に誘導させられていただけかもしれない。
事実"死の恐怖"は何度も何度も声高く、人間は死ぬ生物だと、無価値だと繰り返し続けていた。まるでそうであると刷り込むかのように。
まるで人間が不老不死となった事実が間違いであるかのように。恐怖を煽り立てるような死を何度も戦場で演出した。

だからこそ彼らは皆忘れかけていた。自らの心の臓腑の内側に、死を否定する聖杯が眠る事を。
エメリアの言葉を聞いてハッと彼らは気付いた。その通りだ。当たり前のように大勢の人々がこの戦場において死にはした。
だがしかし、それでも人類は基本的には"死"という、逃れ得なかったはずの終わりを克服することが出来たのだと。思い出すことが出来たのだ。

「つまり、死ぬことにビビらずに殴り続ければ良いってわけか。なんだ簡単じゃねぇかよ」
「ゴミクソみてぇに人間が死ぬから忘れてたぜ。"もう人が死なないなんざ当たり前のことだって言うのに"」
「死への恐れで判断能力を鈍らせていたんだろうかね。恐らくそれも奴の能力か? いや、他に協力しているサーヴァント辺りだろうか?」
「もう死がこの世界には無い。それはつまり、彼にはもう後がないと言えるか。───いや、"後がないからこそ"、こうして戦争を起こしたというのが正しいかな?」
「────────………フッ……。フッハッハッハッハッハ…………! ハッハッハッハッハッハッハッハ!!!」

完全に自らの疵瑕、致命的なる弱点を晒されても尚、"死の恐怖"は高らかに笑った。
勝負を捨てたわけではない。全てを投げだしたわけではない。まだ自分に勝負の分はあるとでも言わんばかりの笑みが其処にあった。
一瞬だけ突かれた自らの隙により見せた苦悶の表情を塗りつぶすかのように、"死の恐怖"は笑みでその表情を染めて声高く叫ぶ。

「ああ……そうだ! 死がこの世界から消えた! やがて死の恐怖はこの世界から消える……。
 人類は死ななくなり、死の恐怖は過去のものとなるだろう。君たちは永劫を生きる存在となる……!」


「それがどうしたァ!!!!!!」


"死の恐怖"がその霊基の限りを振るい叫んだ。同時に巻き起こる魔力の奔流、死の波涛。
エメリアの言うとおりに魔術師達は"死"を恐れぬように己を律し、歯を食いしばって眼前の"死の恐怖"に立ちはだかる。
もう死ぬことはない。聖杯があるが故に人間は寿命を超えたのだ。そう自分を奮い立たせ、恐怖に打ち克たんと拳を握る。

「君たちが生者である限り死は隣にある!! それはただ寿命の幕引きだけではないィ!!
 事故! 病魔! 災害! 自殺!! この世界には数多の"終わり"がそこかしこに息をひそめている!!
 いいや────……。それだけではない。死とはただ生の終わりを指すのではない……。死とは!! 万物の終焉を意味する!!」

だがそれでも、圧倒的なる"死の恐怖"の濁流はほんの少しでも油断をすれば心を破砕せんとばかりに牙を剥く。
病魔、戦争、飢餓、衰弱、災害、焼死、溺死、老衰、過労、自殺────……ありとあらゆる形の"死の恐怖"が心を蝕まんと爪を立てて心の奥底に侵食してくる。
震えが止まらない。吐き気が収まらない。敗北したい。もう死んで楽になりたい。そんな誘惑が次々と泡沫の如く浮かんでは消えてゆく。
その悍ましき恐れに耐える魔術師らを見て、"死の恐怖"は嘲笑いながら言葉を連ねて死という名の安寧の誘惑を昂揚させる。

「形あるものは全て潰える! 今ある全ての物はやがて風化する!!
 私はその"消えゆくという概念"への恐怖だ!! 終わり全てを司るものだ!!
 死がこの世界から消え去った……? 馬鹿げたことを……。この戦場を、自らの死の恐怖に呑まれた憐れなる亡者の群れを見るがいい!!
 これが現実だ!! 例え不老不死という素晴らしき物を得たとて"所詮はこの程度"!! 揺らげば折れる儚き魂でしかない!!
 君たち人類はどれだけ素晴らしい建前を並べた所で、いずれは消え去る無価値な木偶でしかないのだ!!」

"死の恐怖"は叫ぶ。人類は無価値だと。人類に意味など無いと。故に、此処で消え去っても何ら変わりないと。
聖杯で永遠の命を全世界の人間が得たとしても、結局のところ人間から死への恐怖、即ち『消え、喪われる事』への恐れは消えないと語る。
事実彼は死への痛みを想起させ、そしてそれにより数多の命をこの戦場で奪い続けた。だからこそ嘲り笑う。人類は永遠を得ても"所詮その程度"だと。
喪われることが怖くて堪らない。例外なくちっぽけな無価値の種でしかないと────────。


だが


「あら、面白い事を言うのね」


だが此処に、"喪われる事すらも恐れぬ命がある"としたら────?


「そもそも、"消え往くことが無価値だと" "誰が証明したのかしら"?」

「────なん、…………だと?」


"死の恐怖"の放つ死の波涛を前に、不敵に笑うエメリア。
指先で術式を描き、そして"死の恐怖"の放つ魔力を中和する。一種の暗示魔術に近い、彼女の持つ感応魔術だ。
本来ならば死に直面したものを安らかに眠らせる為に恐怖を緩和するためのもの。数多の死を招集するべき役目を得た彼女が創り出した1つの"救済"の形。
数多の死を見届けてきた魔術だが、此度に限り"人を活かす特攻魔術となる"。死の恐怖の支配から逃れた魔術師達は臨戦態勢を即座に取った。

「ならば……何度でも、何度でも死の恐怖を流し込み、心をへし折るまでだ……!!」
「"無駄よ"。この子たちには、もう死の恐怖は効かない。暗示魔術を通して、私が今まで出会った"死という希望"を教えてあげたから」
「………………今まで出会った……死…………だと……?
 死が…………!! 希望だと……!?」
「ええ」

"死の恐怖"はその顔を強張らせる。今まで感じたことのない感情が其処にあった。
疑問。不明。疑惑。懐疑。意図の読めないその言葉に、"死の恐怖"は初めて理解不能と断じた。
"死の恐怖"である彼にとって知らぬ死など存在しない。死とは等しく失われる事。即ち形あるもの全てにとって恐怖でしかない。
そんな死という概念を、目の前の女は"死の恐怖"を否定するかのように口にし、あまつさえ"希望"という、死とは真逆の言葉と繋げて見せたのだ。
理解できない。疑いしかない。そう思考する"死の恐怖"は困惑故に二の句が継げずにいた。
ただ口を噤み、目の前のエメリアの言葉を聞くしか出来ずにいた。

「そもそも、"死が喪われる事"とだれが決めたのかしら?」
「………………なん、だと?」
「さんざん死は終わりだ。死んだ者は失われると言っているけれど……、
 形が無くなってもその概念が残り続けること、ご存じない? と聞いているのよ」

エメリアが"死の恐怖"を指さし、そして揺るがぬ視線を以てして突き刺すように正対する。
そしてその口から彼女は今まで見てきた死を語り出した。決して終わりではない、後に継ぐべくして死んでいった者たちの死を。

「伯林で日本人に会った時ね、その日本人は聖杯戦争に参加していたの。
 私は聞いたわ。"死んだらどうするの"ってね。戦争末期に加えて聖杯戦争への参加。死なないほうが稀と言っていいでしょ。
 そうしたらね、その人はこう言ったの。"拙者は人を1人でも多く守れれば、それでいい"ってさ。……世界には、まず自分より他人って言う人もいるのよ」
「だがそれでも命が失われるという恐怖は、命あるものならば当然ある……。自分より他人を優先するとしても、それに変わりはない。
 例え自分よりも他人を優先したとしても、他人の命が喪われれば怯え震え次は自分だと恐怖する……!!」
「────と思うでしょ?」

まるで、そう答えると予測していたと言わんばかりにエメリアは"死の恐怖"に対して笑った。
その笑みはある視点から見れば、一種の憐れみのようにも映るような笑みであった。
エメリアは微笑んだままに、"死の恐怖"の言葉を否定して語りを続ける。

「違うの。その彼は決して、自分であろうと他人であろうと彼は命に頓着しなかった」
「馬鹿な事を────。命に頓着しない人間など、あるはずが……!」
「"あるのよ"。命が塵芥のように失われる時代に生きた人なら、そういう考えがあってもおかしくない。
 彼は葛藤してたわ。弱い者はどれだけ守ってもいずれ死んでしまう。けどそれでも、強者は弱者を守るべきだ……って。
 力を持つ意味に迷ってたのよ。彼は。それでも当然守れずに死んでいく時はあるでしょう。そういう時貴方はどうするの? ……って、私は聞いたのよ。
 ────彼は言ったわ。"死は物悲しいが、それが終わりではない"。"人が本当に死ぬ時は、誰からも忘れられる時だ"」


「"大切なのは、残された拙者たちが、その亡くなった人を忘れずに、意志を継ぐことだ"────とね」


エメリアは続ける。人は死なない。その人の意志が、言葉が、教えが受け継がれ続ける限り。
例え死しても自分が存在した意味を後世に残す。そして後世は自らの先代に立った人々を見て育ち、生き、そして次に託してゆく。
彼女が伯林で出会った時代錯誤の侍はそのように語ったのだ。人が死ぬのは命尽きた時ではない。誰かから忘れられた時なのだと。
────それは弱肉強食という摂理から逃れたい男の欺瞞だったのかもしれない。それでも、まだ経験の浅かったエメリアにとってその言葉は大きな救いとなった。
死は終わりじゃない。死んでも人は生き続ける。ならば生き残った人々はその死んだ人の想いを、意志を継ぐのが使命だと。その言葉にエメリアは感銘を受けたのだ。

受け継がれてゆくのは、当然人の意志や想いだけではない。
例を挙げれば、ある芸術作品が破壊されようとも、その作品があったという記録は残る。その芸術が作られた技術も相伝される。
いずれその芸術の記録と技術は次なる芸術を生むだろう。ならば失われた芸術に意味はなかったと言えるのか? 否。意味はあったと言える。
何故なら次なる世代に、その存在した意味を残したのだから。

芸術も、技術も、思想も、体系も、国家も、そして人も。
全て存在した意味はあり、そして何1つとして失われたという存在はない。
今まで人類が生み出した全ての概念は、今も脈々と人類が紡ぐ歴史────"人理"の中に生き続けていると。
そう、彼女は胸を張り、"死の恐怖"を真っ直ぐに見据えて語った。

「だから人類に意味がない、なんて言うのは貴方の欺瞞でしかない。
 失われてもこの世界には、ありとあらゆる場所で生き続けている。人も…………、人が生んだ、概念も────」
「…………詭弁だ……っ!! 喪われた概念が受け継がれたから生き続けるだと……!? そんなものは言い訳だ……!!
 死を恐れた命が、死を誤魔化すためだけに並べ立てただけの空想に過ぎない!!!」
「空想でも何でも、要は捉え方の問題……ってェ事だろ?」

"死の恐怖"がエメリアの言葉に、恐慌したかのように言葉を震わせながら言葉を返す。
そんな"死の恐怖"に対し、まるでエメリアだけに喋らせてなるものかと対抗するように、ユキがズイと前に出た。
そして今までの意趣返しとばかりに口端を吊り上げ"死の恐怖"を嘲笑し、そして言葉を連ねた。

「たとえそれが嘘でも何でもいいんだよ。死ぬのに恐怖しなけりゃ、死は怖くないだろ?
 死は終わりじゃない。後は俺らに任せて先に逝け……ってな。生きてるやつが後を継ぐから、安心して逝けるんだよ。
 少なくとも生きてた意味はあった。そうするとホラ、死ぬのも怖くねぇな……って思えてくるだろ?」
「それが詭弁だと言っているのだ!! 死ぬのが怖くないだと…!? 例え意志が引き継がれようと!! お前という個は死ぬのだぞ!!
 この戦場に満ちた死への恐怖こそがその証!! 今だ人間たちから死の恐怖は消え去って等いな────────!!」
「けどね、彼らが恐れていたのは……死というものの副産物、つまり…"死ぬ時の痛みなんじゃないかな"?」

そう言って、ドミニカがユキと同じように前に出る。
自分もユキやエメリアのように、"死の恐怖"に対して一言物申さなければ気が済まぬとばかりに声高く。
肌身離さず持ち続けるマイクを握り、戦場全てに轟かせんとばかりに声を張り上げて彼女は叫ぶ。

「君が彼らから呼び起こしたのは"痛みへの恐怖"。決して、喪われる事への恐怖じゃない。
 まぁ死そのものを恐怖した人もいるだろうさ。でもね? 逆に考えれば"死がそもそも恐れるものじゃない人もいる"
 何故かって? 死より生のほうがよほど苦しいって人もいる。良く言うだろう? "死は救済だ"っていう言葉もある」
「────何が言いたい」
「要は、君の死に対する論調は、停滞的(アダージョ)なんだよ。一側面しか見ない、とでも言えばいいかな?
 死に意味を見出す人もいる。死を恐れる人ももちろんいる。でも"死ぬことが無意味だと決めつけるべきじゃない"。
 喪われた先に初めて意味や評価が生まれる人だっている。ゴッホとかね? だから、少なくとも君が言う"無価値"という言葉は、否定させてもらうよ」
「違う…………!! 違う違う違う……!! 死は無だ……! 死は結末だ!! 死んだ先に意味などありはしない……!!」
「あるさ!! 一回商売相手になった胡散くせぇ姐さんは言ってたぜ? "死とは来るべき時に来るが必ず意味を齎す"ってなぁ!
 ま……その姐さんぁ今なんたらアカデミアっつーガキ集める学校開いて、未だピンピン元気に過ごしているけどなぁ!!」
「お前がどれだけ言葉を重ねようと! 少なくとも此処にいる俺たちだけは口を揃えて叫ぶ! 死は終わりじゃないとな!!
 何度でも主張を叫ぶし、何度だってお前を否定する!! お前という"結末"を覆すために!!」

1人、また1人と、戦場の中に立つまだ戦う意志を胸に秘めた者たちが声高く叫ぶ。
理由は明白だ。そして単純だ。ただ、生きるために。ただ立ち上がるために。ただ────前を向く為に。
そのために彼らは叫ぶ。"死の恐怖"に対して声の限り叫ぶ。生きる意味を。繋ぐ強さを。人の価値を。

「────どうやら、お前の言う"人の無意味さ"は、完全に否定されたようだな!!
 なら、俺たちもむざむざと殺されるわけにはいかねぇよなぁ!! なぁ日本の将軍とやらよ!」
「ああ。人の言葉に応えるのが、俺たち英霊だ。"死の恐怖"、今まですべての終わりだったお前が、とうとう終わる時が来たんだよ」
「終わりにしようか。無意味ではない幕引きを。先へと続くための結末を、此処に紡ごう」
「違う……!! 違うんだ……!! 人は……人の命は……! 総て等しく無意味なんだ……!
 やがて失われ消えゆく……! 零へと至る……! だから……だから人は……! 全ては……っ!!」
「────────何故、そこまで人が無意味であることに拘るの?」
「…………ッ!!」

それでもなお、痛ましい程に食い下がる"死の恐怖"に対しエメリアが問うた。
挑発ではない。皮肉でもない。ただ純粋なる疑問の感情の下に彼女は"死の恐怖"に対して意味を問う。
だがその問いに対して、"死の恐怖"はまるで触れられてはならぬ逆鱗に手を伸ばされたかのように、その表情を強張らせ息を詰まらせた。

「……やめろ……」
「なぜそこまで貴方は、人間は無価値であると主張するの?」
「……やめてくれ……」
「人間が無価値であると思い込みたいのか。
 ────あるいは……」
「やめろ……!」


「人間を無価値だと断じずにはいられない。そんな悲劇を、体感したのか────────」


「黙れええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!」


喉が張り裂けんばかりに、"死の恐怖"の声が轟いた。
その眼光が、初めて目の前の人々へと向いたように感じられた。
その口が、初めて彼という存在の根底にある本質を曝け出したかのように感じられた。

"死の恐怖"の全身に立ち込める魔力が轟く。
英霊達は突如として巻き起こる魔力の奔流に対応するのは愚か、何が起きたかを把握することすらできずにいた。
声が、魔力が、そして死が、セプテントリオンを中心に拡がっていく。同時に戦場に、吐き気を催すよりもなお悍ましき厭な気配が浸透してゆく。
────その拡大する魔力が響かせる大気との摩擦音は、嘆きの慟哭の如く戦場へと響き渡っていた。

「………なんだ!?」
「どうやら、とうとう奴さんは本気になっちまったようだぜ」
「面白れぇ、ようやっとこっちを向いたって事じゃねぇか」

英霊達が全て臨戦態勢を取る。彼らのマスターもまた同じ。
何人かはセプテントリオンの操縦室へと向かい、同時にセプテントリオンを起動させて同じく臨戦態勢へと移る。
同時に宙へと浮遊する"死の恐怖"。憎悪とも、怒りとも、怨嗟とも、あるいは悲哀とも取れる表情のままに彼はその両腕を振るう。
そして、妙なる調べが戦場へと木霊する。

「𝒟𝓊𝓂 𝒻𝒶𝓉𝒶 𝓈𝒾𝓃𝓊𝓃𝓉 𝓋𝒾𝓋𝒾𝓉ℯ 𝓁𝒶ℯ𝓉𝒾.
 運命が許す間は、喜々として生きるがいい。
 𝒱𝒾𝓋ℯ𝓇ℯ 𝒹𝒾𝓈𝒸ℯ, 𝒸ℴℊ𝒾𝓉𝒶 𝓂ℴ𝓇𝒾.
 生きることを学ぶなれば、その隣にある死を忘れるな。
 ℱℯ𝓇ℯ 𝓁𝒾𝒷ℯ𝓃𝓉ℯ𝓇 𝒽ℴ𝓂𝒾𝓃ℯ𝓈 𝒾𝒹 𝓆𝓊ℴ𝒹 𝓋ℴ𝓁𝓊𝓃𝓉 𝒸𝓇ℯ𝒹𝓊𝓃𝓉.
 汝らはただ、その眼に映りし物の中の、幸福なるものしか認識しない」

詠唱が紡がれる。その"死の恐怖"の口から響く言葉の一言一言に、"死"があった。
英霊達が一斉に攻撃を放つも届かない。伝承防御か、あるいは別の何かか、通常の攻撃では届かない領域に今"それ"はいた。
宝具を用いようにも、宝具を発動するための黒水晶を用いる時間が圧倒的に足りない。
可能な限りのあらゆる妨害を進める中で尚、"死"の濁流は加速し拡がってゆく。

「𝒟𝒶𝓂𝓃𝒶𝓃𝓉 𝓆𝓊ℴ𝒹 𝓃ℴ𝓃 𝒾𝓃𝓉ℯ𝓁𝓁ℯℊ𝓊𝓃𝓉.
 故に、理解しきれぬ物を非難し、恐怖し、怯え伏し、死に絶える。
 𝒩ℴ𝓈𝒸ℯ 𝓉ℯ 𝒾𝓅𝓈𝓊𝓂. ℐ𝓃𝒾𝓉𝒾𝓊𝓂 𝓈𝒶𝓅𝒾ℯ𝓃𝓉𝒾𝒶ℯ 𝒸ℴℊ𝓃𝒾𝓉𝒾ℴ 𝓈𝓊𝒾 𝒾𝓅𝓈𝒾𝓊𝓈.
 汝自身を知れ。己自身の足元を知る事こそが叡智の根源と心得よ。
 ℳℯ𝓂ℯ𝓃𝓉ℴ 𝓂ℴ𝓇𝒾.
 即ち、その隣に或る死を想え」

ゴボリ……、と生理的な嫌悪感を催すような音が響いた。
1つだけではない。戦場中、四方八方から、まるで埋め尽くすように嫌悪感の具現の如き音が響き続ける。
嫌悪感から理性がその現実の認識を拒絶する。だがしかし、彼らの研ぎ澄まされた本能が叫ぶ。
異変の詳細を即座に把握しなければ命はないと。故に、魔術師達の視線はその音の響く方向へと向かう。

「ℋℴ𝓂ℴ 𝓋𝒾𝓉𝒶ℯ 𝒸ℴ𝓂𝓂ℴ𝒹𝒶𝓉𝓊𝓈 𝓃ℴ𝓃 𝒹ℴ𝓃𝒶𝓉𝓊𝓈 ℯ𝓈𝓉.
 人とは生命を与えられたのではない。ただ天命によって命貸し与えられた、脆き葦に過ぎぬのだ。
 ℒℯ𝓋𝒾𝓈 ℯ𝓈𝓉 𝒻ℴ𝓇𝓉𝓊𝓃𝒶: 𝒾𝒹 𝒸𝒾𝓉ℴ 𝓇ℯ𝓅ℴ𝓈𝒸𝒾𝓉 𝓆𝓊ℴ𝒹 𝒹ℯ𝒹𝒾𝓉.
 嗚呼、運命とはまこと軽薄だ。与えた生命を、即座に返せと時の鎌を以てして刈り取るのだから。
 𝒜𝒹 𝓃ℴ𝒸ℯ𝓃𝒹𝓊𝓂 𝓅ℴ𝓉ℯ𝓃𝓉ℯ𝓈 𝓈𝓊𝓂𝓊𝓈.
 そうだ。我々はお前たち全てに、平等なる死を与える権利を持つ。」

その視界に映った光景は、理性を崩し発狂しかねないほどに、"生者"の持つ精神を揺さぶった。
彼らの周囲に無数の"死"が蠢いている。いや、正確にその名を現すのならば、命を"死"によって染め上げられた喪われた命。
即ち、"亡者"と表し示すのが正しいだろう。彼らは全て"死の恐怖"の手招きによって死へと誘われた悲しき命だ。

「𝒫𝓁𝒶𝓊𝒹𝒾𝓉ℯ,
 此処に、喝采を。
 𝒶𝒸𝓉𝒶 ℯ𝓈𝓉 𝒻𝒶𝒷𝓊𝓁𝒶.
 役者は要なくなった。舞台の幕は今、閉ざされる」

詠唱が閉ざされる。同時に惨劇の幕が上がる。
戦場を埋め尽くす亡者たちが、一斉に生者たる者たちへと群がるように襲い掛かる。
死した魂は生を渇望する。当然の帰結たるその惨状を目の当たりとし、"死の恐怖"は笑いながら告げた。


「約定は終わりを告げた……。君たちの言葉はこれで終わりだ。故に、私は君たちを此処から葬ろう」

「人間が無価値でないと声高く叫ぶというのなら、それを証明してみせろ。不可能であれば────」

「用済みの役者故、ご退場願おう」



「宝具、開帳。地獄の門よ、出で参れ」

「『終わる命よ、斯く在れかし(𝒩ℯ𝓂ℴ 𝒻ℴ𝓇𝓉𝓊𝓃𝒶𝓂 𝒿𝓊𝓇ℯ 𝒶𝒸𝒸𝓊𝓈𝒶𝓉)』」



地獄の門が口を開く。生の価値を声高く謡う命を飲み込み、その飢えを満たすために。
死が溢れ襲い掛かる。己がかつて喪った生という名の美しき価値を取り戻し渇望を埋めるために。


憐れなるその生を喪った魂は、"死の恐怖"が宝具を開くことで"死"に支配されたままにこの世界へと顕現する。
"死という結末に支配された魂"が、生に溢れし者たちを恨み、妬み、そして否定する。



新世界に響く鎮魂歌は、今この瞬間を以てして最終楽章へと移るのであった。

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