ImgCell-Automaton。 ここはimgにおけるいわゆる「僕鯖wiki」です。 オランダ&ネバダの座と並行して数多の泥鯖を、そして泥鱒をも記録し続けます。




序章




「自分を自分たらしめている物とは、何だと思う?」

師匠が、拙にそのように問いかけたのは、雪が降り始めて間もない頃だっただろうか。
人は、魂だけでは成り立たない。肉体だけでも成り立たない。記憶、人格、経験、意思…………。
そういったものが多数折り重なって、人は今の"自分"を構築する。そのように講義が行われていたのは、何時の事だったか。

『イッヒヒヒヒ! 墓守のグレイに魂の御教授たぁご苦労様だな!!』
「……確かにそうだな……。君には今更な話になってしまうかもしれない」
「いえ、拙は……構いません」
「そうか……。では一つ、講義の時間を始めよう。この場合の"自分"とは、すなわち人の構成の話になる。
 古来より、人は何によって成り立っているのかという考察は重ねられてきた。広く親しまれてきたのは心と肉体の二分法だろう。
 だが心……ここでは肉体という形あるものに対して「形の無い自身」と言い換えるか──「形の無い自身」についてはさらに分割されることも多い。
 古代エジプトにおいては魂は5つの要素で構成されると信じられた。思考をする心臓(イブ)、実体を成すための影(シュト)、名(レン)、肉体より飛び立つための鳥(バー)、生命(カー)……
 中国においては魂と魄の二者が有名だろう。古代ギリシャの哲学者たちもまた様々に分割しようとした。三区分がオーソドックスだが、その中身は一様ではない。
 理知、気概、欲望、知性……現代魔術理論は元を辿ればギリシャに行き着くが、心を三分したギリシャの哲学者たちとは異なり、肉体も含めた三分法に落ち着いた。
 ───すなわち肉体、魂、そして精神の三要素だ」
「そう……ですね……。拙も生まれ故郷では、その三要素を教わりました。
 魂と肉体は、なんとなくわかりますが……この場合の精神、とは……経験や記憶を表すのでしょうか?」

笑うアッドの言葉を、軽くかごを揺さぶることで制止させる。
師匠の言葉を咀嚼し反芻した拙の言葉に対し、師匠は頷いて答えた。

「そうだ。人はたとえ、同じ肉体と同じ魂を用意しても、その経験によって幾通りもの可能性を持つ。
 一卵性双生児などがいい例だ。彼らは医学的には全く同じ肉体を持つと言われているが、当然他人となる。
 それはその生きる道筋、道程が必ず異なるからこそ生まれる"違い"にある。この違いが、人を人たらしめるのだ」

葉巻から煙がたゆたい、そして部屋の虚空に溶けてゆく。
人をその人たらしめる物、過去、経験。その時に師匠が、なぜそのようなことを話したのか、
当時の拙には分からなかった。

「同時にこれは、その人間を見る他者の視点からしても、そうだ」

咥えていた葉巻を指で挟むように持ち、
灰皿の上に置いて師匠は話を続ける。

「例えるならば、神話に語られる英雄は敬われることが多いだろう。
 だが、それを敵視する者もいる。ホメロスに語られるオデュッセウスなどは、
 アカイアからしてみれば戦争を終わらせた英雄だろう。しかしトロイア側からすれば卑怯にも夜更けを襲った策士として映る。
 …………つまり人間など、見方や経過さえ変わればいとも容易く変わる存在であるという事だ。
 それがたとえ、英霊だとしても……。いや、信仰が形を作る英霊ならば、なおさらだ」

師匠はどこか、寂しそうに窓の外を見つめながら言い放った。
レール・ツェッペリンで宣告された、英霊の召喚時の記憶の不連続性。
予感はあった、と師匠は言っていたが、それでも何処か寂しい気持ちはあるようであった。

人をその人たらしめる物、記憶。
おそらく師匠は、その記憶の中で最も多くを占めるであろう、一人の英霊を思い浮かべているのであろう。

かつて、マケドニアを世界に誇る大領土まで広げた、偉大なる征服王。イスカンダル。
その彼がもし、まったく別の場所で召喚され、そして師匠と対峙した時、それは一体、どのような征服王なのだろうか。

「記憶と言えば」

物思いにふけっていると、師匠が唐突に切り出した。
まるで今までの感傷にふけっていた自分が、らしくないとでも言いたいかのように。

「剥離城アドラにおいて、魔術刻印の移植によって意識が混濁するという事例があったが、
 あれと同じように、臓器移植や血液輸血によって記憶が混濁するという事例は世界各地で確認されている」
「そうなんですか?」
「ああ。記憶転移と呼ばれるもので、……あのアドラの一件のように混濁することは稀であるが、
 食事の好みなどが転移するという事は確認されている。例えばファーストフード嫌いの青年が
 チキンナゲットを好むようになったりなどの形で記憶が転移する事例が報告されている」
「そう、なんですか……」
「まぁブラシーボ効果ではないかと言われればそこまでではあるが、とはいえ魔術においてはこれは重要になってくる。
 何せ思い込みを現実に、か細い縁を太いパイプへと変える詐術の世界だ。人間を構成する三要素の1つである"肉体"の癒着は非常に大きなウェイトを占める。
 それが残りの2要素……精神、そして魂に影響を及ぼすということは、十二分にあり得るという事だ」

ここで、先ほどの話に話題が戻ってきた。
人をその人たらしめる物、記憶と肉体、そして魂。
確かに、魔術師にとっての生きる意味とまで言われる魔術刻印ならば、その占める割合は重要だ。

「────ひょっとしたら」

師匠が、ロンドンの灰色の空を窓から眺めながら、小さく呟く。

「ひょっとしたら、魔術刻印を用いれば、案外不老不死というものも不可能ではない、
 ……そう考える人間も、長い魔術の歴史の中では出てきたかもしれない」
「でもそれは、その人たり得るかは保証できない、……のでしょうか?」
「そうだ。どれだけその魂のみが本人と同一でも、それが本人とは限らない」

師匠が椅子から立ち上がり、掛けてあるコートを着なおしてドアノブに手をかける。

「たとえ、魂が本物でも、そこに記憶が伴わなければ、意味はないのだ」

そう寂しそうに呟きながら、師匠は部屋を後にした。
拙もまた、その後についていくように、師匠の部屋を後にした。


【第一章】




それから数日、あるいは数週間が経った、ある日の事であった。

「師匠、弟子のグレイです。入ります」

控えめなノックで扉を叩く。
返事がない。こういう時は大体師匠は疲労で眠っている時が大半だ。
扉をそっと開くと、やはり師匠は机に突っ伏したまま静かな寝息を立てていた。

「………………これは…………」

部屋に入ると、いつにも増して師匠の部屋は散らばっていた。
いつもは整然と隙間の無い本棚だが、今はいくつかの隙間が目立っており、
そして、いつもはゲームソフトが数本置いてある机の上には、山のように本が積み重ねられていた。

「(調べものでしょうか……)」
『イッヒヒヒヒ!! こうして無防備に寝ている所を見るととてもロードとは思えねぇなぁ!
 ああああああっぁぁぁあああ!?』

寝ている人がいる横で大声で笑うアッドを籠を振り黙らせる。
とはいえずっとこの椅子に座ったままの体勢で寝させているのも身体に悪いと思いつつ、
そっと師匠を起こそうとすると、師匠の机の上にある、少し古い年式のワードプロセッサー、
その横に置いてある冊子の表題に目が移った。

「…………世界の滅びの……全て?」
「む……来ていたのか……グレイ」

むくり、と師匠が重そうに上半身を机から持ちあげる。

「あ……すいません。起こしてしまいましたか?」
「いや、良い。そろそろ起きようかとも思っていた所だ。
 そろそろ起きなければ作業に間に合わないだろうからな」

そう言いながら師匠は、自分の横をあくびしながら通り過ぎて洗面台へと向かっていった。





「酷く……疲れていますね、いつも以上に」
「ああ、急ぎの用事と言われたのでな…………。
 聖杯戦争に参加した過去の有る貴方にどうしても……と頭を下げられた。
 まぁ報酬は弾むと言われたので、それ相応の労働だと考えている」

師匠がコーヒーを啜りつつ、作業をしながら話す。
アーチボルト家……というよりライネスさんに対して、
文字通り莫大な借り(一説によるとハリウッド映画が5本作れる程とも)のある師匠は、
こういった臨時収入のある仕事には時たま取り掛かる事がある。

「……誰に、頼まれたのですか?」
「伝承科のある講師だ」

聞き覚えのある名前だった。
伝承科。ライネスさん曰く、時計塔の中で最も擁する学部生の少ない時計塔の科であるらしい。
伝承というだけあり、時計塔の中でも抜きんでて希少な文献を多数保有しているそうで、
一説では魔術の祖、ソロモンの直属の弟子が設立したとも噂される。

「じゃあ……これもその伝承科の保有する……」
「いや、それは違う。それはアメリカの魔術組織……
 表向きは製薬会社を名乗る魔術企業、FFF社の保有する文献の一種だ」

加えて師匠は、他にもそのFFF社には多くの貴重な(中には全く貴重ではない物もあると更に加え)
礼装・魔術触媒が保管されていると説明し、目の前にある古びた文献についての解説を始めた。

「これは世界中に分布する滅びの可能性について書かれた書物でね、
『隕石の落下』『世界中からのマナの枯渇』など様々な世界の滅び方が羅列されている。
……まぁ、中には『山手線から蛇が飛び立つ』などという荒唐無稽な滅び方なども書いてあるが。
だからこそ、オカルト二流冊子として打ち捨てられ、その辺の魔術企業にしか残っていなかったわけだ」
「そんな資料を…………何故師匠が?」

オカルト冊子として打ち捨てられたならば、魔術としての史料価値は確かに薄いはずだ。
稀にそういった魔術の心得の無い一般人が、感性と直感だけで意外な魔術理論を提唱し、
時計塔を騒がせることはある……と師匠から以前聞いていたが、そんなことは例外中の例外だそうだ。

「簡単だよ。境界記録帯の召喚を間近で見た私に対して、
それぞれの滅びに対して直感の感想を述べ、まとめてほしいと頼まれた」
「? …………その、何故サーヴァントの召喚とその世界の滅びが繋がるのですか?」

師匠の話す言葉は、どうにも点と点で線が繋がらないように聞こえた。
境界記録帯(ゴーストライナー)、俗に英霊と呼ばれる存在を召喚し使役する儀式、聖杯戦争。
師匠がかつてそれに参加した事は、自分もよく知っている。
ただそれが、何故この滅びの資料に繋がるのかが分からなかった。

話のつながりが見えてこない自分に対して、
師匠は自分が思いもよらなかった言葉を平然と、まるで当たり前のように告げた。

「ああ、簡単だよ。滅びの概念もまたサーヴァントになり得るからだ」
「えっ!? 世界の滅亡が……英霊に…………?」

思わず叫んでしまった。それほどまでに衝撃的な言葉であった。
世界の滅亡。先ほど述べた隕石の落下やマナの枯渇。それが英霊として召喚される。
…………何も知らない人が聞けば、それこそ1990年代に流行ったニューエイジ終末論か何かだと一笑に付すだろう。
しかし師匠は、大真面目な顔で言葉を続ける。

「なにもおかしい話ではない。人間の信仰、そして人類史への影響が英霊を英霊たらしめるのなら、
 世界の滅びが────たとえそれがフィクションだとしても────境界記録帯として記録されるのは至極真っ当だろう?」
「確かに…………そう……ですね……」

英霊とは、人間からの信仰によって成り立つと以前師匠から聞いた。
それ故、召喚される場所によっては秩序だった英霊であったとしても、悪なる英霊……
時と場所によっては、悪魔や吸血鬼として呼ばれる事もあると聞いた。

「ですが、そんな人類の滅びをどのように召喚するのですか?
 それに召喚したとしても……拙はとても人間に扱えるものとは……」
「当然人間が呼べるものではない。そう言った存在が呼ばれるのは、主に世界による召喚だ」
「…………? 世界……?」

話のスケールが唐突に大きくなったように感じられた。
最初から、"世界の滅びが召喚される"という荒唐無稽なスケールではあったが、
それでも『世界』という存在が英霊を呼ぶという行為に対しては、驚きを隠せなかった。

「この程度は、降霊科の少しレベルの高い講義になれば教えられる事だ。
 人類に抑止力と言う物があるとは講義で習っただろう? これはそれの応用だ。
 アラヤの抑止力の使者と呼ばれる者たちのように、世界がその滅びを召喚するのだ」

抑止力。カウンターガーディアン。
人類の歴史を、より長く安定させるために存在している、滅びを回避するための機構。
本来は聖杯戦争で召喚される英霊……境界記録帯もまた、その抑止力の使者であると以前に聞いた。

「……? あれ? でも抑止力が滅びを召喚する、
 というのは間違っているのではないでしょうか?」

そう。あくまで抑止力は世界を……主に人類の歴史を長く存続させるための物だ。
世界を存続させようという意思が滅びを召喚するなど、これではまるであべこべだ。
抑止力が、世界の滅びを召喚するというのはどうも辻褄が合わない。

「そうだな……。これは何と言えばいいものだろうか。
 例えるのならば……避難訓練……。いや、模擬戦闘と言えばいいか」
「模擬戦闘?」

自分がそう疑問符を上げると、師匠はその机の上に置いてある資料……
"世界の滅びの全て"のページをパラパラとめくり始めた。

「干ばつ、洪水、大寒波、そして疫病……人類は今まで幾度となく、滅んでもおかしくない災害に見舞われてきた。
 だが、それに対抗する力を得てきた。何故か? 人類とは逆光の中でも歩み続ける力があるからだ、
 などと何処かの哲学者は言っていたが、どうやら世界はその哲学を支持しているようだ」

まぁ、私は逆境の中で震えることしかできなかったがね、と
自嘲気味に師匠が笑いながら紙にいくつかの単語を書き連ねてゆく。
それは歴史上で多くあった、大規模な飢饉やパンデミックの名前であった。

「世界はごく稀に、人類に危機が迫る直前や……、
 あるいは世界にとって人類が害敵だと判断した時などにこういった災害を大敵として呼び出し、
 人類に試練や滅びを与えるのだと……その伝承科の講師は言っていた。まぁ事実、災害が人類史に与える影響は大きい。
 例えば文学史に残る、人文主義の傑作と言われるボッカッチョのデカメロンなどは、ペストの恐怖からの心理的逃避から書き出された。
 他にも天然痘を克服するべく、ジェンナーが生み出した種痘などは、まさしく人類が1つの災害を乗り越えた…と言っていい。
 こういった意味では、災害もまた人類史に大いに貢献していると言える。故に、災害もまた……英霊たりうるのだ。
 ……とはいえ多くは英雄に相対する反英雄的な存在だろうし、中には英霊でなく神霊や……、
 霊基として形を成すまでは単なる「記録」でしかないものもいるだろうが」
「なるほど……。英霊とは、そのような存在もいるのですね」

英霊……一般的に言えば英雄と言い表すのが正しいだろうか。
アーサー・ペンドラゴンやオデュッセウス等と言った物語で語られる王から、
カール大帝などのように歴史に大きく名前を残した人々を通常ならば思い浮かべる事だろう。
自分もそうであったが、まさかそう言った滅びや災害までもが英霊として登録されているとは、思いもよらなかった。

「もちろん、通常は召喚されることはない。
 これらの滅びは、世界に記録はされども、本来は対策をとるためのデータにすぎない。
 ただ、何らかの非常事態があった場合のみ……サーヴァントのような霊基として形をとる。そういう存在らしい」

らしい、と師匠はその事柄が伝聞であると言う事を強調した。
実際こんな話、突拍子もなさ過ぎてとてもついていけそうにない。
英霊という存在が、他者よりも少し身近な自分でも、とても信じられないからだ。

信じられないという感情が脳裏を渦巻く中で、一つの疑問が浮かんだ。

「それじゃあ、あの……もしそういった災害が召喚されるとしたら、どのような形で……」

災害が召喚される、と考えると非常に恐ろしい絵面が想像された。
フラットが昨日持ち込んだ、日本製の怪獣映画のような様を思い描く。

すると、師匠の口から出た言葉は、文字通り意外の一言に尽きた。

「ん? ああ、もちろん巨大な獣や怪物として現れることもあるが……
 他の英霊と変わらず、人型で召喚される事も多いそうだ」
「え……っ。災害が、人に?」

思わず声に出てしまった。

「そうだ。驚くべきことじゃない。災害が人格化されるのは、過去をみればそこまで特別な事でもない。
 神話や伝承を紐解けば、そういった滅びの概念が擬人化され、名前がつけられる事象などいくつも見受けられる。
 なぜなら神とは、自然現象の具象化なのだから」

そう言いながら師匠は、机の上に平積みにされていた資料の中から、
何冊かを抜き取ってパラパラとめくって見せた。

「聖書では黙示録の四騎士が有名か。これは飢餓や病などの英霊化だ。
 他にもアバドンと言った存在がいるが、これは蝗害の恐怖を悪魔に例えた物だ。
 他の国々の神話に目を向ければ、中国の神話では金烏と呼ばれる神性が10の太陽を天に掲げ、
 それを弓を使う男コウゲイが打ち落とした……という記述があるが、これを干ばつの概念化ととる説もある。
 他にも有名どころで言えば、冬将軍などが有名か。かのナポレオンをも退けたロシアの寒波に、彼は"将軍"と名を付けたのだ。
 これも災害…………ひいては滅びの概念に名前を付けた、一種の擬人化と言えなくもないな」

師匠の取り出した資料を見ながら、不思議と自分は納得していた。
なるほど。確かにそう言った人間としての概念があれば英霊としては成立するのかもしれない。

ふと、そう考えていた時に疑問が浮かび上がった。
英霊には、その存在を定義づけるクラスという物が存在すると以前師匠は言った。
剣の英霊ならばセイバー、弓持つ英霊ならばアーチャー、といった風に

「その、滅びの概念の英霊は、どのように呼ばれているんですか?」
「ああ……。何度か出現が時計塔の記録に残っているが、それらはこう呼ばれている」

一呼吸、置いて師匠は告げる。

「アークエネミー、と」

アークエネミー、大敵。滅びに与えられるクラスのはずなのに敵と評する。
間違えているようで、されど非常に本質をとらえたその名は、
何処までもその存在の本質を深く表しているように聞こえた。

そんな考えを脳裏で巡らせていると、扉をノックの音が叩いた。

「そういった災害の中で、最も人類……いや、生命が本質的に恐れるものがある。
 生命であるが故に逃げられない…とでもいうべきか。まさしく終焉の王……それは……っと」
「やぁ邪魔するよ? おや……、講義中だったかな? では存分に続けてくれたまえ」
「別に構わない。この程度ならば」

入ってきた人影の顔を見るなり、師匠の額に刻まれていた皺がやや深くなる。
絹のような金髪をサラリと揺らし入ってきたのは、ライネスさんであった。

「そうかい、私はてっきり君が可愛い内弟子をみっちり講義で苛め抜いているのかとばかり」
「生憎と、君のような趣味を私は持ち合わせていないのでね」
「おお酷い。私が一体いつそんな趣味を持ったというんだい?」
「まったく……。それより、要件は何だ」

いつものようなやり取りを繰り広げた後に、
師匠が短くため息を吐いて強引に本題に入らせる。

「ん? ああ、そうだね。はいこれ」

そういって、ライネスさんは懐から一枚の封筒に入った手紙を師匠に手渡した。

「降霊科からの手紙だ。君に是非とも渡してほしいと言伝されたそうだよ?
 随分とまた、高く買われているようじゃないか。義妹である私としても嬉しいぞ?」
「差出人は?」
「それが秘匿主義故伝えられないの一点張りさ。
 まぁでも? 詐欺だとか罠だとかそう言うのは無いと断言できる。
 なぜなら魔術界隈なら、騙し合いはむしろ正々堂々するだろうからね。
 そうしないと、相手の心を折れないのだから」

まるで実際に体験した事であるかのようにライネスさんは言いながら、
指をくるくると宙で回しながら、その手に持っていた手紙を手渡した。
師匠はその手紙に目を通し、眉間にいつも以上に深く皺を刻んで言う。

「…………また随分と、面倒な厄介事を持ち出すな君は」
「はははー。今回は私は悪くない。文句なら、義兄に言ってくれたまえー。
 聞くに、"彼ら"の分家の一つと義兄はある程度の親交があったようだからねぇ」
「この私があの人に文句を言う事も、言う資格もないと分かっていながら言うな君は……。
 しかし、随分と珍しいじゃないか。"彼ら"から時計塔の権力者へ手紙などとは……」
「ほぉー? "彼ら"かぁ。しかもロードへ手紙。珍しいじゃないか。これは、聖杯でも降るんじゃないか?」
「どういう状況だそれは」

ため息をつく師匠に対してライネスさんは、
いつものように楽し気に口端を吊り上げながら笑って言った。
手紙の文面をのぞき込むと、そこにはこう書いてあった。

『始まりの石の血脈に宿る、殺意の影をどうか祓って欲しい』、と

「始まりの……石?」
「石の血脈…という言葉を用いる家系は一つしかない。
 ────オリジンストーン。魔術界隈でも有数の、分家を数多く保有する魔術師の家系だ」
「だが随分と抽象的だねぇ? 封筒の色は黄色で装飾はラベンダーか……水星の暗示とも言いたいのかな?」
「しかし送り主は降霊科だろう? ならば送り主はマイルストーンか、あるいはブラックストーンあたりでは?」
「ふぅーむしかし…影、影と来たか。大方先日の、ダイオニシアス卿の訃報にまつわる案件かな?」
「おそらくな。伝え聞く話によると、"自分の魔術により殺された"という不可解な死に方だったという」
「ははは! それは探偵様の登場もやむなしだなぁ! そろそろ探偵の英霊として召されるんじゃないか?
 ほら、ホームズとかヴィドックとか、そういうのも座にはいるんじゃないのか? ディテクティヴとかそういうクラスで!」
「そのようなエクストラクラスは確認されていない……」

ハァ、と深く師匠はため息をついた。
対してライネスさんは相変わらず楽しそうに、くるりと身を翻して
眉間を抑える師匠の顔を覗き込む。

「だがチャンスなんじゃないかなこれは?
 あの漆黒の水晶の総元締めたるオリジンストーン家と交流を持てるなら、
 また随分と……有利に立てるんじゃあないかなって思うんだよ私は」
「あまり私は呪体の取引には興味はない。そういった事柄は君の方がまだ得意であろう」
「ふぅーん? 上手く行けば、エルメロイへの借金を減らせるんじゃないかなぁ?」
「………………」

まるで、そこを突かれると何も言い返せない、とでも言いたげに師匠は下唇を吊り上げ眉間に皺を寄せる。
それにしても……オリジンストーン、といった家系は、また初めて聞く名前だった。実際自分は時計塔に来てまだ日が浅い。
故に、こういった場面でいつも、それがどのような物なのかを理解できずただただ困惑するしか自分には出来ない

「良いだろう。行ってやる。行けばいいんだろう」
「話が早くて助かる。まぁうまくできれば、高く転売できそうな触媒の2つや3つを土産に持ってきてくれたまえ」

そう言いながらライネスさんは、片掌をひらひらと舞わせるように振りながらその場を後にした。
対して師匠は、長いため息をついた後に、こめかみを抑えていた。

「……師匠……?」
「悪いが……また君を厄介ごとに連れていくこととなりそうだ」
「拙は……構いません。師匠が行くところならば、何処へなりとも」
「それはそれで自由意志と言う観点で非常に心配になるが……まぁ良い。
 今回に関しては素直に、君の好意を受け取っておこう」

そう言って師匠は、何処か覚悟を決めたように立ち上がり、
そして懐から取り出した葉巻にゆっくりと火をつけながら言い放った。

「一週間後、我々はオリジンストーン家の屋敷に発つ」





〜ロード・エルメロイ2世の事件簿 Case.EX〜

              『始まりの意思』



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