名も無き大英雄のそれ
わたしはモーク!10歳です!なんとわたし、すごい人!…になる予定なんです!
「英雄人」って、みんなは知ってるかな?『最後の預言者』様が言うには、この世界にしか生まれない超特別な人間なんだって!善なる存在である人間たちの中でも特に光の要素を強く持つ「英雄人」。
しかもそれだけじゃなーい!わたしはなんと、なんと!その中でもものすごく珍しい、「完全」の力を持って生まれた「英雄人」!生まれてすぐに力がものすごく強いから分かったんだって!お父さんを持ち上げたらしい!すごいでしょ?
そしたら村のみんなが祝福してくれて。なんとあの、『最後の預言者』様直々に祝福のキスまで貰っちゃった!
それからは毎日あの悪い化け物たちを倒してるの!1人で!普通の「英雄人」だって、子供の時から1人で戦うなんてできないんだよ?今もその最中!
わたしの前にいるのは、大きな飛竜。確かこの鎧みたいな皮膚の奴は、『凱飛竜』ゲフート!っていう種類のはず。ゲフートの特徴は何よりその硬い皮膚。普通の刃は通らない。じゃあどうするか?答えは簡単、皮膚以外を攻撃する!
今日わたしが持ってきた武器はわたしの背丈の10倍はある槍。これを口に突っ込んで抉れば討伐完了!…なんだけど。口を開けさせるのが難しいんだよね。そこらへんは作戦があります!
ゲフートが突っ込んでくる。単純な生き物!その頭上にタイミングよく生肉を投げてやる。ビンゴ!
案の定釣られて口をあんぐり。そこに思いきり槍を突き刺す!捻る!振り回す!あっさりバラバラにしてやった。また一つ、悪を滅ぼした!これがわたしの一日。毎日善行!しょーじんしてます!
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私はモーク。20歳になりました。晴れて成人して、これでもっと強い敵を倒しに行っても良くなった。昔の友達とは、すっかり縁が遠くなっちゃったけど。
そういう人を守るために「英雄人」がいる。その中でも私は「完全」なんだから。『最後の預言者』様の教え。私はこの世の光。いつか、あの『聖胎竜』を倒すために!
さっそく私は成人限定の危険な依頼を受ける。"覇種"と呼ばれる特に危険な進化を遂げた怪物。
4人ほどのグループを組んで、立ち向かう。
「完全」がいるなら頼りになるよ、と皆に言われる。「英雄人」の中でも極めて珍しいのが私たち「完全」。でも私もこう返す。
「私にできるのは、力一杯暴れるだけ。サポートができるのは、やっぱりほかの力を持ってる人。お願いします!」
精一杯、頼む。これは本当のことだから。皆照れ臭そうに笑う。この一回きりの縁だとしても。死人が出るかも知れないとしても。それは人を大事にしない理由にはならないから。
"覇種"は様々。とにかくでかい奴、どこかが異常に発達してる奴、複数の怪物が合わさったような奴。今回は、全部載せだった。
「とおおおおおおおおおお!!!」
すっかり馴染んだ槍で貫く。あの頃よりもっと大きくもっと鋭い奴だけど。私にしか使えない武器。「完全」じゃなきゃ触れただけで危ないほどの力が込められてるらしい。
"覇種"は呻く。まだ足りない。もう一撃!その瞬間、そいつはこちらから目を背けた。まずい。"仲間が狙われている。"
そいつが仲間を八つ裂きにする前に。こちらが!お前を八つ裂きにしてやる!頭を叩く。動きを止めた。力一杯脳天から突き刺す。そして!内部で振り回す!
決まった。ギリギリでそいつの爪先は、仲間に届かなかった。注意を引き付け、彼らを守るのも、私の仕事だ。絶対に、私の目の前で。仲間を殺させたりしない。
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さらに10年。私は、一万を超える軍勢を引き連れていた。ついに相対する、『聖胎竜』バハムート。この世界の最大の悪。そう『最後の預言者』様は言っていた。ならば、それを討ち倒すことが。私の最後の使命。
見上げ切れないほど巨大な竜が、ゆっくりと動き出した。こちらを認識した。
落ち着いて。いつものように。あれだけ首は細いのだから。突き刺して、振り回す。どんな敵にも弱点はあったじゃないか。
周りからも緊張感が漂う。皆死ぬ覚悟はできている。それでも、私は。最後まで戦ってみせる。
ぱん。また弾ける音がする。誰かがあいつの胃酸で死んだ。こいつが再生するのは知っていた。こいつが一度受けた攻撃を防ぐのも聞いていた。
だから千を超える攻撃を放った。私だけじゃない。皆がそうした。
私の攻撃は全て首を捉えていた。急所だと、弱点だと思ったから。なのに。何故。
あいつは未だに無傷なの?
みんな死んだのに。みんな全力だったのに。私だって、いたのに。擦り傷一つない皮膚。あっという間に、骨まで溶けて行く仲間たち。
こんなの、勝てっこない。海へと逃げ出した者もいた。海すら胃酸に毒されていることも忘れて。端的に言えば。最初から、詰んでいた。
最後の武器を取る。愛用の槍。せめて、傷一つ与えたい。この戦いが無駄でなかったと、証明したい。そう思った時だった。
あいつが天に向けてその鎌首をもたげる。ぱっくりと口を開いて、そこからもくもくと雲のようなものが出てくる。なんだ。変化があるじゃないか。こいつも生き物じゃないか。そんな安堵をしたら、力が抜けてしまった。
そうして。間も無く雨が降り注いできて。こいつはどうしようもないと、改めてわかった。
「ぱひゅっ」
私の断末魔らしい断末魔は、それで終わり。
無価値な命の邂逅が、伝説の始まりとなるか。
これは、幾万年の先。一人の大英雄が「本物」になりうる運命の始まり。
俺だけだ。あの闘いが無駄だと思ってるのは。
どいつもこいつも『最後の預言者』や周りの大人に言いくるめられて、死ぬために闘いにいく。
あの『聖胎竜』と何年戦ってるんだ?何年人類は発展を武器だけに費やしてるんだ?
そう思った。だから、あの日。
俺はこの世界から逃げ出した。「完全」の俺には逃げ出すことなど容易かった。
陸地の果てのギリギリ。そこで、あの女に会った。
俺は15だった。あの女はそれを子供扱いしていたんだから、あの子供みたいな見た目でも20は超えていたのだろう。
子供みたいに笑っていた。けらけらと。やっと新しい航海先を見つけたのに、こんな原始時代とは。
そんなふうに言っていた。まあ、確かに俺たちの無骨なものと違って、そいつの服は複雑に光り輝いていた。
これだけで技術をそんな方向に回す余裕があるのだとわかる。この世界は全ての発展を武器に費やさなければあのデカブツを倒せないのに。
ここの特色を教えてくれとあの女は言った。
悪いところだけ並べてやった。
「英雄人」はみんな無駄に死んでいくこと。全てあの巨大な竜が聖杯を飲み込んでから始まったらしいこと。あの巨大な竜は何万年も何万回もの戦闘を無傷で生き残っている理不尽の権化だと。
この世界は存在そのものがおわっているんだということ。
そうだ。俺の声はどんどん語気が荒くなっていく。お前らにはわかるまい。どこから来たか知らないが、ここには闘いと死の螺旋しかない。
そしてこのままいけば人間は滅びる。それを食い止めるために必死に死ににいく。
本当に未来があるのかなんてわからないのに。
それが無駄じゃないなんてわからないのに。
言い切った。息が切れていた。いつのまにか前の女の笑みは消えていた。真剣に、向き合い始めた。
そして一言言った。
『別の理を持ち込めばいい』
そう、言った。
私の世界。聖剣を生み出す湖の乙女の世界。そこでは誰もが不完全な湖の乙女。どこかの世界へ航海し、知識を蓄える。そしてその身を磨ぐ。そして『王』へとその身を捧げ『聖剣』と化す。
それが私の住む世界、
『処女献刃血湖 ユートピアビヨンド』。
無意味な死ではないと思っていた。王の力になるのだから。それは未来を繋ぐと信じていたから。
でも。何か気持ちが変わった。私が航海したこの世界。そこに住む少年は、未来のための戦いは無意味だと言ったから。
一言で言うなら。興味深いと思った。もっと簡単に言えば。
一目惚れ、だ。
目の前の女がしばらく黙っていた。ここの人とは何もかもが違って、綺麗だと思わざるを得なかった。だから次の瞬間、驚いた。
その女が短刀を取り出し、自らの身を割いた。額から腹部まで深々と切り裂いた。
服がはだけ、裸体が見える。その内側も、見える。
血塗れの女が笑って言う。
「これは私の気まぐれ。私の命もあなたと一緒でとっても軽い。だけど。
この時よりこの身は、この聖剣は。あなたが持つ事でのみ真価を発揮するものとなる。
二つの世界の交差。無意味な命達に価値が生まれたら、素敵だと思いませんか?」
裂けた体から彼女は一つの物体を取り出した。刀身のない、剣の柄。これが、『聖剣』?
「あなたの話から、あなた方の宿敵の概略はわかりました。瞬時に再生する体。一度加えられた攻撃に耐性を持つ体。
それだけなら、私という異界の存在が身を捧げれば。あなたが私を生涯の聖剣としてくれるなら。解決できる。」
馬鹿な。そんな簡単に解決できるわけがない。それでも女は続ける。血を吐きながら。
「簡単です。私の身体はこれより、あなたの意志によって無限にカタチを変える聖剣となる。あとはあなたが、あの竜より先に死ななければいいだけ。鋼の意志を保ち続け、無限に切り捨てればいい。」
なるほど。確かにそれは、簡単とは言えないな。耐性をなんとかする手段が生まれただけ、か。
俺にはまだ理解できないことがあった。何故、この女は死のうとしているのか。問うた。答えはシンプルだった。
「…この世界を救う方が、王に身を捧げるより有意義だと、あなたの言葉でわかったから。
もっと言うなら。その言葉であなたに惚れてしまったから。一方的な、刹那的な恋慕にすぎませんが。
今から私は人の形を失いますが。物言わぬ剣に成り果てますが。
それでも、両想いになれたら、嬉しいです。」
そう言って、その女の体は砂のように消えていった。
残ったのは剣の柄。恐る恐る手に取る。女の声が聞こえたりはしなかった。変わったのは、刀身。
薄く透き通る刃が浮かび上がり、陽炎のように揺らめいた。
恋慕だとあの女は言った。意味は分かっていた。その言葉の重さは、受け取っていた。
文字通りあの女の写身。これから生涯俺が持つ剣。
名前くらい、聞いておけばよかった。そう悔やんだ時、彼女が遺していったであろう指輪を見つけた。
少年は知らない。湖の巫女は一つの言葉を指輪に刻む。そうして、数多の剣の一つとなる時、その指輪から王に名付けを受ける。
いわばその指輪に刻まれるのは、彼女達の望む剣の銘。そしてそれは、指輪を手にした時。
「我が名は、シェミナーツ。王のために命を捧ぐもの。」
そう、元のカタチの声にて忠義を尽くす。
それはシステム的なものに過ぎない。
しかし、少年はこの声を聞いて決意する。本当に自分は、ひとりの命を背負ったと。
そしていずれ、幾億の先人のようにあの『聖胎竜』に挑み、ついに終止符を打つのだと。
「…ありがとう、シェミナーツ。そして、これからよろしく。
…この闘いの終わりは、俺が作る。
きっとそう、皆が決心して死んできた。俺もその死の行進に並ぼう。
きっとシェミナーツだけじゃない。数え切れない人の命を背負うことになる。「完全」としても。『聖剣』を得た唯一の人間としても。」
そうして彼女の服を埋め。簡単な墓を作ってやる。村に持ち替えれば貴重な資源になるかもしれない。こんなところで埋葬してもすぐ粉々になるかもしれない。
命の価値が限りなく薄いこの世界では、墓を作る文化は形骸化していた。
それでもこの人の命は。もしかしたら、物凄く偉大な犠牲になるかもしれないと思ったから。
「いや、違うな。俺がこの『聖剣』であの竜を討ち倒して始めて、そう胸を張って言えるんだ。偉大な献身があったと。」
言って、遥か遠くの巨大な竜を見る。人の命をゴミのように、幾万幾億と散らしてきた竜。あの竜が聖杯を飲み込んでいる限り、少なくとも平和は訪れない。
聖杯を胎より取り戻す。それがこの世界に住む人間全員の願いだ。そして当然、俺の願いだ。
その先にいつか至る破滅があるとしても。今の均衡が崩れたあと、この世界がどうなるかなんて分からない。それでもだ。
あの竜を倒さなければいけない。もう、いのちを一つ背負ったから。これからも背負い続けるから。
『聖剣』の英雄。永久の闘争を終わらせるか、否か。
ひとつ、彼女を偉大な伝説の存在へ動かせた。
『最後の預言者』マニ。『永絶闘争螺旋 ファイロジュラシック』の主。当然彼女の耳にも、貴重な「完全」が逃げ出したという情報は入っていた。
この果てしない戦いで、確かにあの竜は傷ついていない。それでも確実に意味はある。彼女の知る限り、当初は傷を負っても見えないほどの速度で回復していたバハムートは、今や回復に5秒ほどかかるようになっていた。
必ず奴に限界はある。だからそれまでにこの人々を絶望に覆わせてはいけない。曲がりなりにも教祖として、マニが未来を想っての結論だった。
「逃げ出した「完全」が帰ってきました!見たことのない武器を持って、あらゆる竜を切り裂いて。そして無傷で。」
その知らせが届いた時、ホッとした。しかし同時に疑念が湧く。見たことのない武器?
『聖剣』シェミナーツを手にした少年が、マニの前に現れた。確かにあの武器は、この世界にあらざるものだ。ゆらめきカタチを変えゆく刀身。
「それは、異界の力ですね?」マニは問う。彼女はそれを悪か見定めねばならないから。
「これはおれの『聖剣』シェミナーツ。俺の名はハオウ。これから俺は永久に、この剣だけで戦う、ハオウ=シェミナーツだ。」
覚悟を見た。魂の輝きを見た。マニは宗教家としては俗な人物かもしれない。しかし。
「ハオウ=シェミナーツ。わかりました。そう名乗るのがあなたの善ならば。
肯定しましょう。祝福しましょう。
…あなたの『聖剣』。無限にカタチを変えている。
それはきっと、何度でもあの竜に刃を通せるということ。あなたが、この死闘に終止符を討ち得るということ。」
マニには、人を見る確かな目があった。だから、決して彼女は間違えない。全て自身で判断をこなせる能力があるから。
少年、ハオウ=シェミナーツは言う。
「俺は確かにあの竜を無限に斬れるだろう。だがそれには二つ条件がある。俺の心が折れないこと。俺が死なないこと。俺は、まだ無力だ。きっと成長するべきだ。
そして、俺が死なないためには、守ってもらわなければならない。
その戦法は、はっきり言って酷い。俺以外を捨て駒にするようなものだ。
それでも、やる覚悟は俺にはある。もう、一人既に命を捧げられてしまったから。
お前はどうなんだ。『最後の預言者』。こんな俺を、善と言えるか。」
問われた。面白い。問答など久しぶりかもしれない。
「私の教義。善悪は勝敗で決まるものではない。それくらいは、覚えていますよね?」
まあ、覚えていないなら今教えるまでだ。我が教義は柔軟。それは、世界に合わせて絶対の聖典を作り上げられると言うこと。
マニは続ける。
「今の世界はまさにそれ。悪が蔓延り、善は追いやられる。しかし。善を伝えるために呼ばれたのが、私。
そして今、あなたは異界からなんらかの方法で力を得た。詳細は聞きません。
しかしこれはきっと運命。ええ、そうです。あなたがあの竜に勝つ確率は、限りなく低い。
アフラマズダとアンリマユの戦いの再現と言ってもいい。ならばこそ!あなたは死ぬとしても!生きるとしても!その戦いは偉大なものとなる!
いいでしょう。これからあなたは本物の英雄です。死んでも生きても、名を残しなさい。未来の人々の希望となりなさい。」
そして、了承が得られた。
ハオウ=シェミナーツは一礼して、出ていく。
「シェミナーツ。やったぞ。俺とお前は名を残せる。絶対に、お前を無駄にはしない。」
決意は新たに。
竜は、未だ知らない。知る必要もない。あまりにも、その存在は大きい。
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