最終更新: nevadakagemiya 2017年01月05日(木) 21:50:09履歴
―――紀元前、神との分かちを絶っ手から間も無き時代。
まだ神代と呼ばれていた時代。神秘が根付いていた時代―――
魔術の祖と謳われイスラエルを最も発展させた古代イスラエルの第三代王がいた。
七十二柱の魔神を使役し、初めてイスラエル神殿を築き、人類に魔術をもたらした人物がいた。
知恵者の証である十の指輪を持ち、神よりの啓示を元に奇跡を起こし、
そしてそれらを全ての人間に使えるようにした、全ての魔術師の祖が―――。
―――――――いた、はずだったのだ―――
その男は、自らの全てを投げ打ち、捨てたり、全てを”返した”。
…訣別の時きたれり、其は世界を手放すもの(アルス・ノヴァ)。
自らが遺した、残してしまった七十二の魔神たち、それらが引き起こした人理焼却。
その全てを償う為に、その全てに、決着を着けるために―――
魔術王ソロモンは、この世界から姿を消したのだった。
◆
―――2016年、人理継続期間カルデア
「突然呼び出してすまない、立華ちゃん、マシュ」
中世の天才が、いつになく真剣な顔つきでいる。
見慣れた部屋、見慣れた場所、見慣れた地球、しかし、雰囲気はいつもとは決定的に違う。
「人理の修復が終わってすぐで本当に申し訳ない。ただ、見過ごすことの出来ない事件が起きた」
何が起こったんですか? と、俺は頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出す。
ただ、なんとなく直感していた。こう言う時は、こういう異常事態が起きたってことはその原因は一つに決まっている。
「もしや…特異点が…?」
隣にいる、かつて自分と共に戦った、そしてこれからも一緒に戦う事を誓ったサーヴァント…いや、後輩が聞く。
…やっぱり、考える事は、思いつく先は同じか。
「―――、察しがいいね。悪いけど、またレイシフトをしてもらうよ」
「でも、レイシフトは複数の組織から許可を取らなくては―――」
「そんなプロセスを踏んでいる暇はないんだ!」
中世の天才が、突然大声を張り上げる。
鬼気迫るような、今まで見たことがない表情だった。
「これを…見てほしい」
ヴゥン、という音と共に画面が空間に浮かび上がる。
それはどこかの地図のようであった。そこに複数の光がポツポツと灯っている。
20〜30と言ったところだろうか。
「…まさか、これは…?」
「これは、確認された特異点の魔力反応だ。…映っている光は、その全てがサーヴァントだ」
「!?」
後輩が眼を見開いて驚く。自分も同じ感情だ。
これほどのサーヴァントが一斉に特異点に!? そんな…今まで見た殿特異点よりも…多い!
「そして、この中央を見てほしい」
中世の天才が杖で中央を差す。そこには他の光源の何倍も大きい光が灯っていた。
「…これは?」
「分からない。ただ、他のサーヴァントの数十倍も大きい魔力反応だ。
相当の物だと考えられる…」
「―――…。」
「そして、この特異点で最も見過ごせない部分がある。それは…時代なんだ」
「…」
頬を冷や汗が伝う。何か、何か嫌な予感がする。
「いつの…時代なのでしょうか?」
「…紀元前、931年、場所は聖都イェルサーレム。
ソロモン王が死んだ歳だ」
『!!』
俺と後輩が、ほぼ同時に驚く。
まさか、まさか―――。いや、そんなことは…
否定しようと頭の中で否定の材料をさがすが、良い物がない。
「…この特異点にも、かの王が関わっている、と?」
「それは無い。それはロマンが…。…………いや、…なんでも無い。」
『…………………………………』
三人の間を沈黙が走る。
一体、何がこの時代に起きたのか。
よりによって彼が…、彼がいた時代で、また特異点だなんて…。
「…とにかく、レイシフト経験があるのは君たちだけだ
他のマスター候補たちは今はリハビリ中だから…」
「…分かりました」
コクリ、と俺と後輩がうなずく。なぁに、レイシフトなら今まで何度もやった事だ。
…でも、まさか次の特異点が…。
…いや、何度も考えてもしょうがない。
まずはこの眼で、そして肌でこの時代で何が起きているのか確かめないと…。
◆
「…あら?アナタもこの時代に呼ばれたサーヴァントかしら?」
妖姿媚態な古き魔女が男と対峙してニコリと微笑む。
「――――――――――。」
対して男は、不愛想な表情でただ彼女を睨むだけであった。
白衣を身に纏った、博士のような男だ。
「あらぁ?ひょっとして違ったかしら?」
「いや…、ワタシも聖杯に招かれしものだ。神代の魔術師…いや、魔女よ」
「あんまり変わらないから、呼び方は好きでいいわよ?悪魔の頭脳さん☆」
女性が男をそう呼ぶと、男の眉間に刻まれた皺が一層深くなった。
「…何故、その名を知っている?」
「ちょぉっと、千里眼でね。魂の経路が見れるの。でも魔術王さんや楽園のお兄さんには敵わないけどね」
ふざけるように、おどけるように言う女性。その言葉は普通は信じられない物であるが、男は何一つ疑わずに聞き入っている。
「…ふん、流石はキャスターと言うべきか。ワタシのように『当てはまるクラスが存在しないが故に、仕方なく』
キャスターになったようなものとは実に違う。」
クックック、と男は喉を鳴らす。
「あら…あなたもキャスターなの?あらー…普通の聖杯戦争じゃないみたいねぇ」
「ああ、我々が矮小な人間の魔術師に使役される物か。ふん、想像するだけで吐き気がするよ」
「それにー…」
周囲を歩く人間を見ながら、ぼそり、と女性はつぶやく。
「ここ、人間が一人もいないんだもの。やっぱり変よね?」
彼女がそう言った瞬間、周囲を歩いていた人間が一斉に変化した。
まるでさなぎが割れて中から成虫が出てくるように、バカリと人間が割れて、那珂から醜悪な化け物が現れ出た。
それはまるで柱のような姿であった。そしてその周囲には、複数の眼が付いているという、まさしく”異形”といった物であった。
「…どうする古き魔女よ?どうやら貴様は知ってはいけない事にきずいたようだぞ?」
「あーらあらー、パンケーキの材料に良いかしらね」
おとなしそうな顔をしながら、何やら物騒な事をする女性。
「オイオイオイ、何をこんな時に冗談を…」
「どけぇ!みんな!!」
バッ!と少年が屋根から飛び降りた。髪型が三色に分かれ、逆立っている派手な髪型の少年だった。
「? なんだまた英霊か…?」
「そいつらを焼き払うぜ!伏せるか逃げるかすることをオススメするぜ!」
少年が持っていた杖を掲げる。するとそれは円盤状の機械のような物に変化した。
少年はそれを左腕に装着した。
「機械…いや違うな。」
「私と同じくらいの時代の子かしら?服装的に」
「ドロー!…ふっ、良いカードだぜ!俺の引いたカードはラーの翼神龍!!」
彼がカード…いや、タロットというべきであろうか、それを掲げると、天空に巨大な発光物が出現する。
そしてその物の発した光を浴びた多数の化け物がうめき声を上げて、弱弱しく倒れていく。
そしてやがて小さくなっていったと思えば、最終的に元の人間の姿に戻った。
「なんだ…?化け物かと思ったら人間だったとでも?」
「分からないわよ。油断させて突然ワッてくるかも」
「…いいや、そいつは紛れもなく人間だぜ。」
ザリ、ザリと一人の男がこちらへと近づいてきた。
サングラスをかけたツンツンとした髪型の男だった。
「医者である俺が保証する。そいつらからは、今は特に変わった魔力は感じねぇ。…今はな」
「…ほう?”今は”とは…」
「そのまんまの意味だよ。そいつらは今みたいに気絶している時は人間だが、
どうも動いている場合は人間じゃねぇものが混ざっているみてぇだ。」
シュボ、と男が煙草に火を付けながらサングラスをかけ直す。
「さっき向こうの方にいた奇人(いしゃ)も言っていたよ、ここに動いている人間は一人もいねぇってな」
「? その人は?」
「『こいつらを解剖させろ』だのなんだのとうるせぇから別行動にさせたよ。
やれやれ…。同じ医者として驚いたが、まぁああいう医者もアリっちゃありか…」
「随分とまた、おかしい奴に絡まれたみたいだな」
先ほど屋根から乱入してきた少年が笑いながら言う。
「いやお前が言うな」
「貴方の髪型のほうがこの中で一番おかしいわ」
「えぇ〜?そりゃあ無いぜー!」
「…悪いが、談笑している暇はないみたいだぜ?」
サングラスの男が空を見上げる。そこには、何か巨大な獣のような影があった。
太陽と重なっているため詳細な姿は分からないが、どうあやら尾が九本あるようだと言うのは分かる。
「…ちっ!」
「あれはヤバイ奴のようね!逃げましょうみんな!!」
女性のその言葉を先導に、4人は走りだした。この街の中で最も大きい場所に。
―――かつて、魔術王がいたと言われる、神殿に。
ドン!ドォン!!と音が響く。
その音の度に、大木が揺れている。
その大木の根元を見ると、身長が2mを超えるんじゃないかと言う巨漢が、平手で大木を叩いていた。
そんな大男に、ラノベ風道士服のちびっこが話しかける。
「あー、ちょいとお兄さん?何してんねんこんな所でドンドンドンドン」
「ん?ああ、すまないなお嬢ちゃん。うるさかったかな?」
「いや、そうじゃないねん。ただ何してんのか気になってな」
「ん?ああ、これかぁ。敵のさぁばんともいないし、なれば稽古でもしておこうと思ってな。」
周囲を見てみると、人っ子一人もいない。どうやら、ここは町はずれのようだ。
「あー、なるほどなぁ。関心関心……って、その子は?」
ちびっこが、近くの樹の根元に座るような姿勢で寝ている、色素の薄い少女に目を着ける。
「ああ、そいつはなんかこんな大木みたいな化け物に襲われかけている所を保護したんだ。」
「ほぉー、なるほどー、おいアンター。ちょっと起きィ」
ぺしぺしとちびっこが少女の頬を叩く。少し少女は唸ったあとに、うっすらと目を開けた。
「う、うぅ…ん…。…ん?へ!?」
そしてすぐに少女が眼を見開くと、あたふたと慌てだした。
「え!?あれ!?ここは?あの怪獣は!!?」
「落ち着きな…。あのバケモンは俺が倒してやった。」
「え?…あ、ありがとうございます…」
ぺこり、と少女が頭を下げる。
「なぁに、神事に従ずるものとして当然の事をしただけよ」
「なんや、あんさんも日本の英霊かー。ウチもなんや。よろしゅうな」
「まぁ、そんな喋り方をするのなんざ関西の英霊しか在り得ぬしなぁ…。」
ハハハ、と大男が笑う。
「どーまーん!」
人懐っこい笑みを浮かべた少年がこちらに向かって走ってきた。
「ああベルー。他にも人が見つかったで」
「それは良かった。今度は好戦的な人じゃなくて助かったー…。」
「んん?俺や君たち以外にも英霊が?」
「うん。さっき会った人は何かただ叫んで暴れているだけで…あれじゃあ僕でも会話が出来ないよ」
「せやなー。なんか手に魔術の本みたいなん持ってたけどあれキャスターやったんかな?」
ショタとちびっ娘、二人が腕を組んでうーんと唸る。
「まぁ、それで無事ならば良かった。良かったら一緒に行かないか?」
「あ、ええんか?じゃあ一緒に行かせてもらうでー」
こうして、大男1人とちびっこ3人というアンバランスなチームが出来あがった。
「さて…、」
同じく街の外れ。しかし先ほどとは少し離れた場所。
3人の女性がにらみ合っていた。ローブを纏った長髪の女性がヒュンヒュンと槍を振り回す。
「ここまで意見が分かれるようでは、力で正当性をしめすしかないようだな?」
「えぇ…えぇ分かっていますとも。…安珍様に近づく可能性が少しでもある貴方たちならば、直ぐ様に焼き払わなくてはと分かっておりました…」
下半身が蛇のような、肌が青白い少女がニコリと微笑む。
「全くよ!こんなにも考えがちがうなんて!」
機械の片腕を持つ、オールバックの女性がぷんすかと怒る。
「これからはオフィス女装レズだと言うのになんで貴方たちは異性を愛するの!?」
「「ほざくかテスラァー!!」」
両女性から、そのオールバックの女性が槍と炎の同時攻撃を喰らいかける。
「危ないわね!何するのよ!?」
「こっちの台詞だバカモノが!何が女装レズだ!気持ち悪いわ!!
それ以前にお前TSではないか!TSと女装の区別もつかないとは貴様それでも神域の天才と呼ばれた男か!?」
「ええ、珍しく気が合いましたね…。流石に安珍様が男同士で愛し合う衆道家でしたら悲しいですし…」
「というか冗談よ冗談!!元々はこれからの私たちの行動を決める話し合いだったでしょう!?
その険悪な雰囲気を和らげるためにちょっと冗談を言っただけよ!」
「むぅ…そうか」
「それもそうでしたね…。少し、熱くなりすぎましたか…。」
ローブを纏ったが槍を収める。それに続き、青白い肌の少女も蛇のような姿から普通の少女の姿へと戻った。
「だが、魔力の反応からしてあの大神殿が怪しいのは事実だ。早急にあそこを攻めるべきでは?」
「いえ…、私はそうは思いません…。蛇の野生の勘…とでもいうのでしょうか?」
「そうねー、仲間を集ってからの方が私は良いと思うわ。」
「仲間では足りません!ここは私の安珍様が訪れるまで待つべきです!」
やはり…と言うべきか、彼女らの意見は先ほどと同じように3つに割れた。
結局、最初の険悪な雰囲気に戻ってしまった。
「うぅーん、なにかいい仲介役でも来てくれれば…」
そうオールバックの女性が頭を抱えて呟いたその時、彼女ら3人のちょうど中心に突然人が現れた。
一人は黒髪の少年。もう一人は、肩にもふもふの獣を乗せた、盾を持った少女であった。
「ん?」
「あら?」
「おや?」
「え?」
「フォウ?」
5つの疑問符が同時に響く。そしてその内の1つを発した、黒髪の少年が瞬時に状況を察知し、つつーっと頬を冷や汗が走る。
「………、先輩…これは…」
その少年の隣にいる少女が、苦い顔をしながら言う。
「修羅場と言う奴です!」
◆
―――紀元前、931年、聖都イェルサーレム
沸々と、熱気が沸き上がる。ゴポリ、ゴポリと、何かが泡立つような不気味な音が響く。
「キ!キキ!!キキキ、キキキキキキキキ!!!」
それに呼応するかの如く、枯れ葉が擦れるような皺枯れた不気味な笑い声が聞こえる。
「良い…イイゾ…!コレは想像を遥かに超える成果ぁ!遥かに上回る大いなる召喚術!
オオ偉大なりしバフォメットよ!黙示録の獣よ!!其は偉大なるかな!このような好機をこの魔術師に与え給うとは!
答えましょう!ええ、応えましょうとも!!この偉大なりし魔術師のワタクシめが!!
この召喚術式を成功させて見せましょうぞ!!!!」
血走った眼で、叫ぶように男は歓喜の言葉を紡ぐ。それはまるで、長年追い求めたものを遂に見つけた学者のように嬉しそうだった。
「その時こそ!この古きゴミクズの如き魔術の世界と体系は焼き払われェ!!!
この俺の築きし大いなる新しいィイ!!魔術世界の扉が開かれる!のだァアア!!!!
待っていろ魔術協会のドブネズミ共!十字教徒の蟲共ッ!そして冠位を得し魔術師よ!!!!
俺が!俺こそが!!唯一無二なるグランドキャスターであることをォ!!!
証ォオ明ィする時がやって来たのだァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
狂ったかのように、さながら気狂いの如く笑い続ける一人の男。その眼の前には、一つの釜があった。
それは黄金に光り輝き、そして膨大なる魔力を秘めていた。それこそ、周囲の風景が歪むほどの膨大な物だ。
―――そしてその中には、不気味でおぞましい、泥のような物で満たされていた。
「さぁ沸けェ!!もっと沸けェ!!そして満たせ!黄金の盃満たされし時!
この俺の望む存在がこの世界に具現化するのだァ!!」
誰もいない神殿で、一人男は叫び狂う。そしてまるで指揮者の如く、手に持った2本の杖を振り回し、踊る。
―――まるで、自分がこの空間の、そしてこれから起こる全てを、”指揮”しているかの如く―――
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まだ神代と呼ばれていた時代。神秘が根付いていた時代―――
魔術の祖と謳われイスラエルを最も発展させた古代イスラエルの第三代王がいた。
七十二柱の魔神を使役し、初めてイスラエル神殿を築き、人類に魔術をもたらした人物がいた。
知恵者の証である十の指輪を持ち、神よりの啓示を元に奇跡を起こし、
そしてそれらを全ての人間に使えるようにした、全ての魔術師の祖が―――。
―――――――いた、はずだったのだ―――
その男は、自らの全てを投げ打ち、捨てたり、全てを”返した”。
…訣別の時きたれり、其は世界を手放すもの(アルス・ノヴァ)。
自らが遺した、残してしまった七十二の魔神たち、それらが引き起こした人理焼却。
その全てを償う為に、その全てに、決着を着けるために―――
魔術王ソロモンは、この世界から姿を消したのだった。
◆
―――2016年、人理継続期間カルデア
「突然呼び出してすまない、立華ちゃん、マシュ」
中世の天才が、いつになく真剣な顔つきでいる。
見慣れた部屋、見慣れた場所、見慣れた地球、しかし、雰囲気はいつもとは決定的に違う。
「人理の修復が終わってすぐで本当に申し訳ない。ただ、見過ごすことの出来ない事件が起きた」
何が起こったんですか? と、俺は頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出す。
ただ、なんとなく直感していた。こう言う時は、こういう異常事態が起きたってことはその原因は一つに決まっている。
「もしや…特異点が…?」
隣にいる、かつて自分と共に戦った、そしてこれからも一緒に戦う事を誓ったサーヴァント…いや、後輩が聞く。
…やっぱり、考える事は、思いつく先は同じか。
「―――、察しがいいね。悪いけど、またレイシフトをしてもらうよ」
「でも、レイシフトは複数の組織から許可を取らなくては―――」
「そんなプロセスを踏んでいる暇はないんだ!」
中世の天才が、突然大声を張り上げる。
鬼気迫るような、今まで見たことがない表情だった。
「これを…見てほしい」
ヴゥン、という音と共に画面が空間に浮かび上がる。
それはどこかの地図のようであった。そこに複数の光がポツポツと灯っている。
20〜30と言ったところだろうか。
「…まさか、これは…?」
「これは、確認された特異点の魔力反応だ。…映っている光は、その全てがサーヴァントだ」
「!?」
後輩が眼を見開いて驚く。自分も同じ感情だ。
これほどのサーヴァントが一斉に特異点に!? そんな…今まで見た殿特異点よりも…多い!
「そして、この中央を見てほしい」
中世の天才が杖で中央を差す。そこには他の光源の何倍も大きい光が灯っていた。
「…これは?」
「分からない。ただ、他のサーヴァントの数十倍も大きい魔力反応だ。
相当の物だと考えられる…」
「―――…。」
「そして、この特異点で最も見過ごせない部分がある。それは…時代なんだ」
「…」
頬を冷や汗が伝う。何か、何か嫌な予感がする。
「いつの…時代なのでしょうか?」
「…紀元前、931年、場所は聖都イェルサーレム。
ソロモン王が死んだ歳だ」
『!!』
俺と後輩が、ほぼ同時に驚く。
まさか、まさか―――。いや、そんなことは…
否定しようと頭の中で否定の材料をさがすが、良い物がない。
「…この特異点にも、かの王が関わっている、と?」
「それは無い。それはロマンが…。…………いや、…なんでも無い。」
『…………………………………』
三人の間を沈黙が走る。
一体、何がこの時代に起きたのか。
よりによって彼が…、彼がいた時代で、また特異点だなんて…。
「…とにかく、レイシフト経験があるのは君たちだけだ
他のマスター候補たちは今はリハビリ中だから…」
「…分かりました」
コクリ、と俺と後輩がうなずく。なぁに、レイシフトなら今まで何度もやった事だ。
…でも、まさか次の特異点が…。
…いや、何度も考えてもしょうがない。
まずはこの眼で、そして肌でこの時代で何が起きているのか確かめないと…。
◆
「…あら?アナタもこの時代に呼ばれたサーヴァントかしら?」
妖姿媚態な古き魔女が男と対峙してニコリと微笑む。
「――――――――――。」
対して男は、不愛想な表情でただ彼女を睨むだけであった。
白衣を身に纏った、博士のような男だ。
「あらぁ?ひょっとして違ったかしら?」
「いや…、ワタシも聖杯に招かれしものだ。神代の魔術師…いや、魔女よ」
「あんまり変わらないから、呼び方は好きでいいわよ?悪魔の頭脳さん☆」
女性が男をそう呼ぶと、男の眉間に刻まれた皺が一層深くなった。
「…何故、その名を知っている?」
「ちょぉっと、千里眼でね。魂の経路が見れるの。でも魔術王さんや楽園のお兄さんには敵わないけどね」
ふざけるように、おどけるように言う女性。その言葉は普通は信じられない物であるが、男は何一つ疑わずに聞き入っている。
「…ふん、流石はキャスターと言うべきか。ワタシのように『当てはまるクラスが存在しないが故に、仕方なく』
キャスターになったようなものとは実に違う。」
クックック、と男は喉を鳴らす。
「あら…あなたもキャスターなの?あらー…普通の聖杯戦争じゃないみたいねぇ」
「ああ、我々が矮小な人間の魔術師に使役される物か。ふん、想像するだけで吐き気がするよ」
「それにー…」
周囲を歩く人間を見ながら、ぼそり、と女性はつぶやく。
「ここ、人間が一人もいないんだもの。やっぱり変よね?」
彼女がそう言った瞬間、周囲を歩いていた人間が一斉に変化した。
まるでさなぎが割れて中から成虫が出てくるように、バカリと人間が割れて、那珂から醜悪な化け物が現れ出た。
それはまるで柱のような姿であった。そしてその周囲には、複数の眼が付いているという、まさしく”異形”といった物であった。
「…どうする古き魔女よ?どうやら貴様は知ってはいけない事にきずいたようだぞ?」
「あーらあらー、パンケーキの材料に良いかしらね」
おとなしそうな顔をしながら、何やら物騒な事をする女性。
「オイオイオイ、何をこんな時に冗談を…」
「どけぇ!みんな!!」
バッ!と少年が屋根から飛び降りた。髪型が三色に分かれ、逆立っている派手な髪型の少年だった。
「? なんだまた英霊か…?」
「そいつらを焼き払うぜ!伏せるか逃げるかすることをオススメするぜ!」
少年が持っていた杖を掲げる。するとそれは円盤状の機械のような物に変化した。
少年はそれを左腕に装着した。
「機械…いや違うな。」
「私と同じくらいの時代の子かしら?服装的に」
「ドロー!…ふっ、良いカードだぜ!俺の引いたカードはラーの翼神龍!!」
彼がカード…いや、タロットというべきであろうか、それを掲げると、天空に巨大な発光物が出現する。
そしてその物の発した光を浴びた多数の化け物がうめき声を上げて、弱弱しく倒れていく。
そしてやがて小さくなっていったと思えば、最終的に元の人間の姿に戻った。
「なんだ…?化け物かと思ったら人間だったとでも?」
「分からないわよ。油断させて突然ワッてくるかも」
「…いいや、そいつは紛れもなく人間だぜ。」
ザリ、ザリと一人の男がこちらへと近づいてきた。
サングラスをかけたツンツンとした髪型の男だった。
「医者である俺が保証する。そいつらからは、今は特に変わった魔力は感じねぇ。…今はな」
「…ほう?”今は”とは…」
「そのまんまの意味だよ。そいつらは今みたいに気絶している時は人間だが、
どうも動いている場合は人間じゃねぇものが混ざっているみてぇだ。」
シュボ、と男が煙草に火を付けながらサングラスをかけ直す。
「さっき向こうの方にいた奇人(いしゃ)も言っていたよ、ここに動いている人間は一人もいねぇってな」
「? その人は?」
「『こいつらを解剖させろ』だのなんだのとうるせぇから別行動にさせたよ。
やれやれ…。同じ医者として驚いたが、まぁああいう医者もアリっちゃありか…」
「随分とまた、おかしい奴に絡まれたみたいだな」
先ほど屋根から乱入してきた少年が笑いながら言う。
「いやお前が言うな」
「貴方の髪型のほうがこの中で一番おかしいわ」
「えぇ〜?そりゃあ無いぜー!」
「…悪いが、談笑している暇はないみたいだぜ?」
サングラスの男が空を見上げる。そこには、何か巨大な獣のような影があった。
太陽と重なっているため詳細な姿は分からないが、どうあやら尾が九本あるようだと言うのは分かる。
「…ちっ!」
「あれはヤバイ奴のようね!逃げましょうみんな!!」
女性のその言葉を先導に、4人は走りだした。この街の中で最も大きい場所に。
―――かつて、魔術王がいたと言われる、神殿に。
ドン!ドォン!!と音が響く。
その音の度に、大木が揺れている。
その大木の根元を見ると、身長が2mを超えるんじゃないかと言う巨漢が、平手で大木を叩いていた。
そんな大男に、ラノベ風道士服のちびっこが話しかける。
「あー、ちょいとお兄さん?何してんねんこんな所でドンドンドンドン」
「ん?ああ、すまないなお嬢ちゃん。うるさかったかな?」
「いや、そうじゃないねん。ただ何してんのか気になってな」
「ん?ああ、これかぁ。敵のさぁばんともいないし、なれば稽古でもしておこうと思ってな。」
周囲を見てみると、人っ子一人もいない。どうやら、ここは町はずれのようだ。
「あー、なるほどなぁ。関心関心……って、その子は?」
ちびっこが、近くの樹の根元に座るような姿勢で寝ている、色素の薄い少女に目を着ける。
「ああ、そいつはなんかこんな大木みたいな化け物に襲われかけている所を保護したんだ。」
「ほぉー、なるほどー、おいアンター。ちょっと起きィ」
ぺしぺしとちびっこが少女の頬を叩く。少し少女は唸ったあとに、うっすらと目を開けた。
「う、うぅ…ん…。…ん?へ!?」
そしてすぐに少女が眼を見開くと、あたふたと慌てだした。
「え!?あれ!?ここは?あの怪獣は!!?」
「落ち着きな…。あのバケモンは俺が倒してやった。」
「え?…あ、ありがとうございます…」
ぺこり、と少女が頭を下げる。
「なぁに、神事に従ずるものとして当然の事をしただけよ」
「なんや、あんさんも日本の英霊かー。ウチもなんや。よろしゅうな」
「まぁ、そんな喋り方をするのなんざ関西の英霊しか在り得ぬしなぁ…。」
ハハハ、と大男が笑う。
「どーまーん!」
人懐っこい笑みを浮かべた少年がこちらに向かって走ってきた。
「ああベルー。他にも人が見つかったで」
「それは良かった。今度は好戦的な人じゃなくて助かったー…。」
「んん?俺や君たち以外にも英霊が?」
「うん。さっき会った人は何かただ叫んで暴れているだけで…あれじゃあ僕でも会話が出来ないよ」
「せやなー。なんか手に魔術の本みたいなん持ってたけどあれキャスターやったんかな?」
ショタとちびっ娘、二人が腕を組んでうーんと唸る。
「まぁ、それで無事ならば良かった。良かったら一緒に行かないか?」
「あ、ええんか?じゃあ一緒に行かせてもらうでー」
こうして、大男1人とちびっこ3人というアンバランスなチームが出来あがった。
「さて…、」
同じく街の外れ。しかし先ほどとは少し離れた場所。
3人の女性がにらみ合っていた。ローブを纏った長髪の女性がヒュンヒュンと槍を振り回す。
「ここまで意見が分かれるようでは、力で正当性をしめすしかないようだな?」
「えぇ…えぇ分かっていますとも。…安珍様に近づく可能性が少しでもある貴方たちならば、直ぐ様に焼き払わなくてはと分かっておりました…」
下半身が蛇のような、肌が青白い少女がニコリと微笑む。
「全くよ!こんなにも考えがちがうなんて!」
機械の片腕を持つ、オールバックの女性がぷんすかと怒る。
「これからはオフィス女装レズだと言うのになんで貴方たちは異性を愛するの!?」
「「ほざくかテスラァー!!」」
両女性から、そのオールバックの女性が槍と炎の同時攻撃を喰らいかける。
「危ないわね!何するのよ!?」
「こっちの台詞だバカモノが!何が女装レズだ!気持ち悪いわ!!
それ以前にお前TSではないか!TSと女装の区別もつかないとは貴様それでも神域の天才と呼ばれた男か!?」
「ええ、珍しく気が合いましたね…。流石に安珍様が男同士で愛し合う衆道家でしたら悲しいですし…」
「というか冗談よ冗談!!元々はこれからの私たちの行動を決める話し合いだったでしょう!?
その険悪な雰囲気を和らげるためにちょっと冗談を言っただけよ!」
「むぅ…そうか」
「それもそうでしたね…。少し、熱くなりすぎましたか…。」
ローブを纏ったが槍を収める。それに続き、青白い肌の少女も蛇のような姿から普通の少女の姿へと戻った。
「だが、魔力の反応からしてあの大神殿が怪しいのは事実だ。早急にあそこを攻めるべきでは?」
「いえ…、私はそうは思いません…。蛇の野生の勘…とでもいうのでしょうか?」
「そうねー、仲間を集ってからの方が私は良いと思うわ。」
「仲間では足りません!ここは私の安珍様が訪れるまで待つべきです!」
やはり…と言うべきか、彼女らの意見は先ほどと同じように3つに割れた。
結局、最初の険悪な雰囲気に戻ってしまった。
「うぅーん、なにかいい仲介役でも来てくれれば…」
そうオールバックの女性が頭を抱えて呟いたその時、彼女ら3人のちょうど中心に突然人が現れた。
一人は黒髪の少年。もう一人は、肩にもふもふの獣を乗せた、盾を持った少女であった。
「ん?」
「あら?」
「おや?」
「え?」
「フォウ?」
5つの疑問符が同時に響く。そしてその内の1つを発した、黒髪の少年が瞬時に状況を察知し、つつーっと頬を冷や汗が走る。
「………、先輩…これは…」
その少年の隣にいる少女が、苦い顔をしながら言う。
「修羅場と言う奴です!」
◆
―――紀元前、931年、聖都イェルサーレム
沸々と、熱気が沸き上がる。ゴポリ、ゴポリと、何かが泡立つような不気味な音が響く。
「キ!キキ!!キキキ、キキキキキキキキ!!!」
それに呼応するかの如く、枯れ葉が擦れるような皺枯れた不気味な笑い声が聞こえる。
「良い…イイゾ…!コレは想像を遥かに超える成果ぁ!遥かに上回る大いなる召喚術!
オオ偉大なりしバフォメットよ!黙示録の獣よ!!其は偉大なるかな!このような好機をこの魔術師に与え給うとは!
答えましょう!ええ、応えましょうとも!!この偉大なりし魔術師のワタクシめが!!
この召喚術式を成功させて見せましょうぞ!!!!」
血走った眼で、叫ぶように男は歓喜の言葉を紡ぐ。それはまるで、長年追い求めたものを遂に見つけた学者のように嬉しそうだった。
「その時こそ!この古きゴミクズの如き魔術の世界と体系は焼き払われェ!!!
この俺の築きし大いなる新しいィイ!!魔術世界の扉が開かれる!のだァアア!!!!
待っていろ魔術協会のドブネズミ共!十字教徒の蟲共ッ!そして冠位を得し魔術師よ!!!!
俺が!俺こそが!!唯一無二なるグランドキャスターであることをォ!!!
証ォオ明ィする時がやって来たのだァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
狂ったかのように、さながら気狂いの如く笑い続ける一人の男。その眼の前には、一つの釜があった。
それは黄金に光り輝き、そして膨大なる魔力を秘めていた。それこそ、周囲の風景が歪むほどの膨大な物だ。
―――そしてその中には、不気味でおぞましい、泥のような物で満たされていた。
「さぁ沸けェ!!もっと沸けェ!!そして満たせ!黄金の盃満たされし時!
この俺の望む存在がこの世界に具現化するのだァ!!」
誰もいない神殿で、一人男は叫び狂う。そしてまるで指揮者の如く、手に持った2本の杖を振り回し、踊る。
―――まるで、自分がこの空間の、そしてこれから起こる全てを、”指揮”しているかの如く―――
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外章特異点-魔外殺戮神殿-オミクロン・ユプシロン/ミュー・エータ
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