最終更新:ID:NHnHDPS+BA 2024年08月30日(金) 21:38:20履歴
突然だが、ここに1つの物語があるとしよう。
ジャンルも媒体も問わん。好きな物語を想像するといい。
宇宙から来た侵略者を倒す冒険活劇でも良いし、学園が舞台の恋愛小説でも良い。7つの特異点を巡るソーシャルゲームでもいい。
思い浮かべたか? では1つ問おう。
『その物語の中で最強の存在はなんだ?』
何? そもそもお前は誰か、だと?
質問を投げかけた奴に質問をするとは。剛毅な奴だなお前も。
だが確かに、名乗らずに話しかけるのはマナー違反か。
良いだろう、まずは自己紹介をしてやる。
とは言っても、あいにく名乗る名前は持ち合わせていなくてな。
俺の名前はみだりに口にするべきじゃない。そもそも数多の残骸を継ぎ接ぎ合わせ、存在しない"虚"を作り上げようとした結果が俺だ。
故に名前なんてものは意味がない。それでもあえて呼びたいのならば、ローゼンクロイツでもトリスメギストスでも好きに呼べ。
さて、本題に戻ろう。1つの物語において最も強き存在とはなんだ?
主人公? 良い線をいっているがそうではない。ラスボス? 惜しいが違う。神などの上位存在? 及第点だな。
──────正解は、その物語の作者だよ。自在に物語の登場人物を創り、消し去り、生き死にすらも掌の上で転がす造物主。
物語内の設定も世界観も、
作者、あるいは脚本家、ライターと言ってもいいか。ある意味では、神をも超える究極の神。創作という1つの舞台の上では、そういった存在こそが最強なのだ。
元も子もない反則じみた答えだが、これ以上ない正解だろう?
さて、いま話した事象は当然、物語の作者だけの特権となる。
物語の登場人物に待つ行く末を、あるいは物語の世界における
他の人物が勝手に続きを書き、世界観を付け足したとしても、それはあくまでその物語とは別の物語の話となる。
世界の
その特権を、その物語内の登場人物が得たとすれば、どうなると思う?
例えば物語の中で、1人の男が災害の中で死のうとしている。
男は願う。『死にたくない』と。すると突如として物語の地の文が書き換わり、災害は跡形もなく消え男は生き返った。
あるいは1人の少女が、些細なすれ違いから主人公に『死ね』と告げたとしよう。突然主人公が死に、物語はそこで舵を失った。
……荒唐無稽にもほどがあるだろう。こんなものは物語ではない。ただの破綻したナニカ。駄文にすらなり得ない混沌の寄せ集めだ。
物語の作者などと言った、その世界の人物から見ての上位存在。それ以外が世界に、物語に手を加えるなど在ってはならないのだ。
────そして、あろうことかそれを可能にしてしまう
告げた言葉を真実に、抱いた意志を
死して尚も足掻き続ける……いや、足掻いているという自覚すらない、死骸に沸いた蛆虫共の群れ。
そんな代物が世界の
故に俺が呼ばれた。
故に"恐怖"が派遣された。
最も、あの滓は蛆虫共の手で屠られた故、いずれ代理が派遣されるだろう。
ここで会ったのも何かの縁だ。少し、俺の愚痴に付き合ってもらおう。
このろくでもない喪失帯が、どれほど悍ましく、星にも人にも嫌悪される地獄であるのか。
その意味と理由を、少し説明してやる。
この喪失帯が抱えている、どうしようもない罪について。
◆
まず、言霊とは何か? から話してやろう。
言霊とは、読んで字のごとく言葉に宿る霊、あるいは力を意味する。
声に出した音声言語が、現実の事象に何がしか影響すると信じられた信仰基盤の事を指す。
これは主に日本で見られる信仰であるが、聖書に於けるルーアハやプネウマ、インド密教におけるマントラなどもこれに当たる。
そもそも人類とは言葉と共に発展してきた霊長だ。故、言葉に対して信仰を抱き、それが現実に影響を及ぼすと考えてもなんら不思議ではないだろうよ。
何故なら言葉とは、現実を象り区別する人類最大の発明だからだ。
名詞が無ければ科学の発展はありえず、文章が無ければ人類の歴史は記録されなかった。数字が無ければ今も人類は猿のままだったろう。
何かを言葉とし、それを他者へ伝達し、未来や他者へと遺す。それが出来たからこそ人類は霊長となった。
伝承も、歴史も、理論も、法則も、全ては言葉によって紡がれてきた。言葉によって形作られた。
いわば言葉とは世界そのもの。故に人々は言葉が事象に影響を及ぼすと考えたのだ。
問題は、この喪失帯がその信仰を、『言霊』を現実に出来ると言うことだ。
それは即ち、人間が自らの意志で世界の
何故なら世界とは、言葉なのだから。
この世界の人間どもは、皆揃って自らの意志で言霊を調伏し、契約して支配下としている。
「炎在れ」と言えばその手に炎が灯る。これは炎という言霊と契約し、『炎が自らの手に灯る』という
通常、人間がその手に炎を生み出すなどできやしない。出来たとしても火傷は必至だろう。だが、
何故なら炎の言霊と契約した人間にとって、炎を自在に扱い、そして炎によって自分が傷つかないのは『世界の理』なのだから。
理解しただろうか? 「言霊を操る」など、口で言えば簡単な話だがその実情は想像よりもずっと深刻だ。
要するにこの世界に生きる人間は、その全てが例外なく、言葉を通じてこの世界の理に自分の都合の良いルールを割り込ませる事が出来る。
自在に世界を捻じ曲げる。自在にルールを付け加え、削除し、変革できる。それを全ての人間が出来るからこの世界は問題なのだ。
本来言葉と現実の関係は、一方通行でなければならない。
「芝生の上に拡がる青空を小鳥が飛んでいる」。このように情景を説明したとして、"青空"を"夕焼け"に書き換えた時、現実の空の色が変わるだろうか?
答えは否だ。だがこの世界は違う。言霊を介して意志を世界に伝えさえすれば、晴れ渡った晴天を曇天にでも荒天にでも好きに書き換えることができる。
言葉が事象を侵食する。故にあらゆる現実を紙切れに、あるいはあらゆる虚構を現実に変えることができる。それがこの世界の"前提"なのだ。
これを俺は『情報と現実の相互転換』と呼んでいる。人間が、いや文明が、辿り着いてはならない最悪の領域だ。
この領域は、一部だけならばお前たちがよく知っている概念が手をかけている領域でもある。
例えば、座に刻まれし英霊どもはこれに近い。奴らは信仰と呼ばれる概念を通じて霊基を構築し、宝具という戦う力を得る。
信仰という情報が、言葉が、奴らの本質すらも捻じ曲げて力を与えるのだ。これはまさしく情報が現実に影響を及ぼす一例と言えるだろう。
他には、プロイキッシャーも近いか。元となる伝承に即したルールをその場に割り込ませるもの。これも情報が現実を侵食する事例の一種と言えるか。
まぁそもそも、第一の神秘自体が"記録"という情報を現実に変えるもの故、似通うのも当然だったか。
他には伝承防御などの概念もあるが、そろそろ割愛し本題に入るとしよう。
長々と前置きを垂れ流したが、要するにこの世界は全人類がルールを追加できる世界だ。
「死ね」と言えば誰かが死ぬし、「死なねぇ」と言えば死を拒絶できる。まぁ、実際はもう少し複雑なんだが。
今はまだ均衡を保ってはいるが綻びは出始めている。「正しい死」を知るまで自分の死を拒絶し続ける奴や、肉体を極限まで鍛え上げて尚生き続けるタフガイ。その他諸々だ。
そいつらに共通するのは『当たり前』が通じない事だ。常識、不文律、暗黙の了解。そういったものに縛られず、己の
死も、負傷も、挫折も知らず。立ち塞がる者は全て薙ぎ倒して進み、より自らの意志を強固にしてゆく。やがてその意志は世界を呑み込んで他の
さて、こういった存在を人間はなんと呼ぶか知っているか?
人はそういう高位存在を、神と呼称して畏れ敬うんだ。
そう。結論としてはこうだ。
「この世界は全人類が神に至れてしまう世界である」だ。糞みたいな世界だろう?
すでに切り離され死した喪失帯だからって、そんな好き放題をされちまったら俺としても許容は出来ない。
何故なら誰か1人でも「喪失帯」という概念を理解し、言霊を介してルールに介入されたらそれで終いなんだからな。
ったく、第一魔法を現実にしたユミナはよくやってくれたよ。
表の世界でもこうなる可能性があったにもかかわらず、神秘の概念と抑止力で防ぎ切ったんだからな。
いや、そもそも抑止力という概念を見越してあの女は遺すと決めたのか? まぁ、俺にとっちゃどうでもいい事だ。
問題はこの喪失帯に、そういった抑止が存在しない事、なわけだ。
誰もが神になれる。そう書けばある程度は羨ましがる連中もいるかもしれない。
望めば望むだけ美食も女も財も手に入る。極寒の冬も灼熱の夏も否定できる。
ああ、まさにユートピアではあるなぁ?
だが、その「世界を自在にできる力」を誰もが持っていたら、たちまち地獄が幕を開ける。
万人の万人に対する闘争、と言う言葉を知っているか?
ある哲学者が残した言葉で、もしこの世界に法律やルールが無ければどうなるかを端的に表した言葉だ。
人はだれしも何かを持つ。財でも伴侶でも命でもな。だがルールが無ければたちまちそれらを万人が万人に対して奪い合う。
そういった末路を言い表している。ああ、ルールそのものともいえる俺にとっては、これ以上に自己肯定感に溢れる言葉はないよ。
全人類が神になれる。その理想郷の末路はそれだ。
なにせ誰もが、自分の思うがままにルールを作れる。それはルールのない無秩序と同じだ。
結果起こるのは、互いの作り上げた理の喰らい合いだ。この世界では"意志"の強さで互いの敷く理の強弱が決まるそうだ。
それはつまり、最終的には最も我を貫いた人間が勝つという事だろう。そんなものは文明的とはかけ離れている。
強い存在が我を通し全てを平伏させる。そんなもの野生動物にも劣る、畜生下劣の跳梁蠱毒だ。
遥か彼方、根源すらも異なる遠き異聞では、この『情報と現実の相互転換』に辿り着き地獄を見た。
互いの人間性を否定し合い、滅亡よりもなお悍ましき結末を辿り、今もこの世界の何処かを亡者の如く彷徨っているらしい。
俺はそれを防ぎたい。全人類が神になれるという結末があのような存在だと言うなら、俺はそれを全霊を以て否定しよう。
人類が神に縋るなら、それを許そう。
人類が神と訣別するなら、それを見送ろう。
人類が神を創り出すと言うなら、それを言祝ごう。
だが、人類が神に至るのだけは許容できない!
その果てにあるのは、互いの人間性の否定でしかないのだから!!
それはかつて俺を生み出した、全ての祈りに対する侮蔑に他ならない!! あの日、一万四千年前に望まれた救済への蹂躙でしかない!!
そんなものが人類の行く末であってたまるものか! 故に、俺はこの世界を否定する!! この理を亡き物としてやるとここに誓おう!
──────失敬。少し熱くなり過ぎた。
システムとしての自分から分離したのは初めてではないが、どうも"以前"の俺が此度は表に出過ぎているらしい。
……そうだ。システムだ。この世界には本来あるべきシステムがない。
アラヤほどではないが、人類が滅びに向かわないようにする自律抑止が、この世界にも存在していいはずだ。
何故なら人間は、自らの上に立つ"上位存在"を夢想する存在だからだ。車輪すらない地であろうと、神は遍く地の人類の上に在った。なぜなら人類は神への信仰と共に在るからだ。
どのような幼子であろうと、悪行をすれば罰が当たるのではないかという潜在的な危機感を抱く。そういった、人間が生まれながらに持つ理性が、人の上に神を作り出すのだ。
故にこそ、人類のいる場所に神はある。だからこそ、この驕り昂った人類に対し"裁き"を下す上位存在が本来はいるべきなのだ。
言葉が現実となるこの世界ならば、なおさら存在するべきだろう。
だが、どれほど歩んでも、そういった存在は見つからなかった。
全ての人間が神になれる世界だから、神はその役目を終えたのか。
あるいは、何か別の使命を見つけたがゆえに、かつて存在していた上位存在が消失したのか──────。
理由はわからない。だが、俺は妙な使命感に駆られ、その存在するべき『上位存在』を探す事に、気づけば躍起になっていた。
見つけ出してやる。俺と同じく、望まれてシステムとなったであろう言霊よ。
そして問いただしてやる。どうしてこうなるまで放っておいたんだと。何故こんな惨状を放置していたと。
もはやこの喪失帯にお前の居場所はない。なぜなら、全ての人間が神に至れるがゆえに神への信仰は途絶えたのだから。
この惨状を是とするか、あるいは否定するか。
その答え次第では、俺はお前すらも殺さなくてはならない。この喪失帯と共に。
そう告げた時、この世界に在るべき───最も、始めから存在しない可能性もあるが───上位存在がどう弁明するか、俺の中に興味が湧いていた。
故に俺は探し続けた。俺と同類たる存在を。俺と同じように望まれた存在を。
今にして思えば、この執着が始まりだったんだろう。
このろくでもない喪失帯の、無駄で壮大な
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