ImgCell-Automaton。 ここはimgにおけるいわゆる「僕鯖wiki」です。 オランダ&ネバダの座と並行して数多の泥鯖を、そして泥鱒をも記録し続けます。

始点/旅の空
焦点/ニルズァボスクは歌わない
交点/邂逅


/ 旅の空

  1

それは、前進者の魂が腐り果てる以前の話。
そして、堕天使が流浪を続けていた頃の話。
仇敵同士が袖を摺り合わせたという、ただそれだけの話だ。


  2

大公がハザールへの侵攻を成功させたからだろうか。
街はどこか浮足立ってどこもかしこもお祭り騒ぎ。
道行く人々は口々に新たな大公の名を称え、詩人の語る英雄譚が子どもたちを沸かせている。

そんな喧騒を縫うように一人の男が歩いていた。
腰まで届く長髪を持つ、歪んだ笑み。
黒い炎を宿した眼は、しかし、今だけは鬱陶しそうに皺を寄せていた。

凄絶な微笑みと苛立ちが同居するアシンメトリー。
その不気味さに気圧されたのだろうか、雑踏の中、彼の周りにだけ僅かに空隙が出来ている。
まるで、狼を遠巻きに見つめる羊の群れのように。炎眼の男が帯びる害意が人払いを務めていた。

「おっと、ごめんよ!」

そんな、肉食獣のような彼に一人の男がぶつかった。
急いでいるのだろうか、中年男は手短に謝罪すると人混みの奥へ消えていく。
不機嫌そうに顔を歪めた炎眼の男は忌々しげに鼻を鳴らし歩みを戻す。

丁度その時だった。

「待て、そこの貴様」

人混みを抜けていこうとしていた中年男の急ぎ足を、深く響く声と共に杖先が止めた。
杖を持つ人物はフードを被っているため、影になって表情が見えない。
線は細いが、炎眼の男と同じくらいの身長と声から察するに男性だろう。

よく響くヴァリトンボイス。
深く被ったフードの奥から聞えるそれは、途端に雑踏を衆目に一変させるほどに美しく響いて。
まるで一流の芝居役者のように朗々とした発声が道行く人々の足を止めさせた。

────あれは人ではないな。

決して雑味ではない。純化されすぎるからこそ生じる覚えのある彩。
美しい響きの中にどこか、被造物の香りが混ざっているのが炎眼の男にはわかった。
面白い、と。そう呟きながら炎眼の男も衆目の中に加わっていく。

「な、なんだよ? 俺は急いでるんだ。とっととそいつを退けろ!」

ざわざわと思い思いの話をして輪を作る人々。
野次馬の円に捕まった中年男は、きょろきょろと落ち着かない様子である。
そんな彼の前で身長ほどもある杖をくるりと一周させたフードの男は中年男に視線を向けた。

「急いているのは懐に隠した物のためだろう。それを渡せば、もう足急ぐ必要もあるまい」
「なっ!」

男はさっと顔色を変えると凄まじい剣幕でまくし立てる。

「言いがかりはよしてくれ! 人をまるで泥棒のように!」
「違う、というのか?」
「だから違うと言ってるだろう! ああ。さては、あんたよそ者だろ? 妙な因縁をつけて俺から巻き上げる気だな?」
「そうか……」

残念そうに、フードの男は杖先を中年男に向けた。

「ひぃっ!」

中年男の目前でぴたりと杖先が止まる。
杖が振り下ろされるとでも思ったのだろうか、中年男は目を瞑り顔をかばう。
が、いつまで経っても落ちてこないことに気がつくと怯えた視線を衆目に送った。

「おい! 助けてくれ! このままじゃこいつに殺されちまう! 誰か、こいつを捕まえてくれ!」

フードの向こうから微かに溜息のような音がした。

「一つの嘘には、一つの真を。
 契約は既に成っていた。できれば、正直に言って欲しかったが仕方ない」

コン、と。
軽い音を立てて中年男の額を小突くと、どことなく虚ろな目付きになって、
中年男は懐から包みを取り出すとフードの男に渡した。

「確かに」

そう呟いたフードの男がまた杖先で付くと、
中年男は目の光を取り戻し、そして顔を蒼白にした。

「え? あれ、今、俺、……なん、で!?」

気がつけば彼は自らの手で盗んだ包みを渡していた。
そんな理解の及ばぬ状況に中年男はへなへなと座り込む。
まるで魔法にでも掛けられたように混乱しながら自分の手を見ていた。

血の気の引いた顔で呆然としている中年男。
それを尻目にフードの男は悠然と人を分け歩いて、
一連の流れを興味深そうに見ていた炎眼の男の前で足を止める。

「これは貴様のものだろう。賑やかな街は掏摸も多い、気をつけたほうが良い」

そう言って、包みを差し出した。
包みを受け取ろうとする瞬間、炎眼の男はフードの男に聞えるくらいの声で囁いた。

「貴殿は魔術師だな。それも真当な人間ではない。…………死徒か」
「ご名答。だが、そういう貴様こそ人ではなかろう?」
「……ほう、わかるのか」
「純粋な人間の臭いに"ナニカ"が、混ざっている。────神の臭いだ」
「…………貴様」


殺気。

二人は、ほぼ同時に腕を引き戻す。支えを失った包みが地に向けて落下する。
それが街路に触れるより先に地を蹴り、炎眼の男は背後に一歩分下がった。
対して、死徒は明らかに初動が遅れていて大きな動きはない。

が、いつの間にか死徒が杖の構えを変えていたことに炎眼の男は気づく。
杖先でいつでも眼前の敵を狙えるように、相手の獲物を受け流せるように。
持ち手は、軽く固く握られて。変幻自在に。

半歩ほど後ろへ右足を下げて、距離を取っていた。
重心を移動させ、未知なる敵がどんな手段を使おうとも対応できるように姿勢を固める。
初撃をなんとしても防ぎ、手の内を把握し有利を奪って反撃を待つ。手練の構えであった。

────カウンタータイプか!

死徒の取った動きは玄人でなければ気取られない程の微かなものだったが、
魔導を知る炎眼の男は魔力流動の変化で敵が戦闘態勢に入ったことを確認した。
押し殺された静かな殺意に答えるように炎眼はプレッシャーを飛ばした。

ピリピリとした緊張感が二者の間に一瞬で充満する。
彼らが背負う魔力とオーラの密度を知ってか知らずか、
モーセの奇跡の如く、人波は彼らを避けて二つに割れていた。

爆発しそうな程に膨れ上がった威の押合い。
おそらく、この場においての実力は互角。
互いに急場しのぎであるからこそ、どちらも勝るとも劣らない。

────これは、まずいな。

故に、長物を携えて後の先に集中する相手には炎眼の男は圧倒的に不利な立場にあった。
これは"詰め"だ。最初の一手が全てを決める。
敵は黒の駒を選んだが、炎眼の男が動けば彼に手番が回るのは必定。

魔術。体術。武器。炎眼の男に選べる選択肢は三つ。
三択問題の受け手に甘んじなければならない死徒こそが一見不利にも思えるが、
炎眼の男が死徒の回路を読んだように死徒もまた炎眼の男を見ているのだ。

魔力の流れを知覚できるのであれば、魔力の有無だけでも選択肢を絞りこめる。
だからこそ、動き出すまで手の内を予測できないようにフェイクを混ぜる。
死徒も、炎眼の男も、身体で構えを取りながらも魔力を練るのを欠かしていない。

しかし、行動に起こすとなれば動作に移した時点でフェイクは意味を失う。
回路に流れが生じれば魔術だと知れ、魔術への迎撃に至るのは必然。
エーテルの流動に変化がなければ肉体のそれを前提に反撃するだろう。

両者が同時に動いたとすればフェイクが切れてもなんら支障はない。
本命がわかった頃には既に相手も動作を始め、後は衝突するのみ。
が、敵がフェイクの切れる瞬間ギリギリまで選択を伸ばせる反撃型であれば話は変わる。

炎眼の男が持つ手札は実質二択。魔術を使うか。この肉体を使うか。
どちらを切るとしても、動き出した瞬間に一瞬遅れて死徒は手札を選ぶことが可能になる。
観にリソースを注いだ状態にある死徒ならば、その刹那に炎眼の男に有利な札を切るのも容易だろう。

セオリーに従うのならばこれを破るのは反撃不可能なほどの高威力か広範囲の攻撃。
そうわかっていたとしても、それを用意するには油断も隙も残ってはいない。
一手先を見越したプロモーションも王手を掛けられているのでは意味がない。

杖持ちが踏み込めば届くであろう1メートルほどの彼我の距離が絶妙に選択を狭める。
今頃になって死徒の初動の遅れが、炎眼の男の初動に合わせこの距離を作り出すためだったことに気がついた。
自身の見落としに内心歯噛みしながら状況を打ち破る手法を模索する。

剣ではダメだ。杖は突破できても抜剣するには時間が足りない。
魔術も難しい。一工程を越えるものでは到底間に合わぬ。
先に動けば負ける、と陳腐な表現だがそんなことを炎眼の男は確信していた。

通常の戦いならばこのようなやり取りに意味はない。
されど、この場は一手損ねれば致命と至る極限の一瞬。
圧縮された主観時間の中で、秒にも満たぬ僅かな時が勝負を決める。

……もしも、炎眼の男の姿を捨て、本性を表せばどうとでもなるだろう。
だがこんな戦いのために抑止に姿を晒すなど本末転倒にも程がある。
言うなれば死徒は路傍の小石、そのために計画を捨てるのは愚問とすら呼べまい。

しかし、それについては双方同じく先があり、目的がある。
睨み合い、一弾指を待つ死徒にとっても、炎眼の男は旅の空で躓いた小さな段差にすぎぬ。
両者ともに、このような相手で、場所で、時代で、全力を出すわけにはいかないからこその膠着だった。

────ならば、これではどうだ?

ついに、一分にも及んだ拮抗が破られる。
されどもそれは、杖を手に我慢強く時を待っていた死徒が予測していたものとは違う。
そう、依然として炎眼の男に動きはなかった。

ただ、シュルシュルと音を立てるように炎眼の男の闘気が消えていっていた。
引き裂けんばかりに張りつめていた世界が毒気を抜かれて音を取り戻す。
ク、という笑い声を漏らし緊張を解いた炎眼の男に呼応して、死徒もまた構えを崩す。

────元よりこの戦いに意味も価値もない。
────勝利も敗北も押しなべて損失しか産まぬなら、そも争いを止めてしまえば良い。

戦闘放棄。
それが炎眼の男が導き出した両者負け無しの一手であった。


「勘違いをしてすまなかった。私に向けられる程度の代行者であれば単独で戦いを挑むわけもない。
 構えてからそれに気がついたが、なに。万が一を捨てきれなかったのだよ」

戯れたようなことを言う死徒は、拾い上げた包みから砂埃を払った。

「どうやら、人のために死徒を討滅しようとするほど殊勝ではないようだから安心した。
 貴様と戦うとなれば腕の数本は覚悟しなければならぬところだった」

「…………この地が死都になろうとも我には関係のないこと。
 …………貴殿が我の障害となるつもりがないのなら旅人として通りすがるだけだ」

「旅の空の下を歩む以上、共に終点に願望を預ける身。ここで貴様と戦う理由はない。
 むしろ、衝突すれば進む道が歪むのは必至だろう。叶うことならそれは避けたい」

「…………同感だ」

両者ともに警戒を緩め、炎眼の男は今度こそ魔術師から包みを受け取る。

「…………別段、盗まれて困るものでもなかったのだが。まあいい。礼は言っておこう」
「哀れな物盗りに恵んでやるほど、貴様が道徳心に溢れているようには思えんが?」
「ふん、どうとでも言え。……それでは、さらばだ死徒。愉快な見世物だった」

そう言って炎眼の男は群衆の中に消えようとする。
が、その時、

「まあ、待て」

フードの奥のヴァリトンがその足を押しとどめた。

「その旧き神秘の香り。貴様、相当に稀有な存在と見た。
 瞳に映した景色も百や千では利くまい。
 いったいどれだけの時をその魂で過ごして来た?」

「…………本当に鼻が良いようだな。
 然れども聞いてどうするというのだ?
 やがて腐り果てるだろう貴殿の魂を生き永らえさせたいのか?」

「否。その対策は既に私も用意している。
 勿論、壮健の秘訣を聞けるのならそれに越したことは無いが。それはあくまで別件だよ」

引き止められていた炎眼の男はついに身体を反転させ、向き直る。
フードで隠れた表情の中で、何かが宝石のように偏光していた気がした。

「それでは、なぜ?」

そう彼が問いかけると、
魔術師は手の内でくるりと杖を回し、先程とは反対に杖の頭を炎眼の男に突きつけた。
遅れて、風切り音が炎眼の男の耳に届く。

「これだけ長く生きているのならば、蓄えた知見も多かろう。
 私は、とある目的のために前進し続けなくてはならない。
 が、最近は歩みが緩まって来ているようでね。
 なにか起爆剤を……失礼。この言葉はこの時代にはなかったな。
 まあ、要するにだ。先達の見識を借りたいのだよ。
 新たな方針を見つけるも良し。道が正しいとわかるも良し。
 何も得られなくとも、より多くの経験を知るだけで我が道の可能性は増大する」

「…………死徒が神の香が残る者を捕まえて、"話が聞きたい"とは。
 存外に、貴殿もなかなかの傑物か大馬鹿者らしい。
 だが、それが我に何の得を齎す? 死徒風情の相手をしてやる必要も無かろうに」

アシンメトリーの微笑みで魔術師の言葉を切り捨てる。
が、その返答を予測していたのか、魔術師は突きつけていた杖を炎眼の男の手元に向けた。

「それを、取り返してやった礼というのはどうだ?」

クカッ、と炎眼の男の口元が歪んだ。

「得心した。…………貴殿の目的は初めからこれだったのか。
 殊勝に見えない? 道徳的に思えない?
 よく言えたものだよ、その口で。どちらも貴殿のことではないか。
 ────面白い。興が乗ったぞ、人もどき。
 人ならざる我らが人真似をするのも滑稽だが、それもまた一興というもの。
 酒は飲めるか? 荷を取り返して貰った礼に一杯奢ってやろう」

「飲める。飲めるがあまり得意ではない。
 故。杯を干すまで時間がかかってしまいそうだが、よろしいかな?」

「…………抜け目のないことだ。まあいい。好きにしろ」

ふと、炎眼の男が足を止めた。

「…………杯を囲むというのに名を知らぬのも座りが悪い。
 …………我が名はリュツィフェール。ただの魔術師だ」

魔術師もまた足を止め、杖を持たぬ右手で深く被っていたフードを払う。
現れるのはホムンクルスに酷似した透き通るほど真っ白な素肌と髪、紅の瞳。
そして、その左目には万華鏡のような紅玉の輝きが爛々と湛えられていた。

「グロース=アンディライリー。貴様と同じく、ただの魔術師だ」


  3

「…………大言壮語にも程がある。貴殿、さては詐欺師ではないだろうな」

グロースの話を訊いていたリュツィフェールは十杯目の杯を置いて呆れたように言った。

「待て、もう一度聞け。だから、この"第二呪詛"があれば魔力問題は解決する。
 あとは"第一呪詛"と"第五呪詛"で補正した"第三呪詛"で楔を打ち込めばいい」
「…………その前に貴殿の魂が朽ちる」
「だからそれは"第四呪詛"で解決すると言っただろう。話を聞いていたのか?
 後は平行世界から集めた情報を束ね根源の写本を作り"第六呪詛"が完成する。
 それを何度も繰り返していけば太源のリソースは工程の度に加算されて行き、
 最終的には我々人類は系統樹の剪定から解放される」
「…………だから、まず根源を作るというのが不可能だと言っているのだ。
 そもそも貴殿の主観情報では求める根源も主観的になる。真たる太源とは呼べん」
「"第二呪詛"で並列した私は正確には別の個体だ。情報の形式にも差異が出るはずだ。
 逆に言えばそこから系統樹ごとに割り当てられるクオリア数式を算出できるはず。
 後は世界座標さえ割り出せれば大凡のことはそれだけでわかる」
「……はずだ、はずだと……計画性が無いにも程が有るぞ貴殿…………
 平行世界の貴殿が同じことを考えているかなど運次第。
 第三も第四も聞けば数万年で一つ出来れば良いようなものではないか。
 …………我もまだ地上には万年もいないというのに出来るわけがなかろう」
「だから、そこは系統樹上の分岐を利用して擬似的に試行回数を増やし──」

ダメ出しにダメ出しを重ねるリュツィフェールとそれに食い下がるグロース。
先程まであれほど緊張感を漂わせていたのに今ではまるで学生のようである。
なぜこうなったのか説明するには少し時を遡る必要がある。

「私は人類を救う」

酒が届くなりグロースは開口一番そう言った。
救い"たい"でも救おう"と思う"でもなく救うと宣いやがったのである。

最初は冗談かなにかだろうと思っていたリュツィフェールだったが、
彼のルビーの瞳が本気であることに気がつくと狂人を見る眼差しになり、
同時にグロースが至って正気なことにも気が付き唖然としてしまった。

それがいけなかった。
流れるような話しぶりで人類救済方法やそれを考案したというグロースの師父、
ボルチェイブ=ロォストの生い立ちから何から中座する隙もなく叩き込まれ、
計画のあまりの杜撰さに刺激されて、ついリュツィフェールは口出ししてしまった。

一度堰を切れば溢れ出すのも当然のことで、
話に引き込まれてしまったことへ今更気がついても後の祭りというもの。
不可能だ、可能だ、と応酬を続けるうちにすっかり夜が深まっていた。

「それで、結局貴様はどう思うリュツィフェール」

二杯目の杯にちょびちょびと口をつけていたグロースが問うた。
三十杯目の杯を干したリュツィフェールは嘆息する。

「…………率直に言えば、我にも見当がつかん。そも、我に相談するのが筋違いだ。
 貴殿の妄想は刹那に無限の時を過ごすもの。開闢以来生きた程度では是非は出せぬ」
「やはりそうか……」
「…………だが、確実に言えるのは貴殿の師はただの狂人だということだ。
 少なくとも、貴殿が引き継いでも無意味だ。根源でも目指すほうがまだ有意義だろう」

グロースは杯を置く。

「どうにも、無意味という言葉だけは力強い。なにか根拠でもあるようだ」
「……………………ふん、当たり前だ。貴殿の遠大な計画が成る前に私が人類を滅ぼす。
 世界の支配者を正しい持ち主に戻してみせる。故に貴殿のやることは、全て、無意味だ」
「ほう……」

興味深そうにグロースが顎を擦った。

「それは困る。私は人類を救済し人の生きる意味を証明しなくてはならない」
「人ならぬ貴殿がそれを言うか? 真実も知らぬ愚か者が! 私は底でアレを見た!
 人間という種は醜い、生きるに値せぬ。人の生み出すモノがやがて世界を喰い潰す。
 その前に滅ぼすのだよ。あの方の作りし世界を踏み躙られてしまう前に」

ゆらゆらと、リュツィフェールの瞳に恩讐の炎が揺れる。
悪意と嫉妬と傲慢、それに一匙の恐怖を燃料に漆黒は激しく燃え上がる。

「貴殿とて、その実人間を憎んでいるだろう。我の目は誤魔化せんぞ人間もどき。
 掏摸に向けたあの目付き。奴が怯えきっていたのは臆病だったからではない。
 貴殿はあの瞬間、憎悪に焦がれ奴を殺そうとしていた。その殺気を感じていただけだ。
 我と相対した時もそうだ。貴殿は初め、本気で我を殺すつもりだった。
 神秘の深さに気づいた途端憎悪を収めたのがその証。
 だから無意味だと言ったのだ。人間を憎む貴殿が人類を救済できるわけがなかろう」

アシンメトリーに歪んだ笑みを浮かべてリュツィフェールはグロースを嘲笑する。
身を反らし、心の底から可笑しそうに。矛盾と願いに挟まれた人間もどきを嘲り笑う。

「…………なるほど。ようやくわかった。なぜ、神秘の深さに気づくのが遅れたのか。
 なぜ、貴様を見た瞬間に除かねばならないという思いに支配されたのか」

グロースは杖を取ると杖先をリュツィフェールに向けた。

「リュツィフェール。貴様は私の敵だ」
「そうとも。そして、グロース=アンディライリー。貴殿もまた、我の敵だ」

あれは自分の願いには相手が邪魔だと、互いに本能的に察知したための相対だったのだ。
彼は道端の小石でも段差でもない。いずれは敵となり立ち塞がる存在であるのだと。
リュツィフェールもまた獰猛な肉食獣のような笑顔を浮かべる。

「初めて、意見が一致したな」
「ああ」

殺気がぶつかり合う。またもや緊迫した空気が両者を包む。
が、今度は数秒と経たずに衝突は霧散した。

「…………そろそろ夜明けだ。我は出立する。貴殿は?」
「私はもうしばらくこの街にいるつもりだ。医者の真似事でもして旅費を作る」
「そうか。では、勘定分は置いていくから払っておいてくれ」
「わかった。それでは、殺し合いは次の機会としよう」

リュツィフェールは席を立ち、朝日の漏れる出口へと向かっていく。
ふと、その足を止め一度だけ振り向いた。

「最後に問おう人もどき。貴殿は"何だ"? もちろん、死徒という意味ではなくだ」
「私からも問おう敵対者。お前の言には動機が足りぬ。何故貴様は"降りてきた"?」

借問の交差。
互いに答えを口にすること無く僅かに空白が浮かぶ。
ふっ、とリュツィフェールが笑った。

「……いや、やめておこう。互いに見当がついていることを尋ねても仕方がない。
 この答え合わせも次の機会で良いだろう。それで良いな、グロース」
「ああ。またいつか会おうリュツィフェール。貴様の行く旅の空が良いものであらんことを」
「なんだそれは?」
「私なりの祝福だ。貴様もまた、願いのために旅をするのだろう?」
「ふん。愚昧な願いを求めるだけあって、おかしなやつだな貴殿は」

さらばだ仇敵よ、そう言い残してリュツィフェールは去っていった。
これが堕天使と前進者の初めての邂逅。二度目の出会いは、まだない。





/ニルズァボスクは歌わない

  1

それは、旅路の果てのひとつ。
堕天使と英霊と人間の物語が存在すら許されなかった世界。
仇敵同士が殺し合ったという、ただそれだけの話だ。

  2

アラーム。アラーム。アラーム。

200X年某日。
けたたましく鳴り響く警告音。
眠りに落ちていたジャック=ド・モレーはゆっくりとその目を開いた。

「…………何が、起こっている」

そう、呟いた時。
ダン! と入り口の方から大きな音がした。

「モレー……さま……! お逃げくだ、さい……!」

息絶え絶えのメイソンが身を引きずるようにモレーの部屋に飛び込んだ。
彼の右腕と両足は無残にも引きちぎれ、
胴に空いた大穴からはヒューヒューと呼気が漏れていた。
だが、どうしたことだろう。彼は血の一滴すら流していない。
……それもそのはず。
メイソンの身体は"凍りついていた"のだ。
四肢は千切れたのではなく砕かれて、
ピシピシと肉体へ侵食していく凍結の呪いは流れる血すらも飲み込んでいた。
今もまた、空を掴もうとした腕が指先まで凍りつくとバランスを崩して、
倒れ込んだ拍子に最後に残った左腕までもが砕け散った。

「ア゛……!! ……ア゛ア゛ァァァァァァァ゛……ッ!!」

ついに頭まで呪いに飲み込まれたメイソンは声にならぬ声を出すだけになっている。
凍結で顔の皮膚がグシャリと潰れて、まるで血涙を流しているようだ。
そして、芋虫の氷像から呪いを移されたのだろうか。
悪意に満ちた冷気が広がり、モレーの部屋を凍りつかせて────

……いや、違う。そうではない。
この冷気は氷像から流れてくるものではない。
"ソレ"はたった今、ドアを凍りつかせ蹴破った人物の元からやってきたのだ。

「久方ぶりだな。リュツィフェール」

つんざくような破砕音。
組成をH2Oの結晶体に置き換えられたドアだった物の破片が飛散し室内を支配した。
キラキラと空気中で煌く氷片に隠れたシルエットは芋虫の氷像を踏み砕く。
表情も姿もよく見えぬ。わかるのは何か杖のようなものを構えていることのみ。
…………ああ、だが果たしてジャック=ド・モレーは!
その声を! その構えを! そしてその名を呼ぶ人物をよく知っていた!

「…………そうか。お前だったか」

氷の欠片が降り注ぐその刹那。
煌めきの帳を縫って両者の視線が合った。

「"その名前となってから"会うのは初めてだな。フリーメイソンの創設者よ」
「互いに、随分と変わったものだな。グロース=アンディライリーよ」

グロース=アンディライリー。紋章院の長。
かつて、別の身体と名前で一度だけ運命を交差させた前進者。
────そして、互いを不倶戴天と認めた仇敵。

「ノックなら、……もう少し優しく頼みたいものだ」
「旧交を温めに来た、というわけでもないのは貴様もわかっているだろう。メイソン?」
「ハッ。その氷を見れば瞭然だとも。忌まわしくも懐かしき永久凍結の炎!
 炎の如く燃え移り、霊魂を焼き、罪人を凍土の内へと戒める!
 コキュートス。裏切りを罰する地獄の最下層。……我が落とされし牢獄!
 この身が伝承に従う以上、"ソレ"を利用した礼装を用意するだろうと思ってはいたが。
 …………まさか、既に魂なき貴殿の手で本当に作り出せるとは」

グロースの右手に握られた6.4メートル程度の不解氷の長槍。
銘を、『氷刃塔"偽典・第六呪詛"ジュディカ・ガングニル
コキュートスを代表とした、裏切りへの贖罪機構概念を幾多にも編み込んだ決着礼装。
千年の時を掛け、彼が堕天使討滅のために産み出した必中必滅の槍であった。

グロースは深く被っていたフードを払う。
すると、昔と同じく白い肌と髪、そして紅の瞳が現れる。
左目にもやはり、かつてのように紅玉が光輝を湛えていた。

「チィッ。…………"呪歌六節"、それも替えが効かない"第四呪詛"だと?」
「"敗軌物"を利用したクロニクの肉体では"氷刃塔"を扱うには脆すぎる。貴様を討つために開放した。
 シャインチェイサーに拡大変容する前の貴様なら人の手でも殺しようがあるのだから」
「……これは驚きだ。そんなものを引っ張り出してくるとは……ようやく思い知ったよ、貴殿も本気だと」

"第四呪詛"。それは即ちかつてのグロース=アンディライリーの肉体の写本。
魂とともに朽ち果て、今ではただ杖と加工されたそれを蘇らせる"呪歌六節"。
筋肉の一筋、細胞の一片までを再現した肉体は彼の保有する最強の礼装と言っても良い。
そして、その製造の難しさゆえに代用、新造は不可能。言わば紋章院の最終兵器である。
そんな礼装を携えてきたことからもグロースがことを重大と見ていることがわかるだろう。

「────しかし、これではまるで、我にそれを見せびらかしにでも来たようだなグロース。
 その服も、その身体も、その槍も、まるであの日を焼き直したようではないか」
「かもしれん、な」

……もしも、ここにクロニクがいれば驚きのあまり叫んでいたかもしれない。
精神の転写とともに魂を失い、感情の殆どを欠落させたそんな彼が、
微かに、微かにだが、クロニクの感情を借りることも無く楽しそうに笑っていたのだから。

「ほう。笑うところは初めて見たが……。仇敵よ、貴殿はそのように微笑むのだな」

興味深そうにジャック=ド・モレーは頷く。
その言葉に、グロースは戸惑うように動きを止めた。

「…………私は笑っていたのか?」
「ああ。この上なく、嬉しそうに」

そしてグロースは朗らかに口元を緩めた。

「それでは、笑っているのだろう私は。
 これは、そうだな……貴様と初めて出会った日のことを思い出してしまったせいかもしれん」
「睦言のようなことを言うな気色悪い。…………と、言いたいところだったが。
 本当に。なぜだろうな、グロース。存外、我も悪い気分ではないようだ」

堕天使もまた、同じように笑みを浮かべていた。

「私は、あの日から千年ずっとこの時を待っていたように思える」
「…………同感だ。おそらく、我もこの日を楽しみにしていた」

「ああ。この歓びはきっと────」
「…………ああ、この喜悦はきっと」

声が、重なる。

「「やっと、────貴殿/貴様を殺せるからだッ!!」」

刹那。ジャック=ド・モレー ──堕天使ルシファーからプレッシャーが発せられる。
堕天使の威圧は暴風のようにエーテルを巻き込みグロースを襲うも、
グロースは鋭い音を立てながら氷槍を回し、エーテルの嵐を切り砕いた。
砕かれた風と氷槍の呪いが混ざり合い部屋中を切り裂き、
まるで刃毀れした髭剃りでも使ったように痛々しい傷跡を残していった。
品の良い調度品も、棚に並んだ魔導書も、まだ凍りついていなかったドアの残材も、
壁も、柱も、天井も、何もかもをも凍らせ切り裂き破砕する。
風を受け凍りついた壁へとグロースがガンドを放つと凄まじい音とともに割れ砕け、
堕天使の起こす嵐に乗り、吹雪となって堕天使の目の前を白に染めた。

「────────ッ!」

堕天使はエーテルの風を止めると黒炎を用いて視界を塞ぐ吹雪を焼き溶かす。
が、既にその向こうにはグロースの姿は無い。

「────『氷刃塔ジュディカ

背後には冷気。瞬時に回り込んだグロースが堕天使の心臓目掛けて槍を投げようとする。
しかし、グロースの視界は刹那のうちに黒く染まり槍もろとも身体を吹き飛ばされた。
翼を広げてグロースを吹き飛ばすことに成功した堕天使は手から黒炎を放って追撃する。
が、受け身を取りながらも氷槍の呪いで床を凍らせたグロースは、
壁を抜かれた隣室まで身体を滑らせ、すんでのところで恩讐の炎たちから身を逃した。

堕天使は態勢を整え直し、六枚の翼をバサバサと広げる。
グロースも身体を回転させ滑走の勢いを殺しながら立ち上がると、
千年以上も昔にリュツィフェールを名乗る男と相対したときのように氷槍を構えた。

「…………堕天使よ、先程貴様は"見せびらかしに来た"と言ったな
 安心しろ。見せるだけで終わらせるつもりなど毛頭ない。
 貴様に出会ってから千年、その身を穿ち焼き焦がす日を思い続け産み出した決着礼装こそがこの氷槍!
 出し惜しみなどするものか! その肉で、その魂で、じっくりと味わい尽くせ────我が運命よ!!」

「望むところだ人間もどきィッ!! あの日の続きを始めるとしようかァ!!」


  3

「────ガング、ニィィィィィィィィィィィィィルッッ!!」

その日、八十八度目の神罰(せんこう)が放たれた。
無数に凍らされ砕かれ焼かれ、更地となった地上から一条の光が空を目指す。
────『氷刃塔"偽典・第六呪詛"』。
『大神宣言』をモチーフに制作された槍は既に三枚の翼をもがれた堕天使目掛け飛翔する。

「グ、オ、オォォォォォォォォォッッッ!!!!」

その氷槍がジグザグに軌道を変え己の肉体を穿つ瞬間を何度も経験した堕天使は、
雄叫びを上げ、血に濡らした羽根を撒き散らしながら無茶苦茶な軌道で滑空を繰り返す。
堕天使を追いかけ続ける呪いの弾頭は、柔らかな心臓に噛み付こうと飛び回るが、
ホーミング弾がチャフに邪魔されるように、血染めの羽根を一枚貫くと勢いを失った。

「……ッ! 逃げ切ったか!」

堕天使に奪われた左腕の断面に繋がれた氷の義手を伸ばすと氷槍が現れる。
グロースは槍を掴み取り、幾度も大量の魔力を通して変色した不自由な右手に持ち替えた。
宝具級の投擲は堕天使の血肉を抉り食らうが、同時にグロースの身体も蝕まれている。
一投ごとに膨大な魔力を食いつぶす氷槍を運用するために、
彼の身体は紋章院全ての魔力炉とパスで直結され、常人なら数秒で破裂しかねない魔力を垂れ流しにしていた。

いくら真作の"第四呪詛"と言えども、その本質は魔力制御ではなく術式制御。
回路の殆どが焼き焦げた今でも投擲を放てることからも精度の高さは量れるが、
ある程度頑丈な程度の回路では膨大な魔力を半日も流し続ければガタが来るのは当たり前だ。
無数の閃光の迸りを焼き付けた右目の視力はほとんど失われ、左にもノイズが走っている。
さっきの投擲でまた三本の回路が断線したため残る回路はあと十本を残すのみ。
幸か不幸か超過駆動を繰り返した魔力炉も半分以上活動停止したために、
10%以下の回路で同じ魔力を通すはめになることだけは回避できたが窮地には変わらない。

(第三から第六も沈黙。…………残るは、カザンの二つのみか)

抑止の影響から逃れるために平行世界との接続を絶ち、"第二呪詛"との接続を絶ち、
残る魔力源は二基の、それもグロースと同じく疲弊している魔力炉のみ。
これでは、堕天使を墜とすには心もとない。
外傷こそ酷い堕天使だが、目立つ傷の少ないグロースとは逆に内面は殆ど無事なままだ。
八十八度に渡って投擲した氷槍が、その魂と霊核を穿つことは一度もなかった。

「どう、した……グロース……? それでお終いか……?」

地獄の冷気で凍りついた槍創を後頭部と胸と腹と左肩と両腿に穿たれ、
残る三枚の翼の一枚も根本から千切れようとしている堕天使が苦しそうな息で問いかけた。
致命打は与えていないが、物質界に在る以上、治らぬ傷は行動を阻害する。
グロースの外傷が少ないのも比較的早い段階で左腕を半壊させることができたためである。

「終わりだと、いう、なら……こちらから行く、ぞ……ッ!!」

堕天使の右手が剣のように伸ばされ、グロースを引き裂こうと振り下ろされる。
反応が遅れたグロースは辛くも氷槍で堕天使の手刀を弾く。
しかし、堕天使の猛攻はただ一閃には終わらない。
弾かれた手刀に張り付いた霜を恩讐の炎で溶かしながら二閃、三閃、四閃と斬撃を放つ。
音速をも凌駕する堕天使の剣撃。弱まったグロースの視力が悲鳴を上げる。
それでも聴力と思考加速による分析および未来予測の併用で堕天使の手刀を凌ぎ切った。
が、

「なに!?」

既に殺してあったはずの堕天使の左手がグロースの喉元目掛けて伸ばされる。
虚を突かれたグロースは氷の左腕でそれを防ぐが、砕けた氷が視界を閉ざす。
氷幕の背後から走る絶死のプレッシャー。
グロースは思い切り背後に跳躍し、堕天使のインレンジから離脱する。
だがそれすらもが堕天使の罠だった。

「そこだああああああああああああああ!!!!」

滑空する堕天使の翼が高密度の魔力を帯び、空中のグロースを両断せんと迫る。
左の義腕を盾にしようにも先程の一撃を防いだために再生が間に合わない。
逃げ場のないグロースは瞬時に左脚を氷槍で薙ぎ払った。
左腕と左脚を失い極度に重心を変化させたことで、なんとか身体を反らし、翼を躱した。

「──────ぐ、ぅぅぅ、ッ! 『氷刃塔ジュディカ────"偽典・第六呪詛"ガングニル』!!」

地に墜ちながら礼装を真名開放し、直線上を通り過ぎた堕天使に向け氷槍を放つ。
魔力がごっそりと奪われる感覚に続き、回路がまた七つ破断し、視覚機能は喪失され、炉は全て沈黙した。
だが、犠牲は無駄ではない。八十九投目の渾身の神罰は、一つ前のそれよりも遥かに疾く堕天使に追いついた。

「なん、だと────ッ!!」

ついにその心臓を穿ち抜こうと槍が迫る。
あと数センチまで距離を詰めた閃光は胸の中心目掛けて落ちようと────

「させ、る、かァァァァァァァァァァァッ!!!!!」

堕天使は身体を思い切り曲げ生きている二枚の羽根で槍の進攻を僅かに押し留める。
そうして稼いだ一瞬で折れかけた翼を自ら引き裂き、回転する穂先にかざして盾とする。
しかし、やはり氷槍は止まらない。
二枚の翼を殺した後もシールドマシンのように三枚目の翼を削り心臓を穿つのを諦めない。
そしてついに槍は盾を喰らい潰し引き寄せられるように堕天使の霊核に迫った。
万事休す。

「止ォまァ、れァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!!!!!!!!!」

血を吐くような叫び。堕天使は右の手で半死半生の左前腕部を持ち上げると胸の前に掲げる。
刺さる腕から呪いが広がり左腕に亀裂が広がる。このままでは槍を抑えきれない。
だが、堕天使は断末魔じみた声を上げながら更に右の掌底を穂先へと押し付けた。
ずぶり、と生々しい音を立て右腕の肉と骨の間に槍が勢い良く滑り込み呪いを撒き散らす。
それでも、腕というガイドレールに入り込んだ槍は心臓に届くことは無く肩口を穿った。
堕天使の右腕が内側から凍結し掌の穴から零れるように皮一枚残してドサドサと抜け落ちた。

「ハァ……ァ……! ……ガ、ァ……! ……グ、ギ、ィ……ハァ……ウ、ゥ、ハァ……」

止めきった。
多くの犠牲を払い、今なお苦悶に喘ぎながらも堕天使はまだ生きていた。
全身全霊で槍を捌き切った堕天使は壊された翼が散らした羽根を浴びながらもここに立っている。
気を抜けば倒れてしまいそうだった。
ああ、そうだ。休もう。もう、敵も動くことさえ出来ないはずだ。いいだろう。少し息を整えるくらい。
そう、思って────

「────────『氷刃塔ジュ、ディィィカァァッ!!」

────声が届いた瞬間、堕天使は飛んだ。
槍の所在を確認することも声の主の方へ振り向くこともなく。
もはや萎んだ風船のようになった腕にぶら下がった右手を噛みちぎり、翼ではなくその足で大地を蹴る。
光速を越え、宙へ飛び、錐揉みしながら。不格好な氷の左脚で身体を支え今にも槍を放とうとするグロースの元へと。

「ゥ、ルゥォォォォォォォ──────────ッ!!」

一閃。
九十度目の聖句が完成する前に、咥えた手刀がグロースの右腕を切り飛ばした。
完全に視力を失った両目を驚愕に見開いてグロースは倒れる。堕天使の口元からボト、と右手が落ちた。

「我の、勝ち、だァ、グロース……ッ!! 貴殿にもう、槍は投げられない……ッ!!」

例え、オリジナルの『大神宣言』であったとしても投擲を行わなければ当たらない。
それは堕天使の宿敵が投げる槍であっても同じこと。
グロースの右腕さえ落としてしまえば彼が堕天使に勝てる手段は失われる。

だが、奪った左腕さえ氷の義手で補い、四肢が万全のままだったグロース相手ならば右腕を狙うのは不可能だった。
グロースの外傷が少ないのは運ではない。彼の堅実かつ理詰めの戦い方が付け入る隙を与えなかったことが非常に大きい。
事実、グロースの消耗の多くは氷槍の投擲によるもので堕天使が直接奪えたのは彼の両腕だけである。
思考加速による鉄壁の守り。そして強大な一撃を放ち、瞬時に手元に戻り、一裂きごとに凍結の炎を撒き散らす槍。
これらの二つが破壊力では圧倒的な差異を持つ両者の戦力を半歩ほどまで埋めていたのである。

しかし、八十九投目の氷槍は足を切り捨ててまで放った文字通り全霊の一撃。
堕天使が全ての手札を切らなければ到底防げなかっただろう致死の一投であった。
だからこそグロースも油断した。いや、油断せざるを得なかった。
なぜなら初めから九十投目を放つ魔力は残っておらず、あの一撃で仕留められなければ負けは決まっていたのだから。
そして、その瞬間を狙い右腕を落とした。これで堕天使の勝利は揺るがぬものとなっただろう。

────そのはずだった。

「…………違う。勝ったのは貴様ではない、堕天使。"既に投擲は為されている"。これが、貴様の滅びだ」

魔力が尽き、罅だらけの氷の手足でぎこちなく立ち上がったグロースは堕天使の身体を掴む。
爛々と輝く盲いたルビーの左目が堕天使の瞳に映し出される。
…………その紅玉の中の空に、小さく何かが見えたような気がした。

「────────まさかッ! まさかまさかまさかァッ!」

天を仰ぐ。
その先には"槍を握りしめたまま宙を飛ぶ右腕"があった。
そして、手の中から槍がすり抜け"地上に向かって"落ちてくる。
────その槍の持つ力は必中。
一度放たれれば例え使い手が盲人であろうとも自ら目標を追いかけ突き穿つ────!

"偽典・第六呪詛"ガング、ニル』────!!」

最後の神罰が、雷光となって霊核を貫いた。


  4

クレーターの中心で羽根のない真っ黒な堕天使が地に磔にされていた。
霊核を砕かれた堕天使は朝日を待ちながら少しづつ黄金の粒子へと変換されつつある。
その隣には堕天使と対照的に雪のように白い男がうつ伏せのまま倒れていた。

最後の一投。そこで生体システムの稼働魔力さえ使い切ったグロースも、
"月零箱"からスタンドアロンの復活不可能な状態で事切れようとしていたのだ。

「…………グロース」

消え入りそうな声で堕天使が仇敵を呼んだ。

「どうして、他の"呪歌六節"を使わなかった……? あれらを助けにすれば、槍など無傷のまま幾らでも投げられただろうに……
 場合によっては、シャインチェイサーの私にも、届くかもしれぬ……だというのに、なぜ……?」
「そんなものは、決まっている……お前程度の障害に、全勢力を投入するわけにもいかない……
 私は、まだ、旅の空の下だ……ここで終わっても良いなど、考えるわけがないだろう……」

微睡むような声でグロースもまた問う。

「私からも尋ねよう堕天使……なぜ宝具を使わなかった……?
 いくら、シャインチェイサーに変容してないといえ……幾分か、利を奪うことが出来たはずだ……」
「貴殿と同じだよ……あれは、慎重に使わねば世界への影響が大きすぎる……
 こんなところで、抑止に補足されては……我の恩讐が世界にまで届かなくなる……」
「どちらも……出し惜しみをしたまま……共倒れをした、ということか……」
「そういう、ことに……なるのだろうなあ……」

風があれば掻き消えてしまいそうなほどか細い声。
二人の戦いによって平野と化した一帯は昇る太陽に照らされて、
ゆっくり、ゆっくりと、陽光が彼らの足元に近づいている。

「ああ……でも……」

グロースが蚊のような声で呟いた。

「私、は……もしかすれば、自分の力だけで貴様に勝ちたかったのかもな……
 あの頃の、肉体である第四呪詛と……貴様を打倒するため私の力で作った、この、槍で……
 ……私には、意味がない……私、は、ボルチェイブを継ぎ……ザイシャに与えるための……
 だから……貴様に、だけ、は……私の手で、勝ち、たかった……他人の……力では、なく……」
「……………………そう、か。……そうか、もしれ、ぬ……もしかしたら、我も…………」

陽光がついに彼らの元に届き足先から光に飲まれていく。
消え行く堕天使は陽光に溶けるようにして輪郭まで解けていく。

「…………なあ、我が……仇、敵よ。…………楽し……かった、なあ」
「……………………ああ。……楽しか、った…………この上……なく」

────光が満ちた。

朝が来た。昇る太陽は誰も彼をも平等に照らすだろう。
まっさらな大地にポツンと浮かんだクレーターの中心で冬のような槍が煌めいている。
その側には、やっと進むことを止めた白い男が、満足そうに永久の眠りを迎えていた。


  5

魔眼の視通した、無数の滅び。
万華鏡のように偏光する星の数の可能性ユメ
その輝きの中に、────そんな、とあるひとつの終点を視た。





/邂逅

  1

そして、彼らは未だ旅路の途中。
魂が朽ち意思だけを残す妄念となっても。
幾多の裏切りを経てまた地に落ちようと。
彼らは進み続けるだろう。
あの旅の空に願いを預けている限り。
これはそんな、ごく、ごく当たり前の話だ。


  2

『氷刃塔"偽典・第六呪詛"』をFFF社に着払いで送りつけたグロースは娘に身体を返した。

「もう、よろしいのですかお父様?」
「ああ。用は済んだ。私は研究に戻る」
「かしこまりました」

一礼したクロニクが"内側"から下がると、グロースはそのまま"内側"の中を歩き始めた。
カツン、カツン、と、足を進めるたびに"内側"にフォリアドゥの残響が谺する。

本来、彼がこのようなアナログな処理をする必要はない。
直接月雫箱に座標を打ち込めば容易に目的地までジャンプできるはずだ。
だが、どうしてだろう。前進以外の欲求を失ったはずだというのに、なぜか歩きたかった。

バグかもしれない。ならば、後で精査しなければならないな、なんてことを考えながら、
階段を登ったり、降ったり、複雑怪奇な道順を正確に最短ルートで辿って行って、
最後に管理者権限を用いて無数の"黒い氷"を解除し、目標地点に到着した。

主観時間にしておよそ九百三十四時間二十四秒。
もっとも、現実とクロック数の違う"内側"ではそのようなタイマーに意味は無いのだが。

最上位権限を持たぬ者は踏み入れられぬ小部屋の中心には、木の扉のような色と形をした
安っぽいアイテムオブジェクトが数百年もそうしていたように朽ちかけた姿を見せていた。
グロースは扉に手を掛けると、ゆっくりとそれを押し開いた。

──並列Link──

無感情な機械音声が状態移行を伝える。そして、グロースは"一人"になった。

「さて、私よ。先日の議題についてだが」
「ああ、その情報は既に並列している。堕天使のことだろう」
「私からは切り離されていたために影響は受けていないはずだ」
「まったく、ニルズァボスクを歌わないとは……」
「重大なバグだ。早急に対処する必要がある」
「それでは、2009年以前に堕天使へ再接触した個体を切り捨てるということで良いだろうか」
「私は異議なしだ」
「私もだ」
「了解した。それでは私はここで情報並列を遮断する。計画の成就をこちらから祈る」
「よく務めた私よ」
「これまでご苦労だった」
「加えて言えば、アレとの戦闘を予期して"前の"グロースが遺した物も処理するべきだ」
「確かに」
「感情のことか」
「だが、完全に捨ててしまえば知性すら喪うのではないか」
「前進するためにも怒りは必要だ」
「憤怒は私が感じた最初のもの」
「起源」
「これだけは残しておかねば」
「私がグロースではなくなってしまう」
「しかし、私がグロースである必要があるのか?」
「グロースの役割はザイシャに受け継ぐところまで」
「そもそも私である必要はない」
「論外だ」
「的外れにも程がある」
「私はグロースであるがゆえにグロースの肉体と接続できる」
「それを失えば計画は崩れる」
「わかっている」
「しかし私が私であることとそれは関係がない」
「レゾンデートルを欠くぞ」
「世界から拒絶される」
「世界の裡に在る理由もない」
「むしろこれは抑止から解放される機会なのではないか」
「魔術を棄てるつもりか」
「本末転倒ではないか」
「同意する」
「待て、話がずれている」
「これについては次の議題としよう」
「異存なし」
「了承」
「では、外的要因に目を移そう」
「クロニクの感情を奪うか」
「私がクロニクの感情を借りているのは事実」
「しかし、それは核にまで達する物ではないと第982743201742会議で結論が出た」
「並列処理が上手く行っていない個体なのか?」
「失言だった。バグが進行している可能性もある。私も情報並列を遮断しよう」
「ありがとう私よ」
「本題に戻ろう」
「最大の要因は堕天使」
「氷刃塔はその振幅を広げる。処理を提案する」
「異論はない」
「良いだろう」
「抑止が私に与えた影響は"偽典・第六呪詛"の作成まで」
「残りは他の者に任せれば良い」
「FFFにでも送りつければ奴らが勝手に抑止に動かされてくれるだろう」
「然らば私の受ける抑止の影響、その要因の一つも失われる」
「私は既に送付した」
「方法は如何様に?」
「出来ることなら足並みを揃えておきたい」
「二十ヶ国経由の着払いだ。これなら足も着かん」
「名案だ。私もそうしよう」
「同じく」
「着払い……実に合理的だ」
「しかし、彼らに悪印象を与えるのでは?」
「構わん」
「この程度で恨みを持つ小人なら敵となっても痛くない」
「ところで、話は戻るがこれほどの個体を失っても良いのだろうか」
「確かに2009年以前に堕天使への再接触を果たした個体は多い」
「計画に影響を及ぼすかもしれぬ」
「私もその危惧はある」
「私も同意見だ」
「問題はない」
「元より未来なき世界の個体は魔力提供のみが役割だ」
「堕天使へ接触した個体もその一部と見れば良い」
「なにより、私は万華鏡の中に潜む夢幻の願望器」
「湧き出る魔力に終わりはなく」
「拾い上げる未来もまた無限」
「蒐集する欠片が僅かでも」
「重ね続ければ宙に届く」
「私は譜面の中の音符の一」
「そして連なり描かれる一なる楽曲」
「私はグロース=アンディライリー」
「後退を許さぬ伸暢の使徒」
「偉大なる父、ボルチェイブ=ロォストの遺志を継ぐ者」
「その後継、グロース=アンディライリーの残滓より産まれし指向性」
「彼らの遺志を堅き雪仔に伝播するための中継点」
「理想」
「憧憬」
「思考装置」
「救済」
「無実」
「白痴」
「二進数」
「点と線」
「虚誕」
「空」
「滅びの眼差し」
「爪牙」
「駒」
「朽肉」
「伝達者」
「起源」
「幻影」
「弔い笛」
「可能性」
「詭弁」
「道化」
「書庫」
「網目」
「帳」
「夜霧」
「杖」
「大いなる交点にして始点」
「全ては、────ニルズァボスクを歌うために」


  3

並列処理を終えたグロースがカザンの研究用端末に戻るとクロニクが待っていた。
手には大量の資料らしきものを抱え、まるで今からプレゼンでも始めるようだった。

「どうした、クロニク」
「あっ、お目覚めになられたのですねお父様」

お勤めご苦労様です、とクロニクが一礼した。

「頭を上げろクロニク。それで、何か私に用があるようだが用件はなんだ」
「はい、お父様。それではこちらのパネルを──」
「パネルもなにも、直接情報並列すれば良い話だろう。我が娘よ」
「あっ」

しまったと言うようにクロニクは顔を覆った。

「申し訳ありませんお父様。いつも紋章院の皆さんに説明する時の癖で……」
「お前が仕事熱心な証だろう。謝る必要もない」
「ありがとうございます。それでは、少々お待ちください」

数秒してクロニクの記憶容量から該当データがグロースへ共有される。
瞠目していたグロースは納得したように頷く。

「ふむ、なるほど。冬木の聖杯か」
「はい。近々"解体戦争"が行われます。我々紋章院もそこに介入したいと」
「ダメだ。参加はできない」
「そんな……!」
「紋章院は探求の使徒。それが表立って願望器に頼っては歪みが産まれる。不許可だ」
「お言葉ですがお父様! 紋章院の資金繰りは年々悪化していく一方です!
 冬木の杯の価値が知れ渡っている今、利権争いに加わるだけでも濡れ手に粟!
 少なくとも我々が対立者に譲歩するだけでも幾らかの貸しを作ることが可能です!」
「私がそれを望まないと言っても?」
「はい。どれだけお父様が反対しようとも私はこの件を諦めるつもりはありません。
 お父様より紋章院を預かっているのはこの私、クロニク・ナビ・ナバ。
 誰よりも、それこそお父様よりも、紋章院のことは把握しているつもりです。
 お願いですお父様。紋章院の名に賭けてやり遂げてみせると誓います。だから……!」
「…………はぁ。まったく、いつの間にこのような強情張りになったのだろうか私の娘は。
 昔はもっと素直だったのだが……。やはり、デュヒータの影響かな」
「は?!」

途端、クロニクの耳が真っ赤に染まった。

「そ、それとこれとは話が別です! とにかく! 解体戦争への参加を許可してください!」
「まあ待てクロニク。なにも私は行くなと言っているわけではない」
「……? と、いいますと?」
「調査、という名目なら許可する。ただし、参加者に我々が関わらないという条件だ。
 しかし、これでもお前の目的は達成できるだろう?」

クロニクの表情が仮面越しにパァッと明るくなった。

「ありがとうございますお父様!」
「良い。……それに私も気になることがあるのでな」
「気になること……?」
「そうとも、検証には差異が必要だ。計画を盤石にするには試金石がいる」
「はあ……そうですか」

クロニクに共有された情報の中にジャック=ド・モレーの名があった。
彼の正体は並列処理の際に議題に上がった堕天使ではないかと、そう考えている。

世界を無限の枝葉を伸ばす一本の樹に例えたとしよう。グロースはその逆だ。
無限の枝葉を集め、接ぎ木に接ぎ木を重ね大樹を作ろうとしている。
そのためには多種多様な条件を試し、対照しなければならない。
要するに2010年以降に堕天使に出会った自分にも影響があるのか調査する必要があるのだ。
ここにいる彼でさえもが、枝葉の中の一本に過ぎないのだから。

「そう、全てはニルズァボスクを歌うため。私は私のために喜んで犠牲となろう」

いつだったか夢を視た。
夢の中の自分は身一つで仇敵へと立ち向かい、笑って命を捨て去った。
何にも貢献することはなく、勝手に同調を閉ざした一個のエラーメッセージ。
自分と同じグロースだと信じるにはあまりにも愚かだ。
ニルズァボスクを忘れた時点でグロースはもはやグロースではないというのに。
堕天使に出逢えばその理由がわかるのだろうか。
少しだけ、そんなことを考えていた。

  4

殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。
殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意
殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意
殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意
殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意
殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意
殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意
殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意
殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意
殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意
殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意
殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意
殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意
殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意
殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意
殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意
殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意
殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意
殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意
殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意
殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意
殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意
殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意

  5

「クックック……クッハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

クロニクの背後、その"内側"で一人の男が哄笑する。
感情が既に無いはずの彼の凄絶な笑みは娘から借り受けた感情を使って"内側"がわかりやすく翻訳したに過ぎない。
だが、それは同時に彼に感情があれば同じように呵々と笑っていただろうことを示していた。

「そうか! この怒り! この怒りだ! これこそが憤怒わたしなのか!」

堕天使を視界に入れた瞬間膨れ上がった殺意。
グロースはその中に多くの滅びユメを視た。

一人は、月に巣食い人類の発展を妨げる守人を殺すための毒を産み出した。
一人は、衰退に溺れ進化を忘れた人間を蘇らせようとして獣を造り出した。
一人は、滅び始めた世界の中で新たなる救済を求めて娘の種を組み替えた。
一人は、追求者に育ちゆく仇敵に再会し氷槍を携えて人の敵を討ち取った。
誰もが、前進を止める者への憤怒に身を焦がしていた。

起源。それは始まりの指向性。
彼の魂の始点は前進。
だが、グロース=アンディライリーの始まりは怒りだった。

「……ああ、やっと理解できた。なぜ気づかなかったのだ、我が起源は"前進"のみに非ず。
 起源が原初の指向性なれば人の思いもまた魂なき私には起源と為り得る。
 この身は、"前進"と"憤怒"の二重起源。クク……クックックッ……見えた……見えたぞ!
 工程を七千万年は省略できる! 拓けたのだ! ニルズァボスクへの道が!」 

堕天使への殺意は制御できている。
2010年以降の彼は堕天使が要因で起源に引き摺られることはないだろう。
それは、堕天使が彼の敵ではなくなってしまったことでもある。
なぜなら、堕天使には既に滅びが待っている。彼が手を下す意味はない。

なればこそ。
かつて、仇敵であった君よ。
2009年を越え、仇敵ではなくなってしまった堕天使よ。
君の旅路に祝福を。行先の艱難辛苦は果てしなく旅人の足は酷く脆い。
それでも、我らの仰ぐ空に願いという星が輝いているのならば。
同じ空の下を歩む同胞よ。前進を! 憤怒を抱いた終わりなき前進を!
それこそが、夢に耽溺する我らの進む道なれば!

「感謝しよう、親愛なる堕天使よ。私は今、答えを得た」

懐かしい、旅の空が目に浮かぶ。
だが、この空の下を歩き出す前に少しだけ旧知の君と話をしよう。
酒は必要ない。我々はもう夢という美酒に酔っているのだから。

────さぁ、あの日の問答の続きを始めようか。




「"この姿となってから"会うのは初めてだな。フリーメイソンの創設者よ」

<第六次聖杯戦争-冬木聖杯解体- へ続く>

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http://www.hajimeteno.ne.jp/dhtml/dist/js06.html

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