ImgCell-Automaton。 ここはimgにおけるいわゆる「僕鯖wiki」です。 オランダ&ネバダの座と並行して数多の泥鯖を、そして泥鱒をも記録し続けます。

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前回までのあらすじ

オリジンストーン本家屋敷へ向かう2世とグレイ。
2人はグレイの知り合いであり、最近時計塔を訪れたばかりの少女、
ソフィー・ノット・シンフィールドと共にオリジンストーン本家屋敷へ向かう。
道中オリジンストーンとはどういった家かを聞きつつ、3人はオリジンストーン分家が1つ、
マイルストーン家の女性ミランダに連れられ本家屋敷へと到着した

【第三章】



「────。」

開かれた扉の向こうには、数多くの意匠に囲まれた広間があった。
天井には輝く太陽のような、そしてその周囲には、躍る12の精霊たち。
その下に描かれている暗雲のような多数の文様。どれも魔術的な意匠に見える。

天地が分かたれるような荘厳なる光が差し、その下にかしずいたアダムとイブが映る。
その横には分かたれている巨人のような姿……これは何を表しているのだろう?

「天地創造……いや、アダムの肋骨からイブが想像された神話か?
 隣はおそらく北欧のユミルの肉体から世界が生まれるところの描写だろう。
 となると反対にある彫刻は…マルドゥークによるティアマトの分割の意匠か?
 ……複数の神話から取っているな……天地創造による新生儀礼…? いやあるいは…」

師匠が考察を深める。その間にも自分は、様々な芸術や在り方で表現される神話の欠片を見やる。
主郭の各所から天井の頂点に至るまで、あらゆる箇所に施された宗教的モチーフは、圧力ともいえるほどの感情を伝えてくる。
優れた芸術は見る人の脳を揺らすという。これは例えるならば、脳に直接神話のイメージを語りかけてくるかのようであった。
元々ステンドグラスは、言語の通じない人々に神話を伝えるために作り出されたと聞いていたが、それに似ていると感じた。
旧約聖書、北欧神話、そして最古の神話(エヌマ・エリシュ)、モチーフは違えど、その中に共通するイメージを、見る人の脳に直接語りかけるように感じた。

ただ思ったのは、同じように魔術の意匠がちりばめられていた剥離城アドラとは異なり、
このオリジンストーン本家の広間からは、異様なまでの威圧感ともいうべき迫力に圧倒されることは無かった。
自分が魔術という様式に慣れたのか、あるいはアドラが特別だったのかは自分には分からない。
────あるいは、イメージを流し込む先が、自分ではなかったのか────

少し広間を見渡し、そしてそのまま正面を向く。
そこには複数人の魔術師達が、互いに会話をしている姿が見えた。
彼らはこちらに気付くと、そのうちの一人の青年がこちらに向かって歩み寄ってきた。

「おお! お客人が見えたと聞きま死たので誰かと思いま死たが、
 噂に聞くロード・エルメロイさんで死たか! お会いできて光栄デス!!」

陽気な雰囲気を感じさせる青年だった。何より驚いたのは、その独特のイントネーション。
魔術的なものなのか、あるいは持つ癖のようなものなのか……どちらにせよ、やや聞きづらい言葉で青年は話す。
ウェーブのかかった白髪を揺らしながら、全身で喜びを表現しつつ、師匠に対して握手を求めた。

「できれば、2世をつけていただけるとありがたいです」
「オット! 失礼しま死た! は死゛めま死て、最近時計塔で講師を始めた、
 デッドブロウ・カルムストーンともう死ます。エルメロイ教室生徒の目覚ましい躍進は聞いております。
 いや実に素晴らしい! 以後、お見知り置きをよろ死くお願いいた死ます!」
「躍進などと……。私はただ、自分に出来る事を行っているだけですよ。
 ともあれ、よろしくお願いいたします」

師匠がデッドブロウさんと握手を交わす。
同時に、デッドブロウさんと会話をしていた一人の魔術師がふむ、と頷いて言葉を発する。

「ロード・エルメロイ2世……。話には聞いている。
 最近アドラやイゼルマで発生した事件を解決したと聞いている。
 君がそうだったのか…………。思ったよりもずっと若いな」

初老の男性だった。頬に少しばかり刻まれている皺が、貫録を漂わせるような、
だけれど何処か接しやすい空気を持つ、背広を纏った男性が頷きながら師匠を見る。
その視線に対し、師匠は謙遜しながら言葉を返す。

「私は正規のロードとは、到底言えない立場ですからね……」
「謙遜することは無いデス! 2世サンが非常に多くの魔術師達の才覚を、
 その手で発掘しているのはどのロードでもな死ていない功績と言えます!」
「そんな……、お恥ずかしい限りです」
「ロードにしては随分と腰が低いな……、ああ、名乗りが遅れたな。
 私はブライアン・スクラップストーン。天体科の魔術師をやらせてもらっている。本日はよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

師匠が軽く挨拶を済ませると、少し離れた場所で椅子に座りながら本を読んでいた少女がこちらに近づいてくるのが見えた。
赤髪の、活発そうな少女であった。どうも自分たちではなく、自分たちと一緒に訪れたソフィーさんのほうに反応したらしい。
少女が手に持つその本は「ジャスティーンによる西部聖櫃戦争の記録」と、手書きで記されているのが見て取れた。

「お久しぶりね、ファースティー」
「ソフィーも来てたの! 久しぶりね!」
「ええ。先々月のブラックストーン家の代理出席以来かな?
 変わらず元気そうで何より。この前貸してあげた本はどうだったかな?」
「とても面白かったわ! お礼にまた、ジャスティーンの話を聞かせてあげる!」
「ふふ、それは楽しみにしているよ」

ソフィーさんが、あまり見た事のない柔らかい表情をしている。
一見するといつもと変わらないように見えるが、その纏う雰囲気とでも表せばいいのだろうか
そういった物が、いつもとは違うように感じ、それはあたかも子に接する母親のようにも見える錯覚を感じた。
赤髪の少女はそのまま、師匠の方へと向き直し胸を張りながら自らの名を告げる。

「貴方が今回の事件の鑑識ね! 初めまして。
 私はファースティー! ファースティー・レッドストーン!
 かのレッドストーン家の次期当主なんだから! 覚えておいてね!」
「レッドストーン……。存じています。以前、西部で発生した聖杯戦争…………いえ、
 聖櫃を巡る変則的儀式戦争の記録で、目にしたことがあります。お見知りおきを」
「あら、貴方ジャスティーンを知っているの? なら、気が合いそうね!」

ふふん、とその少女はどこか得意げに鼻を鳴らしながら笑い、師匠との握手に応じた。
2人の会話の中で、ふと聞き覚えの無い────でもどこかで聞いたような────言葉が聞こえた。
聞いたような、でも知らないような、そのむずがゆさに耐えきれず、自分はつい、師匠にその単語を問う。

「師匠……その、聖櫃、とは……? 聖杯とはまた異なるのでしょうか?」

そう。先ほど師匠が仰った、聖櫃を巡る儀式戦争という言葉に違和感を覚えたのだ。
聖杯ではなく聖櫃。それもまた万能の願望機の亜種の形なのだろうか?

「ああ。アメリカ西部開拓時代に発見された、霊的システムだと資料には伝えられていた。
 曰く、持ち主の未来を確定させると伝えられている……。これもまた、願望機の一種と言えるだろう。
 それを求め、時計塔の魔術師数名を含む魔術師たちが集い、聖櫃の呼びだしたサーヴァントを連れて
 儀式的意味合いを含む戦争を行ったと記録にはあった。願望機を巡り、英霊の写し身が召喚され殺し合う。
 そう言う意味では、非常に聖杯戦争に類似しているケースの1つだ。……もっとも、私が読んだものは後年に編纂された、
 言伝を繰り返して劣化した記録に過ぎない。分かるのは数名の参加者と、呼びだされた英霊の真名、そして聖櫃の概要だけだった……」
「なるほど……、願望機とは、聖杯1種類だけではないのですね」

意外だった。聖杯戦争以外でもサーヴァントが霊基を以て召喚され使役され、
そして魔術師の下で殺し合うという儀式が他にもある、という事を初めて知った。
師匠は以前、英霊の力を行使する魔術の例としてインヴォケーションを挙げて講義した。
インヴォケーションは英霊などを自身に降ろし、その力を借りるものであり、
インヴォケーションの一種としては、ナチス・ドイツの魔術師が開発した英霊回帰術や、
具体的な形のない概念を英霊の代わりに宿す概念抽出、といった様々なバリエーションがあるという。
……一方、英霊を実体化させるには、そのための膨大なリソースの確保が非現実的で、非常に稀なケースと聞いていた。
だからこそ、そういった聖櫃という霊的システムがサーヴァントを呼びだせるほどの力を持っていることに驚いた。

「参加者の中には、時計塔の魔術師でもある彼女の先祖…ジャスティーン・レッドストーンもいた。
 詳細な事情は分からないが、サーヴァント・キュロス2世を召喚し聖櫃戦争を生き残った…と伝え聞いている」
「凄いわ! 時計塔の魔術師でそこまで知っている人は久しぶり! ジャスティーンの活躍をもっと聞きたい?
 聞きたいというのならいつでも連絡をくださいな! 外にも伝わっていないジャスティーン自らの記録を伝えてあげる!」
「それはありがたい。事件が片付いたら、すぐにでも連絡をしたいですね」

師匠が柔らかい笑みでファースティさんの言葉に答える。
時計塔に残されている聖櫃戦争の記録は、先の師匠の言葉から読み取れるようにそこまで多いものでもなかったらしい。
だが参加者の1人であるジャスティーンさん自らが残した手記となれば、それ以上の情報が詰め込まれているのだろう。
一体どのような物語が、アメリカ西部を舞台に繰り広げられたのか、自分も想像が駆り立てられる手記だった。
そんなことを考えていると、先ほど挨拶をしたブライアンさんが顎をさすりながら疑問符を浮かべる。

「時計塔、時計塔……言われれば、そうだな。時計塔の、それも若いとはいえロードが直々に、
 何故オリジンストーン屋敷へ出向いたのか…は気になるな……。ストーン一族が時計塔に所属する事は多々あれど、
 あくまで時計塔にとって、オリジンストーンは管理の埒外…………。そうではなかったか?」
「あー…………。そういえば、そうデスね……。初めてのロード・エルメロイ2世を前に死てテンションが上がって死まいま死たが、
 思い返せばオリジンストーンの事件、それも殺人事件に時計塔が介入死てくるのは、きわめて稀デスからねぇ……」

デッドブロウさんがうんうんと頷いてブライアンさんの方を向く。
オリジンストーンが時計塔の法政科の管理の外にいるというのは、先ほども車内で聞いた話だった。
同じ理由から、ストーン一族で事件が発生した際には法政科だけでなく時計塔の魔術師が介入する事自体珍しいという。

「招待状は、本当に正規の物なのかね?」
「はい……。使い魔越しに魔力を確認したところ、12分家以上の等級の物という事まで解析できましたので……」
「ほう、では少し、見せてもらえないか。構わないだろうか?」
「もちろんです。こちらをどうぞ」

そう言いながら頷いて、師匠は懐から招待状を取り出す。
ラベンダーの装飾の施された、青色の封筒。その内側にはたった一文だけ記された手紙が1通。
ただし封筒の空白部分には、先ほどミランダさんの使い魔が魔力を流し込んだ為に浮かび上がった証印が浮かび上がっていた。

「………………確かに、これはオリジンストーンの証印だ」
「意匠を見るに、12分家以上の証印であることはた死かデスね」
「となると、この中の誰かが依頼を出した……という事になるのかしら?」
「……12分家?」

ファースティさんが首を傾げながら言う。
ただその会話の中には、またもや聞き慣れない言葉があった。
疑問に思っていた所、そこに助け船を出してくれたのはソフィーさんだった。

「ファースティはまだ知らなかったかな? じゃあついでに教えてあげよう。
 12分家というのは、オリジンストーン家から最も早くに分かれた12の魔術家系と言われています。
 レッドストーンやマイルストーン、そして私が連絡係を担当とするブラックストーンもその一つであると言われています。
 もっとも、12分家のうち失伝している家系もあるにはありますが……、12分家であると保証された家には証印が手渡されます。
 オリジンストーンから分かれた家は証印を以て自らがストーン一族であると証明し、その証印の持つ複雑性で主流への近さを表すのです」
「な、なるほど…………」
「ただ12分家が出したというのなら、いったい誰が……?」
「ここにいない家系が出死たか、あるいは本家自らが出死たとも考えられますね?」
「ああなるほど。もし本家なら…意図的に証印の記述を削って、ってことかしら?」
「だがそうだとしたら、何のために? となる。本家が時計塔に頼るなど、それこそ"彼ら"との盟約の反故になるのでは?」

それぞれがそれぞれ、師匠の提示した招待状の証印についての議論を交わす。
この事態そのものが、オリジンストーンの事件に時計塔の無関係の魔術師……
それもロードが関わる事の異常性を示しているともいえる。

此処にいたら、自分たちは迷惑なのだろうか?
そんな考えがよぎったその時、声が響いた。

「誰が呼んだとか、ロードが来たとか! んなぁ事どうだっていいだろう?
 事件さえ解決出来ちまえばよ! 伝統だのお約束だのなんざ意味ねぇしなぁ!
 それにロード・エルメロイ2世は随分な数の事件を乗りこなしてきたって話だろう?
 んならよ! 十分に信頼できるって事だしなぁ! 別に時計塔のロードが1人2人いても良いんじゃねぇの?」
「それも、そうデスねぇ。貴方ほどの人がそういうのならデスが」

豪快に笑いながら、一人の魔術師が前に出る。
髭を口元に蓄えた、爽快そうな雰囲気を纏う男性だった。
こういうと偏見に思われるかもしれないが、一見すると、とても魔術師になんて見えない。
そんな印象を抱かせる男性だった。

「ミスター・ワイズ。貴方もいらしたのですか」
「おうともよ! 久しぶりに会ったなエルメロイ2世!
 この前の論文の解釈は、また新しい視点を得られたよ、ありがとうな!」
「それほどでも。自分はただ、想ったことを述べただけですので……」
「ふぅ! かっくいいねぇ! お、そっちの嬢ちゃんとは初めましてかね?」
「ええ、そうでしたね。内弟子のグレイです」
「は、初めまして。弟子のグレイです!」

その今まで出会った時計塔の魔術師達とは打って変わった朗らかな雰囲気に、
一瞬気圧されそうになりながらも頭を下げて挨拶を返す。
すると男性は、軽く笑いながら手を差し出し名を名乗った。

「ワイズ・マイルストーンってもんだ。
 時計塔じゃちょっと名前の知れた講師をやっている。
 と言っても、降霊科だし現代魔術科には名前は響いてねぇかな?
 ま、とにかくよろしくな!」
「よ、よろしくお願いします」

差し出された手を握り頭を下げる。
「堅苦しいのは別に良いよ」と笑いながらワイズさんはにっこりと笑う。
人が良い笑顔とは、こういった笑顔の事を言うのだろうなと心の中で少し感じた。
そして、

「さ、てと……、もうちっと談笑してぇところだが、
 生憎あんたらは旅行や茶会で来たってわけじゃあないしなぁ?」
「……ええ、そうですね。積もる話はまた後日にお聞きしましょう」

そして、事件の話を始めようとすると、途端にその雰囲気は魔術師らしい張り詰めた物になった。
人が死んでいるので当然ではあるが、これもオリジンストーン分家特有の二面性というものなのだろうか。

「んじゃ、ちゃっちゃと事件について話しちまおうか。
 本家の2人が来れば、また詳しく話せるんだが…生憎今は担当を呼びに行っててな」
「わかりました。ある程度の概要は、時計塔でも噂になっています。かのダイオニシアス卿が、この屋敷で死亡した……と」
「やっぱ噂になるよなぁ……。ダイオニシアスの野郎……人格に問題はあれど、
 普通に教えるのは俺より上手かったしなぁ……。勿体ないやつだった」

はぁ、とワイズさんが短くため息を空中にはく。
どうもこの事件で死んでしまったダイオニシアスさんと交流があったらしい。
顔を何度も合わせた人が死ぬことは、魔術師であろうとそうでなかろうと悲しいものだと思い知らされる。

「亡くなられたダイオニシアス卿は……なんでも、彼自身の魔術で殺されたように見えた……と聞きました」
「あー? ああそうだ。俺も正直現場を見たわけじゃあねぇからよくわからんがね。その辺はこれから来るだろう検死官サマから聞くしかねぇ。
 もっとも検死は1週間ぐれー前に終わっちまったからなぁ。証拠は何も残ってねぇ。マ、今当主サマ方が呼びに行っているのが救いか……」
「なるほど。ありがとうございます。……自身の魔術……か……」

ふむ……と師匠が顎を抑えながら思考する。
眉を顰め、思考に詰まっている様子を出しつつ再び問いを投げる。

「こう聞くのは恐縮なのですが……、自殺という可能性は無いとみてよろしいでしょうか」
「そーだな。うん。机に座っていた所を背中から一撃だった……、と聞いている。暗がりにランプ1つだったそうだからな。
 おそらくは暗闇に潜んで、背後からばっさり。そんな所だろうよ。まぁ魔術師が犯人なら、直接殺すたぁ俺は思えねぇがな」
「亡くなられたダイオニシアス卿の……殺される理由など思い当たることは?」
「正直に言うなら、結構あると俺は思う。ダイオニシアスの野郎……割と隠さない貴族主義過激派だったからな。
 買った恨みは星の数はあるだろうし、誰に殺されても仕方がないとは思う」

ワイズさんは眉をひそめながら言う。
実際魔術師の中には、現代魔術科をはじめとした歴史の浅い魔術師達、
俗にいうニューエイジたちを敵視する人たちも少なくはないと師匠は以前に言っていた。
おそらく亡くなられたダイオニシアスさんもまた、そう言った人だったのだろう。
だがしかし、だからと言って亡くなられたことは誰もが悲しい。そう考えるはずだ。

「言葉を選ばずに言うならば、逆恨みによる犯行という線も?」
「しかしそんな対策、奴ならしているだろうしなぁ……、
 奴ぐらいの魔術師が、呪詛返しを軽んじるとは考えられん」
「では、研究方面ではいかがでしょう? 何らかのトラブルや入れ違い、
 あるいは魔術特許や権利関係の拗れなどがあったことは……」
「いやそういうのも聞いた事ぁねぇなぁ……ン? ちょっと待てよ?」

ワイズさんが顎髭を撫でながら少し唸り、
何かを思い出そうとするような仕草をする。

「何か心当たりが?」
「いや何、奴が殺されるすこし前、妙な事を言っていたような気がしてなぁ?
 オリジンストーンの本家をあと少しで超えられるかもしれない、とかなんとか……」
「…………本家を、超える? それは一体………」
「俺も分かんねぇよ? ただアイツ……どうも本家に対抗意識を持っていたようでな?
 なんで最近の研究で目立った業績もねぇ本家がでかい顔しているんだって、イラついてたこともあったなぁ」
「─────なるほど」
「だが言わせてもらうぞ!? 本家が殺したとは俺は思えねぇ!
 それだけで殺すってんなら器がちっさすぎるし、何よりもし本家が犯人なら、自分ちで殺すとか馬鹿だと思う!」
「ええ、ご安心ください。疑ってなどいませんよ。ただどんなに些細な事でも事件解決の糸口になるのが魔術の世界です。
 どのような事でも、事件の動機へとつながります。そこを可能な限り手繰るのが…私にできることですので」
「言うねぇ。さすがは最も若いロードだ。信頼できる」
「これしか取り柄が無いだけですよ」

師匠は笑いながら、少し謙遜気味に言う。実際"それしか出来ない"とはいうが、その手がかりが犯人に繋がるのは事実だ。
魔術の世界に於いては、方法や時間などといったアリバイは意味を成さないといっても良い。
何故なら魔術とは、そういった世界の条理を捻じ曲げる物だからだ。そこに道理は通用せず、そしてまた意味もない。
だからこそ理由が最も重要なものとなる。これを師匠はホワイダニットと呼び、推理で最も重要視しているのだ。

そんな会話をしている時、ふと重々しく扉が開く音が響いた。
振り返ると、大広間の扉がゆっくりと開いているのが見えた。

「おお? 家主様のお帰りのようだな。割と早かったな。
 ちょうどいいや。彼女らにも証言を手伝ってもらわなくちゃな」
「ルシアンナさんたちが来れば、2世を誰が呼んだかも分かります死ね」
「それもそうですね。誰が呼んだのかこれではっきりするという事ですか」

そんな会話がされているうちに扉が開かれる。
扉の向こう側には3人の人影があった。きらびやかなドレスを纏ったたおやかな女性が1人、
如何にもといったスーツを纏う非常に体格のいい男性、そして布で顔の下半分を覆った冷徹な目つきの男性が並んでいた。

「あの人たちが…………」
「手前の2名が、ミセス・ルシアンナ・オリジンストーンと、ミス・イズラエル・オリジンストーン。
 何度か時計塔の会合で会ったことがあるから分かる。オリジンストーンの現当主夫妻だ」

一瞬ではあれど、誰が誰かわからなかった自分に師匠が小声で伝えてくれる。
時計塔に来て日は大分経ったとはいえ、魔術師の名家の当主全ての名前を覚えたというわけではない。
なのでこういう時には師匠の助けが必須となる。

遅れてやってきたオリジンストーンの当主2名。どちらも魔術師らしい落ち着いた雰囲気を纏っていた。
一緒にいる目つきの鋭い男性は、先ほど話されてたオリジンストーンと協力関係にあるという魔術組織の人であろうか?
そんなことを考えていると、その男性が当主2人より一歩前に出て、丁寧な口調で自己紹介を始めた。

「皆様はじめまして、本日はお集まりいただき心より感謝いたします。
 フリーメイソンより殺人事件の調査の為に出向きました、秩序維持部隊三十三隊長、
 Dr.ノン・ボーンともうします。本日は事件当日の聞き込みの為に暫しお時間をいただきますが、お見知りおきを」

男性は頭を下げ、それと同時にオリジンストーンの当主夫妻も頭を下げる。
ノン・ボーン……生まれざる者と言う意味か、あるいは骨が無いと言う意味か。
珍しい偽名だが、魔術師ならばこういう偽名もあり得るのだろうか…?
などと考えていると、ノン・ボーンさんは顔を上げると同時に師匠の方を向いて一瞬だけ目を細めた。
自分も師匠の方を向くと、師匠はノン・ボーンさんの名乗った組織名を聞き、目を見開いて驚いていた。

「フリーメイソン……、だと……?
 オリジンストーンを管轄する外部組織とは……彼らの事だったのか……」
「師匠、ご存じなのですか? フリーメイソンとは……たしか……」

師匠が小声でつぶやく。
フリーメイソン、確かに彼はそう名乗った。その名前だけなら、何度も聞いたことがある。
曰く、慈善団体。曰く、大企業。曰く、秘密結社。聞くたびにその概要は変わる。
ただ、メディアでその名前を聞く場合は、大半が"存在が疑わしい"、あるいは、
"友愛結社であり、大人のサークル遊び"という形での紹介であった

「本当に……実在、するんですね。魔術結社として……。
 実際に所属する人は……初めて見ました」

思わず自分は、小声で師匠に聞き返してしまった。
まるでフィクションの組織のような扱われ方をしている組織の一員を名乗る魔術師が、
目の前でこうしている。その事実が、あるで演劇の一部のような錯覚を起こしたからだ。

「……そうだな。君は時計塔に来てからまだ日が浅く、
 まだ魔術世界に馴染みがないから知らないのも無理はないだろう」

何かオリジンストーン夫妻と会話をしているノン・ボーンさん。
その邪魔にならないように、小声で師匠は自分の質問に答える。

「フリーメイソンとは、魔術世界の中では名前の知れた古株の"魔術結社"だ。
 ……魔術結社と言っても、19世紀後半、マクレガー・メイザース他数名が設立した、
 黄金の夜明け団を始めとする代物とはまた異なるが……ここではその説明は割愛しよう。
 表社会では友愛結社の名で通っているが……その実は、時計塔に残れず脱落を余儀なくされた魔術師に、
 神秘を隠匿しつつ食い扶持と研究の場を与える…………例えるならば、魔術師にとっての総合商社だ」

曰く、時計塔に通う全ての生徒が、魔術師として大成できるわけではないそうだ。
魔術師、それは根源を目指す為に神秘を研究し続ける者たち……だがそれには、多大な時間や研究費がいる。
それだけでなく、才能や血統、資産、加えて運などといった様々な要素から、時計塔から離れざるを得ず、
魔術師という道を諦めなくてはならない人も少なからずいるらしい。
その受け皿となるのが、彼らフリーメイソンであると師匠は続けた。

「かつて、巡礼者を相手に銀行に似たシステムを築いたテンプル騎士団を祖とする彼らは、
 一時は権力と財に目が眩んだフィリップ4世に迫害されるも復興。イギリス政府に深く取り入り、
 表社会での地位を確立しつつ、魔術結社として在る事を可能としたのだ」

故に彼らは、世界中に点在する33の支部を通じて、魔術師に研究する場所と資材を、
それに加えて表社会での就職を斡旋することが可能だという。故に、時計塔の学生とも密接な関りがあると続けた。

……なるほど、確かに魔術師という人種ならば、根源への研究は諦めようとも諦めきれぬ物。
その研究を究め続け、かつ資金も自分で稼げるようになるのならば、これほど魔術師にとって垂涎物の条件はないだろう。

「あのDr.ノン・ボーンと名乗る男の噂は、時計塔の私の耳にさえ届いている。
 非常に容赦がなく、魔術の腕も高いという。本人をこの目で見るのは、正直なところ私も初めてだ」

師匠が更に小声になり、耳打ち程度の音量で自分に話す。
なるほど、あれほどの鋭い眼光は、それだけの経験によって研ぎ澄まされたものか。

「さて、早速で申し訳ありませんが、一つ質問をしたいと思います」

そのような話をしていると、ノン・ボーンさんはこちらを振り向き、
鋭いその眼光をこちらへと向けながら問いを投げかけた。

「"何故時計塔のロードがこちらにいるのですか?"」
「………………!」

その言葉は、口調こそ丁寧であったが、その裏にはすさまじいまでの"圧"が籠っているのを感じた。
気圧される…とはまた違った感覚。例えるのならば、目と鼻の先に刃を突き付けられたような感覚というべきか。
それはまるで、暗に「何故自分たちの領分に、時計塔が踏み込んでいるのか」という疑問と、怒りを覚えているように感じさせた。

「法政科をはじめとし、時計塔はストーン一族の事件には関わらない、その盟約であったはずです。
 まぁこの盟約はオリジンストーンと結んだ盟約であるため、時計塔側は知らずとも無理はありませんが……」
「………………」
「まさか、貴方たちが呼んだ……、という事はよもやありませんよね?」
「……いえ、私たちは、知りません。何故、彼が、此処にいるかなど……」
「ああ。ルシアンナも僕も、彼については一切関与はない。オリジンストーンとメイソン間の契約に従い誓おうじゃないか」

振り向きながら問うノン・ボーンさんに対し、ルシアンナさんが少し怯えたような顔色を見せる。
それを庇うように、ルシアンナさんの隣に立っていたイズラエルさんが前に出て弁解をする。
なるほど、とノン・ボーンさんは頷いて再びこちらを向く。

「では、説明いただきましょう。
 なぜ貴方がたは、こちらにおいでなのでしょう?」
「……………事前連絡もなく、無断で屋敷に踏み入ったことを謝罪します。
 先日、こちらに招待状が届きました。こちらで以前に発生した殺人事件の犯人を調査してほしい、という旨の手紙でした。
 確認いただいたところ、正規の招待状と分かりましたので聞き込みをさせていただきました」
「確認しましょう」

ノン・ボーンさんは師匠が取り出した手紙を手に取り、
その封筒や中の手紙、そしてその文面を入念に確認する。
光源に透かしたり、目を細め確認したり、魔力を通したり……。
やがて本物と確認できたのか、目を静かに閉じ頷いた後に師匠にその招待状を返却した。
少し困惑した様子でルシアンナさんが前に出て、広間の魔術師達に問う。

「……迎えには、いったい誰が向かったのでしょう?」
「ミランダさんが率先死て迎えに行ってくれたんデスよルシアンナさん。
 駅に配置を死ていた彼女の使い魔が、急に来訪死たお客人を察知死たとのことで死て」
「ああ……。いつもありがとう、ミランダ。苦労をかけるわね……」
「いえいえ、ルシアンナさんこそ……。本日もメイソンの方を迎えに行っていたので、私が出向いたのです」
「なるほど。確かにこれは本物の招待状だ。押されている証印もまた、オリジンストーンのものとみて間違いありません。
 これは確かに、彼らが此処へ来る確固たる理由と言えるでしょう」

穏やかな口調でノン・ボーンさんは言う。
だがすぐさまに、その纏う雰囲気は鋭利なる刃の如く研ぎ澄まされ、
今度は広間に集まっていたストーン一族の魔術師達へと向かった。

「では、"この中の誰が呼んだのでしょうか"? そこに論点は移ります。
 時計塔のロードが知らずに来た…というのならばまだ言い訳がついたと言えるでしょう。
 だがこれは、明らかにストーン一族とフリーメイソンの間にかかる盟約の違反と言えます。
 "誰が"、"彼らを"、"招いたのか"? 知っておられる方はいませんか?」
「え……っと、すいません……。私には…見当も……」
「………………」

変わらぬ鋭利なる視線。殺意とも紛うほどのその視線は、射貫かれた全ての対象に恐怖を抱かせんほどに鋭かった。
その視線はすぐさまに、和やかに談合をしていたルシアンナさんとミランダさんを黙らせ、周囲に沈黙を走らせるほどだった。
だが、そんな物など知らないとばかりに、ワイズさんがノン・ボーンさんへと食って掛かるように文句を言った。

「オイオイそう怒るなよメイソンの旦那。別にアンタらの捜査が邪魔されるってわけじゃないだろ?」
「とは言いましてもねぇ。これは誓約にかかわる事態ですので、こちらとしましても犯人捜しのようで心苦しいのですが」
「そうは言ってもデスよ?別に時計塔のロードが事件解決に協力を死てくれるというのなら、喜ば死いことなのでは?」
「私もそう思うがね。正直なところ……彼を招いた犯人探しは無益だと私は考える。確かに誓約は大切だ、が……。
 事件解決に繋がる協力者は多いほどいいと私は思う。2世には、実績もあると聞いているからね」

ワイズさんに続き、デッドブロウさん、ブライアンさんと続く。
確かに向こう側からすれば私たちは部外者と言えるだろう。だが捜査の協力者は多くあって欲しい…
というのが、やはり犯人と疑われている立場からしては本音のようだ。

「なるほど……。一理ありますね」

そう言うとノン・ボーンさんは振り返り、背後に立つ女性……
ルシアンナ・オリジンストーンさんの方を向く。そして一言問いを投げかけた。

「では、貴方に判断を委ねましょう。時計塔のロードが事件に関わる事を、許すか、あるいは否か。
 オリジンストーンの当主は、貴方なのですから。……最も、歴代のオリジンストーンの当主ならば、
 時計塔のロードが関わるなど絶対に許諾するはずもありませんがね」

"歴代のオリジンストーンの当主"、という言葉にルシアンナさんはビクリと肩を震わせたように見えた。
小刻みに肩を震わせ、呼吸を若干早め、非常に緊迫した様子を見せる。それは何かに怯えているように見えた。
しかし目の前にノン・ボーンさんに怯えているのかと言われればそうではなく、……何か、別の物に、
あるいは概念に怯えているようにも思えた。

「ルシアンナ、無理はするな。僕が判断を────」
「いいえ……大、丈夫…です」
「……一体…… 彼女は何を……?」


そう私が問いを口にし、ソフィーさんの向く。
しかしソフィーさんもこれは想定外の事態なのか、無表情のままであった。
その表情は、一瞬だけ目の前の出来事全てに対して無関心を貫いているようにも見えた。
そして少し経ってから、ルシアンナさんは深々と私たちに対して頭を下げながら、非常にか細い声色で謝罪を口にした。

「申し訳ありません。遠路はるばるお越しいただいた中心苦しいのですが、
 オリジンストーン本家並びに分家には、フリーメイソンとの盟約がございます。
 つきましては、此度の殺人事件の調査には全てメイソンの担当が行う方針としたく存じます。
 なので────」

そう言いかけた所、割って入ったのはワイズさんだった。

「ちょ、ちょっと待てよ! そりゃないだろうルシアンナさんよ!?
 2世は遠路はるばるここまで来たんだぜ!? それを無下に帰れってのは……!」
「これは本家の決定ですよワイズ・マイルストーン。あくまで分家であるマイルストーンが、本家の決定を覆すというのでしょうか?」
「それとこれとは話が別だろうがメイソン! 大体本家は分家に口出ししねぇのがオリジンストーンじゃねぇのかよ!?」
「各分家の研究分野と、メイソンとストーン一族が交わした盟約とは話が違いますので────」

議論が、広場の空気が徐々に白熱してゆくのを肌で感じた。
それだけじゃない。なんといえばいいのか、摩擦とも、軋轢ともいうべきような、
何かが軋むような雰囲気を感じていたのは、私だけではなかったようだ。

「これは、ちょっとまずいかもしれないですね」
「やはり……拙たちが此処に来たのが悪いのでしょうか……?」
「いや、君たちは招待状に招かれただけ……。そしてミランダさんや他分家の方々も、
 招待状が本物だから招いただけ……。此処にいる全員は、誰も悪くないと考えられる」
「────招待状を出した張本人以外は、か」
「師匠……」

師匠が眉間にしわを深く刻み、ため息を短くついて言う。

「これはどうやら、ただ殺人事件を我々が解決する、
 それだけで済むような簡単な話ではなさそうだ」

師匠はそう、小さく呟いた。
師匠の言うとおり、この事件には、様々な思惑と関係、
そして…………何よりも、謎が渦巻いている。

招待状を出したのは誰なのか? フリーメイソンを説得できるのか?
そして何より、ストーン家とは、彼らとメイソンの間にある盟約とは……?
分からないことが、さらに疑問を呼び、謎となり、事件という迷宮へと招き寄せる声のように脳内を反響する。

そしてそれは、自分たちも例外ではない。

この屋敷を訪れた時点で、自分も、師匠も、ソフィーさんもまた、
ストーン家という始まりの石と、フリーメイソンという光明の大燈篭、
その狭間に起きた事件の一員として、組み込まれていたことを、その時はまだ、知らなかった。





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