個人的な備忘録。事実と妄想は峻別していきたい。

序章


「ダフネリオン、撃沈!」
「アーガート艦の生存者、確認できません!」
 大破したブリッジに、若い女性たちの焦った声が響き渡る。
 高さ五メートル、床が縦長の楕円形となっているブリッジの中はひどい有様だった。天井の金属板はひしゃげ、モニターの多くは剥がれて浮き、そこら中で白煙が籠もっている。コンソールにも破壊の跡が目立ち、空中に漂う死体のものと思われる血が大量に付着していた。
 死体は軍服を着た女性のものが多かった。もともとブリッジにいたクルーたちだ。
 現在荒れ果てたブリッジを文字通り飛び回っているのは、彼女たちから研修を受けていたサブのオペレータたちである。彼女たちは空中に浮かぶ死体と異なり、様々な宇宙服を着ていた。体にフィットした薄手のものもあれば、軍服の上から着る厚手のものもある。彼女たちは艦内の別の場所で戦っていたのだが、ブリッジが直撃を受けたため急遽呼び出されたのだ。ブリッジそのものは直撃に耐えたが、中の人間はただでは済まなかった。
 非常用の電源に変わったため部屋一面が赤紫色に染まり、それが一層凄惨さを増している。亡くなった女性たちの着ている揃いの制服は本来濃い緑色だったが、非常用電源の下ではまるで返り血を浴びたように見える。
 ブリッジの中央、そこだけ三メートルほど高くなっている指揮デッキから、宇宙服のヘルメットを外した一人の少女が次々と命令を発していた。少女は下で飛び回っている急場のクルーたちより更に若い。
「ダフネリオン・マゲンの回収を急いで!」
 年の頃は一三、四歳。緩いウェーブのかかった青い髪を後ろで纏めており、まだ幼さの残っている顔はとても人の上に立つ人物のようには見えない。
 だが、誰もそのようなことを気にしている様子はなかった。指揮デッキの下を飛び回っているクルーたちはむしろこの少女の命令を聞き漏らさず、必死に遂行しようとしている。
 少女が立っているブリッジ中央の指揮デッキは小さなコンソールと手すりによってほぼ円形に囲まれていた。本来はコンソールの下から出ているケーブルを宇宙服に繋ぐはずなのだが、少女は切れたケーブルを左手で握りしめていた。宇宙服の靴は磁石になっているので指揮デッキの床にくっつくが、大きな揺れが来れば吹き飛ばされてしまいかねない。
 少女の向かって右上、まだ生き残っていたモニターに、艦長帽を被った初老の男の顔が映った。僚艦であるミカデイ艦の艦長、ゲンライである。艦長帽を目深に被った歴戦の強者の顔を見るかぎり、絶望的な戦いの中でも目の輝きは失われていなかった。
「セシアか。君がそこに立っているということは……」
 セシアと呼ばれた青髪の少女は、モニターのゲンライ艦長と向かい合った。
「……父は、亡くなりました」
 セシアの父であるイスカディオン前艦長ヴェズランは、他のクルーの遺体と同じくブリッジの中に浮かんでいた。
 ゲンライは、親が子を諭すようにセシアに命じる。
「セシア、この宙域から脱出しろ」
「……できません」
 セシアは下を向きながらも、はっきりとゲンライの命令を断った。
 ゲンライは落ち着いた声で続けた。
「既にヴァンデルマール地表の九八%はベネガによって覆われている。生き残っている人間はイスカディオンに乗っている方が多い」
 うつむいたままのセシアの体に震えが走る。気づかぬうちにぐっと歯を食いしばっていた。
「もうすぐ掘削型のベネガが惑星の核に到達する。そうなればヴァンデルマールは爆発し、我々は壊滅的な被害を受けるだろう」
 モニターにセシアたちの母星、ヴァンデルマールの無情な断面図が表示された。既に最初に突入した掘削型ベネガはマントルに到達しており、これからは倍以上のスピードで惑星核に向かうはずだ。
 ベネガ。
 それが彼女たちと今戦っている相手だった。
 五本もしくは八本の触手をうねらせながら、緑や茶色で彩られた紡錘形の体をのたくらせる宇宙の怪物。人間の三倍程度から何百メートルという大きさまで様々な種類が存在し、似たものも多いが明らかに特殊な形へ進化した個体も存在する。
 掘削型のベネガはその最たるもので、数百メートル級のものだ。彼らは地上に辿り着くや否や高性能なシールド掘削機の如く地表に大穴を開けて惑星核に突入する。
「セシア、君たちの斜め前方にベネガの手薄な所がある。オウホウたちを突撃させるから、ダークホールで脱出してくれ」
 セシアはモニターに映ったゲンライの顔を睨み付けながら、冷静に指摘した。
「艦長、そちらの艦にはダークホール生成機能はありません」
「ああ、だが君たちが突破口を開いてくれれば我々はその後からこの宙域を全力で脱出できる。頼みの綱のブラック・レインボーも弾切れなんだろう?」
 ゲンライは、大人だ。
 この宙域に残った最後の大人と言えるだろう。
「……分かりました」
 うつむいたまま、セシアは敗北を認めた。

「全艦、離脱準備!」
 セシアの声がブリッジだけではなく、イスカディオン艦内全てに響き渡る。
 オペレータが残存するダークエネルギーの値を報告した。
「ダークエネルギー充填率七五%!」
 セシアは思わず目を細めた。
 悩ましい数字だ。
 ダークホールが生成できるギリギリの値である。ダークホールが開いている時間はかなり少ないし、大きさも小さくなるだろう。
 他の宇宙に移動するための次元の穴、ダークホールの生成は通常こんな惑星の近くでは行わない。だが、ヴァンデルマールはもはや死に体であり、気にしている暇はなかった。
「ダークホール生成開始!」
「了解!」
 セシアの声に、ダークエネルギー推進機関を担当することになったクルーがやや緊張気味に反応する。
 全長十一キロメートルを越す人型の戦艦、イスカディオンを動かすには莫大な推力が必要である。通常は膨張宇宙に偏在するファントムエネルギー「ダークエネルギー」を使っているが、今はそのエネルギーをダークホール生成のために全て使用しなければならない。
 本来であればダークエネルギー推進機関により十分な慣性を得た後で前方に生成したダークホールへ飛び込むのだ。母星であるヴァンデルマール上でほぼ静止していたイスカディオンは移動するのであれば別の方法で推力を得なければならない。
「熱核パルスエンジン始動」
 姿勢制御用の補助エンジンである熱核パルスエンジンを始動させるが、イスカディオンにかかる加速度は少ない。
 セシアは遙か前方で戦ってくれているミカデイ・マゲンたちを見やった。マゲンとはロボットや航宙機のようなものの総称であり、ミカデイ・マゲンとはミカデイ艦に属するマゲンという意味である。
(私たちは、彼らの決死の努力を無駄にしないで済むのだろうか?)
 セシアは自問したが、頭を振ると眼前の問題に集中することにした。

 ミカデイのブリッジはイスカディオンのブリッジと異なり、まだ壊滅的な被害を受けてはいなかった。
 イスカディオンのブリッジは縦長の楕円形で高さもあるが、こちらは少し小さい。指揮デッキはなく、なだらかに盛り上がった白い樹脂製の中央部に艦長席が埋め込まれていた。ミカデイはイスカディオンと異なり無重力状態であることが多く、ブリッジクルーは青く透明なカプセル内の座席にベルトで縛られているのだ。
 モニターにはミカデイのバリアーに突撃してくる数多くのベネガが映し出されている。
 一体一体のベネガは知能を持たないが、群体としてはある程度の知性を示し、明らかに感情を持つ。
 この怪物は、巨大な人型を恐れるのだ。
 ベネガは本能に基づき、他のものよりも先に巨大な人型、つまりイスカディオンやミカデイのような人型戦艦に襲いかかる。
 銀色に輝く全長十一キロメートルの巨大な可変人型戦艦。それがイスカディオン級であり、イスカディオンはその一番艦、ミカデイは三番艦だった。
 
 全てが、今までの常識と異なっていた。
 惑星ヴァンデルマールは三重の布陣を敷いたベネガに球形に取り囲まれている。
 ベネガは通常このように一つの惑星を球形に囲んだりはしない。そして、イスカディオンやミカデイといった巨大な人型戦艦を無視して小型の人型生物が居住する惑星に攻撃を仕掛けることはなかった。
 人型戦艦近くにやってきたベネガは思い出したように彼らに襲いかかってきたが、その他のベネガはヴァンデルマールに向かって一直線に突入している。今までベネガと戦ってきた者たちにとって、それは目を疑うような光景だった。
 後にヴァンデルマール戦役と呼ばれるようになるこの戦いは、ベネガという本能によってのみ戦ってきた生物が新しい戦術に目覚めたという点で真に革新的なものとなった。

「イスカディオン、熱核パルスエンジン起動しました」
「……」
 ゲンライは黙ってモニターに映るイスカディオンの後ろ姿を見つめていた。
 人型に変形した戦艦の背中や腕、脚の裏側に相当する部分に点在する熱核パルスエンジンの光が見える。
 イスカディオンはダークホールを展開するためいつものようにダークエネルギー推進機関を使って加速することができない。そして、姿勢制御用の補助エンジンでしかない熱核パルスエンジンによる移動は明らかに遅かった。
 ミカデイは同型艦でありながらイスカディオンのようなダークエネルギーを移動に利用する戦艦ではない。イフリアンスと呼ばれる物質を使った外燃機関、オデオンバーグ機関で動いている。短期間の出力であればイスカディオンを越えるが、イスカディオンのように膨張宇宙そのものからエネルギーを引き出しているわけではなく、燃料が必要なため長距離の航行には向かない。ましてや宇宙間を移動する能力は一切持っていない。
 イスカディオンの方がミカデイよりこの場からの脱出に適しているのだが、このままではイスカディオンはベネガに追いつかれてしまう。何よりイスカディオンがヴァンデルマールの爆発に巻き込まれるのだけは避けたかった。
 決断できるのは、ゲンライだけだ。
「イスカディオンを押す」
 その言葉を聞いたミカデイの主任操縦官が素早くゲンライの方を振り向いた。
「艦長、もう推力に回せるエネルギーがありません!」
「……バリアーを切れ」
 ゲンライがそう言った瞬間、ブリッジは全て無音になった。
 いや、クルーがそう感じただけだ。カプセル内には全艦から絶え間なく報告が入っているのだが、誰の耳にも何も聞こえない。
 凍り付いたブリッジで、クルーのほぼ全員がゲンライの方を向く。艦長帽を目深に被り、自席に深く腰掛けたゲンライの表情はクルーにも見えなかった。
 ゲンライは左手にある全艦放送用のマイクをもぎ取るように掴んだ。
「ミカデイ全艦の将兵に告ぐ」
 凍り付いたブリッジで、ほとんど全ての機体が出撃して空っぽの格納庫で、負傷者で溢れかえった通路で。ミカデイのクルーたちはゲンライの声を聞いた。
「我々は宿敵、機械蟲(きかいちゅう)キシュネルをこの宇宙から葬り去った。だが、その間に母なる星ヴォーレートは昇華種族(アセンショニアン)に滅ぼされていた」
 一旦、ゲンライの声が途切れる。
「そして、今日、雪辱の機会を与えられたはずの我々は、今また再び敗北しようとしている」
 この放送は前線で戦っているミカデイマゲンのアゲラス、すなわちマゲンのパイロットたちにも届けられているはずだ。
「惑星ヴァンデルマールは爆発する。我々は命に代えてでも、残ったイスカディオンを新天地へ旅立たせねばならない」
 ゲンライはマイクを離した。そして、決心が付くとゆっくりとマイクを持ち上げ、最後の宣言を行った。
「諸君等の命、私に預けて貰いたい」
 ゲンライはマイクを置いた。カチャン、というあっけない音だけがブリッジに染み渡る。
「バリアー、切断!」
 その静寂を掻き消すよう、バリアー管制官からの報告がブリッジに響き渡った。
 ブリッジのクルーたちは、もう何も言わなかった。
 ゲンライは最後になるであろう命令を発した。
「全エネルギーを推力に転換。イスカディオンを押せ!」

「ミカデイ艦のバリアーが消えました!」
 ブリッジクルー見習いとして何度かブリッジに来ていただけの少女、今や正式な通信策敵担当となったユノハが振り向いてセシアに報告する。
「そんな!」
 セシアは衝撃のあまり左手で握ったケーブルを手放しかけた。真っ先に撃沈された五番艦アーガートや二番艦ダフネリオンと異なり、三番艦ミカデイがベネガの猛攻に耐えられたのはその強力なバリアーによるところが大きい。ミカデイがイスカディオンの数倍にもなる圧倒的な攻撃力を誇るとはいえ、その力は迫り来る莫大な数のベネガに対してほとんど何の役にも立たない。
「ミカデイがこちらに向かってきます!」
 唯一生き残った元のブリッジクルー、操縦担当のエメイBが叫ぶ。
 セシアの背筋が凍り付いた。人型に変形した全長十一キロメトールの戦艦同士がぶつかる――クルーの誰もがそう思った瞬間、ミカデイはその巨大な手を伸ばしていた。
 ミカデイの巨大な掌がイスカディオンの背中に張り付く。ミカデイは絶妙なバランスコントロールでイスカディオンの重心を捉え、イスカディオン側はほとんど揺れを感じなかった。
「ミカデイがこちらを押しています」
 エメイBが冷静に現状を報告した。
 イスカディオンの後方を映すモニターには、古代ヴォーレートで使われていた大鎧(オオヨロイ)と呼ばれる鎧兜をモチーフにした人型の戦艦、ミカデイの上半身が映っていた。
 その時、ユノハの上にある赤いランプが光り、警告音を発した。
「どうしたの?」
 セシアが指揮デッキの上からユノハに尋ねる。
 ユノハはコンソールを叩き、警告音の意味を確認した。
「先行するミカデイマゲンとの距離が縮んでいます。このままでは彼らもイスカディオンの次元移動圏内に巻き込まれ……」
 ユノハの報告が途切れた。
 ユノハはゲンライの意図を理解したのだ。
 同じくゲンライの意図に気がついたセシアが、ミカデイとの通信回線を復元する。
「ゲンライ艦長……」
 モニターにはゲンライが映っていたが、いつもどおり深く被った艦長帽に加え、顎を引いて顔を沈めているのでその顔はほとんど見えなかった。
「セシア」
 ゲンライの落ち着いた声が聞こえる。
「オウホウたちを、頼む」
「ゲンライ艦長!」
 ミカデイ・マゲンのエース、オウホウの声が聞こえる。艦長間の通信に割り込んできたのだ。
「オウホウ、イスカディオンを頼む。これからのイスカディオンの旅にはお前たちの力が必要だ」
「そんな、そんな……」
 茫然としたオウホウの声が聞こえる。
 セシアは数度しか会ったことのないオウホウの顔を思い出していた。大柄でがっしりとした身体の上に乗った剽軽で明るい顔と今の悲壮な声が結びつかない。
 セシアがオウホウについて他に知っていることといえば。
 オウホウにとって、ゲンライは父親のような存在であるということだ。

「うおおおおおおお!」
 オウホウの機体、オモダルが前方にいた最後のベネガを貫いた。この先の宙域にベネガは存在しない。ダークホールを生成するなら今だ。
 オモダルはミカデイマゲンの中で数少ない防御力と攻撃力の双方を重視した機体だ。多種多様な形状で知られるミカデイ・マゲンの中でもオモダルは特に個性的な姿をしている。他のミカデイマゲンと異なり派手な飾りもなく起伏の少ない頭部。その頭部が左右から見えないほど張り出した球形の両肩。その肩から突きだした腕は赤ん坊のように膨らんでいる。胴体は上向きの半球に近いうえ短く、そこから生えた脚は太い。決してスマートなフォルムではなかった。
 更に独特なのはその装甲表面である。少し茶色がかった鉄色で、まるで鋳物の鉄瓶の如き独特のざらりとした文様が表面を覆っている。
 胴体には襷がけになった鎖が幾重にも巻かれていた。それ以外の武器は見あたらない。
 オウホウたちの活躍により前方のベネガは一掃したが、周囲のミカデイマゲンのアゲラスたちは先ほどの放送に浮き足立っていた。
 そんな中、意図を悟られぬようオモダルはゆっくりとスピードを落としていった。
(よしっ!)
 反転すると、オモダルはなけなしのバーニアを全力で噴射した。
 だが、オモダルのコックピットでオウホウは前に投げ出されそうになった。誰かがオモダルにしがみついている。
 後ろを振り向くと、かつて惑星ヴォーレートで用いられていた戦闘用兜を模した特徴的な頭部が見えた。三つ又の槍に似た金属板が兜の前に打ち付けられている。その形を見ただけでは分からなかったが、その兜の下、顔にあたる部分に面頬が付けられているのを見て誰だかすぐに分かった。
 オモダルを止めにかかったのは、同じミカデイマゲンのイムカシだった。オモダルに続くミカデイマゲンの二番手、イムカシは強力なジャミング能力を持つ。ミカデイマゲンの中でも特に回避力や移動力を重視した機体だ。
「コゼツ、離せ!」
 イムカシの女アゲラス、銀影のコゼツは何も答えなかった。もともと無口な女だが、やたらと勘が鋭い。オウホウがミカデイを助けるため戻ろうとするのを察していたのだろう。
 どのみち移動力の無いオモダルではミカデイマゲンの中でも極端に足の速いイムカシに追いつかれるのは時間の問題だった。
「駄目だ」
 コゼツはいつもの感情のない口調ではっきりと断り、近づいてくるイスカディオンに相対速度を合わせるためダークホール方面へと加速を始めた。
 イムカシは兜の下から長い髪を伸ばし、女性的なフォルムを持つ細身の機体だ。全身がほとんど黒に近い赤色で、イスカディオン級戦艦に無理矢理古代の鎧兜を貼り付けた感のあるミカデイと異なり肩幅の広い鎧が細身の機体にフィットしている。
 イムカシは面頬を付けた珍しい機体でもある。これは本来の装備ではなく、マゲンとして不必要に美しく作られたイムカシの顔を見せたくないというコゼツの強い意思によるものである。

「ダークホール生成完了!」
 予想どおりミカデイ・マゲン群の前にダークホールが形成される。宇宙に空いた穴は人型になったイスカディオンの肩幅ほどの大きさしかなく、絶妙の姿勢制御が必要だろう。
「前方にいるミカデイマゲンの回収を!」
 セシアの凛とした声がブリッジに響き渡った。とてもこの少女が先ほどまで艦長でなかったとは思えない。
 ミカデイマゲンの中でも気の早い連中はダークホールに飛び込もうとしていたが、未だに態度を決めかねているものもいる。どのみち彼らを避けている暇はないので、セシアは彼らを回収することに決めたのだ。
「イスカディオン、ダークホールに突入します!」
 急造のダークホールはイスカディオンが通れるギリギリの大きさだった。しかも生成後の持続時間が読めない。転移先の膨張宇宙とこちらの膨張宇宙のダークエネルギーを共に使って生成するダークホールはただでさえ持続時間が短いのだ。
 その時、後方を確認していたブリッジクルーが叫んだ。
「艦長、ミカデイが!」

 イスカディオンの格納庫では、自分たちの後方を守ってくれているミカデイの姿が大きなモニターで映し出されていた。
 今や格納庫はイスカディオンの機体だけではなく、ダフネリオンやミカデイからやってきた機体で溢れかえっている。
 ミカデイは大量のベネガに猛追されていた。
 ミカデイからの加速が消える。ベネガに追いつかれたためか、推進装置に異常が発生したようだ。
 最後の力を振り絞って、ミカデイは腕を伸ばした。イスカディオンは押し出され、逆に反動でミカデイに制動がかかる。
 イスカディオンがミカデイから離れた。
 ミカデイの背後に、容赦なくベネガの群れが突き刺さる。

 だが、ミカデイ艦長ゲンライは艦長席に深く座りながら常には見せたことのないような安堵の表情をしていた。
「勝った」
 彼は、縮みゆくダークホールとその先のイスカディオンを見つめそう呟いた。

 ダークホールを完全に越え、イスカディオンは他の宇宙に逃れた。
 後方に位置するダークホールがさきほどより小さく見えた。急激に閉じようとしているのだ。
 イスカディオンの装甲上にイムカシと共に降り立ったオモダルの中で、オウホウは号泣していた。
 彼らが最後に見たのは、ベネガに追われ、大破していくミカデイの姿だった。


Menu

備忘録本編

「獲加多支鹵」の読み方について
銅鐸時代

【メニュー編集】

管理人/副管理人のみ編集できます