個人的な備忘録。事実と妄想は峻別していきたい。

隋代の太醫署

 中華書局が発行している『隋書』巻二十八、志第二十三、百巻下によると、隋には「祝禁博士」という官制があった。
 後漢にもあったという話があるが、これはおかしい。そもそも後漢を滅ぼしたのが原始道教教団なので彼らが用いる呪術を採用するはずがない。
 隋の建国は581年。577年に百済から咒禁師が日本に来たと言うことは、やはり百済の官制としての「咒禁師」ではないことを意味する。
 ただ、先程も述べたが梁の「天監律令」及び他の資料を確認しないことにはどうも座りが悪い。それらの令にひょこっと「咒禁師」が掲載されていれば、百済は自前の律令を持っていなかったため令に合わせて官制の「咒禁師」を作っていた可能性があるのだ。

 隋は高祖の時に先の諸王朝に合わせ太常寺に太医署を設置している。そして祝禁博士二人を置いた。
 漢字のところでも述べたが、『隋書』では『唐書』とは異なり「祝禁博士」と書かれていることが問題である。
 なお、隋の二代目である煬帝は執行機関についてもさまざまな改革を行ったが、隋書を見る限り太医署に関しては変更していないので祝禁博士はそのままであっただろう。
 咒禁師の所掌については日本の養老律令、支那の唐令とも医疾令と呼ばれる令に記載されているのだが、唐六典巻六を調べると三十令に別れる隋の開皇令には医疾令が存在しない。なので「祝禁博士」が実際にどのような仕事を行っていたのかは判然としないのだ。
 隋の開皇律令は唐代初期においても用いられていたと言われているが、どうやら医疾令は唐令において初めて現れたもののようである。

唐の太醫署

 唐代の史料を見ると「隋代に咒禁博士が一人いたため本朝でもこれを設置した」とされている。『隋書』を見る限り祝禁博士は二人配置されているのだが、人数はともかく隋の制度をそのまま流用したものらしい。

 唐でも太醫署は太常寺に属し、下に医・鍼灸・按摩・咒禁などの各博士をおいていたことが知られている。
 唐書には『旧唐書』と『新唐書』があるが、役職に関しては『旧唐書』の方が詳しい。
 ただ、『旧唐書』を眺めているとかなり表現が適当なのである。
 例えば、咒禁博士の官位なのだが、『旧唐書』職官一では

 従第九品下階 太醫署按摩呪禁博士

 となっており、「呪」の文字が使われている。
 ところが、職官三では

 殿中省尚薬局 咒禁師四人

 と「咒」の字になっており、更にその上太常寺に関する説明では

 太常寺太醫署、禁咒師

 と、「咒禁」師ではなく「禁咒」師になっているのだ!
 しかもその後に

 咒禁博士掌教咒禁生以咒禁

 などと「咒禁」が連続して書かれている。
 このことから、少なくとも『旧唐書』を取り纏めた後晋の時代には「咒禁」という言葉がかなり適当な扱いを受けていたことが分かる。
 逆に言うと『隋書』を取り纏めたのは初唐なので、隋ではなく初唐の頃「咒禁博士」を「祝禁博士」と呼んでいたのかもしれない。
 この「祝禁博士」から「咒禁博士」への移行は今後の研究課題である。

唐六典

 唐六典には、咒禁博士の所掌として、

 呪禁博士掌教呪禁生以呪禁拔除邪魅之為●(がんだれに「萬」)者

 と書かれている。

 唐六典より後に作られた唐書では少し異なっており、、

 掌教呪禁拔除為●(がんだれ萬)者
 呪禁ヲ教エ●(がんだれ萬)ヲ為ス者ヲ拔除スルヲ掌ル

 となっている。

 どちらも最後の方に「●(がんだれ萬)」という見慣れない字があるが、日本の漢和辞典では第一義に「砥石」や「磨く」と書かれており何のことかよく分からない。これは「れい」と読み支那では疫病や鬼のことを意味し、特に空中に浮かんでいるものを指す。ウィクショナリーに存在するがリンクさえままならないので別のサイトを参照する。

 参照:謚号解説(ラ行)
 このページの上から二番目の文字である。

 つまり、唐六典の方をかなりくどく訳すと「呪禁博士は呪禁を用いた邪魅を為す悪鬼の排除を呪禁生に教えることを所掌する」という意味である。

 唐代の咒禁師であるが、道教教団から選ばれたわけではないようである。
 残念ながらこのことに関する核心部分である「道僧格」と呼ばれる格がこれまた散逸しており、日本の「僧尼令」から復元されている始末である。
 ただ、唐代の他の史料を調べていくと僧侶や道士が術を持って病を治すことが明確に禁止されている
 ところが太醫署では明らかに咒禁が用いられており、この点が矛盾となって現れてくる。
 この問題に関する解答は律令や二十四史には載っていない。
 これについては前章の「第三節 咒禁の位置」で述べたが、答えは当時の医学書に載っていたのである。





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