経済・経済学に関するメモ。

理論的考察

田中秀臣
通常の経済学では「労働市場を完全競争市場とすると、最低賃金の引き上げは失業をもたらす」と説明されていることが多い。加えて、その失業は未熟練労働者、特に若年層に多く発生する、というのが定番の説明である(田中秀臣 『不謹慎な経済学』 講談社〈講談社biz〉、2008年、121頁)。
池田信夫
最低賃金を引き上げることは、いま働いている労働者には望ましいが、労働需要を減らして失業者には不利になる(池田信夫 『希望を捨てる勇気-停滞と成長の経済学』 ダイヤモンド社、2009年、22頁)。
飯田泰之
政府が政策によって最低賃金を引き上げる(=市場に介入する)とどうなるか見てみよう。(中略)労働者の余剰は増えるかもしれないけど、企業の余剰労働者の余剰の合計である総余剰は小さくなる。(中略)給料というコスト(=費用)が上がることで費用と便益が見合わなくなった企業は、何人かの労働者をクビにすることでその変化に対応しようとする。すると結果的に失業者が増加することになるんだ((飯田泰之 『世界一わかりやすい 経済の教室』 中経出版〈中経の文庫〉、2013年、75頁)
飯田泰之
最低賃金の上昇によって起こる失業者の増大は、「一番貧しく、クビになると一番困る人から、クビを切っていく」をもたらす政策になってしまうんだ((飯田泰之 『世界一わかりやすい 経済の教室』 中経出版〈中経の文庫〉、2013年、78頁)。
飯田泰之
最低賃金制も、最高家賃性もともに「貧しい人を救おう」という善意から生まれた政策だよ。でも、人々の善意が、失業やホームレスを生む可能性があるっていうことを冷静に考える必要があるんだ((飯田泰之 『世界一わかりやすい 経済の教室』 中経出版〈中経の文庫〉、2013年、79頁)。
飯田泰之
最低賃金の問題もそうなんですが、規制はものすごく管理コストが高い。金がかかるという意味のコストだけじゃなくて、規制強化で「正しい生活」からはみ出るとダメ、という社会になると、管理型の国家になってしまう(飯田泰之・雨宮処凛 『脱貧困の経済学』 筑摩書房〈ちくま文庫〉、2012年、213頁)。
岩田規久男
この賃金低下を防ごうとして、最低賃金を引き上げれば(民主党の「マニフェスト2009」は、最低賃金の引き上げを掲げている)、そのような賃金では生き残ることのできない企業は生産を縮小するか、市場から撤退するしかない。最低賃金を引き上げても働きたい人のすべてがその賃金で働けるわけではないことを認識すべきである(岩田規久男 『「不安」を「希望」に変える経済学』 PHP研究所、2010年、238頁)。
大竹文雄
最低賃金の引き上げによって、運よく職を得られた人は、高い賃金を得られ、働いている人の間での格差は縮小する。しかし、最低賃金の引き上げは、仕事に就けない人を増加させるため、失業者と就業者の間に格差は大きくなり、それこそ運・不運の差を拡大してしまうのである(大竹文雄 『競争と公平感-市場経済の本当のメリット』 中央公論新社〈中公新書〉、2010年、21頁)。
ミルトン・フリードマン
フリードマンは最低賃金法にも同じような論拠で反対する。雇用主の支払う賃金が、いかに低額であろうとも、労働者にそれを受けとる気があるのなら、政府にはその支払いを禁じる権限はない(-マイケル・サンデル 『これからの「正義」の話をしよう--いまを生き延びるための哲学』 鬼澤忍訳、早川書房、2010年、82頁)。

注意点

ニューマーク、ワッシャー
最低賃金の雇用への影響を調べる上で、注意すべきこととして、賃金引上げの影響は短期ではなく長期に出てくることが多いこと、特定の産業の影響だけでなく低賃金労働者全体の雇用に注目すべきこと、最低賃金の引き上げは低賃金労働者のなかでの雇用の代替を発生させる可能性があることなどをニューマーク教授らはあげている(大竹文雄 『競争と公平感-市場経済の本当のメリット』 中央公論新社〈中公新書〉、2010年、197頁)。
大竹文雄
最低賃金が引き上げられた場合の雇用主の対応は、すぐ労働者を解雇するというより、時間をかけて機械化を進めたり、より質の高い労働者に代替したりするのが普通なので、最低賃金引き上げからある程度時間を経た影響を調べる必要がある。また、あまりに狭い範囲の産業だけを分析対象にすると、間違った結論を得る可能性がある(大竹文雄 『競争と公平感-市場経済の本当のメリット』 中央公論新社〈中公新書〉、2010年、197頁)。
大竹文雄
最低賃金引き上げは、雇用量を低下させ、失業期間を長期化させるかもしれないが、低賃金労働にとびついて後で悔やむことになる人を減らす可能性があるのだ。また、最低賃金を引き上げた結果、未熟練の低賃金労働が禁止されることになるので、企業は、技能の高い労働者だけを採用するようになる。技能が低い労働者は失業することになるが、合理的な労働者は教育・訓練を受けて技能を高めて仕事に就けるよう努力するかもしれない(大竹文雄 『競争と公平感-市場経済の本当のメリット』 中央公論新社〈中公新書〉、2010年、200頁)。

雇用との関係

ウォルター・ブロック
最低賃金法は、正確に言うならば、雇用を安定させるための法律ではない、失業促進のための法律である。その趣旨は、雇用主に対して最低賃金以上で労働者を雇うよう命じることではない。法で定められた賃金以下で労働者を「雇わない」よう強制することである(ウォルター・ブロック 『不道徳な経済学: 転売屋は社会に役立つ』 橘玲訳、早川書房〈ハヤカワ文庫NF〉、2020年、296頁)。
ウォルター・ブロック
この法律のせいで、必死になって職を探し、最低賃金以下でも喜んではたらきたいと願う労働者は仕事にありつくことができない。国家は、低賃金か失業かという選択肢に直面している労働者に、失業を選ぶように義務づけているのだ。最低賃金法は、労働者の賃金を引き上げるのになんの役にも立たない。ただ、基準に合わない仕事を切り捨てるだけだ(ウォルター・ブロック 『不道徳な経済学: 転売屋は社会に役立つ』 橘玲訳、早川書房〈ハヤカワ文庫NF〉、2020年、297頁)。
ウォルター・ブロック
ここで問題になるのは、最低賃金がいったいどれほどの失業を生み出しているか、ということだ。これは未熟練労働者が熟練労働者と機械の組み合わせに取って代わられるスピードによる(ウォルター・ブロック 『不道徳な経済学: 転売屋は社会に役立つ』 橘玲訳、早川書房〈ハヤカワ文庫NF〉、2020年、303頁)。
ウォルター・ブロック
最低賃金を定めた法律は、多くの若者たちに不幸を招いた以上に、精神的・身体的な障害を持つ労働者たち(盲人、聾唖者、精神障害者など)に大きな悲劇をもたらした。最低賃金法が、利益を追求する経営者に障害者を雇うことを「禁じた」からだ。こうして、障害者の自立へのわずかな希望も粉砕された(ウォルター・ブロック 『不道徳な経済学: 転売屋は社会に役立つ』 橘玲訳、早川書房〈ハヤカワ文庫NF〉、2020年、306頁)。
ウォルター・ブロック
最低賃金法における、組織された労働者の背後にあるものはなんだろうか。最低賃金法が最低賃金を無理やり引き上げると、価格と需要の法則がはたらいて、雇用主熟練労働者を残し、未熟練労働者を切り捨てようとする。このようにして労働組合は、自らの雇用を守ることができる。言い換えるならば、熟練労働者と未熟練労働者は互いに代替可能であるため、彼らは競争関係にあるのである(ウォルター・ブロック 『不道徳な経済学: 転売屋は社会に役立つ』 橘玲訳、早川書房〈ハヤカワ文庫NF〉、2020年、307-308頁)。
田中秀臣
「人手不足」によって、実勢の賃金水準が上昇している。そのため最低賃金を上げても、市場で実際に成立している実勢賃金水準よりも低いので、雇用の妨げにはならない。逆に、この実勢賃金よりも最低賃金が上回ってしまえば、経済学者たちの指摘のように若年失業率は上昇してしまうだろう。この後者の典型例こそが、文在寅政権下の韓国経済で起きた最低賃金引き上げ政策の末路であった。最低賃金の引上げによって恩恵を得たのは、すでに職を得ている人たちであり、新規採用される若年者の雇用状況は高止まりしたままだった(田中秀臣 『脱GHQ史観の経済学 エコノミストはいまでもマッカーサーに支配されている』 PHP研究所〈PHP新書〉、2021年、104頁)。
田中秀臣
特に「人手不足」の中で最低賃金を引き上げていくことは、非正規雇用の生活の安定やまた経営者が「安価だ」として外国人労働者に依存する方途を絶つうえでも有効である(田中秀臣 『脱GHQ史観の経済学 エコノミストはいまでもマッカーサーに支配されている』 PHP研究所〈PHP新書〉、2021年、104-105頁)。

代替案

大竹文雄
賃金規制という強硬手段で失業という歪みをもたらすのではなく、税と社会保障を用いた所得再分配で貧困問題に対応するのが筋である(大竹文雄 『競争と公平感-市場経済の本当のメリット』 中央公論新社〈中公新書〉、2010年、201頁)。

アメリカ

明日山陽子
明日山はこの論文で、「最低賃金の引き上げは雇用への影響を中立的にしても、貧困対策とならない」という点を強調する。(中略)労働需要の増加(一定の名目成長率の増加)があれば、最低賃金引き上げがもたらす失業は減るとしている(田中秀臣 『不謹慎な経済学』 講談社〈講談社biz〉、2008年、121頁)。

日本

識者の見解

若田部昌澄
雇う側に最低賃金を上げるというインセンティブはありませんから、デフレで実質賃金が上がっているところに、さらに最低賃金を上げたら、雇うことに慎重になってしまいます。(中略)おそらく最低賃金を上げるぐらいでは、例えばデフレ不況を解消するほどの需要にはならないのではないか。悪い効果のほうが大きいわけです(若田部昌澄 『もうダマされないための経済学講義』 光文社〈光文社新書〉、2012年、202頁)。
田中秀臣
名目経済成長政策をないがしろにした最低賃金の引き上げは、将来、特に地方や若年層の雇用を悪化させてしまう可能性が大きい(田中秀臣 『不謹慎な経済学』 講談社〈講談社biz〉、2008年、122頁)。
飯田泰之
最低賃金規制をした場合、企業側はほとんど守りません。なんとか工夫して事実上の最低賃金以下の雇用を行おうとする。(中略)表面上は守られているとされている日本の最低賃金の遵守率は、実質はかなり低いといってよいんじゃないでしょうか。サービス残業等を活用してどこも守っていない(飯田泰之・雨宮処凛 『脱貧困の経済学』 筑摩書房〈ちくま文庫〉、2012年、54頁)。

水準に対する労使対立

橘木俊詔
正規労働者が主たる参加メンバーである労働組合は、アルバイト、パートタイマーなどの非正規労働者(しかも非労働組合員)との間で同一価値労働・同一賃金の原則を拒否することが多い。身分上で保護されている正規労働者は、もしこの原則が導入されれば非正規労働者の一時間あたり賃金を上げるために、自分たちの賃金を下げざるをえないことになるということで、労働組合はこの原則の導入に賛成しない。似たようなことは最低賃金額のアップ策に関して、労働組合は表面上は賛成するが、実態はそれを上げることにそう熱心でないことで理解できる。非労働組合員の賃金が低いので、それらの人の賃金を最低賃金のアップ策で上げようとすると、組合員の賃金が下げられかねないことを恐れるのである。言わば労働組合員の権益を守りたいという魂胆が、労働組合の行動原理として存在することは現代でも否定できないのである(橘木俊詔 『朝日おとなの学びなおし 経済学 課題解明の経済学史』 朝日新聞出版、2012年、78頁)。

格差是正緊急措置法案

若田部昌澄
民主党の人たちは賃金を上げると需要が増えて、それで景気が良くなるといっていました。しかし最低賃金を上げて景気が改善したという例は、寡聞にして私は聞いたことがない(若田部昌澄 『もうダマされないための経済学講義』 光文社〈光文社新書〉、2012年、202頁)。
飯田泰之
零細企業も、「最低賃金」なんて考えたこともないでしょう。そうすると最低賃金1000円というのは、実質的には大企業に税を課すのとほぼ同じになる。で、大企業に税金を課すと、彼らには「逃げる」という選択肢がある。それがこわいんです。大企業ほど「海外に逃げる」という選択肢が大きくなります。(中略)さらに労働力を機械に置き換えることもありうる。そこを規制するのは、論理的には無理ですね(飯田泰之・雨宮処凛 『脱貧困の経済学』 筑摩書房〈ちくま文庫〉、2012年、55頁)。

イギリス

ホール、プロッパー、ヴァン・リーネン
「賃金規制は、死亡率を高めている」、イギリスの経済学者が発表した論文の主張だ。ブリストン大学のホールとプロッパー、そしてロンドン大学のヴァン・リーネンの三氏は、イギリスの看護師の賃金が、全国一律で決められていることが、高賃金地域での患者の死亡率を高めていることを明らかにした(大竹文雄 『競争と公平感-市場経済の本当のメリット』 中央公論新社〈中公新書〉、2010年、190頁)。

Menu

貨幣・通貨

資本主義・市場経済

管理人/副管理人のみ編集できます