９　かずさのテレビ出演　／　2015年３月上旬

　「こんにちは。東亞テレビ、アナウンサーの柳原朋です。
　今日、お話をお伺いするのは、とってもゴージャスなお二人です。まず、歌手の小木曽雪菜さん」
　「こんにちは。小木曽雪菜です」
　「そして、先日、帰国されました、ピアニストの冬馬かずささんです」
　「……こんにちは」
　「お一人だけでもスタッフ全員が気を失いそうに美しいのに、二人もお招きしてしまって、テレビをご覧の皆様はさぞかしクラクラしてらっしゃると思います」
　収録に立ち会う春希にしてみれば、二年ぶりに見る朋も、以前に増してかなり磨きがかかっている。
　……よく考えてみれば、周囲に美人が多すぎる。
　「さて、まず、雪菜さんにお話をお伺いしましょうか。
　なんで、あんた、今日来たの？」
　わはは、とスタッフの笑い声が漏れる。
　「なんで、とは酷いわね。まあ、良いか。えっとですね。今日はかずさがテレビに出るというので、便乗させてもらいました。
　わたしのファースト・アルバムをお買い上げいただきました皆様、ありがとうございました。おかげさまで、ミリオン・セラーを達成することができました。一言、お礼を言いたくて、やってまいりました」
　雪菜が深々と頭を下げた時、ポン、と、朋が背後に隠していたクラッカーを鳴らす。スタッフや、春希も鳴らした。
　「おめでとうございます～。CDが売れない時代と言われていますが、達成、本当におめでとうございます」
　「ありがとうございます」
　「まあ、あのCDは、普通のCDと違うというか、もともとSACDハイブリッドだし、紙ジャケットで高級感あって、……凄くエロいピンナップも付いていて通常価格。これはCD買わないとどうするの、っていう感じでしたね」
　「ダウンロードで購入されるお客様も大事なのですが、そういう買い方が苦手、というお客様もいらっしゃいますし、なにより、多くのお客様に聴いていただきたかったので、パッケージにはわがままを言わせていただきました」
　「おっと出た～。ナイツ・レコード勤務時代に培った営業トーク」
　「うるさいわね。あっ、でも、現在発売中の通常版は申し訳ありませんが、プラケースです」
　「そうそう。それにピンナップが付かないんだよね。あのピンナップが二枚欲しくて、紙ジャケ版、二枚買った人も多いようですが……」
　「あはは……。お目汚しで恐縮です」
　「ところで、その通常版CDですが、紙ジャケ版での歌詞カードでは空欄になっていた作曲者が、実は冬馬かずささんで、編曲、演奏もされていたことが、書かれていました。全くアナウンスされていなかったので、びっくりされた方も多かったと思いますが……」
　「びっくりもなにも、あんたは知ってたんだろ」
　険しい目つきをして聴いていたかずさが、突然、話しかける。
　朋と雪菜は、あちゃー、という顔つきだ。
　「えーと、すみません。では、冬馬かずささんにお話をお伺いします。
　二年ぶりの帰国、ということなんですが、では、その話の前に、雪菜のファースト・アルバムに関することからお訊きしましょうか。
　あの六曲は、もとから雪菜さんとの共同作業で作られたんですか」
　「えっと……」
　にっこりとするかずさ。しかし、その表情は少し強ばっている。
　「そう。同じ事務所ですし、高校からの、親友ですから。
　親友が歌手デビューするから、書かせてもらったんです。ただ、母さん、っと、冬馬曜子との共作部分があって、調整が必要で、それで、ちょっと、事務的な手違いで、作・編曲者のクレジット記載が漏れた、という訳です」
　〝語りが極端に固いよ、かずさ〟
　「そうそう。手違いなんだよね～」
　例の六曲については、雪菜のファンにより、冬馬かずさが作曲者だろう、という考察がされていた。『届かない恋』の作曲者はかずさである、ということが広く知れ渡っていたからだ。それよりも、何故クレジットされていないのかが問題にされていたため、かずさに嘘の説明をさせる、というのが、今日の目的の一つだ。
　もちろん、かずさは嘘を付くのを嫌がったが、この点に問題があるとファンに考えさせておくのは、二人に得が無いからだ。
　「全部、シングル・カットしても良いような、素晴らしい曲ですね。それに、演奏者のクレジットも詳しくなって、かずささんが色んな楽器を演奏されていることに驚きました。特に『優しい嘘』の最後に出てくるアルト・サックスのソロも、かずささんだと分かってビックリしました」
　「まあ、サックスは、ピアノの次に得意だから」と言い、かずさは一瞬踏ん反り返ったが、すぐに自分の役割を思い出し、「あ、ありがとうございます」と言った。
　「冬馬さんは、クラシックのピアニストですが、他のジャンルもお好きなんですか？」
　「良い音楽は何でも好きです。ジャズも大好きですし。
　J-POPなら、緒方理奈さんが好きですね」
　「雪菜さんの歌をお聴きになり、アーティストとして、どう思われますか？」
　かずさが、身を乗り出した。
　「雪菜は、声質が良い、と言うだけでも、金を払う価値のあるアーティストだよ。ぜひ、SACDで聴いてほしいね。エフェクトは最小限だし、音程の補正は全くかけてないし、良い状態で声を録音してあるから。
　歌手として完璧、という訳じゃないが、伸び代はまだまだあるしね」
　〝口調が戻っている上に、なんで、お前がちょっと自慢げなんだよ〟と春希は思う。
　「歌詞は、如何ですか？」
　朋が、打合せに無かった質問をする。
　「……えっ、と」
　「親友に、歌詞のことを話されると、くすぐったいから、えーと、この部分はカットで」
　「雪菜は、黙ってて」
　「朋……」
　「歌詞は、如何ですか？」
　朋は、にっこり笑って再度質問する。
　春希が、止めようとステージに向かって足を出すと、かずさは語りだす。
　「帰って来てから、暇つぶしに最近のJ-POPをざっとチェックしたんだけど、分かりやすい言葉で、分かりやすい歌詞を作るよね。広く共感を得ようとしているんだと思う。
　だけど、あれは間違いだよ。はっきり言って、何を伝えようとしているのか分からないし、そんな毒にも薬にもならない言葉や、凡百のありきたりなイメージは、聴いていてうんざりする」
　朋が、ぎょっとした顔をする。
　「そもそも、アーティストというのは、個人的な体験や考えを、芸術を通して作品に昇華する存在だろう。みんな、それを理解していないね」
　「あはは……」雪菜があきれた顔をした。
　だが、何か楽しそうだ。
　「その点、雪菜の書く歌詞は、凄く個人的な体験を描いているように思えるのに、聴いているうちに、その世界の中に引き摺り込まれるだろう？
　そう思わないか」
　「そう、ですね」朋は、真顔で答える。
　「そうじゃなきゃ、自作自演する意味なんてないんだよ。
　……あんた、ファースト・アルバム九曲目の『氷の刃』が、演歌の有線放送でリクエスト上位に入ってるの、知ってるか」
　「はい」
　『Twinkle Snow』の前に入っている恐ろしく暗い曲だ。
　学園祭ライブの後、雪菜と春希が付き合いだした頃に作ったらしい。あまりにも暗い曲調で、ピアノ以外に音を重ねる前に放置されたという、曰く付きの曲だ。そのトラックをベースに、曜子によって、徐々に波が高ぶるが如く激情的なオーケストレーションが施してある。そして、悔やんでも悔やみきれない後悔と、何故この恋が捨てられないのか、という雪菜の歌詞が載せてある。
　春希の心を一番抉る曲だ。
　「あれはあたしの曲が、演歌っぽいんじゃないよ。
　歌詞が描く物語の奥行きや、悲しみに揺れる気持ちの中に、透けて見える情の一途さが、演歌を聴く購買層、年齢層の心に訴えかけてるんだ。一曲の中にOne and Onlyの物語があり、それを、あらゆる層の人達の心に届ける声質の良さ、歌の上手さがある。
　雪菜の歌は、全部そういう歌だ。
　単なる甘い言葉を並べた安い青春ストーリーじゃなく、意味の無い言葉を並べたラップもどきでもなく、何処にでも落ちていそうな上っ面の恋愛感情のトレースでもなく……、あっ、えっと……」
　突然、言い淀むと、少し伏せ目がちになる。
　「その……、雪菜の歌詞は、真剣で嘘がないよ。だから、心に響くんだろう」
　春希も、雪菜も、良く知っていた。かずさという人間は、強がりから煙幕を張ることはあっても、自分が信じること、愛することに対する嘘が無い。
　本当はストレートで、どこ迄も純情で、誠実で、責任感の強い人間だ。
　だからこそ、余計に傷つきやすい。きっと、「では、雪菜の歌で描かれた恋愛感情とは何か」に思い至って、言い淀んだのだろう。
　「ありがとう、かずさ」
　雪菜は微笑んで、かずさの背中に手をやる。
　「耳の痛い方もいらっしゃったかもしれませんがね」
　朋は苦笑いだ。
　「ところで、冬馬さんの二年ぶりの帰国ですが、目的は何ですか」
　これは、予定していた質問だ。かずさは気を取り直して、前を向く。
　「……色々、あるんだけど、まず、春先にちょっと体調を崩してね」
　「プラハ公演のキャンセル、ですね」
　「そう……。チケットを買っていただいた方には本当に申し訳なく思っている。
　それで、一つは、ちょっと帰国して、休暇、もらおうかなと。次回プラハで演奏する時には、ヨーロッパ数都市でツアーをしたい。必ず、万全の準備をして向かうつもりだし、そのためにちょっと休んで、母親に甘えようかと。
　二つ目は、そのヨーロッパ・ツアーにつながるんだけど、日本のファンの方々には、その……、不義理してしまって。だから、ヨーロッパ・ツアーの前に、夏から秋にかけて、日本ツアーをさせてもらおうと思って、その準備のため。
　三つ目は、日本のオケと協奏曲のCDも出したいと思ってる。王道の選曲になると思うので、期待してほしい」
　「それは楽しみですね。ツアーの詳細は、まだ決まってないんですか」
　「うん。事務所の調整ができてないから。でも、万全の体制で臨むよ。
　それと、雪菜のセカンド・アルバムの録音のため」
　「次の雪菜さんのアルバムに、参加されるんですよね」
　「まあ、次のアルバムは、全曲あたしのオリジナルになると思う。……だよな」
　「そうです。次のアルバムは、全曲、かずさの作曲になります」
　雪菜は、にっこり笑う。
　「そういう、約束だから。だから、雪菜の、秋の全国ツアーを楽しみにしてて。それまでには、殆どは、仕上げるから」
　「それは、雪菜さん、かずささんの両方のファンにとって楽しみですね。
　そうか。お二人とも秋にツアーをされるんですね」
　「わたしのライブと、かずさの公演は、日程と場所が被らないようにしますので、皆様、両方、聴いていただけると、ありがたいです」
　「そういうこと。だから、もう少し調整に時間が欲しいんだ」
　「冬馬曜子オフィスの二枚看板が同時期にツアーとは、マネージャーさんも大変だと思いますが」と、朋はちらりと春希を見る。
　「二人のファンにとっては、嬉しい秋になりそうですね。では、詳細がきまったら、また出演していただけますか」
　「喜んで」「まあね」
　「では、本日のゲストは、ピアニストの冬馬かずささんと、歌手の小木曽雪菜さんでした。
　ありがとうございました」
　「ありがとうございました」
　「……ありがとうございました」

　＊　＊　＊　＊　＊

　「「お疲れさまでした」」明るく挨拶する雪菜と朋。
　「はー、やれやれ……」挨拶抜きでため息を付くかずさ。
　「ありがとうございました。お疲れさまでした」大きく挨拶する春希。
　「すみませ～ん。〇〇さ～ん、『雪菜は、黙ってて』のあたりは上手くカットして下さ～い。冬馬さんの発言部分は全部イキで～す」
　朋がディレクターに言う。
　「柳原さん、打合せに無い質問はしない、という約束じゃなかったか」
　春希は、朋に詰め寄る。
　「ああ、すみませ～ん。でも、ちゃんと回答されたじゃないですか。あれは放映しても良いんですよね」
　「構わないよ」とかずさは言う。
　「ちょっと、同業者に喧嘩売った感があるんだけどなぁ。
　……まあ、良いか」と雪菜は笑う。
　「北原さんは、有能なマネージャーさんなんでしょうけど、干渉が過ぎますねえ」
　朋は、しれっと言った。
　「春希……、帰ろうか。お腹が減ったよ。午後から練習したいし、早く食べに行こう。雪菜も、一緒にどうだ」
　「わたしも一緒して良いの？」雪菜は、小首を傾げて、言う。
　「もちろん。行こうよ」
　「良いな～。私も行きたいな～」
　「えっ」
　「い、行きたいな～」
　「あんたは、仕事だろ」
　「あんたじゃなくて、柳原朋です。二年前にも、北原さんの部屋の前で、変装したかずささんに、お会いしてるんですよ。覚えていらっしゃいませんか。
　……今度、お会いした時は、名前で呼んで下さいね」
　朋は微笑んではいたが、目は笑ってなかった。
　雪菜は苦笑いし、かずさは苦虫を噛んだよう顔を、春希は辛そうな顔をした。
　だが、朋の心中は、もっと複雑だった。

　2013年１月17日の夜、春希の部屋の前で、変装したかずさと会った時、何故すぐに気づかなかったのか。
　〝私は、三人の物語を知っていた。かずささんに会った瞬間、かずささんに、自分が雪菜の友人であること、雪菜に会ってほしいこと、北原さんともう会わないでほしいことを、伝えていれば……。
　雪菜のライブの後で、雪菜に教えた時、対応を雪菜に任せるのではなく、北原さんの部屋へ、自分が雪菜を連れて行けば……。
　そうすれば、雪菜は北原さんの心に迷いが生じる前に、かずささんと対決していたに違いない。そうすれば、三人の未来は違ったものになっていたはずなのに〟
　その後悔は、二年間、朋の心を苛んでいた。

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